2017年03月25日

青年「狂騒世界の人形遊び」

青年「はぁ……」

環境が変わってからはや1ヶ月。
この憂鬱は五月病のせいか、青年はため息をついた。

青年(浮浪者の対処……なんて、明らかに汚れ仕事を押し付けられただけだよな……)

最近ストレスで食欲は減退し、睡眠は浅くなり、趣味もろくに手につかない。
今日もまた『誰でもこなせるが誰もやりたがらない』仕事を命じられ、それをただこなす。

それが青年――この街の領主代行たる、彼の日常だった。





>1ヶ月前

青年「領主代行……俺が?」

父から聞かされた時、聞き間違えたかと思った。
広い地方を治める領主である父は、隠居を控える年齢になり、子供達に領地を分け与えているところだった。
だが兄弟の中でもとりわけ出来の悪い自分は、下働きのような仕事でも与えられ、肩身の狭い思いをして生きていくのかと思っていたが。

父「あぁ。三男の治める街に、領主代行として趣いてくれ。あいつもなかなか忙しい奴でな」

三男。頭脳、剣技に優れ、10代半ばから領主を務めている天才。
あいつと兄弟であることに卑屈さを感じている俺なんかが、あいつの代行業務なんて務まるのか……。

父「お前も領主の仕事は学んできたはずだ。しっかりやれ」

青年「……はい」

不安を覚えつつ、俺は三男の治める地方に転居することとなった。





そして転居初日、俺は早くも現実に打ちのめされることとなる。

三男「そう気張らなくて大丈夫ですよ兄上。……僕には優秀な補佐がいますから、兄上が苦労することはないでしょう」

青年「……」

綺麗に整った笑顔で吐いた言葉の意味を、俺はすぐに理解した。
『お前なんて必要じゃない』――そういうことだ。

青年(なるほど、そういうことか)

要するに領主代行とは名ばかりなのだ。一族の者はそれなりの地位に就かせなければならないから、この『1人で大体のことはこなせる』三男の代行に命じられたのだろう。ようやく合点がいった。
というか、むしろ気付くの遅すぎた。

青年「……とりあえず報酬を貰う以上、仕事をくれると助かる」

三男「わかりました。では、この手紙をギルドに届けてくれませんか」

青年(使い走りか。ま、いいけど)

ドブさらいや家畜の世話をさせられるかと思っていたので、それくらいなら。
三男にも外聞があるし、領主代行の兄に与える仕事は、流石に選ぶか。

青年(でも、これからどうなるかわからないけど)

そして、そのネガティヴな予感は早くも的中した。
俺が手紙を届けたギルドの担当員、こいつが高圧的で人の話をろくに聞かない。まさに『誰も相手したくない』街の嫌われ者だった。





青年「はぁ……」

この1ヶ月、本当にストレスフルだ。
ギルドの担当員を始め、俺が任せられるのは街の嫌われ者、厄介者の相手ばかり。
こいつらが独自の理論をかまし、マトモな会話ができず、自分のことしか考えてない奴ばかり。相手すれば精神を消耗するのに、上手く対処できたところで得るものがほとんどない。……正直、殺したい。

「あ、領主代行様。こんにちは!」

街の人々に顔は覚えてもらえたが、やはり勘付く者は勘付くようで……。

「どうして領主代行様は、あんな仕事ばかりさせられているのかしら?」
「そういう仕事しかできないからだろ」
「他のご兄弟は別の地で領主をされているのに、あの方だけ代行ですもんねぇ」

青年(おもっくそ聞こえてますけど)

だが悔しいことに、言い返せない。
努力しなかったわけではないが、俺は勉強も剣技も並以下だ。それに、これといって秀でた能力もない。

「領主代行さまって、顔立ちは整ってるけど……童顔の上に背も低いから、異性としては微妙だよねー」
「好きなものは人形らしいよ」
「ちょっと陰気だよね」

青年(その悪口、関係ある?)

事実だからと、好き勝手言い過ぎじゃないか。
おまけに――

「妾腹なんですって、代行様」

青年(……)

「妾腹……ってことは、領主様のお父様に愛人が? あの名主と名高いお方に?」
「いや、それがはめられたそうだよ」
「と言うと?」
「酒場にいた女に酔い潰されて、無理矢理関係を持たされたんだってよ」
「あ、聞いたことある。しかもその女、高額な養育費をせびっていたとか」
「代行様が子供の頃にアル中で死んだらしいけど……よく、代行様を引き取る気になったよな。流石、人格者は違う」

青年(噂が広まるのって早いな)

それも事実だ。母親は夜の女で、俺が5歳の頃に死んだ。
薄汚れた世界で育った俺はその歳まで、ろくな躾も受けていなかった。だから引き取られた後は、環境に適応するのに相当苦労した。
その時点で俺は、他の兄弟達から出遅れていたのだ。

青年(だから無能でも仕方ない……なんて言い訳、通用するわけがないよな)





>街外れ


青年(ここだよな……)

「街の外れに浮浪者の女が現れるようになった」と聞くようになったのは、ほんの数日前。
そいつが人に危害を加えたということはないが、それでも放置しておくわけにはいかない。

ガサガサ

青年「ん?」

女「……」

早速現れた。
ボサボサの金髪、あちらこちら破れて汚れたローブ。栄養不足か体は痩せこけ、靴を履いていない素足は痛々しい。

青年(こいつか)

報告によると、その女は――

女「……ご主人様」

青年「……」

女「ご主人様、ご主人様ぁ」

――気が触れているらしい。

青年(報告通りだな)

女は数日前、街で病死した旅の商人が連れていた奴隷らしい。
この奴隷娘の気が触れたタイミングはわからないが――彼女はどうやら目に映る男が、死んだ『ご主人様』に見えるようになったそうだ。

奴隷娘「ご主人様、待ってましたぁ」

青年(やれやれ)

薄汚いとはいえ、女は女。いつ変な奴に襲われるともわからない。

青年(こいつの"対処"か……)

檻のついた山奥の施設にぶちこむか?
奴隷の身分なら、売り払うか?
それともいっそ――殺してしまうか?

青年(……どれにしても、汚れ仕事だな)

三男は具体的な指示を出さなかった。だからこそ汚名も俺にかかってくるのだが……。

奴隷娘「ご主人様?」

青年「いや……」

気の触れた浮浪者の女、と聞いた段階でなら、上で挙げたどれかをやる覚悟はしていた。
だがこう、直接女を見てみると……。

奴隷娘「?」

青年(うーん)

何て言えばいいかわからないが、こいつの目はとても純粋だ。俺を「ご主人様」と呼ぶ声も無邪気そのもので、何だか愛嬌がある。
ここ1ヶ月相手してた連中がひどいのばかりで、マシに見えるだけかもしれないが……。

青年(罪悪感が……)

奴隷娘「ご主人様、どうされました?」

青年(……とりあえず、保護するのが先決だよな)

奴隷娘「?」

青年「行くぞ。俺についてこい」

奴隷娘「はぁい」

ひとまず、俺の家に連れて行くこととなった。





俺の暮らしている家も街のはずれにある。街に馴染んでない俺としては、割かし過ごしやすい場所だ。

青年(やっぱ施設に入れるのが1番人道的かねぇ)

奴隷娘を風呂に入らせている間、俺は今後のことを考えていた。
施設となると俺が全手続きをすることになるのだが、それは仕事だから構わない。だが問題はある。

青年(文句を言う家族がいないのをいいことに、入所者に非人道的な行いをする施設も多いと聞く。施設選びが課題か……)

虐待を見極めるのは簡単ではない。
何せそういうのは人目につきにくい上、職員達に隠蔽されているのが現状だ。

青年(そういう施設に若い女が入ったら……間違いなく、格好の餌食だよな)

奴隷娘「ご主人様ー」

青年「あぁ、上がったか……」

と、振り返ると。

青年「」

奴隷娘「ご主人様?」

青年「お、おおおお前!? なな何で、服っ……」

奴隷娘「なくなってたので……」

青年「シャツ置いておいただろ!?」

奴隷娘「あれはご主人様のでは……」

青年「お前の服は洗うから!! つか、服がないからって裸で出てくる奴がいるか!!」

奴隷娘「でもご主人様ですし……」

青年「いいから着てこいっ!!」

目の焦点をなるべく奴隷娘から外し、俺は女を追い返した。

青年(全く……。この危機感のなさ、やっぱり施設選びは慎重にやらないとな!!)ドキドキ

青年(それにしても……あの刺青は)

今のゴタゴタで有耶無耶になりかけていたが、奴隷娘の体に刻まれた刺青を、俺は見逃していなかった。

青年(ま、いいか。……後で聞くか)


>5分後

奴隷娘「着替えてきました、ご主人様」

青年「ん」

俺の部屋着を着て奴隷娘は出てきた。
俺の服はサイズが小さめだが、流石にやせ型の女が着るとダボッとしている。

青年(それにしても……)

奴隷娘「?」

風呂に入って薄汚さがなくなったら、奴隷娘はそれなりに可愛らしい容姿をしている。不健康そうな雰囲気で、大分損しているが。

青年「その……」

奴隷娘「?」

青年「えーと……お前、いくつだったっけ?」

奴隷娘「お忘れですかご主人様ぁ。18です~」

青年「あ、あぁ。そうだったな」

こいつは俺を『ご主人様』として見ているから、会話運びに頭を使う。
『ご主人様』であることを否定すればいいかもしれないが……それで発狂でもされたらかなわん。

青年(だが、どうするか……刺青のこと、どう聞けばいい?)

あの刺青は半魔の印。つまりこの女は魔物と人間のハーフで、純粋な人間ではない。
けど『ご主人様』なら、当然知ってるだろうし……。

青年「……」

奴隷娘「?」

青年(まぁ、いいか)

半魔はそれなりに珍しい存在ではあるが、この女は人間とさほど差異はなさそうだ。
とりあえず半魔であるという事実だけ頭に入れて、その話は切り出さないことにした。

青年「とりあえず今日はもう遅い。もう休んでおけ」

奴隷娘「ご主人様は?」

青年「俺は仕事を片付けてから休む」

奴隷娘「ご主人様より先に休むのは……」

青年「む。そうか……」

仕事と言っても重要ではない書類整理で、とりわけ急ぐわけでもない。
この女に合わせた方が、ボロが出る可能性は低い。

青年「なら、俺も休む。そこの部屋を使ってくれ」

奴隷娘「あ……」

青年「お休み」

やや落ち着かない気分を抑え、ベッドに入る。
どうやら知らずの内に疲れていたようで、意識はすぐに眠りに誘われた。

青年「すうぅ……」

ようやく今日が終わる。
何の希望もない明日はすぐにやってくる。
明日は今日よりマシでありますように。

青年「んんん……」

モゾモゾ

青年「……ん?」

何だ? 寝相が悪くて布団でもずれたか……。

奴隷娘「すやすや」

青年「!!?!?」

布団どころじゃなかった。

青年「おい!?」

奴隷娘「んん~……? どうされましたぁ、ご主人様?」

青年「何で俺のベッドに入ってくる!?」

奴隷娘「? いつも、そうしてますよねぇ……?」

青年「え」

何だと。

青年(あぁ……こいつ、愛玩奴隷だったのか)

青年「今日はそういう気分じゃない。1人で寝ろ」

奴隷娘「私、1人じゃ寝れません~」

青年「……」

こいつの死んだ主人は、少なくとも、奴隷がワガママを言えるような男だったようだ。

青年(困った)

奴隷娘「今日のご主人様、なんか変ですねぇ?」

青年「えーと、そのー……」

出来の悪い頭では、言い訳が思いつかない。

青年「……わかった。並んで寝るだけだぞ」

俺が手を出さなければいい。そういう結論しか出せなかった。

奴隷娘「すやすや」

青年(はぁ……)

何一つ警戒していない奴隷娘の寝姿を見て、早く良い施設を見つけねばと思った。





>翌日、診療所


医者「数日前に死んだ行商人ですかい?」

朝早くに俺は、行商人を看取ったという医者のところにまで来た。
別にこれは仕事ではないが、どんな人間なのか一応聞いておこうと思った。

医者「ここに運び込まれてきた時、既に虫の息でしたからねぇ。どんな人間かは、ようわかりません」

青年「虫の息……魔物にでもやられたか?」

医者「いえ、病気ですね。あれは先天性のものですな」

青年「そうか、病気か。……愛玩奴隷を残して逝くとは、何てタイミングの悪い」

医者「愛玩? あれは違うでしょ」

青年「? 何故だ?」

医者「あの行商人の病気じゃ、確実に不能ですよ」

青年「……」

不能。死してなお不名誉なことを言われるとは、気の毒な。
しかし、ひとつ安心した。あの奴隷の『ご主人様』が不能ということは、彼女が俺に性行為を求めてくる可能性は極めて低い。

青年「わかった、礼を言う」

行商人の大体のパーソナルデータがわかったので、俺は診療所を後にした。

青年(さて、仕事に向かうか)

と、三男のいる屋敷に向かう途中……

バシャー

青年「うわっ!?」

唐突に体全体に冷たさを感じた。
これは……泥水!?

酔っ払い「ざまぁみやがれ!!」ダッ

青年「……」

俺に泥水をぶっかけた酔っ払いは一目散に逃げていった。
あいつ、覚えている。数日前の仕事相手だ。ある申請をしてきたので俺が手続きを担当したのだが、まぁ面倒な相手だった。
自分の要望(しかもかなり無茶な)が全て通らないとわかると怒鳴り散らし、最後まで文句しか言わない奴だったが……まさか、こんな報復行動に出るとは。

「代行様、大丈夫ですか? タオルをどうぞ」

青年「いや、大丈夫だ。気遣いありがとう」

親切はありがたいが、口元がニヤついてやがる。
笑いものになるのも不愉快なので、俺はさっさとそこから立ち去った。



>屋敷前


三男「おや、兄上。おはようございます」

屋敷に着くと、三男が丁度外に出ていた。

青年「俺の仕事相手にやられた。一旦帰って体を洗ってから出直す」

本当は守衛から伝えてほしかったが、三男がいる以上直接伝えるしかなかった。

三男「それは大変でしたね。わざわざそれを伝える為だけに、一旦ここへ?」

青年「あぁ。理由も言わずに遅刻はできないだろう」

三男「兄上は本当に真面目ですね」

青年「……」

こいつがこの笑顔を見せるのは、俺を馬鹿にしてる時だ。
『真面目なのに無能ですよね』とでも、言いたいのだろう。

三男「浴室なら、屋敷のを使っても構いませんよ」

青年「着替えはどうする。俺とお前では体格も違う」

三男「使用人の服がありますから」

青年「……使用人の服では仕事にならん」

三男「ん? あぁ、そうでしたね」

立場上、俺は仕事時には正装しているが、そんなこともどうでもいいのだろう。
確かに俺の容姿は、正装したところで威厳もないが……。

三男「では、帰り道もお気を付けて。底辺の人間は何をしでかすかわかりませんからね」

青年「……あぁ」

底辺の人間――八方美人の三男も、たまに失言をする。
俺の仕事相手は三男にとって底辺ばかり。だから俺に相手をさせる――同じ、底辺の人間だから。

青年(まぁいい……)

前々からわかっていたことだ、そんなのは。それよりも帰って体を洗わねば。





>自宅


青年「さて」

奴隷娘「お帰りなさい」

青年(あ、そうだった)

家から絶対に出るなと言いつけて、こいつを留守番させていたんだった。
奴隷娘は俺を見るなり、目を大きくした。

奴隷娘「ご主人様、その格好は……」

青年「色々あってな。すぐに体を洗って、また出かける」

奴隷娘「お風呂ですね!」

青年「いや、軽く洗い流すだけだ」

奴隷娘「なら、お着替え用意しますね!」

奴隷娘はパタパタと走っていった。
俺の着替えがわかるのか……とか言うのも無粋だろう。
俺はすぐに浴室に向かい、体を洗い流した。

奴隷娘「ご主人様ぁ、お背中流しましょうか~?」

青年「いや、いい。入ってくるなよ?」

奴隷娘「はぁい」

青年(もういいか。早めに着替えよう)

青年「……よし。髪がまだ濡れているが、乾くだろう」

奴隷娘「ご主人様~」

青年「何だ?」

奴隷娘「浴後のお飲み物です~」

青年「あ、ありがとう」

奴隷娘「……」ニコニコ

青年「では行ってくる」

奴隷娘「ご主人様、今度はお気を付け下さいね~。いくら暖かい時期でも、濡れてたら風邪引いちゃいますから~」

青年「あ、あぁ。夕方には帰る」

奴隷娘「では行ってらっしゃい~」ニコニコ

青年「……あぁ」

俺の姿を見送る奴隷娘は、まるで使用人のようだが悪い気はしない。
それに――

青年(……いつ振りだ、あんな風な笑顔を向けられたのは)





青年「ふぅ……」

仕事が終わるとホッとする。
今日も散々仕事相手に怒鳴られたり、ネチネチ言われたり、面と向かって貶されたりしたが、朝のように危害を加えられることはなかった。

青年(今日は、いつもツバをかけてくる奴が無害だった。だから良かった)

なんて、我ながら麻痺したことを考える。

奴隷娘「お帰りなさい、ご主人様ぁ」

青年「ただいま」

奴隷娘「今、お食事できたところです~」

青年「何。……お前が作ってくれたのか?」

奴隷娘「はい~。私のお仕事ですから」

青年「……おぉ」

食卓に並んでいたのは、焼きたてのパン、温かいスープ、彩のいいサラダ。
俺も一人暮らしだから自分の飯は自分で用意していたが、ちゃんとした『料理』を食卓に並べたことはない。

奴隷娘「どうぞ召し上がって下さい~」ニコニコ

青年「……」モグ

奴隷娘「……」ニコニコ

青年「美味いな。……久々に、飯を美味いと思った」

青年(あ。しまった)

気が抜けてつい言ってしまったが、奴隷娘の『ご主人様』は、いつも彼女の飯を食べていたはずだ。
この言い方では、いつもは美味しくないか、もしくは久々に彼女の飯を食べたかのようだ。

奴隷娘「良かったです~」ニコニコ

青年「……」

だが意外なことに、奴隷娘はこれといった反応を示さなかった。

青年(……色々と都合良く解釈してくれているのか?)

思えば奴隷娘と『ご主人様』は行商をしているはずなのに、俺の家にいることに対して、彼女は何の疑問も口にしない。
気が触れているせいなのか知らないが、恐らく彼女の中で整合性が取れているのだろう。……きっとそれが、彼女の心を守る手段なのだから。

青年「お前は食べないのか?」

奴隷娘「食べます! 一緒に食べましょう!」

青年「ん。なら早く席につけ、飯が冷めるぞ」

奴隷娘「はぁい」

青年「……」

奴隷娘「うーん、今日のは上手くできた」ニコニコ

青年「……なぁ」

奴隷娘「はい!」

青年「いいな、こういうの。ホッとする」

奴隷娘「ホッとしましたか~。いつもお疲れ様です!」

青年「……あぁ」

彼女の言葉は俺でなく、『ご主人様』に向けられたものだ。
それでも、久々に触れる思いやりは、気持ちがいいものだ。

青年(……明日の食卓も、こうだといいな)





ギルド担当員「……ああぁあ! もう何十回申請書類書き直したと思うんだよ!! いい加減にしろよ!」

青年「まだ4回だ。それに、毎回説明しているように」

ギルド担当員「不備があるったってしょーがねぇだろがあぁ! 前に辞めた奴が不備残して辞めやがったからよォ!!」

青年「それはそちらの都合であり」

ギルド担当員「大体、こんな監査ごときで何がわかるってんだよ! 俺らはちゃんと仕事して税金収めてんだぞ!!」

青年(あぁーうるせ)



青年「三男。今日の報告書類ができた」

三男「はい、お疲れ様です。そこ置いておいて下さい」

領主補佐「領主様。最近街の周りに増えた魔物の件についてですが……」

三男「あぁ、早急に手を打つつもりだ。四男の領地に既に連絡は……」

三男と補佐で話が始まったので、俺は小さく挨拶して部屋を出た。
俺の書類も三男ではない誰かが、手が空いた時にでも目を通すのだろう。
厄介な人間を相手にしてるというのは周知の事実である為、失敗しても特に咎められないが、重要性の低い仕事である為、上手くいったところで達成感もない。

青年(……やり甲斐ねーな)


1度、父に家を出ると言ったことがある。だが、全力で止められた。
確か言われた言葉はこうだ。

父『お前がどこに行っても、我が一族出身であることは人に知られることになるだろう』

父『お前1人の力で生きていける程、外の世界は甘くない』

――つまり、『よそに行って恥を晒すな。一族の中で誰にも迷惑かけずに大人しくしてろ』ということだ。
名主である父が言うなら間違いない。俺に、自分の力で生きていく力なんてないのだ。

青年(現状を脱却したければ、無能を脱却しろ……)

……今まで何度試みたことか。あぁ、どうせ努力不足なのだろうけど。


青年「ただいま」

奴隷娘「お帰りなさーい」

家に戻って彼女の顔を見るとホッとする。
明日は休日だ。1日中外に出ず、ゆっくり過ごすのが良いだろう。

奴隷娘「ねぇご主人様ぁ」

青年「ん、何だ?」

奴隷娘「2階のお部屋を掃除しようと思ったんですが、作業部屋みたいのがあって……触っちゃ駄目かと思って、何もしませんでした」

青年「あぁ。そう言えば、作業を途中で投げ出して散らかしっぱなしだった。あそこは放っておいていい」

奴隷娘「作業ですかぁ?」

青年「あぁ。人形を作っていた」

奴隷娘「人形!」

奴隷娘はぱっと顔を明るくした。
人形作りは俺の趣味だが、ここ最近気が滅入って作っていなかった。

奴隷娘「どんなお人形を作っているんですか?」

青年「人間でも、動物でも、色々だ。ほら、そこに置いてる小人も俺が作った」

奴隷娘「あら可愛い」

青年「いや……」

小人は手足の長さがチグハグで、立たせることができないので座らせている。
目の肥えてない人間には良く出来ているように見えるかもしれないが、粗はかなりある。
唯一の趣味も、俺の腕前だとこんなものだ。

奴隷娘「でも、どうして人形作りを?」

青年「……暇つぶしだ」

まだ母のもとにいた頃、遊ぶ玩具がなくて、ゴミ処理場で拾った人形で遊んでいた。
その人形は父に引き取られる際に処分させられたが、その頃の名残で人形が好きだったりする。
だが男が人形を所持するのは少し抵抗がある為、だったら物造りの趣味として……というのが、人形作りを始めた理由だ。

青年「まぁ人形はいい。それより飯を」

奴隷娘「はぁ~い」

飯を食いながら、俺は思い出に浸っていた。
幼かった俺は、あの人形に大層執着していた。少し癖のかかった金色の髪、どこか虚ろだがぱっちりした目玉……。

青年(……そう言えば、似てる気がするな)

奴隷娘「もぐもぐ」

青年(……やめよう)

この歳になって考えるようなことじゃない。
生身の人間と人形を同一視するなんて……頭がおかしいじゃないか。





>翌日


青年「ふあぁ」

今日は休日だ。ゆっくり体を休め……

ドンドォン

奴隷娘「お客さんですかねぇ。かなり激しいですねぇ」

青年「……奥の部屋にいろ。絶対、出てくるなよ」

俺は奴隷娘に強めに言って、玄関のドアを開けた。
すると……

ギルド担当員「おいコラァ! この書類も通らないって、どういうことだあぁ!!」

青年「俺は今日は休みだ。明日になったら聞く」

ギルド担当員「知るか、そんなこと!! こっちは切羽詰まってるんだよ!!」

青年(だったら、こちらの話をきちんと聞け……)

せっかくの休日なのに、何たる災難。
ギルド担当員はぐいぐいと書類を押し付けてくる。全く、何て勝手な。

青年「……ん? 明らかに枚数が足りないが」

ギルド担当員「……あぁ、忘れてきちまった」

青年(……抜けてるのは、書類の中身だけでないようだ)

ギルド担当員「何だ、その目は!! 持ってくりゃいいんだろ!!」

青年「今日は休みだから、明日赴く……」

ギルド「待ってろよ、この野郎!!」

青年(聞いちゃいねぇ)

参った。
休日が潰れるのは勿論困るし、相手すれば『こいつ相手なら無理が通る』と思われて、他にも色んな奴が押し寄せてくるようになる。

……逃げるか。

青年「奴隷娘」

奴隷娘「はぁい」

青年「出かけるぞ。格好はそのままでいい」

奴隷娘「わかりました~」

目的地は1番近くの街……四男の治める街だ。





>四男の街


青年(ここまで来れば流石に大丈夫だな)

奴隷娘「色んなお店がありますね~」

青年(わざわざ四男に会いに行くこともないし、どこか適当な店で……)

奴隷娘「……」ジー

青年「どうした。……んっ」

奴隷娘の視線の先……そこは服屋で、ショーウィンドウに洒落た服が飾られていた。

青年(……そう言えば、こいつ他に服を持っていなかったな)

施設選びが難航している今、いつまで彼女がうちにいるかわからない。
……金は使い道がない。

青年「入るか?」

奴隷娘「えっ……そ、そんな、悪いです!」ブンブン

青年「悪くない。入るぞ」

奴隷娘「あっ、はい」

奴隷娘は遠慮しつつも、俺が手を引くと素直についてきた。
幸い、この街の人間に俺の顔は知られていない。だから堂々と2人で一緒にいられる。

奴隷娘「おおぉー」キョロキョロ

青年「欲しいものがあれば言え」

奴隷娘「うぅーん」

奴隷娘は目を輝かせながら、店内の商品を色々見ていた。
俺は別に見るものがないので、店の隅で奴隷娘の様子を見ていた。

そして30分経過。

青年(女の服選びは時間がかかるものだな)

奴隷娘「あー、うー」

青年「……どうした、決まらないのか」

奴隷娘「わかんないんですー」

青年「わからない? 好きなのを選べばいいだろう」

奴隷娘「よくわかんないんですよぉー。どれも可愛いけど、私はどれを着ればいいのか……」

青年「……うーん」

奴隷の立場にいたから、自分で服を選ぶことができないのか?
まぁ、気持ちはわかる。俺も自分の好みで服を選んだことはないので、好きなのと言われてもなかなか選べないだろう。

奴隷娘「ご主人様が選んで下さい~」

青年「俺が? 女の服はわからんぞ」

奴隷娘「ご主人様から見て、私に似合いそうなものでいいんです~」

青年「……そ、そう言うなら」

とは言って商品を見たものの、やっぱりよくわからない。
店員に聞くのが1番良いか……。

青年「……ん」

と、その時、1着のワンピースが目に入った。

青年(あれは……)

似ている。俺が昔大事にしていた人形が着ていた服にそっくりだ。
シックで控えめな茶色が、人形の金髪を輝かせて……――

青年「……あれにしよう」

気付けば、俺の口からそんな言葉が出ていた。

奴隷娘「可愛いですねぇ。お人形さんの服みたい」

青年「良かったら……着ていくか?」

奴隷娘「いいんですかぁ?」

青年「あぁ。試着室を借りて、そのまま会計しよう」

奴隷娘「わかりました~」

奴隷娘は言われた通り、ワンピースを持って試着室に入っていった。

青年(あいつが着たら……どんな風になるのか)

妙に気分が高揚していた。
女慣れしていないと、こういうものなのか。

奴隷娘「着替えました~」

青年「……――っ!!」

そしてその姿を見て、俺は絶句した。

青年(似てる……あの人形に、そっくりだ!!)

それまで記憶の中で朧げだった人形の姿が、一気に頭の中に蘇った。
それと同時、妙な興奮が俺の中に芽生えた。どうしてこんなに心が躍るのだろう。俺は今、非常に喜びを覚えている。

青年「他に、あれも買うぞ!」

あの人形は、髪をリボンでまとめていた。
控えめなネックレスを首から下げていて、あとは――

奴隷娘「このリボンとネックレスも……ですか?」

青年「あぁ。是非、身につけてくれ」

奴隷娘「あ、はい」

イメージはこれがピッタリだが、他にも替えがあれば……

店員「全てお買い上げですか?」

青年「あぁ!」

店員「ふふ。彼女さんを大事にされているんですねぇ。お客さん、とても嬉しそう」

青年「……っ!」

青年(俺は……何を)

ようやく、我を忘れていたことに気付く。

青年(……疲れているんだな。最近、ストレスフルだったから)

会計を済ませ、俺は早足で店を出た。





>夜


青年(あーあ)

家に戻ると玄関ドアが歪んでいた。あのギルド担当員の仕業だろうか。
他にこれといった被害はない。俺がいないとわかって、諦めて帰ったのか。

三男『では、帰り道もお気を付けて。底辺の人間は何をしでかすかわかりませんからね』


三男の言葉を思い出す。本当に、この手の連中は何をしでかすかわからないから、『正しい対処法』がない。
だから出来るだけ関わらないように生きていくしかないのだが……仕事相手だけに、そうはいかない。

青年(……ドア、修理しないと隙間風が入るな。今はいいが、これから寒くなるからな)

また余計な仕事が増えた。
こんなことになるなら出かけなければ良かったか……。だが、相手したらその方が疲れただろうし……。
というか明日ギルドに赴けば、担当員は確実にブチギレてるな。

青年(あー……どっと疲れた)

ブチギレて血管切れて死んでくれないか。そう願ってしまう程に憂鬱だ。

奴隷娘「ご主人様に買って頂いたお洋服とアクセサリー、可愛いです♪」

呑気な奴隷娘は、新しい服を着て鏡を見ながらぴょんぴょんしている。

奴隷娘「~♪」

青年(人形……)

疲れているのか、奴隷娘が人形に見えてきた。

青年(う……)クラッ

奴隷娘「お疲れですかぁ、ご主人様。今日はもうお休みになられます?」

青年「あ、あぁ」

ベッドに横になると、奴隷娘も入ってくる。彼女が初めて来た日から恒例だ。

奴隷娘「すやーすやー」

奴隷娘の寝つきはいい。いつも、ベッドに入ってすぐに寝る。
俺はというと……

青年(休日が終わる……)

休日の終わりは特に寝つきが悪い。
憂鬱な明日が訪れる不安感で、心臓が潰れそうになる。

青年「はぁ……」

奴隷娘「すやすや」

青年「……」

穏やかに眠る奴隷娘の髪をそっと撫でる。
少しウェーブのかかった髪は、細く柔らかい。

青年(お前だけだ……俺の癒やしは)

例え明日が憂鬱でも、奴隷娘は俺の元にいる。
そう思うだけで、気持ちは大分安らかになった。

明日もまた生きよう。
そうやって生きていれば、いつか終わることができるんだから――





ギルド担当員「馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!!」

憂鬱な予感は的中し、俺は朝一番で担当員の怒声を浴びていた。

ギルド担当員「あぁしても駄目、こうしても駄目、結局上の人間は粗探ししてぇだけなんだよ!!」

青年「……何度も言っているように、指示した通りにやれと」

ギルド担当員「そっちの指示がわかりにくいんだよ!」

青年(だったら、その時点で質問しろ……)

ストレスをぶつけたいだけなのかもしれないが、仕事なので邪険にもできないのが苛立たしい。

青年「わかりやすいように指示書を作ってきてやった。この通りにやれ」

ギルド担当員「馬鹿にしてんのか!」

青年「明日また来る」

これ以上ストレスが溜まる前に、出ていこうとしたが……。

ドゴッ

青年「!!?」

背中に痛みを感じ、俺はよろめいた。

酔っ払い「この野郎は本当、ムカつく奴だな! ヒハハ、俺が代わりにやってやるよォ!」

青年「お前……っ!」

この間、泥水をかけてきた酔っ払いだった。
酔っ払いはこのギルドの利用者らしく、その腕で俺に掴みかかってきた。

酔っ払い「この野郎、この野郎ォ!!」

青年「ぐは……っ!」

床に倒され、殴られる。
顔面、胸、腹、腕――酔っ払っている相手は、手加減する気配がない。

青年「ぐっ、うぅ……っ」

攻撃に耐えるので精一杯だったが、ギルドの人間たちが大騒ぎしているのは聞こえた。
実際殴られている時間は、体感より遥かに短かったのだろう。酔っ払いはギルドにいた人間たちによって引き剥がされ、やがて憲兵にしょっぴかれていった。



三男「災難でしたね兄上」

青年「……あぁ」

怪我を治療した後、三男に呼び出されて屋敷に趣いた。
三男は、さも憐れむような目で俺を見ている。

三男「しかし兄上、殴られている間まるで抵抗しなかったとか。正当防衛として抵抗は認められるのですよ」

青年「……」

三男「まぁ良いです。その怪我で仕事を続けるのは酷でしょう。しばらくの間、休んで下さい」

青年「……すまない」

屋敷を出た後、俺は舌打ちした。

青年(白々しい……抵抗『できなかった』んだよ!!)

ギルド利用者は戦闘に心得がある者が多く、あの酔っ払いも俺より体格が良く、力もあった。
そんな奴が酔っ払ってリミッターを外して襲いかかってきたら、ろくに抵抗できるわけがなかった。

青年(く……)

護身術なら習った。基礎体力も鍛えられた。それなのにこのザマだ。

青年(くそっ!)

イライラする。
無能なのは覆せない。だから俺の一生は、こんなもんだ。

青年(なんで、なんでこんな目に……ッ!!)

なのに俺は、それを受け入れられずにいた。



青年「ただいま」

奴隷娘「お帰りなさ……」

奴隷娘は俺を出迎えるなり、ギョッとしていた。

奴隷娘「ご、ご主人様!? そのお怪我は!?」

青年「まぁ……ちょっとな。怪我が治るまで、休むことになった」

ぞんざいに言うと、俺は部屋へ戻ろうとした。

奴隷娘「あのっ、ご主人様……!

事情を聞こうとでも言うのか。
当然の疑問かもしれないが、今はそれも煩わしい。

青年「悪いが1人にしてくれ! 今は人と話す気分じゃ……」

奴隷娘「……っう」

青年「!?」

泣いてる? ……泣かせた? 俺が?
女を泣かせるのは、流石に気まずい。

青年「……すまない、気が立っていた」

奴隷娘「ぐすっ、うえぇん」

青年「そ、そんなに泣くな! 悪かったから!」

奴隷娘「うえっ、だってぇ……ご主人様、可哀想で……」

青年「……可哀想?」

奴隷娘「すっごく痛そうなんだもん……グスッ」

青年「痛いは痛いが、そこまででもない……。そこまで気の毒がらなくていい」

奴隷娘「ご主人様ぁ……どうして、そこまでして行っちゃうんですかぁ?」

青年「……ん? どういうことだ?」

奴隷娘「だってご主人様、いっつも、暗い顔して出て行くんだもん……。ご主人様、外でひどいことされてるんですよね?」

青年「……っ!!」

頭の足りない娘かと思っていたが、そこまで気付いていただと……?

青年「……そんなことはない」

ひどいことをされることなんて滅多にない。
俺の無能さが招いた日常なのだから、辛くても、耐えなければいけない。

奴隷娘「ご主人様ぁ……ご自分を大事にして下さいよぉ」

青年「その辺は上手く休息を取っている。大丈夫だ」

本当は、ギリギリだけど。

奴隷娘「ご主人様が潰れてしまったら、私、私……」

青年「……つらい、か?」

奴隷娘「つらいだけじゃ、済まないです……」

奴隷娘は鼻をすすりながら、言葉を続けた。

奴隷娘「だって……生きていけないもん。ご主人様なしじゃ、どうしていけばいいかわからないもん……!」

青年「――っ」

ぞわっ――全身にゾクゾクとした何かが走る。
そうだ。こいつは奴隷。主人への隷属と、主人からの庇護で人生を決められてきた存在。
だから主人を失ってもなお、主人を求め、彷徨っていた。

そして今、こいつの「ご主人様」をしているのは俺であり――

青年(こいつは――世界で1番、俺を必要としてくれている)

誰にも認められたことのない、この俺を。

青年「奴隷娘……」

奴隷娘「何でしょうか?」

俺は、自分が愛される存在だと思っていない。だから、誰からの好意も信じられない。
だけど――

青年「ずっと……俺の側にいてくれるか?」

彼女だけは信じられる。
彼女は俺を見ていないから。世界が狂っているから。

奴隷娘「勿論ですよ、ご主人様」

青年「……っ」

願わくば、彼女は永遠に狂ったままでいて――

青年「俺も――お前の側にいる」

狂った世界で、俺によって救われますように。





それから数日は穏やかに過ごした。
怪我は数日で治り、俺は仕事に復帰した。

だが、前のような憂鬱さはない。

青年「会計頼む」

店員「は、はい」

怒鳴られても罵られても、たまに危害を加えられても、今の俺には心の支えがある。

「代行様、また女性ものの衣装を買っていかれたな……」
「恋人でもできたのかねぇ」
「でも、そんな様子ないよなぁ。相変わらず家からあまり出ないみたいだし」
「まさか女装癖でもあるんじゃ」
「っていうか最近、目つきがおかしいよね。もしかして、気が触れたんじゃ……」

耳に入る雑音も心には届かない。
好きなように言えばいい。俺の世界は、俺と彼女だけが理解できればそれでいい。



青年「買ってきたぞ。お前に似合うと思って」

奴隷娘「ありがとうございます、ご主人様♪ 可愛いですね~」

青年「……この服には、この間買ってきた髪飾りが似合うんじゃないか」

奴隷娘「ご主人様がおっしゃるなら!」

彼女は従順だ。
俺の言うことを聞いてくれるし、見た目も俺好みに飾ってくれる。
まるで人形のような女。そんな彼女との戯れは人形遊び。

青年「奴隷娘……お前は本当に愛らしいな……」

奴隷娘「ご主人様が、そうして下さったのですよ」

俺がいなければ生きていけない。
思考を俺に委ねて、手のひらで転がされて――それで安心していられる、可愛い女。



青年「報告書ができた」

三男「お疲れ様です。……それよりも兄上、どうしたのです? 服が汚れていますが」

青年「仕事相手にやられただけだ」

三男「そう、ですか……」

青年「では失礼する」

三男「はい」

パタン

領主補佐「代行殿はメンタルが強くなられたのでしょうかね……。まるで動じていない」

三男「麻痺してきたのだろう。まぁ最初の頃の陰気さがなくなってきたのは良いことだ」

領主補佐「……これが、先代様の狙いでしょうかね」

三男「さぁな。……どうなろうと、我々に影響はさほどない」





奴隷娘が来てから1ヶ月。
毎日飯が美味い。2人並んで取る睡眠は至福。趣味は必要なくなった。

奴隷娘「行ってらっしゃいませ、ご主人様ぁ」

青年「今日も早めに帰る」

朝の空気が気持ちいい。
今日もどうでもいい仕事が適度にある。適度に片付けて、早く帰るとしよう。
すれ違う街の人間とは挨拶だけ交わし、仕事先に向かう。

青年(……ん?)

ふと街の外から妙な気配を感じた。
他の人間たちも気付いているようで、その場がざわつきだす。
若い男達のグループが、誰かに頼まれるでもなく様子を見に行った。

青年(何だというんだ?)

それから少しして、男たちは血相を変えて戻ってきた。

「クマが! クマの魔物が!」

青年「!」

この辺に生息するクマといえば獰猛なことで有名で、戦闘を避けるよう徹底的に言われている。
しかし基本的に山に生息する生き物なので、街に来ることなど今までなかったはずだが……。

青年(餌を求めて下りてきたのか!?)

「俺、衛兵に知らせてくる! お前はギルドに救援要請を!」
「早く、建物の中に逃げろ!」

人々がまばらに避難活動を始めたが――

「きゃあぁ――ッ!!」

青年「!!」

クマ「グルル……」

巨大なクマが姿を現した。
相当腹をすかせているのか、目に殺気がこもっている。

「うわああぁ――ッ!!」
「逃げろぉーっ!!」

クマ「グルアアアァァアアァァ――ッ!!」

人々の喧騒で興奮したのか、クマは雄叫びをあげて走り出した。
まずい――!!

青年「……くそっ!!」

俺は腰の剣を抜いてクマに向かっていった。
今、この場で武器を所持しているのは俺のみ。これでも実家にいた頃は、鍛えていたのだが――

クマ「ガァッ!!」

青年「ぐおっ!」

突進を喰らい、俺は地面に倒れる。
やはり、相手が悪すぎる。

「代行様!」

だが――

青年「俺が引きつけておくから、早く助けを呼べ……!!」

退くわけにはいかない。街の秩序を守るのも、(一応)俺の仕事なのだ。

クマ「ガアァァッ!!」

青年「ぐ、ぎぎ……っ!!」

爪での一擊一擊が肉を大きく抉ってくる。
戦局は防戦一方ながら、急所をやられることだけはギリギリ回避する。

青年(痛ぇ……)

気が遠くなりそうな程痛いし、というか出血で本当に気が遠くなってきた。
今まで見てきた物語の主人公たちは、よくこんなの耐えられたものだ……!!

そして、当然もたなかった。

クマ「ガフッ!!」

青年「――……ッ!!」

クマは、俺の脚に噛み付いてきた。
俺は膝を崩し、そこに倒れる。息を荒くしたクマの顔が、すぐそこにあった。

クマ「グルッ、ビチャッ」

青年(こいつ……俺の肉を食ってやがる……!!)

俺は今、生きながら食われている。
恐怖、戦慄、嫌悪――色んな感情に頭を殴られて、俺はもう正気を保てなかった。

青年(あ、ああぁ、あぁあぁ……)

静かな発狂は俺の意識を朧げにする。
それでいい。こんな恐怖心を味わい続けるなら、気を失って殺される方がマシだ。

青年「――っ」

視界が真っ暗になって、気を失う――その寸前だった。

クマ「ガアァアアァァ――ッ!!」

青年(……?)

クマの声色が苦痛に変わった気がした。
どうした……? そう言えば、クマが俺から離れたような……脚の感覚がほぼなくなっていて、はっきりしないけど。
そう言えば周囲の空気感も何か違う。さっきまでの不安だったり恐怖だったりが、一気に消し飛んだような……。

三男「ふん……僕の街に入って来た報いですよ」

青年「……っ」

うっすら目を開けると、三男の姿が見えた。
三男はいつも通りの、綺麗な笑みを浮かべていた――真っ赤に染まった剣を構えて。

クマ「グ、ガ……」

三男「いやにしぶといですね。まぁいいでしょう、どうせ仕留めるんですから」

そう言うと三男は迷いなく、クマに突っ込んでいき……――

クマ「グアアアァアァァッ!!」

三男「……ふっ」

一閃。クマの喉元を切り裂いた。

「流石、領主様! やはりあの方は天才だ!」
「素敵ぃっ!」

三男の活躍に人々は歓喜の声をあげる。
それでも三男はあくまで冷静に、人々に言った。

三男「本来、ここに来ないはずのクマが来た……ということは、何か原因があるはずです。その原因を調査するので、皆さんは念のため、あまり出歩かないようお願いします」

三男の部下達がぞろぞろやってきて、人々を避難させたり、クマの死体を処理させていた。

青年(終わったか……)

起き上がれないながらも、俺はホッとしていた。

領主代行「今、医者がこちらに向かっているはずです」

三男「そうですか。……酷い怪我だ、兄上」

三男が近づいてきた。
俺は大丈夫だ……そう言おうとしたが、声も出なかった。

三男「しかし、命はあるようですね」

三男は俺の脈を確かめると、はぁとため息をつき――

三男「……死んでくれたら良かったのに」

青年「――」

周囲の誰にも聞こえないような、小さな声で言った。

三男「人々を守って命を落とした領主代行……そんな名誉ある称号、これからの人生で貴方が得られますか?」

……得られるわけがない。
俺は人に称えられるどころか、認められるような人間でもない。

三男「……まぁ、命拾いしてしまったものは仕方ありませんね。ですが……これ以上、一族の面を汚すのは、勘弁して下さいよ?」

青年「――っ」

頭が働かない。抉られて痛んだのは、肉か心か――
答えを出す間もなく、俺の視界は暗転した……。





医者「……脚の神経が損傷している。もう、以前のように動かすことはできないでしょうね」

青年「……」

目を覚ました時に告げられた言葉に、不思議とショックを受けなかった。
脚が不自由になる。ハンデを背負える。だから劣っていても許される――そんな風に考えてしまうのは、本心か、心を守る為の嘘なのか。

三男『……死んでくれたら良かったのに』

もし、俺が襲われたのが人目のない場所だったりしたら、三男は助けを遅らせて俺を死なせていたかもしれない。
だが三男は『命拾いしてしまったものは仕方ない』とも言った。
死んではほしいが、殺意を抱く程ではない。俺はあくまで無能なだけで、無害な存在だから。

青年(……命拾いしたなら仕方ない)

俺も別に、生きても死んでもどちらでも良かった。
死なないから生きる。ただ、それだけだから。

青年(奴隷娘は、家で待っていてくれているだろうか……)

食料は家に十分あるから死にはしないだろう。だが知らせもなく帰らなかったら不安になるだろう。
会いたい。彼女の心の不安を慰めて、自分の心の隙間を埋めてほしい――心は彼女のことで一杯だった。





入院して3日経った。
傷は完治していないが、俺は自宅での治療を希望し、退院することになった。
しばらく車椅子での生活になるが、自宅の段差が少ないので大丈夫だろう。

医者「本当に1人で帰るんですか」

青年「あぁ、世話になった」

三男から部下を送迎によこすかの打診があったが、断った。
俺なんかの為に人の手を煩わせることなどない。

「代行様、ご無事で良かった」
「無事、退院されたのですね」

街人達の白々しい挨拶に適当に対応し、帰り道を急ぐ。

青年(奴隷娘……)

外に出るなとは言ってあるが、言いつけを守っているだろうか。

青年(見えた)

家が見えてきた。車椅子では若干不自由な道を、精一杯腕の力を使い進んでいく。
もう少し、もう少しで彼女に――

三男「兄上」

物陰から三男が現れた。

青年「!!」

三男「失礼。送迎はいらないとのことでしたが、用があるのでこちらで待たせて頂きました」

青年「用だと……?」

三男「大した要件ではありませんよ。しばらく兄上の仕事を他の者に任せるので、資料が必要でしてね」

俺の仕事の引き継ぎが、大した要件ではない……か。まぁいい。

青年「資料なら家にある、取って来る」

三男「いえいえ、兄上の脚はまだその状態ですから。家に入れて頂ければ、僕が取ってきますよ」

青年「人を家に入れたくない。余計な気遣いはよせ」

三男「見られたくないものでも、おありですか?」

青年「……!」

三男「……まぁ、いいでしょう。誰しも隠したいものはあります。ですが兄上、妙な噂をたてられるようなことは……」

青年「……迂闊だったと認める。今後は気をつける」

女物の衣装を買っていたことに対して、妙な噂がたっているのは知っているが、大したことでもない。何もしなければ勝手に風化していくだろう。
どうせ、奴隷娘も外に出ないだろうし――

「……ご主人様?」

青年「――っ!!」

出ないだろう、と思っていたが――

奴隷娘「ご主人様」

青年「!!!!」

どうして――

三男「……? 兄上、使用人でも雇っていらっしゃったのですか?」

俺の家から出てきた奴隷娘を見て、三男が首を傾げる。
まずい。きっと奴隷娘は、人の声が聞こえたので出てきてしまったのだろう。

奴隷娘「ご主人様、やっと帰ってきてくれた……」

青年「う、あ……」

言い訳のしようがない。
彼女の存在が、やましいことの全て。誰にも――いや、彼女自身も、俺の所業は知られてはいけない。

青年「家に戻――」

そう、言いかけた時だった。

奴隷娘「ご主人様ぁ」

三男「?」

青年「――っ」

信じられない光景だった。
奴隷娘が、三男に向かって『ご主人様』と呼んだのだ。

青年(あ……)

思い出した。彼女をずっと外に出さず、1度外出した時も俺がずっと側にいたせいで、そうならなかったが――彼女は目に映る男が全て、『ご主人様』に見えるのだ。

三男「はて? 失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」

三男は首を傾げ、状況が掴めていない。
そんな三男に、奴隷娘は無邪気に甘えたような仕草をする。

奴隷娘「あ。今日は髪をちゃんと整えてなかったから、わかりませんでした? 私ですよ、ご主人様」

三男「ご主人様……? 僕ではなく、彼ではないですかね」

奴隷娘「え?」

奴隷娘は俺の方を見て、目をパチパチさせた。

奴隷娘「……ご主人様なんですかぁ?」

青年「……っ!!」

三男「ふむ……」

そんな俺達の様子を見て、三男は何か察したのかどうなのか知らないが……。

三男「まぁ良いでしょう。僕はここで待っているので、資料を」

特に何も追及してこず、興味なさげに言った。

青年「……」





三男は資料を受け取ると、そのまま帰っていった。
奴隷娘のことを誰かに話すかもしれない。
だが、俺にとってはどうでも良かった。

奴隷娘「お帰りをずっと待ってましたよ、ご主人様ぁ」

横で無邪気に話してくる奴隷娘が、

奴隷娘「脚、どうされたんですか……? また何か、ひどいことされたんですか……?」

俺の唯一の癒やしだったはずの彼女が――今はとんでもなく、憎らしく思えた。

青年「……」

奴隷娘「ご主人様?」

彼女は『俺』を見ていない。だから閉じ込めて、俺だけのものにしていた。
そんなのはわかっていた。わかっていたのに、実際にあんな姿を見てしまうと――

奴隷娘「ご主人様、どう……――」

青年「……じゃない」

奴隷娘「え?」

間違っているのは俺だ。そんなこともわかっている。
それでも感情が胸の中で暴れて、正論なんて聞かなくなっていて、どうしようもなくて。

青年「俺は……ご主人様じゃない!!」

奴隷娘「……え?」

その言葉が全てを終わらせると知っていたのに、止めることができなかった。

奴隷娘「ご主人様じゃ、ない……?」

青年「……思い出せ。お前の主人は、死んだ」

奴隷娘「え……あ、あれ……?」

奴隷娘の目がぐるぐる回る。
そして彼女は、その場に膝をついた。

奴隷娘「う、うぅ……っ!?」

彼女が構築していた世界が壊れていく。
その構築の手助けをしたのは俺。その俺が、あっさりと彼女を裏切った。

青年「……」

こんな俺だから、誰にも愛されない。

奴隷娘「う、ぅ……だ、だれ……?」

彼女の世界が正しい姿を映し出したのか、俺はもう『ご主人様』ではなくなっていた。

青年「……誰でもない。俺とお前は、何の関係もない」

奴隷娘「だけど……この数日、私は貴方と……」

青年「それは覚えてるのか。……俺はお前の妄想を利用していた。それだけだ」

奴隷娘「……!」

罵倒されるか、それとも泣き出すか。そのどちらかと思ったが、どちらでもない。
奴隷娘はただ、不思議そうな顔で俺を見ている。

青年「……何だ。何が言いたい」

奇っ怪なものとして見られているようで、どうにも居心地が悪い。
耐え切れず、俺は言葉を求めた。

奴隷娘「あの……貴方は私に付き合って下さっていたんですか?」

どういうことだ、それは。

奴隷娘「ご主人様を失ったことを、私が受け入れられずにいたから……それで、貴方は……」

青年「違う」

奴隷娘「違う?」

青年「俺は……俺を否定しない人形が欲しかっただけだ」

奴隷娘「人形……私が?」

青年「あぁ。そうだ」

彼女は人形だった。
自分の意思で何かを決めることなく、俺の言うことを、ただ忠実に守る人形。

青年(あぁ……)

ようやく正気に戻ったような気になったと同時、自分に反吐が出た。
俺はマトモに人間との関係を築けない。今までも、きっとこれからも。
こんなのが自分だなんて、思いたくない……!

青年「……っ」

奴隷娘「あ、あの……?」

青年「……今まで悪かった。もう、自由にしていい」

奴隷娘「自由……?」

青年「俺の側にいなくてもいい。……俺を訴えたければ、そうすればいい」

奴隷娘「訴える……」

奴隷娘はピンときていないようだ。
それとも正気に戻ってもまだ、自分の頭で考えられないのか。

青年「お前は俺が、憎くないのか!」

奴隷娘「え?」

青年「お前を騙して、お前を人形のように扱った俺が、憎くないのかと聞いてるんだ!」

許されたくない。こんな人間が許されていいわけがない。
こんなの、俺が軽蔑していた底辺の奴らより、遥かに卑しいじゃないか。
だけど奴隷娘は、首を横に振った。

奴隷娘「憎く……ないです」

青年「何故だ……」

奴隷娘「だって貴方は、私にひどいことをしませんでした。それに……」

そして彼女は、俺が思っていた以上に残酷だった。

奴隷娘「可哀想だから」

青年「――っ」

可哀想? 俺が?
はっきりと突きつけられた残酷な事実が、俺の頭を狂わせる。

奴隷娘「貴方はいつも、暗い顔をしていた。貴方の毎日は過酷だったんですよね?」

青年「う、ぅ……」

奴隷娘「そんな人を憎むことなんて、できません。憎んでしまったら、もっと可哀想なことになるから……」

青年「憐れむな!!」

奴隷娘「?」

憎むにも値しないほど惨めな人間――そう評されたことが悔しくて、わずかなプライドが打ち砕かれた。

青年「過酷なのは俺が悪いんだよ……! 全部、自業自得なのだから!」

何をやっても駄目で、見た目も悪い。
得意なことも、人に好かれる魅力も何もない。
なのに1人で、自分の力で生きていく力もない。

青年「これ以上、もう嫌なんだよ! 俺は、俺を終わらせたいんだよ……っ!!」

――自分で自分を殺す度胸も、ないくせに。

青年「……っ、うぅ……」

惨めさから涙が出てきた。自業自得なのに、女々しい。

奴隷娘「あ、あのぅ……」

奴隷娘は戸惑いながら声をかけてくる。
哀れみのつもりなのか、声は弱々しい。

青年「何なんだ……!」

許されている立場で俺は逆上する。
それでも彼女は、表情を変えることなく、疑問符を浮かべた顔で――

奴隷娘「あの……それって、貴方を苦しめていい理由になるんですか?」

青年「――っ」

今度は、俺の欲していた言葉をくれた。

奴隷娘「人に好かれたいけど、その方法がわからないのって……普通のことだと思うんです。でも、そういう人だって……幸せになっても、いいと思うんです」

青年「……っ」

どうせ好かれないからと諦めていた。
だけど本当は――

奴隷娘「大丈夫ですよ」

青年「……!」

彼女の抱擁は優しくて。

奴隷娘「私、貴方の側にいますから。貴方のこと、支えますから」

青年「……っ、うっ、うぅ……っ」

例えそれが同情からくる優しさだとしても、その言葉に救われてみたくて。

青年「うっ、あっ……ああぁあぁぁ――っ!!」

奴隷娘「よしよし……」

俺はしばらく、彼女の腕の中で泣き続けていた。





長年の悩みが吐き出されてからは、スッキリした気分だった。

奴隷娘「いい天気ですねぇ~」

青年「あぁ、そうだな」

奴隷娘に車椅子を押してもらい、街を散策する。
街人には彼女はヘルパーだと伝えてあり、奇異な目で見てくる者もいない。

青年「……いつかまた、自分の足で歩けるようになるだろうか」

奴隷娘「貴方次第だと思います。リハビリを頑張れば、歩けるようになりますよ」

青年「どうだろうな。……俺には何かを成し遂げたことがない」

奴隷娘「それならそれでいいじゃないですか。私が貴方を支えます」

青年「あぁ。頑張るが、自分に期待はしないよ」

奴隷娘「それでいいんですよ」

彼女といると心が穏やかになれる。
俺を無条件で受け入れてくれる人間がいるというのが、こんなにも幸せだとは思わなかった。

青年「少し休むか。お前も疲れただろう」

奴隷娘「では、あそこのベンチに座りますね」

商店街から外れている為か、この時間のこの辺は静かだ。
人の目が苦手な俺の為に、彼女はわざわざ人の少ない場所を通ってくれた。

奴隷娘「あ。私、ちょっとおトイレ行ってきてもいいでしょうか」

青年「あぁ、待ってる」

奴隷娘の姿が見えなくなり、少しうとうとする。
穏やかで平和で、ずっとこうしていたい――

ギルド担当員「おい」

青年「!」

ふと、その声で目が覚めた。
振り返ると、前の仕事相手――ギルド担当員が、そこにいた。

ギルド担当員「久しぶりだな、代行さんよ。命拾いしたようじゃねぇか」

青年「……あぁ」

口調から嘲りを感じ、不快感が沸く。
ギルドの人間は仕事柄、人の生き死にへの感覚が若干ズレているとは聞くが、こいつはそんなの関係なしに人間性に問題がある。

ギルド担当員「あんた、仕事復帰しねぇのか?」

青年「この脚なので、以前のように各所を回るのは不可能だな」

ギルド担当員「頼むよぉ、うちの担当に戻ってきてくれよ。今の担当員の野郎、気に食わねぇんだよ」

青年「……俺は、貴方に気に入られていたように感じなかったが?」

ギルド担当員「今の担当員よりはずっとマシだよ。あいつは高圧的な上、理詰めで来るからいけねぇや」

青年「……」

要するに、今の担当員はナメてかかれないのが気に入らないのだろう。
わかっていたが、俺は相当バカにされていたのだ。外見的にナメられやすいのと、その担当員ほど口が上手くないのは認めるが。

ギルド担当員「あんたの方が立場上なんだろ? 今の担当員に、揚げ足取るなって言っておいてくれよ」

青年「悪いが俺ではどうしようもないな」

ギルド担当員「そこを何とかさぁ!」

青年「俺に言うな。今の俺は、貴方とは無関係で……」

ギルド担当員「何だとオイ!」

青年「!」

急に胸ぐらを掴まれた。こいつは今まで暴力に頼ってくることはなかっただけに、俺は驚く。

ギルド担当員「いつまで偉そうにしてやがるんだ、名ばかりの代行様がよォ」

青年「やめろ……! これは暴行になるぞ」

ギルド担当員「はんっ、バレなきゃいいんだろ! 大体、この街にテメーの味方なんていねぇんだよ!」

青年「……っ」

ギルド担当員「出来損ないの分際でいい身分につきやがって! いっそ死んでくれりゃスカッとしたのによぉ! それとも今ここでやってやろうか、あぁ!?」

青年「やめ、ろ……っ」

殺せるわけがない。だが今の俺に、抵抗する術はない。
ギルド担当員は手を振り上げる。殴られる、と思った。

だが。

――グシャッ

青年「……え?」

目の前の光景を、すぐに理解できなかった。
何かが破裂し、周囲に赤い液体が飛び散る。どさっと倒れるギルド担当員の体。

青年「……っ!」

それを見て、ようやく理解した。
今破裂したのは――ギルド担当員の首だ。

青年「え、あ……――?」

吐き気がこみ上げる。
死んだ? 目の前で、人が? どうして、こんな――頭がグラグラして、気が遠くなる。

奴隷娘「遅くなりました、青年さん」

青年「……!」

ゆっくりした足取りで、奴隷娘が戻ってきた。
彼女の視界には、この首なし死体が映っているはずだが――動じる気配は微塵もない。

奴隷娘「少し冷えてきましたね。そろそろ帰りましょう」

青年「ど、奴隷娘……その死体を……」

奴隷娘は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔になり――

奴隷娘「大丈夫ですよ、バレませんから」

青年「……っ!?」

薄々感づいていたが、やったのは奴隷娘だ。どういう方法を使ったのかは見当もつかないが……。

奴隷娘「何か、問題ありました?」

青年「え……っ」

奴隷娘「この人も、貴方を苦しめていた1人なんですよね?」

青年「………」

だからと言って、殺していいわけがない――なんて言えなかった。
奴隷娘の言うことは事実であり、口には出せないが、俺は正直……――

奴隷娘「いいんですよ、青年さん」

青年「!!」

そんな俺の心を見透かしたように、彼女は優しく微笑んだ。

奴隷娘「貴方は何もしなくていいんです。……私は、貴方を守ります」

青年「う、ぅ……」

奴隷娘「ご自分でわかっていらっしゃるでしょう? 貴方を苦しめるものが、何なのか――」

青年「それ、は……」

奴隷娘「……貴方を苦しめるものを、ひとつひとつ、取り除いていきます。私はそうやって、貴方を守りますから」

青年「うぅ……」

恐ろしい思考だった。俺を苦しめるものを取り除いていけば、いずれは――
だが、それを止める言葉も出てこなかった。
何故なら俺は、彼女の提案を恐ろしく思う以上に、魅力的に思えて仕方がなかったのだ。

奴隷娘「帰りましょう」

奴隷娘が俺の車椅子を押す。
進行方向は彼女次第。

青年(あぁ……)

俺は、彼女がいなければ生きていけない。
思考を彼女に委ねて、手のひらで転がされて――それで安心していられる。

青年(……あれ)

そんな奴が、俺の身近にいたような気がした。
だけど思い出せない……どうでもいい。考えるだけ無駄だ。

青年(まぁ、いいか……)

世界が狂っていくのを感じていた。
その狂った世界で、彼女は俺を救ってくれる――だから俺は、思考を手放した。





>診療所


看護師「あれ」

医者「どうした?」

看護師「この袋、誰かの私物かしら。ここらのものに紛れていたみたいです」

医者「名前は書いてないか?」

看護師「えーと……あ、"行商人"と」

医者「確か、ここで病死した患者だったか……。身請人もいないし、処分しておいてくれ」

看護師「わかりました」

袋の中身は見られることなく、処分された。
そこに入っていた紙には、こう書かれていた。


『この手紙を誰か、力のある者に渡してほしい。
結論から書くと、私の連れていた奴隷は、危険な存在だ。

彼女の父は魔王の子孫であり、母親は淫魔と人間の混血種なのだ。
私の祖先はかつて魔王を倒した勇者だ。しかし、魔王を倒した際に呪いがかけられ、その子孫は短命の宿命を背負ったのである。
私の一族は代々、魔王の子孫を追っていた。そして見つけたのが彼女――奴隷娘だ。

彼女を殺すのが私の使命。しかし、できなかった。
淫魔の血を引く彼女には、男を魅了する力がある。私とて例外ではない。彼女を殺さねばならないと頭ではわかっているのに、悪魔的な魅力に支配され、彼女に手を出せず、逆らうことができないのだ。
それでも私は何とか、彼女の記憶を封じることができた。私といる限り、彼女は自分の素性を思い出すことはないだろう。

しかし一族にかけられた呪いのせいで、私の寿命はもう長くないだろう。
私が死ねば、彼女は記憶を取り戻してしまう。
だから私は、彼女の魅了に逆らい、最後の力でこの手紙を書いた。

どうか私の代わりに、彼女を――』





奴隷娘「あぁ~、今日もいい天気」

私は外の空気を吸いながら、んーと背伸びをした。
青年さんは、昨晩の疲れのせいか、まだグッスリ寝ている。

奴隷娘「……ふふっ」

彼は、精力を吸い尽くしてしまうには勿体無い人だ。
彼の抱える心の闇は無限大で、少しつつけば容易にネガティヴな感情が溢れ出す。
彼が欲する言葉はわかりやすくて、それを言えば容易に救われてくれる。

……要するに彼は扱いやすくて、可愛い人。

人間のマイナス感情は私に力を与えてくれる。だから彼の存在はありがたい。
それに童顔で背は低いけど、顔貌自体は悪くないし。

奴隷娘「では、行ってきますね。楽しみに待っていて下さい」

青年さん。私に貴方をくれたお礼に、私は貴方を苦しめるものを取り除いてあげる――私は魔力の翼で大きく羽ばたいた。

奴隷娘「あぁ、いい天気」

……って、さっきも言ったね、この言葉。
この黒雲はきっと祝福してくれているのだ。ひとつの『街』が消える、その時を。



Fin




あとがき

病んでるのが書きたかったんですよー。
青年さんの心理描写がキッツくてなかなか進まなかったんですが、何とか書けました。

今まで無力感を感じている、行き詰まっている主人公は沢山書いてきましたが、良い出会いがあって前に進んでこれたのです。その出会う相手が悪かったのが今回の青年さんですね。
世界は無能な人間を苦しめるってのが今回のテーマかな~。
posted by ぽんざれす at 12:44
"青年「狂騒世界の人形遊び」"へのコメント
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