2018年12月27日

魔王討伐から13年後……(4/4)

殺風景な森。そこが、邪神の待つ地。

カラス「お待ちしておりました」

あの時のカラスが私たちを迎える。
カラスの先には、異質な魔力が浮いていた。

傭兵(魔)「あれは空間の歪みだな。この先に邪神や剣士がいるのか」

カラス「招かれているのは彼女だけです。魔王様はご遠慮を……」

傭兵(魔)「そう言うな。こいつはようやく1人で歩けるようになった稚児でな。この中に入れば泣き喚いて、邪神に無様な姿を晒しかねん。ここは保護者の同伴を許して貰いたい」

カラス「ふぅむ……」

いや納得すんな、バカラス。

傭兵(魔)「こいつと旧友の再会を見届けたい。俺にはその権利があるはずだ」

カラス「まぁ良いでしょう。邪神様も、駄目とはおっしゃっていません」

傭兵(魔)「有難い。おい、少女」

少女「うん?」

傭兵(魔)「空間の歪みの先は、亡者だらけだ。気を失うなよ」

少女「う、うん」

2回も気絶したから、信用ないかもだけど。

傭兵(魔)「では行くぞ」

先に魔王が入り、その後に続く。
1歩踏み入れただけで耳と鼻に刺激があった。それから徐々に、亡者の雄叫びと腐臭が染みてくる。

少女「ウッ……」

亡者まみれ。ひどい光景だ。

傭兵(魔)「剣士はこっちだな」

魔王は意に介さずスタスタ歩いていく。
はぐれないように、私は追いかける。

傭兵(魔)「ほら、いた」

少女「あっ……」

魔王の指差した先に――いた。
彼は目を瞑り、横たわっていた。邪神の命なのか、亡者達は彼を遠巻きに見ている。

少女「剣士さっ……――」

と、駆け寄ろうとした時だった。

傭兵(魔)「いつまで寝腐っているんだ、くそ餓鬼がああぁぁ!!」

剣士「ぶへっ!?」

感動をぶち壊す、ちゃぶ台返しならぬ剣士返しが炸裂した。
いや待ってよ。何てデリカシーがないの、この魔王。

剣士「いててて……」

あー、普通に目ぇ覚めちゃった。いや良いことだけど。何か、ねぇ。

剣士「あれ、傭兵さん? 少女さんも……って、どこだここは!?」

少女「剣士さん……」

剣士「?? どうしたの、少女さん……。そういえば僧侶は!?」

剣士さんの記憶は半年前で止まっているらしい。こっちは半年間、色々あったというのに。
なんだかちょっと恨めしいけど、変わらない剣士さんに安心した。

少女「剣士さん、あの、あのね……」

傭兵(魔)「剣士!!」

剣士「!!?」

いや何で胸ぐら掴む。

傭兵(魔)「俺は魔王だ!」

剣士「え、魔王? 貴方、傭兵さんじゃ……」

傭兵(魔)「お前が僧侶に負けてから半年経った! お前は半年間ここで眠っていた! その間、俺達は僧侶から逃げていた! そして俺は僧侶を倒し、傭兵に憑依する羽目になり、お前を助ける為にここに来た! わかったか、わからなければ殴る!!」クワッ

剣士「わ、わかった……」

傭兵(魔)「よろしい」

少女「いいの!? 本当にいいの!?」

傭兵(魔)「長々説明している暇はない。見ろ、亡者どもを」

魔王に言われて見てみると……亡者たちが、ジワジワ距離を詰めてきた。
約束通り剣士さんを返したのだから、次は私を狙う番か……。

傭兵(魔)「剣士、亡者どもの狙いはこいつだ。邪神が亡者どもに命じたのだ」

剣士「……どうしてそうなったのかはわからないが、大ピンチってわけだ」

傭兵(魔)「あそこに光があるだろう? あそこが、この世界の出口。亡者どもに狙われないお前は簡単に出られるだろう」

剣士「そうか。それで?」

傭兵(魔)「……ふぅ。やはりそうはしないだろうな、お前は。ほら」

魔王は剣士さんに剣を投げ渡した。

傭兵(魔)「では行くぞ。少女、剣士。覚悟はいいか」

少女「当然」

剣士「オッケー」

さん、にー、いち……

傭兵(魔)「いざ、逃亡ォ!!」

少女「よっしゃーっ!」

剣士「やってられっかー!!」

私たちは一目散に、出口に向かって駆け出した。
当然、亡者達は追ってくる。凄い数だ。

少女「邪魔だあぁ!!」

どごーん。魔法により30匹くらい吹っ飛ぶ。
まだまだ数は多いけど、亡者に耐久力はない。

傭兵(魔)「その調子だ! 少しずつ道を開けるぞ!」

少女「背中は預けたよ、魔王」

剣士「逞しくなったねー、少女さん。よし、俺もやるか!」

飛びかかってくる亡者を、剣士さんが一刀両断。半年間眠っていても、体は訛っていないようだ。
魔王も近距離と遠距離の攻撃を使いわけて攻撃する。
そうやって少しずつ亡者を蹴散らし、徐々に出口に近付いていった。

少女(でも、流石に数が多いな……)

2人ともまだ余裕そうだけど、いつまでもつか。
蹴散らしても蹴散らしてもやって来る亡者達を見ると、気が遠くなる。

少女(けど、いつかは出口にたどり着く! なら、やるしかない!!)

と、気を持ち直した時だった。

傭兵(魔)「……っ!」

魔王が何かに気付いたようだった。

傭兵(魔)「チッ! 来るのが早かったな!」

少女「えっ、何――」

――ゴオォッ。黒い炎が周辺を焼いた。

傭兵(魔)「ふぅ……」

少女「な、なな何!?」

間一髪、魔王の張った防壁により炎は防がれた。

傭兵(魔)「邪神からの攻撃だ。遂に手を出してきたか」

剣士「……なぁ。何か、嫌な空気になってきたな」

少女「そういえば……」

息苦しいというか、寒気がするというか……。
何だろう。空気が変わったというより、本能的なものがこうさせているような……。

傭兵(魔)「まずいな。邪神が近づいてきている」

少女「!?」

傭兵(魔)「ともかく走れ。今の炎は亡者どもも焼いたぞ」

邪神が近づいたら終わりだ……。私は焼け焦げた亡者を踏み潰し、走った。

少女「あっ」

バランスの悪い道に体制を崩す。恐怖のせいか、足取りもふらついていた。

剣士「少女さん、ほら」

少女「あ、ありが……うわっ!?」

起き上がるのに手を貸してくれた剣士さんは、そのまま私を抱き抱えた。
な、なな何!?

剣士「こうやって走った方が速いな。少女さんは攻撃を頼んだ」

少女「は、はい……。け、剣士さん、私重くない!?」

剣士「軽い、軽い。少女さん、ちゃんと食べてた? 成長期なんだから、食べないと背が伸びないよ」

少女「うん。帰ったら、ちゃんと食べる」

剣士「よし、約束な!」

言葉を交わしながら、剣士さんは軽快に走る。
私はその体制で魔法攻撃を放ち、襲いかかってくる亡者達を蹴散らしていった。
剣士さんが「大砲を抱えているみたいだ」ってひどいこと言った気がするけど、今は置いておこう。

剣士「結構来たな! もう少しだ!」

傭兵(魔)「クッ、邪神があとわずかのところに来ている」

少女「魔王! 貴方も早く!!」

私たちの後方を守っていた魔王は、少し離れたところにいた。
このままでは、迫り来る亡者達によって分断される。

傭兵(魔)「……少女、剣士。お前たちは先に出ていろ!」

少女「えっ!?」

これ、とっても嫌なパターンの台詞では……。

傭兵(魔)「このまま全員脱出したとしても、邪神も出てくる! ならば、俺がこの世界で食い止める!」

剣士「お前を置いて行けるか! 俺も戦う!」

傭兵(魔)「大口を叩くな人間風情が! 貴様らを巻き込まぬように戦えば、力の半分も出せぬわ!」

少女「でも……」

邪神との戦いを、魔王1人に任せていいの? それは魔王を見捨てたことになるんじゃ……。

傭兵(魔)「剣士。貴様、格好いい男になりたいのだろう」

剣士「あ……あぁ」

こんな時に、何を

傭兵(魔)「ならば行け。自らの役割を真っ当せず、無謀に挑む奴は、ひどく格好悪い」

剣士「でもな魔王……」

傭兵「彼の言う通りだよ、剣士くん」

えっ、この声……傭兵さん!?

傭兵「男なら、女の子を守らなきゃ。大団円のハッピーエンドを迎えるからこそ、気持ちいいんじゃないか」

剣士「傭兵さん……」

傭兵(魔)「行け!! 迷うな!!」

剣士「……くっ」

剣士さんは走り出す。
魔王と傭兵さんが守ってくれて、迫ってくる亡者はいなかった。
前方の亡者を蹴散らし、道が開き――剣士さんはそこに、飛び込んだ。

――ドサァッ!!

剣士「いでで……」

少女「だ、大丈夫、剣士さん!?」

剣士「大丈夫……ふぅ」

剣士さんは私を庇いながら、思い切り地面にスライディングした。
元の世界に戻ってきた。だけどまだ、気は抜けない。

剣士「うわっ」

空間の歪みから亡者が溢れてきた。何てしつこい奴ら!!

剣士「ここは戦いにくい! 広い場所に出るよ!」

少女「うん!」

私と剣士さんは逃げる。
亡者は追ってくる。そればかりか、亡者に引き寄せられたかのように、魔物まで寄ってきた。

剣士「くっ、やるか! 少女さん、援護射撃頼む!」

少女「はいっ……」

と、戦闘準備をした時。

どかああぁぁん

少女「えっ?」

魔法攻撃で亡者達が吹っ飛んだ。私じゃない。
後方を見ると……。

リーダー「よし! 連続してお見舞いしてやれ!!」

少女「次男さん!?」

次男さんが軍勢を率いていた。
彼の号令で、戦士たちが駆けてくる。私たちと亡者の群れは人の波によって分断され、あっという間にそこは戦場と化した。

リーダー「兄さん、少女さん!」

次男さんが駆け寄ってきた。

剣士「次男……? どうなってるんだ、これは……?」

リーダー「まぁ、色々あってね。良かった、2人とも無事で」

少女「来てくれたんだ、次男さん。ありがとう」

リーダー「いえいえ、どういたしまして。ところで、魔王は?」

少女「向こうの世界に残って、邪神と戦っているはずなの。お願い、皆の力を……」

剣士「いや。魔王に任せるべきだ」

少女「どうして!」

剣士「さっきあいつが言っただろ。俺達を巻き込まないように戦ったら、力の半分も出せないって。それよりも異世界から湧いてくる亡者達に対処した方がいい」

少女「……そうだね。それじゃあ、私も……」

剣士「君はちょっと休みな」

少女「えっ。私、まだ戦える……」

剣士「嘘こくな。ほら」ピンッ

少女「げろっ」

剣士さんのデコピンで転んでしまった。てか何「げろっ」て。

剣士「向こうの世界の空気にあてられたんだろ。次男、人員に余裕はある?」

リーダー「余裕、3日は戦えるよ」

剣士「だ、そうだ。休んでな、少女さん」

少女「うー、引きこもってたツケが……。みっともない……」

剣士「飯食って、運動しような。さて俺も戦いに加わってくるか……」

少女「待って、剣士さん」グイ

剣士「ん?

少女「……今度は、いなくならない?」

剣士「ならない、ならない。戻ってくるから、な?」

少女「……うん」

剣士「それじゃっ」

何てあっさり。そりゃまぁ剣士さんの時間感覚では私とは毎日会ってたんだろうけど……あと今それどころじゃないけど……うー。

弓師「戦場でラブコメしようとしてんじゃないわよ」

少女「ひいぃ!?」ビクッ

怖い子が現れた。

弓師「あー、気に入らないわ。貴方みたいなのが剣士に気に入られてるとか」

少女「ご、ご、ごめんなさ……わ、私が何したか知らないけど……」ビクビク

弓師「こっちが悪者みたじゃない! ……大体のこと、次男に聞いたわ。貴方って魔王に守られるお姫様だったのね~」

少女「ううぅ」

弓師「自分で動かないで人任せにしてて、それでチヤホヤされて、大きい顔して。鼻につくったら」

少女「……うー」

弓師「ビクビクしてるくせに、自分は悪くないって目がしている。そういうとこもね……」

少女「……」ジト

弓師「何よ」

少女「ああぁ、うるさいわ! 正論言ってたとしても可愛げないからモテないんだよ、筋肉どブス!! 嫉妬してみっともないねー!!」

弓師「どぶ……それが本性かああぁぁ!! おめさんも根性どブスじゃろがぁ!!」

少女「男の人の前では出さないですぅ~。剣士さんの前では、可愛い少女ちゃん♪だもんね!」

弓師「腹立つのおおぉ!! 剣士に全部暴露したろか!!」

少女「やめとけば~。ブスの嫉妬で片付けられるよ~」

弓師「ブス言うでね、根性ブス!!」

売り言葉に買い言葉。不毛な喧嘩は戦闘音で掻き消える。
怒鳴りあった後、互いに疲弊して喧嘩はストップした。……休むはずが、すっごく疲れた。

弓師「はぁ、はぁ……。意外とやるのね、貴方……」

少女「ふっ……。伊達に魔王相手に口喧嘩してないわ」

弓師「気に食わないけど、前よりは大分マシだわ。それに何か、スッとした……」

少女「私も。貴方、前から苦手だったもん」

弓師「ふん。私も魔物狩ってくるわ」

少女「じゃあね~」

弓師を見送り、そこにどかっと腰を落とす。
何か、色んな憑き物が取れた気分だ。

少女(あとは、魔王が戻ってくるのを待つだけ……)

それが唯一にして、最大の心配事だった。





魔王『すまないな。お前を道連れにしそうだ』

傭兵「はは、何を言ってるのかな。僕たちは生きて帰るんだ、道連れも何もないさ」

魔王『そうだな。俺達が死ねば、世界が終わる』

すぐ側まで迫っている邪神を感じながら言った。
傭兵は感じていないのか、それとも怖いもの知らずなのか。どちらにせよ、元の宿主よりは遥かに心強い。

魔王『来い、邪神!!』

そして、戦いが始まった。



魔王『……邪神よ。貴様、やる気がないのか?』

互いの魔力をぶつけ合う、単純な戦闘が続き、それを問う余裕ができた。

魔王『生贄を逃すなど、貴様らしくもない。余裕をこいて、してやられたとは言うまい?』

――してやられた、とは言わぬな。余裕を持っているのは事実。

魔王『確かに貴様からは余裕が伺える。しかし、生贄を捕らえる好機を逃したのではないか? 俺に負ければ、終わりだぞ』

――少し違うな。生贄を逃す、貴様に負ける……そんなこと、取るに足らぬこと。

魔王『どういうことだ』

――貴様、遊戯を嗜んだことはあるだろう。遊戯に負けたとて、不覚とも言える程の痛みはあるまい?

魔王『つまり、これは遊戯であると』

――然り。

魔王『遊戯で命を落としてもいいと?』

――勘違いをしているな。もっとわかりやすく言おう。卓上ゲームの自分の駒が死んだからと、プレイヤーが死ぬことはあるまい?

魔王『駒だと? 貴様も何かに操られる駒なのか?』

――少し、話を変えよう。貴様は生まれた世界と、並行世界を知っているな。では、その他に世界が存在すると思ったことは?

魔王『……考えたことはある』

――そうだ。我と、我と対なる神は、それぞれ己の世界を持っている。そして今、我々の間で行われているのは、世界を取り合う遊戯。

魔王『合点がいった。遊戯だからこそ、双方の神から本気が伺えなかったのか。何かルールがあるのか、自身達が使える力にも制限をかけていると伺える』

――物分りのいいことだ。弄ばれたと怒っても良いのだぞ?

魔王『怒るものか。たかだか世界、たかだか命じゃないか』

――ほう、変わったな。貴様は少し面白い。

魔王『光栄だ。しかし所詮は無限にある命の内のひとつ。その内、つまらんと気付くだろう』

――そうだな。いつか、この戦いにも飽きる。

魔王『……それまで、俺はもつかな』

――もたせろ。簡単に死なれては、暴れ足りなくなる。

魔王『なら、負けるわけにはいかんな』

いつ終わるかわからない戦い。勝てるかもわからない戦い。無限の時間を持つ邪神にとって、飽きとはいつやってくるものなのか。
膨大な魔力のぶつかり合いが、いつしか無音に聞こえるようになった。疲労は麻痺し、命の削り合いさえ単調な作業となる。
これが無限地獄か。自分には相応しいではないか。

魔王『付き合ってやろう、悪趣味な邪神よ』





少女「……見つけた! あれじゃない?」

剣士「そうだね」

ずっと探していた、邪神を祀るほこらが見つかった。

少女「この辺、魔力の乱れがあるもん。絶対に、向こうの世界と繋がってるって!」

剣士「だといいが……」

次男さんの情報網をもっても、随分と時間がかかった。そもそも、ほこらという情報に行き着くまでも苦労した。
話は、魔王と邪神が戦った時に遡る。
あの後心配になった私たちは、様子を伺う為、向こうの世界を見に戻った。しかし私たちが戻った時、既に空間の歪みは消えてしまっており、向こうの世界とは完全に遮断されてしまったのだ。

剣士「こじ開けれそうかい?」

少女「任せて! よっこらしょっとぉ!」

剣士「おっさんか」

ぐぎぎぎぎ……。ちょっと気張る必要がある。
でも、魔力を使えばゴリ押しで……。

剣士「どりゃああぁぁ――ッ!!」

――開いた!!

べしゃっ

剣士「!?」

少女「おうっ!?」

開いた途端、何者かが地面に倒れ込んだ。
まさか亡者か……と思ったら。

傭兵「うー」

剣士「よ、傭兵さん!?」

少女「でええぇ!?」

傭兵「うーん……あれ、君たちは」

剣士「傭兵さん、わかりますか!? 俺です、剣士です!」

傭兵「……あぁ、覚えているとも。随分と成長したねぇ。レディも、ますます素敵になった」ニコ

剣士「そりゃそうですよ……」

向こうの世界は時間が止まっているのだろうか。傭兵さんは年齢が変わらないというか、ヒゲすら生えていない。

剣士「あれから、5年も経ったんですから」

傭兵「あぁ~、なるほどねぇ。通りで戦っても戦っても終わらない気がしたよ、アハハ」

剣士「……人間ですよね? 傭兵さん?」

少女「それで、戦いは!?」

傭兵「終わったよ、この間」

少女「傭兵さんが生きているってことは……」

傭兵「うん。邪神が戦いに飽きたんだよ」

剣士「飽き……」

少女「魔王は!? 魔王はどこに!?」

傭兵「僕の中にいるよ。……ぐっすり、眠ってるけど」

少女「眠ってる?」

傭兵「うん。もうほとんど力を使い果たして、限界だったようだ。元々、不安定な存在だったからね」

少女「そんな……」

何でなの馬鹿魔王。貴方に会う為に苦労したんだよ、苦労話くらい聞きなさいよ。
ここに来るまでにも色々あったし、私たちにも色々あった。

僧侶からの支配の愛嬌で壊滅状態にあった国だったけど、沢山の人達が協力して、復興させることができた。
その功労者である次男さんは、今やひとつの領地を任される領主だ。元反乱組織のメンバーも、彼の下に残っている。
剣士さんだって、まだまだ地位は低いけど、騎士の夢を叶えることに成功した。
私も今では、国一番の魔法士としての地位を確立することができた。

私のこと散々子供扱いしてきたくせに、どうして成長した姿は見てくれないの。ほんともう、タイミングの悪い魔王。

傭兵「大丈夫さ。確かに生きてるもの」

傭兵さんがニッコリ、自分の胸を叩く。

傭兵「十分に眠ったら、いつかは起きるものさ。でも眠り姫の中に居たくらいだから、彼もよく眠る方かな?」フフッ

少女「あああぁぁ!! それ5年前の話ーっ!」

剣士「今も大して変わってな」

少女「何か言った?」ギュウゥ

剣士「いづぅ~!?」

傭兵「ところで、君たちはどうなったんだい? 詳しく聞きたいなぁ~」

少女「えっ。えーと」

剣士「まぁ、まずは帰ってからゆっくり話しましょう。傭兵さんも戦いっぱなしだったでしょう?」

傭兵「そうだねぇ、お風呂に入りたいよ。あと紅茶を飲んで、麗しい貴婦人と甘いひと時を……」

剣士「はは、いいですね。行きましょう。剣、お持ちしますよ」

少女「行こうか」

早く目ぇ覚ましなさいよね。
おばさんになってから再会するの、女性としては微妙なんだから。

少女「あっちに馬車が――」

『――苦労をかけたな』

少女「……え?」

空耳だろうか。……懐かしい感じがした。

剣士「どうしたの?」

少女「あっ。何でもない!」

私は振り返り、彼らのもとへ戻る。
まぁ、いいか。魔王のことだもん、どうせすぐ起きてくるよね。

少女「帰ろうか、皆で!」

それまで私、待ってるから。



Fin




あとがき

ご覧頂き、ありがとうございました。
ラスボスの予定が僧侶から邪神になったので、終盤は主人公交代になりました。
書いたらテンポが悪くなる部分は省略したのですが、さじ加減は難しいですな。
キャラは結構気に入ってます。
コメント頂けると嬉しいです。
posted by ぽんざれす at 16:58| Comment(6) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

魔王討伐から13年後……(3/4)

弓師「はぁーっ!」

敵兵「カハッ」

弓師「あと1人……!!」

勇者の国の首都が制圧されて、約半年。
勇者と重騎士がやられたという報せは、世界中に大きな打撃を与えた。しかもその張本人が、同じ英雄一行の僧侶だというのだ。
魔物の何割かは僧侶に下ったが、かつての魔王に比べ兵の数は少ないらしく、少しずつ国を制圧していく戦略を取っていた。
英雄不在の世の中で僧侶に恐れを抱き、彼の軍門下に下る国も多数あった。
今や、僧侶に歯向かう者の方が劣勢という状況だ。

弓師(見つけた)

彼女も、そんな劣勢側の1人だった。
僧侶に立ち向かう意思のある者がそういう組織を立ち上げ、彼女もそこに属していた。

弓師(ここであいつを逃したら……あいつが危ない)

僧侶傘下の者達との戦闘後、彼女は逃走した敵を独断で追っていた。
何せ組織は偶然にも、ひとつの隊と鉢合わせてしまったのだ。ここで敵を逃がしてしまえば、居場所が割れてしまう。

リーダー『組織が本当に危険になった時、俺を見捨ててくれて構わない』

彼の言葉を思い出す。……今はまだ、その時ではない。そんな時、やってくるはずがない。

弓師(……見つけた!)

残り1人の姿を見つける。
逃げられる前に仕留めようと、木の陰から狙いを定める。……が。

――ドゴォン

弓師「っ!?」

木が衝撃で倒れてきた。魔法を放たれたようだ。
それに体がぶつかり、大きく吹っ飛ばされる。

弓師「ぐっ……」

敵兵「お前1人か? なら、手っ取り早いな」

敵兵がぞろぞろと出てくる。しまった、別の隊と合流していたか。
逃走……いや、無理だ。今のダメージで、逃げきれる気がしない。

「下っ端1人殺したところで、何にもならねぇな」
「なら、吐かせてはどうだ? ……なかなか、楽しめそうな相手だ」
「そうだな。身なりはこんなだが、面は悪くない」

――ゲスどもが。心まで僧侶に穢されたか、それとも元々の性質なのか。どちらにせよ、同じ人間として情もわかない。

弓師(ここは、自決する時……?)

手に持つ短刀をぎゅっと握る。勿論、怖い。怖いが、捕まればもっと酷い目にあう。
覚悟しろ。じゃないと……。

――どおおぉぉん

「がはあぁぁっ!!」

弓師「……え?」

文字通り、兵達が空の彼方へ吹っ飛んでいった。敵の魔法士も、ガードし切れなかった様子だ。
まさか、誰かが助けに来てくれたのだろうか?
キョロキョロ見回し、電撃を放った主を探す。

弓師「……あっ」

いた。

少女「……」

小柄な少女だ。長い髪、黒いドレス、不健康に白い肌――生気のない目。まるで人形のような雰囲気だ。
歳は、自分と同じくらいだろうか? 随分と、浮世離れした雰囲気だが……。

弓師「あ、ありがとう。助かったわ」

少女「別に」

弓師「えっと……貴方も、どこかの反乱軍の方?」

少女「違う」

あまりの無愛想さに気まずさを感じる。
駄目だ。感謝はしているが、苦手な雰囲気がする。きっと彼女も自分に用がないだろうし、早く立ち去った方が……。

リーダー「弓師! 大丈夫か!」

弓師「あっ」

その時、10人ほど引き連れたリーダーがやってきた。

弓師「ど、どうしたの」

リーダー「ばか、お前が突っ走るから。……来るのが遅かったみたいだけど」

弓師「ごめんなさい。彼女が助けてくれて……」

リーダー「ほう?」

お礼を言おうとしたのか、リーダーが少女の方を見た。
そして――目が合った2人は、互いに驚いていた。

リーダー「貴方は……」

少女「……次男さん? 剣士さんの、弟の」

弓師「………え?」





剣士さんを失ったあの日から、私は並行世界で過ごしていた。
滅びた世界は、敵も、味方も、誰もいなかった。それだけに、やりたい放題はできるのだけど。

魔王『覇あああぁぁ――ッッ!!』

どーん。魔王の魔法が地面をえぐる。
魔力は私のなんだけど、魔王は好き勝手使うんだよね。

魔王『どうだ、また威力が上がったぞ! お前はのほほんと過ごしているだけでレベルアップだ、こんなに理想的なことはあるまい!』

少女「ばぁか。どうするの、強くなって」

魔王『何かの為に強くなるのではなく、強くなる為に何かをなす男なのだ、俺は』フッ

少女「意味わからん」

元々戦いが嫌いだったくせに、こうなれたのが凄い。自分の世界を背負って、魔物たちを率いる立場になれば、変わらざるを得なかったのだろう。

少女「結局負けたけどねー」

魔王『もっと何かこう、ないのか!?』

少女「ないない」

まぁ、好きにすればいい。私に目的はない。
魔王が何をしようが、別にどうだっていい。

魔王『腹減った』

少女「めんどくさい……。野菜まるかじりでいいでしょ」

魔王『いやだ! 何か作ってくれ!』

誰が作ると思ってんの。あー、腹立つ。
適当にスープを作ったら、魔王は喜んで飲んだ。味覚を共有しているのに、食べることへの感じ方は全然違うみたい。

魔王『もう食材のストックがないな。そろそろ、取りに行こう』

少女「はいはい……」

この死んだ世界では作物が育たないので、食料の補給の時だけは、元の世界に戻る。
何て便利な移動能力。……僧侶から逃げる時、使えれば良かったのだけど。

魔王『これは僧侶にやられそうになった時、死に物狂いで生まれた能力だからな。逃亡中では使えなかったんだ』

だ、そうだ。

とにかく死に物狂いで生まれたその能力で、ごはんを取りに行くことになった。
それで、たまたま女の子が大勢の男に囲まれているのを見かけた。

リーダー「貴方は……」

少女「……次男さん? 剣士さんの、弟の」

そして、まさかの再会をしてしまったのだ。



リーダー「無事でしたか。行方不明とお聞きしましたが……」

少女「は、はい。次男さんも……」

リーダー「お陰様で。俺も今は追われる身ですが、僧侶に対抗する組織を立ち上げました。……まだ、勝てる見込みはありませんが」

少女「……あの、お兄さんのことは」

リーダー「はい……。俺もまだ、信じられません……。でも父も兄も、最後まで諦めなかったはずです。だから俺も、諦めません」

少女「……そう」

まっすぐな眼差しが、剣士さんにそっくりだ。
だけど服はツギハギだし、体も傷だらけ。それは彼の仲間もだ。よほど苦労してきただろうに、前向きな姿勢に頭が下がる。

リーダー「少女さんは、今までどうしていたんですか?」

少女「隠れてました」

リーダー「お1人で?」

少女「はい」

次男さんが怪訝な顔をする。そりゃまぁ、信じられない話だよね。
でも本当のことを話すのはややこしいので、こう言ってやりすごすしかないだろう。

少女「それでは私はこれで……」ソソクサ

半年の引きこもりのせいか、人と話すのは3分が限界だ。
多少不審に思われても、ここは撤退すべきだろう。

リーダー「待って少女さん」

少女「っ!?」ビクッ

リーダー「お1人なら、うちの組織にいてはどうですか?」

少女「ふぉっ」

組織。人がいっぱい。怖い。無理。

リーダー「僧侶は今でも、少女さんを探しています。貴方が捕まれば、世界が危険だ」

少女「な、なな何ゆえ!?」

リーダー「あぁ……存じませんでしたか。僧侶は邪神側に寝返ったのですが、邪神の力は完全ではないんです。なので邪神復活の為、英雄の子孫を生贄にしようと画策しているようです」

魔王『神族にとって力になるのは信仰だからな。人間側にとって希望となり得る奴ほど、生贄としての力は絶大だ』

リーダー「父や兄、勇者さんは強すぎて、生け捕りにできなかったようですが……。俺や少女さんは、危険です」

少女「……」

リーダー「これでも、うちの組織は戦力と情報力があります。1番安全なのは、俺達といることだと思います」

並行世界の方が安全なんだけどなー。

魔王『いいじゃないか、話に乗れば』

……貴方も邪神側じゃないの?

魔王『確かにそうだが、僧侶と組む気はない。俺には俺なりのやり方がある』

あぁ、そう。それはいいとして、何で話に乗るの?

魔王『今の俺の力があれば、こっちの世界にいても十分戦える。それにこいつ……剣士の弟を見捨てるわけにもいくまい?』

……

リーダー「少女さん?」

少女「あ、えと、その、えーと……わ、わかり、ましたっ」アワワ

リーダー「そうですか、そう言って頂けて何よりです。安心しました……。世界にとってもそうですが、兄さんが守った女性を見捨てるわけにはいきませんから」

少女「……」

リーダー「それじゃあ皆、拠点に戻ろうか。君、先帰って皆に伝えといて」

……良い人だなぁ。剣士さんに似て。
この人達の中でやっていくのか……。まぁ極力人との関わりを避けて、無理そうだったら並行世界に逃げよう。それがいい。

弓師「……」

少女「っ?」

さっきの女の子が、こっち睨んでるんだけど……。え、何、怖い。
関わらないようにしよう……。そそくさ。





拠点は森の中にある簡易キャンプだった。頃合を見ては場所を移動しているらしい。
組織の人数は100人くらいか。僧侶と戦うには、心もとない。

リーダー「あそこのテントが女性用で、寝る時は皆で……」

少女「ここでいい……」ガタガタ

リーダー「落ち葉に埋もれている!? いつの間に!!」

<勇者さんの娘さんだって?
<かなりの魔法士らしいぞ
<どれどれー

リーダー「皆が挨拶に来……あれ、少女さん!? どこに!?」キョロキョロ

少女(無理無理無理無理)カサカサ

魔王『芋虫のように落ち葉の下を移動するな!』

リーダー「困ったなぁ。少女さんはどこに……」

?「こちらにいらっしゃるレディじゃないかい?」

少女「!!?」

魔王『見つかったぞ。観念しろ』

リーダー「あ、そこでしたか。いやぁ、わからなかったなぁ」

?「まだまだ未熟だね。気配でわからなきゃダメさ」

リーダー「お恥ずかしい」

魔王『ほら、とっとと頭上げろ』

少女「うぅ~」ガサッ

太陽光がまぶしい。
と、目の前に手が差し出された。顔を上げて、その手の持ち主の顔を見た。

傭兵「はは、面白いレディだ。でも、せっかくの綺麗なドレスが汚れてしまうよ?」

あれ、どこかで見たような……。

魔王『大会の時、決勝で剣士に勝った男だ』

そういえば、そんな人もいたな。

傭兵「んー……もしかして人が怖いのかな、レディ?」

少女「ほげっ」

傭兵「図星のようだ。皆、挨拶は遠慮したまえ。麗しいレディの見目くらい、遠目から覚えられるだろう?」

そう言われた皆は、散り散りになっていった。
この人もこの組織にいたのか。かなりの戦力だし、組織での発言力も強いんだろうな。

魔王『キザ男が……。同じ男として、いけ好かん』ギリリ

でも、助かった。この人数と挨拶してたら、気力がやられるところだった。傭兵さんの気遣いに感謝する。

弓師「挨拶は当然の礼儀だと思うけどな」

少女「ひっ!?」ビクッ

弓師「……」プイッ

少女(さっきから何……)ガーン

魔王『助けてやったのに感じの悪い女だな。まぁ、言ってることは向こうが正しい』

何か一気に憂鬱になった……。

そんなわけで私は、皆さんと距離を置いた場所で過ごしていた。
しばらくして、リーダーさんが1人やってきた。

リーダー「次の作戦で、少女さんの力を借りてもいいでしょうか。魔法士が不足していましてね……」

次男さんは作戦の紙を広げながら説明する。
他の反乱組織が捕まったので、彼らを救出して仲間にしたい、というのが今回の目的だ。
その為に収監施設を襲撃する。施設には既に密偵を送っており、建物の構造は把握しているとのこと。

リーダー「少女さんは安全な場所から、魔法で援護して下されば助かります。危険になったらすぐ逃げて下さい」

随分と気を使ってくれているな……と思ったけど、魔王から突っ込みが入ったので、その言葉をそのまま伝える。

少女「えと……収監施設の警備兵の人数、こちらの倍以上いるみたいですが……」

リーダー「その全てを相手しないよう、迅速に作戦を遂行したいとは思っています」

少女「確実性は、ないんですか」

リーダー「まぁ、ね。彼らと合流すれば味方人数も増えますが……」

魔王『相手も素人じゃないんだぞ、馬鹿者。それに味方人数増やすと言っても、そいつらの武器はどうするんだ。せっかく救出した味方が死ぬことになるぞ、阿呆』

そんなにいっぺんに色々言えるか。
作戦を遂行するには人数が必要だけど、人数を集めるには作戦を成功させなきゃいけない。うーん、どうすればいいの、これ。

リーダー「数字の上では不安でしょうけど、不可能ではないですよ。うちは傭兵さんをはじめ、実力のある方が多数いますから」

少女「そうなんですか?」

リーダー「はい。首都が襲撃された日、剣術大会で凄腕の方々が集まっていたじゃないですか。彼らは今、この組織にいてくれてます」

なるほど。

リーダー「……父と勇者さんは僧侶に挑む前、俺達に避難するよう言ってくれたんです」

少女「お父様達が?」

リーダー「皆、自分も戦うと反論しました。ですが父と勇者さんは嫌な予感がしていたのでしょうね。彼らに市民の方々を保護するよう命じ、2人で僧侶に向かって行きました。……結果的に正解だったかもしれません」

魔王『立ち向かっていたら全滅……しかも次男が僧侶に捕まって、邪神復活だ』

そうだね。私は自分が逃げた時のことしか考えてこなかったけど、次男さんだって色々あったはずだ。
それに私と違って、ずっとこの世界で戦い続けてきたんだ。

リーダー「俺は英雄の息子ということでリーダーやらせてもらってますが、彼らのお陰で今までやってこられたんです」

魔王『今までやってこられたからと、今回も成功するとは限らんがな』

水を差すんじゃない魔王。

魔王『この俺を引き入れたのだから、もっと活用してもらわねば、やり甲斐があるまい』ククク

少女「?」

そして私は魔王の戦略を伝えさせられた。
次男さんはかなり驚いていた。けど私(魔王)の魔法の試し打ちを見せたら、どうやら納得してくれたようだった。





>作戦当日


私は襲撃する施設を見下ろせる高台にいた。
ものすごく不安だ。

魔王『不安がる必要はあるまい。ここなら魔法の射程範囲内だし、警備兵が来る前に避難できるだろう』

それは大丈夫だけど、前線に出る人達が……。

魔王『集団戦において犠牲ゼロは理想ではあるが、現実そうはいかないからな』

そういうの慣れてないから、何か……嫌だなぁ。

魔王『お前、よく知らぬ奴を案じることができるほど性格良くないだろ』

あ?

魔王『ともかく、こちらが十分な働きをすれば犠牲は減らせる。俺としても、戦力は減らしたくない』

そうだね。
……そろそろ、作戦開始の狼煙が上がる頃だ。

魔王『あれじゃないか、狼煙。よし構えろ』

少女「うん」

魔力を漲らせ、標的を施設に定める。
攻撃準備は私の役目。

魔王『塵となれ!!』

攻撃は魔王の役目。
狙い通り、施設の壁を外から破壊した。大きな音がこちらまで聞こえ、煙があがる。

魔王『よし、連続して撃つぞ!』

少女「わかってる」

言われた通り、再度魔力を溜め、撃つ。
建物の方からは喧騒と金属音。どうやら前線の人達が攻め入ったようだ。

魔王『味方のいない部分を撃つぞ。敵は混乱するはずだ』

施設の様子はよく見えないが、皆大丈夫だろうか。

魔王『む。敵がこちらに気付いたようだ。魔法士が自分の射程範囲に来ようとしている、避難するぞ』

何度か連撃を放った後、魔王がそれに気付いた。
言われた通り、私はそこから避難する。役目は終わった。

魔王『前方に敵3名が構えているぞ』

少女「えっ!? じゃあ逃げ道を変えないと……」

魔王『大したことない相手だ、一掃しろ』

少女「……」

魔王の言った通り、武器を持った兵が現れた。
兵は私を見つけたと同時、飛びかかってくる。

魔王『やれ!!』

少女「……っ」

言われるまま、魔法攻撃を放った。
近距離からの魔法は効いたみたいで、一擊で兵3人は倒れた。

魔王『さぁ逃げるぞ。ここを抜ければ、味方と合流だ』

少女「……うん」

振り返らずに行く。敵が生きているのか死んでいるのか、わからない。
……何か不思議な気分だ。人を殺めたかもしれないのに、動揺しないとは。

――お前、よく知らぬ奴を案じることができるほど性格良くないだろ

魔王の言う通りだ。

少女(……だからどうしたって話だ)

不毛なことを考えるのはよそう。





リーダー「少女さん。ご無事で何よりです」

少女「次男さんこそ」

合流地点に戻った時、次男さん達突入部隊の人達は傷だらけになっていた。
作戦は成功して仲間が増えたらしいが、誰がそうなのかはわからない。

リーダー「あとは交代で周囲を見張りますので、少女さんは休んでいて下さい」

少女「えぇ」

と、皆さんと離れたところに行こうとしたら。

弓師「ねぇ。その子も交代の見張りについていてもらったら」

わー、またこの子だ。

弓師「その子、今回1番安全なとこにいたから、1番元気じゃないの」

リーダー「魔力を回復させる必要があるだろう」

弓師「他の魔法士だってそうよ。何か特別扱いしてない?」

リーダー「彼女が1番消耗しているはずだ。それに彼女はうちの組織にとっては、お客さんのようなものだよ」

弓師「……ふん」

行っちゃった。……何か気まずいなー。見張りくらいやってもいいんだけど。

リーダー「すみません、失礼な奴で。彼女、同じ村出身の幼馴染でして」

少女「そうなんですか」

リーダー「……兄が手紙で貴方のことばかり書いてたから、その……色々と思うことがあるみたいで」

魔王『なるほど。少女は好きな男を奪った敵ということか』

いや剣士さんも私にそんな気持ちないし。そもそも手紙の内容は私のせいじゃないし。

リーダー「なので、あの……」

少女「わかりました、無視します」

リーダー「えっ!? は、はい、そうして下さい」汗タラー

次男さん、様子が変だなー。

魔王『今のは俺でも驚いたぞ……』





今回の作戦で私の立ち位置は確立された。

魔王『よし、ここらで逃げるぞ!』

安全な位置から魔法、危険になったら逃げる。これをいくつかの作戦で繰り返す。
不思議なことに、戦場に出ているという実感が沸かないくらい、私自身は危険な場面に遭遇することはなかった。

魔王『ふ。俺のお陰だな』

少女(そうだね。癪だけど)

こんなでも魔王なだけあって、危機察知能力は高いのだ。それも戦いを重ねるごとに現役時代の勘を取り戻していき、今ではかなり調子づいている。

リーダー「少女さん、お疲れ様でした。今日も良い調子でしたね」

少女「はい、お疲れ様でした」

なのだけど……。

弓師「……」ジト

少女(無視、無視)

一部の人からはどんどん嫌われている気がする。
次男さんのお陰か、嫌がらせはされないけど。

魔王『そりゃ誰ともコミュニケーション取らず無愛想にしてて、1番安全なポジションにいて、それなのに活躍はして、特別扱いされて、上の連中から気に入られてるんだから、鼻につくだろうな。同性からは特に』

コミュニケーション取らなきゃいけない意味がわからないし、安全な場所から攻撃するのが1番確実なんだから仕方ないでしょ。
誰に気に入られてるかとか、私は知らないし。

魔王『そういうところだ、嫌われるの』

知るか。

傭兵「レディ、目つきが険しいよ。そういう顔ばっかしてたら、可愛い顔がそういう風になっちゃうよ?」

少女「うわっ」

傭兵「食事を持ってきたよ。君は少し太った方が、より魅力的になる」

少女「ど、どうも」

魔王『ああいう男は女であれば誰にでもああなのだ。お前のような乳臭いガキ、女として見られていないからな』ビキビキ

言われなくたってわかってるっての。
傭兵さんは、私に気軽に声をかけてくる数少ない1人だ。一方的に馴れ馴れしくて、物凄く苦手なんだけど。

傭兵「君はたまに心ここにあらず、って感じになるね」

少女「えっ!? そ、そんなことないです!」アセアセ

傭兵「ははっ、空想癖があるのもミステリアスでいいと思うよ。もしかして、妖精さんでもいるのかな? オーケー。妖精さんが見えるのは、君がピュアな証拠さ」

少女&魔王(何言ってんだコイツ)

傭兵「そんなレディに朗報だよ。次の作戦を成功させれば、個室が貰えるかもしれないよ」

少女「個室?」

傭兵「僧侶と敵対している国から、組織に依頼があってね。その作戦を成功させれば、砦が貰えるそうなんだ」

少女「なるほど」

傭兵「レディは今や組織のリーサルウエポンだからね! 個室を貰うに相応しいよ。そうすれば、妖精さんとじっくり語り合う時間が作れるね」

妖精さんとは今もじっくり語り合ってるけど、ベッドで寝られるのは魅力的だ。
リーサルウエポンか……その役目を全うし、個室を手に入れるよ、妖精さん。

魔王『個室の為に散る、敵の命』


そして中略。
国からの依頼内容は色々と複雑な作戦だったようだけど、私はいつも通り遠くから魔法を撃っていただけだ。
むしろ国からの戦力や武器の支援があったお陰で、いつもよりスムーズに勝利できたらしい。

そして……

リーダー「少女さん、ここが貴方の部屋です。ご自由に使って下さい」

念願の個室が手に入ったあああぁぁ!!
ずっとここに引きこもる! この部屋は私の要塞!

リーダー「この砦を守ることも、今後の我々の仕事になります。少女さんの部屋は見晴らしのいい位置にありますので、場合によってはここから撃って頂く場合も……」

少女「むしろウェルカム」ダラダラ

リーダー「そ、そうですか。それでは幹部同士で話し合いがあるので、これで」

魔王『参加させてもらったらどうだ』

少女「やーだー。ベッドから離れたくなーい」ダラダラ

魔王『化石人類……』

少女「やりたいことあったら、勝手にやって。私は寝てる」

魔王『お前、本当に堕落したな』

堕落で結構。夢も希望もなく、心を寄せていた相手を失った私なんてこんなもんです。
今はその人の弟さんを守るためにいるだけで、私自身は何もしたくありません。

魔王『今のお前を剣士が見たら、何と言うかな』

うっさいな。
魔王の言葉全部無視してたら、そのうち静かになった。それで退屈になって、やがて私の意識は眠り始めた。



剣士『少女さんは偉い! 俺、頑張る子は応援するよ!』

ごめんね剣士さん。頑張れなくなっちゃった。

剣士『俺の夢は、かっこいい男!!』

夢は叶っていたよ、剣士さん。私は貴方に助けて貰えたんだもん。
……何で、私なんだろう。
そんな価値、私になかったじゃない。生きているべきなのは、剣士さんの方じゃない。
自分の足で前に進めない。進みたくない。剣士さんに背中押してもらえなければ、立ち止まっていたい。私はそういう、どうしようもない奴。



少女「……うー」

中途半端に寝たので、頭がガンガンする。夢見も悪かった。
時刻はまだ夕方で、外は賑わっている。

少女「んー?」

寝ぼけ頭で窓の外を見てみた。

リーダー「はぁっ!」

傭兵「攻撃が甘い! もっと体全体を使って打ち込むんだ!!」

次男さんと傭兵さんが打ち合いをしていた。他の人達もその様子を見ている。
……何かこんな光景、昔もあったな。そういえば剣士さんを初めて見た時も、こんなんだったっけ。

リーダー「ぐはっ」ベシャッ

傭兵「ほら、立って。敵は待っててくれないよ」

リーダー「は、はい……」ゼェゼェ

……へぇ。今まで見てなかったけど、こうやって修行してたんだ。
次男さん辛そうだな。あまり体格に恵まれていないもんな。元々、剣を振るより本を読むのが好きな人だもんね。
それでも頑張っているんだ。残された英雄の子として、組織のリーダーとして。

傭兵「攻撃が単調になってきてるよ!」

リーダー「はい……はぁ、はぁっ」

……頑張ってるなぁ。
初めてかも。剣士さん以外の人が頑張っているのを見るのは。
それに傭兵さんも真剣だ。あんな顔、普段はしてないのに。

魔王『人には色んな面があるだろう? 誰もが生きる為に、頑張っているのだ』

少女「……私とは違う」

魔王『お前も変われる。人より遅いだけだ』

少女「元々、貴方のせいでしょって」

魔王『だから、お前の手助けをしてやっている。少しは許せ』

少女「……ふん」





リーダー「俺達の隊は遠征へ向かいます。少女さんは、砦を守っていて下さい」

少女「行かなくていいんですか、私」

リーダー「はい。少女さんの力は、守りの方が発揮されますからね」

砦に来てから何度か防衛戦をやったが、彼の言う通りだ。敵に攻め入るよりも、防壁の中から攻撃を放っている方が遥かに楽だ。
それに組織の戦力も増え、魔法士は足りている。遠征部隊の攻撃力は十分だろう。

リーダー「砦の人手は手薄になります。傭兵さんも残るので心配はいらないと思いますが……」

少女「え。行かないんですか、彼」

リーダー「今回の遠征、難易度が低くて。やる気が出ないと言われましてね」

戦いに楽しさを求めるタイプなのか、知らなかった。
とりあえずそういうことで、遠征へ向かう次男さん達を見送り、砦の警備に勤しむことにした。

魔王『砦の周囲、感知できる限りでは人の気配なし』

少女「そう、異変あったら起こして~」

魔王『勤しむんじゃなかったのか!』

少女「仕事がないのに勤しんでも仕方ないじゃない」

魔王『お前、最近たるんでるぞ! 砦の中だけでいいから、少し歩け!』

少女「えー」

魔王『えー、じゃない! その内、ブクブクに太るぞ!!』

それは嫌。
気は進まないけど、魔王に言われた通り、砦内を散策することにした。しばらく引きこもっていたから、歩くのしんどい……。
あ、誰かそこにいる。警備中かな。

傭兵「……ということがあったんですよ、麗しきご婦人。正に運命。そう思いませんか?」

婦人「まぁ、ウフフ」

傭兵「是非、この僕と! 忘れられない夜を過ごして頂けませんか!」

……うわぁ。

婦人「ふふ、次にお会いする時に返事致しますわ。そろそろ主人が帰ってくるので……」

傭兵「はい。次に会えるその時まで、貴方を想っております……」ペコリ

……白昼堂々と不倫か。最低。

傭兵「おや。そこにいるのはレディじゃないか。珍しいね、部屋から出てくるなんて」

少女「散歩です」

傭兵「どうしたんだい、そんなに目を細めて」

少女「今の見てたので」

傭兵「ははっ、僕は自由なのさ。障害が多ければ多いほど燃える、そういう熱いハートを持っているんだ」

少女&魔王(本当に何言ってるんだコイツ)

傭兵「最近ちょっと刺激が足りなくてね。ご婦人との密会は刺激的でいいね」

少女「はぁ。毎日のように戦っているのですが」

傭兵「そうだけど、ここのところ安定しているじゃない? 良いことなのだけれど、物足りなくてねぇ」

少女「変わってますね」

傭兵「僕はいつだって、ワクワクを求めているのさ」

見た目は女性ウケしそうな人なのに、幼いなー。
私よりかなり歳上なので、そういう大人はなんだかなー。

魔王『年相応に成長していないのはお前もだからな』

うっさいわ。
何か疲れたから部屋戻る……。

魔王『どんどん老化してるな、まだ14なのに……』

敵が来たら教えて。

魔王『あぁ、何者かが近付いている気配は……ん?』

どうしたの?

魔王『地面の方に意識を向けていたが、上空に気配が……』

移動魔法の使い手? 皆に知らせないと……。

魔王『っ!? 速い! それにこの魔力は!!』

な、なに!?

魔王『人外の者の魔力だ!!』

!?

屋上まで駆け上がる。
上空……目では見えない。だけど魔力は確かに感じる。
魔力を滾らせ、狙いを定め――

魔王『覇ああぁぁっ!!』

撃つ。調子は快調。
空中で爆撃音が鳴った。

傭兵「何かあったのかな、どうしたんだいレディ」

何人かが屋上に駆け上がってきた。

少女「それが……」

脅威は去った。そう思い油断していると……――

傭兵「っ、下がって!」

少女「えっ」

傭兵が前に駆けた。
何だ――と思った次の瞬間。

――ガキィン

少女「!!」

傭兵の剣が何かを弾いた。散ったそれは、魔法の残骸。

傭兵「全員、戦闘態勢! これは……かなりの大物だね」

少女「えっ……あっ!?」

体が勝手に動く。魔王の仕業だ。

魔王『チッ……ついに動き出したか。見ろ、上を』

少女「!!」

上空。それは魔力を抑えながら、なおも禍々しい力を放っていた。
忘れもしない。あの時、最大の恐怖を与えられた相手。忌々しい、因縁の相手――

僧侶「皆さん、ごきげんよう」

闇装束に不釣り合いな、温和な顔。
切り取られた左腕の袖が、魔力の圧でなびいている。

少女「僧侶!!」

僧侶「久しぶりですね、忌まわしき不幸な少女。それにもう1人……」

魔王『……ッ』

僧侶は、私の中にいる魔王を見ているようだった。
ニヤリ。不敵な笑みが気味悪い。

傭兵「たぁっ!」

僧侶「おっと」

有無を言わさず傭兵さんが仕掛ける。
後援の人達もそれぞれ援護射撃をするが、僧侶はそれらを全て回避する。

傭兵「レディ目当てかな? 君にあげられる程、安いお嬢さんではないんだよ」

僧侶「ふふ、わかっていますよ。貰えないなら、奪うまでです」

互いに攻撃をかわしながら、言葉をかわしている。
実力は拮抗している。……僧侶が手加減している、現状なら。

魔王『油断している内に殺るぞ!』

少女「う……うん」

構えるけど、頭の中は疑心暗鬼。
僧侶は殺せるの? 剣士さんと戦っていた時の光景を思い出す。剣士さんに胸を貫かれても、僧侶は死ななかった。それに、その後の光景――剣士さんを奪った、亡者。

魔王『殺せる。剣士の攻撃が、急所を外していただけだ』

魔王は私の不安を一蹴する。

魔王『一擊で仕留めればいいだけのこと。俺を信じろ!』

少女「うん……!」

魔力を滾らせる。狙いを定め……

僧侶「そうはさせませんよ!!」

少女「……ッ!!」

ぶわっ。僧侶を中心とした衝撃波が放たれ、そこにいた人達は吹っ飛んだ。
ここは屋上で、そんなことされたら――

少女「ひゃああぁッ!!」

落下する感じがあった。
魔王が何か言ってるけど、頭が回らない。まずい、これ、死ぬ――!!

傭兵「レディ!」

少女「あっ」

腕を掴まれ、上に引っ張り上げられる感覚があった。
傭兵さん。彼は吹っ飛ばされず、踏みとどまったようだ。

少女「あ、ありがとっ、ございます!」

傭兵「君はなるべく距離を置いたところから援護して。妖精さんと話す時間が必要だろう、レディ?」

少女「えっ」

僧侶「逃がすか!」

少女「……っ!!」

僧侶の魔法が私を狙ってきた。傭兵さんがそれを弾く。
やはり僧侶は、私をマークしている。いつも通り安全な位置からチマチマは通じそうにない。

魔王『この位置からやるしかない! 防御も逃走も考えるな、ひたすら撃つぞ!!』

少女「うん……!!」

メチャクチャな戦法かに思えたが、意外に戦況は変わった。
至近距離からの魔法攻撃に、僧侶はやや押され気味だ。それに加え傭兵さんや、皆さんの援護射撃。
防御や逃走を考えるまでもなく、僧侶には攻撃を展開する余裕がない。

僧侶「くぅ、烏合の衆が……」

傭兵「何か勘違いしているようだけど……」

僧侶「!!」

傭兵さんが僧侶の背後に回った!

傭兵「時代は変わったんだよ、中年殿」

ザシュッ――首が貫かれる。
剣はそのまま縦に振られ、僧侶の頭を割った。

傭兵「少数精鋭で魔王を倒すなんて、今時ナンセ~ンス。数で攻める方が確実だよね~。あと英雄を超える者が現れること考えてないのかな~。過去の栄光にすがりついているから」

魔王『えぇい、もういい! 耳が痛い!』

少女「あの、もう死んでますけど」

傭兵「うーん、短くバシッとキメるのは難しいねぇ」

……それにしても、まさかこんなところで決着がつくなんて。
世界の脅威。因縁の相手。僧侶はそういう存在だから、手の届かないところにいるような気がしていた。
そんな相手が、そこで死体となっているとは……。
……本当に死んでる、よね?

魔王『生命反応は消えた。魔力の残滓が消えてはいないが……』

あっさりだったなぁ。いや傭兵さんや皆さんの力があってこそだけど。
ぽかーんとしている私とは対照的に、皆さんは報告やら何やらがあるのかバタバタしている。

傭兵「ほら、立ってレディ。死体の側にいつまでも居るものではないよ」

少女「あ、は、はい」

傭兵「レディは妖精さんとの会話に夢中になりすぎるところがあるね。自分で判断して動いてみることも大事だよ、とお兄さんがアドバイスしておこう」

少女「そ、その妖精さんて」アワワ

傭兵「僕は麗しき天使ちゃん達に癒されに行くんだ~。楽園が僕を待っている」フフフ

少女(……単なる変な人か)

魔王『えぇい虫唾が走る!!』

と、お花畑でダンスしているような傭兵さんの目つきが変わった。

傭兵「……どうやら、楽園はまだのようだ」

魔王『っ!? 妙だ。魔力の残渣が、僧侶の死体に集まっている……しかも、生命反応が復活しているだと!?』

少女「えっ!?」

魔王『とにかく終わっていない! 今のうちに――』

――硬直。

溢れ出す魔力。この感じを知っている。
咆哮、腐臭。これは、あの時の、亡者の――

少女「い、いやああぁああぁあぁ!!」

魔王『これは……!!』

溢れ出す亡者。阿鼻叫喚に染まる一帯。
そしてその中心で、ありえないことが起こった。

僧侶「……ふぅ」

立った。死んだはずの僧侶が。
半分に割られた頭はくっつき、傷跡だけが生々しく残る。

魔王『何だ、あの技は……』

僧侶「聖魔法と呪魔法の合わせ技ですね」

魔王の言葉が聞こえているらしく、僧侶は返事をする。

僧侶「あらかじめ、自分に”死んだら蘇生魔法がかかる”という呪術をかけておきました」

魔王『2つの世界の神が認めなければ、そんなことはできないはず。ありえん……』

僧侶「さてね。神々の意思は計り知れないです。ともかく僕は、それができる」

そんなの、倒しようがないじゃない!

がしっ――腕を掴まれる。この感触は……亡者!?

少女「いやっ、いやああぁぁ!!」

魔王『しっかりしろ! 呪術魔法は、気をしっかりもてば抵抗できる!』

そんなこと言ったって……!!

僧侶「それは酷なことですね。彼女は案外、解放されたがっているのでは? ……引きずり込まれれば、剣士君と再会できますからね」

少女「……剣士さんと?」

魔王『惑わされるな、ここに剣士はいない!』

僧侶「いますよ。君も亡者になればわかるはず。さぁ、楽になりましょうよ」

――ッ


だめ、もう……――意識が……





少女(魔)「久々に、全力が出せる――!!」

僧侶「ッ!!?」


――


少女(魔)「恐怖で意識を失うとは、心弱き者め。まぁ都合はいいがな」

僧侶「ぐ……」

少女の意識は枷。枷がなくなったことにより、魔王の力を抑えるものはなくなった。
そして亡者の群れは一気に消し飛んだ。丁度半年前と、状況は同じだ。

少女(魔)「手の内を晒してくれて嬉しいぞ、亜人よ」

僧侶「くっ、死にぞこないめ!」

傭兵「な、何だ?」

亡者に呑まれそうになっていた周囲の者達は呆気に取られていた。
少女は性格と声が豹変しただけでなく、その魔力も異質なものとなった。

少女(魔)「どうやら貴様を殺すことはかなわんようだ。しかし、殺すだけが手段ではない。……例えば無限地獄に封じ込めるとかな」ニヤリ

僧侶「調子に乗るな。2つの神の力を扱う僕が、お前などに……」

少女(魔)「――半端なのだよ、亜人」

僧侶「がはぁ!?」

一擊、魔法を叩き込んだ。その圧は、少女の意識があった頃の比ではない。
自動的にダメージは回復していくが……

少女(魔)「回復がダメージに追いつかないこともあるのだろう? ……その隻腕で実証済みだ」ゲシッ

僧侶「ぐぁっ」

少女(魔)「どこかに閉じ込めて、永遠に拷問を繰り返してやるのが最適か? まぁ体は死なぬとも、心は死ぬだろうな」グリグリ

僧侶「くっ……こんなはずでは……」

少女(魔)(それにしても……)

2つの神は何のつもりだ。こんな半端者に力を与えるとは。
僧侶を操って何かを為そうとしていたのか? ……気まぐれと言われれば、そこまでだが。自分も邪神の力を借りている身だ、文句を言える立場ではない。

傭兵「レディ……? 君は一体……」

皆が遠巻きに見る中、傭兵だけが近づいてきた。やはり肝が座っているというか、変な奴だと思う。

少女(魔)「……お前が言うところの妖精だ。気にするな」

傭兵「わかったよ妖精さん。僕たちにできることはあるかい?」

少女(魔)「各方へ報告の義務があるだろう? 此奴の処理は俺が引き受ける」

傭兵「オーケー、任せるよ」

さて、どうしてくれようか。……いや、待て。

ゴロゴロ……

少女(魔)(見ていたか――神々よ)

そういうことか――魔王は神の意図を察した。だが――

――バリバリイイィィッ!!

少女(魔)(……容赦ないな)

神々からの鉄槌は、逃げる隙も与えられなかった。
その雷はまるで無差別かのように周囲を巻き込みながらも、確実に僧侶を仕留めにかかっていた。

僧侶「かはぁっ……」





僧侶『うぅ……』グスッ

勇者『男が泣くものじゃないぞ、僧侶』

僧侶『ごめんなさい、勇者さん……僕が亜人だから、村に入れなくて……うっ、うぇっ』

勇者『気にしなくていい。そんな理由で拒否する連中、こちらからお断りだ』

僧侶『僕……人間にも魔物にもなれない、半端な奴だから……』

勇者『生まれは自分で選べないからな』

僧侶『僕なんかが、勇者さん達と一緒にいたら……駄目なんじゃないかって……』

勇者『違うぞ、僧侶。俺はお前だから、仲間に入れたんだ』

僧侶『僕だから……?』

勇者『あぁ。お前は誰よりも勤勉で、信仰に厚い。きっと何かを為せる奴だと信じている。だから俺は、お前を気に入っているんだ』

僧侶『勇者さん……』

勇者『賢者も、重騎士も同じ。お前を大事な仲間だと思っている。そこに誇りを持ってくれ、僧侶』

僧侶『……はい』


勇者さん――生まれなんて関係ないって言ってくれたのは、貴方じゃないですか。だから僕は、絶望せずに前に進めたんです。
なのに貴方は、我が子にはそうじゃなかった。僕に言ってくれた言葉は嘘だったんですか? それとも、僕が身内じゃないから?

僕が支えられた言葉って、何だったんだろう。
悲しいなぁ……。





少女(魔)「ゼェ、ゼェ……」

攻撃を喰らうと同時、体内の魔力を防御と回復に集中させた。
お陰で少女の肉体は何とか命を繋いだ。これで危険は脱したはずだ。
僧侶は恐らく即死。あとの被害者は……――

少女(魔)(こいつも、見捨てるわけにはいかんな……)

不幸にも巻き添えを喰らった傭兵が倒れていた。彼ほどの実力者でも、どうしようもなかったようだ。
魔王は彼の生命反応を確認すると、回復の為に魔力を滾らせた。

少女(魔)「他に回復術が使える者は手伝え……かなり危険な状態だ」

その命令で3人ほど回復士が来たものの、それで足りるか不安だ。

少女(魔)(しかし、まずいことになった……)

「あの僧侶を倒すなんて、やりましたね」
「流石、勇者様の娘さんですね!」

その瞬間を見ていた者達は、少女が僧侶を倒したと考える。当然だ、誰も魔王を知らない。
少女は人々の英雄とされる。つまり信仰が集まってしまう。……邪神にとって彼女は、最高の贄となったわけだ。

少女(魔)(俺の正体を明かすか? ……それが広まれば魔物たちは沸き立つ。そうすれば邪神への信仰が集まる)

どちらにせよ、邪神に都合がいい展開だ。

わーわー

少女(魔)(……今は、再び魔王の座に君臨する好機でもある)

ここにいる人間達など簡単に吹っ飛ばせる。
僧侶の首を持って堂々と魔王復活を叫べばいい。僧侶に支配されかけ、同種族同士で消耗していた人間達など、恐れる必要はない。

――そう、したいのなら。

少女(魔)(そんなことして、何になる?)

自分が魔王になったのは、世界と同胞を守る為。
しかし世界は滅び、同胞達はこちらの世界に移住した。魔物たちは肩身の狭い思いをしてはいるものの、世界滅亡の恐怖に怯えることなく過ごせている。
……これ以上を望んで、どうする? 人間の命を徹底的に蹂躙し、魔物たちも消耗し、この世界を乗っ取ったとして……その先にあるものは?

少女(魔)「……っ、まずい」

今は目の前のことだ。回復もむなしく、傭兵の生命反応がどんどん弱まっている。
この男も戦いを生業としている者。死の覚悟は一般人よりはできているだろう。それに、自分も気に食わなかった奴だ。
それでも自分は、傭兵をよく知ってしまった。1人の武人として、こんな死に方を惜しむ程度には。

少女(魔)(……仕方ないか)

魔王は決断する。迷っている暇はない。

そして――





少女「ぅ……」

気を失ったようだ。ここは私の部屋のベッド。
あれ、僧侶との戦いは……魔王? ねぇ魔王、どこ……――

リーダー「少女さん! 良かった、気が付いたんですね」

少女「うひぃ!?」

リーダー「あぁ、驚かせてしまって。体は痛みませんか?」

少女「あ、はい。えぇと……状況が思い出せなくて……」

リーダー「俺達が要塞を出た後、僧侶が攻めてきたらしく。……激戦の末、少女さんが僧侶を討ったと」

少女「えっ!?」

……あー、魔王か。

少女「そ、そうなんですよー。えーと、皆さんの御力があってー」

リーダー「……」

少女「……?」

リーダー「少女さん。無理しなくて大丈夫です。……全部聞きましたから、俺」

少女「え?」

リーダー「貴方には……魔王が憑いていたと」

少女「っ!?」

知られてしまった!?
魔王、何かやらかしたの!? ちょっと魔王、返事は!? ねぇ!?

リーダー「ご心配なく。その話を聞いたのは、俺だけですよ」

少女「ま、魔王が言ったんですか? 魔王が返事しなくて……」

リーダー「そうです。ねぇ、入ってきて下さい」

少女「え?」

次男さんに呼ばれ、部屋に入ってきたのは……

傭兵?「よぉ、寝起きの顔はひどいな」

少女「え、傭兵さ……え?」

傭兵さんて、こんなキャラだったっけ? 戦いで頭打っちゃった?

傭兵?「俺を忘れたか。魔王だ」

少女「…………え」

思考停止。

少しして説明を受けた。
瀕死状態になった傭兵さんを救うべく、魔王が彼の中に入り込んだらしい。私も傭兵さんも意識はなかったので、移ることができたそうだ。理屈はよくわからないけど、そういうものらしい。

傭兵(魔)「しかしこの男、意識に負ったダメージも思ったより深刻でな。しばらく目覚めそうにない」

少女「魔王、傭兵さんのこと嫌ってたのにね」

傭兵(魔)「あぁ、嫌いだ。しかし、それとこれとは話が別」

少女「とか言って、顔がいい男に憑依したかっただけじゃないの~」

傭兵(魔)「何だと貴様ぁ!!」

リーダー「ま、まぁまぁ」

次男さんが間に入る。こうやって魔王とのやりとりに第三者が入ってくるのは、とても新鮮だ。

リーダー「今は人の出入りを制限していますが、表は凄いですよ。少女さんを讃える声で一杯だ」

傭兵(魔)「迂闊だった。まずいことになった」

少女「そうだね……寝てただけなのに英雄にされるとか、勘弁して」

傭兵(魔)「そうではない。……邪神はこれを狙っていたのだ」

少女「?」

魔王の説明によると、私は英雄になったことにより、邪神に狙われる身になったらしい。
邪神が僧侶に力を与えたのも、私に倒させる為ではないか……というのが、魔王の推測だ。

少女「な、なんてことに……」ガタガタ

傭兵(魔)「そこまで怯えなくていい。俺が守ってや……」

少女「邪神の配下の貴方に何ができるってのーっ! ってか、貴方も邪神復活派なんじゃないの!? このーっ!」

傭兵(魔)「いだーっ、枕を投げるな、いだだっ!」

リーダー「お、落ち着いて」オロオロ

傭兵(魔)「まず1つ誤解があるようだが、俺はこれ以上世界を引っ掻き回す気はない。それに僧侶がやられ、邪神に対する信仰もますます弱まった。今の邪神は、俺が対抗できぬ相手ではない」

少女「ほんと?」

傭兵(魔)「あぁ。信じろ」

少女「……うー」

リーダー「少女さん、信用しましょう。魔王は今まで我々の味方をしてくれていました。それに長年一緒にいた少女さんを想う気持ちだって……」

少女「それは絶対にない!! 魔王に限ってない!!」

傭兵(魔)「こんなグータラ小娘、知ったことか!! 俺に不都合だから守るだけで、本当は性格の良い美女を守りたいわ!!」

ギャーギャー

リーダー「あ、あのー……と、とにかく、俺も協力しますから、少女さんを守りましょう」

傭兵(魔)「僧侶のような輩がまた出てくるかもしれんからな。とにかく徹底的に防御を固め……」

『そうはいきませんね』

!?

その異質な声に振り返ると、窓枠に1羽のカラスが止まっていた。

カラス「おめでとうございます、あの亜人を倒されたようですね」

傭兵(魔)「貴様、邪神の使いだな。早速、こいつの命を取りに来たか?」

カラス「とんでもない。邪神様のご意思を伝えに来ただけですよ」

傭兵(魔)「邪神の意思とは?」

カラス「あの亜人のように、大仰なやり方はしませんよ。……彼女の方から、邪神様の元へ来て頂けるのなら」

傭兵(魔)「ほう。自分から来なければ、また僧侶のような輩を生み出すと」

カラス「おや、そう受け取られてしまいましたか。少し誤解があります。何故なら彼女は、自ら邪神様の元へ来るでしょうから」

傭兵(魔)「寝ぼけているのか? 誰がそんな自殺行為するものか」

カラス「いいえ、来ます。……これを見れば」

傭兵(魔)「!?」

カラスから魔力が放たれ、壁にこことは違う場所の映像が映る。
亡者たちだ。いつ見てもおぞましい光景。こうして画面越しに見れば、随分マシだけど――

少女「……っ!?」

リーダー「あっ!?」

傭兵(魔)「あれは……!!」

そこに映る人を見た時――私たちは、驚愕した。
あれは。まさか。どうしてここに。だって――

少女「剣士、さん……?」

私たちがよく知った、彼がいたのだから。
剣士さんは亡者の群れに囚われていた。目を閉じ、ぴくりとも動かない。

傭兵(魔)「……あれは生きているな。あの時、殺さなかったのか」

カラス「はい。邪神様の命により、生かしてあります」

傭兵(魔)「生贄にすれば良かったのではないか」

カラス「勇者の仲間の息子、というだけでは、生贄として弱すぎます。それよりは……もっと強い信仰を持つ者の呼び餌に使った方が効率的」

カラスは私の方を見た。

傭兵(魔)「次男を狙っていたのは何だったんだ」

カラス「彼は保険です。もしかしたら彼が亜人を……という可能性もありましたから」

傭兵(魔)「ほう、剣士を捕らえた時から計画済みだったのか。ますます僧侶が哀れになるな」

少女「け、剣士さんを解放して!」

カラス「では」

カラスと目があった途端、頭がクラッとした。

カラス「今、貴方の脳内に、邪神様の居場所をお送り致しました。あとは貴方自ら、彼を助けに来るだけです」

傭兵(魔)「……」

カラス「来るか来ないかは、貴方次第。……それでは」

返事を聞かず、カラスは飛び立っていく。
残された私たちは、呆然としていた。

傭兵(魔)「……乗るなよ、少女」

最初に切り出したのは魔王だった。

傭兵(魔)「剣士が助かったとしても、邪神が復活すれば意味がない。剣士も、そんな世界で生きていくのは苦痛だろう」

少女「う、ぅ……」

言われなくたってわかっている。理解はしている。だけど気持ちが追いつかない。
剣士さんが生きてるのに、助けられるかもしれないのに、動くことができないなんて――
だからって、私に何ができる? 私自身が生贄になって、世界を陥れる? ……剣士さんにとっては最悪じゃない。
だから、何もしない? 剣士さんを見捨てる? ……それだって嫌だ。だけど……駄目だ、堂々巡り。

リーダー「……あの」

空気が重くなったところで、今まで黙っていた次男さんが口を挟んだ。

リーダー「もし、少女さんが邪神の元へ行かなかったとしても……邪神は次の手を打ってくるはずです」

傭兵(魔)「その時はその時だ」

リーダー「けど、少女さんはその度に葛藤するはず。……そんな状態が続くのは、辛いはず」

傭兵(魔)「だから、早めに行ってしまえと?」

リーダー「そうじゃない。俺だって何が最適かわからない。答えなんか出せる気がしないです」

傭兵(魔)「それで、何が言いたい?」

リーダー「今すぐ決断しなくていいと思います。色んなことが立て続けにあって、少女さんだって混乱してるでしょう。余裕がないと、考えることもできないですよ」

傭兵(魔)「……確かにな。お前の言う通りだ」

少女「次男さん……」

傭兵(魔)「俺も少々疲れた、今日は休ませてもらう。少女……早まった行動はするなよ?」

少女「……うん」

リーダー「僕も仕事が残っているので、これで」

ぱたん。部屋から人がいなくなる。
誰もいない静寂……何げに初めてかな。以前魔王が一時的にいなくなった(正確に言えば意識を閉じていた)時は、剣士さんがいたから。

行動を起こすチャンスではあるのだけど、どうしていいかわからない。
つくづく思う。私は1人では何もできない。

どうすればいいんだろう。
行くか、行かないか、二択が選べない。今すぐじゃなくていいと言われたけど、いつまでもこうしてはいられない。

うじうじ。

そうこうしている内に夜が明けた。色々思い悩んで(あと先にたっぷり寝てたので)一睡もできなかった。
朝食をとって髪を整えた辺りで、次男さんが来た。

リーダー「あの。昨日は言いそびれたんですが……。少女さんに伝えるか、迷ったんですが……」

少女「何ですか?」

リーダー「行方を眩ませてた賢者さんが、見つかりました」

少女「……あぁ」

お母様か。そういえば、どうなったのか聞いていなかったな。行方を眩ませていたことすら知らなかった。

少女「相変わらず、お人形を抱いてるのかしら?」

相変わらず、と言っても会ったことはない。
聞いた話だと、母の時間は10代で止まっているようだ。赤ん坊の人形を我が子として可愛がっていて、それはそれは幸せそうだとのこと。

リーダー「……そうらしいです。国の重役の方々が避難させていたそうですが、世界の現状はご理解されていないようで……」

少女「戦えばいいのにね」

リーダー「いや、そういうわけには……。今は、こちらにいらっしゃるようです」

次男さんは簡単な地図を差し出してきた。
話は終わったようで、彼はドアの方へ行く。

リーダー「……あの、少女さん」

少女「何ですか?」

リーダー「俺は、少女さんがどうするかは自由だと思います」

少女「……邪神のこと? お母様のこと?」

リーダー「どっちも。少女さんがどういう行動しようと、なるようになるもんですから」

少女「死人が出るかもしれないのに?」

リーダー「それも、なるようになるってことで」

少女「……ヤケになってるんですか?」

リーダー「俺って、実はこういう奴なんです」

次男さんは笑った。幼さが伺える、初めて見る笑顔だ。

リーダー「俺は今まで、英雄の子で、敵から狙われている存在で、皆のリーダーだったから。でも今の俺は、何でもない俺なんです」

いつも皆のことを気にかけて、強くなろうと一生懸命だった次男さん。
だけど何でもない彼は、ただの男の子。そんな風に思えた。

リーダー「だから自然体の俺から言わせてもらいますよ、少女さん」

少女「はい」

リーダー「おめさん、辛気臭いんじゃ! 何考えとるか言わんからわからんが、どうせろくなこっちゃないじゃろ!」

少女「ぶっ」

剣士さんと同じ訛りだ。そりゃそうだ、同じ村で育ったんだもん。
あと私、意外と辛辣に思われていたんだね……。

リーダー「じゃがそもそも、この状況がしょーもねぇんじゃ! そんなしょーもねぇことで、ウダウダ考えるだけ損じゃ!」

少女「考えるだけ損……?」

リーダー「おめさんごときの決断で揺らぐような世界なら、所詮その程度のもんじゃ。じゃから好きにせぇ!」

……ひどいこと言われている気がするけど、不思議と嫌じゃない。
次男さんの言葉は、私の迷いを断ち切ってくれた気がした。

リーダー「……と、いうことです。これが俺の本音です」

少女「くすっ。ありがとう、次男さん」

リーダー「いえいえ。俺もスッキリしました」

少女「……その内、私も”何でもない私”になれたら」

リーダー「うん?」

少女「改めて、お友達になれたらいいですね。何でもない同士で」

リーダー「そうですね。……その時は、宜しくお願いしますね」ニコ

次男さんは今度こそ出て行った。
さて、せっかく元気を貰ったんだ。ぐだぐだしていられない。
私は傭兵さんの部屋に向かい、バーンとドアを開けた。

少女「魔王!」

傭兵(魔)「む、何だ」

少女「出かける。付き合いなさい」

傭兵(魔)「ん? あぁ」





次男さんの地図によると、この村か。
辺境の地にある村は僧侶による魔の手が及んでおらず、亡命の地となっていたらしい。

傭兵(魔)「……本当に会うのか」

少女「えぇ」

次男さんから話が行っていたのか、村に着いてからスムーズに話は進んだ。
今は村のはずれで、お母様を待っている。

傭兵(魔)「俺はいない方が……」

少女「駄目。私、何やらかすかわからないんだからね」

傭兵(魔)「……」

気乗りしない様子の魔王を強引に引き止める。
やがて……

少女「あっ」

村人に車椅子を押され、人形を持った女性が現れた。
あれがお母様――

賢者「うふふ、いい子ねぇ~。よしよし」

少女「こ、こんにちは!」

賢者「あら、こんにちは。ほら娘ちゃん、挨拶しなさい」

他人に向ける顔、他人に向ける言葉。
母と初めて交わす言葉は、他愛ないものだった。

少女「あの、その子、お姉さんの子ですか?」

賢者「えぇ、そうなの。女の子なのよ」

少女「可愛いですね……」

賢者「そうでしょう。世界一可愛い、私の娘……うふふ」

少女「……いい子に、育ってくれるといいですね」

いい子に育たなかったけどね。

賢者「今、世界は平和でしょう? だから私、娘にはのびのび育ってほしくて」

少女「そ、そうなんですか?」

賢者「私は戦いに身を投じたからねぇ。この子には、そういう思いをさせたくないの」

少女「そうでしたか……大変だったんですね」

賢者「えぇ。でも好きな人を支えられたから、幸せだったのよ」

少女「……」

傭兵(魔)「……」

賢者「この子は平和な世界で、のびのび育って……沢山の優しい人と出会って、幸せになってほしいわねぇ」

少女「そう、ですね……きっとそれって、幸せでしょうね」

賢者「貴方、好きな方いらっしゃる?」

少女「えっ? あ、はい」

賢者「あら~、いいわねぇ。好きな人と一緒にいるのって幸せよねぇ」

少女「はい。……幸せが大きすぎて、見えなくなるくらいに」

賢者「ふふ。幸せな時間を大事にするのよ。そして、好きな人を大事にするのよ」

少女「……はい」

幸せな時間を大事にしたい。だからお母様は自分の時間を止めてしまった。
今、彼女の目に映る大事な人は私ではない。何事もなく産まれた娘と、記憶の中のお父様だ。

傭兵(魔)「……」

お母様と別れた後も、魔王は私と目を合わせなかった。
気持ちはわかる。お母様がああなったのは、魔王のせいだ。少し良心の芽生えたらしい魔王には、結構きっついものがあったんだね。

少女「……あのさぁ」

いつも一緒にいたから知ってるけど、こいつ結構繊細なんだよね。
仕方ない、気を使ってやるか。

少女「何事もなく産まれてたら私、麗しいお嬢様になってたんじゃない? ほら私って黙ってたら可愛いし」

傭兵(魔)「かもな。顔はともかく」

この野郎。

少女「でも麗しいお嬢さんのまま今の時代迎えてたら、図太く生き残れなかったわ~」

傭兵(魔)「それはわからんぞ。そもそも僧侶が邪神側に堕ちたかも……」

少女「それなら、邪神が僧侶じゃない人に目をつけてた可能性もある。何があったかわかんないって」

傭兵(魔)「……しかし、俺に罪があることに変わりはない」

少女「そうだね。私に起こったことは大体魔王が悪いし」

傭兵(魔)「……」

少女「……でも、感謝もしてるよ。魔王って凄い悪い奴だけど、すこーし良い奴じゃない」

傭兵(魔)「……」

少女「魔王だけじゃないよ。剣士さんに次男さん、傭兵さんに、組織の皆も。良い人ばっか。私が1番どうしようもないわ」

傭兵(魔)「それも、俺が……」

少女「それはもういいってーの! こういうねじ曲がった私だから図太く生き残ってるんだって、さっき言ったでしょ! うじうじすんな!」

傭兵(魔)「うぐぐ」

次男さんの言葉を借りれば、「なるようになる」しかない。
だからこれも、「なるようになった」ってことなんだ。

少女「だからさ。私、最後のどうしようもないことをやりたいんだ」

傭兵(魔)「……まさか」

少女「剣士さんを助けたい」

真っ当な理由あっての決断じゃない。
そうしたいから、そうする。本当どうしようもない。

少女「勿論、剣士さんを助けた後は抵抗するよ。……駄目かもしれないけど」アハハ

傭兵(魔)「……」

少女「ごめんね魔王。貴方が頑張ってくれてたのに、最後の最後で私が台無しにするかも……」

傭兵(魔)「お前は、どうして……」

少女「ん?」

傭兵(魔)「どうして、俺を頼らない」

何その物語に出てきそうな台詞。すっごく似合わないんですけど。

傭兵(魔)「1人で戦おうとしているのだろう? 何故だ。俺を頼れば、より確実だというのに」

少女「えー……だって今まで頼りすぎてたもん。それに今は一緒にいないしさぁ」

傭兵(魔)「言ったはずだ。邪神から守ってやると」

少女「そこまでする必要ないんじゃない? 世界征服する気なくたって、わざわざ邪神の敵になる必要だって――」

傭兵(魔)「ある」

魔王は強い眼差しで言った。

傭兵(魔)「守りたいものがあるというのは、十分な理由」

少女「あら。いつの間にそんな私のこと好きになったの?」

傭兵(魔)「思い上がるな。お前だけではなく剣士もだ」

少女「剣士さんの為か。それなら納得」

傭兵(魔)「ケッ」

少女「……ひとつ約束して、魔王」

傭兵(魔)「何だ」

少女「私を守る理由が償いだとしたら……それは、やめて」

傭兵(魔)「……」

少女「決して許したわけじゃないよ。だけど償いで守られるのは嫌なんだ。それぞれの意思での、対等な共闘関係でいたいの」

傭兵(魔)「あぁ。……お前は性格が悪いし怠慢だし、品はないし可愛げもないが」

少女「あ?」

傭兵(魔)「それなりに気に入っている。十分な理由だ」

少女「……そうだね」

それでいいとしますか。


それから足を進める先は、迷わなかった。

少女「ねぇ覚えてる? 貴方が初めて私を乗っ取って出てきた時のこと」

道中、暇つぶしにそんな話を切り出した。

傭兵(魔)「あぁ。お前が4歳くらいの時だったか」

少女「そうそう。お父様は冷たいし、使用人達もビジネスライクだし。あの頃の私、寂しかったんだろうね」

傭兵(魔)「……あぁ」

少女「私、毎日泣いてたよね。だけど誰も慰めてくれなくて。で、そんな時貴方が出てきて……」

傭兵(魔)「屋敷の壺を、片っ端から割ってやったな」

少女「そうそう! あれ、結構スカーッとしたんだよね! それから魔王ったらちょくちょくイタズラして、皆を困らせて」クスクス

傭兵(魔)「お前、かなり嫌がってたろ」

少女「あの頃はね。でも思い返せば、あれがなければ私は負けっ放しだったよね」

傭兵(魔)「そういうものか?」

少女「そういうもの。……魔王も実は、わかってたんじゃないの?」

傭兵(魔)「さぁな。俺は勇者の困る顔を見たかっただけだ」

少女「じゃあ、利害一致だ~」ケラケラ

傭兵(魔)「笑い話にしていいのか、それ」

全ての悔恨を消すかのように、色んな思い出話をした。
こうしていると嫌だった思い出が、何だか大事なものにも思えてくる。
……あとは未来を、本当に幸せなものにしていきたい。

傭兵(魔)「ここか。……感じるな、邪神の力が」

そして、その地にたどり着いた。
posted by ぽんざれす at 16:57| Comment(0) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

魔王討伐から13年後……(2/4)

>街

魔王『こんなに人間がいる場に出るのは、久々だ』

剣士「ほんと、首都は人多いよな~。田舎から出てきた時は驚いたよ」

魔王『規模が違うだろうな。そして……お前は何のアピールだ、それ』

少女「……」ガタガタ

剣士「さっきから俺の服を掴んで離さない……」

少女「こわいこわいこわいこわい」ブルブル

魔王『だろうな引きこもり』

剣士「ははは。慣れだな、慣れ。で少女さん、どこ行きたい?」

少女「あ、あの、飲み物飲めるお店っての……行ってみたい」

剣士「喫茶店かな。いいよ、行こう」



>喫茶店

少女「……」ガタガタガタガタ

剣士「少女さーん? 震えて飲み物こぼれてるよー?」

少女「わ、わ私、注文の時に変じゃなかった?」

剣士「全然、変なとこはなかったよ?」

少女(魔)『まぁアイスかホットか聞かれた時、脳内でアイスをアイスクリームと勘違いしてたから、教えてやったがな』

少女「ばらさないで! ばか魔王!」

剣士「ところで、何で喫茶店?」

少女「ひ、人馴れの修行……。無難かなーと思って……」

剣士「そうか。偉いな、少女さんは」

少女「わ私なんか剣士さんに比べれば全然……」

剣士「いーや、少女さんは偉い! 俺、頑張る子は応援するよ!」

少女「ありがと……あの、これからも、嫌じゃなかったら……」モジモジ

剣士「勿論、協力させてくれ。少女さんの役に立てるなら、本望だよ!」

少女「あの……ありがとう」モジモジ

魔王『~っ』イライライライラ

少女「な、何よ?」

少女(魔)『何かむず痒い! セルフの砂糖とミルクを全て喰らい尽くしてやろうか!!』

少女「!! ここでイタズラはやめてよ!」

剣士「相変わらず小さい魔王だな……」

少女(魔)『ケッ』

少女「何なのよ、もう……」

魔王は私の口から出す声を引っ込めて、私だけに言う。

魔王『これはデートだな』

なっ!?

魔王『奴もお前に好意的だ。はたから見ると恋人同士にしか見えんしな』

少女「や、やめてよ!」アワアワ

剣士「?」

少女(剣士さんか……)

背が高くて、優しくて、いい人。とても良いお友達。
だけど、恋人なんて、恋人なんて……。

少女(早すぎるーっ!! 流石に早すぎる、わかんないーっ!!)ジタバタジタバタ

剣士「???」

魔王『ククク、悩め悩め』

楽しんでるんじゃないわよ、魔王のばか!!
それに剣士さんくらい明るかったら、もっと色んな女の子が……。

同級生A「あら剣士じゃない。奇遇ねー」

同級生B「ほんとだ。やっほー」

剣士「あれ、みんな。よぉ」

少女「…………ほらね」

魔王『おぉ?』

男女混合の5人組が来店した。
剣士さんと、かなり友好的みたい。

同級生C「その子誰? 可愛いね、彼女?」

少女「!!!」ビクッ

剣士「えと……世話になってるとこで知り合った子だよ」

同級生D「そっか~、紹介しろよ」

剣士「この子、人見知りだから駄目。あとデート中は遠慮してくれ」

同級生E「流石、人気者~。学校で言いふらしてやろーっと」

剣士「おー、好きにしなー。やましいことはないもんねー」

アハハー

少女「~っ」

魔王『嫉妬か?』

違う、うるさい、ばか。

同級生A「それじゃ剣士、邪魔して悪かったね。また学校でね~」

剣士「あぁ、じゃあな。少女さんごめんな、やかましい奴らだったろ」

少女「ううん。仲良いんだね」

剣士「友達だからね~。田舎者を差別しない、いい奴らだ」

少女「うん……」

あの人達がいい人なのも本当だろうけど、剣士さんの人柄が好かれているんだと思う。
そうだよね……。私と友達になってくれるような人だもん。

剣士「少女さん、この後どうする? 他にもお店回る?」

少女「う、ううん。今日はこれくらいにしておく。剣士さんも、勉強あるでしょ」

剣士「そう。じゃあ、もうちょっとゆっくりしてから帰ろうか。いい息抜きになったよ」

少女「うん」



>自室

少女「うー、うー」

魔王『告白してしまえば~?』

少女「そういうのじゃないって言ったでしょ!」ギュウウゥゥ

魔王『痛い、痛い! 自分の手をつねるな! 俺も痛いがお前も痛いだろ!?』

少女「フン!」

魔王『いだだ。……実際、友人間でも嫉妬は起こり得るものだ。同性間でもあるぞ』

少女「うー」

魔王『特にお前は、友達があいつだけだからな。人間関係の比重があいつに寄るのも当然のことだ』

少女「……」

魔王『お前は未熟なのだ。まぁ、こうして俺がいつでも相談に乗ってやって……』

少女「元はと言えば! 貴方のせいでこうなってるんでしょーっ!!」ギュウウウウゥゥゥ

魔王『痛たたたたたたた!! 痛い、やめ、痛い!!』





カン、カァン

勇者「よし、段々良くなっているぞ。少し休憩をしよう」

剣士「ありがとうございます! ふぅー」

勇者「……ところで剣士。今日、娘と街を歩いたようだな」

剣士「はい。な、何か、まずいことでもしました!?」

勇者「いや。……最近、娘もだが、魔王の様子も変わってきたな」

剣士「あぁ。多分あいつ、すっかり牙が抜けたんだと思います」

勇者「それもあるだろうが、君が来てからは全然違う。前のような、くだらない悪戯をしなくなった」

剣士「うーん、俺は以前の魔王をよく知らないんで……。でも、良かったです」

勇者「……君はやはり、重騎士と似ている」

剣士「親父とですか?」

勇者「あぁ。重騎士は私にとって、兄のような存在だった。魔王討伐しか頭になかった私に、色んなことを教えてくれたのが重騎士だ」

剣士「そうなんですか」

勇者「……今の私を見たら、重騎士は失望するだろうな」

剣士「え?」

勇者「私は、また周囲が見えなくなっていた。……昔から、何も成長していない」

剣士「それは……少女さんの件ですか?」

勇者「そうだな。他にも色々あるが、私は娘に向き合うことができなかった」

剣士「今からでも遅くないです」

勇者「いや。……娘に愛情を持つには、向き合うのが遅すぎた」

剣士「……」

勇者「ろくでもないとは自分でもわかっている。だが今、私と娘を繋ぐのは、血の繋がりと、責任感のみだ。魔王や妻の件を置いておいてもな」

剣士「……」

勇者「軽蔑されても仕方ない。……私がこんなことを言えるのは、今は君だけだ」

剣士「……いいんです。俺がどうこう言えることじゃないのは、わかってるんで」





>数日後

魔王『お前、いくら何でも無謀じゃないか?』

少女「大丈夫よ、剣士さんと何回か来たもの」

剣士さんとの街歩きも慣れてきたので、今日は1人で街に出てみることにした。
喫茶店に行ってココアを飲んで帰ってくる、これが自分に課した今日のミッション。

魔王『まだ早いと思うがな~』

少女「そんなことない。子供でもできることよ」

魔王『でも道、通り過ぎてるぞ』

少女「……」

魔王『ほらな?』

少女「ちょっと間違えただけじゃない!」

魔王(やれやれ)

確か動物の看板があって、花屋があって、そこを曲がって……あそこだ。
よし、到達できた。これで今日のミッションは8割達成。

少女「こ、ここここここここココアをホッホホットで」

魔王『そんな飲み物ねーよ』

店員「ホットココアですね。かしこまりました」

少女「ほらね、伝わったでしょ」ドヤァ

魔王『店員に感謝しろ』

次。席で飲み物を待つ。
次。飲み物を飲む。
次。伝票を持ってお金を払う。

少女「ふふ、完璧ね」キリッ

魔王『喫茶店とは、もう少しゆっくりする場所だと思うがな』

少女「ゆっくりしてたら、次の手順を忘れるでしょ」

魔王『手順というほどのことでは……。忘れたら忘れたで、俺が教えてやるぞ』

少女「それはイヤ。嘘言いそうだもん」

魔王『言わんて』

まぁ、これで大分成長したでしょ。想定外のことが起こらなければ、街歩きもスムーズに……。

チャラ男「すんませ~ん」

少女「!?」ビクッ

魔王『街歩きは想定外のことだらけだぞ』

チャラ男「道、教えて貰ってもいいすか~。俺、ここ来たの初めてで~」

少女「わ、私も、は初めてです! ごめんなさい!」

チャラ男「へぇ、そうなんだ! どこから来たの、君ひとり?」

少女「あ、わわわ……」

魔王『こんな子供にナンパか……。相手するな』

少女「ご、ごめんなさ……」

チャラ男「待ってよ。ねぇ、俺困ってるんだって~」

少女「う、ぅ……」ブルブル

魔王『……』

相手するなと言われても、つきまとわれてどうしようもない。
こんな時、どうすればいいの……。

魔王『ナメられているからだ。……やれやれ』

少女「えっ……あっ!?」

意識が遠のく。これは、魔王に肉体を乗っ取られる時の感じだ。
まさか、魔王……。

少女(魔)『しつこい男だ……迷惑だというのが、わからんか?』ゴゴゴ

チャラ男「え……声……。な、なに、何っ!?」

少女(魔)『いくら力が弱っているとはいえ、貴様ごとき、突然死に見かけて殺すことなど容易い。……どうせ貴様の命など、必要なかろう?』

チャラ男「ひぃ!?」

ちょっ、いくらなんでもやめてよ!! ちょっと、ねぇ!?
私、人殺しなんてイヤ! ねぇ、やめてーっ!!

「ちょっと、すみませーん!」

少女(魔)『!?』

剣士「はぁはぁ、見つけた……。すみません! この子、俺の連れなんで!」

剣士さん!?

剣士「急いでるんで、行きます! 観光楽しんで!」

チャラ男「へ、へい……」ヘナヘナッ



少女「剣士さん、何でここに……?」

剣士「たまたまだよ。通りかかったら、あの場面だった」

少女「そう。……ありがとう」

剣士「気にしないで。ところで、何で1人で出かけたの?」

少女「修行……」

剣士「そうか、偉いな! でも1人で出かけるのは、ちょっと早かったかな? ま、いい経験になったと思うよ」

少女「迷惑かけちゃった……」

剣士「気にしなくていいってば。あと何回かは俺と出かけて、徐々に慣れていこうな」

少女「うん……」

今日ので身にしみた。私はちょっと焦りすぎていた。
剣士さんがたまたま通りかからなかったら、今頃……。

魔王『たまたま通りかかった、というのは嘘だな』

え?

魔王『あいつ、あの男に「観光楽しんで」と言っていたな。先の会話を聞いていないと、観光という言葉は出てこない』

……そういえば。

魔王『いつからかはわからんが、お前のことを見守っていたんじゃないか?』

……そっか。剣士さん、そういう人だもんね。やっぱり優しいな。
優しさに甘えたくなっちゃうじゃない。……そのせいで嫉妬しちゃうから、駄目なのに。それが苦しいから、焦るのに。

剣士「ちょっと寄り道していく? この間行った店が、面白かったんだ」

いつか、剣士さんと離れても、平気な時が来るのかな。……想像できないな。

魔王『……』





剣士さんと過ごす時間はゆったり流れていた。
毎日他愛ない話をしたり、お出かけしたり、特別変わらない日々だった。
少し物足りなく感じることもあったけれど、剣士さんと会うまでの日々を思い出し、あの頃よりは遥かに幸せなんだと思い直す。

そうした日々の中で、変化もほんの少しずつ起きていく。
剣士さんは剣の腕が上がって、マナーも身についてきた。
魔王はたまに出てきて剣士さんに悪態をつくけれど、目立った悪さをしなくなった。
私も……ちょっとだけれど人に慣れて、買い物ができるようになった。

やがて、変化していくものに意識を向けなくなって、あっという間に時は流れていった。





剣士「でやっ、とりゃあ!」ブンブンッ

少女「おはよう、素振り? 気合入っているね」

剣士「おはよ。もうすぐ大会だからね」

少女「そう、応援してる。確か大会の後にパーティーがあるはずだけれど……」

剣士「なら優勝して泊が付いたら、エスコートさせて頂くよ。レディ」スッ

少女「喜んで」

と、手を取ろうとした時……

少女(魔)『隙有りだあああぁぁ!!』シュッ

剣士「うぉっとおおおぉぉ!!」ガキイイィィン

ガコン、ガコン、ガコーン

少女(魔)『また腕を上げたな、剣士! ならばこれはどうだ……喰らえ!!』

バチバチバリイイィィッ!!

少女(魔)『ふっ、跡形もないか。哀れ、剣士。夢を叶えることはなかったな』

剣士「お仕置きいいぃ!!」デコピンッ

少女(魔)『づっ』

剣士「いやー。ちょっと油断したら、マジで跡形もなくなってたよ」アハハ

少女「笑い事じゃないよ……」

剣士「でも魔力上がったんじゃない、少女さん?」

少女(魔)『賢者の血筋と、師の教えの賜物だ』フフン

少女「特に役には立たないんだけれどね……」

剣士「でも護身術はあった方がいいよ。女の子は、いつ変な奴に狙われるかわからないからね」

少女「そうだね。たまに変な男に声かけられるもの」

剣士「それは少女さんが素敵なレディになってきた証拠だよ」

少女「そう?」フフ

少女(魔)『変な奴ってのは大体、弱そうで簡単に引っかかりそうな奴に声かけてくるって言われていてな』

少女「弱そうで、何だって?」バリバリ

少女(魔)『ぎゃあああぁぁ!!』

私は14歳、剣士さんは16歳。ついでに魔王は30手前。
それぞれ相応の成長と退化をしながら、出会いから1年が経っていた。





>大会当日


ワーワー

剣士「おぉー、首都の大会は人が多いなー」

少女「そ、そ、そうね」ガタガタ

剣士「これだけの人数の頂点に立つのは、気持ちいいだろうな~。やるぞー」

「にいさーん」

少女「あら、誰か来たわ?」

剣士「おー、次男! 久しぶりじゃな! 少女さん、これ俺の弟!」

次男「どうも、次男です。少女さんのことは、手紙で伺っています」

少女「は、初めまして。私も、お話は聞いてます」

剣士さんの2つ下の弟さん。剣を振るより本を読むのが好きな人だと剣士さんが言っていた。
兄弟なだけあって剣士さんと顔は似ているけど、落ち着いた雰囲気の子だ。

次男「父さんや、幼馴染達も応援に来てるよ。兄さん、頑張ってな」

剣士「ありがとー! わしゃ優勝するからのう!」

剣士さんは剣術大会の優勝常連らしいけど、それは15歳以下限定の大会で、これより規模の小さなものだったらしい。
この大会は国内外から沢山の手練が集まり、しかも16歳以上は年齢制限がない。

剣士「お、もうすぐ待機時間だ。じゃ、俺行くわ!」

それでも剣士さんは、とっても強気だった。
この調子なら、剣士さんのベストを尽くせると思う。



魔王『それで、本当に決勝まで進むとはな』

少女「け、剣士さーん。がんばれぇー」

魔王『声、届かないぞ。いっそ爆発魔法でドーンと』

少女「ばかじゃないの」

魔王『ばか!?』

少女「それで、決勝の相手は……」

ワーワー

傭兵「あぁ、どこを見渡してもいい光景だ。街中の麗しいレディが足を運んでくれているんだ、最高だね」

20代半ばにして、その名を轟かせているという傭兵だ。……何か、変な人っぽい。

魔王『傭兵か。地位は低いな』

少女「でも、何度も優勝を経験しているらしいよ」

魔王『階級に興味ないタイプか? 顔は剣士の負けだな』

少女「でも剣士さんの方が腕太いし」

魔王『お前は年相応の女子目線で男を見ないのか』

少女「?」

魔王『まぁいい。とにかくこの試合、どうなるものか』

剣士さんが入場し、両者は顔を合わせる。
傭兵は温和に腕を差し出し、剣士さんもその手を取る。

傭兵「君のことは聞いているよ。重騎士さんの息子さんで、腕が立つようだね」

剣士「どーも。傭兵さんのことも聞いてますよ。負けるつもりはないですけど」

傭兵「うん、その意気だ。それくらいの気持ちで来てくれないと、こちらも退屈だ」

剣士「宜しくお願いします」

握手を終え、試合開始の号令が鳴る。
同時に両者の剣は、高い金属音を鳴らしてぶつかり合った。

――ガキィン

魔王『力は剣士が上だな』

激しい打ち合いの中、傭兵がわずかに後退する。
勢いをつけた剣士さんはどんどん攻めていく。攻撃は激しさを増し、傭兵の剣は守りの体制に入っていた。

少女「いける! 剣士さん、このまま攻めれば……」

魔王『いや』

その言葉と同時、傭兵が横に跳躍した。

魔王『傭兵は剣の流れを伺っていたのだろう。攻め一辺倒の流れになっていた剣士は、ペースが乱れ――』

シュッ――

剣士「――……ッ!!」

傭兵の剣の先が、剣士さんの首に突きつけられる。
ほんの、一瞬だった。

傭兵「決まりだね」

そこまで。審判の声が大きく響く。
勝負がつくのは早かった。それだけ、実力に差があった。

傭兵「強かったよ、君。ひとつ欠点をあげるとしたら……実直すぎるところかな」

剣士「……っ」

少女「剣士さん……」

こうして大歓声の中、大会は幕を閉じた。
会場の中心には、いつになく表情を曇らせる剣士さんがいた。





>邸宅、中庭

剣士「……」

どうしよう。もうすぐパーティーに行く時間なのに、剣士さん意気消沈したままだよ。
準優勝でも十分凄いのに……。しかも、10代で上位にいるのは剣士さんだけだ。
それでも剣士さんは、優勝しか見ていなかったんだろうなぁ。

魔王『わかっていないな。常に全力だからこそ、1回の負けが大きなダメージになるのだ。俺も昔は』

少女「う~ん」

剣士さん、どうすれば元気が戻るかな。パーティーに出るの、無理なんじゃ……。
そう思ったところで、大柄な男性が彼に近づいていくことに気付いた。

重騎士「ガッハッハ! ここにいたか、馬鹿息子! 落ち込んでおるのう、ガハハハ!!」

剣士「親父……」

親父……重騎士さんって、彼のことか。
剣士さんに聞いていた通り、とても豪快な方だ。

重騎士「今日は旧友との再会で、ワシは気分がええ! 陰気臭い顔で、水を差すな!」

剣士「そなら、ほっとけや! 俺は親父とは違うんじゃい!」

重騎士「わかるぞ息子! ワシも若い頃は悩んだものだ!」

剣士「親父がー? なんじゃ、悩みとは?」

重騎士「あれは魔王討伐の旅でのことじゃ。ゴーレムとの相撲に勝てんでのう……」

剣士「ほー?」

重騎士「そんなこた、どうでもええ!!」バシィ

剣士「ごはっ!?」

えぇー

重騎士「ともかくワシも勇者も、何度も負けを経験しとる! じゃが、そんなことで一々落ち込んでいられるほど、魔王討伐の旅は甘くなかったわ! おめもとっとと立ち直るがええ、貧弱息子!」

剣士「誰が貧弱じゃ!? 言われんでも落ち込んでおらんわ、豪快屁こき親父!」

重騎士「それでええ! ならワシは、一足先に宴会会場へ向かわせてもわう! 旧友との酒はええもんじゃあ、賢者や僧侶もおれば言うことなしじゃったのう! ガッハッハ!!」

剣士「あの親父……」

少女「あ、あのう……」

剣士「少女さん」

重騎士さんの強烈な登場で、すっかり出る幕がなくなってしまった。
剣士さん、大分元気になったみたいだし。

剣士「かっこ悪いとこ見せたね」

少女「ううん。剣士さん、凄かったよ。これからに期待できるって、皆に言われてたじゃない」

剣士「これから、ね。はは……まだまだ遠いなぁ」

少女(魔)『人生は長いのだ。経験を積めば、相応に成長していく』

剣士「経験積まずに成長止まってた奴が言うと説得力ねーな」

少女(魔)『何だと貴様ぁ!!』

少女「ま、まぁとにかく、準優勝も凄いよ剣士さん。来年こそ優勝だね」

剣士「そうだな、来年だな! ……でもなー」

少女「でも?」

剣士「どうせなら、初出場、初優勝! って肩書き欲しかったな~。かっこいいじゃん?」

少女(魔)『お前、相変わらず阿呆だな』

剣士「かっこよさは大事! 何故なら俺の夢は、かっこいい男!!」

少女「それなら、パーティーでスマートに振舞わないとね? 今の剣士さんに、それができるかしら~?」

剣士「手厳しいご意見です。まぁその通りだな、そろそろ行こうか」

少女「私、お父様の娘として参加できないから、一般参加するね」

剣士「そっかー。美味しいもの食べて、楽しんでおいで」

少女(魔)『腹減ったー』

既に街の方はお祭りが始まっていて、明るく賑やかだ。
これからお城でパーティーが始まって、街の人々が剣士さん達をお祝いする。
魔王討伐から13年経って、平和が訪れた今でも、強い人はもてはやされるのだ。

魔王『剣士の将来は安泰だな』

そうね。これだけの実績があれば騎士として申し分ない。
このまま順調にいけば、剣士さんの夢である「かっこいい男」も叶うだろう。

剣士「――あれ?」

そう。

剣士「空から降る、あの光……なんだ?」

――順調にいけば、ね。


カッ――


少女「!?」

剣士「なっ……」

魔王『この魔力は……!!』





それは、凶悪な光だった。
それを目にした者は本能的に身を固くした。その理由は恐怖によるものだが、恐怖と自覚する前に、次の不吉が襲ってきた。

「ぁッ……」

光――正確には、光に混じる魔力に触れた者が次々と倒れた。
魔力の密度の高い部分に触れた者は、その害をもろに喰らった。

「お、おい、大丈夫か!」
「し……死んでる……!!」

複数の者が、一瞬にして命を奪われた。
その謎の現象に、街はパニックに陥る。

「うわああああぁぁ!!」
「わっ、押すな……ぎゃあぁ!」

特に、今日は全国から人が集まる日。それだけに、人々の混乱は多くの二次災害をもたらした。
そんな人々の狂乱を、上空から眺める男が1人。

?「愉快、愉快。弱者はやはり、こうでないと」

勇者「貴様の仕業か、今の魔法は!」

重騎士「何じゃあ、お主は!」

?「おや……」





少女(魔)『今のは呪力魔法……! あれだけのものだったら、街にかなりの被害が出たはずだ!』

剣士「何者かの襲来か!? 行かないと!」

少女(魔)『馬鹿者、突っ走るな! お前もやられるだけだ!』

剣士「けど、街の人達はきっと恐怖に襲われているはずだ! 黙っていられないだろ!?」

少女(魔)『まずは敵の正体を確かめる。あれだけの力の持ち主なら、特定しやすい』

魔王は魔法で球体を作り出した。
そこに映るのは、どこかの建物の屋上。そこに3人の人影がある。
お父様と、重騎士さんと、もう1人は……知らない、亜人。

少女(魔)『こいつは……!!』

魔王は見覚えがあるようだった。だけど、魔王がその名を呼ぶ前に、

勇者『お前、僧侶か!?』

球体の向こうから、お父様がその名を呼んだのだった。





僧侶「お久しぶりです、勇者さん、重騎士さん。随分、ご無沙汰しておりました」

重騎士「そ、僧侶なのか!? 今のはお主がやったのか!?」

僧侶「えぇ、僕です。……成長したでしょう?」ニッコリ

勇者「ふざけるな、僧侶! 何故、このようなことを!」

僧侶「はい、それを言いに来ました」

僧侶はニッコリと、2人に笑いかける。

僧侶「僕は、再び人間に恐怖を与えたいと思います。そうですね……第二の魔王になる、と言えばわかりやすいでしょうか」

重騎士「ふざけるなぁ!!」

重騎士さんが僧侶に殴りかかる……が、僧侶を守る壁のようなものに、衝撃が吸収された。
激怒する重騎士さんとは反対に、お父様は冷静に、剣を構えていた。

勇者「僧侶。こんな惨劇を起こした上、その宣言……もう、取り消せんぞ」

僧侶「はは、勇者さんは相変わらずですねー! ……ちょっと悲しくなりますよ。もう少し、葛藤を見せてくれてもいいじゃないですか」

勇者「戯言を!」シュッ

僧侶「!」

お父様の剣が壁を貫く。僧侶は回避したが、反応が遅れ、肩から血を流す。
回復魔法により傷はすぐ塞がるものの、お父様の斬撃は、僧侶のシールドを突破できた。

勇者「重騎士、2人でかかるぞ。倒せぬ相手ではないが、確実に仕留める」

僧侶「おや、僕を評価して下さるんですね。嬉しいなぁ、貴方に認めて貰えるなんて」

勇者「お前は亜人。戦闘の資質は人間に勝る。この13年で、どんな成長をしたかはわからないからな」

僧侶「……そうですね」

何か気に障ったのか、僧侶の眉が釣り上がる。
それと同時、今までとは比にならない魔力が放たれた。

僧侶「さぁ来て下さい、勇者さん、重騎士さん!! 平和ボケした貴方がたとは、違うんですよ!!」

勇者「誰が平和ボケしたと?」

僧侶「っ!」

ふたつの刃が僧侶に振り下ろされる。
僧侶はそれを回避するも、刃の追撃は次々と放たれる。

重騎士「そうじゃあ! 見くびるでないぞ、僧侶!」

僧侶「くっ」

重騎士さんの強力な一擊が足場を破壊する。
僧侶はバランスを崩し、空中に放り出される。

勇者「覇ぁ!」

僧侶「!!」

ズシャッ――僧侶の左腕が切り落とされた。

僧侶「ぐああぁ……!!」

勇者「次は首だ」

僧侶「く、ぅ……ここまで、とは……! 何故、戦いから遠ざかっていた貴方達が、ここまで……」

勇者「……お前は頭が良かったはずだが」

お父様はため息をつく。

勇者「確かにこの13年間、敵などいなかった。しかし魔王がいなくなっても、永遠に平和が続くわけではない。……だから、私自身が脅威でなければならなかった。周囲でくだらん争いが起こらんようにな」

僧侶「なるほど。勇者とは英雄。英雄とはシンボル……。シンボルであり続けるには、強さを維持しなければ意味がない」

重騎士「そうじゃあ! それにワシにも勇者にも、守るモンがおる!」

僧侶「守るもの?」

重騎士「あぁ、そうじゃ! カミさんとせがれがおるからのう、男は強くあり続けねばならんのじゃ!」

僧侶「……は?」

僧侶の顔つきが変わった。

僧侶「まぁ、重騎士さんはいいでしょう。ですが、勇者さんはどうなんです? シンボルであるために、自身の汚点は徹底的に隠して……1番守っていたのは、自分の名誉じゃないですか」

重騎士「? 何のことじゃ?」

勇者「……もういい、話し合いなど無意味。とっとと終わらせる」

僧侶「その言葉、そっくりお返しします。今の貴方なんて……!」

勇者「!!」

暗雲が僧侶の周囲に集まる。
先ほどに輪をかけての、膨大な魔力――それはもう、想像を絶するほどの呪力を宿している。

僧侶「消えろおォ――ッ!!」

勇者「――っ」

重騎士「!!」





魔王『……ッ』

剣士「おい、何も見えなくなったぞ! 親父は!? 勇者さんは!?」

少女「魔力が溢れすぎていて、何もわからない……! 魔王、どうなってるの!?」

魔王『これが、一介の亜人の力だと……。これは、この力は……』

剣士「……あっ!?」

水晶に映る暗雲が晴れる。そして、そこには――

僧侶『……ふぅ』

顔と胸に大きな傷を負った、僧侶がふらふら立っていた。
お父様と、重騎士さんは……!?

少女(魔)『呪力魔法最大の技は……相手の生命力を、奪うもの』

剣士「それじゃ、親父は……」

少女(魔)『……命の灯火を感じない。やられた、2人とも……』

少女「そ、そんな……お父様が……!?」

剣士「親父……! くそ、許せねぇ……!!」

少女(魔)『仇を取るつもりか! 今のお前には無理だ!』

剣士「だけど、このままじゃ……」

剣士さんは感情的になっている。お父様と不仲だった私でもショックなのだ、剣士さんのは比べ物にならないだろう。
でも、私と魔王は必死に止める。こんな状況で、剣士さんまで失いたくない。


僧侶『さて』


水晶の中で、息を整えた僧侶は言った。


僧侶『次は――子孫の方、ですね」


その視線の先は――私たち。
まるで水晶を通して、こちらを見ているような……。


少女(魔)『まずい! 俺の魔力が察知された!』

剣士「何だと……!?」

少女(魔)『子孫の方と言っていた……奴の狙いは、お前たちでもあるそうだ』

剣士「……くそっ!」

少女「あっ!」

剣士さんは私の手を取って、走り出した。その方向は、街とは反対側。
逃げている。父親を殺した憎い相手から。

少女(剣士さん、ごめん……ごめんね……!!)

罪悪感で一杯になる。
剣士さんを戦わせてはいけない。逃げるのは正しい。だけど剣士さんにとって、本意ではない。
彼が立ち向かわないのは、怖いからじゃない。……私を、逃がす為だ。

少女(魔)『剣士、構えろ。囲まれたぞ』

剣士「らしいね」

少女「えっ」

剣士さんが立ち止まる。ガサガサという足音が近づいてくる。
何だろう、と思った次の瞬間には、私たちは周囲を魔物に囲まれていた。

少女「ひっ!?」

剣士「下がってて! だぁ――ッ!!」

剣士さんは果敢に飛び込んで、一気に魔物たちを切り伏せる。
4匹、5匹――まだ数匹残っているが、剣士さんは再び私の手を取った。逃げるには十分と判断したのかもしれない。

少女「ま、魔法で蹴散らす方が早かった!?」

剣士「いや、魔力は察知されやすい。あの程度なら問題ないから」

少女(魔)『しかし、恐らくまた襲ってくるだろう。奴らは僧侶の傘下に下った魔物……そういう奴がまだいても、おかしくない』

剣士「それ、確かなのか」

少女(魔)『あれは統率者がいる魔物の動きだった。今の僧侶なら十分に、その資質がある』

剣士「用意周到ってわけか……。くそっ!」

少女「はぁ、はぁ……」

つらい。口には出さないけど、息が苦しい。
もっと今後のことを考えるべきなのに、今現在の苦痛で頭がいっぱいだ。

魔王『俺が代わる』

いらない。

魔王『何』

魔王の魔力で、相手に察知されるでしょ。

魔王『……』

今は、剣士さんの足を引っ張るわけにはいかないの。だからちょっと、黙ってて。

魔王『……わかった』





剣士「ぜぇ、ぜぇ……。大分、遠のいたと思うけど……」

道中何匹かの魔物を斬り、元いた場所から遠く離れた森で、剣士さんはようやく足を止めた。

少女「はっ、はぁはぁ、はぁ……ゴホゴホッ」

剣士「あっ! ご、ごめん少女さん! 俺、逃げるのに精一杯で……」

少女「ごほごほ。だ、大丈夫……ごほっ」

剣士「飲み物か何か、喉潤すもの探してくる!」

少女「そんな、剣士さんも疲れてるのに……私も探す」

剣士「少女さんはここに隠れてて。すぐ戻ってくるから、な?」

少女「……うん」

また罪悪感。私は足を引っ張ってばかり。
夜遅いこともあり、剣士さんの姿はすぐに見えなくなる。なんだか、それで心細くなる。

少女「……はぁ」

一息ついて、1人になって、ようやく今後のことに頭を回せる。
あんな騒動を起こされて、これから国は……世界は、どうなっていくんだろう。
追われているのだから、屋敷には戻れない。今後、私たちは追われ続けるの? ずっとこうやって?

少女「……なんだかな」

つらい? 苦しい? 絶望? ……わからない。麻痺しているのか何なのか、大きな感情が沸き立たない。
最も予想できる未来は何か。今日明日、自分と剣士さんが殺されること。最悪のパターンだ。……でも、だから何? という感じ。
最低だ。剣士さんは私を生かそうとしてくれているのに。自分でも驚きだ。自分どころか剣士さんまで死ぬかもしれないのに、それを恐怖しないなんて。

魔王『まだ現実味を帯びていないだけだ。……いずれ感情が追いついてくる』

あぁ、そう。

魔王『お前がどう思おうが、死なせない』

貴方も死ぬものね。

魔王『好きなように受け取れ』

わかってるよ、貴方のことは。死ぬのが何より嫌なんだものね。

魔王『その通りだ』

でしょうね。

魔王『……』

……

魔王『……』

何か言えば?

魔王『言うことはない』

八つ当たりされるのが嫌?

魔王『八つ当たりなのか?』

えぇ。何か全部、貴方が悪いんじゃないかって気がしてきた。

魔王『……全部とは、どこからどこまで?』

今日のことも。……あと、私の性根が歪んだことも。全部、全部。

魔王『間違っていないな。僧侶は俺のことを知っている。無関係とは言い切れん』

……あぁ、嫌だ。

魔王『何がだ?』

今、安心しちゃった。貴方のせいにできたことに、凄くホッとした。……そういう自分の根性が、すっごく嫌。

魔王『それも俺のせいだ』

何でよ。何でいっつも人の嫌がることしてきたのに、こういう時には大人しいの。
それも私への嫌がらせ? ほら、こうやって考えてしまうところが嫌なの!

魔王『お前の性分はわかっている。当たりたいなら、当たれ』

少女「だから……!!」

つい声に出てしまった。それを止める。
不毛だ、こんなの。魔王を責めれば責めるほど、自分が歪んでいく。歪んだ自分を思い返すのは、つらい。顔が苦痛に歪むのは、そのせい。

剣士「少女さん?」

このタイミングで彼が来た。きっと勘違いをされた。今の彼からすれば、私は不幸な少女なのかしら。

剣士「……少女さんのこと守るから、俺。これ以上、ひどい目には遭わせない」

彼は私の隣に座り、寄り添ってくれた。
罪悪感でますます心が痛い。心優しい彼が守るのは、こんなに醜い私なのだから。
何が嫌なのかって。……少し、嬉しく思ってしまうところだ。

あぁ、嫌だ。嫌。嫌。嫌。嫌。嫌……

魔王『……』

嫌なの。どうでもいいの。私も、貴方も、この世界も。

魔王『……』

うるさいな。

魔王『……』

何も言ってないだろうって? ……そうじゃない。
貴方は私の心を読んで、きっと何かを思っている。聞こえないけど、うるさい。

魔王『……少女』

何。

魔王『悪かった』

……聞きたくないよ、そんな言葉。

魔王『俺は消える。それが、お前の望みだろう』

今更?

魔王『……すまなかった』

……
……
………

全部、遅すぎるよ。やっぱり貴方、最低。


自分の中から魔王の気配がなくなった。いなくなったのか、意識を閉じたのか……。ともかく、生まれて初めての感覚だった。
ずっと願っていたことなのに、あるのは爽快感ではなく、違和感。
これも魔王のタイミングが悪い。でも、いずれ慣れる。そう思わないと、やっていられない。

魔王のいない最初の朝を迎え、剣士さんに伝えた。
剣士さんは喜んでくれた。……少しだけ、悲しそうでもあった。魔王とは仲が良かったのだから、それも当然。また剣士さんに気を使わせてしまった。
それ以上、互いに魔王の話題を出すことはなく、逃亡の旅路が始まった。

剣士「隣国に逃げようと思う。もう、こっちの出来事は伝わっているはずだ」

少女「隣国……。今日の夕方には着くかな」

剣士「馬を借りられればいいんだけど、国内は混乱してるかな……。とりあえず、1番近い村に寄ってみよう」

少女「うん」

山で採れた果物をかじりながら、道中を行く。
隣国に着いたら、ごはん食べられるかな。お風呂入れるかな。……馬鹿かな、私は。

剣士「とりゃーっ!」

道中現れる魔物を、剣士さんは難なく切り伏せる。
彼の方が疲れているはずなのに、それを感じさせない。
戦闘後、怪我はないか聞いてみるけど、彼は平気そうに言う。

剣士「半端な鍛え方はしてないよ。騎士を目指してるんだから」

少女「……ありがとうね、剣士さん」

剣士「気にすんな、唯一の取り柄だから。ここで発揮しないでどうすんのって」

少女「剣士さんのいいところ、いっぱいあるよ。今だって私を気遣ってくれてるし、雰囲気悪くしないようにしてくれて……」

剣士「やめ~、こっぱずかしいんじゃ! ささ、歩くよ歩くよ」

いい人だなぁ。知ってたけど。
騎士にはまだなっていないけど、夢、叶えてるじゃない。剣士さんは、本当にかっこいい人だと思う。
どうして今まで、気付かなかったのかなぁ。

……違う。気付かなかったんじゃなくて、当たり前になってただけ。

剣士「どうした? 足痛い?」

少女「何でもない。ごめんね」

剣士さんはいつか私の前からいなくなる。
そう思って勝手に拗ねて、彼をちゃんと見ようとしなくなっていたのかな。
彼はちゃんと、私のそばにいてくれたのに。

少女(……ごめんね)

私は本当に歪んでいる。
せめてこれ以上、彼を困らせたりしない。



立ち寄った村でわかったのは、僧侶はあの後城を乗っ取り、この国を支配下にすると宣言したということだった。
その騒動で国を出る人が続出したらしく、馬を借りることはできなかった。
私たちも早々に村を出て、人目のない道を進むことになった。

剣士「残念だったね……」

少女「でも、ごはん買えたね」

剣士「そうだね。元気出た?」

少女「うん。これで沢山歩ける」

本当はかなり、足が痛い。
でも急いで国を出ないといけないし……それに剣士さんも、元気がなくなってきている。

少女(剣士さん……)

気丈に振舞っても、彼も疲弊してるんだ。
期待は薄かったとはいえ、馬を借りられなかった落胆もあるだろう。

剣士「少女さん。……ちょっと、休もうか」

少女「う、うん」

丁度いい倒木に腰掛けて、無言。
気まずく思って、剣士さんの顔を見れない。

少女(どうしよう……)

何て声をかけたらいいかわからない。
気を使ったら、大丈夫って答えるに決まってる。それどころか、無理して元気に振舞うかも。
わからない。……こういう時、どうすればいいのかな。


ねぇ。――教えてよ、魔王。


剣士「……っ」

少女「?」

どうしたんだろう、急に顔を上げて。

剣士「……少女さん、走れ」

少女「え?」

剣士「走れ! どこでもいい、遠くへ!!」

走れって、何?
どうしてそんなに、絶望的な顔をしているの? 剣士さん――

「逃しませんよ」

一瞬の内に、理由がわかった。

僧侶「ここにいましたか。随分と、鈍足な旅路でしたね」

剣士「……っ!」

少女「あっ……」

見つかってしまった。せっかくここまで逃げてきたのに。
剣士さんは私の前に出て、剣を構える。

剣士「会いたかったぞ、僧侶。よくも親父と、勇者さんを……」

僧侶「その目つき、重騎士さんにそっくりだ。彼も眼光だけで獣を蹴散らす程の方でしたよ。ま……今はもう、いないんですけどね」

剣士「お前……!」

僧侶「それより」

僧侶は剣士さんの感情などどうでもよさそうに私を見て、そして首をかしげた。

僧侶「魔王の気配がしませんね。昨日までは居た気がするんですが……」

剣士「魔王に用だったのか? じゃあ、俺達に用はないだろう」

僧侶「そうはいきません。英雄の子孫に希望を託す方々もいるのでね」

剣士「随分と細かい奴だ。大物の器じゃないな」

僧侶「細かいことも手を抜かないのが僕の信条でしてね。小さな芽であっても、摘ませて頂きますよ」

僧侶の手に呪の魔力が宿る。
お父様に切られ隻腕となったが、支障はないようだ。

剣士「ひとつ聞く。僧侶は聖魔法の使い手だったと親父に聞いていたが」

僧侶「信仰を変えただけのことです」

剣士「人間だけでなく、神も裏切ったのか」

僧侶「どうせ僕は、中途半端な亜人ですから。信仰も中途半端だったんですよ」

剣士「今のお前の神は、魔物の――」

僧侶「時間稼ぎで体力回復ですか? ……甘いですよ!!」

剣士「っ!!」

剣士さんは私を抱え、大きく跳躍した。
私たちが元いた場所は……跡形もなくなっていて、黒い影だけが残っていた。

剣士「少女さん、そこに隠れてて!」

少女「あっ!」

剣士さんは僧侶に向かっていく。逃げられないと判断したのだろう。

剣士「このっ、裏切り者!!」

僧侶「ふっ……」

僧侶の影が刃を形作り、剣士さんの刃を弾く。

僧侶「いいですね、実直な攻め方だ! 君はきっと、まっすぐな人なんでしょうね!」

剣士「うるさい!」

僧侶「人にも才能にも恵まれて、幸せに生きてきたのでしょう。だけどもう、今日で終わり!」

剣士「終わってたまるか!!」

僧侶「終わるんですよ! さぁ絶望して下さい、その絶望が我が神を潤わせ……――」

バチバチッ

僧侶「――ッ!!」ドサァッ

少女「……うっさいの、貴方」

剣士「少女さん!」

私の魔法ごときに吹っ飛ばされるなんて、何が第二の魔王よ。勘違いも甚だしい。
私はかなり腹を立てている。剣士さんを笑うなんて、許さない。

剣士「でりゃあっ!」

僧侶「――がっ」

体制を崩した僧侶の胸に、剣が突き刺さる。
迷いのない一擊は致命傷。溢れ出す大量の鮮血が、一気にそこらを赤く染めた。

――だが

僧侶「――ひっ、きひひっ」

何かがおかしい。

僧侶「まさか子孫ごときに、ここまでやられるとは……」

剣士「!?」

べちゃっ。剣士さんが、血の海に引きずり込まれる。
今度は何……? 思考が停止し、そこに硬直する。

――そして、後悔した

剣士「――っ!?」

血の海……見間違えていた。それは僧侶1人のものではなく。

――アアァアァァ

少女「あ、あ……――」

一帯の亡者。死してなお咆哮をあげる死人。
血の海は彼らから出たものなのか、それとも血の海から彼らが湧いたのか――

剣士「しょ、少女さん……! に、逃げ……!!」

少女「剣士さん!!」

飲み込まれていく。剣士さんが、亡者の群れに。
手は届かない。足は動かない。何もできない。

これが、死。
死ぬのではない。死に、引きずり込まれるのだ。

少女「い、いや……」


無理。無理、無理、無理、無理……――!!




死ぬって、こんなに怖いことだったんだ。


















勇者『まさか魔王が、お前のような奴だったとはな』

そうだろうな。こんな若造だったとは、思いもしなかっただろう。
齢はまだ15。早熟でもなく、むしろ遊んでいたい方だ。

勇者『敗北を認めて死ぬほど、高潔でもなさそうだ』

当然だ。死にたくなどない。……負けたとしてもだ。



少女(これ、何の記憶?)



死ぬなんて御免だ。小さな怪我をするのだって嫌いなのだ。血なんて見たら身震いする。何事もなく過ごせるのが1番だ。

『このままだと、世界が滅んでしまう……!』

だが、そうはいかなかった。

『ここと並行する世界と、その世界の神が、力を強めている。このままでは、こちらの世界が滅びてしまう』

だから世界と共に、死ねと?
御免だ。死にたくない。死なせたくない。

『並行世界と戦わねば、この世界は残ることができない』

並行世界にとっては迷惑な話だ。悪者はこちらだ。だからどうした。
俺が率先してやる。最も憎まれるのは、俺でいい。


魔王『魔物どもよ……俺に続け!!』






少女(――うん、死にたくないよね)



少女(今ならわかるよ――魔王)








少女「……ぅ」

魔王『目が覚めたか』

少女「……どこ、ここ」

魔王『俺の生まれた世界だ。……とっくに、死んだ世界だが』

廃墟。それ以外に言いようがない。
建物はボロボロに崩れ、空気は汚れている。生命の息吹も感じられない。
死後の世界かな、ここは。

魔王『お前は生きている。……あの時、お前は気を失った。それで、俺が目覚め……』

少女「……っ、剣士さんは!?」

急に頭が回り始め、あの時のことを思い出す。
全身が冷えていく感覚があった。あの時、私は間近に死を感じ、そして一緒にいた剣士さんは――

魔王『……駄目だった』

少女「……」

色んな感情がごちゃごちゃしてる。
駄目だった? 剣士さんが? 私は助かったのに? 嘘でしょ? ねぇ?

魔王『お前1人を逃がすので精一杯だった。あの状況では――ウッ!?』

少女「……ッ」

衝動的に、私は自分の脚を魔法で攻撃していた。
魔王を痛めつけるのが目的じゃない。……心の痛みを、そうやって誤魔化すしかなかった。

少女「くうぅ……ッ」

魔王『やめろ! そんな方法をとっても……』

少女「……わかってる。こんな痛み、もう嫌。……耐えられないよ」

ぼろぼろ。涙で視界が曇ってくる。
どっちの痛みで泣いてるの? わかんない、もうわかんない。

魔王『ゆっくり考えるがいい。……幸いここには、邪魔する者がいない』

私1人で?

魔王『俺がいる。今のお前を、1人にできるか』

……ばぁか。

少女「うっ、うぅ……」

つらくて寂しくて、今は何も考えられない。
太陽のない世界では時間もわからず、私は疲れ果てるまで泣き続けた。
その間、ずっと魔王は側にいた。何も言わず、ただ見守ってくれていた。
それがなんだかムカついて、少しだけ気が晴れた。
posted by ぽんざれす at 16:55| Comment(0) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

魔王討伐から13年後……(1/4)

※読みやすさを考慮して4分割していますが、大長編ではありません。ご自分のペースでご覧下さい。





どうしようもない運命だった。

どこかで選択を間違えたのなら、まだ受け入れられた。
だけど少なくともこれは、私自身の選択の結果ではない。

何故なら私が今こうあるのは、私が生まれる前から決まっていたことだから。

だからもう、疎まれ、嫌われることも、受け入れなければならない。
そうやって私は、諦めてきた。





剣士「今日から厄介になりますっ! 薪割りでも掃除でも、何でもやりますんでッ!!」

勇者「ふ。父親に似て、威勢がいいな。まぁ、学生の本分である学業を1番大事にするように。宜しく」

剣士「はいっ! 宜しくお願いします!!」

勇者が魔王を討ってから、13年。
その偉業から英雄となった勇者は、国の軍事機関の重役に就いていた。
今は一等地の邸宅で暮らす、かなりの資産家である。

剣士「それでは、失礼しますっ!」



剣士「っはぁ~、緊張しただぁ~。親父め、嘘こきおって」

剣士の父親――勇者パーティーで重騎士を務めていた男は、息子を送り出す際に『勇者は熱血系、悪く言えば青臭いガキじゃった! 大人になっても奴の気性は変わらん、ガッハッハ!』と威勢良く告げたものだ。
しかし剣士が顔を合わせた勇者は、国の政治家同様、どっしり落ち着いた、正にエリート風の男だった。

剣士(金と地位があると、人は変わるもんじゃ。変わらんのは親父だけじゃい)

勇者は魔王討伐後にセレブになったし、彼と結婚したという賢者もそうだろう。もう1人、僧侶という少年がいたそうだが、彼は遠くへ旅立ったそうだ。
父親が旅から帰ってきたのは剣士が幼い頃の話だが、その前後で生活が変わった様子はない。報酬の金は村の発展に使ったと言うし。……まぁ父親の金だから、文句を言う筋合いもないが。

剣士(勇者さんと一緒にいれば、スマートな大人の振る舞いも学べるかの~。都会の女子の前で、恥かきたくね)

15歳の彼は、田舎にはいない、洗練された都会の娘に興味津々だった。
せっかく都会の学校に通う為に田舎から出てきたのだ。学べるものは存分に学ぶべきだろう。

剣士(うっしゃー! 気合入れていくんじゃー!!)

警備兵「あー、剣士君? 君、剣士君だよね?」

剣士「そうじゃ……じゃなくて、はいっ、剣士です! 何でしょうか!」

警備兵「待ってたんだ。君、剣技大会で何回も優勝してるんだってね。良かったら、僕らと手合わせしてくれないかな?」

剣士「勿論、良いっすよ! 剣と剣で語り合いましょう、っしゃ~!」





少女「……」

今日は騒がしいな。このお屋敷は閑静な場所にあるから、お祭りがあっても静かなのに。
賑やかなのには慣れていない。そういう場所には行ったことがないから。
だから、うるさいのも馴れてない。

剣士「っしゃー、勝ったあぁ!」

知らない声。うるさいな。お客さんかしら?

剣士「まだまだイケるっすよー! さぁ、来た来たァ!!」

少女「……もうっ」

落ち着いて本も読めない。せっかく王子様とお姫様が再会する、いいシーンなのに。
この声は、一体誰? 私は本を閉じて、窓から外を見た。

剣士「そら、たぁっ!」

やっぱり知らない子だ。歳は私と近そう。健康的で、背が高い。
身軽に剣を振って、うちの警備兵を倒している。……侵入してきた賊? でも警鐘が鳴らないから、お客さんかしら。

剣士「はっ、はぁ!」

少女「……へぇ」

あの子、強いな。うちの警備兵は、お父様に認められた、凄腕の方ばかりなのに。
珍しい光景についつい見入ってしまう。

剣士「ふぅ、ちょっと休憩。……ん?」

少女「あっ」

目が合ってしまった。……別に不都合はないけれど。
だけど人見知りの性分からか、何か気まずくなってしまい、私はそこから離れてしまった。





剣士「あの女の子は? メイドさん?」

警備兵「この家のお嬢様だよ」

剣士「お嬢様……勇者さんの娘さん? 初めて聞いたな。夕食の時に紹介してもらえるのかな?」

警備兵「……あー、どうだろうね」

剣士「可愛かったっすねー。仲良くなりたいなー」

警備兵「えっと……。お相手ありがとう、それでは仕事に戻らせてもらうね!」ソソクサ

剣士「はい、ありがとうございました!」



>夕飯時

剣士「あれー」

食堂に呼ばれ、促されるまま食事を開始したが、食卓には自分と勇者のみ。
さっきのご令嬢や、妻である賢者とは食卓を共にしないのか。……しないのだとしても、挨拶できていないのは気になる。

勇者「剣士よ」

剣士「はい」

ただでさえ不慣れな食卓に緊張していたのに、呼ばれると更に緊張してしまう。

勇者「重騎士からは聞いているか? ……私の家族について」

剣士「まぁ。お仲間の賢者さんと結婚されたということは。あ、さっき娘さんチラッと見ました」

勇者「そうか。魔王討伐後、手紙以外でやりとりしていなかったしな……」

剣士「どちらも忙しかったんですもんね~」

父親は『都会モンは冷たいからのう』と言っていたが、共通目標を達成すればそんなものかもしれない。
自分も田舎者気質ではあるが、今時の若者の淡白さも持っている。

勇者「君には伝えておかないとな。私の妻と、娘について」

剣士「ん? はい」

勇者「私の妻だが……病でな。別荘で療養している」

剣士「そ、そうですか」

いきなりヘビーな話だ。
病とは……いや、突っ込んではいけない。とにかく、ここにいない理由はわかった。

勇者「そして娘。……あれと関わってはいかん。それだけだ」

剣士「はい?」

勇者「……」

剣士「……」

黙られたら突っ込めない。なら突っ込むなということか。了承した。……腑に落ちないが。

剣士(ま……同じ屋根の下に住んでるから、そのうちわかるべ)





ワーワー

少女「あら」

あの子が来てから3日経った。
屋敷の人とすぐに打ち解けて、毎日騒がしい。
でも、うるさいとは思わなくなった。あの子の出す騒がしさは、なんだか楽しそう。

警備兵「えぇー、これ食べられるのかい。草まみれじゃないか」

剣士「栄養たんまりのご馳走っすよ。うちの村のご長寿は、みーんなこれ食って育ったんですよ!」

警備兵「ぱくっ……うえぇ。なんかこう、いろんな薬を磨り潰して混ぜ合わせたような……」

剣士「都会のモンは加工食品ばっか食べとるからじゃ! 薬は薬でも、長寿の秘薬じゃい!」

面白い子だなぁ。いつも、誰かと楽しそうにしてる。

剣士「あれっ」

少女「あっ」

目が合ってしまった。

剣士「どーもっ」

彼はペコッと頭を下げる。
私は軽く会釈して、姿を隠した。
……あの子は私のこと、知っているのかな?

『そんなの、聞いてみればいいんじゃないか?』

少女「っ」

嫌な声。最近聞こえなくなっていたのに、まだいたの。

『ひどい言われようだな。お前の味方は、俺だけだろう?』

少女「……っ、うるさい。貴方なんか、いらない」

『いい加減、心を許せ。それより、あいつのこと気になっているのか? 話しかけてみてはどうだ』

少女「……ダメ」

『ダメ? 何故だ?』

少女「嫌われるに決まっている……」

『関わってみないとわからないじゃないか』

少女「今までだってそうだった。貴方のせいで、誰からも嫌われて……」

『それもそうだな。ならお詫びに、俺が手助けしてやろう』

少女「何をするつもり……」

『まぁ気にするな。しばらく、眠ってな』

少女「……っ」

抗議する前に、私の意識は薄れていった。





剣士「ふぅ、満腹だ~」

食事を済ませ、庭で涼む。毎日、夜空を見るのが習慣だった。
屋敷の生活はまだ慣れないが、空の光景は故郷と一緒だ。

剣士(みんな、元気にやってるかの~。手紙はいつ届くんじゃ)

ガサ

剣士「ん?」

足音に振り返る。

剣士「おやっ」

少女「……」

意外な人物だ。窓越しに姿を見たことはあるが、1度も会話したことはない。
遠目に見て可愛らしい雰囲気の子だと思っていたが、近くで見ても容姿は整っている。……若干、垢抜けない箱入り娘という感じはするが。
関わってはいけない、と言われたが……。

剣士「どもっす」

無視するのも何なので、とりあえず軽く会釈した。
そのまま去れば問題ないかな……と思ったが。

少女『お前……知っている匂いだ』

剣士「へぁっ!?」

少女のものとは到底思えない低い声に、思わず素っ頓狂な声が出る。
そして次の瞬間――

――キィン

剣士「……っ!」

少女『良い反応をするな、小僧』

剣士「な、何すか!?」

小柄な少女から繰り出される、獣のような手刀。

剣士「うわ、わわっ!!」

攻撃を剣で受けながら、状況を整理する。
とはいえ元々回転の良くない頭は、全く状況を読みとれなかったが。

少女『――命、貰った』

剣士「しまった……!」

ヒュンと風を切り、喉元に手刀を突きつけられる。
少し手元が狂えば、かっ切られそうだ。相手は自分より、遥か格上。

剣士「……?」

しかし、その手が剣士の喉元をかっ切ることはなかった。
少女(?)は満足したように笑うと、手を引っ込めた。

少女『冗談だ。お前、重騎士の息子だろ』

剣士「え? あ、はい」

少女『やはりな。目つきも太刀筋もよく似ている。あいつには到底、及ばんがな』

剣士「俺の親父をご存知で」

少女『あぁ、よく知っている。奴には俺の部下を、何人も殺られたからな』

剣士「え!? 俺の親父、おたくの使用人を殺しまくったの!?」

少女『おっと、出会いには相応しくない話題だったな。それでは俺は、ニヤニヤ見させてもらう』

剣士「え……? あっ」

一瞬、少女から存在感が失われた。それと同時、少女はふらりと前のめりに倒れそうになる。
剣士はすぐに、彼女の体を支えた。

剣士「だ、大丈夫っすか?」

少女「う……」

剣士(あれ? 今度は女子の声じゃな?)

少女「ご、ごめんなさい……。い、今のは忘れて……」

剣士「忘れる、って……」

強烈すぎて忘れられそうにない。まるで人格が変わったようだ。

少女「私、部屋に戻ります……うっ」

剣士「ふらついてますよ。人を呼びましょうか?」

少女「だ、大丈夫です。ごめんなさいっ」ダッ

剣士「あっ」

行ってしまった。逃げる女性を追いかけていいのかわからず、剣士はその背中を目で追っていた。

剣士「変な子じゃの~」

勇者「奴め……」

剣士「ぬわっ!!?」

いつの間にか、近くに勇者が立っていた。
こりゃーまずい。

剣士「そ、その、変ってのは、えーと……田舎独特の言葉で、そのー……」

勇者「ああいう病なのだ。すまない、許してくれ」

剣士「病か……。そいや娘さん、俺の親父のこと知ってたみたいですね。勇者さんから話したんですか?」

勇者「……」

剣士「?」

勇者「……何故か知らんが、君は奴に興味を抱かれたようだ。いずれ、バレることか……」

剣士「はぁ」

勇者「あれは、呪われているのだ」

剣士「呪い?」

病気の次は呪いとは。
まれにある話と聞いてはいたが、実例を見るのは初めてだ。

勇者「……13年前の魔王との決戦時、妻は既に身ごもっていた」

剣士(ええぇ)

剣士も思春期。そういう話を聞くと、脱線して変なことを想像してしまう。

勇者「魔王は死に際、最後の悪あがきをした」

剣士「あっ、はいはい。悪あがきって?」

勇者「あれは13年前――」





>13年前


魔王「グ……」

勇者「まさか魔王が、お前のような奴だったとはな。敗北を認めて死ぬほど、高潔でもなさそうだ」

魔王「好き勝手言いやがって……。くっ、俺は死ぬわけには……」

勇者「諦めろ。お前がいる限り、人間に平和は訪れない。この戦いは、どちらかが死ぬ運命だったんだ」

魔王「……っ」

正に今、最後の瞬間。
重騎士は敵幹部の襲来を引き受ける為に一時離脱し、賢者と僧侶がその様子を見守っていた。

僧侶「ついに、終わるんですね」

賢者「えぇ、そうね……。ハァ、ハァ」

僧侶「賢者さん、顔色が悪いですよ」

賢者「無理をしすぎたみたい……でも、大丈夫……」

勇者との子を身ごもった。彼女がそれに気付いたのは、ほんの数日前。
それでも、仲間の誰にも言わなかった。彼女は旅の最後まで、勇者を支えるつもりでいた。

魔王(あいつ、子を宿しているな……)

敵である魔王が唯一、生命の気配からそれに気付いていた。

勇者「終わりだ、魔王」

魔王(死にたくない……)

その子は魔王にとって、これといって何でもないことだったが。

魔王(死ぬわけには、いかない……!!)

勇者「な、何だ!? 魔王の体が、光に溶けて……」

事情が変わったのであった。

魔王「あああぁぁ――ッ!!」

賢者「えっ!? ――きゃああぁぁッ!!」

勇者「賢者!?」

光は賢者に吸収されていった。

勇者「賢者、賢者! 大丈夫か!」

僧侶「魔王の気配が消えました。賢者さんに異変は……」

賢者「あ、あ……赤ちゃん……」

勇者「え?」

賢者「い、いや……いやあああァァァ!!」

勇者「どうした!? おい、賢者!!」





勇者「その後、娘が産まれてわかった。あの時、魔王は娘に憑依したのだと」

剣士「そんな……」

勇者「娘の肉体には、娘と魔王の魂のふたつが宿っている。この家の者は、ああいう病気だと思っているがな。これを知っているのは、あの場にいた者と、一部の権力者のみだ」

剣士「な、何で今の状況のまま放置してるんすか!?」

勇者「……調べたのだが、魔王の魂のみを取り除く方法はない。もし娘を殺せば、魔王の魂は別の肉体に逃げる可能性が高い。だから、私が魔王を監視するのが最適……それが国王の下した決定だ」

剣士「……」

勇者「娘が産まれた時、賢者は――妻の心は、壊れていた。彼女は娘を抱くことなく、今も療養をしている」

剣士「……」

勇者「魔王は力を取り戻してはいないのか、たまに出てきても悪戯をするだけだ。客人にちょっかいをかけたことも、これが初めてではない」

剣士「ふむ……不幸中の幸いっすね」

勇者「しかし、他人から見て不気味なことは確かだ。それに私は、魔王が宿っている娘を愛せない」

剣士「そんな……」

勇者「私には今、地位と名誉がある。それでもこの13年間、虚しいばかりだった。……いっそ娘を殺してしまおうという衝動に駆られたことも、少なくはない」

剣士「っ」

勇者「……喋りすぎたようだ」

不快感を顔に出した剣士を見てか、勇者はそこで話を止めた。

勇者「今の話は漏らさぬよう。……いいことには、ならないぞ」

脅しを含んだ言葉をかけて、勇者はそこから去って行った。
元より誰にも言うつもりもないが、どうにも後味は悪い。

剣士「う~ん」

とりあえず、非常に大変だということはわかった。
少女が不幸な生い立ちだということもわかった。
わかったが、よその事情だ。自分が深入りする筋合いはない。

剣士「しかしのー」

彼女は13歳。故郷にもその歳の弟や友達がいる。
村で歳下の面倒を見てきた剣士にとっては、放置もしておけない案件だ。

剣士「……よし!」

なので、迷わぬ行動に移すことにした。





>部屋


少女「バカ、魔王のバカ! 変なことしないでよ、嫌い!」

魔王『せっかくのチャンス、逃したな?』

少女「あれのどこがチャンスよ!」

魔王『話すキッカケだったじゃないか』

少女「あんなのキッカケにならない! だから嫌われるのよ、魔王は!」

魔王『酷い言われようだ』

少女「もう知らない!」

変な子だと思われた。色んな人から嫌われてるのに、これ以上私を嫌う人を増やしたくない。

魔王『ん? ……ニオイが近づいてきた』

少女「知らない……」

コンコン

少女「……誰?」

こんな時間に誰かが来るなんて、珍しい。
私は部屋のドアを開けた。すると……

剣士「や」

少女「え、えっ!?」

あの子だ……。な、何で!?

魔王『おぉ、やったじゃないか。夜の逢瀬とは』

うるさい黙って。

少女「あ、あの、あのっ!?」アワアワ

剣士「夜分遅くにごめん。俺、剣士。……君のこと、勇者さんに聞いた」

少女「あ……」

多分、魔王の呪いのことだと思う。
だけど、だったら何故? わざわざ、何の用事?

剣士「興味があって」

少女「えっ?」

剣士「っていうか、放っておけなくて」

少女「え、ええぇっ!?」

どきどき。私を気にかけてくれる人がいるなんて。
まさかこの子、私の――

剣士「なぁ。……魔王と、話したい」

少女「えっ?」

魔王『お?』

何だろう。まさか……

魔王『くく、俺への挑戦を叩きつけるつもりか? 面白い、良いだろう』

少女「ま、魔王もいいって言ってます」

剣士「そう。じゃ、出てきてもらっていいかな?」

少女「は、はい」

そう言った途端、私の意識は薄れていく。

少女(魔)『呼ばれてやったぞ、小僧。何の用だ』

私はその様子を、夢を見るような感じで見ていた。
私より背の高い剣士さんは、魔王に乗っ取られた私を睨みつける。

少女(魔)『何だ?』

魔王にとっては迫力が足りないのか、余裕の表情を浮かべている。
それでも剣士さんは、ひるまなかった。

剣士「魔王、おめさん」

全くひるまず、それどころか気の抜けたような顔と声で……って、え?

剣士「おめさん、めっちゃめちゃカッコ悪いのー」

少女(魔)『……は?』

はい?

剣士「魔王ってんは魔物の頂点じゃろ、頂点! 力ばもってして魔物をまとめあげてたんじゃろ? そん男が、死にとうなくて赤んぼに憑依して、そんで女子の体で、女子の服着て、やっとることがイタズラじゃ? 小っせ、小せぇ! 男としてどうなんじゃ! わしなら死んだ方がマシじゃ~」

少女(魔)『』

あの、え、ちょっと……え?
というか口調も変わったし……。

剣士「おっと、訛った。コホン。とにかく、魔王カッコ悪ぃ~」

少女(魔)『小僧、貴様……』

剣士「凄まれても怖くないですぅ~。何故なら今の魔王様は、可愛い女の子ォ♪」

少女(魔)『殺す!!』

剣士「怒ってやんのー! いいぜ、遊んでやるよ! 来い!!」ダッ

少女(魔)『後悔させてやる!!』ダッ

…………何これ?



少女(魔)『小僧、貴様ああぁぁ!!』

剣士「ここまで来いやあぁぁ!!」

屋敷から飛び出した2人は、雑木林で追いかけっこをしていた。
こういう地形に慣れているのか、剣士さんは器用に木の間を縫って走っていく。

少女(魔)『おのれっ!』

追いかける魔王も、邪魔な木をなぎ倒していた。

剣士「スカートなのにやるねぇ、魔王。履きなれると、違うね~」

少女(魔)『くっ、憎たらしさも父親譲りか! 丁度いい、奴への恨みも背負って死ね!』

剣士「親父に勝てないから息子をやろうとは、ほんと小さいお方~」

少女(魔)『何だと貴様ああぁぁ!!』

こんなに怒った魔王は初めてだ。
っていうか、シャレにならない感じになってる……。

剣士「こっこまでおいで~、魔王さ~ん……あ」

少女(魔)『クク……』

行き止まり。剣士さん、絶体絶命。

少女(魔)『散々こき下ろしてくれたな、小僧。後悔するがいい……!』

剣士「小物魔王。女子魔王。臆病魔王」

少女(魔)『まだ言うか貴様ァ!』

剣士「どうせ殺されるなら、言いたい放題よ。魔王さんは、シッターさんにオムツ替えて貰ってました~」

少女(魔)『死ね』

魔王の手刀が剣士さんの首を狙う。
駄目ぇ!!

魔王『――っ!』

少女「く、ぅ……っ」

剣士「お?」

ちょっと強引に意識を取り返す。
魔王が疲弊していたから、上手くいった。

少女「はぁ、はぁ……。無茶、させないでよ……」

剣士「ごめんごめん。魔王は?」

少女「怒ってる。……その内、頭冷やすと思う」

剣士「そっか。君もたまには言ってやったら? クソガキからかうの楽しいぞ」

少女「く、クソガ……。あ、また怒り出したよ……」

剣士「いいの、いいの。君は楽しくなかった?」

少女「……ちょっと、スッとした」

剣士「だろ? クソガキは未熟だからさ~、すーぐカッとなるんだって」

少女(魔)『誰が餓鬼か、貴様ああぁぁ!!』

少女「わ、わっ!?」

意識は私のものなのに、魔王の声が出てきた!?

剣士「お前、歳いくつ?」

少女(魔)『28だ。餓鬼呼ばわりされる謂れはない!』

剣士「彼女に宿ったのが13年前……てことは、15の頃か。今の俺と同い年じゃん。そりゃ死は受け入れられなかったよな~。でもこの13年はマトモな社会生活送ってないから、精神年齢は退化してるはずだ。やっぱクソガキだな!」

少女「……クスクス」

少女(魔)『笑うな! 小僧、殺されたいのか!』

剣士「いやいや、話をしたいんだってば。あのさ、魔王はまた魔物の王になるつもりで、彼女に憑依したの?」

少女(魔)『そのつもりはない。……人間に憑依すれば力が落ちる。俺にはもう、そんな力は残されていない』

剣士「ねぇ君。魔王って君の体を使って、どんなことするの?」

少女「お客様の飲み物にコショウを入れたり、高い花瓶を割ったり、雨の日に全部の部屋の窓を開けるの」

剣士「クソガキのイタズラじゃねーか。大人がそれをやってるんだとしたら、単に性格が悪い暇人」

少女(魔)『グッ』

剣士「せっかく生き延びたのに、こんなんじゃつまらねーだろ、魔王。陰険なことはやめて、もっと楽しく生きろ。な?」

少女(魔)『何が言いたい』

剣士「精神年齢、俺とほぼ変わらないみたいだし。俺が友達になってやるよ」

少女「え?」

少女(魔)『何だと』

剣士「マトモな人間関係築いて、人生の再スタート切れ。俺が協力する!」

少女(魔)『な……』

魔王も想定していなかった、こんなこと。
私は慌てて、剣士さんの服を引っ張る。

少女「け、剣士さん。あの……友達になるなら、私となって」

剣士「勿論だとも。君も友達だ」

少女(魔)『俺はならん!』

剣士「あぁ、そう。じゃあ魔王はほっといて、俺と楽しいことしようか」

少女「楽しいことって?」

剣士「そりゃ一緒にお菓子食べたり、他愛ないお喋りしたり……友達とすることは、沢山あるよ」

少女「わぁ……」

友達と何かをするなんて、今まで一切なかった。
できるんだ。剣士さんと友達になったら。皆やっていたようなことが。

少女「よろしくね、剣士さん! 私、やりたいこと沢山あるの!」

魔王『……まぁ良かったな。当初の目的は済んで』

少女「魔王うるさい」

魔王『ぐぬぬ』

初めて友達ができて、私はウキウキしていた。
その晩、帰るのが遅くなって剣士さんはお父様に怒られていたみたいだけど、何かを話してくれたみたい。
次の日から剣士さんは、堂々と私の部屋に遊びに来てくれるようになった。

剣士「少女さん、こんちは~! 今日、学校帰りにおやつ買ってきたよ!」

余りにも堂々としてるものだから、使用人たちも驚いていた。
私はこの家で良く思われていないから、怪訝な顔をする人もいたけれど……。

少女「おやつ? まぁ、何かしら」

数日すれば、私も慣れてきた。だって剣士さん、咎めても聞かないんだもの。

剣士「じゃーん!! せんべい!!」

少女「ぱりっ。あ、美味しい! これ、凄く美味しい!」

剣士「そうじゃろ! うちのばっちゃの作るせんべいにも負けん味じゃ~。都会の人やりおるな~」

少女「喋り方……」

剣士「な、なんのことでしょうか? おれは、つうじょうのにんげんですよ?」

少女(魔)『何で急に不自然なカタコトになる。いつも普通に喋れているだろう』

剣士「切り替えが難しいんだよ」

少女「喋りやすいように喋ればいいじゃない」

剣士「そういうわけにはいかない。田舎訛りを抜いて、俺は洗練された都会の男になる!」

少女(魔)『いくら背伸びしたところで、田舎者は田舎者だ』

少女「魔王は黙ってて」

剣士「そうだ黙ってろ」

魔王『おのれ……!』

少女「剣士さんは学校に行ってるのね。どんなことを勉強しているの?」

剣士「えーと。歴史とか、地理とか、マナーとか色々。ほら、これ教本」

少女「へぇ~」パラパラ

剣士「もー、覚えるの大変だよ。体動かす方が遥かに楽で」

少女「でもこの本、易しいよ」

剣士「えっ。少女さん、わかるの!?」

少女「うん。本で何度か読んだことあるし……」

少女(魔)『教養の差だ』プッ

剣士「お、俺より歳下の子に負けた……。こうしちゃいられねぇ、せんべい食ったら勉強する!!」バリボリベリベリ

少女「頑張ってね、剣士さん」

剣士「おう! それじゃ、また後でな!」ダッ

少女「うん。またあとで……」





金属音が聞こえる。今日も剣士さんは、剣の打ち合いをしているみたい。
でも、今日の音はいつもの軽快さがないな。調子、悪いのかな? ちょっと、様子を覗いてみよう。

剣士「どわっちゃあ!!」ベシャッ

勇者「勢いは悪くない。ただ、少し雑だ」

あぁ、お父様と練習していたのね。
護衛兵に負けなしの剣士さんでも、お父様には及ばないみたい。

剣士「流石っす、勇者さん! 俺が勝てない親父が、勝てない相手だもんなぁ……」

勇者「しかし、身体能力は流石だ。あいつの血を引くだけある……と言ったら失礼か。努力してきたのだな」

剣士「まぁうちの田舎、貧弱な男は生きていけないですからね~」

勇者「これから背も伸びるだろうし、将来有望だ。勉強も頑張りたまえ。……騎士になりたいのならな」

剣士「はい! ありがとうございます!」

騎士に? 剣士さん、騎士を目指しているんだ。
お城の騎士さんて、洗練されたイメージあるなぁ。……剣士さんとは、大分イメージ違うけど。

魔王『好きだもんな。お姫様が主人公で、相手が王子様とか、騎士みたいな物語』

少女「そういう話って、敵の魔王がコテンパンにやられるから好きなの」

魔王『……』



剣士「ふぅ、ちょっと休憩。えーと飲み物……あったあった。ごくっ……ブッ!!?」

少女(魔)『ハァーッハッハ、引っかかったな小僧! この俺が、唐辛子を混ぜてやったわ!!』

あーっ、魔王のバカバカ!! 好き勝手しないでよ!! 聞きなさいよ、もーっ!!
私の意識を完全に乗っ取って、またイタズラして!!

剣士「ゴホ、ゴホ……おのれ魔王!」

少女(魔)『制裁でも下すか? この肉体は、あいつのものだぞ?』

剣士「連帯責任っ!」ガバッ

少女(魔)『!?』

剣士「必殺! 護衛兵さんの靴下~!!」

少女(魔)『グェフォオオオォオォオォッ!? カハ、カハッ、やめっ、ゲホゲホォ!!』

私、しーらない。ばーか。

剣士「ほれほれ、ほれ~っ」

少女(魔)『やめ、カハッ、グオオォ!!』

護衛兵「女の子相手でも容赦ないですね剣士君……」

勇者「そ、そうだな」(子供か……)





剣士「えーと、ここをこうして……あれ、なんか違うな?」

少女「何しているの、剣士さん?」

剣士「少女さん。いやね、ネクタイの結び方を習ってね……」

少女「ふふ。紳士として必要なことよ、頑張って」

剣士「女の子に言われたら、頑張っちゃう! えーと、こうして……」

少女(魔)『違う、違う! そうじゃない!』

剣士「へっ?」

少女(魔)『こうやって、こうだ。細かい部分で手を抜くから、出来上がりが無様になるのだ』

剣士「なるほど、ありがとう。しかし、あれだな」

少女(魔)『?』

剣士「魔王がやったとわかってはいるんだが……女の子にやってもらうと、何かドキドキするな」

少女(魔)『するな!』

少女「しないで!」

剣士「ごめん、ごめん。だがあまりよく知らないが、世の婦女子はこういう感じのが好きだと……」

少女「???」

少女(魔)『間違っているが、正しく知らなくていいし、むしろ忘れろ!!』





今日は剣士さん見かけないな。学校はお休みのはずだけど。

魔王『気になるのか?』クク

少女「魔王と2人きりだと、気が滅入るもの」

魔王『あいつと付き合い始めてから、かなり辛辣になったな……』

少女「貴方こそ、剣士さんといるの楽しそうじゃない」

魔王『馬鹿なことを。あのような青臭い愚か者、見苦しいだけだ』

少女「頑張っている人にそんなこと言うの、最低」

魔王『それもそうだな。俺も若くして魔王になった身。奴のような時期もあったものだ……』

少女「それは見苦しい」

魔王『……』

少女「お部屋かしら、剣士さん」



少女「剣士さん、いる?」

剣士「その声は、少女さん? どうぞ、入って~」

少女「お邪魔します。忙しかったかしら?」

剣士「いえいえ。田舎の家族から手紙が来ましてね」

少女「あら、そうだったの。剣士さんのこと、心配しているでしょうね」

剣士「ぜーんぜん。こっちは問題ないから、しばらく帰ってくんなってさ~。長男坊になんつーこと言うんだよ~」

少女「あらら」

剣士「見てろよー、2年後には洗練された男になってやるからな。もう弟よりガキな兄貴って言わせねーぞ!」

少女「2年?」

剣士「あぁ、学校は2年制なんだ。それで俺は騎士になる!! ……予定」

少女(魔)『お前、2年後にはこの家を出るのか?』

剣士「そりゃあ、ずっと世話になってるわけにもいかないだろ」

少女「そうなんだ……」

いつかそうなるだろうとは思っていたけど、実際に聞くと複雑だ。
今の私、剣士さんしか友達いないから……。

剣士「その為にちゃんと勉強して、剣の腕も上げる。で騎士になったら家を持って~」

少女(魔)『ほう。意外にも、将来を見据えているのだな』

剣士「勿論! 何せ小さい頃からの夢だから!」

少女「騎士になるのが夢だったのね」

剣士「んー、ちょっと違う。俺の夢はもっと大きいぞ」フフン

少女「剣士さんの夢って?」

剣士「そりゃもう! かっこいい男になること!!」

少女「……」

少女(魔)『……阿呆はやはり阿呆か』

剣士「何だよ、かっこいい男目指して悪いのかよ」

少女(魔)『無論、社会的評価や見栄に重きを置くのは理解できる。しかし言い回しが幼稚そのものだ』

剣士「なんだ、魔王もわかるんじゃん。まぁ魔王だもんね~。魔物の世界じゃかっこいいもんね~」

少女(魔)『同類にするな!』

少女「でも、そっか。剣士さんは、かっこいい男の人になる為に頑張ってるのね」

剣士「そう! その為にまずは騎士になる! ……って、さっきも言ったねこれ」ハハ

少女「そうかぁ……」

2年後、剣士さんはここを出て行く。今より立派になって、夢に向かって。
……私は、どうしているだろう。今と変わらないで、また毎日閉じこもっているだけ?

少女「……剣士さん」

ダメだな、それじゃあ。

少女「今日、一緒にお出かけしてくれる?」

剣士「いいよ。どこ行く?」

少女「街」

魔王『!? お前が、人ごみの中に行くだと!?』

私も、前に進まないと。
posted by ぽんざれす at 16:53| Comment(0) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月01日

介護ヘルパー「勇者と魔王の老後決戦」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1535792179/


1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/09/01(土) 17:56:19.60 ID:YpajKDCj0

それは遥か昔、世界の景色が今と違っていた頃――

勇者「魔王オォ! 今日こそ貴様の命を獲るッ!!」

魔王「ハーッハッハ、執念深い勇者よ! 貴様にやられる程、我は甘くないぞ!!」

勇者「貴様を倒すために上げたレベル、増やした傷の数々……全て無駄にはせん!」

魔王「ならば来い! 勇者よ!!」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1535792179
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/09/01(土) 17:58:21.40 ID:YpajKDCj0

そして70年後、老人ホーム『まおゆう』


勇者(86)「魔王オォ! 今日こそ貴様の命を獲るッ!!」

魔王(200)「ファーッファッファ、ひゅう念深い勇ひゃよ! 貴ひゃまにやられる程、我はフガフガ」

勇者「貴様を倒すために上がった血圧、全身に貼った湿布の数々……全て無駄にはせん!」

魔王「ならば来い、勇ひゃフガフガ」

新人「先輩、おふたりがまた喧嘩を!」アセアセ

ヘルパー「はい、戦闘いったんやめ~。おやつの時間だよ~。魔王さん、入れ歯直そうね~」

勇者と魔王の戦いは、世代が交代し、2人が老人ホームに入ってもなお繰り広げられていた。


3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/09/01(土) 17:58:54.31 ID:YpajKDCj0

勇者「魔王、勝負だ!」

魔王「うとうと」

ヘルパー「あらら、魔王さんお腹いっぱいになって眠くなっちゃったんだね~。勇者さん、後でいいかな?」

勇者「俺には残された時間が少ないというのに」ブツブツ

ヘルパー「ねぇ、2人の昔のお話聞かせて貰ってもいい?」

勇者「そんなに聞きたいか、ん? 俺の武勇伝、ふふん」

ヘルパー「聞きたい、聞きたーい! 勇者さん、昔はもっといい男だったんだろうなぁ~」

勇者「まぁなぁ!」


4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/09/01(土) 17:59:49.25 ID:YpajKDCj0

>休憩時間

新人「あの2人は仲が悪くて困りますよ~」フー

ヘルパー「そうだね~。70年もいがみ合ってるから、仕方ないね~」

新人「70年……世界がまだドットだった頃からですね」

ヘルパー「そうそう。あの頃のダンジョンは今よりずっと理不尽でねぇ」

新人「へぇ~。私の世代は景色がヌルヌル動くし、チュートリアルもあって当たり前でした」

ヘルパー「人と世界に歴史ありだよ。景色がヌルヌル動くようになっても、時代は続いているのだー!」


5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/09/01(土) 18:00:16.91 ID:YpajKDCj0

勇者「魔王!」

魔王「……」ポケー

勇者「魔王オオオォォ!!」

魔王「……おぉ、勇者かぁ。何じゃ~?」

勇者「俺と勝負しろー!」

魔王「はぇ~?」

勇者「俺とー! 勝負しろー!」

魔王「はえぇ?」

ヘルパー「あ、魔王さんの補聴器電池切れてる。すぐ取り替えるね~」


6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/09/01(土) 18:01:05.75 ID:YpajKDCj0


勇者「全く、あちこち悪くしおって魔王め。人間の年齢に換算すれば、俺より若いくらいだろうに」ブツブツ

新人「心配ですねぇ」

勇者「心配? フンッ、あいつは昔から不摂生なんだ!」

新人「長い付き合いだと、そんなことまで知ってるんですね」

勇者「奴が魔王として名を轟かせたきっかけを知ってるか?」

新人「あ……いえ。理由って何ですか?」

勇者「奴は城の……晩餐会に出てきた料理を、食い逃げしたんだ!」

新人「食い逃……え?」

勇者「奴は俺と小競り合いをしながら、世界中で食い逃げを繰り返した! そうして血糖値が上がって倒れたのが、今から10年前のことだ!」

新人(クソくだらねー)


7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/09/01(土) 18:02:11.02 ID:YpajKDCj0

>夕食


魔王「美味い、美味い」モグモグ

勇者「魔王ォ、大食いもいい加減にしろよ!」

魔王「美味いんじゃて~。勇者にはやらんぞ~」

勇者「何を貴様アァ!」

ヘルパー「勇者さん、これ! 美味しいよ!」

勇者「どれどれ……おぉ、美味しいな」

魔王「今日の味付けは新人さんじゃろ? 腕が上がったのぅ」

新人「正解! 嬉しいなぁ」

魔王「~♪」

新人「魔王さんて食べてる間が1番幸せそうですね」

ヘルパー「食欲があるのはいいことだねぇ」


8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:02:50.96 ID:YpajKDCj0
しかし……

魔王「……」ボー

ヘルパー「魔王さん、まだご飯残ってるよ~」

魔王「お腹いっぱいじゃあ」

勇者「貴様ぁ! 出された食い物をこんなに残すとは、それでも魔王か!」

魔王「食べれないんじゃて~」

ヘルパー「しょうがないね~。魔王さん、入れ歯磨くからちょうだい」

魔王「フガフガ」

新人(魔王さん、ここのところ食べる量減ったなぁ)


9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:03:20.75 ID:YpajKDCj0


勇者「魔王オォ! 今日こそ貴様の命を獲るッ!!」

魔王「……」ポケー

勇者「おーいヘルパーさん、魔王の補聴器の電池が切れてるぞ!」

ヘルパー「え? 昨日取り替えたばかりだけど……」

勇者「まー! おー! うー!」

魔王「……おぉ、勇者かぁ」

勇者「俺と戦え、魔王!」

魔王「いやじゃあ」

勇者「何だとぉ」

魔王「眠いんじゃあ」

勇者「……魔王」


10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:03:48.43 ID:YpajKDCj0




勇者「ヘルパーさん、魔王は?」

ヘルパー「寝ちゃった」

勇者「ここのところ、寝てばかりじゃないか」

ヘルパー「お医者さんは大丈夫だって言ってるけどねぇ。歳だし持病も多いし、調子悪くなる時もあるよ」

勇者「俺はピンピンしているぞ!」

ヘルパー「そうだね~。魔王さんが元気になったら、また喧嘩してあげてね」

勇者「勿論だ!」


11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:04:19.48 ID:YpajKDCj0




魔王「……」

新人「魔王さん、おはようございまーす! カーテン開けますね!」

魔王「……」

新人「魔王さん、おはようございます! 魔王さん?」

魔王「……お主」

新人「はい?」

魔王「……どなたじゃったかのう?」

新人「えっ」


12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:05:09.22 ID:YpajKDCj0


魔王「……」ボー

ヘルパー「数日で一気に落ちちゃったねぇ。介護度も3から一気に5だよ」

新人「そういうこともあるんですねー……」

勇者「……はぁ」

新人「勇者さんも、最近元気ないですね」

ヘルパー「魔王さんがあの調子だからねぇ」

新人「魔王さんは元々あちこち悪くしてたけど、勇者さんは元気でしたよね」

ヘルパー「魔王さんは、勇者さんにとっての薬みたいなものだったんだよ」

新人「薬、ですか?」

ヘルパー「そう。勇者さんは人生の半分以上、魔王さんと戦ってきたんだよ」

勇者「……ふぅ」

ヘルパー「その魔王さんと張り合いがなくなったら、勇者さんの元気もなくなるよ」

新人「……そうですよね」


13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:05:38.58 ID:YpajKDCj0




勇者「おう、魔王……」

魔王「……ん~?」

勇者「魔王、俺がわかるか?」

魔王「はて……? どなたでしたかのぅ」

勇者「この俺を忘れるとは、何て奴だ」

魔王「すみませんの~」

勇者「元々は、そちらから仕掛けてきた喧嘩だろうに」


14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:06:10.00 ID:YpajKDCj0


>70年前


魔王「ハーッハッハッハ! 姫の誕生日ケーキは、この魔王が貰い受けた!」

姫「楽しみにしてたのに……」シクシク

勇者「おのれ魔王! 晩餐会のローストビーフだけでは飽き足らず、誕生日ケーキまでをも! 許さん!」

魔王「美味かったぞ、王宮の料理は……。しかし、それだけでは足らん! この我が世界中の料理を食い尽くしてくれるわ!」

勇者「貴様ァ! 例え何年かかっても、貴様を討ち滅ぼしてくれるわ!」

魔王「受けてたとう、勇者よ!!」


15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:06:38.01 ID:YpajKDCj0




勇者「……俺が討ち滅ぼすはずが、貴様の不摂生で自滅するとはな」

魔王「ふふっ」

勇者「笑い事じゃないぞ」

魔王「けど、楽しかったの~」

勇者「!」

魔王「世界中で色んなものを食べて、勇者と喧嘩して……」

勇者「魔王、お前……」

魔王「この70年、毎日が楽しかったのう」

勇者「記憶が戻ったのか!?」


16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:07:05.72 ID:YpajKDCj0

魔王「……ありがとなぁ、勇者」

勇者「は?」

魔王「最後まで、我を追いかけてくれて」

勇者「最後まで……?」

魔王「楽しかったぞ、勇者ぁ……」

勇者「おい、魔王……!?」

魔王「我、は……」

勇者「魔王……――」


お前と出会えて、本当に良かった……――


17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:07:31.63 ID:YpajKDCj0


>数年後、老人ホーム「まおゆう」


<先輩ー、オークさんが全部脱いじゃいましたー!

元新人「はいはーい、今行くー!」


18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:08:06.08 ID:YpajKDCj0


ヘルパー「もうすっかり、新人ちゃんもベテランの域だね~」

元新人「毎日忙しくて、婚期逃しそうですよ~」シクシク

ヘルパー「そういえば新人ちゃん、今日の新聞見た?」

元新人「いえ、朝バタバタしてて。何ですか?」

ヘルパー「また新しい魔王が現れたみたいなんだけど」

元新人「へぇ、またか~。よく現れますね~」

ヘルパー「その魔王、建国記念パーティーのステーキを食い逃げしたんだって」

元新人「え」

ヘルパー「でね、その魔王を倒すと宣言した人も出てきたんだって」

元新人「何か、昔いらっしゃった勇者さんと魔王さんみたいですね」


19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:08:59.64 ID:YpajKDCj0

ヘルパー「新人ちゃん、知ってる?」

元新人「え?」

ヘルパー「勇者と魔王の物語――それは数多くあるけれど、その中でも繰り返されるものがあるんだって」

元新人「繰り返される……?」

ヘルパー「そう。景色がドットからヌルヌル動くようになった世界で、また繰り返される」

元新人「時代を越えて、繰り返される……」

ヘルパー「そう、時代を越えて! 繰り返される理由は世界の法則だとか、神様がそう決めたからとか、諸説はあるんだけど――」

元新人「……」

ヘルパー「勇者さんと魔王さんの物語がまた始まって、新しい世代の人達にも知られていく。それって何だか、楽しいよね」

元新人「……そうですね!」


20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:09:41.84 ID:YpajKDCj0


時代は繰り返される――


新勇者「こら、待て魔王ォーっ! 盗んだパンケーキ返せぇ!!」

新魔王「ふっ……愚かな勇者よ。パンケーキは既に、我の腹の中にある!」


新しい時代で新しいものを取り入れながらも、変わらないものがある。


オーク「ぐへへへ~、女騎士はいねがぁ~」

元新人「あーもうっ、オークさんは年々規制が厳しくなってるんだから大人しくしてて下さい!!」


世界の景色が変わっていっても、それはきっと色あせない。


新勇者「魔王オォ! 今日こそ貴様の命を獲るッ!!」

新魔王「ハーッハッハ、執念深い勇者よ! 貴様にやられる程、我は甘くないぞ!!」


人々は自分の生きた時代を忘れない。
私たちは、繰り返される歴史をこれからも見ていく。


元新人「さて! 今日も1日、元気に頑張ろう!」


Fin

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 18:10:21.41 ID:YpajKDCj0

ご読了ありがとうございました。
数年ぶりにssを書きまして、大変ですが楽しかったです。
posted by ぽんざれす at 18:17| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

青年「狂騒世界の人形遊び」

青年「はぁ……」

環境が変わってからはや1ヶ月。
この憂鬱は五月病のせいか、青年はため息をついた。

青年(浮浪者の対処……なんて、明らかに汚れ仕事を押し付けられただけだよな……)

最近ストレスで食欲は減退し、睡眠は浅くなり、趣味もろくに手につかない。
今日もまた『誰でもこなせるが誰もやりたがらない』仕事を命じられ、それをただこなす。

それが青年――この街の領主代行たる、彼の日常だった。





>1ヶ月前

青年「領主代行……俺が?」

父から聞かされた時、聞き間違えたかと思った。
広い地方を治める領主である父は、隠居を控える年齢になり、子供達に領地を分け与えているところだった。
だが兄弟の中でもとりわけ出来の悪い自分は、下働きのような仕事でも与えられ、肩身の狭い思いをして生きていくのかと思っていたが。

父「あぁ。三男の治める街に、領主代行として趣いてくれ。あいつもなかなか忙しい奴でな」

三男。頭脳、剣技に優れ、10代半ばから領主を務めている天才。
あいつと兄弟であることに卑屈さを感じている俺なんかが、あいつの代行業務なんて務まるのか……。

父「お前も領主の仕事は学んできたはずだ。しっかりやれ」

青年「……はい」

不安を覚えつつ、俺は三男の治める地方に転居することとなった。





そして転居初日、俺は早くも現実に打ちのめされることとなる。

三男「そう気張らなくて大丈夫ですよ兄上。……僕には優秀な補佐がいますから、兄上が苦労することはないでしょう」

青年「……」

綺麗に整った笑顔で吐いた言葉の意味を、俺はすぐに理解した。
『お前なんて必要じゃない』――そういうことだ。

青年(なるほど、そういうことか)

要するに領主代行とは名ばかりなのだ。一族の者はそれなりの地位に就かせなければならないから、この『1人で大体のことはこなせる』三男の代行に命じられたのだろう。ようやく合点がいった。
というか、むしろ気付くの遅すぎた。

青年「……とりあえず報酬を貰う以上、仕事をくれると助かる」

三男「わかりました。では、この手紙をギルドに届けてくれませんか」

青年(使い走りか。ま、いいけど)

ドブさらいや家畜の世話をさせられるかと思っていたので、それくらいなら。
三男にも外聞があるし、領主代行の兄に与える仕事は、流石に選ぶか。

青年(でも、これからどうなるかわからないけど)

そして、そのネガティヴな予感は早くも的中した。
俺が手紙を届けたギルドの担当員、こいつが高圧的で人の話をろくに聞かない。まさに『誰も相手したくない』街の嫌われ者だった。





青年「はぁ……」

この1ヶ月、本当にストレスフルだ。
ギルドの担当員を始め、俺が任せられるのは街の嫌われ者、厄介者の相手ばかり。
こいつらが独自の理論をかまし、マトモな会話ができず、自分のことしか考えてない奴ばかり。相手すれば精神を消耗するのに、上手く対処できたところで得るものがほとんどない。……正直、殺したい。

「あ、領主代行様。こんにちは!」

街の人々に顔は覚えてもらえたが、やはり勘付く者は勘付くようで……。

「どうして領主代行様は、あんな仕事ばかりさせられているのかしら?」
「そういう仕事しかできないからだろ」
「他のご兄弟は別の地で領主をされているのに、あの方だけ代行ですもんねぇ」

青年(おもっくそ聞こえてますけど)

だが悔しいことに、言い返せない。
努力しなかったわけではないが、俺は勉強も剣技も並以下だ。それに、これといって秀でた能力もない。

「領主代行さまって、顔立ちは整ってるけど……童顔の上に背も低いから、異性としては微妙だよねー」
「好きなものは人形らしいよ」
「ちょっと陰気だよね」

青年(その悪口、関係ある?)

事実だからと、好き勝手言い過ぎじゃないか。
おまけに――

「妾腹なんですって、代行様」

青年(……)

「妾腹……ってことは、領主様のお父様に愛人が? あの名主と名高いお方に?」
「いや、それがはめられたそうだよ」
「と言うと?」
「酒場にいた女に酔い潰されて、無理矢理関係を持たされたんだってよ」
「あ、聞いたことある。しかもその女、高額な養育費をせびっていたとか」
「代行様が子供の頃にアル中で死んだらしいけど……よく、代行様を引き取る気になったよな。流石、人格者は違う」

青年(噂が広まるのって早いな)

それも事実だ。母親は夜の女で、俺が5歳の頃に死んだ。
薄汚れた世界で育った俺はその歳まで、ろくな躾も受けていなかった。だから引き取られた後は、環境に適応するのに相当苦労した。
その時点で俺は、他の兄弟達から出遅れていたのだ。

青年(だから無能でも仕方ない……なんて言い訳、通用するわけがないよな)





>街外れ


青年(ここだよな……)

「街の外れに浮浪者の女が現れるようになった」と聞くようになったのは、ほんの数日前。
そいつが人に危害を加えたということはないが、それでも放置しておくわけにはいかない。

ガサガサ

青年「ん?」

女「……」

早速現れた。
ボサボサの金髪、あちらこちら破れて汚れたローブ。栄養不足か体は痩せこけ、靴を履いていない素足は痛々しい。

青年(こいつか)

報告によると、その女は――

女「……ご主人様」

青年「……」

女「ご主人様、ご主人様ぁ」

――気が触れているらしい。

青年(報告通りだな)

女は数日前、街で病死した旅の商人が連れていた奴隷らしい。
この奴隷娘の気が触れたタイミングはわからないが――彼女はどうやら目に映る男が、死んだ『ご主人様』に見えるようになったそうだ。

奴隷娘「ご主人様、待ってましたぁ」

青年(やれやれ)

薄汚いとはいえ、女は女。いつ変な奴に襲われるともわからない。

青年(こいつの"対処"か……)

檻のついた山奥の施設にぶちこむか?
奴隷の身分なら、売り払うか?
それともいっそ――殺してしまうか?

青年(……どれにしても、汚れ仕事だな)

三男は具体的な指示を出さなかった。だからこそ汚名も俺にかかってくるのだが……。

奴隷娘「ご主人様?」

青年「いや……」

気の触れた浮浪者の女、と聞いた段階でなら、上で挙げたどれかをやる覚悟はしていた。
だがこう、直接女を見てみると……。

奴隷娘「?」

青年(うーん)

何て言えばいいかわからないが、こいつの目はとても純粋だ。俺を「ご主人様」と呼ぶ声も無邪気そのもので、何だか愛嬌がある。
ここ1ヶ月相手してた連中がひどいのばかりで、マシに見えるだけかもしれないが……。

青年(罪悪感が……)

奴隷娘「ご主人様、どうされました?」

青年(……とりあえず、保護するのが先決だよな)

奴隷娘「?」

青年「行くぞ。俺についてこい」

奴隷娘「はぁい」

ひとまず、俺の家に連れて行くこととなった。





俺の暮らしている家も街のはずれにある。街に馴染んでない俺としては、割かし過ごしやすい場所だ。

青年(やっぱ施設に入れるのが1番人道的かねぇ)

奴隷娘を風呂に入らせている間、俺は今後のことを考えていた。
施設となると俺が全手続きをすることになるのだが、それは仕事だから構わない。だが問題はある。

青年(文句を言う家族がいないのをいいことに、入所者に非人道的な行いをする施設も多いと聞く。施設選びが課題か……)

虐待を見極めるのは簡単ではない。
何せそういうのは人目につきにくい上、職員達に隠蔽されているのが現状だ。

青年(そういう施設に若い女が入ったら……間違いなく、格好の餌食だよな)

奴隷娘「ご主人様ー」

青年「あぁ、上がったか……」

と、振り返ると。

青年「」

奴隷娘「ご主人様?」

青年「お、おおおお前!? なな何で、服っ……」

奴隷娘「なくなってたので……」

青年「シャツ置いておいただろ!?」

奴隷娘「あれはご主人様のでは……」

青年「お前の服は洗うから!! つか、服がないからって裸で出てくる奴がいるか!!」

奴隷娘「でもご主人様ですし……」

青年「いいから着てこいっ!!」

目の焦点をなるべく奴隷娘から外し、俺は女を追い返した。

青年(全く……。この危機感のなさ、やっぱり施設選びは慎重にやらないとな!!)ドキドキ

青年(それにしても……あの刺青は)

今のゴタゴタで有耶無耶になりかけていたが、奴隷娘の体に刻まれた刺青を、俺は見逃していなかった。

青年(ま、いいか。……後で聞くか)


>5分後

奴隷娘「着替えてきました、ご主人様」

青年「ん」

俺の部屋着を着て奴隷娘は出てきた。
俺の服はサイズが小さめだが、流石にやせ型の女が着るとダボッとしている。

青年(それにしても……)

奴隷娘「?」

風呂に入って薄汚さがなくなったら、奴隷娘はそれなりに可愛らしい容姿をしている。不健康そうな雰囲気で、大分損しているが。

青年「その……」

奴隷娘「?」

青年「えーと……お前、いくつだったっけ?」

奴隷娘「お忘れですかご主人様ぁ。18です~」

青年「あ、あぁ。そうだったな」

こいつは俺を『ご主人様』として見ているから、会話運びに頭を使う。
『ご主人様』であることを否定すればいいかもしれないが……それで発狂でもされたらかなわん。

青年(だが、どうするか……刺青のこと、どう聞けばいい?)

あの刺青は半魔の印。つまりこの女は魔物と人間のハーフで、純粋な人間ではない。
けど『ご主人様』なら、当然知ってるだろうし……。

青年「……」

奴隷娘「?」

青年(まぁ、いいか)

半魔はそれなりに珍しい存在ではあるが、この女は人間とさほど差異はなさそうだ。
とりあえず半魔であるという事実だけ頭に入れて、その話は切り出さないことにした。

青年「とりあえず今日はもう遅い。もう休んでおけ」

奴隷娘「ご主人様は?」

青年「俺は仕事を片付けてから休む」

奴隷娘「ご主人様より先に休むのは……」

青年「む。そうか……」

仕事と言っても重要ではない書類整理で、とりわけ急ぐわけでもない。
この女に合わせた方が、ボロが出る可能性は低い。

青年「なら、俺も休む。そこの部屋を使ってくれ」

奴隷娘「あ……」

青年「お休み」

やや落ち着かない気分を抑え、ベッドに入る。
どうやら知らずの内に疲れていたようで、意識はすぐに眠りに誘われた。

青年「すうぅ……」

ようやく今日が終わる。
何の希望もない明日はすぐにやってくる。
明日は今日よりマシでありますように。

青年「んんん……」

モゾモゾ

青年「……ん?」

何だ? 寝相が悪くて布団でもずれたか……。

奴隷娘「すやすや」

青年「!!?!?」

布団どころじゃなかった。

青年「おい!?」

奴隷娘「んん~……? どうされましたぁ、ご主人様?」

青年「何で俺のベッドに入ってくる!?」

奴隷娘「? いつも、そうしてますよねぇ……?」

青年「え」

何だと。

青年(あぁ……こいつ、愛玩奴隷だったのか)

青年「今日はそういう気分じゃない。1人で寝ろ」

奴隷娘「私、1人じゃ寝れません~」

青年「……」

こいつの死んだ主人は、少なくとも、奴隷がワガママを言えるような男だったようだ。

青年(困った)

奴隷娘「今日のご主人様、なんか変ですねぇ?」

青年「えーと、そのー……」

出来の悪い頭では、言い訳が思いつかない。

青年「……わかった。並んで寝るだけだぞ」

俺が手を出さなければいい。そういう結論しか出せなかった。

奴隷娘「すやすや」

青年(はぁ……)

何一つ警戒していない奴隷娘の寝姿を見て、早く良い施設を見つけねばと思った。





>翌日、診療所


医者「数日前に死んだ行商人ですかい?」

朝早くに俺は、行商人を看取ったという医者のところにまで来た。
別にこれは仕事ではないが、どんな人間なのか一応聞いておこうと思った。

医者「ここに運び込まれてきた時、既に虫の息でしたからねぇ。どんな人間かは、ようわかりません」

青年「虫の息……魔物にでもやられたか?」

医者「いえ、病気ですね。あれは先天性のものですな」

青年「そうか、病気か。……愛玩奴隷を残して逝くとは、何てタイミングの悪い」

医者「愛玩? あれは違うでしょ」

青年「? 何故だ?」

医者「あの行商人の病気じゃ、確実に不能ですよ」

青年「……」

不能。死してなお不名誉なことを言われるとは、気の毒な。
しかし、ひとつ安心した。あの奴隷の『ご主人様』が不能ということは、彼女が俺に性行為を求めてくる可能性は極めて低い。

青年「わかった、礼を言う」

行商人の大体のパーソナルデータがわかったので、俺は診療所を後にした。

青年(さて、仕事に向かうか)

と、三男のいる屋敷に向かう途中……

バシャー

青年「うわっ!?」

唐突に体全体に冷たさを感じた。
これは……泥水!?

酔っ払い「ざまぁみやがれ!!」ダッ

青年「……」

俺に泥水をぶっかけた酔っ払いは一目散に逃げていった。
あいつ、覚えている。数日前の仕事相手だ。ある申請をしてきたので俺が手続きを担当したのだが、まぁ面倒な相手だった。
自分の要望(しかもかなり無茶な)が全て通らないとわかると怒鳴り散らし、最後まで文句しか言わない奴だったが……まさか、こんな報復行動に出るとは。

「代行様、大丈夫ですか? タオルをどうぞ」

青年「いや、大丈夫だ。気遣いありがとう」

親切はありがたいが、口元がニヤついてやがる。
笑いものになるのも不愉快なので、俺はさっさとそこから立ち去った。



>屋敷前


三男「おや、兄上。おはようございます」

屋敷に着くと、三男が丁度外に出ていた。

青年「俺の仕事相手にやられた。一旦帰って体を洗ってから出直す」

本当は守衛から伝えてほしかったが、三男がいる以上直接伝えるしかなかった。

三男「それは大変でしたね。わざわざそれを伝える為だけに、一旦ここへ?」

青年「あぁ。理由も言わずに遅刻はできないだろう」

三男「兄上は本当に真面目ですね」

青年「……」

こいつがこの笑顔を見せるのは、俺を馬鹿にしてる時だ。
『真面目なのに無能ですよね』とでも、言いたいのだろう。

三男「浴室なら、屋敷のを使っても構いませんよ」

青年「着替えはどうする。俺とお前では体格も違う」

三男「使用人の服がありますから」

青年「……使用人の服では仕事にならん」

三男「ん? あぁ、そうでしたね」

立場上、俺は仕事時には正装しているが、そんなこともどうでもいいのだろう。
確かに俺の容姿は、正装したところで威厳もないが……。

三男「では、帰り道もお気を付けて。底辺の人間は何をしでかすかわかりませんからね」

青年「……あぁ」

底辺の人間――八方美人の三男も、たまに失言をする。
俺の仕事相手は三男にとって底辺ばかり。だから俺に相手をさせる――同じ、底辺の人間だから。

青年(まぁいい……)

前々からわかっていたことだ、そんなのは。それよりも帰って体を洗わねば。





>自宅


青年「さて」

奴隷娘「お帰りなさい」

青年(あ、そうだった)

家から絶対に出るなと言いつけて、こいつを留守番させていたんだった。
奴隷娘は俺を見るなり、目を大きくした。

奴隷娘「ご主人様、その格好は……」

青年「色々あってな。すぐに体を洗って、また出かける」

奴隷娘「お風呂ですね!」

青年「いや、軽く洗い流すだけだ」

奴隷娘「なら、お着替え用意しますね!」

奴隷娘はパタパタと走っていった。
俺の着替えがわかるのか……とか言うのも無粋だろう。
俺はすぐに浴室に向かい、体を洗い流した。

奴隷娘「ご主人様ぁ、お背中流しましょうか~?」

青年「いや、いい。入ってくるなよ?」

奴隷娘「はぁい」

青年(もういいか。早めに着替えよう)

青年「……よし。髪がまだ濡れているが、乾くだろう」

奴隷娘「ご主人様~」

青年「何だ?」

奴隷娘「浴後のお飲み物です~」

青年「あ、ありがとう」

奴隷娘「……」ニコニコ

青年「では行ってくる」

奴隷娘「ご主人様、今度はお気を付け下さいね~。いくら暖かい時期でも、濡れてたら風邪引いちゃいますから~」

青年「あ、あぁ。夕方には帰る」

奴隷娘「では行ってらっしゃい~」ニコニコ

青年「……あぁ」

俺の姿を見送る奴隷娘は、まるで使用人のようだが悪い気はしない。
それに――

青年(……いつ振りだ、あんな風な笑顔を向けられたのは)





青年「ふぅ……」

仕事が終わるとホッとする。
今日も散々仕事相手に怒鳴られたり、ネチネチ言われたり、面と向かって貶されたりしたが、朝のように危害を加えられることはなかった。

青年(今日は、いつもツバをかけてくる奴が無害だった。だから良かった)

なんて、我ながら麻痺したことを考える。

奴隷娘「お帰りなさい、ご主人様ぁ」

青年「ただいま」

奴隷娘「今、お食事できたところです~」

青年「何。……お前が作ってくれたのか?」

奴隷娘「はい~。私のお仕事ですから」

青年「……おぉ」

食卓に並んでいたのは、焼きたてのパン、温かいスープ、彩のいいサラダ。
俺も一人暮らしだから自分の飯は自分で用意していたが、ちゃんとした『料理』を食卓に並べたことはない。

奴隷娘「どうぞ召し上がって下さい~」ニコニコ

青年「……」モグ

奴隷娘「……」ニコニコ

青年「美味いな。……久々に、飯を美味いと思った」

青年(あ。しまった)

気が抜けてつい言ってしまったが、奴隷娘の『ご主人様』は、いつも彼女の飯を食べていたはずだ。
この言い方では、いつもは美味しくないか、もしくは久々に彼女の飯を食べたかのようだ。

奴隷娘「良かったです~」ニコニコ

青年「……」

だが意外なことに、奴隷娘はこれといった反応を示さなかった。

青年(……色々と都合良く解釈してくれているのか?)

思えば奴隷娘と『ご主人様』は行商をしているはずなのに、俺の家にいることに対して、彼女は何の疑問も口にしない。
気が触れているせいなのか知らないが、恐らく彼女の中で整合性が取れているのだろう。……きっとそれが、彼女の心を守る手段なのだから。

青年「お前は食べないのか?」

奴隷娘「食べます! 一緒に食べましょう!」

青年「ん。なら早く席につけ、飯が冷めるぞ」

奴隷娘「はぁい」

青年「……」

奴隷娘「うーん、今日のは上手くできた」ニコニコ

青年「……なぁ」

奴隷娘「はい!」

青年「いいな、こういうの。ホッとする」

奴隷娘「ホッとしましたか~。いつもお疲れ様です!」

青年「……あぁ」

彼女の言葉は俺でなく、『ご主人様』に向けられたものだ。
それでも、久々に触れる思いやりは、気持ちがいいものだ。

青年(……明日の食卓も、こうだといいな)





ギルド担当員「……ああぁあ! もう何十回申請書類書き直したと思うんだよ!! いい加減にしろよ!」

青年「まだ4回だ。それに、毎回説明しているように」

ギルド担当員「不備があるったってしょーがねぇだろがあぁ! 前に辞めた奴が不備残して辞めやがったからよォ!!」

青年「それはそちらの都合であり」

ギルド担当員「大体、こんな監査ごときで何がわかるってんだよ! 俺らはちゃんと仕事して税金収めてんだぞ!!」

青年(あぁーうるせ)



青年「三男。今日の報告書類ができた」

三男「はい、お疲れ様です。そこ置いておいて下さい」

領主補佐「領主様。最近街の周りに増えた魔物の件についてですが……」

三男「あぁ、早急に手を打つつもりだ。四男の領地に既に連絡は……」

三男と補佐で話が始まったので、俺は小さく挨拶して部屋を出た。
俺の書類も三男ではない誰かが、手が空いた時にでも目を通すのだろう。
厄介な人間を相手にしてるというのは周知の事実である為、失敗しても特に咎められないが、重要性の低い仕事である為、上手くいったところで達成感もない。

青年(……やり甲斐ねーな)


1度、父に家を出ると言ったことがある。だが、全力で止められた。
確か言われた言葉はこうだ。

父『お前がどこに行っても、我が一族出身であることは人に知られることになるだろう』

父『お前1人の力で生きていける程、外の世界は甘くない』

――つまり、『よそに行って恥を晒すな。一族の中で誰にも迷惑かけずに大人しくしてろ』ということだ。
名主である父が言うなら間違いない。俺に、自分の力で生きていく力なんてないのだ。

青年(現状を脱却したければ、無能を脱却しろ……)

……今まで何度試みたことか。あぁ、どうせ努力不足なのだろうけど。


青年「ただいま」

奴隷娘「お帰りなさーい」

家に戻って彼女の顔を見るとホッとする。
明日は休日だ。1日中外に出ず、ゆっくり過ごすのが良いだろう。

奴隷娘「ねぇご主人様ぁ」

青年「ん、何だ?」

奴隷娘「2階のお部屋を掃除しようと思ったんですが、作業部屋みたいのがあって……触っちゃ駄目かと思って、何もしませんでした」

青年「あぁ。そう言えば、作業を途中で投げ出して散らかしっぱなしだった。あそこは放っておいていい」

奴隷娘「作業ですかぁ?」

青年「あぁ。人形を作っていた」

奴隷娘「人形!」

奴隷娘はぱっと顔を明るくした。
人形作りは俺の趣味だが、ここ最近気が滅入って作っていなかった。

奴隷娘「どんなお人形を作っているんですか?」

青年「人間でも、動物でも、色々だ。ほら、そこに置いてる小人も俺が作った」

奴隷娘「あら可愛い」

青年「いや……」

小人は手足の長さがチグハグで、立たせることができないので座らせている。
目の肥えてない人間には良く出来ているように見えるかもしれないが、粗はかなりある。
唯一の趣味も、俺の腕前だとこんなものだ。

奴隷娘「でも、どうして人形作りを?」

青年「……暇つぶしだ」

まだ母のもとにいた頃、遊ぶ玩具がなくて、ゴミ処理場で拾った人形で遊んでいた。
その人形は父に引き取られる際に処分させられたが、その頃の名残で人形が好きだったりする。
だが男が人形を所持するのは少し抵抗がある為、だったら物造りの趣味として……というのが、人形作りを始めた理由だ。

青年「まぁ人形はいい。それより飯を」

奴隷娘「はぁ~い」

飯を食いながら、俺は思い出に浸っていた。
幼かった俺は、あの人形に大層執着していた。少し癖のかかった金色の髪、どこか虚ろだがぱっちりした目玉……。

青年(……そう言えば、似てる気がするな)

奴隷娘「もぐもぐ」

青年(……やめよう)

この歳になって考えるようなことじゃない。
生身の人間と人形を同一視するなんて……頭がおかしいじゃないか。





>翌日


青年「ふあぁ」

今日は休日だ。ゆっくり体を休め……

ドンドォン

奴隷娘「お客さんですかねぇ。かなり激しいですねぇ」

青年「……奥の部屋にいろ。絶対、出てくるなよ」

俺は奴隷娘に強めに言って、玄関のドアを開けた。
すると……

ギルド担当員「おいコラァ! この書類も通らないって、どういうことだあぁ!!」

青年「俺は今日は休みだ。明日になったら聞く」

ギルド担当員「知るか、そんなこと!! こっちは切羽詰まってるんだよ!!」

青年(だったら、こちらの話をきちんと聞け……)

せっかくの休日なのに、何たる災難。
ギルド担当員はぐいぐいと書類を押し付けてくる。全く、何て勝手な。

青年「……ん? 明らかに枚数が足りないが」

ギルド担当員「……あぁ、忘れてきちまった」

青年(……抜けてるのは、書類の中身だけでないようだ)

ギルド担当員「何だ、その目は!! 持ってくりゃいいんだろ!!」

青年「今日は休みだから、明日赴く……」

ギルド「待ってろよ、この野郎!!」

青年(聞いちゃいねぇ)

参った。
休日が潰れるのは勿論困るし、相手すれば『こいつ相手なら無理が通る』と思われて、他にも色んな奴が押し寄せてくるようになる。

……逃げるか。

青年「奴隷娘」

奴隷娘「はぁい」

青年「出かけるぞ。格好はそのままでいい」

奴隷娘「わかりました~」

目的地は1番近くの街……四男の治める街だ。





>四男の街


青年(ここまで来れば流石に大丈夫だな)

奴隷娘「色んなお店がありますね~」

青年(わざわざ四男に会いに行くこともないし、どこか適当な店で……)

奴隷娘「……」ジー

青年「どうした。……んっ」

奴隷娘の視線の先……そこは服屋で、ショーウィンドウに洒落た服が飾られていた。

青年(……そう言えば、こいつ他に服を持っていなかったな)

施設選びが難航している今、いつまで彼女がうちにいるかわからない。
……金は使い道がない。

青年「入るか?」

奴隷娘「えっ……そ、そんな、悪いです!」ブンブン

青年「悪くない。入るぞ」

奴隷娘「あっ、はい」

奴隷娘は遠慮しつつも、俺が手を引くと素直についてきた。
幸い、この街の人間に俺の顔は知られていない。だから堂々と2人で一緒にいられる。

奴隷娘「おおぉー」キョロキョロ

青年「欲しいものがあれば言え」

奴隷娘「うぅーん」

奴隷娘は目を輝かせながら、店内の商品を色々見ていた。
俺は別に見るものがないので、店の隅で奴隷娘の様子を見ていた。

そして30分経過。

青年(女の服選びは時間がかかるものだな)

奴隷娘「あー、うー」

青年「……どうした、決まらないのか」

奴隷娘「わかんないんですー」

青年「わからない? 好きなのを選べばいいだろう」

奴隷娘「よくわかんないんですよぉー。どれも可愛いけど、私はどれを着ればいいのか……」

青年「……うーん」

奴隷の立場にいたから、自分で服を選ぶことができないのか?
まぁ、気持ちはわかる。俺も自分の好みで服を選んだことはないので、好きなのと言われてもなかなか選べないだろう。

奴隷娘「ご主人様が選んで下さい~」

青年「俺が? 女の服はわからんぞ」

奴隷娘「ご主人様から見て、私に似合いそうなものでいいんです~」

青年「……そ、そう言うなら」

とは言って商品を見たものの、やっぱりよくわからない。
店員に聞くのが1番良いか……。

青年「……ん」

と、その時、1着のワンピースが目に入った。

青年(あれは……)

似ている。俺が昔大事にしていた人形が着ていた服にそっくりだ。
シックで控えめな茶色が、人形の金髪を輝かせて……――

青年「……あれにしよう」

気付けば、俺の口からそんな言葉が出ていた。

奴隷娘「可愛いですねぇ。お人形さんの服みたい」

青年「良かったら……着ていくか?」

奴隷娘「いいんですかぁ?」

青年「あぁ。試着室を借りて、そのまま会計しよう」

奴隷娘「わかりました~」

奴隷娘は言われた通り、ワンピースを持って試着室に入っていった。

青年(あいつが着たら……どんな風になるのか)

妙に気分が高揚していた。
女慣れしていないと、こういうものなのか。

奴隷娘「着替えました~」

青年「……――っ!!」

そしてその姿を見て、俺は絶句した。

青年(似てる……あの人形に、そっくりだ!!)

それまで記憶の中で朧げだった人形の姿が、一気に頭の中に蘇った。
それと同時、妙な興奮が俺の中に芽生えた。どうしてこんなに心が躍るのだろう。俺は今、非常に喜びを覚えている。

青年「他に、あれも買うぞ!」

あの人形は、髪をリボンでまとめていた。
控えめなネックレスを首から下げていて、あとは――

奴隷娘「このリボンとネックレスも……ですか?」

青年「あぁ。是非、身につけてくれ」

奴隷娘「あ、はい」

イメージはこれがピッタリだが、他にも替えがあれば……

店員「全てお買い上げですか?」

青年「あぁ!」

店員「ふふ。彼女さんを大事にされているんですねぇ。お客さん、とても嬉しそう」

青年「……っ!」

青年(俺は……何を)

ようやく、我を忘れていたことに気付く。

青年(……疲れているんだな。最近、ストレスフルだったから)

会計を済ませ、俺は早足で店を出た。





>夜


青年(あーあ)

家に戻ると玄関ドアが歪んでいた。あのギルド担当員の仕業だろうか。
他にこれといった被害はない。俺がいないとわかって、諦めて帰ったのか。

三男『では、帰り道もお気を付けて。底辺の人間は何をしでかすかわかりませんからね』


三男の言葉を思い出す。本当に、この手の連中は何をしでかすかわからないから、『正しい対処法』がない。
だから出来るだけ関わらないように生きていくしかないのだが……仕事相手だけに、そうはいかない。

青年(……ドア、修理しないと隙間風が入るな。今はいいが、これから寒くなるからな)

また余計な仕事が増えた。
こんなことになるなら出かけなければ良かったか……。だが、相手したらその方が疲れただろうし……。
というか明日ギルドに赴けば、担当員は確実にブチギレてるな。

青年(あー……どっと疲れた)

ブチギレて血管切れて死んでくれないか。そう願ってしまう程に憂鬱だ。

奴隷娘「ご主人様に買って頂いたお洋服とアクセサリー、可愛いです♪」

呑気な奴隷娘は、新しい服を着て鏡を見ながらぴょんぴょんしている。

奴隷娘「~♪」

青年(人形……)

疲れているのか、奴隷娘が人形に見えてきた。

青年(う……)クラッ

奴隷娘「お疲れですかぁ、ご主人様。今日はもうお休みになられます?」

青年「あ、あぁ」

ベッドに横になると、奴隷娘も入ってくる。彼女が初めて来た日から恒例だ。

奴隷娘「すやーすやー」

奴隷娘の寝つきはいい。いつも、ベッドに入ってすぐに寝る。
俺はというと……

青年(休日が終わる……)

休日の終わりは特に寝つきが悪い。
憂鬱な明日が訪れる不安感で、心臓が潰れそうになる。

青年「はぁ……」

奴隷娘「すやすや」

青年「……」

穏やかに眠る奴隷娘の髪をそっと撫でる。
少しウェーブのかかった髪は、細く柔らかい。

青年(お前だけだ……俺の癒やしは)

例え明日が憂鬱でも、奴隷娘は俺の元にいる。
そう思うだけで、気持ちは大分安らかになった。

明日もまた生きよう。
そうやって生きていれば、いつか終わることができるんだから――





ギルド担当員「馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!!」

憂鬱な予感は的中し、俺は朝一番で担当員の怒声を浴びていた。

ギルド担当員「あぁしても駄目、こうしても駄目、結局上の人間は粗探ししてぇだけなんだよ!!」

青年「……何度も言っているように、指示した通りにやれと」

ギルド担当員「そっちの指示がわかりにくいんだよ!」

青年(だったら、その時点で質問しろ……)

ストレスをぶつけたいだけなのかもしれないが、仕事なので邪険にもできないのが苛立たしい。

青年「わかりやすいように指示書を作ってきてやった。この通りにやれ」

ギルド担当員「馬鹿にしてんのか!」

青年「明日また来る」

これ以上ストレスが溜まる前に、出ていこうとしたが……。

ドゴッ

青年「!!?」

背中に痛みを感じ、俺はよろめいた。

酔っ払い「この野郎は本当、ムカつく奴だな! ヒハハ、俺が代わりにやってやるよォ!」

青年「お前……っ!」

この間、泥水をかけてきた酔っ払いだった。
酔っ払いはこのギルドの利用者らしく、その腕で俺に掴みかかってきた。

酔っ払い「この野郎、この野郎ォ!!」

青年「ぐは……っ!」

床に倒され、殴られる。
顔面、胸、腹、腕――酔っ払っている相手は、手加減する気配がない。

青年「ぐっ、うぅ……っ」

攻撃に耐えるので精一杯だったが、ギルドの人間たちが大騒ぎしているのは聞こえた。
実際殴られている時間は、体感より遥かに短かったのだろう。酔っ払いはギルドにいた人間たちによって引き剥がされ、やがて憲兵にしょっぴかれていった。



三男「災難でしたね兄上」

青年「……あぁ」

怪我を治療した後、三男に呼び出されて屋敷に趣いた。
三男は、さも憐れむような目で俺を見ている。

三男「しかし兄上、殴られている間まるで抵抗しなかったとか。正当防衛として抵抗は認められるのですよ」

青年「……」

三男「まぁ良いです。その怪我で仕事を続けるのは酷でしょう。しばらくの間、休んで下さい」

青年「……すまない」

屋敷を出た後、俺は舌打ちした。

青年(白々しい……抵抗『できなかった』んだよ!!)

ギルド利用者は戦闘に心得がある者が多く、あの酔っ払いも俺より体格が良く、力もあった。
そんな奴が酔っ払ってリミッターを外して襲いかかってきたら、ろくに抵抗できるわけがなかった。

青年(く……)

護身術なら習った。基礎体力も鍛えられた。それなのにこのザマだ。

青年(くそっ!)

イライラする。
無能なのは覆せない。だから俺の一生は、こんなもんだ。

青年(なんで、なんでこんな目に……ッ!!)

なのに俺は、それを受け入れられずにいた。



青年「ただいま」

奴隷娘「お帰りなさ……」

奴隷娘は俺を出迎えるなり、ギョッとしていた。

奴隷娘「ご、ご主人様!? そのお怪我は!?」

青年「まぁ……ちょっとな。怪我が治るまで、休むことになった」

ぞんざいに言うと、俺は部屋へ戻ろうとした。

奴隷娘「あのっ、ご主人様……!

事情を聞こうとでも言うのか。
当然の疑問かもしれないが、今はそれも煩わしい。

青年「悪いが1人にしてくれ! 今は人と話す気分じゃ……」

奴隷娘「……っう」

青年「!?」

泣いてる? ……泣かせた? 俺が?
女を泣かせるのは、流石に気まずい。

青年「……すまない、気が立っていた」

奴隷娘「ぐすっ、うえぇん」

青年「そ、そんなに泣くな! 悪かったから!」

奴隷娘「うえっ、だってぇ……ご主人様、可哀想で……」

青年「……可哀想?」

奴隷娘「すっごく痛そうなんだもん……グスッ」

青年「痛いは痛いが、そこまででもない……。そこまで気の毒がらなくていい」

奴隷娘「ご主人様ぁ……どうして、そこまでして行っちゃうんですかぁ?」

青年「……ん? どういうことだ?」

奴隷娘「だってご主人様、いっつも、暗い顔して出て行くんだもん……。ご主人様、外でひどいことされてるんですよね?」

青年「……っ!!」

頭の足りない娘かと思っていたが、そこまで気付いていただと……?

青年「……そんなことはない」

ひどいことをされることなんて滅多にない。
俺の無能さが招いた日常なのだから、辛くても、耐えなければいけない。

奴隷娘「ご主人様ぁ……ご自分を大事にして下さいよぉ」

青年「その辺は上手く休息を取っている。大丈夫だ」

本当は、ギリギリだけど。

奴隷娘「ご主人様が潰れてしまったら、私、私……」

青年「……つらい、か?」

奴隷娘「つらいだけじゃ、済まないです……」

奴隷娘は鼻をすすりながら、言葉を続けた。

奴隷娘「だって……生きていけないもん。ご主人様なしじゃ、どうしていけばいいかわからないもん……!」

青年「――っ」

ぞわっ――全身にゾクゾクとした何かが走る。
そうだ。こいつは奴隷。主人への隷属と、主人からの庇護で人生を決められてきた存在。
だから主人を失ってもなお、主人を求め、彷徨っていた。

そして今、こいつの「ご主人様」をしているのは俺であり――

青年(こいつは――世界で1番、俺を必要としてくれている)

誰にも認められたことのない、この俺を。

青年「奴隷娘……」

奴隷娘「何でしょうか?」

俺は、自分が愛される存在だと思っていない。だから、誰からの好意も信じられない。
だけど――

青年「ずっと……俺の側にいてくれるか?」

彼女だけは信じられる。
彼女は俺を見ていないから。世界が狂っているから。

奴隷娘「勿論ですよ、ご主人様」

青年「……っ」

願わくば、彼女は永遠に狂ったままでいて――

青年「俺も――お前の側にいる」

狂った世界で、俺によって救われますように。





それから数日は穏やかに過ごした。
怪我は数日で治り、俺は仕事に復帰した。

だが、前のような憂鬱さはない。

青年「会計頼む」

店員「は、はい」

怒鳴られても罵られても、たまに危害を加えられても、今の俺には心の支えがある。

「代行様、また女性ものの衣装を買っていかれたな……」
「恋人でもできたのかねぇ」
「でも、そんな様子ないよなぁ。相変わらず家からあまり出ないみたいだし」
「まさか女装癖でもあるんじゃ」
「っていうか最近、目つきがおかしいよね。もしかして、気が触れたんじゃ……」

耳に入る雑音も心には届かない。
好きなように言えばいい。俺の世界は、俺と彼女だけが理解できればそれでいい。



青年「買ってきたぞ。お前に似合うと思って」

奴隷娘「ありがとうございます、ご主人様♪ 可愛いですね~」

青年「……この服には、この間買ってきた髪飾りが似合うんじゃないか」

奴隷娘「ご主人様がおっしゃるなら!」

彼女は従順だ。
俺の言うことを聞いてくれるし、見た目も俺好みに飾ってくれる。
まるで人形のような女。そんな彼女との戯れは人形遊び。

青年「奴隷娘……お前は本当に愛らしいな……」

奴隷娘「ご主人様が、そうして下さったのですよ」

俺がいなければ生きていけない。
思考を俺に委ねて、手のひらで転がされて――それで安心していられる、可愛い女。



青年「報告書ができた」

三男「お疲れ様です。……それよりも兄上、どうしたのです? 服が汚れていますが」

青年「仕事相手にやられただけだ」

三男「そう、ですか……」

青年「では失礼する」

三男「はい」

パタン

領主補佐「代行殿はメンタルが強くなられたのでしょうかね……。まるで動じていない」

三男「麻痺してきたのだろう。まぁ最初の頃の陰気さがなくなってきたのは良いことだ」

領主補佐「……これが、先代様の狙いでしょうかね」

三男「さぁな。……どうなろうと、我々に影響はさほどない」





奴隷娘が来てから1ヶ月。
毎日飯が美味い。2人並んで取る睡眠は至福。趣味は必要なくなった。

奴隷娘「行ってらっしゃいませ、ご主人様ぁ」

青年「今日も早めに帰る」

朝の空気が気持ちいい。
今日もどうでもいい仕事が適度にある。適度に片付けて、早く帰るとしよう。
すれ違う街の人間とは挨拶だけ交わし、仕事先に向かう。

青年(……ん?)

ふと街の外から妙な気配を感じた。
他の人間たちも気付いているようで、その場がざわつきだす。
若い男達のグループが、誰かに頼まれるでもなく様子を見に行った。

青年(何だというんだ?)

それから少しして、男たちは血相を変えて戻ってきた。

「クマが! クマの魔物が!」

青年「!」

この辺に生息するクマといえば獰猛なことで有名で、戦闘を避けるよう徹底的に言われている。
しかし基本的に山に生息する生き物なので、街に来ることなど今までなかったはずだが……。

青年(餌を求めて下りてきたのか!?)

「俺、衛兵に知らせてくる! お前はギルドに救援要請を!」
「早く、建物の中に逃げろ!」

人々がまばらに避難活動を始めたが――

「きゃあぁ――ッ!!」

青年「!!」

クマ「グルル……」

巨大なクマが姿を現した。
相当腹をすかせているのか、目に殺気がこもっている。

「うわああぁ――ッ!!」
「逃げろぉーっ!!」

クマ「グルアアアァァアアァァ――ッ!!」

人々の喧騒で興奮したのか、クマは雄叫びをあげて走り出した。
まずい――!!

青年「……くそっ!!」

俺は腰の剣を抜いてクマに向かっていった。
今、この場で武器を所持しているのは俺のみ。これでも実家にいた頃は、鍛えていたのだが――

クマ「ガァッ!!」

青年「ぐおっ!」

突進を喰らい、俺は地面に倒れる。
やはり、相手が悪すぎる。

「代行様!」

だが――

青年「俺が引きつけておくから、早く助けを呼べ……!!」

退くわけにはいかない。街の秩序を守るのも、(一応)俺の仕事なのだ。

クマ「ガアァァッ!!」

青年「ぐ、ぎぎ……っ!!」

爪での一擊一擊が肉を大きく抉ってくる。
戦局は防戦一方ながら、急所をやられることだけはギリギリ回避する。

青年(痛ぇ……)

気が遠くなりそうな程痛いし、というか出血で本当に気が遠くなってきた。
今まで見てきた物語の主人公たちは、よくこんなの耐えられたものだ……!!

そして、当然もたなかった。

クマ「ガフッ!!」

青年「――……ッ!!」

クマは、俺の脚に噛み付いてきた。
俺は膝を崩し、そこに倒れる。息を荒くしたクマの顔が、すぐそこにあった。

クマ「グルッ、ビチャッ」

青年(こいつ……俺の肉を食ってやがる……!!)

俺は今、生きながら食われている。
恐怖、戦慄、嫌悪――色んな感情に頭を殴られて、俺はもう正気を保てなかった。

青年(あ、ああぁ、あぁあぁ……)

静かな発狂は俺の意識を朧げにする。
それでいい。こんな恐怖心を味わい続けるなら、気を失って殺される方がマシだ。

青年「――っ」

視界が真っ暗になって、気を失う――その寸前だった。

クマ「ガアァアアァァ――ッ!!」

青年(……?)

クマの声色が苦痛に変わった気がした。
どうした……? そう言えば、クマが俺から離れたような……脚の感覚がほぼなくなっていて、はっきりしないけど。
そう言えば周囲の空気感も何か違う。さっきまでの不安だったり恐怖だったりが、一気に消し飛んだような……。

三男「ふん……僕の街に入って来た報いですよ」

青年「……っ」

うっすら目を開けると、三男の姿が見えた。
三男はいつも通りの、綺麗な笑みを浮かべていた――真っ赤に染まった剣を構えて。

クマ「グ、ガ……」

三男「いやにしぶといですね。まぁいいでしょう、どうせ仕留めるんですから」

そう言うと三男は迷いなく、クマに突っ込んでいき……――

クマ「グアアアァアァァッ!!」

三男「……ふっ」

一閃。クマの喉元を切り裂いた。

「流石、領主様! やはりあの方は天才だ!」
「素敵ぃっ!」

三男の活躍に人々は歓喜の声をあげる。
それでも三男はあくまで冷静に、人々に言った。

三男「本来、ここに来ないはずのクマが来た……ということは、何か原因があるはずです。その原因を調査するので、皆さんは念のため、あまり出歩かないようお願いします」

三男の部下達がぞろぞろやってきて、人々を避難させたり、クマの死体を処理させていた。

青年(終わったか……)

起き上がれないながらも、俺はホッとしていた。

領主代行「今、医者がこちらに向かっているはずです」

三男「そうですか。……酷い怪我だ、兄上」

三男が近づいてきた。
俺は大丈夫だ……そう言おうとしたが、声も出なかった。

三男「しかし、命はあるようですね」

三男は俺の脈を確かめると、はぁとため息をつき――

三男「……死んでくれたら良かったのに」

青年「――」

周囲の誰にも聞こえないような、小さな声で言った。

三男「人々を守って命を落とした領主代行……そんな名誉ある称号、これからの人生で貴方が得られますか?」

……得られるわけがない。
俺は人に称えられるどころか、認められるような人間でもない。

三男「……まぁ、命拾いしてしまったものは仕方ありませんね。ですが……これ以上、一族の面を汚すのは、勘弁して下さいよ?」

青年「――っ」

頭が働かない。抉られて痛んだのは、肉か心か――
答えを出す間もなく、俺の視界は暗転した……。





医者「……脚の神経が損傷している。もう、以前のように動かすことはできないでしょうね」

青年「……」

目を覚ました時に告げられた言葉に、不思議とショックを受けなかった。
脚が不自由になる。ハンデを背負える。だから劣っていても許される――そんな風に考えてしまうのは、本心か、心を守る為の嘘なのか。

三男『……死んでくれたら良かったのに』

もし、俺が襲われたのが人目のない場所だったりしたら、三男は助けを遅らせて俺を死なせていたかもしれない。
だが三男は『命拾いしてしまったものは仕方ない』とも言った。
死んではほしいが、殺意を抱く程ではない。俺はあくまで無能なだけで、無害な存在だから。

青年(……命拾いしたなら仕方ない)

俺も別に、生きても死んでもどちらでも良かった。
死なないから生きる。ただ、それだけだから。

青年(奴隷娘は、家で待っていてくれているだろうか……)

食料は家に十分あるから死にはしないだろう。だが知らせもなく帰らなかったら不安になるだろう。
会いたい。彼女の心の不安を慰めて、自分の心の隙間を埋めてほしい――心は彼女のことで一杯だった。





入院して3日経った。
傷は完治していないが、俺は自宅での治療を希望し、退院することになった。
しばらく車椅子での生活になるが、自宅の段差が少ないので大丈夫だろう。

医者「本当に1人で帰るんですか」

青年「あぁ、世話になった」

三男から部下を送迎によこすかの打診があったが、断った。
俺なんかの為に人の手を煩わせることなどない。

「代行様、ご無事で良かった」
「無事、退院されたのですね」

街人達の白々しい挨拶に適当に対応し、帰り道を急ぐ。

青年(奴隷娘……)

外に出るなとは言ってあるが、言いつけを守っているだろうか。

青年(見えた)

家が見えてきた。車椅子では若干不自由な道を、精一杯腕の力を使い進んでいく。
もう少し、もう少しで彼女に――

三男「兄上」

物陰から三男が現れた。

青年「!!」

三男「失礼。送迎はいらないとのことでしたが、用があるのでこちらで待たせて頂きました」

青年「用だと……?」

三男「大した要件ではありませんよ。しばらく兄上の仕事を他の者に任せるので、資料が必要でしてね」

俺の仕事の引き継ぎが、大した要件ではない……か。まぁいい。

青年「資料なら家にある、取って来る」

三男「いえいえ、兄上の脚はまだその状態ですから。家に入れて頂ければ、僕が取ってきますよ」

青年「人を家に入れたくない。余計な気遣いはよせ」

三男「見られたくないものでも、おありですか?」

青年「……!」

三男「……まぁ、いいでしょう。誰しも隠したいものはあります。ですが兄上、妙な噂をたてられるようなことは……」

青年「……迂闊だったと認める。今後は気をつける」

女物の衣装を買っていたことに対して、妙な噂がたっているのは知っているが、大したことでもない。何もしなければ勝手に風化していくだろう。
どうせ、奴隷娘も外に出ないだろうし――

「……ご主人様?」

青年「――っ!!」

出ないだろう、と思っていたが――

奴隷娘「ご主人様」

青年「!!!!」

どうして――

三男「……? 兄上、使用人でも雇っていらっしゃったのですか?」

俺の家から出てきた奴隷娘を見て、三男が首を傾げる。
まずい。きっと奴隷娘は、人の声が聞こえたので出てきてしまったのだろう。

奴隷娘「ご主人様、やっと帰ってきてくれた……」

青年「う、あ……」

言い訳のしようがない。
彼女の存在が、やましいことの全て。誰にも――いや、彼女自身も、俺の所業は知られてはいけない。

青年「家に戻――」

そう、言いかけた時だった。

奴隷娘「ご主人様ぁ」

三男「?」

青年「――っ」

信じられない光景だった。
奴隷娘が、三男に向かって『ご主人様』と呼んだのだ。

青年(あ……)

思い出した。彼女をずっと外に出さず、1度外出した時も俺がずっと側にいたせいで、そうならなかったが――彼女は目に映る男が全て、『ご主人様』に見えるのだ。

三男「はて? 失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」

三男は首を傾げ、状況が掴めていない。
そんな三男に、奴隷娘は無邪気に甘えたような仕草をする。

奴隷娘「あ。今日は髪をちゃんと整えてなかったから、わかりませんでした? 私ですよ、ご主人様」

三男「ご主人様……? 僕ではなく、彼ではないですかね」

奴隷娘「え?」

奴隷娘は俺の方を見て、目をパチパチさせた。

奴隷娘「……ご主人様なんですかぁ?」

青年「……っ!!」

三男「ふむ……」

そんな俺達の様子を見て、三男は何か察したのかどうなのか知らないが……。

三男「まぁ良いでしょう。僕はここで待っているので、資料を」

特に何も追及してこず、興味なさげに言った。

青年「……」





三男は資料を受け取ると、そのまま帰っていった。
奴隷娘のことを誰かに話すかもしれない。
だが、俺にとってはどうでも良かった。

奴隷娘「お帰りをずっと待ってましたよ、ご主人様ぁ」

横で無邪気に話してくる奴隷娘が、

奴隷娘「脚、どうされたんですか……? また何か、ひどいことされたんですか……?」

俺の唯一の癒やしだったはずの彼女が――今はとんでもなく、憎らしく思えた。

青年「……」

奴隷娘「ご主人様?」

彼女は『俺』を見ていない。だから閉じ込めて、俺だけのものにしていた。
そんなのはわかっていた。わかっていたのに、実際にあんな姿を見てしまうと――

奴隷娘「ご主人様、どう……――」

青年「……じゃない」

奴隷娘「え?」

間違っているのは俺だ。そんなこともわかっている。
それでも感情が胸の中で暴れて、正論なんて聞かなくなっていて、どうしようもなくて。

青年「俺は……ご主人様じゃない!!」

奴隷娘「……え?」

その言葉が全てを終わらせると知っていたのに、止めることができなかった。

奴隷娘「ご主人様じゃ、ない……?」

青年「……思い出せ。お前の主人は、死んだ」

奴隷娘「え……あ、あれ……?」

奴隷娘の目がぐるぐる回る。
そして彼女は、その場に膝をついた。

奴隷娘「う、うぅ……っ!?」

彼女が構築していた世界が壊れていく。
その構築の手助けをしたのは俺。その俺が、あっさりと彼女を裏切った。

青年「……」

こんな俺だから、誰にも愛されない。

奴隷娘「う、ぅ……だ、だれ……?」

彼女の世界が正しい姿を映し出したのか、俺はもう『ご主人様』ではなくなっていた。

青年「……誰でもない。俺とお前は、何の関係もない」

奴隷娘「だけど……この数日、私は貴方と……」

青年「それは覚えてるのか。……俺はお前の妄想を利用していた。それだけだ」

奴隷娘「……!」

罵倒されるか、それとも泣き出すか。そのどちらかと思ったが、どちらでもない。
奴隷娘はただ、不思議そうな顔で俺を見ている。

青年「……何だ。何が言いたい」

奇っ怪なものとして見られているようで、どうにも居心地が悪い。
耐え切れず、俺は言葉を求めた。

奴隷娘「あの……貴方は私に付き合って下さっていたんですか?」

どういうことだ、それは。

奴隷娘「ご主人様を失ったことを、私が受け入れられずにいたから……それで、貴方は……」

青年「違う」

奴隷娘「違う?」

青年「俺は……俺を否定しない人形が欲しかっただけだ」

奴隷娘「人形……私が?」

青年「あぁ。そうだ」

彼女は人形だった。
自分の意思で何かを決めることなく、俺の言うことを、ただ忠実に守る人形。

青年(あぁ……)

ようやく正気に戻ったような気になったと同時、自分に反吐が出た。
俺はマトモに人間との関係を築けない。今までも、きっとこれからも。
こんなのが自分だなんて、思いたくない……!

青年「……っ」

奴隷娘「あ、あの……?」

青年「……今まで悪かった。もう、自由にしていい」

奴隷娘「自由……?」

青年「俺の側にいなくてもいい。……俺を訴えたければ、そうすればいい」

奴隷娘「訴える……」

奴隷娘はピンときていないようだ。
それとも正気に戻ってもまだ、自分の頭で考えられないのか。

青年「お前は俺が、憎くないのか!」

奴隷娘「え?」

青年「お前を騙して、お前を人形のように扱った俺が、憎くないのかと聞いてるんだ!」

許されたくない。こんな人間が許されていいわけがない。
こんなの、俺が軽蔑していた底辺の奴らより、遥かに卑しいじゃないか。
だけど奴隷娘は、首を横に振った。

奴隷娘「憎く……ないです」

青年「何故だ……」

奴隷娘「だって貴方は、私にひどいことをしませんでした。それに……」

そして彼女は、俺が思っていた以上に残酷だった。

奴隷娘「可哀想だから」

青年「――っ」

可哀想? 俺が?
はっきりと突きつけられた残酷な事実が、俺の頭を狂わせる。

奴隷娘「貴方はいつも、暗い顔をしていた。貴方の毎日は過酷だったんですよね?」

青年「う、ぅ……」

奴隷娘「そんな人を憎むことなんて、できません。憎んでしまったら、もっと可哀想なことになるから……」

青年「憐れむな!!」

奴隷娘「?」

憎むにも値しないほど惨めな人間――そう評されたことが悔しくて、わずかなプライドが打ち砕かれた。

青年「過酷なのは俺が悪いんだよ……! 全部、自業自得なのだから!」

何をやっても駄目で、見た目も悪い。
得意なことも、人に好かれる魅力も何もない。
なのに1人で、自分の力で生きていく力もない。

青年「これ以上、もう嫌なんだよ! 俺は、俺を終わらせたいんだよ……っ!!」

――自分で自分を殺す度胸も、ないくせに。

青年「……っ、うぅ……」

惨めさから涙が出てきた。自業自得なのに、女々しい。

奴隷娘「あ、あのぅ……」

奴隷娘は戸惑いながら声をかけてくる。
哀れみのつもりなのか、声は弱々しい。

青年「何なんだ……!」

許されている立場で俺は逆上する。
それでも彼女は、表情を変えることなく、疑問符を浮かべた顔で――

奴隷娘「あの……それって、貴方を苦しめていい理由になるんですか?」

青年「――っ」

今度は、俺の欲していた言葉をくれた。

奴隷娘「人に好かれたいけど、その方法がわからないのって……普通のことだと思うんです。でも、そういう人だって……幸せになっても、いいと思うんです」

青年「……っ」

どうせ好かれないからと諦めていた。
だけど本当は――

奴隷娘「大丈夫ですよ」

青年「……!」

彼女の抱擁は優しくて。

奴隷娘「私、貴方の側にいますから。貴方のこと、支えますから」

青年「……っ、うっ、うぅ……っ」

例えそれが同情からくる優しさだとしても、その言葉に救われてみたくて。

青年「うっ、あっ……ああぁあぁぁ――っ!!」

奴隷娘「よしよし……」

俺はしばらく、彼女の腕の中で泣き続けていた。





長年の悩みが吐き出されてからは、スッキリした気分だった。

奴隷娘「いい天気ですねぇ~」

青年「あぁ、そうだな」

奴隷娘に車椅子を押してもらい、街を散策する。
街人には彼女はヘルパーだと伝えてあり、奇異な目で見てくる者もいない。

青年「……いつかまた、自分の足で歩けるようになるだろうか」

奴隷娘「貴方次第だと思います。リハビリを頑張れば、歩けるようになりますよ」

青年「どうだろうな。……俺には何かを成し遂げたことがない」

奴隷娘「それならそれでいいじゃないですか。私が貴方を支えます」

青年「あぁ。頑張るが、自分に期待はしないよ」

奴隷娘「それでいいんですよ」

彼女といると心が穏やかになれる。
俺を無条件で受け入れてくれる人間がいるというのが、こんなにも幸せだとは思わなかった。

青年「少し休むか。お前も疲れただろう」

奴隷娘「では、あそこのベンチに座りますね」

商店街から外れている為か、この時間のこの辺は静かだ。
人の目が苦手な俺の為に、彼女はわざわざ人の少ない場所を通ってくれた。

奴隷娘「あ。私、ちょっとおトイレ行ってきてもいいでしょうか」

青年「あぁ、待ってる」

奴隷娘の姿が見えなくなり、少しうとうとする。
穏やかで平和で、ずっとこうしていたい――

ギルド担当員「おい」

青年「!」

ふと、その声で目が覚めた。
振り返ると、前の仕事相手――ギルド担当員が、そこにいた。

ギルド担当員「久しぶりだな、代行さんよ。命拾いしたようじゃねぇか」

青年「……あぁ」

口調から嘲りを感じ、不快感が沸く。
ギルドの人間は仕事柄、人の生き死にへの感覚が若干ズレているとは聞くが、こいつはそんなの関係なしに人間性に問題がある。

ギルド担当員「あんた、仕事復帰しねぇのか?」

青年「この脚なので、以前のように各所を回るのは不可能だな」

ギルド担当員「頼むよぉ、うちの担当に戻ってきてくれよ。今の担当員の野郎、気に食わねぇんだよ」

青年「……俺は、貴方に気に入られていたように感じなかったが?」

ギルド担当員「今の担当員よりはずっとマシだよ。あいつは高圧的な上、理詰めで来るからいけねぇや」

青年「……」

要するに、今の担当員はナメてかかれないのが気に入らないのだろう。
わかっていたが、俺は相当バカにされていたのだ。外見的にナメられやすいのと、その担当員ほど口が上手くないのは認めるが。

ギルド担当員「あんたの方が立場上なんだろ? 今の担当員に、揚げ足取るなって言っておいてくれよ」

青年「悪いが俺ではどうしようもないな」

ギルド担当員「そこを何とかさぁ!」

青年「俺に言うな。今の俺は、貴方とは無関係で……」

ギルド担当員「何だとオイ!」

青年「!」

急に胸ぐらを掴まれた。こいつは今まで暴力に頼ってくることはなかっただけに、俺は驚く。

ギルド担当員「いつまで偉そうにしてやがるんだ、名ばかりの代行様がよォ」

青年「やめろ……! これは暴行になるぞ」

ギルド担当員「はんっ、バレなきゃいいんだろ! 大体、この街にテメーの味方なんていねぇんだよ!」

青年「……っ」

ギルド担当員「出来損ないの分際でいい身分につきやがって! いっそ死んでくれりゃスカッとしたのによぉ! それとも今ここでやってやろうか、あぁ!?」

青年「やめ、ろ……っ」

殺せるわけがない。だが今の俺に、抵抗する術はない。
ギルド担当員は手を振り上げる。殴られる、と思った。

だが。

――グシャッ

青年「……え?」

目の前の光景を、すぐに理解できなかった。
何かが破裂し、周囲に赤い液体が飛び散る。どさっと倒れるギルド担当員の体。

青年「……っ!」

それを見て、ようやく理解した。
今破裂したのは――ギルド担当員の首だ。

青年「え、あ……――?」

吐き気がこみ上げる。
死んだ? 目の前で、人が? どうして、こんな――頭がグラグラして、気が遠くなる。

奴隷娘「遅くなりました、青年さん」

青年「……!」

ゆっくりした足取りで、奴隷娘が戻ってきた。
彼女の視界には、この首なし死体が映っているはずだが――動じる気配は微塵もない。

奴隷娘「少し冷えてきましたね。そろそろ帰りましょう」

青年「ど、奴隷娘……その死体を……」

奴隷娘は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔になり――

奴隷娘「大丈夫ですよ、バレませんから」

青年「……っ!?」

薄々感づいていたが、やったのは奴隷娘だ。どういう方法を使ったのかは見当もつかないが……。

奴隷娘「何か、問題ありました?」

青年「え……っ」

奴隷娘「この人も、貴方を苦しめていた1人なんですよね?」

青年「………」

だからと言って、殺していいわけがない――なんて言えなかった。
奴隷娘の言うことは事実であり、口には出せないが、俺は正直……――

奴隷娘「いいんですよ、青年さん」

青年「!!」

そんな俺の心を見透かしたように、彼女は優しく微笑んだ。

奴隷娘「貴方は何もしなくていいんです。……私は、貴方を守ります」

青年「う、ぅ……」

奴隷娘「ご自分でわかっていらっしゃるでしょう? 貴方を苦しめるものが、何なのか――」

青年「それ、は……」

奴隷娘「……貴方を苦しめるものを、ひとつひとつ、取り除いていきます。私はそうやって、貴方を守りますから」

青年「うぅ……」

恐ろしい思考だった。俺を苦しめるものを取り除いていけば、いずれは――
だが、それを止める言葉も出てこなかった。
何故なら俺は、彼女の提案を恐ろしく思う以上に、魅力的に思えて仕方がなかったのだ。

奴隷娘「帰りましょう」

奴隷娘が俺の車椅子を押す。
進行方向は彼女次第。

青年(あぁ……)

俺は、彼女がいなければ生きていけない。
思考を彼女に委ねて、手のひらで転がされて――それで安心していられる。

青年(……あれ)

そんな奴が、俺の身近にいたような気がした。
だけど思い出せない……どうでもいい。考えるだけ無駄だ。

青年(まぁ、いいか……)

世界が狂っていくのを感じていた。
その狂った世界で、彼女は俺を救ってくれる――だから俺は、思考を手放した。





>診療所


看護師「あれ」

医者「どうした?」

看護師「この袋、誰かの私物かしら。ここらのものに紛れていたみたいです」

医者「名前は書いてないか?」

看護師「えーと……あ、"行商人"と」

医者「確か、ここで病死した患者だったか……。身請人もいないし、処分しておいてくれ」

看護師「わかりました」

袋の中身は見られることなく、処分された。
そこに入っていた紙には、こう書かれていた。


『この手紙を誰か、力のある者に渡してほしい。
結論から書くと、私の連れていた奴隷は、危険な存在だ。

彼女の父は魔王の子孫であり、母親は淫魔と人間の混血種なのだ。
私の祖先はかつて魔王を倒した勇者だ。しかし、魔王を倒した際に呪いがかけられ、その子孫は短命の宿命を背負ったのである。
私の一族は代々、魔王の子孫を追っていた。そして見つけたのが彼女――奴隷娘だ。

彼女を殺すのが私の使命。しかし、できなかった。
淫魔の血を引く彼女には、男を魅了する力がある。私とて例外ではない。彼女を殺さねばならないと頭ではわかっているのに、悪魔的な魅力に支配され、彼女に手を出せず、逆らうことができないのだ。
それでも私は何とか、彼女の記憶を封じることができた。私といる限り、彼女は自分の素性を思い出すことはないだろう。

しかし一族にかけられた呪いのせいで、私の寿命はもう長くないだろう。
私が死ねば、彼女は記憶を取り戻してしまう。
だから私は、彼女の魅了に逆らい、最後の力でこの手紙を書いた。

どうか私の代わりに、彼女を――』





奴隷娘「あぁ~、今日もいい天気」

私は外の空気を吸いながら、んーと背伸びをした。
青年さんは、昨晩の疲れのせいか、まだグッスリ寝ている。

奴隷娘「……ふふっ」

彼は、精力を吸い尽くしてしまうには勿体無い人だ。
彼の抱える心の闇は無限大で、少しつつけば容易にネガティヴな感情が溢れ出す。
彼が欲する言葉はわかりやすくて、それを言えば容易に救われてくれる。

……要するに彼は扱いやすくて、可愛い人。

人間のマイナス感情は私に力を与えてくれる。だから彼の存在はありがたい。
それに童顔で背は低いけど、顔貌自体は悪くないし。

奴隷娘「では、行ってきますね。楽しみに待っていて下さい」

青年さん。私に貴方をくれたお礼に、私は貴方を苦しめるものを取り除いてあげる――私は魔力の翼で大きく羽ばたいた。

奴隷娘「あぁ、いい天気」

……って、さっきも言ったね、この言葉。
この黒雲はきっと祝福してくれているのだ。ひとつの『街』が消える、その時を。



Fin




あとがき

病んでるのが書きたかったんですよー。
青年さんの心理描写がキッツくてなかなか進まなかったんですが、何とか書けました。

今まで無力感を感じている、行き詰まっている主人公は沢山書いてきましたが、良い出会いがあって前に進んでこれたのです。その出会う相手が悪かったのが今回の青年さんですね。
世界は無能な人間を苦しめるってのが今回のテーマかな~。
posted by ぽんざれす at 12:44| Comment(8) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月01日

頂き物イラスト

お久しぶりです、ぽんざれすです
素敵イラストを頂いたので、自慢の為にうpです

以下、あべ様に「何か私のssのキャラ書いて下さい」とクレクレさせて頂いたイラストです(※マジです)

乙女ゲープレイヤー「魔王を攻略しよう」の魔王様と乙女ちゃんです

IMG_1995.JPG

素晴らしい美麗カップルです。コミュ障クールメイドの乙女ちゃんを抱き寄せる、俺様系バリバリの強気な魔王様がホンットに胸にギュンッギュンと来ますね
もう絵画としてコンセプトカフェに飾ってあっても何ら違和感ありません。素晴らしい!

ss作者なのに語彙力ねーなとか言っちゃいけない。
posted by ぽんざれす at 20:04| Comment(0) | 頂き物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

ある少年と聖女の話

この世界の地と空は繋がっている。
繋がっていないのは、世界に住む者たちの心。
俺達は地面に境目を作って、そこで所属を作り、敵と味方に分かれて――

少年(……疲れた)

そして、“敗者”はその世界を堂々と歩けない。
今の俺のように――傷ついて、飢えて、帰る場所もない地で、ただ彷徨う。

少年(……もう、駄目だ)

熱い日差しに体力を奪われ、俺はそこに倒れた。
太陽の熱を吸収した地面に、褐色の肌が更に焦がされそうだ。
立ち上がる力もない。この3日間、ろくに飯も食ってない。

少年(俺は、死ぬのか……――)

やり残したことはない。未練と呼べるものもない。
何とか死にたくない理由を考えてみるが、思いつかない。むなしい。

少年(だけど、死にたくないな……)

涙も出ない。心はこんなに泣いているのに。例え未練がなくても、生きたいと思っているのに――

ギュッ

手を握られる感触があった。
あぁ、死者へのお迎えか? 柔らかい手だな。死神の手って、こんなに温かいものなのか?

「……元気を出して下さい」

おかしなことを言う死神だ。
これから死ぬってのに、元気も何も――

「どうぞ……生きて下さい」

少年「――え?」

体から倦怠感が抜ける。
魂が肉体から解放されたのか――とも思ったが、そういうわけではないらしい。

少年「……えっ」

生きてる。起き上がって体を動かしてみるが、ピンピンしている。
何でだ……? 何か口にしたならともかく……まだ、腹減ってるし。

女「あぁ、良かった。手遅れにならずに」

目の前で女がほっとした笑顔を見せていた。
綺麗な顔だ――特別美人でもない女に、そんな第一印象を抱いた。
俺より10くらい歳上だろうか。服装から察するに、聖職者のようだ。

少年「……俺に、何した?」

女「はい。生命力が弱っていらっしゃったので、力を注入させて頂きました」

少年「へ、へぇ?」

注入したと言うのならそうなんだろう。よくわかんないけど。

少年「……ありがとうよ」グウゥ

って、そこで鳴るな俺の腹。

女「空腹でいらっしゃいましたか。これは気づかずに……どうぞ、これを」

少年「……プリン」

女「私のおやつでしたが、どうぞ召し上がって下さい」

この炎天下でぬるくなったプリンって。有難いけど、何かこう……まぁいいや。
三口で食ったが、空腹のお陰で温度は気にならなかった。

女「丁度、この近くに村があります。そちらでお食事を召し上がってはいかがでしょう?」

少年「あ……金、持ってなくて」

女「それなら、良いお店を知っています。お皿洗いのお手伝いをすると、一食分無料で頂けるんです」

少年「皿洗いか……。それなら出来る。案内してくれるか?」

女「えぇ。私も丁度、その村に用事があったのです」

俺は有り難く好意に甘えることにした。

少年(……っと)

腕に巻いていた布が緩んでいることに気付いた。
女には見えないようにこれをしっかり締め直し、俺は女の後をついて行った。



>村


少年「はぁ~、生き返った」

飯を食って皿洗いを終わらせ、店を出た。
腹が一杯になると悲観的な気持ちも吹っ飛び、ひとまず次はどうしようかと考えられる。

少年(どっかでバイト募集してないか……)

とりあえず店の多そうな通りをぶらついてみることにした。
と、すぐにある光景が目に入った。

<わいわい

女「ふふ、順番ですよ」

少年(あ。さっきの……)

さっきの女が村の人間に囲まれていた。
あの様子からするに、どうやら女は村の人気者のようだが。

村人「おや。君はさっき、聖女様と一緒に村に来た子だね」

少年「聖女様?」

村人「あぁ、彼女は聖女様と言ってね。その信心深さにより、神より力を授かったお方だ」

少年「そうなのか……。じゃあ、死にかけてた俺を救ってくれたのも」

村人「聖女様は癒やしの力をお持ちだ。その力で近隣の村を回り、我々を癒して下さっているんだ」

少年「へぇ~」

村人「死にかけていたところを聖女様に救われたということは……これも神様の導きかもしれないな」

少年「はは……」

愛想笑いを浮かべながら、内心、そんなわけないと毒づく。
神だって救う人間を選ぶ。俺を救ったのは、神じゃなくて――

聖女「それでは皆さん、ご機嫌よう」

少年「……」



>山道


聖女「ふぅ……ひと休み」

山歩きに疲れた聖女は、山道の岩に腰を下ろした。
いくら若い体とはいえ、鍛えていない足での山歩きは結構つらい。

聖女「ふぅ~……」

少年「水でも飲むか?」

背後から声をかけられ、少し驚く。

聖女「あら。貴方は……」

少年「追いかけてきて良かった~。ほら、井戸で汲んだ水」

少年はそう言って、聖女に竹筒を渡した。
聖女は戸惑いながらそれを受け取ったが……口をつけるのを躊躇した。

聖女「貴方、走って来られたんですか? 体の方は……」

少年「あぁ、平気平気。3日も飯食ってなくてブッ倒れてたけど、一食食えば元気満タンよ」

聖女「それでも、この山道を走ってくるのはなかなか……」

少年「慣れてる。ほら、この通り」

少年はピンピンしているとアピールするように、体を大きく動かした。
健康的な褐色の肌に、程よくついた脚の筋肉。それを見て納得したのか、聖女は竹筒に口をつけた。

聖女「ごくん。ありがとうございます。わざわざ、これを届けに?」

少年「いや、そういうわけじゃないけど……礼をしてなかったからさ」

聖女「お礼? ありがとうの言葉なら確かにお聞きしましたが……」

聖女が不思議そうに尋ねると、少年は照れ笑いを浮かべた。

少年「あ~……。その、ちょっと話したいと思ってさ」

聖女「お話ですか?」

少年「あぁ。あんたのこと、村で聞いたよ」

彼女はあらゆる癒やしの力を身につけた聖女らしい。
その実力と信心深さにより神の加護を受け、永遠の命を授かり、人々を癒す役目を担っているという。
聖女となってからは、神への信仰の厚いこの地に住み、周辺の村を回っているとのことだ。

少年「不老不死って、見た目の歳取らないんだろ?」

聖女「えぇ。でも、神様に不老不死の肉体を頂いて3年ですから、まだ見た目と実年齢はそこまで離れていませんよ」

少年「そっかー。実年齢、20代くらいだろ? 若いのに、やるじゃん」

聖女「ありがとうございます。神様に認められたことは、私にとっての誇りなんです」

少年「俺もあんたを認める。何てったって命の恩人だからな、誇りに思っていいぜ!」

聖女「ふふ。そうですね、ありがとうございます」

少年「なぁ。あの村に、また来るのか?」

聖女「えぇ。私は周辺の7つの村を回っているので、来週のこの曜日にまた来ます」

少年「よし! 俺、しばらくあの村にいるから、待ってるよ!」

聖女「はい。また、お会いしましょう。お水、ありがとうございました」

聖女は丁寧に礼を言って竹筒を少年に返し、帰り道を歩いて行った。

少年(不思議な女だなぁ。冗談言っても真面目に返してくるし……ちょっと天然なのか?)



>1週間後


聖女「では皆さん、ご機嫌よう」

村人「聖女様、また来週も宜しくお願いします」

聖女「えぇ。……そう言えば」

村人「?」

聖女「先週、この村に男の子が来ましたよね。彼は、どうされています?」

村人「あぁ、この村で力仕事をやってくれてます。よく働く奴ですよ。ただ人見知りなのか、必要以上にコミュニケーションを取ろうとしませんが……まだ子供ですからね、村の大人が気にかけていいます」

聖女「人見知り……ですか」

村人「あいつが、どうかしましたか?」

聖女「いえ、少し気になったもので。今度こそ、ご機嫌よう」



>食堂・厨房


少年「よいしょっと。ふぅ、終わった終わった」

店長「おぉ、よく働いてくれたな」

少年「これくらいなら」

店長「あぁ……そう言えば先程、聖女様が来られたぞ。もう帰ってしまったが」

少年「!! すみません、俺ちょっと聖女サマに話があるので!!」

店長「おう。……うん? 竹筒持っていくのか?」

少年「はい。聖女サマ、こないだもこの炎天下で水飲んでなかったんで、一応」

店長「はは。聖女様は不老不死のお体だぞ。水を飲まなくても平気さ」

少年「あ……」

店長「まぁいい、失礼のないようにな~」

少年(……水、どうしよう)



結局俺は、竹筒を持って聖女サマを追いかけることにした。

少年(あ、いたいた)

聖女サマはまた岩に座って休んでいた。
かなり疲れた顔をしている。やっぱり、水を持って来て正解だった。

少年「おーい、聖女サマ~」

聖女「!!」

聖女サマは、声をかけられるとびっくりしていた。
俺に気付くと――いつもの綺麗な笑顔を向けてくれた。

聖女「ご機嫌よう。お久しぶりですね」

少年「ほら、水。竹筒あげるから、今度からちゃんと飲み物持ち歩きなよ」

聖女「まぁ、それは悪いですよ」

少年「いいんだよ、竹筒くらいいくらでも作れるから」

聖女「では、有り難く頂くとしましょう。ところで……何か御用があるのでしょうか? もしかして、どこか悪いところがあるとか……」

少年「いやいや、見ての通りの健康体。聖女サマに渡したいものがあってさ」

聖女「?」

少年「これ……大したもんではないけど」

聖女「まぁ」

俺は1週間かけて掘った木彫りの人形を手渡した。
聖女サマは……あぁ、やっぱりポカンとしている。

少年「お、俺、体力仕事と、薬作りと、彫り物くらいしか能がないからさ! でもほら、薬って聖女サマに必要ないじゃん? だから……」

だから人形を作りました……なんて、幼稚だよな。作ってる最中も何度も思ったさ。
けど、他に思いつくことなんてなかったから……。

少年「助けてくれた礼だと思ってくれ。……ほんと、こんなことしかできなくて悪いけど」

聖女「……いいえ」

少年「!」

聖女サマが笑った。
その笑顔は――

聖女「本当に嬉しいです。……大事にしますね」

いつも綺麗な笑顔に、色がついたようだった。
その顔があまりにも眩くて、俺は――

少年「う、うん――」

間抜けな声を出すしかできなかった。

聖女「では、私はこれで。……帰り道、お気を付け下さい」

少年「う、うん。聖女サマも、気をつけてな」

聖女サマはぺこり、と頭を下げて帰り道を行った。
男としては送ってやりたいが……所詮俺は子供だ、聖女サマに断られるだろう。

少年(……人形、喜んでくれた)

とにかく今は、それが嬉しかった。



それから聖女サマは週イチで村に来てくれた。
聖女サマは村人の怪我や病気を癒やし、祈りを捧げてくれている。
俺は健康体なので、あれ以来聖女サマの世話になることはなかった。擦り傷くらいならできるけど、そんなの治すのに力を使わせるのも悪いし。

聖女「では皆さん、ご機嫌よう」

少年(今日はもう帰るんだなぁ)

そんなわけで俺には聖女サマと話すきっかけがない。
遠目で姿を見て、ちゃんと竹筒を持ってることを確認するだけだ。

それでも――

聖女「にこっ」

少年「!」

聖女サマは俺に気付くと、笑顔を送ってくれる。
誰にでも愛想のいい聖女サマだ。別に俺が特別ってわけではないだろうが……。

少年(やったぜ)

そういう日は、何か得した気分になれる。これも聖女サマの癒やしの力ってやつだろうか。

少年(また、人形でも作ろうかなぁ……)

なんて頭が沸くこともあるが、すぐに冷静に戻る。

少年(人形ばっかあげても置き場所困るよな! それに……渡す理由がないし)

それよりも、いつかちゃんとした礼が返せるように、きちんとした人間にならねば。
聖女サマが本当に喜ぶ礼をしたい……何せ俺の命の恩人だ。聖女サマは歳を取らないから、それまで待っていてくれるだろう。

少年(よし、明日も明後日も頑張るぞ!)



俺がこの村に来て2ヶ月程経過した頃、村で病が流行した。
体に紫色のブツブツができて、動けなくなるという病だ。
この村だけでなく、近隣の村でも同じらしい。

村人「聖女様が来られるのは2日後か……」

聖女サマの力に依存しているここらは、医療技術が発達していない。
だから聖女サマが来ない日は、病人達はただ耐えるしかないのである。

少年「……どうしたもんか」

幸い、俺はまだ病にはかかっていない。
独り身の病人の世話を任されているが、どうにもただ待つだけは気が落ち着かない。

老人「うーん、うーん」

少年(苦しそうだ……)

あと2日、この状態で過ごすのはつらいだろう。
その間ずっと苦しんでいるというのは……気の毒としか言い様がない。

少年(……治せないまでも、多少楽になれる薬なら作れるかもしれない。だけど……)

どうにも躊躇してしまう。
そんな得体の知れない薬作っていると知られたら――

老人「うぅーん……」

少年「……」

駄目だ、やっぱり放っておけない。
俺は誰にも見つからないように村の外で薬草を採ってきて、煎じた。

少年(この薬を、さりげなく飯に混ぜて……)

少年「ほら、口開けて」

意識が朦朧としている老人の口に粥を流し込む。
老人は薬ごと、ごくんと飲み込んだ。

老人「すや、すや」

少年(良かった……)

穏やかな寝顔からして、薬は効いたようだ。

少年(他の村人達にも……いや、駄目だ。もしバレたら……)



>2日後


村人「聖女様はまだだろうか……」

聖女サマの来訪日、村人たちはそわそわしていた。
病人の数は村全体の約3分の1。そりゃ不安にもなるし、気も滅入る。

「聖女様だー!」

誰かが声をあげると村人たちが沸いた。
俺が姿を視認する前に村人たちは聖女サマの元に集まった。
どうやら病人達はここに来れないので、聖女サマに一軒一軒回ってもらうそうだ。

少年(俺の出番はないかな)

そう思って家に戻ろうとした時――ふと、聖女サマの姿が目に入った。

少年(……あれ)

聖女サマは、やや顔色が悪かった。
病的というわけではないが、何か……いつもの元気さがない。

少年(そいや、他の村でも病が流行してるんだもんな……。魔力を使いすぎたか?)

どうにも気がかりで、俺はこっそり聖女サマの後を追った。



少年(この家に入っていったか)

<聖女様、それでは困ります!

少年「!?」

村人の叫び声がしたので、そっと聞き耳を立てる。

村人「完全には治せないなんて……うちの者は、いつまで苦しめばいいんですか!?」

聖女「わかりません……。それだけこの病は厄介なものです。ですが、何度か癒やしの力を重ねれば……」

村人「聖女様は1週間に1度しか来られないじゃありませんか! それじゃあ、いつまで経っても……うっ、うぅ」

聖女「……」

重い空気を感じる。
聖女サマが責められていると、何だか良い気分がしない。
そりゃ、やっと病が治ると思って待ってたんだから、納得できないのはわかるけど……。

聖女「……申し訳ありません」

少年「……」

どうにも釈然としなかった。



>山道


聖女「……」トボトボ

少年「聖女サマーっ!」

聖女「!! ご機嫌よう。お元気そうで、何よりです」

少年「あのさ。……これ、良かったらだけど使って」

聖女「?」

少年「えっと……薬、作った。病気を治せるわけじゃないけどさ……使えば、苦しさを紛らわすことができる。副作用も眠くなる程度。……村人たちのギスギスも、少しも治まるんじゃないかな」

聖女「……まぁ」

少年「あー、でも使わないなら捨てて! 薬術とかって宗教的なしがらみ色々あるし!? 禁忌犯すわけには……」

聖女「いえ、有り難く使わせて頂きます。……薬の力を見てみましたが、悪いものではないようです」

少年「そっか。……あ、こっちの村でも使うけどさ、聖女サマから貰ったって言っていい? 俺が作ったって言うと、こう……色々と、アレだから」

聖女「えぇ、構いませんよ。……ありがとうございます」

少年「ん?」

聖女「正直、助かります……。私の力だけでは、皆さんを治すのに時間がかかりますので……」

少年「そっか。なら良かった。……聖女サマも、無理すんなよ」

聖女「ですが、皆さんには私の力が必要ですから……」

少年「だけど聖女サマが身を削ってまでやる必要ないよ。余裕のない人間が人を救えるわけない……ってのが、俺の親からの教え」

聖女「私は神の恩恵を受けた、不老不死の身……ですから、余裕は十分に」

少年「ないよ。聖女サマ、いっぱいいっぱいだ。……体は健康でも、心が磨り減ってる」

聖女「!!」

少年「それが使命だってんなら、止めないけど……。俺はちょっとでもいいから、聖女サマの力になりたいよ」

聖女「……ふふっ」

少年「?」

どうして、そこで笑う?

聖女「ねぇ。もしかして貴方は、信仰心が薄い方なのでしょうか」

少年「!!?」

聖女「あぁ……。気を悪くされたなら、申し訳ありません。貴方は、この地に住む方々とは違うなと思って」

少年「まぁ出身地も違うしな……。どこが違うの?」

聖女「聖女は人間を超越した存在――それが、神を信仰する方々の共通認識です。ですから貴方のように、私を1人の人間として扱って下さる方は……初めてです」

少年「そっかー……。聖女サマの言う通り、俺は信仰心が薄いんだ。……ごめんな」

聖女「謝らないで下さい。むしろ……」

聖女サマは一瞬だけ、表情がぱっと明るくなり――すぐに、いつもの綺麗な笑顔になった。

聖女「……いえ。何でもありません。貴方の優しさに感謝します。それではまた、来週お会いしましょう」

少年「……おう」

何だろう。
聖女サマは笑顔なのに、どこか寂しげに見えた。

少年(聖女サマの許しも得たし……薬、いっぱい作らないとな)

それから3ヶ月ほどして徐々にだが、村から病は去った。



少年「ふぅ……」

俺が村に住み着いてから約半年が経過した。
季節は冬。この地方では雪は降らないようだが、それでも冷気に手がかじかむ。

少年(今日は聖女サマの訪問の日か……)

ほとんど変わらない日々を過ごしているので、聖女サマが来る日を気にしてはいる。
病が去って薬を渡すことがなくなってから、俺と聖女サマの関係は元に戻った。
寂しくは思うが、何か理由を作って聖女サマに近寄っていくなんて、女々しい真似はできない。
それに聖女サマは、『皆の聖女様』なのだから。

村人「他の村で風邪が流行しているらしい。お前も気をつけろよ」

少年(あ、そうか)

さっき遠目で見た聖女サマは元気がないように見えたが、人々の風邪を治すのに力を使いすぎたせいだったんだな。
薬……は、必要だろうか。以前流行った病ほど切羽詰ってはいないだろうし、作るのは聖女サマに聞いてからでいいか。

少年(……これは必要だから声かけるんだよ、うん。決して接点持ちたいからじゃない。……言い訳したら、ますます下心あるみたいじゃん)

聖女サマは……村人に囲まれている。今は声をかけない方がいいだろう。
いつもの通り、聖女サマが村を出てから……

「うわあぁあぁ――ッ!!」

少年「えっ?」

何か騒がしいので、そちらに気を取られる。
見ると、狩りに出ていた連中が血相変えて村に駆け込んでいた。
村人の1人がどうしたのか尋ねる。すると……

「こ、これくらいの、お、大きな魔物が! 村に向かってきてる!」

「!!」

それを聞いた人々は慌てふためく。
ここ周辺は魔物による被害がほとんどなく、こういった事態には不慣れらしい。
どうしようかと皆で焦る中、1人の村人が聖女サマの方を見た。

「聖女様! 聖女様の御力で、魔物を追い払えないでしょうか!」

聖女「え……」

その言葉で、村人たちは一斉に聖女サマを見て――その目は、期待の眼差しに変わった。

「お願いします、聖女様! 我々をお守り下さい!」
「神の力があれば、きっと!」
「我々は無力なのです、お願いします!!」

聖女「……っ」

聖女サマは即答しない。
その表情は『無』であり、何を考えているのか――

「あっ!!」

少年「!!」

そうこうしている内に、こちらに来る魔物の足音が聞こえた。
見ると、体長3メートルはありそうな、ツノの生えた四足の魔物がこちらに突進してきていた。

「ひいいぃぃ!!」

村人たちは散り散りになり、室内に逃げ込む。
聖女サマは――

聖女「……っ!」

1人、慌てることなく、その場に留まっていた。
村人たちの期待通り、魔物を対処する気か。

少年(……いや、駄目だ!!)

聖女サマは体の調子が優れない。
それに今、追い払えたところで、あの魔物をここらに解き放っておくのは危険だ。
つまり平穏の為には、あの魔物を殺さねばなるまい――そんなこと、聖女サマにさせられない!

店長「おい、お前も早く避難しろ!」

少年「……あのっ! この料理包丁、借りますんで!」

店長「えっ!?」

武器として不格好ではあるが、研ぎたてのピカピカ。切れ味は十分。
俺は包丁を片手に魔物に突っ込んでいった。

聖女「あっ!!?」

すれ違い様、聖女サマが驚いた声をあげた。
聖女サマだけでなく、村人たちも何か声をあげているが――そんなの聞いていられない。

少年(やるの、久しぶりだけど――)

聖女「!」

全身に魔力を纏う。身体能力はこれで跳ね上がった。
包丁に魔力を纏わせる。包丁の耐久力は限界まで上がる。

殺気を醸しだし、魔物をこちらに誘導する――作戦成功!!

少年「だりゃああぁああぁぁぁぁっ!!」

高く跳躍し、魔物の視界から消える。
一瞬、魔物に戸惑いが見えた。その隙を、見逃さない。

少年「おらあぁっ!!」

魔物「ッ!!!!」

料理包丁を額に突き刺す。
驚いた魔物は首を大きく振り、俺は勢いで振り落とされた。

少年「いでぇっ!!」

思い切り、地面に叩きつけられた。魔力を纏っていなかったら大怪我していたところだ。
と――魔物は額から血を流しながらも、怒ってこちらに突進してくる。何て生命力の強い奴だ。

少年「……っとに、しつけぇなあぁ!」

魔物の突進をギリギリでかわす。余裕がないと口も悪くなる。

少年「とっとと、死ねやああぁぁ――ッ!!」

魔物「――ッ!!」

今度は喉元に突き刺した。
その際に腕を引っ掻かれ、固い毛が傷口にチクチク刺さる。

少年「……っ!」

包丁を引き抜くと血が大量にぶちまけられ、魔物は地面に倒れる。
今度こそ、絶命した。

少年「ふぅ……っ。……いってて!!」

気が抜けたと同時、激しい痛みが襲ってきた。
腕を抑えてうずくまる俺の背後で、村人たちの歓声がわいた。

「凄いなお前! 強かったなんて、知らなかったぞ!」
「ひどい怪我だ! 聖女様、治してやって下さい!」

聖女「は、はい!」

駆け寄ってくる聖女サマや村人たち。
俺はというと――気が抜けていたせいで、『それ』に気付くのが遅かった。

「あ――」

そしてそれは、致命的な遅れであり――

「その刺青は……」

少年「――ッ!!」

腕を覆っていた布が破られていた。
そのせいで――腕に刻まれた刺青を、見られてしまった。

「お前……"黒の一族"だったのか!?」

少年「……っ!!」

黒の一族。
かつて神であったが、堕落し魔神と呼ばれるようになった者がいた。
魔神は己の子達を人間と交わらせ、己の血で人間たちを穢していった――
その穢れを受けた魔神の子孫は、黒の一族と呼ばれるようになった。

「黒の一族は、聖国によって滅びたんじゃないのか!?」

少年「……」

その通り。俺の住んでいた地は、神を信仰する国によって滅ぼされた。
俺の他に生き残りがいるかはわからない。
ただ言えることは――

「黒の一族の者が村にいたとは! 汚らわしい!」

この世界に、黒の一族の者にとっての安寧の場はなくなったのである。

「我々を欺いていたんだな!」
「以前、病が流行ったのもお前のせいか!」
「魔物も、お前に惹きつけられてきたんだ!」
「出て行け! 黒の一族は災いしかもたらさん!!」

少年「……言われなくてもそうするよ。ただ、私物だけは取らせてくれ」

暴言を聞き続けられる程、メンタルは強くない。
俺が通ると村人たちは露骨に俺を避け始めた。それもまた刺さるが、石を投げつけられるよりずっとマシか。

聖女「あ……」

少年「……」

聖女サマの顔はマトモに見られなかった。
神を信仰する聖女サマにとって、俺は害悪な存在だ。
だからきっと、軽蔑している――それを目で確かめてしまえば、きっと俺は立ち直れなくなる。

少年「……じゃあな」

俺は私物を取ると、足早に村から去った。
誰の顔も見ることができなかった。腕の痛みなんて麻痺していた。

少年(もう……どうしようかな)

先のことなんて考えられないから、今はとにかくそこから逃げた。



少年(ここらの村には、噂が知れ渡るはずだよなぁ……)

1人で放浪しているガキ自体が珍しいから目立つだろうし、腕を見せろと言われればそれで終わりだ。
金はある程度貯まったので、遠くに行く余裕は多少できた。黒の一族への偏見がさほどない、信仰が根強くない地にまで移動しようか。
だが問題がある。
俺の一族を滅ぼした国は現在、神の名の下に侵略活動を行っている。信仰の根強くない地は格好のターゲットであり、そこに移動したところで平和ではないのだ。

少年(……けど、ここらでブラブラするよりはマシだろ)

きっと長い旅路となる。そうと決まれば……

少年(……いててっ)

怪我した腕がまだ痛い。服を破って応急処置したが、こんなんで良くならないだろう。
歩きながら薬草を探しているが、季節のせいもあり、なかなか見つからない。

少年(山の麓はもうちょい気温高いだろうし、いいのあるかな? ……おぉ、いてぇ)

そう思っても耐えねば仕方あるまい。
なるべく腕を気遣いながら行こうとすると――

「待って下さい!」

少年「……え?」

一瞬、思考停止。その次に驚愕。
振り返り、目に入ったのは――

聖女「少年さん! どうか、そこでお待ちになって!」

少年「せ、聖女サマ!?」

もう永遠に会うことなどないと思っていた、聖女サマだった。

少年「な、何すか!?」

聖女「あぁ、驚かせて申し訳ありません。貴方に危害を加えるつもりはありません」

少年「い、いや、そんな心配してねぇし!」

聖女「腕を出して下さい。怪我をしている方の」

少年「え……っ?」

ポカンとしている内に、聖女サマに腕を取られた。
そして――

聖女「どうか癒やしを……」

少年「あ……」

聖女サマは――俺の腕を、癒してくれた。

聖女「これで大丈夫です。……間に合って、良かった」

少年「何で……?」

聖女「……」

聖女サマは口をつぐむ。
俺の質問の意図がわからない程、能天気なわけでもあるまい。

少年「何で、こんなことするんだよ……! 俺は異教徒だろ! 聖女サマにとっては、穢れた存在だろ!」

聖女「……私は、そうは思いません」

少年「……いいよ、別に。気を使わなくて。いくら俺が黒の一族の者とはいえ、聖女サマは優しいから、このままにしておけなかったんだろ? ありがとうな。……何も返せなくて、ごめん。それじゃ」

聖女「待って下さい!」

少年「!」

聖女サマは俺の腕を掴み、引き止める。
こんな強引な聖女サマは初めてだ。

少年「何だよ……! 俺の心は強くないんだ、大人しく去るから見逃してくれ!」

聖女「違います! 私は貴方を傷つけたり、排除しようなんて思っていない!」

少年「聖女サマの信仰する神は、黒の一族を異端者とした。だから、神の加護を受けた聖女サマだって……」

聖女「違う。……違うんです」

少年「……?」

聖女サマの声が弱々しい。
伝わってくるものは、悲しみ。……どうしてそんな顔をするんだ? 俺なんかの為にか?

聖女「……確かに私は神を信仰する者です。ですが今から言う私の言葉は……"聖女"としてではなく、私個人のものであるとして、聞いてほしいのです」

少年「?」

聖女サマ、個人のもの?
聖女サマ、には"聖女"である以外の一面があるというのか……?

聖女「私は……貴方という方を知っている。ですから、黒の一族というだけで、貴方を異端視したくはない」

少年「……」

聖女「……黒の一族に偏見がない、なんて言うつもりはありません。ですが、私は……貴方が、貴方が……」

少年「……うん、わかった。ありがとう、聖女サマ」

聖女「!」

きっと嘘ではない。
聖女サマは黒の一族の者としてではなく、個人としての俺を見てくれている。

少年「嬉しいよ。やっぱり、聖女サマは優しいな」

それだけで俺は、救われた気持ちになれたんだ。

聖女「……違う。私は……貴方の思っているような人間ではない」

少年「?」

どうしたんだろう。聖女サマの様子が変だ。

聖女「……あの、少年さん」

少年「ん、どうした?」

聖女「その……私の家に、来ませんか?」

少年「……はい?」

唐突だな。一体、何考えてるんだ。

聖女「少年さんは、行く場所がないでしょうし……。私の家に住みませんか? あ、私の住まいは森の中にあって、そこは誰も訪れない場所なんです」

少年「……匿ってくれる、ってこと?」

聖女「はい……」

少年「そりゃ……有難いけどさ……」

聖女「何か問題でも……? 遠慮は無用ですよ」

少年「あ、いや。俺がガキだから意識してないかもしれないけどさ……俺、あと2、3年もしたら立派な『男』だよ?」

聖女「……?」

少年「で、聖女サマはずっと歳取らないんだろ? ……きっと意識するようになるよ、聖女サマのこと」

聖女「しませんよ。少年さんはモラルのある方ですし」

少年(いや、危機感もてよ!)

確かに俺もモラルを大事にしたいが、男の本能はどうなるかわからない。

少年(だが……)

今は争いが激化している。
そんな中、ふらふらと旅をするのは危険なのは確かだ。

少年「……なら、2、3年。それまで置いてくれないか。……あとは、世界の状況次第で動く」

聖女「……えぇ」

少年「……何だよ、嬉しそうな顔して」

聖女「ふふ。だって、嬉しいですから」

少年「わっけわかんねぇ……何度も言うが、俺は異端者のガキだぞ」

聖女「えぇ。でも少年さんは……」

少年「?」

聖女「……いえ、何でもありません。案内しますね」



少年(ここか……森の中にある以外は、意外と普通の家だな)

聖女「掃除はしていますが、あまり細かいところには手が届いていないかもしれないです……」モジモジ

少年「毎日、村を訪問してるもんな。掃除は俺に任せな」

少年(物が少ないもんな。掃除は楽そうだ。……ん?)

ふと、棚の上のものが目に入った。

少年「あ! あれ、俺があげた人形! 飾ってくれてたの!」

聖女「えぇ。頂いた日に、すぐ飾りました」

少年「ホコリ被ってないし、大事にしてくれてたんだな! 嬉しいよ!」

聖女「そ、そんなに嬉しいものですか?」

少年「うん! 俺、ちゃんと聖女様にお礼できてたんだな!」

聖女「お礼……?」

少年「正直、結構心配だったんだよ。人形がお礼になってるかって。でも聖女サマが飾ってくれる程度に喜んでくれてたってことは、俺の気持ちは一方通行じゃなかったんだ」

聖女「気持ちの一方通行……?」

少年「そう。こっちはお礼の気持ちでも、聖女サマが喜んでくれてなきゃ、それはただの押し付けだろ。そんなの、嫌じゃん。対等じゃない」

聖女「……!」

少年「つっても、命を助けてくれたお礼にはまだまだ足りないんだけどね。だから俺、しっかり働くよ聖女サマ!」

と、こっちは強気で宣言してみたのだけれど。

聖女「……」

少年「聖女サマ?」

聖女サマはどこか上の空だった。
何? 聞いてる? おーい?

少年「どうした聖女サマ? 俺、何か変なこと言った?」

聖女「……いえ。変なことではありません。少年さんは、私に色々なことを気付かせて下さいますね」

少年「色々なこと……?」

聖女「ふふ。幼少の頃よりずっと宗教という狭い世界にいたもので、価値観が凝り固まっていたんです」

少年「そうか。よくわかんないけど、異教徒の価値観て新鮮?」

聖女「えぇ」

少年「そっかー。……多分価値観の違いでぶつかることもあるだろうけど、なるべく聖女サマに合わせるから!」

聖女「気を使いすぎですよ、少年さん。それよりも、今日は休まれた方がいいでしょう。ベッドがなくて申し訳ないんですが……そこの部屋にソファーがありますので」

少年「十分、ありがたいよ! それじゃ、お言葉に甘えて!」

俺は部屋に駆け込み……あ、大事なことを言い忘れていた。

少年「聖女サマ、おやす……」

と、振り返った時。

聖女「……」

少年「……っ!」

聖女サマの顔が悲哀を帯びていた。
どうしてだかわからないけど、何だか見てはいけないものを見たような気がして……。

少年「……聖女サマ、お休み」

俺は見なかった振りをして、ドアを閉めた。



いくら聖女サマが相手とはいえ、他人との共同生活は大変だろう……と思ってはいたものの、そうでもなかった。

聖女「では、行って参りますね」

少年「行ってらっしゃーい」

聖女サマは毎日近隣の村を慰問しているので、日中あまり顔を合わせることはない。
家事だけだと午前中に終わるので、割かし暇である。

少年「でりゃあぁあぁ――ッ!!」

そういうわけで日中のほとんどは体や魔力を鍛える修行に費やしている。
一生聖女サマの世話になるわけにはいかないし、力をつけておくのは大事だ。



聖女「あらあら。今日も美味しいお食事、ありがとうございます」

少年「色々ぶち込んだだけのチャーハンだよ。ただのズボラ飯だよ」

洗濯以外の家事は任せて貰っているが、聖女サマは家事の出来には大らかなので気は楽だ。(だからと言ってサボりはしないが)

少年「今日は大変だったか?」

聖女「そんなことありませんよ。いつも通りです」

少年「そうかぁ」

聖女サマは必要とされている存在。だからそうそう嫌な目に遭わないだろうし、もし遭ったとしても言わないだろう。

聖女「毎日退屈していませんか、少年さん」

少年「いや大丈夫。聖女サマこそ多忙だけど大丈夫かよ」

聖女「えぇ。不老不死ですから」

不老不死ってそこまで万能なのか。なったことないし周囲にもいなかったから、よくわからん。
けどまぁ、聖女サマはこれだけ優しく、心が広く、慈悲深いからこそ、神に選ばれたのだろう。

少年(全く、不老不死ってやつは規格外だね)

きっと俺は聖女サマを永遠に理解することはない。
常人には理解できないからこそ、特別な存在なのだ。

聖女「あら、このスープも美味しいですねぇ~」

少年(……こう生身で接すると、普通の人間なんだが)



少年「だぁっ、でりゃぁっ!」

少年(大分サマにはなってきたとは思うが、実戦経験も積まないとなかなか強くならないよなぁ……)

トコトコ

少年「ん?」

黒狼「ガルル」

少年「お。黒狼じゃん」

こいつは魔物だが、俺にとってはその辺の魔物とはちょっと違う。黒の一族が信仰する魔神に仕える神獣とも呼ばれていて、黒の一族とは友好関係にあるのだ。

少年『どうした、迷子か?』

その気になれば、会話だってできる。

黒狼『黒の一族の魔力を感じたのでな。生き残りがいたとは、喜ばしいことだ』

少年『今、よそじゃどうなってるんだ?』

黒狼『聖国による他宗教への侵略は激化している。滅ぼされたのは、黒の一族だけではない』

少年『そうか……』

わかっていた事態だが心苦しい。
抑えて生活しているが、聖国に対して恨みもある。その気持ちでまだ腸が煮えくり返って、苦しい。

少年『何なんだ、今回の侵略は。神による指示か?』

黒狼『聖国の王は神の声を聞ける。恐らく、そうだろうな』

少年『くそっ、神め……!』

黒狼『ところで。お前が身を寄せているのは、聖女の下か?』

少年『あぁ。……いい人だよ、聖女サマは』

黒狼『そうだろうな。例え神に命令されても、聖女はお前を裏切らないだろう』

少年『俺もそう思う。根っからの善人だから』

黒狼『そうではない』

少年『え?』

黒狼『おっと、遠くで仲間が呼んでいる。……また来るぞ』

少年『おう』

少年(そうだ。今度会った時、特訓の相手してくれないかなぁ。ちゃんとおやつも用意しといてやろう)



>晩


少年(今日は遅いな、聖女サマ)

いつもならとっくに帰って夕飯を食べてる時間だ。
いくら神の加護がある聖女サマだからといって、心配になってくる。

少年(まさか、何かトラブルでも……)

不安が生まれ、探してこようと上着を羽織った。その時。

聖女「ただいま、遅れました」

少年「聖女サマ!」

声が聞こえてほっとした。
俺は聖女サマを出迎えに、玄関まで走った。

少年「聖女サマ、おかえ……」

と、すぐにその姿を見てギョッとした。

少年「聖女サマ!? 顔色悪いぞ、病気か!?」

聖女「いえ、大丈夫です。今日は魔力を使い切ってしまったので、少し疲れただけです……」

少年「? 何か病気でも流行ったのか」

聖女「最近、魔物の数が増えていて……怪我をされる方が増えていらっしゃいまして」

少年(あ)

黒狼、そういや『仲間が呼んでる』と言ってたな。
……とはいえあいつらも住処を追われてここに来たんだ。だから、あいつらを悪く言うことはできない。

少年「体調悪そうだし、ゆっくり休んだ方がいいよ。お粥か何か作るよ」

聖女「すみません……。お言葉に甘えますね」

少年「もし何なら精力剤でも……って、駄目だよな。異教徒の作る薬なんて」

聖女「どんなお薬でも作れるんですか?」

少年「ん? 一般の店に置いてあるような効能のは。ちゃんと薬草を集める必要はあるけど」

聖女「なら……この辺で採れる薬草で作れるお薬、何でも良いので……お願いしてもよろしいですか?」

少年「いいけど、村人に使うの?」

聖女「はい。……正直、私の魔力だけでは限界もありまして……」

少年「なら、この薬の出処は……」

聖女「えぇ、秘密にしておきます」

少年(俺の薬に頼るなんて、よほど患者が多いんだなぁ。皆、聖女サマに頼りすぎだろ)

俺は家の周辺にある薬草を採ってきて、言われた通り沢山の薬を作った。



それからしばらく、聖女サマが魔力を尽かせて帰ってくる日が続いた。
悪いことは続くもので、怪我だけでなく病も流行し始めたらしい。
聖女サマ1人では手が足りない状態ではあるが、医者は聖国の戦争で招集されているらしく、こんな小さな村に呼ぶことはできないそうだ。

聖女「ふぅ……」

少年「……」

聖女「あ、少年さん。デザートありがとうございました、腕を上げましたね」

聖女サマは明らかに疲れていた。
だけど俺の前では明るく振舞おうとするのが困ったものだ。
人に心配させまいとする性分なのだろうが、これでは気が休まらないだろう。

少年「お休み、聖女サマ。ゆっくり休みなよ?」

聖女「えぇ、お休みなさい」

だから俺はなるべく気を使わせないように、聖女サマと距離を置く。

少年(あ。……新しい薬、補充しとかないと)

精力剤を台所に置いているのだが、聖女サマは毎日服用しているようで、減りが早い。

少年(寝る前に煎じておくか)

聖女「ねぇ少年さん」

少年「何?」

聖女「……もっと強いお薬は、作れないでしょうか?」

少年「……っ!」

聖女「あぁ、服用するのは私じゃありませんよ。村の方が……」

少年「……これ以上強い薬は、副作用が出るから」

聖女「わかりました」

少年(……わかってるんだよ聖女サマ。だって、この薬服用すると――目が充血するんだよ。今の聖女サマみたいに)



少年「どりゃああぁぁっ!」

黒狼『精が出るな、少年よ』

少年『よ。お前か。ちゃんと食えてるか?』

黒狼『細々とな。時々お前が飯を持たせてくれるので、助かる』

少年『困った時はお互い様だろ。今日も訓練の相手、宜しく頼むぞ!』

あれから黒狼は何度かここを訪れ、こうやって交流している。
黒狼は神獣。飢えて全盛期の力を出せないにしても、生身の人間相手には十分に驚異的な力を持っている。
その黒狼に戦闘の指導をしてもらえるのは、非常に有意義なことだ。

少年『ハァ、ハァ……。少しは腕、上がったろ……?』

黒狼『あぁ。吸収の良い年頃なだけあるな』

少年『ありがとよ。聖女サマのお陰で、食いっぱぐれることもないしな』

黒狼『その聖女なのだが……』

少年『? 聖女サマがどうした?』

黒狼『慰問の様子を遠目に見たことがある。随分と、身を削っているな』

少年『そうだよなぁ。いくら不老不死とはいえ、あんなに魔力使っちゃボロボロになるよな……』

黒狼『……疲弊しているのは、体だけではあるまい』

少年『体と心は表裏一体だしな。こう激務が続けばそりゃ……』

黒狼『そんな単純な話ではない』

少年『え?』

黒狼『聖女はここの所、村人たちに責められている』

少年『責められて……!? な、何で!?』

黒狼『主に慰問の頻度について。それから、聖女の力が万能でないことについて。……最も村人達の求めるレベルとは、神の領域に達しているがな』

そういえば心当たりはある。
俺が村にいた頃、病が流行った。あの時も村人たちは聖女サマを責めた。
あの時は病のせいで少しギスギスしてただけかと思ったが……。

黒狼『いたわってやるのだな、少年よ。いくら聖女自身が支えを欲していないからといって、あれではな……』

そう言って黒狼は去っていった。

少年(まさか、そんなことになっていたなんて……)



>晩


少年(黒狼に言われた通り、言ってやるんだ! 今までお節介かなと思ってたけど、やっぱこのままじゃ駄目だよな!)

聖女「只今戻りました」

少年「あ、お帰り聖女サマ……」

言いたいこと、全部シミュレーションした。
あとは無理矢理でもそれを口にするだけ……なのだが、聖女サマの顔を見た瞬間、それが消し飛んだ。

少年「……どうしたの、その額の傷」

聖女「えっ? あぁ……転びました」

少年「どこで?」

聖女「山道です。足を滑らせてしまって……」

少年「山道で転んだら、服が汚れるはずだよね。聖女サマの服は白いから、汚れは目立つはずだよ」

聖女「……」

少年「……なぁ。村人にやられたの?」

聖女サマは黙り込んだが、俺が引かずにじっと目を見つめると、観念したかのように呟いた。

聖女「……私は。遂に、人を死なせてしまいました……」

少年「!」

聖女「1週間に1度の訪問では、病を治せなかった。あの方は長期間苦しんで、苦しみ抜いた末に、遂に……」

少年「で……そいつの家族か恋人にでも、やられたの?」

聖女「……はい」

聖女サマの目にじわりと涙が浮かぶ。
責められた辛さかと思ったが、そうではないようだ。

聖女「私の力が及ばず、救えなかった……! だからご家族の怒りは、当然のものです……」

少年「いや待て、それはおかしいよ」

宗教観念の違いかもしれないが、それは否定せざるを得ない。

少年「皆は聖女サマに助けられてんじゃん。なのに責めるなんて、おかしいよ」

聖女「ですが、私は神に人々を救えと……」

少年「それは聖女サマの力でできる範囲のことだろ。医者だって万能じゃないのに」

聖女「……」

少年「そりゃ……家族を失った失望が聖女サマに向かうのも、わからなくもない。わかるけど……手を出すのは、絶対に駄目なことだよ」

それに――

少年「前々から思ってたけど、村人たちは聖女サマに頼りすぎなんだよ。週1の慰問じゃ限界あるって、そんなのわかりきってるだろ……」

聖女「……私の力に限界があるから、失望させてしまい……」

少年「そうじゃねぇ! 限界なんてあるに決まってるだろ! そもそも、何で『やってもらって当たり前』なんだよ!」

聖女「……!」

少年「俺にはそっちの宗教観念はわからない。けど聖女サマと村人たちの関係は、聖女サマの一方的な奉仕で成り立ってる。それは絶対におかしい!」

聖女「……見返りを求めろ、ということですか……?」

少年「健全な関係は、見返りを求めなくても何かしら返ってくる。そういうもんだと俺は思うけど?」

聖女「!」

医者なら金銭という見返りがある。
無償の奉仕には感謝の気持ちという見返りがある。
それもなく、ただ聖女サマを奉仕させ、責め立てるというのは――

少年「そんな関係性は不健全だ。だから聖女サマ、ボロボロになってるんじゃん」

聖女「……」

気付くのが遅れたことが悔やまれる。
もっと早く気付けていれば、聖女サマに忠告できた。
対等な関係性を重視する俺と違い、一方的な奉仕を当然とする聖女サマがそれに気付けるはずが……

聖女「……やっぱり、そうだったんですね」

少年「へ?」

やっぱり、とは。

聖女「……少年さんは異教徒の方ですから。だから皆さんと違うだけだと思っていましたが……」

聖女サマはそう言うと――哀しげに笑った。

聖女「そんな貴方だからこそ、一緒にいて気持ちが良かった」

少年「……え?」

聖女「初めは、私の為に水を持って来て下さった時でしょうか」

出会った当初のことだ。
聖女サマは飲み物も持たずに暑い道を歩いていたので、俺は追いかけて水を渡したんだ。

聖女「あの時も嬉しかったけれど……はっきり感じたのは、人形を頂いた時ですね」

少年「えっ? 人形?」

聖女「えぇ。……『お礼』として何かを受け取るのは、あれが初めてでした」

少年「……!」

そう言えば人形を渡した時、あんなもので大げさに喜ぶ人だなと思っていた。
だけど飾ってくれていたということは、人形を本当に気に入ってくれたのかと思った。
けど、それもあるかもしれないけど――そうじゃなくて。

聖女「貴方は……気持ちを返してくれるから」

人形に込められた、俺の気持ちの方だったんだ。

聖女「貴方は私を上にも下にも見ず……対等に接して下さった。だから私、貴方のことが好きです」

少年「聖女サマ……」

人形なんかが嬉しいのか、とずっと思っていた。
逆を言えば、人形なんかを喜ぶ程、喜びに対するハードルが低いんだ。
……要するに、それだけ満たされてない人だったんだ。

少年「……当然じゃんか。命助けられて、村を追い出された後も世話してくれて……対等にならないのは失礼だよ」

例え恩人であっても、聖女サマを上に見てしまえば、聖女サマからの奉仕を無償で受け取ってしまいそうで。
だから俺は対等になる為に、一生懸命返してきた。
それに――

少年「俺だって嬉しかったんだよ、聖女サマ! この世界に居場所がなくなった俺を、助けてくれて! 聖女サマは誰よりも、俺に優しい人だから!」

俺だって、満たされていないんだから。

聖女「……少年さん。貴方は私を買い被りすぎですよ」

少年「え?」

聖女「私が優しい人間なら――村の方々の目など気にせず、貴方を助けていました」

少年「……」

俺が村人達に糾弾された時、聖女サマは黙っていた。俺を助けてくれたのは、人の目がない場所でだ。
だとしても、だ。

少年「それは当たり前じゃないか。聖女サマに立場を悪くしてまで庇って欲しいなんて、俺は思っちゃいないよ」

聖女「……私が、今の立場から逃げ出すことは簡単なのです。だけど――」

聖女サマの笑顔は、どこか自嘲気味だった。

聖女「私は――後ろ指を刺されるのが怖くて、『聖女』であることをやめられない。『特別』な今にしがみついて離れられない。そんな汚い人間なのですよ――」

少年「……だから、どうした」

聖女「……!」

少年「それも人間らしさだろ。人間らしい部分を、汚いなんて後ろめたく思わなきゃいけないなんて、そっちの方が間違ってるよ」

聖女「う……」

少年「どうしたの、聖女サマ?」

聖女サマは――泣いていた。
両手で顔を覆って、隙間から涙がこぼれる。

聖女「貴方は、私に汚い面があることを『当然』として下さる……それが本当に、嬉しいのです」

少年「……うん」

嬉しいという気持ちは本当だろう。俺との関わりで視野が広がったのもあるだろう。
だけど――ただ、それだけだ。

聖女「ありがとうございます、少年さん。……私、勇気を頂けました」

聖女サマは「聖女」であることをやめない。
だから苦しみから解放されることはない。
それは永遠に。不老不死の身で、魂が限界を迎えるまで。

少年「……」



少年『黒狼、いるか?』

深夜。俺はこっそり外に出て、魔力を飛ばした。
しばらくすると、俺の魔力に気付いたのか黒狼がやってきた。

黒狼『どうした、少年』

少年『黒狼一族は情報通だろ。聞きたいことがある』

黒狼『何だ』

少年『戦争の現状についてだが――』






聖女「……行ってしまわれるのですね」

聖女サマは寂しそうな顔で言った。
無理もない。黒狼と会った翌朝、俺はここを出て行くと聖女サマに告げ、その翌日には旅立とうとしているのだから。

少年「まぁ、もし向こうで上手くやれなかったら、また戻ってくるからさ」

黒狼に聞いたのだが、横暴な聖国に対抗する為の組織が、遠くの地で結成されていた。
俺はこれから、その組織に入れてもらおうかと思っている。

聖女「たまには、遊びに来て下さいね」

少年「あぁ。愚痴ならたっぷり聞いてやるからな!」

本当は聖女サマの側にいて、支えてやるのがいいのかもしれない。
だけど俺が、それをしたくないのだ。

少年「またな聖女サマ! 俺が味方でいるから、それだけは忘れんなよ!」

手を振る聖女サマの姿が遠くなる。
俺を救ってくれた聖女サマ。今現在も悩み、苦しんでいる聖女サマ。
そんな聖女サマから離れるのは、俺も寂しいが――

黒狼『良いのか。……これからお前が行く道は、彼女とは真逆だろう』

少年『いいんだよ』

だから歩くと決めた道だ。
聖女サマが後ろ指を刺されるのを恐れているのなら――俺が悪者になればいい。

俺は、いつか必ず――



黒の一族――魔神の血が混ざっているという忌まわしき一族。
今は大分魔神の血が薄れてはきたが、血を覚醒させれば驚異的な力を得られる。

呪術師「本当に良いのですね?」

少年「あぁ」

俺に迷いはない。
まだ子供である俺が組織で戦っていくには、これしか手段がない。

呪術師「貴方の中にある魔神の血を覚醒させれば、確かに我が組織にとって有力な戦力になるでしょう。しかし――それだけ貴方は、人間からは遠い存在となる」

少年「人間であることって、そんなに尊いことか?」

呪術師「……貴方はまだお若い。無鉄砲になるのは良いが、取り返しのつかないことは――」

少年「甘いこと言ってんなよ。これはあんたらにとっても、生き残りを賭けた戦争だろ?」

呪術師「……わかりました」

呪術師は俺の刺青に手をあてる。
これから俺は、人間でなくなる。

呪術師「……覚醒せよ!!」

少年「……――ッ!!」

焼けるような熱さが、刺青から全身に回っていく。

少年「ぎ……ッ、いいぃ――……ッ!!」

気が狂いそうな痛みに悶える一方、痛みが心地よく思える快感が脳を痺れさせる。
俺は最初に、「痛みによる苦しみ」というものを失うのだ。
それが魔神になるということ。人間でなくなるということ。

そんな中でも、俺は――

少年(聖女サマ、聖女サマ……ッ!!)

失ってはいけない唯一の想いだけは、手放すまいとあがいていた。



「……」

暗闇の中目を覚まし、思い返すは今の夢。
あれは、自分が人間をやめた時の記憶か。

(……『その時』が近づいているという、予兆か)

あれからどれだけの時が経っただろう。
自分はあの時を境に、色々なものが変わった。

人間にとって苦痛に思うことが何でもなくなった。
視界に入る生物の全てが、脆く儚く見えるようになった。
『不可能』なものがほとんど無くなって、満たされることも減った。

『黒狼はいるか』

黒狼『……何か御用かな?』

長い時を共にした黒狼も、すっかり歳をとった。
唯一、俺の弱さを知っているこいつは、今でも信頼の置ける存在だ。

『夢を見た。……『時』が近づいているんじゃないのか』

黒狼『あぁ、そうだろう。……行くのか?』

『……俺が行っても、彼女は喜ぶまい』

黒狼『ふっ。臆病だな』

『何だと』

黒狼『お前は、彼女に拒絶されるのが怖いだけだろう。その言い訳に彼女の感情を持ち出すとは、臆病な上に女々しいな』

『ふん。……俺にそこまで言えるのは、お前だけだ』

黒狼『行ってやれ。……他の者には、適当に言っておいてやる』

『頼んだぞ、黒狼』

黒狼『道中、気をつけるのだぞ。お前を狙う者は多いからな……――』

そう。俺は憎まれ、恐れられる存在となった。
俺を知らぬ者は――この世界に、誰一人としていない。

黒狼『良き再会を望む……魔王よ』



魔王「……」

時が流れても、自然的なものに変わりはない。
しかし流石に建造物はそうはいかず、何度も修理した跡でもはやボロボロだ。

魔王(まだ、ここに住んでいるのか)

わずかな魔力を感じ、確信を得る。
魔神の血を覚醒させてからも、何度かここを訪れたことがある。だが本格的に魔王として動くようになってから、1度も会っていない。

魔王(怒っているだろうか)

いや、怒るような性格ではない。どちらかというと、悲しんでいるか。
どちらにせよ、良い感情とはいえない。……俺は彼女からの恩を、仇で返してしまったことになるな。

魔王「失礼する」

意を決して扉を開け、中に入るが返事はない。
ギシギシ軋む床を歩き、俺は魔力を感じる方へと足を運んだ。

魔王「……久しぶりだな」

そう言って、部屋のドアを開けると――

聖女「ゴホ、ゴホ。……貴方ですか。随分、力強くなられて」

彼女は弱々しく――それでいて、穏やかに言った。

魔王「俺のことを忘れていなかったか」

聖女「忘れるものですか。……貴方は私に、物事を広く見ることを教えてくれた方ですから」

魔王「しかし広く見えるようになったところで、貴方は生き方を変えなかった」

聖女「えぇ。……変えるだけの勇気が、私にはありませんでしたねぇ」

魔王「貴方は清廉潔白を貫いた。それは誇って良いことだろう」

聖女「……いいえ。私は、貴方を悪者にしてしまった」

魔王「何のことだ」

聖女「私が最も欲していたものを、貴方は知っていた」

魔王「……」

彼女の欲していたもの――それは解放。

聖女「貴方は私の為に――神を殺し、魔王となった」

魔王「……」

神を殺すには、魔王になるしかなかった。
まずは俺自身が魔神の力を覚醒させ、組織を強化し、聖国を滅ぼし、更に力をつけた。
そうして神々と全面戦争になり――

聖女「神は滅び、私は解放された」

それは神に与えられた役目から。そして、不老不死の肉体から――

魔王「勘違いするな。貴方の為ではない。……故郷を滅ぼされた、復讐の為だ」

聖女「……神を殺す少し前に、貴方は私に会いに来て下さいましたね。あの時の貴方は、私と一緒に暮らしていた時の貴方だった」

魔王「……俺は変わってしまった」

聖女「どうでしょうね。変わった部分もあれば、変わっていない部分もあるでしょう」

魔王「……変わらないな、貴方は」

聖女「まぁまぁ。今の私を見てそうおっしゃるなんて……確かに、紳士になられたかしら?」

魔王「からかうな。……俺は、貴方の信仰する神を殺した魔王だぞ」

聖女「そうでしたね。なら――"聖女"としてでなく、"私"として言います」

彼女は笑った。
その笑顔は、やはり昔と変わらない――

聖女「また――会えて良かった」

心優しい、"聖女サマ"のもので――

魔王「……っ」

痛い。胸が鷲掴みにされたようだ。
こんな痛み、とうの昔に忘れていたのに――

聖女「……貴方にひとつ、わがままを言ってもよろしいでしょうか」

魔王「……何でも言うといい」

聖女「では……手を握って下さいませんか?」

魔王「あぁ」

俺は望み通り、彼女の手を握る。
既に体温がほとんど冷めた、シワの多い手を。

聖女「貴方に会えなければ――この瞬間は、来なかったのですね」

魔王「……っ」

聖女「ありがとうございます。……貴方には、感謝するばかりです」

魔王「……俺だって……」

聖女「ゴホ、ゴホッ」

魔王「……!」

触れ合った手で、彼女の灯火が弱まっているのを感じる。
今の俺なら、それをどうにかすることもできる。……だけど、しなかった。

魔王「……」

終わりはただ静かで、それでいて穏やかで……――

魔王「……」

彼女は――満たされることが、できただろうか。

立ち去ろうとした時、ふと彼女の側にあるものが目に入った。
人形だ。……あれからずっと、大事にしてくれていたのか。

魔王「……」

一瞬それに手を伸ばしかけたが――やめた。
俺が持つのは、彼女と過ごした記憶だけでいい。


聖女『また――会えて良かった』

俺もだよ――聖女サマ。


貴方に会えて良かった。

貴方のお陰で、俺は『生きる』ことができた。


魔王「ではな」


俺はもう少しだけ生きていく。

俺自身の手で、『魔王』を終わらせる為に――



Fin



あとがき

久々のssでした。お付き合い頂きありがとうございました。
自分にとって書きやすい恋愛やギャグではないので、なかなかタイピングが進まないのなんの(;´д`)
テーマは「見返り」ですかね。世界観の描写は簡潔でメイン2人のやりとりばかりになってるのは自分のssではお約束。

本ssはブログ限定ssなので、優しいコメント頂けたら喜びます(´∀`)
posted by ぽんざれす at 12:06| Comment(8) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

魔姫「捕まえてごらんなさい、色男」/分岐ルート後日談

魔姫「捕まえてごらんなさい、色男」の分岐ルートスピンオフ、各ルートの後日談です。


以下のリンクから各ルートに飛びます

ハンタールート
猫耳ルート
勇者ルート







ハンタールート

わいわい

魔姫「綺麗に手入れされた庭園、爽やかなそよ風……紅茶の香りが私に癒やしを与える」

ハンター「……」

魔姫「ね? いいお店でしょ、ハンター」

ハンター「……確かに店はいい。景観もメニューも文句はない。だが……」

魔姫「何よ?」

ハンター「何で、知らん内にここが俺のバイト先になってるんだ!?」

店長「ハンター君、ネクタイ曲がってるよ」

魔姫「だって、店員さんの制服が素敵なんだもの。是非、ハンターに着て欲しくて」

ハンター「いや納得せんぞ」

魔姫「どうせ今日は私の貸切なんだし、楽なお仕事じゃないの」

ハンター「そういう問題では……。ハァ、言い合いしても無駄か」

魔姫「そういうこと。ほら、ネクタイ直してあげるわよ」

ハンター「ありがとうございます、お客様ー」

魔姫「あら照れ隠しに棒読みなんて、可愛い~。心の中ではドキドキしてるんでしょ~?」

ハンター「いや別に。慣れてるからな」

魔姫「………」

ハンター「いつまでかかって……ってオイ」

魔姫「あらハンター、ねじねじネクタイも素敵ねぇ~」

ハンター「お前な……。そういうイタズラするところがお子様だな」

魔姫「そのお子様に惚れた貴方は少女趣味なのかしら?」

ハンター「しょ……断じて違う! というかお前も成人近いのだから、その自覚を持て」

魔姫「ふぅん? どうやったら成人らしくなるのかしら?」

ハンター「そうだな……。大人としての振る舞いを身に付け……」

魔姫「わかった。店長さーん!」

ハンター「は?」



魔姫「いらっしゃいませー」

ハンター「……待て。何でお前もバイトしてるんだ?」

魔姫「大人としての振る舞いを身に付ける為よ」

ハンター「だからって何故バイト」

魔姫「1度やってみたかったのよね~。猫には内緒ね!」

ハンター「いやちょっと待て。……オイ!」

魔姫「いらっしゃいませお客様、お席はこちらになりまーす♪」

ハンター「……」

魔姫「ご注文如何ですか? はい、コーヒーと……あれっ、何だっけ」

魔姫「テーブル拭くわね~」ビチャビチャ

魔姫「え、モンブランご注文でない……。あら、どこのテーブルだったっけ??」

ハンター(いかん……。初日とはいえ駄目すぎる)

客「おい! 何だこのコーヒーのブレンドは、クソにがいぞ!」

魔姫「あらっ」

ハンター(あぁ、やらかした……)ガクッ

魔姫「申し訳ございません、お客様。すぐにお取替え致しますね」

客「待てよ、姉ちゃん。こんな濃いコーヒー飲んじまったせいで、今日は俺は眠れそうにない」

魔姫「はぁ……?」

客「だから姉ちゃんもこのコーヒー飲んで、今夜は眠らず俺に付き合ってくれよおぉ!」ヒヒヒ

魔姫「……は?」

ハンター(まずい……モンスター客だったか!)

客「いいだろう姉ちゃん、可愛いねぇ~」

魔姫「おほほお客様、ご冗談を」ゴゴゴ

客「冗談じゃねぇよ、いいからとっとと……」

ハンター「……お客様」ニッコリ

客「あん? テメェは黙って――」

ハンター「……」グビッ

客「」

魔姫「い、一気飲み……」

ハンター「……お客様。彼女の代わりに、この私がお付き合い致しますので」ニコニコ

客「い、いや、そんな……」

ハンター「私 が お 付 き 合 い 致 し ま す の で」

客「……いいや。代わりの持ってきて」ショボン



魔姫「何よぅ、私の威圧よりハンターの威圧の方が怖かったっての?」ブツブツ

ハンター「ああいう、女相手でないと強気になれない奴もいるんだ。またひとつ勉強になったな」

魔姫「ふぅん。なるほど、こうやって色んな人を知っていくのね」

ハンター「今日は頑張ったな。だが、お前がこの手のバイトに慣れるには時間がかかりそうだ」

魔姫「あー疲れたわ…。肉体的ってより精神的に」

ハンター「そう。だから大人は酔う程酒を飲むんだ」

魔姫「不健全ねぇ~。早めに寝た方がいいかしらぁ~…」フアァ

ハンター「……いや、眠るのは待て」

魔姫「ん?」

ハンター「今夜は付き合え。お前の淹れたコーヒーのせいで眠れそうにない」壁ドン

魔姫「………」

ハンター「もう一段階、大人の階段……昇ってみないか?」

魔姫「……あのオジサン客と関節キッスした口はちょっと」

ハンター「……うげぇ」

魔姫「大丈夫? 背中擦る?」

ハンター「誰のせいで……。お前、覚えてろよ」

<終わり>








猫耳ルート

わいわい

魔姫「誕生日に城で立食パーティーが開かれるなんて、流石勇者。英雄ねぇ」

猫耳「はい魔姫、料理取ってきたよ~」

魔姫「ありがとう。でも、そんな気を使わなくていいのよ?」

猫耳「なーに言ってるの。魔姫に料理を盛らせるなんて、できないよ!」

魔姫「でも、立食パーティーなんだから……」

猫耳「僕は魔姫に恥をかかせたくないんだ!」

魔姫「まぁ猫ったら」

魔姫(柄にもなく格好つけちゃって。でもまぁ、悪い気分じゃないわ)フフ

猫耳(魔姫が盛り付けたら、せっかくの料理がぐちゃぐちゃになるからね……)

魔姫「うん…一流シェフの味付けね」

猫耳「? 魔姫、もしかしてお腹空いてなかった?」

魔姫「え? どうして?」

猫耳「魔姫っていつも、凄く美味しそうに食べるからさ。今日の反応はイマイチに見えるなー、って」

魔姫「う。猫の目は誤魔化せないわね……」

猫耳「お腹空いてないなら、デザートとか……」

魔姫「だけど、まだまだ私を見る目が未熟ねぇ。私はお腹一杯じゃないし、お料理も美味しく頂いているわよ」

猫耳「んん~? ……あ、パーティーだからお上品ぶってるとか」

魔姫「私は『ぶってる』んじゃなくて、本当にお上品なのよ、猫ちゃ~ん?」ギュウゥ~

猫耳「あいたた~!」

魔姫「もー、猫。理由はひとつしか考えられないじゃない」

猫耳「いたた……。な、何?」

魔姫「普段頂いているお料理の方が、美味しいからよ」

猫耳「………へ?」ポカン

魔姫「ほら猫、早く食べないと冷めちゃうわよ」

猫耳「あ、う、うん! ……そ、そっかぁ。僕の料理が……」

魔姫(猫ったら照れちゃって。可愛いんだから)

猫耳「……あっ。新しい料理追加されたから、持ってくるねっ!」

魔姫「ありがとう~」

貴族A「魔姫様、ご機嫌よう」

魔姫「ん?」

貴族B「初めて貴方をお近くで拝見しましたが…やはり、お美しい」

魔姫「あら、ありがとう」(うん、知ってる)

貴族A「魔姫様、どうか今度行われる僕の家のパーティーにご出席下さい」

貴族B「僕たちの家は、代々国王陛下と懇意の仲であり……」

魔姫「あらー」ニコニコ

魔姫(いや知らないし。でも心なしか周囲の注目も集めちゃってるし、手ひどく振って恥かかすのも気が引けるし……)

猫耳「ま、魔姫……」

魔姫「あ、猫……」

貴族A「おや。魔姫様の確か従者の……」

貴族B「ご機嫌よう、坊や。少し魔姫さんとお話させてもらっても良いかな?」

魔姫「いえ、猫は……」

がばっ

魔姫「!? ね、猫……」

猫耳「……駄目」

貴族A「え?」

猫耳「魔姫は僕の~っ!」フーッ

魔姫「!?」

ざわざわ

貴族B「……へ? ぼ、坊やの?」

魔姫「え、えぇ。私と彼はお付き合いしてて……」

猫耳「フシャーッ」

貴族A「そ、そうですか。では」ソソクサ

貴族B「うーかゆい、猫アレルギーが……」ポリポリ

魔姫「猫、もー……貴方ねぇ」

猫耳「作戦成功だにゃー」クスクス

魔姫「!?」

猫耳「これだけ大勢の前でラブラブな様子を見せつけたら、魔姫を取ろうなんて男はいなくなるからにゃ~。これで公認だね~♪」ニコニコ

魔姫「なっ……」

猫耳「あと……魔姫は、こういうの照れるんだよね」ニーッ

魔姫「こ、こらっ……! このぶりっ子~っ!」

<終わり>






勇者ルート

勇者「お、お、俺でいいんですか!?」

魔姫「えぇ。観劇のチケット2枚頂いたから…もしかして嫌い?」

勇者「とんでもありませんっ! ほとんど見たことないけど、魔姫さんと一緒なら!!」

魔姫「そう。じゃあ明後日、お洒落して行くわ」

勇者「お、お洒落っ!?」

魔姫「そうよ。……せっかくの、ほら、デート……なんだし」

勇者「~っ……」ボロボロ

魔姫「!? な、何で泣くのよ!?」

勇者「すみません……。魔姫さんを前にすると、俺……情緒不安定なんです」

魔姫「『冷静でいられない』とか『感情を乱される』とか、マシな言い回しはないの」ガクッ



魔姫「忘れてたわ、今日は暗黒騎士シリーズの最新刊発売日だった! 売り切れてなければいいけど!」バサバサ

勇者「……」

魔姫「あら、勇者だわ。衣装屋に入ったみたいだけど……声をかけてみようかしら」

カランカラン

魔姫「勇――」

勇者「どう?」

魔姫「………」

魔姫(何、あのカラフルで目がチカチカする格好は)

店員「よ、よくお似合いですが……。うーん、組み合わせをもうちょっとですね」

勇者「そっか。服とかよくわかんないから、任せた!」

店員「ちなみに、どのような目的で着るものでしょうか?」

勇者「観劇に行く為にね!」

魔姫(明後日用だったの!? 何でサーカスみたいな服選ぶのよ!?)

店員「観劇ですか……。スーツが無難かと」

勇者「スーツは動きにくい。客の中に襲撃者がいたら困る」

店員「しゅ、襲撃者!?」

魔姫(……考えられるわね、勇者なら)

店員「なら、こちらの伸縮性素材のスーツは如何でしょうか」

勇者「ふむ……。着心地は悪くない。ただ……」

店員「ただ?」

勇者「似合わんな。俺の顔がショボすぎる」

店員「い、いえ……そんなことは」

魔姫(店員さん困らせてんじゃないわよ!」

勇者「中の下が無理してお洒落したら駄目だな。だが、魔姫さんに恥はかかせられないし……」ウーン

魔姫(別に中の下とは思わないけど……。でも、私の為に真剣に選んでくれているわ)

勇者「やっぱ勇者といえばコレっしょ! 店員さん、この鎧――」

魔姫「デートに鎧を着ていくバカがいるかーっ!」

勇者「あ、魔姫さん!?」

魔姫「騎士だって休日デートには鎧を脱ぐわよ、鎧が私服じゃあるまいし!」」

勇者「うーん、服のことよくわからなくて……」

魔姫「なら私が選ぶわ。うーん、勇者は体格がいいから……」ジー

勇者「……」ジーン

魔姫「ねぇ勇者はどっちの色が……って、勇者? おーい?」

勇者「……魔姫さんっ!」ガシッ

魔姫「な、何?」

勇者「魔姫さんに服を選んで頂けるなんて、身に余る幸せ! しかし、俺はこの通りのダサ男……。魔姫さんさえ良ければ、これからも俺の服を選んで頂けますか!?」

魔姫「え、ま、まぁ……。し、仕方ないわねぇ! この私にコーデしてもらえるなんて、貴方は本当に幸せな男よ!」

勇者「魔姫さーん。下着なんですが、綿100%のやつよりこういうの履いた方がいいでしょうかー?」

魔姫「それは自分で選びなさい!!」



勇者「魔姫さん、今日はありがとうございました!」

魔姫「沢山買ったわねぇ。いい、絶対柄物と柄物の組み合わせはやめなさいよ?」

勇者「了解です! 組み合わせたらハンターに見てもらおうかな~……」

魔姫「そこまでしなくていいんじゃない。今日買った服なら、そうそう変な組み合わせにならないだろうし」

勇者「いーえ! 魔姫さんとの記念すべき初デートなのですから、手は抜きませんよ!」

魔姫「……ねぇ勇者、ツッコんでもいいかしら?」

勇者「へ? 俺なんかボケました?」

魔姫「この状況が、既にデートだと思わない?」

勇者「」ポトッ

魔姫「……勇者?」

勇者「ぎゃあああぁぁ!! 何てことだ、魔姫さんとの初デートなのにこんなモブみたいな服でええぇぇ!!」

魔姫「いやそこまで取り乱さなくても」

勇者「着替えます! 今すぐ着替えます!」

魔姫「ここで着替えるな……物陰行っても駄目ーっ!!」

<終わり>






あとがき

いちゃラブとは何ぞや。
元は恋愛ゲームを意識して書いたssなので、どのルートもアリで御座います。
このssを本当に乙女ゲーにしたら、王子ルートとかも隠しでありそうですね。
posted by ぽんざれす at 18:20| Comment(0) | スピンオフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月18日

魔姫「捕まえてごらんなさい、色男」/勇者ルート

本編はこちら


その少年が神童と呼ばれたのは、いつ頃からか――

魔物『ガアァッ!』

王子『ひっ!』

ダダダッ

『王子、伏せろ――ッ!!』

王子『!!』

出生、血筋――どれを取っても、彼に『特別』なものなど無かった。

『でりゃあぁ――ッ!!』ザシュッ

魔物『グアアアァァ』

だが平凡な少年は、やがてこう呼ばれるようになった。


勇者『討伐完了……立てるか?』


世界を救う英雄――『勇者』と。





魔姫「裏社会ギルド?」

ハンター「あぁ」

ハンターは朝早くこちらを訪れるなり、聞きなれない名前を口にした。

ハンター「俺たちは今、ギルドで残党狩りの依頼を行っているが……裏社会にも同様に、裏社会の人間に仕事を斡旋するギルドが存在する」

猫耳「あぁ聞いたことある。そのギルドを介して、魔物と手を組む人間もいるんだよね」

ハンター「で、だ……その裏社会ギルドの依頼書を入手したのだが……」ピラ

・討伐依頼
標的:魔姫一行
報酬:狩った獲物により変化、詳細は下記

魔姫「で、討伐報酬は……ちょっと嘘でしょ! 勇者が私より高いのはわかるけど、3倍はないでしょ3倍は!」

ハンター「俺なんてお前より3割少ないんだからな……」

猫耳「皆はマトモな額だからいいよ…。僕なんかワンコインだよ……」

魔姫「この値付けは正直納得できないけど……この値段なら、ギルドの依頼を見た連中がこぞって勇者を襲うんじゃない?」

ハンター「……それだが、既にその事態は起こっているかもしれん」

魔姫「……どういうこと?」

ハンター「今朝、勇者の家を訪れたのだが、応答がなかった。しかし扉に鍵がかかっておらず、不審に思い開けると……入口に、この依頼書が落ちていた」

魔姫「!! じゃあ、まさか……」

猫耳「勇者はギルドの依頼を受けた奴から襲撃を受けて……」

ハンター「この依頼書は、恐らくそいつが落としたものだろうな」

魔姫「大変じゃない! こんなとこでお喋りしてる場合じゃないわ!!」

ハンター「だが、勇者がどこにいるかわからん。すぐに通報したから、今頃兵士たちが勇者を探しているだろうが……」

猫耳「うにゃあ……魔姫も討伐依頼されてる身だよ。今は下手に動かない方がいいかも」

魔姫「でも……」

ハンター「勇者は強い。あいつが自力で何ともできない状況というのは……俺たちでは微力にすらならん」

魔姫「……」

魔姫(勇者……)


助手「失礼します!! ハンター様っ!!」バァン

魔姫「!!」

ハンター「助手、どうした!」

助手「勇者様が……勇者様が……ッ!!」

魔姫「……!!」





ワーワー

<まさか勇者様が……
<裏社会ギルドだって?
<物騒ねぇ……

魔姫「……」

ハンター「魔姫。気落ちするな」

魔姫「だって…だって……ッ!! 勇者が!!」

ワーワー


<キャー勇者様ー! 素敵ー!

勇者「はっはっは、ありがとう!」

<でも流石ですね勇者様!
<まさか、たった1人で裏社会ギルドを潰すなんて!


魔姫「悔しいいぃぃ!! 私達が情報を知った時には、勇者はまた1つ武勇伝を増やしていたなんて!!」

ハンター「言うな……。惨めになる」

猫耳「にゃー……ドアの鍵は締め忘れてただけなんだねぇ」


勇者「あ、魔姫さんとオマケ2人! おはようさんです!」

魔姫「勇者、あんたねえぇ!! 何か言ってから行きなさいよ、心配したでしょ!!」

勇者「えっ!! ま、魔姫さんが、俺の心配を……感激だああぁぁ!!」

魔姫「感激してないで、何で黙って行ったのか説明しなさい!!」

勇者「はい、魔姫さん! こんなタダ働きは、俺1人でチャッチャと済ませようと思ったからです!!」ビシッ

魔姫「私はお金目当てで残党狩りしてるわけじゃないのよ!! 名声独り占めなんてズルイじゃないの!」

勇者「あはは、魔姫さん何をおっしゃっているんですか。魔姫さんは世界で最も尊い女性じゃありませんか!」

魔姫「誤魔化すなあぁ――ッ!!」


ハンター「いや……誤魔化しじゃなくて本気だな」

猫耳「激怒状態の魔姫に動じないのは勇者だけだにゃー……」


魔姫「ぜぇっぜぇっ」

ハンター「勇者、裏社会ギルドの情報はどこで入手した?」

勇者「友達に聞いたんだよ。ほら俺って交友関係広いからさ」

ハンター「そうか。だが俺たちはパーティーだ、危険なことをする時は一言伝えて行け」

勇者「危険なこと……? うーん、俺にとって危険なことってそうそうないしなぁ」

ハンター「あのな……」

魔姫「よぉー…く、わかったわ」

勇者「はい?」

魔姫「勇者にとって、私達は頼りない仲間なのね! フン!!」スタスタ

勇者「あぁっ、魔姫さん! 誤解です、貴方は誰よりも強く美しく気高い!!」

ハンター「どうでもいいが、周囲に人がいるんだぞ」

<クスクス、もう勇者様ったらー



猫耳「ま、魔姫、待ってよぉ。勇者だって多分そんなつもりじゃ……」

魔姫「えぇ、そうでしょうね」

猫耳「うにゃー……そりゃまぁ名声独り占めかもしれないけど……」

魔姫「それは本気で言ったわけじゃないわ」

猫耳「だと思った。魔姫、何でそんなに怒っているの?」

魔姫「だって……」


キャーキャー

勇者「サイン? 俺にジャンケンで勝った人だけねー」

<うわー勇者様、字きたねー

勇者「うっせぇよ! 英雄様のサインだからな、プレミアつくぞ!」ハハハ


魔姫「……」

届かない。あまりにも遠すぎる。
だからこそ勇者にイライラしてしまう。これは私の身勝手――





>翌日・城前広場


猫耳「チラシ配ってた。音楽の国で祭典があるんだって」

魔姫「どんなことをするのかしら」

ハンター「昔、参加したことがあるな…。まぁ簡単に言うと音楽祭だ。その日は国中が音楽に包まれる」

魔姫「あら面白そうじゃない。人間の作る音楽は好きよ」

猫耳「オルゴールとか売ってるといいね~」

ハンター「露店が出ているはず……あ、勇者が戻ってきたぞ」


勇者「ちぃーす、お待たせ~」

ハンター「勇者。陛下からの呼び出しとは何だったのだ?」

勇者「あー。なんか、これ押し付けられた」パカ

猫耳「これは……」

勇者が開いた箱の中では、緑色の宝石がきらきら光っていた。

魔姫「み、見事なエメラルドだわ……!」

ハンター「大きさからして、俺の給料3ヶ月分くらいだな」

猫耳「勇者凄いね、良かったじゃない!」

勇者「はは……俺、宝石とかよくわからないし」

魔姫「ねぇ、これ……もしかして、ギルドを潰したご褒美じゃない?」

勇者「………え?」

猫耳「きっとそうだよ。だってあれだけ大きなことをしておいて、報酬ナシは割に合わないもん」

ハンター「褒美だと言えばお前は拒否するだろうから、押し付けたんだろうな」

勇者「………」

魔姫「素直に受け取っておきなさい。褒美を突き返されちゃ、王様の面目丸つぶれよ」

勇者「そういうことなら……魔姫さん、受け取って下さい」

魔姫「……え?」

猫耳&ハンター「!?」

勇者「この宝石が相応しいのは、俺ではなく、貴方だ。魔姫さんならこの宝石を、より輝かせられると思うんだ」

魔姫「う、受け取れないわ! だってギルドを潰したのは貴方であって……」

勇者「魔姫さんが狙われているんじゃなかったら、俺は裏社会ギルドまでたどり着けなかった。だから…魔姫さん、受け取って下さい」

魔姫「~っ……」

ハンター「くっ。宝石プラス口説き文句……見事に女のツボを突いてやがる!」

猫耳「うにゃあ……! 魔姫が陥落する……ッ!!」

勇者「はい、魔姫さん。俺が持ってても、引き出しの奥底で眠らせるだけなんで」グイ

魔姫「あ……ありが、とう……」

勇者「どういたしまして」ニコ

ハンター「……勝てる気がしない」ガクッ

猫耳「実力で得られるものは大きい……ッ!」ガクッ

勇者「あ、猫耳! それ、音楽の国の祭典のチラシじゃん! 俺、あの祭典好きなんよ~!!」

猫耳「あ、うん。面白そうだな~って皆で話してたの」

勇者「面白いぜぇ~。夜のダンスパーティーなんか、最っ高にムードあって!」

魔姫(ダンスパーティー……)


~魔姫の頭の中~

魔姫「私、ダンスは得意なのよ。一緒に踊ってくれる殿方がいれば、喜んで参加するのだけれど……」

勇者「魔姫さん……俺は立候補できない。貴方のような美しくて完璧な女性と踊るなんて、俺には……!」

魔姫「構わないわ、勇者」

勇者「えっ!」

魔姫「素敵なエメラルドを頂いたんですもの。そのお礼だと思いなさい」

勇者「お、おおぉ……! 感激だあぁ、美しくて完璧な魔姫さんとダンスができるなんて!!」

~終了~


魔姫(……な~んてね! た、ただのお礼だし!)

魔姫「ねぇ、勇」

勇者「よし! じゃあ行こうぜ、全員で!!」

魔姫「………」

勇者「俺、こう見えてダンスは得意なんだよな~。阿波踊りってやつ! あ ホイサホイサ~ってね」

ハンター「……おい勇者、後ろ見ろ」

勇者「へ?」クルッ

魔姫「おほほ、当日楽しみにしてるわね~」ゴゴゴゴ

勇者「あ、はい! 俺も楽しみにしてます、魔姫さん!」

ハンター(と、鳥肌が……!)

魔姫「じゃあね。帰るわよ猫」ゴゴゴゴ

猫耳「う、うん……」


勇者「魔姫さん、お腹空いたのかねー?」

ハンター「……お前がモテない理由がよくわかった」





>屋敷


魔姫「もーっ、やっぱり勇者腹立つーっ!!」ジタバタ

猫耳「喧嘩はハンターとの方が多いのにね。どこが腹立つの?」

魔姫「何か……悔しいの~っ! 強いくせに天然で心広くて無欲で、何なのよっ!!」

猫耳「あー……それは嫉妬だねぇ。劣等感だよ」

魔姫「あぁもう、何で私が嫉妬しないといけないのよっ! 勇者めっ!」

猫耳「可哀想な勇者……。好きな女の子に張り合われるなんて……」

魔姫「好きな女の子ぉ~?」

猫耳(あっ!! ヤバッ!!)

魔姫「だったらねぇ、ちゃんと口説きなさいよね! あいつがやってる賞賛は、ただのミーハーよ! 肝心な時にチャンス逃すんじゃないわよ!!」

猫耳「……え?」

魔姫「何なのよぉ~……あれが草食系ってやつなの~……?」ウーン

猫耳「……ねぇ、魔姫」

魔姫「何よ」

猫耳「もしかして……気付いてる? 勇者の気持ち……」

魔姫「あんなに露骨なの、気付かない方がどうかしてるわよ」

猫耳(だよねー)

魔姫「だけど気持ちがあるだけじゃ、駄目なのよ……」

猫耳「勇者は行動もしてるよ。魔姫を守る為にギルドを潰したり、宝石をくれたり……僕やハンターじゃ、できないよ」

魔姫「……そうなんだけどね」

素直に喜ぶことができない。
そればかりか、悔しいという気持ちが一杯で。

こんなにして貰って素直に喜べないなんて――そんな自分がワガママでイヤになる。


猫耳「魔姫はワガママだにゃ~」

魔姫「~っ…自覚してても、言われるのは腹立つわねぇ……」

猫耳「僕は魔姫のワガママに慣れてるけどさぁ…勇者はいつまで辛抱できるかにゃ~?」

魔姫「……どういうことよ」

猫耳「勇者の周りには、優しくて素直で勇者を好きな女の子が沢山いるよ。好きな子がいつまでもつれなかったら、誘惑に乗るかも……」

魔姫「初耳なんだけど! 勇者を好きな女の子が沢山!?」

猫耳「そりゃ世界的な英雄で、交友関係も広い勇者だからにゃ~」

魔姫「~っ……」

猫耳「本人は激ニブだから気付いてないかもしれないけど、それなら女の子達だってアピール方法変えてくるだろうし……」

魔姫「……何が言いたいの」

猫耳「さぁ?」ニコ

魔姫「わかったわよ! ちょっと出かけてくるわ!」

猫耳「行ってらっしゃ~い♪」





>勇者の家の前


魔姫(とはいえ、行って何を言うべきか……)

魔姫(あら無用心ね、カーテン開きっぱなし……って、勇者?)


勇者「………」

兵士「………」


魔姫(兵士と何か話してるわ。後にした方がいいかしら)


勇者「………!!」


魔姫(……? 何か深刻そうね……?)


勇者「じゃあ……悪魔王は生きてるのか!?」


魔姫「……っ!?」


兵士「それは何とも……ですが城の司祭が、奴の気配を強く感じると言っており……」

勇者「わかった、俺が行く。杞憂でないなら、何か起こる前に叩かないとな」

兵士「お仲間に知らせなくてよろしいのですか?」

勇者「あぁ、俺1人でちゃっちゃと済ますよ」ガチャ

タッタッ……


魔姫「……」

魔姫「何よ、それ……。冗談じゃないわ、また置いてけぼりにされてたまるもんですか!」





>城


勇者「敵の気配はないな」

兵士「はい、侵入の形跡もありません。しかし相手が悪魔王ともあれば、もしかしたら……」

勇者「悪魔王を倒したバルコニーに行ってみる。他の奴らは避難していてほしい」

兵士「ですが、援護は……」

勇者「援護はいいや。俺は協力して戦うってのが苦手なもんで、任せてほしい」

兵士「かしこまりました。健闘を祈ります」



勇者「さーて……確かここだったな、悪魔王をブッ殺したのは」

"ククク……"

勇者「!!」バッ

勇者(黒いもや……これは悪魔王の……!)

勇者「悪魔王!! お前なのか!」

"………"

勇者「……?」

"………!!"バッ

勇者「わっ!」ヒョイ

シュバババッ

勇者(くっ、俺に明確な殺意を持ってやがる……あの時仕留め損なってたのか!)

勇者「だとしたら俺の責任だな……今度こそ、仕留めてやるよ!!」バッ


ばさばさっ

魔姫(勇者が戦ってる…! あのもや、悪魔王の力を感じるわ)

魔姫(そういえば、死後に"呪い"を産む魔物が稀にいるけど……悪魔王も、そうだったのね)


勇者「でりゃあぁ――っ!」ズバッ

勇者「はんっ! 悪魔王ごときが俺に一矢報いようなんぞ、百万年早――」

ビュンッ

勇者「うわっ!!」

勇者「はー……流石に数が多いな。切るだけの単純作業じゃ飽きるんですけどー!」


魔姫「なら、手伝いましょうか?」

勇者「わわっ!? 魔姫さん!?」

魔姫「また1人で動いたわね。後でお説教よ」

勇者「魔姫さん、危険です! 早く避難を――」

ビュンッ

魔姫「お断りよっ!!」バチバチイイィィッ

勇者「……っ!」

魔姫「貴方、やっぱり私達を信頼していないの? こういう時はね――」

勇者「魔姫さん、伏せてっ!!」

魔姫「……えっ?」

ビュンッ

魔姫「!!」

魔姫(嘘……私の魔法攻撃じゃ、倒せてなかっ……)

勇者「このーっ!」バッ

魔姫「!!」

ブォンッ

勇者「……っう!!」

魔姫「勇者、大丈夫!?」

勇者「だ、大丈夫……! それより敵は全滅していない。魔姫さん、上に避難していてくれないっすか」

魔姫「けど……」

勇者「頼みます! 後で、いくらでも説教は聞くんで!」

魔姫「……わかった」


勇者「おらあああぁぁぁ!!」


魔姫(……情けないけど、私では勇者の足を引っ張るだけだわ)


勇者「ハァ、ハァ……これで最後だ……。でりゃあぁっ!!」

ズバッ――

勇者「はぁ…終わった……」

魔姫「勇者、お疲れ様。ごめんなさい、邪魔をして……」

勇者「はは、いいんすよ。ふぅ…数が多くて気が滅入ってたけど、魔姫さんのお顔を見れたお陰…で……」ガクッ

魔姫「勇者!?」

勇者「だ、大丈夫、です……。疲れているだけだから……。ハァ、ハァ」

魔姫「ゆ、勇者。その腕……」

勇者「ん……っう!?」


魔姫(勇者の左腕は、黒いもやに覆われていた――そこは勇者が攻撃を喰らった部位。嫌な予感がした)





>勇者の家


勇者「ハァ、ハァ……」

猫耳「うにゃー……勇者の顔色がどんどん青白くなっているよ……」

助手「……」

魔姫「ど、どう、助手……」

助手「……まずいことになりましたね」

ハンター「どうまずいのだ?」

助手「今回発生したもやは、悪魔王の死後に発生した呪いです。呪いそのものに意思はないものの、本能的に勇者様に襲いかかったのでしょう」

魔姫「単刀直入に聞くけど、勇者の腕はどうなってしまうの?」

助手「……悪魔王の特性を覚えていらっしゃいますか?」

魔姫「悪魔王の……?」

助手「奴は王子様に憑依し、身柄を乗っ取った。そして勇者様の腕も……悪魔王に侵食されています」

魔姫「!!」

ハンター「では…侵食が進めば、勇者が悪魔王に身柄を乗っ取られるのか!?」

助手「今は勇者様の強靭な精神力で、それを食い止めていますが……。それが限界に来れば、恐らく……」

猫耳「そんな……」

魔姫「……っ」

魔姫(わ、私のせいだわ……私が出しゃばらなければ、勇者は……)


勇者「はは。皆、何そんな悲壮感醸し出してるんだよ。心配ないって!」

魔姫「……!」

ハンター「勇者、お前は話を理解して……」

勇者「理解した。このままだと俺、王子の二の舞になるわけだろ?」

ハンター「わかっているなら、何故そんなにお気楽なんだ……!」

勇者「まだ、全身乗っ取られてねーもん。でも、駄目そうだったらさ……」チャキ

猫耳「!! 勇者、剣で何を……」

魔姫「――っ!! やめて勇者! それだけは!!」ガシッ

勇者「……魔姫さん」

ハンター「お前……今、自害しようとしていたのか……?」

勇者「ちげーし。腕を切り落とそうかとね」

ハンター「……っ! 俺たちの見ている前でやるとは、悪趣味な奴だな!」

猫耳「か、関係ないよぅ……。僕たちがいようがいまいが、そんなことやめてよ……」グスグス

勇者「わり。まぁ、そこまで気を落とすなよ」ハハハ

魔姫「……ごめんなさい、勇者………」

勇者「ん?」

魔姫「私のせいで、こんなことに……! どんな形になってもいいから、絶対に償うから!!」

勇者「……頭上げて下さい、魔姫さん」

魔姫「……勇者?」

勇者「償いなんて、必要ない。俺は勇者として生きると決めた時から、どんな命運も受け入れるって決めていました。魔姫さんにそんな顔をさせてしまうことの方が、遥かに俺の心が痛みます」

魔姫「勇者……」

勇者「心配しなくても、俺はそう簡単に侵食されませんから。むしろ根気で勝負して、呪いを追い出してやりますよ!」アハハ

ハンター「根気も何も、呪いに根性などないのだが……」

魔姫「……」クルッ

勇者「……ん、魔姫さん?」

魔姫「………」スタスタ

勇者「あちゃー……魔姫さん泣かせちゃった? 俺、何かまずいことでも言ったかなぁ……」

ハンター「あいつ……」タタッ

猫耳「魔姫……」



ハンター「おい待て!」

魔姫「……何」

ハンター「いや、確かにお前に非はあるが……。お前が自分を責めるのは勇者にとって本位ではない。だから……」

魔姫「慰めなんかいらないわ。それに私……別に泣いてないわよ」

ハンター「そうか……」

魔姫「私は、怒ってるのよ」

ハンター「……は?」

魔姫「ちょっと行ってくるわ! くれぐれも、勇者が変な気起こさないように見張ってて!」バサッ

ハンター「あっ、おい!? どこへ行く!?」


魔姫(呪いの進行を食い止めるには……あれしかないわ!)



ハンター「全く、あいつは何を……なぁ、勇――」

勇者「ハァ、ハァ……」

ハンター「……!? おい、俺が部屋を出てる少しの間に、何があった!?」

勇者「何でもねぇ……ちょっと気が抜けたんだよな……。ハハ……」

猫耳「魔姫の前では、無理していたみたいで……」

ハンター「勇者……何故、そこまで……」

勇者「うーん、何でだろうなぁ。でも理由を言うとしたら――」

こんな気の使い方、魔姫さんは気に入らなくて――きっと俺は、ますます嫌われるだろうけど――


勇者「魔姫さんのこと――好きだから」





>魔王城


魔姫「……ここへ来るのは久しぶりね」

父が倒されるまで、ずっと住んでいた城――懐かしくもあるが、今は思い出に浸っている場合ではない。
迷わずに真っ直ぐ大広間に向かい、立ち止まった。

魔姫「城に眠る亡者の魂よ、私の声を受け入れよ――"開け"」

ゴゴゴ……

魔姫(魔王城の隠し扉。お父様亡き後、この城を探索した人間には見つけられていないようね)

魔姫(この先にある空間は――異世界。お父様には絶対に入ってはいけないと言われていたけど――)

魔姫(ここまで来たら、行くしかないわ!)ダッ

ブオオオォォン

魔姫「うぅん……異世界トリップ、話には聞いてたけど酔うわね……こう、空間がぐにゃっとねじれるような感じが……」

魔姫「……って」


<グオオオォォォ
<ピギャーピギャー
<フワアァンフワアァン


魔姫「う……」タジッ

魔姫(ここに潜むのは魔物ではなく、"異形"……異形の世界なら、私でもアウェイ……)

魔姫(けどひるんでいられないわね……『あれ』がここにあるのは知っているのよ)

<キョエエエェェ

魔姫「っ!」バッ

<ヒョヒョヒョヒョ
<プギャープギャー

魔姫「やっぱりねぇ……探し物ひとつ、そう簡単にできないと思っていたわ。ま、確かに異物を排除するのは生物の本能でしょうね」

<ピュルピュルルルル

魔姫「何言ってるかわかんないわよ。この世界を探索させてもらうわ」バサバサッ

<ヒョゲアアアァァァ!! バッ

魔姫「せりゃああぁぁぁ!!」バチバチバリイイィィッ

<ゴアアアァァァァァ!! バタバタッ

魔姫(数は多いけれど、1匹1匹は大したことないわね。これなら……)

魔姫「悪いけど、侵略させてもらうわ! 私は魔王の末裔だからねっ!!」バチバチッ

<グパアァッ バッ

魔姫「遅いの……よっ!!」バキィ

<ゴフッ

――ゴオオオォォッ

魔姫「――っう!」

<ヒョゴォ! ボコッ

魔姫「痛っ……!!」

魔姫(こんな、モロに物理攻撃喰らったの久しぶりだわ……! けど……)

<グオオオォォォ
<ピギャーピギャー
<フワアァンフワアァン

魔姫(ひるんでる場合じゃないわね……!!)ヨロッ

魔姫「上等……! これくらいの痛みは喰らっておかないと、償いにはならないわね!!」





魔姫「せやあぁ――っ!!」バチバチィッ

<グアアアァァ バタッ

<ギュルルル
<ゴルルルル

魔姫(全く、次から次へと……! 早く目的のものを……!)

ヒュー……サラサラ

魔姫「……! あの木は……」タッタッ ブチッ

魔姫(この手触り……間違いないわ。これが『呪詛の実』ね)

<グオアアァァァ!! バキィ

魔姫「きゃああぁっ!!」ドサッ、ズザザー

魔姫「いったた……」ヨロ…

<ゲギャアアァァ

魔姫「悪いけど、もうこの世界は用済みなのよ! バイバイ!!」バサバサゥ

ヒュンヒュンッ

魔姫(って言って、わかりましたバイバイって言ってくれる相手じゃないわね……まぁいいわ、ひたすら逃げるだけよ)ササッ

魔姫(あとは、この実を勇者の元に――)

バッ

魔姫「!! 追いつかれ――」

バキイイイィィッ

魔姫「――っう!!」

ドサアアァァッ

魔姫「いった……あ、でも。殴り飛ばされた衝撃で、元の世界への出口まで飛ばされたわ」

魔姫「とにかく今は、この世界を出なきゃ……」ズルズル





勇者「うぅん……」

ハンター「苦しそうだな……助手、経過はどうだ?」

助手「侵食が広がってきましたね……。流石の勇者様でも、精神力に歪みが出ているようで……」

猫耳「勇者、負けたら駄目だよ! 勇者は、悪魔王なんかに負けないんだ!」

ハンター「俺たちはお前を信じているんだ。……勿論、魔姫もな」

勇者「う、うぅ……魔姫、さん……」

猫耳「そうだよ、魔姫のこと好きなんだろ!? だったら諦めないで!」

ハンター「これを乗り切ったら……癪だが、お前の恋を応援してやるよ」

勇者「う、うぐぐ……ハァ、ハァ……」

猫耳「うにゃあ……魔姫がここにいれば……」


バァン


魔姫「ただい……ま……」

猫耳「あっ、魔姫!? どこに行――」

ハンター「お、お前!? 何だ、そのボロボロの姿は!?」

魔姫「何てことないわよ……それより、これ……」

猫耳「この実は……」

助手「……呪詛の実」

ハンター「な、何だ。その呪詛の実というのは」

助手「食べれば、一定時間だけ"呪い"の力を得ることができる実ですよ。魔姫様、それをどうなさるおつもりで……」

魔姫「こうするのっ!」

パクッ ゴクリ

猫耳「っ!?」

ハンター「飲んだ!?」

助手「まさか、魔姫様……」

魔姫「毒には毒! 私の呪いの力で、悪魔王の呪いを追い出してやるのよ!」

ハンター「何て無茶苦茶な……。だが、何もやらないよりはマシか」

猫耳「魔姫! 勇者を救ってね!」

魔姫「えぇ!」


魔姫「勇者、ちょっと苦しいかもしれないけど…ごめんねっ!」

勇者「うぅっ!! んぎゃあぁっ!」

助手「勇者様の体内で、呪いの力がぶつかり合っている……これは……」

勇者「がひゃああぁ――ッ!!」ジタバタジタバタ

魔姫「くっ、悪魔王の呪いはやっぱり根強いわ……!!」ブルブル

ハンター「おい、お前も勇者もヤバいじゃないか! やめろ!」

勇者「ぐぎぎ……だっ、大丈夫だから……!!」

ハンター「勇者!?」

勇者「それよりハンター……俺のこと、抑えててくれ……!! 多少、殴ってもいい!!」

ハンター「勇者……くっ、わかった!」

勇者「ありが……んぎゃああぁぁ、あっ、ああぁ――ッ!!」

魔姫「……っ!!」ブルブル

猫耳「魔姫……」


魔姫(付け焼刃の力で、悪魔王を追い払うのは難解……)

勇者「んっ、んんっ……はぁっ、はぁっ」

魔姫(くっ。やっぱり……私じゃ、駄目なの!?)


"俺は、魔姫さんを信じる……"


魔姫「……え?」


"魔姫さんの努力を無駄にしない……俺は絶対に、悪魔王を追い払う!"


魔姫「……」

魔姫(勇者の、声?)

勇者「ぐぎぎ、あああぁ……!!」

魔姫(勇者は私を信じて、意思の力で悪魔王を拒絶してくれている……)

勇者「あああぁ、んああぁ、お、おぉ……んっ!!」

魔姫(だったら、私が諦めるわけにはいかない!!)


"悪魔王、テメェ……"


魔姫(勇者の、心の声が聞こえる)


"王子の体を弄んだ上、テメェは……!"
"魔姫さんのことまで苦しめやがって! 絶対に許さねぇからな!!"
"今度こそ、お前を滅ぼしてやる! お前はもう1度、俺に殺されるんだ!"


魔姫(こんな時にまで、自分のことは後回し……バカね、本当に)

魔姫(私、貴方のそういうところ大嫌い。何だか腹が立つのよ)

魔姫(だけどね――)


勇者「ぐぐ……負ける、もんか……ッ!!」

魔姫(そうやって溢れ出る、貴方の男気が、私――)


猫耳「い、今、どんな状態なの!?」

助手「少しずつですが、悪魔王の呪いが弱まっています。……しかし」

猫耳「しかし?」

助手「勇者様の精神力が限界に近い……勇者様が気を失っては、形勢逆転に――」


勇者「ハァ、ハァ――」

魔姫「あと少し……あと少しなのに……ッ!!」


"俺――絶、対に、諦め――"


魔姫「そうよ! 諦めるんじゃないわよ……ッ!!」

勇者「んっ、ハァ……」


"悪魔王の、好きには――魔姫、さん――……"


魔姫「……っ!」


"――俺、魔姫さんの……こと――……"


魔姫(そんな、最後の言葉みたな――)

勇者「…はぁっ」カクン


"魔、姫さんの、こと――……好――"


魔姫「――勇者っ!!」

勇者「え――っ!?」


ハンター「……!」

助手「魔姫、様……」

猫耳「え、嘘……き、き……」


魔姫「――」

勇者「………」

勇者(魔姫さんの、唇が………)

魔姫「……ハァッ。勇者」

勇者「ま、魔姫、さん……」ブルブル

魔姫「そう簡単に、諦めるんじゃ……」

勇者「んがあああぁぁ――ッ!!」ゴオオォォォ

魔姫「!?」

猫耳「!?」

ハンター「!?」


勇者「……フゥッ」

助手「………悪魔王の呪いが、消え去りました」

勇者「はー……スッキリ!」

ハンター「は? ……そんなに簡単な話だったのか?」

猫耳「……う、うん、良かったね! おめでとう!」

勇者「ありがとう!」

魔姫「ちょっ……何よ、このドラマ性のない終わり方は!? せっかく人前で……ちょっと勇者ぁ!」

勇者「魔姫さん、ありがとうございます! 魔姫さんの祝福を受けたなら、俺は神をも越えられますよ!」

魔姫「あっさりしすぎなのよ! もうちょっとねぇ……」

勇者「あ……すみません、魔姫さん。フワァ……」

魔姫「え?」

勇者「急激に眠気が……。ちょっと寝かせて下さい」

魔姫「え、ちょっ、待ちなさい、話はまだ……」

勇者「グガー」

猫耳「寝つきがいいねぇ。そういえば昨晩から寝てなかったもんね」

ハンター「……モテないわけだ」ハァ

魔姫「~っ……」

魔姫「やっぱり、勇者なんか嫌いーっ!!」





魔姫「……はぁ」

魔姫(良かったけど……何か、もやもやする)

魔姫(勇者って本当に何なのよ……わけ、わかんない)


勇者「ご心配おかけしました、魔姫さん!」

魔姫「!」

勇者「お陰で気分爽快、スッキリです! 魔姫さんは俺の命の恩人だぁ!」

魔姫「……そう、良かったわ」

勇者「それより、魔姫さんお怪我は大丈夫ですか!? さっきは朦朧としてたけど、ボロボロだったじゃないですか!」

魔姫「大したことないわ……。助手の回復魔法で何とかなる程度」

勇者「そうですか、良かったー……。魔姫さんの体に傷でも残ったらどうしようかと」

魔姫「……元々は、私のせいなのよ! バカなんじゃないの!」

勇者「へ?」

魔姫「私が怪我をしたのは自業自得! 貴方は私のせいで呪われた被害者! わかってるの!?」

勇者「えー、と……。呪われたのは悪魔王のせいであって……」

魔姫「ずっとそうよね、貴方は私を少しも責めない! 貴方の好意は好意じゃなくて、盲目的信仰なのよ! 嬉しくないわ!」

勇者「……魔姫さん、怒ってます?」

魔姫「怒ってるわよ、ずーっとね!」

勇者「そっかー……無自覚で怒らせるなんて、駄目だなぁ」ハハ

魔姫「何で笑うのよ!」

勇者「だって……俺は"勇者"だから」

魔姫「!」

勇者「誰かの為に戦って、誰かを守って、誰かの為に傷ついて……俺はそれが嫌だと思ったことないから。でも、魔姫さんはそんな俺が嫌なんですね」

魔姫「嫌……っていうか、理解できない。どうして、そういう風に思えるの」

勇者「どうして……。うーん。その答えは俺にもわからないけど、これだけは言えます」


勇者は自信満々の顔で言った。


勇者「俺は特別な出生も血筋もない、平凡な人間でした。そんな俺が"勇者"になれたのは――その価値観のお陰だと思っています」

魔姫「……やっぱり天才って変な人が多いわね。貴方は大の変人よ」グスグス

勇者「……魔姫さん、泣いてます?」

魔姫「何で、貴方なんかの為に泣かないといけないのよ……。私は、自分が許せないのよ……。貴方が、私を責めてくれないから……」グスッ

勇者「うーん……どうしたことか。魔姫さんを責めるわけにはいかないし……」

魔姫「私に聞いてどうするのよ! バカッ!」

勇者「う、うーん……」


勇者はバカ。
比べたくないけど――猫やハンターなら、もっと上手く対処してくると思う。

こうやって、鈍感で、裏表がなくて――そういう勇者だから、私はきっと――


勇者「……魔姫さん! 約束します!」

魔姫「――え?」

勇者「俺はもっと強くなります! で、魔姫さんを守れて、俺自身も傷つかないような! そんな男になります!」

魔姫「………」


わかってない。根本的に、わかってない。もう本当に、バカ。


魔姫「ふ、ふふ……」

勇者「……魔姫さん? 何か可笑し――」

魔姫「ふざけんじゃないわよーっ!! 私は守られヒロインじゃないのよっ!!」

勇者「うわあぁ!?」

魔姫「……でも、そうね」


行儀が悪いと思いつつ、私はビシッと勇者を指差した。


魔姫「……負けないから、勇者。私――貴方に並べるようになってみせるわ」

勇者「……はい?」ポカン

魔姫「でも、そう簡単に追い越されるんじゃないわよ! じゃないと、惚れ甲斐がないからね」

勇者「えーと、むしろ俺が魔姫さんに並べる男になる方が……って、ん? 惚れ、甲斐……?」

魔姫「ぐだぐだうるさい!」グイッ

勇者「――えっ」


チュッ


勇者「」

魔姫「……まずは一勝、ね」ニヤリ

勇者「ま、ま、魔姫さん……」ブルブル

魔姫「何よ」

勇者「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ」ゴオオォォォ

魔姫「!?」

勇者「落ち着いていられねええぇぇ!! 恥ずかしいいいいぃぃ!!」ダーッ

魔姫「あっ、ちょっ!? 待ちなさい!」


とことんバカ。……こっちが追いかけられているんだか、追っているんだか、わかりやしない。
だけど――


勇者「俺は……魔姫さんのこと、好きだぁ――っ!!」

魔姫「知ってるわよ、バカーっ!」


こんなバカに惚れた私も、ウルトラ級のバカ女。
これから前途多難だとは思うけれど……。


魔姫「絶対に捕まえてやるんだから! 覚悟しなさいよっ!!」


Fin



あとがき

本編で最も魔姫とフラグ立ってない男だったので、苦労しました~…。
ステータスが強さに全振りで他はアレですが、基本的には善意の人です。

乙女ゲーssでも言ってましたね、「勇者はどのルートでもいい人」と。……いい人止まりとか言ってはいけない。

男3人の中で唯一魔姫より強いんですが、魔姫は素直に守られてくれる子じゃないから難儀ですね!
posted by ぽんざれす at 13:10| Comment(0) | スピンオフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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