2017年02月25日

ある少年と聖女の話

この世界の地と空は繋がっている。
繋がっていないのは、世界に住む者たちの心。
俺達は地面に境目を作って、そこで所属を作り、敵と味方に分かれて――

少年(……疲れた)

そして、“敗者”はその世界を堂々と歩けない。
今の俺のように――傷ついて、飢えて、帰る場所もない地で、ただ彷徨う。

少年(……もう、駄目だ)

熱い日差しに体力を奪われ、俺はそこに倒れた。
太陽の熱を吸収した地面に、褐色の肌が更に焦がされそうだ。
立ち上がる力もない。この3日間、ろくに飯も食ってない。

少年(俺は、死ぬのか……――)

やり残したことはない。未練と呼べるものもない。
何とか死にたくない理由を考えてみるが、思いつかない。むなしい。

少年(だけど、死にたくないな……)

涙も出ない。心はこんなに泣いているのに。例え未練がなくても、生きたいと思っているのに――

ギュッ

手を握られる感触があった。
あぁ、死者へのお迎えか? 柔らかい手だな。死神の手って、こんなに温かいものなのか?

「……元気を出して下さい」

おかしなことを言う死神だ。
これから死ぬってのに、元気も何も――

「どうぞ……生きて下さい」

少年「――え?」

体から倦怠感が抜ける。
魂が肉体から解放されたのか――とも思ったが、そういうわけではないらしい。

少年「……えっ」

生きてる。起き上がって体を動かしてみるが、ピンピンしている。
何でだ……? 何か口にしたならともかく……まだ、腹減ってるし。

女「あぁ、良かった。手遅れにならずに」

目の前で女がほっとした笑顔を見せていた。
綺麗な顔だ――特別美人でもない女に、そんな第一印象を抱いた。
俺より10くらい歳上だろうか。服装から察するに、聖職者のようだ。

少年「……俺に、何した?」

女「はい。生命力が弱っていらっしゃったので、力を注入させて頂きました」

少年「へ、へぇ?」

注入したと言うのならそうなんだろう。よくわかんないけど。

少年「……ありがとうよ」グウゥ

って、そこで鳴るな俺の腹。

女「空腹でいらっしゃいましたか。これは気づかずに……どうぞ、これを」

少年「……プリン」

女「私のおやつでしたが、どうぞ召し上がって下さい」

この炎天下でぬるくなったプリンって。有難いけど、何かこう……まぁいいや。
三口で食ったが、空腹のお陰で温度は気にならなかった。

女「丁度、この近くに村があります。そちらでお食事を召し上がってはいかがでしょう?」

少年「あ……金、持ってなくて」

女「それなら、良いお店を知っています。お皿洗いのお手伝いをすると、一食分無料で頂けるんです」

少年「皿洗いか……。それなら出来る。案内してくれるか?」

女「えぇ。私も丁度、その村に用事があったのです」

俺は有り難く好意に甘えることにした。

少年(……っと)

腕に巻いていた布が緩んでいることに気付いた。
女には見えないようにこれをしっかり締め直し、俺は女の後をついて行った。



>村


少年「はぁ~、生き返った」

飯を食って皿洗いを終わらせ、店を出た。
腹が一杯になると悲観的な気持ちも吹っ飛び、ひとまず次はどうしようかと考えられる。

少年(どっかでバイト募集してないか……)

とりあえず店の多そうな通りをぶらついてみることにした。
と、すぐにある光景が目に入った。

<わいわい

女「ふふ、順番ですよ」

少年(あ。さっきの……)

さっきの女が村の人間に囲まれていた。
あの様子からするに、どうやら女は村の人気者のようだが。

村人「おや。君はさっき、聖女様と一緒に村に来た子だね」

少年「聖女様?」

村人「あぁ、彼女は聖女様と言ってね。その信心深さにより、神より力を授かったお方だ」

少年「そうなのか……。じゃあ、死にかけてた俺を救ってくれたのも」

村人「聖女様は癒やしの力をお持ちだ。その力で近隣の村を回り、我々を癒して下さっているんだ」

少年「へぇ~」

村人「死にかけていたところを聖女様に救われたということは……これも神様の導きかもしれないな」

少年「はは……」

愛想笑いを浮かべながら、内心、そんなわけないと毒づく。
神だって救う人間を選ぶ。俺を救ったのは、神じゃなくて――

聖女「それでは皆さん、ご機嫌よう」

少年「……」



>山道


聖女「ふぅ……ひと休み」

山歩きに疲れた聖女は、山道の岩に腰を下ろした。
いくら若い体とはいえ、鍛えていない足での山歩きは結構つらい。

聖女「ふぅ~……」

少年「水でも飲むか?」

背後から声をかけられ、少し驚く。

聖女「あら。貴方は……」

少年「追いかけてきて良かった~。ほら、井戸で汲んだ水」

少年はそう言って、聖女に竹筒を渡した。
聖女は戸惑いながらそれを受け取ったが……口をつけるのを躊躇した。

聖女「貴方、走って来られたんですか? 体の方は……」

少年「あぁ、平気平気。3日も飯食ってなくてブッ倒れてたけど、一食食えば元気満タンよ」

聖女「それでも、この山道を走ってくるのはなかなか……」

少年「慣れてる。ほら、この通り」

少年はピンピンしているとアピールするように、体を大きく動かした。
健康的な褐色の肌に、程よくついた脚の筋肉。それを見て納得したのか、聖女は竹筒に口をつけた。

聖女「ごくん。ありがとうございます。わざわざ、これを届けに?」

少年「いや、そういうわけじゃないけど……礼をしてなかったからさ」

聖女「お礼? ありがとうの言葉なら確かにお聞きしましたが……」

聖女が不思議そうに尋ねると、少年は照れ笑いを浮かべた。

少年「あ~……。その、ちょっと話したいと思ってさ」

聖女「お話ですか?」

少年「あぁ。あんたのこと、村で聞いたよ」

彼女はあらゆる癒やしの力を身につけた聖女らしい。
その実力と信心深さにより神の加護を受け、永遠の命を授かり、人々を癒す役目を担っているという。
聖女となってからは、神への信仰の厚いこの地に住み、周辺の村を回っているとのことだ。

少年「不老不死って、見た目の歳取らないんだろ?」

聖女「えぇ。でも、神様に不老不死の肉体を頂いて3年ですから、まだ見た目と実年齢はそこまで離れていませんよ」

少年「そっかー。実年齢、20代くらいだろ? 若いのに、やるじゃん」

聖女「ありがとうございます。神様に認められたことは、私にとっての誇りなんです」

少年「俺もあんたを認める。何てったって命の恩人だからな、誇りに思っていいぜ!」

聖女「ふふ。そうですね、ありがとうございます」

少年「なぁ。あの村に、また来るのか?」

聖女「えぇ。私は周辺の7つの村を回っているので、来週のこの曜日にまた来ます」

少年「よし! 俺、しばらくあの村にいるから、待ってるよ!」

聖女「はい。また、お会いしましょう。お水、ありがとうございました」

聖女は丁寧に礼を言って竹筒を少年に返し、帰り道を歩いて行った。

少年(不思議な女だなぁ。冗談言っても真面目に返してくるし……ちょっと天然なのか?)



>1週間後


聖女「では皆さん、ご機嫌よう」

村人「聖女様、また来週も宜しくお願いします」

聖女「えぇ。……そう言えば」

村人「?」

聖女「先週、この村に男の子が来ましたよね。彼は、どうされています?」

村人「あぁ、この村で力仕事をやってくれてます。よく働く奴ですよ。ただ人見知りなのか、必要以上にコミュニケーションを取ろうとしませんが……まだ子供ですからね、村の大人が気にかけていいます」

聖女「人見知り……ですか」

村人「あいつが、どうかしましたか?」

聖女「いえ、少し気になったもので。今度こそ、ご機嫌よう」



>食堂・厨房


少年「よいしょっと。ふぅ、終わった終わった」

店長「おぉ、よく働いてくれたな」

少年「これくらいなら」

店長「あぁ……そう言えば先程、聖女様が来られたぞ。もう帰ってしまったが」

少年「!! すみません、俺ちょっと聖女サマに話があるので!!」

店長「おう。……うん? 竹筒持っていくのか?」

少年「はい。聖女サマ、こないだもこの炎天下で水飲んでなかったんで、一応」

店長「はは。聖女様は不老不死のお体だぞ。水を飲まなくても平気さ」

少年「あ……」

店長「まぁいい、失礼のないようにな~」

少年(……水、どうしよう)



結局俺は、竹筒を持って聖女サマを追いかけることにした。

少年(あ、いたいた)

聖女サマはまた岩に座って休んでいた。
かなり疲れた顔をしている。やっぱり、水を持って来て正解だった。

少年「おーい、聖女サマ~」

聖女「!!」

聖女サマは、声をかけられるとびっくりしていた。
俺に気付くと――いつもの綺麗な笑顔を向けてくれた。

聖女「ご機嫌よう。お久しぶりですね」

少年「ほら、水。竹筒あげるから、今度からちゃんと飲み物持ち歩きなよ」

聖女「まぁ、それは悪いですよ」

少年「いいんだよ、竹筒くらいいくらでも作れるから」

聖女「では、有り難く頂くとしましょう。ところで……何か御用があるのでしょうか? もしかして、どこか悪いところがあるとか……」

少年「いやいや、見ての通りの健康体。聖女サマに渡したいものがあってさ」

聖女「?」

少年「これ……大したもんではないけど」

聖女「まぁ」

俺は1週間かけて掘った木彫りの人形を手渡した。
聖女サマは……あぁ、やっぱりポカンとしている。

少年「お、俺、体力仕事と、薬作りと、彫り物くらいしか能がないからさ! でもほら、薬って聖女サマに必要ないじゃん? だから……」

だから人形を作りました……なんて、幼稚だよな。作ってる最中も何度も思ったさ。
けど、他に思いつくことなんてなかったから……。

少年「助けてくれた礼だと思ってくれ。……ほんと、こんなことしかできなくて悪いけど」

聖女「……いいえ」

少年「!」

聖女サマが笑った。
その笑顔は――

聖女「本当に嬉しいです。……大事にしますね」

いつも綺麗な笑顔に、色がついたようだった。
その顔があまりにも眩くて、俺は――

少年「う、うん――」

間抜けな声を出すしかできなかった。

聖女「では、私はこれで。……帰り道、お気を付け下さい」

少年「う、うん。聖女サマも、気をつけてな」

聖女サマはぺこり、と頭を下げて帰り道を行った。
男としては送ってやりたいが……所詮俺は子供だ、聖女サマに断られるだろう。

少年(……人形、喜んでくれた)

とにかく今は、それが嬉しかった。



それから聖女サマは週イチで村に来てくれた。
聖女サマは村人の怪我や病気を癒やし、祈りを捧げてくれている。
俺は健康体なので、あれ以来聖女サマの世話になることはなかった。擦り傷くらいならできるけど、そんなの治すのに力を使わせるのも悪いし。

聖女「では皆さん、ご機嫌よう」

少年(今日はもう帰るんだなぁ)

そんなわけで俺には聖女サマと話すきっかけがない。
遠目で姿を見て、ちゃんと竹筒を持ってることを確認するだけだ。

それでも――

聖女「にこっ」

少年「!」

聖女サマは俺に気付くと、笑顔を送ってくれる。
誰にでも愛想のいい聖女サマだ。別に俺が特別ってわけではないだろうが……。

少年(やったぜ)

そういう日は、何か得した気分になれる。これも聖女サマの癒やしの力ってやつだろうか。

少年(また、人形でも作ろうかなぁ……)

なんて頭が沸くこともあるが、すぐに冷静に戻る。

少年(人形ばっかあげても置き場所困るよな! それに……渡す理由がないし)

それよりも、いつかちゃんとした礼が返せるように、きちんとした人間にならねば。
聖女サマが本当に喜ぶ礼をしたい……何せ俺の命の恩人だ。聖女サマは歳を取らないから、それまで待っていてくれるだろう。

少年(よし、明日も明後日も頑張るぞ!)



俺がこの村に来て2ヶ月程経過した頃、村で病が流行した。
体に紫色のブツブツができて、動けなくなるという病だ。
この村だけでなく、近隣の村でも同じらしい。

村人「聖女様が来られるのは2日後か……」

聖女サマの力に依存しているここらは、医療技術が発達していない。
だから聖女サマが来ない日は、病人達はただ耐えるしかないのである。

少年「……どうしたもんか」

幸い、俺はまだ病にはかかっていない。
独り身の病人の世話を任されているが、どうにもただ待つだけは気が落ち着かない。

老人「うーん、うーん」

少年(苦しそうだ……)

あと2日、この状態で過ごすのはつらいだろう。
その間ずっと苦しんでいるというのは……気の毒としか言い様がない。

少年(……治せないまでも、多少楽になれる薬なら作れるかもしれない。だけど……)

どうにも躊躇してしまう。
そんな得体の知れない薬作っていると知られたら――

老人「うぅーん……」

少年「……」

駄目だ、やっぱり放っておけない。
俺は誰にも見つからないように村の外で薬草を採ってきて、煎じた。

少年(この薬を、さりげなく飯に混ぜて……)

少年「ほら、口開けて」

意識が朦朧としている老人の口に粥を流し込む。
老人は薬ごと、ごくんと飲み込んだ。

老人「すや、すや」

少年(良かった……)

穏やかな寝顔からして、薬は効いたようだ。

少年(他の村人達にも……いや、駄目だ。もしバレたら……)



>2日後


村人「聖女様はまだだろうか……」

聖女サマの来訪日、村人たちはそわそわしていた。
病人の数は村全体の約3分の1。そりゃ不安にもなるし、気も滅入る。

「聖女様だー!」

誰かが声をあげると村人たちが沸いた。
俺が姿を視認する前に村人たちは聖女サマの元に集まった。
どうやら病人達はここに来れないので、聖女サマに一軒一軒回ってもらうそうだ。

少年(俺の出番はないかな)

そう思って家に戻ろうとした時――ふと、聖女サマの姿が目に入った。

少年(……あれ)

聖女サマは、やや顔色が悪かった。
病的というわけではないが、何か……いつもの元気さがない。

少年(そいや、他の村でも病が流行してるんだもんな……。魔力を使いすぎたか?)

どうにも気がかりで、俺はこっそり聖女サマの後を追った。



少年(この家に入っていったか)

<聖女様、それでは困ります!

少年「!?」

村人の叫び声がしたので、そっと聞き耳を立てる。

村人「完全には治せないなんて……うちの者は、いつまで苦しめばいいんですか!?」

聖女「わかりません……。それだけこの病は厄介なものです。ですが、何度か癒やしの力を重ねれば……」

村人「聖女様は1週間に1度しか来られないじゃありませんか! それじゃあ、いつまで経っても……うっ、うぅ」

聖女「……」

重い空気を感じる。
聖女サマが責められていると、何だか良い気分がしない。
そりゃ、やっと病が治ると思って待ってたんだから、納得できないのはわかるけど……。

聖女「……申し訳ありません」

少年「……」

どうにも釈然としなかった。



>山道


聖女「……」トボトボ

少年「聖女サマーっ!」

聖女「!! ご機嫌よう。お元気そうで、何よりです」

少年「あのさ。……これ、良かったらだけど使って」

聖女「?」

少年「えっと……薬、作った。病気を治せるわけじゃないけどさ……使えば、苦しさを紛らわすことができる。副作用も眠くなる程度。……村人たちのギスギスも、少しも治まるんじゃないかな」

聖女「……まぁ」

少年「あー、でも使わないなら捨てて! 薬術とかって宗教的なしがらみ色々あるし!? 禁忌犯すわけには……」

聖女「いえ、有り難く使わせて頂きます。……薬の力を見てみましたが、悪いものではないようです」

少年「そっか。……あ、こっちの村でも使うけどさ、聖女サマから貰ったって言っていい? 俺が作ったって言うと、こう……色々と、アレだから」

聖女「えぇ、構いませんよ。……ありがとうございます」

少年「ん?」

聖女「正直、助かります……。私の力だけでは、皆さんを治すのに時間がかかりますので……」

少年「そっか。なら良かった。……聖女サマも、無理すんなよ」

聖女「ですが、皆さんには私の力が必要ですから……」

少年「だけど聖女サマが身を削ってまでやる必要ないよ。余裕のない人間が人を救えるわけない……ってのが、俺の親からの教え」

聖女「私は神の恩恵を受けた、不老不死の身……ですから、余裕は十分に」

少年「ないよ。聖女サマ、いっぱいいっぱいだ。……体は健康でも、心が磨り減ってる」

聖女「!!」

少年「それが使命だってんなら、止めないけど……。俺はちょっとでもいいから、聖女サマの力になりたいよ」

聖女「……ふふっ」

少年「?」

どうして、そこで笑う?

聖女「ねぇ。もしかして貴方は、信仰心が薄い方なのでしょうか」

少年「!!?」

聖女「あぁ……。気を悪くされたなら、申し訳ありません。貴方は、この地に住む方々とは違うなと思って」

少年「まぁ出身地も違うしな……。どこが違うの?」

聖女「聖女は人間を超越した存在――それが、神を信仰する方々の共通認識です。ですから貴方のように、私を1人の人間として扱って下さる方は……初めてです」

少年「そっかー……。聖女サマの言う通り、俺は信仰心が薄いんだ。……ごめんな」

聖女「謝らないで下さい。むしろ……」

聖女サマは一瞬だけ、表情がぱっと明るくなり――すぐに、いつもの綺麗な笑顔になった。

聖女「……いえ。何でもありません。貴方の優しさに感謝します。それではまた、来週お会いしましょう」

少年「……おう」

何だろう。
聖女サマは笑顔なのに、どこか寂しげに見えた。

少年(聖女サマの許しも得たし……薬、いっぱい作らないとな)

それから3ヶ月ほどして徐々にだが、村から病は去った。



少年「ふぅ……」

俺が村に住み着いてから約半年が経過した。
季節は冬。この地方では雪は降らないようだが、それでも冷気に手がかじかむ。

少年(今日は聖女サマの訪問の日か……)

ほとんど変わらない日々を過ごしているので、聖女サマが来る日を気にしてはいる。
病が去って薬を渡すことがなくなってから、俺と聖女サマの関係は元に戻った。
寂しくは思うが、何か理由を作って聖女サマに近寄っていくなんて、女々しい真似はできない。
それに聖女サマは、『皆の聖女様』なのだから。

村人「他の村で風邪が流行しているらしい。お前も気をつけろよ」

少年(あ、そうか)

さっき遠目で見た聖女サマは元気がないように見えたが、人々の風邪を治すのに力を使いすぎたせいだったんだな。
薬……は、必要だろうか。以前流行った病ほど切羽詰ってはいないだろうし、作るのは聖女サマに聞いてからでいいか。

少年(……これは必要だから声かけるんだよ、うん。決して接点持ちたいからじゃない。……言い訳したら、ますます下心あるみたいじゃん)

聖女サマは……村人に囲まれている。今は声をかけない方がいいだろう。
いつもの通り、聖女サマが村を出てから……

「うわあぁあぁ――ッ!!」

少年「えっ?」

何か騒がしいので、そちらに気を取られる。
見ると、狩りに出ていた連中が血相変えて村に駆け込んでいた。
村人の1人がどうしたのか尋ねる。すると……

「こ、これくらいの、お、大きな魔物が! 村に向かってきてる!」

「!!」

それを聞いた人々は慌てふためく。
ここ周辺は魔物による被害がほとんどなく、こういった事態には不慣れらしい。
どうしようかと皆で焦る中、1人の村人が聖女サマの方を見た。

「聖女様! 聖女様の御力で、魔物を追い払えないでしょうか!」

聖女「え……」

その言葉で、村人たちは一斉に聖女サマを見て――その目は、期待の眼差しに変わった。

「お願いします、聖女様! 我々をお守り下さい!」
「神の力があれば、きっと!」
「我々は無力なのです、お願いします!!」

聖女「……っ」

聖女サマは即答しない。
その表情は『無』であり、何を考えているのか――

「あっ!!」

少年「!!」

そうこうしている内に、こちらに来る魔物の足音が聞こえた。
見ると、体長3メートルはありそうな、ツノの生えた四足の魔物がこちらに突進してきていた。

「ひいいぃぃ!!」

村人たちは散り散りになり、室内に逃げ込む。
聖女サマは――

聖女「……っ!」

1人、慌てることなく、その場に留まっていた。
村人たちの期待通り、魔物を対処する気か。

少年(……いや、駄目だ!!)

聖女サマは体の調子が優れない。
それに今、追い払えたところで、あの魔物をここらに解き放っておくのは危険だ。
つまり平穏の為には、あの魔物を殺さねばなるまい――そんなこと、聖女サマにさせられない!

店長「おい、お前も早く避難しろ!」

少年「……あのっ! この料理包丁、借りますんで!」

店長「えっ!?」

武器として不格好ではあるが、研ぎたてのピカピカ。切れ味は十分。
俺は包丁を片手に魔物に突っ込んでいった。

聖女「あっ!!?」

すれ違い様、聖女サマが驚いた声をあげた。
聖女サマだけでなく、村人たちも何か声をあげているが――そんなの聞いていられない。

少年(やるの、久しぶりだけど――)

聖女「!」

全身に魔力を纏う。身体能力はこれで跳ね上がった。
包丁に魔力を纏わせる。包丁の耐久力は限界まで上がる。

殺気を醸しだし、魔物をこちらに誘導する――作戦成功!!

少年「だりゃああぁああぁぁぁぁっ!!」

高く跳躍し、魔物の視界から消える。
一瞬、魔物に戸惑いが見えた。その隙を、見逃さない。

少年「おらあぁっ!!」

魔物「ッ!!!!」

料理包丁を額に突き刺す。
驚いた魔物は首を大きく振り、俺は勢いで振り落とされた。

少年「いでぇっ!!」

思い切り、地面に叩きつけられた。魔力を纏っていなかったら大怪我していたところだ。
と――魔物は額から血を流しながらも、怒ってこちらに突進してくる。何て生命力の強い奴だ。

少年「……っとに、しつけぇなあぁ!」

魔物の突進をギリギリでかわす。余裕がないと口も悪くなる。

少年「とっとと、死ねやああぁぁ――ッ!!」

魔物「――ッ!!」

今度は喉元に突き刺した。
その際に腕を引っ掻かれ、固い毛が傷口にチクチク刺さる。

少年「……っ!」

包丁を引き抜くと血が大量にぶちまけられ、魔物は地面に倒れる。
今度こそ、絶命した。

少年「ふぅ……っ。……いってて!!」

気が抜けたと同時、激しい痛みが襲ってきた。
腕を抑えてうずくまる俺の背後で、村人たちの歓声がわいた。

「凄いなお前! 強かったなんて、知らなかったぞ!」
「ひどい怪我だ! 聖女様、治してやって下さい!」

聖女「は、はい!」

駆け寄ってくる聖女サマや村人たち。
俺はというと――気が抜けていたせいで、『それ』に気付くのが遅かった。

「あ――」

そしてそれは、致命的な遅れであり――

「その刺青は……」

少年「――ッ!!」

腕を覆っていた布が破られていた。
そのせいで――腕に刻まれた刺青を、見られてしまった。

「お前……"黒の一族"だったのか!?」

少年「……っ!!」

黒の一族。
かつて神であったが、堕落し魔神と呼ばれるようになった者がいた。
魔神は己の子達を人間と交わらせ、己の血で人間たちを穢していった――
その穢れを受けた魔神の子孫は、黒の一族と呼ばれるようになった。

「黒の一族は、聖国によって滅びたんじゃないのか!?」

少年「……」

その通り。俺の住んでいた地は、神を信仰する国によって滅ぼされた。
俺の他に生き残りがいるかはわからない。
ただ言えることは――

「黒の一族の者が村にいたとは! 汚らわしい!」

この世界に、黒の一族の者にとっての安寧の場はなくなったのである。

「我々を欺いていたんだな!」
「以前、病が流行ったのもお前のせいか!」
「魔物も、お前に惹きつけられてきたんだ!」
「出て行け! 黒の一族は災いしかもたらさん!!」

少年「……言われなくてもそうするよ。ただ、私物だけは取らせてくれ」

暴言を聞き続けられる程、メンタルは強くない。
俺が通ると村人たちは露骨に俺を避け始めた。それもまた刺さるが、石を投げつけられるよりずっとマシか。

聖女「あ……」

少年「……」

聖女サマの顔はマトモに見られなかった。
神を信仰する聖女サマにとって、俺は害悪な存在だ。
だからきっと、軽蔑している――それを目で確かめてしまえば、きっと俺は立ち直れなくなる。

少年「……じゃあな」

俺は私物を取ると、足早に村から去った。
誰の顔も見ることができなかった。腕の痛みなんて麻痺していた。

少年(もう……どうしようかな)

先のことなんて考えられないから、今はとにかくそこから逃げた。



少年(ここらの村には、噂が知れ渡るはずだよなぁ……)

1人で放浪しているガキ自体が珍しいから目立つだろうし、腕を見せろと言われればそれで終わりだ。
金はある程度貯まったので、遠くに行く余裕は多少できた。黒の一族への偏見がさほどない、信仰が根強くない地にまで移動しようか。
だが問題がある。
俺の一族を滅ぼした国は現在、神の名の下に侵略活動を行っている。信仰の根強くない地は格好のターゲットであり、そこに移動したところで平和ではないのだ。

少年(……けど、ここらでブラブラするよりはマシだろ)

きっと長い旅路となる。そうと決まれば……

少年(……いててっ)

怪我した腕がまだ痛い。服を破って応急処置したが、こんなんで良くならないだろう。
歩きながら薬草を探しているが、季節のせいもあり、なかなか見つからない。

少年(山の麓はもうちょい気温高いだろうし、いいのあるかな? ……おぉ、いてぇ)

そう思っても耐えねば仕方あるまい。
なるべく腕を気遣いながら行こうとすると――

「待って下さい!」

少年「……え?」

一瞬、思考停止。その次に驚愕。
振り返り、目に入ったのは――

聖女「少年さん! どうか、そこでお待ちになって!」

少年「せ、聖女サマ!?」

もう永遠に会うことなどないと思っていた、聖女サマだった。

少年「な、何すか!?」

聖女「あぁ、驚かせて申し訳ありません。貴方に危害を加えるつもりはありません」

少年「い、いや、そんな心配してねぇし!」

聖女「腕を出して下さい。怪我をしている方の」

少年「え……っ?」

ポカンとしている内に、聖女サマに腕を取られた。
そして――

聖女「どうか癒やしを……」

少年「あ……」

聖女サマは――俺の腕を、癒してくれた。

聖女「これで大丈夫です。……間に合って、良かった」

少年「何で……?」

聖女「……」

聖女サマは口をつぐむ。
俺の質問の意図がわからない程、能天気なわけでもあるまい。

少年「何で、こんなことするんだよ……! 俺は異教徒だろ! 聖女サマにとっては、穢れた存在だろ!」

聖女「……私は、そうは思いません」

少年「……いいよ、別に。気を使わなくて。いくら俺が黒の一族の者とはいえ、聖女サマは優しいから、このままにしておけなかったんだろ? ありがとうな。……何も返せなくて、ごめん。それじゃ」

聖女「待って下さい!」

少年「!」

聖女サマは俺の腕を掴み、引き止める。
こんな強引な聖女サマは初めてだ。

少年「何だよ……! 俺の心は強くないんだ、大人しく去るから見逃してくれ!」

聖女「違います! 私は貴方を傷つけたり、排除しようなんて思っていない!」

少年「聖女サマの信仰する神は、黒の一族を異端者とした。だから、神の加護を受けた聖女サマだって……」

聖女「違う。……違うんです」

少年「……?」

聖女サマの声が弱々しい。
伝わってくるものは、悲しみ。……どうしてそんな顔をするんだ? 俺なんかの為にか?

聖女「……確かに私は神を信仰する者です。ですが今から言う私の言葉は……"聖女"としてではなく、私個人のものであるとして、聞いてほしいのです」

少年「?」

聖女サマ、個人のもの?
聖女サマ、には"聖女"である以外の一面があるというのか……?

聖女「私は……貴方という方を知っている。ですから、黒の一族というだけで、貴方を異端視したくはない」

少年「……」

聖女「……黒の一族に偏見がない、なんて言うつもりはありません。ですが、私は……貴方が、貴方が……」

少年「……うん、わかった。ありがとう、聖女サマ」

聖女「!」

きっと嘘ではない。
聖女サマは黒の一族の者としてではなく、個人としての俺を見てくれている。

少年「嬉しいよ。やっぱり、聖女サマは優しいな」

それだけで俺は、救われた気持ちになれたんだ。

聖女「……違う。私は……貴方の思っているような人間ではない」

少年「?」

どうしたんだろう。聖女サマの様子が変だ。

聖女「……あの、少年さん」

少年「ん、どうした?」

聖女「その……私の家に、来ませんか?」

少年「……はい?」

唐突だな。一体、何考えてるんだ。

聖女「少年さんは、行く場所がないでしょうし……。私の家に住みませんか? あ、私の住まいは森の中にあって、そこは誰も訪れない場所なんです」

少年「……匿ってくれる、ってこと?」

聖女「はい……」

少年「そりゃ……有難いけどさ……」

聖女「何か問題でも……? 遠慮は無用ですよ」

少年「あ、いや。俺がガキだから意識してないかもしれないけどさ……俺、あと2、3年もしたら立派な『男』だよ?」

聖女「……?」

少年「で、聖女サマはずっと歳取らないんだろ? ……きっと意識するようになるよ、聖女サマのこと」

聖女「しませんよ。少年さんはモラルのある方ですし」

少年(いや、危機感もてよ!)

確かに俺もモラルを大事にしたいが、男の本能はどうなるかわからない。

少年(だが……)

今は争いが激化している。
そんな中、ふらふらと旅をするのは危険なのは確かだ。

少年「……なら、2、3年。それまで置いてくれないか。……あとは、世界の状況次第で動く」

聖女「……えぇ」

少年「……何だよ、嬉しそうな顔して」

聖女「ふふ。だって、嬉しいですから」

少年「わっけわかんねぇ……何度も言うが、俺は異端者のガキだぞ」

聖女「えぇ。でも少年さんは……」

少年「?」

聖女「……いえ、何でもありません。案内しますね」



少年(ここか……森の中にある以外は、意外と普通の家だな)

聖女「掃除はしていますが、あまり細かいところには手が届いていないかもしれないです……」モジモジ

少年「毎日、村を訪問してるもんな。掃除は俺に任せな」

少年(物が少ないもんな。掃除は楽そうだ。……ん?)

ふと、棚の上のものが目に入った。

少年「あ! あれ、俺があげた人形! 飾ってくれてたの!」

聖女「えぇ。頂いた日に、すぐ飾りました」

少年「ホコリ被ってないし、大事にしてくれてたんだな! 嬉しいよ!」

聖女「そ、そんなに嬉しいものですか?」

少年「うん! 俺、ちゃんと聖女様にお礼できてたんだな!」

聖女「お礼……?」

少年「正直、結構心配だったんだよ。人形がお礼になってるかって。でも聖女サマが飾ってくれる程度に喜んでくれてたってことは、俺の気持ちは一方通行じゃなかったんだ」

聖女「気持ちの一方通行……?」

少年「そう。こっちはお礼の気持ちでも、聖女サマが喜んでくれてなきゃ、それはただの押し付けだろ。そんなの、嫌じゃん。対等じゃない」

聖女「……!」

少年「つっても、命を助けてくれたお礼にはまだまだ足りないんだけどね。だから俺、しっかり働くよ聖女サマ!」

と、こっちは強気で宣言してみたのだけれど。

聖女「……」

少年「聖女サマ?」

聖女サマはどこか上の空だった。
何? 聞いてる? おーい?

少年「どうした聖女サマ? 俺、何か変なこと言った?」

聖女「……いえ。変なことではありません。少年さんは、私に色々なことを気付かせて下さいますね」

少年「色々なこと……?」

聖女「ふふ。幼少の頃よりずっと宗教という狭い世界にいたもので、価値観が凝り固まっていたんです」

少年「そうか。よくわかんないけど、異教徒の価値観て新鮮?」

聖女「えぇ」

少年「そっかー。……多分価値観の違いでぶつかることもあるだろうけど、なるべく聖女サマに合わせるから!」

聖女「気を使いすぎですよ、少年さん。それよりも、今日は休まれた方がいいでしょう。ベッドがなくて申し訳ないんですが……そこの部屋にソファーがありますので」

少年「十分、ありがたいよ! それじゃ、お言葉に甘えて!」

俺は部屋に駆け込み……あ、大事なことを言い忘れていた。

少年「聖女サマ、おやす……」

と、振り返った時。

聖女「……」

少年「……っ!」

聖女サマの顔が悲哀を帯びていた。
どうしてだかわからないけど、何だか見てはいけないものを見たような気がして……。

少年「……聖女サマ、お休み」

俺は見なかった振りをして、ドアを閉めた。



いくら聖女サマが相手とはいえ、他人との共同生活は大変だろう……と思ってはいたものの、そうでもなかった。

聖女「では、行って参りますね」

少年「行ってらっしゃーい」

聖女サマは毎日近隣の村を慰問しているので、日中あまり顔を合わせることはない。
家事だけだと午前中に終わるので、割かし暇である。

少年「でりゃあぁあぁ――ッ!!」

そういうわけで日中のほとんどは体や魔力を鍛える修行に費やしている。
一生聖女サマの世話になるわけにはいかないし、力をつけておくのは大事だ。



聖女「あらあら。今日も美味しいお食事、ありがとうございます」

少年「色々ぶち込んだだけのチャーハンだよ。ただのズボラ飯だよ」

洗濯以外の家事は任せて貰っているが、聖女サマは家事の出来には大らかなので気は楽だ。(だからと言ってサボりはしないが)

少年「今日は大変だったか?」

聖女「そんなことありませんよ。いつも通りです」

少年「そうかぁ」

聖女サマは必要とされている存在。だからそうそう嫌な目に遭わないだろうし、もし遭ったとしても言わないだろう。

聖女「毎日退屈していませんか、少年さん」

少年「いや大丈夫。聖女サマこそ多忙だけど大丈夫かよ」

聖女「えぇ。不老不死ですから」

不老不死ってそこまで万能なのか。なったことないし周囲にもいなかったから、よくわからん。
けどまぁ、聖女サマはこれだけ優しく、心が広く、慈悲深いからこそ、神に選ばれたのだろう。

少年(全く、不老不死ってやつは規格外だね)

きっと俺は聖女サマを永遠に理解することはない。
常人には理解できないからこそ、特別な存在なのだ。

聖女「あら、このスープも美味しいですねぇ~」

少年(……こう生身で接すると、普通の人間なんだが)



少年「だぁっ、でりゃぁっ!」

少年(大分サマにはなってきたとは思うが、実戦経験も積まないとなかなか強くならないよなぁ……)

トコトコ

少年「ん?」

黒狼「ガルル」

少年「お。黒狼じゃん」

こいつは魔物だが、俺にとってはその辺の魔物とはちょっと違う。黒の一族が信仰する魔神に仕える神獣とも呼ばれていて、黒の一族とは友好関係にあるのだ。

少年『どうした、迷子か?』

その気になれば、会話だってできる。

黒狼『黒の一族の魔力を感じたのでな。生き残りがいたとは、喜ばしいことだ』

少年『今、よそじゃどうなってるんだ?』

黒狼『聖国による他宗教への侵略は激化している。滅ぼされたのは、黒の一族だけではない』

少年『そうか……』

わかっていた事態だが心苦しい。
抑えて生活しているが、聖国に対して恨みもある。その気持ちでまだ腸が煮えくり返って、苦しい。

少年『何なんだ、今回の侵略は。神による指示か?』

黒狼『聖国の王は神の声を聞ける。恐らく、そうだろうな』

少年『くそっ、神め……!』

黒狼『ところで。お前が身を寄せているのは、聖女の下か?』

少年『あぁ。……いい人だよ、聖女サマは』

黒狼『そうだろうな。例え神に命令されても、聖女はお前を裏切らないだろう』

少年『俺もそう思う。根っからの善人だから』

黒狼『そうではない』

少年『え?』

黒狼『おっと、遠くで仲間が呼んでいる。……また来るぞ』

少年『おう』

少年(そうだ。今度会った時、特訓の相手してくれないかなぁ。ちゃんとおやつも用意しといてやろう)



>晩


少年(今日は遅いな、聖女サマ)

いつもならとっくに帰って夕飯を食べてる時間だ。
いくら神の加護がある聖女サマだからといって、心配になってくる。

少年(まさか、何かトラブルでも……)

不安が生まれ、探してこようと上着を羽織った。その時。

聖女「ただいま、遅れました」

少年「聖女サマ!」

声が聞こえてほっとした。
俺は聖女サマを出迎えに、玄関まで走った。

少年「聖女サマ、おかえ……」

と、すぐにその姿を見てギョッとした。

少年「聖女サマ!? 顔色悪いぞ、病気か!?」

聖女「いえ、大丈夫です。今日は魔力を使い切ってしまったので、少し疲れただけです……」

少年「? 何か病気でも流行ったのか」

聖女「最近、魔物の数が増えていて……怪我をされる方が増えていらっしゃいまして」

少年(あ)

黒狼、そういや『仲間が呼んでる』と言ってたな。
……とはいえあいつらも住処を追われてここに来たんだ。だから、あいつらを悪く言うことはできない。

少年「体調悪そうだし、ゆっくり休んだ方がいいよ。お粥か何か作るよ」

聖女「すみません……。お言葉に甘えますね」

少年「もし何なら精力剤でも……って、駄目だよな。異教徒の作る薬なんて」

聖女「どんなお薬でも作れるんですか?」

少年「ん? 一般の店に置いてあるような効能のは。ちゃんと薬草を集める必要はあるけど」

聖女「なら……この辺で採れる薬草で作れるお薬、何でも良いので……お願いしてもよろしいですか?」

少年「いいけど、村人に使うの?」

聖女「はい。……正直、私の魔力だけでは限界もありまして……」

少年「なら、この薬の出処は……」

聖女「えぇ、秘密にしておきます」

少年(俺の薬に頼るなんて、よほど患者が多いんだなぁ。皆、聖女サマに頼りすぎだろ)

俺は家の周辺にある薬草を採ってきて、言われた通り沢山の薬を作った。



それからしばらく、聖女サマが魔力を尽かせて帰ってくる日が続いた。
悪いことは続くもので、怪我だけでなく病も流行し始めたらしい。
聖女サマ1人では手が足りない状態ではあるが、医者は聖国の戦争で招集されているらしく、こんな小さな村に呼ぶことはできないそうだ。

聖女「ふぅ……」

少年「……」

聖女「あ、少年さん。デザートありがとうございました、腕を上げましたね」

聖女サマは明らかに疲れていた。
だけど俺の前では明るく振舞おうとするのが困ったものだ。
人に心配させまいとする性分なのだろうが、これでは気が休まらないだろう。

少年「お休み、聖女サマ。ゆっくり休みなよ?」

聖女「えぇ、お休みなさい」

だから俺はなるべく気を使わせないように、聖女サマと距離を置く。

少年(あ。……新しい薬、補充しとかないと)

精力剤を台所に置いているのだが、聖女サマは毎日服用しているようで、減りが早い。

少年(寝る前に煎じておくか)

聖女「ねぇ少年さん」

少年「何?」

聖女「……もっと強いお薬は、作れないでしょうか?」

少年「……っ!」

聖女「あぁ、服用するのは私じゃありませんよ。村の方が……」

少年「……これ以上強い薬は、副作用が出るから」

聖女「わかりました」

少年(……わかってるんだよ聖女サマ。だって、この薬服用すると――目が充血するんだよ。今の聖女サマみたいに)



少年「どりゃああぁぁっ!」

黒狼『精が出るな、少年よ』

少年『よ。お前か。ちゃんと食えてるか?』

黒狼『細々とな。時々お前が飯を持たせてくれるので、助かる』

少年『困った時はお互い様だろ。今日も訓練の相手、宜しく頼むぞ!』

あれから黒狼は何度かここを訪れ、こうやって交流している。
黒狼は神獣。飢えて全盛期の力を出せないにしても、生身の人間相手には十分に驚異的な力を持っている。
その黒狼に戦闘の指導をしてもらえるのは、非常に有意義なことだ。

少年『ハァ、ハァ……。少しは腕、上がったろ……?』

黒狼『あぁ。吸収の良い年頃なだけあるな』

少年『ありがとよ。聖女サマのお陰で、食いっぱぐれることもないしな』

黒狼『その聖女なのだが……』

少年『? 聖女サマがどうした?』

黒狼『慰問の様子を遠目に見たことがある。随分と、身を削っているな』

少年『そうだよなぁ。いくら不老不死とはいえ、あんなに魔力使っちゃボロボロになるよな……』

黒狼『……疲弊しているのは、体だけではあるまい』

少年『体と心は表裏一体だしな。こう激務が続けばそりゃ……』

黒狼『そんな単純な話ではない』

少年『え?』

黒狼『聖女はここの所、村人たちに責められている』

少年『責められて……!? な、何で!?』

黒狼『主に慰問の頻度について。それから、聖女の力が万能でないことについて。……最も村人達の求めるレベルとは、神の領域に達しているがな』

そういえば心当たりはある。
俺が村にいた頃、病が流行った。あの時も村人たちは聖女サマを責めた。
あの時は病のせいで少しギスギスしてただけかと思ったが……。

黒狼『いたわってやるのだな、少年よ。いくら聖女自身が支えを欲していないからといって、あれではな……』

そう言って黒狼は去っていった。

少年(まさか、そんなことになっていたなんて……)



>晩


少年(黒狼に言われた通り、言ってやるんだ! 今までお節介かなと思ってたけど、やっぱこのままじゃ駄目だよな!)

聖女「只今戻りました」

少年「あ、お帰り聖女サマ……」

言いたいこと、全部シミュレーションした。
あとは無理矢理でもそれを口にするだけ……なのだが、聖女サマの顔を見た瞬間、それが消し飛んだ。

少年「……どうしたの、その額の傷」

聖女「えっ? あぁ……転びました」

少年「どこで?」

聖女「山道です。足を滑らせてしまって……」

少年「山道で転んだら、服が汚れるはずだよね。聖女サマの服は白いから、汚れは目立つはずだよ」

聖女「……」

少年「……なぁ。村人にやられたの?」

聖女サマは黙り込んだが、俺が引かずにじっと目を見つめると、観念したかのように呟いた。

聖女「……私は。遂に、人を死なせてしまいました……」

少年「!」

聖女「1週間に1度の訪問では、病を治せなかった。あの方は長期間苦しんで、苦しみ抜いた末に、遂に……」

少年「で……そいつの家族か恋人にでも、やられたの?」

聖女「……はい」

聖女サマの目にじわりと涙が浮かぶ。
責められた辛さかと思ったが、そうではないようだ。

聖女「私の力が及ばず、救えなかった……! だからご家族の怒りは、当然のものです……」

少年「いや待て、それはおかしいよ」

宗教観念の違いかもしれないが、それは否定せざるを得ない。

少年「皆は聖女サマに助けられてんじゃん。なのに責めるなんて、おかしいよ」

聖女「ですが、私は神に人々を救えと……」

少年「それは聖女サマの力でできる範囲のことだろ。医者だって万能じゃないのに」

聖女「……」

少年「そりゃ……家族を失った失望が聖女サマに向かうのも、わからなくもない。わかるけど……手を出すのは、絶対に駄目なことだよ」

それに――

少年「前々から思ってたけど、村人たちは聖女サマに頼りすぎなんだよ。週1の慰問じゃ限界あるって、そんなのわかりきってるだろ……」

聖女「……私の力に限界があるから、失望させてしまい……」

少年「そうじゃねぇ! 限界なんてあるに決まってるだろ! そもそも、何で『やってもらって当たり前』なんだよ!」

聖女「……!」

少年「俺にはそっちの宗教観念はわからない。けど聖女サマと村人たちの関係は、聖女サマの一方的な奉仕で成り立ってる。それは絶対におかしい!」

聖女「……見返りを求めろ、ということですか……?」

少年「健全な関係は、見返りを求めなくても何かしら返ってくる。そういうもんだと俺は思うけど?」

聖女「!」

医者なら金銭という見返りがある。
無償の奉仕には感謝の気持ちという見返りがある。
それもなく、ただ聖女サマを奉仕させ、責め立てるというのは――

少年「そんな関係性は不健全だ。だから聖女サマ、ボロボロになってるんじゃん」

聖女「……」

気付くのが遅れたことが悔やまれる。
もっと早く気付けていれば、聖女サマに忠告できた。
対等な関係性を重視する俺と違い、一方的な奉仕を当然とする聖女サマがそれに気付けるはずが……

聖女「……やっぱり、そうだったんですね」

少年「へ?」

やっぱり、とは。

聖女「……少年さんは異教徒の方ですから。だから皆さんと違うだけだと思っていましたが……」

聖女サマはそう言うと――哀しげに笑った。

聖女「そんな貴方だからこそ、一緒にいて気持ちが良かった」

少年「……え?」

聖女「初めは、私の為に水を持って来て下さった時でしょうか」

出会った当初のことだ。
聖女サマは飲み物も持たずに暑い道を歩いていたので、俺は追いかけて水を渡したんだ。

聖女「あの時も嬉しかったけれど……はっきり感じたのは、人形を頂いた時ですね」

少年「えっ? 人形?」

聖女「えぇ。……『お礼』として何かを受け取るのは、あれが初めてでした」

少年「……!」

そう言えば人形を渡した時、あんなもので大げさに喜ぶ人だなと思っていた。
だけど飾ってくれていたということは、人形を本当に気に入ってくれたのかと思った。
けど、それもあるかもしれないけど――そうじゃなくて。

聖女「貴方は……気持ちを返してくれるから」

人形に込められた、俺の気持ちの方だったんだ。

聖女「貴方は私を上にも下にも見ず……対等に接して下さった。だから私、貴方のことが好きです」

少年「聖女サマ……」

人形なんかが嬉しいのか、とずっと思っていた。
逆を言えば、人形なんかを喜ぶ程、喜びに対するハードルが低いんだ。
……要するに、それだけ満たされてない人だったんだ。

少年「……当然じゃんか。命助けられて、村を追い出された後も世話してくれて……対等にならないのは失礼だよ」

例え恩人であっても、聖女サマを上に見てしまえば、聖女サマからの奉仕を無償で受け取ってしまいそうで。
だから俺は対等になる為に、一生懸命返してきた。
それに――

少年「俺だって嬉しかったんだよ、聖女サマ! この世界に居場所がなくなった俺を、助けてくれて! 聖女サマは誰よりも、俺に優しい人だから!」

俺だって、満たされていないんだから。

聖女「……少年さん。貴方は私を買い被りすぎですよ」

少年「え?」

聖女「私が優しい人間なら――村の方々の目など気にせず、貴方を助けていました」

少年「……」

俺が村人達に糾弾された時、聖女サマは黙っていた。俺を助けてくれたのは、人の目がない場所でだ。
だとしても、だ。

少年「それは当たり前じゃないか。聖女サマに立場を悪くしてまで庇って欲しいなんて、俺は思っちゃいないよ」

聖女「……私が、今の立場から逃げ出すことは簡単なのです。だけど――」

聖女サマの笑顔は、どこか自嘲気味だった。

聖女「私は――後ろ指を刺されるのが怖くて、『聖女』であることをやめられない。『特別』な今にしがみついて離れられない。そんな汚い人間なのですよ――」

少年「……だから、どうした」

聖女「……!」

少年「それも人間らしさだろ。人間らしい部分を、汚いなんて後ろめたく思わなきゃいけないなんて、そっちの方が間違ってるよ」

聖女「う……」

少年「どうしたの、聖女サマ?」

聖女サマは――泣いていた。
両手で顔を覆って、隙間から涙がこぼれる。

聖女「貴方は、私に汚い面があることを『当然』として下さる……それが本当に、嬉しいのです」

少年「……うん」

嬉しいという気持ちは本当だろう。俺との関わりで視野が広がったのもあるだろう。
だけど――ただ、それだけだ。

聖女「ありがとうございます、少年さん。……私、勇気を頂けました」

聖女サマは「聖女」であることをやめない。
だから苦しみから解放されることはない。
それは永遠に。不老不死の身で、魂が限界を迎えるまで。

少年「……」



少年『黒狼、いるか?』

深夜。俺はこっそり外に出て、魔力を飛ばした。
しばらくすると、俺の魔力に気付いたのか黒狼がやってきた。

黒狼『どうした、少年』

少年『黒狼一族は情報通だろ。聞きたいことがある』

黒狼『何だ』

少年『戦争の現状についてだが――』






聖女「……行ってしまわれるのですね」

聖女サマは寂しそうな顔で言った。
無理もない。黒狼と会った翌朝、俺はここを出て行くと聖女サマに告げ、その翌日には旅立とうとしているのだから。

少年「まぁ、もし向こうで上手くやれなかったら、また戻ってくるからさ」

黒狼に聞いたのだが、横暴な聖国に対抗する為の組織が、遠くの地で結成されていた。
俺はこれから、その組織に入れてもらおうかと思っている。

聖女「たまには、遊びに来て下さいね」

少年「あぁ。愚痴ならたっぷり聞いてやるからな!」

本当は聖女サマの側にいて、支えてやるのがいいのかもしれない。
だけど俺が、それをしたくないのだ。

少年「またな聖女サマ! 俺が味方でいるから、それだけは忘れんなよ!」

手を振る聖女サマの姿が遠くなる。
俺を救ってくれた聖女サマ。今現在も悩み、苦しんでいる聖女サマ。
そんな聖女サマから離れるのは、俺も寂しいが――

黒狼『良いのか。……これからお前が行く道は、彼女とは真逆だろう』

少年『いいんだよ』

だから歩くと決めた道だ。
聖女サマが後ろ指を刺されるのを恐れているのなら――俺が悪者になればいい。

俺は、いつか必ず――



黒の一族――魔神の血が混ざっているという忌まわしき一族。
今は大分魔神の血が薄れてはきたが、血を覚醒させれば驚異的な力を得られる。

呪術師「本当に良いのですね?」

少年「あぁ」

俺に迷いはない。
まだ子供である俺が組織で戦っていくには、これしか手段がない。

呪術師「貴方の中にある魔神の血を覚醒させれば、確かに我が組織にとって有力な戦力になるでしょう。しかし――それだけ貴方は、人間からは遠い存在となる」

少年「人間であることって、そんなに尊いことか?」

呪術師「……貴方はまだお若い。無鉄砲になるのは良いが、取り返しのつかないことは――」

少年「甘いこと言ってんなよ。これはあんたらにとっても、生き残りを賭けた戦争だろ?」

呪術師「……わかりました」

呪術師は俺の刺青に手をあてる。
これから俺は、人間でなくなる。

呪術師「……覚醒せよ!!」

少年「……――ッ!!」

焼けるような熱さが、刺青から全身に回っていく。

少年「ぎ……ッ、いいぃ――……ッ!!」

気が狂いそうな痛みに悶える一方、痛みが心地よく思える快感が脳を痺れさせる。
俺は最初に、「痛みによる苦しみ」というものを失うのだ。
それが魔神になるということ。人間でなくなるということ。

そんな中でも、俺は――

少年(聖女サマ、聖女サマ……ッ!!)

失ってはいけない唯一の想いだけは、手放すまいとあがいていた。



「……」

暗闇の中目を覚まし、思い返すは今の夢。
あれは、自分が人間をやめた時の記憶か。

(……『その時』が近づいているという、予兆か)

あれからどれだけの時が経っただろう。
自分はあの時を境に、色々なものが変わった。

人間にとって苦痛に思うことが何でもなくなった。
視界に入る生物の全てが、脆く儚く見えるようになった。
『不可能』なものがほとんど無くなって、満たされることも減った。

『黒狼はいるか』

黒狼『……何か御用かな?』

長い時を共にした黒狼も、すっかり歳をとった。
唯一、俺の弱さを知っているこいつは、今でも信頼の置ける存在だ。

『夢を見た。……『時』が近づいているんじゃないのか』

黒狼『あぁ、そうだろう。……行くのか?』

『……俺が行っても、彼女は喜ぶまい』

黒狼『ふっ。臆病だな』

『何だと』

黒狼『お前は、彼女に拒絶されるのが怖いだけだろう。その言い訳に彼女の感情を持ち出すとは、臆病な上に女々しいな』

『ふん。……俺にそこまで言えるのは、お前だけだ』

黒狼『行ってやれ。……他の者には、適当に言っておいてやる』

『頼んだぞ、黒狼』

黒狼『道中、気をつけるのだぞ。お前を狙う者は多いからな……――』

そう。俺は憎まれ、恐れられる存在となった。
俺を知らぬ者は――この世界に、誰一人としていない。

黒狼『良き再会を望む……魔王よ』



魔王「……」

時が流れても、自然的なものに変わりはない。
しかし流石に建造物はそうはいかず、何度も修理した跡でもはやボロボロだ。

魔王(まだ、ここに住んでいるのか)

わずかな魔力を感じ、確信を得る。
魔神の血を覚醒させてからも、何度かここを訪れたことがある。だが本格的に魔王として動くようになってから、1度も会っていない。

魔王(怒っているだろうか)

いや、怒るような性格ではない。どちらかというと、悲しんでいるか。
どちらにせよ、良い感情とはいえない。……俺は彼女からの恩を、仇で返してしまったことになるな。

魔王「失礼する」

意を決して扉を開け、中に入るが返事はない。
ギシギシ軋む床を歩き、俺は魔力を感じる方へと足を運んだ。

魔王「……久しぶりだな」

そう言って、部屋のドアを開けると――

聖女「ゴホ、ゴホ。……貴方ですか。随分、力強くなられて」

彼女は弱々しく――それでいて、穏やかに言った。

魔王「俺のことを忘れていなかったか」

聖女「忘れるものですか。……貴方は私に、物事を広く見ることを教えてくれた方ですから」

魔王「しかし広く見えるようになったところで、貴方は生き方を変えなかった」

聖女「えぇ。……変えるだけの勇気が、私にはありませんでしたねぇ」

魔王「貴方は清廉潔白を貫いた。それは誇って良いことだろう」

聖女「……いいえ。私は、貴方を悪者にしてしまった」

魔王「何のことだ」

聖女「私が最も欲していたものを、貴方は知っていた」

魔王「……」

彼女の欲していたもの――それは解放。

聖女「貴方は私の為に――神を殺し、魔王となった」

魔王「……」

神を殺すには、魔王になるしかなかった。
まずは俺自身が魔神の力を覚醒させ、組織を強化し、聖国を滅ぼし、更に力をつけた。
そうして神々と全面戦争になり――

聖女「神は滅び、私は解放された」

それは神に与えられた役目から。そして、不老不死の肉体から――

魔王「勘違いするな。貴方の為ではない。……故郷を滅ぼされた、復讐の為だ」

聖女「……神を殺す少し前に、貴方は私に会いに来て下さいましたね。あの時の貴方は、私と一緒に暮らしていた時の貴方だった」

魔王「……俺は変わってしまった」

聖女「どうでしょうね。変わった部分もあれば、変わっていない部分もあるでしょう」

魔王「……変わらないな、貴方は」

聖女「まぁまぁ。今の私を見てそうおっしゃるなんて……確かに、紳士になられたかしら?」

魔王「からかうな。……俺は、貴方の信仰する神を殺した魔王だぞ」

聖女「そうでしたね。なら――"聖女"としてでなく、"私"として言います」

彼女は笑った。
その笑顔は、やはり昔と変わらない――

聖女「また――会えて良かった」

心優しい、"聖女サマ"のもので――

魔王「……っ」

痛い。胸が鷲掴みにされたようだ。
こんな痛み、とうの昔に忘れていたのに――

聖女「……貴方にひとつ、わがままを言ってもよろしいでしょうか」

魔王「……何でも言うといい」

聖女「では……手を握って下さいませんか?」

魔王「あぁ」

俺は望み通り、彼女の手を握る。
既に体温がほとんど冷めた、シワの多い手を。

聖女「貴方に会えなければ――この瞬間は、来なかったのですね」

魔王「……っ」

聖女「ありがとうございます。……貴方には、感謝するばかりです」

魔王「……俺だって……」

聖女「ゴホ、ゴホッ」

魔王「……!」

触れ合った手で、彼女の灯火が弱まっているのを感じる。
今の俺なら、それをどうにかすることもできる。……だけど、しなかった。

魔王「……」

終わりはただ静かで、それでいて穏やかで……――

魔王「……」

彼女は――満たされることが、できただろうか。

立ち去ろうとした時、ふと彼女の側にあるものが目に入った。
人形だ。……あれからずっと、大事にしてくれていたのか。

魔王「……」

一瞬それに手を伸ばしかけたが――やめた。
俺が持つのは、彼女と過ごした記憶だけでいい。


聖女『また――会えて良かった』

俺もだよ――聖女サマ。


貴方に会えて良かった。

貴方のお陰で、俺は『生きる』ことができた。


魔王「ではな」


俺はもう少しだけ生きていく。

俺自身の手で、『魔王』を終わらせる為に――



Fin



あとがき

久々のssでした。お付き合い頂きありがとうございました。
自分にとって書きやすい恋愛やギャグではないので、なかなかタイピングが進まないのなんの(;´д`)
テーマは「見返り」ですかね。世界観の描写は簡潔でメイン2人のやりとりばかりになってるのは自分のssではお約束。

本ssはブログ限定ssなので、優しいコメント頂けたら喜びます(´∀`)
posted by ぽんざれす at 12:06
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