弓師「はぁーっ!」
敵兵「カハッ」
弓師「あと1人……!!」
勇者の国の首都が制圧されて、約半年。
勇者と重騎士がやられたという報せは、世界中に大きな打撃を与えた。しかもその張本人が、同じ英雄一行の僧侶だというのだ。
魔物の何割かは僧侶に下ったが、かつての魔王に比べ兵の数は少ないらしく、少しずつ国を制圧していく戦略を取っていた。
英雄不在の世の中で僧侶に恐れを抱き、彼の軍門下に下る国も多数あった。
今や、僧侶に歯向かう者の方が劣勢という状況だ。
弓師(見つけた)
彼女も、そんな劣勢側の1人だった。
僧侶に立ち向かう意思のある者がそういう組織を立ち上げ、彼女もそこに属していた。
弓師(ここであいつを逃したら……あいつが危ない)
僧侶傘下の者達との戦闘後、彼女は逃走した敵を独断で追っていた。
何せ組織は偶然にも、ひとつの隊と鉢合わせてしまったのだ。ここで敵を逃がしてしまえば、居場所が割れてしまう。
リーダー『組織が本当に危険になった時、俺を見捨ててくれて構わない』
彼の言葉を思い出す。……今はまだ、その時ではない。そんな時、やってくるはずがない。
弓師(……見つけた!)
残り1人の姿を見つける。
逃げられる前に仕留めようと、木の陰から狙いを定める。……が。
――ドゴォン
弓師「っ!?」
木が衝撃で倒れてきた。魔法を放たれたようだ。
それに体がぶつかり、大きく吹っ飛ばされる。
弓師「ぐっ……」
敵兵「お前1人か? なら、手っ取り早いな」
敵兵がぞろぞろと出てくる。しまった、別の隊と合流していたか。
逃走……いや、無理だ。今のダメージで、逃げきれる気がしない。
「下っ端1人殺したところで、何にもならねぇな」
「なら、吐かせてはどうだ? ……なかなか、楽しめそうな相手だ」
「そうだな。身なりはこんなだが、面は悪くない」
――ゲスどもが。心まで僧侶に穢されたか、それとも元々の性質なのか。どちらにせよ、同じ人間として情もわかない。
弓師(ここは、自決する時……?)
手に持つ短刀をぎゅっと握る。勿論、怖い。怖いが、捕まればもっと酷い目にあう。
覚悟しろ。じゃないと……。
――どおおぉぉん
「がはあぁぁっ!!」
弓師「……え?」
文字通り、兵達が空の彼方へ吹っ飛んでいった。敵の魔法士も、ガードし切れなかった様子だ。
まさか、誰かが助けに来てくれたのだろうか?
キョロキョロ見回し、電撃を放った主を探す。
弓師「……あっ」
いた。
少女「……」
小柄な少女だ。長い髪、黒いドレス、不健康に白い肌――生気のない目。まるで人形のような雰囲気だ。
歳は、自分と同じくらいだろうか? 随分と、浮世離れした雰囲気だが……。
弓師「あ、ありがとう。助かったわ」
少女「別に」
弓師「えっと……貴方も、どこかの反乱軍の方?」
少女「違う」
あまりの無愛想さに気まずさを感じる。
駄目だ。感謝はしているが、苦手な雰囲気がする。きっと彼女も自分に用がないだろうし、早く立ち去った方が……。
リーダー「弓師! 大丈夫か!」
弓師「あっ」
その時、10人ほど引き連れたリーダーがやってきた。
弓師「ど、どうしたの」
リーダー「ばか、お前が突っ走るから。……来るのが遅かったみたいだけど」
弓師「ごめんなさい。彼女が助けてくれて……」
リーダー「ほう?」
お礼を言おうとしたのか、リーダーが少女の方を見た。
そして――目が合った2人は、互いに驚いていた。
リーダー「貴方は……」
少女「……次男さん? 剣士さんの、弟の」
弓師「………え?」
*
剣士さんを失ったあの日から、私は並行世界で過ごしていた。
滅びた世界は、敵も、味方も、誰もいなかった。それだけに、やりたい放題はできるのだけど。
魔王『覇あああぁぁ――ッッ!!』
どーん。魔王の魔法が地面をえぐる。
魔力は私のなんだけど、魔王は好き勝手使うんだよね。
魔王『どうだ、また威力が上がったぞ! お前はのほほんと過ごしているだけでレベルアップだ、こんなに理想的なことはあるまい!』
少女「ばぁか。どうするの、強くなって」
魔王『何かの為に強くなるのではなく、強くなる為に何かをなす男なのだ、俺は』フッ
少女「意味わからん」
元々戦いが嫌いだったくせに、こうなれたのが凄い。自分の世界を背負って、魔物たちを率いる立場になれば、変わらざるを得なかったのだろう。
少女「結局負けたけどねー」
魔王『もっと何かこう、ないのか!?』
少女「ないない」
まぁ、好きにすればいい。私に目的はない。
魔王が何をしようが、別にどうだっていい。
魔王『腹減った』
少女「めんどくさい……。野菜まるかじりでいいでしょ」
魔王『いやだ! 何か作ってくれ!』
誰が作ると思ってんの。あー、腹立つ。
適当にスープを作ったら、魔王は喜んで飲んだ。味覚を共有しているのに、食べることへの感じ方は全然違うみたい。
魔王『もう食材のストックがないな。そろそろ、取りに行こう』
少女「はいはい……」
この死んだ世界では作物が育たないので、食料の補給の時だけは、元の世界に戻る。
何て便利な移動能力。……僧侶から逃げる時、使えれば良かったのだけど。
魔王『これは僧侶にやられそうになった時、死に物狂いで生まれた能力だからな。逃亡中では使えなかったんだ』
だ、そうだ。
とにかく死に物狂いで生まれたその能力で、ごはんを取りに行くことになった。
それで、たまたま女の子が大勢の男に囲まれているのを見かけた。
リーダー「貴方は……」
少女「……次男さん? 剣士さんの、弟の」
そして、まさかの再会をしてしまったのだ。
・
・
・
リーダー「無事でしたか。行方不明とお聞きしましたが……」
少女「は、はい。次男さんも……」
リーダー「お陰様で。俺も今は追われる身ですが、僧侶に対抗する組織を立ち上げました。……まだ、勝てる見込みはありませんが」
少女「……あの、お兄さんのことは」
リーダー「はい……。俺もまだ、信じられません……。でも父も兄も、最後まで諦めなかったはずです。だから俺も、諦めません」
少女「……そう」
まっすぐな眼差しが、剣士さんにそっくりだ。
だけど服はツギハギだし、体も傷だらけ。それは彼の仲間もだ。よほど苦労してきただろうに、前向きな姿勢に頭が下がる。
リーダー「少女さんは、今までどうしていたんですか?」
少女「隠れてました」
リーダー「お1人で?」
少女「はい」
次男さんが怪訝な顔をする。そりゃまぁ、信じられない話だよね。
でも本当のことを話すのはややこしいので、こう言ってやりすごすしかないだろう。
少女「それでは私はこれで……」ソソクサ
半年の引きこもりのせいか、人と話すのは3分が限界だ。
多少不審に思われても、ここは撤退すべきだろう。
リーダー「待って少女さん」
少女「っ!?」ビクッ
リーダー「お1人なら、うちの組織にいてはどうですか?」
少女「ふぉっ」
組織。人がいっぱい。怖い。無理。
リーダー「僧侶は今でも、少女さんを探しています。貴方が捕まれば、世界が危険だ」
少女「な、なな何ゆえ!?」
リーダー「あぁ……存じませんでしたか。僧侶は邪神側に寝返ったのですが、邪神の力は完全ではないんです。なので邪神復活の為、英雄の子孫を生贄にしようと画策しているようです」
魔王『神族にとって力になるのは信仰だからな。人間側にとって希望となり得る奴ほど、生贄としての力は絶大だ』
リーダー「父や兄、勇者さんは強すぎて、生け捕りにできなかったようですが……。俺や少女さんは、危険です」
少女「……」
リーダー「これでも、うちの組織は戦力と情報力があります。1番安全なのは、俺達といることだと思います」
並行世界の方が安全なんだけどなー。
魔王『いいじゃないか、話に乗れば』
……貴方も邪神側じゃないの?
魔王『確かにそうだが、僧侶と組む気はない。俺には俺なりのやり方がある』
あぁ、そう。それはいいとして、何で話に乗るの?
魔王『今の俺の力があれば、こっちの世界にいても十分戦える。それにこいつ……剣士の弟を見捨てるわけにもいくまい?』
……
リーダー「少女さん?」
少女「あ、えと、その、えーと……わ、わかり、ましたっ」アワワ
リーダー「そうですか、そう言って頂けて何よりです。安心しました……。世界にとってもそうですが、兄さんが守った女性を見捨てるわけにはいきませんから」
少女「……」
リーダー「それじゃあ皆、拠点に戻ろうか。君、先帰って皆に伝えといて」
……良い人だなぁ。剣士さんに似て。
この人達の中でやっていくのか……。まぁ極力人との関わりを避けて、無理そうだったら並行世界に逃げよう。それがいい。
弓師「……」
少女「っ?」
さっきの女の子が、こっち睨んでるんだけど……。え、何、怖い。
関わらないようにしよう……。そそくさ。
*
拠点は森の中にある簡易キャンプだった。頃合を見ては場所を移動しているらしい。
組織の人数は100人くらいか。僧侶と戦うには、心もとない。
リーダー「あそこのテントが女性用で、寝る時は皆で……」
少女「ここでいい……」ガタガタ
リーダー「落ち葉に埋もれている!? いつの間に!!」
<勇者さんの娘さんだって?
<かなりの魔法士らしいぞ
<どれどれー
リーダー「皆が挨拶に来……あれ、少女さん!? どこに!?」キョロキョロ
少女(無理無理無理無理)カサカサ
魔王『芋虫のように落ち葉の下を移動するな!』
リーダー「困ったなぁ。少女さんはどこに……」
?「こちらにいらっしゃるレディじゃないかい?」
少女「!!?」
魔王『見つかったぞ。観念しろ』
リーダー「あ、そこでしたか。いやぁ、わからなかったなぁ」
?「まだまだ未熟だね。気配でわからなきゃダメさ」
リーダー「お恥ずかしい」
魔王『ほら、とっとと頭上げろ』
少女「うぅ~」ガサッ
太陽光がまぶしい。
と、目の前に手が差し出された。顔を上げて、その手の持ち主の顔を見た。
傭兵「はは、面白いレディだ。でも、せっかくの綺麗なドレスが汚れてしまうよ?」
あれ、どこかで見たような……。
魔王『大会の時、決勝で剣士に勝った男だ』
そういえば、そんな人もいたな。
傭兵「んー……もしかして人が怖いのかな、レディ?」
少女「ほげっ」
傭兵「図星のようだ。皆、挨拶は遠慮したまえ。麗しいレディの見目くらい、遠目から覚えられるだろう?」
そう言われた皆は、散り散りになっていった。
この人もこの組織にいたのか。かなりの戦力だし、組織での発言力も強いんだろうな。
魔王『キザ男が……。同じ男として、いけ好かん』ギリリ
でも、助かった。この人数と挨拶してたら、気力がやられるところだった。傭兵さんの気遣いに感謝する。
弓師「挨拶は当然の礼儀だと思うけどな」
少女「ひっ!?」ビクッ
弓師「……」プイッ
少女(さっきから何……)ガーン
魔王『助けてやったのに感じの悪い女だな。まぁ、言ってることは向こうが正しい』
何か一気に憂鬱になった……。
そんなわけで私は、皆さんと距離を置いた場所で過ごしていた。
しばらくして、リーダーさんが1人やってきた。
リーダー「次の作戦で、少女さんの力を借りてもいいでしょうか。魔法士が不足していましてね……」
次男さんは作戦の紙を広げながら説明する。
他の反乱組織が捕まったので、彼らを救出して仲間にしたい、というのが今回の目的だ。
その為に収監施設を襲撃する。施設には既に密偵を送っており、建物の構造は把握しているとのこと。
リーダー「少女さんは安全な場所から、魔法で援護して下されば助かります。危険になったらすぐ逃げて下さい」
随分と気を使ってくれているな……と思ったけど、魔王から突っ込みが入ったので、その言葉をそのまま伝える。
少女「えと……収監施設の警備兵の人数、こちらの倍以上いるみたいですが……」
リーダー「その全てを相手しないよう、迅速に作戦を遂行したいとは思っています」
少女「確実性は、ないんですか」
リーダー「まぁ、ね。彼らと合流すれば味方人数も増えますが……」
魔王『相手も素人じゃないんだぞ、馬鹿者。それに味方人数増やすと言っても、そいつらの武器はどうするんだ。せっかく救出した味方が死ぬことになるぞ、阿呆』
そんなにいっぺんに色々言えるか。
作戦を遂行するには人数が必要だけど、人数を集めるには作戦を成功させなきゃいけない。うーん、どうすればいいの、これ。
リーダー「数字の上では不安でしょうけど、不可能ではないですよ。うちは傭兵さんをはじめ、実力のある方が多数いますから」
少女「そうなんですか?」
リーダー「はい。首都が襲撃された日、剣術大会で凄腕の方々が集まっていたじゃないですか。彼らは今、この組織にいてくれてます」
なるほど。
リーダー「……父と勇者さんは僧侶に挑む前、俺達に避難するよう言ってくれたんです」
少女「お父様達が?」
リーダー「皆、自分も戦うと反論しました。ですが父と勇者さんは嫌な予感がしていたのでしょうね。彼らに市民の方々を保護するよう命じ、2人で僧侶に向かって行きました。……結果的に正解だったかもしれません」
魔王『立ち向かっていたら全滅……しかも次男が僧侶に捕まって、邪神復活だ』
そうだね。私は自分が逃げた時のことしか考えてこなかったけど、次男さんだって色々あったはずだ。
それに私と違って、ずっとこの世界で戦い続けてきたんだ。
リーダー「俺は英雄の息子ということでリーダーやらせてもらってますが、彼らのお陰で今までやってこられたんです」
魔王『今までやってこられたからと、今回も成功するとは限らんがな』
水を差すんじゃない魔王。
魔王『この俺を引き入れたのだから、もっと活用してもらわねば、やり甲斐があるまい』ククク
少女「?」
そして私は魔王の戦略を伝えさせられた。
次男さんはかなり驚いていた。けど私(魔王)の魔法の試し打ちを見せたら、どうやら納得してくれたようだった。
*
>作戦当日
私は襲撃する施設を見下ろせる高台にいた。
ものすごく不安だ。
魔王『不安がる必要はあるまい。ここなら魔法の射程範囲内だし、警備兵が来る前に避難できるだろう』
それは大丈夫だけど、前線に出る人達が……。
魔王『集団戦において犠牲ゼロは理想ではあるが、現実そうはいかないからな』
そういうの慣れてないから、何か……嫌だなぁ。
魔王『お前、よく知らぬ奴を案じることができるほど性格良くないだろ』
あ?
魔王『ともかく、こちらが十分な働きをすれば犠牲は減らせる。俺としても、戦力は減らしたくない』
そうだね。
……そろそろ、作戦開始の狼煙が上がる頃だ。
魔王『あれじゃないか、狼煙。よし構えろ』
少女「うん」
魔力を漲らせ、標的を施設に定める。
攻撃準備は私の役目。
魔王『塵となれ!!』
攻撃は魔王の役目。
狙い通り、施設の壁を外から破壊した。大きな音がこちらまで聞こえ、煙があがる。
魔王『よし、連続して撃つぞ!』
少女「わかってる」
言われた通り、再度魔力を溜め、撃つ。
建物の方からは喧騒と金属音。どうやら前線の人達が攻め入ったようだ。
魔王『味方のいない部分を撃つぞ。敵は混乱するはずだ』
施設の様子はよく見えないが、皆大丈夫だろうか。
魔王『む。敵がこちらに気付いたようだ。魔法士が自分の射程範囲に来ようとしている、避難するぞ』
何度か連撃を放った後、魔王がそれに気付いた。
言われた通り、私はそこから避難する。役目は終わった。
魔王『前方に敵3名が構えているぞ』
少女「えっ!? じゃあ逃げ道を変えないと……」
魔王『大したことない相手だ、一掃しろ』
少女「……」
魔王の言った通り、武器を持った兵が現れた。
兵は私を見つけたと同時、飛びかかってくる。
魔王『やれ!!』
少女「……っ」
言われるまま、魔法攻撃を放った。
近距離からの魔法は効いたみたいで、一擊で兵3人は倒れた。
魔王『さぁ逃げるぞ。ここを抜ければ、味方と合流だ』
少女「……うん」
振り返らずに行く。敵が生きているのか死んでいるのか、わからない。
……何か不思議な気分だ。人を殺めたかもしれないのに、動揺しないとは。
――お前、よく知らぬ奴を案じることができるほど性格良くないだろ
魔王の言う通りだ。
少女(……だからどうしたって話だ)
不毛なことを考えるのはよそう。
*
リーダー「少女さん。ご無事で何よりです」
少女「次男さんこそ」
合流地点に戻った時、次男さん達突入部隊の人達は傷だらけになっていた。
作戦は成功して仲間が増えたらしいが、誰がそうなのかはわからない。
リーダー「あとは交代で周囲を見張りますので、少女さんは休んでいて下さい」
少女「えぇ」
と、皆さんと離れたところに行こうとしたら。
弓師「ねぇ。その子も交代の見張りについていてもらったら」
わー、またこの子だ。
弓師「その子、今回1番安全なとこにいたから、1番元気じゃないの」
リーダー「魔力を回復させる必要があるだろう」
弓師「他の魔法士だってそうよ。何か特別扱いしてない?」
リーダー「彼女が1番消耗しているはずだ。それに彼女はうちの組織にとっては、お客さんのようなものだよ」
弓師「……ふん」
行っちゃった。……何か気まずいなー。見張りくらいやってもいいんだけど。
リーダー「すみません、失礼な奴で。彼女、同じ村出身の幼馴染でして」
少女「そうなんですか」
リーダー「……兄が手紙で貴方のことばかり書いてたから、その……色々と思うことがあるみたいで」
魔王『なるほど。少女は好きな男を奪った敵ということか』
いや剣士さんも私にそんな気持ちないし。そもそも手紙の内容は私のせいじゃないし。
リーダー「なので、あの……」
少女「わかりました、無視します」
リーダー「えっ!? は、はい、そうして下さい」汗タラー
次男さん、様子が変だなー。
魔王『今のは俺でも驚いたぞ……』
*
今回の作戦で私の立ち位置は確立された。
魔王『よし、ここらで逃げるぞ!』
安全な位置から魔法、危険になったら逃げる。これをいくつかの作戦で繰り返す。
不思議なことに、戦場に出ているという実感が沸かないくらい、私自身は危険な場面に遭遇することはなかった。
魔王『ふ。俺のお陰だな』
少女(そうだね。癪だけど)
こんなでも魔王なだけあって、危機察知能力は高いのだ。それも戦いを重ねるごとに現役時代の勘を取り戻していき、今ではかなり調子づいている。
リーダー「少女さん、お疲れ様でした。今日も良い調子でしたね」
少女「はい、お疲れ様でした」
なのだけど……。
弓師「……」ジト
少女(無視、無視)
一部の人からはどんどん嫌われている気がする。
次男さんのお陰か、嫌がらせはされないけど。
魔王『そりゃ誰ともコミュニケーション取らず無愛想にしてて、1番安全なポジションにいて、それなのに活躍はして、特別扱いされて、上の連中から気に入られてるんだから、鼻につくだろうな。同性からは特に』
コミュニケーション取らなきゃいけない意味がわからないし、安全な場所から攻撃するのが1番確実なんだから仕方ないでしょ。
誰に気に入られてるかとか、私は知らないし。
魔王『そういうところだ、嫌われるの』
知るか。
傭兵「レディ、目つきが険しいよ。そういう顔ばっかしてたら、可愛い顔がそういう風になっちゃうよ?」
少女「うわっ」
傭兵「食事を持ってきたよ。君は少し太った方が、より魅力的になる」
少女「ど、どうも」
魔王『ああいう男は女であれば誰にでもああなのだ。お前のような乳臭いガキ、女として見られていないからな』ビキビキ
言われなくたってわかってるっての。
傭兵さんは、私に気軽に声をかけてくる数少ない1人だ。一方的に馴れ馴れしくて、物凄く苦手なんだけど。
傭兵「君はたまに心ここにあらず、って感じになるね」
少女「えっ!? そ、そんなことないです!」アセアセ
傭兵「ははっ、空想癖があるのもミステリアスでいいと思うよ。もしかして、妖精さんでもいるのかな? オーケー。妖精さんが見えるのは、君がピュアな証拠さ」
少女&魔王(何言ってんだコイツ)
傭兵「そんなレディに朗報だよ。次の作戦を成功させれば、個室が貰えるかもしれないよ」
少女「個室?」
傭兵「僧侶と敵対している国から、組織に依頼があってね。その作戦を成功させれば、砦が貰えるそうなんだ」
少女「なるほど」
傭兵「レディは今や組織のリーサルウエポンだからね! 個室を貰うに相応しいよ。そうすれば、妖精さんとじっくり語り合う時間が作れるね」
妖精さんとは今もじっくり語り合ってるけど、ベッドで寝られるのは魅力的だ。
リーサルウエポンか……その役目を全うし、個室を手に入れるよ、妖精さん。
魔王『個室の為に散る、敵の命』
そして中略。
国からの依頼内容は色々と複雑な作戦だったようだけど、私はいつも通り遠くから魔法を撃っていただけだ。
むしろ国からの戦力や武器の支援があったお陰で、いつもよりスムーズに勝利できたらしい。
そして……
リーダー「少女さん、ここが貴方の部屋です。ご自由に使って下さい」
念願の個室が手に入ったあああぁぁ!!
ずっとここに引きこもる! この部屋は私の要塞!
リーダー「この砦を守ることも、今後の我々の仕事になります。少女さんの部屋は見晴らしのいい位置にありますので、場合によってはここから撃って頂く場合も……」
少女「むしろウェルカム」ダラダラ
リーダー「そ、そうですか。それでは幹部同士で話し合いがあるので、これで」
魔王『参加させてもらったらどうだ』
少女「やーだー。ベッドから離れたくなーい」ダラダラ
魔王『化石人類……』
少女「やりたいことあったら、勝手にやって。私は寝てる」
魔王『お前、本当に堕落したな』
堕落で結構。夢も希望もなく、心を寄せていた相手を失った私なんてこんなもんです。
今はその人の弟さんを守るためにいるだけで、私自身は何もしたくありません。
魔王『今のお前を剣士が見たら、何と言うかな』
うっさいな。
魔王の言葉全部無視してたら、そのうち静かになった。それで退屈になって、やがて私の意識は眠り始めた。
・
・
・
剣士『少女さんは偉い! 俺、頑張る子は応援するよ!』
ごめんね剣士さん。頑張れなくなっちゃった。
剣士『俺の夢は、かっこいい男!!』
夢は叶っていたよ、剣士さん。私は貴方に助けて貰えたんだもん。
……何で、私なんだろう。
そんな価値、私になかったじゃない。生きているべきなのは、剣士さんの方じゃない。
自分の足で前に進めない。進みたくない。剣士さんに背中押してもらえなければ、立ち止まっていたい。私はそういう、どうしようもない奴。
・
・
・
少女「……うー」
中途半端に寝たので、頭がガンガンする。夢見も悪かった。
時刻はまだ夕方で、外は賑わっている。
少女「んー?」
寝ぼけ頭で窓の外を見てみた。
リーダー「はぁっ!」
傭兵「攻撃が甘い! もっと体全体を使って打ち込むんだ!!」
次男さんと傭兵さんが打ち合いをしていた。他の人達もその様子を見ている。
……何かこんな光景、昔もあったな。そういえば剣士さんを初めて見た時も、こんなんだったっけ。
リーダー「ぐはっ」ベシャッ
傭兵「ほら、立って。敵は待っててくれないよ」
リーダー「は、はい……」ゼェゼェ
……へぇ。今まで見てなかったけど、こうやって修行してたんだ。
次男さん辛そうだな。あまり体格に恵まれていないもんな。元々、剣を振るより本を読むのが好きな人だもんね。
それでも頑張っているんだ。残された英雄の子として、組織のリーダーとして。
傭兵「攻撃が単調になってきてるよ!」
リーダー「はい……はぁ、はぁっ」
……頑張ってるなぁ。
初めてかも。剣士さん以外の人が頑張っているのを見るのは。
それに傭兵さんも真剣だ。あんな顔、普段はしてないのに。
魔王『人には色んな面があるだろう? 誰もが生きる為に、頑張っているのだ』
少女「……私とは違う」
魔王『お前も変われる。人より遅いだけだ』
少女「元々、貴方のせいでしょって」
魔王『だから、お前の手助けをしてやっている。少しは許せ』
少女「……ふん」
*
リーダー「俺達の隊は遠征へ向かいます。少女さんは、砦を守っていて下さい」
少女「行かなくていいんですか、私」
リーダー「はい。少女さんの力は、守りの方が発揮されますからね」
砦に来てから何度か防衛戦をやったが、彼の言う通りだ。敵に攻め入るよりも、防壁の中から攻撃を放っている方が遥かに楽だ。
それに組織の戦力も増え、魔法士は足りている。遠征部隊の攻撃力は十分だろう。
リーダー「砦の人手は手薄になります。傭兵さんも残るので心配はいらないと思いますが……」
少女「え。行かないんですか、彼」
リーダー「今回の遠征、難易度が低くて。やる気が出ないと言われましてね」
戦いに楽しさを求めるタイプなのか、知らなかった。
とりあえずそういうことで、遠征へ向かう次男さん達を見送り、砦の警備に勤しむことにした。
魔王『砦の周囲、感知できる限りでは人の気配なし』
少女「そう、異変あったら起こして~」
魔王『勤しむんじゃなかったのか!』
少女「仕事がないのに勤しんでも仕方ないじゃない」
魔王『お前、最近たるんでるぞ! 砦の中だけでいいから、少し歩け!』
少女「えー」
魔王『えー、じゃない! その内、ブクブクに太るぞ!!』
それは嫌。
気は進まないけど、魔王に言われた通り、砦内を散策することにした。しばらく引きこもっていたから、歩くのしんどい……。
あ、誰かそこにいる。警備中かな。
傭兵「……ということがあったんですよ、麗しきご婦人。正に運命。そう思いませんか?」
婦人「まぁ、ウフフ」
傭兵「是非、この僕と! 忘れられない夜を過ごして頂けませんか!」
……うわぁ。
婦人「ふふ、次にお会いする時に返事致しますわ。そろそろ主人が帰ってくるので……」
傭兵「はい。次に会えるその時まで、貴方を想っております……」ペコリ
……白昼堂々と不倫か。最低。
傭兵「おや。そこにいるのはレディじゃないか。珍しいね、部屋から出てくるなんて」
少女「散歩です」
傭兵「どうしたんだい、そんなに目を細めて」
少女「今の見てたので」
傭兵「ははっ、僕は自由なのさ。障害が多ければ多いほど燃える、そういう熱いハートを持っているんだ」
少女&魔王(本当に何言ってるんだコイツ)
傭兵「最近ちょっと刺激が足りなくてね。ご婦人との密会は刺激的でいいね」
少女「はぁ。毎日のように戦っているのですが」
傭兵「そうだけど、ここのところ安定しているじゃない? 良いことなのだけれど、物足りなくてねぇ」
少女「変わってますね」
傭兵「僕はいつだって、ワクワクを求めているのさ」
見た目は女性ウケしそうな人なのに、幼いなー。
私よりかなり歳上なので、そういう大人はなんだかなー。
魔王『年相応に成長していないのはお前もだからな』
うっさいわ。
何か疲れたから部屋戻る……。
魔王『どんどん老化してるな、まだ14なのに……』
敵が来たら教えて。
魔王『あぁ、何者かが近付いている気配は……ん?』
どうしたの?
魔王『地面の方に意識を向けていたが、上空に気配が……』
移動魔法の使い手? 皆に知らせないと……。
魔王『っ!? 速い! それにこの魔力は!!』
な、なに!?
魔王『人外の者の魔力だ!!』
!?
屋上まで駆け上がる。
上空……目では見えない。だけど魔力は確かに感じる。
魔力を滾らせ、狙いを定め――
魔王『覇ああぁぁっ!!』
撃つ。調子は快調。
空中で爆撃音が鳴った。
傭兵「何かあったのかな、どうしたんだいレディ」
何人かが屋上に駆け上がってきた。
少女「それが……」
脅威は去った。そう思い油断していると……――
傭兵「っ、下がって!」
少女「えっ」
傭兵が前に駆けた。
何だ――と思った次の瞬間。
――ガキィン
少女「!!」
傭兵の剣が何かを弾いた。散ったそれは、魔法の残骸。
傭兵「全員、戦闘態勢! これは……かなりの大物だね」
少女「えっ……あっ!?」
体が勝手に動く。魔王の仕業だ。
魔王『チッ……ついに動き出したか。見ろ、上を』
少女「!!」
上空。それは魔力を抑えながら、なおも禍々しい力を放っていた。
忘れもしない。あの時、最大の恐怖を与えられた相手。忌々しい、因縁の相手――
僧侶「皆さん、ごきげんよう」
闇装束に不釣り合いな、温和な顔。
切り取られた左腕の袖が、魔力の圧でなびいている。
少女「僧侶!!」
僧侶「久しぶりですね、忌まわしき不幸な少女。それにもう1人……」
魔王『……ッ』
僧侶は、私の中にいる魔王を見ているようだった。
ニヤリ。不敵な笑みが気味悪い。
傭兵「たぁっ!」
僧侶「おっと」
有無を言わさず傭兵さんが仕掛ける。
後援の人達もそれぞれ援護射撃をするが、僧侶はそれらを全て回避する。
傭兵「レディ目当てかな? 君にあげられる程、安いお嬢さんではないんだよ」
僧侶「ふふ、わかっていますよ。貰えないなら、奪うまでです」
互いに攻撃をかわしながら、言葉をかわしている。
実力は拮抗している。……僧侶が手加減している、現状なら。
魔王『油断している内に殺るぞ!』
少女「う……うん」
構えるけど、頭の中は疑心暗鬼。
僧侶は殺せるの? 剣士さんと戦っていた時の光景を思い出す。剣士さんに胸を貫かれても、僧侶は死ななかった。それに、その後の光景――剣士さんを奪った、亡者。
魔王『殺せる。剣士の攻撃が、急所を外していただけだ』
魔王は私の不安を一蹴する。
魔王『一擊で仕留めればいいだけのこと。俺を信じろ!』
少女「うん……!」
魔力を滾らせる。狙いを定め……
僧侶「そうはさせませんよ!!」
少女「……ッ!!」
ぶわっ。僧侶を中心とした衝撃波が放たれ、そこにいた人達は吹っ飛んだ。
ここは屋上で、そんなことされたら――
少女「ひゃああぁッ!!」
落下する感じがあった。
魔王が何か言ってるけど、頭が回らない。まずい、これ、死ぬ――!!
傭兵「レディ!」
少女「あっ」
腕を掴まれ、上に引っ張り上げられる感覚があった。
傭兵さん。彼は吹っ飛ばされず、踏みとどまったようだ。
少女「あ、ありがとっ、ございます!」
傭兵「君はなるべく距離を置いたところから援護して。妖精さんと話す時間が必要だろう、レディ?」
少女「えっ」
僧侶「逃がすか!」
少女「……っ!!」
僧侶の魔法が私を狙ってきた。傭兵さんがそれを弾く。
やはり僧侶は、私をマークしている。いつも通り安全な位置からチマチマは通じそうにない。
魔王『この位置からやるしかない! 防御も逃走も考えるな、ひたすら撃つぞ!!』
少女「うん……!!」
メチャクチャな戦法かに思えたが、意外に戦況は変わった。
至近距離からの魔法攻撃に、僧侶はやや押され気味だ。それに加え傭兵さんや、皆さんの援護射撃。
防御や逃走を考えるまでもなく、僧侶には攻撃を展開する余裕がない。
僧侶「くぅ、烏合の衆が……」
傭兵「何か勘違いしているようだけど……」
僧侶「!!」
傭兵さんが僧侶の背後に回った!
傭兵「時代は変わったんだよ、中年殿」
ザシュッ――首が貫かれる。
剣はそのまま縦に振られ、僧侶の頭を割った。
傭兵「少数精鋭で魔王を倒すなんて、今時ナンセ~ンス。数で攻める方が確実だよね~。あと英雄を超える者が現れること考えてないのかな~。過去の栄光にすがりついているから」
魔王『えぇい、もういい! 耳が痛い!』
少女「あの、もう死んでますけど」
傭兵「うーん、短くバシッとキメるのは難しいねぇ」
……それにしても、まさかこんなところで決着がつくなんて。
世界の脅威。因縁の相手。僧侶はそういう存在だから、手の届かないところにいるような気がしていた。
そんな相手が、そこで死体となっているとは……。
……本当に死んでる、よね?
魔王『生命反応は消えた。魔力の残滓が消えてはいないが……』
あっさりだったなぁ。いや傭兵さんや皆さんの力があってこそだけど。
ぽかーんとしている私とは対照的に、皆さんは報告やら何やらがあるのかバタバタしている。
傭兵「ほら、立ってレディ。死体の側にいつまでも居るものではないよ」
少女「あ、は、はい」
傭兵「レディは妖精さんとの会話に夢中になりすぎるところがあるね。自分で判断して動いてみることも大事だよ、とお兄さんがアドバイスしておこう」
少女「そ、その妖精さんて」アワワ
傭兵「僕は麗しき天使ちゃん達に癒されに行くんだ~。楽園が僕を待っている」フフフ
少女(……単なる変な人か)
魔王『えぇい虫唾が走る!!』
と、お花畑でダンスしているような傭兵さんの目つきが変わった。
傭兵「……どうやら、楽園はまだのようだ」
魔王『っ!? 妙だ。魔力の残渣が、僧侶の死体に集まっている……しかも、生命反応が復活しているだと!?』
少女「えっ!?」
魔王『とにかく終わっていない! 今のうちに――』
――硬直。
溢れ出す魔力。この感じを知っている。
咆哮、腐臭。これは、あの時の、亡者の――
少女「い、いやああぁああぁあぁ!!」
魔王『これは……!!』
溢れ出す亡者。阿鼻叫喚に染まる一帯。
そしてその中心で、ありえないことが起こった。
僧侶「……ふぅ」
立った。死んだはずの僧侶が。
半分に割られた頭はくっつき、傷跡だけが生々しく残る。
魔王『何だ、あの技は……』
僧侶「聖魔法と呪魔法の合わせ技ですね」
魔王の言葉が聞こえているらしく、僧侶は返事をする。
僧侶「あらかじめ、自分に”死んだら蘇生魔法がかかる”という呪術をかけておきました」
魔王『2つの世界の神が認めなければ、そんなことはできないはず。ありえん……』
僧侶「さてね。神々の意思は計り知れないです。ともかく僕は、それができる」
そんなの、倒しようがないじゃない!
がしっ――腕を掴まれる。この感触は……亡者!?
少女「いやっ、いやああぁぁ!!」
魔王『しっかりしろ! 呪術魔法は、気をしっかりもてば抵抗できる!』
そんなこと言ったって……!!
僧侶「それは酷なことですね。彼女は案外、解放されたがっているのでは? ……引きずり込まれれば、剣士君と再会できますからね」
少女「……剣士さんと?」
魔王『惑わされるな、ここに剣士はいない!』
僧侶「いますよ。君も亡者になればわかるはず。さぁ、楽になりましょうよ」
――ッ
だめ、もう……――意識が……
少女(魔)「久々に、全力が出せる――!!」
僧侶「ッ!!?」
――
少女(魔)「恐怖で意識を失うとは、心弱き者め。まぁ都合はいいがな」
僧侶「ぐ……」
少女の意識は枷。枷がなくなったことにより、魔王の力を抑えるものはなくなった。
そして亡者の群れは一気に消し飛んだ。丁度半年前と、状況は同じだ。
少女(魔)「手の内を晒してくれて嬉しいぞ、亜人よ」
僧侶「くっ、死にぞこないめ!」
傭兵「な、何だ?」
亡者に呑まれそうになっていた周囲の者達は呆気に取られていた。
少女は性格と声が豹変しただけでなく、その魔力も異質なものとなった。
少女(魔)「どうやら貴様を殺すことはかなわんようだ。しかし、殺すだけが手段ではない。……例えば無限地獄に封じ込めるとかな」ニヤリ
僧侶「調子に乗るな。2つの神の力を扱う僕が、お前などに……」
少女(魔)「――半端なのだよ、亜人」
僧侶「がはぁ!?」
一擊、魔法を叩き込んだ。その圧は、少女の意識があった頃の比ではない。
自動的にダメージは回復していくが……
少女(魔)「回復がダメージに追いつかないこともあるのだろう? ……その隻腕で実証済みだ」ゲシッ
僧侶「ぐぁっ」
少女(魔)「どこかに閉じ込めて、永遠に拷問を繰り返してやるのが最適か? まぁ体は死なぬとも、心は死ぬだろうな」グリグリ
僧侶「くっ……こんなはずでは……」
少女(魔)(それにしても……)
2つの神は何のつもりだ。こんな半端者に力を与えるとは。
僧侶を操って何かを為そうとしていたのか? ……気まぐれと言われれば、そこまでだが。自分も邪神の力を借りている身だ、文句を言える立場ではない。
傭兵「レディ……? 君は一体……」
皆が遠巻きに見る中、傭兵だけが近づいてきた。やはり肝が座っているというか、変な奴だと思う。
少女(魔)「……お前が言うところの妖精だ。気にするな」
傭兵「わかったよ妖精さん。僕たちにできることはあるかい?」
少女(魔)「各方へ報告の義務があるだろう? 此奴の処理は俺が引き受ける」
傭兵「オーケー、任せるよ」
さて、どうしてくれようか。……いや、待て。
ゴロゴロ……
少女(魔)(見ていたか――神々よ)
そういうことか――魔王は神の意図を察した。だが――
――バリバリイイィィッ!!
少女(魔)(……容赦ないな)
神々からの鉄槌は、逃げる隙も与えられなかった。
その雷はまるで無差別かのように周囲を巻き込みながらも、確実に僧侶を仕留めにかかっていた。
僧侶「かはぁっ……」
・
・
・
僧侶『うぅ……』グスッ
勇者『男が泣くものじゃないぞ、僧侶』
僧侶『ごめんなさい、勇者さん……僕が亜人だから、村に入れなくて……うっ、うぇっ』
勇者『気にしなくていい。そんな理由で拒否する連中、こちらからお断りだ』
僧侶『僕……人間にも魔物にもなれない、半端な奴だから……』
勇者『生まれは自分で選べないからな』
僧侶『僕なんかが、勇者さん達と一緒にいたら……駄目なんじゃないかって……』
勇者『違うぞ、僧侶。俺はお前だから、仲間に入れたんだ』
僧侶『僕だから……?』
勇者『あぁ。お前は誰よりも勤勉で、信仰に厚い。きっと何かを為せる奴だと信じている。だから俺は、お前を気に入っているんだ』
僧侶『勇者さん……』
勇者『賢者も、重騎士も同じ。お前を大事な仲間だと思っている。そこに誇りを持ってくれ、僧侶』
僧侶『……はい』
勇者さん――生まれなんて関係ないって言ってくれたのは、貴方じゃないですか。だから僕は、絶望せずに前に進めたんです。
なのに貴方は、我が子にはそうじゃなかった。僕に言ってくれた言葉は嘘だったんですか? それとも、僕が身内じゃないから?
僕が支えられた言葉って、何だったんだろう。
悲しいなぁ……。
*
少女(魔)「ゼェ、ゼェ……」
攻撃を喰らうと同時、体内の魔力を防御と回復に集中させた。
お陰で少女の肉体は何とか命を繋いだ。これで危険は脱したはずだ。
僧侶は恐らく即死。あとの被害者は……――
少女(魔)(こいつも、見捨てるわけにはいかんな……)
不幸にも巻き添えを喰らった傭兵が倒れていた。彼ほどの実力者でも、どうしようもなかったようだ。
魔王は彼の生命反応を確認すると、回復の為に魔力を滾らせた。
少女(魔)「他に回復術が使える者は手伝え……かなり危険な状態だ」
その命令で3人ほど回復士が来たものの、それで足りるか不安だ。
少女(魔)(しかし、まずいことになった……)
「あの僧侶を倒すなんて、やりましたね」
「流石、勇者様の娘さんですね!」
その瞬間を見ていた者達は、少女が僧侶を倒したと考える。当然だ、誰も魔王を知らない。
少女は人々の英雄とされる。つまり信仰が集まってしまう。……邪神にとって彼女は、最高の贄となったわけだ。
少女(魔)(俺の正体を明かすか? ……それが広まれば魔物たちは沸き立つ。そうすれば邪神への信仰が集まる)
どちらにせよ、邪神に都合がいい展開だ。
わーわー
少女(魔)(……今は、再び魔王の座に君臨する好機でもある)
ここにいる人間達など簡単に吹っ飛ばせる。
僧侶の首を持って堂々と魔王復活を叫べばいい。僧侶に支配されかけ、同種族同士で消耗していた人間達など、恐れる必要はない。
――そう、したいのなら。
少女(魔)(そんなことして、何になる?)
自分が魔王になったのは、世界と同胞を守る為。
しかし世界は滅び、同胞達はこちらの世界に移住した。魔物たちは肩身の狭い思いをしてはいるものの、世界滅亡の恐怖に怯えることなく過ごせている。
……これ以上を望んで、どうする? 人間の命を徹底的に蹂躙し、魔物たちも消耗し、この世界を乗っ取ったとして……その先にあるものは?
少女(魔)「……っ、まずい」
今は目の前のことだ。回復もむなしく、傭兵の生命反応がどんどん弱まっている。
この男も戦いを生業としている者。死の覚悟は一般人よりはできているだろう。それに、自分も気に食わなかった奴だ。
それでも自分は、傭兵をよく知ってしまった。1人の武人として、こんな死に方を惜しむ程度には。
少女(魔)(……仕方ないか)
魔王は決断する。迷っている暇はない。
そして――
*
少女「ぅ……」
気を失ったようだ。ここは私の部屋のベッド。
あれ、僧侶との戦いは……魔王? ねぇ魔王、どこ……――
リーダー「少女さん! 良かった、気が付いたんですね」
少女「うひぃ!?」
リーダー「あぁ、驚かせてしまって。体は痛みませんか?」
少女「あ、はい。えぇと……状況が思い出せなくて……」
リーダー「俺達が要塞を出た後、僧侶が攻めてきたらしく。……激戦の末、少女さんが僧侶を討ったと」
少女「えっ!?」
……あー、魔王か。
少女「そ、そうなんですよー。えーと、皆さんの御力があってー」
リーダー「……」
少女「……?」
リーダー「少女さん。無理しなくて大丈夫です。……全部聞きましたから、俺」
少女「え?」
リーダー「貴方には……魔王が憑いていたと」
少女「っ!?」
知られてしまった!?
魔王、何かやらかしたの!? ちょっと魔王、返事は!? ねぇ!?
リーダー「ご心配なく。その話を聞いたのは、俺だけですよ」
少女「ま、魔王が言ったんですか? 魔王が返事しなくて……」
リーダー「そうです。ねぇ、入ってきて下さい」
少女「え?」
次男さんに呼ばれ、部屋に入ってきたのは……
傭兵?「よぉ、寝起きの顔はひどいな」
少女「え、傭兵さ……え?」
傭兵さんて、こんなキャラだったっけ? 戦いで頭打っちゃった?
傭兵?「俺を忘れたか。魔王だ」
少女「…………え」
思考停止。
少しして説明を受けた。
瀕死状態になった傭兵さんを救うべく、魔王が彼の中に入り込んだらしい。私も傭兵さんも意識はなかったので、移ることができたそうだ。理屈はよくわからないけど、そういうものらしい。
傭兵(魔)「しかしこの男、意識に負ったダメージも思ったより深刻でな。しばらく目覚めそうにない」
少女「魔王、傭兵さんのこと嫌ってたのにね」
傭兵(魔)「あぁ、嫌いだ。しかし、それとこれとは話が別」
少女「とか言って、顔がいい男に憑依したかっただけじゃないの~」
傭兵(魔)「何だと貴様ぁ!!」
リーダー「ま、まぁまぁ」
次男さんが間に入る。こうやって魔王とのやりとりに第三者が入ってくるのは、とても新鮮だ。
リーダー「今は人の出入りを制限していますが、表は凄いですよ。少女さんを讃える声で一杯だ」
傭兵(魔)「迂闊だった。まずいことになった」
少女「そうだね……寝てただけなのに英雄にされるとか、勘弁して」
傭兵(魔)「そうではない。……邪神はこれを狙っていたのだ」
少女「?」
魔王の説明によると、私は英雄になったことにより、邪神に狙われる身になったらしい。
邪神が僧侶に力を与えたのも、私に倒させる為ではないか……というのが、魔王の推測だ。
少女「な、なんてことに……」ガタガタ
傭兵(魔)「そこまで怯えなくていい。俺が守ってや……」
少女「邪神の配下の貴方に何ができるってのーっ! ってか、貴方も邪神復活派なんじゃないの!? このーっ!」
傭兵(魔)「いだーっ、枕を投げるな、いだだっ!」
リーダー「お、落ち着いて」オロオロ
傭兵(魔)「まず1つ誤解があるようだが、俺はこれ以上世界を引っ掻き回す気はない。それに僧侶がやられ、邪神に対する信仰もますます弱まった。今の邪神は、俺が対抗できぬ相手ではない」
少女「ほんと?」
傭兵(魔)「あぁ。信じろ」
少女「……うー」
リーダー「少女さん、信用しましょう。魔王は今まで我々の味方をしてくれていました。それに長年一緒にいた少女さんを想う気持ちだって……」
少女「それは絶対にない!! 魔王に限ってない!!」
傭兵(魔)「こんなグータラ小娘、知ったことか!! 俺に不都合だから守るだけで、本当は性格の良い美女を守りたいわ!!」
ギャーギャー
リーダー「あ、あのー……と、とにかく、俺も協力しますから、少女さんを守りましょう」
傭兵(魔)「僧侶のような輩がまた出てくるかもしれんからな。とにかく徹底的に防御を固め……」
『そうはいきませんね』
!?
その異質な声に振り返ると、窓枠に1羽のカラスが止まっていた。
カラス「おめでとうございます、あの亜人を倒されたようですね」
傭兵(魔)「貴様、邪神の使いだな。早速、こいつの命を取りに来たか?」
カラス「とんでもない。邪神様のご意思を伝えに来ただけですよ」
傭兵(魔)「邪神の意思とは?」
カラス「あの亜人のように、大仰なやり方はしませんよ。……彼女の方から、邪神様の元へ来て頂けるのなら」
傭兵(魔)「ほう。自分から来なければ、また僧侶のような輩を生み出すと」
カラス「おや、そう受け取られてしまいましたか。少し誤解があります。何故なら彼女は、自ら邪神様の元へ来るでしょうから」
傭兵(魔)「寝ぼけているのか? 誰がそんな自殺行為するものか」
カラス「いいえ、来ます。……これを見れば」
傭兵(魔)「!?」
カラスから魔力が放たれ、壁にこことは違う場所の映像が映る。
亡者たちだ。いつ見てもおぞましい光景。こうして画面越しに見れば、随分マシだけど――
少女「……っ!?」
リーダー「あっ!?」
傭兵(魔)「あれは……!!」
そこに映る人を見た時――私たちは、驚愕した。
あれは。まさか。どうしてここに。だって――
少女「剣士、さん……?」
私たちがよく知った、彼がいたのだから。
剣士さんは亡者の群れに囚われていた。目を閉じ、ぴくりとも動かない。
傭兵(魔)「……あれは生きているな。あの時、殺さなかったのか」
カラス「はい。邪神様の命により、生かしてあります」
傭兵(魔)「生贄にすれば良かったのではないか」
カラス「勇者の仲間の息子、というだけでは、生贄として弱すぎます。それよりは……もっと強い信仰を持つ者の呼び餌に使った方が効率的」
カラスは私の方を見た。
傭兵(魔)「次男を狙っていたのは何だったんだ」
カラス「彼は保険です。もしかしたら彼が亜人を……という可能性もありましたから」
傭兵(魔)「ほう、剣士を捕らえた時から計画済みだったのか。ますます僧侶が哀れになるな」
少女「け、剣士さんを解放して!」
カラス「では」
カラスと目があった途端、頭がクラッとした。
カラス「今、貴方の脳内に、邪神様の居場所をお送り致しました。あとは貴方自ら、彼を助けに来るだけです」
傭兵(魔)「……」
カラス「来るか来ないかは、貴方次第。……それでは」
返事を聞かず、カラスは飛び立っていく。
残された私たちは、呆然としていた。
傭兵(魔)「……乗るなよ、少女」
最初に切り出したのは魔王だった。
傭兵(魔)「剣士が助かったとしても、邪神が復活すれば意味がない。剣士も、そんな世界で生きていくのは苦痛だろう」
少女「う、ぅ……」
言われなくたってわかっている。理解はしている。だけど気持ちが追いつかない。
剣士さんが生きてるのに、助けられるかもしれないのに、動くことができないなんて――
だからって、私に何ができる? 私自身が生贄になって、世界を陥れる? ……剣士さんにとっては最悪じゃない。
だから、何もしない? 剣士さんを見捨てる? ……それだって嫌だ。だけど……駄目だ、堂々巡り。
リーダー「……あの」
空気が重くなったところで、今まで黙っていた次男さんが口を挟んだ。
リーダー「もし、少女さんが邪神の元へ行かなかったとしても……邪神は次の手を打ってくるはずです」
傭兵(魔)「その時はその時だ」
リーダー「けど、少女さんはその度に葛藤するはず。……そんな状態が続くのは、辛いはず」
傭兵(魔)「だから、早めに行ってしまえと?」
リーダー「そうじゃない。俺だって何が最適かわからない。答えなんか出せる気がしないです」
傭兵(魔)「それで、何が言いたい?」
リーダー「今すぐ決断しなくていいと思います。色んなことが立て続けにあって、少女さんだって混乱してるでしょう。余裕がないと、考えることもできないですよ」
傭兵(魔)「……確かにな。お前の言う通りだ」
少女「次男さん……」
傭兵(魔)「俺も少々疲れた、今日は休ませてもらう。少女……早まった行動はするなよ?」
少女「……うん」
リーダー「僕も仕事が残っているので、これで」
ぱたん。部屋から人がいなくなる。
誰もいない静寂……何げに初めてかな。以前魔王が一時的にいなくなった(正確に言えば意識を閉じていた)時は、剣士さんがいたから。
行動を起こすチャンスではあるのだけど、どうしていいかわからない。
つくづく思う。私は1人では何もできない。
どうすればいいんだろう。
行くか、行かないか、二択が選べない。今すぐじゃなくていいと言われたけど、いつまでもこうしてはいられない。
うじうじ。
そうこうしている内に夜が明けた。色々思い悩んで(あと先にたっぷり寝てたので)一睡もできなかった。
朝食をとって髪を整えた辺りで、次男さんが来た。
リーダー「あの。昨日は言いそびれたんですが……。少女さんに伝えるか、迷ったんですが……」
少女「何ですか?」
リーダー「行方を眩ませてた賢者さんが、見つかりました」
少女「……あぁ」
お母様か。そういえば、どうなったのか聞いていなかったな。行方を眩ませていたことすら知らなかった。
少女「相変わらず、お人形を抱いてるのかしら?」
相変わらず、と言っても会ったことはない。
聞いた話だと、母の時間は10代で止まっているようだ。赤ん坊の人形を我が子として可愛がっていて、それはそれは幸せそうだとのこと。
リーダー「……そうらしいです。国の重役の方々が避難させていたそうですが、世界の現状はご理解されていないようで……」
少女「戦えばいいのにね」
リーダー「いや、そういうわけには……。今は、こちらにいらっしゃるようです」
次男さんは簡単な地図を差し出してきた。
話は終わったようで、彼はドアの方へ行く。
リーダー「……あの、少女さん」
少女「何ですか?」
リーダー「俺は、少女さんがどうするかは自由だと思います」
少女「……邪神のこと? お母様のこと?」
リーダー「どっちも。少女さんがどういう行動しようと、なるようになるもんですから」
少女「死人が出るかもしれないのに?」
リーダー「それも、なるようになるってことで」
少女「……ヤケになってるんですか?」
リーダー「俺って、実はこういう奴なんです」
次男さんは笑った。幼さが伺える、初めて見る笑顔だ。
リーダー「俺は今まで、英雄の子で、敵から狙われている存在で、皆のリーダーだったから。でも今の俺は、何でもない俺なんです」
いつも皆のことを気にかけて、強くなろうと一生懸命だった次男さん。
だけど何でもない彼は、ただの男の子。そんな風に思えた。
リーダー「だから自然体の俺から言わせてもらいますよ、少女さん」
少女「はい」
リーダー「おめさん、辛気臭いんじゃ! 何考えとるか言わんからわからんが、どうせろくなこっちゃないじゃろ!」
少女「ぶっ」
剣士さんと同じ訛りだ。そりゃそうだ、同じ村で育ったんだもん。
あと私、意外と辛辣に思われていたんだね……。
リーダー「じゃがそもそも、この状況がしょーもねぇんじゃ! そんなしょーもねぇことで、ウダウダ考えるだけ損じゃ!」
少女「考えるだけ損……?」
リーダー「おめさんごときの決断で揺らぐような世界なら、所詮その程度のもんじゃ。じゃから好きにせぇ!」
……ひどいこと言われている気がするけど、不思議と嫌じゃない。
次男さんの言葉は、私の迷いを断ち切ってくれた気がした。
リーダー「……と、いうことです。これが俺の本音です」
少女「くすっ。ありがとう、次男さん」
リーダー「いえいえ。俺もスッキリしました」
少女「……その内、私も”何でもない私”になれたら」
リーダー「うん?」
少女「改めて、お友達になれたらいいですね。何でもない同士で」
リーダー「そうですね。……その時は、宜しくお願いしますね」ニコ
次男さんは今度こそ出て行った。
さて、せっかく元気を貰ったんだ。ぐだぐだしていられない。
私は傭兵さんの部屋に向かい、バーンとドアを開けた。
少女「魔王!」
傭兵(魔)「む、何だ」
少女「出かける。付き合いなさい」
傭兵(魔)「ん? あぁ」
*
次男さんの地図によると、この村か。
辺境の地にある村は僧侶による魔の手が及んでおらず、亡命の地となっていたらしい。
傭兵(魔)「……本当に会うのか」
少女「えぇ」
次男さんから話が行っていたのか、村に着いてからスムーズに話は進んだ。
今は村のはずれで、お母様を待っている。
傭兵(魔)「俺はいない方が……」
少女「駄目。私、何やらかすかわからないんだからね」
傭兵(魔)「……」
気乗りしない様子の魔王を強引に引き止める。
やがて……
少女「あっ」
村人に車椅子を押され、人形を持った女性が現れた。
あれがお母様――
賢者「うふふ、いい子ねぇ~。よしよし」
少女「こ、こんにちは!」
賢者「あら、こんにちは。ほら娘ちゃん、挨拶しなさい」
他人に向ける顔、他人に向ける言葉。
母と初めて交わす言葉は、他愛ないものだった。
少女「あの、その子、お姉さんの子ですか?」
賢者「えぇ、そうなの。女の子なのよ」
少女「可愛いですね……」
賢者「そうでしょう。世界一可愛い、私の娘……うふふ」
少女「……いい子に、育ってくれるといいですね」
いい子に育たなかったけどね。
賢者「今、世界は平和でしょう? だから私、娘にはのびのび育ってほしくて」
少女「そ、そうなんですか?」
賢者「私は戦いに身を投じたからねぇ。この子には、そういう思いをさせたくないの」
少女「そうでしたか……大変だったんですね」
賢者「えぇ。でも好きな人を支えられたから、幸せだったのよ」
少女「……」
傭兵(魔)「……」
賢者「この子は平和な世界で、のびのび育って……沢山の優しい人と出会って、幸せになってほしいわねぇ」
少女「そう、ですね……きっとそれって、幸せでしょうね」
賢者「貴方、好きな方いらっしゃる?」
少女「えっ? あ、はい」
賢者「あら~、いいわねぇ。好きな人と一緒にいるのって幸せよねぇ」
少女「はい。……幸せが大きすぎて、見えなくなるくらいに」
賢者「ふふ。幸せな時間を大事にするのよ。そして、好きな人を大事にするのよ」
少女「……はい」
幸せな時間を大事にしたい。だからお母様は自分の時間を止めてしまった。
今、彼女の目に映る大事な人は私ではない。何事もなく産まれた娘と、記憶の中のお父様だ。
傭兵(魔)「……」
お母様と別れた後も、魔王は私と目を合わせなかった。
気持ちはわかる。お母様がああなったのは、魔王のせいだ。少し良心の芽生えたらしい魔王には、結構きっついものがあったんだね。
少女「……あのさぁ」
いつも一緒にいたから知ってるけど、こいつ結構繊細なんだよね。
仕方ない、気を使ってやるか。
少女「何事もなく産まれてたら私、麗しいお嬢様になってたんじゃない? ほら私って黙ってたら可愛いし」
傭兵(魔)「かもな。顔はともかく」
この野郎。
少女「でも麗しいお嬢さんのまま今の時代迎えてたら、図太く生き残れなかったわ~」
傭兵(魔)「それはわからんぞ。そもそも僧侶が邪神側に堕ちたかも……」
少女「それなら、邪神が僧侶じゃない人に目をつけてた可能性もある。何があったかわかんないって」
傭兵(魔)「……しかし、俺に罪があることに変わりはない」
少女「そうだね。私に起こったことは大体魔王が悪いし」
傭兵(魔)「……」
少女「……でも、感謝もしてるよ。魔王って凄い悪い奴だけど、すこーし良い奴じゃない」
傭兵(魔)「……」
少女「魔王だけじゃないよ。剣士さんに次男さん、傭兵さんに、組織の皆も。良い人ばっか。私が1番どうしようもないわ」
傭兵(魔)「それも、俺が……」
少女「それはもういいってーの! こういうねじ曲がった私だから図太く生き残ってるんだって、さっき言ったでしょ! うじうじすんな!」
傭兵(魔)「うぐぐ」
次男さんの言葉を借りれば、「なるようになる」しかない。
だからこれも、「なるようになった」ってことなんだ。
少女「だからさ。私、最後のどうしようもないことをやりたいんだ」
傭兵(魔)「……まさか」
少女「剣士さんを助けたい」
真っ当な理由あっての決断じゃない。
そうしたいから、そうする。本当どうしようもない。
少女「勿論、剣士さんを助けた後は抵抗するよ。……駄目かもしれないけど」アハハ
傭兵(魔)「……」
少女「ごめんね魔王。貴方が頑張ってくれてたのに、最後の最後で私が台無しにするかも……」
傭兵(魔)「お前は、どうして……」
少女「ん?」
傭兵(魔)「どうして、俺を頼らない」
何その物語に出てきそうな台詞。すっごく似合わないんですけど。
傭兵(魔)「1人で戦おうとしているのだろう? 何故だ。俺を頼れば、より確実だというのに」
少女「えー……だって今まで頼りすぎてたもん。それに今は一緒にいないしさぁ」
傭兵(魔)「言ったはずだ。邪神から守ってやると」
少女「そこまでする必要ないんじゃない? 世界征服する気なくたって、わざわざ邪神の敵になる必要だって――」
傭兵(魔)「ある」
魔王は強い眼差しで言った。
傭兵(魔)「守りたいものがあるというのは、十分な理由」
少女「あら。いつの間にそんな私のこと好きになったの?」
傭兵(魔)「思い上がるな。お前だけではなく剣士もだ」
少女「剣士さんの為か。それなら納得」
傭兵(魔)「ケッ」
少女「……ひとつ約束して、魔王」
傭兵(魔)「何だ」
少女「私を守る理由が償いだとしたら……それは、やめて」
傭兵(魔)「……」
少女「決して許したわけじゃないよ。だけど償いで守られるのは嫌なんだ。それぞれの意思での、対等な共闘関係でいたいの」
傭兵(魔)「あぁ。……お前は性格が悪いし怠慢だし、品はないし可愛げもないが」
少女「あ?」
傭兵(魔)「それなりに気に入っている。十分な理由だ」
少女「……そうだね」
それでいいとしますか。
それから足を進める先は、迷わなかった。
少女「ねぇ覚えてる? 貴方が初めて私を乗っ取って出てきた時のこと」
道中、暇つぶしにそんな話を切り出した。
傭兵(魔)「あぁ。お前が4歳くらいの時だったか」
少女「そうそう。お父様は冷たいし、使用人達もビジネスライクだし。あの頃の私、寂しかったんだろうね」
傭兵(魔)「……あぁ」
少女「私、毎日泣いてたよね。だけど誰も慰めてくれなくて。で、そんな時貴方が出てきて……」
傭兵(魔)「屋敷の壺を、片っ端から割ってやったな」
少女「そうそう! あれ、結構スカーッとしたんだよね! それから魔王ったらちょくちょくイタズラして、皆を困らせて」クスクス
傭兵(魔)「お前、かなり嫌がってたろ」
少女「あの頃はね。でも思い返せば、あれがなければ私は負けっ放しだったよね」
傭兵(魔)「そういうものか?」
少女「そういうもの。……魔王も実は、わかってたんじゃないの?」
傭兵(魔)「さぁな。俺は勇者の困る顔を見たかっただけだ」
少女「じゃあ、利害一致だ~」ケラケラ
傭兵(魔)「笑い話にしていいのか、それ」
全ての悔恨を消すかのように、色んな思い出話をした。
こうしていると嫌だった思い出が、何だか大事なものにも思えてくる。
……あとは未来を、本当に幸せなものにしていきたい。
傭兵(魔)「ここか。……感じるな、邪神の力が」
そして、その地にたどり着いた。