2016年01月25日

神様「勇者も魔王もいなくなった世界で」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1453455335/

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:35:36.02 ID:B9+RLd+z0
少女「うーん…?」

眠りから覚めて、うっすら目を開けると知らない部屋の天井が目に映った。
ここはどこ、なんて考えにも至らないぼんやり頭。眠気がまだ残っているせいか、それとも――

男「目覚めましたか」

少女「ん…?」

体を起こし目をこすり、男の方に体を向ける。
知らない男。歳は20代半ばといったところか。

男「まだ、ぼんやりしますか?」

少女「……」

周囲を見渡す。最低限の家具だけを置いてある広い部屋は、殺風景にも見える。

男「今の状況…理解できませんよね」

少女「そうですね」

少女は不思議と落ち着いていた。
本当ならパニックになっても仕方ないのかもしれない。だって自分は――

少女「私は…何ですか?」

記憶を、失っていたのだから。

2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:36:02.42 ID:B9+RLd+z0
男「何…というのはざっくりした質問ですね」

男はそう言いながらも、少女に手鏡を渡した。
手鏡に映っていたのは10代半ばくらいの、人間の少女。とりわけ美人ではないが、ひどいブスでもない。
これが自分の“外見”だと理解はした。

少女「…貴方は?」

男「何者だと思います?」

少女「んー…」

黒くて飾り気のない衣装から職業はわからない。
穏やかな声色と表情。だけど彼からは強い生命力を感じた。

少女「神様…ですか?」

男「これはまた大層な」

男はおどけたように笑った。だけどその笑みに嫌味っぽさはない。

少女「貴方は何となく、只者でないような気がします」

神様「そうですね…――では貴方と居る時は、神の名を借りておきましょう」

少女「神様、私は何者ですか?」

神様「気になりますか」

少女「はい」

神様「残念ながら、お教えすることはできません」

神を名乗る男は人差し指を唇の前に立てた。

神様「“自分”に関する記憶を全て捨てたい――そうおっしゃったのは、記憶を捨てる前の貴方ですから」

少女「まぁ」

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:36:39.57 ID:B9+RLd+z0
少女「では私は望んで記憶を捨てたのですね」

神様「その通り」

少女「私の記憶を消したのは神様?」

神様「その通り」

少女「ありがとうございます」

神様「礼…ですか。記憶を捨てたせいで貴方は自分が何者かわからなくなったというのに」

少女「それを私は望んだのでしょう? 願いを叶えて下さってありがとうございます」

神様「礼には及びません。その方が私に都合が良かったのですから」

少女「だけど1つわかりません。記憶を消して私はどう生きていくつもりだったのでしょう」

神様「これから先のことに心配は御座いませんよ」

そう言うと神は手に本を召喚した。

神様「これからはここで生きていくと良い。私が貴方の世話をしましょう」

少女「神様…なのに?」

神様「自分にはそれだけの価値があるのだ、と思っておけばよろしいでしょう」

神はそう言って、少女に本を差し出した。

神様「いつまでもそのような粗末な服を着させておくわけには参りません。この本の中から、お好きな衣装をお選び下さい」

少女「…好きな、衣装……」

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:37:20.68 ID:B9+RLd+z0
少女「………わかりません」

しばらく本を眺めていた少女は、考えた末にそう答えた。

少女「好き、がわかりません。…私は自分の趣味嗜好も忘れてしまったのでしょうか」

神様「いえ、消したのは記憶のみ。趣味嗜好まで消してはいません」

少女「では元々、衣装に無頓着だったのでしょうね」

神様「でしたら衣装は私の方で見繕っておきましょう。ところでお腹は空いていませんか?」

少女「えぇ、少し」

神様「食べたいものをおっしゃって下さい。用意できないものは無いと思いますよ」

少女「……わかりません」

神様「おやおや。食に関しても無頓着だったようですね」

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:37:48.22 ID:B9+RLd+z0
神様「では何か簡単なものと衣装をお持ちしますので、この部屋で少々お待ち下さい」

少女「わかりました」

神様「あ、ひとつお願いが御座います。決して命令では御座いません」

少女「何でしょう」

神様「この部屋から出ぬようお願いしたいのです」

少女「わかりました」

神様「気持ちの良い即答ですね」

少女「逆らって良いことがあるとは思えませんので」

神様「例え貴方にとって不本意なお願いでも?」

少女「何が本意で不本意なのかも私にはわかりません」

神様「まるで操り人形のようですね」

少女「そう呼んで下さって構いませんよ。名前が無いのは何かと不便なので」

神様「そうですね。…では少々お待ち下さい、可愛らしいお人形さん」

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:38:32.50 ID:B9+RLd+z0
食事は無難にパンと野菜のスープ、衣装はこれまた無難に茶系のワンピースを持ってきた。
どちらのチョイスも抵抗はなく、言われたまま衣装に袖を通して食事を摂った。

少女「大分落ち着きました」

神様「それは何よりです」

少女「質問をしてもよろしいでしょうか?」

神様「答えるとは限りませんけれど、どうぞ」

少女「外の世界はどんな世界なのですか?」

神様「…知らない方が良いと言ったら?」

少女「聞きません」

神様「貴方は素直な方ですね」

少女「知らない方が良いと言われるなら、そうなんだろうと思って」

神様「『記憶を消した位だから、きっと知らない方がいいのだろう』…ではなく?」

少女「そこまで考えもしませんでした」

神様「なるほど。貴方は本当に可愛らしいお人形さんだ」

少女「ありがとうございます」

神様「何故、お礼を?」

少女「可愛らしい、というのは一般的には褒め言葉でしょう?」

神様「そうですね。私は貴方を褒めました。貴方は律儀な方ですね」

少女「ありがとうございます」

神様「おや、無意識にまた貴方を褒めていたようだ。キリがないのでやめにしましょう」

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:39:16.60 ID:B9+RLd+z0
少女「もうひとつ質問をしても?」

神様「はい、何でしょう」

少女「ここにいる間、私は何をして過ごせばいいでしょうか」

神様「何をしても良…あぁ、この部屋じゃすることもありませんね」

少女「はい」

神様「何かお望みはありますか?」

少女「ありません」

神様「困ったお方だ」

少女「すみません」

神様「いえ、それを考慮していなかった私にも落ち度があるのです。…では、そうですね。私の相手をして下さいませんか」

少女「わかりました」

神様「即答も良いですが、少し考えた方が良いですよ。私が貴方にひどいことをしたらどうするのです?」

少女「…どうするのでしょうね」

神様「失礼、貴方には荷が重い問いでした」

少女「貴方は私にひどいことをする人ですか?」

神様「『ひどい』の定義は人によって違いますからね。何とも言えませんが、貴方に悪意を持って接することはないと誓いましょう」

少女「わかりました」

神様「貴方は本当に素直で可愛ら…いえ、褒めるのはやめると言いましたね」

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:39:43.10 ID:B9+RLd+z0
神様「私の事情をお聞き頂いても良いでしょうか」

少女「えぇ、どうぞ」

神様「実の所、私も暇でして。貴方に尽くす以外にすることがないのです」

少女「そうなんですか」

神様「ですから、私と貴方は共に過ごす。これが互いにとって暇を潰す最善策であるのです」

少女「わかりました。共に過ごしましょう」

神様「ご理解頂き助かります」

少女「それで。貴方の相手とは、どのようにすればよろしいのでしょうか?」

神様「では。私のするお伽話を聞いて頂けますでしょうか」

少女「えぇ、構いませんよ」

神様「そうおっしゃると思いました。では、何から話しましょうかね…」

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:40:12.27 ID:B9+RLd+z0
人間と魔物が争っている世界がありました。
人間は英雄たる勇者を、魔物は王たる魔王をリーダーに立て、全面戦争を行いました。

やがて争いは激化し、遂に勇者と魔王は直接対峙することになりました。

しかし互いの力がぶつかり合った末、勇者と魔王は世界から失われてしまいました。

こうしてリーダーを失った両種族ではありましたが、リーダーの勇姿を胸に、戦意を衰えさせることなく戦い続けたのでした。

終わり。

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/22(金) 18:40:51.38 ID:B9+RLd+z0
少女「…終わりですか」

神様「冗長にならないよう無駄を省いたのですが、味気ない話になってしまいましたね。取捨選択は難しい」

少女「そのお話について質問よろしいですか?」

神様「えぇ、どうぞ」

少女「結局、どうすれば争いは収まったのでしょう」

神様「と言うと?」

少女「両種族の熱狂ぶりから、例えどちらのリーダーが勝っていたとしても争いは無くならなかった気がしまして」

神様「そうですね…私にもわかりません」

少女「神様でもわからないことはあるんですね」

神様「貴方に宿題を与えましょう」

少女「宿題ですか?」

神様「1人の間、私の話した話について考えて下さい。それが私からの宿題です」

少女「何を考えれば良いのですか?」

神様「それは自由です。疑問や発見など、様々なことを考えるだけで良いのです」

少女「難しそうですね」

神様「えぇ、難しい。次に来た時に、貴方が考えたことを聞かせて頂きたいと思います。それでは私は失礼します」

12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/22(金) 18:55:20.63 ID:7YKtjIYco
不思議な雰囲気
いいね

15 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/23(土) 17:35:28.68 ID:skfhj+7I0
神様「御機嫌よう」

少女の腹の虫が鳴き出した頃、神は食事を持って再訪した。
少女がそれらを平らげると、神はテーブルを拭きながら聞いてきた。

神様「宿題はできましたか?」

少女「大したことは浮かびませんでしたが」

神様「構いません。どんなことが浮かんだのでしょう」

少女「どうして人間と魔物は争っているのか」

神様「ほう」

少女「それぞれのリーダー…勇者と魔王は、どうやって選ばれたのか」

神様「ふむ」

少女「それから、私が先程神様にした質問の答えを私なりに考えてみたのですが」

神様「はい」

少女「両種族は争いたかったから争い続けた。それに勇者も魔王も関係ない、と私は思いました」

神様「なるほど」

16 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/23(土) 17:36:03.52 ID:skfhj+7I0
神様「そこまで考えたご褒美に、貴方の疑問にお答えしましょう」

少女「答えがあったのですね」

神様「まず、最初の疑問の答えです。何百年か前にも両種族は争い、互いに疲弊し決着がつかずに終戦を迎えました。そして両種族とも長年互いへの嫌悪感を増幅させていき、そしてある事件をきっかけに、再び争いが始まったのです」

少女「その事件とは?」

神様「それは後でお答えしましょう」

少女「わかりました」

神様「そして次の疑問の答えです。勇者と魔王は、かつて互いの種族を引っ張っていったリーダーの子孫から選ばれました」

少女「子孫? 血でリーダーを決めたのですか」

神様「子孫である勇者と魔王は、実際戦いの才能に恵まれていました。そのせいでもあるでしょう」

少女「なるほど」

神様「では、次のお話をしましょう。これは先程貴方がおっしゃった質問のお話です」

少女「戦争が再び勃発したきっかけですか?」

神様「そうです。また宿題を出しますので、よく聞いておくように」

17 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/23(土) 17:36:30.67 ID:skfhj+7I0
人間の国には1人の姫君がおりました。
大変愛らしいその姫君は、人々の愛をその身に受けて育ちました。

しかし時代は人間と魔物が互いへの嫌悪感を増幅させている真っ最中。

そしてその嫌悪感を決定的なものにし、争いのきっかけになったのは、その姫君でした。

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/23(土) 17:36:56.89 ID:skfhj+7I0
少女「お姫様は何をしたのですか?」

神様「今回はそれを宿題にしましょうか」

少女「まるでわかりませんね」

神様「ヒントを与えます。その姫君についてです」

少女「どんな方だったのですか?」

神様「大変愛らしく、慈愛に満ちた方でした。ですが大事にされてきたせいでしょう、少し楽天家で世間知らずな方でしたね」

少女「…なるほど」

神様「さて私は片付けと、夕飯の準備をして参ります。続きは夕飯の時にでも」

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/23(土) 17:37:35.16 ID:skfhj+7I0
それからまた時間は経過し、食事を済ませると、神は早速話を切り出してきた。

神様「答えは出ましたか?」

少女「わかりませんでした」

神様「おや。当てずっぽうでも構わないのですよ」

少女「当てずっぽうでいい加減なことは言いたくないのです」

神様「なるほど。貴方はそう考える方なのですね」

少女「ですが思ったことはあります」

神様「何でしょう」

少女「そのお姫様自体は無害な方だったように思います。お姫様自身は、自分が争いのきっかけになってしまったのが不本意なのではないでしょうか」

神様「それはあり得ませんね」

少女「え?」

神様「では昨日のお話の続きと参りましょうか」

20 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/23(土) 17:38:12.36 ID:skfhj+7I0
世間知らずの姫君はある日、好奇心から、立ち入りを禁止されていた森の中へと1人足を踏み入れてしまいました。
そこは人間、魔物関係なく、ならず者が潜んでいる森だったのです。
ならず者の中にか弱い女性が1人――これは格好の餌食です。

こうして姫君はならず者達の餌食になり、命は無事だったものの、心を壊してしまわれたのです――


22 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/23(土) 17:41:49.56 ID:skfhj+7I0


神様「ですから姫君は、争いを不本意に思う気持ちすら無くなってしまったのですよ」

少女「待って下さい、姫様を襲ったのはならず者? それなら人間も悪いのですよね?」

神様「えぇ。ですから姫君の父である王は、その森に潜む者を人間、魔物関係なく皆殺しにしました」

少女「それが争いのきっかけですか?」

神様「王が粛清した者の中には、その日偶々森に遊びに来ていただけの、魔物達の王子がいたのです」

少女「その王子はお姫様に何もしていないのですか?」

神様「はい。にも関わらず王子は首をはねられ、魔物達は当然激怒した」

少女「それで争いになったのですね」

神様「争いは初めは小さなものでしたが、何せ両種族は長年互いへの嫌悪感を溜めていましたからね。そして争いは、あっという間に世界へと広がったのです」

少女「なるほど」

神様「…とまぁ、このお話について何か思ったことは御座いますか?」

少女「そうですね…。確かに姫様は可哀想だったけれど、それで全世界を巻き込んで争いをするのは何か違う気がします」

神様「なるほど」

少女「…でもその世界に居たら、私も争いを望む人達に同調していたかもしれませんね」

神様「そうお思いですか?」

少女「私は物語を聞く側なので冷静に考えられるのです」

神様「…ふむ」

神は頷いた。

神様「『冷静に考える』こと…それが貴方に必要なことですね」

少女「そうですね。私はどうやら、考えるのが苦手みたいですから」

神様「宿題を沢山出したせいでお疲れでしょう。入浴の準備を致しますので、温まってごゆっくりお休み下さい」

少女「わかりました」

部屋についている浴室でゆっくり体を温めてから、少女はベッドで体を休めた。

23 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/23(土) 17:42:17.87 ID:skfhj+7I0
『…! ……!』

なに…? 誰かの声?

『…きて…戻ってきて!』

貴方は誰?

『世界は…世界は……』

世界?

『貴方を必要としている!』

私を?

『…きて、……――』

――っ!?

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/23(土) 17:42:46.97 ID:skfhj+7I0
少女「……」

神様「おはようございます。少々遅い目覚めでしたね」

少女「夢、か……」

神様「おや。そのお顔から察するに、あまり良い夢は見られなかったようですね」

少女「わけのわからない夢でした」

神様「夢とは辻褄が合わないものが多いものです」

少女「夢のことは忘れます」

神様「では朝食を並べておきますので、お顔を洗って着替えて下さい」

30 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/24(日) 17:01:36.11 ID:eDpE38i00
少女「ご馳走様でした」

神様「貴方はここに来てから、食事を1度も残していませんね」

少女「はい」

神様「何故ですか?」

少女「えっ?」

神様「私は食事に関して、貴方の好みも量も考慮していません。にも関わらず貴方は食事を必ず完食する。何故ですか?」

少女「……」

神様「一般的な方なら『食材がもったいないから』『味も量も丁度良かったから』など理由があるものですが、それすらも無い、と」

少女「すみません」

神様「責めているわけではありません。また1つ、貴方を知ることができました」

少女「私を?」

神様「貴方は従順な方だ。私を神と呼び、神である私の申しつけは無条件で守る」

少女「…」

神様「昨日お話しした限りだと、貴方は考える頭がないわけではない。しかし私が宿題を出さなければ、あまり深くは考えようとしなかったでしょう?」

少女「…そうでしょうね」

神様「貴方は何か言われると、考えずにそれを実行してしまう方だ」

少女「…」

神様「もし貴方が命令を聞く対象が私でなく、他の方だったらどうしていたのでしょうね?」

少女「…従っていたかもしれないですね」

神様「そう。貴方が記憶を消してほしいと私に頼んでこられたのは、その性格からきた生き方が原因かもしれませんね」

少女「……」

31 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/24(日) 17:02:06.23 ID:eDpE38i00
少女「神様は、そんな私をどうお思いですか?」

神様「私が…ですか?」

少女「私自身は、そう言われたからと言って、自主的に動こうという気が起こりません」

神様「ほう」

少女「ですがもし、神様が私を焚き付ける為にそうおっしゃったのだとしたら…」

神様「それは流石に考えすぎです」

少女「違う、と?」

神様「『考えすぎた結果、見当外れな行動を取る』というのは誰にもありがちです。そういうことがあまり無さそうなのも、貴方の長所だと思っていますよ」

少女「長所…私の……」

神様「貴方は否定するかもしれませんが、貴方の心配を当ててみましょうか」

少女「私の心配…?」

神様「それは『神に嫌われて見捨てられて、自分の行動を決めてくれる者がいなくなったらどうしよう』…ですね」

少女「……」

神様「そのような隷属精神、受け入れたくないでしょう。しかし貴方は否定できずにいる」

少女「……」

神様「心配はしなくて大丈夫です」

少女「え?」

神様「私はそんな貴方が嫌いではありませんし…見捨てる気もありませんよ」

32 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/24(日) 17:02:32.95 ID:eDpE38i00
少女「……神様、質問してもよろしいでしょうか」

神様「えぇ、どうぞ」

少女「私の心は…壊れているのでしょうか?」

神様「壊れている? 貴方の心が?」

少女「はい。…昨日、神様からお聞きした話についてですけれど」

神様「昨日、貴方に話したお話ですね」

少女「そのお話を聞く前に、私は外の世界について尋ねましたね」

神様「よく覚えていらっしゃいましたね」

少女「もしかしたら…昨日のお話が、外の世界で実際にあったお話なのではないかと」

神様「…ふむ」

少女「もしそれが本当なら…」

昨日の話の人物も、実在していて。

少女「私の心は、壊れてしまったのでしょうか」

33 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/24(日) 17:03:17.13 ID:eDpE38i00
神様「壊れてなどいませんよ」

神の返答は、想像と違った。

神様「貴方のご想像を当ててみましょう。貴方は――『自分が姫だったのではないか』とお思いですね?」

少女「……正直、そう思いました」

神様「それは間違いですよ。姫君は心が壊れた後、数年し自ら命を絶ちました」

少女「では……」

神様「貴方は生きていらっしゃる。ですから、姫君ではありません」

少女「でも、その出来事は本当にあったことなのですね」

神様「えぇ、そちらは正解です」

少女「そうですか」

神様「…? それ以上、気になることは御座いませんか」

少女「ありますけれど、聞くのはやめておきましょう」

神様「何故ですか?」

少女「聞いてはならないことだからです」

神様(あぁ)



少女『神様、私は何者ですか?』

神様『残念ながら、お教えすることはできません』

神様『“自分”に関する記憶を全て捨てたい――そうおっしゃったのは、記憶を捨てる前の貴方ですから』



神様「そうでした。貴方の質問にそう答えたのは、私の方でしたね」

少女「はい」

神様「フフ…貴方は本当に従順で可愛らしいお人形さんだ」

34 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/24(日) 17:03:51.52 ID:eDpE38i00
神様「しかし、昨日とは事情が変わったと言えばどうでしょう?」

少女「事情ですか?」

神様「はい。…実は記憶を消される前、貴方にとって大切だった方々が…貴方に会いたがっていらっしゃいましてね」

少女「大切だった人…? 私にとって?」

神様「貴方は世界の現状を理解した。その上で、隷属する相手を選ぶのもありでしょう」

少女「もし、私が『元通り』を選んだら…?」

神様「望むなら記憶を元に戻しましょう」

少女「……貴方の側にいることを選んだら?」

神様「受け入れましょう」

少女「そんな都合の良い立場で良いのですか?」

神様「『都合の良い立場』は慣れています。それは貴方もですよ」

少女「……」

神様「どうします? 貴方が決めるまで、いくらでもお待ちしますよ。世界の現状が現状なので、決める頃には大切だった方々もお亡くなりになる可能性がありますが…」

少女「私がその方々と会って、貴方にメリットは?」

神様「私のわずかな心残りが無くなる、ですかね」

少女「なら、会いに行っても良いでしょうか?」

神様「えぇ。ご案内しましょう」

35 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/24(日) 17:04:22.64 ID:eDpE38i00
少女は初めて部屋の外に出た。
部屋の外は廊下ではなく、ただただ広がっている黒い空間だった。
少女は神に先導されて歩きながら理解した。自分がいた場所は『世界』から隔離された場所なのだと――

やがて扉の前にたどり着き、神はゆっくり扉を開けた。

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/24(日) 17:04:52.84 ID:eDpE38i00
少女「……!」

扉から出ると、荒野が広がっていた。
足元には人間と魔物の死体が転がっていた。戦闘の跡を思わせる傷で、死体はボロボロだった。

少女「神様……」

神の名を呼ぶが、姿が見当たらない。
一気に不安が押し寄せた。神とはぐれてしまったか。もう会えないのではないか――

「あっ!」

少女「え?」

声のした方に振り返った。
すると――武装した3人が、こちらへ駆け寄ってきた。

戦士「生きてたのか!!」

魔法使い「良かった…本当に良かった!!」

少女「え……えっ?」

魔法使いの格好をした少女に抱きしめられ、困惑した。
彼らのこの様子…まさか私の大切だった人達だろうか。

僧侶「姿を消された時は心配でしたが、信じていました…」

少女「え……っと」

戦士「そうだな、お前が魔王なんかにやられるわけないもんな…」

魔法使い「そうよ、だって…勇者は、この世界の救世主だもの!」

少女「!?」


勇者――自分が?

39 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/25(月) 18:38:24.29 ID:NxiNJv/e0
少女「あの、ご、ごめんなさい」

魔法使い「? どうしたの勇者?」

少女「あの…何も覚えていなくて」

僧侶「もしかして魔王とやり合った時に何かあって、記憶が混乱されているのでしょうか?」

魔法使い「そっか…ごめんね勇者、助けてあげられなくて」

少女「あの…私は一体?」

戦士「お前は勇者だよ。かつて人間達を導いた英雄の末裔だ」

少女「……」

魔法使い「勇者は私達と共に、魔物達と戦ってきたのよ!」

少女「……」

僧侶「勇者さんは魔王との一騎打ちで行方知れずになっていました…。それがつい数日前のことです」

少女「……」

魔法使い「記憶が回復したら、また一緒に戦おう! 私達は勇者を必要としているのよ!」

少女「……」

少女「違う」

魔法使い「え?」

40 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/25(月) 18:40:37.21 ID:NxiNJv/e0
少し頭を働かせれば、記憶が無くてもわかってしまうものなのか。

戦士『お前は勇者だよ。かつて人間達を導いた英雄の末裔だ』

勇者として祭り上げられ、きっと私は流されるまま勇者を受け入れてきた。

魔法使い『勇者は私達と共に、魔物達と戦ってきたのよ!』

勇者を受け入れた私は、きっと「そういうものだから」と何も考えずに戦ってきた。

魔法使い『記憶が回復したら、また一緒に戦おう! 私達は勇者を必要としているのよ!』


少女「違う…必要とされていない」

魔法使い「どうしたの、勇者…?」

少女「必要なのは『勇者』であって、『私』じゃない…」

戦士「何を言って……」



「ご名答。よく正解を導けました」パチパチ

僧侶「!!」

少女「神様……」

神様「そんな簡単なことに、当事者である頃には気付けなかった…何とも皮肉な話ですね」

戦士「お前は…」

魔法使い「魔王!? お前も生きていたの!?」

少女「魔王…? 神様が?」

神様「……」

41 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/25(月) 18:41:35.49 ID:NxiNJv/e0
神様「考える時間は必要でしょうか、お人形さん?」

僧侶「人形? 勇者さんは人形ではありません!」

少女(……違う)

神様「記憶を戻せば、貴方は再び勇者として戦える…さぁ、どうします?」

戦士「お前が勇者の記憶を奪ったのか!」

少女(違う)

魔法使い「魔王…お前を倒して勇者を元に戻してやるわ!」

少女「……やめて下さい」

魔法使い「勇者……?」

少女「神様……私は貴方の側に戻ります」

戦士「!!」

42 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/25(月) 18:45:00.94 ID:NxiNJv/e0
神様「やはり当事者達は自覚がないようですね」

僧侶「自覚…?」

神様「彼女は気付いたのですよ。自分はずっと、人々から都合良く操られていただけの“人形”だったと」

戦士「!!」

魔法使い「そ、そんなわけないじゃない!」

神様「人形でないなら何なのでしょうね? 勇者の子孫だというだけで勇者に祭り上げられ、命懸けの戦いを強いられる人間のリーダー…。いや、所詮シンボルですね『勇者』とは」

僧侶「…っ」

神様「しかも、そのシンボルも意味のないものだった。だってシンボルを失っても両種族は争いの手を緩めず戦い続けた…それだけ戦意が衰えぬなら、シンボルなど不要でしょう?」

戦士「それは……」

魔法使い「…そういう所が無かったと言えば嘘になるわ。だけど! 私達は勇者の仲間だった!」

神様「…ほう?」

魔法使い「思い出してよ、勇者! 私達の間で生まれた絆は、決して嘘じゃなかったでしょう!!」

少女「…それを踏まえても」

魔法使い「……え?」

少女「私は、彼に“記憶を消すこと”を願ったのです」

戦士「何だと……」

魔法使い「嘘だよ! 勇者はそいつに騙されて……」

神様「もう、いいではないですか」

神はゆっくりと歩き、少女の手を取った。

神様「新しいシンボルでも立てて、勝手に争いを続ければ良いでしょう。私達はこの下らない世界からさようならします」

そう言うと神の手にはドアが現れ――

魔法使い「勇者ぁ――っ!!」

ドアの向こうに、2人は消えて行った。

43 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/25(月) 18:45:41.48 ID:NxiNJv/e0
少女「…私と神様、戦ったんですね」

神様「えぇ」

少女「貴方も魔物達を見捨てるのですか?」

神様「私も貴方と同じ。流されるまま魔王に祭り上げられただけの、シンボルですから」

少女「同じ…なんですね」

神様「そう、同じ。…だからですね、私が貴方に惹かれたのは」

少女「神様が、私に……?」

神様「貴方と剣を交えた時に気付いた。貴方の剣は手強かったが、『心』が抜けている…私と同じようにね」

少女「神様と、同じ……」

神様「私は剣の手を止め貴方に聞いた…『貴方は何故戦っているのか』と」

少女「…私は何と答えました? 大体想像はつきますが…」

神様「『それが私の役割だから』と。多分、私も同じことを問われたら、そう答えていたでしょう」

少女「その後は?」

神様「私は貴方に提案しました。『全て捨てて逃げませんか』と」

少女「なるほど」

神様「ですが、そこで私と貴方の違いが出た。貴方は私と違って、責任感のある方でしたから」

少女「それで記憶を消すことを貴方に頼んだのですね」

神様「よくおわかりで」

少女「自分のことですから」

44 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/25(月) 18:46:16.70 ID:NxiNJv/e0
少女「ねぇ神様」

神様「何でしょう」

少女「どうして私と会うまで、逃げなかったんですか?」

神様「お恥ずかしながら。それまで私も流されていたので、その発想が出てきませんでしてね」

少女「私と会って初めて、逃げることが浮かんだ…と?」

神様「えぇ。お恥ずかしながら……」

少女「…?」

神様「…貴方にとって衝撃的なことを言ってもよろしいでしょうか?」

少女「えぇ、どうぞ」

神様「……私は貴方を愛してしまいました」

少女「――」

神様「貴方を私のものにしたい――その思いから、逃げるという発想に至ったのです」

45 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/25(月) 18:46:54.12 ID:NxiNJv/e0
少女「……後悔していませんか?」

神様「何をです?」

少女「自分で『流されている』ことに気付けた貴方なら、逃げずとも違う生き方を歩めたのでは」

神様「いえ、気付いたからこそ“あんな世界”から逃げたのですよ。それに…私は他のことに囚われず、愛する人に尽くしたいのです」

少女「尽くす…魔王なのに?」

神様「どうやら私は、その方が性に合っているようです。争いのある世界にいるより、遥かにね」

少女「……私は、どうなんでしょう?」

神様「どう、とは?」

少女「私は自分で選んで神様について来たのでしょうか。…流されなかった、とは自信を持って言えません」

神様「なるほど」

少女「そんな私でもいいのですか、神様」

神様「私はそんな貴方を愛しました」

少女「……」

それでいいのだろうか、とも思った。だけど、深く考えないことにした。考えるのは苦手だ。

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/25(月) 18:47:34.86 ID:NxiNJv/e0
神様「私を愛せとは強要しません。貴方が私の側が嫌になれば、私は貴方を手放すと約束します」

少女「……いえ、それよりも」

神様「?」

少女「私が後悔しないよう、私を手のひらで転がして下さい。貴方が私を傷つけないなら、貴方に流されるのも悪くありません」

神様「…嬉しいですね。実に貴方らしい告白の言葉、だと思いました」

少女「告白…ですか?」

神様「それとも、こんな恋の始まり方は嫌ですか?」

少女「…貴方が相手なら、嫌じゃありません」

神様「それなら結構」

神は少女の手を取った。
忠誠を誓うように跪き、手の甲に唇を落とす。

きっとこれは禁忌――そう思いながらも、少女は神の手を拒まなかった。


神様「私は永遠に貴方を愛し尽くします…2人だけの世界で」


厳しい道を自分の足で歩くより、優しい世界で流されていたかった――


Fin

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/25(月) 18:48:18.17 ID:NxiNJv/e0
ご読了ありがとうございました。
思考を放棄できる優しい世界って素敵。


過去作こちらになります。普段は恋愛モノ多めです。
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/

48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/25(月) 19:10:32.98 ID:/unKJLDPo


49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/25(月) 20:06:15.77 ID:H7J6ZIOrO
何度でも言いたい乙
珍しい機軸だったな
posted by ぽんざれす at 20:24| Comment(2) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月15日

乙女ゲープレイヤー「魔王を攻略しよう」

コピペ重複分修正致しました。
申し訳ありませんでした。教えて下さった方に感謝。

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1452160917/

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/07(木) 19:01:57.92 ID:v13PtDod0
乙女「ぷはっ!! はぁ、はぁ」

目の前に広がるのは大自然。
体が『落ちた』と感じた次の瞬間には、こんなとこに――

おかしい。今の今まで、私は…。

?「おい」

乙女「…っ」

呆然としていると、後ろから肩を叩かれた。
どこかで聞き覚えのある声。その声に反応し、振り返ると――……

乙女「あ、貴方は!」

その顔を見て、心臓が飛び出すんじゃないかってくらい驚いた。
だって、そこにいたのは――


乙女「一体どうなってるの…!?」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1452160917
2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/07(木) 19:02:28.63 ID:v13PtDod0
話は遡る…
舞台は現代日本


乙女「お帰りなさいませ、ご主人様…」

常連客A「いやぁ、相変わらずクールなお出迎えだね乙姫ちゃん!」

私の名は乙女、18歳。メイド喫茶『冥土屋』で、乙姫という源氏名で働いています。

メイドA「乙姫ちゃんは冥土屋きってのクールっ娘ですからねぇ~♪」キャピ

常連客A「うん、そこがたまらないよね! 黒髪ロングでクールキャラっていいよね。」

常連客B「俺が好きなのは、キミキスの二見さんとかまどマギのほむほむとか…」

乙女(私の場合、無愛想なだけなんだけど…物は言いようだなぁ)

クールはあくまでキャラ。私は若干コミュ障の気があり、感情を表に出すのが苦手だったりする。
そんな私が接客なんて無謀な仕事についたきっかけは、スカウトだ。
スカウトの人には上記の理由を説明したのだが「かえってイイ!」と押し切られてしまい、今に至る。

乙女「…上がり。私の勝ちですね」フッ

常連客A「うわぁーっ、負けちゃった! 乙姫ちゃん、ポーカーフェイス得意だから強いなぁ~!!」

乙女「ご主人様相手といえど、ゲームに関しては手は抜けませんよ」

私自身オタクなので、この仕事は結構楽しんでいた。
お客さん…じゃなくてご主人様達はこんな私にも寛容で、安心して働くことができていた。

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/07(木) 19:03:05.13 ID:v13PtDod0
メイドA「お疲れ様~」

乙女「お疲れ様です」

メイドB「これからカラオケ行く人ー」

メイドA「あ、いいですねー! 行きたい行きたい!」

キャイキャイ

乙女「それではお先に」

メイドA「あ、じゃあねー乙姫ちゃん!」

皆とはプライベートの付き合いを極力避けている。仕事仲間は仕事だけの付き合いでいる方が、距離感として丁度いいのだ。
皆も私のそういう所をわかってくれているので、気まずい関係になったりはしていない…と思う。

乙女(さて早く帰って続きをやろう)タタッ

こんな私の1番の趣味とは…。

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/07(木) 19:03:40.04 ID:v13PtDod0
===================
勇者【俺、魔姫さんと一緒にいると…何気ない風景も綺麗に見えて、何もしてなくても心がウキウキしてさ…】
===================


乙女(私もだよ勇者)

時間は夜遅い為、隣室の住人に気を使ってヘッドホンをしてゲームをしていた。
プレイしているのは今ハマっている乙女ゲー『逃走プリンセス』
魔王の娘となって、彼女を取り巻く男たちと恋愛するADVだ。

乙女(最初は勇者ノーマークだったけど、どのルートでも良い人だし段々好きになってきたのよね)

==================
勇者【魔姫さん。俺…初めて魔王城に乗り込んで、貴方に出会った時から、ずっと……】
==================

乙女(まさか告白!?)

==================
勇者【…いや。今言うのはやめておくよ】
==================

乙女(残念)


私の趣味は乙女ゲーだ。リアルの男の人との関係を深めるのは何となく苦手だけど、ゲームなら抵抗なく恋愛ができる。
学園、ファンタジー、メルヘン…色んな世界観でのストーリーに入り込めるのも楽しい。


乙女(あ、そろそろ日付け変わりそう。寝よう)

テレビを切ると部屋は静か。こんな生活も慣れた。
両親を早くに亡くし、育ててくれた祖母も亡くなってから、私はずっと1人だ。

でも、寂しくはない。私の居場所は冥土屋と、ゲームの中にあるのだから…。

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/07(木) 19:04:15.61 ID:v13PtDod0
>ある日…


乙女「お帰りなさいませ、ご主人様…」

新規客「ただいま~…でいいのかな? こういうお店初めてで…」

乙女(あ、新規さんか。高校生くらいかな?)

乙女「初めてのご帰宅ですね。冥土屋でのシステムをご説明させて頂きますと…」

新規客「ふむふむ、なるほどね~。ところで君の名前は?」

乙女「乙姫と申します。宜しくお願いします」

新規客「宜しく乙姫ちゃん。ねぇ、乙姫ちゃんの趣味は?」

乙女「ゲームですね」

新規客「そっかぁ。ねぇ、乙女ゲーとかやる?」

乙女「大好きです!」

乙女(ハッ。乙女ゲーと聞いてテンション上がっちゃった)

新規客「そっかー。僕、趣味でゲーム作ってるんだよね。乙女ゲー作ってみたんだけど、良かったらプレイしてみて感想くれない?」スッ

乙女「まぁ。これは嬉しい」

乙女(逃走プリンセス全ルート回収したから、そろそろ次の乙女ゲーやりたいなって思ってたんだよね)

こうして新規のご主人様にプレゼントを頂き、新たな婿探しの為に今日は急いで帰った。

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/07(木) 19:04:51.62 ID:v13PtDod0
帰ってから早速パソコンに貰ったゲームをインストールした。
普段使いのパソコンに入れる前に古いパソコンにも入れてみて、変なウイルスでないことは確認した。


乙女「スタート、っと」


タイトル画面:【追憶の扉】チャララ~


乙女(おぉ。タイトル画面だけで結構いい雰囲気)


==================
ガルルル、シャー

ヒロイン【何か、やな雰囲気…守護精霊ったら、何もこんな森で迷わなくても】
==================


乙女(主人公の名前は固定か。私はヒロイン、私はヒロイン…)

乙女(このゲームは主人公の顔表示も、CV(キャラクターボイス)もないんだ。女の子の顔描くの苦手だったのかな?)

乙女(どうやらヒロインは『守護精霊』っていう人を探しに森に来たらしい)


==================
ヒロイン【国境付近ってだけでも嫌なのに。敵兵に見つかったらどうするのよ…】

>ここ『覇王の国』は、隣国である『魔王の国』と度々小競り合いを繰り返している。
>争いが沈静化してきて、騎士団長であるお父様が休みを取れるようになったのは、ここ最近ようやくのことだ。
>タイミング的に、魔王の国で政権交代が行われたのとほぼ同時期だけど…。
==================


乙女(主人公は騎士団長の娘か。把握)


==================
魔物A【ガルルル!】

ヒロイン【きゃっ、魔物! しかも、こんなに沢山!】

選択肢
・逃げる
・戦う
==================


乙女(【戦う】にして死んだら、安易なウケ狙いだ…。とりあえず【戦う】っと)

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/07(木) 19:05:21.32 ID:v13PtDod0
==================
>私は小刀を抜くと、魔物の1匹を切りつけた。魔物の血が飛び散り、手応えを感じる。

魔物B【ガーッ!】

>けれど、かえって魔物達を逆上させてしまったようだ。

ヒロイン【くっ】

男【そこから動くな! うおおぉぉぉ…】

ヒロイン【えっ?】
==================


乙女(お、ここで攻略対象キャラ登場か。男キャラにはCVあるのね)

乙女(…おぉー強い、魔物達をあっと言う間に倒した)


==================
男【ケガはないか?】

ヒロイン【あなた…その格好、魔王の国の男ね…!】
==================


乙女(えぇー、何でそんな敵意剥き出しで言うの。助けてもらったんだからお礼言おうよ)

乙女(乙女ゲーの男キャラって大体は美形だから、あとは絵柄の好き嫌いだよね)

乙女(乙女ゲーによくある少女漫画タッチとは違って、何か写実絵…っていうのかな? 変わってるけど丁寧で、綺麗だなぁ)


==================
男【おやおや、こいつはとんだじゃじゃ馬だな。だけど…】顎クイッ

ヒロイン【っ!?】

男【嫌いじゃないぜ…聞き分けのない子猫ちゃんは】
==================


乙女(お、俺様系だ!)

乙女(俺様系で好きなキャラって少ないんだよね…この男はどうかな)

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/07(木) 19:05:52.11 ID:v13PtDod0
==================
ヒロイン【誰が子猫ちゃんよ! 魔王の国の男なんか嫌いなんだから!】

男【嫌い? そう面と向かって言われたら、意地でも好きって言わせたくなるな】

ヒロイン【…あんた、よっぽどの女ったらしなのね】

男【すぐ落ちる女に興味はないんだ。この俺にそんな反応してきたのは、お前が初めてだ】

ヒロイン【魔王の国の女は、あんたなんかでコロッと落ちるのね】

>その時、足音が近づいてきた。

側近【魔王様!】

ヒロイン【え…魔王?】

男→魔王【お、側近。悪い悪い、この女を口説いていた】
==================


乙女(あ、敵国の王が攻略対象キャラなんだ。この側近も対象キャラかな?)


==================
ヒロイン【な、何で魔王がここに…!?】

魔王【散歩だ。俺程に輝ける男になると、人のいない場所でないと落ち着いて散歩ができぬのだ】

ヒロイン【だからってこんな国境付近なんて…】

魔王【お陰でいい出会いがあった。お前、また俺に会いに来い】

ヒロイン【は?】

魔王【では、さらばだ! ハーッハッハ!!】
==================


乙女&ヒロイン「バカだ」

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/07(木) 19:06:47.29 ID:v13PtDod0
==================
守護精霊【ヒロイン~。君の守護精霊である僕を探しにわざわざ危険な所に来るなんて、何考えているんだよぅ】
==================
料理長【お帰んなさい、お嬢様! おやおやぁ~? どうしたんスか、不機嫌なツラしちゃって!】
==================
騎士団長(父親)【何、魔王に会った? そうか…奴は先代と違い穏健派のようだが、油断は禁物だ】
==================


乙女(守護精霊が少年で料理長はチャラ男か…攻略対象キャラかな? 説明書ないとわからないなぁ)


==================
ヒロイン【変な時間にお腹すいたわ…。あれ、料理長がいない】

選択肢
・つまみ食いする
・料理長が戻ってくるまで我慢しよう
==================


乙女(後者の選択肢なら料理長とのイベントがあるのかな? …前者はどうなんだろ。【つまみ食いする】っと)


==================
守護精霊【あーっヒロイン、こんな時間につまみ食いすると太っちゃうぞー】
==================


乙女(なるほど、前者は守護精霊とのイベントか。メモメモ、っと)カリカリ

乙女(…っと、こんな時間。今日はここまでにして…。明日は休みだから、誰か1人のエンディング見たいかな)

乙女(それにしてもこのゲーム、グラフィックは綺麗だしCVも違和感ないし。趣味で作ったにしては、クオリティ高いかも)

11 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/07(木) 19:28:18.65 ID:uQt3kfGAO
さてどうなる

14 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:11:10.16 ID:GgUKX94u0
==================
ヒロイン【あれ? 料理長、何で国境付近の森なんかに入っていくんだろう。追ってみよう】

ヒロイン【~っ、見失った!】

魔王【よう。俺に会いに来たのか?】

ヒロイン【げ。あんたに用なんかありません!】

魔王【俺はある。お前の時間を俺に分けろよ】

ヒロイン【あら。魔王様ともあろうお方が、敵国の女に夢中なのかしら?】

魔王【勘違いするなよ。俺にとってお前は女というより、聞き分けの悪い犬だ】

ヒロイン【『じゃじゃ馬』とか『子猫ちゃん』とか、今度は『犬』って…私の名前はヒロインよ、動物なんかじゃないわ】

魔王【そうかヒロインか、可愛らしい名だな。お前を手懐けてやるから、覚悟するのだな】

ヒロイン【…】

選択肢
・無視して料理長を探す
・罵る
==================


乙女(前者が料理長とのイベントかな? 昨日は料理長とのイベント見逃しちゃったし、前者の選択肢は料理長を攻略する時に選ぼう。【罵る】っと)メモメモ


==================
ヒロイン【頭湧いてんじゃないの、あんた寒いのよ! 大体、敵国の王にしっぽ振るようになる女がいるかってーの、バカ!】

魔王【なる。何せ俺は魔王様だ】

ヒロイン【何を根拠に…】

魔王【敵国なんて括りは無くしてみせる。そうすれば覇王の国の女も、安心して俺に惚れることができるだろう】

ヒロイン【括りを、無くす…?】

魔王【わからぬか? 争いを完全に無くすと言っているのだ】

ヒロイン【な、何言ってるかわかってるの!? 何代にも続いた争いを無くすなんて…!】

魔王【俺だからできるのだ。それともお前は争いを望むか?】

選択肢
・そりゃ、争いなんて無い方がいいけど… ←ピッ
・争いを無くすなんて無理に決まってるでしょ

ヒロイン【そりゃ、争いなんて無い方がいいけど…】

魔王【だろう。喜べ、争いの無い時代はもうすぐだ】

>この男、本気で言っているの…?
>だけどその目は、何事も可能にしてしまうような、自信に満ちあふれた目だった。
==================

15 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:11:45.48 ID:GgUKX94u0
==================
ヒロイン【――っ】フラッ

>その時、私は目眩がしてよろめいた。

魔王【おっと。どうした、俺の偉大さに心を打ち抜かれたのか】ハハハ

側近【魔王様、大変です!】

魔王【どうしたのだ、そんなに慌てて】

側近【この近辺で強力な幻惑魔法の魔力が流れています】

魔王【ほう?】

ヒロイン【(幻惑魔法の…?)】クラクラ

側近【このままでは両国の近辺の町村に被害が及びます】

>私の頭がクラクラしているのも、そのせいか。
>だけど今まで、そんな事例なかったのに…。

魔王【被害は最小限にとどめねばなるまい】

ヒロイン【魔王…?】

>真剣そのものの顔。いつものふざけた彼とはまるで別人だ。

魔王【側近、お前はその女を頼んだ! 魔力の濃い場所へ行って、原因を絶つ!】

側近【危険です魔王様! それよりも魔王様の安全確保を…】

魔王【この世界は俺程の男にとっては、どこも安全だ。この事態を収束できるのは、この俺! 魔王様だけだ!】ダッ

側近【あっ…魔王様っ!】

ヒロイン【(魔王…)】

選択肢
・信じて魔王を待つ
・追いかける
・魔王の国の男など信じられない。その場から逃げる
==================


乙女(ここでルート分岐かな…? 迷惑なことしたくないし【信じて魔王を待つ】っと)


==================
魔王【急げ…被害を出すわけにはいかん…!】ダダッ


ヒロイン【(この情景は…?)】

>魔法が見せる幻惑か。私の脳内に、魔王の姿が浮かんできた
==================


乙女(あ。今の選択肢、魔王ルート?)メモメモ

16 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:12:11.71 ID:GgUKX94u0
==================
悪魔【おーい魔王、大丈夫かー?】バッサバッサ

魔王【悪魔! 危険だ、避難しろ!】
==================


乙女(あ、唐突に新キャラが。選択肢次第で登場の仕方が変わったのかな?)


==================
悪魔【俺は上空にいるから安全だ。何か手伝えることはねーか?】

魔王【至急、周囲の町村に事態を伝えてくれ! 魔王の国、覇王の国、関係なくだ!】

悪魔【オッケー、お安い御用! そんじゃ、行ってくるぜ!】バッサバッサ


ヒロイン【(魔王…敵国のことも案じてくれているの?)】

悪魔【お、そこにいるのは…いよっす、側近! ん、その子は?】

側近【覇王の国の娘だ。恐らく、幻惑魔法にやられたのだろう。お前は何をしている?】

悪魔【魔王に頼まれて、周辺の町村に避難勧告を出してきた。被害が出る前に、住人たちは避難したぜ】

側近【…魔王様のことだから、覇王の国にも勧告を出すよう言われたのだろう。何とお人好しなのだ、あの方は】

悪魔【側近が魔王の目指す『両国の平和』について行かなくてどうするよ。それにただのお人好しが、あんなに熱い男のわけがない】


魔王【見つけた…! 『幻惑の花』が何故こんなに沢山…くっ】クラッ

魔王【流石に花の近くは俺でもクラッとくるな…だが!!】

魔王【この俺を惑わせる者など、存在しないのだ!! おらあぁ――っ!!】

>魔王の剣が花を切り払う。ひと振りで花は吹雪のように舞った。
>そして舞った花は導かれるかのように、魔王の手元へ集まっていく。

魔王【全てを焼き尽くせ…“インフェルノ”】

>魔王の手から炎が燃え上がり、花を焼き尽くした。

魔王【これで原因は絶たれた。あとは…】

>そこまで見た所で、私の意識は途絶えた。
==================

17 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:12:39.07 ID:GgUKX94u0
==================
ヒロイン【うーん…】

魔王【よう。目、覚めたか?】

ヒロイン【ま、魔王!? ここは…】

魔王【あぁ悪い。幻惑に相当ひどくやられているようで、とりあえず城に運ばせてもらった】

ヒロイン【なっ!? こ、ここは敵地の城!?】

魔王【おいおい。然るべき治療を受けなかったら、お前あのまま昏睡状態になっていたんだぞ】

ヒロイン【う。あ、ありがとう…】

魔王【心がこもってないな。まぁいい、どうせ言葉だけじゃ足りん!】ドサッ

ヒロイン【なっ!?】

>私は起こした体を再びベッドに押し倒された。

魔王【礼は行動で示してもらおうか…お前、俺のモノになれ】

ヒロイン【な…】

魔王【安心しろ…ウブな小娘には優しくしてやるよ】

>魔王の綺麗な顔がゆっくり近づいてきた――

ガラガラッ

悪魔【待ったああぁぁ!!】
==================


乙女(メッセージ巻き戻し、音声再生っと)


==================
魔王【礼は行動で示してもらおうか…お前、一時的に俺のモノになれ】
==================
魔王【安心しろ…ウブな小娘には優しくしてやるよ】
==================


乙女(よし、スマホで録音できた。魔王の声の人の演技、臨場感あって好きだな~)

乙女(さて、続き続き)


==================
魔王【悪魔…邪魔するなよ】

悪魔【そんな破廉恥、幼馴染として許しませんよ! ほら離れた離れた!】グイッ

ヒロイン【あ、ありがとうございます】

魔王【…俺には渋々『ありがとう』で、コイツには『ありがとう“ございます”』か】

悪魔【お前の日頃の行いの悪さのせいじゃねー?】

魔王【うるせーな】
==================


乙女(悪魔は普通の人っぽい。何か安心感)

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:13:13.95 ID:GgUKX94u0
乙女(その後ヒロインは普通に家に帰って、あったことを報告した。家の人たちの反応はこう)


==================
騎士団長【そうか…。我が国の民やお前も助けられたか。魔王…敵として憎むだけの相手にはならないようだな】
==================
料理長【俺がこんなこと言うのも何なんすけど~…魔王と会うのはこれっきりにしといた方がいいっすよ? どんな危険な目に遭うかわかんねぇぜ】
==================
守護精霊【今度から国境付近に行くなら僕も連れてってね! 魔王は悪い奴じゃないにしろ、ヒロインと2人きりはやっぱりちょっと…】
==================


乙女(それぞれスタンスは違うみたい)

乙女(とりあえず守護精霊を引き連れて国境付近に行く選択肢を選んでみるかな)

乙姫(すると魔王は悪魔と一緒にヒロインを待っていた)


==================
魔王【おぉ、やはり来たか。俺に会いたくて会いたくて仕方なかったんだろう、んん?】

悪魔【そんなわけねーだろ。ヒロインちゃん、万が一こいつがセクハラしてきても俺が止めるから安心してな】

魔王【セクハラではない。魔王様的求愛行動だ】フフン

悪魔【…お前、ヒロインちゃんのこと好きなの? 愛されたいの?】

魔王【興味あるのは否定しない。この俺の魅力にほだされぬ女を攻略してみたいという、魔王様的探究心だ!】

ヒロイン【今までほだされてきた女は、あんたのどんな所にほだされてきたのよ】

守護精霊【あ、はは…何か個性的な王様みたいだね】

魔王【俺に会いたくて来たのだろう。2度も危険な目に遭っておいて、他にこんな所に来る用事もあるまい】

ヒロイン【別に。両国の和平についての話に興味があって】

魔王【おぉ。俺の野望に目を興味を持つとは、なかなか見所のある女だな】

ヒロイン【あんたの先代も、その先代も、覇王の国を手に入れようとしていた猛将じゃない。あんただって、そういう教育を受けてきたんでしょ?】

魔王【ハンッ。教育ごときで揺らぐような軟弱な魂は持ち得ていない】

ヒロイン【…というと?】

魔王【俺は生まれながらの平和主義者だ! この世の中を変えるべく天命を背負った、強く美しいヒーローなのだ!】

ヒロイン【(それは魔王じゃなくて勇者の役割な気はするけど…けど、こういう言葉を恥ずかしげもなく言える男なのね)】
==================

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:13:47.95 ID:GgUKX94u0
==================
魔王【なぁ。お前はこの争いについて、どう思っている】

>魔王は急に真顔になった。さっきまでのふざけた雰囲気は、どこへ行ったのか。

魔王【覇王の国に住む女としての意見を知りたい。率直に聞かせてくれ】

ヒロイン【私は…】

選択肢
・両国のトップだけでなく、大臣や貴族も絡んでいる話だから難しいのでは
・とにかく争いなんて間違っているわ ←ピッ
・わからない

ヒロイン【とにかく争いなんて間違っているわ。敵に安全を脅かされるかもしれない不安に苛まれて生きていくなんて、少なくとも私はもう御免よ】

魔王【ふむ】

ヒロイン【?】

>魔王は口元に上機嫌な笑みを浮かべている。私の回答は、魔王の気に入るものだったのか。

魔王【魔王からその質問をされた場合の、大抵の女の回答パターンは2つ。にわか知識で背伸びした答えを言うか、何も言わないか、だ】

守護精霊【ふむ?】

魔王【前者は駄目だ。にわか知識での回答など、俺には全く役に立たない。後者も駄目だ、変なことを言って恥をかきたくないというプライドは邪魔だ】

悪魔【で、ヒロインちゃんの回答は?】

魔王【変に背伸びもしない、いち一般人の女としての等身大のありのままの回答だ。俺はこういった素直な回答を欲していた】

ヒロイン【よくわからないけど、役に立ったの?】

魔王【役に立たせようと思って聞いた質問ではない。結果として、俺はますますお前を気に入ったぞ!】

ヒロイン【全く嬉しくないわ】

魔王【こちらの反応は素直ではないな…まぁ、全てにおいて素直すぎるのもつまらんが】

ヒロイン【これが素直な感想よ! 思い上がりがひどいわね!】

悪魔【まぁ、こういう奴だから】

魔王【偉大なる魔王様だからな!】

悪魔【ばーか】
==================


乙女(どの選択肢がいいかわからないから勘で選んだけど正解だったみたい)

20 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:14:18.17 ID:GgUKX94u0
==================
ヒロイン【あんた個人はともかく、本気で和平を望むのなら応援するわ】

魔王【ほう? 魔王の国の男など嫌いなのではなかったか?】

ヒロイン【そ、それは…敵国の男に弱い所なんて見せられないし…。あぁもう、初めて会った時のことは謝るわ!】

魔王【ふっ。微塵も気にしていない】

ヒロイン【ほんとに?】

魔王【お前は小型犬がキャンキャン吠えてくるのに、いちいちイライラするか?】

ヒロイン【…】

>つまり私は小型犬か…って、いちいちこいつの言うことを真に受けていても仕方ない。

ヒロイン【とにかく! 私はあんたに賛同するわ。何か力になれることがあれば言って】

守護精霊【僕も力になる~♪】

魔王【ほう? なら俺に奉仕することだな。精力が満たされれば俺の力も…】

悪魔【あ・ほ・か!】

魔王【ふっ。お前のような小娘ごときに頼る気などない】

ヒロイン【むぅ…】

選択肢
・父親のことを言う
・言わない方がいいかも…
==================


乙女(多分攻略対象キャラだし、信用して大丈夫でしょ…【父親のことを言う】っと)


==================
ヒロイン【確かに私自身は無力に等しいわ。でもお父様への説得くらいならできるわ】

魔王【父親?】

ヒロイン【私のお父様は、覇王の国の騎士団長なのよ】

守護精霊【なのだー♪】

悪魔【えっ。覇王の国の騎士団長と言えば、疾風狼と呼ばれた…】

魔王【…ほう】

ヒロイン【お父様は覇王様からの信頼も厚いから、きっと何かの力になれると…】

魔王【魔王と疾風狼の娘か…ふむ、組み合わせとしては良い】グイッ

ヒロイン【…え? ちょ、何…】

魔王【お前、俺のモノになれ】

ヒロイン【………は?】

守護精霊【えっ?】

悪魔【えっ?】
==================


乙女(巻き戻し…録音、録音)

21 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:14:48.46 ID:GgUKX94u0
==================
魔王【和平といえば政略結婚だ! もう1度言う、お前、俺のモノになれ!】

ヒロイン【いきなり話が飛躍しすぎでしょ!?】

悪魔【んー…間違ってはいないんだよなぁ。バカだけど】

魔王【ふふん。そうだろう、そうだろう!】

ヒロイン【そんな安易な…大体、あんたが私の旦那様なんて冗談じゃないわ】

守護精霊【ヒロインはスウィ~トな恋愛結婚に憧れているもんね】

ヒロイン【余計なことを言うなーっ!】ギュウゥ

守護精霊【いでで】

魔王【ならば簡単だ。お前が俺に惚れればいいだけのこと】ガシッ

ヒロイン【ちょっ!? 何、下ろせ!】

魔王【聞き分けのない犬は調教してやろう。行くぞっ!】ダーッ

ヒロイン【どこへ行くうううぅぅ!?】

守護精霊【足、はえー…】

悪魔【覇王の国に向かったか…自国じゃないから、よっぽど変なことはしないと思うけど】


>しばらくして私は覇王の国にある街で下ろされた。
>ここはオシャレな外観が売りで、恋人たちのデートスポットとしても定番なのだけれど…。

魔王【どうした、歩くのが遅いぞ】

ヒロイン【あんたが早いのよ!】

魔王【俺は遅い奴に合わせる、なんてことはしないからな?】

ヒロイン【強引に連れてきておいてその言い草はないでしょ。ていうか、何で敵国の街を勝手知ったるように歩くの!?】

魔王【そりゃ、魔王になる前からしょっちゅう来ていたしな】

>開いた口が塞がらないとはこのことか。うちの国はしょっちゅう、敵の王族に侵入されていたわけか。
>…というか、そんなこと平然とできる奴の気が知れない。

魔王【とっとと来い。…はぁ~ん? さては…背負われたいのかぁ?】

ヒロイン【そんなわけあるか!】
==================


乙女(ヒロインのツッコミが的確すぎて、すっごい感情移入できる…)

22 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:15:15.54 ID:GgUKX94u0
==================
>「俺が戻るまで待ってろ」と言い残し店屋に入っていった魔王は、少しして戻ってきた。

魔王【ほら、主従の証にくれてやる。開けてみろ】フフン

ヒロイン【何かそう言われたら開けたくないんだけど】

魔王【いちいち反抗的な奴だな。ますます気に入ったぞ】

ヒロイン【これ以上気に入られたくないから開けるわ】

>私は丁寧に包装されていた箱を開けた。
>すると真っ先に、紫色の花をモチーフにした飾りが目に入った。

ヒロイン【これ…花のネックレス?】

魔王【まぁ、犬の首輪のようなものだと思ってつけてみろ】

ヒロイン【つける気が失せるようなこと言うな】

魔王【ネックレスはネックレスだ、お前を輝かせることに変わりはない】

ヒロイン【……】

>確かにキラキラしたネックレスは美しくて、心惹かれるものがある。
>正直、私好みだ。……見透かされているようで、ちょっと悔しいけど。

選択肢
・受け取る ←ピッ
・返す

ヒロイン【ありがとう。大事にするわ】

魔王【ちなみにモチーフとなった花はヘリオトロープ。花言葉は『忠誠心』だ】

ヒロイン【へぇ? あんたが私に忠誠を誓ってくれるの】

魔王【ジョークのセンスがないなら言わない方がいいぞ?】

ヒロイン【こっちのセリフだわ】
==================

23 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:15:50.43 ID:GgUKX94u0
==================
魔王【まだ少し早いが、いい空になってきた】

ヒロイン【?】

>空は薄暗い。冬が近づいてきて、陽が落ちるのが早くなっているのだ。

魔王【世の中には無駄な魔法、と言われている魔法も存在する。だが魔法が戦闘の為のものだという認識があるから無駄だと言われているが、平和になれば重宝されるものだと俺は思う】

ヒロイン【どんな魔法かしら?】

魔王【その目に焼き付けて、魅了されるがいい】

>魔王は空に手をかざす。その手は強い光を発し、そして――空に星が流れていった。
>満天の星空が地上を照らし、人々は目を奪われていた。

ヒロイン【(綺麗…)】

>これが魔王の言う『無駄な魔法』。無駄だけれど、その美しさは心に焼き付けられる。

ヒロイン【(魔王のことだから、得意げに『どうだ俺に惚れ直したか』とか言うのかしら)】

>そう思いながら魔王の横顔を見ると…魔王は思い切り息を吸い込んでいた。何をやっているのだろう。

【あっ流れ星だ】

>誰かがそう言った途端――

魔王【ヒロインと! 結婚できますようにいぃ――っ!!】

ヒロイン【なっ!?】

>最低にかっこ悪い告白だった。
>私達をカップルと勘違いしたのか、周囲からは祝福の声援が飛ぶ。

ヒロイン【ちょっと来なさい!】

魔王【どうしたー、照れたのか? ん?】

>バカをほざく魔王を引っ張って、私はその場を離れた。
==================

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:16:17.14 ID:GgUKX94u0
==================
ヒロイン【バカなの!? 自分で作り出した流れ星に願いを叫ぶ奴がいるか!】

魔王【俺が流れ星の迷信など信じているわけないだろう。演出だ演出、惚れるだろう?】

ヒロイン【あんなのに惚れるのは相当なバカ女よ!】

魔王【ふっ。宣言しよう、お前はいずれそのバカ女になるのだ】

ヒロイン【…】

ヒロイン【私との結婚話なら、お父様に話を通しなさいよ】

魔王【む? そうか『私の親に会って』の段階に来たか!】

ヒロイン【違うわよ。政略結婚なら本人でなく、親を通した方がスムーズよ】

魔王【それは好まん】

ヒロイン【何でよ】

魔王【それだとお前は和平の為の道具になってしまう。愛し合っていない結婚など、俺は嫌なのだ】

ヒロイン【あんた…】

>変に人を振り回すくせに、そういう所は相手の気持ちを汲むのか。
>ますます、魔王のことがわからなくなってきた。

ヒロイン【あんたこそ、どうなのよ】

魔王【何がだ?】

ヒロイン【あんたにとって、私は犬みたいなもんなんでしょ。和平の為に犬と結婚するわけ?】

魔王【おぉ。ようやく自覚してきたか】

ヒロイン【受け入れたわけじゃないわ!!】

魔王【お前、勘違いしているぞ】

ヒロイン【え?】

魔王【俺はお前を好いている】

ヒロイン【――っ!!】
==================

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:16:45.55 ID:GgUKX94u0
==================
魔王【生意気なところも、はっきりものを言うところも、変に背伸びしないところも、小さい胸も、俺は好きだぞ】

ヒロイン【最後のは余計よ!】

魔王【お前のような女を側に置きたいと思っていた。それが騎士団長の娘ときた、なら結婚せねばなるまい】

ヒロイン【せねばなるまい、ってあんたね】

魔王【俺のお前への気持ちは結婚に必要な条件を満たしている。あとはお前の気持ち次第だ】

ヒロイン【わ、私は…】

選択肢
・正直、戸惑っていた ←ピッ
・そんなの考えられない

>正直、戸惑っていた。
>男の人に好意を寄せられることに慣れていないわけではない。だけど魔王の好意はどストレートで、強引なのにこちらを気遣ってもくれて…こんなにも、気持ちをかき乱されるなんて。

魔王【お前、悪くは思っていないだろう?】

ヒロイン【なっ!?】

魔王【わかるんだ】

ヒロイン【――っ!】

>魔王は顔を寄せ、耳元で囁く。

魔王【お前、俺に見せる顔が段々可愛くなってる――だから、わかるぞ?】

ヒロイン【…ずるいよ】

>人の表情が読めるなんて、ずるい。
>私もまだはっきり自覚していない気持ちを、よりにもよって魔王がわかってしまうなんて。

魔王【俺は魔王様だからな】

ヒロイン【…ばか】

>魔王が私の背中に手を回す。私は抵抗する気も無かった。
>こんなに強引なのに、抱き締める力は優しくて。それがまた、ずるい、と思った。
==================

26 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/08(金) 18:17:17.68 ID:GgUKX94u0
乙女(この魔王、最初は苦手だったけど好きになってきた。このまま魔王攻略突き進もう!)


スマホ<♪君は美しき薔薇~ 薔薇を愛でるのに理由がいるのだろうか~


乙女(あ、冥土屋から電話だ)「もしもし、おはようございます」

スマホ<「おはよう乙姫ちゃん! ごめん、Bちゃんが熱出しちゃって、急遽今日シフト入ってくれないかな?」

乙女「今日ですか……」(ゲーム続きやりたいなぁ)

スマホ<「乙姫ちゃん。『天界の執事』☆5カードの『ティータイム執事』を引いたんだけど…」

乙女「!」ピクリ

スマホ<「シフト入ってくれたら、プレゼントするわよ?」

乙女「行きます!」

スマホ<「ありがと~♪ それじゃ、待ってるわ♪」

ピッ

乙女(ゲームは惜しいけど、楽しみが先延ばしになったと思えば。ゲーム攻略にアプリの育成、やることが沢山で忙しいわ!)

30 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/09(土) 09:10:48.50 ID:IlqtmBKAO
これが乙女ゲー世界の戦闘か…

31 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:43:51.47 ID:R81fwQot0
>冥土屋


乙女「お帰りなさいませ、ご主人様…」

新規客「やぁ! 今日も来ちゃったよ」

乙女「まぁ、ありがとうございます。メニューは如何なさいますか?」

新規客「メイドさんのオリジナルカクテルちょうだい。指名は、乙姫ちゃんで」

乙女「はい。ご指名ありがとうございます」

新規客「ところで乙姫ちゃん、昨日のゲームどう?」

乙女「えぇ、面白いですね。魔王にプロポーズされた辺りまで進みました」

新規客「お、最初から魔王ルート進んだか~」

乙女「特に誰を狙っていたわけでもないのですが、『これだ!』って思う選択肢を選んでいたら自然と」

新規客「そっかそっか。結構よく出来てるゲームでしょ~」

乙女「はい、グラフィックも綺麗ですし…。そう言えば魔王がヒロインに渡したネックレス、センスいいですよね。あれもご主人様がデザインされたんですか?」

新規客「いや、実物を見ながら描いた。ほら、これ」

乙女「あ、ゲームと同じですね」

新規客「よし。あのゲームのプレイヤー第1号の乙姫ちゃんに、特別にこれあげちゃう!」

乙女「まぁ…よろしいのですか?」

新規客「いいのいいの。…あ、別に花言葉の忠誠心がどうのこうのとかって意味合いはないからね」

乙女「えぇ。ありがとうございます」

32 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:44:23.65 ID:R81fwQot0
>そして帰宅…


乙女(さーて続き。魔王とのデートを終えて帰る所からスタート)

乙女(家に戻ったヒロインは色々悩んでいる。魔王のこと大分意識してきてるみたい)

乙女(もどかしいなぁ。ゲームの中に入ってヒロインに憑依して、このままエンディングに突っ走りたい気分だわ)

乙女(…ん? 何かBGMが止まった)


==================
守護精霊【魔王の国で、魔王が何者かに襲われたそうだよ】

ヒロイン【何ですって! 魔王は無事なの!?】

守護精霊【幸い、軽いケガだけで済んだみたい。襲撃した犯人は取り逃したみたいだけど…】
==================
料理長【あの魔王にケガをさせて、その上逃げ延びることができる奴なんて…まさか!!】

ヒロイン【ど、どうしたの?】

料理長【そんなことできるの…俺は“疾風狼”たる、ご主人しか知らない】

ヒロイン【(お父様が…!?)】
==================
側近【貴様、疾風狼の娘らしいな。命を獲る為に魔王様に近づいたのか!】

ヒロイン【そんなんじゃ…】

側近【もう2度と魔王様に近づくなよ!】
==================
ヒロイン【お父様がやったのかしら…】

守護精霊【…正直、わからない。数日前からご主人様は隠密行動をしているとの事だし…】

ヒロイン【(もしお父様だとしたら…魔王は無事ではいられないわ)】
==================
ヒロイン【(国境付近…今日も魔王は来ない)】

ヒロイン【(魔王…あなたと話がしたい)】
==================


乙女(これは不穏な流れ…)

乙女(障害があってもヒロインと魔王を成就させなきゃ! 燃えてきたわ!)

33 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:44:58.28 ID:R81fwQot0
==================
>国境付近


ヒロイン【(今日も魔王は来てない、か……)】

悪魔【ヒロインちゃん、いたいた!】バッサバッサ

ヒロイン【悪魔さん! あの…】

悪魔【あぁ、魔王のことだろ。この間の件で、魔王は城を抜け出せない状態なんだ】

ヒロイン【やっぱり…】

悪魔【知っているかもしれないけど、こちらの国の重役たちは、君の父親に疑いを向けている】

ヒロイン【…ここ数年で争いが沈静化してきたのに、この件でまた不穏になってきたわね】

悪魔【国境付近も危ないかもしれない。ヒロインちゃん、しばらく来ない方がいいよ】

ヒロイン【(確かに私は騎士団長の娘だから、魔王の国の人には敵視されるでしょうね…)】

選択肢
・大人しく帰る
・悪魔に伝言を頼む ←ピッ

ヒロイン【待って悪魔さん。せめて、魔王に伝言を伝えてくれないかしら】

悪魔【…伝言じゃきっと、伝わらない。魔王に変な誤解を与えるかもしれない】

ヒロイン【そうかもしれない。けど直接会えないなら…】

悪魔【ヒロインちゃん…君は魔王が好きか?】

ヒロイン【えっ?】

>どうして突然そんなことを言うのだろう。
>だけど悪魔さんの瞳は真剣そのもので――

ヒロイン【私は――】
==================


乙女(出たわ選択肢。そんなの、決まりきっている――【私は魔王が好き】で決定!!)

34 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:45:28.48 ID:R81fwQot0
==================
ヒロイン【私は魔王が好き!!】

>あの時抱きしめてくれた感触が忘れられない。
>魔王は強引で、バカで、自己中心的で、本当に私の心をかき乱して――私の心を奪っていった。

悪魔【ヒロインちゃんがあいつのこと好きなら…俺は協力するよ。2人がまた会えるように】

ヒロイン【本当!?】

悪魔【だけど危険を伴うよ。それでもいいなら、今晩の内に会えるように手配する】

ヒロイン【構わないわ】
==================


乙女(魔王との再開か~。待ってました)ワクワク

乙女(ヒロインはその夜に家をこっそり抜け出し、悪魔の案内で魔王の国に入っていった)

乙女(そして悪魔が用意した屋敷に通され――)


==================
魔王【ヒ、ロイン…? ヒロインなのか……?】

ヒロイン【魔王……】

魔王【ヒロインッ!】

>私の存在を認めると同時、魔王は力強く私を抱きしめてきた。
>私をその体で感じようとしてくれている。私をもう離すまいという気持ちが、抱きしめる強さで伝わってきた。
==================

35 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:45:54.20 ID:R81fwQot0
==================
魔王【俺は魔王だ、命を狙われることなど怖くはない】

魔王【だが、お前と引き裂かれることを考えると…胸に痛みが走って、同時に哀しくなった】

ヒロイン【同じ気持ちよ。あの国境で、どれだけあんたを待っていたことか】

魔王【お前が俺を騙せるわけがないんだ。俺にはわかっている】

ヒロイン【どうして、信じてくれるの…?】

魔王【お前は俺のモノだからな。…お前だから、信じられる】

ヒロイン【あんたらしいわね…ばか】
==================


乙女(録音、録音)


==================
魔王【ヒロイン…お前に、俺の全てを刻みつけたい】
==================


乙女(ん?)


==================
ヒロイン【えぇ。…知って、私の全てを】

魔王【ヒロイン…】バサッ
==================


乙女(え、ちょ、これまさか18禁!?)アワアワ

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:46:28.38 ID:R81fwQot0
==================
>暗闇の中、魔王の全てが刻みつけられる。私は全身で魔王を感じ、痛みすらもその証であると喜びに変わった。
>永遠にはならない時間。だからつながりに未練を抱く程に、愛おしかった。

>それは、忘れられない夜となった。
==================


乙女(あー良かった…。『匂わせる表現』でとどまっている)ドキドキ

乙女(ピロートーク恥ずかしいから飛ばそう)ダッダッダ


==================
魔王【そろそろ帰らんとな。城の者に怪しまれる】

ヒロイン【魔王…】

魔王【決意した。必ずお前を迎えに来る、俺の花嫁としてな!】

ヒロイン【…えぇ!】
==================


乙女(きっと大変だと思うけど、何とかなるよね。だって自信満々で強引な『俺様系魔王』だもん)

乙女(これからどんな困難が待ち受けているのか…って、ん!)

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:46:57.43 ID:R81fwQot0
==================
悪魔【覇王の国に入ったから、もう安心かな】

ヒロイン【あとは1人で帰れます。悪魔さん、ありがとうございました】

悪魔【おう! 親友の恋路は全力で応援するぜ!】

>悪魔さんと別れ、家への道を戻る。
>その道中も私は幸せな気分に浸っていた。

ヒロイン【(もうすぐ街に着くわね)】

>使用人達は私が抜け出したことに気付いているだろうか。
>もし気付かれていたら、何と言い訳すべきか――

>そう思っていた時だった。背後で「ガサッ」という音がしたのは。

>次の瞬間――

ヒロイン【――っ!】

>背中に焼けるような痛みが走った。
>一体、何……? それを確かめる前に……

?【……】

ヒロイン【だ、れ……?】


>私の意識は闇に呑まれていった――




~END~
==================

38 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:47:23.48 ID:R81fwQot0
乙女「え…っと」

乙女(ヒロイン死んじゃったの? これバッドエンド?)

乙女(どこで選択肢間違えたかなぁ…まぁバッドエンド回収だと思えばオッケー)

乙女(選択肢の度にセーブしてたし、選んだ選択肢もメモしてたし。まずは1つ前の選択肢から…)

乙女(…って、あれ? 画面から切り替わらない。自分でリセットする仕様か)

乙女(えっと、終了ボタン……)

乙女「――っ?」

その時、パソコンの画面が強い光を発した。
これは――変なウイルス? だけどパソコンの光度を最大にしたって、こんな光は――


――この物語をハッピーエンドにするには【貴方】が必要


乙女(えっ?)

突如聞こえた声に驚く。
声が聞こえてきた方向に目をやると――

乙女(う、嘘!?)


あの、新規客さんに頂いたネックレスが光っていた。


――救ってあげて。この世界を、そして【彼】を――


乙女「――」

39 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:47:49.50 ID:R81fwQot0
ヒュウウゥゥ…

乙女「――え?」

じゃばーん

乙女「ぷっ!?」

突然の出来事に理解が追いつかなかった。
現状、私は――溺れている!?

乙女「ぷはっ!! はぁ、はぁ」

目の前に広がるのは大自然。
体が『落ちた』と感じた次の瞬間には、こんなとこに――

おかしい。今の今まで、私は…。

?「おい」

乙女「…っ」

呆然としていると、後ろから肩を叩かれた。
どこかで聞き覚えのある声。その声に反応し、振り返ると――……

乙女「あ、貴方は!」

その顔を見て、心臓が飛び出すんじゃないかってくらい驚いた。
だって、そこにいたのは――


乙女「一体どうなってるの…!?」


魔王「…? 唐突に降ってきたと思ったら。おかしな女だな」


紛れもなく、先ほどまで攻略していた魔王だったのだから。

40 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/09(土) 18:49:49.12 ID:R81fwQot0
今日はここまで。
ベストな選択肢を選んできたつもりでバッドエンド突入した時の悲しさといったらもう。

>>30
流石にこのssの戦闘シーンは短すぎますが、自分がやってきた限りだと、ギャルゲーに比べて乙女ゲーは戦闘シーンめちゃ短いですね。

41 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/09(土) 22:02:39.27 ID:dUnaXeJH0
ギャルゲーには戦闘メインになるものも存在するからな、おつ

43 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:39:47.53 ID:1H58eInt0
乙女(何で魔王がここに? ていうか、ここどこ!?)

魔王「おい女」

乙女「は、はいっ!?」

口元は笑っているが、その眼光が鋭い。
やはり色々馬鹿でも魔王。急に現れた不審者を警戒しているのだろう。

魔王「お前…あれか」

乙女「ち、ちが…っ。あ、あ、暗殺者じゃ……」アワワ

魔王「痴女か」

乙女「…はい?」

魔王「そうとしか思えんだろ。人の入浴中に飛び込んできて」

乙女「…入浴中?」

言われてみれば、今浸かっているのはお湯だ。
そして魔王は、逞しい体を晒して――!?

乙女「きゃああぁぁ!!」

慌てて魔王に背を向けた。

魔王「お? 見たくないのか、俺のパーフェクトボディ…」

乙女「すすすみません、ごめんなさい、見ません! 私行きますので…っ!」

魔王「まぁ待て」

温泉から上がろうとした私を魔王が呼び止める。
逆らってはいけないと、私は動きを止めた。

乙女「な、な何でしょうか…?」

魔王「脱げ」

乙女「!!!」

私の体がブルブル震える。
逃げたい。けど、運動音痴な私が逃げきれるわけが…。

魔王「勘違いするなよ?」

乙女「えっ?」

魔王「その濡れた格好のままではいかん。俺の服を貸してやるから脱げと言っている。安心しろ、貧乳は好きだが着替えを見たりはしない」

乙女(そ、そうよね)

俺様系だけど、何だかんだであの魔王だ。まさか見知らぬ女を組み伏せるなど、そんなわけがない。

44 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:40:15.74 ID:1H58eInt0
魔王「サイズが大分違うが、まぁ我慢してくれ」

乙女「い、いえ、あのっ、ありがとうございます」

ぶかぶかの服を借りて、私は頭を下げる。
コミュ障が災いして、あまり上手く話せないけれど。

魔王「それよりお前、どうやって現れた? 俺は風呂に浸かりながらも周囲を警戒していたが、お前は唐突に現れたな」

乙女「そのー…」

魔王「凄腕の達人…にも見えないし、魔力もないようだし」

乙女「あのっ、じ、じ、実はっ」

魔王「?」

乙女「異世界から来たんです…多分」

魔王「…は?」

そんな反応されても、こっちだってわけがわからない。
そりゃ異世界にトリップするゲームは沢山やってきたけど、いざ自分がそうなったら上手く対処できないものだ。

魔王「ふむ、確かに変わった衣装を着ていたな。それに、お前と一緒に落ちてきた『あれ』も、見たことがないものだ」

乙女「『あれ』?」

振り返ると、スマホと、ゲーム攻略に使っていたメモ帳が草むらに落ちていた。

乙女(あぁ良かった、温泉の中に落ちてなくて!)

乙女(やっぱり電話とか通じないんだろうなぁ)

魔王「異世界から飛んできたのなら困っているだろう。俺の城まで来るか? あぁ、俺はこう見えても、この国の王なのだ」

乙女「は、はい! 是非!」

魔王「ほう? 初対面の男に警戒を抱かないのか。お前のいた世界は、さぞ平和だったのだろうな」

乙女「あ、そ、そのっ」

魔王「まぁいい。馬の後ろに乗せてやる」

乙女「…はい、ありがとうございます」

ゲームで貴方のことを知っているから…なんてどう説明していいのかわからないし、それに彼の秘密を覗き見たようで、何も言えなかった。

乙女(まさか二次元の中に入るなんてね…まるで夢だわ)

乙女(二次元も 中に入れば 三次元 …あぁ、下らない五七五)

45 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:40:44.42 ID:1H58eInt0
>魔王城


魔王「今帰ったぞ」

乙女(凄い! グラフィックそのまんまで、使用人達もいる!)

頭の中でゲームのBGMが流れる。
そんな場合じゃないとわかりつつ、私の頭は興奮していた。

魔王「おい側近、帰ったぞ」

側近「お帰りなさいませ魔王様。…む? その娘は誰ですかな?」

乙女(うわぁ、側近だ! ゲーム同様、すっごく嫌味ったらしい顔と喋り方!)

魔王「あぁ。異世界からの客だ」

側近「…はい?」

魔王「何もない空間からいきなり現れたのだ。凄いだろう、まるでお伽話だ!」

側近「…胡散臭いですね」

乙女(ですよねー)

側近「覇王の国の刺客かもしれませんよ。あの国も最近、あの手この手でこちらに仕掛けてきますからね」

乙女(確かゲームの中では争いは沈静化してて、それから魔王が命を狙われる事件が起こり、両国の関係は不穏になって…)

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:41:11.67 ID:1H58eInt0
魔王「俺を油断させる為だとしたら、こんな胡散臭い嘘は言わんだろ」

側近「しかし魔王様、警戒するに越したことは…」

魔王「心配ない」ポンッ

乙女「……え?」

触れた。ナチュラルに。魔王の手が。私の胸に。

乙女「いやあぁ!」バッ

魔王「な? 隙だらけだろう?」

側近「…品性を疑います」

魔王「実に薄い胸だったが、俺は薄い胸も愛でられるぞ! いやぁ実にいい思いをした!」ハッハッハ

乙女「う、うるさい…!」

最悪。誰にも触られたことないのに…。
ゲームではわからなかったが、魔王はどんな女にもこうなのだろうか。

魔王「全く疑い深いハゲだな側近は」

側近「恐れ入りますが、ハゲてません」

魔王「なら、俺自らがこの女を尋問してやる」ニヤ

乙女「え…尋問?」ビクッ

魔王「俺の私室に来い、女!」グイ

乙女(ううぅ…何されるんだろう……)ブルブル


側近「……」

側近「まさかとは思うが、あの女……」

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:41:41.11 ID:1H58eInt0
>私室


魔王「ここが俺の私室だ」

乙女「は、はい」

魔王「そう恐れるな、ここには俺とお前の2人しかいない」

乙女(だから怖いんだけど…)

魔王「そういえば…おい女、お前の名前は?」

乙女「は、はい! 乙女と申します!」

魔王「乙女か。俺のことは魔王様と呼べ」

乙女「はい、魔王様……」

乙女(二次元のキャラを様付けで呼ぶことはあるけど、魔王は『魔王』だからなぁ…違和感あるなぁ)

魔王「お前のいた世界は、どんな所だ?」

乙女「どんな…? えーと…魔法は物語でしか存在していなくて、その代わり化学が発展していて……」

魔王「化学って、あれか。自然のエネルギーだけで、自動で動く乗り物や、遠くにいる者と話せる道具が作れるとか」

乙女「はい、ありますよ」

魔王「本当か! 今、現物はないのか!」

乙女「それとは違うけど、これとか…」

私はスマホを取り出した。
通信はできないだろうけど…。

乙女「はい笑ってー」パシャ

魔王「…? 今、何をした?」

乙女「見て下さい」

魔王「おおぉ!? 画面の中に、俺そっくりの肖像画が! 一体、何だこれは!」

乙女「これはカメラといってですね…」

48 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:42:12.43 ID:1H58eInt0
魔王「…ほぉー。お前のいた世界は面白いな」

写真フォルダの中にあった、街の風景や家電などを見せながら、色んな話をした。
上手くは話せなかったけど、話をしている間、魔王はずっと目をキラキラさせていた。

魔王「しかし文化は全く違うのに、人が存在しているのは同じなのだな」

乙女「私の世界に住む人の方が、肉体的には弱いと思います。魔法も使えませんし」

魔王「こちらの世界の方が肉体労働を必要とするからな。機械というものがあれば、労働は効率化されるだろう」

乙女(私の話だけで、そこまで想像を膨らませることができるの。魔王って意外と頭良かったんだなぁ)

魔王「ところで、お前はそちらの世界でどのような仕事をしているのだ?」

乙女「私は…メイド喫茶の店員です」

魔王「メイド喫茶? 何だそれは。メイド紹介屋を兼ねている喫茶店か?」

乙女「あ、いえ。従業員がメイドの格好をしてお客様をおもてなしする喫茶店…と言えばいいでしょうか」

魔王「ほう。本物のメイドとは違うのか」

乙女「えーと…私の国では、サブカルチャー文化の影響で、メイドへのイメージが本来のものとかけ離れていまして…。そういうメイドを好む方向けといいますか…」アタフタ

コスプレ、萌え、二次元…そういった文化のない世界の人にどう伝えればいいのか、焦る。
そもそも元いた世界でも偏見を向けられがちなもので、詳しく説明するのは恥ずかしいというか…。

魔王「つまり、メイドにフェチシズムを持つ者向けの、擬似空間を用いた喫茶店というわけか」

乙女(凄い! 通じた!)

魔王「ところで、そのサブカルチャー文化の影響を受けたメイドとはどのようなものだ?」

乙女「えぇーと…」

魔王「そうだ。いつまでもぶかぶかの服を着せておくのもあれだし…丁度いいか」

乙女「……はい?」

魔王「おーい!」パンパンッ

魔王が手を2回叩くと、使用人と思われる人が入ってきた。

魔王「至急、メイド服を持ってこい。こいつに着せる」

乙女「え…えええぇぇ!?」

49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:42:42.89 ID:1H58eInt0
魔王「そっちの小部屋で着替えてこい」


乙女(で…着替えたけど。うわぁ…本物のメイド服だ)

全身鏡を見てしばし呆然とする。
魔王に渡されたメイド服は、冥土屋の制服と違いスカートの丈が長い。
ニーハイも仕事に邪魔な飾りも乳袋も何もない、本格的なメイド服だ。

乙女(ロングの髪、やっぱりまとめるべきなのかな? 冥土屋では黒髪ロングの『属性』ってことでこのままだったけど…)

魔王「おいどうした、着替えに手間取っているのか。手伝ってやろうか?」

乙女「い、いえっ! そうではないのですが……」

魔王「…そういえば、サブカルチャー文化の影響を受けて本来のメイドとは差異があると言っていたな。何か足りないものがあるのか?」

乙女(うぅ~…)

メイド姿を見せることに抵抗はない(これもどうなのかと思ったが)が、魔王が望んでいる「サブカルチャー文化の影響を受けたメイド」すなわち「萌えメイド」。

乙女(パンピー(?)相手に萌えメイドとか、いいの!?)

魔王「おいどうした。俺は気が短いのだぞ。それともあれか? この魔王様を前に萎縮しているのか、貧相な小娘が」

乙女(む)カッチーン

自慢じゃないが、自分は冥土屋ではクール属性のメイドとしての地位を確率した〝乙姫”だ。
乙姫がシフトに入っている日を狙って来る常連さんだっているし、ブロマイドもそれなりに売れている。SNSのフォロワー数だって、冥土屋では上位にいるのだ。

普段は地味な乙女ゲーマー。だけど、メイド服を着れば私は“乙姫”なのだ。

乙女「…魔王様、今から言うものをご用意できますでしょうか?」

魔王「何だ。言ってみろ」

50 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:43:12.75 ID:1H58eInt0
>10分後


魔王「持ってこさせたぞ。しかしパスタとトッピングをそれぞれ別々に持ってこいとはどういうことだ?」

乙女「大変長らくお待たせ致しました、ご主人様」

魔王「ごしゅ…」

ゆっくりした足取りで魔王の前に姿を現す。
萌え仕草であればポテポテッと小走りで行く所だろうけれど、私はクール属性。落ち着いた態度で接さなければならない。

魔王「ほう、なかなか似合っているな」

乙女「ご主人様にお褒め頂くと…私の心の暗闇に、灯りがともるようです」

魔王「…なぬ?」

勿論、どのご主人様にも言っているリップサービスの一環である。

乙女(パスタはミートソース、用意されたトッピングは粉チーズ…これを仕留める)キラン

51 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:43:42.06 ID:1H58eInt0
乙女「トッピングのかかっていないパスタは味気ないものですね」

魔王「俺はトッピングなしでも好きだが…」

乙女「まるでご主人様がいらっしゃらない時の、私の心のようです」

魔王「えっ」

乙女「この粉チーズは、ご主人様に捧げる私の想いです。…丁度いい、という所でおっしゃって下さい」

乙女「美味しくなーれ、美味しくなーれ」シュッシュッ

魔王「…ストップ」

乙女「…はっ」

魔王「どうした」

乙女「ご主人様のことを想う余り、心がトリップしていたようです」

魔王「あー…まぁ実際体ごと異世界にトリップしてるけどな?」

乙女「では私の想いをパスタの中に混ぜます」クルクル

魔王「想い? あぁ粉チーズな」

乙女「フー、フー…はい、あーん」

魔王「え、あ!? いや自分で食えるが…」

乙女「ご主人様は私のこと、嫌い…ですか?」

魔王「……」モグ

乙女「…嬉しい」ニコニコ

感情表現はクールに、だけどデレる時は素直に。それぞクーデレの極意…決まった。

52 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:44:08.04 ID:1H58eInt0
魔王「……ふっ」

乙女「…ご主人様?」

魔王「何と言っていいのか…この俺の興味を引いたことは褒めてやろう。面白いぞ」クク

乙女「ギャグじゃないんですけど…」ドヨーン

自分なりに本気を見せた。表情も声色も仕草も、全て「クーデレらしさ」を出したと思う。
にも関わらずこんな反応をされるとは…。やはりパンピー(?)相手は難しい。

魔王「あぁ、面白いというのはそういう意味じゃない」

ニッと魔王は笑った。

魔王「言い換えれば…可愛いぞ」

乙女「っ!?」

魔王「その赤面も演技か? お前程に容姿端麗なら、言われ馴れているだろう」

乙女「そ、そそそんなこと」

そりゃブロマイドが売れている位だから、自信が無かったわけじゃない。
だけど面と向かってそう言ってきたのは、魔王が初めてで――

乙女(何か、変な気分…)

魔王「お前、何人もの客にそういう台詞を言っているのか?」

乙女「あ。ま、まぁ」

軽蔑されるだろうか。そういう仕事だからとはいえ、尻軽のように思われたら悲しい。

魔王「なぁ乙女。元の世界に戻る方法が無いようなら、俺の元でメイドをしないか?」

乙女「…はい?」

魔王「わからないか?」

乙女「っ!」

魔王は私の頬にスッと手を添えた。
綺麗な顔が少しずつ寄ってきて――

魔王「これからは、俺だけに愛を囁け――そう言っている」

乙女「――っ!!」

53 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/10(日) 17:44:37.72 ID:1H58eInt0
悪魔「そこまでだあぁ、猥褻魔王っ!!」ドゴッ

魔王「へぶっ」

唐突に部屋のドアを蹴破って、悪魔が乱入してきた。

乙女(悪魔だ! やっぱり安心の常識人!)

悪魔「魔王が女の子を拾ってきて私室に連れ込んだと聞いて来てみれば、お前はあぁーっ!!」

魔王「何だ覗いていたのか、趣味の悪い」

悪魔「お前が女の子に興味示すなんて珍しいから、悪い予感がしたんだよ。しかも…」チラ

乙女「?」

悪魔「モロお前好みの子じゃねーかっ! メイド服着せて何やってんだよ!」

魔王「一種の擬似恋愛だ。先に口説いてきたのは、この女だぞ」

悪魔「お前はちょっと褒めたら拡大解釈するからな」

魔王「何だとこの野郎」

乙女(信用ないなぁ)

魔王「あ、乙女。こいつは悪魔。一応俺の家臣なのだが、幼馴染という関係上、心の広い俺はこのような無礼な振る舞いを許している」

悪魔「初めまして乙女ちゃん。異世界から来たんだって? その上、その困ってる女の子を食おうとする肉食馬鹿に目ぇつけられて可哀想に」

魔王「肉食馬鹿? 俺は果物が1番好きだ!」

悪魔「乙女ちゃんが寝泊りする部屋は用意しといたから、この馬鹿の部屋から出ようぜ」

乙女「あ、はい」

魔王「おい待て、誰が行っていいと…」

バターン

56 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/10(日) 18:30:59.87 ID:1XZi1zU3O

王道ではあるがこういう異世界転移系はそそるものがあるな

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:42:48.85 ID:6MJeamsX0
悪魔「ごめんなー。魔王は馬鹿だけど悪い奴じゃないんだよ。すっげー馬鹿だけど」

乙女「悪魔さんは本当に魔王…様と仲が良いのですね」

悪魔「さっきのやりとりだけでわかったの。洞察力あるね~」

乙女(ゲームでもそんな感じだったもの)

乙女(そういえば…時系列的に、今はゲームでの出来事より後くらいかな。ヒロインはどうなったんだろう)

乙女(この世界のことを知らないことになっている私が、どうやって話を切り出すべきか…)

悪魔「どうかしたの、乙女ちゃん?」

乙女「えーと…魔王様は女性がお好きなんですか?」

乙女(うわ、我ながらひどい発言)

悪魔「あちゃー…そう勘違いされたか」

乙女(ゲームでの魔王は、ヒロイン一筋な印象だったけど)

悪魔「あいつは余程興味ある子にしかチョッカイはかけないよ」

乙女「…と、いうことは」

悪魔「乙女ちゃん、あいつに気に入られたんだねぇ」

乙女「…」

何と言っていいか複雑な気分。
気に入られて嬉しくないわけではない。
だけど自分はヒロインと魔王をくっつける為に頑張っていたのだから、魔王には別の女を気に入って欲しくないというか…。

悪魔「多分、乙女ちゃんが似てるからかな」

乙女「え…?」

悪魔「あいつ、一度だけ本気で女の子を好きになったことがあるんだ。…半年前に死んじゃったんだけどね、その子」

乙女「…!!」

ヒロインの事だ。
やはりヒロインはこの世界に存在していて、ゲームの出来事もここであったのだ。

59 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:43:31.30 ID:6MJeamsX0
乙女「…どうして亡くなられたのですか?」

あれは突然のバッドエンドで、何が起こったのかさっぱりだった。

悪魔「何者かに殺されたみたいなんだけど…犯人がわからないみたいで、それで…」

乙女「?」

悪魔「その事件がきっかけで、隣国…覇王の国との関係に亀裂が入ったんだ」

乙女「え…っ!?」

そういえばさっき側近が、両国の関係が悪化したようなことを言っていたが…。

悪魔「その子、国境近くで殺されたことから、魔王の国の者に殺されたんじゃないか…って推測されてて」

悪魔「その子の父親…疾風狼って呼ばれる、覇王の国の騎士団長でさ。その疾風狼の、魔王の国への敵意が燃え上がったみたいで」

悪魔「…それより少し前に、魔王が何者かに襲撃される事件があって、魔王の国の者達も疾風狼を疑っていた。その2つの事件が立て続けに起こったせいで、両国の関係は今最悪なんだ」

乙女「まさか争いが…?」

悪魔「あぁ。双方の国のトップは民間人に被害が及ぶのを好まないから、死者自体はそんなに出ていないんだけどね。覇王の国から刺客が来ることもある」

乙女「…」

悪魔「だから、側近が乙女ちゃんを疑うのも仕方ないっちゃ仕方ないんだ。つーか魔王が警戒心無さすぎ、ってのもあるんだけど」

乙女「…何てこと……」

悪魔「あ、乙女ちゃんは気にしなくていいからね。よりによってこんな時期に異世界から飛ばされてくるなんて、本当気の毒だよ」

乙女(私のせいだ…)

私がゲームの選択肢を間違えたから、この世界は今このようなことになっているんだ。
ヒロインが死ななければきっと、魔王の望む平和な世界になっていただろうに…。

60 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:44:00.95 ID:6MJeamsX0
ゲームを遊び尽くす為に、わざとバッドエンドの選択肢を選んだことは何回もある。
それでキャラクターが死んだり不幸になっても、選択肢の前でロードして、やり直せば良かっただけだ。

悪魔「あ、ごめんな突然暗い話しちまって! とにかく、魔王の好きだった子と乙女ちゃん、顔や声が似てるんだよ。まぁ、髪色とか性格は違うけど」

乙女「…」

だけど、現実は――少なくともこの世界では、もうロードもできない、取り返しのつかないことになってしまっている。

悪魔「それよりも、乙女ちゃんが元の世界に戻る方法考えないとなぁ。まさかこっちの世界に死ぬまでいろ、っつーわけにも…」

乙女「…構いませんよ」

悪魔「え?」

それがせめてもの償いになるのなら。

乙女「私は元の世界に、家族も、友達も恋人もいません」

元の世界に戻りたい気持ちはあるけれど、諦めはつく。

乙女「ご迷惑でなければ、私…」

ヒロインを操作していたとはいえ、私はヒロインではない。だから私がヒロインの代わりになれる、とは決して思わないけど。

乙女「魔王様に仕えたいです」

そうすることで、少しでも償いたかった。

61 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:44:36.28 ID:6MJeamsX0
そういう経緯で、私はこの城で働くことになった。

魔王「乙女」

乙女「はい、何でしょう」

魔王「俺の襟を直せ」

乙女(自分でやりなさいよ)

魔王は私を側に置き、こき使った。そりゃもう、下らない用件で存分に。

魔王「何だ? 不服そうだな」

乙女「いえ別にそんなことありませんわー」

魔王「おっと、ペンを落とした」コロコロ…

乙女「…」

魔王「拾ってくれないか」

乙女「はい」

魔王「よしよくやった。褒めてやろう」ナデナデ

乙女「~っ、犬じゃないんですから……」

魔王「ペットの自覚が足りんようだな。俺がイチから躾けてやらんとな」

乙女(だから俺様系は面倒臭いのよ…)

自分はゲームでヒロインを操作して見ていただけだが、いざ魔王と接したら色々大変だ。ヒロインもさぞかしイライラしたことだろう。

魔王「お手だ、お手」

乙女「私は犬じゃありませんってば」

魔王「たまらんな、その冷ややかな目」

乙女(こいつ…!)グヌヌ

62 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:45:08.11 ID:6MJeamsX0
乙女「出来ました。オリジナルカクテル“独裁者の感嘆”で御座います」

魔王「ふむ、良い味だ。正に選ばれし者の為のカクテルだ」

乙女「“ご主人様”にお喜び頂けると、嬉しいです」

魔王「魔王様、な?」

乙女「ご、しゅ、じ、ん、さ、ま♪」

魔王「グヌヌ」

たまたまわかったことだが、魔王はご主人様呼びが不服ならしい。
だからせめてもの反抗で、ご主人様と呼んでいる。

魔王「俺の名は魔王、この世界において最も崇高な名だ」

乙女「ご命令ならばお呼びしますよ?」

魔王「いや、命令で呼ばせるのは負けだ。お前に心の底から敬愛を込めて『魔王様』と呼ばせてやるぞ」

乙女「お手柔らかにお願いしますね“ご主人様”」

魔王「フッ、その反抗的な態度。俺の征服欲を煽るではないか」

乙女(そんなつもりはない)

乙女(でも…)

それでヒロインを失った心の穴が少しは埋まるのなら、喜ばせるのも悪くはない。

63 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:45:40.97 ID:6MJeamsX0
魔王「おい乙女! 花火大会があるから、行くぞ!」

乙女「え、ちょ、待って下さい」

魔王「俺は待つのが嫌いだが、特別に1分くれてやろう」

乙女(1分で何ができるのよ!)


悪魔「はい乙女ちゃん、上着とハンカチと敷物」

乙女「ありがとうございます、悪魔さん」

悪魔「あいつの相手も大変だろ~」

乙女「あはは、まぁ…」

悪魔「でも乙女ちゃんが来てから、あいつ元気になったよ」

乙女「そう…なんですか」

やはり恋人を失えば、魔王でも元気を失うものか。

悪魔「ありがとうな、乙女ちゃん」

乙女「あ、いえ、私は…」


魔王「1分経った! さぁ行くぞ!」

悪魔「全く、気の短い野郎だ。楽しんできな、乙女ちゃん」

乙女「は、はい。行ってきます」


魔王「お前、俺以外の男とあまり仲良くするなよ」

乙女「悪魔さんはお友達ですよ?」

魔王「確かに奴の魅力は俺の足元にも及ばん、友達止まりがいい所だろう。だが…」

乙女「だが?」

魔王「俺のペットが他の男に尻尾を振るのは、いい気がしないな」

乙女「だから~…」


悪魔「…」

悪魔「乙女ちゃんがこの世界に来たのは、運命なのかな…」

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:46:18.25 ID:6MJeamsX0
魔王「よし、着いたぞ」

乙女「…? 花火大会だというのに、他に誰もいませんね」

魔王「あぁ、ここは私有地だからな。魔王様ともあろう者が会場で、下々の者に紛れて場所取りなど冗談ではない」

乙女「特別席とかがあるのでは…」

魔王「特別席などを用意すれば、側近や護衛達も同行してくるからな。冗談じゃない」

ん?

乙女「…私有地なら同行はされないんですか?」

魔王「側近達はここを知らん」

乙女「はい!?」

魔王「ここは別名義で所持している土地だ。お前と悪魔しかそれを知らんから、側近達が来ることはなかろう」

乙女「あ、悪魔さんもグルですか!? 今頃側近さん達、慌てているのでは…」

魔王「皆、俺に惑わされてしまえばいい!」

乙女(そんな鼻息荒く言うことか)

魔王「そんなことより喜べよ、お前は俺の秘密を垣間見たのだぞ」

乙女「知ろうと思って知ったわけじゃ…」

ドドーン、パララッ

魔王「見ろ見ろ、花火だぞ! ほらほら!」

乙女(もー…)

65 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:46:56.55 ID:6MJeamsX0
何発もの花火が打ち上げられた。
世界も文化も違うのに、花火は元の世界と同じに見える。

乙女「あとは浴衣があれば、雰囲気は満点ですね」

魔王「浴衣とは?」

乙女「あ、ご主人様は知りませんでしたね。えーと確か、冥土屋浴衣Dayに皆で撮った写真が…はい、これです」

魔王「ほう、変わった衣装だな。可愛らしいじゃないか」

乙女「はい、浴衣はとても人気の高い衣装で…」

魔王「浴衣を着たお前を指して言ったのだぞ?」フフ

乙女「っ!?」

突然、何を。

魔王「贔屓目もあるだろうが、お前が1番似合っているな」

乙女「あー…黒髪で胸が薄いと似合うと言われていますね」

魔王「なるほどな! お前、この中で1番貧乳だしな!」

乙女「むー…」

魔王「だが浴衣もいいな。今度、お前の為に作らせるか」

乙女「わ、私の為ですか!?」

魔王「生身で見れば、一層可愛く見えるだろうな。嫌か?」

乙女「~っ…」

いつも強引なのに、こういう時だけそんなこと聞くなんて…。

66 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:48:11.55 ID:6MJeamsX0
乙女「嫌じゃ、ないですけど……」

そんな風に言われたら、断れるわけないのに。

魔王「そうかそうか! 楽しみが増えたな!」ハハハ

乙女「……」ドキドキ

二次元キャラと生身で接すると、こんなにもドギマギするものか。

乙女(魔王にはヒロインを忘れて欲しくないけど、でも……)

乙女(浴衣ならきっと、ヒロインよりも着こなせると思う…)

ヒロインに対抗心を抱いている自分もいて。
自分が操作していたキャラに対抗心を抱くなんて、変な話なのだけれど。

乙女(…変なの。私が三次元の男の人を好きになるわけないのにね)

頭ではそう思うのだけれど、

魔王「よーし、もっと近くで見るか!」ダダッ

乙女「もー…急に走り出さないで下さいよ……」

魔王と一緒にいると、何だか心が暖かい。

そうしている内、またひとつ花火が打ち上げられ――


魔王「――っ」

魔王の顔色が変わった――と同時。

魔王「乙女――っ!」

乙女「え…?」


――ぱあぁん

67 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:48:43.47 ID:6MJeamsX0
乙女「あ…え?」

大きな音で耳がしびれたと同時、地面に尻餅をついていた。
目の前には魔王の体――見上げれば、険しい表情。

乙女「どう…したんですか?」

魔王「…っ」

魔王が振り返る。私は体を傾け、向こうを見た。

乙女「…っ!?」

すると私のいた所からは、煙が上がっていた。

魔王「罠を仕掛けられていたようだ。花火の音で気付くのが遅れた」

乙女「あ、え……」


魔王は、覇王の国の者に命を狙われている――
ずっと城にいた自分は、それを失念していた。

乙女「お、お怪我はありませんか!?」ワタワタ

魔王「あぁ、怪我はない。やはり会場に行かなくて良かった。人が大勢いる場でやられたら、民間人を巻き込む恐れがあるからな」

乙女「そう、ですね……。すみません、罠を踏んでしまって」

魔王「……」

魔王は険しい顔をしたまま、何も言わない。まさか、怒らせてしまったのか。

魔王「踏んだのは、俺も……まさか、狙いは……。いや、しかし……」ボソボソ

乙女「え?」

魔王「いや、何でもない」

魔王はいつも通りの笑顔に戻った。
まるで、何も心配いらない、とでも言うような。

魔王「全く、こんな間近で特大花火を打たれては、空の花火が霞んでしまうな。帰るか、乙女」

はい――と言おうとした時だった。

乙女「……っ!?」

魔王が、私の手を握った。
まるで急かすようにその手は強引で、力強い。

乙女「あ、あの……?」

魔王「……させやしない」ボソ

乙女「えっ?」

魔王の呟きは花火の音でかき消された。
今、何て言ったの――?
だけど、いつにない魔王の緊張した雰囲気に、私はそれを口にすることができなかった。

68 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/11(月) 19:49:26.28 ID:6MJeamsX0
乙女(このまま不穏なままってのも、嫌だなぁ)

自室に戻り、ふぅとため息ひとつ。
危険な場面に遭遇したせいで、不安な気持ちが沸いてきた。

乙女(今は魔王の国にいるけど、覇王の国もいい人たちばかりだったし…争いになってほしくないわ)

乙女(ゲームなら選択肢を選ぶだけでいいのになぁ~)ハァ

乙女(…雑魚モンスターを地道に倒して経験値稼ぎとかできないかな? ゲームの中なんだし……)

乙女(いやADVとRPGは違うか…って、そういう問題でもないし! あぁもう私、ゲーム脳の馬鹿!)

乙女(ゲームはハードモードを選ぶけど、現実はイージーモードを進みたいわ…)

乙女(くだらないこと考えてないで、もう寝よう)


乙女「――っ」



悪魔「それでさぁ…」

側近「うむ」


乙女「きゃああああぁぁぁ!!」



側近「っ!?」

悪魔「乙女ちゃん…!?」


71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:02:24.38 ID:daxZE1MG0
乙女「きゃーっ、いやぁーっ!」

悪魔「どうした!」バァン

乙女「あ、あ、あれ……」ガタガタ

悪魔「あれ…?」

側近「あっ」

私が指を刺した先――ベッドの上に、小さな蛇がいた。

乙女「布団をめくったら、蛇がいて……」

私は蛇が苦手なので、柄にもなく取り乱していた。
悪魔さんがベッドに近づいて行って、蛇を取ってくれた。

乙女「あ、あ、ありがとう、ございます……」

悪魔「……」

乙女「悪魔さん?」

悪魔「こいつ…ここらには生息しない蛇だ」

乙女「え…っ!?」

悪魔「しかも…強い毒性を持ったやつだ」

乙女「!!」

悪魔「…誰かが乙女ちゃんの命を狙って、故意に仕掛けたとしか思えない」

乙女「そんな……」

蛇を見つけた時とは違った意味で血の気が引いた。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:02:54.68 ID:daxZE1MG0
魔王「乙女!」

悪魔「あ、魔王!」

少し遅れて魔王がやって来た。バタバタしている間に側近が呼んできたのだろう。
混乱している私の代わりに、悪魔さんが魔王に事情を説明した。

魔王「何で、乙女の部屋に……」

動揺を見せる魔王だったが、すぐに顔を引き締めた。

魔王「おい、側近!」

側近「はい」

魔王「乙女が不在の間、この部屋に入った者はいるか」

側近「はっ、報告が遅れ申し訳御座いません。部屋に入ったかはわかりませんが、先ほど城の付近で不審な男を捕らえました。只今、取り調べの最中でして……」

魔王「俺自らその男に話を聞く。悪魔、乙女の護衛を頼んだぞ」ツカツカ

側近「私も参ります、魔王様」


乙女「……」

悪魔「怖かったよな乙女ちゃん…。大声で叫んでくれて良かったよ」

乙女「あの……」

悪魔「ん?」

乙女「取り調べの様子…私も見れませんか?」

73 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:03:23.28 ID:daxZE1MG0
>取調室


男「不法入国は認めますが…私は何もしていませんよ」

魔王「では城の周辺で何をしていた」

男「土地勘がないもので、迷っていました」

魔王「怪しいな…お前、体つきもいいし、戦闘を生業としていた者ではないのか?」

男「私は覇王の国のしがない農民で、国のお偉方の顔もよく知らないのですよ」


乙女「……」

悪魔「のらりくらりだな…。覇王の国の奴、ってことはわかったけど、それだけじゃ証拠不十分だし」

私は悪魔さんに案内されて、小窓から取調室を覗いていた。
だけどさっきからこの調子で、進展がない。

乙女(ゲームの中の世界とはいえ、そう簡単に攻略法は見つからないか……)

悪魔「先代の魔王様なら拷問でも何でもして、口を割らせたんだろうけど…。魔王はそういうことはしないからな」


魔王「何故、我が国に侵入した?」

男「覇王の国で罪を犯してしまいましてね…逃げていたんですよ」

魔王「敵国のこととはいえ、調べれば嘘かどうかわかるのだぞ?」

男「どうぞ、調べて下さい。あぁ、ただし国に身柄を引き渡すのはご勘弁。不法入国よりも重い罰を受けるもので」ヘラヘラ


悪魔「魔王が拷問も死刑にもしないと知ってんのか、なめてやがんな」

乙女「……」

もし彼が覇王の国から送られた刺客なら、きっと――

乙女「悪魔さん、お願いが…」

悪魔「うん? ……んん?」

74 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:04:00.28 ID:daxZE1MG0
悪魔「魔王」ガチャ

魔王「どうした悪魔、乙女の護衛はどうした」

悪魔「乙女ちゃんがさ…」ヒソヒソ

魔王「ふむ? ……なるほどな。決定的な証拠にはならんが、試す価値はあるか」

男「どうしたんすか?」

魔王「入ってもいいぞ」

男「今度は誰が――……」


ガチャ

「失礼致します……」


男「――っ!?」

「お久しぶりですね」

魔王「……」

そこに足を踏み入れた“私”を見て、男は明らかに狼狽していた。


男「ヒロイン、様…!? 生きていただと…!?」

75 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:04:31.43 ID:daxZE1MG0
乙女「…私はヒロインではないですよ」バサッ

男「あっ!?」

私は被っていたウイッグを外した。
私とヒロインは顔と声が似ていると聞いていたので、ウイッグを被れば錯覚させられると思ったのだ。

魔王「おいお前、ヒロインを知っているのか」

男「…っ!」

男は「しまった」というような顔をした。

魔王「お前さっき自分のことを、覇王の国のしがない農民で、国のお偉方の顔もよく知らんと言っていたな? 何故、ヒロインを知っている?」

男「そ、それは……」


悪魔「あとは魔王に任せよう。乙女ちゃん、行こうか」

乙女「はい」

直接話を聞きたかったけれど、男が逆上して何をするかもわからない。
私と悪魔さんはその場を後にした。

76 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:05:07.83 ID:daxZE1MG0
悪魔「…にしても驚いたよ」

乙女「え?」

並んで歩いている途中、悪魔さんが話を切り出してきた。

悪魔「まるで、本物のヒロインちゃんだからさ。まさかウイッグだけで、あそこまで似るとはなぁ…」

乙女「元々似ているのでしょう?」

悪魔「まー顔貌はね。でもヒロインちゃんは、浮かべる表情が乙女ちゃんと違うからね」

乙女(表情…ゲームでは顔非表示だったからわからない)

悪魔「…魔王も、内心驚いていたかもな……」

乙女「…」

乙女「ウイッグを被っていた方が、魔王様は喜ばれるでしょうか?」

悪魔「え? あ、まさか乙女ちゃん、ヒロインちゃんの代わりになろうと思ってる?」

乙女「…そんなのはおこがましいでしょう」

悪魔「まず無理だしな。ヒロインちゃんは大人しくないし勝ち気だし、乙女ちゃんとは違う人間だよ」

乙女「そうですよね」

わかっていたはずなのに、馬鹿なことを考えたものだ。
あくまで私は、ヒロインを操っていたプレイヤー。ヒロインになることはできない。

悪魔「…乙女ちゃんには乙女ちゃんの魅力があるんだしさ」

乙女「そう…ですか?」

悪魔「うん。魔王だってそう思っているよ」

乙女(…そうなのかな?)

魔王が私を気に入ってくれたのは、ヒロインに似ているから、というのが少なからずあると思う。
それにヒロインは魔王の恋人だったが、私はペットのようなものだ。

乙女(わかってる。思い上がったりしない)

77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:05:37.44 ID:daxZE1MG0
悪魔「…なぁ乙女ちゃん」

乙女「はい?」

悪魔「乙女ちゃんは…いなくならないでくれよ」

乙女「え?」

突然、どうしたのだろう。

悪魔「俺…正直、かなり弱気になってる。乙女ちゃんに、もしものことがあったら…」

乙女(こんなに弱気な悪魔さん、初めて。でも仕方ないか、ヒロインのこともあったし…)

乙女「悪魔さんは先程も、真っ先に駆けつけて下さったじゃないですか」

悪魔「…俺を信用しちゃ駄目だよ、乙女ちゃん……」

乙女「えっ?」

何を言っているのだろう…と思った時、悪魔さんは自嘲気味に笑った。

悪魔「俺は…ヒロインちゃんに恨まれても仕方ない男なんだ」

乙女「――!?」

ヒロインに親切だった悪魔さんが…? ヒロインに恨まれても仕方ないって?

乙女「それは、どういう…」

聞こうとした時だった。

魔王「ここにいたか」

乙女「あっ」

疲れた顔をした魔王が、側近を引き連れてやってきた。

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:06:08.95 ID:daxZE1MG0
悪魔「魔王…あの男の取り調べは済んだのか?」

魔王「黙秘だ。だが、何日もかけて取り調べをすれば、根負けして口を割るかもしれん」

悪魔「そうか…でも進展はあったな、お疲れ」

魔王「あぁ、ありがとう」

乙女「…」

わからない。悪魔さんは魔王にとっても良い友達で、悪いことをするような人に見えないが…。

魔王「…乙女」

乙女「あ、はい」

魔王「お前は命を狙われているかもしれない。…また1人になるのは、危険だ」

乙女「…」

大丈夫…と言いたい所だが、私は自分の身も守れない小娘で、そんなこと言える余裕はない。

魔王「そこで、だ。お前の安全の為にだ…」

護衛でもつけてくれるのだろうか。
こんな、たかだか居候の自分にそんなのは申し訳な…

魔王「俺と生活を共にしないか」

乙女「…え?」

今、なんと?

79 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:06:38.35 ID:daxZE1MG0
魔王「俺も刺客に命を狙われているが、魔王様である俺にとっては全く危険ですらない。むしろ、魔王様の側が最も安全な場所と言えるだろう」

そりゃ魔王が強いのは知っているが…。

魔王「俺の側にいろ、乙女。守ってやるよ」

乙女「そ、そそそんな」

悪魔「いいと思うぞ」

乙女「えっ、悪魔さん…」

常識人の悪魔さんまで何を。

悪魔「魔王なら、どんな護衛より心強いよ。どんな時でも、乙女ちゃんを守ってくれるさ」

側近「…それは如何かと」

側近が冷静な口調で口を挟んだ。

側近「いざ魔王様の御身が狙われた時、足手まといがいては、魔王様自身に危険が及ぶ危険性が御座います。…むしろそれを狙って、魔王様のお気に入りである彼女が狙われたのかも…」

悪魔「あー…そういう考えもあるな」

乙女(…むしろ魔王に仕える身としては、真っ先に考えなければならないことでは)

悪魔さんがその考えに至らなかったことに、若干の違和感を覚えた。

魔王「それについては心配無用だ」

側近「根拠は」

魔王「俺は魔王様だぞ? 自分の身も守れなくてどうする」

側近「根拠のない自信を貫き通すのはおやめ下さい」

悪魔「まぁ、それが魔王だし…」

乙女「…」

80 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:07:21.33 ID:daxZE1MG0
結局、魔王に押し切られてしまい、私は魔王と生活を共にすることになってしまった。
同じベッドで寝るのか…と心配していたが、魔王の部屋にベッドが運ばれたので、その心配はなさそうだ。

魔王「お前に手は出さん。何だ、残念か? んん?」

乙女「いえ別に」

魔王「この俺だぞ?」

この平常運転、ある意味羨ましいまでの図太さだ。

乙女「ところで、入浴や着替えやトイレの時はどうすれば…」

魔王「入浴や着替えはともかく、トイレの様子を見る趣味はない」

乙女「…」ジロー

魔王「冗談だ。扉外にいてやるから、何かあったら叫べ」

つまり入浴の最中に襲撃に遭えば、魔王に裸を見られるということか…と、私もなかなか余裕のあることを考えてみる。

乙女「…ところでご主人様」

魔王「何だ?」

乙女「先程襲われた私有地って…悪魔さん以外の方は本当に知らないのですか?」

魔王「いや、敵側に情報が漏れている。そうでなければ、罠を仕掛けられん」

乙女「……」

1度疑いを持ってしまうと、なかなかそれを払拭できない。
魔王は悪魔さんを信用しているようだけれど…。

魔王「考えるのは俺の仕事だ。とりあえずお前、今日は先にもう休め」

乙女「あ、はい……」

まだ全然眠くないのだけれど…。
けれど起きていても魔王の邪魔をするかもしれないし、大人しくベッドに入ることにした。

81 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 20:08:10.79 ID:daxZE1MG0
乙女 スヤスヤ

モゾモゾ

乙女(ん……)

眠りが浅かったのか、頭に触れるものを感じて目が覚めた。
うっすら目を開けると…魔王?

乙女(何で魔王が私の頭を…)ボー…

魔王「ヒロイン……」

魔王は私が起きていることに気がついていない様子だ。
時折見せる彼の真面目な表情は、いつもとのギャップで美しく見える。

魔王「俺は、繰り返さない…。もう、失うのは嫌だ……」

乙女(魔王……)

私はまた、魔王の秘密の姿を見てしまった。
魔王は今でも、ヒロインを失った傷から立ち直っていない。

乙女(繰り返しちゃいけない……私は死ねない)

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:21:59.49 ID:QatsU9AQ0
やがて魔王が眠りについた後も、私の頭の中はぐるぐるしていた。

乙女(私がこの世界に来たのには、理由があるのかもしれない)

乙女(もしかしたら、ゲームをやっていないとわからないヒントとかあったり…)

考えを巡らせる。

あのゲームは沢山のキャラがいたけれど、立ち絵とCVのあったキャラは6人。魔王、悪魔さん、側近、騎士団長、料理長、守護精霊。
父親である騎士団長も立ち絵があったことから、攻略対象でない重要キャラにも立ち絵が用意されているらしい。

乙女(1番の謎は、ヒロインを殺した人物と、その理由だけど…)

ゲームでは、ルートが変われば攻略対象キャラが敵に回ることもあるし、主人公がモブキャラに殺されることもある。
自分があのゲームをプレイした限りで、ヒロインを殺しそうなのは…。

乙女(側近…かな?)

側近はヒロインを警戒していたし、私のことも快く思っていない。

乙女(あと、悪魔さんの言っていたことも気になる)

ヒロインが最後に会っていたキャラは悪魔さんだった。悪魔さんがヒロインが殺されるように仕向けた…とか?

乙女(…駄目、全っ然わからない!)

いきなり行き詰まる。

乙女(バッドエンド1つ見ただけじゃ何もわからないって。せめて別の選択肢のルートも見れてたら…ん? 選択肢?)

選択肢と言えば確か…私は起きて、部屋に持ってきた私物入れの中を探した。

乙女(あった、攻略用メモ帳)

攻略のヒントになるかと思って記していたメモ帳だ。

乙女(これで何か掴めればいけど…)

85 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:22:31.74 ID:QatsU9AQ0
乙女(うーん…選択肢間違えたとは思えないんだけどなぁ…。さり気ないとこでバッドエンドのフラグ立つゲームもあるからなぁ)

乙女(えぇーと、何でもいいから、とにかく引っかかるとこは!)

乙女(…ん?)

ひとつ、気になることが見つかった。

乙女(料理長…姿を見せなかったり、国境付近の森に入って行ったり…何をしていたんだろう?)

料理長…魔王ルートではあまり目立たない存在で、意識していなかった。

乙女(確か…料理長が森に入って行った日に、ヒロインは幻惑にやられて…。でも料理長も幻惑にやられたような描写はなかったし…)

乙女(…明らかに怪しい)

乙女(…って)

乙女(怪しい人が増えただけじゃない! あーもう、わかんない…)

所詮、この程度の推理力。私は頭を抱えた。

魔王「うらー」

乙女「っ!?」

魔王「ふはは、参ったか~…」スピー

乙女(寝言か…)

乙女(…魔王は……)


魔王『俺は、繰り返さない…。もう、失うのは嫌だ……』


乙女(魔王は、私を守ってくれる。今、最も信用できる人)

乙女(託してみよう…魔王の力に)

86 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:23:04.65 ID:QatsU9AQ0
>翌日


魔王「な、何だと!?」

朝食を共にしながら、私はあることを魔王に提案した。
勿論、魔王は驚いていたけれど。

乙女「駄目ですか?」

魔王「…危険だぞ」

乙女「ご主人様が、守って下さるのでしょう」

魔王「いや、しかし…だな」


私が提案したのはーー

乙女『国境付近へ参りましょう。私が1人でいる所に襲撃者が来たら、捕まえて話を聞き出しましょう』


危険を伴う、賭けに近い提案だった。

魔王「…何故、国境付近に?」

乙女「その方が、相手方も仕掛けてきやすいでしょう」

魔王「わざわざ、そんなことをする必要があるか?」

乙女「私だって、自分の命が狙われる理由を知りたいです」

あくまでゲームの話だけど、私は守りに徹するのを好まない。
こう見えても、焦れったいのは大嫌いなのだ。

魔王「だが…」

魔王は断る口実を探しているようだった。
いくら自信満々の魔王といえど、守る対象を危険な目に遭わせるのには躊躇するのだろう。

乙女「私を守るとおっしゃったのは…虚勢ですか」

魔王「んなっ…!」

だからあえて、魔王を挑発してみた。

乙女「恐れているのですか…? 魔王ともあろうお方が」

87 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:23:31.26 ID:QatsU9AQ0
しかし。

魔王「恐れもするわ!」

乙女(えっ?)

返ってきたのは意外な言葉で。

だけど。

魔王「…」ブルブル

乙女「…?」

それきり魔王は何も言わなくて。

乙女(…あぁ)

だけどその後に出てくるであろう言葉を考えればわかった。
きっと魔王が吐き出したいのは弱音。だけど魔王は弱みを見せるのを嫌う。

乙女(そうか…恐れてくれているんだ、魔王)

それはちょっと、嬉しいけれど。

乙女「ご主人様が私にかかりきりになってしまえば、いざという時に動けませんよ」

魔王「あぁ…わかっている」

乙女「国のトップがそれで良いのですか?」

魔王「良くは、ないな…」

乙女「それなら、問題は早々に解決した方が…」

魔王「わかった、それ以上言うな!」

乙女「!」

88 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:24:04.04 ID:QatsU9AQ0
>国境付近


乙女(初めて来るのに、懐かしい気分…)

ここはゲームのオープニングでいた場所。
そして、ヒロインが何度も魔王と逢瀬を交わした場所で――ヒロインが、殺された場所。

密偵などの耳に入るよう、私が城を逃げ出したという偽情報は流している。
後は、襲撃者がそれに食いついてくれればいいが――


乙女(何か、怖いけど…)

魔王はいつでも出てこられるように、身を潜めている。いつ襲われても、守ってもらえる。

乙女(魔王は今、どんな気持ちだろう)

私を守ることで頭が一杯か、それとも――ヒロインとの思い出を巡らせているのか。そう思うと、少しだけ嫉妬したりして。

乙女(…でもそれは、魔王がヒロインを本当に愛していたからなんだから)

乙女(そう簡単にヒロインのこと忘れられたら、私が2人をくっつけようとした甲斐がないよ…)

乙女(けど…)

もうヒロインは死んでしまった。それなら魔王にとって幸せなのは、ヒロインを忘れることなのでは――

乙女(…駄目だってば、そんなこと考えたら!!)

余計な考えを払拭しようと躍起になっていて。

ザッ

乙女「――っ!」

私は足音が近付いているのに、気がつくのが遅れてしまった。


?「乙女殿――ですな?」

乙女「貴方は…!」

89 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:24:29.90 ID:QatsU9AQ0
騎士団長「私は覇王の国の騎士団長、と申す」

乙女(騎士団長…ヒロインの父親!)

覇王の国で疾風狼と名高い男。その腕前は魔王に匹敵するというのがゲームでの情報だ。
ゲームでヒロインを通して彼と接した時は、無愛想だが思慮深い父親、という印象だった。
だけど今の彼は武装をし、厳しげな雰囲気を醸し出している。

騎士団長「乱暴をするつもりはない。ただ…」

乙女「ただ…?」

騎士団長「私と共に来てくれないだろうか」

乙女「…!」

警戒心を高める。きっとそれは良い誘いではない。
私を捕らえて、魔王に何かを要求する道具にするつもりか。

乙女「…先日、私が殺されかけたのは、貴方の差し金ですか?」

騎士団長「それは私の預かり知らぬことだ。大人しく来てくれるのなら、乙女殿に危害を加えないと約束しよう」

乙女「…もし、抵抗すれば?」

騎士団長「気は進まんが…」

騎士団長が一歩、距離を詰める。
その一歩の距離に、命のカウントダウンが一気に早まったかのような威圧感を覚える。

私は一歩も動けなかった。動くことで命を摘まれるのではないか――この男に、それだけの恐怖を感じていた。

乙女(だけど――)

恐怖心の余り錯乱するのをとどまれたのは――

魔王「待て。俺のペットに何をする気だ?」

彼を信じていたから。

90 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:24:56.47 ID:QatsU9AQ0
騎士団長「魔王殿か」

騎士団長は冷静だった。

魔王「疾風狼殿と見受ける。まさか貴公程の者が直接出向いてくるとはな」

魔王は私を庇うように、私の前に立った。
魔王も余裕の笑みを崩していない。

騎士団長「“このような事態”を想定していたものでな」

魔王「ほう。俺の仕掛けた罠だと想定して尚、その罠に飛び込んできたわけか。しかしそれなら、頭数を揃えて来るべきだったのではないか?」

騎士団長「こちらの台詞だ。我々を欺く為とはいえ、国王が1人で来るとは無用心ではないか」

魔王「俺は魔王だ。護衛も援軍も必要としていない」

騎士団長「噂通りの自信家だ。それは確かな実力から来るものなのだろうな」

魔王「こちらの質問に答えろ。何故、1人で来た?」

騎士団長「…私の私怨に、他の者を巻き込むわけにはいかん」

騎士団長は剣を抜いた。

騎士団長「我が娘の仇は、魔王の国への報復という形で討たせてもらう!」

91 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:25:23.76 ID:QatsU9AQ0
魔王「…それはかなり不本意だな」

敵対心剥き出しの騎士団長に対し、魔王は構えすら取らない。

魔王「ヒロインを殺した奴については、こちらの国の奴だと確定していないだろ」

騎士団長「何故、娘はあのような時間に国境付近にいたのか…それは貴様が関係しているのではないか?」

魔王「…」

魔王は押し黙った。
あの夜、ヒロインが魔王に会いに行ったがために殺されたのは、事実だ、

騎士団長「貴様は娘をたぶらかし、娘が殺される原因を生み出した…それだけで十分だ」

魔王「…そうだな」

魔王はすんなりと肯定した。
表情から感情は読み取れないが、何を思っているかは想像できる。

乙女(魔王、責任を感じているんだ…)

魔王「だが、大人しく殺されてやる謂れはないな」

その言葉を皮切りに――

騎士団長「覇ぁ――ッ!!」

戦いの火蓋が切って落とされた。

92 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:25:52.56 ID:QatsU9AQ0
魔王「ふっ!」

魔王は取り出した小刀で剣を受け止める。
高い金属音が、その場に鳴り響いた。

魔王「その名に恥じぬ太刀だ、だが俺を討つには不足ッ!」

魔王が小刀を振ると同時、騎士団長は後方へ体をそらし太刀を避けた。
しかし魔王の攻撃の手は緩まない。一方で、騎士団長も攻撃を受けたり回避したりしながら、反撃の剣を放っていた。

乙女(す、凄い…)

こんな近くで見ているのに、目で攻防を追いきれない。

私はその場から少し離れる。騎士団長は卑怯な手を使わないとは思うが、魔王の気が散らないように。

乙女(でも…)

魔王は勿論だが、“ヒロインの父親”としての顔を知っているだけに、騎士団長にも死んで欲しくはない。
彼は父親としてヒロインを愛していた。その気持ちがわかるから、余計に。

騎士団長「はあ――っ!!」

魔王「――っ!!」

乙女「あっ!」

騎士団長の蹴りが魔王を吹っ飛ばした。
魔王の体は地を転がるが、騎士団長の追撃の手は緩まない。

魔王「くっ!」

体制を崩しながらも魔王は攻撃を受け止める。だがそよ体制で一気に不利になったのか、防戦一方となった。

93 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 18:26:24.65 ID:QatsU9AQ0
乙女「魔王…っ」

魔王「来るな、乙女!」

駆け寄ろうとした足を止める。
気が散った魔王だったが、騎士団長の攻撃を跳躍しかわしていた。

騎士団長「これで終わりだ…っ!」

騎士団長の剣が魔王の喉元を狙い――

魔王「くっ!」

魔王は騎士団長の手を掴み、剣先を喉元ギリギリで食い止めた。

騎士団長「貴様ぁ…!」

魔王「悪いな…まだ死ねないんでね!」

剣を喉元に食い込ませようとする騎士団長と、喉元から離そうとする魔王の力の押し合いになる。
どちらも譲らず、剣先はそこで止まったままだ。

魔王「仕方ない…! 剣の勝負で使いたくはなかったが」ゴォッ

乙女(そうだ、魔王には魔法があったんだ!)

これで魔王は不利な状況を立て直せるか――と思った時。

ブオオォッ

魔王「――っ!」

騎士団長「何…っ!?」

乙女「えっ!?」

突風が吹き、2人を吹き飛ばした。

乙女「魔王っ!!」

魔王「…っぅ!」

そして2人は、突風の先にあった急斜面を転げて消えてしまった。


「ようやく、邪魔者は消えたねぇ…」

乙女「…っ!?」


そして、そこに現れたのは――




乙女「料理長…!」

ナイフを持って薄ら笑いを浮かべている、料理長だった。

97 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:26:29.74 ID:A/Cx/pDY0
料理長「あっれー? 何で俺の名前知ってんのかなー? しかも、覇王の国での名を」

乙女「覇王の国での、名…?」

どういう意味か、わからなかった。

料理長「まぁいいや、そっちの名で。これから死ぬ君には、どっちでもいいよね~♪」

乙女「っ!」

その意味は、すぐにわかってしまった。

乙女「私を殺そうとしたのは、貴方…?」

料理長「いや、そいつはそっちで捕まっちまったじゃん。俺は『殺そうとした』じゃなくて『今から殺す』んだよ」

陽気な笑顔が腹立たしい。
だけど、聞いておかねばなるまい。

乙女「どうして私を狙うの…!?」

料理長「あぁ、そりゃ気になるよねー。それがわかんないままだと、成仏できないかもねぇ」

乙女「答えて」

料理長「んー…ま、いっか。特別に教えてあげるよ」

料理長は妖しく笑った。

料理長「簡単に言うと…海王様の為かな」

乙女「海王…?」

初めて聞く名に、私は困惑した。

98 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:27:08.81 ID:A/Cx/pDY0
料理長「この大陸から海を渡った所に、海王の国という国がある。領海が広いばっかで、小さな島国なんだけどね。俺、海王様から遣わされたモンなのよ」

乙女「は…?」

料理長「俺に下された任務は…魔王の国と覇王の国、2つの国を潰し合わせることだよ」

乙女「!」

ということは、まさかとは思うが…。

乙女「魔王を闇討ちしたり、ヒロインを殺したのも……」

料理長「お、勘がいいねー。そ、俺の仕業~♪ あとは幻惑の花を仕掛けたりもしたけど、それは失敗したなぁ」

乙女「――っ!!」

全くわからなかった。たったあれだけの描写でそこまで気付けというのも、無理な話。
だけど、その犯人が出てくるまでわからなかったということは…。

乙女(これ…私の死亡フラグ立ってるんじゃない?)

そして、その執行を下すのは――

料理長「君にも死んでもらうよ~。魔王お気に入りの女の子が覇王の国の奴に殺されたとなれば、魔王の中に憎しみが生まれる…!」

乙女(そんなことになったら、両国の亀裂が根深いものになるじゃない…!)

そんなことになってはいけない。
魔王もヒロインも、私自身も、この国の平和を願っている。だからそんな目的に利用されてやるのは、まっぴら御免だ…!

乙女「っ」ダッ

料理長「逃がすと思ってんのかぁ!!」ダッ

乙女(…っ、やっぱ私、足遅い…!)

逃げきれる気がしない――だけど、諦められない。

料理長「諦めなあぁ!!」ブンッ

乙女「――っ!」



――ザシュッ

99 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:27:35.95 ID:A/Cx/pDY0
乙女「…あ……」

赤い血潮が飛び散り、私の体を赤く染める。
痛みはない。

それもそのはず――

悪魔「…っ、大丈夫か乙女ちゃん…!」

乙女「悪魔さん…!?」

料理長「……ちっ」

どうしてか、わからないけど。
私にナイフが突き刺されようとしたその瞬間、悪魔さんが間に入って私を庇ったのだ。

乙女「悪魔さん、血が…」

悪魔「平気だ、これくらい…!」

悪魔さんが刺されたのは、左腕。
ナイフは根深く突き刺さったので、無事には見えないが…。

悪魔「こんなもん!」

料理長「!」

悪魔さんはナイフを引き抜き、遠くへ放り投げた。

悪魔「これで丸腰だな…」ニッ

料理長「…っ」

100 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:28:08.78 ID:A/Cx/pDY0
料理長「なめるなぁ!!」バキィ

悪魔「!!!」

乙女「悪魔さん!」

料理長の拳が、悪魔さんの鼻をへし折った。

料理長「俺は海王様の右腕なんだよ! お前ごとき、素手でも殺せる!!」ドゴッ

悪魔「…が、はっ……」

料理長の拳が悪魔さんの腹にめり込み、悪魔さんは血を吐いた。
まずい…実力差が大きい。

なのに――

悪魔「乙女ちゃん…早く逃げな!」

悪魔さんは立ち上がった。立ち上がって、私を気遣ってくれていた。

乙女「そんな! 悪魔さんを見捨てるなんて…!」

悪魔「いや。ヒロインちゃんの時の二の舞になる位なら、俺は死んだ方がいい」

乙女「え…っ?」

悪魔「ヒロインちゃんが殺されたのは…俺がちゃんと、家まで送り届けてやらなかったせいだからさ」

乙女「――っ!!」


悪魔『俺は…ヒロインちゃんに恨まれても仕方ない男なんだ』

あの言葉は、そういう意味だったなんて――


乙女(悪魔さんも、罪悪感で苦しんでいたんだ…! それなのに私、悪魔さんを疑うなんて…)

101 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:28:36.74 ID:A/Cx/pDY0
悪魔「…カハッ!!」ドサッ

料理長「ハァー…無駄に丈夫で困るよ。男をリョナる趣味はないんだけどね~?」

悪魔「そう簡単に、殺されてやるかよ…!」

乙女「…悪魔さん!」

悪魔「乙女ちゃん、何でまだ逃げてないんだよ!」

乙女「いえ…悪魔さんが逃げて下さい。悪魔さんなら空を飛んで、逃げ延びることができます!」

悪魔「ばか言わないでくれよ、そんなことできるわけが…」

乙女「そして魔王と騎士団長さんに伝えて下さい…! ヒロインを殺したのは、その男…海王の国から遣わされた、料理長だと!」

悪魔「へ…っ?」

それだけの言葉で、あの2人にならきっと伝わる。。
悪魔さんを犠牲にして逃げた所で、運動音痴な私はきっと捕まってしまう――それよりも。

乙女(その言葉を伝えれば、きっと両国の亀裂も元に戻るから…!)


料理長「…そんなことさせるかよォ。今までやってきたことがパーになるじゃん」

料理長の目が険しくなる。だけど私も、負けずににらみ返す。
私はこの男に勝つことはできないけど、悪魔さんを逃がすことで、この男の計画を潰すことができる。

乙女「悪魔さん行って! ヒロインと魔王が望んだ平和な世界を、取り戻して下さい!」

料理長「2人とも…逃がすかよおぉ!!」

料理長が私達に向け手をかざす。まさか、また突風か――

料理長「喰らえ――ッ!!」

乙女「――っ!!」




「…何してくれてんだ?」

料理長「…へっ?」

乙女「あ…っ!」


魔王「俺の大事な奴らに、何してくれてんだ?」

102 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:29:06.20 ID:A/Cx/pDY0
料理長「があぁぁっ!!」

ベキィという鈍い音がすると同時、料理長が叫び声をあげる。
どうやら、魔王が料理長の腕をへし折ったらしい。

魔王「おい、大丈夫か?」

魔王はそんな料理長を無視して、倒れている悪魔さんに寄っていく。

悪魔「いってて~…おい遅いんだよ、側近!」

「仕方ないだろう」

乙女「えっ?」

側近の声がした方を振り返り、そして驚愕した。


側近「全く…魔王様も、勝手な行動は困りますよ」

騎士団長「…料理長……」


何故? 何で側近と騎士団長が並んでこっちに来るの?
疑問が生まれたところで、魔王から説明が入る。

魔王「騎士団長ともみ合っているとこで、側近に止められた。どうやら悪魔と側近は、俺たちを探してこの森まで来たらしいぞ」

側近「もう少し感謝して頂きたい。私どもが来なければ、その娘は殺されていたのですよ」

魔王「あぁ、俺は本当にいい部下を持った。しかし悪魔はともかく、まさか側近が乙女を助ける為に動いてくれるとはな」

側近「それは…魔王様が落ち込まれるからですよ」コホン


魔王達の気の抜けたやりとりを見て、ようやく助かったのだと実感する。
そして一方で――


騎士団長「料理長…何故お前が、彼女を殺そうとした…」

料理長「……」

こちらの方は、まだ混乱しているようだ。

103 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:29:46.09 ID:A/Cx/pDY0
魔王「乙女、悪魔。俺たちがいない間に何があった」

乙女「その男が――」

こんな時に限って興奮しちゃって、上手く言葉がまとまらないけど。


乙女「その男が、ヒロインを殺した犯人です!!」

騎士団長「――っ!」

魔王「……」

1番伝えたかったことを、真っ先に伝えた。

悪魔「そいや乙女ちゃん、そいつ海王の国から遣わされたって…」

騎士団長「海王の国…そういうことか」

魔王「あの島国の王め。我々の国の争いを激化させ、疲弊した所を攻め込むつもりだったのか」

丁度よく補足してくれた悪魔さんの言葉で、2人ともすぐに理解したようだ。
この頭の回転の良さは、素直に尊敬する。

魔王「疾風狼よ。その男の処遇は、そちらの国に任せる。後日、聞き得た情報をこちらに送れ」

騎士団長「良いのか。こちらの国に都合の良いように改変するかもしれんぞ」

魔王「覇王殿も貴公も、そのようは卑怯な手は使わない。俺は敵として、お前達を信頼している」

騎士団長「…後悔するなよ」

そう毒付いた騎士団長だったけれど、口元は嫌味のない笑みを浮かべていた。

104 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:31:14.89 ID:A/Cx/pDY0
魔王「悪魔、自力で帰れるか?」

悪魔「あー…翼は無事だ」

側近「一応、応急処置をしておきます。魔王様、お先にお帰り下さい」

魔王「あいよ」

魔王はそう返事すると、私の側に寄ってきて…手を差し伸べた。

魔王「ほら帰るぞ、乙女」

乙女「え…っと」

いいのだろうか、その手を取ってしまって…と思ったけれど、

魔王「早くしろ、俺は気が短いんだ」

乙女「あっ」

魔王はいつもの通り強引で。
だけど――

魔王「…悪かった」

乙女「え…っ?」

魔王「怖い思いをさせたな。悪かった」

乙女「…」

時折見せる優しさもあって――いや、

乙女「でも、約束通り、助けて下さいました」

魔王はいつだって、優しくしてくれた。

乙女(魔王…私、貴方のこと……)




?「………」

?「ありがとう、乙女…」

105 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:31:44.36 ID:A/Cx/pDY0
それから両国の関係は一旦落ち着き、不穏な事件は起こらなくなった。

側近「魔王様、覇王の国の王から書が届いています」

魔王「そうか、読ませてもらおう。覇王殿は文才のある方だ、書を読むのも楽しい」

側近「書を交わせば交わす程、こちらの恥部を晒すようで…」

魔王「どういう意味だ、ん~?」

料理長の件がきっかけで、両国の王は書を交わす仲にはなった。少なくとも魔王の方は覇王に対し好感を抱いているようで、和平への兆しも見えてきている。

悪魔「おーい、速報だぜ!」

魔王「おぉ、どうした悪魔」

乙女「悪魔さん、お怪我はもう大丈夫ですか?」

悪魔「お陰様で。それよりもさ、海王の国のことで報告入ったよ」

魔王「あぁ、確か疾風狼が一隊を率いて交渉に向かったとか…」

悪魔「そんでさ、海王の奴、それだけでビビっちまって、覇王の国に全面降伏だってさ。弱すぎだろ海王」

乙女(海王が…)

チラッと魔王の顔色を伺う。

魔王「そうか…こちらも後日、使者を送ると海王に連絡を」

魔王は表面的には冷静に、職務を果たしている。
しかし、内面は――

乙女(海王は、ヒロインが殺された元凶…)

魔王も、騎士団長も、その傷を忘れてはいない。
これから海王には、両国からの制裁が待っているかもしれない。

乙女(…私が口出しする話じゃないわね)

海王の国は両国を嵌めようとしたのだから、それなりの制裁は受けるのも当然かもしれない。
政のわからぬ自分は、そのゴタゴタに関わる気はない。

乙女(それよりも…)

魔王の顔色を再度伺う。
もし魔王がいつまでもヒロインの件を引きずるようなら…

乙女(魔王の心の慰めになれれば…)

魔王「どうした、さっきから俺の顔を見て。美しいのはいつもと変わらないだろう?」

乙女「はいはい」

態度は相変わらずだ。

106 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:32:28.79 ID:A/Cx/pDY0
ところで最近、私にとって良いことがあった。

乙女(ふっふー、スマホ復活~♪)

少し前にバッテリーが切れてしまっていたのだが、駄目元で城の魔術師にお願いしてみると、何と電気系魔法で充電が可能になったのだ!!

乙女(もう電池切れ気にしなくていいから、今まで撮り貯めてた素敵ボイスを存分に聞けるわ~♪ 再会できるわね、勇者、ハンター、猫耳それから…)ランラン


悪魔「お前さぁ、いい加減素直になれよな」


乙女(ん?)


悪魔「いつまでああやって、進展しない関係保ってるつもり? 生殺しにも程があるぜ」

魔王「しかし…」


乙女(あ、何か重要な話をしてる? 立ち聞きしちゃ悪いわよね)


去ろうとしたその時…


悪魔「ちゃんと告白しろよ、乙女ちゃんに」


乙女「っ!?」

突如自分の名前が出てきて、足が止まった。

107 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/14(木) 19:32:54.54 ID:A/Cx/pDY0
魔王「…ならん」

悪魔「どうしてだよ。あ、まさか怖いの?」

魔王「っ、この俺が何を恐れると言うのだ!」

悪魔「乙女ちゃんにフラれることだよ」

魔王「~っ…」

悪魔「…まぁ、ヒロインちゃんのこともあったし、なかなか先に進めないのはわかるけどさ。いつまでもそうやって立ち止まっていること、ヒロインちゃんも望んでないと思うぜ」

魔王「…ヒロインがそうだとしても、俺が本気で愛した女だ。俺は、忘れたくない」

悪魔「でもお前、乙女ちゃんのことも好きだろ?」

魔王「…っ!」

悪魔「乙女ちゃんといる時のお前は恋する魔王だ、そりゃもうわかりやすい位に」


乙女(そ、そんなことないってばあぁーっ!)

耳まで沸騰しかけ、そこから慌てて立ち去ろうとした。
けどその時、スマホを落としてしまって――


スマホ<勇者【魔姫さん。俺…初めて魔王城に乗り込んで、貴方に出会った時から、ずっと……】


魔王「…は?」

悪魔「え?」

乙女(しまったあぁーっ!! 弾みでボイス再生しちゃったー!!)


魔王「あ…乙女」

乙女「…どうも」

111 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:37:07.44 ID:Gi+fz7ph0
魔王「……」

乙女「……」

気まずい沈黙。話を聞いていたことがバレたか。
よし、ここは…

乙女「それでは私はこれで…」

魔王「あぁ…」

話を切り上げることにした…けど、


悪魔「…待ったぁ!!」

それを許さんとする人がいた。

悪魔「乙女ちゃん話聞いてたんだろ! 丁度いい、もう気持ちはっきりさせろよ魔王! 俺はいなくなってやるからさあ!」

乙女「え、ええぇ!?!?」

魔王「いや、しかし…」

悪魔「あーウジウジうざってえぇ!!」バキィ

魔王「ぶっ!」

乙女「あ、悪魔さん!?」アワワ

悪魔「しかし、じゃねぇよ! 自信満々で強引ないつものお前に戻れよ! じゃあな!」

魔王「……」

魔王はすうっと深呼吸した。

112 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:37:36.86 ID:Gi+fz7ph0
魔王「…乙女、俺はかつてヒロインを愛していた。今でもその気持ちは、失くなっていない」

乙女(知ってる)

魔王「俺がお前を側に置いていたのは…ヒロインの面影があるから、という理由が大きい」

乙女(知ってる)

魔王「だが、お前の命が狙われ、守らねばならないと本気で思った時から…俺はお前への気持ちに気付き始めた」

乙女「……」

魔王「乙女……俺はお前のことも好いてしまった」

乙女(私だって、魔王が好き!!)


だけど――

乙女「…ごめんなさい」

気持ちを割り切れないのは、私も一緒だった。

113 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:38:05.02 ID:Gi+fz7ph0
乙女「私では…ヒロインさんのように魔王様を愛せる気がしません」

魔王「乙女…俺はお前にヒロインの代わりを求めているわけでは」

乙女「いえ」

魔王がここまで気持ちを曝け出してくれたのだ。
だから私も、秘密にしてはおけない――

私はスマホを取り出した。

スマホ<魔王【礼は行動で示してもらおうか…お前、一時的に俺のモノになれ】

スマホ<魔王【安心しろ…ウブな小娘には優しくしてやるよ】

魔王「……は? 俺の声…しかも、」

乙女「覚えていますか?」

魔王「これは、俺がヒロインに言った……」

乙女「ずっと、見ていましたよ。2人のこと」

魔王「は…?」

乙女「すみません。実はこの世界に来る前から、2人のことは知っていたんです」

それから私は魔王に、全てを説明した。
ゲームでヒロインの目を通し、この世界を見ていたこと。
そして私の選択ミスが、ヒロインを死へ追いやったことも――

114 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:38:37.55 ID:Gi+fz7ph0
魔王「……」

にわかには信じられない、といった顔をしていた魔王だったが、ヒロインと魔王の間であったことを事細かに言って聞かせると、少しずつだが信じ始めたようだ。

乙女「私にとってはたかが娯楽…だけどその娯楽のせいでヒロインが死に、貴方もこの国も不幸になろうとしていた。それだけ私、罪深いことをしてしまったんです」

魔王「まさか、物語の世界が実在するとは思ってもいなかっただろう…。お前を責める気はない」

乙女「でも私、ヒロインを差し置いて貴方と幸せになれません。そんなの、ヒロインに申し訳なさすぎて…」

魔王「……」

乙女(全部、言っちゃった……)

後悔はしていない。ただ、悲しいだけ。

でも、どうせ似ているのなら――私は、プレイヤーだったんだから。

乙女(私が…ヒロインになれれば良かったのに)



?「それなら、心配ないよ」

魔王「ん?」

乙女「えっ?」


聞き覚えのある声に振り返った。
そこにいたのはやはり見覚えがある顔――この世界に来てから1度も顔を見ていなかった、最後の主要キャラ。

乙女「守護精霊!?」

守護精霊「またの名を……」

ドロン

乙女「あっ!!?」

新規客「どうも~♪ お久しぶり、乙姫ちゃん!」

守護精霊が――私にあのゲームをくれた、新規客さんになった!?

115 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:39:10.62 ID:Gi+fz7ph0
守護精霊「ごめんね騙して」ドロン

守護精霊は姿を元に戻し、そして改めて頭を深々と下げてきた。

守護精霊「そして、ありがとう乙女…この世界を救ってくれて」

乙女「ちょっと待って…どういうこと? 私がこの世界に来たのは、守護精霊の仕業だったの?」

守護精霊「そう。ごめんね、もっと早く説明するつもりだったんだけど。なかなか、魔王の国に入ることができなくてね」

魔王「確かお前、疾風狼の家に仕える守護精霊だったな。色々と不思議な力を持つそうだが…」

守護精霊「僕は異世界に渡って、乙女を探し、この世界に呼びつけた」

守護精霊は私の方を見据えて言った。

守護精霊「乙女――君は、ヒロインなんだ」

乙女「ちょ、ちょっと待って、どういう――」


と、その時だった。

乙女「――」


==================
魔王【ヒロイン…俺は今、お前が最高に愛しい……】

ヒロイン【魔王、私も――】
==================


乙女(……っ!!)

116 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:39:40.30 ID:Gi+fz7ph0
魔王「どうした、乙女?」

突然頭を抱えだした私を心配してか、魔王が顔を覗き込んできた。

今の映像は――

乙女「…あの、魔王。ちょっと…いや、かなり場違いな質問していいですか?」

魔王「? 何だ」

乙女「その…。あれの後……ヒロインに何回、キスしました?」

魔王「………は?」

乙女「……あの夜です」

魔王「………」


あの夜とは、勿論――


魔王「なあぁ!? お、お前、あの場面だけは見なかったと言っていたじゃないか!?」

乙女「わ、わかりませんよ! 急にその場面の映像が頭に……」

流れ込んできた映像は、ゲームでカットされていた、あの恥ずかしい場面。

乙女「何で…!? 私、ゲームでもその場面見なかったのに…」

守護精霊「それはね――」



守護精霊「乙女が、ヒロインの生まれ変わりだからだよ」

乙女「――え?」

117 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:40:21.54 ID:Gi+fz7ph0
守護精霊「時系列を追って説明すると――」


守護精霊が言うには、こうだ。
ヒロインが死んだ後、両国の関係に亀裂が入り、戦争勃発の一歩手前という所にまで来た。
このまま争いになれば世界中を巻き込むことになる――そう察知した守護精霊は、この世界の時間を〝止めた”。

心に傷を負った魔王と騎士団長の心を癒やし、平和に導けるのはヒロインの存在――

そして守護精霊は異世界に転生したヒロインの魂――つまり私を追って、私に接触を謀ったらしい。


守護精霊「勿論、乙女には乙女の世界での生活があるからさ…だからゲームに選択肢を作って、賭けに出たんだ」

乙女「賭け? あの選択肢が?」

守護精霊「あのゲームは、乙女の中に眠るヒロインの記憶を映し出したもの。ヒロインが辿らなかった選択肢を選べば、乙女はこっちの世界に呼ばれない…」

乙女「あのバッドエンドは、正規エンドだったんだ…」

守護精霊「乙女の中にいるヒロインが望まなければ、別の選択肢を選ぶようにする…そういう風に作っておいたんだよ」

乙女「じゃあ…ヒロインが望んだから、私はここに……」

守護精霊「…って言っても、乙女にはそんなつもりないよね。ごめん」ペコ

乙女「い、いえっ!」

確かに、望んで来たのか、と言われれば否定するけど。でも――

乙女「私、この世界に来れて…魔王にまた会えて、良かった」

魔王「乙女……」

118 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:40:48.74 ID:Gi+fz7ph0
魔王「…乙女!」

乙女「あっ!?」

魔王は突然抱きしめてきた。
離れようにも力が強くて、どうにも離してくれそうにない。

魔王「お前に告白した時も、どこかにヒロインに対する心残りがあった…しかしもうその必要はない。お前は俺が愛した女、2人の魂を持っているのだから」

乙女「魔王…」

魔王「俺はもう迷わないぞ」

魔王は体を離し、私の目を見据えた。そして――


魔王「乙女――俺のモノになれ!」


乙女「……」

その告白は、あまりにもいつも通りで。


乙女「…くすっ」

魔王「お、おい!? く…やはりまずかったか?」

乙女「いえ?」クスクス


あまりにも、いつも通りだから。


乙女「魔王の、本当の言葉だなぁ…って思ったの」


その、いつもの魔王が大好きだから。


乙女「こっちからも言うわ、魔王。…私のモノになって」

魔王「…全く」

魔王は苦笑した後、再び抱きしめてきた。


魔王「俺の全ては、お前だけのものだ――」

119 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:41:14.57 ID:Gi+fz7ph0
>現代日本


==================
勇者【んなーっ、お前抜けがけかよ! いいか、俺の方が先に魔姫さんを好きになったんだからなーっ!】

ハンター【勝負とはシビアなものなんだよ】

猫耳【ちなみに、魔姫のファーストキスの相手は僕だにゃー♪】クスクス

勇者&ハンター【何いいぃ!?】
==================


乙女「あぁ~、“逃走プリンセス”リメイク版新規ルートたまらない」ウットリ


私は現代に帰ってきた。
異世界に行っていた反動で、ここのところ以前にも増して乙女ゲーにドップリだ。


魔王「乙女~」

乙女「どうしたんですか」

魔王「何回やってもバッドエンドになるのだが」

乙女「女の子に媚びた選択肢を選ぶんですよ。それでも駄目ならひたすらセーブ&ロード」

魔王「ぐぬぬ。難しいものだな、このギャルゲーというものは」


私と魔王は互いの世界を行ったり来たりしている。
頭の回転のいい魔王は、割と早くこちらの世界に馴染んでくれた。


魔王「ところで疾風狼が、ここの所お前が来てくれなくて寂しいと言っていたぞ」

乙女「もう、お父様ったら…」

魔王「平和になってきたら、ただの親バカとなったな。まぁ、ギスギスしているよりは良いか」フッ

乙女「そうですね。魔王がこっちの世界に来てても、な~んの問題も起こりませんしね」

魔王「どーいう意味だー」

120 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:41:46.87 ID:Gi+fz7ph0
==================
勇者【魔姫さん、お、お、俺と…俺とお祭り行ってくれませんか!?】

選択肢
・「えぇ、是非一緒に」
・「ごめんね、お祭りって気分じゃないのよ」
==================


乙女「どうしようかな~…勇者ルート先にするか後にするか……」ウーン

魔王「…なぁ。まさかそのゲームやってたら、また異世界に飛ばされるんじゃ…」

乙女「そんな仕様のゲーム、普通は売ってませんよ」

魔王「全く。俺以外の男に気持ちを向けるとは、けしからんな」

乙女「二次元への嫉妬は見苦しいですよ~」

魔王「二次元も入ってしまえば三次元と言っていただろう」

乙女「ふふ。もし私がまた、別のゲームに入ってしまったらどうします?」

魔王「愚問だな。決まっているだろう――」


そう、決まっている。彼ならきっと、こう言う――



魔王「追いかけて捕まえてやるよ。何次元であろうとな!」


Fin

121 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/15(金) 18:42:21.44 ID:Gi+fz7ph0
ご覧下さりありがとうございました。
作者自身は元々ギャルゲーマーなのですが、昨年の秋辺りから乙女ゲーを始めてハマってしまいました。流石にボイス録音まではしていませんが。


過去作こちらになります。ファンタジー恋愛モノ多めです。
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/

122 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/15(金) 19:02:07.04 ID:W69EdxTq0


123 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/15(金) 19:10:30.35 ID:FbUNxjTLO
乙、とても面白かった
また何か書く時は是非この板で書いてほしいな


※ちなみに
乙女がやっている乙女ゲー「逃走プリンセス」は魔姫「捕まえてごらんなさい、色男」を元ネタにしています。
posted by ぽんざれす at 20:07| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月13日

側近「女だらけの魔王城に全裸の勇者が突撃してきた」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1452652789/

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:39:49.91 ID:QatsU9AQ0
このssはRing a Bellさんのフリーゲーム「NAKED RUN」を元ネタにしています。

http://www.dmm.co.jp/dc/doujin/-/detail/=/cid=d_090014zero/
  ※リンク先18禁の為、ご注意下さい

このゲームを知らなくても問題なく読めますが、興味がある方は是非プレイしてみて下さい。

2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:40:23.47 ID:QatsU9AQ0
ここは魔界の一角にそびえる魔王城。
通称=薔薇乙女の城=

魔王「ふふ、今日も庭園の薔薇が綺麗ね」

彼女は魔王。
先代魔王の父より王位を継いだ、この城の主である。

側近「報告致します魔王様」

魔王「あら、何かしら?」

側近「はい。東の山にて、オーク達が女騎士を…」

魔王「や、やめて」

側近「はい?」

魔王「オークはその、せ、せ…性欲の塊の魔物で、女騎士にその…いやらしいことをするとか///」

側近「申し訳御座いません、魔王様。今後はこのような話をお耳に入れないよう配慮致します」


側近(魔王様ったら生粋の箱入り娘で、そういう話も苦手なのよね…まぁ、そういう所が可愛らしいのだけれど)フフ

そんな魔王に配慮してか、この城を守るのは女ばかりである。


近衛A「大変です、魔王様!」

魔王「あら、どうしたの?」

側近「廊下の方が騒がしいな…何があった?」

近衛A「はい…じ、実は、勇者が城に…」

側近「勇者だと!? 一人旅にも関わらず、我らに痛手を与えてくれた強敵…その勇者が、もう来たというのか!」

近衛A「それだけじゃないんです…!」

側近「何だと! まだ何かあるのか!」

近衛A「その勇者が…全裸なのです!」

側近「!?」

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:40:55.00 ID:QatsU9AQ0
キャーキャー

勇者「ハァッ!」

魔物A「キャー!」バタッ

勇者「ふっ、話には聞いていたが、本当にこの城は女だらけだな…。俺のエクスカリバーも喜んでいる」ナデナデ

魔物B「隙有りだ勇者、喰らえ――」

勇者「何の! 名剣エクスカリバー!!」

魔物B「」

魔物B「キャアアアァァ」バタッ

勇者「ふっ…流石エクスカリバーだ。これを手に入れた“あの時”はどうしようかと思ったが…」

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:41:24.16 ID:QatsU9AQ0
~回想~


勇者「ここがエクスカリバーが眠るという洞窟か…」

“我、エクスカリバーを守る者。汝は何者だ!”

勇者「この声は…? そうか番人か。俺は勇者! エクスカリバーを手にする者だ!」

“汝が勇者か。勇者なら、試練に耐えてみせよ”

勇者「剣を手に入れる為の試練か? いいだろう、どんな試練でも来い!」

“否。エクスカリバーとは剣に非ず。そして試練とは、エクスカリバーを手に入れる為のものではない”

勇者「どういう意味だ?」

“我の与える試練は…エクスカリバーを手にしてから始まるのだ!!”


カアアアァァッ


勇者「――!!」




勇者「う……俺は気絶していたのか。…ハッ!」

勇者「こ、これは…何て神秘的な輝き。し、しかしこれは…」




勇者「俺の股間がエクスカリバーになったのか!?」

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:42:08.95 ID:QatsU9AQ0
勇者「ほらほらぁ!」ピカーッ

魔物C「キャアアァァ!」バタッ

勇者(何て絶大な効果なんだ、エクスカリバー。その神々しい光を見せつけるだけで、女達は気絶していく)フフン


魔物D「くっ、何て強力な攻撃をするんだ…あれじゃあ近づけない!」

魔物E「…いや、見えた。攻略法が!」

魔物D「どういうこと!?」

魔物E「一見エクスカリバーは強力な武器…だけど同時に、弱点でもある!」

魔物D「そうか! エクスカリバーは男の弱点! つまり突破法は…」

魔物D&E「「金的!!」」


魔物D「セヤアアァァッ!」ビュンッ

勇者「っ!」バッ

勇者(こいつ…迷わずエクスカリバーを狙ってきた…! フ、まさかこうあっさりと弱点が見抜かれるとはな!)

魔物E「やはり奴は股間を守った! よし全員、奴の股間を狙え!!」


アアアァァァ


勇者「まずいな…。女達総がかりで股間を狙われるとは、絶体絶命のピンチだ…」

魔物F「喰らえ――」

勇者「…と言うとでも思ったか?」ニヤ

魔物F「――っ!」

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:42:41.31 ID:QatsU9AQ0
勇者「せやああぁぁっ!」ピカーッ

魔物G&H「キャアアァァァ」パタッ

魔物F「な…私の攻撃を回避しつつ、他の者に攻撃しただと!?」

勇者「来いよ、子猫ちゃん達…全員俺のエクスカリバーで悲鳴をあげさせてやるよ!」

魔物D「ひ、ひるむな! 突撃しろーっ!」


アアアァァァ

キャアアアァァ


側近「……」

側近「これはまずい」

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:43:08.46 ID:QatsU9AQ0
側近「魔王様! 今の内にお逃げ下さい!」

魔物「そんな! 皆を残して私だけが逃げるわけにはいかないわ!」

側近「奴の性剣は卑猥すぎます! あんなものが魔王様を襲えば、ひとたまりも…」


<キャーッ パタッ

側近「!!」


勇者「遂に来たぜファイナルステージ…お前が魔王か!」キラーン

魔王「きゃっ」

側近「魔王様! 見てはなりません!」バッ

勇者「邪魔をするな。さもなければ、お前もエクスカリバーの餌食にしてやる!」

側近「魔王様には下の毛一本触れさせるな! お前たち!」

近衛A「ハッ!」

近衛B「魔王様をお守り致します!」

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:43:34.20 ID:QatsU9AQ0
近衛A「キャーッ」パタッ

側近「はぁ、はぁ…」

勇者「ふ…あとはお前と魔王だけだな……」

側近(くっ、何てタフなんだ勇者め…。何度か弱点に攻撃をかすったが、いずれも致命傷には至っていない…)

勇者「おぉ…エクスカリバーが……」

側近「!! この輝きは…」

勇者「見ろ。沢山の女達の嬌声で、エクスカリバーがレベルアップしたぞ」

側近(直視してはいけない…! 光を頼りに、確実に股間を打つ!!)

魔王「う、うぅ…」ブルブル

側近(魔王様…!)グッ


側近「せやあああぁぁぁっ!!」ダダッ


魔王様、絶対に貴方を――


勇者「甘い!」ヒュンッ

側近(…! こいつ、一気に至近距離に…!!)

勇者「セヤァ!」ピカァーッ

側近「――っ」


魔王様――


側近「うわああぁぁ―――っ」


魔王様――……っ!


パタッ

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:44:01.58 ID:QatsU9AQ0
勇者「残すはお前だけだな…魔王!」

魔王「あ、ああぁ…」

勇者「さぁ覚悟するのだな…その目を覆う手をどけろ!」バッ

魔王「!!」

勇者「フフフ…さぁ、その目に焼き付けろ…」


勇者「名剣、エクスカリバアアァァ――ッ!!」ピカアアアァァッ

魔王「―――っ」

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:44:37.54 ID:QatsU9AQ0
魔王「…」ケロッ

勇者「な…!?」


おかしい。確かにエクスカリバーの光は魔王の視界を攻撃したはずだ。
なのに魔王は明らかにケロッとしていて…


勇者「も、もう1度だ…エクスカリバアアアァァ――ッ!!」ピカアアアアァァァッ

魔王「……」

勇者「!!?」


だが、魔王はやはり動じていなかった。


魔王「ふ、ふふふ…」

勇者「…!?」

魔王「ふふ、ははは…ハァーッハッハッハ!!」

勇者「!?!?」

11 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:45:08.40 ID:QatsU9AQ0
魔王「馬鹿め…魔王城のウブな小娘どもと一緒にするな!」バサッ

勇者「!!」


そう言って魔王が床に投げたのは…。


勇者「ウッ…この、おびただしい数の春画は…」

魔王「そう。私は春画で、幾つもの性剣を見てきた。今更お前ごときのエクスカリバーで動じはしない!」

勇者「な、何てことだ…箱入り娘と聞いていたが、実はこの魔王……」

魔王「そう…私は……」




魔王「――ムッツリスケベだったのだよ」


勇者「――っ!!」

12 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:45:37.60 ID:QatsU9AQ0
勇者は魔王に捕らえられ、地下牢の奥に放り込まれた。


側近「魔王様、勇者の処遇ですが…」

魔王「きゃっ」

側近「? 如何なさいました?」

魔王「あ、あのような破廉恥な方の話などしないで下さい…///」

側近「申し訳御座いません。奴は斬首で良いでしょうか?」

魔王「えぇ、そうしておいて」


側近(魔王様…あのような卑猥な攻撃にも負けず、勇者を倒した偉大な王。私はこの方に永遠について行く、絶対に)

魔王(私がムッツリスケベだと知ってる唯一の者。口封じの為にさっさと首をはねるに限る)


そして勇者は猿ぐつわを噛まされ、魔王の秘密を秘めたまま死刑になった。
こうして薔薇乙女の城に平和が戻ったのである。


HAPPY END
13 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/13(水) 11:46:45.95 ID:QatsU9AQ0
ご覧下さりありがとうございました。
この神ゲーに出会い「これはssを書かねば!」って気持ちが急いで急ピッチで仕上げました。
自分はアクションが苦手なのでステージ6までしか行っていませんが、頑張ってクリアしたいと思います!

14 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/13(水) 11:55:49.44 ID:ShsUNt5TO

ssで噴いた後、酉見て更に噴いたわ

15 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします :2016/01/13(水) 12:19:22.53 ID:NlWzNFNL0
ガブッ

16 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/13(水) 12:24:28.06 ID:zuvSZGfkO
>>7
側近「下の毛一本触れさせるな!」
クッソワロタ

17 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/13(水) 12:26:12.94 ID:GBl1xWL7O
勢いにワロタ
posted by ぽんざれす at 12:51| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月12日

魔王「世界の半分をやろう!」介護ヘルパー「受け取れませんねぇ」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1452562786/

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:39:46.32 ID:daxZE1MG0
ヘルパー「ヘルパーは利用者さんから物を受け取ってはいけないって決まりがあるんですよ~」

魔王「ほう…その決まりとは絶対的なものか。この我の褒美が受け取れぬと申すか!!」

ヘルパー「受け取っちゃったら私、魔王さんの担当外されちゃいますよ」

魔王「むむ…」

ヘルパー「あと魔王さんも足が悪いんですから、世界征服も程々にしといた方がいいですよ~」

魔王「むむむ…」

ヘルパー「それではお時間になりましたので、失礼しますね~」

魔王「………」



2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:40:05.91 ID:daxZE1MG0
魔王「勇者との抗争による足腰の衰えに危機感を覚え、入浴介助の為ヘルパーを雇って半年…」

側近「ヘルパーさんを雇う前はひどかったですね。配下の魔物は介護のコツを知らぬ者ばかりで、力加減を知らぬわ介護事故を起こすわ、腰を痛めるわ介護疲れで欝になるわ」

魔王「だがヘルパーにより入浴中の安全は守られ、あれだけ苦労していた背中の洗身の悩みも払拭された」

側近「えぇ、本当にありがたい限りです」

魔王「これは何としてもヘルパーに褒美をやらねば気がすまぬ! 前回は世界の半分をやろうとして断られたが…」

側近「その上、お体の調子まで心配して下さいましたね」

魔王「世界の半分をやれば上司にバレてしまうからな。我も反省した。側近、我の言うものを用意するのだ!」

側近「かしこまりました」

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:40:33.71 ID:daxZE1MG0
ヘルパー「いやぁ~…ちょっと受け取れないですねぇ」

魔王「何故だ! 宝石は嫌いか!」

ヘルパー「とても綺麗で素敵なんですけど、ヘルパーは利用者さんから物を受け取ってはいけないんですよ~」

魔王「黙っていればバレまい!」

ヘルパー「ふふ。魔王さんの宝石のようにぴかぴかしたお気持ち、有り難く受け取りました」

魔王「何を! 我は魔王、この世を暗黒に包む者だぞ!」

ヘルパー「あ、ごめんなさい。お時間なので失礼しますね~」

魔王「むむむ……」

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:41:00.19 ID:daxZE1MG0
魔王「何故だ! 何故バレぬのに駄目なのだ!」

側近「介護者の決まりのようですからね。決まりに忠実な良いヘルパーさんと言えるでしょう」

魔王「では法を変えるぞ! 側近、福祉課に命令を出すのだ!」

側近「御意」

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:41:28.67 ID:daxZE1MG0
ヘルパー「ごめんなさい、受け取れません」

魔王「何故だ! 法改正したから、受け取っても問題はないぞ!」

ヘルパー「介護者の良心として…ですかねぇ」

魔王「介護者の良心…だと?」

ヘルパー「利用者さんから物を受け取るのがオーケーになってしまうと、例えば利用者さんから金銭をだまし取るヘルパーも出てくるじゃないですか」

魔王「お主はそんなことせんだろう」

ヘルパー「しませんけど…あ、お時間なので失礼します~」

魔王「むむむぅ……」

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:41:58.38 ID:daxZE1MG0
側近「早速、法律を元に戻したのですね」

魔王「まぁヘルパーの言う通り、悪質な介護者が出てはまずいからな」

側近「高齢者は判断力が落ちていますからね」

魔王「しかし、どうすれば良いのか…」

側近「…そうだ、目に見えぬものはどうでしょうか」

魔王「…ほう?」

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:42:26.62 ID:daxZE1MG0
ヘルパー「いやぁ、ちょっとそれは」

魔王「何だと! 力が要らぬと申すのか!」

ヘルパー「介護ヘルパーは戦闘職じゃないですからね~」

魔王「しかし肉体を使う仕事だろう! 我の暗黒の力を使えば、お主の肉体は闘神の如く強靭なものとなるであろう!!」

ヘルパー「魔王さんその力使うのに、MPどれくらい使うんですか?」

魔王「人間1人を強化するのだからな。全体の3分の1といったところか」

ヘルパー「介護ヘルパーが利用者さんに力使わせちゃ駄目じゃないですか~」アハハ

魔王「む…しかし我にとっては……」

ヘルパー「あ、お時間なので失礼します。また宜しくお願いしますね~」

魔王「むううぅぅ~…」

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:42:57.36 ID:daxZE1MG0
魔王「暗黒の力も駄目となると、もう我に残された手札は…!!」グヌヌ

側近「ヘルパーステーションの方にお歳暮とか贈っておきますか?」

魔王「ヘルパーに直接褒美をやりたいのだ!」

側近「ふむ…」

魔王「どうすれば良いのだ…ヘルパーが男なら姫をさらってきて、あてがうこともできるのだが…」

側近「では王子でもさらえばどうでしょうか」

魔王「駄目だ! そんなことをしては全世界に我がソッチ系だと思われる!」

側近「ヘルパーさんが男同士とか好きな人かもしれませんよ」

魔王「むむ…そうか、では早速」

側近「間に受けないで下さい。というか魔王様、やることがいちいち大げさなのでは?」

魔王「大げさ…だと!?」

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:44:10.45 ID:daxZE1MG0
ヘルパー「さーて、お風呂掃除も終わったし…あとは記録書いて仕事終了かな」

魔王「ヘルパーよ…」

ヘルパー「あら魔王さん、どうしました~」

魔王「これ…褒美だ」

ヘルパー「あら、飴玉」

魔王「こ、このようなもので悪いのだが…」

ヘルパー「…ありがとうございます、魔王さん」ニコニコ

魔王「!!」パアァ

魔王(受け取ってもらえた!!)

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:44:38.56 ID:daxZE1MG0
魔王(そうか飴玉なら受け取るのか! よし、ヘルパー用の飴玉を買っておくか!!)

<ヒソヒソ

魔王(む? あれはヘルパーと側近、何を話しておるのだ?)


ヘルパー「すみません、魔王さんにこれ頂いたんですが…。お返しします」


魔王「!!」


側近「受け取って頂けないのですか? 飴玉を受け取った位で、問題にはなりますまい」

ヘルパー「こちらも毎回断るのは心苦しいものがあるんですが、やっぱり……」

側近「そうですね。ヘルパーさんの都合を考えずに押し付けてしまい、申し訳ありません」

ヘルパー「あ、でも返したとなると魔王さん傷ついてしまうと思うので! 魔王さんにはわからないように戻しておいて下さいますか」

側近「かしこまりました。こっそり飴入れに戻しておきます」


魔王「……」

11 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:45:14.04 ID:daxZE1MG0
魔王「ううぅ…」グスッ

側近「どうされたのですか、魔王様」

魔王「ヘルパーに、褒美をやれない…」グスグス

側近「おや…見られてしまいましたか」

魔王「ヘルパーにお礼がしたい、何かあげたい……」グスッグスッ

側近「……」

側近「魔王様、魔王様の様子を拝見して気付いたのですが……」

魔王「何だ?」ズズッ

12 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:45:40.44 ID:daxZE1MG0
ヘルパー(さて、記録も書いたし仕事終わりかな)

魔王「ヘルパー…」オズオズ

ヘルパー「あら魔王さん、浴後の疲れは取れましたか~?」

魔王「うむ…、そ、それでだな」

ヘルパー「?」

魔王「その…えぇと…」





魔王「いつも――ありがとう」

ヘルパー「――!」

13 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:46:14.72 ID:daxZE1MG0
ヘルパー「…ふふ、魔王さん。私、魔王さんの担当になって、今日が1番嬉しいです」

魔王「そ、そうか?」

ヘルパー「えぇ…魔王さん色んな形でご褒美を下さろうとして、その気持ちも嬉しかったんですけれど…」

ヘルパー「私が1番嬉しいのは――『ありがとう』のお言葉だったんです」

魔王「そうか…そうだったのか」

14 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2016/01/12(火) 10:47:05.74 ID:daxZE1MG0
それから…


ヘルパー「それでは魔王さん宅に行ってきますね~」

上司「ヘルパーさん、最近魔王さんの家に行くのが楽しそうね」

ヘルパー「そうですね! 魔王さんの入浴介助は、こちらも気分良く入らせて頂いています」

上司「まぁ、それは良いことね~」


そう。給料安い、汚い、きついの3Kと言われてている介護ヘルパーだけど――


ヘルパー「魔王さーん、今日も宜しくお願いします~」

魔王「いつもありがとう」ニコニコ


利用者さんの『笑顔』と『ありがとう』が、ヘルパーを元気にするのだ。


ヘルパー「こちらこそいつもありがとうございます、魔王さん!」


終わり

16 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/12(火) 10:49:13.12 ID:drCHpB3So
乙乙

17 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/12(火) 10:57:36.92 ID:19hhduIzo
このシリーズ好き

18 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/12(火) 11:07:28.23 ID:EXD6WmNpO
ヘルパーとか介護の一番辛いところはありがとうと言ってもらえないてんだからな
posted by ぽんざれす at 14:32| Comment(4) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月21日

奴隷少女「私を、守って下さい…」執事「それが貴方の願いならば」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1450089270/

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:34:31.01 ID:4rPHk/l00
奴隷「はぁ、はぁ……」

この荒れた道を、どれくらい走っただろう。
両の手を戒める鎖が重く、体に負担をかけている。
何物にも保護されていない足裏は擦り傷だらけで、小石を踏む度に痛みがはしる。

それでも奴隷は足を休めない。だって立ち止まれば――


魔物「待てぇーっ!!」


奴隷にとって、地獄に等しい境遇に引きずり込まれるのだから。


2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:34:55.35 ID:4rPHk/l00
人間と魔物の対立…というのは何百年も昔に収束した。今は両種族は共存し、種族同士のいがみあいもない。
しかし世界が幸せなのかというと、そうでもなかった。

今、世界は飢饉に陥っていた。
作物はろくに実らず、死病が流行していた。
そんな世界に住む者の心は荒み、争い合う国、滅ぶ国、様々だった。

彼女の住む、魔王の国では争いこそ無かったものの、激しい貧困差があった。
彼女はその最下層、奴隷に生まれ、幼い頃より差別を受けて育ってきたのだった。

その奴隷は生まれて初めて自分の運命に逆らい、今まさに逃亡中であった。

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:35:23.70 ID:4rPHk/l00
奴隷「はぁっ、はふっ……」

奴隷は伸びた草の中に身を潜め、ようやく体を休めることができた。
だが心は今だ休まらない。彼女を追う魔物は、すぐ側にいるのだから。

魔物A「チッ、見失ったか」

魔物B「まだ遠くには逃げていないはずだ! 探せ!」

奴隷「……」

口を抑え息を殺す。
心臓の音が彼らに聞こえないか、そんな心配をする程、心臓は大きく鳴っている。

魔物A「他の奴らと合流するか」

魔物B「あぁ。確か他の班には、足は遅いが鼻のいい奴がいたな」

奴隷(どうしよう……)

いくら気配を殺して身を潜めていても、匂いを消すことはできない。
もう自分はここまでなのか――不安と恐怖で涙が出てくる。

きっと逃亡は無駄なあがき。今の心境はまるで、死刑を待つ囚人。

奴隷(きっと、このまま捕まっちゃうのね……それならいっそ……)

自害でもした方がいいだろうか。
今、自害するとしたら――舌を噛み切るしかできないけど。

奴隷(怖い…けど…っ)

奴隷は上下の歯で舌を噛む。恐怖でなかなか力が入らない。
だけどこれから先に待っていることを想像すると――

奴隷(~っ!)

目をギュッとつぶり、顎に力を入れた。



“――お待ちしておりました”

奴隷「!?」ビクッ

頭の中で響いた男の声に、見つかったと思って悲鳴をあげそうになった。

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:35:53.15 ID:4rPHk/l00
奴隷「……?」

魔物A「いたか!?」

魔物B「いない…もしかして、ここにはいないのか」


魔物達の声ではないし、彼らに声は聞こえていないようだった。なら、幻聴か……。


“ようやく、貴方を見つけました”

奴隷(えっ)

また声がした。今度は、幻聴じゃない。
周囲をキョロキョロ見るが、追っ手の魔物達の他には誰もいない。

奴隷(だ、誰?)

“私は天界の使いと申します”

奴隷(…っ、私の心を読めるんですか)

“失礼は承知の上です。ですが私は今、貴方から離れた場所に封印されているので、この方法しかなく――無礼をお許し下さい”

声の主は若い男性のようで、口調と声のトーンは紳士的だった。
その為か、心を覗かれても不思議と悪い気はしない…のだが、そんなこと言っている状況でもない。

“大変心苦しいのですが、貴方にひとつお願いが御座います”

奴隷(お願いっていうのは…?)

“はい。私の元に来て、封印を解いて頂きたいのです”

奴隷(無理です)

奴隷は即答した。

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:36:23.04 ID:4rPHk/l00
奴隷(私は今追われているんです)

この場から動けない現状、何もできるわけがなかった。

“もしかして貴方の側に感じる、2つの魂が追っ手でしょうか?”

奴隷(は、はい。そうだと思います…)

“では、私から提案が御座います”

提案? この状況で何を提案しようと言うのか。
そして天界の使いを名乗る者が提案したのは――

“私が隙を作るので、貴方に私の所まで来て頂きたい。封印を解いて下されば、私は貴方を助けることができます”

奴隷(た…助けてくれるんですか?)

その言葉に一瞬、希望を持ちそうになった。
だけどすぐに考えを改める。その言葉を、そう簡単に信用していいものか。

“誓いましょう。貴方に辛い現状があるのなら、私は貴方を救い出してみせます"

奴隷「……」

その言葉を信じたわけではない。
だけど味方はおらず、このままでは捕まるか自害するかの二択しかない。それなら――

奴隷(…わかりました。ご協力お願いします)

新たな選択肢に賭けてみるしかなかった。

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:36:48.76 ID:4rPHk/l00
"一瞬、彼らの動きを止めます。その隙に貴方は、そこからまっすぐ右に向かって下さい"

奴隷「右ですね」

"では、参ります――"

その言葉と同時、砂埃が舞い上がった。
目に砂埃が入ったのか、魔物達は「うわっ」と声をあげながら目を押さえた。
だけど不思議なことに、奴隷の目は無事だ。

"今です"

奴隷「は、はい!」

奴隷は立ち上がり、言われた通り右に向かって駆けた。
遅れて、魔物のどちらかが「あっ」と声をあげた。

魔物A「いたぞ、追えーっ!」

後方で声と足音がしたが、奴隷は振り返らずにひたすら走った。
走る先に、本当に救いがあるのかはわからない。だけど多分、捕まるより酷い目に遭うことはきっとないだろうから――

奴隷「~っ!」

足裏を刺す砂利道を駆けた。

奴隷「あっ!?」

そして、駆け抜けた先にあるものを見つけた。

奴隷「これは…祭壇?」

祭壇がぽつんと立っていた。
この人里離れた森の中で訪れる者もいなかったのか、コケがびっしり生えた、荒れた祭壇だった。

魔物A「いたぞ、捕まえろ!」

奴隷「あっ!?」

気付けば魔物達との距離は詰まっていた。

"ここまで来られたのなら、もうご心配はありません"

だが天界の使いを名乗る者の声は落ち着いていた。

"祭壇に刺さっているナイフを抜いて下さい"

奴隷「これ…ですか!?」

すぐにそれらしきものを見つけた。
刺さっているものは荒れた祭壇には不自然な程、綺麗でぴかぴかしていた。

"それです。さぁ早く!"

魔物B「覚悟しろ、この…っ!」

奴隷「えいっ!」

奴隷は躊躇せずに、鎖で繋がれた両手でナイフを引き抜いた。

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:37:24.79 ID:4rPHk/l00
カッ――

奴隷「!?」

魔物A「な、何だ!?」

ナイフを抜くと同時、祭壇は強い光を発した。
その光は周囲を包む程だった。魔物達は目がくらんだのか、その場に立ち止まった。

あまりにも強い光――そのすぐ側にいるというのに、

奴隷(この光、何だか…)

奴隷は不思議と、安心感を覚えていた。
光に包まれることで、まるで、母の腕に抱かれているような――そんな不思議で、暖かい感覚があった。

「大変、お手数をお掛け致しました」

そして、そんな光の中から姿を現したのは――

天界の使い「後はこの私が貴方をお守り致します、お嬢様」

その華奢で長身な体を黒い執事服で包み、きっちり整えた髪、レトロなデザインの眼鏡――その男の外見は若いが、熟練の執事のような貫禄があった。
この荒れた地にその男が立つだけで、その場は天界の庭園になったかのような――そんな錯覚すら覚える。

天界の使い「お嬢様、ナイフを」

奴隷「は、はい…」

お嬢様とは自分のことか…と、ぽやっと考えながら、奴隷は差し出された手にナイフを渡した。
その直後、目の前でシュッと風が切られた。

奴隷「あ…っ」

奴隷の手から鎖が落ちる。
どうやら天界の使いのナイフが、鎖を切ったようだった。

天界の使い「貴方の小さな手に、その鎖は痛々しい。その様な戒めは解いて、貴方は自由を掴むべきでしょう」

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:38:07.19 ID:4rPHk/l00
魔物A「何だ、貴様は!」

天界の使い「私は天界の使い。この方を守護し、奉仕する者」

魔物B「よくわからないが、俺らの邪魔をするならブッ殺すぞ!」

魔物達は天界の使いに飛びかかった。

奴隷「危ないっ!!」

天界の使い「おやおや…仕方ありませんね」

天界の使いは奴隷を庇うように前に出て、ナイフを構えた。
そして――

――ザシュッ

魔物A「が…っ!」

魔物B「なん、だと…」

一閃――軽々と、2匹の魔物の喉を切り裂いた。

天界の使い「当然の報いです」

天界の使いが眼鏡を直すと同時、魔物達は倒れ絶命した。

奴隷(この人、強い…)

その一連の流れに理解が追いつかないまま、事は終わっていた。

天界の使い「ご無事で何よりです、お嬢様」

奴隷「あ…っ」

声をかけられてハッとする。

奴隷「たたっ、助けて頂き、ありがとうございました!! 何とお礼を申し上げていいのか…」

天界の使い「そんなに畏まらないで下さい、私の方が恐縮してしまいます」

奴隷「いえっ、貴方は恩人ですから!」ブンブン

天界の使い「当然のことをしたまでですよ」

天界の使いはそう言うと微笑んだ。その表情は大人しくて、優しい。その顔を見て奴隷は、何だかホッとする。

奴隷(紳士的な人なんだなぁ)

執事の格好がそう見せているのもあるだろうが、天界の使いは最初に聞いた時からずっと柔らかい声で話してくれている。
奴隷には、人にこんなに優しく声をかけてもらった記憶はない。

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:38:43.58 ID:4rPHk/l00
奴隷「何かお礼をしたいのですが…」

だが奴隷として育ち、最低限のものしか与えられず生きてきた彼女は、何も持っていない。

天界の使い「お礼などとんでもない。先ほども申した通り、私は当然のことをしたまでですよ、お嬢様」

奴隷「あのっ」

ところで、奴隷には先ほどから気になっていることがあった。

奴隷「わ、私、お嬢様なんて大層なものじゃ…それに私を守護し奉仕するっていうのは…」

天界の使い「あぁ、説明が遅れておりましたね。度々、申し訳ありません」

奴隷「あ、いえっ。それよりどういうことか…きゃっ」

急に、ふわっと体が浮いた。天界の使いに抱え上げられたのだ。

天界の使い「説明をお急ぎになるお気持ちはわかりますが…まずは御御足の治療を先に致しましょう」

奴隷(あっ)

天界の使いが見ている奴隷の足には、新しく出来た沢山の傷がついていた。
こんなもの、放っておけば治るのだが…。

天界の使い「自然治癒などはお勧めしませんね。菌が入ってはいけませんからね」

奴隷「……」

今まで自然治癒に任せてきた体だから、今更ちょっとの菌なんて、どうってことないのだけれど。

奴隷「はい…」

天界の使いの温和な笑みについ甘えてしまって、断れなかった。

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:39:22.11 ID:4rPHk/l00
天界の使い「くすぐったくありませんか?」

奴隷「い、いえ。大丈夫です」

奴隷は切り株に座らされ、治療を受けていた。
天界の使いは薬草を採ると、煎じて治療薬を作り、奴隷の足の傷口に塗った。準備の良いことにポケットの中には包帯が入っていて、それを慣れた手つきで巻いてくれた。

奴隷「何から何まで、ありがとうございます」

天界の使い「いえ。私は貴方に奉仕する者ですから…あ、この説明がまだでしたね」

天界の使いはそう言って苦笑した。

奴隷「私に奉仕…って、どういうことですか?」

天界の使い「そうですね、一言で言えば…天命ですね」

奴隷「てん…めい?」

難しい言葉はよくわからないけど、何か大仰な響きに聞こえた。

天界の使い「貴方は私の声を聞き、私を封印から助けて下さった。ですから私は貴方にご奉仕する、そういうことです」

奴隷「でも助けて頂いたのは、私の方もですし…」

天界の使い「それは、私には貴方を守る義務があるからですよ」

奴隷「???」

よくわからない。

天界の使い「難しく考える必要はありません」

天界の使いはニコッと笑うと、跪いて奴隷の手を取った。

天界の使い「これからは…私が貴方に、ご奉仕させて頂きたいのです」

奴隷「私に…貴方が?」

天界の使い「はい。貴方の側に仕え、貴方が笑う時、喜ぶ時、楽しむ時…その時を貴方と共有したいのです」

奴隷「……」

奴隷の頭に今までの思い出がよぎった。

11 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:39:51.09 ID:4rPHk/l00
いつの代からかはわからないが…母も、その母も、その母も…彼女の血筋は、代々奴隷だったらしい。
生まれてすぐに母と引き離された彼女には、温かい思い出がない。
幼い時から虐げられ、暴言と暴力に晒され、尊厳を踏みにじられてきた。

だが暴力といっても、彼女は他の奴隷のように傷跡がつく程の暴力には晒されていなかった。

『お前は美形の両親から生まれてきたそうだからな。見目よく育てれば、高く売れる』

主人の言う通り、奴隷は可愛らしく成長した。粗末な服しか与えられず、雰囲気は貧相なものだが、きちんと髪を整えて綺麗な衣装を着せれば、かなり変わるだろうと評判だった。

主人の妻は嫉妬深かった。そのせいで彼女は主人の妻に難癖をつけられたり、ぶたれたりしてきたが、その代わり、妻の嫉妬を恐れていた主人は、彼女に性的な奉仕をさせたことはなかった。
そのお陰で、彼女の体はまだ男を知らない。それが売る時の付加価値になるとは、彼女自身は知らなかったが。

奴隷(そして、ある日――)

その地方を収めていた権力者が、彼女を見初めた。

売買が成立し、権力者に引き取られる日――彼女は逃亡した。
何故ならその権力者が、恐ろしい目的で彼女を見初めたと知ってしまったから。

奴隷(誰も私を助けてくれない。私が何をされたって、誰も心を痛めてもくれない)

そう、思っていた。

12 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/14(月) 19:40:31.86 ID:4rPHk/l00
奴隷(だけど――)

これはまるで夢。
自分よりいい身なりをした男の人が奴隷の自分なんかに、奉仕させて欲しいと跪いている。

奴隷「……」

奴隷はもう一度、天界の使いの言葉を思い出す。


天界の使い『貴方の側に仕え、貴方が笑う時、喜ぶ時、楽しむ時…その時を貴方と共有したいのです』


笑う、喜ぶ、楽しむ…奴隷にはあまり縁のない感情だった。

奴隷「泣く時は?」

奴隷は疑問を口にした。

奴隷「辛い時、苦しい時は――」

天界の使い「この私が、貴方を泣かせはしません」

天界の使いは奴隷の言葉を遮る。

天界の使い「辛い思いからも苦しい思いからも、私がお守りすると誓いましょう」

奴隷「……」

優しい言葉。それは本当なのかわからない。
わからない、けど――

奴隷(優しくされたい)

例え、嘘だったとしても。

奴隷(騙されてもいい)

差し伸べられる手にすがりたい。強い背中によしかかりたい。
自分は1人で生きていける程、強くはない。
守ってくれる存在があるなら、守られ、頼っていたい。

奴隷「私を、守って下さい…」

天界の使い「それが貴方の願いならば」

天界の使いは、奴隷の手に口付けした。

こうして2人の間に、誓いが立てられた。

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/15(火) 18:22:12.57 ID:TEPnn0cy0
天界の使い「こちらです」

天界の使いに案内され、森の奥に進むと、平原があった。

天界の使い「今日からこちらが、お嬢様の住まわれる屋敷となります」

奴隷「屋敷…?」

キョロキョロ周囲を見回したり、目を細めてみたが、やはりここは平原。屋敷らしきものは見当たらない。

天界の使い「失礼。このままでは見えませんでしたね」

天界の使いはくるっと指を回し、奴隷に魔法のようなものをかけた。
次の瞬間、奴隷の目に入ったものは――

奴隷「…わぁ」

平原だったはずの場所に大きな屋敷が建っていた。
少し古風だが外観は綺麗なもので、庭園もきちんと手入れされている。

天界の使い「どうぞお入り下さい」

天界の使いに促され、奴隷が屋敷のドアを開けると大きな広間が広がっていた。そこだけで奴隷が主人の下で与えられていた部屋の、何倍もの広さがある。

奴隷「あの、天界の使いさん…」

天界の使い「あぁ。私のことは執事、とお呼び下さい」

奴隷「執事さん?」

執事「敬称は省いても宜しいのですが…お嬢様の性格上、難しいかもしれませんね」

天界の使い、改め執事は穏やかに笑いながら言った。畏まってはいるが、こちらがかえって萎縮しないように気遣ってくれているらしい。

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/15(火) 18:22:49.45 ID:TEPnn0cy0
奴隷「えっと執事さん。このお屋敷を、私と執事さんの2人だけで使うんですか?」

執事「いえ。他にも3名、私の使い魔がおります。その者達が使用人の役目を果たします」

そう言うと執事は、広間の中心に向き直った。

執事「只今帰りましたよ。姿を現して下さい」

執事がそう言うと…


「よぉ執事、久しぶり」
「ウキー!何百年ぶりだろうね!」
「執事不在の間も、ちゃーんと屋敷のお手入れしといたわよー」

3人の使い魔らしき者達が出てきた。
彼らは執事との再会を喜ぶ素振りを見せる一方で、後方にいる奴隷を訝しげに見ている。

執事「皆さん、彼女は今日から私どもが仕えるお嬢様です。挨拶して下さい」

犬男「これは失礼した。俺は犬、どうぞ宜しく」

猿少年「猿です、仲良くしてね~♪ ウキー」

雉娘「私は雉でーす。宜しくね、お嬢様」

奴隷「あ、その…。よ、宜しくお願いします、皆さん」

フレンドリーな出迎えに戸惑いながら、奴隷はペコペコ頭を下げた。
これではどちらが使用人だかわかったものではないが、慣れていないものは仕方ない。

執事「雉、お嬢様の湯浴みの世話を頼みましたよ」

奴隷「え、えぇっ!? ゆ、湯浴みの!?」

雉娘「そりゃ女は私だけですしー。ささ、浴室はこっちですよー」

執事「ではお嬢様、後ほど」

奴隷「あ、あのっ!?」

雉娘「さぁお嬢様ぁ、入りましょーかっ!」

奴隷(あわわ…)

26 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/15(火) 18:23:25.87 ID:TEPnn0cy0
奴隷(わぁー、凄いお風呂)

大理石で出来た浴室というだけで豪華に見えるのに、湯船には花が浮かんでいる。その花が浴室一杯に、いい香りを充満させていた。

奴隷(お風呂場全体があったかい)

奴隷がいた所の風呂とは、大きな釜に水を入れただけの粗末なもので、とても気持ちの良いものではなかった。

雉娘「体を洗わせて頂きまーす。痒いところありませんかー?」

奴隷「だだっ、大丈夫ですっ!」

つい力んで答えてしまった。人に体を洗ってもらうなんて、緊張してガチガチになってしまう。

雉娘「そんな緊張しなくていいのにー、お嬢様ったら可愛らしいんだからー」

奴隷「あ、あのっ」

雉娘「? 何ですかー」

奴隷「雉さんは納得されているんですか…わ、私のような、小汚い奴隷に仕えるなんて……」

雉娘「していますよ」

小汚い、という言葉にも、奴隷、という言葉にも否定も反応もせず、雉娘はケロリと答えた。

奴隷「ど、どうしてですか…? 私なんか…こんなことして貰える身分じゃないのに…」

雉娘「んー。確かに私はお嬢様のことよく知りませんよ。でも、私達が仕えるお嬢様だと執事が言っているんだから、それに従うまでです」

奴隷「……」

よくわからない。
他の2人もそうなのか。だとしたら、執事の発言はそこまで彼らの信頼を得ているのか。

奴隷「むふっ」

ザバッと体全体にお湯をかけられて、もやもやしてた思考が止んだ。

雉娘「体洗い終わりましたよー。ささ、湯船に入りますか」

奴隷「あ、は、はいっ!」

27 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/15(火) 18:24:09.16 ID:TEPnn0cy0
奴隷(はふぅ…)

雉娘は「ごゆっくり」と声をかけると、浴室から出て行った。
きっと他にも色々やることがあるのだろう。

奴隷(なんか……)

温かいお湯は気持ちいいけど、どうにも落ち着かない。
それにお湯の温もりを肌で感じて、今までのは夢じゃなかったんだ、って目が覚めたというか。

奴隷(私…本当にここでお世話になっていいのかなぁ……)

雉娘「お嬢様、そろそろ上がらないとお体に悪いですよー」

奴隷「は、はい、すみません!」ザパッ

雉娘「いえいえ、謝ることじゃありませんよー。平気ならもうちょっと入ってても」

奴隷「いえいえ、上がります! お風呂掃除が押しちゃいますものね!」

雉娘「そんなこと気にしなくていいのにー。あと…」フフフ

奴隷「?」

雉娘「いくら女同士でも、前、隠さないと」

奴隷「あ…っ、し、失礼しましたーっ!!」バッ

雉娘「フフ…もうお嬢様ったらー……」

奴隷(ううぅ~、恥ずかしいよぉ…)

雉娘が体を拭こうとしてくれたが、何だか悪い気がして、バスタオルを受け取って自分で拭いた。
そして浴室から出て、早く服を……。

奴隷「…あれっ」

さっき脱いだ服がない。

雉娘「あ、汚れていたので代わりのものをご用意しましたよー。ほら、これ!」

奴隷「…っ、こ、これは…!!」

雉娘が見せてきたのは、ドレスだった。
青地に白いレースが装飾されており、小さめのリボンは控えめな分、上品さを醸し出している。
裾の長さは引きずる程ではないので、着ても動きにくそうではないが…。

奴隷「む、む、無理ですっ! 着れません!!」

雉娘「あらー、お好みじゃありませんでした?」

奴隷「そうじゃなくてっ! ど、ドレスなんて、私には不釣り合いでっ!!」

雉娘「そんなことないですよー? お嬢様のような方にこそ似合うと思います」

奴隷「でも……」

雉娘「執事が悲しみますよー。自分のチョイスが悪かったのか、って」

奴隷「…執事さんが?」

雉娘「そ。このドレス、執事が選んだんですよー」

奴隷「………」

選んでくれた。執事さんが。私の為に。わざわざ。

奴隷「着ますっ!」

雉娘「あらそうですかー、良かった♪」

奴隷「で、でも、着方がわからないので……」

雉娘「はいはーい、お手伝いしますねー」

28 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/15(火) 18:24:51.98 ID:TEPnn0cy0
犬男「夕飯、あとは盛り付けるだけだぜー」

猿少年「ウキー、お嬢様のお口に合うかなぁ」

執事「犬の料理で駄目なら、どうしましょうかね」

雉娘「お嬢様が湯浴みを終えられたよー」

猿少年「おっ」

雉娘「お嬢様、ホラホラ」

奴隷「~っ、やぁ、いやぁ!!」

執事「?」

よく見えないが、どうやら奴隷は雉娘に腕を引っ張られ、抵抗しているようだ。

執事「雉、乱暴はよしなさい。お嬢様、どうなされましたか?」

奴隷「だ、だって…」

雉娘「もーっ。ほら、さっさと姿見せる!」

奴隷「きゃーっ!」

雉娘がドアを全開にしたと同時、奴隷の姿が露わになった。
雉娘の手できちんとドレスを着付けされ、髪の毛はいじられてふわっとなっており、先ほどまでの奴隷とは雰囲気がまるで違う。

犬男「へー、見違えたな」

猿少年「お嬢様、可愛い!」

奴隷「そ、そ、そ」

そんなことない…と言いたかったが、上手く口が回らない。

奴隷(もうやだぁ)

執事「お嬢様」

奴隷「わ、わ、執事さん…」

執事「奥ゆかしいお嬢様は、どのドレスなら着て下さるか悩みましたが…とてもお似合いで、選んだ甲斐がありました」ニコニコ

奴隷(んにゃあああぁぁ!!)

耳をとろけさせるような甘い声に、一瞬で打ちのめされた。
執事の喜ぶ様子を見て、それだけで後悔は消えた。

奴隷「え、選んで下さって…ありがとう、ございます」モジモジ

執事「私の方こそ、お嬢様が私好みのドレスを着て下さったことに感謝を申し上げたい位です」

奴隷(執事さんたら…)

犬男「おーい、飯は食わんのですかー?」

奴隷「は、はひっ! 頂きますっ!」

29 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/15(火) 18:25:34.85 ID:TEPnn0cy0
奴隷「……」モジモジ

犬男「どうしたお嬢様、食わないんすか」

猿少年「だからカレーはやめとけって言ったじゃん」

犬男「何だとー。俺は庶民派なお嬢様のお口に合うメニューを考えてだな」

奴隷「あ、いえ、その。大好きです、カレー…年に一度食べられるかどうかくらいのご馳走ですよね」

猿少年「いや、そんな、たかがカレー…むぐっ」

執事(黙りなさい猿)「何か気になることでもございますか、お嬢様」

猿少年「むぐー、むぐー」

奴隷「そ、その…皆さんは召し上がらないのですか?」

執事「我々は後で頂きますよ」

奴隷「あのぅ、そのぅ」モジモジ

執事「?」

雉娘「あ、わかったー。自分一人だけ食べるのに気が引けてるんでしょー」

奴隷「は、はい」

主人が食べた後に片付けをして、自分は残飯を貰う。それが以前の生活だった。
そりゃ今は自分が主人の立場かもしれないけど、どうも落ち付かないし、何より彼等に申し訳ない。

執事「気になさらないで下さいお嬢様、我々は使用人ですから」

犬男「カーッ。執事は鈍感で駄目だねぇ、ヤレヤレ」

執事「鈍感? 私が?」

犬男「お嬢様はお一人で食べるのが寂しいんだろ」

執事「寂しい? 我々がいるというのに?」

猿少年「見られてたら食べにくいだろ。バカ?」

執事「…そうなのですか、お嬢様」

奴隷「は…はい」

思っていたことは犬男と猿少年が言ってくれた。
一応主人である自分がこんなこと言うのは、おかしいかもしれないが...。

奴隷「皆さんと一緒に食べたいです…駄目ですか?」

執事「ふむ…」

30 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/15(火) 18:26:21.70 ID:TEPnn0cy0
その後執事は「使用人が一緒に食事を摂ってもいいものか」と渋ってはいたが、彼よりは柔軟なほか三名の賛成により、五人一緒に食事を摂ることとなった。

猿少年「サラダをカレーにぶっこみ~♪ ウキキッ」

犬男「あっ猿テメェ! 俺が綺麗に盛り付けたのを一瞬で台無しにしやがって!」

雉娘「トマトきらーい。執事、食べてー」

執事「了解を得る前に私の皿に乗せないで下さい」

食卓はとても賑やかだった。

執事「お嬢様、大変見苦しい所をお見せしてしまい…」

奴隷「ハフッ、ハフッ」モグモグ

雉娘「お嬢様ー、そんなにがっつかなくても大丈夫ですよ」

奴隷「ハッ! た、大変見苦しい所を…」カアァ

早く食べないと主人に怒鳴られる。そんな食生活で習慣となった早食いが、つい出てしまった。
それに、こんなに美味しいカレーは初めてで…何て卑しいのだろうと、奴隷は自分を恥じた。

犬男「ハハッ、美味そうに食べて頂いて、作った側としては嬉しいっすよ!」

猿少年「お嬢様、カレーにはバナナジュースが合いますよー。はい、どうぞ!」

雉娘「お嬢様、お代わりお持ちしましょうかー?」

奴隷(この人達…こんな無作法な私のことを寛容に受け止めてくれている)

彼等は元々仲間同士で、自分は今日初めて来た者だ。だけどそんな自分を、輪の中にすんなり入れてくれた。
こんなに優しくて温かい時間を、自分と一緒に過ごしてくれている。

奴隷「…っ」

執事「お嬢様?」

それが、たまらなく嬉しくて。

31 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/15(火) 18:26:55.37 ID:TEPnn0cy0
奴隷「皆さぁん」ボロボロ

執事「お嬢様!? どうされました、どこか痛むのですか!?」

奴隷「違うんです…」

奴隷の自分に尊厳なんて無かった。
居場所は主人の下だけで、そこでは誰もが冷たく、厳しくて、優しくなんかしてくれなかった。
それが生まれつき定められた自分の価値なのだと半ば諦めてすらいたのに…。

奴隷「私…本当に、ここにいていいんですか…」

執事「…えぇ。勿論ですよ、お嬢様」

執事はハンカチを取り出し、涙を拭いてくれた。その手つきから伝わる優しさが、余計に涙腺を刺激して。

奴隷「グスッ、ごめんなさい、ごめんなさい執事さん」

執事「何を謝ることがあるのですか」

奴隷「だって執事さん、私を泣かせないって誓ってくれたのに…私、バカだから」

執事「本当にこれは予想外ですよ」

執事は苦笑した。

犬男「そんな気に病まないで下さいよお嬢様、今日から俺らがあんたの居場所だ」

猿少年「本当良かったよ、執事の連れてきた人が、あなたのような方で」

雉娘「そーね。お嬢様になら気持ちよく仕えることができそうだわ」

奴隷「ありがとうございます、ありがとうございます…グスッ」

執事「こちらこそ、感謝しているのですよ。お嬢様」

奴隷「わ、私、執事さんの封印を解いたけど...他に何もしてませんし」

執事「いいえ」

執事は首を横に振った。
その目は憂いを秘めており、そして重く静かに、言った。

執事「私とお嬢様が巡り会えた…その運命に、私は心から感謝しているのです」

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/16(水) 20:55:40.67 ID:bAUypCwf0
その日から彼女は屋敷の一員となった。
広い屋敷で、使用人たちを従える女主人…というのは性に合わなくて、掃除や食器洗い等の仕事を引き受けていた。
彼女を働かせることに対し執事は最初は渋っていたが、活き活きと家事に励む彼女を見てからは何も言わなくなった。

猿少年「媛~」

使用人の中で最も幼い猿少年は、彼女のことを媛(ひめ)と呼んでいた。曰く、美しく、奥ゆかしい女性を指す意味らしい。
自分には勿体無い名前だと最初は遠慮したが、奴隷という名よりも遥かに相応しいと使用人達に押し切られ、今では彼女の名前としての役目を果たし ている。

媛「どうしたんですか、猿さん?」

猿少年「庭に花の苗木を植えようと思ってるんだけどさぁ。女の子のセンスを参考にしたくて」

媛「私のセンスで良ければ」

媛の驕らない性格は、使用人達から好感を持たれていた。

犬男「おっ、お嬢様! いいねぇ~、女の子と花の組み合わせは。癒されるなぁ」

雉娘「あんた、私が花飾りしてても何も言わないじゃないのさー」

犬男「そりゃお嬢様と花の組み合わせは可憐だけど、お前はケバ…ゲフォッ!!」

雉娘「ふんだ。お嬢様ー、後で女子会開きましょ♪」

媛(あ、あはは…)

媛の雰囲気がそうさせるのか、執事以外の使用人は割とすぐに敬語を使わなくなった。
そうなった初めの頃は執事から彼ら に叱責があったものの、媛自らが構わないと許しを出した。

媛(皆は使用人っていうより、お友達みたいだからなぁ)

彼らと過ごす時間に、媛は居心地の良さを感じていた。

38 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/16(水) 20:56:23.47 ID:bAUypCwf0
媛「執事さん、おやつの用意中ですか?」

執事「えぇ。今日は庭で採れたハーブの紅茶と、クッキーをご用意するつもりです」

媛「うわぁ、紅茶とクッキーだなんて貴族みたい!」

執事「お嬢様も、この屋敷の主人なのですから」

今でも奴隷育ちが抜けきっておらず、度々こういった発言をしてしまうのだが、執事は優しくフォローしてくれる。

媛「私もお手伝いします!」

執事「いえ、お嬢様にそんなことさせるわけには…」

媛「いいんですよ。その代わり、執事さんもご一緒して下さいね」

執事「…ふふ。かないませんね、お嬢様には」

こういう風に無理矢理借りを作らないと、執事はなかなか一緒におやつを食べてくれない。
別におやつの時間を共有せずとも、彼と過ごす時間は沢山あるのだけれど。

媛「美味しい~。サクッという食感と共に、口の中でぱらぱら砕けて甘さが広がって。クッキーと出会った時の感動は、今だに忘れません!」

執事「それは焼いた甲斐があるというものです」

媛は美味しいものを食べてる時間が1番好きだった。1番好きな時間だからこそ、執事と共有したかった。

媛「美味しかったぁ。そうだ執事さん、この後時間あります?」

執事「片付けがありますが、その後でしたら時間は作れますよ」

媛 「それじゃあ花を植えたので、庭園を一緒に散歩しませんか!」

執事「えぇ、よろしいですよ。ではすぐに片付けますので、少々お待ち下さい」

39 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/16(水) 20:56:58.31 ID:bAUypCwf0
庭園に出ると執事は日傘を差してくれた。
花の香りが漂う庭園を、二人肩を並べて歩く。

媛「私の部屋からよく見える位置に、チューリップの花壇を作って頂いたんです」

執事「おや、お嬢様はチューリップがお好きでしたか」

媛「好きというか、名前を知ってる花があまり無くて…」

花を綺麗だと思う気持ちはあるが、花に関しての知識は皆無に等しい。チューリップは、そんな媛でも知っている花だ。
特別好きというわけではないが、好きな花は、と聞かれた時、咄嗟に出てきた名前だ。
それに、チューリップを見て心が洗われているというのも嘘ではない。

執事「チューリップの花言葉は『思いやり』です。お嬢様に相応しい、優しい花ですね」

媛「詳しいんですか? 花言葉」

執事「いえ。私もチューリップが好きなので」

媛「まぁ」

執事の好きなものを見つけ、嬉しくなる。
自分が心ときめかせるチューリップの花壇を、執事も同じ気持ちで見てくれるのだろうか。

執事「また、チューリップは色ごとに分かれた花言葉もあるのですよ」

媛「へえぇ。私はピンクが一番好きですね」

執事「ピンクのチューリップの花言葉は『愛の芽生え』です」

媛「まぁ。チューリップの見た目通りの、可愛らしい花言葉ですね」

ピンク。女の子らしさの代表格である色。
その色が愛の芽生えなんて初々しくて純粋な花言葉を持つなんて、考えただけでニマニマしてしまうではないか。

媛「執事さんの好きな色は?」

執事「私は白ですね。花言葉は不吉なのですが…」

媛「どんな花言葉です?」

執事「『失われた愛』」

媛「まぁ」

純粋無垢な白色が、そんな意味を持つなんて。不吉というより、意外に思う。

執事「花を見る目が変わりましたでしょうか?」

媛「いいえ。花言葉がどうあれ、白のチューリップが可愛らしいことに変わりはありませんもの」

執事「ふふ、そうですか」

花言葉。素敵だと思うけど、深く考える気はない。
いい意味は大事にしておいて、悪い意味は適当に流しておけばいい。媛にとっては、そんなものだ。

40 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/16(水) 20:57:40.70 ID:bAUypCwf0
媛「ところで、ずっと聞こう聞こうと思っていたのですけど」

執事「どうされましたかな?」

媛「あの。私が初めて来た時、このお屋敷は見えなかったじゃないですか」

執事「あぁ」

最初見た時、ここには平原が広がっていた。
それが執事が何か仕掛けをして、自分にも屋敷が見えるようになったのだ。

執事「この屋敷は私達の魔力によって、入念に隠されているのですよ。平原も森の中から繋がっている異世界に存在していて、普通はこの場所に辿り着くことすらできない」

媛(あぁ、通りで)

森の奥にあるからだと深く考えていなかったが、媛がここに住むようになってから、屋敷に訪問客が訪れてきたことはない。

執事「迷いの魔法と、異世界への扉と、透明化の魔法。三重の仕掛けがされているお陰で、お嬢様も安心して生活できるでしょう」

媛「はい」

きっと彼等はまだ自分を探している。
だから、執事の言う通り、ここにいれば安心なのだけれど…。

媛「あの、何で何も聞かないんですか?」

執事「何も、とは?」

媛「私が追われていた理由です」

他の3名はともかく、執事は媛が穏やかじゃない連中に追われていたのを知っているはずだ。
普通なら、どうして追われていたのか、気になる所ではないか。

媛「気にはならないのですか?」

執事「ならない…と言えば嘘になりますが」

執事は少し考えて、続けた。

執事「私達は、あの世界との関わりが薄いのです。ですからお嬢様が追われていた理由が何であろうと構わない…という所でしょうか」

媛「それは例え、私が罪を犯していたとしても…?」

執事「お嬢様は悪人ではないでしょう」

媛「っ! こ、心を読みました!?」

執事「いえ。何となく、です。それに…」

執事は温和に笑った。

執事「貴方を守る、と約束したではありませんか」

媛「……」

それは出会った日に交わした約束。あの時の口付けは今なお、思い出すだけで手が痺れる程に記憶に残っている。

怖い。語ることで、彼等が自分の元からいなくなってしまうのではないか。

媛「…いつか、話します」

だけど、このまま黙っておくのは心苦しくて。

媛「それまで…私の覚悟ができるまで、待っていて下さい…」

執事「待ちますよ、いつまでも」

執事の迷わない返答は心強くて、だから彼を失いたくない。
いつか、必ずいつか話さないと…臆病な自分の心が強くなれるよう、媛は強く祈った。

41 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/16(水) 20:58:09.37 ID:bAUypCwf0
媛(愛の芽生え…かぁ)

夕食後、媛は庭に出てチューリップをボーッと眺めていた。
何の花が好きか、と聞かれた時に咄嗟にチューリップの名前が出たのは、果たして偶然か、それとも花言葉の導きか。


『貴方の側に仕え、貴方が笑う時、喜ぶ時、楽しむ時…その時を貴方と共有したいのです』

『この私が、貴方を泣かせはしません。辛い思いからも苦しい思いからも、私がお守りすると誓いましょう』


媛(執事さんは素敵だなぁ)

あの言葉を思い出すだけで胸がきゅんとして、脳に甘い痺れが走る。
あの時の執事の顔も、声色も、一言一句も、決して忘れはしない。何度も何度も頭の中で映像を繰り返して、甘い気持ちに酔って。

もしも、あの時の口付けが手でない箇所に交わされていたら――自分は拒んでいただろうか。

彼の顔が正面にあって、目と目が合って、息が頬を撫でて――そんな妄想に浸って、素直にときめくことができる。

媛(愛の、芽生え…)

自覚していなかったのは、芽生えたばかりだったからか。
だけど今なら、自分の気持ちがはっきりわかる。

媛(私は、執事さんのことを――)

42 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/16(水) 20:58:37.75 ID:bAUypCwf0
犬男「お嬢様」

媛「は、はい!」

犬男「あ、ごめんな驚かせて。至急知らせなきゃならんことが起こって」

媛「至急? どうしたんですか?」

犬男「誰かがこの屋敷に近付いてきてる。こちらが張り巡らせた仕掛けをかいくぐってな」

媛「!」

執事は言っていた。この屋敷の存在は入念に隠されていて、普通は近付くことすらできないだろうと。

犬男「その内、屋敷にやってくるかもしれねぇ。何があるかわからねぇから、お嬢様は屋内に入ってた方がいいんでないのか」

媛「……」

もし自分を追ってきた者だとしたら――姿を見られてはまずい。

媛「わかりました、部屋に戻ります。…あの、もし私のことを聞かれても、知らないと言って下さいませんか?」

犬男「はいよ。適当に誤魔化しておく」

犬男は理由を追求することなく答えてくれた。
媛もその後を追うように屋敷の中に戻る…が、戻ろうとして、足が震えているのに気付いた。

媛(もし、捕まったら…)

ゾクリと寒気が走る。
捕まれば地獄に等しい境遇に引きずり込まれる。今ある幸せを失ってしまう――それだけは、絶対に嫌だ。

媛(私は、何もできない…だから、皆の足を引っ張っちゃダメ…)

媛は震えを堪えながら、急ぎ足で部屋に戻った。

媛(怖い、怖い、怖い、怖い――)

部屋に鍵をかけ、へたり込んで震えた。
そして何事も起こらないことを、強く祈った。


49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/17(木) 18:48:03.23 ID:YBBck8IZ0
執事「…何の御用ですかね?」

しばらくしてやって来た来客を、執事達は無愛想に出迎えた。
訪れたのは魔物2名。この屋敷を見つけたということは、相当の魔法力の持ち主だろう。

術師「失礼。人里から隠れて生活を送る君らにとって、我々は招かれざる客だったな」

猿少年「実際、招いてないからね」

悪魔「悪かったな。けど、こっちも切羽詰まっててな」

犬男「ふぅん。用件は手短に頼むぜ」


媛「……」

媛はドア越しに会話を聞いていた。
彼等が来る前に執事らが香水を振り撒いてくれたので、匂いでバレることはないとは思うが。


術師「我々が探しているのは、逃げた奴隷の小娘だ」

媛(やっぱり、私を探して…)

雉娘「全く心当たりがないわねー」

猿少年「僕らは、この屋敷の者以外とは極力関わりを避けているんだよね」

犬男「逃げた奴隷が、この屋敷を見つけられるわけねーだろ」

使用人らは誤魔化す。その言葉に不自然な点は見当たらない。

術師「…ふむ。知らないのなら仕方ないか」

悪魔「ホントか~? 嘘ついてんじゃねえだろうな」

執事「嘘などつきませんよ」

悪魔「…その奴隷を探してらっしゃるのは、魔王様だぜ」

執事「!」

犬男「はっ?」

猿少年「魔王?」

雉娘「何だって…」


媛「……」

50 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/17(木) 18:48:52.75 ID:YBBck8IZ0
使用人達の顔は見えないが、きっと驚いたことだろう。
魔王は媛のいた国を治める王だ。決して暴君ではないが、その強大な力は人々に恐れられ、魔王に逆らおうという者はいないという。

悪魔「いくらこの屋敷のあるのが魔王様の統治外で、あんたらはこっちの世界と関わりが薄くても、魔王様くらいは知っているだろう」

悪魔の言葉は脅しを含んでいるようだった。
すなわち、下手に逆らえば魔王が動くかもしれない、ということ。

だが。

執事「そうおっしゃられても、私どもにはわかりません」

執事ははっきりと言った。

執事「お帰り下さい。我々はそちらの世界と関わる気は一切ございません」

悪魔「そうか…」

媛「……」

諦めたような声に、媛は少しホッとする。
彼等が諦めずに無理矢理家探しでもされたらどうしようかと思ったが。

術師「そうだ。帰る前に一つ聞いていいか?」

執事「何でしょうか?」

術師「あんたら、天界の住人だよな?」

執事「…そうですが」

媛「…?」

術師「逃げた奴隷はな…天界の住人の血を引いているんだよ」

執事「…そうなのですか」

術師「話はそれだけだ。また来るかもな…ハハハッ!!」

媛「……」

媛にはそのやりとりの意図がわからなかったが、一つだけ察していた。
それは、魔王の使者達からの疑いは、晴れていないということだった。

51 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/17(木) 18:49:24.49 ID:YBBck8IZ0
執事「お嬢様、もう大丈夫ですよ。彼等はこの世界から抜けました」

少しして、執事がドア越しに声をかけてきた。
媛はすぐにドアを開け、彼を迎え入れる。

媛「執事さん…あの人達、また来るでしょうか」

執事「…恐らくは」

媛「……」

執事「ご心配なく。只今、使用人達で隠し部屋を片付けております。向こうが多少強引な手段を使ってきても、お嬢様の姿さえ見つからなければいずれは…」

媛「執事さんは、怖くないんですか?」

執事「はい?」

媛「魔王を敵に回すかもしれないと知って…怖くないんですか?」

執事「そうですね…怖くない、と言えば嘘になりますが」

執事の顔は落ち着いていた。

執事「私が怖いのは魔王そのものではなく、お嬢様の身の安全が脅かされることです」

執事はこんな時も、媛のことを考えてくれていた。

52 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/17(木) 18:50:03.32 ID:YBBck8IZ0
媛「執事さん…私が魔王に追われている理由、気になりませんでしたか?」

執事「…えぇ。気にならないと言えば嘘になりますね」

媛「私、色んな魔物の血を引く混血種なんです」

執事「ほう…」

今はどの種族も共存しているとはいえ、寿命差も身体能力の差もない同種族同士で結ばれるのがごく一般的だった。
媛は珍しいことに両親ともに混血種だったらしく、引いている血はどの種族のものも薄い為、外見に目立った特徴は表れていない。

媛「でも…魔王はそんな私の体に目をつけたんです」

執事「混血種の体に…ですか?」

媛「はい。魔王の子を産ませる為、らしいです」

媛の声は震え始めた。
これは直接聞いたわけではなく、主人が魔王の使者と話していたのを偶然聞いてしまったものだ。

媛「魔王の血筋というのは凄いらしくて…私に混じっている色んな魔物の力を引き出した子供を産ませることができるらしくって」

執事「それで逃げて来られたのですね、お嬢様」

媛「はい。…それで、話には続きがあって」

執事「?」

媛「魔王の子は胎児の頃から既に凄まじい力を秘めているらしく…強靭な肉体を持つ母体でないと、魔王の子は…」

媛はガタガタ震え始めた。
この先の言葉を言うのが恐ろしい。嫌でも自分が魔王の子を孕むことを想像をしてしまう。

執事「思い出しました…聞いたことがございます」

執事が言葉を遮る。その額には珍しく、動揺の汗が浮かんでいた。

そう、魔王の子は産まれる時――

母親の腹を突き破って産まれてくるのだ。

53 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/17(木) 18:51:00.64 ID:YBBck8IZ0
媛「奴隷は最下層の身分…私、自分は永遠に虐げられるものだと諦めていました。でも、そんな惨い死に方だけは嫌ですっ!!」

ぶたれて育ち、痛みに多少慣れていても、腹を破られるのは怖かった。
その話を聞いて、媛は逃げた。逃げ切れなければ舌を噛んで死ぬつもりだった。そっちの方が、遥かにマシだから。
何も持っていない奴隷なら、せめて死に方を選びたかったのだ。

媛「私、怖いんです…もし捕まれば、私は魔王の子を――」

執事「そんなことはさせません」

執事は強い言葉で媛の弱音を遮った。

執事「あの時の口付けに誓って、例え相手が何者であろうと、貴方を渡しはしません」

執事の目の光りは強い。
彼は初めて会った時も自分を守ってくれた。これからも守り続けてくれると約束してくれた。
相手が強大な力を持つ者だと知っても――

媛「…でも、執事さんの身に危険があるのでは。やっぱり、ご迷惑をかけるわけには…」

半分嘘をついてみた。

執事「危険など承知のこと。承知の上で貴方を守ると誓ったのです」

そうすると欲しい言葉を彼はくれる。

執事「私は命に代えても、貴方を守ってみせます」

彼は媛だけのものであると、誓いを持って証明してくれる――

媛「…執事さん」

自分はそんな彼によりかかってしまう。

執事「はい、何でしょう」

媛「今晩は――私の側にいて下さい」

54 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/17(木) 18:51:28.92 ID:YBBck8IZ0
執事「…お嬢様、ご心配されずとも大丈夫ですよ」

言葉の裏に隠された下心に気付いていない様子で、執事はニコリと笑った。

執事「寝込みをいきなり襲われる恐れはありません。この世界に誰かが足を踏み入れた瞬間、我々は察知し――」

媛「それでも…」

――あぁ、私はこんなにも計算高かったのか。

媛「怖いんです…側にいて下さい」

こう言えば、執事が何て言うかわかっている。
彼はきっと、拒まないだろう。

執事「…承知しました」

ほら。

執事「今夜は私が寝ずの番を致しましょう」

媛「ごめんなさい…」

執事「いえ。お嬢様の安眠をお守りするのも、私の務め」

媛(違う、そうじゃないの…)

――私はずるい。こんな状況すら利用して、彼を側に置きたいと思っている。彼に守られている状況に、快感を覚えている。

媛(私は、貴方を――)

だけどそれは越えてはいけないライン。
もし言葉にすれば、彼は離れてしまうような気がして。

媛「…私を、守って下さい」

そんな言葉でしか、側にいたいって気持ちを伝えることができなくて。

執事「それが貴方の願いならば」

――私は彼を騙す。
臆病な気持ちがずるい気持ちを隠して、怯える目で彼にすがって。

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/18(金) 18:41:18.69 ID:CjoMZL6X0
執事「お嬢様、白湯です」

その夜、執事は眠れずにいる媛に献身的に接してくれた。
媛の気を紛らわそうと物語の読み聞かせをしてくれたり、寝苦しいならと空気の入れ替えを定期的に行ってくれたり。

それが心地よいけど、足りない。
自分はいつから、こんなに贅沢になってしまったのか。

媛「…執事さん」

執事「何でしょう」

横になりながら執事に声をかける。

媛「手を、握って下さいませんか…?」

――眠れないのは胸がドキドキ言っているから。
だけど安心を欲しているのだと、私はまた嘘をつく。

執事「えぇ。…ご安心下さい、お嬢様」

彼の笑顔、暖かい手。罪悪感で心がぎゅっと締め付けられる。
だけど自分は確かに今、幸せだった。この時間を永遠にしたいと思える位に。

その日の夜は短かった。
彼と触れ合っている時間は、いくらあっても足りなくて。

59 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/18(金) 18:41:49.71 ID:CjoMZL6X0
猿少年「ここが隠し部屋だよ、お嬢様」

翌日、媛の生活する部屋は、絵画の裏側にある隠れ部屋に移された。
使用人達の勧めもあったが、何より媛自身も望んでのことだ。

犬男「一応掃除はしたけど、生活するにはやっぱなぁ…」

部屋の温度は丁度いいくらいだが、隠し部屋なだけあって陽の光が射さない部屋だった。
必要な家具は揃えたものの、何だか軟禁部屋に見えなくもない。

媛「いいですね、ここなら安心です」

雉娘「…本当にここでいーの?」

媛「以前いた所より立派なお部屋です!」

犬男「そっか。不便があったら何でも言ってくれ、できる限り叶えるから」

恐怖心が無くなったわけではないが、前よりは軽減された。
1日の多くをこの部屋で過ごしておけば、使用人達の心配も大分無くなるだろう。

執事「お嬢様、これを」スッ

媛「これは…」

執事「勝手ながら、花を生けさせて頂きました」

色とりどりの花。メインを飾るのは、1番好きなピンク色のチューリップ。

執事「これで部屋の景観も良くなるかと思いまして」

媛「…ありがとうございます」

愛の芽生え。そんな意味を持つ花を彼から受け取るのは、何て甘美なことか。
そんなことを密かに思ってにやけていると、猿少年が不思議そうに首を傾げた。

猿少年「あれー? 媛、そんなに花好きだったっけ?」

媛「はい、好きになりました」

彼への想いが込められた花だから。

媛「色々ご迷惑おかけしますが…皆さん、宜しくお願いしますね」

それだけで、とても元気づけられた。

60 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/18(金) 18:42:27.34 ID:CjoMZL6X0
媛は隠し部屋にいて遭遇しなかったが、何度か魔王の使いがやってくることがあった。

1度どうしてもとしつこく食い下がられたこともあったが、屋敷中を探させて証明したそうだ。
それで納得したのかは知らないが、それから使者が来なくなって一週間が経過した。

媛「スリルありますねぇ」

執事「楽しんでる余裕などありませんよ。こちらはヒヤヒヤです」

媛「ふふ、ごめんなさいね」

だけど彼らの対処法が完璧で、緊張感も抜けてくるというものだ。

媛はというと、部屋で過ごす時間を掃除や裁縫に費やしていて、この生活に順応していた。
使用人達が定期的に部屋に来てくれるお陰で、寂しくもなかった。

媛「でもどうしてここが目をつけられているんでしょうね?」

執事「天界の者は仲間意識が強いと言われております。ですから同じ天界人の血を引いているお嬢様を庇っている、と読んでいるのかもしれません」

媛「なら、他にいらっしゃる天界の方々も疑われているのでしょうか」

執事「どうでしょうね。まず天界を離れている天界人自体がそうそうおりません」

媛「そ、そうなんですか」

初めて知った。自分の無知が恥ずかしい。

媛「あ、なら何で執事さんは天界を離れられているんですか?」

執事「貴方に奉仕する為ですよ、お嬢様」

媛「まぁ」

執事の笑みは珍しくイタズラっぽさを含めている。
これは嬉しい冗談だ。

執事「お嬢様は気にはならないのですか。ご自分に混ざっている天界人の血のことが…」

媛「前にも言った通り、私は混血種ですから。天界人の血も、その中の一つですよね」

執事「…そうかもしれませんね」

媛「あ、でも。執事さん達と同じ種族の血が混ざっているのは嬉しいですよ」

執事「……」

媛は気が付かなかった。執事は笑顔の裏で、複雑な思いを抱いていたことに。

執事「…違う。貴方の血は、もっと尊い……」

媛「え?」

執事「いえ。それより紅茶のお代わりはいかがですか?」

媛「頂きますっ」

61 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/18(金) 18:43:01.12 ID:CjoMZL6X0
魔王の使者が来なくなって更に一週間が経過した。
この頃には当初のような緊張感も大分抜けてきていた。

媛(執事さん、お仕事中かなぁ)

媛自身も恐怖心が抜けてきて、執事が会いに来てくれるのを待つばかりだった。
最近は暇つぶしに編み物を始めてみた。そろそろ寒くなる時期だと思うが、この屋敷周辺にも四季はあるのだろうか。

媛「出来た。あったかマフラー!」

グレー地に、白や黒の縞模様を入れたデザインは男物。

媛(執事さん喜んでくれるかなぁ)


~妄想~

執事『ありがとうございます、お嬢様。お嬢様の気持ちがこもっている分、暖かいです』

媛 『喜んでくれて良かったです…へくしゅっ』

執事『お嬢様、まさか冷えましたか? これを』

媛『これは…マフラー恋人巻き!?』

執事『お嬢様の温もりをお守りするのも私の役目…』

媛『執事さん…熱いです』

執事『温もりを共有しましょう、お嬢様…』

~妄想終了~


媛(ってええぇ、私ったらはしたないっ! でも恋人巻き、いいなぁ)

執事「お嬢様」トントン

媛「きゃあぁ!?」

執事「…? 失礼致しました、出直しましょうか」

媛「いえいえっ! 入って下さい!」

執事「では…失礼します」ガチャ

媛「待ってました、執事さん!」

媛は笑顔で執事を出迎えた。

62 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/18(金) 18:43:39.30 ID:CjoMZL6X0
媛「これ、執事さんにプレゼントです!」

執事「マフラー…私にですか?」

執事はキョトンとしていた。

媛「これから寒くなりますから…あっ、気に入らなかったら犬さんか誰かにあげても」

執事「まさか。お嬢様が私の為に編んで下さったものが、嬉しくないわけないでしょう」

執事は温和に微笑んだ。そしてマフラーを首に巻き、嬉しそうに顔を埋める。

執事「暖かいです。これは重宝しますね」

媛(恋人巻き…は、できそうにないなぁ)

でも、執事の反応を見て、作って良かったと思えた。

媛「寒くなったら、花も枯れてしまうのでしょうか」

執事「そうですね。そして雪が降り花壇を埋めてしまいます」

媛「枯れる前にもう一度、庭園を散歩したいですね」

なんて、ワガママだけれど。執事がこうやって来てくれるだけでもありがたいのだから。

執事「そうですね…魔王の使者が来なくなりましたし、そろそろ出ても大丈夫かもしれませんね」

媛「本当ですか?」

執事「万が一やって来たとしても、この世界の入り口から屋敷までそれなりに距離がありますので、お嬢様が隠れる時間は十分にございます。…勿論、用心するに越したことはありませんが」

媛「でも、私も大丈夫だと思います。そろそろ、外に出てみたいです」

執事「では他の者にも伝え、外出準備をして参ります。少々お待ちを」

そう言って執事は部屋から出て行った。
久しぶりの庭園のデート…考えただけで心がウキウキした。

63 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/18(金) 18:44:23.14 ID:CjoMZL6X0
媛「以前より冷えてきましたね」

久しぶりに外の空気に触れ、季節の変わり目を実感する。
とはいえ、まだマフラーには早い時期だが…。

媛「…」

執事「?」

執事はマフラーを巻いてくれていた。こちらに気を使ってか、冷え性なのかはわからない。

媛(執事さんは痩せてるから、寒さに弱いだけよね。まさか私のマフラーをすっごく気に入ってくれたとか、そんな思い上がりはダメダメ)

執事「では少し散歩しましょうか。今、犬がアップルパイを焼いておりますので、散歩後にティータイムでも」

媛「わぁ、いいですね。アップルパイってサクサクした食感がクセになりますよね」

執事「猿は林檎をそのまま食べる方が好きなようで、摘み食いをして犬に叱られていましたね」

媛「あはは、猿さんらしいですね」

そんな他愛ない話をしながら庭園を歩く。
庭園の花は相変わらず美しいが、景色はあまり頭に入ってこない。

執事「そしてですね…」

場所は関係ない。執事と一緒に歩いていることが重要なことなのだから。

媛(手とか繋ぎたいなぁ)

執事は意識してか、媛と並びながらも一定の距離を常に保っている。
近づきすぎては無礼だ、という配慮が身に付いているのは、いかにも執事らしい。

媛(無礼でも構わないんだけどなぁ)

主人と執事――そんな距離感がもどかしく感じる。
彼は自分の執事だから側にいてくれる。側にいてくれる、それだけで幸せなことなのに、もっともっと近づきたいとも思う。

媛(我慢しなきゃ、我慢)

そんな、執事との距離が近づくなんて――

執事「――っ!!」バッ

媛「えっ!?」

急なことで、媛の頭は追いついていなかった。
だが――

媛「し、し、ししし執事さん!?」

執事は媛の体をその胸に抱きしめていた。

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/18(金) 18:44:52.40 ID:CjoMZL6X0
執事「クッ、油断しました」

媛「え…?」

だがロマンスとは程遠い、執事の緊迫した雰囲気を察し、その視線の先を見る。

媛「っ!?」

媛と執事が先ほどまで立っていた位置。そこには、何か黒い光の球が浮かんでいた。

「捕獲失敗…」

媛「えっ!?」

声と同時に球が消える。
執事が振り返り、その動作を追って媛も振り返る。

術師「ようやく姿を現したか。全く、ただ潜んでいるのも楽ではなかったぞ」

悪魔「やっぱりテメーら、隠してやがったんだな」

魔王の使者達がいた。

執事「気配を完全に消して屋敷周辺に潜むなど…まさか、地上の方々にそこまでの芸当ができるとは思っておりませんでしたよ」

術師「天界の奴はやっぱ傲慢だな。お前達が見下している、地上に住む者に欺かれる気分はどうだよ?」

執事「えぇ。最悪です」

悪魔「ケッ。見下していることを否定すらしねぇ」

早くも両者の間の空気は最悪だった。
かと言って、こちらが下手に出たところで何とかなる話ではない。

悪魔「その娘を渡して貰おうか」

執事「お断り致します」

術師「痛い目に遭いたいか」

執事「望むところです。お嬢様の居場所が知られた以上、貴方がたには口封じの必要がありますのでね」

執事はそう言うと懐からナイフを取り出した。

執事「お嬢様、屋敷の中へお逃げ下さい。ここは私が…」

術師「させるか!」

媛「っ!」

四方を囲むように、電気の壁が張られた。
先手を打たれた――これでは逃げるのは不可能。

執事「…仕方ありませんね。お嬢様、そこから動かないように」

67 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/19(土) 16:35:41.92 ID:7VLWIYLk0
術師「ハァッ!」

術師の手から大きな炎が放たれ、執事に襲いかかった。

執事「はっ!」

一閃、ナイフで炎を切る。
執事のナイフに何か仕掛けがしてあるのか、それで炎は消えた。

悪魔「さっすが天界人、芸達者だねェ!! そんじゃ、コイツはどーよっ!?」

執事「!」

悪魔は執事との距離を一気に詰め、長い爪で襲いかかってきた。
ナイフと爪での打ち合いにカンカンと高い音が響いているが、媛の目では追えない。

悪魔「そんじゃ、これはどーよっ!?」バサァ

悪魔は翼を広げ、高く飛んだ。そして――

悪魔「オラアアァァ!!」

超スピードで執事めがけて急降下する。

しかし執事は見切っていた。跳躍してかわし、悪魔は地面を大きくえぐった。

だが――

術師「ハアァッ!」

執事「くっ!」

回避と同時、術師が執事に向けて攻撃魔法を放った。
執事はそれをナイフで切って防御――したように見えたが、

執事「…っ」

媛「執事さん!」

タイミングがずれたのか、執事は肩に怪我を負った。

68 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/19(土) 16:36:13.47 ID:7VLWIYLk0
媛(2対1は不利なんじゃ…)

以前執事が助けてくれた時と数は変わらないが、相手は屋敷のセキュリティを欺く技量の持ち主だ。あの時の相手とは、比べ物にならない。

術師「行くぞ悪魔、こいつを倒し魔王様の願いを!」

悪魔「あぁ、こいつに邪魔はさせねぇ!」

執事「くっ」

術師と悪魔、それぞれの攻撃には対処できていた。
しかし2人がかりで来られると対処しきれず、わずかずつだが執事はダメージを受けていた。

そして――

執事「――っあぁ!」

媛「執事さん!!」

隙を突かれた悪魔の体当たりに、執事は体を吹っ飛ばされた。
ダメージが大きかったのか、すぐに起き上がらない。

悪魔「よし。あとは…」

媛「!!」

悪魔がこちらを睨む。
媛は硬直し、そこから動くことができない。

悪魔「手間かけさせやがって…さぁ、国の為に来い」

媛「い、や……」

後ずさりしようにも、後ろは壁。間違いなく、媛は追い詰められていた。

執事「させるか…お嬢様……」

媛「執事さん!」

執事は肩を押さえながらヨロヨロ立ち上がる。
しかし――

術師「お前は寝ていろ!」

執事「――っ!!」

術師の攻撃により、再び地面に身を叩きつけられた。

69 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/19(土) 16:36:43.82 ID:7VLWIYLk0
執事「くっ、お嬢様…」

それでもなお、執事は立ち上がろうとしていた。
いけない。このままでは、また攻撃を喰らってしまう。

媛(私がその身を差し出せば――)

少なくとも、執事の命は助かる。
だけど、踏ん切りがつかない。

媛(捕まってしまえば、私は逃げることも戦うこともできない…)

あまりにも無力すぎる。身を差し出すというのは、腹を破られて死ぬことに直結する。
執事を殺される位なら、命を差し出す方がマシ。なのにその末路を考えるだけで恐ろしくて、その足が前に進まなくて――

媛(執事さんを助けるには…)

媛は後ろを振り返る。あるのは電気の壁。身を投じれば即死は間違いないだろう。

媛(でも)

それは今自分に残された選択肢の中で、最良ではないか――

媛「…執事さん、今までありがとうございました」

執事「お嬢、様?」

媛の意図がわからなかったのか、執事は疑問符を浮かべていた。
だが、媛が後ろを振り返ると同時――その先を察したのか、声を荒げた。

執事「お嬢様! いけません、それは――」

媛「もう他に手段はないんです。執事さんに生きていて欲しいから」

卑しい奴隷である自分を主人として慕ってくれて、受け入れてくれた。楽しい時間をくれた。尊い思い出をくれた。
ほんの少しの期間だったけど、それだけで幸せなことではないか。

術師「自害か!? させるな!」

悪魔「くっ…」

感謝を述べたいのに、その時間すらない。
だけど、この言葉だけは。

媛「執事さん」

初めて会った時から、私は貴方が――

媛「――大好きでした」

執事「――!」

70 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/19(土) 16:37:16.60 ID:7VLWIYLk0
――私はまた、守れないのか

体がついてこず、執事はそれを止めることができなかった。
媛が電気の壁に身を投じる瞬間、執事の頭の中に様々な思い出が駆け巡った。


『執事、貴方がいるだけで心強いわ』

それは、遠い昔の記憶。

『貴方は私の大切な人』

かつて彼にとって大事な存在だった人。

『私を、守って下さい』

それは失われた愛――


また失ってしまう。
大事な人を、主を、守るべき存在を――


――貴方を、また失ってしまう


執事「お嬢様あぁ――っ!!」


執事は初めて取り乱し、叫んだ。

だが媛は吸い込まれるように、壁に身を投げていった――

71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/19(土) 16:37:45.57 ID:7VLWIYLk0
「させないよ!」

執事「っ!!」

媛が姿を消した。
壁に焼かれたか――いや、違う。

悪魔「上空だ!」

執事は上を見上げた。すると、そこにいたのは――

雉娘「間一髪! あーヒヤヒヤしたー」

媛「雉さん…」

雉娘が媛の体を掴んで羽ばたいていた。
そして高い木から、何者かが壁の中に飛び込んできた。

執事「全く…遅刻は厳禁ですよ」

執事はその姿を認めると、ほっとしたように冗談めかして言った。

猿少年「ウキー、わっり! こいつらの気配は察知してたけど、こいつら、ここまでの道にも罠を仕掛けてやがって!」

飛び込んできた猿少年は執事を助け起こす。
その間に雉娘は、壁の外に媛を下ろした。

犬男「さて、俺をこん中に運ぶ番だぜー」

雉娘「アンタ重いから、イヤー」

犬男「んだとコラ! 俺は飛べねぇし木にも登れねぇから仕方ねぇだろ!」

雉娘「はいはい。高くツケとくよー」

そんなやりとりの後、犬男と雉娘も壁の中に入る。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/19(土) 16:38:19.38 ID:7VLWIYLk0
猿少年「数ならこっちが有利だよ。まだやるつもりか?」

悪魔「数だけ揃えて何になるよ。テメーら、その執事ほど強くねぇだろ!」

雉娘「まぁねー」

術師「大人しく降伏しろ、そうすればお前達の命は…」

犬男「ハァ? 何でお前達みたいな卑しいのに命乞いしなきゃならねぇんだ?」

術師「何だと。死にたいのか」

執事「こちらの台詞です」

そう言った後、犬男、猿少年、雉娘が執事の前に出て、全員で手を重ねた。

犬男「コレも何百年ぶりだろうな。お前ら、やり方忘れてねぇだろうな?」

猿少年「まさかー。『本来の姿』を忘れるわけないじゃん」

雉娘「ここまでしておいて負けないでよ、執事」

執事「お任せ下さい。貴方がたの力は、きちんと受け取ります」

3人の重ねた手から魔力のようなものが溢れる。
何かが起ころうとしているのは、媛の目にも明らかで。

術師「何だかわからんが、させるか!」

術師は攻撃魔法を続けて打ち込んだが、

悪魔「ゲッ。何だと…」

その魔法は、3人の魔力によって打ち消された。


犬男「これぞ俺らの真の姿!」

猿少年「我らは天界の使いを守護する者!」

雉娘「今、擬人化の魔法を一時解除する!」

そして辺り一面は光に包まれ――

媛「何、あれ…」

そこに3人の姿はなく、代わりに執事の手に、荘厳な剣があった。

73 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/19(土) 16:38:56.51 ID:7VLWIYLk0
執事「この剣こそが3人の真の姿…普段は3つの使い魔に姿を変えていますが」

そう言っている間にも撃ち込まれる攻撃魔法を、剣はその光で打ち消していく。

執事「無駄ですよ。この剣は魔法効果を打ち消す盾にもなる」

悪魔「クッソ!」

今度は悪魔が飛び立ち、執事に向かって急降下していく。

悪魔「そんなデケェ剣、テメェの細腕で…」

執事「扱えますよ」

悪魔「っ!」

一瞬にして、剣は悪魔の喉元に突き付けられた。

執事「彼らは私の使い魔。剣となっても、私の手足としての力を発揮してくれるのです」

術師「反則だろ、それは…」

執事「あぁ。地上の方々には反則に感じるのですね」

執事は余裕すら浮かべて嘲るように笑う。
勝ちを確信したんだ――媛は悟った。

執事「終わらせて頂きます」

執事は剣を構え、敵に突っ込んで行った――

74 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/19(土) 16:39:24.56 ID:7VLWIYLk0
だが。

執事「――っ」

剣は途中で止められた。

術師「あ…」

悪魔「っ」

敵も剣に対する対処法がなく、執事の勝利は確定した――そう思えたのだが。

媛「え…っ」

執事は説明しなかったが、その剣は地上において切れぬものは存在しないとも言われていた。

その剣を止められる者がいるとすれば、それは――


魔王「…ふむ、見事な剣だ」


地上において最強に近い存在だけだろう。


77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 10:51:51.18 ID:HIzJBHQO0
執事「…魔王ですか?」

執事は動揺を見せずに言った。
目の前の相手の正体に気付いたのは、その者の放つ威圧感のせいか。

魔王「いかにも。勝手ながらこちらの世界に入らせて貰ったぞ、天界の者よ」

執事「魔王と言えど、不法侵入は許せませんね」

穏やかな様子の魔王とは対照的に、執事は殺気を隠しもしない。その様子が、2人の余裕の違いを表しているようだった。

魔王「まぁ待て。我は戦いに来たわけではない」

執事「戦わず降伏しろということか。お嬢様を貴様に渡しはしない」

魔王「ふぅ」

まるで聞き分けの悪い子供を相手しているかのように、魔王は困っている様子だ。

魔王「我もその娘を必要としているのだ」

執事「それはお嬢様の意に反します。何より、お嬢様に貴様の子など産ませるものか」

魔王「なら」

魔王は考える間もなく言った。

魔王「子を産ませなければ譲ってくれるか?」

執事「…何だと」

媛「はい…?」

その信じられない言葉を、頭はすぐに理解しなかった。

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 10:52:20.62 ID:HIzJBHQO0
魔王「もう一度言う。我はその娘に子を産ませるどころか、一切手出しはしない」

執事「…何のつもりだ」

魔王「そもそも、どこからその様な話が出てきたのだ。我は元より、そんなつもりはない」

媛「えっ」

媛は思い返した。確かに直接そう言われたわけではないが…。

媛「ご、ご主人様が話しているのを偶然…」

魔王「なるほど。つまりお主の主人の妄言を真に受けたということか」

媛「妄言…えっ!?」

わけがわからなかった。

魔王「魔王自らが奴隷を見初め、買い取るとなっては、その様な誤解が生まれるものか。心外だな」

執事「だとしたら、貴様はお嬢様に何をするつもりだ?」

魔王「お主、天界を離れているのか?」

執事「…えぇ。天界を離れ300年になる」

魔王「…そうか。お主が、『天女の執事』か」

執事「…」

媛(天女の…?)

初めて聞く名に媛は困惑した。

79 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 10:53:04.37 ID:HIzJBHQO0
魔王「300年前――この世界は今以上に荒れ果てていた」

魔王は突然話し出した。
世界の現状。飢饉と死病に侵された時代だというのは、無学の媛でも知っていた。

魔王「そこで天界より、この世界を救済すべく、1人の女が執事を伴って降りてきた。それが、天女だ」

媛「じゃあ、執事さんは…」

執事「…えぇ。天女様に付いて、私はこの地上へ降り立ちました」

今まであまり気にしたことも無かったが、執事がこの世界にいるのには理由があったのか。
だが、同時に疑問が生まれた。確か執事は、この世界に封印されていたはずだが――

魔王「天女の祝福により、作物は実り、死病は鳴りを潜め、世界には祝福がもたらされた」

執事「あの方は、この世界を想っておいででしたからね」

魔王「あぁ。天女がいなければ、世界は滅んでいただろう」

執事「…そんな天女様を」

一旦落ち着いたかに見えた執事の様子がまた変わった。
目は憎しみに染まり、今にでも目の前の魔王に飛びかからんばかりに。

執事「貴様等、地上の者は裏切った! 最悪の形で!!」

魔王「…」

媛「裏切った…?」

魔王「天女は地上の女には持ち得ない神秘性を秘めた、美しい女だったと聞く」

まさか。

魔王「時の権力者達は天女に欲情し――陵辱した」

媛「!!」

正に執事の言う通り、最悪の形の裏切りだった。

80 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 10:53:53.07 ID:HIzJBHQO0
執事「天女様は心を壊し、そして亡くなられた」

執事は嘆く。主人を陵辱された彼の心の傷は、今なお癒えていない。

執事「私は天女様を守りきれず、地上の者らによって封印された。だが封印されている間も、貴様等地上の者への憎しみは収まらなかった」

魔王「…天女の祝福を失った世界は、再び荒んでいった」

執事「全て自業自得というものだ」

執事は冷淡に言い放った。
その言葉に、魔王は心を痛めたようにうつむく。

魔王「天女を率先して陵辱したのも、お主を封じるよう部下に命じたのも、我の先祖だ」

そう言えば、執事が封印された場所も魔王の国だった。
と考えた所で、媛の頭をピリッとした痛みがはしった。

媛(あれ…? 私、その話…)

執事「貴様は天女様を汚した者の子孫だ。天女様の次はお嬢様を奪って、何をしようと言うのだ」

魔王「我は、天界に許しを請うた。天界の祝福なくして、この世界はもう存続できぬ」

執事「調子のいい。地上などそのまま滅びてしまえば良いだろう」

魔王「同じことを言われた。だが我は何年もかけて嘆願してきた」

媛(魔王自ら?)

媛は魔王のことをよく知らなかったが、襲撃も裏切りも許さぬ程の力と威圧感を持つ王だと聞いていた。
だから魔王に対して恐ろしいイメージを抱いていだが、まさか魔王自ら天界に許しを請い、嘆願するとは…。

魔王「そして天界の者は、我らを許す条件を提示した」

執事「その条件とは?」

魔王「…この世界にいる、天女の子孫13人を集め、天界に返すことだ」

媛「!!」

確か、自分は天界人の血を引いているとの事だった。
では、魔王が自分を求めていた理由とは――

媛「私が天女の子孫…ということですか?」

魔王は頷いた。

81 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 10:54:56.62 ID:HIzJBHQO0
魔王「我が見つけた天女の子孫はお主で6人目だ。なるべく穏便に連れてこいと部下には命じていたのだが…」

術師「申し訳ありません、魔王様」

悪魔「穏便に伝えても渡してくれそうになかったもので」

執事「…あぁ。貴様等は信用ならないのでな」

媛「あ、あのっ」

場違いかと思ったが口を挟む。
魔王の言っていることが本当なのか、執事同様、まだ信じられないのはあるが――

媛「それなら、そうと全世界に通達すれば良いのでは! そっちの方が絶対スムーズに…」

魔王「それこそ悪手だ」

魔王はきっぱり言った。

魔王「一部の権力者には、世界の現状をこのままでと望んでいる者もいる。悪知恵の働く奴なら、天女の子孫を人質に天界に交換取引を持ちかける奴もいるだろう」

媛「えーと…?」

執事「地上の者は救いようのない者ばかりということです」

それは違うのでは、と思うが、地上の者を憎む執事の気持ちを思うと、簡単に否定はできない。

魔王「こちらが勝手なことばかり申しているのはわかっている。だが我はそれでも、この世界を救いたい」

媛「わっ!?」

魔王はついに頭を下げた。
あの、恐怖の魔王が。奴隷の自分なんかに。

魔王「頼む…この世界を救う礎となってくれ」

媛「私…は…」

82 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 10:55:35.08 ID:HIzJBHQO0
媛「――」

その時、媛の頭の中に映像が浮かんだ。
それは屋敷でもない、地上でもない、ここではない情景。


『地上の世界を救うべく、参りましょう』

懐かしい声がした。

執事『はい、天女様』

――執事さん?

天女『地上は荒れ果てていると聞きます…ですが必ずや、地上の人々を救ってみせましょう』

この声の持ち主は――

天女『執事、私には貴方だけが頼りです』

――あぁ、思い出した。


天女『私を、守って下さい』

執事『それが貴方の願いならば』

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:11:58.67 ID:HIzJBHQO0
媛「あ、ああぁ…」

執事「お嬢様?」

全て思い出した媛は涙をぽろぽろ流していた。
信じられない話が全て事実だと、ようやく実感した。

媛「執事さん…貴方は前世でも、私を守って下さいましたね」

執事「お嬢様…! 前世の記憶が…」

媛「えぇ、思い出しました。私は地上を救うべく、天界より降り立ったんです」

天界の者達は、できるわけないと笑っていた。
だけどそんな仲間達を振り切り、自分は降り立った。

地上の世界での生活は決して楽ではなかった。
荒んだ心の人々に混じり、痛い目に遭うこともあった。
それでも世界を祝福し、人々に笑顔が戻るまで耐えることができたのも――

媛「私が笑う時、喜ぶ時、楽しい時、泣く時、辛い時、苦しい時――貴方は側にいてくれた」

執事「…貴方の側にいることが、私の幸せでした」

執事は哀しげに笑う。
その目は媛ではなく、天女を見ているのだろうけれど――

執事「私は――貴方を愛していました」

媛が最も欲しかった言葉を彼はくれた。

85 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:12:35.11 ID:HIzJBHQO0
魔王「そうか、お主は天女の生まれ変わりでもあったか…我の先祖がすまないことをした」

媛「貴方のやったことではありません。気に病む必要はありません」

天女を陵辱した者を憎む気持ちがないと言えば嘘になるが、少なくともこの魔王のことは、許しておくべきだと思った。
そして、決断する。

媛「私が地上に降り立ったのは、地上を救う為――その力を失いはしましたが、礎のひとつとなることはできる」

執事「!」

魔王「では…」

媛「帰ります、天界へ」

執事「お嬢様、お待ち下さい!」

執事は焦った様子で媛を止める。

執事「地上の者はきっとまた天界を裏切る。救いなどくれてやる必要は…」

媛「地上は『私』の生まれた世界です」

執事「ならば尚更。地上の世界はずっとお嬢様を虐げてきたではありませんか。そんな世界でも救うと?」

媛「はい」

媛ははっきりと言った。

媛「私は決して、地上の世界が好きなわけではありません。最下層の奴隷に生まれ理不尽な目に遭って生きてきた。それでも…」

天女と媛。2人分の気持ちがごちゃまぜになって、考えはまだまとまっていないけど――

媛「見てみたいんですよ。救われたこの世界を」

執事「お嬢様…」

86 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:13:00.90 ID:HIzJBHQO0
まだ地上に来たばかりの頃か。
その頃は、天女の話に耳を傾けず、石を投げてくる者も多かった。
執事は怪我を負った天女に、もう帰ろうと言ったことがある。

天女『いいえ、私は地上を救いに来たのだから』

だけど天女は考えを曲げなかった。

天女『彼らの心が荒んでいるのは、世界が荒んでいるからですよ』

天女『救われればきっと、世界は笑顔で溢れてくれる』

天女『私は、救われたこの世界を見てみたいのです』


生まれ変わっても、天女の魂は消え失せていない。
そればかりか、荒んでいた執事の心に、再び光を与えてくれた。

執事「貴方という方は、本当に――」

――本当に、誰よりも輝いているお方だ。


執事は媛に跪き、手を取った。

執事「天界の者は排他的な所があり、地上の者の血の混ざっていらっしゃるお嬢様を温かく迎えてくれるとは限りません」

天女の子孫を返せ、という要求も、決して彼らを天界の住人として受け入れるということではなく、魔王に対する重圧のつもりだろう。
天界に帰り、どんなことが待っているかは執事にもわからない。だが――

媛「私を、守って下さい」

彼女がそれを望むのなら――

執事「それが貴方の願いならば」

奉仕するのが、自分の役目だから。

87 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:13:40.05 ID:HIzJBHQO0
それから媛は天界に帰ったが、案の定、天界は彼女を快く出迎えはしなかった。
彼女に与えられたのは天界でも郊外にある地。これは事実上の排他である。

執事はそこに屋敷のある世界への入り口を設け、媛は今まで通り、屋敷で生活することとなった。

猿少年「媛ーっ、おやつだぞー!」

犬男「ティータイムにバナナをそのまま出す馬鹿がいるかーっ!」

雉娘「その馬鹿におやつ係任せたのは誰だよ」

媛「あはは。バナナも好きですよ」

この程度の冷遇、屋敷での生活を満喫している彼らにとっては冷遇の内にも入らない。

執事「只今戻りました」

媛「あ、執事さん。どこ行ってらしたんですか?」

執事「庭園にあるものを倉庫に片付けておりました。雪の季節が近づいていますからね」

媛「寒い中、お疲れ様です。皆さんとお茶を頂こうと思っていたんですが、執事さんもいかがですか?」

執事「では、お言葉に甘えて」

猿少年「ティータイムの時はマフラーとれよー」

執事「あぁ。そうですね、これは汚してはなりませんからね」

媛「ふふっ」

彼らの生活は、以前と何ら変わらなかった。

媛(だけど…)

ひとつ、やり残したことがあった。

88 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:14:08.19 ID:HIzJBHQO0
執事「ふぅーっ」

これから来る冬に備えて薪を集めていたら、すっかり遅くなってしまった。

媛「お帰りなさい、執事さん」

執事「お嬢様。まだお休みになられていなかったのですか」

媛「えぇ。何だか、眠れなくて」

執事「左様ですか。白湯でも淹れましょうか?」

媛「いえ、遠慮しておきます。それより…」

執事「それより?」

媛「私の側にいて下さいませんか?」

執事「…」

執事はキョトンとした。

執事「お嬢様、もうお嬢様を追う者はいないのですよ。ですから安心して…」

媛「執事さんに、お話があって」

執事「お話…ですか?」

媛「はい」

執事「ここでは出来ぬ話ですか?」

媛「私のお部屋で」

執事「かしこまりました。では、お部屋で」

89 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:14:58.81 ID:HIzJBHQO0
部屋に入り、2人きりとなった。媛は何だか落ち着かなくてそわそわしているが、そんな様子を見て執事は首を傾げる。

執事「どうなさいました? お嬢様」

媛「あっ、あの……」

呼び出したはいいが何と言っていいのか。

話の切り出し方に迷って…あることを思い出した。

媛「こ、これ! 受け取って下さい!」

執事「これは…生け花ですね」

媛「庭園のお花はもうすぐ枯れてしまいますから…そうなる前に、生けてみたんです」

執事「赤いチューリップ…ありがとうございます。私の好きな花を生けて下さるとは」

媛「花言葉、調べてみたんです」

執事「……」

媛「執事さんなら…赤いチューリップの花言葉、知っていますよね?」

執事「……えぇ」

天界に来てからも、2人の距離感は変わらなかったけれど。

1度互いに言った気がするけど、うやむやになったままだ。

だから、改めて言わねばならない。

執事「『愛の告白』」

花の力を借りて、もう1度言う。

90 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:15:27.64 ID:HIzJBHQO0
媛「いつからかはわからないけど――」


執事『後はこの私が貴方をお守り致します、お嬢様』


媛「貴方は私を初めて守って下さった方で」


執事『説明をお急ぎになるお気持ちはわかりますが…まずは御御足の治療を先に致しましょう』


媛「私に優しくして下さいました」


執事『貴方の側に仕え、貴方が笑う時、喜ぶ時、楽しむ時…その時を貴方と共有したいのです』

執事『この私が、貴方を泣かせはしません。辛い思いからも苦しい思いからも、私がお守りすると誓いましょう』


媛「貴方から誓いを受けた時、私は既に貴方に心を奪われていました」

目覚めた愛は自覚した後もなお、秘めていた。

だけどもう、想っているだけじゃ我慢できない。側にいるだけじゃ足りない。

媛「私は、執事さんが好きです」

執事「……」

91 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:15:55.30 ID:HIzJBHQO0
執事「女性の口から言わせてしまうとは、一生の不覚――」

執事は苦笑した。

執事「1つ言い訳をさせて下さい。私は封印されていた時から、貴方が天女様の生まれ変わりであるとわかっておりました」

媛「えぇ」

そのことを今まで執事は語らなかったが、そうだろうと思っていた。

だから初対面の自分をお嬢様と呼び、守ると誓ったのだ。

執事「私はかつて、天女様を愛しておりました――ですが」

執事は真っ直ぐ媛を見据えた。

執事「お嬢様と生活を送る内、貴方は天女様ではない、天女様とは別の、お嬢様という存在であるのだと意識が変わっていきました」

赤いチューリップを媛に差し出す。執事もまた、花の力を借りていた。

執事「私もお嬢様をお慕いしております。主としてだけではなく、1人の女性として――」

媛「執事さん……」

92 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:16:24.53 ID:HIzJBHQO0
執事「っ」

媛はそっと執事の胸に体を寄せる。

執事は恐る恐るといった様子で、彼女の体を抱きしめた。

媛「もっと強く抱きしめて下さい」

執事「心配なのです…繊細な貴方を壊してしまわないかと」

媛「私は壊れませんよ。貴方が愛して下さる限り」

執事「お嬢様……」

目と目が合う。2人の目は夢を見ているように朧げだが、確かに互いの想い人を見つめていた。

媛「誓って下さいますか、執事さん」

執事「貴方が望むことならば」

媛「私を――永遠に守って下さい」

執事「それが貴方の願いならば――いや、」

執事から媛に口付けを交わす。唇へのキスは愛の誓い。

触れるように優しくて、それでいて情熱を秘めている唇は、しばらくの間離れることはなかった。

情熱がまだ冷めぬ頃、執事の方から唇を離した。言わねばならないことが残っていた。


執事「永遠に貴方を守る――それは、私の願いです」



Fin

93 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/12/20(日) 18:16:51.16 ID:HIzJBHQO0
ご読了ありがとうございました。また機会があれば執事ものが書きたいです。

過去作も宜しくお願いします
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/

94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 19:09:21.93 ID:13T/hHgSO

途中ドキドキしたけどハッピーエンドでよかった

95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 20:15:34.41 ID:l/NoxQSBo


96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 20:22:23.95 ID:EV02faULo

現魔王サイドの話も見たかった気がする

97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 21:06:49.10 ID:BbnvEZdvO
乙でした
後日談書いてもいいんだよ?(チラッ

98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 23:52:48.60 ID:AnB2OyJX0



posted by ぽんざれす at 08:19| Comment(4) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

僧侶「貴方を待ち続けて」

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:23:28.66 ID:+AkwQ9aA0
貴方を待ち続けて何度目かの春頃。
1人で迎える季節の変わり目は、何だか味気なくもあります。
あの頃私達は、花咲く道を共に散歩しましたね。

一緒に歩く時貴方の定位置だった私の右側は、今もまだ空けてあります。
訪問者のない家は、貴方を迎える為にいつも綺麗にしています。

貴方の為、貴方を待つ――それが今の私の原動力になっています。

だけど私、決して早く来てとは言いません。
貴方のやるべき事を全て終わらせて、やり残したことが無くなった時に――

僧侶「あらー、もうこんな時間なんだー」

私は時に急かされず、ゆっくり貴方を待ち続けます。


2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:23:46.07 ID:+AkwQ9aA0
魔王が勇者に討たれて半年――
人間による魔王軍の残党狩りは勢いを増していた。

魔人「グ…」

やっちまった――俺は自分の間抜けさを笑いながらも、内心は悔しさで一杯だった。
腹の傷口を抑えるが、当然溢れ続ける血は止まらない。急所を微妙に逸れているせいで、死ぬまで時間がかかるわ、出血多量でろくに動けもしないわで最悪だ。
しかも血の跡は見事に歩いてきた道を辿っていて、追っ手に見つかるのも時間の問題だ。

魔人「クッソぉ~…」

追い詰められていても、魔人の本能で殺意が抑えられない。
この傷を負う前まではいつもと同じように戦い、血で手を汚していた。その興奮はまだ冷めない。

魔人は死ぬまで魔人か――だから人間に恐れられるんだろう。

魔人(いいぜ、そんなら…最後の最後まで足掻いてやろうじゃねェか!!)

ガサッ、ガサッと草を踏む足音がする。
気配を消しもしないとは間抜けな追っ手だ――そんな間抜けに殺されるかもしれない、今の自分自身が頼りない。

魔人(来る…!)

俺は腹の激痛を堪えながら構えたが――

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:24:12.18 ID:+AkwQ9aA0
僧侶「…」ガサッ

魔人(ん?)

姿を現したのは追っ手とは思えないような、少し薄汚れた、儚げな女だった。
そいつは俺を見つけると少しの間ぼうっとしていたが、俺の腹の傷に遅れて気づき、

僧侶「…あぁー」

無感動で、鈍い反応を見せた。

魔人「何だ、お前は…」ギロ

女はゆっくり俺に近付いてきてしゃがみ、俺と目線の高さが同じになる。
魔人の俺に驚くわけでもなく、怯むわけでもなく、頭の弱そうな女だと思った。

僧侶「じっとしてて下さいねー」

魔人「…は?」

女は抑揚のない声で言うと、俺の腹のあたりに手をあてて、魔法を唱え始めた。
小さな光が傷口を照らし…

魔人「…あぢぢゃあぁ!!」

僧侶「…あれ?」

女は相変わらず鈍い反応をして首を傾げる。

僧侶「回復魔法のつもりだったんだけどなー…」

魔人「ま、魔人にとって聖属性の魔法は有害なんだよ!」

僧侶「…あぁー、そうでしたねー。すみませんねー」

魔人(この女…)ヒリヒリ

悪気は無かったようだが、反省も見られない。そもそも、この女からは感情というものが読み取れない。
喋り方はゆっくりだし発音もおかしいし、歌わなくても音痴だとわかる声。聞いているだけでどこかおかしくなりそうだ。

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:24:40.81 ID:+AkwQ9aA0
僧侶「ちょっと待って下さいねー」ビリリ

女は自分の服の袖を破くと、俺の腹の傷口にあて、強めに圧迫した。

僧侶「応急処置できましたよー。うちに来て下さったらちゃんと治療できますけど…」

魔人「待てコラ」

僧侶「え?」

魔人「お前人間だろ…!?何で俺を助ける?」

僧侶「えーと…理由がいるんですか?」

魔人「お前…俺を「残党狩り」に売るつもりか?情報提供すりゃ金が稼げるもんなぁ…?」

僧侶「…おぉーそういう考えもありますねー」

女は目をまん丸くさせる。

魔人「すっとぼけてるんじゃねぇ。他に理由なんて思いつかんだろ」

僧侶「あー」

否定も肯定もしない。…何だ、この女は。

魔人「…オイ、何か言え」

僧侶「考えてたんですよ」

魔人「何を」

僧侶「貴方を助ける理由です」

魔人「…」

女は、うーんと唸りながら考えるポーズを取った。何も考えてないような気の抜けた顔だが、真剣さは伝わってくる。
…何だろう、この女は、本当に調子が狂う。

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:25:07.15 ID:+AkwQ9aA0
僧侶「うーん、でも貴方が警戒するなら仕方ないですねー」

女は「よっと」と重そうに腰を上げて立ち上がる。

僧侶「まぁ気が向いたら来て下さい。この近くに住んでいます」

そう言うと女はこちらに無防備に背を向け、立ち去っていったが…。

魔人(…ん?)

歩みが遅い。女は杖をついていて、よく見ると右足が不自由そうだ。
ちょっとした道の凹凸で、歩くのに苦労しているようにも見える。

魔人「…」

そののっそりした動きがもどかしく感じて、俺の気分を変えるのに十分な時間を与えた。

魔人「待てコラ」

僧侶「はい?」

魔人「家まで送ってや…いででっ!!」

女を送ろうかと立ち上がった途端、痛みが大きくなり、そこにしゃがみ込む。くそ、格好悪い。

僧侶「…やっぱり、治療が必要みたいですねー」

魔人「ふ、ふん…」

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:25:40.38 ID:+AkwQ9aA0
女の家は人間達の社会から隔離されたような森の中に、ポツンと存在していた。

僧侶「散らかっててすみませんねー。そこに座ってて下さい」

女は物に伝い歩きしながら、治療道具らしきものを持ってきた。
それから俺の服をめくって治療を始める。喋りと頭の回転は遅い女だが、治療の手つきは手馴れていて手早い。

僧侶「はい、できましたよー」

魔人「あー…悪ぃな」

ありがとう、と言うべきなんだろうが、その言葉はどうも苦手だ。
だが女はそんなの気にしてないようで「いいえー」と呑気に答えた。

魔人「…お前は興味ないのかよ、魔王軍の残党狩りには」

僧侶「さぁー」

魔人「…さあって何だ」

僧侶「まぁ残党なら無差別に狩るのはどうかと思いますねー」

魔人「…本当に呑気な奴だな。つーかバカなのか」

僧侶「バカですか」

魔人「あぁ俺は魔人だぞ。魔人にとって極上の餌は何だと思う」

僧侶「…」

女は少し黙って考え込んだ後「あ」と小さく呟いた。

僧侶「人間」

魔人「そうだ。つまり…!」

俺は歯を剥き出しにして、女に詰め寄る。

魔人「俺はお前を食うかもしれねぇぞ…!」

僧侶「食べるんですか」

女は怯む様子もなく尋ねた。
怯えも見せないその様子に、俺はついムキになる。

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:26:12.79 ID:+AkwQ9aA0
魔人「かもしれねぇ、つってんだよ!どうだ、助けたこと後悔したか!?」

僧侶「食べるんですか」

さっきと同じ調子で言う。この女は本当に…。

魔人「お前な、自分が食われねぇとでも思ってんのか!?」

僧侶「あぁー、食べるんですね。困りますね」

女はようやく拒絶を表した。と言っても、両手を前に差し出す程度だったが。

僧侶「まだやり残したことがあるので、食べないで貰えませんかねー」

魔人「…もちっとマシな命乞いはないのか。段々ムカついてきたぞ」

僧侶「うーん」

こんな時でも女はマイペースに考えるポーズを取る。
駄目だ、この女とはテンポが致命的に合わない。

そして少し時間が経って女が発した言葉は、

僧侶「あのーお腹すいてます?」

魔人「…は?」

またもや、理解の追いつかないものだった。

僧侶「ご飯作るので、私を食べないで頂けませんかね」

魔人「…」

やる気を削がれて、俺は黙ってそれに頷いた。

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:26:46.89 ID:+AkwQ9aA0
魔人(…あの女、俺のことナメてんのか?それともただのバカか?)

食事を待ちながら色々考える。
俺はこれでも魔王軍の暴れん坊、鮮血の魔人と呼ばれた男だ。それがこうして、あんなボケっとした女に助けられたなんて…あぁ、口が裂けても昔の仲間にゃ言えやしねェ。
つっても昔の仲間も大分狩られたと聞く。俺は仲間意識が薄い方だったから、そんな噂耳に入っても特に何とも思わなかったが。

それよりも意外なのは、残党狩りを恐れてコソコソ隠れまわっている奴らもいるということだ。
魔王軍最盛期には暴れまくった奴らが、人間との力関係が逆転した途端コソコソするとは。

情けない奴らだ、と思う。俺は最後の最後まで戦って死んでやる、その気持ちはずっと変わらない。

僧侶「ご飯できましたよ~」

魔人「…おう」グギュルルル

が、今の調子で残党狩りと戦えば確実に死ぬ。体調が戻るまでは、このお人好しの好意に甘えるとして…。

魔人「」バクッ

僧侶「どうですかー」

魔人「…オイ」

僧侶「はい」

魔人「調味料、間違えてんじゃねぇのか…?何だこの奇跡の味は」

僧侶「奇跡の味…」モグ

僧侶「あ、これマズいですね」

魔人「…」

魔人(こいつ…この飯で命乞いしようとしたんだよな?)

呆れすぎて怒る気力すら無くなる。
まさかこんな手の込んだ嫌がらせする奴でもないだろう。…なら、やはりただのバカか。

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:27:12.88 ID:+AkwQ9aA0
僧侶「昨日作り置きしてたスープは美味しかったので、それ温めてきますね」

返事するより前に女はのっそり立ち上がり部屋を出て行く。
腹が減ってるのであまり待ちたくはなかったが、この不味い飯で我慢するのはもっと嫌だ。

魔人(体調が戻ったら食ってやろうかあの女…)

ガシャーン

魔人「!?」

今の音。何かが割れたんだろうが、何だろう、物凄~…く嫌な予感がする。
俺は恐る恐る、怖いもの見たさでそっとドアを開けた。そして後悔した。

僧侶「あだー」

魔人「…何やってんだ」

床には割れた卵や水が撒かされていて、尻餅をついた女は頭から粉を被っている。
恐らく床に撒かれてた水を踏んで転倒したのだろうが、どうやれば粉を被れるのか…いや別に答えを聞きたいわけじゃないが。

魔人「鈍臭い奴だな」

僧侶「あ、今片付けま」ゴッ

僧侶「いたた」

魔人「おい、今テーブルに頭ぶつけた時グラス倒れたぞ」

僧侶「あらら大変。布巾、布巾…」ベシャベシャ

僧侶「あったあった」フキフキ

僧侶「あれ、なかなか汚れが取れないなぁ?」

魔人「汚れた靴の裏で床を踏んでるからだあああぁぁ!!もういい、お前そこから動くな!!」

あまりの鈍臭い様子に、つい声を荒げてしまった。

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:27:45.11 ID:+AkwQ9aA0
魔人(ったく何で俺が…)フキフキ

僧侶「綺麗になりましたねー。ありがとうございました」

魔人「…いつもこんなに鈍臭いのか?」

僧侶「さー、失敗は気にしないようにしてますから」

魔人「前向きだなオイ」

僧侶「人間、前向きに越したことはないですからね」

魔人「前ばかり見るな!!自分を振り返って反省する必要があるぞお前は!!」

僧侶「あー」

僧侶「5年くらい前ですかねー。知人の恋を後押ししたんですが、その方結婚後旦那様から暴力を受けているようで、私が後押ししなければこんな事にはならなかったかもしれないとは今でも…」

魔人「そういうことじゃねええええぇぇ!!つーか知らねぇよ!!」

僧侶「ですよねー、たらればの話は無意味ですね」

魔人「そういうこと言ってんじゃねぇ!!その前の話だ!!」

僧侶「うーん、他に反省すべき事なんてあったかなー」

魔人「今日だけでいくつも見つかったわ!!」

駄目だ、この女。疲れる。致命的に。

11 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:28:21.70 ID:+AkwQ9aA0
ひどく疲れた後は腹が減り、出されたスープを一気に平らげた。味はまぁ、悪くはなかった。

僧侶「あら、後片付けくらい私がやりますよ」

魔人「いや、いい…自分のことくらい自分でやる」カチャカチャ

魔人(この女のドジっぷり目に入る方が疲れるわ…)

僧侶「洗ったお皿は置いておけば自然に乾くので、後はもうベッドで休んで下さい」

魔人「お前はどこで寝るんだ」

僧侶「あ、あれはお客様用のベッドなのでご心配なくー」

魔人「そうかよ」

女に遠慮しているわけではなかったが、人の寝床を奪いたいとも思わなかった。
遠慮なくベッドに横たわるが眠気はなく、自然と部屋の様子を見渡すようになる。

家具は質素だが、棚の上には置き物が色々ある。掃除はまめにされているのか、ホコリはかぶっていない。

魔人(あの女の趣味なのか…?)

リアルな木造の馬だとか刀をモチーフにしたものだとか、偏見だが男っぽい趣味の置き物ばかりだ。
まぁ、あの変な女が「女らしい」ものを好むとも思えなかったが。

魔人(ま、どうでもいいか)

そんなことを考えている内に時間は経ち自然と眠気はやってきて、緊張感は抜けないながらも俺は眠りについた。

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:24:08.26 ID:4u3It7xH0
夢を見た。

暗黒騎士「お前には反吐が出る」

魔人「うっせーんだよテメェは」

魔王軍が存在していた頃、俺はよく同じ魔王軍の暗黒騎士と言い争いになっていた。

暗黒騎士「戦意を失った者にまで牙を向けるのは賛成しかねるな。外道めが」

魔人「殺しに正義も外道もあるかよ。それに戦意を失ったなら見逃してやります、なんて甘い世界じゃねぇだろ」

暗黒騎士「戦う者として必要最低限の礼儀は存在するだろう」

魔人「それが甘いつってんだよ、その甘い考えがテメェの寿命を縮めるぜ!!」

暗黒騎士「お前のように品位を無くして長らえるより、己を貫いて早死にする方が遥かにマシだな」

魔人「あぁ、じゃあとっとと死ね!」

俺と奴の実力は同等だったが、価値観が真逆で、どうあっても相容れない奴だった。
奴は俺よりは人間に近い生物だったせいか、敵である人間に対して甘い奴だった。

俺は今でも俺が間違っていないと言えるし、奴もそうだろう。


だって奴は宣言通り、己を貫いて死んだのだから。

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:24:47.33 ID:4u3It7xH0
>翌日

魔人「ん…!」

人の気配にガバッと起き上がる。と同時に、急に起き上がったことで腹に痛みが走った。

魔人「っ~…」

僧侶「あら起きてたんですか」

魔人(お前の気配で起きたんだよ)

まぁ寝ながらも敵襲に対処できるように身につけた過剰な警戒心だから、自分のせいっちゃ自分のせいだが。

僧侶「朝食を置きにきました」

魔人「おう、悪い」

軽めの朝食は数秒で食い終わった。
後片付けだけでもしようと食器を持って台所に行ったが、女の姿がなかった。
まぁ席を外しているのだろうとあまり気にせず、客室に戻って再び横になる。
食う、寝る、戦うを本能としている魔人としては、寝てばかりというのも苦痛ではない。それに今は、体を治すことが大事だ。

魔人(寝てばっかで体力落ちたら、人間を食えばいいんだしな~…)ファー

20 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:25:14.21 ID:4u3It7xH0
魔人「…ん?」

少ししてから、部屋の向こうから人の話し声が聞こえて起きた。
聞こえる声は3つ。1つは女のものでいつも通りぽやっとしているが、残り2つの声はやや興奮気味だ。
何事かとドアを少しだけ開けて様子を覗いてみた。

玄関で女と何か言い合っているのが、武装した2人の男だった。

魔人(…残党狩りの奴らか?)

「本当に見ていないのか!?」

僧侶「本当に何のことやら」

「だが奴は怪我でろくに動けないらしいから、まだこの辺にいるはずだ!」

魔人(俺を探してんのか…?)

俺は臨戦態勢を取る。
まだ本調子じゃないが、戦えなくもない。

しかし…

僧侶「私は何も知りませんよ」

女はいつも通りの平然とした様子で言った。
残党狩りの奴らはまだ納得がいっていない様子があったが、やがて女から情報を聞き出すのを諦めたのか、帰っていった。

僧侶「ふー」

魔人「おい」

僧侶「あら、見ていたんですか」

魔人「いいのかよ、嘘ついちまって」

僧侶「殺し合いを避ける為ですから」

魔人(こいつ…)

女の平和ボケした回答に、俺は少しイラッとした。

21 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:25:45.24 ID:4u3It7xH0
魔人「…お前、やっぱおかしい奴だな」

僧侶「何がです?」

魔人「俺は元々魔王軍にいたんだぞ。人間も沢山殺している。俺は治ればまた人間を殺すかもしれねぇぞ」

僧侶「殺すんですか?」

魔人「残党狩りとの戦いがあるだろ!」

ここまで言っても変わらない呑気な様子に、俺はつい声を荒げた。
女は「うーん」と考える。

僧侶「でも、殺すかもしれないのは残党狩りで自分を襲ってくる人達ですよね?」

魔人「…それは正当防衛だって言いたいのか?」

僧侶「正当防衛じゃないんですか?」

魔人「いや、違わないが…」

僧侶「じゃあ誰も貴方を襲わなければ、もう貴方は殺しをしないんじゃないですか?」

魔人「そう…かもしれねぇが」

僧侶「じゃあ、これでいいと思います」

魔人「…」

女は相変わらずぽやっとしていたが、その眼差しは強かった。
自分の主張は間違っていない、そう揺るぎない自信を感じられた。

魔人(理屈としては間違っちゃいないが…)

22 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:26:26.04 ID:4u3It7xH0
魔人「無理だな、そりゃ」

僧侶「どうしてですか?」

魔人「俺は物心ついた時から戦い続けてきたんだよ。だから今更戦いをやめるなんてできねぇ」

そもそも残党狩りが盛り上がっている今、女の言う「誰も貴方を襲わなければ」なんてのも現実的じゃない。
それを実現できる環境は、コソコソ逃げ回らないと手に入らない。

魔人「コソコソ逃げ回る位なら、戦って殺された方がマシだ」

僧侶「でも逃げたから今生きてるんじゃないですか?」

魔人「…っ!」

鋭い指摘だった。
確かに自分は逃げた。そのお陰でこの女に拾われ、助かっている。
だがそれは一時的な休息のつもりで――

魔人「生きようとするのは本能的なもんだが、いつまでも逃げてるつもりはねぇ」

僧侶「…それで死んだら、助かった意味がないじゃないですか」

魔人「そうだよ、だからお前はバカだっつってんだよ」

僧侶「あ、そうか」

魔人「俺はバカの思考は理解できねぇ。だから、お前が残党狩りに俺を売っても全く驚きやしねぇ」

僧侶「それはしませんよ」

女はあっけらかんと答えた。
ここまで言っても理解できないのか、それとも強い信念でもあるのか?

魔人「…何でだよ」

純粋にこいつの思考が知りたかった。

僧侶「意味があると思うんですよね」

魔人「…は?」

23 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:26:53.59 ID:4u3It7xH0
僧侶「私が大怪我をした貴方を見つけたことにも、助けたいと思ったことにも、意味があると思うんです」

魔人「何だそりゃ」

宗教めいたものを感じる。そういやこの女回復魔法を使えるってことは、聖職者か。
俺はそこでこの女を理解するのを諦めたが、女は言葉を続けた。

僧侶「意味があると思うのでそうしているんです。私の為に」

魔人「あ?神の思し召しとやらじゃなくてか?」

僧侶「はい。自分が後悔しない為にです」

魔人「…」

あぁ、そういやこの女は反省しない女だった。
その時その時そうしたいことをしてきて、後悔のないように生きてきたんだろう。
俺も直感で行動する方だから、何となくわかる。

…と思ったが、その途端女は「うーん」とうなり始めた。

魔人「今度は何だ」

僧侶「間違ってたらどうしよう」

魔人「………」

今更かよ。

僧侶「考え始めたら頭痛くなってきましたー…」

魔人「どうするんだよ」

僧侶「考えるのやめます」

魔人「いいのかよ、それで」

僧侶「悩むよりはいいかと」

魔人「…」

あれこれ話したが、今ようやくわかった。
要するにこの女、何も考えてないわけだ。

魔人(って、見たまんまじゃねーか…まともに会話して損した…)

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:27:21.56 ID:4u3It7xH0
僧侶「うーん、でもどうも頭がもやもやするので、散歩行ってきますねー」

女は杖をつきながらひょこひょこした足取りで出て行った。
残された俺の方も何だかもやもやする。あの女は本当に俺の調子を狂わせる奴だ。


僧侶『でも逃げたから今生きてるんじゃないですか?』


あの正論が俺の心をぐさりと突き刺した。
魔王軍の暴れん坊として活躍を続けてきた俺にあんなにはっきり物を言ってくる奴は、暗黒騎士以来だ。

魔人(あークソ、俺は逃げちゃいねぇ…)

自覚はしている。俺は短気だし、すぐカッとなる。
一応恩人相手と分別はついていて、あれでも自分にしては穏やかに会話した方だと思う。

魔人(暗黒騎士のヤローにそんなこと言われたら…)

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:27:49.42 ID:4u3It7xH0
魔人「だああぁ、うっせーんだよテメェは!!」

暗黒騎士「正論を言われたらカッとなる。頭の悪い証拠だな」

魔人「うるせ、死ね!」

何か、こんな喧嘩しょっちゅうしていた気がする。暗黒騎士は俺とは真逆で理性的だった。
だから、あの噂はかなり衝撃的で――

猫男爵「なぁ知ってるか魔人、暗黒騎士の奴…」

魔人「ん?」

猫男爵「裏で人間の女と恋仲になっているらしいぞ」

魔人「ハァ!?あいつが!?」

猫男爵「ただの噂だけどなぁ。けど、魔王様の耳に入ったら…おぉコワ」

魔人(信じられねぇ…)

そのことでわざわざ嫌いな奴をからかうのも面倒なので、本人と直接その話をしたことはなかった。
あの真面目な奴が人間と恋仲だなんてデマである可能性が大きいし、事実だったとしても否定するだけだろう。

そんな噂があったが、噂が大きくなる前に魔王軍は壊滅し、暗黒騎士も死んだ。真相はもう、わからない。

31 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:51:56.30 ID:AkxA/VLB0
魔人「ふー」

ひと眠りして何とかカリカリした気持ちは収まった。女が出て行ってから結構時間が経ったようだ。
だが家の中に人の気配は無い。もしかして、まだ散歩から帰ってないのか。

魔人(遅いな…)

腹が減ってきたので、家にあった生野菜を1つかじった。嗜好としては調理したものの方がいいが、腹が減っていればこれでもいい。
それでも女はなかなか帰って来なかった。いくら足が悪いとはいえ、遅すぎる。

魔人(このまま帰ってこねぇんじゃないだろうな…)

あの女とは、心配してやるような間柄じゃあない。
だけど、自分の知らない所であの女にとんでもない事が起こっていたら――そう考えると、気に食わない。
気に食わない、それは俺を苛立たせるには十分な理由。

魔人(いつまでトロトロしてんだよあの女…)イライラ

ガチャ

魔人「お?」

僧侶「ただいま戻りましたー…」

魔人「どこまで散歩行ってきたん…」

女を出迎えに出て、言葉が詰まった。

魔人(は…?)

戻ってきた女は服も髪も土まみれの、汚れた格好をしていた。

32 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:52:25.18 ID:AkxA/VLB0
魔人「何があったんだよ…?」

僧侶「転んでしまって」

魔人「転んだ!?」

僧侶「怪我は回復魔法ですぐ治したんですけれど」

どれだけ大げさな転び方をしたんだ…と思いながら昨日のことを思い出す。
昨日も確か女は道のちょっとした凹凸で歩くのに苦労していたし、格好も薄汚れていた。
ってことはもしかして…

魔人「しょっちゅう、転んでいるのか」

僧侶「はい」

女は当然のような顔をして答えた。

魔人(こいつ…)

昨日の台所での騒動といい、もしかして不自由な足に慣れていないのかもしれない。
これが慣れていたら、不自由な体なりの対処法を身につけているはずだろう。
喋りも頭の回転もトロい女だから対処法を身につけるのは遅いかもしれない。だが、それ以前に――

魔人「お前…1人で暮らすの無理なんじゃねぇの」

僧侶「…」

女は珍しく押し黙った。

33 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:53:03.48 ID:AkxA/VLB0
魔人「俺が言えた義理じゃねぇけどよ…」

本当にこれは、ただのお節介だ。

魔人「人間が暮らす社会があるんだろ?こんな所に住んでねぇで、そこに行ったらどうだよ」

僧侶「それはちょっと…」

魔人「何でだ?トロいからいじめられるのか?」

僧侶「いえ、そういうわけじゃないんですけれど」

魔人「じゃあ何で」

僧侶「…待ってる人がいるんです」

魔人「待ってる人?」

僧侶「はい」

心なしか、女の顔に「色」がついたような気がした。
初めて女から感情が伝わってくる。それは暖かさだったり、嬉しさだったり――

僧侶「約束しているんです、ここに帰ってくるって」

好意。俺が知らないその気持ちは、こうも人を変えるものかと、俺は言葉が出ない。

僧侶「だから私、ここで待ち続けます」

魔人「…そうかよ」

俺は、皮肉の1つも言えなかった。

34 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:53:33.69 ID:AkxA/VLB0
魔人「けどよ…散歩は危ねぇんじゃないのか、最悪どっか打って死ぬぞ」

僧侶「そうですねー」

女はいつもの調子に戻る。

僧侶「まぁ死なないよう気をつけます」

魔人「…転ばないよう気をつけてはいないのか」

僧侶「気をつけても転ぶんです」

魔人「じゃあ気をつけても死ぬんじゃないのか?」

僧侶「あー」

………

駄目だこの女、やっぱりバカだ。

魔人「…散歩はやめらんねぇのか?」

僧侶「そうですねー…運動は必要ですし」

魔人「じゃ、今度から俺がついていってやるよ」

僧侶「…え?」

35 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:54:18.85 ID:AkxA/VLB0
魔人「俺の怪我が完治するまで、お前が転ばないように俺がついていってやるってんだ」

こうはっきり言うと恥ずかしくなり、言った後顔を背けた。
女はポカンとしている。

僧侶「どうしてですか?」

魔人「あ?」

僧侶「親切にして頂ける理由が、思い当たりませんけれど…」

魔人「…そうだな」

助けられた恩を返すって性分ではない。
ただ何となく、この女の鈍臭い行動を見ていられないというか…

魔人「意味があると思ったからだ」

僧侶「…え?」

勿論、この女からの追求をストップさせる為のでまかせだ。
だけれど…

魔人「そうしたいと思った」

それだけは、間違いなかった。

魔人「…そうでもしねぇと完治するまでの間、ずっとイライラしそうだしな」

僧侶「そうですか」

女は納得したように深く頷くと、小さく微笑んだ。

僧侶「では、お言葉に甘えて…宜しくお願いします」

魔人「…」

それは初めて見た、女の笑顔だった。

魔人(…何だよ、普通に笑えるんじゃねぇか)

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:54:56.60 ID:AkxA/VLB0
>翌日

女の散歩の時間になった。俺の体調も、散歩に付き合える程度には回復した。
女の不自由な右側の方に回り、森の中を並んで歩いた。

僧侶「気持ちいいですねー」

女の歩みはゆっくりだ。足の不自由さだけでなく、この女自身ののんびりした性格もあるのだろう。
俺にはもどかしい早さだが、この女の散歩なので文句は言わない。

僧侶「毎日歩いてても、景色って変わっているんですよ」

魔人「景色を事細かに覚えているのか?」

僧侶「いえ、全然ですねー」

相変わらず、よくわからん女だ。

女はたまによろめくことがあったが、転ばずにバランスを取って歩いていた。
この分なら危険はなく、家に戻れるような気がした。

魔人「楽しいのか?」

僧侶「はい」

魔人「どこが?」

僧侶「自然とか、動物とか、好きです」

魔人「そうか」

俺にはわからない感性だった。

僧侶「森は色んな「命」が集まっているので、好きです」

それでもこの女には、欠かせない楽しみなのだろう。

と、その時。

僧侶「あっ」ヨロッ

魔人「っ!?」

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:55:26.79 ID:AkxA/VLB0
転ぶ――そう思った時には体が動いていて、女の体を支えていた。
女はふうっとため息をついて体制を立て直す。

僧侶「ありがとうございましたー…危なかったです」

魔人「…今、何に躓いた?」

女の足元を見るが障害物らしきものはない。
だが女は、前方を指差して「あれです」と答える。

あれ…ピョンピョン跳ねる、バッタ?

魔人「…あいつか?」

僧侶「踏みそうになってしまって」

魔人「そうかよ」

聖職者なら虫も殺せないのかもしれない。知らんけど。
まぁ虫を避けているつもりでも、転んだ拍子に殺してるかもしれない…っていう意地悪な発言はやめておくか。

魔人「そりゃ歩くのに苦労するわな」

僧侶「苦労なんて、思ってはいけないんです」

魔人「あー…?差別がどうのこうのって配慮か?」

僧侶「いいえ、そうでなくて…」

魔人「?」

僧侶「この体…受け入れないと、駄目なんです…」

俯きがちに言った女の声は、心なしか少しだけ暗い。
何か後ろめたい理由を抱えている…そう察した。

魔人「そうかよ」

だけど、俺は聞かなかった。それを聞ける程、この女との仲は進展していない。
まぁきっとこれからも聞くことはないだろうから、俺は明日には忘れているだろう。

44 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:18:58.95 ID:MTQwmVOE0



魔人「いてて…」

包帯をはがす際、包帯に固まった血が張り付いて、肌を引っ張られた。
地味な痛みがじわじわくる。

僧侶「大丈夫ですか?」

魔人「あー、ガキじゃねぇしこれ位はな」

僧侶「そうですか」

女は手早く包帯を取り替えると、救急箱に出していたものをしまい始める。
夜の治療が終わり、俺はふと気になっていたことを口にする。

魔人「そういやこの部屋の置き物はお前の趣味か?」

僧侶「え?」

魔人「いや、何か男っぽいと思ってな」

そう言うと女は考えるようなポーズを取る。あぁ、また考えるのに時間がかかっている。

魔人「そんなに難しい質問だったか?」

僧侶「いえー、私の趣味ではないんですけれどね、でも好きですよ」

魔人「はぁ…?」

僧侶「これを集めたのは、大切な人なんです」

あぁ、なるほど。大切な人間が集めたものだから自分にとっても大切、ということか。なら「趣味じゃない」と一言でバッサリもできなかったわけか。

魔人「恋人か?」

ポトッ

魔人「あ?」

女は手に持っていた包帯を床に落とした。
顔は無表情だが…動揺した?これくらいで?

僧侶「だ、駄目ですよ。そういう話はデリケートなんですからー」

魔人「あーそうか、わり」

異性に興味を持ったこともなく、恋愛とは無縁だったせいか、そういう配慮がわからない。
けどこの反応、この女には好きな男がいるんだろう。

45 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:19:26.44 ID:MTQwmVOE0
魔人「おい、わかんねぇことがあるんだけどよ」

僧侶「何ですか?」

思い浮かべたのは暗黒騎士のこと。
あいつにもよろしくない恋愛ごとの噂があったが。

魔人「その、好きって気持ちってのは我慢できないもんなのか?」

噂が本当だったなら、暗黒騎士は我慢できなかったんだと思う。
あの堅物が我慢できなくなることなんて、想像もつかなかったが。

僧侶「そうですね…その気持ちが大きければ、我慢できないと思います」

魔人「じゃ、好きになることを許されない奴を好きになっちまったら?」

僧侶「とても、辛いと思います」

魔人「気持ちがわかるのか」

僧侶「私はそうじゃないけど…想像はできますね」

そういうものなのか。さっぱりわからん。
暗黒騎士も辛い思いをしたのか。まぁ、あいつが辛かろうと知ったことじゃないが。

魔人「まあ、お前はそうじゃなくて良かったな」

僧侶「そうですねー…」

魔人「障害のない恋をしてるのか」

僧侶「えぇ」

魔人「こういう話はデリケートなんじゃなかったのか」

僧侶「あ」

女の動きがぴたりと止まった。
しかしこれ以上話を追及するのはいじめになるかもしれないので、もうやめておこう。

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:20:05.22 ID:MTQwmVOE0
次の日も散歩をした。

僧侶「お花綺麗ですねー」

魔人「昨日も咲いてたぞ」

僧侶「あ、そうでした?」

そんな他愛ない会話をする。
今日は昨日より曇っていて少し肌寒いが、心地が悪いという程じゃない。女も少しだけ厚着して対策している。

魔人「雨が降った時は散歩はどうしてるんだ?」

僧侶「家にいますねー」

魔人「じゃ、散歩の途中で降ったら?」

僧侶「濡れて帰ります」

まぁ、そうだろうな。

魔人「もし降ったら、担いでもいいよな?」

僧侶「そこまでして頂くのは悪いです」

魔人「お前の為じゃねぇ。雨の中お前のペースに合わせて歩きたくないけど、置いていくのも色々心残りだろ」

僧侶「私、重いですよ?」

魔人「女1人抱えるのを重たがるような魔人は魔人失格だろうが」

僧侶「…そうですか」

女は納得したように頷いた。

僧侶「それじゃあその時は、甘えてしまいますが…」

女がペコッと頭を下げたその時だった。

僧侶「あっ」ヨロッ

魔人「っ!」

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:20:30.83 ID:MTQwmVOE0
唐突によろめいたのでこちらもつい焦り、少し乱暴に女を受け止めた。

魔人「わり、どこか痛くねぇか」

僧侶「い、いえ」

魔人「頭下げた拍子にバランス崩すとかアホかって…そう簡単に頭下げなくていいから」

僧侶「………あの」

魔人「あ?」

女はかなり萎縮しているようだった。
何事かと、女から離れる。

魔人「どうした」

僧侶「いえ…」

魔人「何かあったんだろ。はっきり言えや」

この女にしてははっきりしない態度が気になり、強めに聞く。
女は「じゃあ」と遠慮がちに言った。

僧侶「男の人と密着するの…恥ずかしくて」

魔人「…」

そうか。

魔人「わり」

僧侶「あ、いえ」

治療の際に俺の肌を見たり触ったりしたのは大丈夫だったのに…。
まぁよくわからないが、そういうものなんだろう、多分。

魔人「で、好きな男とはまだ密着してないのか」

僧侶「」

魔人「わり」

俺はデリカシーに欠けるらしい。
質問したのは軽い気持ちだったのだが、女にとっては絶句するような質問だったそうだ。

48 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:21:01.26 ID:MTQwmVOE0
魔人「まぁ、そいつが帰ってくるまでには俺も出て行くようにするから」

僧侶「あれ…言いましたっけ私…?待ってる人が、その人だって…」

魔人「…言わなくても何となくわかるだろ」

僧侶「…」

女が複雑そうな顔をして顔を抑える。
これは…どういう感情だ?

僧侶「そんなに鋭かったら、物を言うの怖くなるじゃないですかー…」

魔人「お前が鈍すぎるだけだ」

僧侶「うー」

何だか納得いっていない様子。
最初の頃はよくわからん奴だと思ったが、こうやって観察してみると、結構わかりやすい奴かもしれない。
案外からかえば面白いかもしれない…と、よからぬ気持ちが芽生える。

魔人「ところでその男はお前を置いて今、何やってんだ?」

この質問も軽い気持ちだった。
だから女の回答は予想外で――

僧侶「わからないんです」

魔人「あ?」

僧侶「行方不明みたいで」

魔人「は…?行方不明って…」

49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:21:28.75 ID:MTQwmVOE0
僧侶「当初は手紙が届いていたんです。だけど3ヶ月くらい前から手紙が途絶えて…」

魔人「その男がどこ行ったのか、わかってねぇのか…?」

僧侶「はい…」

女はうつむく。

僧侶「彼…旅をしていたんです」

魔人「あー、そうか…。最後の手紙には書いてなかったのか、行き先」

僧侶「えぇ、手がかりになりそうなことは」

魔人「ふーん…」

話を聞いて思いつく可能性は2つ。
男が死んだか、女が捨てられたかのどっちかだ。

魔人「待ってても帰ってこねぇんじゃないか」

僧侶「かもしれませんね」

そう思うのも当然といった感じで、女は動揺する様子なく答えた。

僧侶「それでも、待つと約束したんです」

魔人「帰ってこなくてもか?」

僧侶「はい」

そう答える女の口調は柔らかいが、瞳には強い意思が込められている。

僧侶「例え何があっても、私は彼を待ち続ける――」

僧侶「そう、約束したんです」

魔人「…」

この女自身がそう言うならと、俺は口出しするのをやめた。

50 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:22:09.01 ID:MTQwmVOE0
不器用な生き方だ。
そりゃあ、男がいつか帰ってくる可能性はゼロじゃない。だけど3ヶ月――さほど長期間でもないが、突然連絡が取れなくなったとなれば、悪い想像をするのが普通ではないか。
だとしても、女は待ち続けるのだろう。約束だからか、帰ってきてほしいという強い願望からか。

魔人(ぽやっとしているようで、情熱的なもんだな)

帰ってきてからも、そんなことばかり思っていた。

俺が寝泊りしているこの部屋は、本来は男が使うはずだったものだろう。
飾り気がなく質素な家具、刀や馬の置き物。残された物から想像すると、この部屋の主は「男らしい」趣味を持っているように思える。
あの1人で生きていくのが困難な女を守り、支え、引っ張っていけるような、本当に男らしい男だったのだろうか。

魔人(だとすりゃあの女が依存するのもわかる)

恋愛感情というのがよくわからない俺は、依存、としか表現できない。

魔人(死んでればまだいいけど、女を捨てたんだとしたら…最悪だな)

どちらにしろ帰ってこないことに違いはないが、前者と後者では印象が真逆だ。
勿論その事実を確かめる手段も存在しないのだが。

魔人(…って何で俺がこんなこと考えなきゃいけねぇんだよ)

魔人(…暇だからだな)

魔人(まだ本調子じゃねぇけど、そろそろ出て行く用意しておかないと――)

最近、調子が狂っていると感じていた。それもこれも、あのぽやっとした女といるせいだと思った。
この平和ボケした生活に慣れてはいけないと、本能的に危機感を覚え始めている。

戦って死ぬ覚悟は――大丈夫だ、まだ、無くなっていない。

55 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:37:46.53 ID:zorRjnWi0
>次の日

魔人「今日の飯は不味いな」

僧侶「あらー。やっちゃいましたー」

魔人「まぁまだ食えるからいいけどな…」

この女の料理の出来はその時その時で全然違う。
見た目は悪くないので基本ができていないわけではないだろうが、いつ発揮されるかわからないドジっぷりが料理の味を変えるのだと思う。
とにかく口に入れるまで味が全く予想できないのは、この平和ボケした生活において最大のスリルでもあった。

魔人「今日も天気が良さそうだな…食ったら行くのか、散歩」

僧侶「はい。それで、そのー…」

魔人「ん?」

僧侶「今日はちょっとだけ遠出したいんですけれど…」

女は遠慮がちに言う。「少しの遠出」でも、その足では結構時間がかかる。
だが俺は時間を持て余しているわけで…。

魔人「あぁ、いいぞ」

僧侶「ありがとうございます」ペコッ

魔人「どうでもいいけど礼言う時に頭下げなくていいから…昨日みたく転ぶぞ」

僧侶「…」

昨日のことを思い出したのか、女はフリーズする。
俺は女がそんな反応したのを見て、忘れかけていた昨日のことを思い出す。

魔人「…飯、冷めるぞ」

僧侶「あ、はい」

俺は平気なんだけど、意識されると気まずくなる。ったく、鈍そうな割にウブな奴だ…。

56 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:38:20.17 ID:zorRjnWi0
飯を食って片付けをしたら、いつも通り俺は女の右側に立って散歩を始めた。
今日は遠出をする予定なのでペース配分を考えているのか、いつもよりゆっくりめだ。

僧侶「歩く早さを変えたら、見える景色も変わってきますねー」

魔人「お前、そんな鋭い感性の持ち主じゃないだろ」

僧侶「でも違うんです」

魔人「どう違うんだ?」

僧侶「…うー、言葉で説明しようとしたら頭痛くなってきましたー」

魔人「わり」

しかし女の言うこともわかる。俺は大抵いつも走り回っていたから、景色なんて気にしたことはなかった。
だけどこの女の散歩に付き合うようになってから、色んな景色が目に入るようになった。
森の中では鳥が木に巣を作ったり、虫が葉を食ったり、色んな生き物が森の中で共存し「社会」を作っている。
注視せずに見ていて毎日同じように見えていた光景でも、こうやってゆっくり歩くことによって、ちょっとした変化を感じれるのだろうと思った。

僧侶「そういえば魔人さんも野生としての感性も鋭い種族だそうですが」

魔人「まぁ、そうかもなぁ」

少なくとも生物として、人間よりは耳も鼻もずっといい。
自分にとっては敵襲に備えたり、敵を発見する為の能力でしかなかったが。

僧侶「じゃあ魔人さんは、私よりも沢山の自然の流れを感じているんですね」

魔人「…」

どうなんだか。
その能力があっても、自分にその気が無ければ感じ取れるものではない。

魔人「ま、小動物の1匹でも近付いて来れば教えてやるよ」

僧侶「それは嬉しいです」

森には色んな生物が集まっているが、どんな生物なのかは大体気配でわかる。
虫には気付かないかもしれないが、鳥か、小動物か、獰猛な獣なのか――

魔人「――!」

――人間なのか。

魔人「人間の気配がする…俺は隠れる!」バッ

僧侶「あっ」

57 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:39:31.55 ID:zorRjnWi0
俺が物陰に隠れて十数秒後、武装した3人程のパーティーがやって来た。恐らく残党狩りの連中だろう。
パーティーの奴らは険しい顔をしながら、女に近づいていく。

「お久しぶりです」

そう言われ女も会釈する。
どうやら顔見知りのようだ。

「散歩ですかな?」

僧侶「えぇ、まぁ」

「あまり出歩かない方がいいですよ。この辺に魔王軍残党が逃げ込んだという情報もありますから」

残党狩りの間で情報が広まるのは早い。
人間が近づいてきたらわかるから、女といる所を見られてはいないと思うが。

僧侶「でも自分を襲ってこない人間を襲う残党はもうほとんどいないと聞きます」

「だが種族によっては人間を食らう者もいます。腹を減らした奴に食われる危険もある」

「なので安全だとわかるまで出歩かない方が」

僧侶「出歩くのやめても、家に入られたら逃げられませんよ?」

相変わらずのぽやっとした返答に、3人組も苦笑を浮かべていた。

「やはりもう、近くの街に引っ越された方が…」

僧侶「いえ、その気はありませんねー」

「こう言っては何ですが、彼はもう…」

僧侶「でも、信じているんです」

魔人(…女の思い人の話か?)

「ですが我々の情報網でも、彼の行方はわかっていません」

魔人(残党狩りの情報網に引っかかるような奴なのか…?)

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:40:27.19 ID:zorRjnWi0
僧侶「死んだ…という情報も入っていないですよね」

「ですが…」

「情報屋が姿を消すというのは、よほどの理由があるに違いない」

魔人(ふーん、情報屋だったのか、その男)

僧侶「…彼、強いですから。信じていますよ」

女の口調が強くなる。奴らの言葉を強く否定しようとする気持ちが込められているようだった。

「そりゃまぁ、彼の実績はかなりのものですが」

「貴方の補助が無くなったのは結構な痛手かと」

僧侶「…」

魔人(足を悪くする前はあの女も一緒に行動してた…ってことか?)

「彼が残党狩り時代に築いた実績も――」

魔人「――ん?」

ちょっと待て。残党狩り時代?

「貴方の補助の力が大きかったかと…」

僧侶「…」

魔人「…」

なるほど、大体わかった。

あの女は思い人と一緒に残党狩りをやっていた。だが女が足を悪くしたせいか他の理由があるのか、とにかく残党狩りをやめて、女は男を待つ立場になった。
残党狩りは俺の敵。あの女は元、残党狩り。
だからといってあの女への感情が悪くなったということはない。だが、疑問は生まれる。

魔人(何で元々残党狩りをやっていた奴が、俺のこと助けたんだ?)

59 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:41:18.49 ID:zorRjnWi0
少し会話を交わした後、残党狩りの連中は女と別れた。
匂いが大分遠くに離れた後、俺は姿を現して女の側に寄った。

僧侶「…聞いてましたよね、全部」

魔人「あー」

やはり自分が元残党狩りだということがバレて気まずいのか、女の口調は暗い。

魔人「ま明日になりゃ忘れるな」

僧侶「…?」

魔人「さほどお前に興味ねーよ」

僧侶「まぁー」

間延びした返答だが、いつも通りの反応になった。
これで少しは気まずいのが解消された…と思いたい。

僧侶「でも彼もしかして、間接的に貴方を傷つけたことあるかも…」

魔人「んなもん、いちいち気にしてられねーよ。つか直接戦ったことはないのか?」

僧侶「無いと思いますねー」

魔人「本当にか?」

僧侶「えぇ…彼は残党狩り時代、逃がした敵はいませんでしたから」

魔人「へー」

そりゃ凄いと感心したが、女は気まずそうだ。

魔人「俺は仲間意識は薄い方だから、誰が狩られても気にしねーよ」

僧侶「え?あ、そうですかー…」

ん。こいつが気にしていることは、そういうことじゃないのか?

僧侶「あの」

魔人「ん?」

僧侶「暗黒騎士…って方、知ってますか?」

魔人「…っ」

60 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:41:53.40 ID:zorRjnWi0
急に出た名前に驚いた。
仲間との関係が希薄だった自分と喧嘩仲だったのだから、魔王軍の中でも(悪い意味で)印象が強い奴ではあった。

魔人「そりゃ勿論知ってるが…」

僧侶「魔人さん、彼との仲は…」

魔人「最悪だ」

僧侶「そうですかー…」

女は何か考えているようだ。
しかしここで名前が出るということは…

魔人「何だ。まさか暗黒騎士を狩ったのが、お前の思い人か」

僧侶「…そうです」

魔人「はーん」

認めたくないが、暗黒騎士は魔王軍でも上位に位置する強さを誇っていた。
それを狩ったのなら、女の思い人の強さは本物だろう。

魔人「暗黒騎士を倒せる奴を殺せそうなのは、魔王軍には少数だ」

僧侶「そう…ですか?」

魔人「あぁ」

事実を伝えただけで、女を励まそうという意図はない。
それでも女にとってはわずかにでも希望を与えられたのか、わかりやすく表情が明るくなった。

僧侶「やっぱり、信じて待つことができそうです」

魔人「…」

少しだけ罪悪感。俺は、男が帰ってこない可能性の方が高いと思っている。
ここで希望を与えてしまったのは、女にとって良いことなのか、どうなのか。

魔人(…って何で俺がそんなことまで考えなきゃいけないんだ)

61 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:42:24.48 ID:zorRjnWi0
しばらく歩き、湖畔に辿り着く。
女は草むらに腰を下ろし、ふうっと疲れたようにため息をついた。

僧侶「静かー…」ポカポカ

魔人「そうだなー…」

僧侶「気持ちいいー…」

魔人「あー…」

僧侶「綺麗ー…」

魔人「…」

………

駄目だ、静かすぎて落ち着かん。

魔人「うー…」ウズウズ

魔人「!」

と、俺のアンテナにあるものが引っかかった。

魔人「ちょい席外す。1人でも大丈夫だな」

僧侶「あ、はい。しばらく動きませんのでー」

魔人「そうか。じゃ」

俺は女に背を向けると全速力で駆けた。
久々の全力疾走で体が訛ってきていることを実感する。こりゃ、まずい。
まぁ運動不足は後から挽回するとして、俺はそいつの所に辿りついた。


魔人「おいコラ!」

猫男爵「!?」

魔人「久しぶりだなぁオイ」

猫男爵「魔人…!!」

そいつは、魔王軍の中では比較的喋る仲だった猫男爵だった。

62 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:43:10.30 ID:zorRjnWi0
魔人「よく生きてたな、お前」

猫男爵「まぁ人間達から上手く逃げ回っていたからな」

俺の嫌いな生き方だ。とはいえ今時期生き残ってる奴は実力者か、逃げ回っている奴かのどちらかだろう。

猫男爵「情報によると今こっちの方は残党狩りの連中が少ないらしい。それで来たんだが、お前もか?」

魔人「俺が情報収集なんてすると思うか」

猫男爵「しないな」

魔人「臆病モン同士で情報のやりとりして、それで上手いこと逃げ回ってんのか?」

猫男爵「耳が痛い」

呆れた話だ。
しかし奴らの情報の中に、俺の恥ずかしい現状が入っていないようでそれは安心する。

魔人「まぁ情報集めりゃ便利は便利かもな」

手負いの状態で弱い奴に殺されるよりは、強い奴と戦って死にたい。
そういう意味じゃ暗黒騎士は理想の死に方をした――と思った時、あることが思いついた。

魔人「なぁオイ」

猫男爵「何だ?」

魔人「暗黒騎士を殺した奴のことなんだが――」

63 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:43:37.33 ID:zorRjnWi0
>湖畔

僧侶「すやすや」

僧侶「んー…」

僧侶「あらぁ…ここは」ウトウト

魔人「ようやく起きたか」

僧侶「あら魔人さん…あ、そうか寝ちゃったんですねー」

僧侶「結構薄暗くなってますねー…随分お待たせしてしまって」

魔人「いやいいよ、別に」

僧侶「お腹空いてますよねー…急いで帰りましょうか」

魔人「俺はその辺のもの食ってたからそうでもない。腹減ってるのはお前の方だろ」

僧侶「…はい」グウゥ

魔人「こっちのが早い」ヒョイッ

僧侶「あっ」

抱え上げると女は恥ずかしそうな顔をする。
何だか気まずそうで、目も合わせてこない。

これ以上意識されては困るので、

魔人「とっとと帰るぞ」

俺はあえてぶっきらぼうに言った。

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:44:07.61 ID:zorRjnWi0
魔人「ところで」

僧侶「はい」

家に戻り食事を摂っている時、俺は話を切り出した。

魔人「明日は俺の用事に付き合え」

僧侶「魔人さんの用事ですかー?」

女は首を傾げる。

魔人「…まぁ俺よりもお前の用事なんだが」

僧侶「~?」

魔人「とりあえず明日はもっと遠出するってことだ。いいな?」

僧侶「あ、はい。でももっと遠出ってなったら何日かかることか…」

魔人「俺がお前を背負っていくからいいだろ」

僧侶「っ!」

女の顔が赤くなる。あぁ、本当にこいつはウブだ。

魔人(どうしたもんかな…)

用事の内容を教えないことに、これという理由が無かった。
ただ――どうも気乗りしなかった。自分がこの女の為に何かしてやった、という事実が気恥ずかしい気持ちもある。
だけど、知っていることを自分の口から伝えたくなかった。
それよりはこの女が実際その目で見て知る方がいい――それは女の為じゃなく、自分の気分だ。

要するに自分の言葉で女の心に影響を与えたくなかった。
ただそれだけの、小さな理由。

魔人(…あー女々しい)

そんな自分にイラつきつつも、明日のことを1人抱えながら眠りについた。

65 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:44:56.15 ID:zorRjnWi0
今までの人生、戦って、食って、寝てを繰り返し、ほとんど変化なく過ごしてきた。
早熟な魔人族に生まれ、物心ついた時からずっとそうだった。
魔王に命じられるまま、人間相手に暴れた。深く考えたことはなかった。
自分に人望はなく、部下を任されることもなかった。煩わしいことを嫌ったので、その方が良かった。

誰かと接し、人の気持ちを考えることについて経験不足だった。


だからか――


僧侶『私が大怪我をした貴方を見つけたことにも、助けたいと思ったことにも、意味があると思うんです』

誰かの無条件な優しさに触れたことも、

僧侶『でも逃げたから今生きてるんじゃないですか?』

それでいて、突き刺さるような言葉を言われたことも、

僧侶『だ、駄目ですよ。そういう話はデリケートなんですからー』

俺が何か言えば感情がコロッと変わることも――

要するに全てが新鮮だった。人の気持ちに触れる、という体験は。
それは決して自分にとって不快なものではなかったが、踏み込むのに躊躇してしまって。

自分に何か言い表せない、新しい気持ちが芽生えようとしている気がした。だけどその気持ちを育ててしまっては、自分が自分でなくなるような、そんな恐怖心もあった。
恐怖心――それは自分にとって否定したい気持ち。だから新しい気持ちが芽生えることから、目を背けようとする。

正直言うと、俺は現状に戸惑っていた。

71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:43:34.30 ID:KW2Os1hn0
>翌日

僧侶「…」

女はだんまりだ。抱えられていることへの羞恥心だろうけど。
気にしないようにして、俺は全速力で駆けた。

魔人「怪我、ほぼ完治したみてぇだ」

僧侶「そうですねー…」

この女の元を去る時が近付いているわけだが、これに対し女はどう思っているのか。
相変わらず何も考えていないのだろうか。…だとしたらムカつくな、少しだけ。

僧侶「あのー…どこまで行くんですか?」

魔人「まぁ、あと少しだ」

猫野郎に聞いた話ではこの辺に――
感じ取った。人間達の匂いだ。

魔人「この辺だ。ちょっと下ろすぞ」

僧侶「あ、はい」

魔人「俺はちょっとこの辺で用事を済ませておく。お前は…あっちに人間の集落があるから、そこにいろ」

僧侶「わかりました」

杖をつきながら集落に向かう女の背を見送る。

胸に感じるのはもやっとした違和感。これは何という感情なのか。
自分は魔人だから、人間達の集落に入れない。だからこの先起こることを見られない。

魔人(違うか…)

それはただの言い訳で、見られる状況だったとしても、自分は目を背けただろう。
それが女への配慮なのか、それとも気まずいからか、答えはわからない。
だがそのどちらも、以前の自分では考えられない理由だった。

自覚しそうになった慣れない感情から目を背け、俺は自然とその場から足が遠のいた。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:44:01.81 ID:KW2Os1hn0



僧侶「ふぅー」

僧侶が重い足取りで集落に足を踏み入れると、集落の人々は遠目に彼女を見た。
だが、彼らの視線はすぐに温和なものに変わる。それは彼女の格好が聖職者とわかるものであり、それでいて足が悪い「弱者」であるという2つの要素が、彼らの警戒をといていた。

「あらあら、お疲れでしょう。お茶をどうぞ」

僧侶「えぇ、すみません」

「こんな辺境の地にわざわざ何用で?」

僧侶「旅のついでに少しだけ」

僧侶は当たり障りのない嘘をつく。
集落の者はその理由を受け入れたようで、「ごゆっくり」と言って彼女から離れて行った。

僧侶(小さな集落)

それが、ぱっと見の印象だった。
こう思っては失礼だが、建物は皆ボロボロでみすぼらしく、この集落が貧しいということがひと目でわかる。

僧侶はこの集落が救われるよう祈りを捧げた。
それから思う。久しぶりに聖職者らしいことをした、と。

73 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:44:30.17 ID:KW2Os1hn0
僧侶(お茶飲んだけど…)

空になった湯飲み茶碗を持ちながらキョロキョロする。お茶をくれた人はどこへ行ったのだろう。
まさか地べたに置いておくわけにはいかないし…。

僧侶「うーん」

「どうされました?」

僧侶「あっあの…」

振り返った。そして、

僧侶「――っ」

僧侶の思考が一瞬停止した。

だって、そこにいたのは――


戦士「…」

僧侶「あ、あぁ…」

会えない日々を憂いて、ずっと、ずっと待っていた。
その人が、いたのだから。

74 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:44:56.98 ID:KW2Os1hn0
ただ、おかしいのは――

戦士「何か?」

僧侶「いえ、その…」

彼の反応だ。
私を見て、こんな他人行儀な反応をするわけがない。

なら他人の空似?
そんなわけがない。少し痩せたけれど、顔も、声も、喋り方も、間違いなく彼だ。

僧侶「…あの」

意を決して、話を切り出そうとした。
その時。

修道女「どうされました?」

戦士「あ、修道女」

僧侶「!」

自分と同じく、聖職者の格好をした女性がやってきた。
修道女はその足を、自然と戦士の隣に運ぶ。

僧侶(あ――)

2人が並ぶ。ただそれだけの姿を見て、僧侶の直感は冴え渡った。
互いが互いに向ける視線、2人の間にある雰囲気を見ただけで、それはすぐに感じ取った。

この2人は――

75 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:45:22.85 ID:KW2Os1hn0
魔人「…」

あの女はもう、会えただろうか。


猫男爵『暗黒騎士を殺した奴だが――』

猫野郎の言葉が思い出される。

猫男爵『どうやらヘマやって、残党達に袋叩きにされたらしい』

魔人『じゃ、死んだのか?』

猫男爵『いや。近くの集落に逃げ込んだみたいだが――』

魔人『――っ!!』

それは俺にとって予想外すぎる展開だった。
その後の猫野郎の説明によると、そいつは何とか命拾いしたようだが――

猫男爵『過去の記憶が、全部無くなったらしいぞ』

76 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:47:42.42 ID:KW2Os1hn0
「兄ちゃん、遊ぼうぜー」

戦士「あぁいいぞー、皆も集めてきなー」

僧侶「…」

子供達に囲まれる戦士を見て、僧侶は複雑な気持ちが沸く。

修道女「元々男手の少ない集落でしたから――彼はこの集落の助けになって下さいました」

彼女が語るには、壊れた家の修理をしてくれたり、迷子になった子供を助けてくれたり、村を魔物から守ったり――そうして、集落の人々と打ち解けていったそうだ。

修道女「今では、この集落に欠かせない存在となりました」

僧侶「…」

記憶を失った所で人間性は変わらない。
それならそうなるだろう。自分が好きになった彼は、明るくて優しく、誰にでも好かれる、そんな魅力的な人だ。

「兄ちゃん、剣教えてくれよー」

戦士「ははは。俺との約束をちゃんと守っているか?」

「うん、強い男は弱い女の人を守れ、だよね!」

「俺、母さんの手伝い毎日やってるよ!

戦士「えらいぞ!よし、じゃあそこに並べー」

僧侶「…」

彼の様子を見て自然と笑みがこぼれる。
誰かが言ったように、彼は死んでなんていなかったし、自分を捨てたわけでもなかった。信じていたけれど、それは100%ではなかった。
だけどそのどちらでもなく、彼は以前と変わらない様子で、こうして元気に存在している。

変わったのは、過去を、私を忘れてしまったことだけ。

77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:48:12.24 ID:KW2Os1hn0
修道女「彼を知っていらっしゃるんですね」

僧侶「…」

魔人さんにといい、最近の自分は気持ちを読まれやすくなったみたいだ。

修道女「彼は、どのような過去を…」

彼女は不安そうな表情を浮かべる。
あぁ――その表情は、彼を想うからこそだろう。そして自分もきっと、そんな顔を浮かべているんだろう。
同じ気持ちを持つ者として、彼女の気持ちが痛い程伝わってくる。

僧侶「彼は――」


ずっと待っていた。
互いに同じ気持ちを持っていた。

彼の温もりを今でも鮮明に思い出せる程、強く強く抱きしめられた過去があった。

彼を待つことだけが、自分の生きる活力だった。

だけど今は――

修道女「…」

僧侶「…彼は残党狩りをやった後、情報屋になったんです」

彼はもう、帰ってこない。

僧侶「彼は、いい友人でした」

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:48:43.88 ID:KW2Os1hn0
私は笑えていただろうか。
今、彼と想い合っている人を不安にさせないように。

今はもう一方通行になった気持ち。
無理に引き戻そうなんてしてはいけない。そうすれば彼も彼女も困惑するだけ。

僧侶「彼は天涯孤独の身ですから――」

私が身を引けばいい。
そうすれば彼も、彼女も、心残りなく幸せになれる。

僧侶「ですから――」

締め付けられるような痛みを堪え、心の中で叫ぶ。

私は、彼を愛していた。

だからせめて私は――

僧侶「彼が幸せになれるよう祈ります」

自分が身を引いたのが最善だったと思えるように、祈る。
彼を忘れることができるようになるまで、毎日祈る。

今はそれしか、この気持ちを収める方法が思い浮かばなかった。


83 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:47:41.30 ID:IK6jdd6z0
魔人「…」

結構時間が経った。女はきっともう、真実を知った頃だろう。

あの女は傷ついたんだろうか。

知って傷つくのと、知らずに待ち続けるのと、どっちが良かったのか。
答えは出せない。だって男が記憶を失った時点で、どちらにしろマイナスでしかないんだから。

魔人(あークソ…)

こんなことでもやもやする自分にイライラする。

魔人(けど、ここに連れてきた俺にも少しは責任があるか…)

責任。前まで自分と縁のなかった言葉。
責任があるからといって、どうすれば良いのかは全然わからない。

魔人(…ま、女の様子見てから考えるか)

本当、戦い以外のことには無能だと思う。
無能…自分で思って自分でイラッとする。

と、その時。

魔人「…っ!」

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:48:09.72 ID:IK6jdd6z0
野生の勘が働く。
嗅覚にも聴覚にもひっかかるものはない。
だが殺気――それだけは間違いなく感じる。

魔人「おい…誰だ!」

暗殺者「勘がいいな…流石、魔王軍の実力者」

魔人「!」

そいつは目の前に現れた。
何もない空間から唐突に、姿を現したのだ。

魔人「はー、人間の魔法技術も進んでんだなぁ」

どういう魔法かはわからない。だがそんなもの考えても仕方ない。
俺はただ、俺を討とうとする奴を返り討ちにするのみ、

魔人「やるんなら相手するぞコラ」

暗殺者「…」

暗殺者は無言で刃物を取り出す。
動作は静かだが並々ならぬ殺気――

魔人「面白ェ」

久しぶりの戦い、この手を鮮血に染めたいという欲望に駆られる。
俺は笑った。それは戦いの嬉しさに興奮する、魔人の本能からか。

魔人「行くぜコラァッ!!」

俺は一気に駆け、伸ばした爪でそいつに襲いかかった。

85 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:48:39.03 ID:IK6jdd6z0
爪は宙を裂く。
相手の身は軽い。連続攻撃をかわされ、距離を取られる。

魔人「でりゃああぁっ!!」

それでも俺は攻めの姿勢を崩さない。
責め続けることで、事実、相手は反撃できずに回避に専念している。
ここから反撃が来るのか、それとも俺の攻撃が当たるのか、それは読めない。
戦略――そんなものは考えていない。

魔人「オラ、オラ、オラアァッ!!」

攻め続けるのは俺のスタイル。
勿論それは万能ではなく、死にかけたことだって何度もある。

それでも――

魔人「どうしたオラアァ!!逃げるだけかよ、臆病なヤローだなあぁ!?」

俺は攻める以外の方法を取ろうとは思わなかった。

暗殺者「く…」

振った爪が相手の衣服を裂く。
段々勘がつかめてきた。この爪が肉を裂き、鮮血に染まるのにはそう時間がかからないだろう。

魔人「く、くくくっ」

鮮血の感触を思いだし、ゾクゾクする。
平和ボケした生活に染まっていたが、やはりこれが俺だと、安心感を覚えた。

攻めて、攻めて、攻めて――

魔人「死ねコラ――」

暗殺者「――っ!」


殺れる――そう確信し手を振り上げた時だった。


魔人「――っ!?」

86 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:49:09.11 ID:IK6jdd6z0
痛みが全身に走り、血が吹き出た。
体を貫いたそれが姿を現したのは、次の瞬間。

魔人(矢…!?)

どさりと地面に倒れる。
血が垂れ、赤みがかった視界には、複数の人間が映った。

あぁ、そうか――

魔人(馬鹿か俺は…同じ魔法で、他にも潜んでやがる可能性は十分あったろうが)

今更気付いても遅い。
そして、その内の1人が、剣を持って俺に近づいてきた。

魔人(殺られる…!)

死にかけるのは人生で何度目か。
いつでも俺は間抜けだった。知恵なんて回らないし、敵の策には見事にひっかかる。

それでも俺は、

魔人「コソコソやりがって、クソ共が…!!」

気持ちまで弱ることなんてできなかった。

戦って死ぬ。それが本望。
死ぬなら最後の最後まで自分らしく。

だって俺は、死ぬのなんて――

暗殺者「死ぬがいい――魔王軍の残党よ」






僧侶「やめて下さい…っ!!」

魔人「!?」



死ぬのなんて、怖くない――はずだった。

87 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:49:34.99 ID:IK6jdd6z0
初めて聞いた、女の大声だった。
そこにいた奴は全員、女の方を振り返る。

僧侶「やめて下さい…お願いします!」

女は不自由な足ながら、急いでこちらに向かっている様子だった。

魔人(あの馬鹿…転ぶぞ)

女が聖職者とわかる格好をしているせいか、暗殺者どもは女を無視せずに待っている。
女は側に来ると、ハァハァ息を切らしながら声を発した。

僧侶「お願いします、その方を見逃して下さい…!!」

暗殺者「そうはいかない…こいつは魔王軍の残党だ」

僧侶「その方は人を襲いませんから…」

暗殺者「この身体的特徴は魔人だろう。こいつは魔王軍の暴れん坊で、大勢の人間を殺したと聞く」

魔人(馬鹿な女だな…)

見逃してもらおうとは思っちゃいない。そもそも、俺は更生なんかしちゃいない。

そうだ。この女との出会いが俺を変えるなんて――そんなわけ、ないだろ。

それだというのに、この女は――

僧侶「ここ数日彼を見てきた私が保証します…彼はもう、無害な存在です」

どうしてこう、適当なことをほざけるのか。

88 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:50:07.22 ID:IK6jdd6z0
暗殺者「だが、こいつは人殺しの罪を償っていない」

暗殺者達はもうこれ以上、女の話を聞く気はないようだ。
奴らは武器を持って俺に群がってきた。

僧侶「やっ――」

――その顔、やめろ。

俺は人間に憎まれながら死んでいく、それは当然のことと受け入れていた。
なのにどうして、本当に死にそうな場面になって――

僧侶「やめて下さい…」

俺を庇う奴が現れる?

魔人「馬鹿じゃねぇの…」

たった数日過ごしただけの仲だ。俺はあの女の大切な存在になる程、何もしちゃいない。

この女はお人好しか、博愛主義なのか――だとしたら、


僧侶「やめてえええぇぇぇ―――っ!!」




――どうしてそんな悲しそうな顔、するんだよ?



あぁ、そうか。


悲しませているのは、俺か。

89 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:50:34.39 ID:IK6jdd6z0
魔人「気に食わねぇな…!!」

暗殺者「!?」

俺は起き上がり、暗殺者の刃を素手で掴む。
それだけの動作で傷口が激しい痛みが走ったが、とにかく――

魔人「おい馬鹿女、泣くのはやめろや!!」

僧侶「!」

腹立たしいことこの上なくて、俺は痛みを無視した。
大人しく伏せていたらあの馬鹿女が泣きやがる。

魔人「オイコラ、この通りピンピンしてっから勘違いすんじゃねぇよ、馬鹿が!!」

嘘だ。頭はフラフラするし、相当無理している。
それでも弱っているのを悟らせない為、顔を必要以上に強張らせた。

暗殺者「ば、馬鹿な…」

そこで暗殺者どもが勘違いを始める。

「あれだけのダメージが効いていないのか…」
「怒りに着火した様子だぞ…」
「まずいんじゃないのか…」

あぁ、こいつら怯んでやがる。
やはり根は臆病な人間どもか――これは好機かもしれない。

魔人「テメェらァ…」ニタァ

暗殺者「!」ビクゥ

魔人「調子こいてんじゃねぇぞコラアアアァァ――ッ!!」

そして俺は力任せに――


渾身の一擊で、地面に大穴を空けた。

90 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:51:01.92 ID:IK6jdd6z0
暗殺者「お…おおぉ…」

――痛ってぇ

けど奴らは明らかに動揺している。なら…

魔人「キレちまったぞ、オイ…!!」ガシッ

暗殺者「!!」

俺は近くにいた暗殺者の襟首を掴んだ。
そのままそいつに顔面を近づけ、大きな口を開けて…

魔人「食っちまうぞ、オラアァァ!!」

暗殺者「――っ!!」

そいつの頭にかじりつこうとした時――

ヒュン

魔人「…チッ」

俺は首を後ろに反らす。
それから首があった位置を、弓矢が通過した。

暗殺者どもの1人が「撤退しろ」と叫ぶ。
それから俺が掴んでいた暗殺者は俺の手を弾き、仲間たちと撤退していった。

魔人(馬鹿じゃねぇの)

あのまま戦い続けていたら俺を確実に仕留めることができていた。
俺のハッタリに騙されやがって、これだから――

魔人「…っ!!」ガクッ

僧侶「魔人さん…!」

91 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:51:31.53 ID:IK6jdd6z0
その場に崩れると、すぐに女が駆け寄ってきた。

魔人「無理させやがって、この馬鹿女が…」

僧侶「えっ。私のせい~…なんですか?」

魔人「ったりめーだろうがぁ!!」

八つ当たりに近い叫び声をあげる。
この女のせいで命拾いした。そのせいでこんなに痛い思いをしている。
だから俺が今苦しんでいるのは、全部この女が悪い。

魔人「お前のせいでまた死に損ねたじゃねぇか…」

僧侶「あのー、死にたかったんですか?」

魔人「そんなわけねぇだろ」

僧侶「~?」

女が混乱し始めた。
この馬鹿女は、俺が理不尽な逆ギレをしてることすら気付いていない。

魔人(けど、まぁ…)

この女のおかげで命拾いしたのは事実。
なら――

魔人「…ありがとよ」ボソッ

僧侶「え?」

魔人「…」

僧侶「すみません、よく聞こえませんでした」

魔人「何だとコラ…」

僧侶「申し訳ないんですけど、もう1回…」

魔人「…」

あぁ恥ずかしい。クソ…

魔人「ありがとう、って言ったんだよ!!聞き逃すんじゃねーよ!!」

僧侶「…あぁ~」

女は納得したように頷いた。
何だこの反応は…もう2度と言わん。

92 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:52:09.18 ID:IK6jdd6z0
魔人「…会えたかよ、思い人には」

僧侶「…はい」

女の表情は暗い。やはり、思わしくない結果だったのか。

僧侶「でもお陰様で、諦めがつきそうです」

魔人「そうかよ…」

僧侶「でも」

魔人「?」

僧侶「あの人を失った日に、魔人さんまで失いかけるなんて――貴方はひどい方です」

魔人「あ?」

女は俺の胸に縋り付く。
一体何を言っているのか、俺には理解不能だった。

魔人「俺を失うだ?馬鹿か、俺はお前のもんじゃねぇ」

僧侶「でも、大切な方です」

魔人「いつの間にそうなった」

僧侶「歩くのを助けて頂いたり、一緒にお食事したり…」

魔人「んなもん、大したことじゃねぇだろ」

僧侶「でも、私にとっては大切な思い出です」

魔人「…」

やはりこの女を理解するのは無理か――
けれどまぁ、

魔人「いつまでもシケた面してんじゃねぇよ」

この女が泣くのを止めることができた。
今は、それでいいか。

93 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:52:36.63 ID:IK6jdd6z0
魔人「さて…帰るか」ヨロッ

僧侶「えっ」

俺は立ち上がる。頭がフラフラする…が、少し休んだのでさっきより調子はいい。

魔人「お前、1人じゃ帰れねぇだろ」

僧侶「けど、体を治してからでないと…」

魔人「どこで療養するんだ?」

僧侶「…」

魔人「心配してんじゃねーよ」

この女を抱えて家に戻るくらいなら不可能ではない。
帰った後は…

魔人「とにかく今は早くこの場を離れたい…残党狩りの情報が広まるのは早ぇからな」

僧侶「…はい」

こうして俺たちは、その場を後にすることにした。

94 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:53:04.12 ID:IK6jdd6z0
帰った後、俺は無理がたたってブッ倒れた。

僧侶「魔人さん、3日間も眠りっ放しだったんですよ」

目が覚めた時、女からそんなことを言われた。
女の目の下にはくまができている。あぁ、寝ずに看病してくれたわけか。

しかし意識が戻ってもろくに動くことができず、ほとんど寝たきりの生活が続いた。
その間も、女は俺につきっきりで看病してくれた。

僧侶「はい、お口開けて下さいー」

魔人「おー…あぢゃぢゃああぁ!!」

僧侶「あー、すみません」

魔人(この女…)ヒリヒリ

相変わらずドジだったが。

最初は思い人の事を引きずってか、何となく女の雰囲気が暗かった。
だが慌ただしい日を過ごす内に、次第に女は以前の調子を取り戻していった。

魔人「今日の飯も不味いぞ」

僧侶「あらー…」

調子を取り戻すのと同時に飯の味が落ちる、という不可解な現象も起こったが。

99 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:37:53.80 ID:Gqsp30dn0
そして俺が目を覚ましてから、一週間近く経過した。

魔人(あー、そろそろ動けるんじゃねぇかな)

ベッドで上半身だけぶんぶん振り回すが、不調は感じられない。
ほとんどベッド上で過ごしていたので、体がウズウズして仕方なかった。

魔人(明日あたり、久々の散歩に付き合うかな)

と思った、その時。

ドガシャーン

魔人「!?」

厨房の方から、いやーな音がした。

100 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:38:21.82 ID:Gqsp30dn0
僧侶「いたたー」

魔人「おい、大丈夫か!?」

僧侶「あ、椅子の足に引っかかってしまいまして。えぇお尻打っただけです」

魔人「気をつけろよ…ったく、そそっかしい」

俺は女に手を差し出して、立つのを手伝ってやった。

僧侶「ふふ」

魔人「あ?」

僧侶「魔人さん、随分優しくなりましたねー」

魔人「…気のせいだ」プイ

僧侶「そう言えば、もう体は大丈夫なんですか?」

魔人「あぁ、お陰さんでな」

僧侶「そうですかー…」

魔人「…?」

心なしか、女の様子が少し暗くなったような気がした。

魔人「どうかしたか?」

僧侶「え…あ、いえ」

魔人「誤魔化すな、気になるだろ」

僧侶「あう」

本当にこの女はわかりやすい。

僧侶「魔人さん…お茶淹れるので、少しお話しませんか?」

魔人「俺がやる。熱湯かぶりかねんからな、お前は」

僧侶「あらーすみませんねぇ」

101 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:38:50.07 ID:Gqsp30dn0
俺は2人分の茶を淹れると、食堂の椅子に腰掛け女と向かい合った。

僧侶「フーフー」

魔人「猫舌だったか」

僧侶「えぇ、まぁ」

って、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。
まぁ、この女のペースは俺よりも随分ゆっくりだから、仕方ないか。

僧侶「魔人さん、もう体大丈夫なんですねー…」

魔人「さっきも話したろそれ」

僧侶「あ、そうでしたねー」

魔人「頭でも打ったか」

僧侶「頭ー…いえ、打ってませんよ」

魔人「こないだのがいい機会になったんだし、街に引っ越せばどうだ?その足で1人暮らしは無理だろ」

僧侶「…」

あ、まずかったか。
吹っ切れていたように見えたが、やっぱりまだ引きずっていたか。

僧侶「あの魔人さん」

魔人「ん?」

僧侶「また…残党狩りと戦う日々に戻るんですか?」

魔人「…」

102 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:39:28.61 ID:Gqsp30dn0
魔人「俺もここで大分平和ボケしちまったが…」

ここに来た頃自分にあった攻撃性は、今ではもう大分削がれてきた。
人間を食いたいとも思わなくなってきたし、積極的に戦おうという意思もない。

だが――

魔人「仕方ねぇだろ」

人間は俺を憎んでいる。憎まれるようなことをしてきたから仕方ない。
でも黙って殺されてやる気はないから、襲ってきた残党狩りは返り討ちにする。

魔人「そういう日々しか送れなくなるような生き方をしてきた。だから仕方ねぇだろ」

僧侶「そんなことありません」

魔人「あ?」

僧侶「大分前に言ったこと覚えてますか。私が貴方を助けたことには意味があるんじゃないかって」

あぁ、そういや言ってたな。
その今でも理解しがたい理由がどうしたというのか。

僧侶「私は…貴方に死んでほしくありません」

魔人「あー…けどそれは難しい話で」

僧侶「戦わなければいいじゃないですか」

魔人「あ?」

僧侶「ですから…」

女は恥ずかしそうにうつむいた。

僧侶「ずっと…ここに居ればいいじゃないですか」

魔人「…」

103 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:40:12.17 ID:Gqsp30dn0
俺は何と返事すればいいのか。
予想外すぎて何も言うことができなかった。

僧侶「ここでしたら、人と遭遇自体ほとんどしませんし」

確かに、この家を訪問する奴はいない。

僧侶「魔人さんの衣食住位ならお世話できます」

生きていく上で重要なものへの心配もいらない。

僧侶「ですから――」

魔人「…はい、とは言えねぇ」

僧侶「え?」

そう、受け入れるわけにはいかない。

魔人「俺はコソコソ逃げるのが嫌いなんだよ」

――違う

魔人「緩やかに老衰して死ぬなんてのは、魔人族の恥だ」

――そうじゃない

魔人「死ぬなら戦いの中でだ…それだけは譲れねぇ」

――そうじゃなくて…


僧侶「魔人さんは、生きていたいはずです」

――っ!

僧侶「そうでないと、2度も命拾いするはずないでしょう」

魔人「…あぁ、そうだな」

僧侶「なら――」

魔人「…違うんだよ」

僧侶「え?」

104 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:41:09.73 ID:Gqsp30dn0
魔人「俺は生きていたい…」

戦いの中で死にたいという気持ち、生きたいという気持ち。
その相反していそうな気持ちは確かに、元々両方持ち合わせていた。

だけど、前とは違う。

魔人「怖いんだよ」

僧侶「…怖い?」

魔人「…今まで死にかけたことは何度かあった」

だというのに…

魔人「死ぬのが怖いと思ったのは、この間が初めてだ」

何日か気を失っていて、目を覚ました時に実感した。
「生きていて良かった」と――

今まで、そんなこと思ったことないのに。

それもこれも全て…

魔人「お前といると、俺がおかしくなっていく」

僧侶「私…ですか?」

他に、言い表しようがなかった。

魔人「あぁ、お前のせいだ!そのボケーっとしたペースに俺を巻き込みやがって!これ以上平和ボケしたら、ますますおかしくならぁ!」

僧侶「どう、おかしくなっていくんですかー…?

魔人「そりゃ…色々だ、色々!」

俺は女から顔をそらした。自分でもこれは逆ギレだと自覚はしている。

僧侶「そうですかー」

だが女は、

僧侶「それは魔人さんが変わってきている証拠ですよ」

魔人「…は?」

そう言って、ニコッと笑った。

105 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:41:49.34 ID:Gqsp30dn0
僧侶「自分で気付いていらっしゃるじゃありませんかー。魔人さんは変わってきているんですよ」

魔人「…そりゃ良くねー変化だ」

僧侶「魔人族としてはそうかもしれませんが…今の時代に適応しているんじゃないですか」

魔人「時代に適応だ…?」

僧侶「はい。臆病者の方が長生きしているじゃありませんかー」

魔人「誰が臆病者だぁ!!」

僧侶「魔人さんのことじゃありませんよー…」

魔人「言葉のチョイスが悪かったんだな?けどな、今まで散々人間に危害加えておいて今更逃げようなんてのは…」

僧侶「魔人さんはとても真面目な方ですね」

魔人「違ぇよ!!」

これも言葉のチョイスが悪かったんだと思う。
真面目、と言われると反感を持つ。

僧侶「でも、ある意味人間に対して誠実であると思います」

魔人「そういうんじゃ…」

僧侶「…私や彼は、敵に対して誠実じゃありませんでした」

魔人「…は?」

何故急に、この女の話が…?

僧侶「私の過去、聞いて頂けますか…?」

女の様子が変わった。
きっと、話したいんだろう。

魔人「あぁ…話してみろ」

僧侶「私――」

106 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:42:54.85 ID:Gqsp30dn0
僧侶「彼と協力して、暗黒騎士の命を奪いました」

魔人「あぁ、そうだったな」

それは前にも聞いた。

魔人「別にそんなのは大したことじゃ――」

僧侶「暗黒騎士には、恋仲である人間の女性がいました」

魔人「…っ」


猫男爵『なぁ知ってるか魔人、暗黒騎士の奴…裏で人間の女と恋仲になっているらしいぞ』


いつぞや猫野郎からそんな噂を聞いた。
噂がまだ大きくなってない内に魔王軍は壊滅したから事実は有耶無耶だったし、そもそも本気にしちゃいなかったが――

魔人(まさか本当だったとはなぁ…)

あの堅物が。現場を見ていないと、どうしても信じられないが。

魔人「で…それがどうかしたか?」

僧侶「暗黒騎士を討った後――その女性、自害されたんです」

魔人「…そうか」

女は罪悪感を感じているようだが、俺は特に胸糞悪くはなっていない。
見知らぬ女の自殺よりも、見知った目の前の女がそれを引きずっていることの方が、どちらかというと大事だ。

魔人「どうしようもねぇ話だろ。それにどうあっても成就しねぇ恋じゃねぇか」

僧侶「その女性、自害する時に――」

魔人「ん?」

僧侶「私に呪いをかけたんです」

魔人「な…」

107 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:43:41.13 ID:Gqsp30dn0
呪術の類は詳しくない。
だが呪いの効果が大きい程、危険は高いことは知っている。

魔人「まさかその女、命を捨てて呪いを――」

僧侶「だとしたら、私が今生きていることは運が良かったですね」

女はそう言って笑った。

僧侶「結果的に、足だけで済みました。だけどこの足では残党狩りは続けられないし、それに――」

魔人「それに?」

僧侶「女性1人を自害させてしまって…続けられるはず、ないじゃないですか」

魔人「…あぁ、そうだな」

自害した女の逆恨みだと俺は思う。禁断の恋に手を出したのは、その女の方だ。
だけどそれだけで割り切れない、気持ちだとか、感情だとかが入ると話は変わってくる。
今は何となく、それがわかるような気がした。

僧侶「だから私達逃げたんです、戦うことから」

魔人「…」

女が言っていた「誠実」の意味は、こういうことか。
もう2度とこんな思いはしたくないから、逃げた。女に恨まれて死なれた事実と、向き合うことはせずに。

魔人「けど、それの何が悪いんだ?」

僧侶「そう思うのでしたら、同じことですよ魔人さん」

魔人「あ?」

僧侶「魔人さんが逃げることだって、悪いことじゃないんですよ」

魔人「いや…それとこれとは話が違うだろ」

108 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:44:19.87 ID:Gqsp30dn0
僧侶「この際だから全部言っちゃいますねー魔人さん」

魔人「あ?」

僧侶「私が魔人さんを助けた理由」

魔人「は…それって確か…」

意味があると思ったから、では…。

僧侶「前に話した理由もあるんですけれど、もう1つあって――あの時の私を思い出したんです」

魔人「あの時?」

僧侶「この足がこうなった時です」

女は自分の不自由な足をさする。

僧侶「彼女が自害して数日後でしょうか――私と彼がいた洞窟の壁が崩れ、私、1週間位生き埋めになっていたんです」

魔人「は…」

女はさらりと言ったが、何気に壮絶な体験じゃないか?

僧侶「生き埋めになった時、彼だけは助かってほしいと願っていたんですが、その反面――」

僧侶「寂しくて、痛くて、死ぬのがとても怖くて――」

魔人「…」

僧侶「だから助けられた時、本当に嬉しかったんです」

その時のことを思い出したのか、女の顔には安心感が満ちていた。

109 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:44:57.35 ID:Gqsp30dn0
魔人「まさか、その時のお前に俺を重ねて助けたとか言うのか?」

僧侶「魔人さんは本当に察しがいいですねー」

魔人「お前が悪すぎるんだよ。あの時の俺はまだ死ぬのを恐れちゃいなかった」

僧侶「そうですねー」

その時の女と重なる気持ちは「痛い」だけだ。
助けられた時は運が良かったとは思ったが、嬉しいという気持ちではなかった。

僧侶「だけど今の魔人さんなら、その気持ちをわかって下さいますよね」

魔人「…あー」

この前暗殺者達に殺されかけた時には「怖い」が増えていた。
最初の頃の俺がこの話を聞かされても、全然ピンとこなかっただろう。

僧侶「だから私…貴方を助けたくなって、それで…」

魔人「…」

僧侶「…」

言葉が止まる。どうしたことか。

僧侶「…うー、何か、ごちゃごちゃになってきましたー…」

魔人「あーそうかい」

この女なら仕方ない。

けど昔のこの女のことは知らないが、そんな体験をしなければこの女は、俺を助けなかったかもしれない。
それが女の言う「助けたいと思った意味」なのか。

魔人(この女が俺を助けて、助けられた俺は変わっていって――)

それに何か、意味があるというのか。

110 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:45:25.86 ID:Gqsp30dn0
魔人「…なぁオイ」

僧侶「はい…?」

俺はこの女が言うように、意味があるなんて思っちゃいない。
だけど――

魔人「俺を助けた意味はあったか?」

この女にとってはどうだったのか。それを聞いておきたかった。

僧侶「えぇ、ありました」

魔人「それは良い意味で?」

僧侶「はい」

女は俺を真っ直ぐ見据えて言った。

僧侶「大切な人が、増えました」

魔人「…そりゃいいことなのか」

僧侶「勿論ですよ」

魔人「そうか」

それなら良い。

111 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:45:52.89 ID:Gqsp30dn0
魔人「助けられた身として、俺もお前に誠実でないとな」

僧侶「…?」

女は首を傾げる。
俺だって何でこんなこと思うのかわからないし、それに何か恥ずかしい。だが、そうしなければならない気がして。

魔人「助けて良かった、って思わせるのが、1番の恩返しだよな」

だけど俺は、その方法がわからない。

魔人「どうすればお前は、そう思える…?」

だから馬鹿正直に、聞くことしかできない。

僧侶「貴方が――」

女は躊躇せず、それを口に出す。

僧侶「生きていて下されば――そう思えます」

魔人「そうか…」


俺は、その言葉を受け入れることにした。

117 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:21:47.40 ID:Hye/S/uT0
言葉を受け入れる――それは死なないように生きていくということ。
とすると戦いを避けることになり、女の言う通り、ここで暮らしていくことになった。

魔人「ん、人間が来るぞ」

僧侶「あ、宅配の方ですねー。魔人さんは隠れていて下さい」

平穏――俺には受け入れがたい言葉だったはずなのに、抵抗なく受け入れている自分がいた。
ここでの生活に変化はない。今まで通り、女の作る飯を食い、片付けを手伝って、散歩で足を伸ばす。

前の生き方から「戦い」が無くなっただけで、物足りなくもあったが、

僧侶「あ、カモの親子。珍しいですねー」

魔人「あぁ、そうだな」

平穏の日常の中にある細かな刺激や変化に、気付けるようになっていた。

118 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:22:18.18 ID:Hye/S/uT0
魔人「おい」

僧侶「あの魔人さんー…」

魔人「ん?」

僧侶「私のこと、いつになったら名前で呼んで下さるんです?」

魔人「…」

俺とこの女の関係も、徐々に変化してきている。

魔人「呼ばなきゃ駄目か?」

僧侶「えぇ、呼んで頂きたいです」

魔人「…」

魔人「…ぅりょ」ボソッ

僧侶「え?」

魔人「えーと、だから……う、りょ…」ボソボソ

僧侶「~?」

魔人「あああぁぁ、そうりょ、僧侶っ!!聞き逃すんじゃねぇよ!!」

僧侶「私が悪いんですかー?」

魔人「…いや俺が悪い」

119 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:23:00.73 ID:Hye/S/uT0
魔人「あー、掃除めんどくせー…」

部屋にホコリがたまろうが気にならないが、居候の身ではそうもいかない。
僧侶は、俺の寝泊りしている部屋には足を踏み入れなくなってきた。

魔人(これのせいだよな…)

出て行った男が置いていった、馬や剣の置き物。片付けるのが面倒で、俺はそれをそのままにしていた。
だが僧侶にとっては、男を思い出してしまう物なんだろう。

魔人(でも思い出を処分すんのもなぁ)

俺と僧侶は恋仲じゃない。だから男との思い出の品が俺の嫉妬心を煽るだとか、そういうことはない。
この思い出の品をどうするかは、俺にとってどうでもいい問題だったりする。

魔人(ま、あいつに何も言われねぇ限り、このままでいいか)

僧侶「お風呂沸きましたよー」

魔人「おー、今行く」

120 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:23:28.84 ID:Hye/S/uT0
ここでの生活を受け入れてから、毎日はゆっくり過ぎていった。
その間俺は徐々にだが、自分でも驚く程平穏な日々に適応していった。

変化しているのは俺だけでなく、世の中の流れもだ。
有害な魔王軍の残党の大半が狩られた為か、残党狩りの勢いは徐々にだが失われていっている。
それは戦闘職を必要としない世の中――つまり平和へと、世の中が適応しているということ。

僧侶「この方最近人気みたいですけど、魔人さん知ってますか?」

魔人(わ。猫野郎…)

僧侶がたまに買う新聞で情報を得る。
魔王軍の残党の中には改心して、人間と共存する者も現れ出した。

少し前なら考えられなかった。それでも世の中はゆっくりと、変化している。

俺は変わることを恐れていた。
だが変わってしまえば「こんなものか」と思う。

俺が憎まれていたのも以前の話。
平穏な世の中は、俺を忘れていく。
俺の命を狙う者も、俺が戦う理由も無くなっていく。

時代の流れとしてはそれでいいのかもしれない。



だが――

魔人「良くねぇよな、このままじゃ…」

俺は、決意を固めた。

121 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:24:15.10 ID:Hye/S/uT0
僧侶「ふぅ~」

その日の活動を終え、僧侶は食堂で一息ついていた。

魔人「ちょっといいか」

僧侶「あら魔人さん、珍しいですね起きているなんて」

魔人「あぁ、ちょっと大事な話がな」

僧侶「大事な話…ですかー」

俺は僧侶の正面の椅子に腰掛け、向き合う形になった。

僧侶「何ですか、大事な話って」

僧侶は不思議そうな顔をしている。
さて、どうやって切り出すべきか…。

魔人「…なぁ、生きたまま地獄に落ちる方法って知ってるか?」

僧侶「えーと…?」

遠回りな切り出し方に、僧侶は少々戸惑っているようだ。

魔人「地獄ってのは、生きてる時に罪を犯した奴が罰を受ける場所だろ。だから地獄には罪人だらけだ」

僧侶「そう言われていますねー。でも亡くなってから魂が行く場所であり、生身の体で行く場所ではありませんねー」

魔人「だが、方法はある」

僧侶「?」

魔人「魔王軍に、地獄から亡者を召喚する術を使える奴が何人かいた。そいつの術で地獄の門が開いた時、向こう側に飛び込めばいい」

僧侶「んー、理屈としては可能ですねー」

魔人「そんなことやる奴いなかったけどな」

頭の悪い俺がよくそんなこと思いついたな、と自分で思う。

僧侶「でも、それがどうかしました?」

魔人「俺は…」

魔人「地獄に行ってこようかと思う」

僧侶「!?」

122 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:24:43.28 ID:Hye/S/uT0
この時代に適応していく内に、思っていたことがある。

魔人「俺はまだ償っていない」

俺は人を殺してきた。
魔物と人間が対立していた背景があったのだから、それは罪と呼べないのかもしれない。
だが――

魔人「何も償わないまま緩やかに老衰していくってのは、おかしな話だよな?」

決して罪悪感に囚われているわけではない。ただ、自分の中で納得できないだけ。
人を殺し、人に憎まれて、人に殺されるのだと当たり前のように思っていた。だが時代は俺を忘れていく。俺が人を殺したという事実だけが残り、俺は裁かれずに放置される。

魔人「人殺しが何事も無かったかのように、平和な時代に適応していいわけがない」

僧侶「でも…人間と和解した魔物は沢山います」

魔人「そいつらは許された。俺は忘れられた。これは全然違う」

許された奴らは何らかの形で償いを済ませている。

魔人「このまま生きていくのは、俺自身が気持ち悪いんだよ」

僧侶「…やっぱり真面目な方ですね、魔人さんは」

魔人「だから、真面目って言うのやめろ」

平和に適応していても、その言葉はむず痒かった。

魔人「普通の人間が地獄に落ちりゃ肉体がもたんかもしれないが、俺なら耐えて戻ってこれる」

僧侶「…」

魔人「生きている間に、罰を受けてこようと思う」

僧侶「私は――」

123 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:25:12.00 ID:Hye/S/uT0
僧侶「聖職者として、貴方を後押ししなければならないのに――」

僧侶の顔は、感情を隠す気などまるで無く、

僧侶「貴方がいなくなることが辛い…そればかり考えてしまう」

表情は淀み、口調が重くなっていた。
こんな顔をさせてしまうことは予想がついていた。それでも俺は、それをやめる訳にはいかない。

魔人「そういうわけでお別れだ。お前ももう1人暮らしはやめて…」

僧侶「…いいえ」

魔人「あ?」

首を横に振った僧侶の眼差しは、迷いがなかった。

僧侶「罪を償った後、帰る場所がないのは辛いでしょう?」

帰る場所。まさか――

僧侶「私、貴方を待ちますよ」

魔人「な…!!」

とんでもないことだった。

124 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:25:41.58 ID:Hye/S/uT0
魔人「馬鹿言うんじゃねぇ、どんだけかかるかわからねぇんだぞ!?」

僧侶「私、結構気が長いですよ?」

魔人「それまでの間ずっと1人でいるのか!?無理だろ!」

僧侶「大丈夫ですよ。私もこの足に慣れてきましたし」

魔人「…」

確かに最近は散歩をしても、前よりはふらつかなくなった。
それでも…

魔人「俺を待つことで、お前の人生潰れるぞ…」

僧侶「いえ。貴方を待ちながらでも、色々やりたいことはできますよ。それに――」

僧侶は温和に微笑んだ。

僧侶「私が待っている…そう思えば魔人さん、死ねないでしょう?」

魔人「…」

図星で、何も言えなかった。

125 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:26:20.41 ID:Hye/S/uT0
その後、僧侶と約束をした。

待つのは構わないが、1人で暮らすのが無理なら無理をしないこと。
そして心変わりしたら、俺を気にせずに自分の人生を送ること。

僧侶「心配性ですねー魔人さんは」

僧侶はそう言って可笑しそうに笑っていた。
全く他人事のように――あの馬鹿女は。

魔人(あいつも、俺との繋がりを大事にしてくれているってことか)

想っていた男には忘れられ、他に身寄りのない天涯孤独の身。
だから1番身近な存在である俺に、依存しているだけかもしれない。

それでも、その依存心が僧侶を支えているとしたら。

魔人(依存されてやるのも、俺のできることか…)

俺が出て行った後、僧侶は別のものに依存するかもしれない。
それで俺への未練が無くなったなら、それはそれで構わない。

魔人(だけど…)



僧侶『私が待っている…そう思えば魔人さん、死ねないでしょう?』



魔人(そんなこと言われたら…信じないわけにはいかねぇだろ)

126 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:27:59.83 ID:Hye/S/uT0
翌朝、魔人は僧侶と顔を合わせることなく姿を消していた。
魔人の寝ていたベッドは誰も使っていなかったかのように、綺麗に整っていた。

僧侶(彼は何の痕跡も残さず行ってしまった…)

僧侶は部屋の置き物を見た。これは戦士が残した痕跡。
戦士と連絡が取れなくなっている間は、彼の残した物を見て彼との思い出に浸っていた。
だがこれでは、魔人との思い出に浸れない。

僧侶(それでも、忘れなければいいだけ)

一緒に過ごした時間はさほど長くなかったが、彼は思い出を沢山くれた。
日常の中で、一緒にいられる喜びを与えてくれていた。

それに、信じている。彼はいつかきっと、帰ってきてくれる。

僧侶(なら私は、彼が帰る場所を維持していくだけ)

127 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:28:33.93 ID:Hye/S/uT0
私は1人の日常に戻った。

僧侶「ふぅー」

日課である散歩も続けていた。
いつ雨が降ってもいいように、晴れの日でも傘を持ち歩いた。

僧侶(そろそろ寒くなってきたなぁ)

北方では雪が降ったと聞く。
そういえば道中の花も枯れ、動物達も冬眠の準備を始めている。

僧侶(もう、そんな季節なんだ)


時の流れを早く感じるのは、自分が歳をとったせいかもしれない。
あまりそう思いたくはなかったが、少なくとも子供の頃に比べれば時の流れはずっと早い。

決して同じ毎日を繰り返していたわけではない。
たまに馬車に来てもらって街に行くこともあったし、街に顔見知り程度の知り合いもいて、浅く広く人との交流も持っていた。それでもやはり、家で過ごしている方が気が安らいだ。
編み物をしたり、変わった料理にチャレンジしてみたり、家の中でできる趣味にも手を出した。そうやって毎日、それなりに楽しんで過ごしていた。

そんな日々を過ごしていく内に、いつの間にか北方の雪は溶け、新しい花の芽が道に生えていた。

新しい季節になれば新しい景色になる。頭の悪い自分は、去年の景色を覚えていない。だからまた新鮮な気持ちで道を歩くことができる。
それを繰り返す内に、知らず時は流れる。だから自分は、時が流れるのを精一杯楽しもうと思う。

そんな自分だから、待つ、ということを、あまり大仰に考えてはいなかった。

128 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:29:00.24 ID:Hye/S/uT0



貴方を待ち続けて何度目かの春頃。
1人で迎える季節の変わり目は、何だか味気なくもあります。
あの頃私達は、花咲く道を共に散歩しましたね。

一緒に歩く時貴方の定位置だった私の右側は、今もまだ空けてあります。
訪問者のない家は、貴方を迎える為にいつも綺麗にしています。

貴方の為、貴方を待つ――それが今の私の原動力になっています。

だけど私、決して早く来てとは言いません。
貴方のやるべき事を全て終わらせて、やり残したことが無くなった時に――

僧侶「あらー、もうこんな時間なんだー」

私は時に急かされず、ゆっくり貴方を待ち続けます。

133 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:53:44.74 ID:kRpik67K0



僧侶「ゴホッ」

風邪を引いた。
まだまだ寒いというのに、春の訪れに浮かれてついつい長々散歩してしまったせいだ。

僧侶(外に行きたいなー…)

まるで外遊びを楽しむ子供のような気持ち。
大人になっても、そんな所は子供の頃と変わりがない。

僧侶「ゴホッゴホッ」

こじらせてしまったようで、結構長いこと寝ている。
ずっと健康でいたから、慣れない風邪に体が順応していないのかもしれない。

僧侶(何か、こんなに体がだるく感じるのも久しぶりかなー)

久しぶり、といってもそれはどれだけ前のことか。
確か足を悪くした時だったか。そんな前のこと、記憶には残っているが、感覚はとっくに忘れている。

僧侶「うー」

そろそろベッド上での生活もうんざりしてきたが、薬を飲んで経過を見るしかない。

僧侶(そういえばあの人は、よく寝る人だったなぁ)

だから、怪我が治るのも早かったのかもしれない。
彼のそういう所を見習わないといけないかも。

僧侶「…すやすや」

134 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:54:14.40 ID:kRpik67K0
夢を見た。


僧侶「…」ガサッ

人の気配がしたので近づいてみると、そこにいたのは人型の魔物だった。

僧侶「…あぁー」

恐らく残党狩りにやられたのだろう。
お腹から大量の血を流していた彼は、額に脂汗を浮かべ、顔を苦痛に歪めながらも、こちらを睨んできた。

「何だ、お前は…」ギロ

人間と敵対している彼は、私に対しても警戒をとかない。
それでも、このままなら彼は死んでしまう。


『痛い…助けて…』


その姿が、かつての私と重なって見えたから。
だから、助けたくなった。そう思った私は、ゆっくりと彼に近づいた。

大丈夫。私は貴方の敵じゃない。貴方を助けるから――

「…あぢぢゃあぁ!!」

僧侶「…あれ?」


あれ?


「ま、魔人にとって聖属性の魔法は有害なんだよ!」

僧侶「…あぁー、そうでしたねー。すみませんねー」


そういえばそうだった。
危うく、彼にトドメを刺す所だった。

135 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:54:44.60 ID:kRpik67K0
僧侶「…ふふっ」

夢を見ながら僧侶は、寝言で笑った。
彼には申し訳ないが、懐かしい思い出だった。


「前ばかり見るな!!自分を振り返って反省する必要があるぞお前は!!」

彼は声が大きくて、はっきり物を言う人だった。

「俺はバカの思考は理解できねぇ。だから、お前が残党狩りに俺を売っても全く驚きやしねぇ」

人間への警戒心を、なかなかとかなかった。

「俺の怪我が完治するまで、お前が転ばないように俺がついていってやるってんだ」

それでも、優しい所もあった。

「お前の為じゃねぇ。雨の中お前のペースに合わせて歩きたくないけど、置いていくのも色々心残りだろ」

それは、不器用な優しさだった。

「で、好きな男とはまだ密着してないのか」

ちょっとデリカシーは無かったけれど。

「俺がお前を背負っていくからいいだろ」

…いや、ちょっとどころじゃなかったけれど。

「オイコラ、この通りピンピンしてっから勘違いすんじゃねぇよ、馬鹿が!!」

だけど、そのぶっきらぼうな優しさに

「ありがとう、って言ったんだよ!!聞き逃すんじゃねーよ!!」

私は結構、励まされてきた。

136 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:55:14.24 ID:kRpik67K0
この家にもう、彼の痕跡は残っていない。
それでも彼と過ごした時のことは今でも鮮明に思い出せる。

彼と過ごした日々はそれだけ自分にとって大事だったのだと、彼と離れてから実感していた。

…どうしてだろう。
いなくなってから大分経つのに、彼のことをすぐに思い出す。

『帰ったぞ』

今にでも、そう言う声が聞こえそうな気がして。

『馬鹿でも風邪ってひくんだな』

そんな皮肉を言いながらも、彼なら不器用に看病をしてくれそうで。
それで私の風邪が治った頃には彼が風邪を引いて、今度は私が看病する番になったりして…

僧侶「…ふふ」

そんな光景が容易に想像できて、自然と笑みがこぼれた。

僧侶「ゴホッ」

それにしても今回の風邪は本当にしつこい。
訪問の医師が来るのはいつの予定だっけ?もう、寝てばかりで時間の感覚を思い出せない。

ガチャリ

僧侶「…ん」

ドアの開く気配がした。足音が近付いてきている。
あぁ、医者が来るのは今日だったか。

起き上がろうとするが、どうも体に力が入らない。失礼だけど、寝たまま対応させてもらおう。

僧侶「どうぞー…」




「帰ったぞ」



僧侶「…え?」

137 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:55:39.59 ID:kRpik67K0
瞬時に頭は働かなかった。
だけど彼の姿を見た途端、すぐに理解し、色んな思いが頭を巡ったが――

僧侶「…お帰りなさい」

そんな言葉しか、出てこなかった。

僧侶「長いことご苦労様でした、魔人さん」

魔人「あぁ」

だけど久しぶりに会う彼は、

魔人「体壊したのか?」

僧侶「えぇ」

地獄にいたとは思えない程表情が柔らかくなっていて、

魔人「1人で無理するなと言ったろ」

言葉も大分、穏やかになっていた。

僧侶「すみませんね、健康体で出迎えたかったんですけれど…ゴホッ」

体が重く、起き上がることもままならない。

魔人「いや、悪かった。俺が帰るのが遅くなったから」

僧侶「…ふふ、大分丸くなりましたねー、魔人さん」

魔人「そりゃ…見た目は変わらなくても、お前と同じだけの時を生きているしな」

僧侶「それもそうですねー…それじゃあ、ゴホゴホ」

人間と魔人の体の作りは全然違う。
時が経てば経つ程、その差は残酷なものになる。

僧侶「魔人さんも私同様、歳を取っているんですねー」

138 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:56:07.98 ID:kRpik67K0
魔人「…本当に、悪かった」

僧侶「大丈夫ですよ。貴方を待ちながら、充実した生活を送れていましたから」

魔人「そうか」

魔人さんは私の寝ているベッドの側に腰を下ろす。
そして、私の手を握った。

魔人「地獄の洗礼を終えて…特殊な能力を授かったぞ」

僧侶「特殊な能力…ですか」

魔人「あぁ、これだ」

僧侶「あ…」

魔人さんの手から体に魔力が流れ込み、それが頭に回った時、意識は遠くなった。
何だか体が暖かい。体が宙に浮くようなふわっとした感覚の後…私は地面に立っていた。

139 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:56:51.04 ID:kRpik67K0
僧侶「…あらー?」

私が立っていたのは、いつもの森。
幻覚のようだけど、だけど肌に触れる空気にも、この香りにも、自然の音も、全てに覚えがある。

それに――

僧侶「私の体…」

長い年月を過ごして増えた体のシワが無くなっている。体も物凄く軽い。
そして何より、私の右足が――

魔人「どうだよ、これ」

僧侶「嘘みたい」

魔人「ま、嘘なんだけどな。でもリアルな嘘だ」

僧侶「嘘でも、嬉しいですね」

何だか久しぶりに感じる森を、私は駆けて、飛び跳ねた。
自由。長いこと忘れていた感覚。それを取り戻すように私は体全体で喜びを表現する。まるで心まで、少女に戻ったようだ。

僧侶「凄いです魔人さん…今日はいいことばかりです」

魔人「俺もこんな俊敏なお前初めて見た。いやまぁ、トロいはトロいんだけどな」

僧侶「むぅ」

魔人「ま、いいや。久しぶりに散歩しようぜ」

僧侶「いいですね」

と、魔人さんは自然と私の右側に立つ。

僧侶「魔人さん、今の私は転ぶ心配がないから、いいんですよ」

魔人「あ、そうだったな」

そう言って魔人さんは私と少し距離を置いたけど、

魔人「…何か違和感ある。やっぱ、定位置でいいか」

僧侶「そうですね」

自分で言っておいて何だけど、私も正直、違和感があったから。

140 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:57:20.46 ID:kRpik67K0
僧侶「こうやって一緒に歩くと、長いこと会っていなかったのが、嘘みたいですね」

魔人「…そうだな。あまり変わってないようで安心した」

僧侶「マイペースに生きてきましたからー」

魔人「今も1人で生きているのか?」

僧侶「えぇ。でもこれでも、知り合いの方は沢山いるんですよ」

魔人「そうか。…俺を待つことに縛られてたらどうしようかと思ってたんだが」

僧侶「そんなこと全く思っていませんよー。気づいたら時が経っていましたから」

魔人「本当にマイペースだな」

僧侶「ですねー」

魔人「…でも」

僧侶「はい」

魔人「またこれから、世話になるぜ」

僧侶「…」

ずっと待っていた人。嬉しいはずの言葉。
それなのに少しだけ、心が痛んで――

僧侶「私に残された時間は、短いですよ」

141 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:57:55.62 ID:kRpik67K0
人間と魔人の寿命は違う。
もう老いた自分では、今でも若い彼と生きていくにはあまりにも不釣り合いで――

魔人「関係ねーよ」

だけど魔人さんはそんなこと気にしていないといった様子だった。

魔人「待たせちまったのは俺の方だ。…だから今までの時間を、取り戻せばいいだろ」

僧侶「どうやって…?」

魔人「阿呆。今も取り戻している最中だろ!」

僧侶「あ」

魔人「ま、阿呆っぷりも相変わらずのようで安心したけどな」

僧侶「むむぅ」

魔人「今まで待たせた分、これからは1人にさせねぇから」

僧侶「…」

私と違って魔人さんは、これからも長い時を生きていく。
彼が私と過ごす時間は、彼の人生においてのほんの一部。

そのほんの一部を貰う位の贅沢は――

僧侶「――えぇ、宜しくお願いします」

受け入れても、バチは当たらないだろう。

142 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:58:26.55 ID:kRpik67K0
魔人「…」

俺は地獄の洗礼を受けた後、この能力を授かる際、神らしき者と話すことがあった。


神?「お前の待ち人はもう長くない――早く戻ってやるのだな」

魔人「何だと…人間の寿命は短いんだな。クソ、失念してた」

神?「お前は彼女を看取った後も、長い長い時を生きていく。お前が彼女と関わるのは、お前の人生においてほんの一部だ」

魔人「…そうなるな」

俺はあいつを散々待たせた。待たせておいて、何も返すことができない。
そして俺はその無力感に囚われたまま生きていき――そして、あいつを忘れていく。

魔人「駄目だろ、そんなのは」

神?「どうした、早く行け」

魔人「なぁ…あいつに恩を返したい。だからあんたの力を俺にくれ」

神?「何を言うか…私の力を易易と授けるわけにはいかん」

魔人「勿論それなりの対価は払う。払うのは――」






魔人「俺の、残り寿命だ」

143 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:59:03.21 ID:kRpik67K0
僧侶「私に残された時間は、短いですよ」

魔人「関係ねーよ」

僧侶に残された時間と、俺に残された時間は一緒なのだから。

魔人「待たせちまったのは俺の方だ。…だから今までの時間を、取り戻せばいいだろ」

だけど、それは僧侶に言わない。

僧侶「どうやって…?」

魔人「阿呆。今も取り戻している最中だろ!」

僧侶「あ」

魔人「ま、阿呆っぷりも相変わらずのようで安心したけどな」

僧侶「むむぅ」

言えばこいつは気にする。

魔人「今まで待たせた分、これからは1人にさせねぇから」

僧侶「…」

俺はこいつがいなくなった世界で長々と生きていく気はない。
だから、それよりも――

僧侶「――えぇ、宜しくお願いします」

残された時間で、こいつに出来る限りのものを返していこうと思った。

144 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:59:40.36 ID:kRpik67K0
僧侶「走りたくなってきましたー、魔人さん」

魔人「急にハシャぎ出したなぁお前」

僧侶「ふふ、嬉しくて」

魔人「そうか。走ってもいいぞ」

僧侶「いえ、今は魔人さんと一緒ですから」

魔人「?」

僧侶「歩いていた方が、一緒にいられますよねー」

魔人「俺はもうどこも行かねぇから」

僧侶「?」

魔人「お前が走り出しても、追いかけるから」

僧侶「あらあら」

魔人「だから俺のことは気にせず…好きにしな」

僧侶「…ふふ。それじゃ」

僧侶は駆け出す。長いこと俺を待っていた僧侶は、初めて俺を置き去りにした。
待て、と言わず、俺はすぐに追いかける。もうこいつを絶対に見失わないように。

僧侶「どこまでも行っちゃいますよー」

魔人「なら俺は、どこまでも追いかけてやるよ」

僧侶「もし貴方が追いかけてこれなくなっても――」


僧侶は振り返り、満面の笑みを見せた。


僧侶「私、待ちますから――ずっと、ずっと」



fin

145 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 11:04:02.16 ID:kRpik67K0
読んで下さりありがとうございました。
今作の描写は魔人と僧侶の関係性に重きを置いてたので戦士や暗黒騎士等のサブキャラの描写をあっさりめにしたのですが、疑問点等あればご質問下さい。

146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 12:01:00.02 ID:vMuEHvaS0
おつかれさまでした!
素敵な作品をありがとう!

147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 12:23:37.32 ID:e7yUidlSO
魔人と僧侶が別れてから戻るまでに
何年くらい経過してるかと
戻った時の僧侶の年齢が知りたい

148 : ◆WnJdwN8j0. [sage]:2015/02/18(水) 12:41:19.92 ID:0FYFYzZMO
>>147
細かく設定はしていませんが、作者の想定では
別れてからの年月→40年近く
僧侶の年齢→60ちょい
現実の60代はもっと元気ですが、ファンタジー世界の人は寿命短そうなので60代くらいで現実の80代くらいの体になっているイメージあります。

149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 15:00:09.08 ID:Lti6+qHAo


150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 15:44:08.28 ID:kTjHaCYDO
とてもよかった。
待ち続けていたのは切ないけれど、取り戻していけると信じたい

151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 19:57:45.34 ID:M0yy1DkBO


152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/19(木) 02:19:06.15 ID:OsVKJTYlO
どう読んでも魔人の夢の魔法の中で二人が草原を走り回りながら実世界の二人の意識がなくなって旅立つ光景しかみえない(;_;)

153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/19(木) 06:09:56.68 ID:XvDYdaSYO
乙!!

154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/20(金) 06:11:20.80 ID:MTBEi1gLo
泣いた

posted by ぽんざれす at 19:32| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勇者「こうなったら屁で満たすしかない」賢者「!?」

1 : ◇WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:37:50.11 ID:sgWc7EID0
今日中に終わらせたい予定。
食事中にご覧下さい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1414751860

2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:38:31.55 ID:sgWc7EID0
賢者「何を言っているんですか勇者様!」

勇者「シッ!魔王に聞こえる」

賢者「魔王は武闘家さんと盗賊さんとの戦いに集中しています」

勇者「とにかくもうそれしかないんだ」

賢者「どうしてそうなるんですか!」

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:39:09.37 ID:sgWc7EID0
拝啓母上様。
私は今、勇者様達と共に魔王城へ来ております。
ですが道中で大分スタミナを消費してしまい、そのまま焦るように魔王に挑んだもので、私達は窮地に立たされていると言っていいでしょう。
私のMPももはや最大値の4分の1、回復アイテムも尽きてしまい、最終決戦に相応しい緊張感を醸し出しております。


勇者「さっきの打ち合いで俺の剣が折れてしまった。武闘家と盗賊のスタミナも限界間近だろう。後は賢者のMPの使い方が勝負の鍵を握っている。そこで屁だ」

賢者「意味がわかりません」

勇者「初級の魔法と上級の魔法では消費MPの差が大きいな」

賢者「まぁそうですね」

勇者「そこでだ。この部屋を屁で満たせば、初期の炎魔法でも大きな炎になると思わないか?」

賢者「勇者様は気がお狂いでしょうか?」

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:39:50.37 ID:sgWc7EID0
勇者「見ろ、武闘家を」

賢者「?」


武闘家「フンッ!ハアアアァァッ!!」


勇者「あの鍛え抜かれた大きな体、きっと爆風のような屁をこけるに違いない」

賢者「偏見ですよ」

勇者「そして見ろ、盗賊を」


盗賊「ホラホラホラ!そんな攻撃じゃ、私に当てることすらできないよ!」


勇者「あの素早さで屁をこきながら走り回れば、すぐにここは屁で満たされるよな」

賢者「女性に何てことさせようとしてるんですか」

勇者「そして俺」

賢者「はい」

勇者「さっきから腹の調子が悪い。下手すりゃ屁じゃ済まない」

賢者「どうしてその体調で魔王に挑んだんですか」

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:40:27.60 ID:sgWc7EID0
拝啓我が親愛なる友、魔法使いさんへ。
私は現在、最終決戦で苦戦しております。この戦いが終わったら年頃の少女に戻り、また貴方と語り合いたいものです。
語り合いと言えば先日、私は貴方に恋の相談をしたと思います。私は恋の相手の事を、逞しくて聡明な方だと説明しました。
ですがそれは間違いだったようです。今現在私は、自分の中で初恋が冷めていくのを実感しております。


勇者「とりあえず俺が魔王の気を引くから、お前は武闘家と盗賊にこの作戦を伝えてくれ」

賢者「えー…」

勇者「じゃあ頼んだぞ。武闘家、盗賊、一旦集合!」

武闘家「ん?」

盗賊「はいよ」

勇者「魔王よ!確かに貴様は俺の剣を折った!しかぁし、貴様に俺の心は折れん!!」

賢者(以前ならかっこよく見えたんだけどなー)

盗賊「ねぇ賢者、勇者は集合かけて何をしようとしたの?」

賢者「あぁ、実は…」

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:42:35.79 ID:sgWc7EID0
武闘家「なるほど屁か」

盗賊「勇者の考えそうなことだね」

賢者「私は予想外でしたよ」

盗賊「けど問題あるねぇ」

賢者「そうですよね。やっぱりこんな作戦間違ってますよね!」

盗賊「そうそう、今こきたい気分じゃないし」

武闘家「少々時間がかかるな」

賢者「え」

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:43:08.88 ID:sgWc7EID0
拝啓お師匠様。
私は今、世界に平和を取り戻す為の最大の壁に挑んでおります。
お師匠様はおっしゃいましたね。「彼らとなら魔王を倒せるかもしれない。だからお前はお前の力を出しきれ」と。
逞しくて聡明な勇者様、己に厳しく弱者に優しい武闘家さん、大らかで勘の良い盗賊さん。彼らは確かにいい仲間でした。
ですが私は今の今まで大きな勘違いをしていたようです。


武闘家「ふぬうううぅぅぅぅ」

盗賊「くうううぅぅぅっ」

賢者「あのぅ、顔真っ赤になってますよ」

武闘家「話しかけるなァ!!肛門に空気をためるのは集中力勝負じゃあ!!」

盗賊「ぐ、ぎ、ぎっ」

賢者「やめましょうよこんなの、作戦としてどうかしてますって!」

武闘家「俺は…俺は勇者を信じている!!」

盗賊「勇者の考えた作戦なら…私は従うさぁ!!」

賢者(素晴らしくない団結力…)

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:39:30.63 ID:sgWc7EID0
勇者「ぐあああぁぁっ!」ドサッ

魔王「ククク勇者よ、やはり剣なしでは無力だな…」

勇者「無力ではない!勇者とは剣で戦うのではない…希望で戦うんだ!」

魔王「そうかそうか…ところでお前の仲間はお前に戦わせて何をやっている?」

勇者「お前を倒す為の秘策さ…笑っていられるのは今の内だぜ魔王!」

魔王「フ、口だけは達者だな…勇者よ、貴様が希望と言うのであれば貴様から葬ってくれる!!」

勇者「希望は死なない!」


賢者(何かもううすら寒いわー。腹痛我慢しながら何言ってるんだろうあの人は)

武闘家「くぅ…た、溜まったぞ!!」

盗賊「こっちも!!」

賢者(良いタイミングで溜まるのも奇跡通り越しておぞましいわー)

11 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:40:06.61 ID:sgWc7EID0
勇者「よっしゃ行け、2人ともおおおぉぉぉ!!」

武闘家「フヌオオオォォォォォ」

盗賊「どりゃあああぁぁぁ」

賢者「…」

カキィン ダンダンッ ドゴゴゴッ バァン

賢者(戦闘の音に紛れて屁の音が聞こえない…良かった)

勇者「魔王~その程度じゃ希望は打ち砕けないぞぉ~」

賢者(こいたせいか、スッキリした顔してる…)

勇者「俺は人類の希望を背負いし勇…ウッ!」

勇者「…」

賢者「…」

勇者「お前には負けない…」ドヨーン

賢者「私に近寄らないで下さいね勇者様」

12 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:40:41.32 ID:sgWc7EID0
武闘家「そろそろいいぞぉ賢者あぁ!!」

盗賊「やっちまいなー!!」

賢者(あぁ、まさか本当にやる羽目になるなんて…)

賢者(てか引火したら皆も炎の巻き添えになるんじゃ…)

賢者「…」

賢者「ま、いいか」

賢者「放ちます、初級炎魔法!!」

ポッ

賢者「…あれ?」

賢者(距離を置いて放ったから魔王に当たりすらしないのはわかるけど…)

勇者「…」ブルブル

13 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:41:16.23 ID:sgWc7EID0
勇者「お前達イイィィ!!実はこいてなかったんだろ、戦闘音で誤魔化しやがってええぇぇ!!」

武闘家「あぁ!?俺はでっけぇのをぶっ放したわ!!」

盗賊「私だって!こきながら走るっていう華麗なテクニックを披露したよ!!」

武闘家「なら何故だ、何故引火しないんだあぁ!!」ダンダンッ

勇者「ハッ!まさか…俺の屁はフローラルの香りだから2人の屁を浄化してしまったのか!?」

盗賊「何てこったい、それじゃあ駄目じゃないか!」

勇者「クッ、すまん…俺の屁がフローラルなばっかりにいいぃぃ!!」

武闘家「万事休すううぅぅ!!」

賢者(燃やしたい、この友情)

魔王「…フ」

賢者「!?」

魔王「フ、ハハハハハハ!ハーッハッハッハ!!」

勇者「何がおかしい!」

賢者「貴方の頭です」

14 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:41:49.65 ID:sgWc7EID0
魔王「この魔王の間を屁で満たし、着火する作戦…とっくに見破っていたわ!」

勇者「な、何ィ!」

賢者「それを見破れる貴方も十分頭がおかしいですね」

盗賊「チィッ!何てこったい、秘策が見破られるなんて…」

武闘家「しかし、戦闘中の魔王に屁を警戒する様子は無かった…どうやって我々の屁を消し去った!?」

魔王「決まっている…」

魔王「貴様らの屁は!この鼻で!全て吸い付くしてくれたわああぁぁ!!」

賢者「…」

勇者「な…何てことだ…!!」

盗賊「魔王…何て恐ろしい奴!!」

武闘家「それじゃあ、もうこの作戦は通用しないじゃないか…!!」

賢者「…初級炎魔法、もう一発」ボソッ

15 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:42:41.77 ID:sgWc7EID0
魔王「ぐヮばドゴオオォォォォングチャグチャッ

勇者「うわあああぁぁ、魔王の顔面が爆発した!!」

武闘家「ぎゃあぁ、脳みそが服についたー!!」

盗賊「何をやったんだい賢者!」

賢者「魔王の鼻を狙って魔法を放ったんですよ」

勇者「鼻…?」

賢者「えぇ。鼻で吸い込んだなら、鼻から脳にガスが残っていると思いましてね」

武闘家「なるほど…!!」

盗賊「…ってことは」

勇者「俺たちついに魔王を倒したんだな!!」

賢者「どうしよう…嬉しくない」

勇者「ハッハッハ、それはまだ勝利を実感できてないからさ賢者!」

賢者「違います。あと近寄らないでって言ったでしょう」ペシッ


こうして最大の脅威は、最低の作戦によって破られたのである。

16 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:43:11.12 ID:sgWc7EID0
魔法使い「賢者ちゃん、疲れきった顔してるね?」

賢者「えぇ、まぁ…」

師匠「ほっほっほ、あの長い旅を終えたばかりじゃからのう」

母親「ゆっくり休みなさい賢者、そうしたら平和を実感するでしょう」

賢者「そうね…」

賢者(そうよね、もう平和になったんだわ。あの戦いのことは忘れよう)

勇者「おーい賢者ー」

武闘家&盗賊「おーい」

賢者「それ以上近づいたら燃やします」

17 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:43:39.55 ID:sgWc7EID0
勇者「ハハハ冷たいな賢者は。俺たち仲間じゃないか!」

賢者「元ね。何しに来たんです」

武闘家「実は魔王は倒したが、魔王の意思を継ぐ者が後に現れるかもしれなくてな…」

賢者「それは大変ですね…」

盗賊「だけど、その時には私達はこの世にいないかもしれない。そこで」

勇者「後世の為に、魔王戦の記録を残すことになったんだ!」

賢者「え」

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:44:06.74 ID:sgWc7EID0
武闘家「記録の者には少しの誤りもないよう、正確に魔王戦での様子を伝えておいた!」

賢者「ちょ、屁のことや勇者様が粗相したことも」

勇者「勿論、正確に伝えてある!」キラーン

賢者「恥じろ!」

盗賊「で、記録には私ら4人の名前と肖像画がバッチリ載るようだからね!それを知らせに来たんだよ!」

賢者「」


その後記録から私を抹消するよう手を尽くしたが無駄に終わり、私達は屁の力で魔王を倒した勇者一行として後世まで受け継がれる存在となる。
こんな風になるなら、あの時魔王に負けてしまえば良かったと私は永久に後悔した。


終わり

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:45:42.55 ID:sgWc7EID0
読んで下さりありがとうございました。
次があればマトモな話が書きたいです。

20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/31(金) 21:23:20.64 ID:jWgHu+1AO
前作はかなりマトモだったでしょwww

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/02(日) 04:05:34.08 ID:nGNjj7jOO
ワロタ


22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/03(月) 00:15:38.44 ID:IUzrCDiio
いい放屁だった、かけ値なしに

posted by ぽんざれす at 19:31| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女勇者「私の死を望む世界」

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:00:38.63 ID:crzuGK9B0
・全体的に雰囲気暗いです。
・地の文多め。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1420711238


2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:00:54.12 ID:crzuGK9B0
私は誰からも必要とされない、ただ無能で無力な存在だった。
だから魔王が人間を滅ぼそうとしていると聞いても、あまり怖くはなかった。

私を邪険にする人達を道連れにできるなら、滅ぼされてもいい――そんな風にすら思った。


神は何の冗談か、そんな私を勇者として選んだ。


体に勇者の紋章が浮かんだ時に思ったのは、使命感よりも優越感。
ようやく私は特別な、必要とされる存在になれる――


そう、思っていた。

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:01:20.03 ID:crzuGK9B0
勇者「くぅ…」

切りつけられた背中が痛む。
私の走ってきた後に背中の血が落ち、それは私の居場所を追っ手に知らせていた。

走らないと――そう思うが体力の限界を感じ、思うように足が動かない。

そうしている内に、追っ手はすぐに姿を現した。

兵士「いたぞ!」

深手を負い、ほとんど無力な私を、5人もの兵が追ってきた。

勇者(もう無理…)

私は彼らに殺される。
笑えてきた。誰からも見向きもされない存在から、誰からも死を望まれる存在になるなんて。

神はこういう形で私を特別にしてくれた――本当に笑える話だった。

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:01:52.99 ID:crzuGK9B0
兵士「抵抗しなければ楽に逝かせてやる」

勇者「そうした方が、貴方の気持ちも楽なんでしょう?」

皮肉を込めて言うと、兵士の顔が歪む。
そりゃあそうだ、無力な人間を苦しめて殺すなんて、普通の人間なら平常心でできやしない。

勇者「苦しめばいい」

私を殺して痛まないなんて許さない。
私に力があれば、精一杯抵抗してやるのに。それができないなら、せめて呪いの言葉を吐く。

勇者「絶対に許さない」

私が憎いのは目の前の兵士だけじゃない。

憎いのは私の死を望む世界――




勇者「こんな世界、滅びてしまえばいい」

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:03:10.71 ID:crzuGK9B0
?「その必要はない」

その声がしたと同時だった。

兵士「うわああぁぁ!?」

勇者「――」

突然、兵士の1人が大量の血をぶちまけて倒れた。
その場にいた者の視線は倒れた兵士――の後ろにいたものに集中する。
そこにいたのは、威圧的な黒い全身鎧に身を包んだ騎士だった。

暗黒騎士「こいつらはお前を狙っている――間違いないな??」

勇者「――えぇ」

暗黒騎士「なら――」

暗黒騎士は近くにいた兵士を軽い剣さばきで切り伏せた。
残りの3人の兵士達は一斉に暗黒騎士にかかっていった。

だが、無駄だった。

「ぐあっ!?」
「が…っ」
「げあぁっ」

勝負にならなかった。暗黒騎士は一瞬で彼らを葬り去ったのだった。
その場で生き残ったのは、私と暗黒騎士、ただ2人。

勇者「ありがとうございます…」

暗黒騎士「勇者だな?」

勇者「多分ね」

この複雑な現状に、私は曖昧な返答を返した。
そして言うより早いと、肩の紋章を見せてやった。

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:03:44.23 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「…また、神のお遊びか」

勇者「?」

暗黒騎士「勇者選びのことだ。どう考えても勇者に適さぬ人間を勇者に選んで、そいつが何をするのか笑いながら眺めている」

勇者「そうなんですか?」

暗黒騎士「あくまで俺の想像だ」

だけどそれなりに納得のいく話だ。
私はとうの昔に信仰を捨てた。今回のこれは天罰だと言われれば、納得すると思う。

勇者「でも人間にとって勇者選びはお遊びじゃない」

だから私が殺されそうになった。

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:04:50.27 ID:crzuGK9B0
歴史上、不定期に魔王が出現することがあった。
歴代の魔王はいずれも不死で、普通の人間が倒すことは不可能。
魔王を討つことができるのは、神が選んだ勇者ただ1人と言われている。十数年前魔王が現れた時も、当時の勇者が魔王を討ったと聞く。

暗黒騎士「だから魔王は勇者を狙うわけだが――」

勇者が殺されれば、次の者が勇者として選ばれる。
神は勇者に相応しい者を、人間の中から順位付けしている。つまり1番目が死ねば、2番目が勇者になる。そう言われていた。

暗黒騎士「だが、神が選んだ勇者が、人間達に認められなければ?」

勇者といえば魔王を倒せるだけの武力を持った者を連想する。
だが、資質はあるが未熟な者が選出されることもある。

暗黒騎士「しかし未熟な者の成長を待つにも限度がある」

勇者「だから成長を待つより、次の勇者に期待する」

確かに私は魔王どころが魔物の1匹も倒せない。そんな私がマトモに戦えるようになるまで、何年かかることか。
それなら私を殺し、次の勇者に期待する方が人間にとって合理的。

勇者「理不尽にも程がある」

暗黒騎士「神のお遊びだからな」

勇者「で――神の玩具である私に、何か御用ですか?」

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:05:25.03 ID:crzuGK9B0
彼は助けてくれたとはいえ、今の私に心を許せる相手はいない。
だからすぐにでも逃げ出したかったが、激痛で立ち上がることもできない。

暗黒騎士「俺は魔王軍の幹部だ」

勇者「へぇ」

なら勇者の敵か。

勇者「勇者を討ちに来たんですか?」

暗黒騎士「いや」

まぁそうだろう。そうでなければ見殺しにしていたはずだ。

暗黒騎士「魔王軍にとっては、勇者は弱い者だと都合がいい」

暗黒騎士はそう言うと私に寄ってきて、目の前に立った。
物々しい鎧は威圧感があり、私の視線を釘付けにする。

暗黒騎士「お前を捕らえに来た」

あぁなるほど。
彼らは彼らで、私を利用するつもりか。

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:05:50.57 ID:crzuGK9B0
勇者が弱い者なら、殺すより手中に収めておけばいい。そうすればもう、魔王に恐れるものはない。
勇者の死を望むのが人間達で、勇者を保護するのは魔王側の者とは、何ともおかしな状況だ。

とはいえ当事者である私に行動の選択肢はなく、暗黒騎士に促されるまま飛龍に乗り、あっという間に魔王城に着いた。
魔王城――勇者として旅をしていたなら、最終目的として辿り着くべき場所。
そんな場所に暗黒騎士の案内であっさり入り、ほとんど誰ともすれ違うことのない通路を通って一室に通された。

暗黒騎士「回復術師を呼んでくるからそこで待っていろ」

そう言われ待っている間、部屋を見渡す。
魔王城の外観からは想像できない程粗末で小さな部屋。暗黒騎士が部屋を出た際、外側から鍵をかけていた。
ここが私の軟禁場所――殺されるよりはマシだが、神に選ばれた勇者への仕打ちがこれか。

回復術師は私の背中の傷を治療すると、無駄口を叩かず部屋から出て行った。
魔物達から虐げられ、皮肉のひとつでも言われるものかと思っていたが、それもない。

敵すら私を見ていない。私は誰からも見向きされない――

何だ、今までと変わらないじゃないか。

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:06:19.87 ID:crzuGK9B0
勇者「ん」

治療後横になっていると、ドアの叩く音がし、私は起き上がる。

暗黒騎士「入るぞ」

勇者「どうぞ」

暗黒騎士「随分大人しいな」

勇者「まぁ」

暗黒騎士「…疲れているのか。すまなかったな」

意外。皮肉を言われるどころか、気を使われるなんて。
この暗黒騎士、鎧姿は威圧的だけど中身はそうでもないのかもしれない。

暗黒騎士「まぁ気を抜いてもいい。ここではお前に危害を加える者はいない」

次は優しい言葉。
一体何を企んでいるのか――あぁ、そういうことか。

暗黒騎士「大分不自由するとは思うが――」

勇者「気を使わなくてもいいですよ」

暗黒騎士「?」

暗黒騎士の顔は見えないが、疑問を浮かべたに違いない。

勇者「気を使わなくても私は自害しませんよ。そんなにやわじゃありませんから」

暗黒騎士「…」

11 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:07:05.39 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「…つまり俺はお前が自害することを恐れて気を使った。そう言いたいのか?」

勇者「違うんですか?」

暗黒騎士「俺はそこまで打算的じゃない」

勇者「失礼しました。優しくされるのには不慣れなもので」

暗黒騎士「…」

おや黙った。私は何か変なことを言っただろうか?
まぁ、人より歪んでいるのは自覚しているけれど。

勇者「保護して頂いただけで、十分ありがたく思っています」

暗黒騎士「そうか。居心地は悪いかもしれんがな」

勇者「この状況はいつまで続く見込みで?」

暗黒騎士「え?」

勇者「だって人間を滅ぼせば、私は用済みになるでしょう?」

暗黒騎士「!」

12 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:07:44.83 ID:crzuGK9B0
勇者を手中に収めて魔王が次に行うのは、人間達への攻撃だ。
人間達も抵抗するだろうけど、殺すことのできない魔王相手にいつまでも粘ることはできないだろう。

勇者「あまり長引かないことを願うばかりです」

暗黒騎士「…お前、家族は?」

勇者「いませんよ」

私は正直に答えた。

勇者「私を必要とする人もいませんから」

この世界は私に死を望んでいる。
なら、私の心は痛まない。


勇者「こんな世界、滅びたって構わない――」


暗黒騎士「――が」

勇者「え?」


暗黒騎士が何かを呟いた。今、彼は何て?


暗黒騎士「俺が――」


暗黒騎士は私の頬に触れた。


暗黒騎士「俺が、お前を必要としてやる」

勇者「――!?」

13 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:08:24.21 ID:crzuGK9B0
手が暖かい――至近距離に近づいた兜の隙間から、彼の視線を感じる。
彼は何も言わない。一体どんな顔をしているのか、私には想像もつかない。

暗黒騎士「…すまない」

暗黒騎士はそう言うと私から離れた。

暗黒騎士「今日は休め…。また来る」

そう言い残し、彼は部屋から出て行く。
私はというと、茫然としていた。


一体、何のつもり――?


私にはまだ、暗黒騎士の意図がまるでわからなかった。

14 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:08:59.57 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「…」

暗黒騎士は動揺を悟られぬよう、いつも通り堂々とした立ち振る舞いで歩いていた。
兜を脱げば、すぐにいつもの自分ではないと悟られるだろうが。

暗黒騎士(何をやっているんだ、俺は)

別に勇者を哀れんでいるつもりはなかった。
魔王の命令通り勇者を捕らえ、人間を滅ぼし、用済みになった勇者を処分する。それが普通の流れだ。

だというのに――


勇者『こんな世界、滅びたって構わない――』


その言葉を聞いた瞬間、全身の毛がぞわわっと逆立った。

暗黒騎士(俺は――あの感情を知っている)

今でも忘れることのできない思い出が、暗黒騎士の頭の中を駆け巡っていた。

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:07:39.29 ID:crzuGK9B0
>翌日

暗黒騎士は軍を率いて森に潜んでいた。
近くには人間の国の王が住む城がそびえ立っている。

暗黒騎士「俺が最前線に立って突き進む。お前達はかかってくる兵士達を迎撃してくれ」

魔物「でも暗黒騎士様、それとても危険じゃあ」

暗黒騎士「だが、この方法が1番早い」

魔物達は訝しげな顔をする。暗黒騎士が勝負を急ぐのは珍しい。

暗黒騎士「この程度の国に時間をかけては魔王軍の名折れ」

魔物「あぁ、そういうことですか!まぁ、じゃないと人間達を滅ぼすなんてできませんよね~」

暗黒騎士「…」

魔物「どうしました?」

暗黒騎士「いや、何でも。では行くか」




突然の魔王軍の襲撃に、城の兵士達は混乱した。

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:08:06.12 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「はっ!」

兵士達は最前線に立つ暗黒騎士を狙うが、暗黒騎士の剣に一蹴される。
暗黒騎士が1人で5人の兵士を相手している間に、魔術師たちが奥から現れた。

やれ!――その号令で炎や電撃が暗黒騎士に襲いかかる。

暗黒騎士「ふん――」

暗黒騎士はブンと大きく剣を振る。
その太刀で襲いかかってきた魔法を切り、ついでに兵士達2人も戦闘不能にした。

兵士達の表情が歪む。
今のひと振りで、暗黒騎士が只者ではないと察したようだ。
それでも兵隊長と思わしき男は顔を歪めつつも、束でかかれと兵士達を焚きつけていた。

暗黒騎士「何人でも相手しよう」

この国は平和ボケしている。そんな国の兵士達など、何人束になってこようが暗黒騎士の敵ではなかった。

26 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:08:33.07 ID:crzuGK9B0
一体、何人の兵を切ったか。
兵たちの主力と思われる者を何人か切り、統率が乱れた所で前を進む余裕ができた。
暗黒騎士は鼻のいい魔物を側へ呼ぶ。

暗黒騎士「王の所へ案内しろ」

魔物「了解です」

途中、兵ではない城の者とすれ違う。避難が遅れるとは、本当に平和ボケしている。
そういう者達は無視し突き進む。大抵の者は暗黒騎士の物々しい鎧を見ただけで圧倒され、歯向かおうとはしなかった。

魔物の案内する部屋の前には兵たちがいたが、別に問題はない。
護衛にもならぬ護衛を5秒で切り伏せ、暗黒騎士は扉を開けた。

王「ひ、ひいいぃぃ」

暗黒騎士「…哀れな姿だな」

暗黒騎士は感情を抑えて、無様な王に吐き捨てた。

27 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:09:00.42 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「国を討つということは王を討つこと――」

王「やめてくれ!頼む!お前達と手を組んでもいい!」

暗黒騎士「…」

こうあっさり寝返ろうとするとは――無様すぎて嫌悪感すら沸く。

暗黒騎士「…この国に勇者が現れたそうだな」

王「そ、そうだ!勇者についての情報を教えよう!」

暗黒騎士「…ほう?」

王「勇者は山奥の村に住む小娘だ!」

王「勇者は天涯孤独の身。村の屋敷で使用人をやっているが、あまり食事を与えられてこず体は弱いらしい」

暗黒騎士「…お前の国の人間だろう?何で今まで何ともしてやらなかった?」

王「そんな山奥の村で起こっていることなどワシが把握しているわけないだろう」

王「それにお主達にとっても都合がいいではないか…そんな無力な小娘が勇者とは」

暗黒騎士「…」ドカッ

王「がっ!?」

28 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:09:26.51 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士は剣を振り上げる。

王「ま、待て――勇者の情報を与えただろう!?」

暗黒騎士「あぁそうだな――だが胸糞悪くなった」

王「何が気に入らぬ!?人間の間で起こっていることなど、お主らには――」

暗黒騎士「関係あるんだよ」

暗黒騎士はそう言うと兜を脱いだ。
その顔を見て、王は絶句する。

暗黒騎士「俺も、元人間だからな」

暗黒騎士の額には、人間が魔族に転生した証の刻印がしっかり刻まれていた。

暗黒騎士「それにお前は――」

王「―――」

暗黒騎士「とっくの昔に、俺の恨みを買っていた」

29 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:09:52.30 ID:crzuGK9B0
世界が滅びればいい――そう強く思ったのは、あの時だった。


幼馴染『おにぃ…もう走れないよ』


昔の光景が鮮明に浮かんだ。


幼馴染『いいんだ私…もう、諦める』

何を言っているんだ、俺はそう幼馴染を叱る。
それでも幼馴染は、涙を浮かべた笑顔で首を横に振った。

幼馴染『この世界で生きていくのは、辛すぎるよ』

それは幼馴染の本音。
俺が言葉を返せずにいると、幼馴染は続けた。

幼馴染『私は勇者にはなれない』

幼馴染『だからもっと強い人が勇者になって、おにぃの生きる世界を守る――』

幼馴染『それが、1番いいから』


嫌だ。
俺にはお前が必要なんだ――

そう言いかけた時、追っ手が姿を現した。


そして俺は、大事な人を失った。

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:39:45.32 ID:7CjjXFoN0
勇者「…あら」

帰還後、暗黒騎士は勇者の元を訪れる。
勇者は暇を持て余していた様子で、暗黒騎士の訪問に表情が少し明るくなった。

暗黒騎士「食事をほとんど残したそうだな」

勇者「量が多かったもので」

勇者はそう答えたが、厨房の者に聞けば勇者はパン半分と野菜しか食べていないようで、いくら少食でも食べなさすぎだ。
国王の言葉を思い出す。勇者は今まであまり食事を与えられてこなかった、と。
それを聞いてからだと、勇者の小柄な体型が痛々しく見えてきた。

暗黒騎士「お前の国の王を殺してきた」

勇者「へぇ」

暗黒騎士「お前を殺すよう命令した男だぞ」

勇者「そうですね」

思った以上に無反応だ。まぁ流石に大手をあげて喜べ、とは言わないが。

勇者「確かに命令したのは国王ですが、私の死を望んでいるのは国王だけじゃありませんから」

暗黒騎士「…そうだな」

あの小国の王の独断で、勇者を殺すなんて命令出せるはずがない。
政治的な背景は知らないが、きっと、勇者殺害命令には様々な人間の思惑が絡んでいるのだ。

暗黒騎士(それは、あの時も同じだったな)

人間達のやる事は、あの時と全く変わっていない。まぁそれは、実際魔王を倒したという実績ができてしまったせいでもあるけど。

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:40:16.95 ID:7CjjXFoN0
勇者「…すみません」

暗黒騎士「ん…?何がだ?」

勇者「せっかく気を使って私の所に来て下さっているのに、私と話していてもつまらないでしょう」

暗黒騎士「いや、そんな事はないが」

半分嘘だ。何を言っても反応が薄く、後ろ向きな発言が多い為、決して楽しい気分ではない。
自分も口下手な自覚はあるので、勇者だけのせいではないが。

暗黒騎士「なら話題を変えようか。…お前のことを聞いてもいいか?」

勇者「私の?」

暗黒騎士「あぁ。お前のことが知りたい」

勇者「まぁ…構いませんよ」

暗黒騎士(屋敷で下働きをしていたと聞いたが…)

王からそれを聞いたことは言わない。勇者の口から直接聞いて、会話のきっかけになればいいと思った。

38 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:40:51.83 ID:7CjjXFoN0
勇者「私の父、悪徳商人だったんですよ」

暗黒騎士「いきなり面白いな」

勇者「それで恨みを買って、私が小さい頃に殺されまして。母は気を病んでほぼ同時期に亡くなりました」

暗黒騎士(それで重い…)

勇者「私は村のお金持ちに引き取って頂きました」

暗黒騎士「…そこでいじめられでもしたか?」

勇者「私が悪いんです」

暗黒騎士「え?」

勇者「本当に頭が悪くて、何をやっても駄目で、人に好かれることもできないから」

暗黒騎士は黙る。
魔王軍の中にも、気の毒な程無能で、努力の実らない者はいる。そういう者を周囲は煩わしく思うが、きっと本人も自己嫌悪していると思う。
勇者はきっと自分をそんなタイプだと言っているのだろう。勇者をよく知らない暗黒騎士は、フォローの発言もできなかった。

勇者「いつも腹立たしく思っていたんです」

暗黒騎士「…何にだ」

勇者「無能な自分自身と、無能な私を苦しめる世界が」

暗黒騎士「それじゃあ生きること自体が苦しかったんじゃないのか」

勇者「死ぬのも怖いですけどね」

勇者はそこで、今日初めてちょっとだけ笑った。

39 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:41:38.51 ID:7CjjXFoN0
暗黒騎士は幼馴染を思い出す。
小さい頃はいじめられっこで、よく自分の背中に隠れていた幼馴染。

幼馴染『おにぃ…いつもごめんね』

幼馴染は周囲の子より鈍臭くて、気が弱かった。
そういう周囲より劣った存在は、虐げられる標的にされやすい。

幼馴染『私といるとおにぃも仲間はずれにされちゃうでしょ…?』

弱い者いじめする奴らなんかと遊びたくない。俺がそう言うと幼馴染は涙目になった。

幼馴染『私、やっぱり弱い者なんだね』

幼馴染『おにぃがいなくなったら私…』

今になってわかる。幼馴染は怖がっていたのだと。
弱い者が自分の力で生きていくことを恐れるのは、おかしな事じゃない。

当時の俺はそんなことわからなかったが、幼馴染と約束をした。
お前が弱いなら、俺が強くなる。俺がずっと、お前を守ってやると――





暗黒騎士(俺は、あいつとの約束を破った)

40 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:42:22.98 ID:7CjjXFoN0
勇者「すみません」

暗黒騎士「…ん?」

勇者「後ろ向きな話をしてしまって」

暗黒騎士「お前が後ろ向きな人間だというのがわかったから、構わん」

勇者「次は貴方の事を聞かせて頂けませんか?」

暗黒騎士「何だ。そんな事に興味あるのか?」

勇者「話して頂ければ興味が沸くかもしれません」

暗黒騎士「…」

嘘でもいいから興味があると言え、と思った。要領の悪い人間は嘘も下手だ。
それでも一応聞いてくれたのだから、話してみることにした。

暗黒騎士「俺は…お前と同じ国で生まれた」

勇者「じゃあ暗黒騎士さんは人間なんですか?」

暗黒騎士「元、な。人間が嫌になる気持ちはお前もわかるだろう」

勇者「はい」

詳しい理由については、話したくなかったので話さないことにした。

暗黒騎士「とにかく人間をやめてからずっと、鍛えながら魔物達と過ごしてきた。そして魔王様に実力を見初められ、魔王軍に入った」

勇者「貴方は有能なんですね」

暗黒騎士「…」

その言葉は素直に褒められたのか、卑屈さがこもっているのか、わからなくて少し困った。

41 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:43:23.96 ID:7CjjXFoN0
勇者「どうして貴方程の方が、私を気にかけて下さるんですか?」

暗黒騎士「…」

いきなりのストレートな質問に押し黙る。何と答えればいいのか…。

勇者「魔王軍は勇者を閉じ込めておけば、あとは何の用もないはずですよね」

勇者「ここを出入りする方は貴方以外、私に何の興味も持ちません」

勇者「どうして貴方は私に興味を?」

暗黒騎士「…そうだな」

短い時間で色々考えたが、答えは1つしかない。

暗黒騎士「同情かもしれないな」

勇者「同情…」

言ってから少し後悔する。
同情なんて上から目線の言葉、より一層惨めになるだけではないか。

勇者「ありがとうございます」

だけど勇者は、

勇者「優しいんですね、暗黒騎士さん」

同情すら優しさと受け取る程、自尊心を失っていた。

42 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:43:49.27 ID:7CjjXFoN0
暗黒騎士「…言っただろう、俺がお前を必要としてやると」

してやるなんてのも上から目線だ。
だけどこの勇者は、別にそんなの気にしていないのだろう。

勇者「嬉しいです」

勇者は笑顔になる。
手を差し伸べてくれるのなら、自分を見下していても構わない――きっと、そういう事だ。

勇者「でも私、必要とされるには役に立たない人間です」

暗黒騎士「――っ」

上から目線の同情に、何かを返したいと思う気持ち。
何も返せず、自分を無能と卑下する気持ち。
勇者の声と表情から、そんな気持ちが伝わってきた。

暗黒騎士(本当に、こいつは――)

どうしようもなく卑屈で、どうしようもなく気の毒で――

暗黒騎士「…役割を与えてやる」

勇者「役割…?」

暗黒騎士「これだ」

暗黒騎士は剣を手渡した。勇者にしてやれるのは、これ位しか思いつかない。

暗黒騎士「俺の剣を磨くという重要な仕事だ。お前に任せてもいいか」

勇者「重要な仕事…」

勇者の表情が少し明るくなった。
こんな事で嬉しそうになる勇者を見て、暗黒騎士は胸が痛んだ。

43 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:44:28.20 ID:7CjjXFoN0
暗黒騎士「…じゃあ俺はもう行く。長居してすまなかった」

そう行って足早に部屋を出た。
廊下を歩きながら思い出すのは、幼馴染の顔。


幼馴染『おにぃ、いつもありがとう』

幼馴染『皆が私に意地悪しても』

幼馴染『おにぃはいつも私を助けてくれるね』


暗黒騎士「…くっ」

勇者と幼馴染は違う。顔も喋り方も、全然似ていない。
それはわかっているが――

暗黒騎士(放っておけん…)

彼女を救いたいという気持ちが、どうしようもない程大きくなっていた。

45 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 21:59:58.47 ID:7CjjXFoN0
>翌日

暗黒騎士「お前が先代勇者か」

先代「…魔王軍の者か?」

先代勇者の情報が入ったので田舎を訪ねた。
暗黒騎士の鎧は目立ったが、遠巻きに見るだけで彼に声をかける者はいなかった。

先代「村の外に出よう」

暗黒騎士は了承する。

先代勇者――先代魔王を倒した当時は若造だったが、今は年齢を重ね貫禄を醸し出している。
聞けば、先代魔王を倒した後もずっと修行を続けていたとの事。

暗黒騎士「今回は勇者に選ばれなかったようだな」

先代「勇者は神が選ぶ。俺にどうこう言う権利はない」

暗黒騎士「…」

それなら、最初に勇者に選ばれた幼馴染は――
いや、やめておこう。こいつには関係ないことだ。

先代「勇者ではなくなった俺に何の用だ?」

暗黒騎士「悪いが命を貰いに来た。勇者でなくなっても、お前はまだ人間達の英雄だからな」

先代「なるほど、俺を殺して人々の希望を砕くか。しかし――」

先代勇者はそう言うと剣を構えた。
只者ではない、暗黒騎士は一瞬でそれを感じ取った。

先代「お前は魔王軍の主力級と見た。お前を討ち、魔王軍の希望を砕かせてもらおうか」

暗黒騎士「面白い」

何も問題はない、初めからやり合うつもりで来た。

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 22:00:16.13 ID:7CjjXFoN0
先代「覇あぁ!!」

先代勇者が剣を振り上げると、それだけで落ち葉が舞い上がった。常人であればここで圧倒される。
しかし暗黒騎士はあえて攻めた。まずは一撃、余裕で受け止められる。二擊目、三擊目、休まずに連続で打つ。これも止められる。
四擊目――かわされる。標的を失った刃が空中を切る。勇者の刃は――暗黒騎士の首を狙う。

暗黒騎士「くっ」

空中を切った剣を戻す余裕はなく、紙一重でかわす。剣先がわずかに兜をかすめた。
だが油断禁物、先代勇者は次の一撃を既に放っていた。

暗黒騎士「…っ!」

暗黒騎士は後方に大きく跳躍し、それをかわした。

先代「ほう…そんな重そうな鎧着てる割に、動けるではないか」

暗黒騎士「動けなくなるようなら着ない」

先代「それもそうだな!」

先代勇者は大きく笑う。それが彼の余裕を表しているかのようで、暗黒騎士に不快感が沸く。

暗黒騎士(余裕をかますなら、油断を突く)

暗黒騎士は再び攻める為、駆けた。

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 22:00:50.69 ID:7CjjXFoN0
打ち合いは続く。相手の一撃一撃が重く感じるが、暗黒騎士も圧倒されてはいない。
打ち合いの中、隙がないかと探るが、そんな容易な相手ではない。

むしろ――

先代「覇ぁ!」

暗黒騎士「ぐっ」

暗黒騎士の方が危険な場面が多かった。

考える。身体能力はほぼ同等。先代勇者が自分より上回っているのは、経験。
自分が先代勇者より上回っているのは――

暗黒騎士「…っ」ダッ

先代(捨て身の突進…ヤケになったか?)

しかし捨て身による隙を、先代勇者が見逃すはずなかった。

先代「…捉えた!!」

暗黒騎士「っ!!」

先代勇者の剣が、暗黒騎士の胸に突き刺さる――と、同時

暗黒騎士「かかったな」

先代(刃が…)

先代勇者が気付いた時には遅く

先代「が…っ!!」

暗黒騎士の剣は、先代勇者の胸を貫いた。

48 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 22:01:26.39 ID:7CjjXFoN0
暗黒騎士「俺がお前を上回っていたのは、鎧による防御力だ」

暗黒騎士は心臓に到達する前で止まった、勇者の剣を見ながら言った。

暗黒騎士「思うように刃が進まなかっただろう?狙うなら、鎧の隙間を狙うんだったな」

先代「フ…それであえて胸に隙を作ったのか…ゴホッ」

先代勇者は仰向けに倒れながらも、相変わらずふてぶてしい態度を崩さなかった。
暗黒騎士は油断せず、剣を振り上げる。

暗黒騎士「…1つ、どうでもいい質問をさせてくれ」

先代「何だ…?」

暗黒騎士「お前が勇者になる前――神に勇者として選ばれた少女がいたのを知っているか」

先代「あぁ、いたなぁ」

先代「気の毒な少女だった…だが彼女が勇者として成長するのを待っていたら、人間は滅んでいたかもしれん」

暗黒騎士「…国に殺されたのは仕方なかった、と思うか」

先代「結果的には仕方なかったかもしれない――だが」

先代「神は間違っていると思ったな」

暗黒騎士「…そうか」

暗黒騎士「話は以上だ」


―――

49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 22:02:04.17 ID:7CjjXFoN0
幼馴染の件は先代勇者のせいではない。
ただ何となく、先代勇者の気持ちが知りたかっただけだ。

神は間違っている――その通りだ。
神は人間を救おうとは考えていない。勇者という運命に翻弄される人間を見て、どう足掻くか、楽しんでいる。
だけど、神に逆らう方法なんてありはしない。

暗黒騎士(現状はさぞ楽しい展開だろうな…)

幼馴染と勇者。運命に翻弄された2人の少女の顔が浮かび、どうしようもない位腹が立ってくる。

暗黒騎士(だが俺は魔王様に忠誠を誓った身)

ならば人間に都合のいいようになんてさせない。
それが神を楽しませる結果になったとしても、どこまでも魔王の為に動こう。

52 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:08:51.00 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「元気か」

勇者「暗黒騎士さん」

勇者はいつも通りの覇気のない顔で暗黒騎士を出迎えた。
その手には、昨日暗黒騎士から預かった剣がある。

勇者「これ、磨いておきました」

暗黒騎士「あぁ、ありが――ん?」

暗黒騎士は勇者の手に注目した。指や手の平に傷ができている。

暗黒騎士「…剣を磨いて怪我したか?」

勇者「………はい」

何て不器用な…と思ったが侮辱してはいけない。一生懸命やってくれたのだ。

暗黒騎士「また頼んでもいいか」

勇者「はい、喜んで」

勇者は嬉しそうだ。きっと、役に立てることが嬉しいのだろう。
実際大した仕事じゃないが、勇者が喜ぶならそれでいい。そう思いながら、勇者から剣を受け取る。

暗黒騎士(………ん?)

一瞬、剣の感触に違和感があった。だが見た所剣に変わった所はない。

勇者「どうしました?」

暗黒騎士「あ、いや。…今使っている剣の手入れが必要になる時まで預かっていてくれるか。最近部屋がゴチャゴチャしてきてな」

勇者「あ、はい。わかりました」

53 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:09:32.47 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「今日は…先代勇者を討ってきた」

暗黒騎士は勝手に喋り始める。
勇者は「へぇ」と薄い反応を見せた。

暗黒騎士「相手の剣がもう少し深く刺さっていたら俺の負けだった」

勇者「やっぱり強かったんですね、先代勇者は」

暗黒騎士「…あぁ」

やっぱり、と言われて複雑な気分になった。
奴は幼馴染の代わりに選ばれた勇者で、本来勇者ではなかった人間だ。

勇者「…暗黒騎士さん?」

暗黒騎士「あ、いや何でもない」

それから、他愛ない話を続けた。

54 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:09:59.45 ID:n6XkU/tv0
それからも、何度か勇者の所に足を運んだ。

暗黒騎士「土産だ、暇つぶしに使え」

スライム「うにゅうにゅ」

勇者「わぁ、変な生き物。面白いですね」

暗黒騎士(変な…)←可愛いと言うと思っていた

勇者は少し通う内に容易に心を開き、他愛ないことで笑顔を見せた。

暗黒騎士「…今日も国に襲撃を行った。大分ダメージを与えたと思う」

勇者「暗黒騎士さんは凄いんですね」

人間が攻撃されたと聞いても心を痛める様子はない。
世界が滅んでもいい――勇者の気持ちは、そう言った時と変わっていない。

55 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:10:26.53 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「今日は非番だし、少し出かけるか」

そう言って城外に連れ出し、森を案内する。
特に楽しいものではないだろうが、毎日部屋にこもっていても飽きるだろう。

勇者「あの花初めて見る。知ってる?」

スライム「うにゅうにゅ」コクリ

勇者「そっか、この辺知ってるの?」

スライム「うにゅ~」ダッ

勇者「あ、待ってー」ダッ

スライム「うにゅにゅ~」

勇者「ふぅふぅ、疲れた~」

暗黒騎士「休むか」

脆弱だなと思いながら、暗黒騎士は木陰に勇者を誘った。

56 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:10:54.96 ID:n6XkU/tv0
勇者「今日はありがとうございます、暗黒騎士さん」

暗黒騎士「別に礼など必要はない」

勇者「貴方と会っている時間が1番楽しいです」

暗黒騎士「そうか…」

満面の笑みに心が痛む。勇者にとっての幸せはあまりにも小さい。

暗黒騎士「…何か望みはないのか」

勇者「望み…?」

勇者は首を傾げる。

暗黒騎士「こんな不自由な生活送ってたら、望みの1つや2つ出来るだろう」

勇者「望み…」

勇者は考え込んでいる。
自分なら酒が飲みたいとか、もっと体を動かしたいとか思うだろうが、勇者には本当に何も無いのか。

勇者「あ、そうだ」

暗黒騎士「思いついたか?」

勇者「暗黒騎士さんの顔が見たいです」

暗黒騎士「…俺の?」

57 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:11:38.51 ID:n6XkU/tv0
勇者「駄目ですか?」

暗黒騎士「…」

いつも兜をかぶっているのには理由があった。
魔族に転生したのはもう十何年も前だが、それから外見はほとんど歳を取っていない。
自分は見た目に貫禄がない、と暗黒騎士は思っていたので、兜で威圧感を出していた。

だけど表情がわからないというのは、コミュニケーションを取る上ではマイナスだ。

暗黒騎士「構わん」

勇者「いいんですか!」

暗黒騎士「…笑うなよ?」

そう言って暗黒騎士は兜を脱ぎ、コンプレックスの塊である顔をさらけ出した。
その顔を見た勇者の反応は…。

勇者「思った通りでした」

意外だった。

暗黒騎士「もっといかついかと思ったとか、想像より若いとか、そういうことばかり言われてきたが」

勇者「そう言われるのが嫌で兜をかぶっていたんですか?」

暗黒騎士「まぁ、そうだ」

勇者「てっきり、表情が見えたら――」




勇者「暗黒騎士さん、辛いのがばれちゃうからかと思った」

暗黒騎士「――――え?」

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:12:13.54 ID:n6XkU/tv0
勇者「暗黒騎士さんて時々、とても辛そうな様子を見せるんですよ。気がついてました?」

暗黒騎士「そんなわけ――」

勇者「私、ずっと人の機嫌をうかがって生きてきたから…」

勇者「顔が見えなくても、何となく暗黒騎士さんの感情がわかるんです」

暗黒騎士「…っ!!」

暗黒騎士が辛いとはっきり感じるのは、幼馴染を思い出す時。
勇者の姿は、幼馴染と重なることが多く――

勇者「あっ」

暗黒騎士は、衝動的に、勇者を抱きしめた。

勇者「どうしたんですか…?」

暗黒騎士「俺じゃない――」

辛い目にあっているのは、俺じゃない。
当の本人は、何が辛いのかすらわからなくなっている。

勇者「暗黒騎士さん…?」

この、無力で哀れな少女を守りたくて、苦痛に歪んだ自分の顔を見られたくなくて――
ただただ強く、勇者を抱きしめていた。

63 : ◆WnJdwN8j0. [sage]:2015/01/10(土) 18:04:28.30 ID:n6XkU/tv0
勇者「今日は楽しかったです」

暗黒騎士「…そうか」

勇者を部屋まで見送り、暗黒騎士は自室へと戻る。
勇者はあっけらかんとしていたが、あの鋭い勇者に自分の動揺がばれていないか、とても不安だ。

俺は正気を失っている――それが、はっきり感じられた。

魔王「お楽しみだったようだな、暗黒騎士」

暗黒騎士「!?」

唐突に姿を現した魔王に驚く。
魔王はそんな暗黒騎士の顔が見えているのか、可笑しそうに笑った。

暗黒騎士「…お楽しみという程の事は」

魔王「最近、よくあの勇者の元に通っているな?」

暗黒騎士「…魔王様が思っているような事は一切ありませんので」

魔王「さて、何の事かのう?」

魔王は下世話に口を歪めた。
魔王のことは尊敬しているが、こういう所は本当に苦手だ。

暗黒騎士「…とにかく勇者とは大した事はしていません」

魔王「そうか…勇者の扱いについてお前に相談しようと思っていたが、わしの独断でいいかのう」

暗黒騎士「…勇者の?」

そう尋ね返すのは見切っていたかのように、魔王はにやりと笑う。

魔王「部屋で話そう」

暗黒騎士「はい…」

暗黒騎士は魔王の下世話な声色に、何か嫌なものを感じた。

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:05:08.51 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「それで魔王様、勇者の扱いというのは」

勇者を生け捕りにし、人間への侵攻を進める――そういう話だったはずだ。
捕らえている間の勇者の扱いについては、特に指示はなかったが。

暗黒騎士「今の所勇者は逃げたり自害する様子は見受けられません。何か問題が…」

魔王「つまらん」

暗黒騎士「…は?」

魔王「上手くいきすぎだ。刺激が無くてつまらん」

暗黒騎士「何を…」

魔王が何を言っているのか、心底理解できない。

魔王「暗黒騎士、お前は優秀だ。人間への侵攻も滞りなく行っている」

魔王「だがわしはもう少し刺激を楽しみたい…」

暗黒騎士「どうしろと?」

尋ねると魔王は大笑いした。
心底困り果てる。これは、魔王が自分をからかっている時の笑いだ。

65 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:05:58.54 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「魔王様、真面目に話して下さい」

魔王「悪い悪い」

魔王「わしには刺激が足らん。そこであの勇者だ」

暗黒騎士「勇者をどうするつもりで…?」

魔王「人間どもは勇者が我々の捕虜になっている事を知らん…」

暗黒騎士「まぁ、そうですね」

魔王「そこで人間達を絶望に叩き落とす為…」

魔王「勇者にわしの子を孕んでもらうというのはどうかのう」

暗黒騎士「!?」

魔王の下卑た笑みの奥に隠された残酷さに、暗黒騎士はぞわりと悪寒がした。

66 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:06:32.41 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「反対です!」

魔王「おや即答か」

暗黒騎士「あの勇者は勇者として機能していません、魔王様が思うほど人間達は絶望しないでしょう」

暗黒騎士「それに今勇者の精神状態は安定している…そんな事して勇者が自害したらどうするんです!」

魔王「前者はともかく後者はごもっともだの」

暗黒騎士「おわかり頂けたなら、おやめ下さい」

魔王「だが…それはそれでいいかもしれんな」

暗黒騎士「なっ」

魔王「神が選んだ勇者を孕ませ、人間達を嘲笑してやるのは面白い」

魔王「勇者が自害し、新たな者が勇者となるならもっと面白い」

暗黒騎士「…!!」

魔王「そうでもしなければ、今の勇者はあまりにもつまらん」

暗黒騎士「魔王様…」

全身が冷えていくのを感じる。
魔王の意志は強い。このままでは、勇者が――

67 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:07:00.41 ID:n6XkU/tv0
「おい」

勇者「すやすや…ん~?」

「起きろ」

勇者「ふあぁ……誰?」

暗黒騎士「俺だ」

勇者「暗黒騎士…さん?」

暗黒騎士「…こんな時間に悪い。起きろ」

勇者「ふぁい…どうしたんですかぁ」

暗黒騎士「今から外に出る」

勇者「え?…今、夜じゃないんですか?」

暗黒騎士「いいから来い」

勇者「でも…」

暗黒騎士「魔王様の子を孕みたくなければ早くしろ」

勇者「!」

68 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:07:43.91 ID:n6XkU/tv0
裏口から勇者を連れ出し、足早に城から遠ざかる。

勇者「よいしょ、よいしょ…」

何故か預けていた剣を持ってきた勇者は歩くのが遅い。
それでもまぁ、何とか誰にも見つからずにいる。

勇者「あの暗黒騎士さん…」

暗黒騎士「…何だ」

勇者「さっき言っていたことの意味は…」

暗黒騎士「魔王様が戯れを始めようとしている」

勇者「戯れ…」

暗黒騎士「少し歩けば洞窟がある。そこに身を隠していろ」

勇者「…でも魔王軍が混乱するのでは」

暗黒騎士「そんな心配している場合か。それとも魔王様の生贄になりたいか?」

勇者「それは…嫌ですけど」

暗黒騎士「煮え切らん返事だな?まさかお前…」

勇者「いえ…魔王は私が勇者だから、そうしようと考えたんですよね」

暗黒騎士「あぁ、そうだな」

勇者「あぁ、やっぱり」

勇者でなければ、誰も自分に見向きもしない。勇者はそう考える奴だ。
もっとも、この状況じゃ見向きもされない方が遥かにいいと思うが。

69 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:08:12.84 ID:n6XkU/tv0
勇者「あの…私を逃がしたこと、貴方が真っ先に疑われるのでは?」

暗黒騎士「そうだろうな。だが、上手く対処できる自信はある」

本音では自信は50%。だけどここは嘘をつく。

勇者「けど私、こんなんでも一応勇者ですし…暗黒騎士さんに迷惑をかけるのは」

暗黒騎士「おい、馬鹿なこと考えるんじゃないぞ」

暗黒騎士は冷や汗をかきながら勇者に詰め寄る。
この様子なら魔王城に戻ると言いかねない。そうしたら、勇者は魔王と――

暗黒騎士「駄目だ!お前がいいと思っても俺が許さん!」

勇者「やっぱり優しいですね暗黒騎士さんは」

暗黒騎士「こんなのは優しさの内に入らん、俺が気に入らんだけだ!」

勇者「でも、誰よりも私の為に行動してくれます」

暗黒騎士「お前の為じゃない!」

これは自己満足。勇者という運命の犠牲になる人間がいるのが気に入らない。
今だに幼馴染のことが吹っ切れずにいる自分の、精一杯の神への抵抗で――


勇者「私、貴方とならいいんですけど」

暗黒騎士「――は?」

勇者「産むのは貴方との子じゃ、駄目ですか?」

暗黒騎士「―――」


その瞬間、思考が停止した。

70 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:08:49.81 ID:n6XkU/tv0
勇者が側室となるのは、魔王ではなく、魔王軍幹部――それでも人間からすれば大差ないかもしれない。

暗黒騎士「だが、しかし…」

勇者「やっぱり、駄目ですか…」

暗黒騎士「いやっ…魔王様が了承するかは…」

違う、そうではない。
暗黒騎士自身が、動揺しているのだ。

勇者「貴方になら、何をされても構いませんから」

だけど勇者に残された選択肢は、あまりにも少なく。

勇者「それが叶わないなら、私を殺して下さい」

暗黒騎士「――っ」

この状況に、暗黒騎士も決断を迫られていた。

71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:10:08.83 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「俺は――」

その先の言葉をどうしても言えない。

暗黒騎士(どうすればいい…!?)

情けないと思いながら、空想の幼馴染に答えを求める。
もし、幼馴染なら何と言うか――

幼馴染『おにぃには、弱い人を救ってあげてほしいな』

救い。勇者にとっての救いとは?
勇者に残された選択肢に、救いと言えるものは…。

暗黒騎士「お前は…どうすれば救われる」

卑怯だ。自分が決断すべき場面で、勇者に答えの出ない質問をする。

勇者「そうですね、私は――」

勇者は自嘲気味に笑った。

勇者「こんな世界、滅べばいいと思います」

暗黒騎士「――っ!!」

暗黒騎士の胸に、勇者の言葉が突き刺さった。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:10:39.28 ID:n6XkU/tv0
この無力な少女は、この世界に虐げられ、普通に生きることもできない。

暗黒騎士「勇者…!」

勇者「暗黒騎士さん…痛いですよ」

勇者がひたすら哀れで、この世界への憤りが抑えられず。
抱きしめられた衝動で、勇者は剣を落とした。

暗黒騎士「俺がお前を救う」

できもしない言葉を吐く。

勇者「…ありがとうございます」

勇者は決して明るくはない微笑みを浮かべた。

勇者「その言葉だけでも救われていますから――」

75 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:56:51.05 ID:n6XkU/tv0
その時。

暗黒騎士「…っ」

唐突に、後方から嫌な気配を感じた。
いきなり現れた…いや、今までずっと気配を消していたのだ。自分でも察することができない程、気配消しに優れた実力者といえば…

暗黒騎士「魔王様…!?」

魔王「お楽しみの所悪いのう暗黒騎士」

暗闇から現れる魔王。その顔はいつも通り穏やかなのに、どこか威圧感がある。
暗黒騎士は油断せず、魔王と向き合う。

暗黒騎士「これは…」

魔王「言い訳せずともわかる。勇者を逃がすつもりのようだの」

暗黒騎士「そうです。俺は貴方の戯れには反対だ」

臆さずはっきり言う。下手な言い訳は逆効果だと思った。

暗黒騎士「魔王様こそ…今までずっと隠れてご覧になっていたのですか?」

魔王「ふっ…お前達のやりとりが面白くてのう」

相変わらず下世話だ。今更それに対し抗議した所で魔王が態度を改めるわけないが。
そんなことより、今は勇者をどう守るかの方が大事だ。

暗黒騎士「なら全て聞いていたはずですね」

魔王「勇者はお前の子を産みたいそうだな」

魔王は嘲笑を浮かべる。
誰のせいでこうなったと思っているのだ…暗黒騎士は少しいらついた。

暗黒騎士「…貴方の目的を果たすなら、それでいいのでは?」

76 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:57:18.72 ID:n6XkU/tv0
そうなればいい、という気持ちは少しもなかった。ただ今は現状を何とかしたい。
しかし魔王はそこで、おどけた顔をした。

魔王「すまんが暗黒騎士…」

暗黒騎士「?」

魔王「お前に話した目的は、半分嘘だ」

暗黒騎士「…は?」

半分嘘――それはどっちを?

魔王「お前はわしが拾わねば、惨めな浮浪者だったな」

魔王「そんなお前がわしを裏切るかどうか――そこを試してみたかったのだ」

暗黒騎士「…っ!!」

魔王「あぁ、裏切るようけしかけたのはわしだ、だから裏切りに関して怒ってはおらん」

魔王「だがわしは初めから――」

暗黒騎士「まさか…」

魔王「その勇者には死んでもらうつもりだった」

暗黒騎士「!!」

77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:57:45.84 ID:n6XkU/tv0
魔王「つまらんのだよ、その勇者は」

勇者「…」

勇者は話を聞いているのかすら疑わしい程、何の反応も無かった。

暗黒騎士「魔王様、人間達に大分ダメージを与えたとはいえ、まだ隠れた実力者がいるのかもしれませんよ!?この勇者を殺せば新たな者が勇者となり、魔王様が討たれる危険が…」

魔王「それが魔王だ」

魔王はすっぱりと暗黒騎士の言葉を切った。

魔王「不死の体に守られ、勇者との戦いを避けて魔王を名乗れるものか」

魔王「勇者として機能していない勇者はいらん」

暗黒騎士「…っ、勇者!」

魔王の言葉を聞き終わる前に、暗黒騎士は剣を構え魔王に突っ込んでいった。
その剣は、魔王の腕に止められる。

暗黒騎士「今の内に逃げろ!」

魔王「おやおや、不死の肉体を持つわしに立ち向かおうとは」

暗黒騎士「殺すことが目的じゃありませんから…!」

そう言って剣を振り上げ、魔王の腕を切り落とす。それから連続で、魔王の胸に剣を深く刺した。
魔王は無抵抗のまま、笑みを崩さない。

魔王「暗黒騎士、ようやくお前も面白くなったな…」

暗黒騎士「何…!?」

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:58:11.83 ID:n6XkU/tv0
魔王「言っただろう。お前も優秀すぎてつまらん」

暗黒騎士「な…」

魔王「元人間で、人間に対し恨みを抱えているお前を部下にすれば面白そうだと思っていた」

魔王「しかしお前は、わしの命令通りにしか動かなかった」

暗黒騎士「それがつまらないと?」

魔王「あぁ…そうだ」

暗黒騎士「っ!!」

不意打ちで横腹を殴られ、軽くよろめく。さっき切り落とした腕が、もう再生していた。
魔王がダメージを受けた所を見たことはない。そのせいで、この再生の早さは予想外だった。
魔王の攻撃はそれで終わらず…。

暗黒騎士「ぐがっ…!!」

腹に魔力を帯びた一撃を喰らい、吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされる最中腕を思い切り蹴り上げられ、それで剣が暗黒騎士とは逆方向に飛んでいった。

暗黒騎士(くそ…)

ここまで見事にやられるとは思わず、自分の目論見の甘さに舌打ちする。
だがそれより問題なのは…。

暗黒騎士「お前…何で逃げてないんだ!」

勇者「…」

勇者は相変わらず状況を無視しているかのように、一歩も動いていなかった。

79 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:58:38.05 ID:n6XkU/tv0
魔王「どうせ逃げても無駄だとわかっていたのだろう」

魔王はゆっくり勇者に迫る。それでも勇者は動かない。

暗黒騎士「おい…!!」


あの時と同じだ。
あの時も自分が弱かったせいで幼馴染を守れなかった。

幼馴染『この世界で生きていくのは、辛すぎるよ』

生きるのを諦め、死を望まれる者に生きてほしいと願うのは、自分だけで――


暗黒騎士「勇者!俺にはお前が――」

勇者「誰かの代わりに必要、ですか――?」

暗黒騎士「!?」

勇者「その反応、やっぱり」

勇者はこの状況にそぐわない、淀みのない笑顔を浮かべた。

80 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:59:06.69 ID:n6XkU/tv0
勇者「何となくわかっていたんです、暗黒騎士さんが見ているのは私じゃなかったって」

暗黒騎士「それは…」

間違いではない。自分は勇者と幼馴染の姿を重ねていた。
だが、自分は幼馴染の事を一度も話したことはない。

勇者「暗黒騎士さんが私を気遣ってくれるのも、人間に恨みを抱いている理由も――きっと大切な人を失ったんだろうなぁって、ちょっと想像したらわかっちゃうんですよ」

その様子はもう、未練を捨てたかのように吹っ切れていて――

勇者「それでも良かったんです、私に優しいのは貴方だけだったから」

暗黒騎士「違う、俺は」

勇者を救いたいという気持ちは、本物だった。

魔王「どの道もう終わりだ」

やめろ――暗黒騎士は駆ける。

勇者「こんな世界、滅びればいいけど――」

勇者「貴方だけは幸せでいてほしいです」

暗黒騎士「…っ!!」

81 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:59:34.62 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士はその時頭で考えて行動してはいなかった。
駆けた先、勇者の足元付近に剣が落ちていた。だから、拾った。
そして無防備な魔王の胸に、剣を深く突き刺した。

魔王「無駄だと――」

しかし、次の瞬間魔王の顔が歪む。
余裕が崩れた…?疑問に思いながら剣を引っこ抜く。そして違和感。

魔王が口から血を吐く――傷口が再生しない?

暗黒騎士は無心ながらも、普通の体が相手であれば致命傷になる一撃を放っていた。
それを無防備で喰らった魔王は、そこに崩れ落ちる。

魔王「その剣か――」

暗黒騎士「…え?」

魔王の視線の先、自分が手に持っていた剣を暗黒騎士も見る。

魔王「その剣から勇者の加護を感じる」

暗黒騎士「…!?」

この剣は勇者に預け、勇者が磨いていたもの。
だがまさか、それだけでこの剣が魔王を討つ為の刃になったとでも…!?

魔王「世の中は不可解なことで成り立っておるのう」

魔王は弱った様子で、大きく笑った。

82 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:00:07.26 ID:n6XkU/tv0
魔王「こんな間抜けな死に方する魔王は、歴代でわしが初めてだろう」

暗黒騎士「魔王様…」

魔王には恩もあり、忠誠もある。
だから自分の手で魔王を殺してしまうなんて、暗黒騎士にとっては不本意で――

魔王「先のことを考えよ、暗黒騎士」

暗黒騎士「先の…?」

魔王「詳しくはわしの遺言状でも読め。喜ぶのだな暗黒騎士」

魔王「人間を滅ぼすのは、お前だ――」

暗黒騎士「――!!」


暗黒騎士は茫然としていた。今だ現状を受け入れられない。
しかし、そうしている暇はなかった。

暗黒騎士「…!!」

大勢の気配がこちらに迫ってくる。
大群はあっという間に自分たちを囲んだ。彼らは、魔王軍の魔物達だ。

83 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:00:34.09 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「…」

戯れの気持ちを持たぬ彼らなら、少なくとも勇者を殺しはしないはず。
暗黒騎士はそこから逃げ出そうとも、抵抗しようとも思わなかった。自分は魔王を殺した反逆者。反逆者は罰を受けるのが当然。

しかし。

魔物「暗黒騎士様…」

暗黒騎士「…?」

彼らから殺気はまるで感じない。
それどころか、自分の錯覚か、自分に敬意を払っているようにも感じられ…。

暗黒騎士「どうした…俺を殺さないのか」

魔物「とんでもない」

魔物「魔王様の遺言に従い――」

魔物「貴方を次の魔王と認めます」

暗黒騎士「――っ!?」

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:01:01.23 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「俺が次の魔王だと!?俺は不死の体を持っていないぞ!」

魔物「それでも、我々を束ねることはできます」

暗黒騎士「!!」

魔王の死に際の言葉を思い出す。
人間を滅ぼすのはお前――つまり、自分が魔王となり人間を滅ぼす。

暗黒騎士「しかし…」

歴史上、魔王とは不死の体を持つ者だった。
だというのに、自分が魔王を名乗り出ていいものなのか…。

勇者「気にしなくていいんじゃないですか」

暗黒騎士「勇者!?」

勇者は相変わらず平然としていた。

勇者「勇者が神に選ばれて魔王を討つ力を得るように、魔王もきっと誰かに選ばれて不死の体を得る――」

勇者「魔王も、神の戯れに過ぎないかもしれない」

暗黒騎士「…」

勇者の言うことも一理ある。魔王も勇者も神を楽しませる存在でしかない、と暗黒騎士は思っている。
魔王も神が選ぶものなら、それに従ってやる義理はない。

暗黒騎士「…わかった」

暗黒騎士は渋々、魔王の遺言を受け入れた。

85 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:01:44.87 ID:n6XkU/tv0
不死の体を持たぬ暗黒騎士は、人間への侵攻を慎重に行っていた。
人間達の主要な国の要人と英雄を片付ける為動いていたが、彼らも手ごわく侵攻は順調にはいかなかった。

だが、それ以上に――

魔物「魔王様、今日の侵攻は魔王軍の敗走となりました」

暗黒騎士「そうか…犠牲が少なかったならそれでいい」

暗黒騎士は魔王になって、積極性を失っていた。

勇者「お疲れですか?」

暗黒騎士「まぁな…だが心配するな」

勇者「はい…無理しないで下さいね」

暗黒騎士「…」

魔王が死んだと同時、勇者の紋章も消えた。勇者とは魔王がいるからこそ存在できるものだ。
従うべき存在も、勇者の運命に翻弄される者もいなくなり、暗黒騎士の戦意は大分削がれていた。

それでも勇者は、暗黒騎士の側を離れなかった。

勇者「私が必要とされていないことは変わりありませんから」

紋章を失った勇者は死を望まれる存在から、また誰からも見向きされない存在に戻っただけ。
だがそんな勇者を救いたいという気持ちは、暗黒騎士にもまだ残っていた。

暗黒騎士「俺の側にいろ、勇者」

こうして勇者は人知れず、暗黒騎士の妻となった。

86 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:02:11.53 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士が勇者を愛していたか――それは暗黒騎士自身、わかっていなかった。
それでも勇者を伴侶にした日から、暗黒騎士は幼馴染を思い出さないようにしてきた。
これも同情かもしれない。だが少なくとも、勇者は魔物達から虐げられずに過ごせている。

少し時が経ち、2人の間に子ができた。

勇者「男の子なら、貴方に似ればいいですね」

暗黒騎士「どうだかな」

幸せを感じてはいた。

暗黒騎士「守るべきものが増えたな。それに、お前を必要とする存在も」

勇者「はい…そうですね」

自分は勇者を救うことができた――かつての卑屈さのない笑顔を浮かべた勇者を見て、暗黒騎士も安心したように笑った。

子ができた影響か、魔王軍の人間への侵略は一旦止まった。
それでも今までの攻撃によってダメージを受けていた人間達に、魔王軍を攻めきる力はなかった。
ともかくそれから魔王軍にとっては、平和な年月が流れた。

87 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:02:40.19 ID:n6XkU/tv0
少年「…?」

勇者と暗黒騎士の子は、城内を探索していた。
好奇心旺盛な年頃で、目に入るもの全てが興味の対象となる。

少年「…」

少年は自然と武器庫に足を運ばせる。
平和になった現在人の出入りは少なく、彼を咎める者はいない。
武器庫には埃のかぶった武器が無造作に置かれており、少年はそれに興味を惹かれ手を伸ばした。

少年「…あっ」

手を伸ばした先にあったのは刃で、少年は手を切った。
血が床に落ちる。血を見慣れぬ少年はその光景に目を惹かれる。
だけど少年は、本能的に知っていた。

少年「…えい」

彼が念じると同時、手の傷口は閉じる。

本能的に知っていた。どんな刃も自分の命は奪えないことを。


勇者「ぼく~、どこ行ったの~?」

少年「まま!」

少年は武器庫を飛び出し、大好きな母に飛びついた。

少年「まま~まま~」

勇者「甘えん坊ねぇ、この子ったら」

少年「ねぇまま」

勇者「あら、なーに?」

少年「ぼく、おとなになったら…ままのおねがい、かなえてあげるね!」


少年は無邪気な笑みを母に向ける。
母の願いが少年の目指すものだと、彼は本能的に知っていた。



Fin

88 : ◆WnJdwN8j0. [sage]:2015/01/10(土) 20:08:29.76 ID:n6XkU/tv0
お付き合いありがとうございました。
このキャラ達ならどんな動きするかな~と思いながら書き進めていましたが、思ったよりも暗くなりました。
悩む暗黒騎士も大好きです。

89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 20:10:37.66 ID:iyIlck3oO


90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 20:42:03.33 ID:pITRWh8aO


91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 21:15:40.39 ID:LqFRyTjRO

最後こわー

92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 21:36:41.28 ID:ppKppPqyO
勇者は結局心の底では世界の滅亡を願っているのか。
虐げられてきたから、手に入れた幸せも心から信じられないんだね。

posted by ぽんざれす at 19:30| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月30日

姫「ボクの名は姫! 誇り高き勇者の血を受け継ぐ者!」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1448096647/

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:04:07.23 ID:LnoxrNYl0
かつて魔王を討ち、世界を救った勇者は、その後国を興した。
その国は世界の平和を目標に掲げ、人々の支持を集め発展していった。

そして建国から200年後――


兵士「兵士長殿、ウルフの群れが街に向かっているとの事です!」

兵士長「餌を求めてやってきたか…しかし人間を食わせるわけにはいかん。すぐ避難勧告を出し、部隊出動するぞ!」

兵士「はっ!」


滅多にない非常事態にも関わらず、兵士達に焦りはない。
この平和な時代においても彼らは戦闘訓練は怠らず、彼らは『勇者の国』兵の名に恥じぬ自信と実力を誇っていた。

だが――

執事「失礼致します」

兵士長「執事さん、 どうした」

執事「はい…実は姫様が……」

兵士長「………は?」


2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:04:34.20 ID:LnoxrNYl0
姫「ふふっ、血が騒ぐよ…ねぇ、ご先祖様?」

街外れの草原に1人仁王立ちし、姫は好戦的に微笑んだ。
短く切った髪に、機能性を重視した装備――活発な美少年に見紛いそうなでいたちではあるが、彼女は紛れもなく勇者の国王家第二子、姫である。

その姫の視線の先にいるのは――今、正に突っ込んでこようとする、飢えたウルフの群れだった。

姫「さぁ来い! ウルフども!」

姫は剣を抜き構える。
そして先頭のウルフが姫に襲いかかると同時――

姫「でやぁ――っ!!」ズバァッ

一擊でウルフの胴体を切り裂いた。

姫「近年弱体化している魔物なんてボクの敵じゃないね。さ、全員同時にかかっておいで」

姫は自信たっぷりに、ウルフ達を挑発するように笑った。

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:05:06.50 ID:LnoxrNYl0



王「この馬鹿者が―――ッ!!」ゴッ

姫「あだぁ!!」

執事(見事なコブだ)

騒動の後、王の間にて姫は兄――王のゲンコツと説教を喰らっていた。

王「ウルフの襲来でなく、お前の行動に兵士達が混乱していたではないかっ!!」

姫「おやおや。兵団なら、非常事態にも対応してかなきゃ~」

王「非常事態を作り出しているのは、お前だあぁ!!」

王子(わー、またやってるよ~)

姫には兄と弟がいる。
20代で王に即位した、歳の離れた兄は、若き人格者と名高い。
弟の王子はまだ剣を振るには未熟な年頃だが、勤勉な性格である。

王「大体お前は昔から…。少しは姫らしさというものを身に付けようと思わんのか」

姫「ボクだって勇者の子孫だよ、兄上~。将来は立派な姫騎士となり、この国に貢献します!」

王「素行不良な姫騎士などいらん」

姫「じゃあ冒険者になる~」

王「あのな……」

王子「まぁまぁ兄上、姉上は姉上なりに国を想っていらっしゃいますよ。それにこれ以上叱りつけては、姉上は本当に家出してしまいます」

姫「愛しい弟よ~! ボクのことよくわかってるねー、大好き!」ギュゥ

王子「むぎゅう」

王「…今回は大目に見るが、お前もちゃんと勉強をしてだな……」

姫「あっ、急用思い出したっ!!」ダッ

王「話を聞けーっ!!」

執事「逃げ足の早いことで……」

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:05:32.50 ID:LnoxrNYl0
>街


町民A「あら姫様、ご機嫌よう」

町民B「あー! お姫様、おっきなコブできてるー!」

町民C「また陛下に叱られたのかー?」

姫「いってて~、まぁね~」

頭をさする。兄は戦闘の前線にこそ出ないが、勇者の子孫だけあって、ゲンコツの威力もかなりのものだ。
それに、もう一箇所――

姫「いたた。あーあ、ドジっちゃったなぁ」

ウルフとやりあった時、足を引っ掻かれ怪我をしたのだ。
動けない程の傷ではないが、それなりに深い。

姫(もうちょっと強くなって怪我しなければ、兄上も心配しなくなるかな)

両親を早くに亡くした姫にとって、兄は父のような存在でもある。
誰よりも姫に厳しい兄は、姫に姫らしくあれと教えてきた。

姫(けどボクの性に合わないよ、『姫らしく』ってのは。ごめんね、兄上)

心の中で謝りながら、姫は馬に飛び乗った。

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:06:05.50 ID:LnoxrNYl0
学者「おや、姫様は今日も勉強放棄ですか?」

王子「あはは、そうみたい」

学者「仕方ありませんね、ではマンツーマンでのお勉強となりますね。今日は風魔法の基本でも」

王子「あ、それ予習しといた。ほら」ヒュオォ

学者「おぉ」

王子「基本はいいからさ、もうちょっとレベル高いことやってみたいなぁ」

学者「…ふふ、王子。貴方の魔法の才能は素晴らしい」

王子「へへ、照れるなぁ。学者が上手く教えてくれたからね」

学者「私など…魔法に関する知識ばかりが身につき、肝心の実力が伴わなかった半端物です」

王子「そんなことないよー? 学者の作った教本だって、評判かなりいいじゃない」

学者「ふ、そんな評判など…私の野望に比べれば……」

王子「野望?」

学者「いえ…それよりも、今日の勉強を始めましょう」

王子「はーい」

学者(ふ…ふふふ……)

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:06:36.97 ID:LnoxrNYl0
>丘


姫「ん~っ、風が気持ちいいぃ~っ!!」

姫は丘に来て伸び運動をした。
ここはお気に入りの場所で、よく城を抜け出しては遊びに来るのだ。
ここからだと上から城下町が眺められて、とてもいい景色である。

姫「今日はニャンコいないのかなー? おーい、おやつ持ってきたよ~」

猫たち「にゃーにゃー」

姫「おー、よしよ~し。ニャンコは可愛いなぁ」ニヘヘー


~♪


姫「ん~?」

猫と戯れていると、音が聞こえてきた。
他に誰か、近くにいるのだろうか?

姫(むぅ、ボクだけの場所だと思ってたのに。まぁ、いい場所だもんね~)

姫「…それにしてもこの音、よく聞くと……」

ビョボボ~、ブヒョオオォォォ♪

姫「ひっでー雑音」

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:07:04.26 ID:LnoxrNYl0
この雑音の音源は何かと姫は音に近づいていく。
すると…

?「…」<ビュルルル~ビョボロ~ン♪

切り株に座った男が笛を吹いていた。
男の雰囲気だけは吟遊詩人っぽいのだが…。

姫(音外しまくりだし、まず音の出し方が汚いなぁ)

姫も一応は、小さい頃から一流の講師に歌や踊りを教わっていた身なので、耳は肥えている方だった。
音楽は好きではなかったが、この笛の音はそれでもわかる程のひどさだ。

姫「おーい、笛の練習かーい?」

?「!?」<ボフッ

姫は気軽に声をかけてみたが、男はかなり驚いていた。きっと、人がいるとは思わなかったのだろう。
男は顔を真っ赤にして、サッと笛をしまった。

?「ぐ…聞かれていたか」

姫「あはは、ひどい音だったねぇ。人のいる場所では吹けないよね」

?「うっせーな」

男は恥ずかしそうに頭をボリボリ掻いた。

姫「ま、気にするなって。誰でも最初は初心者だよ!」

?「…一応、笛吹き歴5年だ」

姫「え、5日目じゃなくて!?」

?「おい。喧嘩売ってんのか坊主」

姫「坊主? あはは、ボクこう見えても女だよ」

?「お、女!?」ビクッ

男は驚いて、後ろに跳躍した。

?「あぁ、言われてみれば…。色気の欠片もねぇから間違えたわ」

姫「男装するの好きだから、男の子に見えるなら嬉しいよ」

ほとんど知られていないが、さらしを外せば豊満な胸の持ち主なのだが。
しかし色気は出るかもしれないが、姫にとっては邪魔でしかない。

?(参ったな…女には慣れてない)

姫「どしたの? うつむいちゃって?」

?「いや…」

?(まぁ…こんな男っぽい女なら、まだマシか…)

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:07:55.35 ID:LnoxrNYl0
姫「ボクは姫! ここによく来るんだ、宜しくね!」

?「姫? もしかして勇者の国の姫か?」

姫「そうだよ。あ、知ってた?」

?「あぁ…。とんでもねぇじゃじゃ馬姫だと聞いているぜ」

姫「あはは、その通りかもね~」

小さい頃から男の子に混じってヤンチャしてたし、街の不良ともよく喧嘩して、今日だって勉強をサボって遊びに来ている。
髪をバッサリ短く切ったのだって、勝手に自分でやったことで、皆目が飛び出る程驚いたものだ。

笛吹き「俺は…笛吹きだ。旅をしている」

姫「へぇ旅人! 色んな国を回っているの?」

笛吹き「まぁ…な」

姫(うーん、人と話すの嫌いなのかな?)

何となく人を拒絶する雰囲気がある。
それなら無理させる必要はないので、自分は立ち去ろうか…と思った、その時。

猫たち「にゃーにゃー」

笛吹き「お、猫じゃん」

笛吹きの顔はパッと明るくなった。

姫「あ、キミもおやつあげてみる?」

笛吹き「いいのか、じゃあ…」

猫たち「にゃー♪」

笛吹き「おぉ…」ホワーン

粗野な男だと思っていたが、案外そうでもないらしい。
猫におやつをやりながら、顔はもうデレッデレだ。

姫「…そう言えば、笛吹きが動物を操る物語を読んだことがあるなぁ」

笛吹き「あー、楽器使いの中にはそういう特殊能力を持つ奴もいるなぁ」

姫「ねぇ、キミはそういうのできないの?」

笛吹き「そうだなぁ…」スッ

笛吹き(リラクゼーション効果のある曲なら…)<♪ビュロロロ~ン、ボリボリボリ~

猫たち「フギャアアァァ」

姫「うわあぁぁ、頭が、頭が痛い!! ボクの中の何かが目覚めそうだああぁァッ!!」

笛吹き「………」

姫「凄いね笛吹き! よくわからないけど凄まじい特殊能力だったよ!」

笛吹き「……お前、それは天然か? 嫌味か?」ズーン

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:08:28.34 ID:LnoxrNYl0
猫たち「にゃー」

姫「じゃあね~、ニャンコ達ぃ~♪」

笛吹き「……なぁ、1つ聞いていいか?」

姫「ん? なに?」

笛吹き「一国の姫君が、こんな所で護衛もつけず遊んでていいのか?」

姫「いや駄目だよ」

笛吹き「あのな……。ここ数年で弱体化したとはいえ、まだ魔物がウロウロしてるんだぞ」

姫「大丈夫~ん♪」

姫はそう言うと、懐から短剣を取り出した。

姫「ボクにだって勇者の血は流れているんだもの! 襲いかかってくる魔物は、コレで返り討ちさ!」

笛吹き「はーん…じゃ強いんだ、あんた」

姫「まぁね~。ボクは将来、騎士になるから!」

姫はそう言いながら短剣をシュッシュと振り回し、鞘に収めた。
この一連の動作がかっこいい、と姫は思っている。

笛吹き「発展途上ってとこだな」ボソッ

姫「え?」

笛吹き「いや別に。けど勇者の国の姫君は、噂以上のじゃじゃ馬だってことは判明した」

姫「だろう!」フフン

笛吹き「いや褒めてねーし。むしろバカにしてるんだし」

姫「いいよ。『美しく高貴なお姫様~』みたいなおべっかよりずっとマシ」

笛吹き「おべっか…いや、おべっかだけじゃないだろ」

姫「え?」

笛吹き「少なくとも……美人さんであることは間違いないし」

姫「…」

姫「それはボクも否定しない」

笛吹き(謙虚さゼロかよ、可愛くねぇ…)

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:08:56.83 ID:LnoxrNYl0
姫「…っと、ボクはそろそろ帰るね。ねぇ笛吹き、明日もここにいるの?」

笛吹き「あぁ、そのつもりだ。…ここは景色がいいからな」

姫「うんうん、城下町を見渡せて、とってもいい景色だよね~」

笛吹き「あんたも来るのか?」

姫「来るよ。キミの笛を邪魔してやらないと、ここの動物たちが苦しみそうだ」

笛吹き「悪かったなぁ~!」

姫「あはは。それじゃあね!」

姫は馬に飛び乗ると、笛吹きに手を振って丘を降りていった。
笛吹きも姫の姿が見えなくなるまで、 手を振っていた。

笛吹き「やれやれ…とんだアクシデントだったな」

笛吹き「さーて…これからどうしたもんか」


17 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:19:48.67 ID:CuY+fJ810
>翌日


姫「笛吹き~」

笛吹き「お」

姫が丘にたどり着くと、笛吹きは既に来ていた。
手には猫じゃらし。どうやら、猫たちと遊んでいたようだ。

笛吹き「今日は来るのが遅かったな」

姫「うぅー。踊りの先生につかまっちゃってさぁ」

笛吹き「へぇ。あんた、踊り習ってんのか」

姫「まぁ一応ね」

笛吹き「見せてくれよ」

姫「えー……」

姫は渋ったが、笛吹きが笛を取り出して音楽の準備をしている。
気は進まないが、仕方ない…。


ブヘヘ~ブッピョリポ~♪

姫「……」クルクル

ブリョリョンブッペレ~ン♪

姫「………」タッタッ

プリッポ~ボリョリョ~ン♪

姫「…………」クルリン


笛吹き「下手だな」

姫「キミの笛のせいだよ!!」ムキャーッ

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:20:48.72 ID:CuY+fJ810
姫「大体、ボク踊りとか好きじゃないんだよ! 兄上も王子もやってないのに、どうしてボクだけ!」プンプン

笛吹き「そりゃ…お姫様だからじゃないか?」

姫「男女差別だよ! もーっ、兄上みたいなこと言うんだからーっ」

笛吹き「王の気持ちはわかる。妹には可愛くしていてほしいもんだろ」

姫「ふーんだ。笛吹きには兄弟いるの?」

笛吹き「…できる予定だ。男か女かは、わからないが」

姫「できる予定?」

笛吹き「義理の母親が妊娠中。今、3ヶ月目」

姫「わぁ、おめでとう! 良かったね~!」

笛吹き「良くはないんだがな…家事情が色々ややこしくなるし」

姫「でも、可愛いもんだよ。ボクも弟は可愛いもん」

笛吹き「あぁ王子か…。何か、魔法の才能があるとか」

姫「そうなの、そうなの! 王子ってば天才なんだから! ボクなんて魔法の勉強、途中で投げ出しちゃったのに~」

笛吹き「天才か。あんたより強くなったりしてな」

姫「そうなったら嬉しいねー。将来どうなるかなぁ、楽しみだ」フフフ

笛吹き「……本当、弟のこと好きなんだな」

姫「うん!」

笛吹き「それと同じくらい、王もあんたのこと好きだと思うぞ」

姫「……え?」

笛吹き「喧嘩してるんだったら、仲直りしとけよ」

姫「べ、べつに…喧嘩してるわけじゃ」

笛吹き「そうか。…後悔しないようにしときな」

姫「後悔?」

笛吹き「…っと、余計なお世話だったか」

笛吹きはそう言うと立ち上がった。

笛吹き「そろそろ帰る。宿の夕飯時間なんだ」

姫「あ、うん」

姫は笛吹きの背中を見送ると、猫たちと戯れ始めた。
だけど頭の中には、笛吹きの言葉が残っていて…。

姫(後悔しないように、かぁ……)

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:21:24.52 ID:CuY+fJ810
>城


姫「ただいまー」

執事「お帰りなさいませ。肌寒くなってきたでしょう、ホットミルクでも如何でしょうか」

姫「飲む飲むー!」

執事の入れてくれるホットミルクは姫の好物だ。
この庶民の味が、名前の通り気持ちを「ホッと」させてくれる。

姫「はぁ~」ホノボノ

王「……姫」

姫「あ、兄上」

兄がやってきた。兄は何やら、厳しい顔をしている。
今日は踊りをサボらずやったし、問題も起こしていないし、怒られるようなことはしていないと思うが。

姫「な、なに? どうしたの?」

王「舞踊の講師に聞いた。…お前、真面目にやる気がないようだな」

姫(う。図星……)

王「どうして好きでないことには、とことん無関心なのだ。行動を好き嫌いで決めるようでは、この先苦労するぞ」

姫「だってー…ボクだけ踊り習わされるなんて不公平じゃんか」

王「お前にはわからないかもしれないが、男と女では役割が違う。そんな事では、嫁の貰い手が……」

姫「そんなこと、 兄上にあれこれ言われたくないね!」

王「姫……」

姫「フン! 兄上なんか嫌いだ!」

姫は怒りながらその場を立ち去っていった。


笛吹き『喧嘩してるんだったら、仲直りしとけよ』

笛吹き『そうか。…後悔しないようにしときな』


笛吹きのそんな言葉が思い出されたが…。

姫(ボクは悪くないもんね!!)

20 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:22:07.35 ID:CuY+fJ810
>翌日


笛吹き「……で、只今絶賛喧嘩中と」

姫「ボク悪くないもん!」

笛吹き「いやまー…悪くはないけどなー…」

姫「大体、踊れるからって何なのさ。そんなんで女を選ぶような男、こっちから願い下げだね!」

笛吹き「まぁでもわかる。俺も踊りができて、気品と色気のある女が好みだ!」ハハハ

姫 「キミの意見は聞いてませーん!」プンプン

姫はすっかりむくれていた。
今日は、踊りの稽古をすっぽかして丘まで来ていた。

姫「それにボク、全てを好き嫌いで決めてるわけじゃないよ。嫌いでも、できることあるもん」

笛吹き「例えば?」

姫「貸してっ!」バッ

笛吹き「え?」

姫は笛吹きから笛を奪い取る。
そして…。

姫「…」~♪

姫が笛を吹くと爽やかな音色が流れ、猫たちも和み始めた。

21 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:22:36.72 ID:CuY+fJ810
姫「ほらね~。ボク音楽は好きじゃないけど、簡単な楽器なら扱えるもんね。あ、これ返すよ」

笛吹き「」アワアワ

姫「ん? どしたの?」

笛吹き「あのなああぁぁ!! か、か、かんせつ…」ブルブル

姫「へ? 」

笛吹きは顔を真っ赤にして小声で呟いていた。
姫はピーンと察する。

姫「ははーん? 間接キスって言いたいのかなー? 意外とウブなんだねー、笛吹き」

笛吹き「うるせーな!! あんた無防備かよ!!」

姫「ガードは固いよ? ま、笛吹き程純真ではないかもね~」ケラケラ

笛吹き「あんた、良くも悪くも天然の能天気だな…。兄としては心配になるだろうな…」

姫「なんで」

笛吹き「ほら、その足のケガとか」

姫「あ、これ」

笛吹き「ウルフの襲撃の時に負ったんだろ。跡が残ったり…とか考えたら、やっぱ心痛いと思うぞ」

姫「そうかなぁ…」

けど昨日の笛吹きとの会話を思い出してみる。
もし王子が同じようなケガを負ったら自分は心を痛めるだろう。しかも、ケガするようなことをしょっちゅうしていたら、口うるさくなるのもわかる気がする。
兄が自分に対し、そんな気持ちを抱いているのだとしたら…。

姫「そっか…。そうだよね、兄上はボクを心配してくれているんだね」

笛吹き「嫁の貰い手もな。当たり前だろ」

姫「へへ…。でもボクの場合、昔からこうだから今更心配とかしないかなーって…」

笛吹き「そんなわけないだろ。むしろ、ずっと成長しないからこそ心配なんだろ」

姫「うー…」

悔しいけど反論できない。

22 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:23:14.18 ID:CuY+fJ810
笛吹き「そうとわかったらホラホラ、早く王と仲直りしてきな」

姫「そうだね!」

あれこれ考えるのは自分の性に合わない。
姫は決意すると、笛吹きの手をギュッと握った。

姫「あ りがと笛吹き! キミのお陰で何とかなりそうだ」ブンブン

笛吹き「わ、わ、わ、て、手…」ガチガチ

姫「じゃあね~! また明日!」ダッ

笛吹き「………」

笛吹き(本っ当~…に無防備だなっ!!)




姫(あれ? ボク、笛吹きにウルフのこと教えたっけ?)

姫(まぁ結構話は広がってるだろうし、知ってるか。ボクって有名人だな~)




笛吹き「さーて笛の練習でもするか」

?「……――様」

笛吹き「っ!」

?「決行日が、決まりました…」

笛吹き「……!!」

23 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:23:49.68 ID:CuY+fJ810
>城


姫「…兄上っ」

王「…ん?」

廊下を歩いている兄を発見し、呼び止める。
丁度、周囲に誰もいないので、変な噂がたつこともないだろう。今なら…

姫「その…ごめんなさいっ!」

王「………」

王「まるで『押忍』って感じのポーズだな」

姫「ハッ! しまった、つい!!」

王「お前は本当に礼儀作法がなっていないというか…」

姫「うー、すみませんねー」

王「ま…良くも悪くも飾らないのが、お前という人間なのだろうな」フフフ

姫「あ、兄上……」

厳しい兄にしては珍しい反応だった。
それに兄の笑顔を見るのも、久しぶりだ。

王「こちらこそ悪かった。お前のことを考えているつもりで、お前の気持ちをまるで考えていなかった」

姫「で、でも…兄上はボクを心配してくれていたんだよね」

王「あぁ。お前のことは本気で色々と心配だ」

姫「むぅ~…」

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:24:42.28 ID:CuY+fJ810
王「お前は我が国の姫なのだ。悪意を持ってお前に近づく者がいれば、国自体へのダメージにも繋がる」

姫「…うん」

王「それに、その時に1番傷つくのはお前自身だ。だからそうならぬよう、お前にはもう少し慎重さを身につけてほしい」

姫「慎重さ…。そうだね、ボクに足りていないものだ」

王「そして…王族は国の『顔』なのだ。その自覚を少しは持て」

姫「……そうだね」

王「俺がお前に最低限言いたいのは、それだけだ…。だが、まぁ」

姫「ん?」

王「俺個人の気持ちとしては…お前が楽しんでいるのは、とても良いことだと思う」

姫「兄上…」

兄は王という立場があるから、とても大きなものを背負っているのだ。それなのに自分ときたら、兄に余計な気苦労をかけさせるばかりで…。

姫「ボク反省するよ兄上。勉強もちゃんとやる。…遊びにも、行くけど」

王「はは、遊びに行くなとは言っていない。それより、これから王子と一緒にティータイムにしようと思っていたのだが、お前もどうだ」

姫「うん、ボクもご一緒するー! 久しぶりに兄弟水いらずだね!」

王「そうだな」

その後2人はすっかり仲直りし、ティータイムに色んな話をした。
本当に久しぶりになる、兄弟での楽しい時間だった。

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:25:35.44 ID:CuY+fJ810
>翌日


姫(笛吹き、来てないなぁ)

今日は早めに来た。手には、昨日のティータイムで余ったクッキーの詰め合わせ。笛吹きへのささやかなお礼として持ってきたのだ。

姫(今日は話のネタも沢山持ってきたぞー! 昨日は兄上といい、王子といい、おかしかったなー)

姫「あ、来た。おーい、笛吹きー!」

笛吹き「……」

笛吹きは何やら元気がない。寝不足だろうか?

姫「笛吹き、ありがとね。キミのお陰で兄上と仲直りできたよ。それでね…」

笛吹き「なぁ姫さん」

姫「ん、なーに?」

笛吹き「その…悪い。ちょっと、今日は急用ができて。ゆっくり話している場合じゃない」

姫「そっか。ううん、構わないよ」

そりゃ、そういうことだってあるだろう。

姫「もしかして、それ伝える為に来たの? 生真面目だなぁ~」

笛吹き「ち、違うんだ! その…」

姫「?」

笛吹き「…丘のふもとに、泉があるだろう。あそこで待っていてくれないか」

姫「なんで?」

笛吹き「その…そこで、話があるんだ」

姫「話?」

26 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:26:14.50 ID:CuY+fJ810
姫「わざわざ場所変える必要があるの? それに待ってろって、どれだけ待ってなきゃいけないのかな?」

笛吹き「それは……」

姫「……」

姫(何か事情があるのかなぁ。これは察しなきゃいけないやつ?)

自分はは『察する』というのが苦手だし、その自覚もある。
もしかして今は、その『察する』のが必要な場面なのか。

姫(兄上とも約束したもんね、大人になるって)

姫「わかった。その代わり、早めに来てよ? ボク、ボーッと待ってるの苦手だから」

笛吹き「…悪い」

姫「そんな、謝るほどのことじゃないよ」

笛吹き「いや…」

姫「?」

笛吹き「あんたには…いくら詫びても足りないんだ」ダッ

姫「? 変な笛吹き」

首を傾げながら姫は笛吹きの後ろ姿を見送り、それから丘を下った。

27 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:27:03.93 ID:CuY+fJ810
>城


王「王子、勉強は順調か」

王子「はい兄上! 新しい魔法をどんどん覚えていくのは楽しいです」

王「そうか。お前の魔法の才能は、俺や姫より上だな」

王子「ありがとうございます。でも…僕は兄上や姉上のように、剣を扱えるようになりたいです」

王「剣は体で覚えるしかないからな。お前程勤勉なら、習得できるとは思うが」

王子「えへへ…ありがとうございます」

王子(やっぱり兄上に誉められると嬉しいなぁ)


兵士「陛下!!」

王「む。どうした」

兵士「魔物の軍勢が…こちらに向かってきています!!」

王「!!」

王子「!?」

28 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:27:37.52 ID:CuY+fJ810
姫(遅いなぁ笛吹き)

泉で馬を水浴びさせた後、泉に足を入れてバシャバシャしていたが、何だか待ちくたびれてきた。

姫(何の用だろうなぁ。想像もつかないや)

姫(待たせれば待たせる程、期待値上がっちゃうよー。早くしろー、笛吹き)

そんなことを考えていた時、ふと兄の言葉が脳裏をよぎった。


王『お前は我が国の姫なのだ。悪意を持ってお前に近づく者がいれば、国自体へのダメージにも繋がる』


姫(悪意を…)

姫(いやいや。友達を疑うなんてダメだよね)

その考えをすぐに払拭した。
だがしかし、言いようのない胸騒ぎがしていた。


その時――

執事「姫様! こちらにいらっしゃいましたか…!」

姫「し、執事!?」

馬に乗ってやって来た執事を見て、姫は仰天した。
ちょくちょく城を抜け出す姫を連れ戻しに、探知魔法の心得がある執事が来るのは珍しくもない。
しかし、今日は様子が違った。

姫「どうしたの執事、その怪我!」

執事「城が…!!」

姫様「!?」


31 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:12:29.88 ID:Lruyaxur0
姫と執事は大急ぎで馬を走らせていた。


執事『城が…魔物の軍勢に攻められています!』


姫(今日は確か…)

主力の部隊が戦闘訓練の為、城を離れている日だった。
すなわち攻められるには最悪のタイミング、というわけだ。

姫「敵は情報を掴んでいたのか…まさか、こっち側にスパイが!?」

執事「わかりません…しかし近年の弱体化した魔物ならば、いくら主力部隊がいないとはいえ、我が国の兵団があそこまで攻め込まれることは無いはずなのですが…」

姫「魔物達も、密かに牙を研いでいたのかもな…!」

気持ちが焦り、城が遠く感じる。
城は、兄は、王子は、城の者達は――


姫「…っ!」

覚悟していたとはいえ、その光景を見て息を呑んだ。
城からは火の手が上がっている。外壁は、あちらこちら破壊された跡も見られる。
唯一の救いは、街の方には避難勧告が出されたのか、被害に遭った町人の姿は見当たらず、被害は城に集中している。

執事「姫様、隠れて!」

姫様「…っ!」

城から魔物の群れが出てきて、街の外に突っ切っていった。

姫「兄上達は…!?」

魔物達が通り過ぎるのを待ち、姫は城に向かった。

32 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:14:13.06 ID:Lruyaxur0
城の中は外観よりも悲惨だった。
見知った顔の兵士達が倒れており、あちこち戦闘で破壊された跡がある。
城内は血の匂いが漂っており、姫はクラクラした。

姫「何てひどい…!!」

絶命したと思われる兵士達を見て、姫は怒りを覚えた。
彼ら一人一人が元気だった頃の姿が思い出される。それが余計に、胸を締め付けて。

姫「兄上と王子はどこに…」

と、その時。


――ガシャアァン


外で、ガラスの割れるような音がした。
姫は咄嗟に振り返り、中庭を見た。

姫「――っ!」

そして、目を疑った。


ガラスを突き破って中庭の地面に叩きつけられたのは――腹に穴をあけた、兄だったのだ。

33 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:14:54.77 ID:Lruyaxur0
姫「あ、兄上っ!」

姫は兄に駆け寄ろうとしが、肩をグイッと掴まれる。

執事「お待ち下さい、危険です!」

姫「でも…!」

と、その時、中庭に複数の魔物が降り立った。
歓声をあげている魔物達の中に1人――威厳あるオーラを放ち、只者ではない目つきをしている魔物がいた。

そのいでたちは、まるで――

魔物A「魔王様」

姫(魔王!?)

そう、正に魔物の王に相応しい風格だった。

魔王「…この国の王は確実に仕留めた」

姫「…っ!!」

姫はその言葉で一気に感情が爆発しかけ、執事に抑え込まれていなければ飛び出していただろう。
くい止められていたお陰で、次の言葉を聞くこととなった。

魔王「あとは、王子を手に入れるのみ」

姫「王子を…!?」

嫌な予感しかしなかった。

34 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:15:43.17 ID:Lruyaxur0
魔物A「王子は天才的な才能の持ち主とはいえ、まだ子供…襲撃を察知した時点で、避難させられたか」

魔物B「かつて勇者が築いた城だ。侵入者にはわからない隠し部屋があってもおかしくはないな」

魔王「手は打ってある」

魔物達が心配を口にする中、魔王はそう言い切った。

「魔王様、お待たせ致しました」

姫「えっ!?」

執事「な…」

そして新たに現れたその人物を見て、姫と執事は驚きの声をあげる。

学者「全て手筈どおり。事は順調に進んでおります」

姫「何で学者が…」

城に仕え、魔法の講師でもあった、学者だった。
だが、驚きはそれで終わりはしなかった。

学者「魔王子様――」

魔王子「…」

姫「――っ」

魔王子と呼ばれた男は、気を失った王子を抱えて姿を現した。そして、その魔王子とは――

姫「笛吹き…!?」

紛れもなく、笛吹きだった。

35 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:16:51.47 ID:Lruyaxur0
魔王「王を殺し、王子を手に入れた――学者よ、貴公の協力に感謝する」

学者「フフ…その代わり、魔王城で魔法の研究をさせて頂けるお約束…どうぞお忘れなく」

執事「学者…! 奴が内通者だったのか!」

姫「……」

信じられないことの連続で、姫はただ茫然としていた。

――何? これは夢? だとしたら、何てリアリティのない……


魔王「ところで勇者の末裔にはあと1人…姫君がいると聞いたが」

姫「っ!」

名を呼ばれ、姫は咄嗟に飛び出しそうになった――が、即座に執事に抑えられる。

執事「危険です姫様、このまま出て行っては貴方まで…」

姫「~~っ」

口を抑えられて声が出せない。

頭では、危険だとわかっている。だけどこの怒りを魔王にぶつけないと、気が済まなくて。


魔王子「…放っておいて良いでしょう」

その時、ずっと沈黙していた笛吹き――魔王子が、口を開いた。

魔王子「話を聞くに姫は、大した武力も魔法力もない、年若き女…恐るに足らぬ存在です」

魔王「…どう思う、学者」

学者「魔王子様のおっしゃる通りで。姫様は多少戦闘の心得はありますが、部隊を率いる能力も、我々を出し抜く頭もありません。むしろ頭の悪い娘です、その内迂闊な行動を取って自滅するでしょう」

魔王「そうか」

魔王が何を考えているか、その様子からはわからない。

魔王「まぁ、いい。戻るぞ」

そう言うと、中庭にいた連中は光に包まれ…

――フッ

一瞬で姿を消した。

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:18:14.34 ID:Lruyaxur0
姫「兄上…」

魔王らが去った後、姫は王の側に駆け寄った。
少しの希望を抱いて、王の胸に耳をあててみた――だけど鳴らぬ鼓動に、希望は簡単に裏切られた。

姫「…」

執事「姫様、近隣の国に亡命しましょう。まずは姫様の安全を確保するのが最優先です」

姫「……」

姫は落ち着いていた。
執事にはその様子が、余りにも衝撃的な出来事に、理解を拒否しているように見えた。

しかし、違った。
姫は打ちのめされるような衝撃を受けながらも、冷静に事態を理解していた。

姫(学者が魔王と繋がっていて、兄上は魔王に殺され、王子は魔王に連れ去られた。笛吹きは――)

笛吹きは魔王子、魔王側の者だった。

姫(…魔王子は――)


笛吹き『…丘のふもとに、泉があるだろう。あそこで待っていてくれないか』

――その言葉は、ボクが襲撃に巻き込まれないようにする為だろう。

魔王子『話を聞くに姫は、大した武力も魔法力もない、年若き女…恐るに足らぬ存在です』

――その言葉は、ボクを魔王に狙わせない為だろう。


魔王子が笛吹きとして過ごした時間は、きっと嘘じゃない。
短い期間で築いた友情も嘘じゃなくて、だから魔王子は自分を庇ってくれた。

わかっている。わかっているけど――

姫「…許さないよ」

執事「え?」

姫「執事…ひとつ頼みたいことがある」

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:18:53.89 ID:Lruyaxur0



笛吹き(姫は、まだいるか)

笛吹きは衣装を替えると、泉へ急いだ。
あの泉は丘のふもと、城への襲撃に気付かぬ場所。
思いの外、かなり遅くなってしまった。それだけ、姫が泉を離れ襲撃に気付いてしまう可能性が高くて…

笛吹き(泉に…)

泉が見えてきた。
人影は――あった。

その姿を見てホッとしたが、すぐに気付いた。あれは姫じゃない。男だ。

執事「笛吹き様ですか?」

笛吹き「お前は…? 姫はどこに…」

男の着ている執事服を見て、すぐに城で仕える者だとわかった。

執事「姫様は――…」

そして、執事の口から出た言葉は。

執事「亡くなりました…城を襲撃した魔物に襲われて」

笛吹き「――っ!!」

笛吹きの頭に、岩を落とされたような衝撃が走った。

38 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:19:30.58 ID:Lruyaxur0
笛吹き(ばかな…魔物達には、兵以外は殺すなと…)

執事「異変に気付かれた姫様は、制止も聞かず襲撃中の城に駆け込んでいき…私が見つけた時、姫様は既に…」

笛吹き「なんで…」

執事「泉に友人を待たせている、と姫様が言い残されていたので、私は貴方に事を伝えに参りました。生前姫様と仲良くして頂いたことを、感謝申し上げます」

笛吹き「姫は…なんで、城に戻ったんだよ…」

執事「それは…」

執事は笛吹きの動揺を悟り、ここでそれを煽ることにした。

執事「姫様は大人しくしていられない方です。ご友人であられた貴方なら、それをご存知では」

笛吹き「…っ!」

執事「姫様のご遺体は、目も当てられない程ひどい有様でした…その表情は苦痛に満ちており、さぞ苦しまれたことでしょう」

笛吹き「~~っ!!」

39 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:20:40.04 ID:Lruyaxur0
笛吹き(どうして――)

どうして自分は、それを予測できなかったのだろう。
いや――姫が異変を察知するのは、十分予測できる事態だったではないか。
異変に気付いた姫が城に駆けつけ、魔物達に立ち向かうことだって――

笛吹き(だけど…)

魔物達には、兵以外の者は殺すなと伝えてあった。
姫を兵と見間違えたか。いや、違う。

笛吹き(俺や父上の命令を無視した者がいるのか!)

これは予想外だった。
もしそんな予想外のことが起こす奴がいなければ――最悪でも、姫は魔物に取り押さえられて、せいぜい生け捕りだっただろう。
その場合は、姫に自分の正体がバレるという事態になるが――それでも、

笛吹き(姫が死ぬよりは…ずっとマシだっただろ)

笛吹きは未だ現実を受け入れられず、茫然としていた。

40 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:21:46.46 ID:Lruyaxur0
しばらくして、笛吹きはフラフラしながら立ち去っていった。
その姿はやがて見えなくなり…

姫「ありがとう、執事」

姫は姿を現した。

執事「良かったのですか」

執事は笛吹きのことを、姫から聞いた情報でしか知らない。
そして話を聞く限り2人は、ある程度の友情を築いていたに違いはない。

だというのに――

姫「うん、ベスト対応」

姫は全く動揺も見せず言い放った。

執事「…学者の態度からして、魔王子は魔物の中でも高位の者でしょう。上手く取り入れば、王子様の奪還くらいはできたのでは…」

姫「所詮、魔王子は魔王の傀儡。ボクはあいつに騙されたんだ…あんな奴、もう信用できないよ」

執事「…」

姫からの指示で魔王子の動揺を煽った執事だったが、違和感しかなかった。姫が友人に対し、こんな冷たいことを言い放つなど。こんなに冷静に、効果的な計画をたてるなど。そんなことできるのは、執事の知る姫ではない。

執事(いや…今まで、そんな一面を見せる必要がなかっただけか)

あの姫に残酷な顔をさせる程、この出来事は大きな事件であった。


姫「ボクは隣国…音楽の国に亡命するよ。表向き、ボクは死んだことにして、国は音楽の国の王にお任せする。執事、キミは城に残った使用人達を頼んだ」

執事「姫様…今後どうなさるおつもりで?」

この姫がこのまま王族の地位を捨て、安全な道を選ぶなどありえない。
無鉄砲に魔王達に挑むものかと思っていたが、魔王子にわざわざあんな嘘をついたからには、何か考えがあるのだろう。

姫「決まっている」

姫に迷いは見られなかった。

姫「――復讐」

41 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:22:15.37 ID:Lruyaxur0
今日はここまで。
姫様ダークサイドへ。

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:06:41.56 ID:myMDyTgjO

今後姫と魔王子がどうなるのか気になるな。

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:09:48.76 ID:oJE5a/Kl0
いきなり重くなったな
こういうタイプ比較的少ないし大好き

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:46:50.82 ID:rXUt6fQL0
魔王による、勇者の国襲撃事件――それは平和だった世界に大きな衝撃をもたらした。
勇者の子孫である王と姫は魔物に殺され、王子は行方不明。その報せに人々は嘆いた。

魔王に挑もうという国もあったが、ことごとく返り討ちにあった。
争いは長く続き、国々は疲弊していく。
時が経つほど世界は絶望に満ちていき、魔王に逆らおうという者も減っていった。

200年前――魔王の恐怖支配による時代の再来であった。

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:48:18.71 ID:rXUt6fQL0
>魔王城


魔王子「…」

城は祝杯ムードに包まれていた。
世界最大の国である中央国が、遂に魔王に降伏したのであった。

魔王「200年――長かった」

魔王は歓喜の笑みを浮かべながら言った。

魔王「先祖が勇者に討たれ、魔物達は人間達により迫害され…長年、我々にとっての屈辱の時代が続いた。しかし、我々は密かに牙を研ぎ、反逆の時を待っていた」

側近「世界最大の土地と発言力を持つ中央国が降伏したなら、もはや反逆は果たされたも同然…」

魔王「勇者の国の王を討って半年…」


そう、あれから半年が経っていた。
勇者の国の名が出される度、魔王子は姫を思い出す。
姫の件は魔王子の心に刻み付けられた、ここ半年で唯一の『無意味な殺し』だった。

魔王子「父上…そう言えば最近、学者を見ませんね」

魔王「奴は魔法兵器の研究に没頭しているからな。あれが完成すれば、恐怖支配は更に確実なものとなるだろう…」

魔王子「奴は同属である人間を裏切った者…我々を裏切らないという保証はありません」

魔王「想定の内だ。しかし奴の魔法の分析力は我々に利益をもたらしてきた。利用できる内は利用してやる」

魔王子「裏切られたなら、処分するだけ…と」

父はそういう性格だ。わかりきっている愚問だった。

48 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:49:15.25 ID:rXUt6fQL0
その日も魔王子にとって、愉快ではない日になるはずだった。

しかし――

魔物A「魔王様、音楽の国の使者が来ました」

魔王「音楽の国? …あぁ、そんな国もあったな」

魔王A「魔王様に是非、お会いしたいと申しております」

側近「何か企んでいるのか…? 使者を装った刺客だろうか」

魔王「それならそれで良い」

側近「魔王様?」

魔王「ここの所、順調にいきすぎて我は退屈していた。…何か企んでいるのなら、むしろ大歓迎だ」

魔王子(父上の悪い癖だ)

魔王はトラブルを楽しむ趣向がある。
もっとも、その余裕は確かな力から生まれるものだったので、咎める者もいなかったが。

魔王「通せ。今日の我は気分が良い」

魔物A「はっ」

49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:50:24.94 ID:rXUt6fQL0
使者A「お会いできて光栄です魔王様」

使者B「我々は音楽の国から参りました」

音楽の国の使者達は、魔王の前に通されるなり、へりくだった愛想笑いを見せた。

側近「単刀直入に聞く、今日は何の用で来た」

使者A「はい。魔王様への降伏を伝えに」

魔王「ほう?」

魔王はつまらなそうに言った。
音楽の国など、眼中にもなかった弱小国。危害を加える前に降伏するなど、いかにも弱小国だ。

使者B「ご存知の通り、我が国はろくな武力を持たぬ弱小国でございます。ですので降伏の意を伝えに…」

魔王「ふむ。賢い判断だ」

その賢い判断というのが、魔王の嫌いなものだが。

使者B「そして…今日は降伏の証として、魔王様に我が国の宝を献上しに参りました」

魔王「何だ。宝石か? それとも…音楽の国だけに楽隊、とは言わんな?」

魔王は嘲るように冗談を言った。

使者A「流石魔王様、察しのいい」

魔王「何だ、本当に楽隊なのか」

使者A「音楽こそ我が国の宝…魔王様に献上致しますのは『舞姫』でございます」

魔王「舞姫?」

使者A「まずはひと目、見て頂くのがよろしいでしょう。おい、舞姫様をお連れしろ」

片方の使者が一旦部屋を出る。
そして使者は戻ってきた時に楽隊の者を引き連れており、そしてその中に――

魔王子「――!」

魔王「ほう…」

華やかさが目を引く、一人の美女がいた。白くなめらかな肌、長く艶のある銀糸の髪。
顔に施した化粧はやや派手めで、やや露出した衣装は女の持つ抜群のプロポーションを強調している。だというのに――その女は、不思議と品格を纏っていた。

魔王子は目を疑った。

魔王子「姫――?」

その女は半年前に亡くなった、姫とどことなく似ていた。

50 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:51:21.16 ID:rXUt6fQL0
舞姫「お初にお目にかかります、魔王様――音楽の国の、舞姫と申します」

魔王子(姫じゃ…ない…)

声を聞いた瞬間、魔王子はハッと現実に戻った。

魔王子(顔貌こそ似てはいるが、纏っている雰囲気が違う…)

姫と別れたのは半年前だから、姫に関する記憶は脚色されているかもしれない。
だが、そもそも姫は半年前に死んだのだから。

魔王「ほう…大層美人だな。音楽の国にこんな姫がいたとは、初耳だ」

使者A「舞姫様は訳あって、王族としてのご身分を隠しながら育った身…しかし王室仕込みの舞は、それはもう見事なもので」

魔王「舞か。どれ、せっかくだから見せて貰おうか」

舞姫「はい、魔王様」

舞姫が顔を上げると同時、楽隊の者達が音楽は奏で始め――

魔王子「――」

魔王子は息を呑んだ。

51 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:52:09.89 ID:rXUt6fQL0
音楽の波に乗るように、舞姫は舞う。
奏でられる音に溶け込むようでありながら、存在感ははっきりあった。

小刻みなステップが軽い音を鳴らす。
細やかな動きは見た目以上に激しいはずなのに、舞姫の美しい顔には艶のある笑み。

魔王子(何て楽しそうに…美しく舞うんだ)

魔王子が舞に心を掴まれたのは、一目瞭然だった。


舞姫「……」

舞姫はそんな魔王子の様子をさりげなく伺っていた。
そして手応えを感じ、心の中で呟く。

舞姫(魅了されるがいい…そしてお前達を終わらせてやる、笛吹き…いや、魔王子!)

52 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:54:31.23 ID:rXUt6fQL0
話は一旦、半年前に遡る――


祖国から亡命してきた姫を、音楽の国の者は手厚く出迎えた。

音王「勇者の国であった惨事は既に耳に入っている…! そんな中よくぞ生き残ってくれた、姫君!」

姫「音王様、まずは『私』を受け入れて下さったことを感謝致します」

普段じゃじゃ馬な姫とはいえ、ここは他国。一国の国の王にするべき態度は弁えている。

音王「姫君は勇者の末裔、その血を途絶えさせるわけにはいかん。他国と協力の下、全力で保護しよう」

姫「いえ。戦わず保護され、勇者の血に何の価値があるというのでしょう」

音王「まさか姫君、魔王に挑むつもりか? それはいかん、そちらの国王の二の舞になるというものだ」

姫「ええ。ですから真っ正面からは戦いません」

音王「というと?」

姫「多少不本意な方法ですが…『女』の部分を使います」

女らしさ。それは姫が拒絶してきたもの。
だが姫はその『女らしさ』は武器にできることも知っていた。

姫「音王様、お願いが御座います。私に舞踊を指導して頂きたいのです」

音王「舞踊を…? それは構わないが、何をする気だ?」

姫「それは……」

姫は音王に、計画の全てを伝えた。
その無謀とも言える計画に音王は表情を曇らせたが、姫の真剣な様子を見てか、何かを決心したようだった。

音王「ある意味賭けに近い方法だが、我が国のような弱小国では、それ以上の方法を考えつきそうにない。だが、反対だ――その計画のままでは」

姫「何か改善点が?」

音王「我が国でもその策の手助けをする為…音楽の国王家の者としての身分を与えよう」

姫「!! ですが、それは失敗した時に、そちらの国に危険を背負わせることとなり…」

音王「勇者の国での事件は、人類全体の危機に発展しかねない問題だ…弱小国である我が国にできるのはこんなことだけだ、協力させてほしい」

姫「音王様…感謝致します」

音王「それなら、姫の名は名乗らぬ方が良いな。そうだな…我が国の姫としての名を与えよう。その名も…」


舞姫――それが姫に与えられた新たな名であった。

53 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:55:37.07 ID:rXUt6fQL0
やがて音楽は鳴り止み、舞姫も動きを止めた。
踊りが終わると同時、魔王に向かって頭を深々と下げる。

頭の 方から、ゆっくりパチパチと音が鳴った。

魔王「なかなか楽しめた」

魔王はご満悦のようだ。
よし――まずは上手くいった。

魔王「この舞姫が献上品か。なかなか洒落ている」

使者B「はい。魔王様が望めば、いつでもどこでも舞を披露させて頂きます」

魔王「うむ。しかし舞踊の音楽はどうするか…我が国にはそれを奏でられる者はいない。聞き苦しい笛を奏でる王子はいるがな」

使者A「そうおっしゃると思いましたので…楽隊の者を一人、置いて行きましょう。チェロ弾き」

チェロ弾き「はい」

楽隊でチェロを弾いていた、中年の男が前に出た。

側近「魔王様…相手は何か企んでいるかもしれません。人間を受け入れるなど、リスクが伴うものと思われますが」

側近はそう耳打ちしたが、魔王はそれを一笑に付した。

魔王「我があの様な小娘と、しょぼくれた中年に出し抜かれるとでも思うか?」

側近「いえ…しかし」

魔王「それに我は、あの舞を気に入った。飽きるまでは、側に置いてやっても良かろう」

側近「……」

側近は何か言いたげだったが、この魔王は言っても聞かぬと理解してか、何も言わなかった。

舞姫「…」ニコッ

こうして姫は舞姫として、魔王城に置かれることとなった。


半年かけて、死に物狂いで舞踊を身に付けた。
髪を伸ばし、嫌いな化粧を覚え、礼儀作法を叩き直した。

全ては、魔王に取り入る為――


57 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:23:17.30 ID:GQVg3txd0
>舞姫の部屋


舞姫「まずは成功、だね」

チェロ弾き「しかし、ここからが大変でしょう」

舞姫「承知の上さ。王子のことが心配でたまらないけど…失敗はできないから、慎重に行くよ」

チェロ弾き「…変わられましたね。昔は猪突猛進な性格と思っておりましたが」

舞姫「あの頃は平和だったからね」

あの頃は守られていた。
もし自分が失敗してもフォローして貰えたし、そもそも失敗できない状況、というのもそんなに無かった。

自分はそんな当たり前のことを、失ってから気付いたのだけれど。

舞姫「それよりもチェロ弾きも怪しまれないようにね。ボクと違って戦う手段もないのだから」

チェロ弾き「承知の上」

チェロ弾きはチェロの奏者であり、音楽の国の軍師でもあった。
長年平和に浸かっていた弱小国の軍師など大した力にならないかもしれない、と本人は言っているが、それでも自分より知恵のある仲間がいるだけで、舞姫には心強い。

舞姫「ところで今晩、早速魔王からお呼ばれがあったけど…」

城内を散策してた時に会った魔王より、今夜私室に来い――とだけ伝えられた。

チェロ弾き「魔王は舞姫様を気に入った様子ですが、まだ『信頼』は築いていません。魔王を討つタイミングとして好機とは言えない。…しかし」

舞姫「しかし?」

チェロ弾き「…魔王の用事が、舞の披露だけなら良いのですが」

舞姫「あぁ」

察した。
男が女を部屋に呼んですることと言えば――嫌でも、それを連想させる。

舞姫「…むしろ好都合じゃない? 魔王が好色家のエロジジイだったら、ボクの前で隙を見せる可能性が高くなる」

チェロ弾き「しかし…」

舞姫はまだ、経験がない。
いくら魔王を討つ為と言えど、そんな手段を取るなど――

舞姫「覚悟の上さ」

そんな心配をよそに、舞姫は勝気に微笑んだ。

舞姫「これ以上魔王の好きにさせるくらいなら、その程度…なんてことないよ」

舞姫(その程度…)

何度も何度も『その程度』と頭で繰り返した。まるで自分に言い聞かせるように。

舞姫(ボクが今更、怯えるわけないじゃないか…)

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:23:44.77 ID:GQVg3txd0
>晩、魔王の私室


~♪

魔王「ふむ…」

舞姫の舞を独占している魔王は、ご満悦の様子だ。
私室は狭くはないが、先ほどの広間より魔王との距離が近い。

舞姫(こいつが、兄上を…)

そんな憎しみの感情を抑えつける。本当は今にでも飛びかかってやりたいが、そんなことしても無駄だとわかっている。

魔王「うむ、良かった」

舞が終わると魔王は淡白に言った。
舞姫とチェロ弾きは、魔王に向かい頭を下げる。

魔王「舞姫よ、褒めてやろう。我が人間を気にいることは稀であるぞ」

舞姫「もったいなきお言葉です、魔王様」

それはそうだろう、人間を見下し、侵略しようとしているのだから――そう言ってやりたいのを我慢する。

魔王「舞姫に褒美をやりたいところだが――」

魔王はチラリとチェロ弾きに目をやった。

魔王「舞姫に褒美をやろうにも、第三者がいるのは無粋だな」

チェロ弾き「失礼致しました」

チェロ弾きは感情を表に出さず、立ち上がる。
そして物分かりのいい人間を演じて、そのまま部屋を出て行った。

魔王「さて…」

魔王はニタァと笑った。

来る――舞姫は唾を飲み込む。

魔王「近くに寄れ、舞姫よ」

舞姫「…はい、魔王様」

59 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:24:12.54 ID:GQVg3txd0
ずっと拒絶していた『女らしさ』。それは武器にできるということを、舞姫は知っていた。
化粧を施した顔も、抜群のプロポーションを強調する衣装も、男の下心を引き出すには最適と知っていて――

舞姫(せいぜい油断しろ、エロジジイ)

それを利用してやる気満々でいたけれど。

魔王「…まさか経験がないのか? 緊張感が見て取れる」

舞姫「――っ!」

経験のない舞姫が、そう簡単に魔王を手玉に取るなどできるわけなかった。

舞姫「…はい」

魔王「その容姿にしては意外だが…誰かの手付きよりは良い」

舞姫「……」

自分に向けられる淫蕩な目は、鳥肌が立ちそうな程おぞましい。

舞姫(耐えろ、ボク…王族は政略結婚が多いから、好きでない男とそういう関係になることだって珍しくないんだ)

頭ではわかっているけれど。

魔王「舞姫…」

魔王の手が伸びると、足は逃げ出しそうになって。

舞姫「――っ!!」

拒絶感と義務感が反発し合い、頭は発狂しパンクしそうで――



魔王子「父上」トントン


魔王「む」

触れる前に、魔王は手を引っ込めた。

60 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:25:02.15 ID:GQVg3txd0
魔王子「父上、失礼します」

舞姫(『父上』…魔王子は魔王の息子だったんだ)

魔王「どうした魔王子」

魔王子「えぇ、政治的な話で…第三者がいると話しにくいのですが」チラ

魔王「急ぐのか?」

魔王子「はい」

魔王「仕方あるまい。舞姫、今日は下がるがいい」

舞姫「…はい」



チェロ弾き「おや舞姫様、出てこられるのが早かったですね」

舞姫「魔王子が入ってきてね」

チェロ弾き「そうですか」

チェロ弾きはどこか、ホッとしたような様子だ。

舞姫(けど、魔王もなかなかのエロジジイと見た…今日のような機会は、いくらでも)

「おい」

その時、後ろから声をかけられた。
振り返ると――

魔王子「まだ部屋に戻っていなかったか」

舞姫(魔王子…!?)

大事な用件で魔王の元に来たように見えたのだが、彼は思ったより早く出てきた。

61 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:25:36.24 ID:GQVg3txd0
舞姫「魔王子様、何か御用でしょうか?」

魔王子「一つ忠告しておく。父上に抱かれて取り入ろうというのは無駄だからな」

舞姫「…何のことでしょうか?」

魔王子「父上はかなりの好色家で、あちこち女に手を出している。父上の愛人になったからと『特別』な存在にはなれないぞ」

舞姫(…魔王子はボクを助けてくれた…のか?)

だから無理矢理理由を作って、部屋に入ってきたのか。
もしかしたら、魔王子は魔王の好色家な部分を良く思っていないのか…。

舞姫「ご忠告感謝致します、魔王子様。ですが1つ訂正させて頂くと、私はそんな下心など抱いていませんわ」

魔王子「そうか。そういう下心を持って父上に近付く女が多くてな。気を悪くしたなら、すまなかった」

舞姫「…」

その中には、自分のように魔王の命を狙ってきた女もいたのだろうか。
何にせよ、あの場は魔王子に助けられたというわけだ。

舞姫「…お心遣い感謝しますわ、魔王子様」ギュッ

魔王子「!!」

舞姫が手を握ると、魔王子は即座に硬直した。
そして魔王子の様子を伺いながら、ゆっくり顔を近付ける。

舞姫「ご興味がおありでしたら、是非魔王子様も、私の舞をお近くで…」

魔王子「」プルプル

舞姫「では魔王子様、お休みなさいませ♪」クルッ



チェロ弾き「魔王子を誘惑する作戦に切り替えましたかな?」

舞姫「違う。確かめただけ」

チェロ弾き「確かめた?」

舞姫「あいつ…やっぱ、すっごいウブ」



魔王子「……」プルプル

魔王子(女に触れた女に触れた女に触れた女に触れた)

62 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:26:13.36 ID:GQVg3txd0
>翌日


チェロ弾き「舞姫様、魔王の女癖についての情報を耳に入れました」

舞姫「どんな?」

チェロ弾き「はい。魔王子の言う通り、魔王は大変女癖が悪いそうです。城内で魔王が手を出した女は数知れず…ですがその女の中に、1人だけ『特別』がいました」

舞姫「へぇ。やっぱ魔王でも、女の人を本気で好きになることがあるんだ」

チェロ弾き「いえ。それが、魔王が酔った勢いで、たった一回手を出しただけの下女だそうで」

舞姫「下女…ってのはともかく、何でたった一回手を出しただけの人が特別なの?」

チェロ弾き「そのたった一回で、その女は身篭ったそうです」

舞姫(あ…そう言えば)


姫『笛吹きには兄弟いるの?』

笛吹き『…できる予定だ。男か女かは、わからないが』

姫『できる予定?』

笛吹き『義理の母親が妊娠中。今、3ヶ月目』


舞姫(あいつ、そんなこと言ってたっけ)

チェロ弾き「一応魔王の子を授かったということで、その女は魔王の側室の座につけたそうです」

舞姫「子供…か」

魔王の子を孕む…想像するだけでおぞましい。出来ればその手段は取りたくないが…。

チェロ弾き「その女ですが、側室の座についても横柄な態度も取らず、城の者には評判が良いですね」

舞姫「ふむ…。何か話を聞けるかな?」

チェロ弾き「挨拶しに行ってみましょう」

63 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:26:44.50 ID:GQVg3txd0
側室「あら貴方達が音楽の国から来たという…。遠い所からご苦労様でした」

挨拶に向かうと、身重の側室は気さくに出迎えてくれた。

側室「あ…というか、貴方はお姫様なのよね。私よりずっと良いご身分の方じゃない」

舞姫「いえ、この城においては、貴方の方が上です」

側室「あらあら、まぁ。でもあまりへりくだらないでね、私の方が萎縮しちゃう」

舞姫「……」

側室の雰囲気は素朴だが、包容力を感じる。
第一印象は悪い所が全くない。

舞姫(ま…『笛吹き』の本性を見抜けなかったボクが言っても説得力ないけどね)

側室「舞姫さんは魔王子様と同年代かしらねぇ? 魔王子様も音楽が好きな方なのよ」

舞姫「あら…それなら魔王子様とは仲良くできるかしら」

側室「うーん、どうかしらねぇ…魔王子様、女性が苦手だから」

舞姫「魔王様と似ていらっしゃらないのですね」

側室「魔王様と魔王子様は度々、親子間で衝突を繰り返していらっしゃって…最近は表面的には収まったけど、冷戦状態に近いわ」

舞姫「それは困りましたねぇ」

側室「あ、でも舞姫さんは気にしなくていいですからね」

舞姫「はい。では長々失礼致しました」

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:27:10.10 ID:GQVg3txd0
チェロ弾き「親子間の衝突か…それを利用できぬものか」

舞姫「期待はできないかもよ。衝突も、ただの魔王子の反抗期かもしれないし」

チェロ弾き「まずは魔王と魔王子の関係性について、もっと情報を…」

と、話していた時だった。

<♪ベリョロロリ~ン

チェロ弾き「な、何だ…このおぞましい音は!?」

舞姫「これは…あいつだ」

音のした方に向かって行く。
すると舞姫の予想通りの人物がいた。

魔王子「~~っ」<♪ブベプーバリョリョン

舞姫「半年経って成長が見られないとか…ある意味、才能だ」

チェロ弾き「我が国なら国外追放レベルです」

魔王子「よし…今日は上手くいった!」

舞姫&チェロ弾き「嘘ぉ!?」

魔王子「うん? …舞姫とチェロ弾きか」

舞姫「ご機嫌よう、魔王子様。笛の練習中だったのですね」

魔王子「あぁ。お前達の舞踊と演奏を見たら、焚きつけられてな」

チェロ弾き「ほ、ほう。練習熱心なのはいいことですね」

舞姫「そうですね…向上心が大事ですものね…」

何とか絞り出した精一杯の誉め言葉だった。
しかし魔王子はそれで気を良くしたようで、得意気に鼻を鳴らした。そして――

魔王子「そうだ。俺の笛で踊ってみてくれないか」

舞姫&チェロ弾き「……」

身の程をわきまえろと、これほど強く思ったことはない。

65 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:27:37.81 ID:GQVg3txd0
舞姫「チェロ弾き、一緒に演奏できない?」ヒソヒソ

チェロ弾き「あんな雑音とですか…」ヒソヒソ

魔王子「俺の笛が未熟なのはわかっている…それでも未熟ながら、メロディーを奏でらるということを実感したいのだ!」

舞姫&チェロ弾き(奏でられてねぇよ!!)

舞姫「まぁ…わかりましたわ」

笛の音をなるべく意識から逸らして舞えば良いだけのこと。
言う程簡単なことではないが、魔王の息子の頼みは多少無茶でも聞いておくべきだろう。

魔王子「では頼んだぞ」

♪バビューボリロビョーん

舞姫(きっつ)

音は無視して舞う。
舞は音楽(と呼ぶのもおこがましい)とまるで合ってはいなく(合わせたら悲惨な舞になること間違いないが)、こんなベストから程遠い舞で大丈夫かと心配になる。

やがて演奏は止まり…。

魔王子「いや素晴らしかった! 音楽の国の舞姫の名に恥じぬ舞だ!」キラキラ

舞姫&チェロ弾き「……」

舞姫&チェロ弾き(ゼッテー適当に言ってやがる)

魔王子は音楽センスも、舞を見る目もないようだ。

66 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:28:10.29 ID:GQVg3txd0
魔王子「俺の笛は今まで苦情ばかりだったから、こう気持ち良さそうに踊って貰えると嬉しいな!」

舞姫「まぁーそれは良かったですわー」

舞姫(気持ち良いわけあるか! 木魚の音の方が遥かにマシだ!)

チェロ弾き(具合悪くなってきた…)

魔王子「なぁ、もし良かったら、また俺の笛で踊ってはくれないか!」

舞姫(えぇー…)

あの気が狂いそうな雑音と一緒に踊ったら、舞の価値までだだ下がりになりそうなので嫌なのだが…。

魔王子「たまにでいいんだ、たまにで!」キラキラ

舞姫(な、何つー純真な笑顔…!)

断るのに罪悪感を抱かせるような笑顔だった。

舞姫(…魔王の息子とは、お近付きになっておいて損はないよね?)

チラッとチェロ弾きの顔を伺うと、チェロ弾きも頷いていた。

舞姫「はい、構いませんよ魔王子様」

魔王子「ありがとう!」キラキラ

舞姫(…あぁ、そう言えばこいつは、こういう奴だったな)

基本的には無愛想で大人しいのに、時折無邪気な一面を見せる。
笛吹きを名乗っていた時も、そんな奴だった。
笛吹きのそんな所が結構好きでもあった。

舞姫(…でも、こいつはボクを騙していた)

思い出に浸っていた頭をすぐに切り替える。
笛吹きとは魔王子の偽りの名前。築いた友情は、偽りの上に成り立っていたもの。

舞姫(魔王は勿論…キミも許さないよ、魔王子)

舞姫は微笑みを浮かべながら、心の中で戦線布告した。

68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 19:39:48.55 ID:4b3X3aHro
おつ
チェロ弾きおっさんなんだな

69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 22:46:33.41 ID:i0L6eLsSO

シリアスな展開の中、笛の音がいい感じで和ませてくれるww

70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/26(木) 13:01:40.23 ID:UhSVfRFl0
魔王子は駄目な二代目の典型っぽいな

71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:14:41.69 ID:PbFu1K8w0
~♪

その夜、舞姫はまた魔王に呼ばれ舞を披露していた。

舞姫「…」


魔王子『一つ忠告しておく。父上に抱かれて取り入ろうというのは無駄だからな』

魔王子『父上はかなりの好色家で、あちこち女に手を出している。父上の愛人になったからと『特別』な存在にはなれないぞ』


舞姫(昨日と同じ展開になったとして、また魔王子が邪魔しに来てくれるかはわからない)

魔王に抱かれた所で無駄とはわかったが、それでも魔王から呼ばれれば断るわけにはいかない。

舞姫(『そういう雰囲気』になったら上手く断れるかな…)

昨日よりも大分、逃げ腰だった。
元々『そのつもり』で来たとはいえ、それが無駄だというのなら、できれば避けたい所だ。

そうこう考えている内に音楽が止まり、魔王の拍手が聞こえた。

舞姫(どう断るか…)ドキドキ

魔王「ご苦労であった。2人とも、今日は下がるが良い」

舞姫(あれ?)

だが、心配していた事態にはならなかった。
舞姫が不思議そうにしていると、魔王はそれを察したのか、言葉を続けた。

魔王「魔王子に言われたのだ、舞姫に手を出すなと」

舞姫「…魔王子様に?」

魔王「あの馬鹿息子の言うことを聞いてやる義理もないが、面白い事態だと思ってな」

舞姫「面白いとは?」

魔王「あの女嫌いの童貞が、珍しく女を気に入ったと見た。まだお主を手つきにせずに、魔王子の様子を見てみるのも面白そうだ」

舞姫「…私は、どう振る舞えばよろしいで しょうか?」

魔王「ん?」

舞姫「私は魔王様に仕える為、この国へ参りました。ですから私は魔王子様に対し、どう振る舞えば…」

魔王「なら、適度にからかってやれ。ただし、あれでも我の息子だ。いじめすぎぬようにな」

舞姫「…わかりました」

舞姫は言われた通り、下がることにした。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:15:24.90 ID:PbFu1K8w0
舞姫「魔王子…どういうつもりだろう」

チェロ弾き「魔王の言葉の通り、貴方を気に入ったのでしょう」

舞姫「……あ」


笛吹き『俺も踊りができて、気品と色気のある女が好みだ!』ハハハ


舞姫(そう言えば今のボク、魔王子の好みに近いタイプを演じてるかもしれない)

チェロ弾き「…舞姫様は以前、魔王子と面識があったのですよね? 」

舞姫「うん」

チェロ弾き「もしかしたら…魔王子は舞姫様が姫様だと勘付いているかもしれません」

舞姫「えっ」

それは予想外。
そりゃ同一人物だが、以前の色気も洒落っ気もない自分と、今の自分はかなり別人だと思っている。
それに、自分は死んだという話は世界中に広がっている。

チェロ弾き「舞姫様の正体に気付くとまではいかないまでも、姫様の面影を感じている可能性はあります」

舞姫「どうだろう…」

チェロ弾き「…確かめてみますか?」

舞姫「え?」

チェロ弾き「魔王子をからかってもいいと、魔王から許しが出たでしょう」

73 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:15:55.01 ID:PbFu1K8w0
♪プッパラビラリ~ン

魔王子「よし! 着実に上達しているぞ!」

舞姫「ま、魔王子様」ヒクヒク

魔王子「舞姫…それにチェロ弾き。どうした、こんな遅くに」

舞姫(こんな遅くに騒音出すなよ)

チェロ弾き「舞姫様が、まだ踊り足りないと言われましてね」

舞姫「宜しければお付き合い頂けませんか、魔王子様」

魔王子「良いぞ。じゃあまた俺の笛で…」

舞姫「それは勘弁を」

魔王子「え?」

舞姫「あ、いえ…先程とは違った趣向の舞を披露したく」

魔王子「そうか。それは是非見てみたいな」

舞姫「はい、では…チェロ弾き」

チェロ弾き「はい」

チェロ弾きにより、優雅なメロディーが奏でられる。
その音楽に合わせて、舞姫はステップを踏み始めた。

魔王子「おぉ…」

魔王子は感嘆の声をあげながら、その舞を見ていた。

舞姫(魅了できている)

手応えを感じた舞姫は、魔王子に向かっていき――そして、手を取った。

魔王子「あ、え?」

舞姫「是非ご一緒に、魔王子様」

舞姫は誘惑の笑みを浮かべた。

魔王子「あ、ちょ、待っ!?」

あわあわしながらも、魔王子は舞姫のリードに合わせて動く。
即座に対応できる所を見れば運動神経は良いのだろうが、その動きはガチガチだ。

舞姫(こいつ、緊張しているな)

わざわざ色気をアピールしなくてもガチガチになってくれるので扱いやすい。
こうして舞が終わるまで、魔王子はガチガチだった。

74 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:16:39.78 ID:PbFu1K8w0
魔王子「~~っ」

舞が終わっても余韻に浸ってか、魔王子は顔を真っ赤にして固まっていた。

チェロ弾き「魔王子様は舞姫様のことを気に入られましたか?」

魔王子「え、あ、はっ!?」

チェロ弾き「舞姫様をご覧になる眼差しが、特別なものに見えましてな」

舞姫「まぁ…魔王子様ったら」

魔王子「い、いや、ちがっ」アワアワ

チェロ弾き「…まさか魔王子様ともあろう方が、女性が苦手と言いますまい?」

舞姫「面白い冗談を言うわね。魔王様のご子息たる魔王子様が、まさかそんな」

魔王子(いやマジに女が苦手なんだよッ!!)

チェロ弾き(しかしプライドがあるから本当のことなど言えまい)

ここで少しカマをかけてみることにした。

チェロ弾き「初めて舞姫様が魔王様の前に姿を現した時、魔王子様は身を乗り出して舞姫様をご覧になっていましたね」

魔王子「そ、そうだったか?」

チェロ弾き「まさか一目惚れでしょうか」ニヤリ

魔王子「ち、違うっ!」

魔王子は慌てて否定した。そして…

魔王子「舞姫が…知り合いに似ているような気がして」

かかった――チェロ弾きは畳み掛けることにした。

チェロ弾き「あぁ…そう言えば舞姫様は、勇者の国の姫君と似ているとよく言われますね」

魔王子「やはりか!」

チェロ弾き「おや。魔王子様は姫君とお知り合いでしたか?」

魔王子「あ…っ」

75 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:17:20.05 ID:PbFu1K8w0
魔王子「…勇者の国を偵察していた頃、何度か見たことがある。その程度だ」

流石に本当のことは言わなかった。なら、それはそれで良い。
舞姫は事前にチェロ弾きと打ち合わせていた台詞を言うことにした。

舞姫「私は他国の情報には疎いのですが…確か勇者の国王家の三兄弟様は魔物によりその命を…」

魔王子「少し情報が違っている。末の王子は生きているぞ」

チェロ弾き「魔王子様…王子様について、何かご存知ですか?」

魔王子「知ってるも何も、我が国にいる」

舞姫(…っ!)

魔王子がいとも簡単に情報を漏らしたこと、王子が生きているとわかったこと――舞姫は笑うのを堪える。

チェロ弾き「そうだったのですか。全く見かけないもので、気づきませんでした」

魔王子「そりゃそうだろうな。勇者の国を裏切って、こっちの国に仕えてる奴がいるんだが…」

舞姫(学者のことだな)

魔王子「王子はそいつと共に、地下の部屋にいる。もっとも、俺は地下に行かないから、王子の様子はわからんがな」

舞姫「…」

聞きたいことはもっとあったが、これ以上聞くと怪しまれるだろうか。
とりあえず今は、それを聞けただけ良しとしよう。

舞姫「魔王子様」スッ

魔王子「!!」ビクゥ

手を握ると魔王子は固まった。

舞姫「多くの人々がそうであるように、私も平和を願っております…不幸な人をこれ以上増やさないことをお願い申し上げますわ」

魔王子「あ、あぁ…」

舞姫「ふふ。では魔王子様、これで失礼致します」チュッ

魔王子「!?!!?」ビクゥウゥ

頬への軽いキスで、魔王子は声にならぬ悲鳴をあげていた。
そんな魔王子に気付かないフリをして、舞姫はそこから去って行った。

76 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:17:55.43 ID:PbFu1K8w0
舞姫「さて。王子が地下にいるとわかったけど…」

チェロ弾き「どう救い出すか、ですね。魔王子も訪れぬ地下に行くには…」

舞姫「迷った、って言って忍び込むのは?」

チェロ弾き「怪しまれる危険性があります」

舞姫「どうしたものか…」

チェロ弾き「策は練っておきます。舞姫様、貴方は引き続き、魔王子をたぶらかして下さい」

舞姫「わかった。何か進展があったら教えてね、チェロ弾き」

チェロ弾き「はい。…あ、舞姫様」

舞姫「ん?」

チェロ弾き「くれぐれも…操は大事にするように」

舞姫「アハハ大丈夫、あんなヘタレウブ男がボクに手を出せるわけないから」

チェロ弾き「万が一の時は…」

舞姫「股間をガツンと」

チェロ弾き「…素が出ないようにも、お気を付け下さい」

舞姫「オホホ、これは失礼」

と、冗談を交えながら話してはいるが、内心焦ってはいた。
王子は一体、地下でどんな目に遭っているのか…。それにこれ以上、魔王に好き勝手させたくもない。
世界が魔王への恐怖に染まっている今、自分が魔王に立ち向かわねば――

舞姫(勇者の血よ…ボクに力を)

77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:18:37.47 ID:PbFu1K8w0
翌日から舞姫による、怒涛の色仕掛けが続いた。


舞姫「魔王子様、私にも笛を貸して下さいませ♪」パクッ

魔王子「ちょ、そそそれは、か、かんせつ…」

舞姫「うーん、やっぱり楽器は苦手ですわ。魔王子様、お手本見せて下さいませんか?」

魔王子「む、む無理だーっ!」ダーッ

舞姫(ククク、間接キスを意識してや がる)



<きゃーっ

魔王子「舞姫の声だ…どうしたっ!?」ダッ

舞姫「あ、ま、魔王子様!」

魔王子「ブハッ」

魔王子(何で床一面に女物の下着が…)

舞姫「うぅ、替えの下着が一枚もなくなったと思ったら…誰がこんなことを…」

魔王子「こ、これは全部お前の…!?」

舞姫「はい、グスッ…い、今全部片付けますから…」

魔王子(誰だよこんなことしたバカ…)

舞姫「きゃーっ、何か体液ついてるーっ!」ブンッ

魔王子「」<顔面にパサッ

魔王子「」パタッ

舞姫「きゃーっ魔王子様ーっ」

舞姫(回避しろよ、バーカ)



舞姫「魔王様からのねぎらいで、新しい衣装を仕立てて頂きましたの。どうでしょう、魔王子様?」

魔王子 (露出が…)

舞姫「この衣装で踊ってみたいですわ。魔王子様、演奏お願い頂けますか?」

魔王子「お、おう…」<♪ビリョイーィン

舞姫(ほれほれ)プルプル

魔王子「」<ブポッ

舞姫(オラオラ、興奮しろやあアァ!)

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:19:23.01 ID:PbFu1K8w0
舞姫(面白ええぇ、あのウブからかうの面白えぇ!!)

変な快感に目覚めた舞姫は、部屋で枕に顔を埋めながらほくそ笑んでいた。

舞姫(ボクなんかの色仕掛けで惑わされるなんて、まだまだだねー)

半年前まで色気の欠片も無かった舞姫は、正直自信が無かった。
だけど魔王子は、面白いくらいに惑わされてくれる。

チェロ弾き「舞姫様」トントン

舞姫「どうぞー」

チェロ弾き「失礼致します」

舞姫「チェロ弾き、そっちどんな感じ?」

チェロ弾き「今日は例の地下室で、学者と顔を合わせる機会がありました。ですが、王子様とはお会いできず…」

舞姫「そっか。ちなみに、どうやって地下室まで?」

チェロ弾き「側近に、魔楽器作りの依頼をしたいと申し出た所、学者を紹介されました。奴は今では、魔王に魔法研究を任されているとか」

舞姫「うちの国にいた時から、魔法研究者としては優秀だったからね…」

チェロ弾き「魔楽器作りの経過の様子見という名目で、今後の地下室への立ち入りを許可されました。できる限り、様子を探ってみたいと思います」

舞姫「わかった。気をつけてね、チェロ弾き」

チェロ弾き「ところで、今日は晩餐会の後に舞を披露する予定では」

舞姫「そうだね。そろそろ会場に行こうか」

79 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:20:31.78 ID:PbFu1K8w0
その日、広めの晩餐会会場で舞を披露した。
魔王の他にも魔王子、側室、それに何名かのお偉方が舞を見ていた。

緊張しながらも舞を終え、複数の拍手が鳴った。
舞姫の舞は、この城の者達にも評判が良い。そんな中…

魔王子「…」

ここ数日の色仕掛けが効いたのか、魔王子は固くなっている様子だ。
舞姫がわざと流し目を送ると、魔王子は慌てて視線をそらす。
そんな2人の様子を見ながら、魔王はニヤニヤしていた。

舞姫(実の息子に対して意地悪だねー)

とか思いつつも、舞姫もその意地悪がクセになってきたのだけれど。

魔王「舞姫」

魔王は舞姫の名を呼ぶと、空のグラスを前に差し出して振った。
これはお酌しろということか。隣の側室も、嫉妬心はあるのかないのか、ニコニコしながらその様子を見ている。

舞姫「では失礼します」

舞姫はワインのビンを手に取ってお酌を始めた。すると…

舞姫「!?」ビクッ

魔王「ククク」

尻に何か触れたと思ったら、魔王の手だった。人目をはばからず魔王は、舞姫の尻を撫でる。

舞姫「あらぁ、魔王様ったら」

舞姫(このクソエロジジイがあぁ…!!)

顔では笑顔を浮かべ、内心殺意を燃やした。

魔王子「父上っ!」バァン

そんな様子を見て、魔王子がテーブルを叩いて立ち上がった。

80 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:23:05.73 ID:PbFu1K8w0
魔王「おや、どうした魔王子?」

魔王子「魔王ともあろう方が何をしているんですか! 手を離して下さい、今すぐ!」

魔王「いつものことではないか」

魔王子「もうすぐ第二子も生まれるのですから、少しは落ち着いて下さい!」

魔王は魔王子の反抗にニヤニヤしている。これも魔王によるからかいだろう。
側近と側室は2人をなだめているが、その他の魔物達はというと、心配の素振りも見せない。きっと、この親子喧嘩に慣れているのだ。

魔王「魔王子、お前は子供の作り方は知っているか?」

魔王子「当たり前でしょう!」

魔王「なら本能に忠実であれ、我のようにな」サワサワ

舞姫(がああぁ、やめんかクソエロジジイ!)

魔王子「父上えぇっ!!」ダッ

舞姫「!?」

魔王子がテーブルを乗り越え、こちらにダッシュしてきた。
そして――

側室「きゃあ!?」

魔王「ほう?」

魔王子は剣を抜き、魔王に突きつけた。

魔王子「もう一度言う。…その手を離せ!」

その瞳は真剣なもので、本当に魔王を刺しかねない程の意志がこもっているようだった。

魔王「わかったわかった」

魔王は半笑いを浮かべながら、ようやく手を離した。
魔王子もそれで剣を収める。

側近「魔王子様、親子喧嘩に剣を持ち出すのは如何かと…」

魔王「良い。それだけ、舞姫の尻を守りたかったのだろう」

魔王子「ふざけるな」

魔王「魔王子、舞姫が気に入ったか?」

魔王子「そんな特別な感情など…」

魔王「そうか。それなら、舞姫を我の側室にしても良いのだな?」

魔王子「はっ!?」

舞姫「…!!」

予想外の言葉だった。

81 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:23:32.71 ID:PbFu1K8w0
魔王「お前もいい歳だ。我もそろそろ孫の顔が見たいのだが?」

魔王子「それは…」

魔王「お前が気に入っているように見えたので、舞姫を譲ってやろうかとも考えたが…我の気のせいだったか」

舞姫「あっ」

魔王は見せつけるように舞姫を抱き寄せた。

魔王「お前が要らぬのなら、我のものにしても良いのだな?」

魔王子「…っ!」

チェロ弾き(これは…)

思わぬ分岐点だ。
魔王と魔王子、どちらのものになるか――

チェロ弾き(どちらになっても、舞姫様の地位は上がるが…)

魔王は特別、舞姫を気に入ったというわけではなかろう。ただ息子を挑発したいだけだ。

チェロ弾き(親子間の確執がチャンスをもたらしたのか…)

魔王と魔王子、こちらに選ぶ権利はない。
だが、選べるのなら――


魔王子「…わかりました」

チェロ弾き「……」


願わくば――


魔王子「舞姫が嫌でなければ――俺の妻に迎え入れます」

チェロ弾き「!!」

82 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:23:58.34 ID:PbFu1K8w0
舞姫(これは…)

唐突な展開に、舞姫の頭は追いついていなかった。

魔王「どうだ舞姫」

舞姫(そう言われても…)

判断がつかず、横目でチェロ弾きを見る。
チェロ弾きは――

チェロ弾き「…」コクッ

舞姫(承諾しろ、ってことか)

舞姫「…嫌ではありませんわ」

魔王「聞いたか、皆の者!」

魔王は室内に響く大声をあげた。

魔王「我が息子に、遂に花嫁が来るそうだ! これは是非とも祝ってやらねばなぁ!」

魔王子「ちょっ」

側室「あらあら、おめでたいですわ魔王子様」

側室がパチパチ手を叩くと、他にもチラホラ手を叩く者が現れ始めた。
やがてホール中は、盛大な拍手に包まれ――

「おめでとうございます魔王子様!」

そんな声も聞かれた。

魔王子「~~っ」

当の魔王子は困惑している様子だったが。

魔王「そういうわけだ、舞姫。正式な婚姻は、我が第二子が生まれるまで待ってもらうが」

舞姫「は、はい」

83 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:24:32.22 ID:PbFu1K8w0
魔王子「…」

舞姫「…」

晩餐会が終わった後、舞姫は魔王子に呼び出され2人きりになった。

魔王子「…何か、誤解があるようだが」

魔王子の第一声はそれだった。

魔王子「俺は、俺より年若い義母ができるのが嫌だったので、ああ返事しただけだ。お前と子を作るつもりはない」

舞姫「あら、そうですか」

こちらとしても御免だが。
しかし散々色仕掛けにやられておいて偉そうに言われるのは何か腹立つ。

魔王子「話はそれだけだ」

舞姫「…」

色々思うことはあるが、とりあえず今後のことはチェロ弾きと相談することにした。



チェロ弾き「魔王様、少しよろしいでしょうか」

チェロ弾きは魔王を呼び止めた。魔王が振り返るなり、礼儀正しく頭を下げる。

チェロ弾き「本当によろしかったのでしょうか? 舞姫様を魔王子様の花嫁として迎え入れるのは...」

受け入れろと指示したチェロ弾きだったか、不安もあった。
魔王が持ちかけた話も実は魔王子に対するからかいの一種で、舞姫がそれを受け入れたのは魔王にとって不本意なのではないかと。

魔王「良い」

だが魔王はあっさりそう答えた。

魔王「このままでは、魔王子は一生童貞だ。それに舞姫は魔王子の花嫁として、身分も申し分ない」

チェロ弾き「そうですか。失礼致しました」

チェロ弾き(良かった…。魔王よりは魔王子の方がマシだろう)

魔王「それに」

チェロ弾き「?」

魔王「魔王子の花嫁だろうと、この城のものは全て我のもの…舞姫が我のものであるのも変わらん、ククク」

チェロ弾き(まさか…息子の嫁に手を出すつもりか)

親子間の確執は本物だと悟った。そして舞姫の貞操の危機も、まだ去っていない。

チェロ弾き(正式な婚姻を結ぶ前に魔王を討ちたいところだ)

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:25:07.77 ID:PbFu1K8w0
晩餐会での出来事はあっという間に城中に広まり、舞姫が魔王子の花嫁になるのは周知の事実となった。
そしてチェロ弾きは魔王に、ひとつ頼み事をした。

チェロ弾き「祖国より、舞姫様の使用人を何名か呼び寄せてもよろしいでしょうか。舞姫様がマリッジブルーになっておりまして、馴染みのある者を側に置きたく…」

その頼み事を魔王は快く承諾した。
そして数日して…

執事「お久しぶりでございます『舞姫』様」

勇者の国で姫に仕えていた執事が呼び寄せられた。

執事「私が呼び寄せられた理由は、王子様の救出の為ですね」

チェロ弾き「その時が来たら頼みます、執事殿」

執事には探知魔法の心得がある。以前は、城をちょくちょく抜け出す姫を連れ戻す為に使われていた魔法だったが、王子の探索にももってこいだ。

執事「魔王子は私の顔を覚えているのではないだろうか」

チェロ弾き「勇者の国は、今は音楽の国の王が統治しており、勇者の国に仕えていた者も同様。顔を覚えていたとして、舞姫様の執事として執事殿が呼ばれても、不思議ではありません」

執事「私の他に呼ばれたのも、腕利きの者揃い…」

チェロ弾き「舞姫様が地位を確立されたお陰で、大分動きやすくはなりました」

舞姫「…作戦決行の日は近いの?」

チェロ弾き「…わかりません」

少しずつ、こちらに有力な戦力が揃ってはきている。それでも…。

チェロ弾き「魔王を確実に討つ決め手には欠けます」

ここにきて、弱小国軍師の臆病さが表れ始めた。
失敗を恐れるあまり慎重になりすぎて、行動に移せない。

舞姫(まぁ、それも仕方ないよね)

何といっても、相手はあの魔王なのだから。


87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/26(木) 20:20:25.73 ID:ZUqrGw6ko
おつ
面白くなってきたな

88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/26(木) 22:27:37.53 ID:ioJWAuXCO

魔王子は舞姫を守ることができるのかな?

90 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:33:56.86 ID:P2IzvGYh0
舞姫(どうしたものかな)

何かヒントがつかめないかと城中を歩いてみたが、これといった考えは浮かばない。

舞姫(うーん)

<♪ブビェピャラ~ボン

舞姫(この雑音は…)

魔王子「今日は調子が悪い」

舞姫(いつもだろーが)

魔王子「うーん…ん? 舞姫か」

舞姫「魔王子様、今日も笛の練習ですか」

魔王子「お前の国から耳の肥えている使用人が来ただろ。そいつらの前で下手な笛は吹けないからな」

舞姫(耳肥えてなくてもわかるひどさだよ)

舞姫「魔王子様は本当に笛が好きなのですね」

魔王子「あぁ。亡くなった母上が奏者だったので、笛の音色で母上を思い出すんだ。…こう言うとマザコンっぽいか?」

舞姫「いえ。きっと貴方にとって良いお母様だったのでしょうね」

魔王子「あぁ。…優しい母だった」

そう言われては笛を否定してはいけない気がしてきた。
…ただ、場所は考えてほしい所だが。

魔王子「父上は…誰かを不幸にせねば生きていけないんだ」

舞姫「え?」

突然、何を。

91 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:34:44.15 ID:P2IzvGYh0
魔王子「魔王の力は凄まじい。…人間が魔王の子を孕めば、それだけで生命力を相当消費する」

舞姫「まぁ」

魔王子「母上は俺を産んでから、体を悪くしたそうだ。俺の記憶の中にある母上は、大抵ベッドで具合悪そうにしていた」

舞姫(魔王子は人間との混血なのか…)

魔王子「だというのに…父上はそんな母上に、第二子を産ませようとした」

舞姫「では…お母様は…」

魔王子には、側室の腹にいる子以外に兄弟はいない。つまり…

魔王子「あぁ。無理に魔王の子を産もうとして、親子共々死んだ」

舞姫「…」

魔王子と魔王は不仲だと聞いた。女が苦手な魔王子が、女にだらしない魔王を嫌っている程度かと思っていたが…違った。魔王子の恨みは、かなり根深いものだろう。
彼もまた魔王により不幸になった身。だとしても――

舞姫(魔王を討つ為、その確執を利用できれば――)

復讐に燃える舞姫には、同情する義理もない。

92 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:36:13.40 ID:P2IzvGYh0
舞姫「ねぇ魔王子様…」スッ

魔王子「!」

頬に触れると魔王子はいつも通りビクつく。だが、構うものか。

舞姫「私…これ以上、人々が恐怖し、不幸になっていくのは耐えられません」

魔王子「そう…だよな」

舞姫「魔王子様も魔王様と同じく、人間との争いを望んでいるのですか?」

魔王子「断じて違う!」

――信用できない。

魔王子「俺だって、誰かが不幸になるのは望まない!」

舞姫(…なら何で、魔王と共に勇者の国を襲ったんだ!)

怒鳴りつけてやりたい衝動をこらえる。
魔王子の言葉は嘘ではないだろうが、完全に信用もできない。

舞姫「魔王子様…魔王様を止めることはできませんの?」

魔王子「…そんなことは、誰にもできない。父上の、先祖の雪辱を晴らそうという意思は固い」

舞姫「…そうですか」

舞姫は手を引っ込める。
魔王子を焚きつけてやろうかと思ったが、この様子では期待できそうにもない。

舞姫「魔王様がいずれ満足され、平和になる日が来ることを願いましょう」

魔王子「そうだな…」

そんな日は来ないだろうと、わかっていたけれど。

93 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:39:44.66 ID:P2IzvGYh0
>地下室


学者「魔楽器の試作品ができたぞ…。魔楽器など初めて作ったので、苦労した」

チェロ弾き「ありがとうございます。ふむ、良いメロディーだ」

学者「私は音楽など好かんので、わからんね」

チェロ弾き「…ところで、姫様の使用人としてこちらに送られた者の中に、学者殿と同郷の者がいてですね」

学者「あ、そうなの? ま、別にどうでもいいけど」

チェロ弾き「その者が、王子様の身を案じていらっしゃいました」

学者「はー、王子の。じゃ無事だと伝えておいて」

チェロ弾き「…王子様と会わせる気はない、と」

学者「王子は、私の大事な研究材料。邪魔が入っては困るのでねぇ」

チェロ弾き(…一刻も早く王子様を救出する必要があるようだ)

チェロ弾きはカマをかけることにした。

チェロ弾き「学者殿。実は…その者達の中に、貴方を暗殺する為の刺客も紛れているのです」

学者「何だって」

学者の顔つきが変わった。

チェロ弾き「裏切り者の貴方を始末する為に来た…と話しているのを、偶然立ち聞きしました」

学者「…それなら、そのまま魔王様に密告すれば良いだろう。そいつらが行動を起こせば、君や舞姫さんも巻き添えで疑われるぞ」

チェロ弾き「それが…万が一、魔王様に勘付かれた時の為に…学者殿に不利な情報も持っているとか」

学者「な!!」

チェロ弾き「その情報が何かは知りませんが…このまま捕まっても奴らは、その情報を魔王様に流し、学者殿にも良くない影響があるかと」

学者「何てことだ…」

学者は明らかに動揺していた。カマかけは予想以上に効果があったようだ。
やはり、一度祖国を裏切った者。そんな者に心からの忠誠心などあるはずもなく、魔王にバレてはまずい弱味もあるのだろう。

チェロ弾き「勇者の国の中でも、やり手の連中が派遣されてきたはずです。さて、どうしましょうね?」

94 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:40:38.98 ID:P2IzvGYh0
学者「なぁチェロ弾き殿。君も人間だから、本音じゃ勇者の国の奴らの味方だろ?」

チェロ弾き「私は自分に被害が無ければ何でもいいです」

学者「私は勇者の国の連中と取り引きしたい。君は中立の立場で橋渡しをしてほしい」

チェロ弾き「取り引きとは?」

学者「魔王を討つヒントをやるから、私を見逃せ…と」

チェロ弾き「ほう」

そうきたか。魔王を討つヒント…それはチェロ弾きが今、最も欲しているものだ。

チェロ弾き「わかりました、間に立ちましょう。それで、魔王様を討つヒントとは?」

学者「これだ」

学者は液体の入ったビンを引き出しから出した。

学者「これを刃物に塗って切りつければ、体の魔力の巡りが悪くなる。魔王は魔力を封じても強いが、あるのとないのでは大分違う」

チェロ弾き「ふむ。確かにこれは心強い」

学者「魔王を襲撃する日が決まったら教えてくれ。私は逃げる準備をしておく」

チェロ弾き「はい」

学者を放置するのはどうかとも思ったが、魔王討伐の方が優先順位が高い。

チェロ弾き「では、ありがとうございます」

チェロ弾き(…それにしても、あっさり裏切りを選んだな…何か企んでいるのか? 一応この液体も本物か確かめておかねば…)



学者「…」

学者「ク、ククク…」

学者「時期尚早だが、まぁいい…これはチャンスだ」

95 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:41:05.65 ID:P2IzvGYh0
舞姫「なるほど…これがその液体」

チェロ弾き「野生の魔物で実験しましたが、効果は学者の言った通りでした。魔王にも同じように効くと良いのですが…まず、魔王を切りつけるのが難しいですね」

舞姫「複数人で弓を沢山射つってのは?」

チェロ弾き「魔法で弾かれる危険性があります」

舞姫「むぅ」

魔王に回避されても、ガードされてもいけない。
油断した隙にでも一撃、叩き込むことができれば…。

舞姫「…そうだ」

チェロ弾き「何か方法がありましたかな?」

舞姫「あのね…」ゴニョゴニョ

チェロ弾き「それは…確かにそれなら少しは可能性が上がりますが…。貴方の危険が」

舞姫「ボクがやらないでどうするのさ」

チェロ弾き「…そう言われるなら仕方ありませんね。正直私も、それ以上の策を思いつきそうにありません」

舞姫「ん。絶対、成功させてやるから」

チェロ弾き「はい…」

不安は残るが、魔王相手にできる対策はこれが全てだろう。

チェロ弾き(あとは、皆を信じるしかないな…)

96 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:41:43.06 ID:P2IzvGYh0
>夜


舞姫「魔王様」

魔王「む」

部屋へ戻ろうとした時、舞姫に声をかけられた。後ろには、いつも通り存在感の薄いチェロ弾きがいる。

魔王「どうした、舞姫」

舞姫「はい…新しい舞を是非、魔王様にお見せしたく」

魔王「夫となる魔王子が先ではないのか?」

舞姫「はい。魔王様はこの城の城主。私が真っ先に舞を披露したい方は、魔王様です」

魔王「嬉しいことを言う」

舞姫「他の誰にも、まだ見せたくはありません…なので、人のいない中庭なんて如何でしょう?」

魔王「そうだな。夜空の下も悪くはあるまい」

舞姫「ふふ。では魔王様、参りましょう」

舞姫からの誘いとは珍しい。派手な成りに妖艶な雰囲気を漂わせてはいるが、舞姫は男の扱いには慣れていない。そのギャップがまた、彼女の魅力なのだが。

魔王(今宵は、どの様な舞を見せてくれるのか…)

97 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:42:17.81 ID:P2IzvGYh0
>中庭


舞姫「では魔王様、ご覧下さいませ…」

チェロ弾きがゆっくり演奏を始めた曲は、魔王の耳に馴染みがないものだ。舞姫は曲に合わせ、ゆっくり揺れる。
今日はまた一段と衣装の露出が大きく、しなやかな肢体が妖艶に動く。

魔王「見事なものだ」

舞自体も素晴らしいが、やはり舞姫は美しい。

魔王(魔王子の花嫁にはするが、その前に我が夜伽を教えてやろうか)ククク

舞姫「魔王様…」

ふと、舞姫がトロンとした目で見ていた。舞いながら、舞姫は少しずつ近づいてきて、香水の香りが漂ってきた。

魔王「どうした、舞姫よ」

魔王はにやけながらそう口にした。
舞姫の胸は目前にあり、眺めは悪くない。

舞姫「魔王様…私は…」

魔王「――っ」

魔王の視界が塞がれた。柔らかいものが顔に触れていた。

誘っているつもりか――魔王は即、舞姫の背中に手を回した。

舞姫「あぁっ、魔王様ぁ…」

背中を愛撫すると共に、魔王の耳を犯すような、のぼせた声が上がった。
魔王の手は背中から下に這っていく。
視界は塞がれて見えない。手探りで舞姫の体を確かめ、耳に入ってくる喘ぎ声に集中し――


――ざくり


刺すような痛みが、首にはしった。

98 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:43:54.92 ID:P2IzvGYh0
露出の大きい衣装を選んだ理由は2つ。
魔王を誘惑する為と、もうひとつは、「何も隠し持っていない」と視覚で情報を与え油断させる為。

舞姫は何も隠し持つことなく、魔王を刺すことに成功した。

魔王「これは――」

魔王は自分の首に刺さっていたものを凝視する。
これは――舞姫のかんざしだ。

舞姫「魔王…」

後方に跳躍した舞姫の顔つきと声はいつもと違う。妖艶さは鳴りを潜め、今は勇ましくこちらを睨みつけている。
そして首にかんざしが刺さったと同時、チェロ弾きの演奏する音楽がガラッと変わった。それを合図にするように、周辺から複数の足音が聞こえてきた。

舞姫「覚悟しろ、魔王――ッ!!」

魔王に向かって十数本の弓矢が放たれた。

魔王「憤っ!」

怒号と共に魔王が手を振り払うと、弓矢は薙ぎ払われた。
何本かは魔王の体に刺さったが、どれも致命傷には至っていない様子。
潜んでいた勇者の国の兵達が姿を現し、1人が舞姫に上着と短剣を手渡した。

魔王「謀ったか舞姫よ」

舞姫「始めからこのつもりで来た。終わりだ魔王!」

魔王「フッ…そうか。それが本来のお前か」

それを聞いても魔王は笑いを浮かべていた。まるで、楽しんでいるかのように。

魔王「良いだろう舞姫、向かってくるがいい」

舞姫「その前に、ボクの本当の名を教えてやるよ」

もう、偽る必要はない。

姫「ボクの名は姫! 誇り高き勇者の血を受け継ぐ者!」


103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/27(金) 22:42:17.13 ID:y9HSZvbPO

タイトル回収か

105 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:28:04.07 ID:+e7XSEml0
>一方、城から離れた場所


学者「ほうぅ…あの舞姫、姫だったか」

学者が持っている水晶玉に、姫達と魔王の戦いの様子が映し出されていた。
馬に荷物を積み、逃げる準備は万端にしてあった。

学者(だがこの様子なら、逃げる必要はないか――)

執事「いた」

学者「!!」

見覚えのある奴らが近付いてきた。確か皆、勇者の国にいた奴らだ。

学者「おや、久しいな」

執事「裏切り者め。貴様のせいで国は…」

学者「私を殺しに来たか? 取引を破る気か…」

執事「貴様の命に興味はない。だが…王子様は返してもらう」

学者「…あぁ思い出した、君は確か探知魔法の使い手だったねぇ」

執事「その積荷に王子様を隠しているのだろう。大人しく王子様を解放しろ」

学者「解放、か…。いいだろう、だが――」

学者はそう言うと、王子を隠すように巻いていた布をバサッとはがした。
それと同時――

執事「――」

そこら一帯は光に包まれた。

学者「君達は全員死ね!!」

106 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:28:33.91 ID:+e7XSEml0
姫「くっ…」

魔王「どうした、もう終わりか?」

魔王の足元には何人かの兵が倒れていた。
魔王の魔力は封じた。ダメージもかなり与えた。だが、それ以上にこちらの戦力が削れていた。

チェロ弾き「肉体の力だけでここまでとは…」

残った戦力は姫と、兵士4名。だが彼らもかなり疲弊していて、長くは戦えまい。

チェロ弾き「全員、一旦撤退!!」

チェロ弾きの判断は早かった。
その号令で全員散り散りになり、近くに停めていた馬に飛び乗った。

チェロ弾き「国境付近に、こちらの部隊が待機しています。彼らと合流しましょう」

姫「そうだね…!」

魔王を討つ最大のチャンスなのに、こちらの戦力の方が先にへばるなんて。
しかしこちらは出来る限りのベストを尽くしているはずだ。魔王を討てると信じて、諦めずに戦おう。


魔王「逃がさんぞ…!」

107 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:29:06.18 ID:+e7XSEml0
側近「魔王様!どうされたのです!」

いち早く異変を察知した側近が駆けつけてきた。

魔王「舞姫による謀反だ」

側近「舞姫の!?」

魔王「奴の正体は、勇者の国の姫…報復の為に、素性を偽っていた様子だ」

側近「なんてことだ、気付かなかったとは…この側近、一生の不覚!」

魔王「後悔は後にしろ。我は今、魔法が使えぬ。代わりに魔物達に伝令を送れ」

側近「はっ!」



“総員、聞け! 緊急事態だ!”

魔王子「側近から伝令? 珍しいな…」

“舞姫が謀反を起こした! 至急、奴らを追うのだ!”

魔王子「舞姫が…!?」

“奴の正体は姫…忌まわしき勇者の血を引く者だ!”

魔王子「姫…だって!?」

108 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:29:42.27 ID:+e7XSEml0
チェロ弾き「もうすぐです姫様!」

姫「皆、もうちょっとだ! 頑張れ!」

側近「見つけたぞ、人間ども!」

姫「っ!」

上空に側近と、複数の翼を持つ魔物達がいた。
見つかった――姫は舌打ちする。

側近「かかれ!」

姫「仕方ない…返り討ちだ!!」

飛びかかってくる魔物達を次々と斬り伏せる。
こちらの残った戦力は少ないとはいえ、下っ端ごときに苦戦はしない。

側近「ふん、雑魚どもには時間稼ぎ以上の期待はしていない」

1人、側近だけが上空で冷静に事態を見守っていた。

側近「魔王様、こちらです!」

チェロ弾き「む、しまった!」

チェロ弾きが側近の思惑を察知したが、遅かった。

魔王「追いついたぞ、姫よ」

姫「チッ! 歳のくせに、素早い奴だな!」

姫は最後の魔物を斬り伏せると、魔王と対峙した。

魔王「本当のお前は男勝りなのだな。今まで、よほど無理していたのか」

姫「まぁね。付け焼き刃の色仕掛けに引っかかるなんて、魔王もまだまだだねぇ」

魔王「クク、まぁ楽しめた。それに、今のお前も嫌いではない」

姫「ハンッ、色ボケジジイが!!」

109 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:30:18.30 ID:+e7XSEml0
兵達と共に魔王に向かっていく。
魔王を取り囲むように襲いかかり、誰か1人でもダメージを与えることができるだろう…と思ったが。

魔王「覇ッ!」ブオッ

姫「!!」

魔王の腕一振りで、兵士達が吹っ飛んでいった。
残っているのは、姫のみ――

魔王「姫。今なら許してやらんでもないぞ?」

姫「誰がお前に許しなど請うか!」

魔王「お前だけでない。兵達の命も助けてやるぞ?」

姫「…っ!」

兵士達は魔王の攻撃に倒れたとはいえ、まだ生きている。

兵士「姫様、私共のことは良いのです…早くお逃げ下さい!」

姫(兵士達は、死ぬ覚悟を持って来た…)

この半年の間、確実に魔王を討つ準備をする為に、他の国々が魔王に敗れていくのを黙って見ていた。沢山の人達を見捨ててきた。

姫(また、見捨てろって言うのか…!?)

チェロ弾き「姫様、早く! 国境まであと少しです!」

チェロ弾きが急かすが、姫の足は動かなかった。
葛藤していた。確実に魔王を討つ為に、彼らを見捨てねばならないことは理解している。それでも――目の前にいる人を見捨てるのは躊躇してしまって。

魔王「勇者の血を引く姫よ…改めて我のものとなれ」

姫「誰が…!」

魔王「勇者の血を引く女に、我の子を孕ませれば…きっと、凄まじい力を持つ子が生まれるだろう」

姫「馬鹿言うな! お前の子なんて産むものか!」

魔王「お前が抵抗しても…」

魔王はじりじり距離を詰めてきた。
姫は後ずさりしたが――恐怖で足がすくむ。そして――

魔王「力ずくで我のものにしてやる!!」

姫「――っ!」

飛びかかってくる魔王相手に、姫はひるんで動けなかった。

110 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:30:44.66 ID:+e7XSEml0
――ズシュッ


魔王「――っ」

姫「え…っ!?」

姫は目を疑った。
目の前には刃―ーその刃は魔王の胸を貫き、鮮血に染まっている。

魔王「何故…だ!?」

魔王は信じられないものを見るような目で、後ろを見ていた。

「――決まっている」

姫「キミは――」

魔王子「もうこれ以上…あんたに大事なものを奪われるのは御免だ」

側近「ま…魔王子様が魔王様を!?」

111 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:31:11.94 ID:+e7XSEml0
魔王「魔王子よ…貴様、自分が何をしたかわかっているのだろうな…!」

魔王子「わかってるよ。一撃で殺せなくて残念だ」

魔王「クク、魔王子よ…それでこそ我が息子だ、だが…」

魔王は自分の胸を貫いている刃をへし折り、それを魔王子に向けた。

魔王「貴様は我を怒らせた…父の手で葬ってやろう、魔王子!!」

魔王子「来いよ魔王…母上の仇だ」


姫「どういうこと…魔王子が魔王に歯向かうなんて」

チェロ弾き「今の一撃で魔王にかなりのダメージを与えたはずですが…」


魔王「魔王子よ…この程度の攻撃、我を弱らせるには軽いぞ」

魔王子「わかってる。あんた、化け物だもんな」

魔王「我程の力を持たぬことを後悔するのだな、魔王子よ…」

魔王子「…」ゴクリ

魔王「死ね、魔王子イイィィッ!!」

魔王子「…っ!!」


姫「魔王子…!」



――カッ

112 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:31:40.67 ID:+e7XSEml0
そこら一帯が光に包まれたのは、一瞬のことだった。
その突然の光に目がくらみ、少しの間状況を理解できていなかった。

しかし「それ」を見るなり――

姫「え…っ」

チェロ弾き「何だと…」

誰もが目を疑った。

魔王「ガハ…っ」

魔王は半身を失い、大量の血を流していた。
ドサッとそこに倒れる魔王。流石に、致命傷だったのだろう。慌てた様子の側近が側に降り立つが、もはや打つ手はないように見える。

あまりにも唐突な出来事に、姫は、何故そうなったのかと考える余地もなかった。

チェロ弾き「あれは――」

チェロ弾きにつられ、彼の向いている方角を見る。
そこには――

学者「いやぁ、危なかったねぇ」

へらへら笑いを浮かべる学者と、

王子「……」

姫「王子…っ!!」

側に、半年ぶりの再会となる王子がいた。

113 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:32:07.53 ID:+e7XSEml0
姫「王子!!」

姫は歓喜し、王子に駆け寄ろうとした。
だがその肩を、チェロ弾きが止める。

チェロ弾き「お待ち下さい姫様…何か様子が変です」

変。確かに変だ。
王子の目は白昼夢を見ているように朧げで、こちらを見ていない。表情も人形のように無表情で、手には――

姫「なに…それ?」

後ろに持っているそれは何か――気付いた姫は戦慄した。そしてそれを認めるのを頭が拒否していた。だか――

ごろんっ

姫「!!!」

チェロ弾き「ひっ…」

魔王子「これは…」

王子が放り投げたもの――それは、執事の生首だった。

114 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:32:38.83 ID:+e7XSEml0
姫「な、な、何で!? 王子、何をしたの!?」

チェロ弾き「…貴方の仕業ですね、学者殿」

チェロ弾きが声をかけると、学者は無言でニヤリと笑った。

チェロ弾き「答えて下さい。王子様に…何をしたのです?」

学者「なぁに…『心』を封じただけのこと」

魔王子「心を封じた…だと!?」

学者「そう。王子はたぐいまれなる魔法の才能の持ち主。しかし、その争いを嫌う性格のせいで彼は真価を発揮できない…そこで心を封じ、真価を発揮できるようにしただけよ」

側近「何故、魔王様を…!!」

学者「何故…? ハッ、ハーッハッハッハ!! そんなもの、決まっているじゃないかぁ!」

学者は大笑いしながら、王子の肩を抱き寄せた。

学者「ずっと機会を狙っていたのだよ…王子を使って魔王を殺す機会を! 魔王に代わり、私が世界の頂点に立つ時をおぉぉ!!」

姫「何だと…!」


122 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:13:41.82 ID:Dr3RY0P00
チェロ弾き「くっ、予想外だった…。学者殿が魔王を討つのに協力的だったのは、そういう理由か…!!」

側近「よくも魔王様をぉ!」バッ

側近が学者に飛びかかっていった。だが学者は余裕の笑みを浮かべ、その隣で王子が側近に向け手をかざし――

ゴォッ

魔王子「側近――っ!!」

王子の手により、側近は一瞬で塵となった。

学者「ムダムダァ! 今や殺戮兵器となった王子と、それを操れる私に勝てるわけないだろう!!」

姫「王子…」

目の前で、何の動揺も見せず魔物を葬った王子を見て姫はショックを受ける。王子の心は本当に封じられてしまったのだ。あの王子は、姫の知る王子ではない。

学者「私は貴方達など眼中にない。黙って去れ」

姫「ふざけんな、王子を返せ! よくも執事を殺したな! お前を放っておくわけにはいかない!!」

学者「なら…」

――ドガアァン

とっさに回避したが、姫のいた場所には大穴が空いていた。
こんなもの喰らったら、ひとたまりもない。

姫「王子がボクを殺そうとするなんて…」

チェロ弾き「王子様の心は今、学者に支配されています。それが魔法による呪縛なら、学者を倒せば王子様の心は元に戻るかもしれません!」

姫「オーケー! 狙いは学者だね!」

そう言って姫は学者に向かって走るが。

学者「そうはさせない…王子、私を守れ!」

王子「…」ドォン

姫「…っ!」

学者「馬鹿め。私を討つには王子を突破せねばならない。お前達ごときにそれは不可能だ、フハハハハッ!!」

123 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:14:12.20 ID:Dr3RY0P00
魔王子「撤退しろ、姫」

魔王子が姫を庇うように前に出る。

魔王子「あんなの人間の手には負えん。今、魔物達に召集をかけた。ここは俺らに任せて…」

姫「任せられるかよ」

魔王子「姫…?」

姫「キミは王子を殺す気だろ! そんなことさせるものか!」

魔王子「決めつけるな。殺さず元に戻す方法を見つけて何とか…」

姫「信用できないんだよ、キミの言葉は!!」

魔王子「姫…」

姫「キミは一度、ボクを騙した。そしてボクから大事なものを奪っていった。もう騙されないからな!」

魔王子「…っ」

チェロ弾き「しかし姫様、あの王子様相手にどうすると言うのです?」

姫「これだ」

姫はかんざしを見せた。

姫「これで王子の魔力を封じる」

チェロ弾き「しかし、王子様には近付くことすら…」

姫「何とかやってみせるよ。チェロ弾き、待機してる兵士達を呼んできて。後のことは、兵士達に任せる」

チェロ弾き「しかし…」

姫「頼んだよ、チェロ弾き!」ダッ

チェロ弾き「姫様…っ、ご無事で!!」ダッ

124 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:14:38.52 ID:Dr3RY0P00
学者「立ち向かってきますか、じゃじゃ馬姫様ぁ!! 王子、やってしまいなさい!!」

ドガアァン

姫「くっ…」

姫は攻撃を回避する。
舞で身に付けた身軽さが役に立っていた。

学者「では、これは如何かな?」

姫「わっ!」

強い風が吹き、姫は吹っ飛ばされた。
木に体を打ち、全身に痛みがはしる。それと同時…

姫(かんざしが…)

今の衝撃でかんざしを落としてしまった。
あれが無くては、どうしようもない。

学者「所詮、勇者の血など過去の遺物…私は貴方をただの小娘程度にしか思っていない」

姫「く…」

学者「しかし、チョロチョロ動き回られては邪魔くさい。…今の内に叩き潰しておくか」

学者が視線を送ると、王子は自動的にこちらを向いた。
魔力は既に滾っている。一方の姫は、強い痛みで思うように動けない。

姫「王子…っ」

学者「呼びかけても無駄ですよ…さようなら、姫様」

姫「――っ」

王子の手がゆっくり、こちらにかざされた――



魔王子「こっちだ!!」

姫「――え?」

125 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:15:33.59 ID:Dr3RY0P00
学者「!!」

魔王子と学者の距離が縮まっていた。魔王子は剣を構え、学者に襲いかかろうとしている。

学者「王子っ!」

王子が即座に反応し、魔王子に攻撃を放った。
魔王子はこれを跳躍して回避。

魔王子「ったく…お前を城に迎え入れた父上の判断は、やっぱ間違ってたか」

魔王子はそう言って体制を立て直す。
手には――姫が落としたかんざしだ。

魔王子「クソ親父め、厄介な問題残して死にやがって…まぁいい、俺が落とし前つけてやるよ」

魔王子は王子に向かって走り出した。

学者「王子! 奴を殺せ!」

魔王子に向かって無数の魔法弾が撃ち込まれる。

魔王子「…っ!」

魔法弾が直撃し、魔王子は血を噴いた。

学者「ざまぁ見ろ、そのまま…」

魔王子「そのまま…何だ?」ダッ

学者「!!」

魔王子はまるでダメージを意に介していないように、王子に向かう足を止めなかった。

学者「王子ぃ、もっと、もっとだ!!」

魔法弾が魔王子の腹、腕、脚――至る所を貫く。早くも魔王子の全身は血に染まる。
それでも――

魔王子「ああぁ…!!」

魔王子の突進は止まらなかった。
魔王子と王子の距離は、どんどん縮まっていった。

学者「王子ぃ、爆破だ! 爆破しろ!!」

――ドガアァン

辺りは煙に包まれた。

姫「魔王子…!!」

126 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:16:10.32 ID:Dr3RY0P00
王子「――あぁっ!」

姫「…え?」

煙の中から王子の叫び声がした。
煙はすぐに晴れ――

魔王子「はい…終わり」

姫「魔王子…っ!」

魔王子は王子の肩にかんざしを刺していた。
王子の魔力はみるみる小さくなっていく。

魔王子「手間かけさせやがって…ゴホッ」

しかし魔王子も涼しい顔に反し、無事ではなかった。全身は焼け焦げ、片目は潰れ、手の指も何本か吹っ飛んでいる。
王子を刺した時には限界を越えていたのだろう、魔王子はその場に倒れた。

学者「そんな…バカな…」

切り札を失った学者は震えていた。が、怯える間もなく――

――ザクザクっ

学者「ガハあぁっ!!」

チェロ弾き「姫様、ご無事でしたね!」

チェロ弾きが呼んできた増援の兵士達により、学者は弓矢で全身を射抜かれ、そのまま絶命した。

王子「…」パタッ

それと同時、王子も糸が切れたように倒れた。

127 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:17:46.28 ID:Dr3RY0P00
チェロ弾き「王子様…良かった、心臓は動いていますね」

即座に王子に駆け付けたチェロ弾きは、王子の容態を確認して言った。
これで心配事は無くなったが…。

姫「魔王子…」

姫は倒れている魔王子に駆け寄った。
魔王子は虫の息といった所だが…姫を見るなり、笑った。

魔王子「はは…ざまぁみろ、って所か?」

姫「…どうして、助けてくれたの?」

彼が魔王を憎んでいるのは知っていた。だから魔王が魔力を封じられている機会を狙ったのはわかる。
だが魔王子は、命を削って王子を救ってくれた。そこまでする理由が、姫にはわからなかった。

魔王子「…何もできない自分は、もう嫌だったんだ…。言い訳になるけどさ…俺は平穏を望んでいた。でも…」

姫「…うん」

魔王子「俺は魔王が怖くて、逆らえなかったんだよ…。魔王を憎んでいるのに、奴の言いなりになるしかなくて…そんな自分が嫌だった」

魔王子はぼろぼろ涙を流していた。

魔王子「俺…ずっと心痛めてたんだ。あんたが死んだと思ってたから…それで、舞姫にあんたの姿を重ねて…ガハッ、ゴホゴホッ」

姫「魔王子!?」

魔王子「ひとつ――頼みがある」

血の気を失った顔で、魔王子は言った。

魔王子「俺のこと、また――『笛吹き』って呼んでくれないか…」

姫「…っ」

姫は魔王子の手を握った。
ずっと憎んでいた。騙されたと思っていた。それでも、2人の間に築いていたわずかな絆は、決して嘘ではなくて――

姫「――笛吹き」

そう名を呼ぶと、魔王子――笛吹きは、ニコッと笑った。

笛吹き「姫…俺、あんたのこと――」

声がかき消え、笛吹きは瞼を閉じた。
そしてその目は、もう二度と開くことはなくなった。

姫「言うのが遅いんだよ…ばか」

姫の目から涙が溢れる。
こんな奴、もう友達じゃないって思っていたのに。
利用するだけ利用して、自分の味わった絶望感を味わわせてやろうとすら思ったのに。

姫「でも1番のバカは、ボクだ……」

復讐に囚われて忘れていた。笛吹きとの間に築いた友情、彼の思いやりを。

姫「うあああぁぁ―――っ!!」

姫は大声をあげて泣いた。叫んでも取り戻せない、後悔の証。
姫が感情を剥き出しにするのは、兄を殺されて以来だった。

128 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:18:26.10 ID:Dr3RY0P00



王子「うぅん…」

姫「王子…!」

王子「姉、上…?」

王子が目覚めたのは、倒れてから数時間後。既に魔物の国からの逃亡に成功し、王子と姫は音楽の国の城にかくまわれていた。

姫「具合悪くない、王子?」

王子「…っ」ガタガタ

姫「王子!?」

突然真っ青な顔で震えだした王子を心配し、姫は王子の体を支える。
王子は怯えるような目で、姫の顔を見た。

王子「姉上…僕は、執事達を殺しました……」

姫「!」

どうやら、心を封じられていた時の記憶が蘇ったようだ。
まさか覚えているとは思わなかったもので、姫は言葉に詰まる。

王子「それに…僕を救ってくれた魔王子のことも……」

姫「王子……」

王子が笛吹きを殺さなかったら――自分はちゃんと彼に礼を言えただろうか。
笛吹きがいなければ、魔王を討つことすらできなかったのに――

姫「……王子は、悪くないよ」

だけど、もやもやしたものを抑えてそう言った。

姫「自分を責めないで、王子。失ったものも多いけど、キミが無事でいてくれたことは喜ばしいことじゃないか」

王子「姉上……」

そうだ。失ったものを振り返っても仕方がない。

姫「国を盛り返そうよ、2人でさ!」

王子「…はい、姉上」

前を向いて行こう。それが王族としての責務であり、姫にとっての『自分らしさ』なのだから。

129 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:19:40.94 ID:Dr3RY0P00

その後、魔王と魔王子を失った魔物の国は衰退し、魔物達は大人しくなった。
魔物からの圧が無くなった人間達の社会は、少しずつであるが、活気を取り戻していた。

そして勇者の国は――

姫「あぁーっ、資料ばっか見てたら、頭おかしくなってくるわーっ!!」

王子「これも国民の為です姉上。公務は王族の義務です」

姫「あうぅ、兄上は本当に偉大だったねぇ…」

音楽の国より国を返還され、姫と王子が治めていた。勿論、様々な人の手を借りてはいたが。

王子「ところで姉上、音楽の国で行われるパーティーですが…」

姫「ボクは踊らないよ」

王子「魔王をも魅了した舞を見たいという方は沢山いるでしょうに」

姫「勘弁してぇ。そういうの、ボク本当に好かないんだから」

あれ以来、姫は踊っていない。
舞は元々魔王に取り入る為の手段であって、好きでやっていたことではない。


兵士長「姫様、不審な来訪客が来ました。姫様にお会いしたいと…」

姫「ボクに? 誰だろ」

王子「姉上は遊び歩いて友達が沢山いますからねぇ…」

姫「真面目に仕事してるから、いいじゃーん! それに遊び歩いてるつっても、健全な遊びしかしてないよ!」

兵士長「訪れたのは、側室と名乗る、赤ん坊を抱えた魔物の女です」

姫「側室さん!?」

姫は面会を許可した。

130 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:20:07.27 ID:Dr3RY0P00
側室「お久しぶりですねぇ。わざわざお会いして下さって、ありがとうございます」

姫「久しぶり、側室さん」

魔物の国のゴタゴタには関与していなかったので、本当に久しぶりの再会となる。
それに姫が『姫』として側室と会うのは、これが初めてだった。

姫「赤ちゃん、無事に生まれたんですね」

側室「えぇ。男の子でした。ボク、お姫様にご挨拶なさい」

赤ん坊「あうあう」

姫「魔物でも、赤ちゃんは可愛いねぇ」

側室「今、魔王様の血を引くのはこの子だけですが…もうこんなこと起こらないように、この子は争いと無縁に育てていきます」

姫「そうして下さるとありがたい」

♪プッピャリャピャー

姫「ん?」

急に気の抜けた音がしたと思ったら――赤ん坊が笛をくわえていた。

赤ん坊「キャッキャ」

側室「あらあら。この子ったら、この笛を気に入ってしまって、いつも吹いているんですよ」

姫「へぇ…」

♪ピリャリリャ~

姫「……」

姫は気付いていたが、言わなかった。赤ん坊が吹いているのは、笛吹きの笛だと――

姫(偶然だよね)

姫「ちゃーんと練習して、雑音出さないようにするんだぞ~」

赤ん坊「だぁ♪」

姫「おーヨシヨシ」

131 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:20:37.20 ID:Dr3RY0P00
平和は日常のものとなり、やがて人々はその日常に染まっていく。


兵士長「姫様ぁーっ!! 姫様をつかまえろーっ!!」

姫「ハンッ! 来いよ、競争だ!」

チェロ弾き「久々に来てみたら…。この城は、いつも騒がしいですねぇ」


この日常は永遠のものになるかはわからない。


チェロ弾き「『不穏のソナタ』」~♪

姫「うぐっ! きゅ、急に足が重く…」

兵士長「姫様、つかまえたーっ!」

姫「ぎゃあぁ!?」


だけど、永遠でないかもしれないから、大事にしておこうと誓う。


王子「姉上、貴方はいい加減に~」ガミガミ

姫「うえ~ん、王子が兄上みたくなってきたよ~」

王子「いつもいつも城を抜け出して、何をしているんですか!」

姫「何をしている? 修行だよ修行」


ボクは姫、誇り高き勇者の血を受け継ぐ者――


姫「これからも平和を守っていくよ――勇者の血を受け継ぐ者として!」


Fin

132 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:22:41.91 ID:Dr3RY0P00
ご覧下さりありがとうございました。シリアスって難しい(´・ω・`)

過去作こちらになります。普段は恋愛物多めに書いてます。
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/

133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/29(日) 20:24:12.54 ID:xubfJ8yCo


134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/29(日) 22:18:28.79 ID:BdFtt9E5o
乙でした
後日談書いてもいいんだよ?(チラッ

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/29(日) 23:33:22.72 ID:LZ38KywkO
好き


posted by ぽんざれす at 08:18| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月04日

魔姫「捕まえてごらんなさい、色男」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1446021731/

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:42:11.77 ID:QdjJeYdN0
若干女性向けかもです

2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:42:31.62 ID:QdjJeYdN0
魔姫「…しつっこいわねぇ~」

魔姫は翼を広げ、全速力で宙を飛ばしていた。
だが彼女を追う者を振り切れず、段々苛立ちも増してくる。

魔姫「あーもうっ! わかったわよ、話くらいは聞いてあげるわ!!」

魔姫が地上に降り立つと、1人の男が姿を現した。

ハンター「…よう、化物」

魔姫「あーら、またアンタ? これで何回目のアタックかしら? 相当、私に惚れ込んでいるみたいねぇ」

覚えのある顔だった。この男には、何度か追われたことがある。
いつもは魔姫の逃げ切りという形で追いかけっこは終わるのだが、今日は地形が悪いのか調子が悪いのか、どうも振り切れなかった。

魔姫「で? 何か用かしら」

ハンター「とぼけるな。俺は残党狩りのハンター…王子の命令により、お前を捕らえる」

魔姫「あぁそう」

魔姫はそれを聞いても動揺しなかった。

魔姫「いいわ、遊んであげる。せっかく時間をとってあげるんだから、退屈させるんじゃないわよ」

ハンター「ふん」

ハンターは愛用のダガーを取り出し、構える。

ハンター「生意気な小娘が――思い知れ」

魔姫「こちらの台詞よ」

片や憎々しいと言わんばかりに眉間にしわを寄せ、片や相手を弄ぶかのような笑みを浮かべ――戦いの火蓋は切られた。

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:43:13.76 ID:QdjJeYdN0
一旦話は遡る。
それはハンターと魔姫が鬼ごっこを始める前のこと。

その日、ハンターは王子に呼ばれ、城を訪れていた。


王子「知っての通り、勇者が魔王を討伐したのはつい先日のことだが――」

王子「まだ世界は完全に平和とは言えない。何故なら魔王軍の残党が世界中に散らばり、新たな魔王に君臨しようとする者が後を絶たないからだ」

王子「今日は君に依頼がある…魔王軍残党を30匹近く狩ってきたという、腕利きハンター君」

ハンター「もったいぶらずに話してもらおうか」

無愛想に言ったが、王子は意に介していないようで「ふふっ」と笑いを漏らした。

ハンターは心の中で舌打ちする。
どうせ残党狩りの依頼だろう。依頼に不要な長い前置きやおべっかは、彼にとって気に入らない話題だ。
それにさっきから、作り物のような美しい顔に、作り笑いのような不自然な笑顔を浮かべる王子に、不快感を抱いていた。

王子「頼もしいね。君への依頼は標的のハンティング…ただし『生け捕り』限定だ」

王子「かなり手強い相手だよ。君といえど、簡単に狩れる相手ではないだろうねぇ」

ハンター「なら勇者に任せてはどうだ。あいつより頼りになる男もいないだろう」

王子「いやぁ。勇者は確かに強いけど『捕まえる』となると君の方が適任だ。それに勇者の性格上…逃げる獲物を捕らえるのは、好かないだろうからね」

ハンター「……」

王子「じゃあ期待しているよ、ハンター君」

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:43:59.34 ID:QdjJeYdN0



ハンター「はああぁぁ――っ!!」

ハンターは一気に距離を詰め、ダガーを振り回す。
素早い――風を切らんばかりの攻撃を、魔姫は舞うように回避する。

魔姫(近接攻撃を得意とするスピード型ねぇ…そういう奴は紙装甲ってのが定番だけれど)

魔姫「てや――っ!!」バリバリバリィッ

腹に一発、電圧をお見舞いする。
大抵の人間ならこれで倒れるが――

ハンター「…それがお前の全力か?」

腹部全体を焦がした服の焼け具合に反して、ハンターはピンピンしている。

魔姫「ご立派。そりゃ私に派遣される程のハンターだものね、並の人間よりは強くないと困るわ」

ハンター「なめているのか…!」シュッ

魔姫「フンッ」ヒョイ

魔姫はハンターの攻撃を回避し、一旦上空に飛んだ。

魔姫「せっかちねぇ。余裕のない男はモテないわよ?」

ハンター「仕事だからな。今日は逃げきれると思うな」

魔姫(返答もつまんないわね~。もういいわ、この男と遊ぶのは)

近接攻撃型なら、飛んでいる相手には手を出せまい…なら、どう片付けてやろうか。
ゆっくり考えようと思ったその時――『それ』は起こった。

魔姫「――っ!?」

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:44:46.39 ID:QdjJeYdN0
魔姫の体は、何者かに足を掴まれたかのように下降していく。
急に、体が重くなったのだ。

魔姫(何これ…重力の魔法……!?)

その魔法は自分だけにかけられたらしく、ハンターは平然と立っている。
ハンターから魔力は感じない。ならこの魔法は、一体誰が――?

ハンター「…そのまま仕留めてやろう」

魔姫「……ふん、これ位で有利になったつもり?」

ハンター「何」

魔姫「こういう時の攻略法はね…」

魔姫は全身の魔力を滾らせる。
そして――

魔姫「倍の魔力を返してやればいいのよっ!!」


――ドカアアァァン


魔姫による魔力の放出により、そこら一帯のものは吹き飛ばされた。

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:45:35.13 ID:QdjJeYdN0




ハンター「く…」

大木に体を強打したハンターは痛みを堪えながら立ち直す。
だが既に、魔姫は姿を消した後だった。

ハンター「逃げられたか……」

とその時、物陰から出てきた1人の女性が、ハンターに近づいてきた。

助手「ハンター様」

ハンター「悪いな、助手…お前のサポートを無駄にしてしまった」

助手「いいえ…。彼女は私以上に強力な魔力の持ち主です。捕らえるには容易い相手ではないでしょう」

ハンター「そうだな」

そう返事したが、ハンターは諦めたわけではなかった。
いけ好かない王子に依頼された相手とはいえ、相手は魔物――それだけで彼が追うには十分な理由だ。

ハンター「次はこうはいかんぞ…魔王の娘よ」

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:46:07.59 ID:QdjJeYdN0
>廃館


魔姫「ただいま~」

山の奥にある廃館に戻ってきた魔姫を、1人の少年が出迎えた。

猫耳「お帰り魔姫。今日は遅かったね?」

魔姫「えぇ。『残党狩り』に遭遇してね」

猫耳「にゃっ!? け、け、ケガはない!?」

魔姫「フフン、私が残党狩りごときに遅れを取るように見えて?」

猫耳「そんなのわかんないよぉ~…」

魔姫「私は無事に帰ってきたわ、安心しなさい。そんなことよりお風呂の準備はできている?」

猫耳「え、あ、夕飯の準備に手間取って…」

魔姫「だったら無駄口叩いてないで働きなさい、私はお風呂に入りたいの!!」

猫耳「ひえっ」

魔姫に怒鳴られた猫耳は慌ててお風呂の準備に取り掛か…ろうとして、

猫耳「うにゃっ」ドスン

顔面から転んだ。

猫耳「ご、ごめっ、今すぐやるからっ……」

魔姫「…もう、ばかね本当。慌てなくていいのよ」

魔姫はしゃがんで、猫耳の頭をポンと叩く。

魔姫「私が襲われたと聞いて動揺しているんでしょ? この通り、私は大丈夫だから…ね?」

猫耳「うん…」グスッ

魔姫の穏やかな声を聞いた猫耳はようやく安心できたのか、涙目になった。
そんな猫耳の頭を、魔姫は「ばか」と呟きながら優しく撫でてやっていた。

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:46:42.95 ID:QdjJeYdN0
猫耳「へぇ、魔姫が人の顔を覚えてるなんて珍しいねぇ」

2人きりの夕食時。早速、今日出会ったハンターの話が話題に上がった。
魔姫も話したい話題ではなかったが、猫耳がしつこく聞いてきたのだ。

魔姫「王子に雇われたって言ってたし、実績ありのハンターでしょうね」

猫耳「にゃー…魔姫、そういうのは相手しない方がいいよ」

魔姫「そうね。あんなつまらない男、もう2度とごめんだわ」

猫耳「…でも、どうして魔姫が狙われるんだろう……」

魔姫「そりゃ私は魔王の一人娘、可憐なる魔物のお姫様だし? いい女は狙われるものよ」

猫耳「変だよ」

魔姫の冗談交じりの言葉に、猫耳は真面目に答えた。

猫耳「だって魔姫、何も悪いことしてないじゃん……人を殺したことだって、1度もないのに!」

魔姫「…そういうものなのよ、猫」

魔姫は、そうとしか答えることができなかった。

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:47:36.71 ID:QdjJeYdN0
魔姫「すやすや」



その晩、久々に魔王城にいた頃の夢を見た。


魔姫『あん、もうつまんなあぁぁいっ!!』

魔王『姫や、あまり父を困らせないでおくれ』オロオロ

魔物の王である父は過保護な親で、自分は甘やかされて育ったものだ。
だけれど時代は物騒なもので、人間との争いや、定期的に起こる反乱で、国は荒れていた。
その為か、父は自分を、外の世界に出してくれなかった。

魔王『外の世界は危ないのだ、姫。どうか城内で安全に暮らしてほしい』

魔姫『何よ! だったら人間との戦争なんてやめちゃえばいいのに!』

魔王『それはできないのだ…人間も魔物も、生きていく為に領土を広げる必要があるからな』

曽祖父の時代から続いている争いは、もう和解という手段で終わることはできない程、大きくなっていた。
そう教えられてきたけれど、不自由している身には納得できない。

魔姫『もういい、猫と遊んでくるわ。お父様なんて嫌い!』

そして自分は、いつも父を困らせていた。




魔姫「ふわぁ…あぁ夢か。あらやだ、まだこんな時間じゃない、起きて損したわ~…」

魔姫「……お父様…」

魔姫「私…ひどいこと言ってばかりで、親孝行できなかったわね……」

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:48:21.70 ID:QdjJeYdN0
>民家


ハンター「只今」

母親「あらお帰り。今日は遅かったのねぇ」

助手「起きていらっしゃったのですか奥様」

ハンター「母様、先に寝ていて良かったのに」

母親「貴方が心配で眠れないわ。ハンター稼業は危険ばかりですものね」

ハンター「…今日は獲物を逃したので、代わりにバイトをしていました。これを当面の生活費にして下さい」

母親「あらあら。ありがとうねぇ、大事に使わせてもらうわ」

ハンター「今依頼されている獲物を捕らえれば…倍以上の報酬が入ります」

母親「そうなの。でもねぇ、お金の為に命を賭けることはないのよ。慎ましい生活で構わないから、貴方には無事に過ごしていてほしいわ」

ハンター「…これは俺の選んだ道です。俺は、死にません」


ハンターは上着を助手に渡し、自室に向かう。

元いた屋敷から、こんな粗末な民家に越してきたのは何年前のことか…。

ハンター稼業は大物を捕まえれば莫大な報酬が入るが、仕事柄収入は安定しない。
今の生活は母親に、貧困という苦労をかけている。
慣れない手つきで内職に打ち込むその手は、痛々しい程に荒れている。

それもこれも、全て魔物がこの世にいるせいで――

ハンター(化物共を狩り尽くし、元の生活を取り戻す…それが俺のできる、最大の孝行だ)

14 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:03:14.07 ID:OLWTbaMw0
>翌日


猫耳「魔姫ぇ~…本当に行くの?」

魔姫「えぇ、3日前から計画してたんですもの。あんたも行くわよ、ほら支度して」

猫耳「わかったよー…」

魔姫「楽しみねぇ、お祭り!」

今日は首都の方で祭りがあるので、魔姫も遊びに行くつもりだ。

猫耳(昨日みたく残党狩りに会うかもしれないってのに…)

懲りない様子の魔姫に猫耳は呆れたが、魔姫が言って聞く性格じゃないことはわかっているので、諦めの心境である。

魔姫「どうかしら~?」

魔族の特徴であるとがった耳を隠す為の、どでかい帽子とリボン。
その頭装飾が浮かないように合わせた衣装もフリフリしていて、何というか……。

猫耳「うん、目立つね」

魔姫「何よぅ。似合ってるね~とか、可愛いね~とか、気の利いた感想はないわけ?」

猫耳「魔姫は地味な格好してても人目を引く位可愛いんだから、派手な格好すべきじゃないと思うにゃー」

魔姫「言うわねぇ、猫ちゃん。オホホ気分がいいわ」

猫耳「うんうん、じゃあこっちに着替えようか」

魔姫「んー、お祭りには地味だけど…でもまぁ、これもいいわね」バサッ

猫耳「僕の前で着替えないでよ……」

魔姫「何か言った? さ、行くわよ」

ボンッ 猫耳「にゃーん」

猫耳は小さな猫の姿になり、魔姫の持つバスケットに入る。
忘れ物はないと確認すると、魔姫は翼を広げて飛び立った。


15 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:03:40.15 ID:OLWTbaMw0
魔姫「この辺でいいかしらね」

魔姫は街外れの森に降り立つ。あまり街に近い所で降りたら、人に見つかる危険性があるのだ。

猫耳「街の方から音楽が聞こえてくるね」

猫耳は少年の姿に戻り、帽子を被って耳を隠す。
魔姫と猫耳。両者とも耳を隠して並ぶと、人間の姉弟に見えなくもない。

魔姫「せっかくのお祭りだもの、楽しまなきゃ! 行くわよ、弟!」

駆けていくと、街は既に賑わっていた。
楽隊が音楽を奏で、屋台が立ち並び、大道芸人が子供達の歓声を集めている。

魔姫「よーし、屋台で食べ歩きするわよーっ!!」

猫耳「早速食い気かぁ」

魔姫「まずは焼きそばと焼き鳥は外せないでしょ、あとトロピカルドリンクと、デザートも…片っ端から行きましょう!!」

猫耳「わかったわかった、人ごみで走らないの」

魔姫「~♪」

猫耳(…まぁいいか、楽しそうだし)

16 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:04:35.50 ID:OLWTbaMw0
魔姫「これ、美味しい~。もう1回並んで別の味買ってこようかな~」

たらふく食べた後デザートに突入し、魔姫は幸せ一杯な顔を見せていた。

猫耳「ねー。手作り工芸品のお店もあるけど、ああいう所は行かないの?」

魔姫「あら弟ぉ、行きたかったの? なら普段のご褒美に、何か買ってあげるわ」フフ

猫耳「本当? 普段からこき使われてる甲斐があったよー」

魔姫「なぁーんですってぇ~!」

猫耳「わー、お姉ちゃんが怒った~」

おどけた様子で猫耳は魔姫から逃げた。

が。

ドンッ

猫耳「あ、ごめんなさ……――っ!?」

魔姫「――っ!?」

そのぶつかった相手を見て、2人は硬直した。



勇者「いや大丈夫。気をつけてね」


魔王――魔姫の父を討った、勇者だった。



猫耳「…………」

猫耳が固まっている間に、勇者は去っていった。

魔姫「…ばれなかったわよね?」

猫耳「うーん…。勇者は僕の顔、知らないと思うし……」

魔姫「そう。それじゃお店の方に行きましょうか」

猫耳「ちょっ。…もぉ~、魔姫は危機感ないにゃー」

魔姫「ばれなきゃいいだけよ。さて、どの店から行く?」

猫耳「えーと…じゃあ編み物のお店……」

魔姫「オッケー、じゃあ行きましょう」

17 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:06:05.51 ID:OLWTbaMw0
>一方


勇者「よ、お待たせ」

ハンター「…よう」

勇者「お前、何その戦闘用装備~。祭りの中でスッゲー浮いてんの~」ケラケラ

ハンター「うるさい」

勇者「ところでどうした、俺に用事って」

勇者はハンターに飲み物を渡し、ベンチに腰掛けると話を切り出した。
勇者は世界を救った英雄だというのに、その飾らない雰囲気のせいか、周囲の人は誰も彼に気付かなかった。

ハンター「先日、王子より残党狩りの依頼が下された」

勇者「へぇ。王子直々の依頼なんてスッゲーじゃん」

ハンター「だが、何度も標的を取り逃がしている。昨日は交戦もしたが、全くダメだった。…奴は強い」

勇者「その割にお前、ピンピンしてんねー。全力で戦ったー?」ケラケラ

ハンター「茶化すな」

生真面目なハンターとおちゃらけた勇者は、こういう部分が合わない。
イラッとしつつもハンターは話を続ける。

ハンター「殺してもいいのならまだ手段はあるが、王子からは生け捕りと指定された。勇者、お前に頼むのは癪だが、協力を願いたい」

勇者「うーん。俺、倒すのは得意だけど、捕まえるのは専門外なんだよなー…。まぁ平和の為なら、協力するけど」

ハンター「そうか。殺さない程度に弱らせてくれれば良い」

勇者「ん。ところで依頼されたターゲットって、どんな奴?」

ハンター「人相書きがある。…これだ」

ハンターはポケットから折りたたんだ人相書きを取り出し、勇者に手渡す。

勇者「どれどれ…」カサ

ハンター「まぁお前も魔王城に乗り込んだ時に顔を見たかもしれんが…」

勇者「ああああぁぁぁぁぁっ!?」

ハンター「!?」ビクッ

勇者「ま、ま、魔姫さんじゃん!!」

ハンター「そう、魔王の一人娘だ。何だ、知ってるのか」

勇者「し、しし知ってるも何も!! あれは、魔王城に乗り込んだ時だ…」

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:06:52.86 ID:OLWTbaMw0
~回想~

勇者『あぁ、魔王城は広いなぁ…魔王、どこだーっ』

魔姫『そっちじゃないわ』

勇者『!? だ、誰だ!!』

魔姫『私は魔姫。魔王の一人娘よ。貴方、勇者でしょう』

勇者『…そうだ』

魔姫『お父様はあちらの廊下を右に曲がった突き当たりにいらっしゃるわ。間違えずに行きなさい』

勇者『…いいのか、そんなこと教えて』

魔姫『構わないわ。お父様は魔物の頂点に君臨する魔王…そんな相手に、体力を消耗した状態で行くのは失礼ってものよ』

勇者『……』

魔姫『魔王と勇者の頂上決戦だもの。小細工なしの勝負に勝てないようでは、それまでの男だったってだけの話。それじゃあね』バサッ

勇者『………』

勇者(な、何て高潔で、美しい人なんだ!!)

~回想終了~



勇者「ってことがあったんだ!」

ハンター「そうか…ふん、傲慢な娘だな。それで勇者、その魔姫の生け捕りだが…」

勇者「悪い、ハンター! 俺、協力できねぇ!」

ハンター「何だと」

勇者「実は……」

そして次に続く言葉を聞いた時、ハンターは能面のような顔になった。


勇者「――俺、恋しちまったんだ。魔姫さんに」

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:07:27.85 ID:OLWTbaMw0
ハンター「…………」

勇者「おのれ王子めぇ~、魔姫さんを捕らえてどうしようってんだ~。ハッ!! まさか王子、俺の為に……!!」

ハンター「阿呆。化物に恋する勇者があるか!!」

勇者「魔姫さんは化物じゃねぇ、お前も見たはずだ! あの美しさは天使……いや、女神!!」

ハンター「目を覚ませぇ~っ!!」

ハンターは勇者の肩を揺さぶったが、彼の目の中のハートマークが消える気配はない。
こいつ、もうダメだ…ハンターは早々に諦めた。

ハンター「…なら仕方ない。だが俺は引き続き魔姫を追う」

勇者「ハンター稼業も安定しねーだろ。騎士団に入れば? 俺が推薦してやるよ、王子と友達だし」

ハンター「騎士団は、守る為の集団だ。俺には向かん」

勇者「…なぁ、お前は何の為に戦ってるの?」

ハンター「決まっている」

この手で今まで何十匹もの魔物を狩ってきた。それは金の為でもあるが、最大の目的は……。

ハンター「魔物をこの世から消す為だ…!」

憎々しげに言ったハンターの様子に、勇者は苦笑を浮かべる。

勇者「…やっぱ相容れないね、俺とお前」

20 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:08:06.96 ID:OLWTbaMw0
オウム「緊急指令! 緊急指令!」バッサバッサ

勇者「わわぁ!?」

唐突なオウムの襲来に、勇者はベンチから転げ落ちそうになった。

ハンター「あぁ、こいつは…王子からの伝達用オウムだな」

勇者「お、おう」ドキドキ

ハンター「どうしたんだ」

オウム「標的ガ来テイル! 至急、出動セヨ!」

ハンター「…こんな祭りに? わかった…そいつの元まで案内しろ」

勇者「死ぬなよハンター」

ハンター「…何でお前がついて来るんだ?」

勇者「そりゃ魔姫さんに恋する男として…!! あ、安心して。戦いは邪魔しねーよ」ニヒッ

ハンター「……お前、俺がボコられるのを期待しているんだろう」

勇者「どうだか~♪」

ハンター(こいつ……)

21 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:08:35.80 ID:OLWTbaMw0
魔姫「良かったわねぇ、いい感じのひざ掛けが見つかって」

猫耳「これで寒い時期もぬくぬくだにゃ~」

魔姫「私もいい買い物ができたし、大満足だわ~」

猫耳「魔姫、僕がトイレ行ってる間に何買ったの?」

魔姫「ふふん、秘密~。それより、夜はナイトパレードをやるそうよ。それまでどこかで時間を…」

ハンター「悪いが、そうはいかんな」

魔姫「…っ!?」

猫耳「!!」

ハンター「よぉ…化物」

勇者(ま、ま、魔姫さんだああぁぁ!! おおぉ、普段着姿もお美しい…!!)ホワーン

魔姫「あらアンタ。…それに勇者も」

猫耳(まさか、こいつが昨日会ったっていうハンター…? 最悪なコンビが来た!!)

ハンター「俺の用事は…わかっているな? できれば人のいない場所で済ませたい」

魔姫「そうね…せっかくのお祭りをブチ壊すのは気が引けるものね」

ハンター「街外れの森だ。…そこでケリをつける」

22 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:09:12.38 ID:OLWTbaMw0
>森


魔姫「…で、ここで暴れようっての?」

ハンター「あぁ。今日は逃がさんぞ」

ハンターは早速ダガーを構えた。
猫耳はそんなピリついた空気に萎縮し、魔姫に耳打ちする。

猫耳「逃げようよ魔姫…やり合っても何も得しないよ」

魔姫「逃げても逃げても、こいつは追って来るわ。なら早々に叩きのめして、諦めさせてやるわよ」

ハンター「叩きのめすだと…なめやがって」

勇者(あぁ魔姫さん…自信に溢れた雰囲気、お美しい)

魔姫「行くわよっ、粘着ストーカー!!」ヒュッ

魔姫は翼を広げ、全速力でハンターに突っ込む。
爪を伸ばし胸を狙う――が、ハンターは持ち前の素早さで回避。

ハンター「捉えた!」ガシッ

ハンターは魔姫の腕を掴む。
この手を離さなければ、上空に逃がしやしない。

勇者「あ、おまっ! 魔姫さんの手をっ、この裏切り者! スケベ!」ギャーギャー

ハンター(うるせぇ)

23 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:09:52.15 ID:OLWTbaMw0
ハンター「はぁっ!」

至近距離でハンターはダガーを魔姫の首筋に振り下ろし、峰打ちでの打撃ダメージを狙う。
だが――

魔姫「ふんっ」ガシッ

魔姫はハンターの手首を掴み、攻撃を止めた。そして。

魔姫「はあぁっ!」バキッ

ハンター「――っ」

みぞおちに蹴りが放たれる。
想像以上のダメージに、ハンターは咳き込む。

ハンター「ゴホッ、女の癖に何て力だ…流石は化物か」

魔姫「あら失礼、人間の殿方には刺激が強すぎたかしら?」

ハンター「調子に乗るな!」ブンッ

ハンターは魔姫を地面に投げつけた――が魔姫は体勢を変え、着地する。
それと同時、ハンターが魔姫に突っ込んできた。

ハンター「覚悟オォッ!!」

魔姫「……」

とっさのことで魔姫は体勢を変えられない。
このまま、ダガーが魔姫に振り下ろされようとしていた――が。

ドゴオオォォン

ハンター「――」

ハンターは思い切り吹っ飛ばされた。

魔姫「学習能力がないのねぇ…昨日と全く同じ技でやられるなんて」フゥ

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:10:37.17 ID:OLWTbaMw0
ハンター「くぅ……」

衝撃波に吹っ飛ばされ、地面に体を強く打ったハンターは全身の痛みに悶える。
だが、魔姫が近づいてくる足音が聞こえ――痛みに耐え、立ち上がった。

魔姫「呆れた、まだやろうっての?」

ハンター「フゥ……殺さないように配慮してたが、そうもいかないようだな……!!」

ハンターはヨロヨロになりながら、魔姫と対峙する。
そんな様子に魔姫は呆れていたが――ハンターが懐に手を入れているのが目に入った。

ハンター「殺す気で戦って、ようやく対等…今度は容赦せん!」


そう言って、ハンターは鎖のようなものを取り出した――が。


勇者「やめとけ、アホ」ドカッ

ハンター「ぐあっ!?」

魔姫「!?」

勇者の飛び蹴りがハンターを制止した。
ハンターは勢いよく転がったが、勇者は涼しい顔をしている。

ハンター「グ…何しやがる、勇者…!! 邪魔しないと言っただろう…!!」

勇者「そうだっけ? ま、いいや。あのな、魔姫さんだって手加減して戦ってくれてるんだぞ。お前が殺す気でやった所で、魔姫さんにかなうもんか」

魔姫「その通りね、そのハンターじゃ相手にならないわ。今度は貴方がやるの、勇者?」

勇者「いーや。俺は悪者としか戦いませんのでね」

魔姫(あら)

意外な返答だった。
てっきり、勇者はハンターと組んでいると思っていた。だから、魔姫は力を温存していたのだが。

ハンター「何を言っている、勇者! 相手は魔物、人間の敵だぞ!」

勇者「俺は、全ての魔物が敵だとは思ってねーよ」

ハンター「人間と魔物は相容れん……目を覚ませ、勇者」

勇者「お前こそ目を覚ませ。憎しみが大きくなりすぎて、何も見えなくなってるぞ」

勇者は困ったようにため息をついた。

勇者「お前の父親を殺した魔物は、魔姫さんじゃない。それは確実だ」

魔姫(父親を殺した……?)

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:11:26.45 ID:OLWTbaMw0
勇者「お前が戦う理由がただ金の為ってんなら止めねーよ。でも、憎しみを糧に命を賭けるのはやめろ。そんなんで死んだら、お前の母さん悲しむぞ」

ハンター「お前に、何がわかる…!」

勇者「お前の動機で魔物全体を敵視するなら、俺はどうなるんだよ」

そう言うと勇者は、チラッと魔姫に視線を向けた。

勇者「俺は魔王――魔姫さんの父親を殺したんだぞ。だから俺が魔姫さんに憎まれるのは仕方ないことだ。でも、魔姫さんが人間全体を憎んだら、憎しみの連鎖が生まれる。…それは間違ってるだろ?」

ハンター「黙れ! 俺の父を殺した魔物と、お前は違う……!」

魔姫「ちょっと」

よくわからない話が進んでいることが、魔姫は気に入らなかった。
それに、だ。

魔姫「何を勘違いしてるの貴方は。私が貴方を憎んでいるですって?」

勇者「えっ?」

魔姫「別に、憎んでいないわ。お父様は貴方との戦いに敗れただけ…。魔王である以上、それも運命だったのよ」

勇者「……」

魔姫「でも、そこのハンターが魔物を憎む理由もわかったわ。償いにもならないけど…これ」ヒュンッ

ハンター「!?」パシッ

魔姫から投げられたものを、ハンターは反射的にキャッチした。
魔姫が投げたもの…それは、見事な宝石のブローチだ。

魔姫「事情はよくわからないけど、その格好から見ると、あんた貧乏してるんでしょ? それを売ってお母さんに美味しいものでも食べさせてあげなさい」

ハンター「な…! 俺に施しをしようというのか、見くびるな!」

魔姫「違うわよ。私を討伐して受け取る報酬の代わりにしろって言ってるの。賄賂よ、賄賂」

そう言うと魔姫はくるっと振り返った。

魔姫「帰るわよ、猫。ナイトパレードって気分でもなくなったわ」

猫耳「あ、うん」

26 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:11:56.64 ID:OLWTbaMw0
ハンター「……」

魔姫が飛び立っていく姿を、ハンターは追わず、ただ見ていた。
胸が締め付けられ、自分への苛立ちが抑えられない。

ハンター「くそっ…」

勇者「負けて悔しいか。そうやって男の子は成長していくんだよ~」

ハンター「違う!」

負けたことは当然悔しかったが、それ以上に悔しいことがある。

ハンター「あの女…お前を憎んでいないと言っていたな」

勇者「……うん」

ハンター「…あの女、俺よりガキのくせに……」

父親が殺されたことを、『魔王と勇者の戦い』であると割り切れている。
頭でわかっていても、憎しみの感情が生まれたっておかしくないのに。

ハンター「…魔姫……」

勇者「かっこいいよなぁ~」

ハンター「!?」ブッ

勇者「やはり魔姫さんは高潔なお方だぁ。もう愛を通り越して信者になっちゃいそうだよな~」メロメロ

ハンター「おっ、お前と一緒にするなぁ!!」ブンブン

27 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:12:36.36 ID:OLWTbaMw0
猫耳「…ねぇ魔姫」

魔姫「なぁに?」

猫耳「さっき言ったのは、本音?」

魔姫「…えぇ、本音よ」

勇者を憎んでなどいない。
勿論、人間を憎む気もない。

魔姫「憎むとしたら――両種族が争わなければならなかった、この時代かしらね」

決着をつける以外で争いを収束させる方法なんてなかった。
もしかしたらあったのかもしれないが、それを実行する力が誰にもなかったのだ。

魔姫「勇者の言った通りよ。私が勇者や人間を憎めば、どこかで憎しみの連鎖が生まれる。…そんなこと、望んでいないわ」

自分を狙う者がいれば戦うが、積極的に争う気などない。
人間に報復を考えている魔物はまだいるだろうけれど、自分もそうなろうとは思わない。

それより、今大事なことは――

魔姫「生きてる限り、精一杯楽しみたいのよ…今まで自由が無かった分、ね」

猫耳「…うん、そうだね!」

29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/29(木) 21:57:24.20 ID:EN0LjQRRO
姫かっこ可愛い

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/29(木) 22:11:20.77 ID:+ScEMrIXo
いい世界観だ…

31 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:09:52.62 ID:7HeYyVmm0
>城


王子「ククク、無様なやられっぷりだったねぇ」

ハンターが城を訪れると、どこかで戦いを見ていたような口ぶりで王子が出迎えた。
相変わらず、その胡散臭い笑顔は、見ていて不快になる。

ハンター「…俺では力不足のようだ。他の奴に頼め」

王子「そうだよねぇ。自分より年下の女の子に手玉に取られるなんて、いい加減心が折れるよね~」

ハンター「……」クッ

図星なので何も言い返せない。

王子「あぁ、誤解しないで。僕は君に失望なんてしていないよ。むしろ…嬉しいんだよ」

ハンター「嬉しいだと?」

王子「そう…やはり彼女は素晴らしい。強く、美しく、高潔な――僕の、理想の女性だ」

ハンター(…こいつも勇者と同類か)

生け捕りとの指定で薄々勘付いてはいたが、やはりそういうことらしい。
しかし勇者にそれが知れたらどうなるのか…まぁ、ハンターの知ったことではないが。


ハンターは必要以上のことに興味を持たなかった。だから、気付かなかった。


王子「心が折れている所申し訳ないんだけど、もう1回だけ挑んでみてくれないかな?」

ハンター「…何か策があるのか?」

王子「あるよ」ニッコリ


王子がその笑顔の裏で、ドス黒い感情を抱いていることに――

32 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:10:49.69 ID:7HeYyVmm0
王子「これを君に渡しておくよ」

ハンター「これは…?」

ペンダントだ。
はめられているのは魔石の類だ、ということくらいならわかる。

王子「勇者が魔王に挑む際にも同じものを渡したんだけどね。戦闘力強化の効果があるんだよ」

ハンター「あの勇者にこんなものを渡すとはな。よほど心配だったのか」

王子「友達だからね。勿論、勇者の強さは信頼しているよ」

勇者は自分と会う前から、王子と友達同士だ。
昔の王子は病弱で、兄貴分の勇者に頼りきりだったと聞いたことはある。
病弱が治った今でも、友情はそのまま変わらないのだろう。大事な親友が魔王討伐に向かうと聞いたら、心配するのが当たり前か。

王子「それで、今夜には魔姫様の住処を襲撃してほしい」

ハンター「簡単に言うな。奴の居場所の特定にどれだけ骨が折れると思っている」

王子「大丈夫、さっきの戦いで仕掛けはしておいた」

ハンター「仕掛け?」

王子「オウムに魔姫様を追わせている。…これで、魔姫様の住処が特定できる」

ハンター「なるほどな…」

今まで助手に、魔王に近い魔力を探知させ、そうやって魔姫を追っていた。
だがそれならもう、その必要はない。

ハンター「俺は一旦家に戻る。…居場所が特定できたら知らせろ」

王子「…期待しているよ、ハンター君」

ハンターを見送る王子の笑顔は相変わらず涼しいもので、内面を探らせようとはしなかった。

33 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:11:27.28 ID:7HeYyVmm0
猫耳「ありゃ、雨だ」

夕飯の支度をしていた猫耳は、窓の外を見て呟いた。

猫耳「雨ならパレードは中止かも。良かったね魔姫、降る前に帰ってきて」

魔姫「そうね」

猫耳「あ、魔姫、それ」

魔姫は祭りで買ったものを、箱から出して眺めていた。

猫耳「オルゴールだ。綺麗だね~」

魔姫「見た目もいいけど、音楽もいいのよ」

猫耳「へぇ、鳴らしてもいい?」

魔姫「いいわよ」

猫耳はオルゴールのゼンマイを回す。
すると、聞き覚えのある音楽が流れ始めた。

猫耳「あ、これは…」

魔姫「私が子供の頃…お父様が歌ってくれた、子守唄よ」

魔王の声とオルゴールの音にギャップはあるが、それでも耳に馴染んだ優しいメロディは変わらない。

魔姫「作曲したのは人間だそうよ。お父様ったら、人間の作った歌を口ずさむなんてね」フフ

猫耳「僕も好きだよ、この音楽。…人間の文化って、いいものが沢山あるよね」

魔姫「そうよね」

父が討たれ、人間の社会に溶け込むようになってから、沢山の文化に触れてきた。
人間の街を歩いて、人間の作った服を着て、人間の作る料理を食べて、人間の書いた本を読んで…。

魔姫「人間と魔物の間で、もっと文化の交流をするべきだったのよ」

猫耳「そうだよね。魔物の文化だって、人間に馴染むものがあるよね」

魔物同士でも、人間同士でも、争いは起こる。
種族の壁というのは、実は些細な問題だったのではないか…と思うことがある。

魔姫「…両種族に足りなかったのは、歩み寄りだったのかもね。だって、歩み寄れば……」

互いの素晴らしい部分を知り、尊重し合うことができたかもしれない。
今、自分がこうしてオルゴールの音に聞き惚れているのと同じこと。人間の文化に触れて、魔姫は人間が好きになった。

魔姫「…時が遡るなら、お父様にそう言ってやりたかったわ」

猫耳「そうだねー」

2人はしばらくオルゴールのメロディを、繰り返し繰り返し聞いていた。

34 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:12:10.09 ID:7HeYyVmm0



魔姫「ふあぁ、今日は疲れたわー…」

風呂に入った後に本を読んでいたが、どうも内容が頭に入ってこない。
色々あって、よっぽど疲れているのだろう。

猫耳「早めに寝なよ魔姫」

魔姫「そうねー…今日は一緒に寝る?」

猫耳「なーに言ってんだよぅ」

魔姫「何、今更恥ずかしがってるの。よく一緒に寝てた仲じゃない」

猫耳「それは昔の話だよ。ほら、変なこと言ってないで寝なよ」

魔姫「フフ、はいはい」

魔姫は部屋に戻りベッドに入った。
だがいざ横になると、すんなり眠れなかった。

魔姫(どうしようかしらー…あ、そうだ。こういう時に子守唄を…)

魔姫はオルゴールを取りに一旦起き上がった。

その時――

魔姫「――っ」

気配を察知した。

35 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:12:48.63 ID:7HeYyVmm0
魔姫「猫っ」バタバタッ

猫耳「うん? どうしたの魔姫?」

魔姫「屋敷の近くに何者かが侵入したわ」

猫耳「にゃっ!?」

魔姫は屋敷の周辺300メートル以内に仕掛けをしていた。
外から何者かが来たら、わかるようになっている。

この山は人里から離れた場所にあり、足場も悪く、人が踏み入れることはほとんどない。まして、こんな深い場所に来るなど――

猫耳「…こんな時間にこんな所に来る奴なんて、遭難者か、あるいは…」

魔姫「…私目当ての残党狩りでしょうね」

魔姫はそう言って窓辺に立つと、バサッと翼を広げた。

魔姫「せっかくこの場所気に入っていたのに、バレたなら引っ越しね。…でもその前に、まずは侵入者を撃退してくるわ」

猫耳「気をつけてね、魔姫…!!」

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:14:01.01 ID:7HeYyVmm0
ハンター「…魔姫は侵入を察知したのだろうか?」

助手「はい。我々が仕掛けの中に足を踏み入れたので、察知したのは間違いないでしょう」

ハンター「そうか。奴は察知して逃げるか、それとも――」

魔姫「あら、またアンタ?」

魔姫はハンターの姿を見て、呆れるように言った。
大して強敵ではないが、このしつこさだけは評価したい所だ。

魔姫「まだ懲りないのねぇ。徹底的に痛めつけらないと、わからないのかしら?」

ハンター「悪いな…これも仕事でね」

仕事――そう割り切る。
魔物を憎んでいるのは変わらないが、さっきの件でハンターの中では、魔姫はその対象外になっていた。
憎しみの対象ではない相手を攻撃するのはあまり好きじゃないが――それでも仕事は仕事だと、ハンターは構える。

ハンター(王子から預かったこのペンダント…どれだけの力を発揮するのか、わからないが…)

ハンター「行くぞ…」ダッ

魔姫「…っ!」

一瞬にして魔姫との距離が詰まる。
そしてハンターはダガーを振った。

魔姫「…くっ!」

魔姫は咄嗟に、後方へ跳躍した。
魔姫は焦っている――ハンターは手応えを感じた。

魔姫(何…!? あいつ、素早さが格段に上がったわ)

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:14:35.82 ID:7HeYyVmm0
魔姫「……っ」ササッ

魔姫はハンターの攻撃を紙一重でかわし続けていた。

ハンター「ハァッ!!」

魔姫「っ!」バッ

魔姫が攻撃をかわし、ダガーが後ろの木を切った。
その一擊はまるで、斧で切ったかのように、木を大きくえぐった。

魔姫(こいつ、こんなに力強かった…!? 近距離は危険だわ、距離を取って――)

ハンター「そうはさせん」

魔姫「くっ!」

魔姫の狙いを読んでいるかのように、ハンターは魔姫の動きにぴったりくっついてきた。
これでは距離を取れない。それに――

魔姫(こいつ…どんどん素早くなってない!?)

時間がたつにつれ、魔姫には余裕が無くなっていく。
かわすのに精一杯で、攻撃に転じる隙がない。

魔姫(こんな力を隠し持っていたの…? いつの間に、こんなに強く…)

ハンター「……」

38 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:15:06.38 ID:7HeYyVmm0
ハンターは手応えを感じていた。
体がいつもより軽い。力がみなぎってくる。

今まで自分を手玉に取っていた魔姫を、手玉に取ることができる――

ハンター「ふ、ふふっ――」

笑えてくる。それは嬉しさのせいか、可笑しさのせいか。

ハンター「ははははははは!!!」

魔姫「!?」

笑えて笑えて、仕方なかった。
理由なんてどうでもいい。

ハンター「倒す、お前を、ははっ、メチャクチャに、ははははは!!!」

力がみなぎればみなぎる程、彼の心は愉快だった。


助手「ハンター…様……?」

39 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:15:35.76 ID:7HeYyVmm0
魔姫(な、なにコイツ…完全にイッちゃってる人じゃないの!?)

ハンター「うらああああぁぁっ!!」シュッ

魔姫「くぅっ!!」

今の攻撃は本当にギリギリだった。
これ以上ハンターが素早くなれば、完全にやられる。

魔姫(冗談じゃない! っていうか…絶対におかしいわ、どうしてこんな短時間にどんどん強くなるのよ!?)

流石に魔姫も、尋常ではないと気付く。
何か小細工をしているに違いない――そう戸惑いつつも、考えている余裕などない。

――と、その時。

ハンター「ハアアァァッ!!」

魔姫「――んっ!」

攻撃をギリギリかわしたその時、ハンターの上着が軽くめくれ、あるものが目に入った。

魔姫(あの魔石は――)

そして一瞬にして理解した。
ハンターが急に強くなったのは、そういうことかと。

魔姫「…っ、バカな男ね、本当!!」

魔姫は攻撃をかわしながら、素早く手に魔力を溜めた。

魔姫「いつか絶対…借りを返しなさいよねっ!!」

そして、手に溜めた魔力を放出した。

40 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:16:36.17 ID:7HeYyVmm0
ハンター「ははははははは――っ」

攻撃に夢中になっていたハンターは、それを「避ける」という思考回路に至らなかった。
そして――

ハンター「――」

魔姫が放った魔力がハンターの首をかすめ――そして、ペンダントの鎖を切った。
だが、それと同時――

魔姫「――っう!!」

ハンターの拳が腹に直撃したのは、魔力を放ったと同時だった。
強化されたその拳の威力は凄まじく…。

魔姫「む…り……」ドサッ

魔姫はそこに倒れ込み、意識を失った。


助手(勝負がついたか…)

ハンター「……っ」ドサッ

助手「ハンター様…!?」

倒れたハンターに駆け寄る。

ハンター「グッ…カハッ」

助手「!?」

ハンターは口から血を噴いていた。
魔姫の攻撃はハンターに当たっていない――なのに、何故?

その時、足音が近づいてきた。


「よくやってくれた、ハンター君」パチパチ

助手「貴方は……」

41 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:17:16.69 ID:7HeYyVmm0
王子「内心ヒヤヒヤしたけどね…魔姫様を傷ものにしてしまわないか、って」

助手「王子様……」

どうしてここに王子が…だがそれを口にする前に、王子は歩み寄ってきた。

王子「確か…ハンター君の助手だね?」

助手「…はい」

王子「彼が目覚めたら、これを渡しておいてくれ」

助手「これは――」

渡された袋には、報酬と思われる金銭が詰まっていた。
その額は軽く見ただけで、相場の倍以上と思われる。

王子「さて」

王子は倒れている魔姫を抱え上げた。
魔姫に向ける目はいかにも淫靡なもので――助手は生理的に嫌悪感を抱く。

王子「僕は一足先に戻らせてもらうよ…目を覚ます前に、彼女を城にお連れしたいからね」

助手「……」

去っていく王子を助手は止めはしなかった。
それよりも、倒れて血を吐いているハンターが心配で、彼に寄り添う。

助手(この魔石…)

鎖のちぎれたペンダントを拾い、しばらくそれを見つめていた。

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:15:45.26 ID:Bi9M//EB0
『姫…私の可愛い姫……』


誰…?


『魔王の娘に生まれた姫…。貴方にはこの先、普通の女の子以上に、様々な苦難が待ち受けているでしょう』

『でも、心を着飾って――強い心を持つのです』


心を、着飾る……?


『常に強い意思、高潔な魂、堂々とした態度でいるのです』


あぁ、思い出した。この言葉は――


『そうすれば、絶対に幸せになるから――負けないで、私の可愛い姫…』



魔姫「お母様…」

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:16:53.82 ID:Bi9M//EB0
魔姫「ん…」

自分の声で目が覚めた。
見覚えのない天井を見上げ、状況がよく理解できない。

目が冴えると同時に、少しずつ思い出していく――ハンターが襲撃してきて、自分は負けて…。

魔姫「…っ、ここは!?」

周辺を見渡して更に混乱する。
魔姫が目を覚ましたのは大きなベッドの上。窓のない部屋は広く豪華なもので、まるでここは――

王子「ここは城の一室だよ」

魔姫「!?」

魔姫が起きるのを見計らったかのようなタイミングで、王子が部屋に入ってきた。
王子は嬉しそうに、作り物のような美しい顔に、ニコニコ笑いを浮かべている。

何て胡散臭い笑顔――魔姫の抱いた第一印象はこうだ。

王子「自己紹介が遅れました、魔姫様。僕は王子――この国の、第二王子だよ」

魔姫「そんなことはどうだっていいわ。この状況、どういうことかしら?」

魔姫は苛立ちを隠さず、目は笑わず口元だけに笑みを浮かべた。

魔姫「ハンターから聞いたわ、私を捕らえるよう命じたのはアンタなんですってね。私を捕らえて、どうするつもりかしら?」

王子「魔姫様…」スッ

だが王子は魔姫の不快感など意に介していない様子で、魔姫に向かって跪く。

王子「ずっと、お慕いしていたよ…是非、僕の花嫁になってくれないかな」

魔姫「…」ドカッ

魔姫は無言で王子に蹴りを入れた。
が、王子は涼しい顔で、蹴りを片手で止める。

王子「ふふ、流石魔姫様。手が痺れる程のこの威力…そこらの女性の力では、こうはいかないだろうね」

魔姫「気持ち悪いわアンタ」

48 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:17:28.92 ID:Bi9M//EB0
魔姫「女を口説く才能ないわね。こんな所に無理矢理連れてきて、イエスと答える女がいるもんですか」

王子「僕も、その自覚はしているよ。でも、僕は――」

魔姫「っ!」

王子は魔姫の目の前に立つ。
至近距離で上から見下ろされ、威圧感を感じる。

王子「君を手に入れたいと思った…どんな手段を使ってもね」

魔姫「…だから、気持ち悪いのよ!」

痛い目に合わせてやろうと、魔力を練る――が、

魔姫(…っ、魔力が放出できない!?)

王子「あぁ、言い忘れていた。この部屋には仕掛けがあってね、魔法は使えないんだよ」

魔姫「…そう」

考えているものだ。少なくとも、あのハンターよりは賢いようだ。
だが、その程度で魔姫は怯まない。

魔姫「とにかく! もう2度と顔を見せるんじゃないわよ!」

魔姫はバサッと翼を広げる。
ドアもは遠い。なら天井を突き破って外に出よう――とした。が、

王子「魔姫様、それはいけないよ」

魔姫「…っ!!」

魔姫が飛び立つと同時、王子も高く跳躍した。

49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:18:12.08 ID:Bi9M//EB0
王子「手荒な真似をするけど――」バッ

魔姫「くっ!」ビシッ

王子から伸びた手を肘でガードし、魔姫は弾き飛ばされる。
王子は即座に天井を蹴飛ばし、魔姫を追ってきた。

王子「ごめんね、魔姫様!」

魔姫「!!」

王子に両手を掴まれる。
その力は強く、振りほどけそうにない。

魔姫「離しなさい…! 本当に殺すわよ!」

王子「ふふ魔姫様…強がっていても、手が震えているよ?」

魔姫「…っ!」

見抜かれた――怖いに決まっている。こんな知らない場所で、得体の知れない男に、魔力と動きを封じられて。だが、それを悟られたのも、心底悔しかった。

王子「高貴で高飛車な君も、可愛らしい1人の女の子なんだね」

魔姫「いや……っ」

魔姫は強気姿勢を崩さずに抵抗する。
それでも振りほどけなくて、少しずつ怯えが顔に現れ始めていた。

王子「知れば知る程、夢中になりそうだよ。あぁ、魔姫様――」

だが王子は、そんな魔姫の様子を楽しむかのように――

魔姫「やめっ、や――」

王子「――」



無理矢理に、魔姫の唇を奪った。

50 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:18:52.60 ID:Bi9M//EB0
魔姫「…っ、離せっ!」ドカッ

王子「っ」

魔姫は正面から、王子の腹に蹴りを入れた。
王子がひるんだのと同時、後ろに逃げて距離を取る。

王子はしばらく、そんな魔姫を見つめていて――魔姫はその目つきに恐怖心を覚えたが――やがて、

王子「ふぅ、これ位にしておくかな」

そう言って王子は引き下がった。

王子「あぁ魔姫様。逃げ出そうとは考えない方がいいよ。あまりおイタするようじゃ、僕にも考えがあるからね」

魔姫「……っ、うるさい、消えなさい!」

王子「ふふっ、それじゃあね」

そう言うと王子は部屋を出た。
魔姫はドアに耳を当て、王子が遠ざかっていく足音を確認する。

魔姫「……」ドサッ

気が抜けたのか、魔姫はそこに膝をついた。

魔姫(キス……)

魔姫(奪われた……初めてだったのに……)

魔姫「う、ううぅっ」


ぽたぽた涙が落ちる。
大事にしていたものを、こうも簡単に奪われて。

魔姫「最低、最低、最低ーっ!」

八つ当たりのように壁を何度も殴る。

この感情を怒りだけに収められたらどれだけ楽か。
今は怒り以上に、辛い気持ちが抑えられない。

魔姫「ううぅ…あああぁぁぁっ!!」

遂に、床に伏してしまった。
大声で泣いても、叫んでも、どうしようもないとはわかっているけれど。

51 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:19:21.14 ID:Bi9M//EB0
その時、静かにドアが開いた。

「いたいた。良かったぁ」

魔姫「……えっ?」

猫耳「僕だよ、僕!」

魔姫「ね、猫ぉ!?」

部屋に入ってきた猫の姿に、魔姫は驚きの声をあげた。

猫耳「魔姫、しーっ、しーっ」

魔姫「ね、猫…あんた、どうやって…」

猫耳「うん。ハンター達が馬を使っていたからね。その積荷に紛れて来たんだ。城が広くて、ここ来るのに苦労したけど…」

猫耳は少年に姿を変える。
その見慣れた顔に安心して、魔姫はようやく笑いを浮かべた。

魔姫「ばかね…こんな危険を犯して」

猫耳「何てことないよ。それより魔姫、ひどいことされたの?」

魔姫「………」

思い出して暗い気分になって、また涙が溢れてくる。

52 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:20:01.54 ID:Bi9M//EB0
猫耳「にゃにゃっ!? どうしたの魔姫ぇ!?」オロオロ

魔姫「王子に奪われたの。……初めての、キス」

猫耳「にゃっ」

猫耳は素っ頓狂な声をあげた。
自分が情けない。だけど今は、慰めの言葉が欲しかった。
そんなこと、何てことないって言ってほしくて。それが、本音じゃなくても。

猫耳「…魔姫、初めてじゃないよ」

魔姫「……え?」

魔姫はその言葉にキョトンとする。

猫耳「魔姫のファーストキス…僕だよ?」

魔姫「え、えぇっ!?」

そして返ってきたのは、予想外の言葉だった。

魔姫「あっ、あんた!? いつの間に私の唇を!?」

猫耳「魔姫ぇ…子供の頃の話だよ。結婚式ゴッコって言って、魔姫の方からしてきたんだよ」

魔姫「そう…だったっけ?」

覚えていない。
だけど、猫耳はそんな嘘をつける奴じゃないし…。

猫耳「子供の頃の話だからノーカウントかもしれないけどさ…」

猫耳は恥ずかしそうにうつむきながら言った。

猫耳「…でも魔姫が泣くくらいなら、僕とのをカウントした方がいいかなって…だめ?」

魔姫「…ふふっ」

少し、可笑しくなった。

魔姫「駄目なわけないじゃない。そっか…教えてくれてありがとう、猫」

今はその気遣いが、何よりも嬉しくて。

53 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:20:47.96 ID:Bi9M//EB0
魔姫「…でもここにいると危険よ、猫。見つからない内に、外に出た方がいいわ」

猫耳「魔姫を置いて逃げられないよ」

魔姫「大丈夫よ、私が下手なことをすると思ってるの?」

猫耳「にゃー…」

魔姫「絶対にここから逃げ出してみせるわ。…だから猫、安全な場所にいて。お願い」

猫耳「うん…わかった」

猫耳は再び猫の姿に変化した。

魔姫「ところで猫、今は何時くらい? ここ、窓が無くて時間がわからないのよ」

猫耳「今は朝だよ。大体9時頃かな」

魔姫「ありがとう。…逃げ出すには、まだ早いわね」

猫耳「魔姫、気をつけてね」

魔姫「えぇ、猫もね」

そう言って魔姫は猫耳を見送る。
猫耳に元気を貰った。だから挫けずに、逃げ出す方法を考えねば。


王子『あぁ魔姫様。逃げ出そうとは考えない方がいいよ。あまりおイタするようじゃ、僕にも考えがあるからね』


魔姫(上っ等じゃない…私を怒らせたこと、後悔するといいわ!!)

54 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:21:36.57 ID:Bi9M//EB0
>一方…


王子「フ……」

王子は玉座に戻り、魔姫との回想にふけていた。
蹴られた腹はまだ痛む。だが、その痛みが心地よい。

王子「遂に手に入れたぞ……」

魔王の一人娘は強く、美しく、気高く――そんな彼女を、ずっと追い求めていた。

王子「フフ…あはは、アハハハハハハハッ!!!」

喜びに狂い、笑った。
今、彼女は自分と同じ屋根の下にいる。その事実の、何と興奮することか。

王子「あぁ魔姫様…僕はきっと、君を――」

ハンター「おい王子」

王子「おや」

無礼なことに、妄想の最中にハンターがやってきた。
だが王子は、上機嫌で彼を迎える。

王子「もう怪我はいいのかい、ハンター君。君のお陰で全てが上手くいきそうだよ。ありがとう」

ハンター「そんなことはどうでもいい」

目的を果たしたというのに、ハンターは不服そうに言った。

ハンター「この仕事に関わった者として聞きたい」

王子「何かな?」

ハンター「王子…あんたはあの女を捕らえて、どうするつもりだ」

王子「おやおや。君は優秀だけど、無粋な奴だねぇ」

王子は実に愉快そうに笑った。

王子「助手君に預けた報酬は確認したかな、ハンター君」

ハンター「答えを…」

王子「相場の倍以上にあたる報酬を払ったんだ。あとは『大人の対応』を取るのが礼儀ってものだよ、ハンター君」

ハンター「…っ!」

王子「まぁ君、元々は裕福な家庭で育ったお坊ちゃんだもんねぇ。多少の世間知らずくらいは大目に見るさ」

55 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:22:24.91 ID:Bi9M//EB0
ハンターはそれ以上何も言えず、そのまま城を出てきた。

ハンター(くそ…あの王子、何企んでやがる……)

勇者「いよっ、ハンター!」ドカッ

ハンター「いぎっ!?」

城前の広場にやってきた時、勇者がハンターの陰鬱な気分など無視してタックルをかましてきた。
完全に油断していたハンターはモロに喰らい、地味にダメージを受ける。

勇者「おおぅ、ごめん。ハンターならぶつかる前に気付いて、ガードするか避けるかするかなーって思ってたから」

ハンター「いや…」(いてて…)

勇者「ボーっとしちゃって、どした? 悩み事なら聞くぞ?」

ハンター「……」

魔姫を捕らえたことを勇者に言っていいものか。
勇者の魔姫への想いを王子が知っているのかはわからないし、下手に伝えれば2人を仲違いさせてしまうだろう。
それに自分は、2人の仲違いには一切関わりたくない。

ハンター(『大人の対応をしろ』…か)

ハンター「いや何でもない。寝不足で疲れているだけだ」

勇者「おいおい、ちゃんと寝ろよ。健康第一だぞ!」

ハンター「わかってる。それじゃ」


ハンター(しかし、本当に体調が優れん。体力には自信があるんだがな…)

助手「ハンター様」

ハンター「助手。どうかしたか」

助手「はい。あのペンダントについて調べてみたのですが……」

ハンター「………っ!!」

57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/31(土) 19:39:29.98 ID:v8SXcndCo
おつ
王子様が良いキモさを醸し出してる

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:15:24.52 ID:WB90AVj00
魔姫「…何よ、懲りずにまた来たの?」

王子「いやぁ、魔姫様と紅茶を楽しみたくてねぇ」

睨みつけるこちらをまるで意に介していないようで、王子は優雅に紅茶をすする。
魔姫はというと、警戒し紅茶に口もつけられないでいた。

王子「魔姫様は紅茶はお嫌いかな?」

魔姫「そうね。少なくともあんたの顔を見ながらだと、どんな飲み物も最低の味になるわ」

王子「傷つくなぁ。僕、そんなにまずい顔をしているかな?」

魔姫「えぇ、最低の顔だわ」

王子「いいねぇ、魔姫様に言われるとゾクゾクするよ」

魔姫「顔以上に中身が最低ね」

しかし王子は笑顔を崩さない。
何を言っても喜んでいるのだろうと思うと、気持ちが悪い。

王子「なら、ポットとカップは置いていくよ。お代わりは、部屋の外の番兵に言ってね」

魔姫「あら嬉しい、もう出て行ってくれるのね。もう2度と来ないで頂きたいわ」

王子「ハハッ、それじゃあまた」パタン

魔姫(『また』じゃないわよ、来るなって言ってるのよ)

魔姫「紅茶の時間…ってことは今は3時くらいかしらね」

59 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:15:55.53 ID:WB90AVj00



魔姫(…そろそろいい時間かしらね)

大分待ちくたびれた。最後の食事が夕飯だとすると、それから5、6時間は経過したように思える。
時刻は恐らく深夜――なら、今が逃げ時。

魔姫(これ以上、あんな気持ち悪い奴と同じ城にいるのは御免だわ!)

魔姫は深く深呼吸する。
そして意を決して…

魔姫「でりゃあ!!」ドカッ

番兵A「!?」

勢いよく、ドアを蹴破った。

番兵A「逃げようというのか、そうはいかんぞ!」

番兵B「かかれーっ!」

魔姫「フン、見張りはたった2人」

なめられたものだ。ますます、あの馬鹿王子が憎たらしい。

魔姫(部屋の外でも魔封じの効力は続いているわね…)

番兵A「喰らえっ…」

魔姫「魔法が使えないからって…」

魔姫は体勢を低くする。
そう、魔法が使えないからといって、戦えないわけじゃない。

魔姫「喰らえ――ッ!!」ドカッ

番兵A「ガハッ」

蹴飛ばされた番兵は吹っ飛んでいった。
まさかその細い足で男を吹っ飛ばせるとは思っていなかったらしく、もう1人の番兵は怯んでいた。

番兵B「ひぃ…」

魔姫「悪いけど私は機嫌が悪いの。馬鹿王子の味方するってんなら、容赦しないわよ!!」

60 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:16:23.34 ID:WB90AVj00
魔姫(さっ、ボヤッとしてる場合じゃないわ)ダッ

あっと言う間にもう1人の番兵を倒した魔姫は、そのまま走る。
油断はできない、せめて魔法が使える場所まで――

魔姫(窓があれば外に飛んでいけるんだけど)

長い廊下の間に、部屋は存在しない。もしかしてここは地下なのかもしれない。
そういえば猫耳も、城が広くて苦労したと言っていた。

進む先に分かれ道。どちらが正しい道かなんてわからない。なら、考えていても無駄。

魔姫(直感で――右っ!)

魔姫「――っ!」

そして、足を止める。

王子「やぁやぁ魔姫様…こんな時間にお散歩かな?」

魔姫(最悪だわ…)

魔姫は自分の勘の悪さを恨んだ。

61 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:16:56.82 ID:WB90AVj00
王子「魔姫様なら、早々に行動に出ると思ったよ。ふふ、わかりやすい所が可愛いねぇ」

魔姫「あんたみたいのに好かれて逃げない女なんかいないわよ、ばーか!」

王子「そういう生意気な所も好きだけど…言ったよね、おイタするようなら考えがあるって」

魔姫「知ったことか!」

魔姫が動くと同時、王子も動いた。
距離が縮められ、逃げてもいつか追いつかれる――なら、正面からぶつかるのみ。

魔姫「だぁっ!」

王子が間合いに入ると同時、魔姫は王子の腹を殴った。
手応えは十分――だが、王子の表情から笑みは消えない。

王子「効くなぁ…。じゃこれはどうかな!」シュッ

魔姫「フン!」バッ

王子の手が伸びると同時、魔姫は跳んで距離を取る。
力は王子の方が上。掴まれては終わり。

魔姫(けど、魔法が使えない今、距離を取ってばかりもいられない――)ダッ

魔姫は一気に跳躍し、王子との距離を縮めた。
そして――

魔姫「でりゃああああぁぁぁ!!!」

腹、肩、脚――連続の打撃を叩き込む。
反撃を許さない、怒涛のラッシュだった。

魔姫「せやあぁっ!!」

最後に一発、トドメの蹴り。
王子は吹っ飛び、壁に全身をぶつけた。

魔姫「どう、効いたでしょ!」

王子「フフフ…」ユラァ

魔姫「!?」

王子「容赦ないなぁ。でも、死なないように手加減してくれたんだ?」ニコッ

魔姫(う、嘘でしょ!?)

気絶する程のダメージを叩き込んだつもりだ。
なのにこの王子は、平然と立ち上がった。人間の耐久力とは、とても思えない。

魔姫(こ、こいつ…何者!?)

62 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:17:24.62 ID:WB90AVj00
王子「でも、流石に僕も怒っていいかなぁ?」

王子は笑みを浮かべたまま、ゆっくり近づいてくる。
間合いに入ったら即攻撃――魔姫は緊張しながらも、構えていた。

王子「僕は魔姫様の実力を舐めてはいない…だから容赦はしない」

王子はそう言いながら剣を抜く。

王子「結構痛いかもしれないけど――ごめんね?」ニコッ

魔姫「――っ!!」

王子は魔姫と距離を詰めると、剣を振る。
魔姫は瞬時に回避したが、頭上の風切り音で切れ味を悟った。

魔姫(な、何、私のこと殺すつもり!?)

王子「流石、魔姫様…じゃあ、これはどうかな?」ブンッ

魔姫「くっ!」バッ

次から次へと繰り出される攻撃を回避する。王子と距離を取ろうとするが、その距離は広がらない。

魔姫「でりゃっ!」バキィ

隙を見つけて攻撃を叩き込んでみても――

王子「ハアァーッ!!」ブンッ

魔姫(き、効いてない!?)サッ

攻撃、防御、素早さ…王子の弱点がどこにも見つからない。
そして――

ガッ

魔姫「…っ!!」

魔姫は壁際に追い詰められ、顔スレスレの壁に、剣が突き刺さっていた。

63 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:17:59.68 ID:WB90AVj00
王子「ふぅ、捕まえた♪ 魔姫様、負けを認めるね?」

魔姫「…っ、誰が!!」

頭の中では負けだとわかっている。
だけどそれを認めるのは癪だった。

王子「フゥー、強情だなぁ。ま、魔姫様が認めなくても、負けは負けなんだけどね」

魔姫「…!」

王子はゆっくり顔を近づけてくる。
その瞬間、魔姫の頭の中でキスされた時のことがフラッシュバックした。

魔姫「…」ペッ

王子「…っ」

魔姫「誰があんたなんかに屈するもんですか…! あんたに触れられる位なら、死んだ方がマシ!」

王子「…本当、強情だね」

唾を拭う王子の顔から笑いが消えた。

王子「やっぱり、痛い目に遭わないと駄目みたいだね…!!」

魔姫「…っ!!」

そして王子の手が、魔姫に伸び――

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:18:25.75 ID:WB90AVj00
ドスッ

王子「…っ!?」

魔姫「え…っ!?」

魔姫の目の前で光るのは、血に染まった銀の刃――ダガーだ。ダガーが、王子の腕に突き刺さっていた。
このダガー、見覚えがある…。

と、その時。

王子「……!!」

王子の体に鎖が巻き付いた。よく見ると鎖には刺がついていて、王子の体の至る所で血が滲んでいる。

「ボーッとするな!」グイッ

魔姫「あ…」

そして手を引かれ、魔姫はようやく状況を理解した。

ハンター「こっちだ、走れ!」

魔姫「あんた…!!」

ハンターが、自分を助けに来たのだと。

65 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:18:59.79 ID:WB90AVj00
魔姫「あんた、どうして…」

長い廊下を走りながら、魔姫はハンターに尋ねた。

ハンター「…借りを返しただけだ」

魔姫「あら、どんな借りかしら?」

ハンター「とぼけるな。…魔石のことだよ」

ハンターはそう言って懐からペンダントを取り出した。
魔姫が壊した鎖はそのままになっている。

ハンター「これは使用者の力を上げる代わりに、使用者の生命力と理性を吸い込むそうだな…。助手が調べてくれた」

魔姫「…そうよ。そんなものを装備するなんて、どうかしてるわよ」

ハンター「王子に渡されたんだ。…お前が鎖を壊さなかったら、俺はどうなっていたことか…」

魔姫「ふん。お節介を焼いたばっかりに、こうして捕まっちゃったわ」

ハンター「だからこうして逃げる協力をしているだろう。これでチャラにしろ」

魔姫「足りないわね~」

ハンター「そう言うな。俺もかなり自分の立場を悪くしているんだ」

ハンターはさらりと言ったが、確かにそうだ。相手はこの国の王子。その王子に危害を加えたとなると、打ち首ものではないか。
そうなればハンターは逃げるしかなくなり、人間社会での居場所が無くなってしまう…。

魔姫(こいつ、それをわかってて来たの…?)

ハンター「…あそこの階段を上れば、魔封じは解ける」

魔姫「そう」

階段まであと少し――という所だった。


王子「よくもやってくれたねぇ?」

ハンター「!」

魔姫「げっ」

66 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:19:28.02 ID:WB90AVj00
階段から王子が現れた。
先ほどの鎖で全身に怪我を負っていたが、その立ち姿は平然としている。

それどころか、大きく剣を振り上げ――

王子「戻って頂くよ魔姫様…そしてハンター、お前は殺す!!」バッ

王子は一擊を叩き込んできた。
床が大きくえぐれる。2人ともとっさに回避したが、王子の剣はしつこくハンターを追う。

王子「まずはお前からだ、裏切りやがって!」

ハンター「くっ!!」

一方的な攻撃にハンターは回避するしかできない。

魔姫(あれだけのダメージを負いながら…あの王子、何者なの!?)

ハンター「…おい、何ボサッとしてやがる! さっさと逃げろ!!」

王子「ハアァ!!」ズシュッ

ハンター「ぐぁっ……」

王子の剣がハンターの胸元を切り、ハンターは床に膝をつく。

王子「フフ…さぁ魔姫様、邪魔者はいなくなった…さぁ!!」

魔姫「い…いや……」

魔姫はガタガタ震えた。
得体の知れない王子が、ただただ怖くて。逃げ場を失い、足が動かない。

王子「絶対に逃がさないよ…僕の……魔姫様ぁっ!!」

魔姫「……っ!!」




「魔姫ぇーっ!!」


魔姫「…えっ?」

67 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:20:04.54 ID:WB90AVj00
王子「…!?」

突然上から降ってきた何かが、王子の視界を塞いだ。
上から降ってきたもの、それは――

猫耳「魔姫に、ひどいことするなー!!」

王子「くっ…離れろ!」

魔姫「ね、猫!?」

どうして猫が――って、今はそんなこと考えている場合じゃない。

猫耳「逃げろ魔姫、早く、今の内に!!」

魔姫「ば、ばか言ってんじゃないわよ! あんた、どうして……!」

先に外に出ていろと言ったはずだ。なのに――いや、わかっている。猫耳は、自分を置いて逃げるような奴じゃない。
わかっていたはずなのに――

猫耳「魔姫、お願いだ、早く……」

魔姫「冗談じゃ……」

ハンター「言い争ってる場合か…!」グイッ

魔姫「ハンター…!」

ハンターは大量の血を流しながらも、しっかり魔姫の手を握った。

ハンター「逃げるぞっ!!」

魔姫「待って…猫、猫っ!」

ハンターに手を引かれ、階段を駆け上がる。
やがて猫耳達の姿が見えなくなる――だけど遠くで、悲鳴が聞こえた。


猫耳「ああぁ――っ!!」

魔姫「猫――っ!!」


今すぐ駆けつけたいのに、魔姫はハンターの手を振りほどくことすらできなかった。

71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 18:59:43.22 ID:U0JZS91/0



ハンター「ようやく…外に出られたな…」

魔姫「…っ」

逃亡が終わり、ようやくハンターは魔姫の手を離した。
だが魔姫の方は、言いたい文句が溜まっている。

魔姫「あんたねぇ! 何て強引な…」

ハンター「後にしろ…」

魔姫「え?」

ハンターは突然、その場にドサッと倒れた。

魔姫「え、ちょっ!?」

ハンター「無理してたんだよ…察しろ」

魔姫「無理してたって…ちょっと、追っ手が来たらどうするの!?」

ハンター「………」

ハンターは目を開けない。息はしている…ということは、気絶しただけか。
魔姫はその場にへたりこむ。ハンターにぶつけるつもりだった感情も吐き出せぬまま、頭の中でぐるぐるしている。

魔姫「勝手に気絶してるんじゃないわよ…。あんたをこのまま放っておけないじゃない…」

魔姫はハンターに寄り添う。
王子にやられた傷が深く、このままにしておいては危険に見える。
だが魔姫は回復魔法を使えないし、治療の仕方もわからない。

魔姫「どうしろってのよ…」

そう、途方に暮れている時だった。

助手「脱出に成功したようですね」

魔姫「あ、あんた…」

物陰から助手が姿を現した。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:00:13.15 ID:U0JZS91/0
助手「ハンター様より外で待機しているよう仰せつかっておりました。どうやら重傷を負われたようですね」

魔姫「…言っておくけど私は頼んでないからね、ここまでしろなんて」

助手「責任を感じる必要はありませんよ。誰も貴方を責めません」

魔姫「だ、誰が責任なんて感じるもんですか! こいつが勝手に…」

助手「ハンター様…命に別状はないようですね。"回復魔法”」

助手が傷口に手をかざすと、傷はみるみる塞がっていく。
これで一安心だ。

魔姫「…良かったわね。私はもう行くわ」

助手「お待ち下さい」

魔姫「何よ?」

助手「ハンター様を運ぶのを手伝って下さい。追っ手に見つかってはまずいので」

魔姫「………」

不服に思いながらも、魔姫はそれを承諾した。

73 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:00:46.53 ID:U0JZS91/0
魔姫(全く…女の子が男を背負うなんて、どういうシチュエーションよ)

助手「あそこです」

魔姫「あら」

助手に案内されやってきたのは、人里離れた屋敷だった。
屋敷と言っても外観からしてボロボロで、廃館のような雰囲気だ。

魔姫「あんたら、こんなとこで生活してるわけ?」

助手「いえ。家はありますが、この状況では戻れないでしょう。あれはハンター様のねぐらの1つです」

魔姫「ふぅん…。そういえばハンターってお母さんいるんでしょ、残してきて大丈夫なの」

助手「城に乗り込む前に避難済です。ご心配には及びません」

魔姫「あぁ、そう……」

ギシギシ軋む床を歩き、部屋のベッドにハンターを寝かせる。
呑気に寝息をたてるハンターが憎らしい。

助手「ありがとうございました。奥の部屋が空いてますので、貴方もお休み下さい」

魔姫「結構よ。もう私は行くわ」

助手「どこへ行くのですか?」

魔姫「…どこだっていいじゃない」

助手「失礼」

魔姫「え…っ!?」

助手は魔姫に手を差し出す――と同時に、

魔姫「きゃあぁっ!?」ドサッ

その手から放たれた衝撃波に、魔姫は倒れた。

助手「いつもの貴方ならこの程度、防御できたはずです。今はお疲れで力も出せないのでしょう」

魔姫「………」

助手「体をお休め下さい。万全の力を出せない状態で捕まっては、ハンター様のされたことが無駄になります」

魔姫「…わかったわよ」

何も反論できず、魔姫は廃館で体を休めることにした。

74 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:01:28.94 ID:U0JZS91/0
魔姫「……」

眠ることができない。
休まなければいけないとわかっているのに、ぐちゃぐちゃな感情が頭を支配していた。

魔姫(猫……)

猫耳は生きているだろうか。
感情がぐちゃぐちゃしている時は、いつも猫耳が側にいてくれた。どんなに苦労をかけても、絶対に自分の側からいなくなることはなかった。

魔姫「王子……猫に何かあったら殺すからね…!!」

ハンター「落ち込み方も可愛げがないな」

魔姫「えっ」

隙間だらけの壁の向こうから声がしてから、ドアが開いた。

ハンター「助かったようだな、互いに」

魔姫「あらあんた、命拾いしたの」

ハンター「…悪かったな、生きてて」

ハンターはそう言うと部屋に入ってきて、魔姫の隣に腰を下ろす。

魔姫「ちょっと、勝手に何やってんのよ。デリカシーのない奴ね」

ハンター「何だ。慰めはいらなかったか?」

魔姫「え?」

ハンター「鼻のすする音が俺の部屋まで届いて睡眠どころじゃなかった。…それとも、鼻風邪か?」

魔姫「…っ!」

どれだけボロ家なのだ、ここは。

魔姫「何よ、あんたのせいじゃない! そもそもあんたが私を捕まえに来なければ、今頃…!!」

ハンター「悪かった」

魔姫「っ」

ハンターはあっさりと頭を下げた。

75 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:01:59.86 ID:U0JZS91/0
ハンター「非を認める。現状は、俺のせいだ」

魔姫「……何よ」

ぐちゃぐちゃの感情を、八つ当たりのような形でハンターにぶつけようとしたのに。

ハンター「王子から依頼を受けた時も、俺は深く考えていなかった…その結果がこれだ。この頭の悪さに、自分で呆れている」

魔姫「そうよ…もっと考えて行動しなさいよ」

こうも簡単に頭を下げられては、感情をぶつけにくて。

ハンター「お前を襲った挙句、お前に助けられて…わかっている。あの程度では、お前に何も返せていない」

悪いのは王子だって、わかっているのに。

ハンター「俺にできるのは、この命をお前に捧げることだけだ――」

魔姫「…ばかじゃないの」

猫耳といい、こいつといい、勝手だ。
自分を助ける為に勝手に行動して、勝手に傷ついて。肝心の自分は、そんなこと望んでいないというのに。

魔姫「あんたのチンケな命なんていらないわよ。死にたいなら私の関係ない所で勝手に死になさい!」

ハンター「それもそうだな、悪かった」

ハンターはフッと笑った。
彼が何を考えているのか、魔姫にはさっぱりわからない。

76 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:02:47.28 ID:U0JZS91/0
ハンター「あの猫坊主なら無事だろう」

魔姫「!」

脈絡もなくハンターはそう言った。

ハンター「あの猫坊主はお前を誘い出す餌になる。だから、王子も殺しはしないはずだ」

魔姫「どうしてそう言い切れるの」

ハンター「王子の性格の悪さを考えれば、それくらい想像がつく」

魔姫「…確かにね。それなら近い内に、王子は猫を餌にして罠を仕掛けてくるはずだわ」

ハンター「その時になって万全の力が出せずに捕まってはどうしようもないな。だから体を休めておけ」

魔姫「…そうね」

少なくとも、猫耳が生きているだろうという希望が見えただけでも、多少は気が晴れた。
でもそう考えたら今すぐにでも猫耳を助けに行きたくてウズウズして…。

ハンター「何だ、これでも眠れんのか」

魔姫「そうね…どうも眠れそうにはないわ」

ハンター「添い寝でもしてやろうか」

魔姫「……」

本気なんだか冗談なんだかわかりやしない。そもそもこのハンター、冗談を言うタイプには見えなかったが。

魔姫「結構よ。あんたこそさっさと寝なさいよ、死に損ない」

ハンター「本当にひどいなお前は」

魔姫「ひどいのは、あんたの冗談のセンスよ」

ハンターを追い出し、魔姫は横になると布団を被った。
今度は声が誰にも聞こえないように…。

魔姫「月は夜を照らし~…」

口ずさむのは子守唄。父が歌ってくれた思い出の歌。この歌は心を落ち着かせてくれる。

魔姫(待っててね猫…絶対、助けるから……)

そう強く決意する。歌を何度か繰り返す内、魔姫は自然と眠りについた。

77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:03:36.92 ID:U0JZS91/0
>城下町


勇者「何だー…?」

夜中トイレに目を覚ました勇者だが、何だか窓の外が騒がしい。
兵たちが外を走り回り、何だかバタバタしている。

勇者「何かあったのか…!?」

勇者は夜間着の上に上着を羽織り、手には剣を持って、外に出た。

勇者「おい、どうしたよ」

兵士「あ…勇者様。実は…捕らえていた魔物が脱走しまして」

勇者「何だって! それなら町に避難勧告を出せよ!」

兵士「いえ…あの魔物は、町を襲わないはず」

勇者「はい??? じゃあ何で君ら、そんな焦ってんの」

兵士「王子様の命令です…。王子様はあの魔物に、大変ご執着されていまして…」

勇者「王子が…? 何、どんな魔物?」

兵士「聞く所によると…魔王の娘だとか」

勇者「!!?!?」

勇者(どういうこったよ…王子の奴、魔姫さんを捕らえていたのか? で、逃げたって…)

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:04:09.36 ID:U0JZS91/0
勇者は城に駆け込んだ。
別に、王子に文句を言うつもりはない。魔姫は勇者の想い人ではあるが、勇者にとっては王子の方が付き合いの長い親友だ。
だからこの機会に、どういうつもりで魔姫を追っているのかを聞いてみようと思った。

勇者(あ、王子だ)

謁見の間の扉が少し開いていて、そこに王子の姿を見つけた。

勇者「王子ー…」

王子「…許さん」

勇者「え?」

勇者はそこで足をピタリと止めた。

王子「人間め…見つけ出して、ハラワタを引きずり出してやる…。『我』の邪魔をする者は、1人残らず……」

王子は勇者が覗いていると気付いていない様子だ。
その低くかすれた声も、禍々しい形相も、勇者の知る王子とはかけ離れている。

勇者(どうしちまったんだよ、王子……)

勇者は戸惑い、王子に声をかけられずにいた。

79 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:04:38.71 ID:U0JZS91/0
>翌日


魔姫「…さーてと」

目が覚めたのは、まだ薄暗い時間。昨晩は4時間くらいしか寝ていない。だが魔姫の調子は良い。
試しに空に一発魔法を放ってみれば、魔法は大きな花火となって魔姫を祝福した。

魔姫「フフッ。やっぱり、これくらい景気良くいかないとねぇ」

窓辺で魔姫はバサッと翼を広げる。
気分は爽快だ――だってこれから、憎たらしい男をボコボコにできるのだから。

魔姫(王子は只者じゃない。正直、魔力が戻ったからって勝てるとは限らない。でも…)

魔姫「危険は承知! ここで逃げたら女がすたるってものよ! 仕掛けられる前に、こっちから仕掛けてやるわ!!」

そして魔姫は飛び立つ。向かうは王城、一直線。

80 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:05:23.06 ID:U0JZS91/0
ドガアアァァン

王城の朝は、不穏な爆発音で始まった。
当直の兵士たちがざわつき始め、城内は騒がしくなる。

兵士「あっ、王子!」

既に正装に着替えていた王子が廊下に出てきた。
あまり眠っていないはずだが、顔色は良い。

兵士「只今、爆発の発生源を探っております!」

王子「…必要ないよ」

兵士「え……?」

王子「フフ…戻ってきてくれたんだ」

王子はそう言うと迷いなく、ベランダに足を進めた。
勢いよくベランダのドアを開けると――いた。

王子「ご機嫌よう…僕の愛しい人」

魔姫「あらご機嫌よう、相変わらず反吐の出る面ねぇ」

魔姫は上空で翼を広げ、王子を見下ろしていた。

王子「その傲慢さもまた愛しい…今日こそは僕のものになってもらうよ」

魔姫「猫はどこ」

魔姫は王子の言葉を無視して言った。
王子はやれやれ、といった様子でため息をつく。

王子「こちらで預かっているよ」

魔姫「返しなさい。じゃないと…」

魔法を放つ。狙いは、城の屋根――
屋根は爆発と共に、粉々に粉砕された。

魔姫「城全体をこうするわよ」

王子「おや、これは参ったね。さーて、どうしようか……」

――ドカアァァン

魔姫は無言でもう1発魔法を放ち、今度はバルコニーを破壊した。

王子「考える時間もくれないわけか。わかった、あの猫を返そう」

81 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:05:58.57 ID:U0JZS91/0
王子が兵を呼び、何か耳打ちする。
少しして兵士は、小さなゲージを持って戻ってきた。

魔姫「猫!!」

ゲージの中には、猫の姿の猫耳がいた。
何やらグッタリしていて、魔姫の呼びかけにも反応しない。

魔姫「あんた…猫に何したの!?」

王子「ちょっと痛めつけただけだよ。殺してはいない。…あ、でもこのまま放置したら、どうかわからないけどね」

魔姫(…王子の奴は私刑決定だわ)

ゲージから猫耳が出され、床に置かれる。

王子「さ、取りにおいで」

魔姫「あんたはここから消えて」

猫耳を拾いに行った時に何かを仕掛けられるのは目に見えている。
しかし、王子は涼しい笑みを浮かべたままだ。

王子「そうはいかないね、魔姫様が何をしでかすかわかったもんじゃない。…ま、取りに来ないのなら、それでいいけど」

魔姫(くっ)

猫耳は王子の側にいる。もし自分が下手なことをすれば、猫耳に危害を加えられるかもしれない。
行くしかない――王子の間合いに入るとわかっていても。

魔姫(上等…返り討ちだわ)

決心し、魔姫はベランダへ降り立った。
一歩、もう一歩、王子との距離が近づく。

あとわずか、絶対に警戒を解かないで――

――ガキィン

王子「おやおや魔姫様、大した勘だね」

魔姫「バレバレなのよ、バカの思考回路は」

魔姫は硬い宝石のブローチで、王子の剣を受け止めていた。

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/02(月) 21:09:46.83 ID:SdhKhVT8O
ブローチで剣を止めるとかカッコよすぎ

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:36:04.44 ID:bh9UjSJo0
魔姫「まぁ丁度いいわ。あんたは許さないと、さっき決めたばっかりなのよね」

王子「へぇ? だったらどうするの?」

魔姫「こうするのよーっ!!」

王子「――っ」

手から衝撃波を放つ。
これで吹っ飛んでくれたら――と目論んだが、王子はその場に踏みとどまった。

王子「うん、いい目覚ましになったよ」

魔姫「相変わらず、人間離れした耐久力だこと」

王子「今度はこっちから攻めるよ!!」

王子は間合いを詰め、剣を叩き込んできた。
防御と回避を繰り返し、魔姫はバサッと上空へ飛んだ。

王子「逃がさないよ!」バッ

魔姫「追ってくると思ったわ」

魔姫はニヤリと笑った。
あの部屋でやり合った時と違い、ここは室外。空中での勝負は魔姫に有利。

魔姫「行っけええぇぇ、突風の刃!」

王子「…っ!」

四方八方から、風の刃が王子に突き刺さる。
空中では回避も防御もしようがなく、王子の全身から血が噴き出る。

落下の際、王子は体勢を整えられず、全身を床に強く叩きつけた。

魔姫(かなりのダメージを与えられたはず…)

手応えは十分にあった。

85 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:36:38.14 ID:bh9UjSJo0
しかし…

王子「あぁ~、容赦ないなぁ。殺す気?」

魔姫「はあぁ!?」

王子は何事もなかったかのように立ち上がる。これには、魔姫も素っ頓狂な声をあげた。
急所を避けたとはいえ、命を奪う一歩手前程度のダメージは与えたつもりだ。

王子「さぁ、戯れを続けようか。僕は楽しいよ、魔姫様」

だというのに、剣を構える王子はまるで――

魔姫「あんた、まさか…痛みを感じないの!?」

王子「さぁ、どうだろうねぇ」

曇りのない笑顔から、真相は読めない。

王子「でも魔法を使われたら、流石にこちらが不利だねぇ。…少し頭を使うことにするよ」ダッ

魔姫「あっ!?」

王子はこちらとは違う方向に駆けた。
その先にいるのは――猫耳だ。

魔姫「しまった!」

王子「さぁ~て…」

王子は猫耳に向かって剣を振り下ろす。

魔姫「させるか――っ!!」

助けは間に合う。間に合うけど――

魔姫(猫に気を取られて、そこを攻撃される!!)

魔姫が使える遠距離からの魔法は攻撃範囲が広く、王子に向けて放てば猫耳を巻き込む。だから、接近するしかない。
危険だと、わかってはいた。だけど、猫耳を見捨てるなんて選択肢はなかった。

魔姫「猫っ…」

間に合った。王子と猫耳の間に入り込むことはできた。
だがその時既に、王子は攻撃準備を万端にしており――

王子「捉えたよ、魔姫様ああぁぁっ!!」

魔姫「――っ!!」




ハンター「全く…世話が焼ける」

王子「っう!?」

魔姫「…えっ!?」

86 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:37:10.61 ID:bh9UjSJo0
王子が横に転げていった。
魔姫の目の前にはハンター。たった今、彼が、王子に飛び蹴りをお見舞いしたのだ。

ハンター「おい、怪我はないか」

魔姫「え、えぇ」

ハンター「この猫か」

ハンターは猫耳を拾い上げる。
それと同時、王子が起き上がった。

王子「ハンター…自分からノコノコ来るとはなぁ…!! 裏切りおって、殺す! 殺してやる!!」

ハンター「…っ!!」

自分めがけて突っ込んでいく王子から、ハンターは即座に逃げ出した。
だが王子とハンターの距離はあっと言う間に縮まり…。

ハンター「チッ!!」

ハンターは猫耳をベランダから放り投げた。
と同時――

ハンター「…っ!!」

王子の剣がハンターの腹を破った。
剣を抜くと、大量の血を流してハンターは倒れた。

魔姫「ハンター!!」

ハンター「カハッ…猫坊主は…」


助手「受け取りましたよ、ハンター様!」


ベランダの下で、助手が猫耳を抱えていた。

87 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:37:41.43 ID:bh9UjSJo0
王子「さて…首を切り落としてやろうか、裏切り者め……」

魔姫「…っ、させるかああぁぁっ!!」

王子「――っ」

魔姫の放った衝撃波で、王子は吹っ飛んでいった。
あの王子なら、これも大したダメージにならずに戻ってくると思うが…。

魔姫「あんた! 何でこんな無茶を!」

ハンター「…仕方ないだろう」

ハンターは腹と口から血を流しながらも、平然とした態度で言った。

ハンター「言っただろう、お前に命を捧げると」

魔姫「いらないって、言ったのに……」

ハンター「そう言うな。俺程度の力でも、猫坊主を助ける程度はできた。…これで俺を許せ」

魔姫「許すも何も…感謝してるわよ、ばか!!」

ハンター「そうか」

ハンターはフッと笑った。
そしてベランダの手すりに掴まり、何とか立ち上がる。

ハンター「これで何の懸念も無くなっただろう。思い切り戦え」

そう言うとハンターはベランダから飛び降りた。
ドスンという音と同時に「いてえっ!」と声が聞こえたが、とりあえず生きているようだ。あとは、助手の回復魔法で助かるだろう。

問題はこちらだ――

王子「よくもやってくれたねぇ」

案の定、王子はピンピンしながら戻ってきた。
だが――ハンターの言う通り、何の懸念も無くなった。

魔姫「これで本当の本気を出せるわぁ…」ゴゴゴ

王子「え?」

魔姫「覚悟なさい馬鹿王子! 後悔する位、痛めつけてやるから!!」

魔姫は思い切り、魔力を滾らせた。

88 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:38:23.19 ID:bh9UjSJo0
王子「これは…!!」

魔姫を中心に床がひび割れる。空気が周囲を突き刺し、戦いを見ていた兵士達がざわつき始めた。
翼を広げていないというのに魔姫は宙に浮かび始めた。髪が逆立ち、赤い目はただ一点――王子を捉えている。


猫耳「出た…魔姫の究極技だ」

助手の回復魔法を受け、目を覚ました猫耳はそう言った。
只者ではない魔力を感じ取り、助手は自分達を守るように『壁』を作った。


王子「これが…これが、魔王の血を受け継ぐ者の……!!」

王子は身震いしながらも歓喜していた。
危険だと本能が悟っている。それでもここから離れたくない。麻痺しているせいか、魅了されたせいか、それはわからない。

王子「来てよ魔姫様ぁっ! 僕が受け止めてあげるよ、さぁ、さぁ、さああぁぁ!!」

魔姫「はああぁぁ――っ!!」


そして――一瞬のことだった。

魔姫が王子に体当たりした瞬間、空気が破裂した。

2人を中心に城は破壊され、周囲にいた兵士達も吹っ飛ばされた。

衝撃の波が城の周囲に爆風を巻き起こし、地面を揺らした。


助手「何て凄まじい威力……!!」

ハンター「あー…可愛い顔してても、やっぱ化物か」

猫耳「魔姫…!!」

89 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:38:53.97 ID:bh9UjSJo0
魔姫「…呆れた」

王子「フ、フフ……」

魔姫「あんた、本当に何者よ……」

王子は床に伏しながらも、まだ笑っていた。
命を奪うつもりはなかったから、足を狙った。だから彼の足はもう使い物にならないはずなのに、それでも立とうともがいている。

魔姫「ま、これでもう追ってはこれないでしょ。私はもう帰るわよ」

王子「まだだ…!!」

王子は剣を床に突き立て、無理矢理立ち上がった。
その様子はあまりにも痛々しく、魔姫も流石に心配になってきた。

魔姫「そのままだとあんた、出血多量で死ぬわよ!? 私、王子殺しの罪人なんて冗談じゃないわよ!!」

王子「罪なものか…魔姫様は僕と結ばれ、そして……僕の野望は、叶うんだ!!」

魔姫「野望? 何を言っているの…?」

王子「魔姫様ぁ…」

ギラつく王子の目。その目にこもっているのは『執念』と『執着』。
あまりにも異様なその感情に、魔姫は身震いした。

王子「僕は、僕は僕は僕は!! 絶対に、絶対に諦めないよ、魔姫様、魔姫様、魔姫様あああぁぁぁ!!!」

魔姫「ひっ……」

90 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:39:20.63 ID:bh9UjSJo0
ざくり。


王子「……は?」


それは、唐突すぎる一擊だった。

王子「何…これ?」

王子の胸を、刃が貫いていた。

魔姫「あんた……」

あまりもの急展開に頭がついて行かず、魔姫はその剣を突き刺した人物に声をかけた。
だがその相手は、この空気にも関わらず――


勇者「ごめんごめん、寝坊した! 遅れて登場、勇者様!」


陽気に、呑気に、名を名乗った。

91 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:39:51.10 ID:bh9UjSJo0
王子「カハ…っ!!」

心臓を刺されたのか、王子は大量の血を吐いてその場に倒れた。
顔色はどんどん青くなり、目は光を失っていく。

兵士「お、王子様が…」

兵士「勇者様が、王子様を殺した!!」

兵士達はざわめき、そして王子を殺した勇者を取り囲んだ。


猫耳「…これ、どういう状況?」

ハンター「俺が知るか」

助手「勇者様、何故…」



魔姫「ちょっと勇者!! 何で殺したのよ!?」

勇者「王子は俺の親友だから――」

魔姫「はっ……?」

勇者「だからこれ以上、我慢ならなかったんだよ…おい正体現せ、化物!!」

王子の遺体に怒鳴りつける勇者。
すると――

王子?「フ、フフフフ……」

魔姫「!?」

王子の体から黒い「もや」が出てきた。
作り物のように美しかった王子の顔は、見る影もなくドロドロに溶けていく。
そしてその「もや」は魔物の形を作り――


悪魔王「久しいな…魔姫よ」

魔姫「な、何者!?」

92 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:40:41.24 ID:bh9UjSJo0
猫耳「あ、悪魔王…!!」

ハンター「何だ、あいつは!?」

猫耳「何年か前、魔物の国で大きな反乱が起きた。その反乱軍の戦闘に立っていたのが、あの悪魔王だ」

助手「何故、王子様の体に…」

猫耳「悪魔王は魔王様に敗北し、姿を消した……。追っ手の目を欺く為に、王子の体を乗っ取ったんだ!!」


悪魔王「王子の体を乗っ取り、魔姫を手に入れ――この世界を掌握するつもりだったのだが……」

魔姫「…なるほど、ようやく執着された理由がわかったわ」

王子――いや悪魔王の狙いは、自分に受け継がれる魔王の力だったのだ。
自分から力を吸収し、ついでに子でも孕ませれば、恐ろしい血筋を持った子が生まれる。

悪魔王「もう王子の体は使い物にならん。こうなれば……」

魔姫「っ!」

悪魔王は魔姫を睨む。
こうなれば、この姿で魔姫をものにする――そう言う目だ。

魔姫(くっ…さっきので力をほとんど使ってしまったわ…!!)

勇者「魔姫さん、ここは俺に任せて」

魔姫「勇者!」

勇者は魔姫の前に出た。

93 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:41:34.88 ID:bh9UjSJo0
勇者「てめぇ~…よくも、王子の体で好き勝手してくれたな?」

悪魔王「勇者か…王子の体が乗っ取られていると気付かずに、よく親友が名乗れたものだな?」

勇者「黙れ」

勇者は低く重い声で悪魔王を威嚇する。
その声に込められた怒りに、魔姫もビクッと肩を鳴らした。

勇者「病弱だった王子が回復したのは、お前が体を乗っ取ったからか?」

悪魔王「我に体を差し出したのは、王子の方だぞ? 王子は自分の病弱な体を嫌っていたからなぁ」

勇者「お前が弱みにつけ込んだんだろ、ゼッテェ許さねぇ!!」

ハンター「やれ勇者。そいつは魔王より格下だ、お前なら倒せる」

悪魔王「それはどうかな」ニヤリ

勇者「何が言いたいんだ?」

悪魔王は「ククッ」と含み笑いすると、ある物を手に召喚し見せつけてきた。
あれは――王子がハンターに渡した魔石だ。

悪魔王「お前が魔王を討てたのは、この魔石の力によるものだ! 魔石を持たぬお前の力など知れているわ!!」

勇者「…あぁ、あの魔石か」

悪魔王「勇者よ、まずは貴様から死ねええぇ――っ!!」


悪魔王は全身に魔力を滾らせ、勇者に襲いかかった――




勇者「…誰が死ぬかああぁぁっ!!」

悪魔王「―――っ!?」

94 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:42:14.16 ID:bh9UjSJo0
悪魔王はしばらく、自分の体を見ていた。
信じられないのも無理はない――

体は、見事に真っ二つだ。


悪魔王「な……っ!?」


切り口から「もや」が発生し、悪魔王の体を侵食していく。そのもやはどんどん、空気の中に消えていった。
それが、血が通らぬ体を持つ悪魔王に訪れる『滅び』である。

勇者「あの魔石なぁ…」

既に戦いは終えたと言わんばかりに、勇者は剣を鞘に収めた。

勇者「俺、家に忘れて行ったんだよな。使ってねぇわ、1回も」

悪魔王「な…っ!?」

悪魔王は信じられないといった顔をした。

勇者「俺に小細工なんていらないんだよ。とっとと消えろ、小物が!!」

悪魔王「馬鹿…な……」


そして、悪魔王の体は全てもやに侵食され、肉体は消滅した。

95 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:42:47.84 ID:bh9UjSJo0
魔姫「勇者…王子は……」

勇者「…うん」

勇者は王子の亡骸に視線を落とす。

勇者「あの小物に体を乗っ取られなかったら、王子はもっと早く病気で死んでいたかもしれない。…どの道、死は避けられなかったんだよ」

そう言いながらも勇者の顔は憂いていた。
自分の手で親友を葬った…その心境は、いかなるものか。魔姫には、想像がつかない。

勇者「…でも体を乗っ取られてからも、王子は俺の前では昔の王子だった。王子にはちゃんと、王子の意識も残っていた…。俺はそう信じたい」

魔姫「…そうね」

だとしたら…。

ハンター「王子が魔姫に向けていた執着は悪魔王のものだろうが…魔姫への想いは、王子のも混ざっていたかもしれんな」

魔姫「……」

今となっては、それはわからないけれど。

96 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:43:34.51 ID:bh9UjSJo0
この事件は目撃者が多数いた為、勇者は王子殺しの罪に問われることはなかった。
息子を失った国王の悲しみは、盛大な葬儀という形で晴らされた。

ハンター「そしてお前はまた世界から持て囃される、と」

勇者「もう勘弁してくれ、魔王を倒した時点で俺の仕事は終わってるっての」

ハンター「まだ、そうとは言えんぞ。…世界が完全に平和になるまで、な」

勇者「俺が生きている間に、そうなるのかねぇ」

まだまだ魔王軍の残党は残っている。
中には新たな魔王として君臨しようと潜んでいる者もいるだろう…悪魔王のように。

ハンター「新たな魔王は生み出させん。…俺たち、残党狩りを生業とする者がいる限りな」

勇者「……お前、大分いい顔になったよ」

少し前のハンターは、魔物のことを口にするだけで、憎悪が顔に浮かんでいた。

勇者「俺はお前に1つ謝らないといけない」

ハンター「何だ?」

勇者「憎しみを糧に命を賭けるな――以前お前にそう説教したけど、俺は…」

ハンター「…あぁ」

憎しみの感情で悪魔王を葬った。それは、以前のハンターと変わりはない。

ハンター「そんな顔をするな、勇者。…お前や魔姫が、憎しみに囚われた俺を変えてくれたんだ」

勇者「ハンター…」

ハンター「…これからもお互い、戦っていこうぜ…平和の為に」

勇者「…そうだな!」

勇者とハンターは、互いに拳を合わせた。

97 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:44:08.54 ID:bh9UjSJo0
魔姫「あらあら、2人とも仲が良いのねぇ」

ハンター「魔姫か」

勇者「魔姫さんっっっ!!」ピシッ

魔姫「感謝するわ勇者。あんたが国王に進言してくれたお陰で、私は残党狩りの対象外になったわ」

猫耳「これでもうコソコソ隠れて生活しなくて済むねぇ」

勇者「そりゃ、もうっ!! 魔姫さんの為ならこの勇者、例え命を投げ打ってでも……」

魔姫「今は人間よりも、下手な身内の方が厄介ね。悪魔王より強い力を持った奴はまだまだいるわ」

猫耳「氷山の一角だろうねぇ」

ハンター「勇者、こいつら聞いてないぞ」

勇者「俺は、俺は魔姫さんのことが…っ!!」

ハンター「お前も話を聞け!!」ユッサユッサ

魔姫「宣言するわ!! 私は魔王の娘として、平和に尽力しましょう!!」

ハンター「お、そうか。まぁ気をつけろよ、悪魔王みたくお前そのものを狙う奴もいるだろうし…」

魔姫「何を言っているのハンター、あんたもよ」

ハンター「は?」

魔姫「私も残党狩りハンターを始めるから、助手を宜しく」

ハンター「………」

ハンター「はあああぁぁぁ!?」

勇者「はあああぁぁぁ!?」

98 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:44:46.97 ID:bh9UjSJo0
ハンター「な、な、何を言ってやがる!? 何で俺が助手なんだ!?」

魔姫「あら、アンタ私に命を捧げるって言ったじゃない」

勇者「あっ、てめぇ!! 抜けがけで魔姫さんに告白しやがってえええぇぇ!!」

ハンター「それはもう返しただろ!?」

猫耳「『命捧げた』んだから、死ぬまで有効だにゃ」

ハンター「そんなんありかよ!? てか何で俺が助手なんだよ!?」

魔姫「それもそうね。じゃあ…下僕」

ハンター「もっと悪い!!」

勇者「いいないいなぁ…俺も魔姫さんの下僕になっちゃおうかなぁ」

ハンター「プライドを持て英雄!!」

助手「ハンター様…」

ハンター「あぁ助手!! お前もおかしいと思うよな!?」

助手「『ハンターへ 雇い主さんが見つかったんですって? それはとても心強いわね、母さんも安心です。くれぐれも雇い主さんに失礼がないようにね? 母より』 以上、奥様よりお預かりしたお手紙です」

ハンター「お前ええええぇぇ、母様にまで根回し済みか!?」

魔姫「さ、行きましょうか。猫、情報は入手しているわね?」

猫耳「うん、きのこの山で魔物が通行人を襲っているそうだよ。早速、ゴー!」

勇者「お供します、地獄の果てまでも!」

助手「きのこの山ですか…私はたけのこの里の方が好きですね」

ハンター「話を聞け、お前らああああぁぁぁ!!」


平和、それは私が最も強く願うもの。何世紀にも渡って争いを続けていたこの世界に平和が訪れるのは、難しいことなのかもしれない。
だが平和という目標があれば、魔物と人間は手を取り合える。それを自分達が証明してみようではないか。



魔姫「さぁ~て…皆、私について来なさい!!」


fin

99 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:45:33.32 ID:bh9UjSJo0
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
ここから先は乙女ゲーみたく猫耳と勇者とハンターそれぞれルート分岐しry


過去作も宜しくお願いします
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/

100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/03(火) 18:48:36.16 ID:kgMXva42o
楽しかった
乙!

101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/03(火) 19:28:00.09 ID:GQofa71E0
結構イッチのSS楽しみにしてるよ

102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/03(火) 19:31:43.07 ID:G9w9S8JSO
乙。面白かった
いつもサックリまとまってて羨ましい

105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/03(火) 19:59:11.17 ID:sL43mWRao
分岐ルート待ってる
posted by ぽんざれす at 11:00| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする