2017年03月25日

青年「狂騒世界の人形遊び」

青年「はぁ……」

環境が変わってからはや1ヶ月。
この憂鬱は五月病のせいか、青年はため息をついた。

青年(浮浪者の対処……なんて、明らかに汚れ仕事を押し付けられただけだよな……)

最近ストレスで食欲は減退し、睡眠は浅くなり、趣味もろくに手につかない。
今日もまた『誰でもこなせるが誰もやりたがらない』仕事を命じられ、それをただこなす。

それが青年――この街の領主代行たる、彼の日常だった。





>1ヶ月前

青年「領主代行……俺が?」

父から聞かされた時、聞き間違えたかと思った。
広い地方を治める領主である父は、隠居を控える年齢になり、子供達に領地を分け与えているところだった。
だが兄弟の中でもとりわけ出来の悪い自分は、下働きのような仕事でも与えられ、肩身の狭い思いをして生きていくのかと思っていたが。

父「あぁ。三男の治める街に、領主代行として趣いてくれ。あいつもなかなか忙しい奴でな」

三男。頭脳、剣技に優れ、10代半ばから領主を務めている天才。
あいつと兄弟であることに卑屈さを感じている俺なんかが、あいつの代行業務なんて務まるのか……。

父「お前も領主の仕事は学んできたはずだ。しっかりやれ」

青年「……はい」

不安を覚えつつ、俺は三男の治める地方に転居することとなった。





そして転居初日、俺は早くも現実に打ちのめされることとなる。

三男「そう気張らなくて大丈夫ですよ兄上。……僕には優秀な補佐がいますから、兄上が苦労することはないでしょう」

青年「……」

綺麗に整った笑顔で吐いた言葉の意味を、俺はすぐに理解した。
『お前なんて必要じゃない』――そういうことだ。

青年(なるほど、そういうことか)

要するに領主代行とは名ばかりなのだ。一族の者はそれなりの地位に就かせなければならないから、この『1人で大体のことはこなせる』三男の代行に命じられたのだろう。ようやく合点がいった。
というか、むしろ気付くの遅すぎた。

青年「……とりあえず報酬を貰う以上、仕事をくれると助かる」

三男「わかりました。では、この手紙をギルドに届けてくれませんか」

青年(使い走りか。ま、いいけど)

ドブさらいや家畜の世話をさせられるかと思っていたので、それくらいなら。
三男にも外聞があるし、領主代行の兄に与える仕事は、流石に選ぶか。

青年(でも、これからどうなるかわからないけど)

そして、そのネガティヴな予感は早くも的中した。
俺が手紙を届けたギルドの担当員、こいつが高圧的で人の話をろくに聞かない。まさに『誰も相手したくない』街の嫌われ者だった。





青年「はぁ……」

この1ヶ月、本当にストレスフルだ。
ギルドの担当員を始め、俺が任せられるのは街の嫌われ者、厄介者の相手ばかり。
こいつらが独自の理論をかまし、マトモな会話ができず、自分のことしか考えてない奴ばかり。相手すれば精神を消耗するのに、上手く対処できたところで得るものがほとんどない。……正直、殺したい。

「あ、領主代行様。こんにちは!」

街の人々に顔は覚えてもらえたが、やはり勘付く者は勘付くようで……。

「どうして領主代行様は、あんな仕事ばかりさせられているのかしら?」
「そういう仕事しかできないからだろ」
「他のご兄弟は別の地で領主をされているのに、あの方だけ代行ですもんねぇ」

青年(おもっくそ聞こえてますけど)

だが悔しいことに、言い返せない。
努力しなかったわけではないが、俺は勉強も剣技も並以下だ。それに、これといって秀でた能力もない。

「領主代行さまって、顔立ちは整ってるけど……童顔の上に背も低いから、異性としては微妙だよねー」
「好きなものは人形らしいよ」
「ちょっと陰気だよね」

青年(その悪口、関係ある?)

事実だからと、好き勝手言い過ぎじゃないか。
おまけに――

「妾腹なんですって、代行様」

青年(……)

「妾腹……ってことは、領主様のお父様に愛人が? あの名主と名高いお方に?」
「いや、それがはめられたそうだよ」
「と言うと?」
「酒場にいた女に酔い潰されて、無理矢理関係を持たされたんだってよ」
「あ、聞いたことある。しかもその女、高額な養育費をせびっていたとか」
「代行様が子供の頃にアル中で死んだらしいけど……よく、代行様を引き取る気になったよな。流石、人格者は違う」

青年(噂が広まるのって早いな)

それも事実だ。母親は夜の女で、俺が5歳の頃に死んだ。
薄汚れた世界で育った俺はその歳まで、ろくな躾も受けていなかった。だから引き取られた後は、環境に適応するのに相当苦労した。
その時点で俺は、他の兄弟達から出遅れていたのだ。

青年(だから無能でも仕方ない……なんて言い訳、通用するわけがないよな)





>街外れ


青年(ここだよな……)

「街の外れに浮浪者の女が現れるようになった」と聞くようになったのは、ほんの数日前。
そいつが人に危害を加えたということはないが、それでも放置しておくわけにはいかない。

ガサガサ

青年「ん?」

女「……」

早速現れた。
ボサボサの金髪、あちらこちら破れて汚れたローブ。栄養不足か体は痩せこけ、靴を履いていない素足は痛々しい。

青年(こいつか)

報告によると、その女は――

女「……ご主人様」

青年「……」

女「ご主人様、ご主人様ぁ」

――気が触れているらしい。

青年(報告通りだな)

女は数日前、街で病死した旅の商人が連れていた奴隷らしい。
この奴隷娘の気が触れたタイミングはわからないが――彼女はどうやら目に映る男が、死んだ『ご主人様』に見えるようになったそうだ。

奴隷娘「ご主人様、待ってましたぁ」

青年(やれやれ)

薄汚いとはいえ、女は女。いつ変な奴に襲われるともわからない。

青年(こいつの"対処"か……)

檻のついた山奥の施設にぶちこむか?
奴隷の身分なら、売り払うか?
それともいっそ――殺してしまうか?

青年(……どれにしても、汚れ仕事だな)

三男は具体的な指示を出さなかった。だからこそ汚名も俺にかかってくるのだが……。

奴隷娘「ご主人様?」

青年「いや……」

気の触れた浮浪者の女、と聞いた段階でなら、上で挙げたどれかをやる覚悟はしていた。
だがこう、直接女を見てみると……。

奴隷娘「?」

青年(うーん)

何て言えばいいかわからないが、こいつの目はとても純粋だ。俺を「ご主人様」と呼ぶ声も無邪気そのもので、何だか愛嬌がある。
ここ1ヶ月相手してた連中がひどいのばかりで、マシに見えるだけかもしれないが……。

青年(罪悪感が……)

奴隷娘「ご主人様、どうされました?」

青年(……とりあえず、保護するのが先決だよな)

奴隷娘「?」

青年「行くぞ。俺についてこい」

奴隷娘「はぁい」

ひとまず、俺の家に連れて行くこととなった。





俺の暮らしている家も街のはずれにある。街に馴染んでない俺としては、割かし過ごしやすい場所だ。

青年(やっぱ施設に入れるのが1番人道的かねぇ)

奴隷娘を風呂に入らせている間、俺は今後のことを考えていた。
施設となると俺が全手続きをすることになるのだが、それは仕事だから構わない。だが問題はある。

青年(文句を言う家族がいないのをいいことに、入所者に非人道的な行いをする施設も多いと聞く。施設選びが課題か……)

虐待を見極めるのは簡単ではない。
何せそういうのは人目につきにくい上、職員達に隠蔽されているのが現状だ。

青年(そういう施設に若い女が入ったら……間違いなく、格好の餌食だよな)

奴隷娘「ご主人様ー」

青年「あぁ、上がったか……」

と、振り返ると。

青年「」

奴隷娘「ご主人様?」

青年「お、おおおお前!? なな何で、服っ……」

奴隷娘「なくなってたので……」

青年「シャツ置いておいただろ!?」

奴隷娘「あれはご主人様のでは……」

青年「お前の服は洗うから!! つか、服がないからって裸で出てくる奴がいるか!!」

奴隷娘「でもご主人様ですし……」

青年「いいから着てこいっ!!」

目の焦点をなるべく奴隷娘から外し、俺は女を追い返した。

青年(全く……。この危機感のなさ、やっぱり施設選びは慎重にやらないとな!!)ドキドキ

青年(それにしても……あの刺青は)

今のゴタゴタで有耶無耶になりかけていたが、奴隷娘の体に刻まれた刺青を、俺は見逃していなかった。

青年(ま、いいか。……後で聞くか)


>5分後

奴隷娘「着替えてきました、ご主人様」

青年「ん」

俺の部屋着を着て奴隷娘は出てきた。
俺の服はサイズが小さめだが、流石にやせ型の女が着るとダボッとしている。

青年(それにしても……)

奴隷娘「?」

風呂に入って薄汚さがなくなったら、奴隷娘はそれなりに可愛らしい容姿をしている。不健康そうな雰囲気で、大分損しているが。

青年「その……」

奴隷娘「?」

青年「えーと……お前、いくつだったっけ?」

奴隷娘「お忘れですかご主人様ぁ。18です~」

青年「あ、あぁ。そうだったな」

こいつは俺を『ご主人様』として見ているから、会話運びに頭を使う。
『ご主人様』であることを否定すればいいかもしれないが……それで発狂でもされたらかなわん。

青年(だが、どうするか……刺青のこと、どう聞けばいい?)

あの刺青は半魔の印。つまりこの女は魔物と人間のハーフで、純粋な人間ではない。
けど『ご主人様』なら、当然知ってるだろうし……。

青年「……」

奴隷娘「?」

青年(まぁ、いいか)

半魔はそれなりに珍しい存在ではあるが、この女は人間とさほど差異はなさそうだ。
とりあえず半魔であるという事実だけ頭に入れて、その話は切り出さないことにした。

青年「とりあえず今日はもう遅い。もう休んでおけ」

奴隷娘「ご主人様は?」

青年「俺は仕事を片付けてから休む」

奴隷娘「ご主人様より先に休むのは……」

青年「む。そうか……」

仕事と言っても重要ではない書類整理で、とりわけ急ぐわけでもない。
この女に合わせた方が、ボロが出る可能性は低い。

青年「なら、俺も休む。そこの部屋を使ってくれ」

奴隷娘「あ……」

青年「お休み」

やや落ち着かない気分を抑え、ベッドに入る。
どうやら知らずの内に疲れていたようで、意識はすぐに眠りに誘われた。

青年「すうぅ……」

ようやく今日が終わる。
何の希望もない明日はすぐにやってくる。
明日は今日よりマシでありますように。

青年「んんん……」

モゾモゾ

青年「……ん?」

何だ? 寝相が悪くて布団でもずれたか……。

奴隷娘「すやすや」

青年「!!?!?」

布団どころじゃなかった。

青年「おい!?」

奴隷娘「んん~……? どうされましたぁ、ご主人様?」

青年「何で俺のベッドに入ってくる!?」

奴隷娘「? いつも、そうしてますよねぇ……?」

青年「え」

何だと。

青年(あぁ……こいつ、愛玩奴隷だったのか)

青年「今日はそういう気分じゃない。1人で寝ろ」

奴隷娘「私、1人じゃ寝れません~」

青年「……」

こいつの死んだ主人は、少なくとも、奴隷がワガママを言えるような男だったようだ。

青年(困った)

奴隷娘「今日のご主人様、なんか変ですねぇ?」

青年「えーと、そのー……」

出来の悪い頭では、言い訳が思いつかない。

青年「……わかった。並んで寝るだけだぞ」

俺が手を出さなければいい。そういう結論しか出せなかった。

奴隷娘「すやすや」

青年(はぁ……)

何一つ警戒していない奴隷娘の寝姿を見て、早く良い施設を見つけねばと思った。





>翌日、診療所


医者「数日前に死んだ行商人ですかい?」

朝早くに俺は、行商人を看取ったという医者のところにまで来た。
別にこれは仕事ではないが、どんな人間なのか一応聞いておこうと思った。

医者「ここに運び込まれてきた時、既に虫の息でしたからねぇ。どんな人間かは、ようわかりません」

青年「虫の息……魔物にでもやられたか?」

医者「いえ、病気ですね。あれは先天性のものですな」

青年「そうか、病気か。……愛玩奴隷を残して逝くとは、何てタイミングの悪い」

医者「愛玩? あれは違うでしょ」

青年「? 何故だ?」

医者「あの行商人の病気じゃ、確実に不能ですよ」

青年「……」

不能。死してなお不名誉なことを言われるとは、気の毒な。
しかし、ひとつ安心した。あの奴隷の『ご主人様』が不能ということは、彼女が俺に性行為を求めてくる可能性は極めて低い。

青年「わかった、礼を言う」

行商人の大体のパーソナルデータがわかったので、俺は診療所を後にした。

青年(さて、仕事に向かうか)

と、三男のいる屋敷に向かう途中……

バシャー

青年「うわっ!?」

唐突に体全体に冷たさを感じた。
これは……泥水!?

酔っ払い「ざまぁみやがれ!!」ダッ

青年「……」

俺に泥水をぶっかけた酔っ払いは一目散に逃げていった。
あいつ、覚えている。数日前の仕事相手だ。ある申請をしてきたので俺が手続きを担当したのだが、まぁ面倒な相手だった。
自分の要望(しかもかなり無茶な)が全て通らないとわかると怒鳴り散らし、最後まで文句しか言わない奴だったが……まさか、こんな報復行動に出るとは。

「代行様、大丈夫ですか? タオルをどうぞ」

青年「いや、大丈夫だ。気遣いありがとう」

親切はありがたいが、口元がニヤついてやがる。
笑いものになるのも不愉快なので、俺はさっさとそこから立ち去った。



>屋敷前


三男「おや、兄上。おはようございます」

屋敷に着くと、三男が丁度外に出ていた。

青年「俺の仕事相手にやられた。一旦帰って体を洗ってから出直す」

本当は守衛から伝えてほしかったが、三男がいる以上直接伝えるしかなかった。

三男「それは大変でしたね。わざわざそれを伝える為だけに、一旦ここへ?」

青年「あぁ。理由も言わずに遅刻はできないだろう」

三男「兄上は本当に真面目ですね」

青年「……」

こいつがこの笑顔を見せるのは、俺を馬鹿にしてる時だ。
『真面目なのに無能ですよね』とでも、言いたいのだろう。

三男「浴室なら、屋敷のを使っても構いませんよ」

青年「着替えはどうする。俺とお前では体格も違う」

三男「使用人の服がありますから」

青年「……使用人の服では仕事にならん」

三男「ん? あぁ、そうでしたね」

立場上、俺は仕事時には正装しているが、そんなこともどうでもいいのだろう。
確かに俺の容姿は、正装したところで威厳もないが……。

三男「では、帰り道もお気を付けて。底辺の人間は何をしでかすかわかりませんからね」

青年「……あぁ」

底辺の人間――八方美人の三男も、たまに失言をする。
俺の仕事相手は三男にとって底辺ばかり。だから俺に相手をさせる――同じ、底辺の人間だから。

青年(まぁいい……)

前々からわかっていたことだ、そんなのは。それよりも帰って体を洗わねば。





>自宅


青年「さて」

奴隷娘「お帰りなさい」

青年(あ、そうだった)

家から絶対に出るなと言いつけて、こいつを留守番させていたんだった。
奴隷娘は俺を見るなり、目を大きくした。

奴隷娘「ご主人様、その格好は……」

青年「色々あってな。すぐに体を洗って、また出かける」

奴隷娘「お風呂ですね!」

青年「いや、軽く洗い流すだけだ」

奴隷娘「なら、お着替え用意しますね!」

奴隷娘はパタパタと走っていった。
俺の着替えがわかるのか……とか言うのも無粋だろう。
俺はすぐに浴室に向かい、体を洗い流した。

奴隷娘「ご主人様ぁ、お背中流しましょうか~?」

青年「いや、いい。入ってくるなよ?」

奴隷娘「はぁい」

青年(もういいか。早めに着替えよう)

青年「……よし。髪がまだ濡れているが、乾くだろう」

奴隷娘「ご主人様~」

青年「何だ?」

奴隷娘「浴後のお飲み物です~」

青年「あ、ありがとう」

奴隷娘「……」ニコニコ

青年「では行ってくる」

奴隷娘「ご主人様、今度はお気を付け下さいね~。いくら暖かい時期でも、濡れてたら風邪引いちゃいますから~」

青年「あ、あぁ。夕方には帰る」

奴隷娘「では行ってらっしゃい~」ニコニコ

青年「……あぁ」

俺の姿を見送る奴隷娘は、まるで使用人のようだが悪い気はしない。
それに――

青年(……いつ振りだ、あんな風な笑顔を向けられたのは)





青年「ふぅ……」

仕事が終わるとホッとする。
今日も散々仕事相手に怒鳴られたり、ネチネチ言われたり、面と向かって貶されたりしたが、朝のように危害を加えられることはなかった。

青年(今日は、いつもツバをかけてくる奴が無害だった。だから良かった)

なんて、我ながら麻痺したことを考える。

奴隷娘「お帰りなさい、ご主人様ぁ」

青年「ただいま」

奴隷娘「今、お食事できたところです~」

青年「何。……お前が作ってくれたのか?」

奴隷娘「はい~。私のお仕事ですから」

青年「……おぉ」

食卓に並んでいたのは、焼きたてのパン、温かいスープ、彩のいいサラダ。
俺も一人暮らしだから自分の飯は自分で用意していたが、ちゃんとした『料理』を食卓に並べたことはない。

奴隷娘「どうぞ召し上がって下さい~」ニコニコ

青年「……」モグ

奴隷娘「……」ニコニコ

青年「美味いな。……久々に、飯を美味いと思った」

青年(あ。しまった)

気が抜けてつい言ってしまったが、奴隷娘の『ご主人様』は、いつも彼女の飯を食べていたはずだ。
この言い方では、いつもは美味しくないか、もしくは久々に彼女の飯を食べたかのようだ。

奴隷娘「良かったです~」ニコニコ

青年「……」

だが意外なことに、奴隷娘はこれといった反応を示さなかった。

青年(……色々と都合良く解釈してくれているのか?)

思えば奴隷娘と『ご主人様』は行商をしているはずなのに、俺の家にいることに対して、彼女は何の疑問も口にしない。
気が触れているせいなのか知らないが、恐らく彼女の中で整合性が取れているのだろう。……きっとそれが、彼女の心を守る手段なのだから。

青年「お前は食べないのか?」

奴隷娘「食べます! 一緒に食べましょう!」

青年「ん。なら早く席につけ、飯が冷めるぞ」

奴隷娘「はぁい」

青年「……」

奴隷娘「うーん、今日のは上手くできた」ニコニコ

青年「……なぁ」

奴隷娘「はい!」

青年「いいな、こういうの。ホッとする」

奴隷娘「ホッとしましたか~。いつもお疲れ様です!」

青年「……あぁ」

彼女の言葉は俺でなく、『ご主人様』に向けられたものだ。
それでも、久々に触れる思いやりは、気持ちがいいものだ。

青年(……明日の食卓も、こうだといいな)





ギルド担当員「……ああぁあ! もう何十回申請書類書き直したと思うんだよ!! いい加減にしろよ!」

青年「まだ4回だ。それに、毎回説明しているように」

ギルド担当員「不備があるったってしょーがねぇだろがあぁ! 前に辞めた奴が不備残して辞めやがったからよォ!!」

青年「それはそちらの都合であり」

ギルド担当員「大体、こんな監査ごときで何がわかるってんだよ! 俺らはちゃんと仕事して税金収めてんだぞ!!」

青年(あぁーうるせ)



青年「三男。今日の報告書類ができた」

三男「はい、お疲れ様です。そこ置いておいて下さい」

領主補佐「領主様。最近街の周りに増えた魔物の件についてですが……」

三男「あぁ、早急に手を打つつもりだ。四男の領地に既に連絡は……」

三男と補佐で話が始まったので、俺は小さく挨拶して部屋を出た。
俺の書類も三男ではない誰かが、手が空いた時にでも目を通すのだろう。
厄介な人間を相手にしてるというのは周知の事実である為、失敗しても特に咎められないが、重要性の低い仕事である為、上手くいったところで達成感もない。

青年(……やり甲斐ねーな)


1度、父に家を出ると言ったことがある。だが、全力で止められた。
確か言われた言葉はこうだ。

父『お前がどこに行っても、我が一族出身であることは人に知られることになるだろう』

父『お前1人の力で生きていける程、外の世界は甘くない』

――つまり、『よそに行って恥を晒すな。一族の中で誰にも迷惑かけずに大人しくしてろ』ということだ。
名主である父が言うなら間違いない。俺に、自分の力で生きていく力なんてないのだ。

青年(現状を脱却したければ、無能を脱却しろ……)

……今まで何度試みたことか。あぁ、どうせ努力不足なのだろうけど。


青年「ただいま」

奴隷娘「お帰りなさーい」

家に戻って彼女の顔を見るとホッとする。
明日は休日だ。1日中外に出ず、ゆっくり過ごすのが良いだろう。

奴隷娘「ねぇご主人様ぁ」

青年「ん、何だ?」

奴隷娘「2階のお部屋を掃除しようと思ったんですが、作業部屋みたいのがあって……触っちゃ駄目かと思って、何もしませんでした」

青年「あぁ。そう言えば、作業を途中で投げ出して散らかしっぱなしだった。あそこは放っておいていい」

奴隷娘「作業ですかぁ?」

青年「あぁ。人形を作っていた」

奴隷娘「人形!」

奴隷娘はぱっと顔を明るくした。
人形作りは俺の趣味だが、ここ最近気が滅入って作っていなかった。

奴隷娘「どんなお人形を作っているんですか?」

青年「人間でも、動物でも、色々だ。ほら、そこに置いてる小人も俺が作った」

奴隷娘「あら可愛い」

青年「いや……」

小人は手足の長さがチグハグで、立たせることができないので座らせている。
目の肥えてない人間には良く出来ているように見えるかもしれないが、粗はかなりある。
唯一の趣味も、俺の腕前だとこんなものだ。

奴隷娘「でも、どうして人形作りを?」

青年「……暇つぶしだ」

まだ母のもとにいた頃、遊ぶ玩具がなくて、ゴミ処理場で拾った人形で遊んでいた。
その人形は父に引き取られる際に処分させられたが、その頃の名残で人形が好きだったりする。
だが男が人形を所持するのは少し抵抗がある為、だったら物造りの趣味として……というのが、人形作りを始めた理由だ。

青年「まぁ人形はいい。それより飯を」

奴隷娘「はぁ~い」

飯を食いながら、俺は思い出に浸っていた。
幼かった俺は、あの人形に大層執着していた。少し癖のかかった金色の髪、どこか虚ろだがぱっちりした目玉……。

青年(……そう言えば、似てる気がするな)

奴隷娘「もぐもぐ」

青年(……やめよう)

この歳になって考えるようなことじゃない。
生身の人間と人形を同一視するなんて……頭がおかしいじゃないか。





>翌日


青年「ふあぁ」

今日は休日だ。ゆっくり体を休め……

ドンドォン

奴隷娘「お客さんですかねぇ。かなり激しいですねぇ」

青年「……奥の部屋にいろ。絶対、出てくるなよ」

俺は奴隷娘に強めに言って、玄関のドアを開けた。
すると……

ギルド担当員「おいコラァ! この書類も通らないって、どういうことだあぁ!!」

青年「俺は今日は休みだ。明日になったら聞く」

ギルド担当員「知るか、そんなこと!! こっちは切羽詰まってるんだよ!!」

青年(だったら、こちらの話をきちんと聞け……)

せっかくの休日なのに、何たる災難。
ギルド担当員はぐいぐいと書類を押し付けてくる。全く、何て勝手な。

青年「……ん? 明らかに枚数が足りないが」

ギルド担当員「……あぁ、忘れてきちまった」

青年(……抜けてるのは、書類の中身だけでないようだ)

ギルド担当員「何だ、その目は!! 持ってくりゃいいんだろ!!」

青年「今日は休みだから、明日赴く……」

ギルド「待ってろよ、この野郎!!」

青年(聞いちゃいねぇ)

参った。
休日が潰れるのは勿論困るし、相手すれば『こいつ相手なら無理が通る』と思われて、他にも色んな奴が押し寄せてくるようになる。

……逃げるか。

青年「奴隷娘」

奴隷娘「はぁい」

青年「出かけるぞ。格好はそのままでいい」

奴隷娘「わかりました~」

目的地は1番近くの街……四男の治める街だ。





>四男の街


青年(ここまで来れば流石に大丈夫だな)

奴隷娘「色んなお店がありますね~」

青年(わざわざ四男に会いに行くこともないし、どこか適当な店で……)

奴隷娘「……」ジー

青年「どうした。……んっ」

奴隷娘の視線の先……そこは服屋で、ショーウィンドウに洒落た服が飾られていた。

青年(……そう言えば、こいつ他に服を持っていなかったな)

施設選びが難航している今、いつまで彼女がうちにいるかわからない。
……金は使い道がない。

青年「入るか?」

奴隷娘「えっ……そ、そんな、悪いです!」ブンブン

青年「悪くない。入るぞ」

奴隷娘「あっ、はい」

奴隷娘は遠慮しつつも、俺が手を引くと素直についてきた。
幸い、この街の人間に俺の顔は知られていない。だから堂々と2人で一緒にいられる。

奴隷娘「おおぉー」キョロキョロ

青年「欲しいものがあれば言え」

奴隷娘「うぅーん」

奴隷娘は目を輝かせながら、店内の商品を色々見ていた。
俺は別に見るものがないので、店の隅で奴隷娘の様子を見ていた。

そして30分経過。

青年(女の服選びは時間がかかるものだな)

奴隷娘「あー、うー」

青年「……どうした、決まらないのか」

奴隷娘「わかんないんですー」

青年「わからない? 好きなのを選べばいいだろう」

奴隷娘「よくわかんないんですよぉー。どれも可愛いけど、私はどれを着ればいいのか……」

青年「……うーん」

奴隷の立場にいたから、自分で服を選ぶことができないのか?
まぁ、気持ちはわかる。俺も自分の好みで服を選んだことはないので、好きなのと言われてもなかなか選べないだろう。

奴隷娘「ご主人様が選んで下さい~」

青年「俺が? 女の服はわからんぞ」

奴隷娘「ご主人様から見て、私に似合いそうなものでいいんです~」

青年「……そ、そう言うなら」

とは言って商品を見たものの、やっぱりよくわからない。
店員に聞くのが1番良いか……。

青年「……ん」

と、その時、1着のワンピースが目に入った。

青年(あれは……)

似ている。俺が昔大事にしていた人形が着ていた服にそっくりだ。
シックで控えめな茶色が、人形の金髪を輝かせて……――

青年「……あれにしよう」

気付けば、俺の口からそんな言葉が出ていた。

奴隷娘「可愛いですねぇ。お人形さんの服みたい」

青年「良かったら……着ていくか?」

奴隷娘「いいんですかぁ?」

青年「あぁ。試着室を借りて、そのまま会計しよう」

奴隷娘「わかりました~」

奴隷娘は言われた通り、ワンピースを持って試着室に入っていった。

青年(あいつが着たら……どんな風になるのか)

妙に気分が高揚していた。
女慣れしていないと、こういうものなのか。

奴隷娘「着替えました~」

青年「……――っ!!」

そしてその姿を見て、俺は絶句した。

青年(似てる……あの人形に、そっくりだ!!)

それまで記憶の中で朧げだった人形の姿が、一気に頭の中に蘇った。
それと同時、妙な興奮が俺の中に芽生えた。どうしてこんなに心が躍るのだろう。俺は今、非常に喜びを覚えている。

青年「他に、あれも買うぞ!」

あの人形は、髪をリボンでまとめていた。
控えめなネックレスを首から下げていて、あとは――

奴隷娘「このリボンとネックレスも……ですか?」

青年「あぁ。是非、身につけてくれ」

奴隷娘「あ、はい」

イメージはこれがピッタリだが、他にも替えがあれば……

店員「全てお買い上げですか?」

青年「あぁ!」

店員「ふふ。彼女さんを大事にされているんですねぇ。お客さん、とても嬉しそう」

青年「……っ!」

青年(俺は……何を)

ようやく、我を忘れていたことに気付く。

青年(……疲れているんだな。最近、ストレスフルだったから)

会計を済ませ、俺は早足で店を出た。





>夜


青年(あーあ)

家に戻ると玄関ドアが歪んでいた。あのギルド担当員の仕業だろうか。
他にこれといった被害はない。俺がいないとわかって、諦めて帰ったのか。

三男『では、帰り道もお気を付けて。底辺の人間は何をしでかすかわかりませんからね』


三男の言葉を思い出す。本当に、この手の連中は何をしでかすかわからないから、『正しい対処法』がない。
だから出来るだけ関わらないように生きていくしかないのだが……仕事相手だけに、そうはいかない。

青年(……ドア、修理しないと隙間風が入るな。今はいいが、これから寒くなるからな)

また余計な仕事が増えた。
こんなことになるなら出かけなければ良かったか……。だが、相手したらその方が疲れただろうし……。
というか明日ギルドに赴けば、担当員は確実にブチギレてるな。

青年(あー……どっと疲れた)

ブチギレて血管切れて死んでくれないか。そう願ってしまう程に憂鬱だ。

奴隷娘「ご主人様に買って頂いたお洋服とアクセサリー、可愛いです♪」

呑気な奴隷娘は、新しい服を着て鏡を見ながらぴょんぴょんしている。

奴隷娘「~♪」

青年(人形……)

疲れているのか、奴隷娘が人形に見えてきた。

青年(う……)クラッ

奴隷娘「お疲れですかぁ、ご主人様。今日はもうお休みになられます?」

青年「あ、あぁ」

ベッドに横になると、奴隷娘も入ってくる。彼女が初めて来た日から恒例だ。

奴隷娘「すやーすやー」

奴隷娘の寝つきはいい。いつも、ベッドに入ってすぐに寝る。
俺はというと……

青年(休日が終わる……)

休日の終わりは特に寝つきが悪い。
憂鬱な明日が訪れる不安感で、心臓が潰れそうになる。

青年「はぁ……」

奴隷娘「すやすや」

青年「……」

穏やかに眠る奴隷娘の髪をそっと撫でる。
少しウェーブのかかった髪は、細く柔らかい。

青年(お前だけだ……俺の癒やしは)

例え明日が憂鬱でも、奴隷娘は俺の元にいる。
そう思うだけで、気持ちは大分安らかになった。

明日もまた生きよう。
そうやって生きていれば、いつか終わることができるんだから――





ギルド担当員「馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!!」

憂鬱な予感は的中し、俺は朝一番で担当員の怒声を浴びていた。

ギルド担当員「あぁしても駄目、こうしても駄目、結局上の人間は粗探ししてぇだけなんだよ!!」

青年「……何度も言っているように、指示した通りにやれと」

ギルド担当員「そっちの指示がわかりにくいんだよ!」

青年(だったら、その時点で質問しろ……)

ストレスをぶつけたいだけなのかもしれないが、仕事なので邪険にもできないのが苛立たしい。

青年「わかりやすいように指示書を作ってきてやった。この通りにやれ」

ギルド担当員「馬鹿にしてんのか!」

青年「明日また来る」

これ以上ストレスが溜まる前に、出ていこうとしたが……。

ドゴッ

青年「!!?」

背中に痛みを感じ、俺はよろめいた。

酔っ払い「この野郎は本当、ムカつく奴だな! ヒハハ、俺が代わりにやってやるよォ!」

青年「お前……っ!」

この間、泥水をかけてきた酔っ払いだった。
酔っ払いはこのギルドの利用者らしく、その腕で俺に掴みかかってきた。

酔っ払い「この野郎、この野郎ォ!!」

青年「ぐは……っ!」

床に倒され、殴られる。
顔面、胸、腹、腕――酔っ払っている相手は、手加減する気配がない。

青年「ぐっ、うぅ……っ」

攻撃に耐えるので精一杯だったが、ギルドの人間たちが大騒ぎしているのは聞こえた。
実際殴られている時間は、体感より遥かに短かったのだろう。酔っ払いはギルドにいた人間たちによって引き剥がされ、やがて憲兵にしょっぴかれていった。



三男「災難でしたね兄上」

青年「……あぁ」

怪我を治療した後、三男に呼び出されて屋敷に趣いた。
三男は、さも憐れむような目で俺を見ている。

三男「しかし兄上、殴られている間まるで抵抗しなかったとか。正当防衛として抵抗は認められるのですよ」

青年「……」

三男「まぁ良いです。その怪我で仕事を続けるのは酷でしょう。しばらくの間、休んで下さい」

青年「……すまない」

屋敷を出た後、俺は舌打ちした。

青年(白々しい……抵抗『できなかった』んだよ!!)

ギルド利用者は戦闘に心得がある者が多く、あの酔っ払いも俺より体格が良く、力もあった。
そんな奴が酔っ払ってリミッターを外して襲いかかってきたら、ろくに抵抗できるわけがなかった。

青年(く……)

護身術なら習った。基礎体力も鍛えられた。それなのにこのザマだ。

青年(くそっ!)

イライラする。
無能なのは覆せない。だから俺の一生は、こんなもんだ。

青年(なんで、なんでこんな目に……ッ!!)

なのに俺は、それを受け入れられずにいた。



青年「ただいま」

奴隷娘「お帰りなさ……」

奴隷娘は俺を出迎えるなり、ギョッとしていた。

奴隷娘「ご、ご主人様!? そのお怪我は!?」

青年「まぁ……ちょっとな。怪我が治るまで、休むことになった」

ぞんざいに言うと、俺は部屋へ戻ろうとした。

奴隷娘「あのっ、ご主人様……!

事情を聞こうとでも言うのか。
当然の疑問かもしれないが、今はそれも煩わしい。

青年「悪いが1人にしてくれ! 今は人と話す気分じゃ……」

奴隷娘「……っう」

青年「!?」

泣いてる? ……泣かせた? 俺が?
女を泣かせるのは、流石に気まずい。

青年「……すまない、気が立っていた」

奴隷娘「ぐすっ、うえぇん」

青年「そ、そんなに泣くな! 悪かったから!」

奴隷娘「うえっ、だってぇ……ご主人様、可哀想で……」

青年「……可哀想?」

奴隷娘「すっごく痛そうなんだもん……グスッ」

青年「痛いは痛いが、そこまででもない……。そこまで気の毒がらなくていい」

奴隷娘「ご主人様ぁ……どうして、そこまでして行っちゃうんですかぁ?」

青年「……ん? どういうことだ?」

奴隷娘「だってご主人様、いっつも、暗い顔して出て行くんだもん……。ご主人様、外でひどいことされてるんですよね?」

青年「……っ!!」

頭の足りない娘かと思っていたが、そこまで気付いていただと……?

青年「……そんなことはない」

ひどいことをされることなんて滅多にない。
俺の無能さが招いた日常なのだから、辛くても、耐えなければいけない。

奴隷娘「ご主人様ぁ……ご自分を大事にして下さいよぉ」

青年「その辺は上手く休息を取っている。大丈夫だ」

本当は、ギリギリだけど。

奴隷娘「ご主人様が潰れてしまったら、私、私……」

青年「……つらい、か?」

奴隷娘「つらいだけじゃ、済まないです……」

奴隷娘は鼻をすすりながら、言葉を続けた。

奴隷娘「だって……生きていけないもん。ご主人様なしじゃ、どうしていけばいいかわからないもん……!」

青年「――っ」

ぞわっ――全身にゾクゾクとした何かが走る。
そうだ。こいつは奴隷。主人への隷属と、主人からの庇護で人生を決められてきた存在。
だから主人を失ってもなお、主人を求め、彷徨っていた。

そして今、こいつの「ご主人様」をしているのは俺であり――

青年(こいつは――世界で1番、俺を必要としてくれている)

誰にも認められたことのない、この俺を。

青年「奴隷娘……」

奴隷娘「何でしょうか?」

俺は、自分が愛される存在だと思っていない。だから、誰からの好意も信じられない。
だけど――

青年「ずっと……俺の側にいてくれるか?」

彼女だけは信じられる。
彼女は俺を見ていないから。世界が狂っているから。

奴隷娘「勿論ですよ、ご主人様」

青年「……っ」

願わくば、彼女は永遠に狂ったままでいて――

青年「俺も――お前の側にいる」

狂った世界で、俺によって救われますように。





それから数日は穏やかに過ごした。
怪我は数日で治り、俺は仕事に復帰した。

だが、前のような憂鬱さはない。

青年「会計頼む」

店員「は、はい」

怒鳴られても罵られても、たまに危害を加えられても、今の俺には心の支えがある。

「代行様、また女性ものの衣装を買っていかれたな……」
「恋人でもできたのかねぇ」
「でも、そんな様子ないよなぁ。相変わらず家からあまり出ないみたいだし」
「まさか女装癖でもあるんじゃ」
「っていうか最近、目つきがおかしいよね。もしかして、気が触れたんじゃ……」

耳に入る雑音も心には届かない。
好きなように言えばいい。俺の世界は、俺と彼女だけが理解できればそれでいい。



青年「買ってきたぞ。お前に似合うと思って」

奴隷娘「ありがとうございます、ご主人様♪ 可愛いですね~」

青年「……この服には、この間買ってきた髪飾りが似合うんじゃないか」

奴隷娘「ご主人様がおっしゃるなら!」

彼女は従順だ。
俺の言うことを聞いてくれるし、見た目も俺好みに飾ってくれる。
まるで人形のような女。そんな彼女との戯れは人形遊び。

青年「奴隷娘……お前は本当に愛らしいな……」

奴隷娘「ご主人様が、そうして下さったのですよ」

俺がいなければ生きていけない。
思考を俺に委ねて、手のひらで転がされて――それで安心していられる、可愛い女。



青年「報告書ができた」

三男「お疲れ様です。……それよりも兄上、どうしたのです? 服が汚れていますが」

青年「仕事相手にやられただけだ」

三男「そう、ですか……」

青年「では失礼する」

三男「はい」

パタン

領主補佐「代行殿はメンタルが強くなられたのでしょうかね……。まるで動じていない」

三男「麻痺してきたのだろう。まぁ最初の頃の陰気さがなくなってきたのは良いことだ」

領主補佐「……これが、先代様の狙いでしょうかね」

三男「さぁな。……どうなろうと、我々に影響はさほどない」





奴隷娘が来てから1ヶ月。
毎日飯が美味い。2人並んで取る睡眠は至福。趣味は必要なくなった。

奴隷娘「行ってらっしゃいませ、ご主人様ぁ」

青年「今日も早めに帰る」

朝の空気が気持ちいい。
今日もどうでもいい仕事が適度にある。適度に片付けて、早く帰るとしよう。
すれ違う街の人間とは挨拶だけ交わし、仕事先に向かう。

青年(……ん?)

ふと街の外から妙な気配を感じた。
他の人間たちも気付いているようで、その場がざわつきだす。
若い男達のグループが、誰かに頼まれるでもなく様子を見に行った。

青年(何だというんだ?)

それから少しして、男たちは血相を変えて戻ってきた。

「クマが! クマの魔物が!」

青年「!」

この辺に生息するクマといえば獰猛なことで有名で、戦闘を避けるよう徹底的に言われている。
しかし基本的に山に生息する生き物なので、街に来ることなど今までなかったはずだが……。

青年(餌を求めて下りてきたのか!?)

「俺、衛兵に知らせてくる! お前はギルドに救援要請を!」
「早く、建物の中に逃げろ!」

人々がまばらに避難活動を始めたが――

「きゃあぁ――ッ!!」

青年「!!」

クマ「グルル……」

巨大なクマが姿を現した。
相当腹をすかせているのか、目に殺気がこもっている。

「うわああぁ――ッ!!」
「逃げろぉーっ!!」

クマ「グルアアアァァアアァァ――ッ!!」

人々の喧騒で興奮したのか、クマは雄叫びをあげて走り出した。
まずい――!!

青年「……くそっ!!」

俺は腰の剣を抜いてクマに向かっていった。
今、この場で武器を所持しているのは俺のみ。これでも実家にいた頃は、鍛えていたのだが――

クマ「ガァッ!!」

青年「ぐおっ!」

突進を喰らい、俺は地面に倒れる。
やはり、相手が悪すぎる。

「代行様!」

だが――

青年「俺が引きつけておくから、早く助けを呼べ……!!」

退くわけにはいかない。街の秩序を守るのも、(一応)俺の仕事なのだ。

クマ「ガアァァッ!!」

青年「ぐ、ぎぎ……っ!!」

爪での一擊一擊が肉を大きく抉ってくる。
戦局は防戦一方ながら、急所をやられることだけはギリギリ回避する。

青年(痛ぇ……)

気が遠くなりそうな程痛いし、というか出血で本当に気が遠くなってきた。
今まで見てきた物語の主人公たちは、よくこんなの耐えられたものだ……!!

そして、当然もたなかった。

クマ「ガフッ!!」

青年「――……ッ!!」

クマは、俺の脚に噛み付いてきた。
俺は膝を崩し、そこに倒れる。息を荒くしたクマの顔が、すぐそこにあった。

クマ「グルッ、ビチャッ」

青年(こいつ……俺の肉を食ってやがる……!!)

俺は今、生きながら食われている。
恐怖、戦慄、嫌悪――色んな感情に頭を殴られて、俺はもう正気を保てなかった。

青年(あ、ああぁ、あぁあぁ……)

静かな発狂は俺の意識を朧げにする。
それでいい。こんな恐怖心を味わい続けるなら、気を失って殺される方がマシだ。

青年「――っ」

視界が真っ暗になって、気を失う――その寸前だった。

クマ「ガアァアアァァ――ッ!!」

青年(……?)

クマの声色が苦痛に変わった気がした。
どうした……? そう言えば、クマが俺から離れたような……脚の感覚がほぼなくなっていて、はっきりしないけど。
そう言えば周囲の空気感も何か違う。さっきまでの不安だったり恐怖だったりが、一気に消し飛んだような……。

三男「ふん……僕の街に入って来た報いですよ」

青年「……っ」

うっすら目を開けると、三男の姿が見えた。
三男はいつも通りの、綺麗な笑みを浮かべていた――真っ赤に染まった剣を構えて。

クマ「グ、ガ……」

三男「いやにしぶといですね。まぁいいでしょう、どうせ仕留めるんですから」

そう言うと三男は迷いなく、クマに突っ込んでいき……――

クマ「グアアアァアァァッ!!」

三男「……ふっ」

一閃。クマの喉元を切り裂いた。

「流石、領主様! やはりあの方は天才だ!」
「素敵ぃっ!」

三男の活躍に人々は歓喜の声をあげる。
それでも三男はあくまで冷静に、人々に言った。

三男「本来、ここに来ないはずのクマが来た……ということは、何か原因があるはずです。その原因を調査するので、皆さんは念のため、あまり出歩かないようお願いします」

三男の部下達がぞろぞろやってきて、人々を避難させたり、クマの死体を処理させていた。

青年(終わったか……)

起き上がれないながらも、俺はホッとしていた。

領主代行「今、医者がこちらに向かっているはずです」

三男「そうですか。……酷い怪我だ、兄上」

三男が近づいてきた。
俺は大丈夫だ……そう言おうとしたが、声も出なかった。

三男「しかし、命はあるようですね」

三男は俺の脈を確かめると、はぁとため息をつき――

三男「……死んでくれたら良かったのに」

青年「――」

周囲の誰にも聞こえないような、小さな声で言った。

三男「人々を守って命を落とした領主代行……そんな名誉ある称号、これからの人生で貴方が得られますか?」

……得られるわけがない。
俺は人に称えられるどころか、認められるような人間でもない。

三男「……まぁ、命拾いしてしまったものは仕方ありませんね。ですが……これ以上、一族の面を汚すのは、勘弁して下さいよ?」

青年「――っ」

頭が働かない。抉られて痛んだのは、肉か心か――
答えを出す間もなく、俺の視界は暗転した……。





医者「……脚の神経が損傷している。もう、以前のように動かすことはできないでしょうね」

青年「……」

目を覚ました時に告げられた言葉に、不思議とショックを受けなかった。
脚が不自由になる。ハンデを背負える。だから劣っていても許される――そんな風に考えてしまうのは、本心か、心を守る為の嘘なのか。

三男『……死んでくれたら良かったのに』

もし、俺が襲われたのが人目のない場所だったりしたら、三男は助けを遅らせて俺を死なせていたかもしれない。
だが三男は『命拾いしてしまったものは仕方ない』とも言った。
死んではほしいが、殺意を抱く程ではない。俺はあくまで無能なだけで、無害な存在だから。

青年(……命拾いしたなら仕方ない)

俺も別に、生きても死んでもどちらでも良かった。
死なないから生きる。ただ、それだけだから。

青年(奴隷娘は、家で待っていてくれているだろうか……)

食料は家に十分あるから死にはしないだろう。だが知らせもなく帰らなかったら不安になるだろう。
会いたい。彼女の心の不安を慰めて、自分の心の隙間を埋めてほしい――心は彼女のことで一杯だった。





入院して3日経った。
傷は完治していないが、俺は自宅での治療を希望し、退院することになった。
しばらく車椅子での生活になるが、自宅の段差が少ないので大丈夫だろう。

医者「本当に1人で帰るんですか」

青年「あぁ、世話になった」

三男から部下を送迎によこすかの打診があったが、断った。
俺なんかの為に人の手を煩わせることなどない。

「代行様、ご無事で良かった」
「無事、退院されたのですね」

街人達の白々しい挨拶に適当に対応し、帰り道を急ぐ。

青年(奴隷娘……)

外に出るなとは言ってあるが、言いつけを守っているだろうか。

青年(見えた)

家が見えてきた。車椅子では若干不自由な道を、精一杯腕の力を使い進んでいく。
もう少し、もう少しで彼女に――

三男「兄上」

物陰から三男が現れた。

青年「!!」

三男「失礼。送迎はいらないとのことでしたが、用があるのでこちらで待たせて頂きました」

青年「用だと……?」

三男「大した要件ではありませんよ。しばらく兄上の仕事を他の者に任せるので、資料が必要でしてね」

俺の仕事の引き継ぎが、大した要件ではない……か。まぁいい。

青年「資料なら家にある、取って来る」

三男「いえいえ、兄上の脚はまだその状態ですから。家に入れて頂ければ、僕が取ってきますよ」

青年「人を家に入れたくない。余計な気遣いはよせ」

三男「見られたくないものでも、おありですか?」

青年「……!」

三男「……まぁ、いいでしょう。誰しも隠したいものはあります。ですが兄上、妙な噂をたてられるようなことは……」

青年「……迂闊だったと認める。今後は気をつける」

女物の衣装を買っていたことに対して、妙な噂がたっているのは知っているが、大したことでもない。何もしなければ勝手に風化していくだろう。
どうせ、奴隷娘も外に出ないだろうし――

「……ご主人様?」

青年「――っ!!」

出ないだろう、と思っていたが――

奴隷娘「ご主人様」

青年「!!!!」

どうして――

三男「……? 兄上、使用人でも雇っていらっしゃったのですか?」

俺の家から出てきた奴隷娘を見て、三男が首を傾げる。
まずい。きっと奴隷娘は、人の声が聞こえたので出てきてしまったのだろう。

奴隷娘「ご主人様、やっと帰ってきてくれた……」

青年「う、あ……」

言い訳のしようがない。
彼女の存在が、やましいことの全て。誰にも――いや、彼女自身も、俺の所業は知られてはいけない。

青年「家に戻――」

そう、言いかけた時だった。

奴隷娘「ご主人様ぁ」

三男「?」

青年「――っ」

信じられない光景だった。
奴隷娘が、三男に向かって『ご主人様』と呼んだのだ。

青年(あ……)

思い出した。彼女をずっと外に出さず、1度外出した時も俺がずっと側にいたせいで、そうならなかったが――彼女は目に映る男が全て、『ご主人様』に見えるのだ。

三男「はて? 失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」

三男は首を傾げ、状況が掴めていない。
そんな三男に、奴隷娘は無邪気に甘えたような仕草をする。

奴隷娘「あ。今日は髪をちゃんと整えてなかったから、わかりませんでした? 私ですよ、ご主人様」

三男「ご主人様……? 僕ではなく、彼ではないですかね」

奴隷娘「え?」

奴隷娘は俺の方を見て、目をパチパチさせた。

奴隷娘「……ご主人様なんですかぁ?」

青年「……っ!!」

三男「ふむ……」

そんな俺達の様子を見て、三男は何か察したのかどうなのか知らないが……。

三男「まぁ良いでしょう。僕はここで待っているので、資料を」

特に何も追及してこず、興味なさげに言った。

青年「……」





三男は資料を受け取ると、そのまま帰っていった。
奴隷娘のことを誰かに話すかもしれない。
だが、俺にとってはどうでも良かった。

奴隷娘「お帰りをずっと待ってましたよ、ご主人様ぁ」

横で無邪気に話してくる奴隷娘が、

奴隷娘「脚、どうされたんですか……? また何か、ひどいことされたんですか……?」

俺の唯一の癒やしだったはずの彼女が――今はとんでもなく、憎らしく思えた。

青年「……」

奴隷娘「ご主人様?」

彼女は『俺』を見ていない。だから閉じ込めて、俺だけのものにしていた。
そんなのはわかっていた。わかっていたのに、実際にあんな姿を見てしまうと――

奴隷娘「ご主人様、どう……――」

青年「……じゃない」

奴隷娘「え?」

間違っているのは俺だ。そんなこともわかっている。
それでも感情が胸の中で暴れて、正論なんて聞かなくなっていて、どうしようもなくて。

青年「俺は……ご主人様じゃない!!」

奴隷娘「……え?」

その言葉が全てを終わらせると知っていたのに、止めることができなかった。

奴隷娘「ご主人様じゃ、ない……?」

青年「……思い出せ。お前の主人は、死んだ」

奴隷娘「え……あ、あれ……?」

奴隷娘の目がぐるぐる回る。
そして彼女は、その場に膝をついた。

奴隷娘「う、うぅ……っ!?」

彼女が構築していた世界が壊れていく。
その構築の手助けをしたのは俺。その俺が、あっさりと彼女を裏切った。

青年「……」

こんな俺だから、誰にも愛されない。

奴隷娘「う、ぅ……だ、だれ……?」

彼女の世界が正しい姿を映し出したのか、俺はもう『ご主人様』ではなくなっていた。

青年「……誰でもない。俺とお前は、何の関係もない」

奴隷娘「だけど……この数日、私は貴方と……」

青年「それは覚えてるのか。……俺はお前の妄想を利用していた。それだけだ」

奴隷娘「……!」

罵倒されるか、それとも泣き出すか。そのどちらかと思ったが、どちらでもない。
奴隷娘はただ、不思議そうな顔で俺を見ている。

青年「……何だ。何が言いたい」

奇っ怪なものとして見られているようで、どうにも居心地が悪い。
耐え切れず、俺は言葉を求めた。

奴隷娘「あの……貴方は私に付き合って下さっていたんですか?」

どういうことだ、それは。

奴隷娘「ご主人様を失ったことを、私が受け入れられずにいたから……それで、貴方は……」

青年「違う」

奴隷娘「違う?」

青年「俺は……俺を否定しない人形が欲しかっただけだ」

奴隷娘「人形……私が?」

青年「あぁ。そうだ」

彼女は人形だった。
自分の意思で何かを決めることなく、俺の言うことを、ただ忠実に守る人形。

青年(あぁ……)

ようやく正気に戻ったような気になったと同時、自分に反吐が出た。
俺はマトモに人間との関係を築けない。今までも、きっとこれからも。
こんなのが自分だなんて、思いたくない……!

青年「……っ」

奴隷娘「あ、あの……?」

青年「……今まで悪かった。もう、自由にしていい」

奴隷娘「自由……?」

青年「俺の側にいなくてもいい。……俺を訴えたければ、そうすればいい」

奴隷娘「訴える……」

奴隷娘はピンときていないようだ。
それとも正気に戻ってもまだ、自分の頭で考えられないのか。

青年「お前は俺が、憎くないのか!」

奴隷娘「え?」

青年「お前を騙して、お前を人形のように扱った俺が、憎くないのかと聞いてるんだ!」

許されたくない。こんな人間が許されていいわけがない。
こんなの、俺が軽蔑していた底辺の奴らより、遥かに卑しいじゃないか。
だけど奴隷娘は、首を横に振った。

奴隷娘「憎く……ないです」

青年「何故だ……」

奴隷娘「だって貴方は、私にひどいことをしませんでした。それに……」

そして彼女は、俺が思っていた以上に残酷だった。

奴隷娘「可哀想だから」

青年「――っ」

可哀想? 俺が?
はっきりと突きつけられた残酷な事実が、俺の頭を狂わせる。

奴隷娘「貴方はいつも、暗い顔をしていた。貴方の毎日は過酷だったんですよね?」

青年「う、ぅ……」

奴隷娘「そんな人を憎むことなんて、できません。憎んでしまったら、もっと可哀想なことになるから……」

青年「憐れむな!!」

奴隷娘「?」

憎むにも値しないほど惨めな人間――そう評されたことが悔しくて、わずかなプライドが打ち砕かれた。

青年「過酷なのは俺が悪いんだよ……! 全部、自業自得なのだから!」

何をやっても駄目で、見た目も悪い。
得意なことも、人に好かれる魅力も何もない。
なのに1人で、自分の力で生きていく力もない。

青年「これ以上、もう嫌なんだよ! 俺は、俺を終わらせたいんだよ……っ!!」

――自分で自分を殺す度胸も、ないくせに。

青年「……っ、うぅ……」

惨めさから涙が出てきた。自業自得なのに、女々しい。

奴隷娘「あ、あのぅ……」

奴隷娘は戸惑いながら声をかけてくる。
哀れみのつもりなのか、声は弱々しい。

青年「何なんだ……!」

許されている立場で俺は逆上する。
それでも彼女は、表情を変えることなく、疑問符を浮かべた顔で――

奴隷娘「あの……それって、貴方を苦しめていい理由になるんですか?」

青年「――っ」

今度は、俺の欲していた言葉をくれた。

奴隷娘「人に好かれたいけど、その方法がわからないのって……普通のことだと思うんです。でも、そういう人だって……幸せになっても、いいと思うんです」

青年「……っ」

どうせ好かれないからと諦めていた。
だけど本当は――

奴隷娘「大丈夫ですよ」

青年「……!」

彼女の抱擁は優しくて。

奴隷娘「私、貴方の側にいますから。貴方のこと、支えますから」

青年「……っ、うっ、うぅ……っ」

例えそれが同情からくる優しさだとしても、その言葉に救われてみたくて。

青年「うっ、あっ……ああぁあぁぁ――っ!!」

奴隷娘「よしよし……」

俺はしばらく、彼女の腕の中で泣き続けていた。





長年の悩みが吐き出されてからは、スッキリした気分だった。

奴隷娘「いい天気ですねぇ~」

青年「あぁ、そうだな」

奴隷娘に車椅子を押してもらい、街を散策する。
街人には彼女はヘルパーだと伝えてあり、奇異な目で見てくる者もいない。

青年「……いつかまた、自分の足で歩けるようになるだろうか」

奴隷娘「貴方次第だと思います。リハビリを頑張れば、歩けるようになりますよ」

青年「どうだろうな。……俺には何かを成し遂げたことがない」

奴隷娘「それならそれでいいじゃないですか。私が貴方を支えます」

青年「あぁ。頑張るが、自分に期待はしないよ」

奴隷娘「それでいいんですよ」

彼女といると心が穏やかになれる。
俺を無条件で受け入れてくれる人間がいるというのが、こんなにも幸せだとは思わなかった。

青年「少し休むか。お前も疲れただろう」

奴隷娘「では、あそこのベンチに座りますね」

商店街から外れている為か、この時間のこの辺は静かだ。
人の目が苦手な俺の為に、彼女はわざわざ人の少ない場所を通ってくれた。

奴隷娘「あ。私、ちょっとおトイレ行ってきてもいいでしょうか」

青年「あぁ、待ってる」

奴隷娘の姿が見えなくなり、少しうとうとする。
穏やかで平和で、ずっとこうしていたい――

ギルド担当員「おい」

青年「!」

ふと、その声で目が覚めた。
振り返ると、前の仕事相手――ギルド担当員が、そこにいた。

ギルド担当員「久しぶりだな、代行さんよ。命拾いしたようじゃねぇか」

青年「……あぁ」

口調から嘲りを感じ、不快感が沸く。
ギルドの人間は仕事柄、人の生き死にへの感覚が若干ズレているとは聞くが、こいつはそんなの関係なしに人間性に問題がある。

ギルド担当員「あんた、仕事復帰しねぇのか?」

青年「この脚なので、以前のように各所を回るのは不可能だな」

ギルド担当員「頼むよぉ、うちの担当に戻ってきてくれよ。今の担当員の野郎、気に食わねぇんだよ」

青年「……俺は、貴方に気に入られていたように感じなかったが?」

ギルド担当員「今の担当員よりはずっとマシだよ。あいつは高圧的な上、理詰めで来るからいけねぇや」

青年「……」

要するに、今の担当員はナメてかかれないのが気に入らないのだろう。
わかっていたが、俺は相当バカにされていたのだ。外見的にナメられやすいのと、その担当員ほど口が上手くないのは認めるが。

ギルド担当員「あんたの方が立場上なんだろ? 今の担当員に、揚げ足取るなって言っておいてくれよ」

青年「悪いが俺ではどうしようもないな」

ギルド担当員「そこを何とかさぁ!」

青年「俺に言うな。今の俺は、貴方とは無関係で……」

ギルド担当員「何だとオイ!」

青年「!」

急に胸ぐらを掴まれた。こいつは今まで暴力に頼ってくることはなかっただけに、俺は驚く。

ギルド担当員「いつまで偉そうにしてやがるんだ、名ばかりの代行様がよォ」

青年「やめろ……! これは暴行になるぞ」

ギルド担当員「はんっ、バレなきゃいいんだろ! 大体、この街にテメーの味方なんていねぇんだよ!」

青年「……っ」

ギルド担当員「出来損ないの分際でいい身分につきやがって! いっそ死んでくれりゃスカッとしたのによぉ! それとも今ここでやってやろうか、あぁ!?」

青年「やめ、ろ……っ」

殺せるわけがない。だが今の俺に、抵抗する術はない。
ギルド担当員は手を振り上げる。殴られる、と思った。

だが。

――グシャッ

青年「……え?」

目の前の光景を、すぐに理解できなかった。
何かが破裂し、周囲に赤い液体が飛び散る。どさっと倒れるギルド担当員の体。

青年「……っ!」

それを見て、ようやく理解した。
今破裂したのは――ギルド担当員の首だ。

青年「え、あ……――?」

吐き気がこみ上げる。
死んだ? 目の前で、人が? どうして、こんな――頭がグラグラして、気が遠くなる。

奴隷娘「遅くなりました、青年さん」

青年「……!」

ゆっくりした足取りで、奴隷娘が戻ってきた。
彼女の視界には、この首なし死体が映っているはずだが――動じる気配は微塵もない。

奴隷娘「少し冷えてきましたね。そろそろ帰りましょう」

青年「ど、奴隷娘……その死体を……」

奴隷娘は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔になり――

奴隷娘「大丈夫ですよ、バレませんから」

青年「……っ!?」

薄々感づいていたが、やったのは奴隷娘だ。どういう方法を使ったのかは見当もつかないが……。

奴隷娘「何か、問題ありました?」

青年「え……っ」

奴隷娘「この人も、貴方を苦しめていた1人なんですよね?」

青年「………」

だからと言って、殺していいわけがない――なんて言えなかった。
奴隷娘の言うことは事実であり、口には出せないが、俺は正直……――

奴隷娘「いいんですよ、青年さん」

青年「!!」

そんな俺の心を見透かしたように、彼女は優しく微笑んだ。

奴隷娘「貴方は何もしなくていいんです。……私は、貴方を守ります」

青年「う、ぅ……」

奴隷娘「ご自分でわかっていらっしゃるでしょう? 貴方を苦しめるものが、何なのか――」

青年「それ、は……」

奴隷娘「……貴方を苦しめるものを、ひとつひとつ、取り除いていきます。私はそうやって、貴方を守りますから」

青年「うぅ……」

恐ろしい思考だった。俺を苦しめるものを取り除いていけば、いずれは――
だが、それを止める言葉も出てこなかった。
何故なら俺は、彼女の提案を恐ろしく思う以上に、魅力的に思えて仕方がなかったのだ。

奴隷娘「帰りましょう」

奴隷娘が俺の車椅子を押す。
進行方向は彼女次第。

青年(あぁ……)

俺は、彼女がいなければ生きていけない。
思考を彼女に委ねて、手のひらで転がされて――それで安心していられる。

青年(……あれ)

そんな奴が、俺の身近にいたような気がした。
だけど思い出せない……どうでもいい。考えるだけ無駄だ。

青年(まぁ、いいか……)

世界が狂っていくのを感じていた。
その狂った世界で、彼女は俺を救ってくれる――だから俺は、思考を手放した。





>診療所


看護師「あれ」

医者「どうした?」

看護師「この袋、誰かの私物かしら。ここらのものに紛れていたみたいです」

医者「名前は書いてないか?」

看護師「えーと……あ、"行商人"と」

医者「確か、ここで病死した患者だったか……。身請人もいないし、処分しておいてくれ」

看護師「わかりました」

袋の中身は見られることなく、処分された。
そこに入っていた紙には、こう書かれていた。


『この手紙を誰か、力のある者に渡してほしい。
結論から書くと、私の連れていた奴隷は、危険な存在だ。

彼女の父は魔王の子孫であり、母親は淫魔と人間の混血種なのだ。
私の祖先はかつて魔王を倒した勇者だ。しかし、魔王を倒した際に呪いがかけられ、その子孫は短命の宿命を背負ったのである。
私の一族は代々、魔王の子孫を追っていた。そして見つけたのが彼女――奴隷娘だ。

彼女を殺すのが私の使命。しかし、できなかった。
淫魔の血を引く彼女には、男を魅了する力がある。私とて例外ではない。彼女を殺さねばならないと頭ではわかっているのに、悪魔的な魅力に支配され、彼女に手を出せず、逆らうことができないのだ。
それでも私は何とか、彼女の記憶を封じることができた。私といる限り、彼女は自分の素性を思い出すことはないだろう。

しかし一族にかけられた呪いのせいで、私の寿命はもう長くないだろう。
私が死ねば、彼女は記憶を取り戻してしまう。
だから私は、彼女の魅了に逆らい、最後の力でこの手紙を書いた。

どうか私の代わりに、彼女を――』





奴隷娘「あぁ~、今日もいい天気」

私は外の空気を吸いながら、んーと背伸びをした。
青年さんは、昨晩の疲れのせいか、まだグッスリ寝ている。

奴隷娘「……ふふっ」

彼は、精力を吸い尽くしてしまうには勿体無い人だ。
彼の抱える心の闇は無限大で、少しつつけば容易にネガティヴな感情が溢れ出す。
彼が欲する言葉はわかりやすくて、それを言えば容易に救われてくれる。

……要するに彼は扱いやすくて、可愛い人。

人間のマイナス感情は私に力を与えてくれる。だから彼の存在はありがたい。
それに童顔で背は低いけど、顔貌自体は悪くないし。

奴隷娘「では、行ってきますね。楽しみに待っていて下さい」

青年さん。私に貴方をくれたお礼に、私は貴方を苦しめるものを取り除いてあげる――私は魔力の翼で大きく羽ばたいた。

奴隷娘「あぁ、いい天気」

……って、さっきも言ったね、この言葉。
この黒雲はきっと祝福してくれているのだ。ひとつの『街』が消える、その時を。



Fin




あとがき

病んでるのが書きたかったんですよー。
青年さんの心理描写がキッツくてなかなか進まなかったんですが、何とか書けました。

今まで無力感を感じている、行き詰まっている主人公は沢山書いてきましたが、良い出会いがあって前に進んでこれたのです。その出会う相手が悪かったのが今回の青年さんですね。
世界は無能な人間を苦しめるってのが今回のテーマかな~。
posted by ぽんざれす at 12:44| Comment(4) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

ある少年と聖女の話

この世界の地と空は繋がっている。
繋がっていないのは、世界に住む者たちの心。
俺達は地面に境目を作って、そこで所属を作り、敵と味方に分かれて――

少年(……疲れた)

そして、“敗者”はその世界を堂々と歩けない。
今の俺のように――傷ついて、飢えて、帰る場所もない地で、ただ彷徨う。

少年(……もう、駄目だ)

熱い日差しに体力を奪われ、俺はそこに倒れた。
太陽の熱を吸収した地面に、褐色の肌が更に焦がされそうだ。
立ち上がる力もない。この3日間、ろくに飯も食ってない。

少年(俺は、死ぬのか……――)

やり残したことはない。未練と呼べるものもない。
何とか死にたくない理由を考えてみるが、思いつかない。むなしい。

少年(だけど、死にたくないな……)

涙も出ない。心はこんなに泣いているのに。例え未練がなくても、生きたいと思っているのに――

ギュッ

手を握られる感触があった。
あぁ、死者へのお迎えか? 柔らかい手だな。死神の手って、こんなに温かいものなのか?

「……元気を出して下さい」

おかしなことを言う死神だ。
これから死ぬってのに、元気も何も――

「どうぞ……生きて下さい」

少年「――え?」

体から倦怠感が抜ける。
魂が肉体から解放されたのか――とも思ったが、そういうわけではないらしい。

少年「……えっ」

生きてる。起き上がって体を動かしてみるが、ピンピンしている。
何でだ……? 何か口にしたならともかく……まだ、腹減ってるし。

女「あぁ、良かった。手遅れにならずに」

目の前で女がほっとした笑顔を見せていた。
綺麗な顔だ――特別美人でもない女に、そんな第一印象を抱いた。
俺より10くらい歳上だろうか。服装から察するに、聖職者のようだ。

少年「……俺に、何した?」

女「はい。生命力が弱っていらっしゃったので、力を注入させて頂きました」

少年「へ、へぇ?」

注入したと言うのならそうなんだろう。よくわかんないけど。

少年「……ありがとうよ」グウゥ

って、そこで鳴るな俺の腹。

女「空腹でいらっしゃいましたか。これは気づかずに……どうぞ、これを」

少年「……プリン」

女「私のおやつでしたが、どうぞ召し上がって下さい」

この炎天下でぬるくなったプリンって。有難いけど、何かこう……まぁいいや。
三口で食ったが、空腹のお陰で温度は気にならなかった。

女「丁度、この近くに村があります。そちらでお食事を召し上がってはいかがでしょう?」

少年「あ……金、持ってなくて」

女「それなら、良いお店を知っています。お皿洗いのお手伝いをすると、一食分無料で頂けるんです」

少年「皿洗いか……。それなら出来る。案内してくれるか?」

女「えぇ。私も丁度、その村に用事があったのです」

俺は有り難く好意に甘えることにした。

少年(……っと)

腕に巻いていた布が緩んでいることに気付いた。
女には見えないようにこれをしっかり締め直し、俺は女の後をついて行った。



>村


少年「はぁ~、生き返った」

飯を食って皿洗いを終わらせ、店を出た。
腹が一杯になると悲観的な気持ちも吹っ飛び、ひとまず次はどうしようかと考えられる。

少年(どっかでバイト募集してないか……)

とりあえず店の多そうな通りをぶらついてみることにした。
と、すぐにある光景が目に入った。

<わいわい

女「ふふ、順番ですよ」

少年(あ。さっきの……)

さっきの女が村の人間に囲まれていた。
あの様子からするに、どうやら女は村の人気者のようだが。

村人「おや。君はさっき、聖女様と一緒に村に来た子だね」

少年「聖女様?」

村人「あぁ、彼女は聖女様と言ってね。その信心深さにより、神より力を授かったお方だ」

少年「そうなのか……。じゃあ、死にかけてた俺を救ってくれたのも」

村人「聖女様は癒やしの力をお持ちだ。その力で近隣の村を回り、我々を癒して下さっているんだ」

少年「へぇ~」

村人「死にかけていたところを聖女様に救われたということは……これも神様の導きかもしれないな」

少年「はは……」

愛想笑いを浮かべながら、内心、そんなわけないと毒づく。
神だって救う人間を選ぶ。俺を救ったのは、神じゃなくて――

聖女「それでは皆さん、ご機嫌よう」

少年「……」



>山道


聖女「ふぅ……ひと休み」

山歩きに疲れた聖女は、山道の岩に腰を下ろした。
いくら若い体とはいえ、鍛えていない足での山歩きは結構つらい。

聖女「ふぅ~……」

少年「水でも飲むか?」

背後から声をかけられ、少し驚く。

聖女「あら。貴方は……」

少年「追いかけてきて良かった~。ほら、井戸で汲んだ水」

少年はそう言って、聖女に竹筒を渡した。
聖女は戸惑いながらそれを受け取ったが……口をつけるのを躊躇した。

聖女「貴方、走って来られたんですか? 体の方は……」

少年「あぁ、平気平気。3日も飯食ってなくてブッ倒れてたけど、一食食えば元気満タンよ」

聖女「それでも、この山道を走ってくるのはなかなか……」

少年「慣れてる。ほら、この通り」

少年はピンピンしているとアピールするように、体を大きく動かした。
健康的な褐色の肌に、程よくついた脚の筋肉。それを見て納得したのか、聖女は竹筒に口をつけた。

聖女「ごくん。ありがとうございます。わざわざ、これを届けに?」

少年「いや、そういうわけじゃないけど……礼をしてなかったからさ」

聖女「お礼? ありがとうの言葉なら確かにお聞きしましたが……」

聖女が不思議そうに尋ねると、少年は照れ笑いを浮かべた。

少年「あ~……。その、ちょっと話したいと思ってさ」

聖女「お話ですか?」

少年「あぁ。あんたのこと、村で聞いたよ」

彼女はあらゆる癒やしの力を身につけた聖女らしい。
その実力と信心深さにより神の加護を受け、永遠の命を授かり、人々を癒す役目を担っているという。
聖女となってからは、神への信仰の厚いこの地に住み、周辺の村を回っているとのことだ。

少年「不老不死って、見た目の歳取らないんだろ?」

聖女「えぇ。でも、神様に不老不死の肉体を頂いて3年ですから、まだ見た目と実年齢はそこまで離れていませんよ」

少年「そっかー。実年齢、20代くらいだろ? 若いのに、やるじゃん」

聖女「ありがとうございます。神様に認められたことは、私にとっての誇りなんです」

少年「俺もあんたを認める。何てったって命の恩人だからな、誇りに思っていいぜ!」

聖女「ふふ。そうですね、ありがとうございます」

少年「なぁ。あの村に、また来るのか?」

聖女「えぇ。私は周辺の7つの村を回っているので、来週のこの曜日にまた来ます」

少年「よし! 俺、しばらくあの村にいるから、待ってるよ!」

聖女「はい。また、お会いしましょう。お水、ありがとうございました」

聖女は丁寧に礼を言って竹筒を少年に返し、帰り道を歩いて行った。

少年(不思議な女だなぁ。冗談言っても真面目に返してくるし……ちょっと天然なのか?)



>1週間後


聖女「では皆さん、ご機嫌よう」

村人「聖女様、また来週も宜しくお願いします」

聖女「えぇ。……そう言えば」

村人「?」

聖女「先週、この村に男の子が来ましたよね。彼は、どうされています?」

村人「あぁ、この村で力仕事をやってくれてます。よく働く奴ですよ。ただ人見知りなのか、必要以上にコミュニケーションを取ろうとしませんが……まだ子供ですからね、村の大人が気にかけていいます」

聖女「人見知り……ですか」

村人「あいつが、どうかしましたか?」

聖女「いえ、少し気になったもので。今度こそ、ご機嫌よう」



>食堂・厨房


少年「よいしょっと。ふぅ、終わった終わった」

店長「おぉ、よく働いてくれたな」

少年「これくらいなら」

店長「あぁ……そう言えば先程、聖女様が来られたぞ。もう帰ってしまったが」

少年「!! すみません、俺ちょっと聖女サマに話があるので!!」

店長「おう。……うん? 竹筒持っていくのか?」

少年「はい。聖女サマ、こないだもこの炎天下で水飲んでなかったんで、一応」

店長「はは。聖女様は不老不死のお体だぞ。水を飲まなくても平気さ」

少年「あ……」

店長「まぁいい、失礼のないようにな~」

少年(……水、どうしよう)



結局俺は、竹筒を持って聖女サマを追いかけることにした。

少年(あ、いたいた)

聖女サマはまた岩に座って休んでいた。
かなり疲れた顔をしている。やっぱり、水を持って来て正解だった。

少年「おーい、聖女サマ~」

聖女「!!」

聖女サマは、声をかけられるとびっくりしていた。
俺に気付くと――いつもの綺麗な笑顔を向けてくれた。

聖女「ご機嫌よう。お久しぶりですね」

少年「ほら、水。竹筒あげるから、今度からちゃんと飲み物持ち歩きなよ」

聖女「まぁ、それは悪いですよ」

少年「いいんだよ、竹筒くらいいくらでも作れるから」

聖女「では、有り難く頂くとしましょう。ところで……何か御用があるのでしょうか? もしかして、どこか悪いところがあるとか……」

少年「いやいや、見ての通りの健康体。聖女サマに渡したいものがあってさ」

聖女「?」

少年「これ……大したもんではないけど」

聖女「まぁ」

俺は1週間かけて掘った木彫りの人形を手渡した。
聖女サマは……あぁ、やっぱりポカンとしている。

少年「お、俺、体力仕事と、薬作りと、彫り物くらいしか能がないからさ! でもほら、薬って聖女サマに必要ないじゃん? だから……」

だから人形を作りました……なんて、幼稚だよな。作ってる最中も何度も思ったさ。
けど、他に思いつくことなんてなかったから……。

少年「助けてくれた礼だと思ってくれ。……ほんと、こんなことしかできなくて悪いけど」

聖女「……いいえ」

少年「!」

聖女サマが笑った。
その笑顔は――

聖女「本当に嬉しいです。……大事にしますね」

いつも綺麗な笑顔に、色がついたようだった。
その顔があまりにも眩くて、俺は――

少年「う、うん――」

間抜けな声を出すしかできなかった。

聖女「では、私はこれで。……帰り道、お気を付け下さい」

少年「う、うん。聖女サマも、気をつけてな」

聖女サマはぺこり、と頭を下げて帰り道を行った。
男としては送ってやりたいが……所詮俺は子供だ、聖女サマに断られるだろう。

少年(……人形、喜んでくれた)

とにかく今は、それが嬉しかった。



それから聖女サマは週イチで村に来てくれた。
聖女サマは村人の怪我や病気を癒やし、祈りを捧げてくれている。
俺は健康体なので、あれ以来聖女サマの世話になることはなかった。擦り傷くらいならできるけど、そんなの治すのに力を使わせるのも悪いし。

聖女「では皆さん、ご機嫌よう」

少年(今日はもう帰るんだなぁ)

そんなわけで俺には聖女サマと話すきっかけがない。
遠目で姿を見て、ちゃんと竹筒を持ってることを確認するだけだ。

それでも――

聖女「にこっ」

少年「!」

聖女サマは俺に気付くと、笑顔を送ってくれる。
誰にでも愛想のいい聖女サマだ。別に俺が特別ってわけではないだろうが……。

少年(やったぜ)

そういう日は、何か得した気分になれる。これも聖女サマの癒やしの力ってやつだろうか。

少年(また、人形でも作ろうかなぁ……)

なんて頭が沸くこともあるが、すぐに冷静に戻る。

少年(人形ばっかあげても置き場所困るよな! それに……渡す理由がないし)

それよりも、いつかちゃんとした礼が返せるように、きちんとした人間にならねば。
聖女サマが本当に喜ぶ礼をしたい……何せ俺の命の恩人だ。聖女サマは歳を取らないから、それまで待っていてくれるだろう。

少年(よし、明日も明後日も頑張るぞ!)



俺がこの村に来て2ヶ月程経過した頃、村で病が流行した。
体に紫色のブツブツができて、動けなくなるという病だ。
この村だけでなく、近隣の村でも同じらしい。

村人「聖女様が来られるのは2日後か……」

聖女サマの力に依存しているここらは、医療技術が発達していない。
だから聖女サマが来ない日は、病人達はただ耐えるしかないのである。

少年「……どうしたもんか」

幸い、俺はまだ病にはかかっていない。
独り身の病人の世話を任されているが、どうにもただ待つだけは気が落ち着かない。

老人「うーん、うーん」

少年(苦しそうだ……)

あと2日、この状態で過ごすのはつらいだろう。
その間ずっと苦しんでいるというのは……気の毒としか言い様がない。

少年(……治せないまでも、多少楽になれる薬なら作れるかもしれない。だけど……)

どうにも躊躇してしまう。
そんな得体の知れない薬作っていると知られたら――

老人「うぅーん……」

少年「……」

駄目だ、やっぱり放っておけない。
俺は誰にも見つからないように村の外で薬草を採ってきて、煎じた。

少年(この薬を、さりげなく飯に混ぜて……)

少年「ほら、口開けて」

意識が朦朧としている老人の口に粥を流し込む。
老人は薬ごと、ごくんと飲み込んだ。

老人「すや、すや」

少年(良かった……)

穏やかな寝顔からして、薬は効いたようだ。

少年(他の村人達にも……いや、駄目だ。もしバレたら……)



>2日後


村人「聖女様はまだだろうか……」

聖女サマの来訪日、村人たちはそわそわしていた。
病人の数は村全体の約3分の1。そりゃ不安にもなるし、気も滅入る。

「聖女様だー!」

誰かが声をあげると村人たちが沸いた。
俺が姿を視認する前に村人たちは聖女サマの元に集まった。
どうやら病人達はここに来れないので、聖女サマに一軒一軒回ってもらうそうだ。

少年(俺の出番はないかな)

そう思って家に戻ろうとした時――ふと、聖女サマの姿が目に入った。

少年(……あれ)

聖女サマは、やや顔色が悪かった。
病的というわけではないが、何か……いつもの元気さがない。

少年(そいや、他の村でも病が流行してるんだもんな……。魔力を使いすぎたか?)

どうにも気がかりで、俺はこっそり聖女サマの後を追った。



少年(この家に入っていったか)

<聖女様、それでは困ります!

少年「!?」

村人の叫び声がしたので、そっと聞き耳を立てる。

村人「完全には治せないなんて……うちの者は、いつまで苦しめばいいんですか!?」

聖女「わかりません……。それだけこの病は厄介なものです。ですが、何度か癒やしの力を重ねれば……」

村人「聖女様は1週間に1度しか来られないじゃありませんか! それじゃあ、いつまで経っても……うっ、うぅ」

聖女「……」

重い空気を感じる。
聖女サマが責められていると、何だか良い気分がしない。
そりゃ、やっと病が治ると思って待ってたんだから、納得できないのはわかるけど……。

聖女「……申し訳ありません」

少年「……」

どうにも釈然としなかった。



>山道


聖女「……」トボトボ

少年「聖女サマーっ!」

聖女「!! ご機嫌よう。お元気そうで、何よりです」

少年「あのさ。……これ、良かったらだけど使って」

聖女「?」

少年「えっと……薬、作った。病気を治せるわけじゃないけどさ……使えば、苦しさを紛らわすことができる。副作用も眠くなる程度。……村人たちのギスギスも、少しも治まるんじゃないかな」

聖女「……まぁ」

少年「あー、でも使わないなら捨てて! 薬術とかって宗教的なしがらみ色々あるし!? 禁忌犯すわけには……」

聖女「いえ、有り難く使わせて頂きます。……薬の力を見てみましたが、悪いものではないようです」

少年「そっか。……あ、こっちの村でも使うけどさ、聖女サマから貰ったって言っていい? 俺が作ったって言うと、こう……色々と、アレだから」

聖女「えぇ、構いませんよ。……ありがとうございます」

少年「ん?」

聖女「正直、助かります……。私の力だけでは、皆さんを治すのに時間がかかりますので……」

少年「そっか。なら良かった。……聖女サマも、無理すんなよ」

聖女「ですが、皆さんには私の力が必要ですから……」

少年「だけど聖女サマが身を削ってまでやる必要ないよ。余裕のない人間が人を救えるわけない……ってのが、俺の親からの教え」

聖女「私は神の恩恵を受けた、不老不死の身……ですから、余裕は十分に」

少年「ないよ。聖女サマ、いっぱいいっぱいだ。……体は健康でも、心が磨り減ってる」

聖女「!!」

少年「それが使命だってんなら、止めないけど……。俺はちょっとでもいいから、聖女サマの力になりたいよ」

聖女「……ふふっ」

少年「?」

どうして、そこで笑う?

聖女「ねぇ。もしかして貴方は、信仰心が薄い方なのでしょうか」

少年「!!?」

聖女「あぁ……。気を悪くされたなら、申し訳ありません。貴方は、この地に住む方々とは違うなと思って」

少年「まぁ出身地も違うしな……。どこが違うの?」

聖女「聖女は人間を超越した存在――それが、神を信仰する方々の共通認識です。ですから貴方のように、私を1人の人間として扱って下さる方は……初めてです」

少年「そっかー……。聖女サマの言う通り、俺は信仰心が薄いんだ。……ごめんな」

聖女「謝らないで下さい。むしろ……」

聖女サマは一瞬だけ、表情がぱっと明るくなり――すぐに、いつもの綺麗な笑顔になった。

聖女「……いえ。何でもありません。貴方の優しさに感謝します。それではまた、来週お会いしましょう」

少年「……おう」

何だろう。
聖女サマは笑顔なのに、どこか寂しげに見えた。

少年(聖女サマの許しも得たし……薬、いっぱい作らないとな)

それから3ヶ月ほどして徐々にだが、村から病は去った。



少年「ふぅ……」

俺が村に住み着いてから約半年が経過した。
季節は冬。この地方では雪は降らないようだが、それでも冷気に手がかじかむ。

少年(今日は聖女サマの訪問の日か……)

ほとんど変わらない日々を過ごしているので、聖女サマが来る日を気にしてはいる。
病が去って薬を渡すことがなくなってから、俺と聖女サマの関係は元に戻った。
寂しくは思うが、何か理由を作って聖女サマに近寄っていくなんて、女々しい真似はできない。
それに聖女サマは、『皆の聖女様』なのだから。

村人「他の村で風邪が流行しているらしい。お前も気をつけろよ」

少年(あ、そうか)

さっき遠目で見た聖女サマは元気がないように見えたが、人々の風邪を治すのに力を使いすぎたせいだったんだな。
薬……は、必要だろうか。以前流行った病ほど切羽詰ってはいないだろうし、作るのは聖女サマに聞いてからでいいか。

少年(……これは必要だから声かけるんだよ、うん。決して接点持ちたいからじゃない。……言い訳したら、ますます下心あるみたいじゃん)

聖女サマは……村人に囲まれている。今は声をかけない方がいいだろう。
いつもの通り、聖女サマが村を出てから……

「うわあぁあぁ――ッ!!」

少年「えっ?」

何か騒がしいので、そちらに気を取られる。
見ると、狩りに出ていた連中が血相変えて村に駆け込んでいた。
村人の1人がどうしたのか尋ねる。すると……

「こ、これくらいの、お、大きな魔物が! 村に向かってきてる!」

「!!」

それを聞いた人々は慌てふためく。
ここ周辺は魔物による被害がほとんどなく、こういった事態には不慣れらしい。
どうしようかと皆で焦る中、1人の村人が聖女サマの方を見た。

「聖女様! 聖女様の御力で、魔物を追い払えないでしょうか!」

聖女「え……」

その言葉で、村人たちは一斉に聖女サマを見て――その目は、期待の眼差しに変わった。

「お願いします、聖女様! 我々をお守り下さい!」
「神の力があれば、きっと!」
「我々は無力なのです、お願いします!!」

聖女「……っ」

聖女サマは即答しない。
その表情は『無』であり、何を考えているのか――

「あっ!!」

少年「!!」

そうこうしている内に、こちらに来る魔物の足音が聞こえた。
見ると、体長3メートルはありそうな、ツノの生えた四足の魔物がこちらに突進してきていた。

「ひいいぃぃ!!」

村人たちは散り散りになり、室内に逃げ込む。
聖女サマは――

聖女「……っ!」

1人、慌てることなく、その場に留まっていた。
村人たちの期待通り、魔物を対処する気か。

少年(……いや、駄目だ!!)

聖女サマは体の調子が優れない。
それに今、追い払えたところで、あの魔物をここらに解き放っておくのは危険だ。
つまり平穏の為には、あの魔物を殺さねばなるまい――そんなこと、聖女サマにさせられない!

店長「おい、お前も早く避難しろ!」

少年「……あのっ! この料理包丁、借りますんで!」

店長「えっ!?」

武器として不格好ではあるが、研ぎたてのピカピカ。切れ味は十分。
俺は包丁を片手に魔物に突っ込んでいった。

聖女「あっ!!?」

すれ違い様、聖女サマが驚いた声をあげた。
聖女サマだけでなく、村人たちも何か声をあげているが――そんなの聞いていられない。

少年(やるの、久しぶりだけど――)

聖女「!」

全身に魔力を纏う。身体能力はこれで跳ね上がった。
包丁に魔力を纏わせる。包丁の耐久力は限界まで上がる。

殺気を醸しだし、魔物をこちらに誘導する――作戦成功!!

少年「だりゃああぁああぁぁぁぁっ!!」

高く跳躍し、魔物の視界から消える。
一瞬、魔物に戸惑いが見えた。その隙を、見逃さない。

少年「おらあぁっ!!」

魔物「ッ!!!!」

料理包丁を額に突き刺す。
驚いた魔物は首を大きく振り、俺は勢いで振り落とされた。

少年「いでぇっ!!」

思い切り、地面に叩きつけられた。魔力を纏っていなかったら大怪我していたところだ。
と――魔物は額から血を流しながらも、怒ってこちらに突進してくる。何て生命力の強い奴だ。

少年「……っとに、しつけぇなあぁ!」

魔物の突進をギリギリでかわす。余裕がないと口も悪くなる。

少年「とっとと、死ねやああぁぁ――ッ!!」

魔物「――ッ!!」

今度は喉元に突き刺した。
その際に腕を引っ掻かれ、固い毛が傷口にチクチク刺さる。

少年「……っ!」

包丁を引き抜くと血が大量にぶちまけられ、魔物は地面に倒れる。
今度こそ、絶命した。

少年「ふぅ……っ。……いってて!!」

気が抜けたと同時、激しい痛みが襲ってきた。
腕を抑えてうずくまる俺の背後で、村人たちの歓声がわいた。

「凄いなお前! 強かったなんて、知らなかったぞ!」
「ひどい怪我だ! 聖女様、治してやって下さい!」

聖女「は、はい!」

駆け寄ってくる聖女サマや村人たち。
俺はというと――気が抜けていたせいで、『それ』に気付くのが遅かった。

「あ――」

そしてそれは、致命的な遅れであり――

「その刺青は……」

少年「――ッ!!」

腕を覆っていた布が破られていた。
そのせいで――腕に刻まれた刺青を、見られてしまった。

「お前……"黒の一族"だったのか!?」

少年「……っ!!」

黒の一族。
かつて神であったが、堕落し魔神と呼ばれるようになった者がいた。
魔神は己の子達を人間と交わらせ、己の血で人間たちを穢していった――
その穢れを受けた魔神の子孫は、黒の一族と呼ばれるようになった。

「黒の一族は、聖国によって滅びたんじゃないのか!?」

少年「……」

その通り。俺の住んでいた地は、神を信仰する国によって滅ぼされた。
俺の他に生き残りがいるかはわからない。
ただ言えることは――

「黒の一族の者が村にいたとは! 汚らわしい!」

この世界に、黒の一族の者にとっての安寧の場はなくなったのである。

「我々を欺いていたんだな!」
「以前、病が流行ったのもお前のせいか!」
「魔物も、お前に惹きつけられてきたんだ!」
「出て行け! 黒の一族は災いしかもたらさん!!」

少年「……言われなくてもそうするよ。ただ、私物だけは取らせてくれ」

暴言を聞き続けられる程、メンタルは強くない。
俺が通ると村人たちは露骨に俺を避け始めた。それもまた刺さるが、石を投げつけられるよりずっとマシか。

聖女「あ……」

少年「……」

聖女サマの顔はマトモに見られなかった。
神を信仰する聖女サマにとって、俺は害悪な存在だ。
だからきっと、軽蔑している――それを目で確かめてしまえば、きっと俺は立ち直れなくなる。

少年「……じゃあな」

俺は私物を取ると、足早に村から去った。
誰の顔も見ることができなかった。腕の痛みなんて麻痺していた。

少年(もう……どうしようかな)

先のことなんて考えられないから、今はとにかくそこから逃げた。



少年(ここらの村には、噂が知れ渡るはずだよなぁ……)

1人で放浪しているガキ自体が珍しいから目立つだろうし、腕を見せろと言われればそれで終わりだ。
金はある程度貯まったので、遠くに行く余裕は多少できた。黒の一族への偏見がさほどない、信仰が根強くない地にまで移動しようか。
だが問題がある。
俺の一族を滅ぼした国は現在、神の名の下に侵略活動を行っている。信仰の根強くない地は格好のターゲットであり、そこに移動したところで平和ではないのだ。

少年(……けど、ここらでブラブラするよりはマシだろ)

きっと長い旅路となる。そうと決まれば……

少年(……いててっ)

怪我した腕がまだ痛い。服を破って応急処置したが、こんなんで良くならないだろう。
歩きながら薬草を探しているが、季節のせいもあり、なかなか見つからない。

少年(山の麓はもうちょい気温高いだろうし、いいのあるかな? ……おぉ、いてぇ)

そう思っても耐えねば仕方あるまい。
なるべく腕を気遣いながら行こうとすると――

「待って下さい!」

少年「……え?」

一瞬、思考停止。その次に驚愕。
振り返り、目に入ったのは――

聖女「少年さん! どうか、そこでお待ちになって!」

少年「せ、聖女サマ!?」

もう永遠に会うことなどないと思っていた、聖女サマだった。

少年「な、何すか!?」

聖女「あぁ、驚かせて申し訳ありません。貴方に危害を加えるつもりはありません」

少年「い、いや、そんな心配してねぇし!」

聖女「腕を出して下さい。怪我をしている方の」

少年「え……っ?」

ポカンとしている内に、聖女サマに腕を取られた。
そして――

聖女「どうか癒やしを……」

少年「あ……」

聖女サマは――俺の腕を、癒してくれた。

聖女「これで大丈夫です。……間に合って、良かった」

少年「何で……?」

聖女「……」

聖女サマは口をつぐむ。
俺の質問の意図がわからない程、能天気なわけでもあるまい。

少年「何で、こんなことするんだよ……! 俺は異教徒だろ! 聖女サマにとっては、穢れた存在だろ!」

聖女「……私は、そうは思いません」

少年「……いいよ、別に。気を使わなくて。いくら俺が黒の一族の者とはいえ、聖女サマは優しいから、このままにしておけなかったんだろ? ありがとうな。……何も返せなくて、ごめん。それじゃ」

聖女「待って下さい!」

少年「!」

聖女サマは俺の腕を掴み、引き止める。
こんな強引な聖女サマは初めてだ。

少年「何だよ……! 俺の心は強くないんだ、大人しく去るから見逃してくれ!」

聖女「違います! 私は貴方を傷つけたり、排除しようなんて思っていない!」

少年「聖女サマの信仰する神は、黒の一族を異端者とした。だから、神の加護を受けた聖女サマだって……」

聖女「違う。……違うんです」

少年「……?」

聖女サマの声が弱々しい。
伝わってくるものは、悲しみ。……どうしてそんな顔をするんだ? 俺なんかの為にか?

聖女「……確かに私は神を信仰する者です。ですが今から言う私の言葉は……"聖女"としてではなく、私個人のものであるとして、聞いてほしいのです」

少年「?」

聖女サマ、個人のもの?
聖女サマ、には"聖女"である以外の一面があるというのか……?

聖女「私は……貴方という方を知っている。ですから、黒の一族というだけで、貴方を異端視したくはない」

少年「……」

聖女「……黒の一族に偏見がない、なんて言うつもりはありません。ですが、私は……貴方が、貴方が……」

少年「……うん、わかった。ありがとう、聖女サマ」

聖女「!」

きっと嘘ではない。
聖女サマは黒の一族の者としてではなく、個人としての俺を見てくれている。

少年「嬉しいよ。やっぱり、聖女サマは優しいな」

それだけで俺は、救われた気持ちになれたんだ。

聖女「……違う。私は……貴方の思っているような人間ではない」

少年「?」

どうしたんだろう。聖女サマの様子が変だ。

聖女「……あの、少年さん」

少年「ん、どうした?」

聖女「その……私の家に、来ませんか?」

少年「……はい?」

唐突だな。一体、何考えてるんだ。

聖女「少年さんは、行く場所がないでしょうし……。私の家に住みませんか? あ、私の住まいは森の中にあって、そこは誰も訪れない場所なんです」

少年「……匿ってくれる、ってこと?」

聖女「はい……」

少年「そりゃ……有難いけどさ……」

聖女「何か問題でも……? 遠慮は無用ですよ」

少年「あ、いや。俺がガキだから意識してないかもしれないけどさ……俺、あと2、3年もしたら立派な『男』だよ?」

聖女「……?」

少年「で、聖女サマはずっと歳取らないんだろ? ……きっと意識するようになるよ、聖女サマのこと」

聖女「しませんよ。少年さんはモラルのある方ですし」

少年(いや、危機感もてよ!)

確かに俺もモラルを大事にしたいが、男の本能はどうなるかわからない。

少年(だが……)

今は争いが激化している。
そんな中、ふらふらと旅をするのは危険なのは確かだ。

少年「……なら、2、3年。それまで置いてくれないか。……あとは、世界の状況次第で動く」

聖女「……えぇ」

少年「……何だよ、嬉しそうな顔して」

聖女「ふふ。だって、嬉しいですから」

少年「わっけわかんねぇ……何度も言うが、俺は異端者のガキだぞ」

聖女「えぇ。でも少年さんは……」

少年「?」

聖女「……いえ、何でもありません。案内しますね」



少年(ここか……森の中にある以外は、意外と普通の家だな)

聖女「掃除はしていますが、あまり細かいところには手が届いていないかもしれないです……」モジモジ

少年「毎日、村を訪問してるもんな。掃除は俺に任せな」

少年(物が少ないもんな。掃除は楽そうだ。……ん?)

ふと、棚の上のものが目に入った。

少年「あ! あれ、俺があげた人形! 飾ってくれてたの!」

聖女「えぇ。頂いた日に、すぐ飾りました」

少年「ホコリ被ってないし、大事にしてくれてたんだな! 嬉しいよ!」

聖女「そ、そんなに嬉しいものですか?」

少年「うん! 俺、ちゃんと聖女様にお礼できてたんだな!」

聖女「お礼……?」

少年「正直、結構心配だったんだよ。人形がお礼になってるかって。でも聖女サマが飾ってくれる程度に喜んでくれてたってことは、俺の気持ちは一方通行じゃなかったんだ」

聖女「気持ちの一方通行……?」

少年「そう。こっちはお礼の気持ちでも、聖女サマが喜んでくれてなきゃ、それはただの押し付けだろ。そんなの、嫌じゃん。対等じゃない」

聖女「……!」

少年「つっても、命を助けてくれたお礼にはまだまだ足りないんだけどね。だから俺、しっかり働くよ聖女サマ!」

と、こっちは強気で宣言してみたのだけれど。

聖女「……」

少年「聖女サマ?」

聖女サマはどこか上の空だった。
何? 聞いてる? おーい?

少年「どうした聖女サマ? 俺、何か変なこと言った?」

聖女「……いえ。変なことではありません。少年さんは、私に色々なことを気付かせて下さいますね」

少年「色々なこと……?」

聖女「ふふ。幼少の頃よりずっと宗教という狭い世界にいたもので、価値観が凝り固まっていたんです」

少年「そうか。よくわかんないけど、異教徒の価値観て新鮮?」

聖女「えぇ」

少年「そっかー。……多分価値観の違いでぶつかることもあるだろうけど、なるべく聖女サマに合わせるから!」

聖女「気を使いすぎですよ、少年さん。それよりも、今日は休まれた方がいいでしょう。ベッドがなくて申し訳ないんですが……そこの部屋にソファーがありますので」

少年「十分、ありがたいよ! それじゃ、お言葉に甘えて!」

俺は部屋に駆け込み……あ、大事なことを言い忘れていた。

少年「聖女サマ、おやす……」

と、振り返った時。

聖女「……」

少年「……っ!」

聖女サマの顔が悲哀を帯びていた。
どうしてだかわからないけど、何だか見てはいけないものを見たような気がして……。

少年「……聖女サマ、お休み」

俺は見なかった振りをして、ドアを閉めた。



いくら聖女サマが相手とはいえ、他人との共同生活は大変だろう……と思ってはいたものの、そうでもなかった。

聖女「では、行って参りますね」

少年「行ってらっしゃーい」

聖女サマは毎日近隣の村を慰問しているので、日中あまり顔を合わせることはない。
家事だけだと午前中に終わるので、割かし暇である。

少年「でりゃあぁあぁ――ッ!!」

そういうわけで日中のほとんどは体や魔力を鍛える修行に費やしている。
一生聖女サマの世話になるわけにはいかないし、力をつけておくのは大事だ。



聖女「あらあら。今日も美味しいお食事、ありがとうございます」

少年「色々ぶち込んだだけのチャーハンだよ。ただのズボラ飯だよ」

洗濯以外の家事は任せて貰っているが、聖女サマは家事の出来には大らかなので気は楽だ。(だからと言ってサボりはしないが)

少年「今日は大変だったか?」

聖女「そんなことありませんよ。いつも通りです」

少年「そうかぁ」

聖女サマは必要とされている存在。だからそうそう嫌な目に遭わないだろうし、もし遭ったとしても言わないだろう。

聖女「毎日退屈していませんか、少年さん」

少年「いや大丈夫。聖女サマこそ多忙だけど大丈夫かよ」

聖女「えぇ。不老不死ですから」

不老不死ってそこまで万能なのか。なったことないし周囲にもいなかったから、よくわからん。
けどまぁ、聖女サマはこれだけ優しく、心が広く、慈悲深いからこそ、神に選ばれたのだろう。

少年(全く、不老不死ってやつは規格外だね)

きっと俺は聖女サマを永遠に理解することはない。
常人には理解できないからこそ、特別な存在なのだ。

聖女「あら、このスープも美味しいですねぇ~」

少年(……こう生身で接すると、普通の人間なんだが)



少年「だぁっ、でりゃぁっ!」

少年(大分サマにはなってきたとは思うが、実戦経験も積まないとなかなか強くならないよなぁ……)

トコトコ

少年「ん?」

黒狼「ガルル」

少年「お。黒狼じゃん」

こいつは魔物だが、俺にとってはその辺の魔物とはちょっと違う。黒の一族が信仰する魔神に仕える神獣とも呼ばれていて、黒の一族とは友好関係にあるのだ。

少年『どうした、迷子か?』

その気になれば、会話だってできる。

黒狼『黒の一族の魔力を感じたのでな。生き残りがいたとは、喜ばしいことだ』

少年『今、よそじゃどうなってるんだ?』

黒狼『聖国による他宗教への侵略は激化している。滅ぼされたのは、黒の一族だけではない』

少年『そうか……』

わかっていた事態だが心苦しい。
抑えて生活しているが、聖国に対して恨みもある。その気持ちでまだ腸が煮えくり返って、苦しい。

少年『何なんだ、今回の侵略は。神による指示か?』

黒狼『聖国の王は神の声を聞ける。恐らく、そうだろうな』

少年『くそっ、神め……!』

黒狼『ところで。お前が身を寄せているのは、聖女の下か?』

少年『あぁ。……いい人だよ、聖女サマは』

黒狼『そうだろうな。例え神に命令されても、聖女はお前を裏切らないだろう』

少年『俺もそう思う。根っからの善人だから』

黒狼『そうではない』

少年『え?』

黒狼『おっと、遠くで仲間が呼んでいる。……また来るぞ』

少年『おう』

少年(そうだ。今度会った時、特訓の相手してくれないかなぁ。ちゃんとおやつも用意しといてやろう)



>晩


少年(今日は遅いな、聖女サマ)

いつもならとっくに帰って夕飯を食べてる時間だ。
いくら神の加護がある聖女サマだからといって、心配になってくる。

少年(まさか、何かトラブルでも……)

不安が生まれ、探してこようと上着を羽織った。その時。

聖女「ただいま、遅れました」

少年「聖女サマ!」

声が聞こえてほっとした。
俺は聖女サマを出迎えに、玄関まで走った。

少年「聖女サマ、おかえ……」

と、すぐにその姿を見てギョッとした。

少年「聖女サマ!? 顔色悪いぞ、病気か!?」

聖女「いえ、大丈夫です。今日は魔力を使い切ってしまったので、少し疲れただけです……」

少年「? 何か病気でも流行ったのか」

聖女「最近、魔物の数が増えていて……怪我をされる方が増えていらっしゃいまして」

少年(あ)

黒狼、そういや『仲間が呼んでる』と言ってたな。
……とはいえあいつらも住処を追われてここに来たんだ。だから、あいつらを悪く言うことはできない。

少年「体調悪そうだし、ゆっくり休んだ方がいいよ。お粥か何か作るよ」

聖女「すみません……。お言葉に甘えますね」

少年「もし何なら精力剤でも……って、駄目だよな。異教徒の作る薬なんて」

聖女「どんなお薬でも作れるんですか?」

少年「ん? 一般の店に置いてあるような効能のは。ちゃんと薬草を集める必要はあるけど」

聖女「なら……この辺で採れる薬草で作れるお薬、何でも良いので……お願いしてもよろしいですか?」

少年「いいけど、村人に使うの?」

聖女「はい。……正直、私の魔力だけでは限界もありまして……」

少年「なら、この薬の出処は……」

聖女「えぇ、秘密にしておきます」

少年(俺の薬に頼るなんて、よほど患者が多いんだなぁ。皆、聖女サマに頼りすぎだろ)

俺は家の周辺にある薬草を採ってきて、言われた通り沢山の薬を作った。



それからしばらく、聖女サマが魔力を尽かせて帰ってくる日が続いた。
悪いことは続くもので、怪我だけでなく病も流行し始めたらしい。
聖女サマ1人では手が足りない状態ではあるが、医者は聖国の戦争で招集されているらしく、こんな小さな村に呼ぶことはできないそうだ。

聖女「ふぅ……」

少年「……」

聖女「あ、少年さん。デザートありがとうございました、腕を上げましたね」

聖女サマは明らかに疲れていた。
だけど俺の前では明るく振舞おうとするのが困ったものだ。
人に心配させまいとする性分なのだろうが、これでは気が休まらないだろう。

少年「お休み、聖女サマ。ゆっくり休みなよ?」

聖女「えぇ、お休みなさい」

だから俺はなるべく気を使わせないように、聖女サマと距離を置く。

少年(あ。……新しい薬、補充しとかないと)

精力剤を台所に置いているのだが、聖女サマは毎日服用しているようで、減りが早い。

少年(寝る前に煎じておくか)

聖女「ねぇ少年さん」

少年「何?」

聖女「……もっと強いお薬は、作れないでしょうか?」

少年「……っ!」

聖女「あぁ、服用するのは私じゃありませんよ。村の方が……」

少年「……これ以上強い薬は、副作用が出るから」

聖女「わかりました」

少年(……わかってるんだよ聖女サマ。だって、この薬服用すると――目が充血するんだよ。今の聖女サマみたいに)



少年「どりゃああぁぁっ!」

黒狼『精が出るな、少年よ』

少年『よ。お前か。ちゃんと食えてるか?』

黒狼『細々とな。時々お前が飯を持たせてくれるので、助かる』

少年『困った時はお互い様だろ。今日も訓練の相手、宜しく頼むぞ!』

あれから黒狼は何度かここを訪れ、こうやって交流している。
黒狼は神獣。飢えて全盛期の力を出せないにしても、生身の人間相手には十分に驚異的な力を持っている。
その黒狼に戦闘の指導をしてもらえるのは、非常に有意義なことだ。

少年『ハァ、ハァ……。少しは腕、上がったろ……?』

黒狼『あぁ。吸収の良い年頃なだけあるな』

少年『ありがとよ。聖女サマのお陰で、食いっぱぐれることもないしな』

黒狼『その聖女なのだが……』

少年『? 聖女サマがどうした?』

黒狼『慰問の様子を遠目に見たことがある。随分と、身を削っているな』

少年『そうだよなぁ。いくら不老不死とはいえ、あんなに魔力使っちゃボロボロになるよな……』

黒狼『……疲弊しているのは、体だけではあるまい』

少年『体と心は表裏一体だしな。こう激務が続けばそりゃ……』

黒狼『そんな単純な話ではない』

少年『え?』

黒狼『聖女はここの所、村人たちに責められている』

少年『責められて……!? な、何で!?』

黒狼『主に慰問の頻度について。それから、聖女の力が万能でないことについて。……最も村人達の求めるレベルとは、神の領域に達しているがな』

そういえば心当たりはある。
俺が村にいた頃、病が流行った。あの時も村人たちは聖女サマを責めた。
あの時は病のせいで少しギスギスしてただけかと思ったが……。

黒狼『いたわってやるのだな、少年よ。いくら聖女自身が支えを欲していないからといって、あれではな……』

そう言って黒狼は去っていった。

少年(まさか、そんなことになっていたなんて……)



>晩


少年(黒狼に言われた通り、言ってやるんだ! 今までお節介かなと思ってたけど、やっぱこのままじゃ駄目だよな!)

聖女「只今戻りました」

少年「あ、お帰り聖女サマ……」

言いたいこと、全部シミュレーションした。
あとは無理矢理でもそれを口にするだけ……なのだが、聖女サマの顔を見た瞬間、それが消し飛んだ。

少年「……どうしたの、その額の傷」

聖女「えっ? あぁ……転びました」

少年「どこで?」

聖女「山道です。足を滑らせてしまって……」

少年「山道で転んだら、服が汚れるはずだよね。聖女サマの服は白いから、汚れは目立つはずだよ」

聖女「……」

少年「……なぁ。村人にやられたの?」

聖女サマは黙り込んだが、俺が引かずにじっと目を見つめると、観念したかのように呟いた。

聖女「……私は。遂に、人を死なせてしまいました……」

少年「!」

聖女「1週間に1度の訪問では、病を治せなかった。あの方は長期間苦しんで、苦しみ抜いた末に、遂に……」

少年「で……そいつの家族か恋人にでも、やられたの?」

聖女「……はい」

聖女サマの目にじわりと涙が浮かぶ。
責められた辛さかと思ったが、そうではないようだ。

聖女「私の力が及ばず、救えなかった……! だからご家族の怒りは、当然のものです……」

少年「いや待て、それはおかしいよ」

宗教観念の違いかもしれないが、それは否定せざるを得ない。

少年「皆は聖女サマに助けられてんじゃん。なのに責めるなんて、おかしいよ」

聖女「ですが、私は神に人々を救えと……」

少年「それは聖女サマの力でできる範囲のことだろ。医者だって万能じゃないのに」

聖女「……」

少年「そりゃ……家族を失った失望が聖女サマに向かうのも、わからなくもない。わかるけど……手を出すのは、絶対に駄目なことだよ」

それに――

少年「前々から思ってたけど、村人たちは聖女サマに頼りすぎなんだよ。週1の慰問じゃ限界あるって、そんなのわかりきってるだろ……」

聖女「……私の力に限界があるから、失望させてしまい……」

少年「そうじゃねぇ! 限界なんてあるに決まってるだろ! そもそも、何で『やってもらって当たり前』なんだよ!」

聖女「……!」

少年「俺にはそっちの宗教観念はわからない。けど聖女サマと村人たちの関係は、聖女サマの一方的な奉仕で成り立ってる。それは絶対におかしい!」

聖女「……見返りを求めろ、ということですか……?」

少年「健全な関係は、見返りを求めなくても何かしら返ってくる。そういうもんだと俺は思うけど?」

聖女「!」

医者なら金銭という見返りがある。
無償の奉仕には感謝の気持ちという見返りがある。
それもなく、ただ聖女サマを奉仕させ、責め立てるというのは――

少年「そんな関係性は不健全だ。だから聖女サマ、ボロボロになってるんじゃん」

聖女「……」

気付くのが遅れたことが悔やまれる。
もっと早く気付けていれば、聖女サマに忠告できた。
対等な関係性を重視する俺と違い、一方的な奉仕を当然とする聖女サマがそれに気付けるはずが……

聖女「……やっぱり、そうだったんですね」

少年「へ?」

やっぱり、とは。

聖女「……少年さんは異教徒の方ですから。だから皆さんと違うだけだと思っていましたが……」

聖女サマはそう言うと――哀しげに笑った。

聖女「そんな貴方だからこそ、一緒にいて気持ちが良かった」

少年「……え?」

聖女「初めは、私の為に水を持って来て下さった時でしょうか」

出会った当初のことだ。
聖女サマは飲み物も持たずに暑い道を歩いていたので、俺は追いかけて水を渡したんだ。

聖女「あの時も嬉しかったけれど……はっきり感じたのは、人形を頂いた時ですね」

少年「えっ? 人形?」

聖女「えぇ。……『お礼』として何かを受け取るのは、あれが初めてでした」

少年「……!」

そう言えば人形を渡した時、あんなもので大げさに喜ぶ人だなと思っていた。
だけど飾ってくれていたということは、人形を本当に気に入ってくれたのかと思った。
けど、それもあるかもしれないけど――そうじゃなくて。

聖女「貴方は……気持ちを返してくれるから」

人形に込められた、俺の気持ちの方だったんだ。

聖女「貴方は私を上にも下にも見ず……対等に接して下さった。だから私、貴方のことが好きです」

少年「聖女サマ……」

人形なんかが嬉しいのか、とずっと思っていた。
逆を言えば、人形なんかを喜ぶ程、喜びに対するハードルが低いんだ。
……要するに、それだけ満たされてない人だったんだ。

少年「……当然じゃんか。命助けられて、村を追い出された後も世話してくれて……対等にならないのは失礼だよ」

例え恩人であっても、聖女サマを上に見てしまえば、聖女サマからの奉仕を無償で受け取ってしまいそうで。
だから俺は対等になる為に、一生懸命返してきた。
それに――

少年「俺だって嬉しかったんだよ、聖女サマ! この世界に居場所がなくなった俺を、助けてくれて! 聖女サマは誰よりも、俺に優しい人だから!」

俺だって、満たされていないんだから。

聖女「……少年さん。貴方は私を買い被りすぎですよ」

少年「え?」

聖女「私が優しい人間なら――村の方々の目など気にせず、貴方を助けていました」

少年「……」

俺が村人達に糾弾された時、聖女サマは黙っていた。俺を助けてくれたのは、人の目がない場所でだ。
だとしても、だ。

少年「それは当たり前じゃないか。聖女サマに立場を悪くしてまで庇って欲しいなんて、俺は思っちゃいないよ」

聖女「……私が、今の立場から逃げ出すことは簡単なのです。だけど――」

聖女サマの笑顔は、どこか自嘲気味だった。

聖女「私は――後ろ指を刺されるのが怖くて、『聖女』であることをやめられない。『特別』な今にしがみついて離れられない。そんな汚い人間なのですよ――」

少年「……だから、どうした」

聖女「……!」

少年「それも人間らしさだろ。人間らしい部分を、汚いなんて後ろめたく思わなきゃいけないなんて、そっちの方が間違ってるよ」

聖女「う……」

少年「どうしたの、聖女サマ?」

聖女サマは――泣いていた。
両手で顔を覆って、隙間から涙がこぼれる。

聖女「貴方は、私に汚い面があることを『当然』として下さる……それが本当に、嬉しいのです」

少年「……うん」

嬉しいという気持ちは本当だろう。俺との関わりで視野が広がったのもあるだろう。
だけど――ただ、それだけだ。

聖女「ありがとうございます、少年さん。……私、勇気を頂けました」

聖女サマは「聖女」であることをやめない。
だから苦しみから解放されることはない。
それは永遠に。不老不死の身で、魂が限界を迎えるまで。

少年「……」



少年『黒狼、いるか?』

深夜。俺はこっそり外に出て、魔力を飛ばした。
しばらくすると、俺の魔力に気付いたのか黒狼がやってきた。

黒狼『どうした、少年』

少年『黒狼一族は情報通だろ。聞きたいことがある』

黒狼『何だ』

少年『戦争の現状についてだが――』






聖女「……行ってしまわれるのですね」

聖女サマは寂しそうな顔で言った。
無理もない。黒狼と会った翌朝、俺はここを出て行くと聖女サマに告げ、その翌日には旅立とうとしているのだから。

少年「まぁ、もし向こうで上手くやれなかったら、また戻ってくるからさ」

黒狼に聞いたのだが、横暴な聖国に対抗する為の組織が、遠くの地で結成されていた。
俺はこれから、その組織に入れてもらおうかと思っている。

聖女「たまには、遊びに来て下さいね」

少年「あぁ。愚痴ならたっぷり聞いてやるからな!」

本当は聖女サマの側にいて、支えてやるのがいいのかもしれない。
だけど俺が、それをしたくないのだ。

少年「またな聖女サマ! 俺が味方でいるから、それだけは忘れんなよ!」

手を振る聖女サマの姿が遠くなる。
俺を救ってくれた聖女サマ。今現在も悩み、苦しんでいる聖女サマ。
そんな聖女サマから離れるのは、俺も寂しいが――

黒狼『良いのか。……これからお前が行く道は、彼女とは真逆だろう』

少年『いいんだよ』

だから歩くと決めた道だ。
聖女サマが後ろ指を刺されるのを恐れているのなら――俺が悪者になればいい。

俺は、いつか必ず――



黒の一族――魔神の血が混ざっているという忌まわしき一族。
今は大分魔神の血が薄れてはきたが、血を覚醒させれば驚異的な力を得られる。

呪術師「本当に良いのですね?」

少年「あぁ」

俺に迷いはない。
まだ子供である俺が組織で戦っていくには、これしか手段がない。

呪術師「貴方の中にある魔神の血を覚醒させれば、確かに我が組織にとって有力な戦力になるでしょう。しかし――それだけ貴方は、人間からは遠い存在となる」

少年「人間であることって、そんなに尊いことか?」

呪術師「……貴方はまだお若い。無鉄砲になるのは良いが、取り返しのつかないことは――」

少年「甘いこと言ってんなよ。これはあんたらにとっても、生き残りを賭けた戦争だろ?」

呪術師「……わかりました」

呪術師は俺の刺青に手をあてる。
これから俺は、人間でなくなる。

呪術師「……覚醒せよ!!」

少年「……――ッ!!」

焼けるような熱さが、刺青から全身に回っていく。

少年「ぎ……ッ、いいぃ――……ッ!!」

気が狂いそうな痛みに悶える一方、痛みが心地よく思える快感が脳を痺れさせる。
俺は最初に、「痛みによる苦しみ」というものを失うのだ。
それが魔神になるということ。人間でなくなるということ。

そんな中でも、俺は――

少年(聖女サマ、聖女サマ……ッ!!)

失ってはいけない唯一の想いだけは、手放すまいとあがいていた。



「……」

暗闇の中目を覚まし、思い返すは今の夢。
あれは、自分が人間をやめた時の記憶か。

(……『その時』が近づいているという、予兆か)

あれからどれだけの時が経っただろう。
自分はあの時を境に、色々なものが変わった。

人間にとって苦痛に思うことが何でもなくなった。
視界に入る生物の全てが、脆く儚く見えるようになった。
『不可能』なものがほとんど無くなって、満たされることも減った。

『黒狼はいるか』

黒狼『……何か御用かな?』

長い時を共にした黒狼も、すっかり歳をとった。
唯一、俺の弱さを知っているこいつは、今でも信頼の置ける存在だ。

『夢を見た。……『時』が近づいているんじゃないのか』

黒狼『あぁ、そうだろう。……行くのか?』

『……俺が行っても、彼女は喜ぶまい』

黒狼『ふっ。臆病だな』

『何だと』

黒狼『お前は、彼女に拒絶されるのが怖いだけだろう。その言い訳に彼女の感情を持ち出すとは、臆病な上に女々しいな』

『ふん。……俺にそこまで言えるのは、お前だけだ』

黒狼『行ってやれ。……他の者には、適当に言っておいてやる』

『頼んだぞ、黒狼』

黒狼『道中、気をつけるのだぞ。お前を狙う者は多いからな……――』

そう。俺は憎まれ、恐れられる存在となった。
俺を知らぬ者は――この世界に、誰一人としていない。

黒狼『良き再会を望む……魔王よ』



魔王「……」

時が流れても、自然的なものに変わりはない。
しかし流石に建造物はそうはいかず、何度も修理した跡でもはやボロボロだ。

魔王(まだ、ここに住んでいるのか)

わずかな魔力を感じ、確信を得る。
魔神の血を覚醒させてからも、何度かここを訪れたことがある。だが本格的に魔王として動くようになってから、1度も会っていない。

魔王(怒っているだろうか)

いや、怒るような性格ではない。どちらかというと、悲しんでいるか。
どちらにせよ、良い感情とはいえない。……俺は彼女からの恩を、仇で返してしまったことになるな。

魔王「失礼する」

意を決して扉を開け、中に入るが返事はない。
ギシギシ軋む床を歩き、俺は魔力を感じる方へと足を運んだ。

魔王「……久しぶりだな」

そう言って、部屋のドアを開けると――

聖女「ゴホ、ゴホ。……貴方ですか。随分、力強くなられて」

彼女は弱々しく――それでいて、穏やかに言った。

魔王「俺のことを忘れていなかったか」

聖女「忘れるものですか。……貴方は私に、物事を広く見ることを教えてくれた方ですから」

魔王「しかし広く見えるようになったところで、貴方は生き方を変えなかった」

聖女「えぇ。……変えるだけの勇気が、私にはありませんでしたねぇ」

魔王「貴方は清廉潔白を貫いた。それは誇って良いことだろう」

聖女「……いいえ。私は、貴方を悪者にしてしまった」

魔王「何のことだ」

聖女「私が最も欲していたものを、貴方は知っていた」

魔王「……」

彼女の欲していたもの――それは解放。

聖女「貴方は私の為に――神を殺し、魔王となった」

魔王「……」

神を殺すには、魔王になるしかなかった。
まずは俺自身が魔神の力を覚醒させ、組織を強化し、聖国を滅ぼし、更に力をつけた。
そうして神々と全面戦争になり――

聖女「神は滅び、私は解放された」

それは神に与えられた役目から。そして、不老不死の肉体から――

魔王「勘違いするな。貴方の為ではない。……故郷を滅ぼされた、復讐の為だ」

聖女「……神を殺す少し前に、貴方は私に会いに来て下さいましたね。あの時の貴方は、私と一緒に暮らしていた時の貴方だった」

魔王「……俺は変わってしまった」

聖女「どうでしょうね。変わった部分もあれば、変わっていない部分もあるでしょう」

魔王「……変わらないな、貴方は」

聖女「まぁまぁ。今の私を見てそうおっしゃるなんて……確かに、紳士になられたかしら?」

魔王「からかうな。……俺は、貴方の信仰する神を殺した魔王だぞ」

聖女「そうでしたね。なら――"聖女"としてでなく、"私"として言います」

彼女は笑った。
その笑顔は、やはり昔と変わらない――

聖女「また――会えて良かった」

心優しい、"聖女サマ"のもので――

魔王「……っ」

痛い。胸が鷲掴みにされたようだ。
こんな痛み、とうの昔に忘れていたのに――

聖女「……貴方にひとつ、わがままを言ってもよろしいでしょうか」

魔王「……何でも言うといい」

聖女「では……手を握って下さいませんか?」

魔王「あぁ」

俺は望み通り、彼女の手を握る。
既に体温がほとんど冷めた、シワの多い手を。

聖女「貴方に会えなければ――この瞬間は、来なかったのですね」

魔王「……っ」

聖女「ありがとうございます。……貴方には、感謝するばかりです」

魔王「……俺だって……」

聖女「ゴホ、ゴホッ」

魔王「……!」

触れ合った手で、彼女の灯火が弱まっているのを感じる。
今の俺なら、それをどうにかすることもできる。……だけど、しなかった。

魔王「……」

終わりはただ静かで、それでいて穏やかで……――

魔王「……」

彼女は――満たされることが、できただろうか。

立ち去ろうとした時、ふと彼女の側にあるものが目に入った。
人形だ。……あれからずっと、大事にしてくれていたのか。

魔王「……」

一瞬それに手を伸ばしかけたが――やめた。
俺が持つのは、彼女と過ごした記憶だけでいい。


聖女『また――会えて良かった』

俺もだよ――聖女サマ。


貴方に会えて良かった。

貴方のお陰で、俺は『生きる』ことができた。


魔王「ではな」


俺はもう少しだけ生きていく。

俺自身の手で、『魔王』を終わらせる為に――



Fin



あとがき

久々のssでした。お付き合い頂きありがとうございました。
自分にとって書きやすい恋愛やギャグではないので、なかなかタイピングが進まないのなんの(;´д`)
テーマは「見返り」ですかね。世界観の描写は簡潔でメイン2人のやりとりばかりになってるのは自分のssではお約束。

本ssはブログ限定ssなので、優しいコメント頂けたら喜びます(´∀`)
posted by ぽんざれす at 12:06| Comment(6) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月02日

元勇者「嫁にして下さい」 暗黒騎士「は?」

>暗黒砦


元勇者「実家に絶縁言い渡して、嫁入り道具も持ってきました! さぁ、この婚姻届に印鑑を!」

暗黒騎士「いや待て。お前、勇者としての使命はどうした」

元勇者「勇者交代したんだよねー。まぁ簡単に言うとお役御免ですわ」

暗黒騎士「早いな。まだ旅立って3ヶ月じゃなかったか?」

元勇者「おのれ、人間どもめ…この私を闇落ちさせたらどうなるか、思い知らせてやる…!!」ゴゴゴ

暗黒騎士「事情がわからん」

元勇者「お、聞きたい、聞きたい!? よーし、聞かせてあげましょう!!」

暗黒騎士「手短にな」


元勇者「そもそも私は"勇者一族"の末裔なの。そして私には、双子の兄がいるの」

暗黒騎士「ふむ」

元勇者「だけど兄は7歳の頃に行方をくらまし、発見された頃には意識を失っていた。それから10年間、眠り続けたままだった」

暗黒騎士「あぁ…聞いたことがあるな」

元勇者「それから、この私が勇者一族の跡取りとして育てられることとなった」

暗黒騎士「女だてらに苦労したな」

元勇者「そして魔王が目覚め、私が旅に出ることとなった。ところがっ!!」

暗黒騎士「ところが?」

元勇者「私が旅立って3ヶ月というタイミングで、兄が目を覚ました!! 私はこの寝坊助に、勇者の座を奪われたってわけよ!!」

暗黒騎士「いくら男とはいえ、10年も寝ていた奴に勇者なんて務まるのか?」

元勇者「この10年、兄の魂は天界の神と共にあったそうな」

暗黒騎士「……ほう?」

元勇者「神の下で修行を詰んだ兄の剣技は、そりゃもう見事なもんです。えぇ、私なんて瞬殺される程に」

暗黒騎士「……」

元勇者「ふ、ふふふ……」

暗黒騎士「どうした?」

元勇者「うがああぁぁ――ッ!!」ダンダンッ

暗黒騎士「!?」

元勇者「ふざけんなよクソが!! 私の10年間は何だったんだ!! 神のバッキャロー!!」ダンダンッ

暗黒騎士「……まぁ気持ちはわかる」

元勇者「というわけで闇落ちすることに決めたわけ。嫁にして、暗黒騎士」

暗黒騎士「何故そうなる」

元勇者「だって暗黒騎士だって、人間サイドから闇落ちして魔王の配下になったんでしょ? 色々教えて下さい、パイセン!」

暗黒騎士「俺に何のメリットもないな」

元勇者「B87、W58、H88」

暗黒騎士「体をアピールしてどうする」

元勇者「闇落ちの基本は陵辱でしょ」

暗黒騎士「陵辱する前から堕ちる気満々でどうする。そもそも俺にそんな趣味はない」

元勇者「じゃあどうしろってんだよォ!!」ダンダンッ

暗黒騎士「逆ギレするな」





悪魔「お茶だぜェ~」

元勇者「ありがとう」

暗黒騎士「で、元勇者よ……」

元勇者「その呼び名はヤダ」

暗黒騎士「そうか。何と呼べばいい?」

元勇者「そうだな~…"暗黒の花嫁"とかどう?」

暗黒騎士「勇者と呼ばれる前は何と呼ばれていた?」

元勇者「むぅ。"嬢"だよ、勇者一族のお嬢さん」

暗黒騎士「そうか、お嬢。とりあえず帰れ」

元勇者→嬢「えぇー、何でー。闇落ちさせてよ闇落ちー」

暗黒騎士「一時の感情で闇落ちなんてするものじゃないぞ。これは先輩からの忠告だ」

嬢「一時の感情じゃないもん! 人間にしっぺ返しする気満々だもん!」

暗黒騎士「闇落ちを気楽に考える阿呆なぞ邪魔なだけだ。帰れ帰れ」

嬢「むううぅ~……」



暗黒騎士「ふぅ、帰ったか」

悪魔「ヒャヒャッ。暗黒騎士ぃ、良かったのかー。利用価値ありそうな小娘だったじゃんよォ」

暗黒騎士「あんな阿呆娘を利用するほど落ちぶれていない」

暗黒騎士(それに、あの阿呆娘の動機といい境遇といい……)

暗黒騎士(俺と、色々重なるところがある。…だからこそ、受け入れたくなかった)





俺は元々、聖都の聖騎士団――人間側で、騎士団を率いていた。
だが元老院は魔王側と和平を結ぶことを決定し、その際に聖騎士団を切り捨てた。今までの魔王との諍いの原因は聖騎士団にあると、聖騎士団に罪を被せてきたのだ。

元老院が俺に下した処罰は、斬首刑――

裏切られた怒り。死にたくないという想い。
この2つの気持ちから、俺は、人間を裏切ることを決めた。


暗黒騎士「う……」


しかし今でも、あのことは夢に出てくる。
俺は脱獄の際に――


『ああぁ――ッ!』
『た、たすけ……』
『う……ッ』


元老院の人間を1人残らず――殺した。


暗黒騎士「……ハッ!」

ベッドの上で飛び起きる。また、あの夢だ。

暗黒騎士(魔王軍に寝返ったことを後悔しているわけじゃない。だが…それでも嫌なものだ。人を切る、という感覚は)

嬢「どったの暗黒騎士? 悪夢でも見た?」

暗黒騎士「」


<うわあああああぁぁぁぁぁぁ

悪魔「暗黒騎士の声!?」ガバッ


悪魔「どしたっ!!」ダダッ

暗黒騎士「何でここにいるんだ! この、このっ!」バシバシ

嬢「夜這いだよ夜這い~。ねぇねぇ、どぅお~?」

暗黒騎士「寄るなぁ!!」バシバシ

悪魔「おわちゃー。ビバ☆肉食系女子って感じィ?」

暗黒騎士「警備兵はどうしたぁ!!」

悪魔「廊下で倒れてたぞ」

嬢「全滅させた☆ あ、気絶させただけだから殺してないよ」テヘペロ

暗黒騎士「何て恐ろしい女だ……!!」

嬢「You、もう娶っちゃいなよ!」

暗黒騎士「…ついて来い!」グイッ

嬢「あらヤダ暗黒騎士ったら大胆なんだからぁ」

暗黒騎士「ここに立て」

嬢「わぁ真っ暗! そっか暗黒騎士って電気消すタイプなんだね~」


ガチャン


嬢「ガチャン? ん? なに、この鉄格子?」

暗黒騎士「そこに入ってろ!」

嬢「えっ、もしかして監禁プレイ!? やだー、レベル高~い!」

暗黒騎士「無視だ、無視」スタスタ

悪魔「おやすみィ~♪」



>翌日


暗黒騎士「いつあいつが牢獄を破ってくるかという心労から、全然眠れなかった……」

悪魔「牢屋の中にいるから大丈夫だぜ~。元気に三杯飯も食ったし!」

暗黒騎士「あいつの処遇をこれからどうするか……」

猫耳「暗黒騎士ぃー!」バァン

暗黒騎士「猫、どうした」

猫耳「砦に人間が近付いてきてる! 間違いない…あいつ、新勇者だ!」

暗黒騎士「!!」

悪魔「おやァ。妹を助けに来たのかねェ?」

暗黒騎士「あー…非常に厄介だな」

悪魔「ほっとくわけにはいかねぇだろ」

暗黒騎士「そうだな……」



>砦前


勇者「嬢は、この砦に囚われているのか…。待ってろよ、助けてやるからな!!」

暗黒騎士「よくぞ来たな、勇者よ」スッ

勇者「その鎧…元聖騎士長、現魔王軍幹部の暗黒騎士だな! まさか砦のボス自ら現れるとは……」

暗黒騎士「お前の目的は、あの元勇者か?」

勇者「そうだ! 妹を返してもらう!」

暗黒騎士「いいだろう」

勇者「え?」


悪魔「連れてきたぞー」

嬢「!! お兄様……」

勇者(嬢…!? いや…これは罠か!?)

暗黒騎士(さっさと連れ帰ってくれ)

嬢「お兄様ぁーっ!」ダダッ

勇者「嬢……!」

暗黒騎士(よし行ったか)

嬢「お兄様ぁ、私、私……」ダダッ

勇者「安心しろ嬢、俺が守ってや……」

嬢「どっせええぇい!!」バキイイィッ

勇者「」

暗黒騎士「」

悪魔「ナイスヒット!」グッ

勇者「ガハ……」ピクピク

嬢「さぁ暗黒騎士! どうする、殺る!? それとも魔王に引き渡す!?」

暗黒騎士「待て」





猫耳「勇者、帰ったよ~」

暗黒騎士「そうか、良かった」

嬢「何で無事に帰すの? やる気ないの?」

暗黒騎士「こちらの尊厳に関わるんだ!」

嬢「尊厳? ハンッ、私らの尊厳を踏みにじったのは人間の方じゃんか! 外道な手段もバンバンやっちゃいましょうぜ!」

暗黒騎士「お前のような極悪人と同類にはなりたくない。とにかく余計なことはするな、わかったか!」

ガチャン

嬢「ちぇー、また監禁アンド放置プレイかー」

悪魔「わりーね。あいつ、聖騎士団を率いていただけあって、卑怯者になりきれないんだよなぁ」

猫耳「まぁボクらで良ければ話し相手にはなるよ、暇だし」

嬢「ねぇねぇ。暗黒騎士ってここの砦の番人…貴方達の上司でしょ? 上司に対してフレンドリーだね?」

悪魔「あー、魔王軍は割と上下関係がユルいからな。アットホームが売りの職場よ!」

猫耳「魔王様も基本無礼講な人だしにゃ~」

嬢「あ、そーなの。てっきり怖い人かと思ったわー」

悪魔「ま、怖いっちゃ怖いよ。暗黒騎士が勇者を見逃したのも、魔王様が怖いからだろうし」

嬢「ん? どゆこと?」

猫耳「魔王様は好戦的だからにゃ~。口には出さないけど、自ら勇者と戦いたがってるんだよね~」

悪魔「オレらが勇者を倒しちまったら、それこそ魔王様の逆鱗に触れるんだよなァ。だから、オレらは適度にサボっておくのが1番いいわけ」

嬢「ヌルい職場だね~!」


<あはははは


暗黒騎士(えぇい、和気藹々とするな……!!)



>翌日


嬢「でさ~!」

魔物たち「ワハハハハハ」

暗黒騎士「おい!!」

嬢「あ、暗黒騎士! 求婚しに来たの?」

暗黒騎士「違う! おいお前たち、仕事をサボって談笑するな!!」

悪魔「いいじゃん。可愛い女の子と喋れる機会って、そうそう無いんだからさ~」

猫耳「嬢と話すのは面白いにゃ~」

暗黒騎士「お前たち……男所帯のせいで、女に対して異様に甘くなったのか……。ちなみに、どんな話をしていたのだ?」

猫耳「今は国王暗殺計画のパターン14について」

暗黒騎士「そんな話をする女にほだされるな!!」

嬢「真剣な恋バナなんだよ。国王の首を持って来れば、暗黒騎士は私を好きになってくれるかなぁ…って」チラッ

暗黒騎士「物騒な女は願い下げだ。俺は淑やかな女が好きなのでな」

嬢「舞踊とか、お茶とかお花なら心得があるよ。通信教育で!」

暗黒騎士「何故通信…というのは、どうでもいいか。教養の問題ではなく、日頃の言動がだな……」

悪魔「おやおや~。『俺の理想はこうだ』って教えてやるってことは、嬢ちゃんにそうなれってことかな~?」

猫耳「やったね嬢、チャンス大ありだよ!」

暗黒騎士「!!」

嬢「暗黒騎士様…私、貴方様の為に精進致しますわ」

暗黒騎士「えぇい気色悪い! もう来ないからな!」

<ヒソヒソ

嬢「私って魅力ないのかなぁ……」シュン

悪魔「そんなことねーって! 嬢ちゃんは可愛いって!」

猫耳「そうだな~。髪伸ばして、可愛い服着たら大変身しそう」

嬢「そっかな~。ちょっと伸ばしてみよっかな」

<ワイワイ

暗黒騎士(あー…何てゆるい雰囲気だ)





魔物――敵対していた頃は恐ろしい相手だった。
人間側にいた頃、魔物に対抗する為に日夜修行を続けていた。
修行に相当な時間を費やし、私生活のほとんどを職務に捧げてきた。


だというのに――


悪魔「んぎゃー、猫テメェー!! オレのプリン食ったなあぁ!!」

猫耳「こないだボクのクッキー食べたから、その仕返しだもんね~」

悪魔「プリンとクッキーじゃレベルがちっげーだろが! よっしゃテメェ、表出ろやァ!」

猫耳「はんっ、やなこった。何故ならボクが100%負けるからね!」

悪魔「てめぇコラアアァァ!!」ゴオオォォ

暗黒騎士「下らないことで魔法を発動させるなーっ!!」

暗黒騎士(何て幼稚な奴らだ……)


あれだけ恐ろしく思えていた魔物は、身内となれば阿呆の集まり。
こんな奴らの為に自分はあれだけ頑張っていたのかと思うと、何だかむなしくなる時がある。


暗黒騎士(まぁ…人間は精一杯の努力をして、ようやく魔物に並べるのだろう)





猫耳「暗黒騎士~、嬢から伝言~」

悪魔「伝言~」

暗黒騎士「…一応聞いておこう。何だ」

猫耳「息が詰まるから出して欲しいって」

暗黒騎士「却下。あいつを野放しにしたら、俺の貞操が危険だ」

悪魔「へぇー。暗黒騎士は女の子に貞操奪われちゃう程度の男なんだ~?」

暗黒騎士「ただの女じゃないだろう、あれは」

猫耳「童貞なんてとっとと捨てちゃえって~」

暗黒騎士「余計なお世話だ!」

悪魔「そう言うと思って、嬢ちゃんから手紙預かってきたんだよ。見ろホラ」

暗黒騎士「……」カサ


"ごめんなさい、本当すみません。こんな私のようなクズで良ければ、まずはお友達から…あ、それすらおこがましかったですね。まずは下僕にして頂けませんか? それともこんな小汚い女はイヤでしょうか。 嬢"


暗黒騎士「何でこんなに卑屈になっているんだ」

猫耳「ほら、日光に当たらないとメンタルやられるって言うし」

暗黒騎士「……わかった、出してやれ。悪魔、猫耳、お前たちが監視しておけよ」

悪魔&猫耳「ウーッス」



嬢「あぁ…シャバの空気は美味しいわ……」フラフラ

暗黒騎士「……少し見ない間にやつれたな」

嬢「あぁ暗黒騎士様、私のようなゴミクズに声をかけて下さるなんて!」パアァ

暗黒騎士「本当にお前どうしたんだ」

悪魔「大丈夫だって、ちょっと嬢ちゃん連れて中立街に行ってくるわ!」

猫耳「中立街は人間と魔物が共存してるんだよ~。ボクらが一緒にいても誰も気にしないから!」

嬢「私なんかと一緒にいてくれるの…? 嬉しい」ポロポロ

ばっさばっさ

暗黒騎士(……あの2人、堂々と仕事をサボりやがった……)



>3時間後


嬢「ただいまダーリン♪ お帰りのキスして~!」ギュッ

暗黒騎士「えぇい、ひっつくな! この数時間の間に何があったのだ!」

悪魔「日光に存分に当たった」

猫耳「甘いもの一杯食べた」

暗黒騎士「いやちょっと待て、元気を取り戻すメカニズムが単純すぎるぞ」

嬢「さてパイセン! 改めて…私を闇落ちさせて下さいッ!!」ガバッ

暗黒騎士「数日日光に当たらなかっただけでやつれる奴が闇落ちできると思っているのか!」

悪魔「いやでも暗黒騎士、放置してたら勇者とか国王とかを殺しに行きかねないぞ」ヒソヒソ

暗黒騎士「……そうだな」ハァ

嬢「!! 闇落ちさせてくれるんですか!?」

暗黒騎士「砦の警備兵達に飲み物を差し入れしてこい。下っ端の仕事は雑用からだ」

嬢「了解!」タタッ

悪魔「お前、適当こいたろ?」

暗黒騎士「マトモに相手してやる義理はない。都合良く使える下っ端がいれば便利だし、嫌になれば帰るだろう」

悪魔「まぁ、そうだろうけどね~……」


<ゴポゴポ……ドカアアァァン

暗黒騎士「!?」

悪魔「な、何だ!? 厨房からだな!」

猫耳「あれ、厨房はさっき嬢が向かったハズ……」



嬢「うわちゃー……ゴホゴホ」

暗黒騎士「な、何だこの黒コゲは!?」

嬢「コーヒー作るの失敗しちゃった~」

暗黒騎士「コーヒーもまともに淹れられないのか…インスタントだぞ、これ」

嬢「うぅ……。悪かったですね、何も教わってこなかったんだもん……」グスグス

暗黒騎士「泣くなよ……」

猫耳「ボクが教えてあげるから、ね? 泣かないで、嬢」

嬢「うん……」グスッ

悪魔「見張ってねーといけねぇな。色んな意味で」

暗黒騎士「そうだな……」





それから数日…


悪魔「勇者だが、北の山を突破したそうだぞ」

暗黒騎士「そうか。結局、砦を攻めてきたのは1度だけだったな」

暗黒騎士(妹が心配ではないのか。それとも殺さないと思って、後回しにしているのか?)

悪魔「あと中央国軍と、東の砦が交戦を始めた。軍師の読みでは、決着がつくのは何週間かかかるっぽい」

暗黒騎士「その内、増援として呼ばれるかもしれんな。とりあえずこちらは、砦をしっかり守っておくか」

嬢「暗黒騎士様~、悪魔くーん!」タタタッ

悪魔「お?」

嬢「コーヒー淹れましたよ。暗黒騎士様はブラック、悪魔君はミルク多めだったよね!」

悪魔「さんきゅー」

暗黒騎士「ようやくマトモにコーヒーを淹れられるようになったな」

悪魔「掃除の仕方やら、包丁の使い方やら、猫に色々と教わってるんだって?」

嬢「闇落ちの為、日々、頑張ってます!」ビシィ

暗黒騎士(それは闇落ちでなくて主婦業だ。疑問を持たないのか……)

悪魔「嬢ちゃん頑張ってるから、中立街でケーキ奢ってやるよ」

嬢「ケーキ! いいの!?」キラキラ

悪魔「可愛い女の子にケーキ奢るのが好きなんだよね~」

嬢「ありがとう悪魔君!」

暗黒騎士「……」

暗黒騎士(俺にひっついてくることはなくなり、魔物たちと上手くやっているようだな。このままでは家に帰らないだろうが…まぁ、いいか)


悪魔「タクシー鳥を用意しといたぜ~。行くか!」

猫耳「わーい、街だ街だ~」

暗黒騎士「お前たち、サボるにしてももっとコソコソとやれ」

悪魔「どうせ砦は暇だ。お前もたまには羽を伸ばせば~?」

暗黒騎士「結構だ」

嬢「あら暗黒騎士様。優れた戦士はきちんと休養も取るものですよ」

猫耳「いいこと言った、嬢! 暗黒騎士ったらずっと休んでないもんね!」

暗黒騎士「サボり魔の部下をカバーしているからなぁ?」

悪魔「お前がサボったら誰かがカバーしてくれるって。よし暗黒騎士、お前も行くぞ!」グイ

猫耳「連行決定!」グイ

暗黒騎士「おい!」

嬢「わーい、皆で遊びましょう!」

猫耳「休息、休息!」

悪魔「労わってやるからよぉ、生真面目な上司サマ!」

暗黒騎士(全く……)





>街


猫耳「並んだ甲斐あったね! 美味しいよ、これ!」

暗黒騎士「…別に構わんが、労わると言いながら俺の奢りか」

猫耳「いいじゃな~い、上司なんだから~」

暗黒騎士「そういえば、あの2人はどこに行った。行列は嫌いだから別行動すると言っていたが……」

猫耳「さぁね~。仲良くデートしてるんじゃない?」

暗黒騎士「そういう関係なのか?」

猫耳「冗談だってば。…あ、トイレ行きたくなってきた」

暗黒騎士「行ってこい、待っててやるから」

猫耳「行ってくる~」タタタ


暗黒騎士「ふー…」

悪魔「おーい、暗黒騎士ィ~」

暗黒騎士「ん、悪魔か……」クルッ


暗黒騎士「――っ」

嬢「っ!」ビクッ

暗黒騎士「……」

嬢「……」

悪魔「おぉー。な? 嬢ちゃん。暗黒騎士の奴、嬢ちゃんに見惚れてんぜ」イヒヒ

暗黒騎士「断じて違う。ただ…様変わりしたな」

悪魔「だろ? 髪伸びてきたからセットして、服はオレが見立てた。シックなデザインのドレス可愛いだろ、な?」

嬢「………」

悪魔「ん、どした? 嬢ちゃん」

嬢「……うううぅぅ~」

暗黒騎士「?」

嬢「やっぱ恥ずかしい! 私には似合わないよ、こういう女の子な格好は~」モジモジ

暗黒騎士(な、何だ? こいつの分際で恥じらっているのか?)

悪魔「なにをー。それはオレの見立てのセンスが悪いってことかぁ~?」

嬢「そういうことじゃなくて!! 自分で違和感が凄いんだよ~」

悪魔「慣れてねーだけだって、堂々としてな!」

嬢「無理! やっぱ元の服に着替えてくるぅ!」

悪魔「待て待てーィ!」ガシッ

嬢「やーだー!」ジタバタ

暗黒騎士「人前で騒ぐな阿呆共が」

嬢「だって……」モジモジ

悪魔「お前からも言ってやれよ、可愛いぞって!」

暗黒騎士「言えるか」

嬢「ですよねー」ショボン

暗黒騎士「…あー、その、何だ」

嬢「?」

暗黒騎士「服飾については疎いので、無責任に評価はできないが…悪くないと思うぞ」

嬢「………え?」

悪魔「ひねくれものー。『いい』って言えばいいものを」

暗黒騎士「そうとは言ってないが」

悪魔「お前の言う『悪くない』は『いい』って意味なの! 良かったなぁ、嬢ちゃん!」

嬢「……うん」コクン

暗黒騎士(勝手な解釈を……。しかし、この阿呆お嬢、また様子が変わったな?)

悪魔「猫の方がまだマトモな感想言いそうだな…そいや猫はどこへ…」


モブ「おい、あんた。魔王軍の暗黒騎士だろ?」

暗黒騎士「ん?」

悪魔「そうだけど何か?」

モブ「隠れた方がいい。魔王軍幹部が来てると聞きつけた中央国軍の奴らが、探してるぞ」

暗黒騎士「情報が伝わるのが早いな…」

悪魔「面倒だし、物陰に隠れようぜ。サンキューな、名もなきモブ!」



兵士A「……」

兵士B「……」


悪魔「うわー、この中立街で、鎧姿で堂々と闊歩してやがるぜ。ちょっとは忍べよな」

暗黒騎士「権威を見せつけているつもりか。だが、お陰で事前に遭遇を回避できた」

悪魔「よこすなら勇者をよこせっつーの。名もなきモブ兵なんかにやられる暗黒騎士じゃねぇぞ~」

嬢「多分、勇者は来ないよ。勇者一族と、中央国の方針は違うんだ」

悪魔「へぇ?」

嬢「勇者一族は、最短ルートで頭…魔王だけを討つことを目的としているけど、中央国は、反乱分子を根絶やしにするという方針なんだよね」

暗黒騎士「なるほど。方針の違いで揉めたりはしないのか」

嬢「表だって揉めはしないけど、やっぱり互いに不満はあるかな。でもそれぞれ、方針通りに動いてるから」

悪魔「フーン…っておい、兵士が一般人に絡んでやがるぜ」

暗黒騎士「悪魔、声を拾えるか」

悪魔「あいよ~。聴力増強魔法!」ギュゥーン


兵士A「チッ、誰に聞いても知らぬ存ぜぬ。中立街と言いつつ、ここの連中は魔物寄りなんじゃねぇか?」

兵士B「中立街の連中は揉め事を嫌うからな、仕方ない」

兵士C「取り巻きがいない今が、奴を討つチャンスなんだがな。コソコソ逃げ回りやがって、臆病者なのかもな」ハハハ


悪魔「うわ腹立つわー」

暗黒騎士「好きに言わせておけ。実際、揉め事を起こすわけにはいかないだろう」

嬢「仕掛けてきたのはあっちですよ」

暗黒騎士「揉め事を起こして中立街から弾かれるのは、人間にとっては大したことないかもしれないが、我々にとっては痛手なんだ」

嬢「ふむ?」

暗黒騎士「魔物側の商業的文化は人間より遥かに劣る。この中立街は魔物にとって貴重な商業地なんだ」

嬢「なるほど」

悪魔「ま、適当にやり過ごして………ッ!!」

暗黒騎士「どうした、悪魔」

悪魔「あれ…見ろ!」

嬢「え……?」

暗黒騎士「!!」


猫耳「んにゃあぁ~、痛い痛い! 耳引っ張らないでぇ~!!」

兵士D「魔王軍の魔物を見つけたぜ」


暗黒騎士「猫……! くっ、捕まったか!」

悪魔「野郎共、猫に何する気だ……!」


兵士A「魔王軍の魔物つっても下っ端だろ? 捕虜としての価値もねぇ」

兵士B「おい小僧、暗黒騎士の野郎はこの街にいるんだろ!」

猫耳「いないよ! ここへはボク1人で来…」

兵士C「嘘つくんじゃねぇぞ!」バチン

猫耳「うぶっ」

兵士D[本当のこと言えよオラァ!!」ドカッ

猫耳「ぐっ。嘘じゃない…!!」


悪魔「野郎…!!」

暗黒騎士「抑えろ。猫が耐えているのを無駄にできない」

悪魔「けど、このままじゃ猫が殺されちまうぞ! 見捨てるのかよ!」

暗黒騎士「出ていけば戦闘は免れないだろう。そうすれば我々の軍だけでなく、魔物全体が中立街に弾かれる可能性もあるぞ」

悪魔「クソ。中央国軍の奴ら、よりによってこんな場所で!」

暗黒騎士「中立街に弾かれるのは魔物にとって痛手。それも奴らの狙い通りだろう」

悪魔「ぐぐ…。暗黒騎士、オレはこのまま大人しくしていられる自信ねぇぞ…!」

暗黒騎士(俺だってそうだ…)ギュッ

自分の立場としての"最善"は、暗黒騎士個人としては不本意な手段だった。
こうして猫耳がやられている間、増幅する人間への憎しみ。後で倍にして返す。その為に今は、ひたすら耐えるしかない。


だが――


「やめろーっ!!」


暗黒騎士「!?」

悪魔「!!」


失念していた。ここに、イレギュラーな存在がいたことに。


猫耳「うぅ…嬢……?」

嬢「今すぐやめろ! 猫君は、私の友達だ!」

兵士A「元勇者殿…!?」

兵士B「確か、暗黒騎士に囚われていたのでは……」


悪魔「うわあぁ~…嬢ちゃん、それは自分の立場悪くするだけだぞ~…」

暗黒騎士(あの阿呆娘が……!)


兵士C「友達とおっしゃったか? こいつは我々の敵…魔王軍の魔物ですよ?」

嬢「そんなの関係ない、友達は友達だから!」

兵士C「どうやら彼女は、ストックホルム症候群にかかっているようだな」

兵士D「あぁ。これはすぐに保護する必要性があるだろう…力づくでもな」チャキ

猫耳「嬢! ダメだ、逃げ――」

兵士A「黙れ!!」バキィ

猫耳「!!!」

嬢「猫君っ!!」

兵士B「さぁ元勇者殿、帰りましょう。皆心配していますよ」ポン

嬢「……帰らない」

兵士B「え?」

嬢「私の人生メチャクチャにしたのは、その"皆"だろ――ッ!!」バキィ

兵士B「!!!」


悪魔「うわあぁー! 嬢ちゃんを止めないと…!」

暗黒騎士「待て! 我々が出ていくわけにはいかん!!」

暗黒騎士(それに…もう手遅れだ)


嬢「"勇者"として生きろと言われて、私はやりたいこと全部諦めてきた!」

嬢「もっと女の子らしいことしたかった! 友達も欲しかった! 恋人も欲しかった! だけど全部ダメだって、私には自由がなかった!!」

嬢「なのに、真の勇者が現れたら私はあっさりと見捨てられた! その証拠に、勇者以外誰一人として私を助けに来なかったじゃんか!」


暗黒騎士「………」

悪魔「兵士4人ともブッ倒しやがった…。中立街的には、人間サイドの内輪揉めと片付けられるだろうけど……」


兵士A「ク…暗黒騎士に凌辱されて堕ちたという噂もあったが、本当だったか」

兵士B「これは立派な反逆罪だ。国王に報告だ! 撤退するぞ!」

ダダッ……


嬢「猫君、大丈夫?」

猫耳「ううぅ~……」

暗黒騎士「…やってしまったな、阿呆娘」

嬢「……だって」

暗黒騎士「話は街を出てからだ。ここでは目立って仕方がない」

嬢「……はい」

悪魔「ほら、おぶされ。クソ人間どもめ、ゼッテー許さねぇぞ!」

猫耳「ありがとにゃ~……」





>暗黒砦


嬢「……」ソワソワ

暗黒騎士「おい、阿呆娘」

嬢「暗黒騎士様! 猫君は……」

暗黒騎士「見た目は派手な怪我だが、命に別状はない」

嬢「良かった~…」ホッ

暗黒騎士「良くはない、阿呆娘」コン

嬢「つっ」

暗黒騎士「これで、俺がお前を凌辱して闇落ちさせたというデマが拡散される。とんだ風評被害だ」

嬢「それは私が流した噂じゃないですし~……」

暗黒騎士「それに、これでお前は反逆者と認定されてしまった」

嬢「あら、心配してくれているんですか?」フフ

暗黒騎士「帰る場所がなくなったお前がここに居着くだろうと思うと、頭が痛いんだよ!」ゴンッ

嬢「いだぁ!!」

暗黒騎士「阿呆だ阿呆だと思っていたが、ここまで阿呆だとは…」クドクド

嬢「ひぃー…」

暗黒騎士「……でも、まぁ」ポン

嬢「!」

暗黒騎士「…猫を助けたこと、それだけは感謝する」ポンポン

嬢「……」ホケー

暗黒騎士「? どうした」

嬢「えへへ…暗黒騎士様に感謝されちゃった」

暗黒騎士「阿呆」グリグリ

嬢「あだぁ~!」

暗黒騎士「全く…自分の状況がわかっているのか」

嬢「わかっていますよ。初めてここに来た時に言った通り、私は闇落ちする気満々なんですから」

暗黒騎士「……」



嬢『"勇者"として生きろと言われて、私はやりたいこと全部諦めてきた!』

嬢『もっと女の子らしいことしたかった! 友達も欲しかった! 恋人も欲しかった! だけど全部ダメだって、私には自由がなかった!!』

嬢『なのに、真の勇者が現れたら私はあっさりと見捨てられた! その証拠に、勇者以外誰一人として私を助けに来なかったじゃんか!』



あの時の言葉は本音なのだろう。
今までの言動を振り返ってみても、それは頷ける。


嬢『舞踊とか、お茶とかお花なら心得があるよ。通信教育で!』

こいつの"やりたかったこと"は、堂々とできなかったのだろう。


暗黒騎士『コーヒーもまともに淹れられないのか…インスタントだぞ、これ』

嬢『うぅ……。悪かったですね、何も教わってこなかったんだもん……』グスグス

日常生活に必要なことは、ほとんど教えられずにきたのだろう。


嬢『やっぱ恥ずかしい! 私には似合わないよ、こういう女の子な格好は~』モジモジ

きっと"女"の部分を抑圧されて育ってきたのだろう。


暗黒騎士(7歳から、10年間か……)

人間の寿命を考えれば、10年という歳月は長い。若い時ならば、それは尚更だ。
彼女はその歳月を勇者として教育されてきた。そして、あっさり見捨てられた。


嬢「何を考えていらっしゃるんですか?」

暗黒騎士「…笑うな」

嬢「え?」

暗黒騎士「辛い気持ちを表に出すな、というのも教育の賜物か?」

嬢「えと…別に私、辛いなんて」

暗黒騎士「辛いとも思わないくせに、闇落ちしに来たのか?」

嬢「……」

暗黒騎士「どうなんだ」

嬢「…はは。そうですね。やっぱり私…辛いのかも」

暗黒騎士「初めからそう言え。強がる女は嫌いだ」

嬢「へへへ…。じゃあ暗黒騎士様。強がるのやめるので、私を側に置いて下さいますか?」

暗黒騎士「お前の望むようにはしない」

嬢「そんなぁ~!」

暗黒騎士「……お前は、あれだろう。俺の配下になりたいのだろう」

嬢「…? はい、まぁ」

暗黒騎士「俺は女を配下にしない主義なんだ」

嬢「ええぇ! 私、男に負けない自信ありますよ!」

暗黒騎士「関係ない。強かろうと、女を戦わせるのは嫌いだ」

嬢「ううぅ~…」

暗黒騎士「……俺がいいのか?」

嬢「……え?」

暗黒騎士「俺以外の幹部なら、お前を配下として使うかもしれん。それでも、俺がいいのか?」

嬢「はい!」

嬢は迷わずに答えた。

嬢「最初は、同じ人間だからという理由で貴方の元に来ました! けれど私は、実直で硬派な、暗黒騎士様が好きです!」

暗黒騎士(……好き?)

それはどういう意味で…と気にはなったが、あえてスルーする。
とりあえず、この嬢は元いた場所よりも他の場所よりも、自分の側を選んだ。

暗黒騎士「俺の側で闇落ちしたいなら、お前の役割はひとつ――」

嬢「……?」

暗黒騎士「――俺に、守られろ」

嬢「!!」

暗黒騎士「守るものが多い方が、俺は強くいられる。守られていろ、女ならな」

勇者として戦っていた――もしかしたら自分より強いかもしれない女を相手に、阿呆なことを言っているかもしれない。
だけどやっぱり、女は女であって、それはどうしても譲れない。

嬢「…ふふっ」

暗黒騎士「? どうした」

嬢「守ってもらえるなんて…まるで、物語のヒロインみたいですね。私、ずっとヒーローだったので」

暗黒騎士「…嫌か?」

嬢「まさか。上手く言えないけど…キュンとしました!」ヘヘッ

暗黒騎士「それは困る」

嬢「暗黒騎士様の意地悪~っ!」





守られろ、とは言ったが。


猫耳「コタツでみかんは最強だにゃ~…」ヌクヌク

悪魔「コタツから一歩も出れねー…」ヌクヌク

嬢「ダンジョンにコタツ置いてたら、もうそれがトラップだよねー…」ヌクヌク

暗黒騎士(平和だな)


相変わらず砦に攻めてくる敵もなく、平和に日々を過ごしていた。

ただひとつ、前より変わったことと言えば――


暗黒騎士「コタツから出ろ、戦闘訓練の時間だぞ」

悪魔「いやでーす」

猫耳「やーだー」

暗黒騎士「せめて『後でやります』と嘘でも言え。力ずくで引きずり出すぞ」グイッ

悪魔&猫耳「ギャース!!」

嬢「頑張ってね、2人とも。訓練後に、おやつと飲み物用意しとくから」

猫耳「ありがたやー」

悪魔「マイエンジェル~。それに比べてコイツは、悪魔のような男だな!」

暗黒騎士「悪魔に悪魔と言われたくない。…おい、嬢」

嬢「何ですか?」

暗黒騎士「風呂の準備も頼む。訓練後すぐに汗を流したい」

嬢「わかりました。頑張って下さい」フフ


嬢の名前を呼べるようになった。
嬢が自分の側にいることを受け入れたことで、心の距離が縮まったように思える。


暗黒騎士「ハアァッ!!」

悪魔「あだーっ!」

暗黒騎士「動きがワンパターンだ。折角の素早さを活かしきれてないぞ」

悪魔「へいへーい。あ、訓練終わりの時間だぜ~」

暗黒騎士「そうだな。各自、疲れを取っておけ」

悪魔&猫耳「うぃーっす」



暗黒騎士(さて風呂だが……)ガラガラッ

嬢「どうぞいらっしゃい♪」

暗黒騎士「……」ガラガラッ←閉めた

暗黒騎士「疲れているのかな」

嬢「暗黒騎士様ーっ、どうして出て行っちゃうんですかーっ!」ガラガラッ

暗黒騎士「薄着でスタンバっている痴女がいれば、そりゃあ逃げる」

嬢「お背中を流させて頂こうと思いまして…」

暗黒騎士「本音は?」

嬢「筋肉美たまらんわ~。手が滑ったフリして撫でつ触りつ」

ポイッ

嬢「暗黒騎士様ぁ~、窓から放り投げるなんてひどすぎます~っ! 寒い寒い!」

気安い仲になったこと自体は良いのだが…。

暗黒騎士「砦に押しかけて来た頃に逆戻りするな、阿呆娘が!!」





暗黒騎士「いい風呂だった。何かハプニングもあった気はするが忘れた。少し涼むか」

嬢「寒いよぉ~」ブルブル

暗黒騎士「嬢、どうしてそんな薄着で外にいるんだ? 風邪を引くぞ」

嬢「本気で忘れないで下さいよ!!」

悪魔「暗黒騎士ィ~」

暗黒騎士「悪魔、どうした」

悪魔「魔王様より通信だぜ。ハイヨ、魔鏡」ヨッコイセ

暗黒騎士「すまないな悪魔」

嬢(この鏡に魔王の姿が映るってわけ…。そういえば魔王の顔も知らなかったな)

暗黒騎士「魔王様、俺です」

もやもや…


魔王『暗黒騎士、久しぶりね』


嬢「ブフッ!」

悪魔「どうした嬢ちゃん?」

嬢「こ、この美人でセクシーなお姉様は……」

悪魔「魔王様だぜ?」

嬢「女の人だったのおおぉぉ!?」



魔王『勇者が着実に近づいてきているみたい。強いわね、彼』

暗黒騎士「招集命令はまだですか、魔王様。この砦は退屈でたまりません」

魔王『その時が来たら呼ぶから、焦らないの。貴方って本当に生真面目よねぇ』

暗黒騎士「魔王軍幹部として当然のことをしているまでです」

魔王『ふふ、頼もしい。でも私の性分は知っているでしょう? 勇者とは是非、一騎打ちでやりたいところよ』

暗黒騎士「…いくら貴方といえど、勇者相手に確実に勝てるとは思えません」

魔王『それはそれで仕方ないわ。私の方が弱いというだけなのだから』

暗黒騎士「しかし…」

魔王『私、思うのよ。これは私のご先祖様が始めた争いだから、私が責任を持つ。だけど貴方達にまで同じものを背負わせる必要はないんじゃないか…って』

暗黒騎士「我々の命は魔王様のものです。同じものを背負わせてもらえないというのは、酷というものです」

魔王『も~、暗黒騎士ったら真面目すぎて扱いに困るわ~。でもありがとう、時が来たら招集をかけるわ。それじゃあね』


プツン


暗黒騎士「悪魔、もう鏡を下ろしていいぞ」

悪魔「オウ」

嬢「暗黒騎士様……」プルプル

暗黒騎士「ん?」

嬢「何なんですかあぁ!? 暗黒騎士様は魔王が好きなんですか!? びえええぇぇぇん!!」

暗黒騎士「……は?」

悪魔「暗黒騎士、抱きしめて囁いてやれよ。『そんなことはない、お前だけだ』って」

暗黒騎士「断る」





嬢「暗黒騎士様のばかー」イジイジ

猫耳「どうしたの、嬢?」

悪魔「あぁ、かくかくしかじか」

猫耳「なるほどにゃー」

嬢「ううぅ、あんなに綺麗なお姉さん相手に太刀打ちできないよぅ…」

猫耳「まぁ確かに暗黒騎士にとって魔王様は特別な人だから」

嬢「びええええぇぇん!!」

悪魔「泣かせんなよ」

猫耳「本当のこと言っただけだもん」

悪魔「ったく。おい嬢ちゃん、暗黒騎士の闇落ちの経緯は知ってるな?」

嬢「うん、グスッ。聖騎士長をやっていたけど元老院に罪を被せられて、それで元老院を殺したんだよね?」グスグス

悪魔「そうそう。お陰で聖都は力を失っちまった」

嬢「私は元老院が悪いと思うな」

悪魔「いくら悪とはいえ、世界に影響を与えていたような偉い連中だ。だから、そいつらを殺した暗黒騎士は、もう人間側に戻れない」

嬢「うん……」

悪魔「魔王様は、行き場を失っていた暗黒騎士を自らの足で探し出し、迎え入れた。暗黒騎士にとって魔王様は、救世主なんだよな」

嬢「そうだね…。今の暗黒騎士様があるのも、魔王のお陰なんだもんね」

悪魔「そう、だから"特別な人"。わかるだろ?」

嬢「うん、わかる…。そうだね、魔王は救世主で、守るべき存在であって、道しるべであって」

猫耳「最愛の人」

嬢「……えうううぅぅ」ボロボロ

悪魔「おいクソ猫」

猫耳「てへっ」





>数日後


暗黒騎士「では行ってくる。砦を頼んだぞ」

勇者が魔王城付近の山地に足を踏み入れたことから、幹部に招集命令がかかった。
魔王は自分が討たれても仕方ないというスタンスではあるが、魔物達にとってそうはいかない。護衛は邪魔であっても、万が一の為に備えておく必要がある。

悪魔「おう、行ってこい! 頑張れよ暗黒騎士!」

猫耳「死んだりしないでよね~」

暗黒騎士「……」

悪魔「どうしたよ、暗黒騎士」

暗黒騎士「いや。あの阿呆娘は見送りに来ないのか、と」

悪魔「おやおや? 寂しいのかね?」

暗黒騎士「そういうわけではないが、いつもと違うと不吉な予感がしてな」

悪魔「やだ暗黒騎士ったら照れちゃってぇ~。素直に嬢ちゃんに見送りしてほしいって言えよォ」

暗黒騎士「ところで、そこに木があるな?」

悪魔「ん? うん」

暗黒騎士「……」ドンッ

嬢「ぎゃぅん!」ドスーン

悪魔「……」

暗黒騎士「木の上で待ち伏せて何をしようとしていた、ん? これが不吉でないとしたら何だ?」

嬢「暗黒騎士様、こわぁ~い……」汗ダラダラ

猫耳「邪魔しちゃいけないよね、ボク達は去ろう」

悪魔「これから始まるのはラブロマンスじゃなくて、主に説教だけどな」


暗黒騎士「お前は素っ頓狂な行動が目立って油断も隙もないな」クドクド

嬢「ううぅ」

暗黒騎士「まぁ、こちらも慣れてはきた。だがもう少し普通にできんのか、普通に」

嬢「『普通』がわからないんですよぅ……」

暗黒騎士「そうか。なら、落ち着いた行動を取れ。グイグイ来られると困る」

嬢「はい……」シュン

暗黒騎士「……? 今日はやけに聞き分けがいいな?」

嬢「だって…負けたくないんだもの」ボソ

暗黒騎士「負ける?」

嬢「何でもありません! とにかく全部、暗黒騎士様の言う通りにします!!」

暗黒騎士「……おい」

嬢「はい?」

暗黒騎士「いくら『普通』がわからないからって、全部俺の言うことを聞くというのは、お前らしさが死ぬぞ」

嬢「~っ…じゃあどうすればいいんですかーっ! 暗黒騎士様を困らせたら嫌われるじゃないですか!」

暗黒騎士「阿呆」ポン

嬢「!」

暗黒騎士「確かに困る。…だが、嫌いにはならん」

嬢「っ!!」

暗黒騎士「そういうわけだ。では行ってくる」サッ

嬢「~っ……」

飛龍に乗って飛んでいく暗黒騎士の姿を、嬢は姿が見えなくなるまで見送っていた。

嬢「どうすればいいのか、ますますわかんなくなったよ…暗黒騎士様の、ばか」





>魔王城


術師「感じる…感じますよ…! 勇者とその一味が、どんどん近づいている……!!」

暗黒騎士「来る者を拒むあの山道をものともしないか。流石は神に選ばれし勇者だな」

魔王「ふふ、面白くなりそうね」

暗黒騎士「魔王様、楽観視しすぎです」

魔王「逆よ。危険を感じるからこそ楽しんでいるの。この私の相手になる敵なんて、そうそういないからねぇ」

暗黒騎士「魔王様……」

魔王「あぁ、大丈夫よ。私の道楽で皆を路頭に迷わせるわけにはいかないからね。私が負けそうになったら加勢しなさい」

幹部一同「「はい」」

暗黒騎士(それも我々にとっては不本意であるが…魔王様にとってもそうだろうから、互いに譲歩だな)



暗黒騎士(しかし魔王城に来るのも久々だな。様子に変わりはないな)

暗黒騎士(思い出すな…初めてここに訪れた頃を。あの頃の俺は人間不信になっていた。そんな俺に希望を与えて下さったのが魔王様だ)

暗黒騎士(……同じなのだろうな、あの阿呆娘も。自分の境遇に絶望して、俺にすがりに来た)

暗黒騎士(もし自分の兄が討たれたら、あいつは平然としているのだろうか。わずかに気がかりではあるが…)

暗黒騎士(魔王様は俺が命を捧げたお方。あいつには悪いが、手加減はできない)

術師「暗黒騎士、ここにいましたか」

暗黒騎士「どうした、勇者達が来たか」

術師「いえ、違います。確かに勇者も近づいてきていますが……」

暗黒騎士「?」


悪魔「あ…暗黒騎士……」ヨロヨロ

暗黒騎士「悪魔!? どうした、その怪我は!!」

悪魔「中央国軍が…他国と連合を組んで、暗黒砦に攻めてきた……!!」

暗黒騎士「!!」

悪魔「すまねぇ、オレは逃げてくるので精一杯だった…。他の奴は、殺されてるかも…クッ」

暗黒騎士「そんなことは気にするな」

暗黒騎士(しかし、よりにもよってこのタイミングで…)

狙っていたとしか思えないタイミングだ。
とはいえ、まさか他国と連合まで組んで攻めてくるとは想定外。

暗黒騎士(動揺するな…。勇者のことに考えを集中しろ…!)

暗黒騎士「悪魔、お前は体を回復させろ。俺は当初の予定通り、魔王様と共に勇者を……」

魔王「待ちなさい」

暗黒騎士「魔王様……!」

魔王「話は聞かせてもらったわ。すぐに砦に戻りなさい、暗黒騎士」

暗黒騎士「…! いえ魔王様、今戻ったところで手遅れでしょう。それに勇者が近づいている今、砦が攻め入られることなど些細な……」

魔王「駄目。戻らないと、本当に手遅れになるかもしれないわよ」

暗黒騎士「!」

魔王「貴方1人が欠けたことが致命傷になるほど、魔王軍幹部は弱くないわ。命令よ、即刻戻りなさい」

暗黒騎士「……ありがとうございます、魔王様!」ダッ

暗黒騎士は飛龍に飛び乗る。
魔王は読んでいたのかもしれない、暗黒騎士の気がかりを。

暗黒騎士(間に合え……!!)





>暗黒砦


暗黒騎士「くっ、この惨状は……」

砦の内部は死臭に満ちていた。
見たところ、死体は人間のものと魔物のもの、半々だ。

暗黒騎士(しかし、砦は制圧されているかと思ったが…軍隊は引き上げたのか)

暗黒騎士「俺だ、暗黒騎士だ! 生きている者はいないか!」

「ううぅ…」ガラッ

暗黒騎士「!! 誰だ!?」

猫耳「にゃあ……暗黒騎士、戻ってきてくれたの?」ブルブル

暗黒騎士「猫! 隠れていたのか!」

猫耳「ごめんね暗黒騎士……」

暗黒騎士「何を謝る必要がある。よくぞ生きてた!」

猫耳「ボク、ボク…嬢を守れなかった……」

暗黒騎士「……!!」

血の気が引いた。
まさか、大量の死体と共に、嬢も――

猫耳「嬢は生きている。…多分」

暗黒騎士「多分、とは?」

猫耳「人間どもに連れて行かれたんだ。多分、奴らの目的は嬢だったんだ……」

暗黒騎士「……そうか」

意外性のない目的に、驚きはしない。
それよりも、自分が今すべきことは1つ――

暗黒騎士「猫。すまないが、生存者の治療を頼む」

猫耳「うん…。暗黒騎士はどうするの?」

暗黒騎士「決まっている」

暗黒騎士は迷わず、飛龍に飛び乗った。

暗黒騎士「守ると約束したんだ――あいつを」





>同時刻――中央国、城


嬢は兵士たちにより、王の前に組み伏せられていた。

王「すっかり"女"の顔になったな、裏切り者よ」

嬢「……」

王「さぞ、暗黒騎士に可愛がってもらったのだろうな? 勇者一族としての誇りなど、もう残っておるまい」

嬢(私から誇りを奪ったのは彼じゃない…お前たちだ)

王「唐突に勇者の役目を奪われたことに怒っていることは知っている。だがお主も勇者一族の者ならわかっているはずだ、人間の為の自己犠牲精神も必要なものであると」

嬢(確かに、そう教えられた…だけど、自己犠牲なんて冗談じゃない!!)

王「我々に何も告げずにお主の兄を連れ去った神を恨むか? 神を恨むなど、恐れ多いだろう」

嬢(私が恨んでいるのは、神と人間だ!)

王「……その反抗的な目をやめぬか。お主を許してやっても良いのだぞ?」

嬢「……許しを請うようなことなんて、していない」

王「そう言うな。大臣たちはお主を極刑にせよと言っておる。だが…」スッ

嬢「!!」

王「それを許すと言っておるのだ…わしの言うことさえ聞けばな」

嬢「触るな……!」

嬢(王の秘めた望み、それは勇者一族の懐柔…その為に……!)

王「わしの側室になれ。我が王家に、勇者一族の血を……!!」

嬢「冗談じゃない!!」ペッ

王「…っ!」

嬢(ふざけんな…! 私が子を産む相手に決めたのは……)





暗黒騎士「城が見えてきた…!」





嬢「誰がお前の女になるもんか! 今度私に触れたら、お前のことを殺……」

王「おい、兵を増員して押さえつけろ。それと、舌を噛まないように布をくわえさせろ」

兵士A「はっ」

嬢「!!」

王「威勢はいいな。だが子でも孕めば、反抗する気力も失せるだろう」

嬢「……っ!!」

王「諦めるのだな…わしの子を産むのが、お主の役割だ」

嬢(や、やだ……)

王「王家に勇者一族の血が混ざれば、傲慢な勇者一族の権威も多少は薄れるだろう。ククク……」

嬢(いや……)





暗黒騎士(馬鹿でかい城だな、嬢はどこに……!?)





勇者をやめてから、初めて好きな人ができた。
その好きな人と、まだ両思いにすらなれていないのに。

嬢(こんな奴が初めての男で、こいつの子を産むなんて……死んだ方がマシ!!)

王「よく見るとお主、良い体をしているなぁ?」サワッ

嬢「!!」ゾワワァ

王「頭の中でせいぜい、泣き叫ぶのだな。その顔が男の嗜虐心を刺激するのだと知っておけ…!」

嬢(嫌あぁ――っ!!)



ドオオオォォン


嬢「!?」

王「…っ! 天井が……」

ガラガラッ

王「ぐあっ!!」

嬢(な、何……!?)


「やはり、ここか」

嬢「!!」



暗黒騎士「叫び声が聞こえたような気がした。間に合ったようだな、嬢」

嬢「――っ」


叫んでなんていない。
なのに駆けつけてくれるなんて――こんなのって、奇跡なんて言葉じゃ説明できない。


兵士A「くっ暗黒騎士! 動くな!!」

嬢「!」

嬢を押さえつけていた兵士達が、一斉に嬢に刃を向けた。

兵士A「こいつを助けに来たのだろう! だがそうはさせん、大人しく投降しろ!!」

暗黒騎士「ほう?」

嬢「……?」

暗黒騎士に動揺は見られない。
それを察してか、兵士たちに焦りの様子が伺える。

兵士B「わざわざ、魔王を見捨ててまで助けに来た女だろう!」

兵士C「こいつがどうなっても良いのか!」

暗黒騎士「やってみろ」

迷わず答えた暗黒騎士に、兵士たちは驚愕した。
だがすぐに理由が見つかったのか、兵士の1人がそれを口にする。

兵士D「奴にとってはたかだか女。自分の身の方が可愛いのだろう」

兵士E「そういうことか…やはり魔王側に堕ちた者は、どこまでも自分勝手だな」

暗黒騎士「やってみろ、と言っている」

暗黒騎士は一歩踏み出す。
それを合図にしたように、兵士たちも動いた。

兵士A「言う通り、やってやる!!」

兵士B「元勇者よ、死ね――」



ズザザッ



兵士A「――え?」


ドサッ――


暗黒騎士「やってみろとは言ったが…」

暗黒騎士は、倒れる兵士たちを横目で見た。
腕にはしっかりと、嬢を抱えて。

暗黒騎士「こいつの命をやる、とは言っていない」

兵士B「バカ、な――」


王「あ、ああぁ……」

暗黒騎士の圧倒的な力を見てか、王は瓦礫を隠れ蓑にして引きつっていた。
暗黒騎士はそんな王の様子を一瞥し、嬢に目を向けた。

暗黒騎士「おい、何もされなかったか?」

嬢「平気…です」

暗黒騎士「そうか。…悪かったな、遅れて」

嬢「どうして…来てくれたんですか?」

暗黒騎士「…阿呆」

嬢「――」

これ以上阿呆なことを口にさせるかと――暗黒騎士は自らの唇で、嬢の言葉を塞いだ。


暗黒騎士「守りたいからだ――お前を」

嬢(あぁ――)


夢かと思うくらいに幸せで、嬢は暗黒騎士に身を委ねていた。





王「ク、クク…貴様は終わりだ!」

暗黒騎士「自分の置かれている状況がわからんのか、お前は」

暗黒騎士の手によって縛り上げられた王は、不敵に笑った。

王「暗黒騎士、貴様は魔王の護衛を抜け出して来たのだろう…勇者は魔王を討ち、この地に戻ってくるだろう!!」

暗黒騎士「かもしれんな。時間的に、決着がついた頃だ」

王「勇者は移動魔法ですぐに戻ってくる、貴様に逃げる時間などないぞ! 勇者相手に、貴様がかなうまい!!」

暗黒騎士「そうだな。魔王様を倒した相手となれば、俺などでは敵にもならん」

魔王が負けたとは思わないが、確信はない。
それに、王の言う通りだとしたらまずい。

暗黒騎士「逃げるぞ嬢。今後のことを考えるのは、安全が確保されてからだ――」


「その必要はない」


暗黒騎士「!!」

嬢「……っ!!」

王「おぉ……!!」


勇者「只今戻りました、陛下」


勇者の姿を確認したと同時、王と共に縛り上げられていた兵士たちは歓声を上げた。
勇者が戻ってきた。それはつまり――


暗黒騎士(魔王様……!!)


魔王との戦いは、勇者の勝利。そういうことだ。
主の敗北。暗黒騎士の胸に鈍器で殴られたような痛みがはしる。


王「勇者よ、この者らを討つのだ!! 見ての通り、我らに仇なす者だ!!」

嬢「させない…!! こんなとこで諦めたりしない!!」

暗黒騎士「……」

嬢の言う通り、諦めたりはしない。
現実的な思考など今は邪魔だ。魔王を討った相手に勝てる可能性が低いという事実など――


勇者「……」

暗黒騎士「……?」

しかし妙だった。勇者は戦う素振りを見せない。

王「どうしたのだ、勇者よ……?」

勇者「陛下。事実確認をよろしいでしょうか」

王「何だ?」

勇者「貴方の命令により、妹がここに連行され…何かしらの危害を与えようとした、というのは。事実でしょうか?」

嬢「!!」

王「…その娘は、魔物側に堕ちた者だ。だから相応の罰を与える為に連行するのは……」

勇者「理由なんざどうでもいい」

勇者は王をギロリと睨んだ。

勇者「嬢は俺の妹だ。危害を加えようと言うのなら、例え貴方といえど許さない」

王「……!!」

嬢「勇者……?」

嬢は呆気にとられていた。
まさか自分が裏切った兄が、そんなことを言うなんて…。

勇者「嬢。お前は俺の代わりに役目を果たそうとしてくれた。だから感謝もしているし、申し訳ないとも思っている」

勇者は嬢を真っ直ぐ見据えて言った。

勇者「だから、お前が俺を裏切ったとしても――俺はお前を尊重する」

嬢「勇者……」

暗黒騎士(そう来たか……)

全く想定外の事態だ。
自分たちにとっては好都合だが――

王「いい気になるな、勇者よ」

中央国と勇者一族の確執は、ますます深まるだけで――

王「お主が魔王を討ったとはいえ、権威は王家にある! 貴様の思い通りには……」

勇者「なるんだよ」

王「……何だと」

勇者「もう入ってきていいよ」

「えぇ」

暗黒騎士「……!!」


魔王「ご機嫌よう、国王陛下」

暗黒騎士「魔王様!?」

王「魔王…だと!? どういうことだ…まさか勇者!!」

勇者「……」

王「魔王と手を組んだ…とでも言うのか?」

勇者「だとしたら何だと?」

王「なっ……」

暗黒騎士「手を組んだ…!?」

全く予想外の展開についていけない。
魔王が生きていたというだけでも驚いたのに、まさか手を組んだなど――

勇者「うんざりなんだよ、俺も」

勇者は口早に説明を始めた。

勇者「俺は勇者になるという運命を強要された――勇者になる為に、何年を修行に費やしたと思っている」

嬢「10年――7歳から、10年……」

嬢が口にした歳月。それは彼女が犠牲にしてきた歳月で――

勇者「年相応の子供らしく過ごしたかった。家族と共に居たかった。だけどそんな苦しみ、勇者という大きな役割の前には――」

暗黒騎士(勇者も…だったのか……)

勇者も、嬢と同じ期間を犠牲にした。
裏切られた嬢と違い、勇者は報われていると思っていた。だが、違った。

勇者「うんざりなんだよ、運命に振り回されるのも、期待されるのも!」

彼も、納得していなかったのだ。

勇者「俺は、この世界に戻ってきて、勇者の名を与えられたその時から――ずっと、計画していた」

勇者はそう言って魔王の側まで歩み寄り――その手を取った。

勇者「魔王が話のわかる奴で良かった。俺は魔王と手を組み…人間を支配する」

王「な…!?」

魔王「あら、人間の支配者が変わるだけよ。人間と魔物の争いもこれで終結。最も平和的な手段だと思うわよ?」

勇者「そういうことだ」

王「待て…!! 認めぬぞ、人間の統治権は我ら王族に……」

勇者「馬鹿言ってんじゃねぇよ」

勇者はハンッと鼻で笑った。その目は完全に、王を見下している。

勇者「文句ある奴は俺を倒しに来ればいい…全員、ねじ伏せてやるからな?」ニヤァ

王「うぅ……っ」


嬢「……」ポカーン

暗黒騎士「まさか、あれが勇者の本音とはな……」

嬢「見事な闇落ちっぷりだわ……」

暗黒騎士「本当にな」

あれに比べれば嬢など遥かに可愛いものだったと、苦笑せざるを得なかった。





それから――


猫耳「このお菓子美味しい!! 人間の食品加工技術は凄いねーっ!」

悪魔「見ろよ、この上着。シャレてるだけでなくて、防御力も高いんだとよ。人間の装備品開発技術も侮れねぇ」

猫耳&悪魔「人間っていいな!」

暗黒騎士「ステルスマーケティングかと思う程に不自然だな」

嬢「あはは~。人間の文化に馴染みがない人たちには新鮮なのかもしれないですね」


人間と魔物は共存することとなった。
とはいえそれは表面上のもので、決して人々の賛同を得られているわけではない。

暗黒騎士「だが、人間達が持ち上げていた勇者の下した決断だからな…正面から批判できる人間はそうそういないだろう」

嬢「この形だけの和平、いつまでも続くとは思えないけれど……」

暗黒騎士「勇者はそれでも構わないのだろう」

嬢「そうでしょうね」

勇者は歪んでしまった。彼をさらった神は、それすらも計算通りなのか否か。

暗黒騎士(何にせよ…その形だけの和平に救われた身としては、何も言うまい)


嬢「暗黒騎士様ぁ」ギュッ

暗黒騎士「何だ」

嬢「素っ気ないですーっ! せっかく両思いなんだから、一杯甘えたいのにーっ!」

暗黒騎士「阿呆。俺が甘やかす男に見えるのか」

嬢「暗黒騎士様の、意地悪」イジイジ

暗黒騎士「何だと言うんだ、一体」

嬢「心配なんだもん。暗黒騎士様の口から、聞きたいんだもん……」

暗黒騎士「?」

嬢「現状は、いつまで続くかわからない和平で…いつ、世界がまた争いに包まれるかわからないから……」

暗黒騎士「……あぁ」


心配とはそういうことか――察して嬢の頭に手を置いた。本当に阿呆だ、と思いながら。


暗黒騎士「例え世界が再び争いに包まれようと――俺が守る、お前を」

嬢「……!!」

暗黒騎士「……どうした?」

嬢「暗黒騎士様、素敵っ! 愛してるっ!」ギュッ

暗黒騎士「だからひっつくな、阿呆」

嬢「やだやだ、ひっつく! 阿呆でもいい!」ギュゥー

暗黒騎士「…ったく」

つくづく厄介な女だと思った。
だけど、それも悪くない。自分もこの女に、落ちているのだから。


暗黒騎士「ずっと守られていろ――俺の側で」


Fin




あとがき

ご読了ありがとうございました。

作者の近況がスイーツからかけ離れていたので序盤はふざけ気味でしたが、後半でスイーツを取り戻せました。やったね!

え、世界はどうなるかって? 知らん←
自分の作品のオチが「主役2人は幸せ、その他の問題は投げっぱなし」なんてのは今に始まったことじゃない!!(改める気ゼロ


今作はブログオリジナルで、スレやまとめブログで感想を頂けないので、こちらのコメ欄に感想を頂ければ嬉しいのです(´∀`)ノ
posted by ぽんざれす at 21:52| Comment(6) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

魔女「世界から弾かれた私と彼」

勇者が魔王を討ったそうだ。
だけど『人間』からも『魔物』からも弾かれている私には関係ない話。

この世界を占めている2つの種族、どちらにも属せない私は――永遠に世界に受け入れられることなどないのだろう。


私は、世界に必要とされていない存在――





魔女「……ふあぁ」

目が覚めて時計を見ると、既に時刻は朝の9時。
これで寝坊10日目。夜型体質の魔女は、早起きするのが苦手だ。

魔女「お腹すいたぁ~…でも、作るのめんどくさぁい……」

そう言ってろくに顔も洗わないまま台所へ向かい、ツボを開ける。
作り置きしていた保存食をボソボソ食べ、これで朝食は終了だ。

魔法のお陰で生活周りの清潔は保たれているが、彼女は基本的にズボラである。

魔女(さぁ~て……そろそろ果物が熟してる頃かなぁ)

昨日脱ぎ捨てた服を身に纏い、魔女は外に出た。





魔女「ふぁ~…ねむ」

箒にまたがり空を行く。
人間などは魔女のこういう能力に憧れを抱くらしいが、箒への魔力供給やらで決して楽な能力ではない。

魔女(あった、桃の木)

目的地を見つけ、魔女は木の側に降りていった。
それから桃をもいで、カゴの中に入れていく。

魔女(これがあるから秋って魅力的な季節よね~。……美味しそう)ゴクリ

魔女「そうだ、1個食べちゃおう!」

魔女「いただきまー……」

ガサガサッ

魔女「………え?」

唐突に現れた"それ"を目にしたと同時、魔女の動きは止まった。


暗黒騎士「………」

魔女「ひぃ!?」

威圧感を覚える程に物々しい、黒い全身鎧。
その鎧に包まれた姿は人間か魔物かの判別もつかないが、こんな重々しい鎧を着用しているということはきっと只者ではない。

兜でその顔は隠れているが、突き刺すような視線を感じ――

魔女「みっ、見逃して下さい!!」

魔女はとっさに命乞いをしていた。

魔女(この森に足を踏み入れるヨソ者は……私達と"同類"もしくは――"狩る者")ブルブル

体がガチガチで動かない。無理もない。魔女にとっては、見知らぬ誰かに遭遇すること自体が修羅場に等しい。

暗黒騎士「……お前、"深緑の森の魔女"か?」

魔女「は、はい?」

鎧姿から聞こえたのは男の声。落ち着いた様子の、低い声。
その男は、魔女にとって聞き覚えのない名を口にした。

暗黒騎士「その魔物とは違う異質な魔力……間違いない、魔女なのだろう」

魔女「そ、そうです……」

暗黒騎士「…頼みがある」

魔女「え、は、はい?」

暗黒騎士「俺をかくまえ」

魔女「……!?」

思考が追いつかない。
かくまう? 何で? そもそも彼は誰? どうして自分に――

暗黒騎士「透明化の類の魔法はないか?」

魔女「あ、ありますっ!」

暗黒騎士「なら、それを頼む」

魔女「は、ははは、はい!!」

考えて行動する余裕のない魔女は、言われるまま透明化の魔法をかけた。…暗黒騎士だけでなく、何故か自分にも。
だが、とっさの行動は正しかったようだ。


追っ手A「あの鎧野郎、どこ行きやがった…?」

追っ手B「こっちに逃げたと思ったんだが……」

魔女(人間……あの鎧騎士を追っているの?)

追っ手A「まだ、そんなに遠くへは行っていないはずだ! 探せ!」

暗黒騎士「………」

魔女(もしかして…人間による魔王軍の残党狩り? ということは、あの鎧騎士は……魔物?)





魔女(……もういいかな?)

追っ手の人間たちが去ってからしばらくして、魔女は透明化魔法を解除した。

魔女「ひゃっ!?」

暗黒騎士「?」

わかっていたとはいえ、唐突に目の前にいかつい鎧姿が現れて、ついつい驚いてしまった。

魔女(怖すぎるよ、この鎧姿……)

暗黒騎士「礼を言う。お陰で難を逃れた」

魔女「そ、そうですか」

人間側でも魔物側でもない魔女は、別に暗黒騎士を助ける気などなかったので、お礼を言われてもピンとはこなかった。
それよりも、とにかくこの暗黒騎士の見た目が怖くて…。

魔女「それじゃ、私は行きますので……」

暗黒騎士「待て」

魔女「!!」ビクウウゥゥッ

暗黒騎士「……評判に反して臆病者だな」

魔女(どういう評判?)ビクビク

大体想像はつくが。
そもそも彼女が両種族から弾かれている理由は、魔女は人や魔物を惑わす存在とされているからだ。
勿論、彼女自身にそんな前科はなく、誰かを惑わすどころか目の前の暗黒騎士にビクビク怯えるしかない臆病者である。

暗黒騎士「……ふっ」

魔女(笑った!?)

暗黒騎士「いや……この鎧に怯えているのだとしたら、すまなかったな。だが……」

魔女「!!」

暗黒騎士は兜を脱いだ。
健康的な肌色、男前に整った顔立ち――いかつい鎧とギャップのある美しい顔立ちに目を奪われたのもあるが、それ以上に魔女は驚いていた。

魔女(に、人間!?)

人間に追われていたのだから、彼の中身は魔物だと思っていた。だがその外見的特徴は紛れもなく人間で…。

暗黒騎士「お前……」クイ

魔女「っ!!」

そして暗黒騎士は魔女に近寄ると、顎を指で持ち上げた。
先ほどまで怯えていた魔女だったが、至近距離で見る美形に脳みそがとろけそうになっていた。

だが、それだけでとろけそうになっていた頭は――

暗黒騎士「お前…可愛いな」フッ

魔女「」

魔女「きゅー」パタッ

暗黒騎士「おい?」

唐突な口説き文句で完全にノックアウトされた。





暗黒騎士「改めて礼を言う。俺は暗黒騎士、魔王軍の残党だ」

魔女「ま、魔女と申します」

暗黒騎士「あぁ、知っている。魔王を凌駕する程の力の持ち主だとかで、存在を危険視されていたからな」

魔女「お、大げさですよ!」アワアワ

魔物を統べる王を凌駕するなど、あまりにも尾ひれがついた評判に魔女は慌てて否定した。

魔女「ところで貴方は人間…ですよね?」

暗黒騎士「あぁ。赤ん坊の頃に魔王に拾われて、そのまま魔王の配下になった。なかなか珍しい境遇だろう」

魔女「なるほど…」

疑問がひとつ解決した。
彼が珍しいと言うのだから珍しい境遇なのだろう、多分。
ともかく魔王軍の残党である彼は、人間でありながら人間に追われていた。そこで、普段人も魔物も足を踏み入れないようなこの森に逃げてきたわけか。

魔女「では、私はこれで……」

暗黒騎士「待て」

魔女「はい?」

暗黒騎士「あー、その…なんだ」

暗黒騎士は、少し顔を赤らめて視線をそらした。

暗黒騎士「恥ずかしい話なんだが……俺は人間ということで、魔王軍の奴らに邪険にされていてな。他の奴らは徒党を組んで人間たちに立ち向かっているのだが、俺はそこから弾かれた」

魔女「はい」

暗黒騎士「だが今更、俺が人間たちに受け入れられるはずもない。つまり俺は行く所がない」

魔女「はい」

暗黒騎士「だから俺を引き取ってくれ」

魔女「……はい!?!!?」

魔女(異性と一緒に暮らすってこと…? えっ、私達初対面なのにいいぃぃ!!)アワワワワ

暗黒騎士「あー安心しろ」

魔女「えっ?」

暗黒騎士「俺は女の扱いなんてわからないし、恐れ多くて手も出せん。童貞だからな」

魔女「………」

ドヤ顔で何を語っているのかと思ったが、これはつまり『お前に手は出さない』ということか。
口約束をそう簡単に信じることはできないが、この暗黒騎士は本当に困っているのだろう。『恐ろしい魔女』である自分に助けを求めに来る程に。

魔女「余っている部屋、散らかってますけど……それで良いなら」

暗黒騎士「本当か! ありがたい」ガシッ

魔女「!!」

暗黒騎士は魔女の手を握ってきた。
大きくてゴツゴツしていて、なんだかあったかくて…。

魔女(顔がちかあああぁぁい!!)アタフタ

暗黒騎士のこの無頓着っぷり…確かに、女の扱いがわかっていない。





暗黒騎士「……ほおぉ~」

魔女(あううぅぅ)

家に着き、部屋に案内した…のだが、部屋は魔女の記憶以上に散らかっていた。
巻数がバラバラに置かれている本、出しっぱなしの道具、しわくちゃの布団……。

暗黒騎士「散らかっていると言っていたが……」

魔女(予想以上に散らかっていて引いてる!? ああぁもう、外で待っていてもらって片付ければ良かった!!)

と、ズボラ改善を心に誓おうとしたが。

暗黒騎士「ホコリも蜘蛛の巣もない。俺の部屋よりはずっと綺麗じゃないか」

魔女「……はい?」

暗黒騎士「俺は掃除が嫌いでな。俺の部屋は魔境と呼ばれていた」フフン

魔女「ま、魔境…」

暗黒騎士「あぁ…ここではきちんとするつもりだ。……掃除の仕方はよくわからないがな」

魔女「あ、私もわかっていないですよ~。ホコリとかは魔法で除去しているだけですし」

暗黒騎士「そうなのか」

魔女「でも片付けが苦手なので、ついつい部屋が散らかるんですよね~」フフフ

暗黒騎士「一緒だな。じゃあ物を片付けたら、どこにしまったかわからなくなるもの一緒か」

魔女「すっごくわかります! 片付けない方が生活しやすいんですよね!!」

暗黒騎士「そうだな。じゃあ……」

……と、しばらく汚部屋トークで盛り上がった。

魔女(結構話しやすい人だなぁ暗黒騎士さん。キチッとしてる人じゃないみたいだから、そんなに息苦しくないかも)フフッ

こうして魔女はズボラ改善するのをやめた。



ケモ耳「いや改善しろよ!!」

暗黒騎士「む?」

魔女「あらケモ君、いらっしゃい」

ケモ耳「おっす。珍しいね、魔女の家に客人がいるとは」

暗黒騎士「今日から居候させてもらうことになった暗黒騎士だ。魔女、この坊主は?」

魔女「この森に住んでいるケモ君です。料理上手で、よく食事を持ってきてくれるんですよ」

ケモ耳「色々世話になってる礼にな。それに、魔女はろくなもの食べてないから」

暗黒騎士(…それにしては発育がいいと思うが)ジロ

魔女「?」

ケモ耳「食事だけでなくて、生活改善しなよ。いくら魔女が長寿だからってそんな生活続けていると……」クドクド

魔女「ひーん」

暗黒騎士「坊主、採れたての桃があるぞ。いくつか持っていくか?」

ケモ耳「ほんと!? 貰う貰う~♪」


魔女「ありがとうございました、暗黒騎士さ~ん……」

暗黒騎士「しっかり者の坊主だな。見た所…半獣か?」

魔女「はい。半獣も、弾かれている存在ですから……」

暗黒騎士「なるほどな。……ところで」

魔女「はい?」

暗黒騎士「魔女は長寿らしいな。ということは……」

魔女「そ、そんなに歳いってないですよ~!」アワワ

暗黒騎士「そうか、失礼した」

魔女「まだ80ちょっとです」

暗黒騎士「………そうか、若いんだろうな。多分」

魔女「若いんですってばあぁ~!!」





魔女(この箱をここに積んで……)

先に暗黒騎士に風呂に入ってもらい、その間に生活スペースの片付けをしていた。
ズボラ改善をしていないとはいえ、見られたくないものも色々とあった。

魔女(ここに置けばいいかなー)

魔女(……何か、単に物を集めて重ねただけに見える。けど、気のせいよね、うん!)


暗黒騎士「おーい」


魔女「あ、はい、どうしましっ」クルッ ガッ

魔女「……あっ」

振り返った際に、積み上げた箱にぶつかってしまった。
箱はバランスを崩し、グラッと魔女の頭上に……。

魔女(危ない……っ!!)ビクッ

暗黒騎士「おっと」

魔女「!!」

箱が降ってくると思ったが、暗黒騎士が片手で押さえてくれた。

魔女「ありがとうござ……」

と、礼を言おうとした時。

魔女「きゃああぁぁ!?」

暗黒騎士「ん? どうした?」

魔女「ど、どどどどうして裸なんですかあぁ、きゃああぁぁ!!」

暗黒騎士「どうしてって、知らない間に俺の肌着が回収されてたからだ。それに、ちゃんとタオル巻いてるだろ」

魔女(そ、そうだった。洗濯物入れに入れたんだった)

それにしても……

魔女(暗黒騎士さん凄い体……あれだけの鎧を着こなせるくらいだもんね)ゴクリ

暗黒騎士「俺の体に発情するのは構わんが、このままでは風邪を引いてしまうぞ。……そうなったら、責任を取ってくれるのだろうな?」ニヤリ

魔女「し、失礼致しましたっ!! あの、これを!」

そう言って魔女が広げて見せたのは、服の絵が描いてある本だった。

魔女「せーのっ」ボンッ

暗黒騎士「おぉ、凄いな。本に描いてある服が召喚された」

魔女「どうぞ、これを着用して下さい!!」ダッ

これ以上は目の毒なので、服を渡すと魔女はその場から逃げ去った。





魔女(うぅ~、男の人の裸見ちゃった……)ドキドキ

暗黒騎士「おい」

魔女「ひゃいっ!」ビクッ

暗黒騎士「着替えてきたぞ。なかなかいいセンスじゃないか」

魔女「あ、気に入って頂けたようで…。暗黒騎士さんだから黒い服がいいかなぁ、って」

暗黒騎士「安直だが悪くはない。しかしひとつ、気になることがある」

魔女「何でしょう?」

暗黒騎士「胸元が開いているんだが。これはお前の趣味か?」

魔女「え、あ、いや…」アワワ

暗黒騎士「冗談だ。全く、本当にウブだな」ククク

魔女「ううぅ~」

暗黒騎士「それよりも風呂、冷めるぞ」

魔女「は、はい」



魔女(もぉー…暗黒騎士さん、見た目に反して意地悪だなぁ)ヌギッ

魔女(手は出さない、とは言ってたけど……)

どうにも落ち着かない。
暗黒騎士は覗いてたりしないだろうか。もしかしたら、部屋を漁ったり……。

魔女(疑ってるわけじゃないけど……)

魔女は浴室に入ると、鏡に魔法をかけた。
すると鏡には、暗黒騎士の姿が映し出された。

魔女(あ、お部屋でくつろいでる。良かった、変なことしてない)ホッ

魔女(……暗黒騎士さん1人だとクールに見えるなぁ。何か雰囲気違うなぁ)

魔女(あの鎧の下でも、こんな顔してたのかなぁ~…)





魔女「ふぅ~」ポカポカ

暗黒騎士「はい、湯上りに。桃を絞ってジュースを作ったぞ」

魔女「ありがとうございます」

暗黒騎士「ところで」

魔女「?」グビッ

暗黒騎士「覗きは楽しかったか?」

魔女「!!!」ブーッ

暗黒騎士「視線を感じたからまさか、と思ったが…ははーん、やっぱりお前だったか」

魔女(鋭すぎるよおおぉぉぉ!!)

暗黒騎士「まぁ、まだ信用を得ていないだろうから仕方ないけどな」

魔女(良かった、怒ってない……)

暗黒騎士「で? あの方法で風呂も覗いてたのか?」

魔女「覗いてませええぇん!!」ブンブンッ

魔女(ううぅ、すっかり暗黒騎士さんのペースだぁ)シクシク





それからというものの…


暗黒騎士「おい、朝だぞ」

魔女「むぅ~…まだ寝てたいですぅ……」

暗黒騎士「そうか。なら俺も一緒に布団に入らせてもらおうか?」

魔女「!!!」ガバッ


暗黒騎士との生活は、なかなか刺激的だった。


野良猫「にゃーん」

魔女「うふふ、可愛い~」

暗黒騎士「猫が集まってるな。餌付けしているのか?」

魔女「はい、日課なんですよ~。猫さん可愛いので」

暗黒騎士「そうだな。では俺も可愛がってみるかな」

魔女「いいですね~」

暗黒騎士「よしよし」ナデナデ

魔女「!!!」ビクゥッ

暗黒騎士「誰が『猫を』可愛がると言った?」フフッ

魔女「~っ……」


結構意地悪なのに、どこか憎めなくて。


魔女「ひーん、雨に当たっちゃいましたぁ~」ドタドタ

暗黒騎士「洗濯物取り込んでおいたぞ」

魔女「あ、ありがとうございます!!」

暗黒騎士「そのカゴに入ってるから。……それじゃ」ソソクサ

魔女(? どうしたのかしら。とりあえずたたんで……)

魔女「………」←いちごパンツ

魔女(何だろう…気を使われたら、逆につらい……)シクシク





>ある日の朝


魔女「ふわぁ~……」

魔女(ん~…? あぁ久々に寝坊だぁ。暗黒騎士さん起こしに来なかったなぁ)フワァ

そんなことを思いながら、ふと窓の外に目をやると…。


暗黒騎士「……」シュッ

魔女(あら暗黒騎士さん。……剣の練習かな?」

暗黒騎士は外で剣を降っていた。
戦いのことはよくわからない魔女だが、見た目で力強い印象を受けた。

魔女(筋肉凄いもんね。きっと強かったんだろうなぁ)

そんなことを思いながら、簡単に朝食を摂った。


魔女「暗黒騎士さん、私ちょっと出かけてきますね。朝食はテーブルの上にありますので」

暗黒騎士「そうか。汗を流したいから、風呂場使ってもいいだろうか?」

魔女「いいですよ。それでは、行ってきます」


箒にまたがり、空を飛ぶ。目的地はみかんの木。
ケモ耳に数日分の食事を貰ったので、そのお礼の果物を集めに行く予定である。

魔女(あった、あった。カゴに沢山入れようっと♪)

魔女(美味しそうだなぁ~)

魔女(……そうだ、ここでちょっと食べていこう)

そうやって採れたての果物を食べるのは、いつものことだ。
この日もいつもと変わらない――そう、思っていたが。


魔女(……んっ?)

ふと、魔力を感じた。これはこの森に住む者の魔力ではない。

魔女(それにこの魔法、探知型……? 何かを探している?)

魔女(……!! まさか!!)

先日も似たようなことがあった。確かあの時は――

魔女(暗黒騎士さんへの追っ手!?)

魔女(……っ、こっちに近づいてくる!)

と、その時。

ザッ

魔女「!!」

3人の男が姿を現した。
1人は魔術師といった格好をしており、あとの2人は剣を持っている。

追っ手A「………」

魔女(ど、どうしよう)

頭が回らなかったことを後悔した。本当なら、魔力を察知した時点で家に戻って暗黒騎士に知らせねばならなかった。
だが、その行動ができなかったことを今更悔いても仕方ない。

魔女(今すぐ逃げ帰ろう)

魔女は足元にある箒を手に取ろうとかがんだ。
だが――

ビュッ

魔女「!!」バッ

追っ手B「外したか……」

魔女(何、今の火の玉! わ、私を狙ったの!?)

追っ手C「間違いないんだな……こいつが"深緑の森の魔女"なのだな」

魔女「!!」


深緑の森の魔女――外の世界での魔女の通称、と暗黒騎士に聞いた。
その名を口にしたということは、彼らは自分を探していたらしい。しかも、攻撃してくるなんて……。

追っ手A「やるぞ!」

追っ手B「あぁ!」

魔女「!!」

状況が掴めぬまま、魔女は男たちに囲まれた。
男たちはためらう様子もなく襲いかかってくる。

魔女「きゃあぁ!!」ビュンッ

魔女はとっさに上空へと逃げた。

魔女(よくわからないけど、逃げないと………)

追っ手C「……重圧の魔法」

魔女「!!」グラッ

魔女の体に負担がかかる。浮遊する力を保てず、魔女は地面に落ちた。

魔女「~っ……」

追っ手A「これで逃げられまい…覚悟しろ」チャキ

魔女「!!!」

地面に叩きつけられた際に体を痛めて、立ち上がることができない。
初めて向けられる"殺意"に、魔女は血の気が引いた。

魔女(ど、どうして……?)ガタガタ

だけど彼らは答えをくれそうにもなく――

追っ手B「死ねぇ――っ!!」

魔女「――っ」

躊躇なく、魔女に刃を振り下ろした。


ゆっくり動く視界の映像――魔女の瞳には、黒い影が映った。





ガキィン


追っ手A「!!」

魔女「あ……」


黒い影の正体は、物々しい黒い鎧。


暗黒騎士「……」

刃を受け止めたのは、暗黒騎士だった。


追っ手B「この黒い鎧……魔王軍の暗黒騎士か!?」

追っ手C「奴も賞金首の1人だ、やるぞ!!」

追っ手達は怯む様子もなく構える。
対する暗黒騎士は――

暗黒騎士「……」

表情の見えない鎧、貫く無言。その感情は読めない。
だけどわかるのは――剣を構えるその姿は、決して3人の追っ手相手に怯んではいない。

追っ手C「はああぁぁ!!」

魔術師風の男が、手から炎を放った。
殺意の込められた炎は、人間を一瞬で焼き尽くしそうな程に激しい。


――相手が、常人だったなら。


暗黒騎士「……」ブンッ

追っ手C「な、何だと!?」


暗黒騎士は炎を、剣ひと振りでかき消した。
追っ手は初めて動揺を顔に浮かべた。

追っ手A「怯むな! 評判通りの実力者だが……」

追っ手B「3人がかりで攻めりゃ殺れるはずだ!」

そう勇ましく言った追っ手達は、宣言通り、暗黒騎士に襲いかかった。
刃が2つに、暗黒騎士を包もうという炎――防御の手が足りない。

魔女「暗黒き――」

名前を言い切る前だった。

風が起こった。
周囲を突き刺すような風だった。

とっさに目を瞑った魔女は、気付く。
その風は、暗黒騎士を中心にして巻き起こった風だった。

そして目を開けた時には――

魔女「あ――」


その場に倒れた追っ手達を、暗黒騎士は平然と見下ろしていた。



魔女「あ、暗黒騎士、さん……」

彼の表情は相変わらず見えない。
もしかして彼は、追っ手達にトドメを刺そうと考えているのかとも一瞬思ったが――

暗黒騎士「危険な目に遭ったな」

魔女「あ……」

魔女にかけられた声は、いつも通りだった。
そして暗黒騎士は、思い出したように兜を脱いだ。

その表情は――

暗黒騎士「立てるか?」

見慣れた、いつも通りの顔で。

魔女「う……」

その顔を見た瞬間、

魔女「暗黒騎士さあぁぁ~ん……」グスグス

暗黒騎士「あー、怖かったなー。もう大丈夫だぞー」

何だかホッとして泣けてきた。


暗黒騎士「獣人の坊主が、人間たちの動きが不穏になっていると知らせてきてな。嫌な予感がして来てみたんだが…正解だったみたいだな」

魔女「うぅ、えうっ」グスッ

暗黒騎士「とりあえず帰るか。森の住人達が集まっているぞ」

魔女「はい……いつっ!!」

暗黒騎士「…! 怪我をしているのか!!」

魔女「は、はい、全身を打ってしまって……あいたた」

暗黒騎士「無理はするな」ヒョイ

魔女「きゃあ!」

これは……お姫様抱っこ?

魔女「あぅあぅ…暗黒騎士さぁ~ん……」

暗黒騎士「何だ、惚れたか?」

魔女「い、いえいえいえいえいえいえ!!」ブンブン

魔女(私が動けないから、こうするのは当たり前じゃない……うぅ、自意識過剰で恥ずかしい)

暗黒騎士「お前を痛めつけたのはどいつだ?」

魔女「えーと……確か、そのローブの……」

暗黒騎士「……」ゲシッ

追っ手C「グエッ!!」

魔女「!?」

暗黒騎士「さぁ帰るか」

魔女「は、はい」

魔女(どうしよう、何考えているかわからない……)





ケモ耳「大変だ。人間達は、この森の住民を狩るつもりだよ」

集まっていた住民達がざわつく。
正に、寝耳に水の情報だった。

ケモ耳「権力者の演説があるっていうから、偵察に行ったんだけど……」

森の住民達の中では人間に近い個体であるケモ耳は、度々こうやって人間達の情報を持ち帰ってくる。
大抵のことは森の住民達にとって関係ないことなのだが、今回は大いに関係があるらしい。

ケモ耳「魔王が討たれ、残党は狩られていき…魔物はもう、人間達にとって脅威じゃない。だが残党狩りを続ける人間達は、その勢いに引っ込みがつかなくなってやがるんだ」

暗黒騎士「それで、森の住民狩りに以降したというわけか」

この森は魔女や半獣のケモ耳のような、『人間』にも『魔物』にも属せない者が集まっている。
住民の中には、人間や魔物に迫害されて森に来た者も多数いるのだ。

魔女(森の住民が人間に報復するかもしれないと考えると…確かに、今の魔物以上の脅威かもしれないわ。……勿論、そんなのは人間による邪推なんだけど)





それから数日、人間達は動きを見せていた。
森には軍隊や武装したパーティーが足を踏み入れるようになり、不穏な空気が流れ始めた。

これに対し森の住民は、幻惑の魔法が使える者は森の奥への道を隠し、移動魔法を使える者は無限ループの道を作り出した。
いくら人間達がこちらを狩る気満々とはいえ、それを撃退してはますます彼らを刺激するだけ。だから、彼らを避けることで自分たちを守った。

魔女「……でも、それで収まるかしら」

森の住民達も想像はできていた。こちらが罠を仕掛ければ、その内、人間達はその罠の上を行く手段を取る。
現状の対処法は一時的な対処法に過ぎず、かといって興奮している人間達を抑える方法も見つからない。

暗黒騎士「やれやれ……これでは、人間と魔物の争いの時代に逆戻りじゃないか」

魔女「知ってます? 種族という"壁"が争いの火種になる前は、国境という壁が争いの火種を作っていたんですよ」

暗黒騎士「あぁ、人間同士、魔物同士で争っていた過去もあるとか」

魔女「その人は寿命を迎えてしまったのですけれど、人間でありながら人間に迫害され、この森の住民になった人もいました。…何だか、いつの時代にも迫害は無くならないみたいですね」

暗黒騎士「それは生物の本質なのかもしれんな。それに巻き込まれた以上、自分を守る為に、戦うか逃げるかしかない」

魔女「この森は"逃げ場"だったのに……そこすら奪われようとしている」


既に、森から逃げ出した住民もいる。彼らは無事に逃げ延びたのか、それとも殺されたのか――それはわからない。
だけど、この森で生まれ育ち、この森以外を知らぬ魔女は、なかなかその決断ができずにいた。





長老「人間達と交渉してみるのはどうだろうか」

住民達で話し合いの場を設けた際、長老からそんな意見が出た。
住民達はざわめくと同時、興奮して声をあげた。

「無駄に決まっている!」
「話の通じる連中じゃない!」
「交渉で解決しないことは、歴史が証明している!」

長老「しかし、このままでは我々が狩り尽くされるだけじゃ。…そうなる前に、できる行動は取っておきたい」

魔女(そ、そうよね……)

確かに交渉は無駄かもしれない。
だけどやってみて、何か状況改善に繋がることはないか…。

そんな期待を抱いたが。

暗黒騎士「……無駄だろうな」

それは、あっさり否定された。

暗黒騎士「人間達の行動理由が、森の住民への"脅威"であるなら、住民が今後も人間を襲わないと証明しなければならない。…だが人間は、そんな段階は飛び越えてとうに行動を起こしている。聞く耳も持たないだろうな」

長老「こちらは我々を狩ろうとする人間を攻撃していない。これが証明にはならぬか?」

暗黒騎士「人間達の行動が止まっていない以上、証明としては弱い。もし、証明するとしたら――」

暗黒騎士の表情は険しくなった。

暗黒騎士「――降伏するしかない。それも生物としての尊厳も自由も、人間達に奪われる形でな」

魔女「そ、そこまで!?」

暗黒騎士「命があるだけマシかもしれんぞ。魔王軍の残党は殺されているからな」

魔女「………」

暗黒騎士「あくまで俺の予想だ。それでも交渉してみようというのなら、止めはしない」

しかし、住民達はそれで黙ってしまった。

平穏に暮らせる未来はないということか。
先の未来には絶望しかない。だというのに頭がそれを受け入れることができず、どうにも実感が沸かない。

魔女(ちゃんと…考えないといけないのに……)





魔女「うぅ……」

暗黒騎士「どうした? 話し合いの最中から、ずっと顔が青いが。体調が悪いなら、横になるか?」

魔女「青くもなりますよ…だって、怖いじゃないですか」

暗黒騎士「怯えていた所で状況が改善するわけじゃない。だったら、何があってもいいように堂々としていろ」

魔女「暗黒騎士さんみたく修羅場には慣れてないですよ……」

暗黒騎士「まぁとりあえず座れ、紅茶を淹れてやる。紅茶はリラックス効果があるそうだぞ」

そう言って暗黒騎士はお湯を沸かし始めた。
その動作は優雅でもあり、一切の動揺が見えない。

魔女「気休めじゃないですか……」

暗黒騎士「俺の紅茶が飲めないというのか? ん?」

魔女「いえいえっ、頂きますっ!」

暗黒騎士「素直でよろしい。ほら、甘くしておいたぞ」

魔女「はい……」

頭の中は不安で一杯で先のことはわからないけど、とりあえず今は差し出された紅茶を頂くことにした。
紅茶はぽかぽか暖かくて、体の中から温めてくれる。

暗黒騎士「どうだ、落ち着いたか?」

魔女「は、はい」

暗黒騎士「強がらなくていい。今でも不安で一杯なんだろ?」

魔女「……はい、ごめんなさい」

暗黒騎士「何を謝る」

魔女「せっかく、リラックスするようにって紅茶を淹れて下さったのに……」

暗黒騎士「お前、自分で言ってただろ。紅茶のリラックス効果なんて、所詮気休めだ」

魔女(じゃあどうして紅茶を……)

暗黒騎士「じゃあ、安心させてやる」

魔女「?」

暗黒騎士は自分の紅茶を飲み干すと、魔女の肩に手を置いた。

暗黒騎士「俺がお前を守る。どうだ? 何より安心できる言葉だろう?」

魔女「~っ……」

安心…魔女の知る安心感とは何か違う。頭がぐちゃぐちゃになって、何か変な感じ。
というか、彼が守るというのは……。

魔女「ど、どうして?」

暗黒騎士「そりゃ居候になった礼くらいしないとな」

魔女(あぁ……そういう理由)

今度は何かモヤモヤした。何のモヤモヤかは、わからないけど。

魔女「……それだけの理由で、暗黒騎士さんを危険に晒すのは…」

暗黒騎士「俺は危険だと思っていない。そんなに申し訳なく思うことではないぞ」

魔女「そ、それなら私だって……」

暗黒騎士「?」

暗黒騎士は居候のお礼、と言ってくれた。
だけど暗黒騎士を居候させることだって、魔女にとって負担ではなかった。

魔女「確かに暗黒騎士さん意地悪なところあるけど…だけど、私も楽しくて……」

暗黒騎士「楽しい?」

魔女「その…家族ができたみたいで……」

暗黒騎士「……その言葉は卑怯だろ」ハァー

魔女「え? え?」

暗黒騎士「ますます守ってやりたくなったじゃないか。どうしてくれる」コツン

魔女「え、ええぇ!? そ、そんな! 守って頂いても、私何も返せないですし……」アワアワ

暗黒騎士「ほう? 返してくれるのか?」

魔女「……え?」

暗黒騎士が微笑んでいる。その表情は艶っぽく、眼差しはこちらをしっかり捉えていた。
普段見せない暗黒騎士の表情に、魔女はただドギマギするばかり。

魔女(な、何?)

暗黒騎士「じゃあ、俺が――」クイッ

魔女「!!」

暗黒騎士「――お前をくれと言ったら、くれるのか?」

魔女「――っ!?!!?」

頭が一気に沸騰した。
だって、そんなこと言われるなんて思っていなくて――

魔女(わ、私をあげるっていうのは、その、つまり……)ドキドキ

胸がドキドキ。顔はきっと変な表情を浮かべている。
まるで誘惑の魔法にかかったみたいに、頭の中が暗黒騎士で一杯になって。

魔女(何よ、これーっ!?)ドキドキドキドキドキドキ

暗黒騎士「……なんてな」

魔女「……え?」

暗黒騎士の一言で、魔法が解けたみたいに熱が引いた。

暗黒騎士「冗談だから安心しろ」

魔女「え……冗談」

暗黒騎士「お前が俺に何か返したいなら、いつか返してくれればいい。代わりにお前をくれ、なんて要求はしないから」

魔女「あ、は、はい……」

嘘みたいに頭が冷えてきた。
そうだ、そんなの冗談に決まっている。少し考えればわかることではないか。
むしろ、冗談でなければ困る。

魔女(……でも)

熱が引いた後に、よくわからないモヤモヤが残った。

魔女(……変なの)

せっかく淹れて貰った紅茶の味も、よくわからなくなっていた。





ケモ耳「交渉に向かった長老がやられた」

暗黒騎士「交渉が決裂したか……」

次の集まりの時、住民達は顔を青くしていた。
交渉は期待できないとわかっていたつもりだったが、それでもどこかで期待する気持ちもあったのだろう。

「冗談じゃねぇ! 殺されるくらいなら、戦った方がマシだ!!」

誰かがそう声を荒げると、「そうだ」と同調する声が次々と上がった。
しかし、魔女は同調できなかった。

魔女「森の住民の総力をもって、人間に立ち向かえる? 皆殺しの未来しか私には見えないわ……」

ただ殺されるよりマシだという主張はわかる。
だけど、どうにも……

ケモ耳「あるんじゃない? 立ち向かう方法……」

視線が一斉にケモ耳に集まる。
特に殺気立っている連中は「どういうことだ」と彼を急かす。

ケモ耳「……魔王軍の残党を味方につけるんだよ」

暗黒騎士「!!」

ケモ耳「この森の住民は、戦力はないが特殊な力の持ち主が多い。魔王軍の残党どもと手を組めば、かなりの戦力になるはずだよ」

魔女「そんな……」

この森の住民には、魔物に虐げられていた者もいる。
そんな方法を採るのはどうかと思ったが…。

「それだ!!」

誰かが声を上げた。

「魔王軍の奴らの戦力なら期待できる!」
「今や奴らも迫害されている身、我々を虐げている余裕などないはずだ!」
「残党どもを探し出し、交渉するんだ!」

魔女「………」

具体的な話が出て、話が現実味を帯びてくる。

争いなんて遠い世界の話だった。
だけどそれが変わる。争いが起こる。ここは平穏じゃなくなる。明日を生きられるかもわからない毎日がやってくる。

その"現実"が頭に入ってきて――目の前の光景が歪んで、気が遠くなった。

暗黒騎士「……」

暗黒騎士はそんな魔女の様子に気付いてか、倒れる前に魔女を支えてくれた。
肌に伝わる彼の感触。それは今魔女が唯一受け入れられる現実。
守ってくれると約束してくれた彼。ずっと彼の腕の中で、この現実から守られていたかったけれど――

魔女(……駄目、なんだ)

完全に現実逃避できるほど弱くなかった自分の心を、今は恨めしく思った。





魔女の日課から散歩が無くなった。
外は危ないから。いや、それ以上に、外の光景を見たくなかったから。
森のどこで争いがあった、人間側の誰かを殺して、魔王軍の誰かが殺された……そんな話を聞くから、人との関わりを絶った。

ただ1人を除いて。

暗黒騎士「帰ったぞ」

魔女「……暗黒騎士さん!」ギュッ

暗黒騎士「!」

帰ってきた暗黒騎士に飛びつく。
今日も帰ってきてくれた。それを実感する為に、彼の感触を確かめる。

魔女「良かった…良かったぁ」グスグス

顔を合わせる度にメソメソする。きっと今の自分は重苦しい。

暗黒騎士「……だから大丈夫って言っただろ」

だけど彼は、そんな自分を突き放すこともなく。

暗黒騎士「ほら、果物持って帰ってきたぞ。最近、痩せただろ? その痩せ方は可愛くないぞ」

魔女「グスッ…はい、頂きます」


暗黒騎士は、森にとって大事な守り手となっていた。
本当は自分の世話を焼いている場合じゃないのだけれど。

魔女「美味しいです」

暗黒騎士「なら笑え、こうやって」ムニッ

魔女「んひゃっ! もぉ~、暗黒騎士さんったら」


彼といる時間は平穏で。


暗黒騎士「もう、いい時間だな。寝る準備できたか?」

魔女「はい、バッチリです」

暗黒騎士「じゃ寝付くまでナデナデしててやろう」

魔女「やめて下さいよぉ~」

暗黒騎士「顔と声がそう言ってないんだよ。ほらほら」ナデナデ

魔女「あうぅ~」


幸せだった。
だから手放すことができない――良くない依存だと、わかってはいるけれど。




暗黒騎士『――お前をくれと言ったら、くれるのか?』



魔女「はぁ~……」

いつかの彼の言葉を今でも覚えている。
何度もその言葉を、頭の中で繰り返す。

魔女(今日も、暗黒騎士さんの夢を見たいな)

寝る前に彼を想えば、彼の夢を見られる。
現実逃避できない頭だから、せめて夢に浸っていたい。だって夢の中でなら、心の底から笑っていられる。


彼が側にいて、何の心配もなくて、2人触れ合っていて――



ドオオォォン

魔女「!!」ビクッ


突如、大きな爆発音が魔女を現実に引き戻した。

魔女「な、何……?」ガタガタ

暗黒騎士「おい、大丈夫か!」

すぐに暗黒騎士も駆けつけてきてくれた。

暗黒騎士「夜襲があったが、夜番の奴が対処した。もう心配いらないぞ」

魔女「は…はい……」

そう、自分は危険から遠い場所にいる。
彼が言うのだから大丈夫、心配いらない……。

魔女「おやすみ…なさい……」

暗黒騎士「……」

だけど暗黒騎士は部屋を出て行ってくれなかった。
そして、ふぅとため息をついた。

魔女「ど、どうしたんですか……?」

暗黒騎士「全っ然、大丈夫じゃないな」

魔女「え……えっ!?」

そう言って、暗黒騎士は魔女の寝ているベッドに腰掛けた。
そして大きな手で、魔女の頬を撫でる。

暗黒騎士「なにが『大丈夫です』だ、怖がりめ」

魔女「わ、私、何も言ってませんよ!」

暗黒騎士「顔が言ってる。『大丈夫なのでお休みなさい。あ、でも本当は怖いなぁ~、っていうか一緒にいて下さいよウルウル』ってな」

魔女「言いがかりです~……」

暗黒騎士「言いがかりでも何でもいい。放っておきたくないんだ、俺が」

魔女「……」ギュ

暗黒騎士の腰に腕を回して、言葉の代わりに気持ちを伝える。
彼は強引だ。だけど本当はこっちを気遣ってくれる――要するに、優しい強引さなのだ。

暗黒騎士「立ち向かえる程強くもなく……現実から逃げられる程、弱くもないか」

頭を撫でながら、暗黒騎士はふと、そんなことを口にした。

暗黒騎士「俺に依存するのが1番楽なら、そうしていればいい。俺なしで生きられない女がいるというのは男冥利に尽きる」

魔女「…もしかして、不健全なこと言ってません?」

暗黒騎士「お互い様だ」

そう笑いながら、ほっぺをむにっとつままれた。

暗黒騎士「いいんでないか。こんな状況で正常な気持ち保っていられる奴の方が異常だ」

魔女「暗黒騎士さんは…正常じゃないんですか?」

暗黒騎士「どうしてそう思った?」

魔女「だって…暗黒騎士さんっていつも強引で、自信満々で……私には、眩しく見えるから」

暗黒騎士「見る目がないものだな」

今度は額に指を当て、軽くぐりぐりされた。

暗黒騎士「必死こいてこの森に逃げて、見知らぬお前に助けを求めた俺が、強いわけがない。心外だ」

魔女「…それも、救われたのは私の方です」

暗黒騎士「?」

魔女「……あの時初めて、私は必要としてもらえたから。貴方は、貴方を助けるという役目を私にくれた」

彼を助け、彼に助けられ、彼は大切な家族となった。
自分を必要としてくれる人ができて初めて、魔女は自分が『存在してもいいのだ』と思えるようになった。

魔女「貴方は世界から弾かれていた私を…初めて、必要としてくれました。必要としてもらえることって、こんなに嬉しいことなんだって…私、初めて知りました」

暗黒騎士「……そうか」

暗黒騎士の笑みは穏やかなものだった。

暗黒騎士「…もしかしたら、お前はそういう点では俺より強いかもしれないな」

魔女「え?」

暗黒騎士「俺なら世界から弾かれて、誰にも必要とされない状況など耐えられない。…今だって、お前がいるから自分を保っていられる」

魔女「……変なの。暗黒騎士さんは、森にとって必要な人となったのに」

暗黒騎士「そういう問題ではないんだよ、これは」

誤魔化すように額をぐりぐりされる。
そういう問題でないと言うのなら、そういう問題でないのだろう。

魔女(でも、そっか――)

暗黒騎士は魔女が思っていた以上に、魔女を必要としてくれている。
それがたまらなく、嬉しくて――

魔女(私――)


暗黒騎士と過ごした日々を思い出す。
ちょっと意地悪で、強引で、それで優しかった彼。
その思い出のひとつひとつが、魔女にとっては大切なもので――

魔女(私、暗黒騎士さんのこと――)


魔女「…ねぇ、暗黒騎士さん」

暗黒騎士「何だ?」

魔女「私――」



魔女「貴方に、私をあげたい」

暗黒騎士「――」




暗黒騎士『――お前をくれと言ったら、くれるのか?』


いつか彼が言った言葉。
冗談だ、と彼は言ったけれど、魔女にとっては心を打つ言葉だった。

魔女「私をあげます。…貰ってくれますか、暗黒騎士さん」

暗黒騎士「……」

暗黒騎士は黙る。
やっぱり唐突すぎて駄目だったか…と思ったが。

暗黒騎士「……困ったな」

魔女「え?」

暗黒騎士「こういう時、どうすればいいのかわからない。……女相手の経験値が全くないものでな」

魔女「他に経験があったら、なんかイヤ」

暗黒騎士「……そうか」

魔女「暗黒騎士さんの言葉で答えて下さい」

暗黒騎士「……」

暗黒騎士は何も言わなかった。何も言わず、魔女の頬に手を添える。
そして――


暗黒騎士「ん――」

魔女「――」


唇同士が重なる。
彼らしく、ちょっと強引で荒々しい唇は、魔女の全身に熱を走らせる。

暗黒騎士「……なぁ」

唇を離した暗黒騎士は、ちょっと困ったように言った。

暗黒騎士「…どこまで貰っていいんだ? お前の嫌がることは、したくないのだが……」

魔女「……くすっ」

彼らしくない言葉に思わず笑ってしまった。
勿論、今まで彼に嫌なことをされたことなんてないけど。

魔女「――全部。私も、貴方の全部が欲しい」

暗黒騎士「……そうか」

今度は額に軽いキスをされた。
本当はちょっと怖いけれど、それ以上に期待が大きい。

暗黒騎士「……こういうの初めてだから、よくわからないが…」

魔女「私もですから」

笑ってそう言うと、彼もはにかんだ。
その笑みが、触れる指先が、暖かい吐息が、全てが愛しくて――


暗黒騎士「――」

魔女「――」


互いの気持ちは混ざり合い、2人は互いの全てを貰い合った。


―――――――
――――
――


ケモ耳「居住区を移動する?」

ある時の集会でそんな意見が上がった。
意見を出したのは――

呪術師「はい…。森の中を散策していた所、古い時代の魔法陣を発見しましてね。その魔法陣周辺を戦地にし、居住区は更に奥に移した方が安全でしょう」

元魔王軍の呪術師。魔王軍でトップクラスの魔法の使い手だった者だ。

呪術師「恐らく、かつてこの森に追いやられた魔法の使い手が残したものでしょう」

暗黒騎士「それはどんな魔法陣だ?」

呪術師「近くにいる者の魔力を活性化させる魔法陣――それも、我々魔物にのみ効果があるものです」

暗黒騎士「ふむ……それが本当なら、こちら側にとって有利になるな。それで、森のどこにあるんだ?」

呪術師「森の、深淵の場所ですね」

魔女「深淵ですか……」

暗黒騎士「何か問題が?」

魔女「えぇ……魔力の密度が濃くて、あそこの空気は苦手なんです」

暗黒騎士「なるほど」

呪術師「しかし人間達は少しずつ、森の奥に進んできています。このままでは居住区にまで来られて、弱者は虐殺されかねません」

魔女「……」ブルッ

暗黒騎士「ここが危険になるのなら、お前には避難してほしい」

魔女「…わかりました」

ここで嫌だと抵抗するのはワガママだろう。魔女は了承した。
他に反対意見も出ず、住民達は居住区を森の奥に移動することにした。





しかし、ある程度予想できていた事態が魔女の身に降りかかった。

魔女「うーん……」

ケモ耳「参ったな。魔女、今日もあんまり食べてないよ」

居住区の空気が合わず、魔女は数日で体調を崩した。
居住区に作られた簡易な集合避難所で、魔女は寝込んでいた。

暗黒騎士「魔女…くっ、何故こんなことに」

呪術師「ここ一帯に流れている魔力が、魔女様の体質に合わないのでしょう」

暗黒騎士「他の場所に移るわけにはいかないのか」

呪術師「危険ですよ」

暗黒騎士「しかし……」

魔女「暗黒騎士さん、大丈夫です…。安全な場所にいるのが1番ですから」

暗黒騎士「魔女……」

自分だけ居住区を移せば、暗黒騎士は自分を守ろうと頑張ってくれるだろう。
だから、それはしたくなかった。頑張らせてしまえば、彼がやられる危険性だって高くなる。

呪術師「気休めですが、薬を煎じました。これで多少、楽にはなるでしょう」

暗黒騎士「…飲めるか?」

魔女「ふふ…飲めないって言ったら、口移しで飲ませてくれるんですか?」

暗黒騎士「……場所を考えろ。前の居住区と違って、他の奴らの目もあるのだからな」

魔女(知ってる。でも冗談を言えるくらいの元気はある、っていうのを見せれば、少しは安心してくれるかなって)ゴクッ

魔女「にがぁ~……」

呪術師「少し頭がボーッとするでしょうが、効いてくるはずです。ゆっくり体をお休め下さい」

魔女「はい……くうぅ~」

暗黒騎士「…早いな、寝るのが」


ここ数日は気持ちが悪くてろくに眠れなかったけれど、久々に安眠できた。
だけど呪術師の言う通り頭がボーッとしてきて、時間の感覚が無くなってきた。1日に何回寝て、何回起きたのかも記憶にない。

居住区を移してから何日経ったのだろう。昨日のことのようにも、1年も前のことのようにも思える。


暗黒騎士「……気分はどうだ」

魔女「えぇ…良くなってきました」

目を覚ました時に暗黒騎士がいない時もあった。今はいる。だから今回は『当たり』だ。
こちらが冗談を言った時には人目を気にしていた彼は、顔を合わせれば頭を撫でてくれた。その感触が気持ちよくて、夢ではないと認識できる。

暗黒騎士「…なぁ知ってるか。森をもっと奥に進めば、海があるんだ」

魔女「そうなんですか……私、海って本でしか見たことないです」

暗黒騎士「空気が澄んでいて、気持ちいいぞ。潮風は鎧に良くないから、非武装時に行きたいものだがな」

魔女「ふふ…そうですね。戦いが終わったら、行きたいですね……」

暗黒騎士「勿論、行くぞ。お前の行きたい所、どこにでも連れて行ってやる」

魔女「約束です…よ……」スヤァ

暗黒騎士「寝たか」


期待なんてしていなかった。
戦いが終わるのか――終わったとしても、自分と暗黒騎士はその時、生きているのか。
怖いから考えないし、期待しない。きっと、そんな未来は来ない。

だけど嬉しかった。彼はきっと、本心で言ってくれた。それだけでもう、過ぎた幸せだ。

魔女(海、かぁ……)

期待しない。現実では。
だからせめて、そんな夢を見られるように祈る。
最近ずっと寝てばかりなのだから、そういう夢を見れたっていいと思う。


ザザッと波の音が聞こえる。海を知らないのに、どうしてか『リアルな海』だと思った。

――あぁ、見れた。夢で見れた。

場所は海に面している断崖絶壁。できれば砂浜の方が良かった。
あとは約束の通り、ここで暗黒騎士とデートできれば良いのだけれど。

「暗黒騎士さん」

呼びかける。返答はない。
これじゃあ意味ない。一緒じゃないと意味がない。

走る。だけど夢の中じゃ上手く走れない。
暗黒騎士の姿を探す。ここにいて欲しい、一緒にいて欲しい――

ふと、黒い姿が目に入った。

――いた

潮風は鎧に良くないと言っていたのに、相変わらずの鎧姿。あぁ、夢にこんなこと言うのは無粋か。

「暗黒騎士さん」

呼びかける。だけどやっぱり返答はない。
ここに"彼"はいても"私"はいない。一緒じゃない。

寂しさを感じていると、足音が聞こえた。この足音は――?

?「見つけたぞ、暗黒騎士」

――誰?

知らない男。歳は暗黒騎士と同じくらいか。
何だか様子が穏やかじゃない。

暗黒騎士「――勇者だな」

――勇者? 彼が?

勇者「国王命令によりお前を討つ。覚悟するがいい」

暗黒騎士「…悪いな。殺されてやる気はない」

2人は剣を抜く。
互いににらみ合い、そして――




魔女「!!」ガバッ

ケモ耳「魔女?」

夢から覚めた。暗黒騎士の姿は――いない。

魔女「あ、暗黒騎士さんは!?」

ケモ耳「暗黒騎士? 今は警備に入ってるよ」

魔女「どこ! どこの!?」

ケモ耳「え? えーと……」

呪術師「……海の方ですね」

魔女「!!」

胸騒ぎがした。今の夢、まさか――

魔女「…っ!」ダッ

呪術師「あっ、魔女!」

魔女は飛び起きて、箒を手に取った。
海の場所はわからないけど、上空からならわかる。

ずっと寝ていたせいか体が思うように動かなかったが、それでも何とか必死に力を振り絞り、飛び立った。

ケモ耳「魔女、どうしたんだ……?」

呪術師「……私が後を追いましょう」



呪術師「ク、ククク……」

呪術師「遂に来たか……"覚醒"の時が」





魔女(暗黒騎士さんは……)

上空から景色を見て、海は見つけた。
できれば初めての海は暗黒騎士と一緒に見たかったけれど――そんなこと言っている場合ではなく、暗黒騎士の姿を探す。

魔女(やっぱりあれは、ただの夢だったのかしら……?)

――いや、そうではない。

根拠はないけど、何故かそう確信できる。
彼は勇者と戦っている。早く彼を見つけないと……。

その時だった。

魔女「あっ!!」





暗黒騎士「クッ……」

勇者「評判通り、剣の腕は良いな」

それはこちらの台詞だ。
仲間と一緒とはいえ、あの魔王を討った勇者だ。
普通に考えて、自分が勝てる相手ではない。

暗黒騎士(だが、無事に逃げ延びる――というのは、甘い考えなのだろうな)

それなら出来るだけ粘り、応援が来るのを期待するしかない。

だが――

勇者「ハアアァッ!!」

暗黒騎士「!!」

一擊一擊が重い。剣撃を受け止め続けた腕は、もう大分疲弊している。
体力的には限界に近く、あと数分も持つかどうか。

暗黒騎士(…だが、俺は死ねないんだ)

待っている人がいるから。
自分が死ねば、彼女は絶望するか、もしくは自分を忘れてしまうか。

暗黒騎士(どちらも嫌だ)

自分は欲張りだから、自分の力で全てをくれた彼女を幸せにしたい。
だから絶対に、死ぬことはできない。

勇者「――甘いんだよ」

暗黒騎士「――」

肩に熱い痛みが走った。
鎧のほんのわずかな隙間を、勇者の剣が貫いたのだ。

勇者「気持ちの強さで状況を好転できりゃな……」

勇者が剣を大きく振りかぶる。
その光景が、ゆっくり見えて――


暗黒騎士「―――」


勇者「死ぬ奴なんて、誰ひとりいないんだよ…!」

胸が切りつけられる痛みも、崖から落ちる感覚も――頭が理解する前に、暗黒騎士の姿は水の中に消えた。





魔女「あ、ああぁ……」

勇者「!」

間に合わなかった。
暗黒騎士が切りつけられたその瞬間から、見ていたのに……。

魔女(見ていることしか、できなかった……)

勇者「…深緑の森の魔女か」

魔女「暗黒騎士、さん……」

魔女は崖から身を乗り出し、暗黒騎士の姿を探す。
だけど、姿は見えなくて…。

勇者「無駄だ。あの傷を負った上、あんな重い鎧を着ていれば……傷口が開くか、海に沈んでか、何にせよ助からん」

魔女「……」

助からない? 死ぬ? ――そんなわけない。暗黒騎士さんが、死ぬわけがない。

勇者「死ぬんだよ」

魔女「――」

勇者の冷たい声、そしてこちらに向けられた刃――不思議と恐怖心を覚えず、頭が冷えていく。
そして冷えた頭は徐々に、現実を受け入れ始めていた。

勇者「お前もだ。存在が害悪とされる魔女よ…お前も暗黒騎士の元に送ってやる」

魔女「暗黒騎士さんの元に……?」

一瞬、甘美な響きにも聞こえた。
彼は暗黒騎士に再び会わせてくれる。

だけどそんな考えに騙される程弱くもない心は、別の感情を生み出していた。

――暗黒騎士さんを奪った。この男が、私から、この世界から。

理不尽。それを受け入れろというのか。
自分たちの平和を崩した侵略者の分際で。英雄だか何だか知らないが――



――ふざけるな!!



勇者「――!!」


その瞬間に起こったことは、魔女自身も他人事のようだった。
おびただしい魔力が溢れている。濁った風が周囲を撫で、動物たちが逃げ出した。

この魔力の発生源は――

勇者「…これが、深緑の森の魔女の力か……」

魔女(私の――?)

魔女は冷静に魔力を感じてみた。
間違いない。魔力の発生源は自分。どうして、こんな魔力が自分に……?

勇者「…危険だな!」

勇者は駆けた。
勇者は自分を殺そうとしている――抵抗する手段は、ない。



"今こそ、覚醒の時――"

魔女「!」


魔女の頭の中に声が響いた。
姿は見えない。だが、頭に声を送っている魔力の持ち主は――

魔女(…呪術師さん?)


呪術師"おめでとうございます、魔女様。貴方は潜在能力を引き出したのです。ですが技術面は未熟ゆえに、その魔力を持て余すでしょう。ですから――"

魔女「!!?」

魔女の体に違和感が起こった。
自分でない何かが体に入り込んでくるような、自分の体なのに自由がきかないような――そんな違和感。

そして、目前に迫っていた勇者は――


呪術師"私が――手助けしましょう"


勇者「――がっ」

魔女「……え?」


魔女の発している魔力が刃となり、勇者の腹を貫いた。


魔女「え……えっ!?」

魔女自身、わけがわからなかった。
自分はただそこにいただけで、魔力を操ることなんて一切していなくて……。


呪術師「……やりましたね、魔女様」

魔女「…呪術師さん」

呪術師が姿を現す。
魔女はすぐに察した。

魔女「……私の魔力に干渉して、勇者を倒したのは……呪術師さんですね」

呪術師「その通り。もうじき死にます」

横目で勇者を見ると、腹から大量の血を溢れさせて痙攣していた。
グロテスクなその姿に、魔女は目を背けた。

呪術師「やりましたねぇ魔女様…暗黒騎士の仇である勇者を討ったのです! 貴方の力で!」

魔女「……貴方の目的は、何?」

先ほどからの呪術師の口ぶりから、彼は"こうなること"を読んでいたように思える。
それは魔女の覚醒のことだけでなく――ここで起こった、全てのことを。

呪術師「深緑の森の魔女の力は、魔王様を凌駕する――」

魔女「そのデマ話、暗黒騎士さんから聞いたことはあります。けど私が聞きたいのは……」

呪術師「貴方がデマと呼ぶこの話には、きちんとした根拠があるのですよ」

魔女「……根拠?」

呪術師「貴方は知らないでしょうが――遠い昔の貴方の先祖は、魔王様を凌駕する…それこそ、神に近い力の持ち主でした」

魔女「……」

いつ頃の話だろうか。少なくとも、ここ100年ちょっとの話ではない。

呪術師「貴方の先祖は野望のない方でしたが、その力ゆえに世界中から恐れられ――そして、この森に引きこもった。それからこの森には、世界から弾かれた者が集まるようになっていった」

魔女はこの森で生まれ育った。
だけどそんな経緯知らないし、聞いたこともない。恐らく、他の住民も。

呪術師「貴方自身が知らなくても、貴方には確実に、その力が受け継がれているのですよ……」

呪術師はニヤリと笑う。
魔女は本能的に嫌なものを察知した。

呪術師「ここの魔力の密度が濃い理由は、恐らく、貴方のご先祖様の影響でしょうねぇ。貴方の体はその魔力に触れることにより覚醒の準備に入り、そして感情が大きく高ぶったことにより……」

聞いていられない。これ以上、呪術師といてはいけない――そう思い、この場から逃げ出そうとした。が。

魔女(体が、重い……!?)

呪術師「あぁ、言い忘れていました。貴方に飲ませていた薬には、ちょっとした作用がありましてねぇ」

魔女「……っ!!」

魔女はその場に膝をついた。

呪術師「体の自由がきかないでしょう? これは薬の作用…私によって操られるというものです」

魔女「なっ……」

抗議しようにも声が出てこない。完全に、呪術師に操られている。

暗黒騎士を失った上に、この仕打ち。
絶望的だ、あまりにも。この状況は呪術師が作り上げたものだ。その元凶に、何もできないない上、いいようにされるなんて……。

呪術師「もう、この世界に希望なんて無いでしょう? 平穏な場所はなく、愛しい男ももういない。ね? 死にたいでしょう?」

全くもってその通りだ。今体が自由になるのなら、暗黒騎士の落ちた海に飛び込んでしまいたい。

呪術師「いらないでしょう、自分など。なら――捨ててしまえばいいのですよ」


魔女の中に、再び"何か"が入り込んでくる感覚があった。

魔力が勝手に流れる。自分でも信じられない程に絶大な魔力は、あっとう間に森を包み込んだ。
地面が揺れる。この揺れは魔力の乱れが起こしている。

そして――

魔女「!!」

黒いもやが森から上がったと同時、もやは城へと姿を変えた。
この城は、自分の魔力が――正確には、呪術師が自分の魔力に干渉して造り上げられたのか。


魔女「……あっ!?」

城から発生するもやが魔女を包み込み、そのまま魔女は城に引きずり込まれた。
抵抗などできず、されるがまま――怖い。

魔女「!!」

魔女はそのまま、城の中にある玉座に腰を落とした。
物理的な拘束などされていないのに、体をくくりつけられたように、そこから動くことができない。

呪術師「この城を中心として、森は新たな魔界となる――」

呪術師が部屋に入ってきた。

魔女(森が…新たな魔界に……!?)

呪術師「そして貴方は、魔界の養分となるのです」

ゾクリとイヤな感じがした。
養分――この状況から、嫌でもわかってしまった。

呪術師「貴方の魔力が魔界を、魔物を活性化させる。貴方はただ、そこにいるだけでいいのです」

魔女「い…いや……」

精一杯声を振り絞って出た拒絶の言葉に、呪術師はフッと笑った。

呪術師「嫌ならば、現実逃避すれば良い。まぁ1人でこんな部屋に閉じ込められていれば、いつかは発狂するでしょうがね。あぁ、貴方は食事や排泄といった、生物らしいことをしなくても生命維持できるようにしておきました。動く必要もありません」

わかりたくないのに、わかってしまう。
呪術師は魔女の心を殺そうとしている。心だけ殺して、なのに死なせてくれなくて――

呪術師「では魔女様、私はこれで。……もう、人が訪れることはないでしょう」

残酷な言葉をさらりと残して、呪術師は去っていく。

待って――彼が扉を閉じれば、魔女の世界は完全に閉じられる。人生が終わる。ただの養分としてだけ命を繋ぐ未来しかない。
それは嫌だ。嫌なのに――

魔女「――」

声が出ない。
呪術師がそうしたのか、頭が現実を受け入れてしまったのかわからないが――



ぱたり。ドアは閉じられた。



―――――――
――――
――


魔女「……っ!」

ベッド上で目を覚ます。窓の外には月。
変な時間に目が覚めてしまったのは、心を悪夢から守る為。

魔女「は、はぁ……」

暗黒騎士「…どうした?」

隣で寝ていた暗黒騎士が声をかけてきた。
魔女のただならぬ様子に気付いたのだろう。

魔女「ご、ごめんなさい、起こしてしまって……」

暗黒騎士「いや、いい。何かあったか?」

魔女「あ、いえ……ちょっと、怖い夢を見てしまって」

暗黒騎士「……ほう?」

魔女「す、すみません! 子供でもないのにバカみたいですよね!」

暗黒騎士「いや。……泣く程怖いことは、誰にだってある」

魔女「……え?」

頬をこすってみると、知らずに涙を流していた。

魔女「やっ、恥ずかしい…夢なんかで」ゴシゴシ

暗黒騎士「どんな夢を見たんだ?」

魔女「そ、それは……夢の話ですし」

暗黒騎士「聞かせろ。起こされた身としては知る権利がある」

魔女「……暗黒騎士さんが、いなくなってしまうんです」

暗黒騎士「ほう?」

魔女「争いが起こって、平穏な場所は無くなって…。暗黒騎士さんが、争いで命を落としてしまう。そんな……」

暗黒騎士「なるほどな」

魔女「で、でも夢ですし、ね!」

暗黒騎士「むしろ泣け。…そんな夢を見て、平気でいられる方が心外だ」ギュウ

魔女「!」

暗黒騎士が魔女を抱きしめる。
厚い胸板は暖かい。逞しい腕は、魔女を安心させるように包み込んでくれた。

暗黒騎士「このまま寝るぞ」

魔女「あ、暗黒騎士さん……そ、それは……」ドキドキ

暗黒騎士「こうしていれば、俺を感じられる。そうすれば、もうそんな夢は見ない。……それに」

魔女「それに?」

暗黒騎士「俺も、お前を失う夢は見たくない」

魔女「……ふふっ」

暗黒騎士「どうして笑う?」

魔女「いえ。何だか幸せだなぁ、って思ったんです」

暗黒騎士「そうか」

魔女「そうか、って。暗黒騎士さんは思わないんですか?」

暗黒騎士「ばかだな」

暗黒騎士は魔女の頭をコツンと叩いた。

暗黒騎士「いつも思っている。……お前と過ごしている間じゅう、ずっとな」

魔女「……そうですね!」


一緒にいる時間はずっと幸せ。それは当たり前のものじゃなくて、かけがえのないもの。

だからどうか、この時間が永遠になりますように――


―――――――
――――
――





ケモ耳「魔女。なぁ、魔女!」

ケモ耳「森の住民と魔王軍…魔界側は魔女の力を養分にして、人間側は勇者を失い……形勢逆転した」

ケモ耳「おかしな話だよね。ちょっと前まで人間達に追われていた側が、今では人間の世界を侵略しようとしている」

ケモ耳「短期間で状況が大きく変わったせいで…魔女の状況に気付くのが遅れちまった。ごめん…本当に、ごめん」

ケモ耳「ねぇ魔女……魔女はもう、完全に心を閉ざしちゃったのかな?」

ケモ耳「……ずっと返事も、反応もないね。やっぱり、耐えられなかったんだね」

ケモ耳「それなら、わかった。俺に魔女を助け出す力はない」

ケモ耳「でも、これは伝えておくよ、魔女」

ケモ耳「人間側も不利とはいえ、無能ではない。どうやら気付いたみたいだよ…魔女を養分として、魔界が力を得ていることに」

ケモ耳「そして今、この城は攻め込まれている。人間の王子が率いている一隊にね。きっともうじき、王子はここにやってくる」

ケモ耳「それでも魔女は、ここでこうしているのかな?」

ケモ耳「……じゃあね、魔女。俺は逃げる。もう会うことはないかもしれないけど」

ケモ耳「――どうか、元の魔女に戻れるように祈ってる」





誰かの声が聞こえたような気がしたけれど、ノイズとなって消えた。
聞こえるわけがない。ここには誰も来るわけがない。

そんな余計な"現実"よりも、もっと夢に浸っていたい。

だって夢の中は平穏で、愛する人がいて――幸せだから。

もう世界は捨てた。現実は捨てた。自分は捨てた。だってそれらは全て、"私"を苦しめるものだから。


暗黒騎士『そんなもの見るな――お前は、俺の方だけ見ていろ』


そうですね。私に必要なのは、貴方だけでした。



それが例え、夢が見せる貴方であっても――






「この部屋が魔力の発生源のようですね」

連れていた従者が言った。
この城に乗り込んで異種族達と戦闘を繰り広げ、遂にここまでたどり着いた。

とはいえ、その程度の苦労。
王子は人間側で剣を振るようになってから日が浅い。長い間異種族たちと戦闘を続けてきた従者たちに比べると、屁でもない苦労だ。

「入るぞ」

ぶっきらぼうな王子の言葉で、従者たちはすぐさまドアに手をかける。
ドアが開けられる。少しの隙間から、おびただしい魔力が溢れてくる――

そしてドアが全開になった時、気の弱い者ならそれだけで気を失いそうな程の魔力を全身に浴びた。

「これは――」

視線の先にそれを見た。

玉座に女が座っている。間違いなく、この魔界全体を覆っている魔力の発生源だ。
女は侵入者である自分たちに一切の反応をしない。

「死んでいるのか……?」

従者の1人がそう言った。
そう思う程に、女の顔からは生気といったものを感じない。

(いや)

だが王子は確信していた。この女は生きている。
王子にはこの女がどうにも呑気に見えた。状況の元凶となっているのに本人だけがそれに気付いておらず、まるで別のことを考えていて、その別のことに夢中で――

「……美しい女だな」

こちらもつい、呑気な言葉が出てきてしまった。

「王子、あの女が"深緑の森の魔女"でしょう。あの女を狩れば、魔界側を弱体化させられます」

興ざめすることを言う従者だ。
だが言うことはもっともで、自分はその魔女を狩りに来たのだ。

とにかく今は任務に忠実に、剣を抜いて――


呪術師「そうはいきませんねぇ」

「!!」

王子たちの軍と魔女の間に入るように魔物が現れた。
こいつは確か、手配書にあった呪術師という奴だ。

呪術師「このような場所まで、ご苦労様です。さぞかしお疲れでしょう」

出来ればこれ以上の戦闘は避けたいのだが――無理そうだ。

呪術師「勘違いしないように。私は見に来ただけですよ」

見に来た?

呪術師「"これ"はもう自分の意思を持たぬただの養分ですが……身に危険が及べば自動的に身を守るようにしているのですよ」

どういうことだ。仕組みがまるでわからない。
ただ1つ確かなことは、ここからが本当の難関ということか。

呪術師「さぁ狩るのです…愚かな人間どもを!!」

「!!」

王子は本能的に避けた。
飛んできたのは拳程度の小さな魔力の塊――だが、避けた先に1人の従者がいて…。

「うわあぁ――っ!!」

「――!?」

その塊に触れた従者は倒れた。
そして――確かめるまでもなく、絶命していた。

呪術師「小さい分、殺傷力を凝縮した魔法です。どうかご堪能下さい」

「うああああぁぁ!!」
「ぐああぁぁ――っ!!」

四方八方に飛び散る球体に次々と犠牲者が出る。

残ったのは――

呪術師「おやおや、ここまで残るとは。流石ですね、王子殿」

「……」

王子は全ての球体を避けていた。
とはいえ避けるだけで精一杯で、反撃に転じる余裕などまるで無かったが。

「…不思議な女だな」

呪術師「不思議? …おかしなことを。恐ろしい、というのが正しいのでは?」

「いや」

この期に及んで、魔女にマイナスなイメージを抱いていない自分も不思議だ。
魔女を殺したいとも微塵も思わない。だけどここから逃げたいとも思わない。

「その女はどうにも魅力的で困る。それも魔女の魔力なのか?」

呪術師「……」

呪術師が訝しげな顔をした。
気持ちはわかる。自分で口にした言葉なのに、おかしいと思ったくらいだ。

呪術師「ひとつ質問よろしいでしょうか」

「何だ」

呪術師「貴方は――」



呪術師「いつから"王子"となったのでしょうか――暗黒騎士殿?」





なんだか向こうが騒がしい。
今日は色んな人が来る。


暗黒騎士『どうでもいいだろう、そんなこと』


そうですね。本当にどうでもいい。

だから、耳を閉ざしてしまおうと思ったけれど。


「――俺は、何も覚えていないんだ」

どうしてか、この人の声が耳に届く。

「俺は瀕死の傷を負って海を漂っていたところを助けられた。その時にはもう記憶を失っていたが――背中には王家の紋章が彫られていた」

貴方は誰?

「どうやら俺は幼少期に魔物に誘拐された王子らしくてな。まぁ人間側も勇者を失って余裕を失っていたのだろう、俺は王子として軍勢を率いる立場に祭り上げられた」


言っていることはよくわからないけれど、貴方の声は何だか懐かしい。


暗黒騎士『"そっち"の言葉は聞くな』

だけど。

暗黒騎士『お前には俺がいればいい――そうだろう?』


そうですね――




?『ダメだよ』


え?


?『ダメだよ、いつまでも逃げてちゃ』


貴方は……?


?『あなたが見ている世界はニセモノだよ』


――わかっている、そんなこと。
私に現実なんていらない、入り込んでこないで。


?『聞いて、外の声を』


そんなことできない――


?『ダメだよ――本物を手に入れないと』


……本物?


?『怖くないから――目を開けて!!』



魔女「――!!」



目を覚ましたのはいつぶりだろう。
長いこと、ここから逃げていた気がする。だけど戻ってきたのは、どうしてか。

だけど寝ぼけているはずの頭なのに、目の前の"現実"がすぐに入ってきて――


魔女「……!!」



呪術師「なるほど……人間は藁にもすがるつもりで貴方に頼ったのでしょうね」

そこには、魔女をこんな目に遭わせた呪術師と、


暗黒騎士「そういう経緯だ。状況を理解するより先に使命を与えられた」

死んだと思っていた暗黒騎士がいた。


魔女(暗黒騎士さん――!!)


叫びたかった。走り出して、抱きしめたかった。
だけど動くことができない。
そればかりか――

魔女「!!」

暗黒騎士「おっと」ヒョイ

魔女の意思とは関係なく、魔女から発せられた魔法が暗黒騎士を襲う。
完全に操られていた。心以外の全てに、自由がきかない。

魔女(暗黒騎士さん……逃げて……!!)

やっと会えたけど。このままでは自分は暗黒騎士を殺してしまう。
だから心の中で必死に叫んだ。どうか、この声が届くように――


暗黒騎士「……その女、起きたな。目が開いたぞ」

呪術師「む。……目が開いたとはいえ、心を失った養分ですよ。気にせず戦いを続けると良い」

魔女(違う……!!)

心では必死に抵抗しているのに、呪縛は解けない。
暗黒騎士は記憶を失っていて、今では自分と敵同士。

魔女(私と暗黒騎士さんが殺し合わないといけないなんて――)

せっかく戻ってきたのに状況は最悪。

暗黒騎士「心を失った養分、か……」


こんな現実に戻ってくるなら、本当にそうでいたかった――そう、思ったけれど。


暗黒騎士「……俺には、そうは見えないな」

魔女(……え?)

暗黒騎士「その女、俺に何かを必死で訴えてる。…心を失ってないし、俺に敵意も抱いていない」

魔女「――!!」


わかってくれた――彼は、気付いてくれた。
なのに自分は、現実から逃げることばかり考えて――


暗黒騎士「聞きたいな、その女の言葉」

そう、自分は伝えないといけない。
だからまだ――

魔女(……諦めたりしない!!)


呪術師「……頭のおかしなことを。もう良い、貴方も死になさい!!」

複数の球体が暗黒騎士に襲いかかった。
暗黒騎士はそれを回避し――魔女の方に距離を詰めてきた。

暗黒騎士「何でだろうな――」

喧騒の中、彼のつぶやきが聞こえた。

暗黒騎士「死ぬ気がしない。こんな状況でもな」

呪術師「……小賢しい!!」

暗黒騎士「!!」」


球体が集まり、大きな塊となり、そして――

呪術師「行けえぇ――ッ!!」

塊は波のように、暗黒騎士に迫ってきた。
逃げ場所は――ない!

呪術師「これで終わりです! さぁ、今度こそ死ぬがいい!!」


魔女「――っ!!」


暗黒騎士が波に飲み込まれる。
これでは、暗黒騎士の命は――


?『大丈夫だから』


その時、夢の中で聞こえた声が元気づけてくれた。

魔女(貴方は誰――?)

呼びかけに返事は返ってこなかった。
だけどその時、魔女のお腹がドクンと動いた。

魔女(あぁ、そうか。貴方は――)



そして――


呪術師「……っ!?」

暗黒騎士「ほらな。やっぱ死ななかった」

呪術師「何故だ……何故、生きている!」

狼狽える呪術師は想像もできなかったのだろう。

魔女(暗黒騎士さんを…殺させやしない!)

魔女が呪術師の呪縛に、意思の力で歯向かったなどということは。


暗黒騎士「あんたが何者なのか、俺にはわからない…いや、覚えてないだけなんだろうな」

暗黒騎士は魔女に一歩一歩、近づく。ゆっくり、ゆっくりと。

暗黒騎士「王子に祭り上げられてから、流されるまま戦ってきたが――」

そして暗黒騎士は、魔女の前に立った。

暗黒騎士「――思い出させてくれ、全てを」


そう言って暗黒騎士は――魔女に、口づけをした。
体全体が熱い。呪術師に操られた時のように、暗黒騎士の唇を伝わって"何か"が入り込んでくるような感覚があった。
だけどそれは決して嫌じゃなくて、心地よくて――そして。

魔女「……全てあげます、貴方に」

呪術師「バ、バカな……!!」

魔女は久しぶりに声を出し、そして自分の意思で、暗黒騎士を抱きしめた。
暗黒騎士は――それよりも強い力で、魔女を抱きしめる。


暗黒騎士「――あぁ。思い出したよ、全部」

魔女「お帰りなさい…暗黒騎士さん」







城は崩壊した。
その際に呪術師を含む何名かが行方不明になった。

強力な要塞を失った魔界の者は散り散りになり、人間への侵略が収まった。
対する人間も長い戦いで疲弊しており、弱体化した魔界に攻め込む力もなかった。

こうして争いは多大なる犠牲を払い、両者の疲弊という形で沈静化した。





暗黒騎士「あれだけ激しい戦いだったのに、あっけないものだな」

魔女「そうですね」

2人は状況を静観していた。
魔界も人間側も疲弊している中、2人を追おうという者はいない。

魔女「疲弊から立ち直れば、また争いが始まるのでしょうか」

暗黒騎士「そうかもな。双方は新たな魔王、新たな勇者を立てるだろう」

魔女「その時が来たら……」

暗黒騎士「逃げればいい」

暗黒騎士は魔女の手を握る。
そして弱気になっていた魔女に微笑みを投げかけた。

暗黒騎士「俺たちには関係ない。……世界を回ればきっとある、平穏に過ごせる場所が」

魔女「…そうですね!」

何てことはない。また、世界から弾かれるだけのことだ。


暗黒騎士「じゃあ魔女、逃げるか」

魔女「はい、逃げましょう」

暗黒騎士「しかし、本当に何も得るものがない戦いだったな。失うばかりで」

魔女「…そうでもありませんよ」

暗黒騎士「何かを得たのか?」

魔女「えぇ、かけがえのないものを」

魔女はそう言ってお腹を撫でた。

暗黒騎士「まさか――」

魔女「現実から逃げていた私を助けてくれたのは――この子なんです」

暗黒騎士「……!!」

暗黒騎士は魔女を抱え上げた。
突然のことに魔女は驚き、慌てる。

魔女「お、お、降ろして下さい暗黒騎士さん!」

暗黒騎士「聞け、魔女。俺は今、最高にお前が愛しい」

魔女「!!」

暗黒騎士「お前は俺へ向けるものよりも、大きな愛情で新しい命を想え。俺は全力で守る、お前たちを」

魔女「暗黒騎士さん……」


目の前に彼がいて、彼を愛し、愛されて。

魔女「私も、守ると誓います」

例え世界から弾かれようと、幸せはここにあるから。
もう2度と失うことのないように――


魔女「私達の幸せを守ると、誓います!」




Fin













あとがき

とても長かったですね。ご読了お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
「暗黒騎士の人」と呼ばれるようになるほど暗黒騎士ssを連発していた時期が過ぎてからは、ずっと暗黒騎士を封印していましたが…やっぱり暗黒騎士、大好きだ!!

ちなみに自分の暗黒騎士ssは暗黒騎士×女勇者がほとんどですが、暗黒騎士ssを連発している時に書いていた 魔女「不死者を拾いました」 も元々は暗黒騎士を拾う話を想定していたので、暗黒騎士×魔女のカップリングも作者的にアリだったんですよ(どうでもいい)

当ssはブログ限定公開なので、スレやまとめブログ様で感想を頂けないので、こちらのブログに感想など頂けたら喜びます(´∀`)ノ
posted by ぽんざれす at 21:13| Comment(10) | ブログオリジナルss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする