2016年04月19日

魔女「世界から弾かれた私と彼」

勇者が魔王を討ったそうだ。
だけど『人間』からも『魔物』からも弾かれている私には関係ない話。

この世界を占めている2つの種族、どちらにも属せない私は――永遠に世界に受け入れられることなどないのだろう。


私は、世界に必要とされていない存在――





魔女「……ふあぁ」

目が覚めて時計を見ると、既に時刻は朝の9時。
これで寝坊10日目。夜型体質の魔女は、早起きするのが苦手だ。

魔女「お腹すいたぁ~…でも、作るのめんどくさぁい……」

そう言ってろくに顔も洗わないまま台所へ向かい、ツボを開ける。
作り置きしていた保存食をボソボソ食べ、これで朝食は終了だ。

魔法のお陰で生活周りの清潔は保たれているが、彼女は基本的にズボラである。

魔女(さぁ~て……そろそろ果物が熟してる頃かなぁ)

昨日脱ぎ捨てた服を身に纏い、魔女は外に出た。





魔女「ふぁ~…ねむ」

箒にまたがり空を行く。
人間などは魔女のこういう能力に憧れを抱くらしいが、箒への魔力供給やらで決して楽な能力ではない。

魔女(あった、桃の木)

目的地を見つけ、魔女は木の側に降りていった。
それから桃をもいで、カゴの中に入れていく。

魔女(これがあるから秋って魅力的な季節よね~。……美味しそう)ゴクリ

魔女「そうだ、1個食べちゃおう!」

魔女「いただきまー……」

ガサガサッ

魔女「………え?」

唐突に現れた"それ"を目にしたと同時、魔女の動きは止まった。


暗黒騎士「………」

魔女「ひぃ!?」

威圧感を覚える程に物々しい、黒い全身鎧。
その鎧に包まれた姿は人間か魔物かの判別もつかないが、こんな重々しい鎧を着用しているということはきっと只者ではない。

兜でその顔は隠れているが、突き刺すような視線を感じ――

魔女「みっ、見逃して下さい!!」

魔女はとっさに命乞いをしていた。

魔女(この森に足を踏み入れるヨソ者は……私達と"同類"もしくは――"狩る者")ブルブル

体がガチガチで動かない。無理もない。魔女にとっては、見知らぬ誰かに遭遇すること自体が修羅場に等しい。

暗黒騎士「……お前、"深緑の森の魔女"か?」

魔女「は、はい?」

鎧姿から聞こえたのは男の声。落ち着いた様子の、低い声。
その男は、魔女にとって聞き覚えのない名を口にした。

暗黒騎士「その魔物とは違う異質な魔力……間違いない、魔女なのだろう」

魔女「そ、そうです……」

暗黒騎士「…頼みがある」

魔女「え、は、はい?」

暗黒騎士「俺をかくまえ」

魔女「……!?」

思考が追いつかない。
かくまう? 何で? そもそも彼は誰? どうして自分に――

暗黒騎士「透明化の類の魔法はないか?」

魔女「あ、ありますっ!」

暗黒騎士「なら、それを頼む」

魔女「は、ははは、はい!!」

考えて行動する余裕のない魔女は、言われるまま透明化の魔法をかけた。…暗黒騎士だけでなく、何故か自分にも。
だが、とっさの行動は正しかったようだ。


追っ手A「あの鎧野郎、どこ行きやがった…?」

追っ手B「こっちに逃げたと思ったんだが……」

魔女(人間……あの鎧騎士を追っているの?)

追っ手A「まだ、そんなに遠くへは行っていないはずだ! 探せ!」

暗黒騎士「………」

魔女(もしかして…人間による魔王軍の残党狩り? ということは、あの鎧騎士は……魔物?)





魔女(……もういいかな?)

追っ手の人間たちが去ってからしばらくして、魔女は透明化魔法を解除した。

魔女「ひゃっ!?」

暗黒騎士「?」

わかっていたとはいえ、唐突に目の前にいかつい鎧姿が現れて、ついつい驚いてしまった。

魔女(怖すぎるよ、この鎧姿……)

暗黒騎士「礼を言う。お陰で難を逃れた」

魔女「そ、そうですか」

人間側でも魔物側でもない魔女は、別に暗黒騎士を助ける気などなかったので、お礼を言われてもピンとはこなかった。
それよりも、とにかくこの暗黒騎士の見た目が怖くて…。

魔女「それじゃ、私は行きますので……」

暗黒騎士「待て」

魔女「!!」ビクウウゥゥッ

暗黒騎士「……評判に反して臆病者だな」

魔女(どういう評判?)ビクビク

大体想像はつくが。
そもそも彼女が両種族から弾かれている理由は、魔女は人や魔物を惑わす存在とされているからだ。
勿論、彼女自身にそんな前科はなく、誰かを惑わすどころか目の前の暗黒騎士にビクビク怯えるしかない臆病者である。

暗黒騎士「……ふっ」

魔女(笑った!?)

暗黒騎士「いや……この鎧に怯えているのだとしたら、すまなかったな。だが……」

魔女「!!」

暗黒騎士は兜を脱いだ。
健康的な肌色、男前に整った顔立ち――いかつい鎧とギャップのある美しい顔立ちに目を奪われたのもあるが、それ以上に魔女は驚いていた。

魔女(に、人間!?)

人間に追われていたのだから、彼の中身は魔物だと思っていた。だがその外見的特徴は紛れもなく人間で…。

暗黒騎士「お前……」クイ

魔女「っ!!」

そして暗黒騎士は魔女に近寄ると、顎を指で持ち上げた。
先ほどまで怯えていた魔女だったが、至近距離で見る美形に脳みそがとろけそうになっていた。

だが、それだけでとろけそうになっていた頭は――

暗黒騎士「お前…可愛いな」フッ

魔女「」

魔女「きゅー」パタッ

暗黒騎士「おい?」

唐突な口説き文句で完全にノックアウトされた。





暗黒騎士「改めて礼を言う。俺は暗黒騎士、魔王軍の残党だ」

魔女「ま、魔女と申します」

暗黒騎士「あぁ、知っている。魔王を凌駕する程の力の持ち主だとかで、存在を危険視されていたからな」

魔女「お、大げさですよ!」アワアワ

魔物を統べる王を凌駕するなど、あまりにも尾ひれがついた評判に魔女は慌てて否定した。

魔女「ところで貴方は人間…ですよね?」

暗黒騎士「あぁ。赤ん坊の頃に魔王に拾われて、そのまま魔王の配下になった。なかなか珍しい境遇だろう」

魔女「なるほど…」

疑問がひとつ解決した。
彼が珍しいと言うのだから珍しい境遇なのだろう、多分。
ともかく魔王軍の残党である彼は、人間でありながら人間に追われていた。そこで、普段人も魔物も足を踏み入れないようなこの森に逃げてきたわけか。

魔女「では、私はこれで……」

暗黒騎士「待て」

魔女「はい?」

暗黒騎士「あー、その…なんだ」

暗黒騎士は、少し顔を赤らめて視線をそらした。

暗黒騎士「恥ずかしい話なんだが……俺は人間ということで、魔王軍の奴らに邪険にされていてな。他の奴らは徒党を組んで人間たちに立ち向かっているのだが、俺はそこから弾かれた」

魔女「はい」

暗黒騎士「だが今更、俺が人間たちに受け入れられるはずもない。つまり俺は行く所がない」

魔女「はい」

暗黒騎士「だから俺を引き取ってくれ」

魔女「……はい!?!!?」

魔女(異性と一緒に暮らすってこと…? えっ、私達初対面なのにいいぃぃ!!)アワワワワ

暗黒騎士「あー安心しろ」

魔女「えっ?」

暗黒騎士「俺は女の扱いなんてわからないし、恐れ多くて手も出せん。童貞だからな」

魔女「………」

ドヤ顔で何を語っているのかと思ったが、これはつまり『お前に手は出さない』ということか。
口約束をそう簡単に信じることはできないが、この暗黒騎士は本当に困っているのだろう。『恐ろしい魔女』である自分に助けを求めに来る程に。

魔女「余っている部屋、散らかってますけど……それで良いなら」

暗黒騎士「本当か! ありがたい」ガシッ

魔女「!!」

暗黒騎士は魔女の手を握ってきた。
大きくてゴツゴツしていて、なんだかあったかくて…。

魔女(顔がちかあああぁぁい!!)アタフタ

暗黒騎士のこの無頓着っぷり…確かに、女の扱いがわかっていない。





暗黒騎士「……ほおぉ~」

魔女(あううぅぅ)

家に着き、部屋に案内した…のだが、部屋は魔女の記憶以上に散らかっていた。
巻数がバラバラに置かれている本、出しっぱなしの道具、しわくちゃの布団……。

暗黒騎士「散らかっていると言っていたが……」

魔女(予想以上に散らかっていて引いてる!? ああぁもう、外で待っていてもらって片付ければ良かった!!)

と、ズボラ改善を心に誓おうとしたが。

暗黒騎士「ホコリも蜘蛛の巣もない。俺の部屋よりはずっと綺麗じゃないか」

魔女「……はい?」

暗黒騎士「俺は掃除が嫌いでな。俺の部屋は魔境と呼ばれていた」フフン

魔女「ま、魔境…」

暗黒騎士「あぁ…ここではきちんとするつもりだ。……掃除の仕方はよくわからないがな」

魔女「あ、私もわかっていないですよ~。ホコリとかは魔法で除去しているだけですし」

暗黒騎士「そうなのか」

魔女「でも片付けが苦手なので、ついつい部屋が散らかるんですよね~」フフフ

暗黒騎士「一緒だな。じゃあ物を片付けたら、どこにしまったかわからなくなるもの一緒か」

魔女「すっごくわかります! 片付けない方が生活しやすいんですよね!!」

暗黒騎士「そうだな。じゃあ……」

……と、しばらく汚部屋トークで盛り上がった。

魔女(結構話しやすい人だなぁ暗黒騎士さん。キチッとしてる人じゃないみたいだから、そんなに息苦しくないかも)フフッ

こうして魔女はズボラ改善するのをやめた。



ケモ耳「いや改善しろよ!!」

暗黒騎士「む?」

魔女「あらケモ君、いらっしゃい」

ケモ耳「おっす。珍しいね、魔女の家に客人がいるとは」

暗黒騎士「今日から居候させてもらうことになった暗黒騎士だ。魔女、この坊主は?」

魔女「この森に住んでいるケモ君です。料理上手で、よく食事を持ってきてくれるんですよ」

ケモ耳「色々世話になってる礼にな。それに、魔女はろくなもの食べてないから」

暗黒騎士(…それにしては発育がいいと思うが)ジロ

魔女「?」

ケモ耳「食事だけでなくて、生活改善しなよ。いくら魔女が長寿だからってそんな生活続けていると……」クドクド

魔女「ひーん」

暗黒騎士「坊主、採れたての桃があるぞ。いくつか持っていくか?」

ケモ耳「ほんと!? 貰う貰う~♪」


魔女「ありがとうございました、暗黒騎士さ~ん……」

暗黒騎士「しっかり者の坊主だな。見た所…半獣か?」

魔女「はい。半獣も、弾かれている存在ですから……」

暗黒騎士「なるほどな。……ところで」

魔女「はい?」

暗黒騎士「魔女は長寿らしいな。ということは……」

魔女「そ、そんなに歳いってないですよ~!」アワワ

暗黒騎士「そうか、失礼した」

魔女「まだ80ちょっとです」

暗黒騎士「………そうか、若いんだろうな。多分」

魔女「若いんですってばあぁ~!!」





魔女(この箱をここに積んで……)

先に暗黒騎士に風呂に入ってもらい、その間に生活スペースの片付けをしていた。
ズボラ改善をしていないとはいえ、見られたくないものも色々とあった。

魔女(ここに置けばいいかなー)

魔女(……何か、単に物を集めて重ねただけに見える。けど、気のせいよね、うん!)


暗黒騎士「おーい」


魔女「あ、はい、どうしましっ」クルッ ガッ

魔女「……あっ」

振り返った際に、積み上げた箱にぶつかってしまった。
箱はバランスを崩し、グラッと魔女の頭上に……。

魔女(危ない……っ!!)ビクッ

暗黒騎士「おっと」

魔女「!!」

箱が降ってくると思ったが、暗黒騎士が片手で押さえてくれた。

魔女「ありがとうござ……」

と、礼を言おうとした時。

魔女「きゃああぁぁ!?」

暗黒騎士「ん? どうした?」

魔女「ど、どどどどうして裸なんですかあぁ、きゃああぁぁ!!」

暗黒騎士「どうしてって、知らない間に俺の肌着が回収されてたからだ。それに、ちゃんとタオル巻いてるだろ」

魔女(そ、そうだった。洗濯物入れに入れたんだった)

それにしても……

魔女(暗黒騎士さん凄い体……あれだけの鎧を着こなせるくらいだもんね)ゴクリ

暗黒騎士「俺の体に発情するのは構わんが、このままでは風邪を引いてしまうぞ。……そうなったら、責任を取ってくれるのだろうな?」ニヤリ

魔女「し、失礼致しましたっ!! あの、これを!」

そう言って魔女が広げて見せたのは、服の絵が描いてある本だった。

魔女「せーのっ」ボンッ

暗黒騎士「おぉ、凄いな。本に描いてある服が召喚された」

魔女「どうぞ、これを着用して下さい!!」ダッ

これ以上は目の毒なので、服を渡すと魔女はその場から逃げ去った。





魔女(うぅ~、男の人の裸見ちゃった……)ドキドキ

暗黒騎士「おい」

魔女「ひゃいっ!」ビクッ

暗黒騎士「着替えてきたぞ。なかなかいいセンスじゃないか」

魔女「あ、気に入って頂けたようで…。暗黒騎士さんだから黒い服がいいかなぁ、って」

暗黒騎士「安直だが悪くはない。しかしひとつ、気になることがある」

魔女「何でしょう?」

暗黒騎士「胸元が開いているんだが。これはお前の趣味か?」

魔女「え、あ、いや…」アワワ

暗黒騎士「冗談だ。全く、本当にウブだな」ククク

魔女「ううぅ~」

暗黒騎士「それよりも風呂、冷めるぞ」

魔女「は、はい」



魔女(もぉー…暗黒騎士さん、見た目に反して意地悪だなぁ)ヌギッ

魔女(手は出さない、とは言ってたけど……)

どうにも落ち着かない。
暗黒騎士は覗いてたりしないだろうか。もしかしたら、部屋を漁ったり……。

魔女(疑ってるわけじゃないけど……)

魔女は浴室に入ると、鏡に魔法をかけた。
すると鏡には、暗黒騎士の姿が映し出された。

魔女(あ、お部屋でくつろいでる。良かった、変なことしてない)ホッ

魔女(……暗黒騎士さん1人だとクールに見えるなぁ。何か雰囲気違うなぁ)

魔女(あの鎧の下でも、こんな顔してたのかなぁ~…)





魔女「ふぅ~」ポカポカ

暗黒騎士「はい、湯上りに。桃を絞ってジュースを作ったぞ」

魔女「ありがとうございます」

暗黒騎士「ところで」

魔女「?」グビッ

暗黒騎士「覗きは楽しかったか?」

魔女「!!!」ブーッ

暗黒騎士「視線を感じたからまさか、と思ったが…ははーん、やっぱりお前だったか」

魔女(鋭すぎるよおおぉぉぉ!!)

暗黒騎士「まぁ、まだ信用を得ていないだろうから仕方ないけどな」

魔女(良かった、怒ってない……)

暗黒騎士「で? あの方法で風呂も覗いてたのか?」

魔女「覗いてませええぇん!!」ブンブンッ

魔女(ううぅ、すっかり暗黒騎士さんのペースだぁ)シクシク





それからというものの…


暗黒騎士「おい、朝だぞ」

魔女「むぅ~…まだ寝てたいですぅ……」

暗黒騎士「そうか。なら俺も一緒に布団に入らせてもらおうか?」

魔女「!!!」ガバッ


暗黒騎士との生活は、なかなか刺激的だった。


野良猫「にゃーん」

魔女「うふふ、可愛い~」

暗黒騎士「猫が集まってるな。餌付けしているのか?」

魔女「はい、日課なんですよ~。猫さん可愛いので」

暗黒騎士「そうだな。では俺も可愛がってみるかな」

魔女「いいですね~」

暗黒騎士「よしよし」ナデナデ

魔女「!!!」ビクゥッ

暗黒騎士「誰が『猫を』可愛がると言った?」フフッ

魔女「~っ……」


結構意地悪なのに、どこか憎めなくて。


魔女「ひーん、雨に当たっちゃいましたぁ~」ドタドタ

暗黒騎士「洗濯物取り込んでおいたぞ」

魔女「あ、ありがとうございます!!」

暗黒騎士「そのカゴに入ってるから。……それじゃ」ソソクサ

魔女(? どうしたのかしら。とりあえずたたんで……)

魔女「………」←いちごパンツ

魔女(何だろう…気を使われたら、逆につらい……)シクシク





>ある日の朝


魔女「ふわぁ~……」

魔女(ん~…? あぁ久々に寝坊だぁ。暗黒騎士さん起こしに来なかったなぁ)フワァ

そんなことを思いながら、ふと窓の外に目をやると…。


暗黒騎士「……」シュッ

魔女(あら暗黒騎士さん。……剣の練習かな?」

暗黒騎士は外で剣を降っていた。
戦いのことはよくわからない魔女だが、見た目で力強い印象を受けた。

魔女(筋肉凄いもんね。きっと強かったんだろうなぁ)

そんなことを思いながら、簡単に朝食を摂った。


魔女「暗黒騎士さん、私ちょっと出かけてきますね。朝食はテーブルの上にありますので」

暗黒騎士「そうか。汗を流したいから、風呂場使ってもいいだろうか?」

魔女「いいですよ。それでは、行ってきます」


箒にまたがり、空を飛ぶ。目的地はみかんの木。
ケモ耳に数日分の食事を貰ったので、そのお礼の果物を集めに行く予定である。

魔女(あった、あった。カゴに沢山入れようっと♪)

魔女(美味しそうだなぁ~)

魔女(……そうだ、ここでちょっと食べていこう)

そうやって採れたての果物を食べるのは、いつものことだ。
この日もいつもと変わらない――そう、思っていたが。


魔女(……んっ?)

ふと、魔力を感じた。これはこの森に住む者の魔力ではない。

魔女(それにこの魔法、探知型……? 何かを探している?)

魔女(……!! まさか!!)

先日も似たようなことがあった。確かあの時は――

魔女(暗黒騎士さんへの追っ手!?)

魔女(……っ、こっちに近づいてくる!)

と、その時。

ザッ

魔女「!!」

3人の男が姿を現した。
1人は魔術師といった格好をしており、あとの2人は剣を持っている。

追っ手A「………」

魔女(ど、どうしよう)

頭が回らなかったことを後悔した。本当なら、魔力を察知した時点で家に戻って暗黒騎士に知らせねばならなかった。
だが、その行動ができなかったことを今更悔いても仕方ない。

魔女(今すぐ逃げ帰ろう)

魔女は足元にある箒を手に取ろうとかがんだ。
だが――

ビュッ

魔女「!!」バッ

追っ手B「外したか……」

魔女(何、今の火の玉! わ、私を狙ったの!?)

追っ手C「間違いないんだな……こいつが"深緑の森の魔女"なのだな」

魔女「!!」


深緑の森の魔女――外の世界での魔女の通称、と暗黒騎士に聞いた。
その名を口にしたということは、彼らは自分を探していたらしい。しかも、攻撃してくるなんて……。

追っ手A「やるぞ!」

追っ手B「あぁ!」

魔女「!!」

状況が掴めぬまま、魔女は男たちに囲まれた。
男たちはためらう様子もなく襲いかかってくる。

魔女「きゃあぁ!!」ビュンッ

魔女はとっさに上空へと逃げた。

魔女(よくわからないけど、逃げないと………)

追っ手C「……重圧の魔法」

魔女「!!」グラッ

魔女の体に負担がかかる。浮遊する力を保てず、魔女は地面に落ちた。

魔女「~っ……」

追っ手A「これで逃げられまい…覚悟しろ」チャキ

魔女「!!!」

地面に叩きつけられた際に体を痛めて、立ち上がることができない。
初めて向けられる"殺意"に、魔女は血の気が引いた。

魔女(ど、どうして……?)ガタガタ

だけど彼らは答えをくれそうにもなく――

追っ手B「死ねぇ――っ!!」

魔女「――っ」

躊躇なく、魔女に刃を振り下ろした。


ゆっくり動く視界の映像――魔女の瞳には、黒い影が映った。





ガキィン


追っ手A「!!」

魔女「あ……」


黒い影の正体は、物々しい黒い鎧。


暗黒騎士「……」

刃を受け止めたのは、暗黒騎士だった。


追っ手B「この黒い鎧……魔王軍の暗黒騎士か!?」

追っ手C「奴も賞金首の1人だ、やるぞ!!」

追っ手達は怯む様子もなく構える。
対する暗黒騎士は――

暗黒騎士「……」

表情の見えない鎧、貫く無言。その感情は読めない。
だけどわかるのは――剣を構えるその姿は、決して3人の追っ手相手に怯んではいない。

追っ手C「はああぁぁ!!」

魔術師風の男が、手から炎を放った。
殺意の込められた炎は、人間を一瞬で焼き尽くしそうな程に激しい。


――相手が、常人だったなら。


暗黒騎士「……」ブンッ

追っ手C「な、何だと!?」


暗黒騎士は炎を、剣ひと振りでかき消した。
追っ手は初めて動揺を顔に浮かべた。

追っ手A「怯むな! 評判通りの実力者だが……」

追っ手B「3人がかりで攻めりゃ殺れるはずだ!」

そう勇ましく言った追っ手達は、宣言通り、暗黒騎士に襲いかかった。
刃が2つに、暗黒騎士を包もうという炎――防御の手が足りない。

魔女「暗黒き――」

名前を言い切る前だった。

風が起こった。
周囲を突き刺すような風だった。

とっさに目を瞑った魔女は、気付く。
その風は、暗黒騎士を中心にして巻き起こった風だった。

そして目を開けた時には――

魔女「あ――」


その場に倒れた追っ手達を、暗黒騎士は平然と見下ろしていた。



魔女「あ、暗黒騎士、さん……」

彼の表情は相変わらず見えない。
もしかして彼は、追っ手達にトドメを刺そうと考えているのかとも一瞬思ったが――

暗黒騎士「危険な目に遭ったな」

魔女「あ……」

魔女にかけられた声は、いつも通りだった。
そして暗黒騎士は、思い出したように兜を脱いだ。

その表情は――

暗黒騎士「立てるか?」

見慣れた、いつも通りの顔で。

魔女「う……」

その顔を見た瞬間、

魔女「暗黒騎士さあぁぁ~ん……」グスグス

暗黒騎士「あー、怖かったなー。もう大丈夫だぞー」

何だかホッとして泣けてきた。


暗黒騎士「獣人の坊主が、人間たちの動きが不穏になっていると知らせてきてな。嫌な予感がして来てみたんだが…正解だったみたいだな」

魔女「うぅ、えうっ」グスッ

暗黒騎士「とりあえず帰るか。森の住人達が集まっているぞ」

魔女「はい……いつっ!!」

暗黒騎士「…! 怪我をしているのか!!」

魔女「は、はい、全身を打ってしまって……あいたた」

暗黒騎士「無理はするな」ヒョイ

魔女「きゃあ!」

これは……お姫様抱っこ?

魔女「あぅあぅ…暗黒騎士さぁ~ん……」

暗黒騎士「何だ、惚れたか?」

魔女「い、いえいえいえいえいえいえ!!」ブンブン

魔女(私が動けないから、こうするのは当たり前じゃない……うぅ、自意識過剰で恥ずかしい)

暗黒騎士「お前を痛めつけたのはどいつだ?」

魔女「えーと……確か、そのローブの……」

暗黒騎士「……」ゲシッ

追っ手C「グエッ!!」

魔女「!?」

暗黒騎士「さぁ帰るか」

魔女「は、はい」

魔女(どうしよう、何考えているかわからない……)





ケモ耳「大変だ。人間達は、この森の住民を狩るつもりだよ」

集まっていた住民達がざわつく。
正に、寝耳に水の情報だった。

ケモ耳「権力者の演説があるっていうから、偵察に行ったんだけど……」

森の住民達の中では人間に近い個体であるケモ耳は、度々こうやって人間達の情報を持ち帰ってくる。
大抵のことは森の住民達にとって関係ないことなのだが、今回は大いに関係があるらしい。

ケモ耳「魔王が討たれ、残党は狩られていき…魔物はもう、人間達にとって脅威じゃない。だが残党狩りを続ける人間達は、その勢いに引っ込みがつかなくなってやがるんだ」

暗黒騎士「それで、森の住民狩りに以降したというわけか」

この森は魔女や半獣のケモ耳のような、『人間』にも『魔物』にも属せない者が集まっている。
住民の中には、人間や魔物に迫害されて森に来た者も多数いるのだ。

魔女(森の住民が人間に報復するかもしれないと考えると…確かに、今の魔物以上の脅威かもしれないわ。……勿論、そんなのは人間による邪推なんだけど)





それから数日、人間達は動きを見せていた。
森には軍隊や武装したパーティーが足を踏み入れるようになり、不穏な空気が流れ始めた。

これに対し森の住民は、幻惑の魔法が使える者は森の奥への道を隠し、移動魔法を使える者は無限ループの道を作り出した。
いくら人間達がこちらを狩る気満々とはいえ、それを撃退してはますます彼らを刺激するだけ。だから、彼らを避けることで自分たちを守った。

魔女「……でも、それで収まるかしら」

森の住民達も想像はできていた。こちらが罠を仕掛ければ、その内、人間達はその罠の上を行く手段を取る。
現状の対処法は一時的な対処法に過ぎず、かといって興奮している人間達を抑える方法も見つからない。

暗黒騎士「やれやれ……これでは、人間と魔物の争いの時代に逆戻りじゃないか」

魔女「知ってます? 種族という"壁"が争いの火種になる前は、国境という壁が争いの火種を作っていたんですよ」

暗黒騎士「あぁ、人間同士、魔物同士で争っていた過去もあるとか」

魔女「その人は寿命を迎えてしまったのですけれど、人間でありながら人間に迫害され、この森の住民になった人もいました。…何だか、いつの時代にも迫害は無くならないみたいですね」

暗黒騎士「それは生物の本質なのかもしれんな。それに巻き込まれた以上、自分を守る為に、戦うか逃げるかしかない」

魔女「この森は"逃げ場"だったのに……そこすら奪われようとしている」


既に、森から逃げ出した住民もいる。彼らは無事に逃げ延びたのか、それとも殺されたのか――それはわからない。
だけど、この森で生まれ育ち、この森以外を知らぬ魔女は、なかなかその決断ができずにいた。





長老「人間達と交渉してみるのはどうだろうか」

住民達で話し合いの場を設けた際、長老からそんな意見が出た。
住民達はざわめくと同時、興奮して声をあげた。

「無駄に決まっている!」
「話の通じる連中じゃない!」
「交渉で解決しないことは、歴史が証明している!」

長老「しかし、このままでは我々が狩り尽くされるだけじゃ。…そうなる前に、できる行動は取っておきたい」

魔女(そ、そうよね……)

確かに交渉は無駄かもしれない。
だけどやってみて、何か状況改善に繋がることはないか…。

そんな期待を抱いたが。

暗黒騎士「……無駄だろうな」

それは、あっさり否定された。

暗黒騎士「人間達の行動理由が、森の住民への"脅威"であるなら、住民が今後も人間を襲わないと証明しなければならない。…だが人間は、そんな段階は飛び越えてとうに行動を起こしている。聞く耳も持たないだろうな」

長老「こちらは我々を狩ろうとする人間を攻撃していない。これが証明にはならぬか?」

暗黒騎士「人間達の行動が止まっていない以上、証明としては弱い。もし、証明するとしたら――」

暗黒騎士の表情は険しくなった。

暗黒騎士「――降伏するしかない。それも生物としての尊厳も自由も、人間達に奪われる形でな」

魔女「そ、そこまで!?」

暗黒騎士「命があるだけマシかもしれんぞ。魔王軍の残党は殺されているからな」

魔女「………」

暗黒騎士「あくまで俺の予想だ。それでも交渉してみようというのなら、止めはしない」

しかし、住民達はそれで黙ってしまった。

平穏に暮らせる未来はないということか。
先の未来には絶望しかない。だというのに頭がそれを受け入れることができず、どうにも実感が沸かない。

魔女(ちゃんと…考えないといけないのに……)





魔女「うぅ……」

暗黒騎士「どうした? 話し合いの最中から、ずっと顔が青いが。体調が悪いなら、横になるか?」

魔女「青くもなりますよ…だって、怖いじゃないですか」

暗黒騎士「怯えていた所で状況が改善するわけじゃない。だったら、何があってもいいように堂々としていろ」

魔女「暗黒騎士さんみたく修羅場には慣れてないですよ……」

暗黒騎士「まぁとりあえず座れ、紅茶を淹れてやる。紅茶はリラックス効果があるそうだぞ」

そう言って暗黒騎士はお湯を沸かし始めた。
その動作は優雅でもあり、一切の動揺が見えない。

魔女「気休めじゃないですか……」

暗黒騎士「俺の紅茶が飲めないというのか? ん?」

魔女「いえいえっ、頂きますっ!」

暗黒騎士「素直でよろしい。ほら、甘くしておいたぞ」

魔女「はい……」

頭の中は不安で一杯で先のことはわからないけど、とりあえず今は差し出された紅茶を頂くことにした。
紅茶はぽかぽか暖かくて、体の中から温めてくれる。

暗黒騎士「どうだ、落ち着いたか?」

魔女「は、はい」

暗黒騎士「強がらなくていい。今でも不安で一杯なんだろ?」

魔女「……はい、ごめんなさい」

暗黒騎士「何を謝る」

魔女「せっかく、リラックスするようにって紅茶を淹れて下さったのに……」

暗黒騎士「お前、自分で言ってただろ。紅茶のリラックス効果なんて、所詮気休めだ」

魔女(じゃあどうして紅茶を……)

暗黒騎士「じゃあ、安心させてやる」

魔女「?」

暗黒騎士は自分の紅茶を飲み干すと、魔女の肩に手を置いた。

暗黒騎士「俺がお前を守る。どうだ? 何より安心できる言葉だろう?」

魔女「~っ……」

安心…魔女の知る安心感とは何か違う。頭がぐちゃぐちゃになって、何か変な感じ。
というか、彼が守るというのは……。

魔女「ど、どうして?」

暗黒騎士「そりゃ居候になった礼くらいしないとな」

魔女(あぁ……そういう理由)

今度は何かモヤモヤした。何のモヤモヤかは、わからないけど。

魔女「……それだけの理由で、暗黒騎士さんを危険に晒すのは…」

暗黒騎士「俺は危険だと思っていない。そんなに申し訳なく思うことではないぞ」

魔女「そ、それなら私だって……」

暗黒騎士「?」

暗黒騎士は居候のお礼、と言ってくれた。
だけど暗黒騎士を居候させることだって、魔女にとって負担ではなかった。

魔女「確かに暗黒騎士さん意地悪なところあるけど…だけど、私も楽しくて……」

暗黒騎士「楽しい?」

魔女「その…家族ができたみたいで……」

暗黒騎士「……その言葉は卑怯だろ」ハァー

魔女「え? え?」

暗黒騎士「ますます守ってやりたくなったじゃないか。どうしてくれる」コツン

魔女「え、ええぇ!? そ、そんな! 守って頂いても、私何も返せないですし……」アワアワ

暗黒騎士「ほう? 返してくれるのか?」

魔女「……え?」

暗黒騎士が微笑んでいる。その表情は艶っぽく、眼差しはこちらをしっかり捉えていた。
普段見せない暗黒騎士の表情に、魔女はただドギマギするばかり。

魔女(な、何?)

暗黒騎士「じゃあ、俺が――」クイッ

魔女「!!」

暗黒騎士「――お前をくれと言ったら、くれるのか?」

魔女「――っ!?!!?」

頭が一気に沸騰した。
だって、そんなこと言われるなんて思っていなくて――

魔女(わ、私をあげるっていうのは、その、つまり……)ドキドキ

胸がドキドキ。顔はきっと変な表情を浮かべている。
まるで誘惑の魔法にかかったみたいに、頭の中が暗黒騎士で一杯になって。

魔女(何よ、これーっ!?)ドキドキドキドキドキドキ

暗黒騎士「……なんてな」

魔女「……え?」

暗黒騎士の一言で、魔法が解けたみたいに熱が引いた。

暗黒騎士「冗談だから安心しろ」

魔女「え……冗談」

暗黒騎士「お前が俺に何か返したいなら、いつか返してくれればいい。代わりにお前をくれ、なんて要求はしないから」

魔女「あ、は、はい……」

嘘みたいに頭が冷えてきた。
そうだ、そんなの冗談に決まっている。少し考えればわかることではないか。
むしろ、冗談でなければ困る。

魔女(……でも)

熱が引いた後に、よくわからないモヤモヤが残った。

魔女(……変なの)

せっかく淹れて貰った紅茶の味も、よくわからなくなっていた。





ケモ耳「交渉に向かった長老がやられた」

暗黒騎士「交渉が決裂したか……」

次の集まりの時、住民達は顔を青くしていた。
交渉は期待できないとわかっていたつもりだったが、それでもどこかで期待する気持ちもあったのだろう。

「冗談じゃねぇ! 殺されるくらいなら、戦った方がマシだ!!」

誰かがそう声を荒げると、「そうだ」と同調する声が次々と上がった。
しかし、魔女は同調できなかった。

魔女「森の住民の総力をもって、人間に立ち向かえる? 皆殺しの未来しか私には見えないわ……」

ただ殺されるよりマシだという主張はわかる。
だけど、どうにも……

ケモ耳「あるんじゃない? 立ち向かう方法……」

視線が一斉にケモ耳に集まる。
特に殺気立っている連中は「どういうことだ」と彼を急かす。

ケモ耳「……魔王軍の残党を味方につけるんだよ」

暗黒騎士「!!」

ケモ耳「この森の住民は、戦力はないが特殊な力の持ち主が多い。魔王軍の残党どもと手を組めば、かなりの戦力になるはずだよ」

魔女「そんな……」

この森の住民には、魔物に虐げられていた者もいる。
そんな方法を採るのはどうかと思ったが…。

「それだ!!」

誰かが声を上げた。

「魔王軍の奴らの戦力なら期待できる!」
「今や奴らも迫害されている身、我々を虐げている余裕などないはずだ!」
「残党どもを探し出し、交渉するんだ!」

魔女「………」

具体的な話が出て、話が現実味を帯びてくる。

争いなんて遠い世界の話だった。
だけどそれが変わる。争いが起こる。ここは平穏じゃなくなる。明日を生きられるかもわからない毎日がやってくる。

その"現実"が頭に入ってきて――目の前の光景が歪んで、気が遠くなった。

暗黒騎士「……」

暗黒騎士はそんな魔女の様子に気付いてか、倒れる前に魔女を支えてくれた。
肌に伝わる彼の感触。それは今魔女が唯一受け入れられる現実。
守ってくれると約束してくれた彼。ずっと彼の腕の中で、この現実から守られていたかったけれど――

魔女(……駄目、なんだ)

完全に現実逃避できるほど弱くなかった自分の心を、今は恨めしく思った。





魔女の日課から散歩が無くなった。
外は危ないから。いや、それ以上に、外の光景を見たくなかったから。
森のどこで争いがあった、人間側の誰かを殺して、魔王軍の誰かが殺された……そんな話を聞くから、人との関わりを絶った。

ただ1人を除いて。

暗黒騎士「帰ったぞ」

魔女「……暗黒騎士さん!」ギュッ

暗黒騎士「!」

帰ってきた暗黒騎士に飛びつく。
今日も帰ってきてくれた。それを実感する為に、彼の感触を確かめる。

魔女「良かった…良かったぁ」グスグス

顔を合わせる度にメソメソする。きっと今の自分は重苦しい。

暗黒騎士「……だから大丈夫って言っただろ」

だけど彼は、そんな自分を突き放すこともなく。

暗黒騎士「ほら、果物持って帰ってきたぞ。最近、痩せただろ? その痩せ方は可愛くないぞ」

魔女「グスッ…はい、頂きます」


暗黒騎士は、森にとって大事な守り手となっていた。
本当は自分の世話を焼いている場合じゃないのだけれど。

魔女「美味しいです」

暗黒騎士「なら笑え、こうやって」ムニッ

魔女「んひゃっ! もぉ~、暗黒騎士さんったら」


彼といる時間は平穏で。


暗黒騎士「もう、いい時間だな。寝る準備できたか?」

魔女「はい、バッチリです」

暗黒騎士「じゃ寝付くまでナデナデしててやろう」

魔女「やめて下さいよぉ~」

暗黒騎士「顔と声がそう言ってないんだよ。ほらほら」ナデナデ

魔女「あうぅ~」


幸せだった。
だから手放すことができない――良くない依存だと、わかってはいるけれど。




暗黒騎士『――お前をくれと言ったら、くれるのか?』



魔女「はぁ~……」

いつかの彼の言葉を今でも覚えている。
何度もその言葉を、頭の中で繰り返す。

魔女(今日も、暗黒騎士さんの夢を見たいな)

寝る前に彼を想えば、彼の夢を見られる。
現実逃避できない頭だから、せめて夢に浸っていたい。だって夢の中でなら、心の底から笑っていられる。


彼が側にいて、何の心配もなくて、2人触れ合っていて――



ドオオォォン

魔女「!!」ビクッ


突如、大きな爆発音が魔女を現実に引き戻した。

魔女「な、何……?」ガタガタ

暗黒騎士「おい、大丈夫か!」

すぐに暗黒騎士も駆けつけてきてくれた。

暗黒騎士「夜襲があったが、夜番の奴が対処した。もう心配いらないぞ」

魔女「は…はい……」

そう、自分は危険から遠い場所にいる。
彼が言うのだから大丈夫、心配いらない……。

魔女「おやすみ…なさい……」

暗黒騎士「……」

だけど暗黒騎士は部屋を出て行ってくれなかった。
そして、ふぅとため息をついた。

魔女「ど、どうしたんですか……?」

暗黒騎士「全っ然、大丈夫じゃないな」

魔女「え……えっ!?」

そう言って、暗黒騎士は魔女の寝ているベッドに腰掛けた。
そして大きな手で、魔女の頬を撫でる。

暗黒騎士「なにが『大丈夫です』だ、怖がりめ」

魔女「わ、私、何も言ってませんよ!」

暗黒騎士「顔が言ってる。『大丈夫なのでお休みなさい。あ、でも本当は怖いなぁ~、っていうか一緒にいて下さいよウルウル』ってな」

魔女「言いがかりです~……」

暗黒騎士「言いがかりでも何でもいい。放っておきたくないんだ、俺が」

魔女「……」ギュ

暗黒騎士の腰に腕を回して、言葉の代わりに気持ちを伝える。
彼は強引だ。だけど本当はこっちを気遣ってくれる――要するに、優しい強引さなのだ。

暗黒騎士「立ち向かえる程強くもなく……現実から逃げられる程、弱くもないか」

頭を撫でながら、暗黒騎士はふと、そんなことを口にした。

暗黒騎士「俺に依存するのが1番楽なら、そうしていればいい。俺なしで生きられない女がいるというのは男冥利に尽きる」

魔女「…もしかして、不健全なこと言ってません?」

暗黒騎士「お互い様だ」

そう笑いながら、ほっぺをむにっとつままれた。

暗黒騎士「いいんでないか。こんな状況で正常な気持ち保っていられる奴の方が異常だ」

魔女「暗黒騎士さんは…正常じゃないんですか?」

暗黒騎士「どうしてそう思った?」

魔女「だって…暗黒騎士さんっていつも強引で、自信満々で……私には、眩しく見えるから」

暗黒騎士「見る目がないものだな」

今度は額に指を当て、軽くぐりぐりされた。

暗黒騎士「必死こいてこの森に逃げて、見知らぬお前に助けを求めた俺が、強いわけがない。心外だ」

魔女「…それも、救われたのは私の方です」

暗黒騎士「?」

魔女「……あの時初めて、私は必要としてもらえたから。貴方は、貴方を助けるという役目を私にくれた」

彼を助け、彼に助けられ、彼は大切な家族となった。
自分を必要としてくれる人ができて初めて、魔女は自分が『存在してもいいのだ』と思えるようになった。

魔女「貴方は世界から弾かれていた私を…初めて、必要としてくれました。必要としてもらえることって、こんなに嬉しいことなんだって…私、初めて知りました」

暗黒騎士「……そうか」

暗黒騎士の笑みは穏やかなものだった。

暗黒騎士「…もしかしたら、お前はそういう点では俺より強いかもしれないな」

魔女「え?」

暗黒騎士「俺なら世界から弾かれて、誰にも必要とされない状況など耐えられない。…今だって、お前がいるから自分を保っていられる」

魔女「……変なの。暗黒騎士さんは、森にとって必要な人となったのに」

暗黒騎士「そういう問題ではないんだよ、これは」

誤魔化すように額をぐりぐりされる。
そういう問題でないと言うのなら、そういう問題でないのだろう。

魔女(でも、そっか――)

暗黒騎士は魔女が思っていた以上に、魔女を必要としてくれている。
それがたまらなく、嬉しくて――

魔女(私――)


暗黒騎士と過ごした日々を思い出す。
ちょっと意地悪で、強引で、それで優しかった彼。
その思い出のひとつひとつが、魔女にとっては大切なもので――

魔女(私、暗黒騎士さんのこと――)


魔女「…ねぇ、暗黒騎士さん」

暗黒騎士「何だ?」

魔女「私――」



魔女「貴方に、私をあげたい」

暗黒騎士「――」




暗黒騎士『――お前をくれと言ったら、くれるのか?』


いつか彼が言った言葉。
冗談だ、と彼は言ったけれど、魔女にとっては心を打つ言葉だった。

魔女「私をあげます。…貰ってくれますか、暗黒騎士さん」

暗黒騎士「……」

暗黒騎士は黙る。
やっぱり唐突すぎて駄目だったか…と思ったが。

暗黒騎士「……困ったな」

魔女「え?」

暗黒騎士「こういう時、どうすればいいのかわからない。……女相手の経験値が全くないものでな」

魔女「他に経験があったら、なんかイヤ」

暗黒騎士「……そうか」

魔女「暗黒騎士さんの言葉で答えて下さい」

暗黒騎士「……」

暗黒騎士は何も言わなかった。何も言わず、魔女の頬に手を添える。
そして――


暗黒騎士「ん――」

魔女「――」


唇同士が重なる。
彼らしく、ちょっと強引で荒々しい唇は、魔女の全身に熱を走らせる。

暗黒騎士「……なぁ」

唇を離した暗黒騎士は、ちょっと困ったように言った。

暗黒騎士「…どこまで貰っていいんだ? お前の嫌がることは、したくないのだが……」

魔女「……くすっ」

彼らしくない言葉に思わず笑ってしまった。
勿論、今まで彼に嫌なことをされたことなんてないけど。

魔女「――全部。私も、貴方の全部が欲しい」

暗黒騎士「……そうか」

今度は額に軽いキスをされた。
本当はちょっと怖いけれど、それ以上に期待が大きい。

暗黒騎士「……こういうの初めてだから、よくわからないが…」

魔女「私もですから」

笑ってそう言うと、彼もはにかんだ。
その笑みが、触れる指先が、暖かい吐息が、全てが愛しくて――


暗黒騎士「――」

魔女「――」


互いの気持ちは混ざり合い、2人は互いの全てを貰い合った。


―――――――
――――
――


ケモ耳「居住区を移動する?」

ある時の集会でそんな意見が上がった。
意見を出したのは――

呪術師「はい…。森の中を散策していた所、古い時代の魔法陣を発見しましてね。その魔法陣周辺を戦地にし、居住区は更に奥に移した方が安全でしょう」

元魔王軍の呪術師。魔王軍でトップクラスの魔法の使い手だった者だ。

呪術師「恐らく、かつてこの森に追いやられた魔法の使い手が残したものでしょう」

暗黒騎士「それはどんな魔法陣だ?」

呪術師「近くにいる者の魔力を活性化させる魔法陣――それも、我々魔物にのみ効果があるものです」

暗黒騎士「ふむ……それが本当なら、こちら側にとって有利になるな。それで、森のどこにあるんだ?」

呪術師「森の、深淵の場所ですね」

魔女「深淵ですか……」

暗黒騎士「何か問題が?」

魔女「えぇ……魔力の密度が濃くて、あそこの空気は苦手なんです」

暗黒騎士「なるほど」

呪術師「しかし人間達は少しずつ、森の奥に進んできています。このままでは居住区にまで来られて、弱者は虐殺されかねません」

魔女「……」ブルッ

暗黒騎士「ここが危険になるのなら、お前には避難してほしい」

魔女「…わかりました」

ここで嫌だと抵抗するのはワガママだろう。魔女は了承した。
他に反対意見も出ず、住民達は居住区を森の奥に移動することにした。





しかし、ある程度予想できていた事態が魔女の身に降りかかった。

魔女「うーん……」

ケモ耳「参ったな。魔女、今日もあんまり食べてないよ」

居住区の空気が合わず、魔女は数日で体調を崩した。
居住区に作られた簡易な集合避難所で、魔女は寝込んでいた。

暗黒騎士「魔女…くっ、何故こんなことに」

呪術師「ここ一帯に流れている魔力が、魔女様の体質に合わないのでしょう」

暗黒騎士「他の場所に移るわけにはいかないのか」

呪術師「危険ですよ」

暗黒騎士「しかし……」

魔女「暗黒騎士さん、大丈夫です…。安全な場所にいるのが1番ですから」

暗黒騎士「魔女……」

自分だけ居住区を移せば、暗黒騎士は自分を守ろうと頑張ってくれるだろう。
だから、それはしたくなかった。頑張らせてしまえば、彼がやられる危険性だって高くなる。

呪術師「気休めですが、薬を煎じました。これで多少、楽にはなるでしょう」

暗黒騎士「…飲めるか?」

魔女「ふふ…飲めないって言ったら、口移しで飲ませてくれるんですか?」

暗黒騎士「……場所を考えろ。前の居住区と違って、他の奴らの目もあるのだからな」

魔女(知ってる。でも冗談を言えるくらいの元気はある、っていうのを見せれば、少しは安心してくれるかなって)ゴクッ

魔女「にがぁ~……」

呪術師「少し頭がボーッとするでしょうが、効いてくるはずです。ゆっくり体をお休め下さい」

魔女「はい……くうぅ~」

暗黒騎士「…早いな、寝るのが」


ここ数日は気持ちが悪くてろくに眠れなかったけれど、久々に安眠できた。
だけど呪術師の言う通り頭がボーッとしてきて、時間の感覚が無くなってきた。1日に何回寝て、何回起きたのかも記憶にない。

居住区を移してから何日経ったのだろう。昨日のことのようにも、1年も前のことのようにも思える。


暗黒騎士「……気分はどうだ」

魔女「えぇ…良くなってきました」

目を覚ました時に暗黒騎士がいない時もあった。今はいる。だから今回は『当たり』だ。
こちらが冗談を言った時には人目を気にしていた彼は、顔を合わせれば頭を撫でてくれた。その感触が気持ちよくて、夢ではないと認識できる。

暗黒騎士「…なぁ知ってるか。森をもっと奥に進めば、海があるんだ」

魔女「そうなんですか……私、海って本でしか見たことないです」

暗黒騎士「空気が澄んでいて、気持ちいいぞ。潮風は鎧に良くないから、非武装時に行きたいものだがな」

魔女「ふふ…そうですね。戦いが終わったら、行きたいですね……」

暗黒騎士「勿論、行くぞ。お前の行きたい所、どこにでも連れて行ってやる」

魔女「約束です…よ……」スヤァ

暗黒騎士「寝たか」


期待なんてしていなかった。
戦いが終わるのか――終わったとしても、自分と暗黒騎士はその時、生きているのか。
怖いから考えないし、期待しない。きっと、そんな未来は来ない。

だけど嬉しかった。彼はきっと、本心で言ってくれた。それだけでもう、過ぎた幸せだ。

魔女(海、かぁ……)

期待しない。現実では。
だからせめて、そんな夢を見られるように祈る。
最近ずっと寝てばかりなのだから、そういう夢を見れたっていいと思う。


ザザッと波の音が聞こえる。海を知らないのに、どうしてか『リアルな海』だと思った。

――あぁ、見れた。夢で見れた。

場所は海に面している断崖絶壁。できれば砂浜の方が良かった。
あとは約束の通り、ここで暗黒騎士とデートできれば良いのだけれど。

「暗黒騎士さん」

呼びかける。返答はない。
これじゃあ意味ない。一緒じゃないと意味がない。

走る。だけど夢の中じゃ上手く走れない。
暗黒騎士の姿を探す。ここにいて欲しい、一緒にいて欲しい――

ふと、黒い姿が目に入った。

――いた

潮風は鎧に良くないと言っていたのに、相変わらずの鎧姿。あぁ、夢にこんなこと言うのは無粋か。

「暗黒騎士さん」

呼びかける。だけどやっぱり返答はない。
ここに"彼"はいても"私"はいない。一緒じゃない。

寂しさを感じていると、足音が聞こえた。この足音は――?

?「見つけたぞ、暗黒騎士」

――誰?

知らない男。歳は暗黒騎士と同じくらいか。
何だか様子が穏やかじゃない。

暗黒騎士「――勇者だな」

――勇者? 彼が?

勇者「国王命令によりお前を討つ。覚悟するがいい」

暗黒騎士「…悪いな。殺されてやる気はない」

2人は剣を抜く。
互いににらみ合い、そして――




魔女「!!」ガバッ

ケモ耳「魔女?」

夢から覚めた。暗黒騎士の姿は――いない。

魔女「あ、暗黒騎士さんは!?」

ケモ耳「暗黒騎士? 今は警備に入ってるよ」

魔女「どこ! どこの!?」

ケモ耳「え? えーと……」

呪術師「……海の方ですね」

魔女「!!」

胸騒ぎがした。今の夢、まさか――

魔女「…っ!」ダッ

呪術師「あっ、魔女!」

魔女は飛び起きて、箒を手に取った。
海の場所はわからないけど、上空からならわかる。

ずっと寝ていたせいか体が思うように動かなかったが、それでも何とか必死に力を振り絞り、飛び立った。

ケモ耳「魔女、どうしたんだ……?」

呪術師「……私が後を追いましょう」



呪術師「ク、ククク……」

呪術師「遂に来たか……"覚醒"の時が」





魔女(暗黒騎士さんは……)

上空から景色を見て、海は見つけた。
できれば初めての海は暗黒騎士と一緒に見たかったけれど――そんなこと言っている場合ではなく、暗黒騎士の姿を探す。

魔女(やっぱりあれは、ただの夢だったのかしら……?)

――いや、そうではない。

根拠はないけど、何故かそう確信できる。
彼は勇者と戦っている。早く彼を見つけないと……。

その時だった。

魔女「あっ!!」





暗黒騎士「クッ……」

勇者「評判通り、剣の腕は良いな」

それはこちらの台詞だ。
仲間と一緒とはいえ、あの魔王を討った勇者だ。
普通に考えて、自分が勝てる相手ではない。

暗黒騎士(だが、無事に逃げ延びる――というのは、甘い考えなのだろうな)

それなら出来るだけ粘り、応援が来るのを期待するしかない。

だが――

勇者「ハアアァッ!!」

暗黒騎士「!!」

一擊一擊が重い。剣撃を受け止め続けた腕は、もう大分疲弊している。
体力的には限界に近く、あと数分も持つかどうか。

暗黒騎士(…だが、俺は死ねないんだ)

待っている人がいるから。
自分が死ねば、彼女は絶望するか、もしくは自分を忘れてしまうか。

暗黒騎士(どちらも嫌だ)

自分は欲張りだから、自分の力で全てをくれた彼女を幸せにしたい。
だから絶対に、死ぬことはできない。

勇者「――甘いんだよ」

暗黒騎士「――」

肩に熱い痛みが走った。
鎧のほんのわずかな隙間を、勇者の剣が貫いたのだ。

勇者「気持ちの強さで状況を好転できりゃな……」

勇者が剣を大きく振りかぶる。
その光景が、ゆっくり見えて――


暗黒騎士「―――」


勇者「死ぬ奴なんて、誰ひとりいないんだよ…!」

胸が切りつけられる痛みも、崖から落ちる感覚も――頭が理解する前に、暗黒騎士の姿は水の中に消えた。





魔女「あ、ああぁ……」

勇者「!」

間に合わなかった。
暗黒騎士が切りつけられたその瞬間から、見ていたのに……。

魔女(見ていることしか、できなかった……)

勇者「…深緑の森の魔女か」

魔女「暗黒騎士、さん……」

魔女は崖から身を乗り出し、暗黒騎士の姿を探す。
だけど、姿は見えなくて…。

勇者「無駄だ。あの傷を負った上、あんな重い鎧を着ていれば……傷口が開くか、海に沈んでか、何にせよ助からん」

魔女「……」

助からない? 死ぬ? ――そんなわけない。暗黒騎士さんが、死ぬわけがない。

勇者「死ぬんだよ」

魔女「――」

勇者の冷たい声、そしてこちらに向けられた刃――不思議と恐怖心を覚えず、頭が冷えていく。
そして冷えた頭は徐々に、現実を受け入れ始めていた。

勇者「お前もだ。存在が害悪とされる魔女よ…お前も暗黒騎士の元に送ってやる」

魔女「暗黒騎士さんの元に……?」

一瞬、甘美な響きにも聞こえた。
彼は暗黒騎士に再び会わせてくれる。

だけどそんな考えに騙される程弱くもない心は、別の感情を生み出していた。

――暗黒騎士さんを奪った。この男が、私から、この世界から。

理不尽。それを受け入れろというのか。
自分たちの平和を崩した侵略者の分際で。英雄だか何だか知らないが――



――ふざけるな!!



勇者「――!!」


その瞬間に起こったことは、魔女自身も他人事のようだった。
おびただしい魔力が溢れている。濁った風が周囲を撫で、動物たちが逃げ出した。

この魔力の発生源は――

勇者「…これが、深緑の森の魔女の力か……」

魔女(私の――?)

魔女は冷静に魔力を感じてみた。
間違いない。魔力の発生源は自分。どうして、こんな魔力が自分に……?

勇者「…危険だな!」

勇者は駆けた。
勇者は自分を殺そうとしている――抵抗する手段は、ない。



"今こそ、覚醒の時――"

魔女「!」


魔女の頭の中に声が響いた。
姿は見えない。だが、頭に声を送っている魔力の持ち主は――

魔女(…呪術師さん?)


呪術師"おめでとうございます、魔女様。貴方は潜在能力を引き出したのです。ですが技術面は未熟ゆえに、その魔力を持て余すでしょう。ですから――"

魔女「!!?」

魔女の体に違和感が起こった。
自分でない何かが体に入り込んでくるような、自分の体なのに自由がきかないような――そんな違和感。

そして、目前に迫っていた勇者は――


呪術師"私が――手助けしましょう"


勇者「――がっ」

魔女「……え?」


魔女の発している魔力が刃となり、勇者の腹を貫いた。


魔女「え……えっ!?」

魔女自身、わけがわからなかった。
自分はただそこにいただけで、魔力を操ることなんて一切していなくて……。


呪術師「……やりましたね、魔女様」

魔女「…呪術師さん」

呪術師が姿を現す。
魔女はすぐに察した。

魔女「……私の魔力に干渉して、勇者を倒したのは……呪術師さんですね」

呪術師「その通り。もうじき死にます」

横目で勇者を見ると、腹から大量の血を溢れさせて痙攣していた。
グロテスクなその姿に、魔女は目を背けた。

呪術師「やりましたねぇ魔女様…暗黒騎士の仇である勇者を討ったのです! 貴方の力で!」

魔女「……貴方の目的は、何?」

先ほどからの呪術師の口ぶりから、彼は"こうなること"を読んでいたように思える。
それは魔女の覚醒のことだけでなく――ここで起こった、全てのことを。

呪術師「深緑の森の魔女の力は、魔王様を凌駕する――」

魔女「そのデマ話、暗黒騎士さんから聞いたことはあります。けど私が聞きたいのは……」

呪術師「貴方がデマと呼ぶこの話には、きちんとした根拠があるのですよ」

魔女「……根拠?」

呪術師「貴方は知らないでしょうが――遠い昔の貴方の先祖は、魔王様を凌駕する…それこそ、神に近い力の持ち主でした」

魔女「……」

いつ頃の話だろうか。少なくとも、ここ100年ちょっとの話ではない。

呪術師「貴方の先祖は野望のない方でしたが、その力ゆえに世界中から恐れられ――そして、この森に引きこもった。それからこの森には、世界から弾かれた者が集まるようになっていった」

魔女はこの森で生まれ育った。
だけどそんな経緯知らないし、聞いたこともない。恐らく、他の住民も。

呪術師「貴方自身が知らなくても、貴方には確実に、その力が受け継がれているのですよ……」

呪術師はニヤリと笑う。
魔女は本能的に嫌なものを察知した。

呪術師「ここの魔力の密度が濃い理由は、恐らく、貴方のご先祖様の影響でしょうねぇ。貴方の体はその魔力に触れることにより覚醒の準備に入り、そして感情が大きく高ぶったことにより……」

聞いていられない。これ以上、呪術師といてはいけない――そう思い、この場から逃げ出そうとした。が。

魔女(体が、重い……!?)

呪術師「あぁ、言い忘れていました。貴方に飲ませていた薬には、ちょっとした作用がありましてねぇ」

魔女「……っ!!」

魔女はその場に膝をついた。

呪術師「体の自由がきかないでしょう? これは薬の作用…私によって操られるというものです」

魔女「なっ……」

抗議しようにも声が出てこない。完全に、呪術師に操られている。

暗黒騎士を失った上に、この仕打ち。
絶望的だ、あまりにも。この状況は呪術師が作り上げたものだ。その元凶に、何もできないない上、いいようにされるなんて……。

呪術師「もう、この世界に希望なんて無いでしょう? 平穏な場所はなく、愛しい男ももういない。ね? 死にたいでしょう?」

全くもってその通りだ。今体が自由になるのなら、暗黒騎士の落ちた海に飛び込んでしまいたい。

呪術師「いらないでしょう、自分など。なら――捨ててしまえばいいのですよ」


魔女の中に、再び"何か"が入り込んでくる感覚があった。

魔力が勝手に流れる。自分でも信じられない程に絶大な魔力は、あっとう間に森を包み込んだ。
地面が揺れる。この揺れは魔力の乱れが起こしている。

そして――

魔女「!!」

黒いもやが森から上がったと同時、もやは城へと姿を変えた。
この城は、自分の魔力が――正確には、呪術師が自分の魔力に干渉して造り上げられたのか。


魔女「……あっ!?」

城から発生するもやが魔女を包み込み、そのまま魔女は城に引きずり込まれた。
抵抗などできず、されるがまま――怖い。

魔女「!!」

魔女はそのまま、城の中にある玉座に腰を落とした。
物理的な拘束などされていないのに、体をくくりつけられたように、そこから動くことができない。

呪術師「この城を中心として、森は新たな魔界となる――」

呪術師が部屋に入ってきた。

魔女(森が…新たな魔界に……!?)

呪術師「そして貴方は、魔界の養分となるのです」

ゾクリとイヤな感じがした。
養分――この状況から、嫌でもわかってしまった。

呪術師「貴方の魔力が魔界を、魔物を活性化させる。貴方はただ、そこにいるだけでいいのです」

魔女「い…いや……」

精一杯声を振り絞って出た拒絶の言葉に、呪術師はフッと笑った。

呪術師「嫌ならば、現実逃避すれば良い。まぁ1人でこんな部屋に閉じ込められていれば、いつかは発狂するでしょうがね。あぁ、貴方は食事や排泄といった、生物らしいことをしなくても生命維持できるようにしておきました。動く必要もありません」

わかりたくないのに、わかってしまう。
呪術師は魔女の心を殺そうとしている。心だけ殺して、なのに死なせてくれなくて――

呪術師「では魔女様、私はこれで。……もう、人が訪れることはないでしょう」

残酷な言葉をさらりと残して、呪術師は去っていく。

待って――彼が扉を閉じれば、魔女の世界は完全に閉じられる。人生が終わる。ただの養分としてだけ命を繋ぐ未来しかない。
それは嫌だ。嫌なのに――

魔女「――」

声が出ない。
呪術師がそうしたのか、頭が現実を受け入れてしまったのかわからないが――



ぱたり。ドアは閉じられた。



―――――――
――――
――


魔女「……っ!」

ベッド上で目を覚ます。窓の外には月。
変な時間に目が覚めてしまったのは、心を悪夢から守る為。

魔女「は、はぁ……」

暗黒騎士「…どうした?」

隣で寝ていた暗黒騎士が声をかけてきた。
魔女のただならぬ様子に気付いたのだろう。

魔女「ご、ごめんなさい、起こしてしまって……」

暗黒騎士「いや、いい。何かあったか?」

魔女「あ、いえ……ちょっと、怖い夢を見てしまって」

暗黒騎士「……ほう?」

魔女「す、すみません! 子供でもないのにバカみたいですよね!」

暗黒騎士「いや。……泣く程怖いことは、誰にだってある」

魔女「……え?」

頬をこすってみると、知らずに涙を流していた。

魔女「やっ、恥ずかしい…夢なんかで」ゴシゴシ

暗黒騎士「どんな夢を見たんだ?」

魔女「そ、それは……夢の話ですし」

暗黒騎士「聞かせろ。起こされた身としては知る権利がある」

魔女「……暗黒騎士さんが、いなくなってしまうんです」

暗黒騎士「ほう?」

魔女「争いが起こって、平穏な場所は無くなって…。暗黒騎士さんが、争いで命を落としてしまう。そんな……」

暗黒騎士「なるほどな」

魔女「で、でも夢ですし、ね!」

暗黒騎士「むしろ泣け。…そんな夢を見て、平気でいられる方が心外だ」ギュウ

魔女「!」

暗黒騎士が魔女を抱きしめる。
厚い胸板は暖かい。逞しい腕は、魔女を安心させるように包み込んでくれた。

暗黒騎士「このまま寝るぞ」

魔女「あ、暗黒騎士さん……そ、それは……」ドキドキ

暗黒騎士「こうしていれば、俺を感じられる。そうすれば、もうそんな夢は見ない。……それに」

魔女「それに?」

暗黒騎士「俺も、お前を失う夢は見たくない」

魔女「……ふふっ」

暗黒騎士「どうして笑う?」

魔女「いえ。何だか幸せだなぁ、って思ったんです」

暗黒騎士「そうか」

魔女「そうか、って。暗黒騎士さんは思わないんですか?」

暗黒騎士「ばかだな」

暗黒騎士は魔女の頭をコツンと叩いた。

暗黒騎士「いつも思っている。……お前と過ごしている間じゅう、ずっとな」

魔女「……そうですね!」


一緒にいる時間はずっと幸せ。それは当たり前のものじゃなくて、かけがえのないもの。

だからどうか、この時間が永遠になりますように――


―――――――
――――
――





ケモ耳「魔女。なぁ、魔女!」

ケモ耳「森の住民と魔王軍…魔界側は魔女の力を養分にして、人間側は勇者を失い……形勢逆転した」

ケモ耳「おかしな話だよね。ちょっと前まで人間達に追われていた側が、今では人間の世界を侵略しようとしている」

ケモ耳「短期間で状況が大きく変わったせいで…魔女の状況に気付くのが遅れちまった。ごめん…本当に、ごめん」

ケモ耳「ねぇ魔女……魔女はもう、完全に心を閉ざしちゃったのかな?」

ケモ耳「……ずっと返事も、反応もないね。やっぱり、耐えられなかったんだね」

ケモ耳「それなら、わかった。俺に魔女を助け出す力はない」

ケモ耳「でも、これは伝えておくよ、魔女」

ケモ耳「人間側も不利とはいえ、無能ではない。どうやら気付いたみたいだよ…魔女を養分として、魔界が力を得ていることに」

ケモ耳「そして今、この城は攻め込まれている。人間の王子が率いている一隊にね。きっともうじき、王子はここにやってくる」

ケモ耳「それでも魔女は、ここでこうしているのかな?」

ケモ耳「……じゃあね、魔女。俺は逃げる。もう会うことはないかもしれないけど」

ケモ耳「――どうか、元の魔女に戻れるように祈ってる」





誰かの声が聞こえたような気がしたけれど、ノイズとなって消えた。
聞こえるわけがない。ここには誰も来るわけがない。

そんな余計な"現実"よりも、もっと夢に浸っていたい。

だって夢の中は平穏で、愛する人がいて――幸せだから。

もう世界は捨てた。現実は捨てた。自分は捨てた。だってそれらは全て、"私"を苦しめるものだから。


暗黒騎士『そんなもの見るな――お前は、俺の方だけ見ていろ』


そうですね。私に必要なのは、貴方だけでした。



それが例え、夢が見せる貴方であっても――






「この部屋が魔力の発生源のようですね」

連れていた従者が言った。
この城に乗り込んで異種族達と戦闘を繰り広げ、遂にここまでたどり着いた。

とはいえ、その程度の苦労。
王子は人間側で剣を振るようになってから日が浅い。長い間異種族たちと戦闘を続けてきた従者たちに比べると、屁でもない苦労だ。

「入るぞ」

ぶっきらぼうな王子の言葉で、従者たちはすぐさまドアに手をかける。
ドアが開けられる。少しの隙間から、おびただしい魔力が溢れてくる――

そしてドアが全開になった時、気の弱い者ならそれだけで気を失いそうな程の魔力を全身に浴びた。

「これは――」

視線の先にそれを見た。

玉座に女が座っている。間違いなく、この魔界全体を覆っている魔力の発生源だ。
女は侵入者である自分たちに一切の反応をしない。

「死んでいるのか……?」

従者の1人がそう言った。
そう思う程に、女の顔からは生気といったものを感じない。

(いや)

だが王子は確信していた。この女は生きている。
王子にはこの女がどうにも呑気に見えた。状況の元凶となっているのに本人だけがそれに気付いておらず、まるで別のことを考えていて、その別のことに夢中で――

「……美しい女だな」

こちらもつい、呑気な言葉が出てきてしまった。

「王子、あの女が"深緑の森の魔女"でしょう。あの女を狩れば、魔界側を弱体化させられます」

興ざめすることを言う従者だ。
だが言うことはもっともで、自分はその魔女を狩りに来たのだ。

とにかく今は任務に忠実に、剣を抜いて――


呪術師「そうはいきませんねぇ」

「!!」

王子たちの軍と魔女の間に入るように魔物が現れた。
こいつは確か、手配書にあった呪術師という奴だ。

呪術師「このような場所まで、ご苦労様です。さぞかしお疲れでしょう」

出来ればこれ以上の戦闘は避けたいのだが――無理そうだ。

呪術師「勘違いしないように。私は見に来ただけですよ」

見に来た?

呪術師「"これ"はもう自分の意思を持たぬただの養分ですが……身に危険が及べば自動的に身を守るようにしているのですよ」

どういうことだ。仕組みがまるでわからない。
ただ1つ確かなことは、ここからが本当の難関ということか。

呪術師「さぁ狩るのです…愚かな人間どもを!!」

「!!」

王子は本能的に避けた。
飛んできたのは拳程度の小さな魔力の塊――だが、避けた先に1人の従者がいて…。

「うわあぁ――っ!!」

「――!?」

その塊に触れた従者は倒れた。
そして――確かめるまでもなく、絶命していた。

呪術師「小さい分、殺傷力を凝縮した魔法です。どうかご堪能下さい」

「うああああぁぁ!!」
「ぐああぁぁ――っ!!」

四方八方に飛び散る球体に次々と犠牲者が出る。

残ったのは――

呪術師「おやおや、ここまで残るとは。流石ですね、王子殿」

「……」

王子は全ての球体を避けていた。
とはいえ避けるだけで精一杯で、反撃に転じる余裕などまるで無かったが。

「…不思議な女だな」

呪術師「不思議? …おかしなことを。恐ろしい、というのが正しいのでは?」

「いや」

この期に及んで、魔女にマイナスなイメージを抱いていない自分も不思議だ。
魔女を殺したいとも微塵も思わない。だけどここから逃げたいとも思わない。

「その女はどうにも魅力的で困る。それも魔女の魔力なのか?」

呪術師「……」

呪術師が訝しげな顔をした。
気持ちはわかる。自分で口にした言葉なのに、おかしいと思ったくらいだ。

呪術師「ひとつ質問よろしいでしょうか」

「何だ」

呪術師「貴方は――」



呪術師「いつから"王子"となったのでしょうか――暗黒騎士殿?」





なんだか向こうが騒がしい。
今日は色んな人が来る。


暗黒騎士『どうでもいいだろう、そんなこと』


そうですね。本当にどうでもいい。

だから、耳を閉ざしてしまおうと思ったけれど。


「――俺は、何も覚えていないんだ」

どうしてか、この人の声が耳に届く。

「俺は瀕死の傷を負って海を漂っていたところを助けられた。その時にはもう記憶を失っていたが――背中には王家の紋章が彫られていた」

貴方は誰?

「どうやら俺は幼少期に魔物に誘拐された王子らしくてな。まぁ人間側も勇者を失って余裕を失っていたのだろう、俺は王子として軍勢を率いる立場に祭り上げられた」


言っていることはよくわからないけれど、貴方の声は何だか懐かしい。


暗黒騎士『"そっち"の言葉は聞くな』

だけど。

暗黒騎士『お前には俺がいればいい――そうだろう?』


そうですね――




?『ダメだよ』


え?


?『ダメだよ、いつまでも逃げてちゃ』


貴方は……?


?『あなたが見ている世界はニセモノだよ』


――わかっている、そんなこと。
私に現実なんていらない、入り込んでこないで。


?『聞いて、外の声を』


そんなことできない――


?『ダメだよ――本物を手に入れないと』


……本物?


?『怖くないから――目を開けて!!』



魔女「――!!」



目を覚ましたのはいつぶりだろう。
長いこと、ここから逃げていた気がする。だけど戻ってきたのは、どうしてか。

だけど寝ぼけているはずの頭なのに、目の前の"現実"がすぐに入ってきて――


魔女「……!!」



呪術師「なるほど……人間は藁にもすがるつもりで貴方に頼ったのでしょうね」

そこには、魔女をこんな目に遭わせた呪術師と、


暗黒騎士「そういう経緯だ。状況を理解するより先に使命を与えられた」

死んだと思っていた暗黒騎士がいた。


魔女(暗黒騎士さん――!!)


叫びたかった。走り出して、抱きしめたかった。
だけど動くことができない。
そればかりか――

魔女「!!」

暗黒騎士「おっと」ヒョイ

魔女の意思とは関係なく、魔女から発せられた魔法が暗黒騎士を襲う。
完全に操られていた。心以外の全てに、自由がきかない。

魔女(暗黒騎士さん……逃げて……!!)

やっと会えたけど。このままでは自分は暗黒騎士を殺してしまう。
だから心の中で必死に叫んだ。どうか、この声が届くように――


暗黒騎士「……その女、起きたな。目が開いたぞ」

呪術師「む。……目が開いたとはいえ、心を失った養分ですよ。気にせず戦いを続けると良い」

魔女(違う……!!)

心では必死に抵抗しているのに、呪縛は解けない。
暗黒騎士は記憶を失っていて、今では自分と敵同士。

魔女(私と暗黒騎士さんが殺し合わないといけないなんて――)

せっかく戻ってきたのに状況は最悪。

暗黒騎士「心を失った養分、か……」


こんな現実に戻ってくるなら、本当にそうでいたかった――そう、思ったけれど。


暗黒騎士「……俺には、そうは見えないな」

魔女(……え?)

暗黒騎士「その女、俺に何かを必死で訴えてる。…心を失ってないし、俺に敵意も抱いていない」

魔女「――!!」


わかってくれた――彼は、気付いてくれた。
なのに自分は、現実から逃げることばかり考えて――


暗黒騎士「聞きたいな、その女の言葉」

そう、自分は伝えないといけない。
だからまだ――

魔女(……諦めたりしない!!)


呪術師「……頭のおかしなことを。もう良い、貴方も死になさい!!」

複数の球体が暗黒騎士に襲いかかった。
暗黒騎士はそれを回避し――魔女の方に距離を詰めてきた。

暗黒騎士「何でだろうな――」

喧騒の中、彼のつぶやきが聞こえた。

暗黒騎士「死ぬ気がしない。こんな状況でもな」

呪術師「……小賢しい!!」

暗黒騎士「!!」」


球体が集まり、大きな塊となり、そして――

呪術師「行けえぇ――ッ!!」

塊は波のように、暗黒騎士に迫ってきた。
逃げ場所は――ない!

呪術師「これで終わりです! さぁ、今度こそ死ぬがいい!!」


魔女「――っ!!」


暗黒騎士が波に飲み込まれる。
これでは、暗黒騎士の命は――


?『大丈夫だから』


その時、夢の中で聞こえた声が元気づけてくれた。

魔女(貴方は誰――?)

呼びかけに返事は返ってこなかった。
だけどその時、魔女のお腹がドクンと動いた。

魔女(あぁ、そうか。貴方は――)



そして――


呪術師「……っ!?」

暗黒騎士「ほらな。やっぱ死ななかった」

呪術師「何故だ……何故、生きている!」

狼狽える呪術師は想像もできなかったのだろう。

魔女(暗黒騎士さんを…殺させやしない!)

魔女が呪術師の呪縛に、意思の力で歯向かったなどということは。


暗黒騎士「あんたが何者なのか、俺にはわからない…いや、覚えてないだけなんだろうな」

暗黒騎士は魔女に一歩一歩、近づく。ゆっくり、ゆっくりと。

暗黒騎士「王子に祭り上げられてから、流されるまま戦ってきたが――」

そして暗黒騎士は、魔女の前に立った。

暗黒騎士「――思い出させてくれ、全てを」


そう言って暗黒騎士は――魔女に、口づけをした。
体全体が熱い。呪術師に操られた時のように、暗黒騎士の唇を伝わって"何か"が入り込んでくるような感覚があった。
だけどそれは決して嫌じゃなくて、心地よくて――そして。

魔女「……全てあげます、貴方に」

呪術師「バ、バカな……!!」

魔女は久しぶりに声を出し、そして自分の意思で、暗黒騎士を抱きしめた。
暗黒騎士は――それよりも強い力で、魔女を抱きしめる。


暗黒騎士「――あぁ。思い出したよ、全部」

魔女「お帰りなさい…暗黒騎士さん」







城は崩壊した。
その際に呪術師を含む何名かが行方不明になった。

強力な要塞を失った魔界の者は散り散りになり、人間への侵略が収まった。
対する人間も長い戦いで疲弊しており、弱体化した魔界に攻め込む力もなかった。

こうして争いは多大なる犠牲を払い、両者の疲弊という形で沈静化した。





暗黒騎士「あれだけ激しい戦いだったのに、あっけないものだな」

魔女「そうですね」

2人は状況を静観していた。
魔界も人間側も疲弊している中、2人を追おうという者はいない。

魔女「疲弊から立ち直れば、また争いが始まるのでしょうか」

暗黒騎士「そうかもな。双方は新たな魔王、新たな勇者を立てるだろう」

魔女「その時が来たら……」

暗黒騎士「逃げればいい」

暗黒騎士は魔女の手を握る。
そして弱気になっていた魔女に微笑みを投げかけた。

暗黒騎士「俺たちには関係ない。……世界を回ればきっとある、平穏に過ごせる場所が」

魔女「…そうですね!」

何てことはない。また、世界から弾かれるだけのことだ。


暗黒騎士「じゃあ魔女、逃げるか」

魔女「はい、逃げましょう」

暗黒騎士「しかし、本当に何も得るものがない戦いだったな。失うばかりで」

魔女「…そうでもありませんよ」

暗黒騎士「何かを得たのか?」

魔女「えぇ、かけがえのないものを」

魔女はそう言ってお腹を撫でた。

暗黒騎士「まさか――」

魔女「現実から逃げていた私を助けてくれたのは――この子なんです」

暗黒騎士「……!!」

暗黒騎士は魔女を抱え上げた。
突然のことに魔女は驚き、慌てる。

魔女「お、お、降ろして下さい暗黒騎士さん!」

暗黒騎士「聞け、魔女。俺は今、最高にお前が愛しい」

魔女「!!」

暗黒騎士「お前は俺へ向けるものよりも、大きな愛情で新しい命を想え。俺は全力で守る、お前たちを」

魔女「暗黒騎士さん……」


目の前に彼がいて、彼を愛し、愛されて。

魔女「私も、守ると誓います」

例え世界から弾かれようと、幸せはここにあるから。
もう2度と失うことのないように――


魔女「私達の幸せを守ると、誓います!」




Fin













あとがき

とても長かったですね。ご読了お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
「暗黒騎士の人」と呼ばれるようになるほど暗黒騎士ssを連発していた時期が過ぎてからは、ずっと暗黒騎士を封印していましたが…やっぱり暗黒騎士、大好きだ!!

ちなみに自分の暗黒騎士ssは暗黒騎士×女勇者がほとんどですが、暗黒騎士ssを連発している時に書いていた 魔女「不死者を拾いました」 も元々は暗黒騎士を拾う話を想定していたので、暗黒騎士×魔女のカップリングも作者的にアリだったんですよ(どうでもいい)

当ssはブログ限定公開なので、スレやまとめブログ様で感想を頂けないので、こちらのブログに感想など頂けたら喜びます(´∀`)ノ
posted by ぽんざれす at 21:13| Comment(10) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お疲れ様です、一気に読みました!
こちらに感想を書くのは初めてですね。

波瀾万丈な展開に息を呑みつつ読み進め、ラストでは思わず心の中で歓声を上げました(笑)←

暗黒騎士、中々男気のある良い男だと思ったのは自分だけでしょうか?

彼らの幸せを心から願います……!
Posted by 神隠 at 2016年04月19日 23:28
感想ありがとうございます(*´艸`)

なかなか書いててツライ展開もありました!。゚(゚´Д`゚)゚。
暗黒騎士、今まで書いた暗黒騎士と比べると少し気さくな奴になりましたが、それでもかっこいいことに変わりはありませry
Posted by ぽんざれす@作者 at 2016年04月20日 05:03
さすが暗黒騎士の人、最後まで安心のスイーツで終始ニヤニヤしながら楽しく見れました(*´ω`*)
Posted by リエルト at 2016年04月20日 19:04
リエルト様、感想ありがとうございます(*´艸`)
スイーツは最高の褒め言葉です!!₍₍ ◝( ˙ ꒳ ˙ )◟ ⁾⁾
ニヤニヤできるssを目指していますので今後も宜しくお願い致しますσ(´ω`*)
Posted by ぽんざれす@作者 at 2016年04月20日 20:23
読みながらニヤニヤしたり、途中本気で焦ったり、とっても楽しく読ませていただきました!!ありがとうございましたヾ(´▽`)
暗黒騎士×魔女夫婦、これからも末永く幸せでいて欲しいです(*˘︶˘*).。.:*♡
Posted by 朱美 at 2016年04月21日 00:04
感想ありがとうございますσ(´ω`*)
ドギマギされたり楽しんで下さったりと、光栄でございます(*゚∀゚*)
きっと幸せな未来があるでしょう(*´艸`)
Posted by ぽんざれす@作者 at 2016年04月21日 06:33
SS宝庫で紹介されていたウサギ盗賊のSSを見て
そこからの経由でこちらを訪れました。
魔女と暗黒騎士の物語、
とても素敵で愛情を感じるSSですね。
勇者に暗黒騎士がやられたとき
バッドエンドかなと思ってヒヤヒヤしましたが
ハッピーエンドに終わってよかったです。
作者さんの作品の主要人物達の性格がとても好きなので
また新しい作品ができたら読みたいです。
Posted by 荒木シン at 2016年05月06日 22:48
ようこそいらっしゃいましたσ(´ω`*)
そう言って頂けると、とても励みになります!(*ノωノ)
ブログオリジナルの暗黒騎士ssはまた書く予定ですので、是非ご覧くださいませ(*´艸`)
Posted by ぽんざれす@作者 at 2016年05月07日 05:40
当方、おっさんですが、泣いて感動しました。
ありがとうございます。
Posted by ブライアン@AT at 2016年05月08日 07:27
当方もスイーツを名乗るには痛々しい年頃d(( ;*д*))o=3=3 ゴホゴホ
感想ありがとうございます、頑張れそうです₍₍ ◝( ˙ ꒳ ˙ )◟ ⁾⁾
Posted by ぽんざれす@作者 at 2016年05月08日 07:33
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