2015年12月03日

僧侶「貴方を待ち続けて」

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:23:28.66 ID:+AkwQ9aA0
貴方を待ち続けて何度目かの春頃。
1人で迎える季節の変わり目は、何だか味気なくもあります。
あの頃私達は、花咲く道を共に散歩しましたね。

一緒に歩く時貴方の定位置だった私の右側は、今もまだ空けてあります。
訪問者のない家は、貴方を迎える為にいつも綺麗にしています。

貴方の為、貴方を待つ――それが今の私の原動力になっています。

だけど私、決して早く来てとは言いません。
貴方のやるべき事を全て終わらせて、やり残したことが無くなった時に――

僧侶「あらー、もうこんな時間なんだー」

私は時に急かされず、ゆっくり貴方を待ち続けます。


2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:23:46.07 ID:+AkwQ9aA0
魔王が勇者に討たれて半年――
人間による魔王軍の残党狩りは勢いを増していた。

魔人「グ…」

やっちまった――俺は自分の間抜けさを笑いながらも、内心は悔しさで一杯だった。
腹の傷口を抑えるが、当然溢れ続ける血は止まらない。急所を微妙に逸れているせいで、死ぬまで時間がかかるわ、出血多量でろくに動けもしないわで最悪だ。
しかも血の跡は見事に歩いてきた道を辿っていて、追っ手に見つかるのも時間の問題だ。

魔人「クッソぉ~…」

追い詰められていても、魔人の本能で殺意が抑えられない。
この傷を負う前まではいつもと同じように戦い、血で手を汚していた。その興奮はまだ冷めない。

魔人は死ぬまで魔人か――だから人間に恐れられるんだろう。

魔人(いいぜ、そんなら…最後の最後まで足掻いてやろうじゃねェか!!)

ガサッ、ガサッと草を踏む足音がする。
気配を消しもしないとは間抜けな追っ手だ――そんな間抜けに殺されるかもしれない、今の自分自身が頼りない。

魔人(来る…!)

俺は腹の激痛を堪えながら構えたが――

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:24:12.18 ID:+AkwQ9aA0
僧侶「…」ガサッ

魔人(ん?)

姿を現したのは追っ手とは思えないような、少し薄汚れた、儚げな女だった。
そいつは俺を見つけると少しの間ぼうっとしていたが、俺の腹の傷に遅れて気づき、

僧侶「…あぁー」

無感動で、鈍い反応を見せた。

魔人「何だ、お前は…」ギロ

女はゆっくり俺に近付いてきてしゃがみ、俺と目線の高さが同じになる。
魔人の俺に驚くわけでもなく、怯むわけでもなく、頭の弱そうな女だと思った。

僧侶「じっとしてて下さいねー」

魔人「…は?」

女は抑揚のない声で言うと、俺の腹のあたりに手をあてて、魔法を唱え始めた。
小さな光が傷口を照らし…

魔人「…あぢぢゃあぁ!!」

僧侶「…あれ?」

女は相変わらず鈍い反応をして首を傾げる。

僧侶「回復魔法のつもりだったんだけどなー…」

魔人「ま、魔人にとって聖属性の魔法は有害なんだよ!」

僧侶「…あぁー、そうでしたねー。すみませんねー」

魔人(この女…)ヒリヒリ

悪気は無かったようだが、反省も見られない。そもそも、この女からは感情というものが読み取れない。
喋り方はゆっくりだし発音もおかしいし、歌わなくても音痴だとわかる声。聞いているだけでどこかおかしくなりそうだ。

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:24:40.81 ID:+AkwQ9aA0
僧侶「ちょっと待って下さいねー」ビリリ

女は自分の服の袖を破くと、俺の腹の傷口にあて、強めに圧迫した。

僧侶「応急処置できましたよー。うちに来て下さったらちゃんと治療できますけど…」

魔人「待てコラ」

僧侶「え?」

魔人「お前人間だろ…!?何で俺を助ける?」

僧侶「えーと…理由がいるんですか?」

魔人「お前…俺を「残党狩り」に売るつもりか?情報提供すりゃ金が稼げるもんなぁ…?」

僧侶「…おぉーそういう考えもありますねー」

女は目をまん丸くさせる。

魔人「すっとぼけてるんじゃねぇ。他に理由なんて思いつかんだろ」

僧侶「あー」

否定も肯定もしない。…何だ、この女は。

魔人「…オイ、何か言え」

僧侶「考えてたんですよ」

魔人「何を」

僧侶「貴方を助ける理由です」

魔人「…」

女は、うーんと唸りながら考えるポーズを取った。何も考えてないような気の抜けた顔だが、真剣さは伝わってくる。
…何だろう、この女は、本当に調子が狂う。

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:25:07.15 ID:+AkwQ9aA0
僧侶「うーん、でも貴方が警戒するなら仕方ないですねー」

女は「よっと」と重そうに腰を上げて立ち上がる。

僧侶「まぁ気が向いたら来て下さい。この近くに住んでいます」

そう言うと女はこちらに無防備に背を向け、立ち去っていったが…。

魔人(…ん?)

歩みが遅い。女は杖をついていて、よく見ると右足が不自由そうだ。
ちょっとした道の凹凸で、歩くのに苦労しているようにも見える。

魔人「…」

そののっそりした動きがもどかしく感じて、俺の気分を変えるのに十分な時間を与えた。

魔人「待てコラ」

僧侶「はい?」

魔人「家まで送ってや…いででっ!!」

女を送ろうかと立ち上がった途端、痛みが大きくなり、そこにしゃがみ込む。くそ、格好悪い。

僧侶「…やっぱり、治療が必要みたいですねー」

魔人「ふ、ふん…」

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:25:40.38 ID:+AkwQ9aA0
女の家は人間達の社会から隔離されたような森の中に、ポツンと存在していた。

僧侶「散らかっててすみませんねー。そこに座ってて下さい」

女は物に伝い歩きしながら、治療道具らしきものを持ってきた。
それから俺の服をめくって治療を始める。喋りと頭の回転は遅い女だが、治療の手つきは手馴れていて手早い。

僧侶「はい、できましたよー」

魔人「あー…悪ぃな」

ありがとう、と言うべきなんだろうが、その言葉はどうも苦手だ。
だが女はそんなの気にしてないようで「いいえー」と呑気に答えた。

魔人「…お前は興味ないのかよ、魔王軍の残党狩りには」

僧侶「さぁー」

魔人「…さあって何だ」

僧侶「まぁ残党なら無差別に狩るのはどうかと思いますねー」

魔人「…本当に呑気な奴だな。つーかバカなのか」

僧侶「バカですか」

魔人「あぁ俺は魔人だぞ。魔人にとって極上の餌は何だと思う」

僧侶「…」

女は少し黙って考え込んだ後「あ」と小さく呟いた。

僧侶「人間」

魔人「そうだ。つまり…!」

俺は歯を剥き出しにして、女に詰め寄る。

魔人「俺はお前を食うかもしれねぇぞ…!」

僧侶「食べるんですか」

女は怯む様子もなく尋ねた。
怯えも見せないその様子に、俺はついムキになる。

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:26:12.79 ID:+AkwQ9aA0
魔人「かもしれねぇ、つってんだよ!どうだ、助けたこと後悔したか!?」

僧侶「食べるんですか」

さっきと同じ調子で言う。この女は本当に…。

魔人「お前な、自分が食われねぇとでも思ってんのか!?」

僧侶「あぁー、食べるんですね。困りますね」

女はようやく拒絶を表した。と言っても、両手を前に差し出す程度だったが。

僧侶「まだやり残したことがあるので、食べないで貰えませんかねー」

魔人「…もちっとマシな命乞いはないのか。段々ムカついてきたぞ」

僧侶「うーん」

こんな時でも女はマイペースに考えるポーズを取る。
駄目だ、この女とはテンポが致命的に合わない。

そして少し時間が経って女が発した言葉は、

僧侶「あのーお腹すいてます?」

魔人「…は?」

またもや、理解の追いつかないものだった。

僧侶「ご飯作るので、私を食べないで頂けませんかね」

魔人「…」

やる気を削がれて、俺は黙ってそれに頷いた。

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:26:46.89 ID:+AkwQ9aA0
魔人(…あの女、俺のことナメてんのか?それともただのバカか?)

食事を待ちながら色々考える。
俺はこれでも魔王軍の暴れん坊、鮮血の魔人と呼ばれた男だ。それがこうして、あんなボケっとした女に助けられたなんて…あぁ、口が裂けても昔の仲間にゃ言えやしねェ。
つっても昔の仲間も大分狩られたと聞く。俺は仲間意識が薄い方だったから、そんな噂耳に入っても特に何とも思わなかったが。

それよりも意外なのは、残党狩りを恐れてコソコソ隠れまわっている奴らもいるということだ。
魔王軍最盛期には暴れまくった奴らが、人間との力関係が逆転した途端コソコソするとは。

情けない奴らだ、と思う。俺は最後の最後まで戦って死んでやる、その気持ちはずっと変わらない。

僧侶「ご飯できましたよ~」

魔人「…おう」グギュルルル

が、今の調子で残党狩りと戦えば確実に死ぬ。体調が戻るまでは、このお人好しの好意に甘えるとして…。

魔人「」バクッ

僧侶「どうですかー」

魔人「…オイ」

僧侶「はい」

魔人「調味料、間違えてんじゃねぇのか…?何だこの奇跡の味は」

僧侶「奇跡の味…」モグ

僧侶「あ、これマズいですね」

魔人「…」

魔人(こいつ…この飯で命乞いしようとしたんだよな?)

呆れすぎて怒る気力すら無くなる。
まさかこんな手の込んだ嫌がらせする奴でもないだろう。…なら、やはりただのバカか。

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:27:12.88 ID:+AkwQ9aA0
僧侶「昨日作り置きしてたスープは美味しかったので、それ温めてきますね」

返事するより前に女はのっそり立ち上がり部屋を出て行く。
腹が減ってるのであまり待ちたくはなかったが、この不味い飯で我慢するのはもっと嫌だ。

魔人(体調が戻ったら食ってやろうかあの女…)

ガシャーン

魔人「!?」

今の音。何かが割れたんだろうが、何だろう、物凄~…く嫌な予感がする。
俺は恐る恐る、怖いもの見たさでそっとドアを開けた。そして後悔した。

僧侶「あだー」

魔人「…何やってんだ」

床には割れた卵や水が撒かされていて、尻餅をついた女は頭から粉を被っている。
恐らく床に撒かれてた水を踏んで転倒したのだろうが、どうやれば粉を被れるのか…いや別に答えを聞きたいわけじゃないが。

魔人「鈍臭い奴だな」

僧侶「あ、今片付けま」ゴッ

僧侶「いたた」

魔人「おい、今テーブルに頭ぶつけた時グラス倒れたぞ」

僧侶「あらら大変。布巾、布巾…」ベシャベシャ

僧侶「あったあった」フキフキ

僧侶「あれ、なかなか汚れが取れないなぁ?」

魔人「汚れた靴の裏で床を踏んでるからだあああぁぁ!!もういい、お前そこから動くな!!」

あまりの鈍臭い様子に、つい声を荒げてしまった。

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:27:45.11 ID:+AkwQ9aA0
魔人(ったく何で俺が…)フキフキ

僧侶「綺麗になりましたねー。ありがとうございました」

魔人「…いつもこんなに鈍臭いのか?」

僧侶「さー、失敗は気にしないようにしてますから」

魔人「前向きだなオイ」

僧侶「人間、前向きに越したことはないですからね」

魔人「前ばかり見るな!!自分を振り返って反省する必要があるぞお前は!!」

僧侶「あー」

僧侶「5年くらい前ですかねー。知人の恋を後押ししたんですが、その方結婚後旦那様から暴力を受けているようで、私が後押ししなければこんな事にはならなかったかもしれないとは今でも…」

魔人「そういうことじゃねええええぇぇ!!つーか知らねぇよ!!」

僧侶「ですよねー、たらればの話は無意味ですね」

魔人「そういうこと言ってんじゃねぇ!!その前の話だ!!」

僧侶「うーん、他に反省すべき事なんてあったかなー」

魔人「今日だけでいくつも見つかったわ!!」

駄目だ、この女。疲れる。致命的に。

11 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/06(金) 20:28:21.70 ID:+AkwQ9aA0
ひどく疲れた後は腹が減り、出されたスープを一気に平らげた。味はまぁ、悪くはなかった。

僧侶「あら、後片付けくらい私がやりますよ」

魔人「いや、いい…自分のことくらい自分でやる」カチャカチャ

魔人(この女のドジっぷり目に入る方が疲れるわ…)

僧侶「洗ったお皿は置いておけば自然に乾くので、後はもうベッドで休んで下さい」

魔人「お前はどこで寝るんだ」

僧侶「あ、あれはお客様用のベッドなのでご心配なくー」

魔人「そうかよ」

女に遠慮しているわけではなかったが、人の寝床を奪いたいとも思わなかった。
遠慮なくベッドに横たわるが眠気はなく、自然と部屋の様子を見渡すようになる。

家具は質素だが、棚の上には置き物が色々ある。掃除はまめにされているのか、ホコリはかぶっていない。

魔人(あの女の趣味なのか…?)

リアルな木造の馬だとか刀をモチーフにしたものだとか、偏見だが男っぽい趣味の置き物ばかりだ。
まぁ、あの変な女が「女らしい」ものを好むとも思えなかったが。

魔人(ま、どうでもいいか)

そんなことを考えている内に時間は経ち自然と眠気はやってきて、緊張感は抜けないながらも俺は眠りについた。

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:24:08.26 ID:4u3It7xH0
夢を見た。

暗黒騎士「お前には反吐が出る」

魔人「うっせーんだよテメェは」

魔王軍が存在していた頃、俺はよく同じ魔王軍の暗黒騎士と言い争いになっていた。

暗黒騎士「戦意を失った者にまで牙を向けるのは賛成しかねるな。外道めが」

魔人「殺しに正義も外道もあるかよ。それに戦意を失ったなら見逃してやります、なんて甘い世界じゃねぇだろ」

暗黒騎士「戦う者として必要最低限の礼儀は存在するだろう」

魔人「それが甘いつってんだよ、その甘い考えがテメェの寿命を縮めるぜ!!」

暗黒騎士「お前のように品位を無くして長らえるより、己を貫いて早死にする方が遥かにマシだな」

魔人「あぁ、じゃあとっとと死ね!」

俺と奴の実力は同等だったが、価値観が真逆で、どうあっても相容れない奴だった。
奴は俺よりは人間に近い生物だったせいか、敵である人間に対して甘い奴だった。

俺は今でも俺が間違っていないと言えるし、奴もそうだろう。


だって奴は宣言通り、己を貫いて死んだのだから。

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:24:47.33 ID:4u3It7xH0
>翌日

魔人「ん…!」

人の気配にガバッと起き上がる。と同時に、急に起き上がったことで腹に痛みが走った。

魔人「っ~…」

僧侶「あら起きてたんですか」

魔人(お前の気配で起きたんだよ)

まぁ寝ながらも敵襲に対処できるように身につけた過剰な警戒心だから、自分のせいっちゃ自分のせいだが。

僧侶「朝食を置きにきました」

魔人「おう、悪い」

軽めの朝食は数秒で食い終わった。
後片付けだけでもしようと食器を持って台所に行ったが、女の姿がなかった。
まぁ席を外しているのだろうとあまり気にせず、客室に戻って再び横になる。
食う、寝る、戦うを本能としている魔人としては、寝てばかりというのも苦痛ではない。それに今は、体を治すことが大事だ。

魔人(寝てばっかで体力落ちたら、人間を食えばいいんだしな~…)ファー

20 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:25:14.21 ID:4u3It7xH0
魔人「…ん?」

少ししてから、部屋の向こうから人の話し声が聞こえて起きた。
聞こえる声は3つ。1つは女のものでいつも通りぽやっとしているが、残り2つの声はやや興奮気味だ。
何事かとドアを少しだけ開けて様子を覗いてみた。

玄関で女と何か言い合っているのが、武装した2人の男だった。

魔人(…残党狩りの奴らか?)

「本当に見ていないのか!?」

僧侶「本当に何のことやら」

「だが奴は怪我でろくに動けないらしいから、まだこの辺にいるはずだ!」

魔人(俺を探してんのか…?)

俺は臨戦態勢を取る。
まだ本調子じゃないが、戦えなくもない。

しかし…

僧侶「私は何も知りませんよ」

女はいつも通りの平然とした様子で言った。
残党狩りの奴らはまだ納得がいっていない様子があったが、やがて女から情報を聞き出すのを諦めたのか、帰っていった。

僧侶「ふー」

魔人「おい」

僧侶「あら、見ていたんですか」

魔人「いいのかよ、嘘ついちまって」

僧侶「殺し合いを避ける為ですから」

魔人(こいつ…)

女の平和ボケした回答に、俺は少しイラッとした。

21 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:25:45.24 ID:4u3It7xH0
魔人「…お前、やっぱおかしい奴だな」

僧侶「何がです?」

魔人「俺は元々魔王軍にいたんだぞ。人間も沢山殺している。俺は治ればまた人間を殺すかもしれねぇぞ」

僧侶「殺すんですか?」

魔人「残党狩りとの戦いがあるだろ!」

ここまで言っても変わらない呑気な様子に、俺はつい声を荒げた。
女は「うーん」と考える。

僧侶「でも、殺すかもしれないのは残党狩りで自分を襲ってくる人達ですよね?」

魔人「…それは正当防衛だって言いたいのか?」

僧侶「正当防衛じゃないんですか?」

魔人「いや、違わないが…」

僧侶「じゃあ誰も貴方を襲わなければ、もう貴方は殺しをしないんじゃないですか?」

魔人「そう…かもしれねぇが」

僧侶「じゃあ、これでいいと思います」

魔人「…」

女は相変わらずぽやっとしていたが、その眼差しは強かった。
自分の主張は間違っていない、そう揺るぎない自信を感じられた。

魔人(理屈としては間違っちゃいないが…)

22 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:26:26.04 ID:4u3It7xH0
魔人「無理だな、そりゃ」

僧侶「どうしてですか?」

魔人「俺は物心ついた時から戦い続けてきたんだよ。だから今更戦いをやめるなんてできねぇ」

そもそも残党狩りが盛り上がっている今、女の言う「誰も貴方を襲わなければ」なんてのも現実的じゃない。
それを実現できる環境は、コソコソ逃げ回らないと手に入らない。

魔人「コソコソ逃げ回る位なら、戦って殺された方がマシだ」

僧侶「でも逃げたから今生きてるんじゃないですか?」

魔人「…っ!」

鋭い指摘だった。
確かに自分は逃げた。そのお陰でこの女に拾われ、助かっている。
だがそれは一時的な休息のつもりで――

魔人「生きようとするのは本能的なもんだが、いつまでも逃げてるつもりはねぇ」

僧侶「…それで死んだら、助かった意味がないじゃないですか」

魔人「そうだよ、だからお前はバカだっつってんだよ」

僧侶「あ、そうか」

魔人「俺はバカの思考は理解できねぇ。だから、お前が残党狩りに俺を売っても全く驚きやしねぇ」

僧侶「それはしませんよ」

女はあっけらかんと答えた。
ここまで言っても理解できないのか、それとも強い信念でもあるのか?

魔人「…何でだよ」

純粋にこいつの思考が知りたかった。

僧侶「意味があると思うんですよね」

魔人「…は?」

23 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:26:53.59 ID:4u3It7xH0
僧侶「私が大怪我をした貴方を見つけたことにも、助けたいと思ったことにも、意味があると思うんです」

魔人「何だそりゃ」

宗教めいたものを感じる。そういやこの女回復魔法を使えるってことは、聖職者か。
俺はそこでこの女を理解するのを諦めたが、女は言葉を続けた。

僧侶「意味があると思うのでそうしているんです。私の為に」

魔人「あ?神の思し召しとやらじゃなくてか?」

僧侶「はい。自分が後悔しない為にです」

魔人「…」

あぁ、そういやこの女は反省しない女だった。
その時その時そうしたいことをしてきて、後悔のないように生きてきたんだろう。
俺も直感で行動する方だから、何となくわかる。

…と思ったが、その途端女は「うーん」とうなり始めた。

魔人「今度は何だ」

僧侶「間違ってたらどうしよう」

魔人「………」

今更かよ。

僧侶「考え始めたら頭痛くなってきましたー…」

魔人「どうするんだよ」

僧侶「考えるのやめます」

魔人「いいのかよ、それで」

僧侶「悩むよりはいいかと」

魔人「…」

あれこれ話したが、今ようやくわかった。
要するにこの女、何も考えてないわけだ。

魔人(って、見たまんまじゃねーか…まともに会話して損した…)

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:27:21.56 ID:4u3It7xH0
僧侶「うーん、でもどうも頭がもやもやするので、散歩行ってきますねー」

女は杖をつきながらひょこひょこした足取りで出て行った。
残された俺の方も何だかもやもやする。あの女は本当に俺の調子を狂わせる奴だ。


僧侶『でも逃げたから今生きてるんじゃないですか?』


あの正論が俺の心をぐさりと突き刺した。
魔王軍の暴れん坊として活躍を続けてきた俺にあんなにはっきり物を言ってくる奴は、暗黒騎士以来だ。

魔人(あークソ、俺は逃げちゃいねぇ…)

自覚はしている。俺は短気だし、すぐカッとなる。
一応恩人相手と分別はついていて、あれでも自分にしては穏やかに会話した方だと思う。

魔人(暗黒騎士のヤローにそんなこと言われたら…)

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/07(土) 17:27:49.42 ID:4u3It7xH0
魔人「だああぁ、うっせーんだよテメェは!!」

暗黒騎士「正論を言われたらカッとなる。頭の悪い証拠だな」

魔人「うるせ、死ね!」

何か、こんな喧嘩しょっちゅうしていた気がする。暗黒騎士は俺とは真逆で理性的だった。
だから、あの噂はかなり衝撃的で――

猫男爵「なぁ知ってるか魔人、暗黒騎士の奴…」

魔人「ん?」

猫男爵「裏で人間の女と恋仲になっているらしいぞ」

魔人「ハァ!?あいつが!?」

猫男爵「ただの噂だけどなぁ。けど、魔王様の耳に入ったら…おぉコワ」

魔人(信じられねぇ…)

そのことでわざわざ嫌いな奴をからかうのも面倒なので、本人と直接その話をしたことはなかった。
あの真面目な奴が人間と恋仲だなんてデマである可能性が大きいし、事実だったとしても否定するだけだろう。

そんな噂があったが、噂が大きくなる前に魔王軍は壊滅し、暗黒騎士も死んだ。真相はもう、わからない。

31 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:51:56.30 ID:AkxA/VLB0
魔人「ふー」

ひと眠りして何とかカリカリした気持ちは収まった。女が出て行ってから結構時間が経ったようだ。
だが家の中に人の気配は無い。もしかして、まだ散歩から帰ってないのか。

魔人(遅いな…)

腹が減ってきたので、家にあった生野菜を1つかじった。嗜好としては調理したものの方がいいが、腹が減っていればこれでもいい。
それでも女はなかなか帰って来なかった。いくら足が悪いとはいえ、遅すぎる。

魔人(このまま帰ってこねぇんじゃないだろうな…)

あの女とは、心配してやるような間柄じゃあない。
だけど、自分の知らない所であの女にとんでもない事が起こっていたら――そう考えると、気に食わない。
気に食わない、それは俺を苛立たせるには十分な理由。

魔人(いつまでトロトロしてんだよあの女…)イライラ

ガチャ

魔人「お?」

僧侶「ただいま戻りましたー…」

魔人「どこまで散歩行ってきたん…」

女を出迎えに出て、言葉が詰まった。

魔人(は…?)

戻ってきた女は服も髪も土まみれの、汚れた格好をしていた。

32 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:52:25.18 ID:AkxA/VLB0
魔人「何があったんだよ…?」

僧侶「転んでしまって」

魔人「転んだ!?」

僧侶「怪我は回復魔法ですぐ治したんですけれど」

どれだけ大げさな転び方をしたんだ…と思いながら昨日のことを思い出す。
昨日も確か女は道のちょっとした凹凸で歩くのに苦労していたし、格好も薄汚れていた。
ってことはもしかして…

魔人「しょっちゅう、転んでいるのか」

僧侶「はい」

女は当然のような顔をして答えた。

魔人(こいつ…)

昨日の台所での騒動といい、もしかして不自由な足に慣れていないのかもしれない。
これが慣れていたら、不自由な体なりの対処法を身につけているはずだろう。
喋りも頭の回転もトロい女だから対処法を身につけるのは遅いかもしれない。だが、それ以前に――

魔人「お前…1人で暮らすの無理なんじゃねぇの」

僧侶「…」

女は珍しく押し黙った。

33 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:53:03.48 ID:AkxA/VLB0
魔人「俺が言えた義理じゃねぇけどよ…」

本当にこれは、ただのお節介だ。

魔人「人間が暮らす社会があるんだろ?こんな所に住んでねぇで、そこに行ったらどうだよ」

僧侶「それはちょっと…」

魔人「何でだ?トロいからいじめられるのか?」

僧侶「いえ、そういうわけじゃないんですけれど」

魔人「じゃあ何で」

僧侶「…待ってる人がいるんです」

魔人「待ってる人?」

僧侶「はい」

心なしか、女の顔に「色」がついたような気がした。
初めて女から感情が伝わってくる。それは暖かさだったり、嬉しさだったり――

僧侶「約束しているんです、ここに帰ってくるって」

好意。俺が知らないその気持ちは、こうも人を変えるものかと、俺は言葉が出ない。

僧侶「だから私、ここで待ち続けます」

魔人「…そうかよ」

俺は、皮肉の1つも言えなかった。

34 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:53:33.69 ID:AkxA/VLB0
魔人「けどよ…散歩は危ねぇんじゃないのか、最悪どっか打って死ぬぞ」

僧侶「そうですねー」

女はいつもの調子に戻る。

僧侶「まぁ死なないよう気をつけます」

魔人「…転ばないよう気をつけてはいないのか」

僧侶「気をつけても転ぶんです」

魔人「じゃあ気をつけても死ぬんじゃないのか?」

僧侶「あー」

………

駄目だこの女、やっぱりバカだ。

魔人「…散歩はやめらんねぇのか?」

僧侶「そうですねー…運動は必要ですし」

魔人「じゃ、今度から俺がついていってやるよ」

僧侶「…え?」

35 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:54:18.85 ID:AkxA/VLB0
魔人「俺の怪我が完治するまで、お前が転ばないように俺がついていってやるってんだ」

こうはっきり言うと恥ずかしくなり、言った後顔を背けた。
女はポカンとしている。

僧侶「どうしてですか?」

魔人「あ?」

僧侶「親切にして頂ける理由が、思い当たりませんけれど…」

魔人「…そうだな」

助けられた恩を返すって性分ではない。
ただ何となく、この女の鈍臭い行動を見ていられないというか…

魔人「意味があると思ったからだ」

僧侶「…え?」

勿論、この女からの追求をストップさせる為のでまかせだ。
だけれど…

魔人「そうしたいと思った」

それだけは、間違いなかった。

魔人「…そうでもしねぇと完治するまでの間、ずっとイライラしそうだしな」

僧侶「そうですか」

女は納得したように深く頷くと、小さく微笑んだ。

僧侶「では、お言葉に甘えて…宜しくお願いします」

魔人「…」

それは初めて見た、女の笑顔だった。

魔人(…何だよ、普通に笑えるんじゃねぇか)

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:54:56.60 ID:AkxA/VLB0
>翌日

女の散歩の時間になった。俺の体調も、散歩に付き合える程度には回復した。
女の不自由な右側の方に回り、森の中を並んで歩いた。

僧侶「気持ちいいですねー」

女の歩みはゆっくりだ。足の不自由さだけでなく、この女自身ののんびりした性格もあるのだろう。
俺にはもどかしい早さだが、この女の散歩なので文句は言わない。

僧侶「毎日歩いてても、景色って変わっているんですよ」

魔人「景色を事細かに覚えているのか?」

僧侶「いえ、全然ですねー」

相変わらず、よくわからん女だ。

女はたまによろめくことがあったが、転ばずにバランスを取って歩いていた。
この分なら危険はなく、家に戻れるような気がした。

魔人「楽しいのか?」

僧侶「はい」

魔人「どこが?」

僧侶「自然とか、動物とか、好きです」

魔人「そうか」

俺にはわからない感性だった。

僧侶「森は色んな「命」が集まっているので、好きです」

それでもこの女には、欠かせない楽しみなのだろう。

と、その時。

僧侶「あっ」ヨロッ

魔人「っ!?」

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/09(月) 15:55:26.79 ID:AkxA/VLB0
転ぶ――そう思った時には体が動いていて、女の体を支えていた。
女はふうっとため息をついて体制を立て直す。

僧侶「ありがとうございましたー…危なかったです」

魔人「…今、何に躓いた?」

女の足元を見るが障害物らしきものはない。
だが女は、前方を指差して「あれです」と答える。

あれ…ピョンピョン跳ねる、バッタ?

魔人「…あいつか?」

僧侶「踏みそうになってしまって」

魔人「そうかよ」

聖職者なら虫も殺せないのかもしれない。知らんけど。
まぁ虫を避けているつもりでも、転んだ拍子に殺してるかもしれない…っていう意地悪な発言はやめておくか。

魔人「そりゃ歩くのに苦労するわな」

僧侶「苦労なんて、思ってはいけないんです」

魔人「あー…?差別がどうのこうのって配慮か?」

僧侶「いいえ、そうでなくて…」

魔人「?」

僧侶「この体…受け入れないと、駄目なんです…」

俯きがちに言った女の声は、心なしか少しだけ暗い。
何か後ろめたい理由を抱えている…そう察した。

魔人「そうかよ」

だけど、俺は聞かなかった。それを聞ける程、この女との仲は進展していない。
まぁきっとこれからも聞くことはないだろうから、俺は明日には忘れているだろう。

44 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:18:58.95 ID:MTQwmVOE0



魔人「いてて…」

包帯をはがす際、包帯に固まった血が張り付いて、肌を引っ張られた。
地味な痛みがじわじわくる。

僧侶「大丈夫ですか?」

魔人「あー、ガキじゃねぇしこれ位はな」

僧侶「そうですか」

女は手早く包帯を取り替えると、救急箱に出していたものをしまい始める。
夜の治療が終わり、俺はふと気になっていたことを口にする。

魔人「そういやこの部屋の置き物はお前の趣味か?」

僧侶「え?」

魔人「いや、何か男っぽいと思ってな」

そう言うと女は考えるようなポーズを取る。あぁ、また考えるのに時間がかかっている。

魔人「そんなに難しい質問だったか?」

僧侶「いえー、私の趣味ではないんですけれどね、でも好きですよ」

魔人「はぁ…?」

僧侶「これを集めたのは、大切な人なんです」

あぁ、なるほど。大切な人間が集めたものだから自分にとっても大切、ということか。なら「趣味じゃない」と一言でバッサリもできなかったわけか。

魔人「恋人か?」

ポトッ

魔人「あ?」

女は手に持っていた包帯を床に落とした。
顔は無表情だが…動揺した?これくらいで?

僧侶「だ、駄目ですよ。そういう話はデリケートなんですからー」

魔人「あーそうか、わり」

異性に興味を持ったこともなく、恋愛とは無縁だったせいか、そういう配慮がわからない。
けどこの反応、この女には好きな男がいるんだろう。

45 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:19:26.44 ID:MTQwmVOE0
魔人「おい、わかんねぇことがあるんだけどよ」

僧侶「何ですか?」

思い浮かべたのは暗黒騎士のこと。
あいつにもよろしくない恋愛ごとの噂があったが。

魔人「その、好きって気持ちってのは我慢できないもんなのか?」

噂が本当だったなら、暗黒騎士は我慢できなかったんだと思う。
あの堅物が我慢できなくなることなんて、想像もつかなかったが。

僧侶「そうですね…その気持ちが大きければ、我慢できないと思います」

魔人「じゃ、好きになることを許されない奴を好きになっちまったら?」

僧侶「とても、辛いと思います」

魔人「気持ちがわかるのか」

僧侶「私はそうじゃないけど…想像はできますね」

そういうものなのか。さっぱりわからん。
暗黒騎士も辛い思いをしたのか。まぁ、あいつが辛かろうと知ったことじゃないが。

魔人「まあ、お前はそうじゃなくて良かったな」

僧侶「そうですねー…」

魔人「障害のない恋をしてるのか」

僧侶「えぇ」

魔人「こういう話はデリケートなんじゃなかったのか」

僧侶「あ」

女の動きがぴたりと止まった。
しかしこれ以上話を追及するのはいじめになるかもしれないので、もうやめておこう。

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:20:05.22 ID:MTQwmVOE0
次の日も散歩をした。

僧侶「お花綺麗ですねー」

魔人「昨日も咲いてたぞ」

僧侶「あ、そうでした?」

そんな他愛ない会話をする。
今日は昨日より曇っていて少し肌寒いが、心地が悪いという程じゃない。女も少しだけ厚着して対策している。

魔人「雨が降った時は散歩はどうしてるんだ?」

僧侶「家にいますねー」

魔人「じゃ、散歩の途中で降ったら?」

僧侶「濡れて帰ります」

まぁ、そうだろうな。

魔人「もし降ったら、担いでもいいよな?」

僧侶「そこまでして頂くのは悪いです」

魔人「お前の為じゃねぇ。雨の中お前のペースに合わせて歩きたくないけど、置いていくのも色々心残りだろ」

僧侶「私、重いですよ?」

魔人「女1人抱えるのを重たがるような魔人は魔人失格だろうが」

僧侶「…そうですか」

女は納得したように頷いた。

僧侶「それじゃあその時は、甘えてしまいますが…」

女がペコッと頭を下げたその時だった。

僧侶「あっ」ヨロッ

魔人「っ!」

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:20:30.83 ID:MTQwmVOE0
唐突によろめいたのでこちらもつい焦り、少し乱暴に女を受け止めた。

魔人「わり、どこか痛くねぇか」

僧侶「い、いえ」

魔人「頭下げた拍子にバランス崩すとかアホかって…そう簡単に頭下げなくていいから」

僧侶「………あの」

魔人「あ?」

女はかなり萎縮しているようだった。
何事かと、女から離れる。

魔人「どうした」

僧侶「いえ…」

魔人「何かあったんだろ。はっきり言えや」

この女にしてははっきりしない態度が気になり、強めに聞く。
女は「じゃあ」と遠慮がちに言った。

僧侶「男の人と密着するの…恥ずかしくて」

魔人「…」

そうか。

魔人「わり」

僧侶「あ、いえ」

治療の際に俺の肌を見たり触ったりしたのは大丈夫だったのに…。
まぁよくわからないが、そういうものなんだろう、多分。

魔人「で、好きな男とはまだ密着してないのか」

僧侶「」

魔人「わり」

俺はデリカシーに欠けるらしい。
質問したのは軽い気持ちだったのだが、女にとっては絶句するような質問だったそうだ。

48 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:21:01.26 ID:MTQwmVOE0
魔人「まぁ、そいつが帰ってくるまでには俺も出て行くようにするから」

僧侶「あれ…言いましたっけ私…?待ってる人が、その人だって…」

魔人「…言わなくても何となくわかるだろ」

僧侶「…」

女が複雑そうな顔をして顔を抑える。
これは…どういう感情だ?

僧侶「そんなに鋭かったら、物を言うの怖くなるじゃないですかー…」

魔人「お前が鈍すぎるだけだ」

僧侶「うー」

何だか納得いっていない様子。
最初の頃はよくわからん奴だと思ったが、こうやって観察してみると、結構わかりやすい奴かもしれない。
案外からかえば面白いかもしれない…と、よからぬ気持ちが芽生える。

魔人「ところでその男はお前を置いて今、何やってんだ?」

この質問も軽い気持ちだった。
だから女の回答は予想外で――

僧侶「わからないんです」

魔人「あ?」

僧侶「行方不明みたいで」

魔人「は…?行方不明って…」

49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:21:28.75 ID:MTQwmVOE0
僧侶「当初は手紙が届いていたんです。だけど3ヶ月くらい前から手紙が途絶えて…」

魔人「その男がどこ行ったのか、わかってねぇのか…?」

僧侶「はい…」

女はうつむく。

僧侶「彼…旅をしていたんです」

魔人「あー、そうか…。最後の手紙には書いてなかったのか、行き先」

僧侶「えぇ、手がかりになりそうなことは」

魔人「ふーん…」

話を聞いて思いつく可能性は2つ。
男が死んだか、女が捨てられたかのどっちかだ。

魔人「待ってても帰ってこねぇんじゃないか」

僧侶「かもしれませんね」

そう思うのも当然といった感じで、女は動揺する様子なく答えた。

僧侶「それでも、待つと約束したんです」

魔人「帰ってこなくてもか?」

僧侶「はい」

そう答える女の口調は柔らかいが、瞳には強い意思が込められている。

僧侶「例え何があっても、私は彼を待ち続ける――」

僧侶「そう、約束したんです」

魔人「…」

この女自身がそう言うならと、俺は口出しするのをやめた。

50 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/11(水) 18:22:09.01 ID:MTQwmVOE0
不器用な生き方だ。
そりゃあ、男がいつか帰ってくる可能性はゼロじゃない。だけど3ヶ月――さほど長期間でもないが、突然連絡が取れなくなったとなれば、悪い想像をするのが普通ではないか。
だとしても、女は待ち続けるのだろう。約束だからか、帰ってきてほしいという強い願望からか。

魔人(ぽやっとしているようで、情熱的なもんだな)

帰ってきてからも、そんなことばかり思っていた。

俺が寝泊りしているこの部屋は、本来は男が使うはずだったものだろう。
飾り気がなく質素な家具、刀や馬の置き物。残された物から想像すると、この部屋の主は「男らしい」趣味を持っているように思える。
あの1人で生きていくのが困難な女を守り、支え、引っ張っていけるような、本当に男らしい男だったのだろうか。

魔人(だとすりゃあの女が依存するのもわかる)

恋愛感情というのがよくわからない俺は、依存、としか表現できない。

魔人(死んでればまだいいけど、女を捨てたんだとしたら…最悪だな)

どちらにしろ帰ってこないことに違いはないが、前者と後者では印象が真逆だ。
勿論その事実を確かめる手段も存在しないのだが。

魔人(…って何で俺がこんなこと考えなきゃいけねぇんだよ)

魔人(…暇だからだな)

魔人(まだ本調子じゃねぇけど、そろそろ出て行く用意しておかないと――)

最近、調子が狂っていると感じていた。それもこれも、あのぽやっとした女といるせいだと思った。
この平和ボケした生活に慣れてはいけないと、本能的に危機感を覚え始めている。

戦って死ぬ覚悟は――大丈夫だ、まだ、無くなっていない。

55 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:37:46.53 ID:zorRjnWi0
>次の日

魔人「今日の飯は不味いな」

僧侶「あらー。やっちゃいましたー」

魔人「まぁまだ食えるからいいけどな…」

この女の料理の出来はその時その時で全然違う。
見た目は悪くないので基本ができていないわけではないだろうが、いつ発揮されるかわからないドジっぷりが料理の味を変えるのだと思う。
とにかく口に入れるまで味が全く予想できないのは、この平和ボケした生活において最大のスリルでもあった。

魔人「今日も天気が良さそうだな…食ったら行くのか、散歩」

僧侶「はい。それで、そのー…」

魔人「ん?」

僧侶「今日はちょっとだけ遠出したいんですけれど…」

女は遠慮がちに言う。「少しの遠出」でも、その足では結構時間がかかる。
だが俺は時間を持て余しているわけで…。

魔人「あぁ、いいぞ」

僧侶「ありがとうございます」ペコッ

魔人「どうでもいいけど礼言う時に頭下げなくていいから…昨日みたく転ぶぞ」

僧侶「…」

昨日のことを思い出したのか、女はフリーズする。
俺は女がそんな反応したのを見て、忘れかけていた昨日のことを思い出す。

魔人「…飯、冷めるぞ」

僧侶「あ、はい」

俺は平気なんだけど、意識されると気まずくなる。ったく、鈍そうな割にウブな奴だ…。

56 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:38:20.17 ID:zorRjnWi0
飯を食って片付けをしたら、いつも通り俺は女の右側に立って散歩を始めた。
今日は遠出をする予定なのでペース配分を考えているのか、いつもよりゆっくりめだ。

僧侶「歩く早さを変えたら、見える景色も変わってきますねー」

魔人「お前、そんな鋭い感性の持ち主じゃないだろ」

僧侶「でも違うんです」

魔人「どう違うんだ?」

僧侶「…うー、言葉で説明しようとしたら頭痛くなってきましたー」

魔人「わり」

しかし女の言うこともわかる。俺は大抵いつも走り回っていたから、景色なんて気にしたことはなかった。
だけどこの女の散歩に付き合うようになってから、色んな景色が目に入るようになった。
森の中では鳥が木に巣を作ったり、虫が葉を食ったり、色んな生き物が森の中で共存し「社会」を作っている。
注視せずに見ていて毎日同じように見えていた光景でも、こうやってゆっくり歩くことによって、ちょっとした変化を感じれるのだろうと思った。

僧侶「そういえば魔人さんも野生としての感性も鋭い種族だそうですが」

魔人「まぁ、そうかもなぁ」

少なくとも生物として、人間よりは耳も鼻もずっといい。
自分にとっては敵襲に備えたり、敵を発見する為の能力でしかなかったが。

僧侶「じゃあ魔人さんは、私よりも沢山の自然の流れを感じているんですね」

魔人「…」

どうなんだか。
その能力があっても、自分にその気が無ければ感じ取れるものではない。

魔人「ま、小動物の1匹でも近付いて来れば教えてやるよ」

僧侶「それは嬉しいです」

森には色んな生物が集まっているが、どんな生物なのかは大体気配でわかる。
虫には気付かないかもしれないが、鳥か、小動物か、獰猛な獣なのか――

魔人「――!」

――人間なのか。

魔人「人間の気配がする…俺は隠れる!」バッ

僧侶「あっ」

57 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:39:31.55 ID:zorRjnWi0
俺が物陰に隠れて十数秒後、武装した3人程のパーティーがやって来た。恐らく残党狩りの連中だろう。
パーティーの奴らは険しい顔をしながら、女に近づいていく。

「お久しぶりです」

そう言われ女も会釈する。
どうやら顔見知りのようだ。

「散歩ですかな?」

僧侶「えぇ、まぁ」

「あまり出歩かない方がいいですよ。この辺に魔王軍残党が逃げ込んだという情報もありますから」

残党狩りの間で情報が広まるのは早い。
人間が近づいてきたらわかるから、女といる所を見られてはいないと思うが。

僧侶「でも自分を襲ってこない人間を襲う残党はもうほとんどいないと聞きます」

「だが種族によっては人間を食らう者もいます。腹を減らした奴に食われる危険もある」

「なので安全だとわかるまで出歩かない方が」

僧侶「出歩くのやめても、家に入られたら逃げられませんよ?」

相変わらずのぽやっとした返答に、3人組も苦笑を浮かべていた。

「やはりもう、近くの街に引っ越された方が…」

僧侶「いえ、その気はありませんねー」

「こう言っては何ですが、彼はもう…」

僧侶「でも、信じているんです」

魔人(…女の思い人の話か?)

「ですが我々の情報網でも、彼の行方はわかっていません」

魔人(残党狩りの情報網に引っかかるような奴なのか…?)

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:40:27.19 ID:zorRjnWi0
僧侶「死んだ…という情報も入っていないですよね」

「ですが…」

「情報屋が姿を消すというのは、よほどの理由があるに違いない」

魔人(ふーん、情報屋だったのか、その男)

僧侶「…彼、強いですから。信じていますよ」

女の口調が強くなる。奴らの言葉を強く否定しようとする気持ちが込められているようだった。

「そりゃまぁ、彼の実績はかなりのものですが」

「貴方の補助が無くなったのは結構な痛手かと」

僧侶「…」

魔人(足を悪くする前はあの女も一緒に行動してた…ってことか?)

「彼が残党狩り時代に築いた実績も――」

魔人「――ん?」

ちょっと待て。残党狩り時代?

「貴方の補助の力が大きかったかと…」

僧侶「…」

魔人「…」

なるほど、大体わかった。

あの女は思い人と一緒に残党狩りをやっていた。だが女が足を悪くしたせいか他の理由があるのか、とにかく残党狩りをやめて、女は男を待つ立場になった。
残党狩りは俺の敵。あの女は元、残党狩り。
だからといってあの女への感情が悪くなったということはない。だが、疑問は生まれる。

魔人(何で元々残党狩りをやっていた奴が、俺のこと助けたんだ?)

59 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:41:18.49 ID:zorRjnWi0
少し会話を交わした後、残党狩りの連中は女と別れた。
匂いが大分遠くに離れた後、俺は姿を現して女の側に寄った。

僧侶「…聞いてましたよね、全部」

魔人「あー」

やはり自分が元残党狩りだということがバレて気まずいのか、女の口調は暗い。

魔人「ま明日になりゃ忘れるな」

僧侶「…?」

魔人「さほどお前に興味ねーよ」

僧侶「まぁー」

間延びした返答だが、いつも通りの反応になった。
これで少しは気まずいのが解消された…と思いたい。

僧侶「でも彼もしかして、間接的に貴方を傷つけたことあるかも…」

魔人「んなもん、いちいち気にしてられねーよ。つか直接戦ったことはないのか?」

僧侶「無いと思いますねー」

魔人「本当にか?」

僧侶「えぇ…彼は残党狩り時代、逃がした敵はいませんでしたから」

魔人「へー」

そりゃ凄いと感心したが、女は気まずそうだ。

魔人「俺は仲間意識は薄い方だから、誰が狩られても気にしねーよ」

僧侶「え?あ、そうですかー…」

ん。こいつが気にしていることは、そういうことじゃないのか?

僧侶「あの」

魔人「ん?」

僧侶「暗黒騎士…って方、知ってますか?」

魔人「…っ」

60 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:41:53.40 ID:zorRjnWi0
急に出た名前に驚いた。
仲間との関係が希薄だった自分と喧嘩仲だったのだから、魔王軍の中でも(悪い意味で)印象が強い奴ではあった。

魔人「そりゃ勿論知ってるが…」

僧侶「魔人さん、彼との仲は…」

魔人「最悪だ」

僧侶「そうですかー…」

女は何か考えているようだ。
しかしここで名前が出るということは…

魔人「何だ。まさか暗黒騎士を狩ったのが、お前の思い人か」

僧侶「…そうです」

魔人「はーん」

認めたくないが、暗黒騎士は魔王軍でも上位に位置する強さを誇っていた。
それを狩ったのなら、女の思い人の強さは本物だろう。

魔人「暗黒騎士を倒せる奴を殺せそうなのは、魔王軍には少数だ」

僧侶「そう…ですか?」

魔人「あぁ」

事実を伝えただけで、女を励まそうという意図はない。
それでも女にとってはわずかにでも希望を与えられたのか、わかりやすく表情が明るくなった。

僧侶「やっぱり、信じて待つことができそうです」

魔人「…」

少しだけ罪悪感。俺は、男が帰ってこない可能性の方が高いと思っている。
ここで希望を与えてしまったのは、女にとって良いことなのか、どうなのか。

魔人(…って何で俺がそんなことまで考えなきゃいけないんだ)

61 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:42:24.48 ID:zorRjnWi0
しばらく歩き、湖畔に辿り着く。
女は草むらに腰を下ろし、ふうっと疲れたようにため息をついた。

僧侶「静かー…」ポカポカ

魔人「そうだなー…」

僧侶「気持ちいいー…」

魔人「あー…」

僧侶「綺麗ー…」

魔人「…」

………

駄目だ、静かすぎて落ち着かん。

魔人「うー…」ウズウズ

魔人「!」

と、俺のアンテナにあるものが引っかかった。

魔人「ちょい席外す。1人でも大丈夫だな」

僧侶「あ、はい。しばらく動きませんのでー」

魔人「そうか。じゃ」

俺は女に背を向けると全速力で駆けた。
久々の全力疾走で体が訛ってきていることを実感する。こりゃ、まずい。
まぁ運動不足は後から挽回するとして、俺はそいつの所に辿りついた。


魔人「おいコラ!」

猫男爵「!?」

魔人「久しぶりだなぁオイ」

猫男爵「魔人…!!」

そいつは、魔王軍の中では比較的喋る仲だった猫男爵だった。

62 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:43:10.30 ID:zorRjnWi0
魔人「よく生きてたな、お前」

猫男爵「まぁ人間達から上手く逃げ回っていたからな」

俺の嫌いな生き方だ。とはいえ今時期生き残ってる奴は実力者か、逃げ回っている奴かのどちらかだろう。

猫男爵「情報によると今こっちの方は残党狩りの連中が少ないらしい。それで来たんだが、お前もか?」

魔人「俺が情報収集なんてすると思うか」

猫男爵「しないな」

魔人「臆病モン同士で情報のやりとりして、それで上手いこと逃げ回ってんのか?」

猫男爵「耳が痛い」

呆れた話だ。
しかし奴らの情報の中に、俺の恥ずかしい現状が入っていないようでそれは安心する。

魔人「まぁ情報集めりゃ便利は便利かもな」

手負いの状態で弱い奴に殺されるよりは、強い奴と戦って死にたい。
そういう意味じゃ暗黒騎士は理想の死に方をした――と思った時、あることが思いついた。

魔人「なぁオイ」

猫男爵「何だ?」

魔人「暗黒騎士を殺した奴のことなんだが――」

63 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:43:37.33 ID:zorRjnWi0
>湖畔

僧侶「すやすや」

僧侶「んー…」

僧侶「あらぁ…ここは」ウトウト

魔人「ようやく起きたか」

僧侶「あら魔人さん…あ、そうか寝ちゃったんですねー」

僧侶「結構薄暗くなってますねー…随分お待たせしてしまって」

魔人「いやいいよ、別に」

僧侶「お腹空いてますよねー…急いで帰りましょうか」

魔人「俺はその辺のもの食ってたからそうでもない。腹減ってるのはお前の方だろ」

僧侶「…はい」グウゥ

魔人「こっちのが早い」ヒョイッ

僧侶「あっ」

抱え上げると女は恥ずかしそうな顔をする。
何だか気まずそうで、目も合わせてこない。

これ以上意識されては困るので、

魔人「とっとと帰るぞ」

俺はあえてぶっきらぼうに言った。

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:44:07.61 ID:zorRjnWi0
魔人「ところで」

僧侶「はい」

家に戻り食事を摂っている時、俺は話を切り出した。

魔人「明日は俺の用事に付き合え」

僧侶「魔人さんの用事ですかー?」

女は首を傾げる。

魔人「…まぁ俺よりもお前の用事なんだが」

僧侶「~?」

魔人「とりあえず明日はもっと遠出するってことだ。いいな?」

僧侶「あ、はい。でももっと遠出ってなったら何日かかることか…」

魔人「俺がお前を背負っていくからいいだろ」

僧侶「っ!」

女の顔が赤くなる。あぁ、本当にこいつはウブだ。

魔人(どうしたもんかな…)

用事の内容を教えないことに、これという理由が無かった。
ただ――どうも気乗りしなかった。自分がこの女の為に何かしてやった、という事実が気恥ずかしい気持ちもある。
だけど、知っていることを自分の口から伝えたくなかった。
それよりはこの女が実際その目で見て知る方がいい――それは女の為じゃなく、自分の気分だ。

要するに自分の言葉で女の心に影響を与えたくなかった。
ただそれだけの、小さな理由。

魔人(…あー女々しい)

そんな自分にイラつきつつも、明日のことを1人抱えながら眠りについた。

65 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/12(木) 19:44:56.15 ID:zorRjnWi0
今までの人生、戦って、食って、寝てを繰り返し、ほとんど変化なく過ごしてきた。
早熟な魔人族に生まれ、物心ついた時からずっとそうだった。
魔王に命じられるまま、人間相手に暴れた。深く考えたことはなかった。
自分に人望はなく、部下を任されることもなかった。煩わしいことを嫌ったので、その方が良かった。

誰かと接し、人の気持ちを考えることについて経験不足だった。


だからか――


僧侶『私が大怪我をした貴方を見つけたことにも、助けたいと思ったことにも、意味があると思うんです』

誰かの無条件な優しさに触れたことも、

僧侶『でも逃げたから今生きてるんじゃないですか?』

それでいて、突き刺さるような言葉を言われたことも、

僧侶『だ、駄目ですよ。そういう話はデリケートなんですからー』

俺が何か言えば感情がコロッと変わることも――

要するに全てが新鮮だった。人の気持ちに触れる、という体験は。
それは決して自分にとって不快なものではなかったが、踏み込むのに躊躇してしまって。

自分に何か言い表せない、新しい気持ちが芽生えようとしている気がした。だけどその気持ちを育ててしまっては、自分が自分でなくなるような、そんな恐怖心もあった。
恐怖心――それは自分にとって否定したい気持ち。だから新しい気持ちが芽生えることから、目を背けようとする。

正直言うと、俺は現状に戸惑っていた。

71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:43:34.30 ID:KW2Os1hn0
>翌日

僧侶「…」

女はだんまりだ。抱えられていることへの羞恥心だろうけど。
気にしないようにして、俺は全速力で駆けた。

魔人「怪我、ほぼ完治したみてぇだ」

僧侶「そうですねー…」

この女の元を去る時が近付いているわけだが、これに対し女はどう思っているのか。
相変わらず何も考えていないのだろうか。…だとしたらムカつくな、少しだけ。

僧侶「あのー…どこまで行くんですか?」

魔人「まぁ、あと少しだ」

猫野郎に聞いた話ではこの辺に――
感じ取った。人間達の匂いだ。

魔人「この辺だ。ちょっと下ろすぞ」

僧侶「あ、はい」

魔人「俺はちょっとこの辺で用事を済ませておく。お前は…あっちに人間の集落があるから、そこにいろ」

僧侶「わかりました」

杖をつきながら集落に向かう女の背を見送る。

胸に感じるのはもやっとした違和感。これは何という感情なのか。
自分は魔人だから、人間達の集落に入れない。だからこの先起こることを見られない。

魔人(違うか…)

それはただの言い訳で、見られる状況だったとしても、自分は目を背けただろう。
それが女への配慮なのか、それとも気まずいからか、答えはわからない。
だがそのどちらも、以前の自分では考えられない理由だった。

自覚しそうになった慣れない感情から目を背け、俺は自然とその場から足が遠のいた。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:44:01.81 ID:KW2Os1hn0



僧侶「ふぅー」

僧侶が重い足取りで集落に足を踏み入れると、集落の人々は遠目に彼女を見た。
だが、彼らの視線はすぐに温和なものに変わる。それは彼女の格好が聖職者とわかるものであり、それでいて足が悪い「弱者」であるという2つの要素が、彼らの警戒をといていた。

「あらあら、お疲れでしょう。お茶をどうぞ」

僧侶「えぇ、すみません」

「こんな辺境の地にわざわざ何用で?」

僧侶「旅のついでに少しだけ」

僧侶は当たり障りのない嘘をつく。
集落の者はその理由を受け入れたようで、「ごゆっくり」と言って彼女から離れて行った。

僧侶(小さな集落)

それが、ぱっと見の印象だった。
こう思っては失礼だが、建物は皆ボロボロでみすぼらしく、この集落が貧しいということがひと目でわかる。

僧侶はこの集落が救われるよう祈りを捧げた。
それから思う。久しぶりに聖職者らしいことをした、と。

73 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:44:30.17 ID:KW2Os1hn0
僧侶(お茶飲んだけど…)

空になった湯飲み茶碗を持ちながらキョロキョロする。お茶をくれた人はどこへ行ったのだろう。
まさか地べたに置いておくわけにはいかないし…。

僧侶「うーん」

「どうされました?」

僧侶「あっあの…」

振り返った。そして、

僧侶「――っ」

僧侶の思考が一瞬停止した。

だって、そこにいたのは――


戦士「…」

僧侶「あ、あぁ…」

会えない日々を憂いて、ずっと、ずっと待っていた。
その人が、いたのだから。

74 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:44:56.98 ID:KW2Os1hn0
ただ、おかしいのは――

戦士「何か?」

僧侶「いえ、その…」

彼の反応だ。
私を見て、こんな他人行儀な反応をするわけがない。

なら他人の空似?
そんなわけがない。少し痩せたけれど、顔も、声も、喋り方も、間違いなく彼だ。

僧侶「…あの」

意を決して、話を切り出そうとした。
その時。

修道女「どうされました?」

戦士「あ、修道女」

僧侶「!」

自分と同じく、聖職者の格好をした女性がやってきた。
修道女はその足を、自然と戦士の隣に運ぶ。

僧侶(あ――)

2人が並ぶ。ただそれだけの姿を見て、僧侶の直感は冴え渡った。
互いが互いに向ける視線、2人の間にある雰囲気を見ただけで、それはすぐに感じ取った。

この2人は――

75 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:45:22.85 ID:KW2Os1hn0
魔人「…」

あの女はもう、会えただろうか。


猫男爵『暗黒騎士を殺した奴だが――』

猫野郎の言葉が思い出される。

猫男爵『どうやらヘマやって、残党達に袋叩きにされたらしい』

魔人『じゃ、死んだのか?』

猫男爵『いや。近くの集落に逃げ込んだみたいだが――』

魔人『――っ!!』

それは俺にとって予想外すぎる展開だった。
その後の猫野郎の説明によると、そいつは何とか命拾いしたようだが――

猫男爵『過去の記憶が、全部無くなったらしいぞ』

76 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:47:42.42 ID:KW2Os1hn0
「兄ちゃん、遊ぼうぜー」

戦士「あぁいいぞー、皆も集めてきなー」

僧侶「…」

子供達に囲まれる戦士を見て、僧侶は複雑な気持ちが沸く。

修道女「元々男手の少ない集落でしたから――彼はこの集落の助けになって下さいました」

彼女が語るには、壊れた家の修理をしてくれたり、迷子になった子供を助けてくれたり、村を魔物から守ったり――そうして、集落の人々と打ち解けていったそうだ。

修道女「今では、この集落に欠かせない存在となりました」

僧侶「…」

記憶を失った所で人間性は変わらない。
それならそうなるだろう。自分が好きになった彼は、明るくて優しく、誰にでも好かれる、そんな魅力的な人だ。

「兄ちゃん、剣教えてくれよー」

戦士「ははは。俺との約束をちゃんと守っているか?」

「うん、強い男は弱い女の人を守れ、だよね!」

「俺、母さんの手伝い毎日やってるよ!

戦士「えらいぞ!よし、じゃあそこに並べー」

僧侶「…」

彼の様子を見て自然と笑みがこぼれる。
誰かが言ったように、彼は死んでなんていなかったし、自分を捨てたわけでもなかった。信じていたけれど、それは100%ではなかった。
だけどそのどちらでもなく、彼は以前と変わらない様子で、こうして元気に存在している。

変わったのは、過去を、私を忘れてしまったことだけ。

77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:48:12.24 ID:KW2Os1hn0
修道女「彼を知っていらっしゃるんですね」

僧侶「…」

魔人さんにといい、最近の自分は気持ちを読まれやすくなったみたいだ。

修道女「彼は、どのような過去を…」

彼女は不安そうな表情を浮かべる。
あぁ――その表情は、彼を想うからこそだろう。そして自分もきっと、そんな顔を浮かべているんだろう。
同じ気持ちを持つ者として、彼女の気持ちが痛い程伝わってくる。

僧侶「彼は――」


ずっと待っていた。
互いに同じ気持ちを持っていた。

彼の温もりを今でも鮮明に思い出せる程、強く強く抱きしめられた過去があった。

彼を待つことだけが、自分の生きる活力だった。

だけど今は――

修道女「…」

僧侶「…彼は残党狩りをやった後、情報屋になったんです」

彼はもう、帰ってこない。

僧侶「彼は、いい友人でした」

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/14(土) 18:48:43.88 ID:KW2Os1hn0
私は笑えていただろうか。
今、彼と想い合っている人を不安にさせないように。

今はもう一方通行になった気持ち。
無理に引き戻そうなんてしてはいけない。そうすれば彼も彼女も困惑するだけ。

僧侶「彼は天涯孤独の身ですから――」

私が身を引けばいい。
そうすれば彼も、彼女も、心残りなく幸せになれる。

僧侶「ですから――」

締め付けられるような痛みを堪え、心の中で叫ぶ。

私は、彼を愛していた。

だからせめて私は――

僧侶「彼が幸せになれるよう祈ります」

自分が身を引いたのが最善だったと思えるように、祈る。
彼を忘れることができるようになるまで、毎日祈る。

今はそれしか、この気持ちを収める方法が思い浮かばなかった。


83 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:47:41.30 ID:IK6jdd6z0
魔人「…」

結構時間が経った。女はきっともう、真実を知った頃だろう。

あの女は傷ついたんだろうか。

知って傷つくのと、知らずに待ち続けるのと、どっちが良かったのか。
答えは出せない。だって男が記憶を失った時点で、どちらにしろマイナスでしかないんだから。

魔人(あークソ…)

こんなことでもやもやする自分にイライラする。

魔人(けど、ここに連れてきた俺にも少しは責任があるか…)

責任。前まで自分と縁のなかった言葉。
責任があるからといって、どうすれば良いのかは全然わからない。

魔人(…ま、女の様子見てから考えるか)

本当、戦い以外のことには無能だと思う。
無能…自分で思って自分でイラッとする。

と、その時。

魔人「…っ!」

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:48:09.72 ID:IK6jdd6z0
野生の勘が働く。
嗅覚にも聴覚にもひっかかるものはない。
だが殺気――それだけは間違いなく感じる。

魔人「おい…誰だ!」

暗殺者「勘がいいな…流石、魔王軍の実力者」

魔人「!」

そいつは目の前に現れた。
何もない空間から唐突に、姿を現したのだ。

魔人「はー、人間の魔法技術も進んでんだなぁ」

どういう魔法かはわからない。だがそんなもの考えても仕方ない。
俺はただ、俺を討とうとする奴を返り討ちにするのみ、

魔人「やるんなら相手するぞコラ」

暗殺者「…」

暗殺者は無言で刃物を取り出す。
動作は静かだが並々ならぬ殺気――

魔人「面白ェ」

久しぶりの戦い、この手を鮮血に染めたいという欲望に駆られる。
俺は笑った。それは戦いの嬉しさに興奮する、魔人の本能からか。

魔人「行くぜコラァッ!!」

俺は一気に駆け、伸ばした爪でそいつに襲いかかった。

85 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:48:39.03 ID:IK6jdd6z0
爪は宙を裂く。
相手の身は軽い。連続攻撃をかわされ、距離を取られる。

魔人「でりゃああぁっ!!」

それでも俺は攻めの姿勢を崩さない。
責め続けることで、事実、相手は反撃できずに回避に専念している。
ここから反撃が来るのか、それとも俺の攻撃が当たるのか、それは読めない。
戦略――そんなものは考えていない。

魔人「オラ、オラ、オラアァッ!!」

攻め続けるのは俺のスタイル。
勿論それは万能ではなく、死にかけたことだって何度もある。

それでも――

魔人「どうしたオラアァ!!逃げるだけかよ、臆病なヤローだなあぁ!?」

俺は攻める以外の方法を取ろうとは思わなかった。

暗殺者「く…」

振った爪が相手の衣服を裂く。
段々勘がつかめてきた。この爪が肉を裂き、鮮血に染まるのにはそう時間がかからないだろう。

魔人「く、くくくっ」

鮮血の感触を思いだし、ゾクゾクする。
平和ボケした生活に染まっていたが、やはりこれが俺だと、安心感を覚えた。

攻めて、攻めて、攻めて――

魔人「死ねコラ――」

暗殺者「――っ!」


殺れる――そう確信し手を振り上げた時だった。


魔人「――っ!?」

86 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:49:09.11 ID:IK6jdd6z0
痛みが全身に走り、血が吹き出た。
体を貫いたそれが姿を現したのは、次の瞬間。

魔人(矢…!?)

どさりと地面に倒れる。
血が垂れ、赤みがかった視界には、複数の人間が映った。

あぁ、そうか――

魔人(馬鹿か俺は…同じ魔法で、他にも潜んでやがる可能性は十分あったろうが)

今更気付いても遅い。
そして、その内の1人が、剣を持って俺に近づいてきた。

魔人(殺られる…!)

死にかけるのは人生で何度目か。
いつでも俺は間抜けだった。知恵なんて回らないし、敵の策には見事にひっかかる。

それでも俺は、

魔人「コソコソやりがって、クソ共が…!!」

気持ちまで弱ることなんてできなかった。

戦って死ぬ。それが本望。
死ぬなら最後の最後まで自分らしく。

だって俺は、死ぬのなんて――

暗殺者「死ぬがいい――魔王軍の残党よ」






僧侶「やめて下さい…っ!!」

魔人「!?」



死ぬのなんて、怖くない――はずだった。

87 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:49:34.99 ID:IK6jdd6z0
初めて聞いた、女の大声だった。
そこにいた奴は全員、女の方を振り返る。

僧侶「やめて下さい…お願いします!」

女は不自由な足ながら、急いでこちらに向かっている様子だった。

魔人(あの馬鹿…転ぶぞ)

女が聖職者とわかる格好をしているせいか、暗殺者どもは女を無視せずに待っている。
女は側に来ると、ハァハァ息を切らしながら声を発した。

僧侶「お願いします、その方を見逃して下さい…!!」

暗殺者「そうはいかない…こいつは魔王軍の残党だ」

僧侶「その方は人を襲いませんから…」

暗殺者「この身体的特徴は魔人だろう。こいつは魔王軍の暴れん坊で、大勢の人間を殺したと聞く」

魔人(馬鹿な女だな…)

見逃してもらおうとは思っちゃいない。そもそも、俺は更生なんかしちゃいない。

そうだ。この女との出会いが俺を変えるなんて――そんなわけ、ないだろ。

それだというのに、この女は――

僧侶「ここ数日彼を見てきた私が保証します…彼はもう、無害な存在です」

どうしてこう、適当なことをほざけるのか。

88 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:50:07.22 ID:IK6jdd6z0
暗殺者「だが、こいつは人殺しの罪を償っていない」

暗殺者達はもうこれ以上、女の話を聞く気はないようだ。
奴らは武器を持って俺に群がってきた。

僧侶「やっ――」

――その顔、やめろ。

俺は人間に憎まれながら死んでいく、それは当然のことと受け入れていた。
なのにどうして、本当に死にそうな場面になって――

僧侶「やめて下さい…」

俺を庇う奴が現れる?

魔人「馬鹿じゃねぇの…」

たった数日過ごしただけの仲だ。俺はあの女の大切な存在になる程、何もしちゃいない。

この女はお人好しか、博愛主義なのか――だとしたら、


僧侶「やめてえええぇぇぇ―――っ!!」




――どうしてそんな悲しそうな顔、するんだよ?



あぁ、そうか。


悲しませているのは、俺か。

89 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:50:34.39 ID:IK6jdd6z0
魔人「気に食わねぇな…!!」

暗殺者「!?」

俺は起き上がり、暗殺者の刃を素手で掴む。
それだけの動作で傷口が激しい痛みが走ったが、とにかく――

魔人「おい馬鹿女、泣くのはやめろや!!」

僧侶「!」

腹立たしいことこの上なくて、俺は痛みを無視した。
大人しく伏せていたらあの馬鹿女が泣きやがる。

魔人「オイコラ、この通りピンピンしてっから勘違いすんじゃねぇよ、馬鹿が!!」

嘘だ。頭はフラフラするし、相当無理している。
それでも弱っているのを悟らせない為、顔を必要以上に強張らせた。

暗殺者「ば、馬鹿な…」

そこで暗殺者どもが勘違いを始める。

「あれだけのダメージが効いていないのか…」
「怒りに着火した様子だぞ…」
「まずいんじゃないのか…」

あぁ、こいつら怯んでやがる。
やはり根は臆病な人間どもか――これは好機かもしれない。

魔人「テメェらァ…」ニタァ

暗殺者「!」ビクゥ

魔人「調子こいてんじゃねぇぞコラアアアァァ――ッ!!」

そして俺は力任せに――


渾身の一擊で、地面に大穴を空けた。

90 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:51:01.92 ID:IK6jdd6z0
暗殺者「お…おおぉ…」

――痛ってぇ

けど奴らは明らかに動揺している。なら…

魔人「キレちまったぞ、オイ…!!」ガシッ

暗殺者「!!」

俺は近くにいた暗殺者の襟首を掴んだ。
そのままそいつに顔面を近づけ、大きな口を開けて…

魔人「食っちまうぞ、オラアァァ!!」

暗殺者「――っ!!」

そいつの頭にかじりつこうとした時――

ヒュン

魔人「…チッ」

俺は首を後ろに反らす。
それから首があった位置を、弓矢が通過した。

暗殺者どもの1人が「撤退しろ」と叫ぶ。
それから俺が掴んでいた暗殺者は俺の手を弾き、仲間たちと撤退していった。

魔人(馬鹿じゃねぇの)

あのまま戦い続けていたら俺を確実に仕留めることができていた。
俺のハッタリに騙されやがって、これだから――

魔人「…っ!!」ガクッ

僧侶「魔人さん…!」

91 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:51:31.53 ID:IK6jdd6z0
その場に崩れると、すぐに女が駆け寄ってきた。

魔人「無理させやがって、この馬鹿女が…」

僧侶「えっ。私のせい~…なんですか?」

魔人「ったりめーだろうがぁ!!」

八つ当たりに近い叫び声をあげる。
この女のせいで命拾いした。そのせいでこんなに痛い思いをしている。
だから俺が今苦しんでいるのは、全部この女が悪い。

魔人「お前のせいでまた死に損ねたじゃねぇか…」

僧侶「あのー、死にたかったんですか?」

魔人「そんなわけねぇだろ」

僧侶「~?」

女が混乱し始めた。
この馬鹿女は、俺が理不尽な逆ギレをしてることすら気付いていない。

魔人(けど、まぁ…)

この女のおかげで命拾いしたのは事実。
なら――

魔人「…ありがとよ」ボソッ

僧侶「え?」

魔人「…」

僧侶「すみません、よく聞こえませんでした」

魔人「何だとコラ…」

僧侶「申し訳ないんですけど、もう1回…」

魔人「…」

あぁ恥ずかしい。クソ…

魔人「ありがとう、って言ったんだよ!!聞き逃すんじゃねーよ!!」

僧侶「…あぁ~」

女は納得したように頷いた。
何だこの反応は…もう2度と言わん。

92 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:52:09.18 ID:IK6jdd6z0
魔人「…会えたかよ、思い人には」

僧侶「…はい」

女の表情は暗い。やはり、思わしくない結果だったのか。

僧侶「でもお陰様で、諦めがつきそうです」

魔人「そうかよ…」

僧侶「でも」

魔人「?」

僧侶「あの人を失った日に、魔人さんまで失いかけるなんて――貴方はひどい方です」

魔人「あ?」

女は俺の胸に縋り付く。
一体何を言っているのか、俺には理解不能だった。

魔人「俺を失うだ?馬鹿か、俺はお前のもんじゃねぇ」

僧侶「でも、大切な方です」

魔人「いつの間にそうなった」

僧侶「歩くのを助けて頂いたり、一緒にお食事したり…」

魔人「んなもん、大したことじゃねぇだろ」

僧侶「でも、私にとっては大切な思い出です」

魔人「…」

やはりこの女を理解するのは無理か――
けれどまぁ、

魔人「いつまでもシケた面してんじゃねぇよ」

この女が泣くのを止めることができた。
今は、それでいいか。

93 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:52:36.63 ID:IK6jdd6z0
魔人「さて…帰るか」ヨロッ

僧侶「えっ」

俺は立ち上がる。頭がフラフラする…が、少し休んだのでさっきより調子はいい。

魔人「お前、1人じゃ帰れねぇだろ」

僧侶「けど、体を治してからでないと…」

魔人「どこで療養するんだ?」

僧侶「…」

魔人「心配してんじゃねーよ」

この女を抱えて家に戻るくらいなら不可能ではない。
帰った後は…

魔人「とにかく今は早くこの場を離れたい…残党狩りの情報が広まるのは早ぇからな」

僧侶「…はい」

こうして俺たちは、その場を後にすることにした。

94 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/15(日) 16:53:04.12 ID:IK6jdd6z0
帰った後、俺は無理がたたってブッ倒れた。

僧侶「魔人さん、3日間も眠りっ放しだったんですよ」

目が覚めた時、女からそんなことを言われた。
女の目の下にはくまができている。あぁ、寝ずに看病してくれたわけか。

しかし意識が戻ってもろくに動くことができず、ほとんど寝たきりの生活が続いた。
その間も、女は俺につきっきりで看病してくれた。

僧侶「はい、お口開けて下さいー」

魔人「おー…あぢゃぢゃああぁ!!」

僧侶「あー、すみません」

魔人(この女…)ヒリヒリ

相変わらずドジだったが。

最初は思い人の事を引きずってか、何となく女の雰囲気が暗かった。
だが慌ただしい日を過ごす内に、次第に女は以前の調子を取り戻していった。

魔人「今日の飯も不味いぞ」

僧侶「あらー…」

調子を取り戻すのと同時に飯の味が落ちる、という不可解な現象も起こったが。

99 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:37:53.80 ID:Gqsp30dn0
そして俺が目を覚ましてから、一週間近く経過した。

魔人(あー、そろそろ動けるんじゃねぇかな)

ベッドで上半身だけぶんぶん振り回すが、不調は感じられない。
ほとんどベッド上で過ごしていたので、体がウズウズして仕方なかった。

魔人(明日あたり、久々の散歩に付き合うかな)

と思った、その時。

ドガシャーン

魔人「!?」

厨房の方から、いやーな音がした。

100 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:38:21.82 ID:Gqsp30dn0
僧侶「いたたー」

魔人「おい、大丈夫か!?」

僧侶「あ、椅子の足に引っかかってしまいまして。えぇお尻打っただけです」

魔人「気をつけろよ…ったく、そそっかしい」

俺は女に手を差し出して、立つのを手伝ってやった。

僧侶「ふふ」

魔人「あ?」

僧侶「魔人さん、随分優しくなりましたねー」

魔人「…気のせいだ」プイ

僧侶「そう言えば、もう体は大丈夫なんですか?」

魔人「あぁ、お陰さんでな」

僧侶「そうですかー…」

魔人「…?」

心なしか、女の様子が少し暗くなったような気がした。

魔人「どうかしたか?」

僧侶「え…あ、いえ」

魔人「誤魔化すな、気になるだろ」

僧侶「あう」

本当にこの女はわかりやすい。

僧侶「魔人さん…お茶淹れるので、少しお話しませんか?」

魔人「俺がやる。熱湯かぶりかねんからな、お前は」

僧侶「あらーすみませんねぇ」

101 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:38:50.07 ID:Gqsp30dn0
俺は2人分の茶を淹れると、食堂の椅子に腰掛け女と向かい合った。

僧侶「フーフー」

魔人「猫舌だったか」

僧侶「えぇ、まぁ」

って、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。
まぁ、この女のペースは俺よりも随分ゆっくりだから、仕方ないか。

僧侶「魔人さん、もう体大丈夫なんですねー…」

魔人「さっきも話したろそれ」

僧侶「あ、そうでしたねー」

魔人「頭でも打ったか」

僧侶「頭ー…いえ、打ってませんよ」

魔人「こないだのがいい機会になったんだし、街に引っ越せばどうだ?その足で1人暮らしは無理だろ」

僧侶「…」

あ、まずかったか。
吹っ切れていたように見えたが、やっぱりまだ引きずっていたか。

僧侶「あの魔人さん」

魔人「ん?」

僧侶「また…残党狩りと戦う日々に戻るんですか?」

魔人「…」

102 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:39:28.61 ID:Gqsp30dn0
魔人「俺もここで大分平和ボケしちまったが…」

ここに来た頃自分にあった攻撃性は、今ではもう大分削がれてきた。
人間を食いたいとも思わなくなってきたし、積極的に戦おうという意思もない。

だが――

魔人「仕方ねぇだろ」

人間は俺を憎んでいる。憎まれるようなことをしてきたから仕方ない。
でも黙って殺されてやる気はないから、襲ってきた残党狩りは返り討ちにする。

魔人「そういう日々しか送れなくなるような生き方をしてきた。だから仕方ねぇだろ」

僧侶「そんなことありません」

魔人「あ?」

僧侶「大分前に言ったこと覚えてますか。私が貴方を助けたことには意味があるんじゃないかって」

あぁ、そういや言ってたな。
その今でも理解しがたい理由がどうしたというのか。

僧侶「私は…貴方に死んでほしくありません」

魔人「あー…けどそれは難しい話で」

僧侶「戦わなければいいじゃないですか」

魔人「あ?」

僧侶「ですから…」

女は恥ずかしそうにうつむいた。

僧侶「ずっと…ここに居ればいいじゃないですか」

魔人「…」

103 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:40:12.17 ID:Gqsp30dn0
俺は何と返事すればいいのか。
予想外すぎて何も言うことができなかった。

僧侶「ここでしたら、人と遭遇自体ほとんどしませんし」

確かに、この家を訪問する奴はいない。

僧侶「魔人さんの衣食住位ならお世話できます」

生きていく上で重要なものへの心配もいらない。

僧侶「ですから――」

魔人「…はい、とは言えねぇ」

僧侶「え?」

そう、受け入れるわけにはいかない。

魔人「俺はコソコソ逃げるのが嫌いなんだよ」

――違う

魔人「緩やかに老衰して死ぬなんてのは、魔人族の恥だ」

――そうじゃない

魔人「死ぬなら戦いの中でだ…それだけは譲れねぇ」

――そうじゃなくて…


僧侶「魔人さんは、生きていたいはずです」

――っ!

僧侶「そうでないと、2度も命拾いするはずないでしょう」

魔人「…あぁ、そうだな」

僧侶「なら――」

魔人「…違うんだよ」

僧侶「え?」

104 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:41:09.73 ID:Gqsp30dn0
魔人「俺は生きていたい…」

戦いの中で死にたいという気持ち、生きたいという気持ち。
その相反していそうな気持ちは確かに、元々両方持ち合わせていた。

だけど、前とは違う。

魔人「怖いんだよ」

僧侶「…怖い?」

魔人「…今まで死にかけたことは何度かあった」

だというのに…

魔人「死ぬのが怖いと思ったのは、この間が初めてだ」

何日か気を失っていて、目を覚ました時に実感した。
「生きていて良かった」と――

今まで、そんなこと思ったことないのに。

それもこれも全て…

魔人「お前といると、俺がおかしくなっていく」

僧侶「私…ですか?」

他に、言い表しようがなかった。

魔人「あぁ、お前のせいだ!そのボケーっとしたペースに俺を巻き込みやがって!これ以上平和ボケしたら、ますますおかしくならぁ!」

僧侶「どう、おかしくなっていくんですかー…?

魔人「そりゃ…色々だ、色々!」

俺は女から顔をそらした。自分でもこれは逆ギレだと自覚はしている。

僧侶「そうですかー」

だが女は、

僧侶「それは魔人さんが変わってきている証拠ですよ」

魔人「…は?」

そう言って、ニコッと笑った。

105 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:41:49.34 ID:Gqsp30dn0
僧侶「自分で気付いていらっしゃるじゃありませんかー。魔人さんは変わってきているんですよ」

魔人「…そりゃ良くねー変化だ」

僧侶「魔人族としてはそうかもしれませんが…今の時代に適応しているんじゃないですか」

魔人「時代に適応だ…?」

僧侶「はい。臆病者の方が長生きしているじゃありませんかー」

魔人「誰が臆病者だぁ!!」

僧侶「魔人さんのことじゃありませんよー…」

魔人「言葉のチョイスが悪かったんだな?けどな、今まで散々人間に危害加えておいて今更逃げようなんてのは…」

僧侶「魔人さんはとても真面目な方ですね」

魔人「違ぇよ!!」

これも言葉のチョイスが悪かったんだと思う。
真面目、と言われると反感を持つ。

僧侶「でも、ある意味人間に対して誠実であると思います」

魔人「そういうんじゃ…」

僧侶「…私や彼は、敵に対して誠実じゃありませんでした」

魔人「…は?」

何故急に、この女の話が…?

僧侶「私の過去、聞いて頂けますか…?」

女の様子が変わった。
きっと、話したいんだろう。

魔人「あぁ…話してみろ」

僧侶「私――」

106 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:42:54.85 ID:Gqsp30dn0
僧侶「彼と協力して、暗黒騎士の命を奪いました」

魔人「あぁ、そうだったな」

それは前にも聞いた。

魔人「別にそんなのは大したことじゃ――」

僧侶「暗黒騎士には、恋仲である人間の女性がいました」

魔人「…っ」


猫男爵『なぁ知ってるか魔人、暗黒騎士の奴…裏で人間の女と恋仲になっているらしいぞ』


いつぞや猫野郎からそんな噂を聞いた。
噂がまだ大きくなってない内に魔王軍は壊滅したから事実は有耶無耶だったし、そもそも本気にしちゃいなかったが――

魔人(まさか本当だったとはなぁ…)

あの堅物が。現場を見ていないと、どうしても信じられないが。

魔人「で…それがどうかしたか?」

僧侶「暗黒騎士を討った後――その女性、自害されたんです」

魔人「…そうか」

女は罪悪感を感じているようだが、俺は特に胸糞悪くはなっていない。
見知らぬ女の自殺よりも、見知った目の前の女がそれを引きずっていることの方が、どちらかというと大事だ。

魔人「どうしようもねぇ話だろ。それにどうあっても成就しねぇ恋じゃねぇか」

僧侶「その女性、自害する時に――」

魔人「ん?」

僧侶「私に呪いをかけたんです」

魔人「な…」

107 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:43:41.13 ID:Gqsp30dn0
呪術の類は詳しくない。
だが呪いの効果が大きい程、危険は高いことは知っている。

魔人「まさかその女、命を捨てて呪いを――」

僧侶「だとしたら、私が今生きていることは運が良かったですね」

女はそう言って笑った。

僧侶「結果的に、足だけで済みました。だけどこの足では残党狩りは続けられないし、それに――」

魔人「それに?」

僧侶「女性1人を自害させてしまって…続けられるはず、ないじゃないですか」

魔人「…あぁ、そうだな」

自害した女の逆恨みだと俺は思う。禁断の恋に手を出したのは、その女の方だ。
だけどそれだけで割り切れない、気持ちだとか、感情だとかが入ると話は変わってくる。
今は何となく、それがわかるような気がした。

僧侶「だから私達逃げたんです、戦うことから」

魔人「…」

女が言っていた「誠実」の意味は、こういうことか。
もう2度とこんな思いはしたくないから、逃げた。女に恨まれて死なれた事実と、向き合うことはせずに。

魔人「けど、それの何が悪いんだ?」

僧侶「そう思うのでしたら、同じことですよ魔人さん」

魔人「あ?」

僧侶「魔人さんが逃げることだって、悪いことじゃないんですよ」

魔人「いや…それとこれとは話が違うだろ」

108 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:44:19.87 ID:Gqsp30dn0
僧侶「この際だから全部言っちゃいますねー魔人さん」

魔人「あ?」

僧侶「私が魔人さんを助けた理由」

魔人「は…それって確か…」

意味があると思ったから、では…。

僧侶「前に話した理由もあるんですけれど、もう1つあって――あの時の私を思い出したんです」

魔人「あの時?」

僧侶「この足がこうなった時です」

女は自分の不自由な足をさする。

僧侶「彼女が自害して数日後でしょうか――私と彼がいた洞窟の壁が崩れ、私、1週間位生き埋めになっていたんです」

魔人「は…」

女はさらりと言ったが、何気に壮絶な体験じゃないか?

僧侶「生き埋めになった時、彼だけは助かってほしいと願っていたんですが、その反面――」

僧侶「寂しくて、痛くて、死ぬのがとても怖くて――」

魔人「…」

僧侶「だから助けられた時、本当に嬉しかったんです」

その時のことを思い出したのか、女の顔には安心感が満ちていた。

109 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:44:57.35 ID:Gqsp30dn0
魔人「まさか、その時のお前に俺を重ねて助けたとか言うのか?」

僧侶「魔人さんは本当に察しがいいですねー」

魔人「お前が悪すぎるんだよ。あの時の俺はまだ死ぬのを恐れちゃいなかった」

僧侶「そうですねー」

その時の女と重なる気持ちは「痛い」だけだ。
助けられた時は運が良かったとは思ったが、嬉しいという気持ちではなかった。

僧侶「だけど今の魔人さんなら、その気持ちをわかって下さいますよね」

魔人「…あー」

この前暗殺者達に殺されかけた時には「怖い」が増えていた。
最初の頃の俺がこの話を聞かされても、全然ピンとこなかっただろう。

僧侶「だから私…貴方を助けたくなって、それで…」

魔人「…」

僧侶「…」

言葉が止まる。どうしたことか。

僧侶「…うー、何か、ごちゃごちゃになってきましたー…」

魔人「あーそうかい」

この女なら仕方ない。

けど昔のこの女のことは知らないが、そんな体験をしなければこの女は、俺を助けなかったかもしれない。
それが女の言う「助けたいと思った意味」なのか。

魔人(この女が俺を助けて、助けられた俺は変わっていって――)

それに何か、意味があるというのか。

110 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:45:25.86 ID:Gqsp30dn0
魔人「…なぁオイ」

僧侶「はい…?」

俺はこの女が言うように、意味があるなんて思っちゃいない。
だけど――

魔人「俺を助けた意味はあったか?」

この女にとってはどうだったのか。それを聞いておきたかった。

僧侶「えぇ、ありました」

魔人「それは良い意味で?」

僧侶「はい」

女は俺を真っ直ぐ見据えて言った。

僧侶「大切な人が、増えました」

魔人「…そりゃいいことなのか」

僧侶「勿論ですよ」

魔人「そうか」

それなら良い。

111 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/16(月) 21:45:52.89 ID:Gqsp30dn0
魔人「助けられた身として、俺もお前に誠実でないとな」

僧侶「…?」

女は首を傾げる。
俺だって何でこんなこと思うのかわからないし、それに何か恥ずかしい。だが、そうしなければならない気がして。

魔人「助けて良かった、って思わせるのが、1番の恩返しだよな」

だけど俺は、その方法がわからない。

魔人「どうすればお前は、そう思える…?」

だから馬鹿正直に、聞くことしかできない。

僧侶「貴方が――」

女は躊躇せず、それを口に出す。

僧侶「生きていて下されば――そう思えます」

魔人「そうか…」


俺は、その言葉を受け入れることにした。

117 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:21:47.40 ID:Hye/S/uT0
言葉を受け入れる――それは死なないように生きていくということ。
とすると戦いを避けることになり、女の言う通り、ここで暮らしていくことになった。

魔人「ん、人間が来るぞ」

僧侶「あ、宅配の方ですねー。魔人さんは隠れていて下さい」

平穏――俺には受け入れがたい言葉だったはずなのに、抵抗なく受け入れている自分がいた。
ここでの生活に変化はない。今まで通り、女の作る飯を食い、片付けを手伝って、散歩で足を伸ばす。

前の生き方から「戦い」が無くなっただけで、物足りなくもあったが、

僧侶「あ、カモの親子。珍しいですねー」

魔人「あぁ、そうだな」

平穏の日常の中にある細かな刺激や変化に、気付けるようになっていた。

118 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:22:18.18 ID:Hye/S/uT0
魔人「おい」

僧侶「あの魔人さんー…」

魔人「ん?」

僧侶「私のこと、いつになったら名前で呼んで下さるんです?」

魔人「…」

俺とこの女の関係も、徐々に変化してきている。

魔人「呼ばなきゃ駄目か?」

僧侶「えぇ、呼んで頂きたいです」

魔人「…」

魔人「…ぅりょ」ボソッ

僧侶「え?」

魔人「えーと、だから……う、りょ…」ボソボソ

僧侶「~?」

魔人「あああぁぁ、そうりょ、僧侶っ!!聞き逃すんじゃねぇよ!!」

僧侶「私が悪いんですかー?」

魔人「…いや俺が悪い」

119 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:23:00.73 ID:Hye/S/uT0
魔人「あー、掃除めんどくせー…」

部屋にホコリがたまろうが気にならないが、居候の身ではそうもいかない。
僧侶は、俺の寝泊りしている部屋には足を踏み入れなくなってきた。

魔人(これのせいだよな…)

出て行った男が置いていった、馬や剣の置き物。片付けるのが面倒で、俺はそれをそのままにしていた。
だが僧侶にとっては、男を思い出してしまう物なんだろう。

魔人(でも思い出を処分すんのもなぁ)

俺と僧侶は恋仲じゃない。だから男との思い出の品が俺の嫉妬心を煽るだとか、そういうことはない。
この思い出の品をどうするかは、俺にとってどうでもいい問題だったりする。

魔人(ま、あいつに何も言われねぇ限り、このままでいいか)

僧侶「お風呂沸きましたよー」

魔人「おー、今行く」

120 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:23:28.84 ID:Hye/S/uT0
ここでの生活を受け入れてから、毎日はゆっくり過ぎていった。
その間俺は徐々にだが、自分でも驚く程平穏な日々に適応していった。

変化しているのは俺だけでなく、世の中の流れもだ。
有害な魔王軍の残党の大半が狩られた為か、残党狩りの勢いは徐々にだが失われていっている。
それは戦闘職を必要としない世の中――つまり平和へと、世の中が適応しているということ。

僧侶「この方最近人気みたいですけど、魔人さん知ってますか?」

魔人(わ。猫野郎…)

僧侶がたまに買う新聞で情報を得る。
魔王軍の残党の中には改心して、人間と共存する者も現れ出した。

少し前なら考えられなかった。それでも世の中はゆっくりと、変化している。

俺は変わることを恐れていた。
だが変わってしまえば「こんなものか」と思う。

俺が憎まれていたのも以前の話。
平穏な世の中は、俺を忘れていく。
俺の命を狙う者も、俺が戦う理由も無くなっていく。

時代の流れとしてはそれでいいのかもしれない。



だが――

魔人「良くねぇよな、このままじゃ…」

俺は、決意を固めた。

121 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:24:15.10 ID:Hye/S/uT0
僧侶「ふぅ~」

その日の活動を終え、僧侶は食堂で一息ついていた。

魔人「ちょっといいか」

僧侶「あら魔人さん、珍しいですね起きているなんて」

魔人「あぁ、ちょっと大事な話がな」

僧侶「大事な話…ですかー」

俺は僧侶の正面の椅子に腰掛け、向き合う形になった。

僧侶「何ですか、大事な話って」

僧侶は不思議そうな顔をしている。
さて、どうやって切り出すべきか…。

魔人「…なぁ、生きたまま地獄に落ちる方法って知ってるか?」

僧侶「えーと…?」

遠回りな切り出し方に、僧侶は少々戸惑っているようだ。

魔人「地獄ってのは、生きてる時に罪を犯した奴が罰を受ける場所だろ。だから地獄には罪人だらけだ」

僧侶「そう言われていますねー。でも亡くなってから魂が行く場所であり、生身の体で行く場所ではありませんねー」

魔人「だが、方法はある」

僧侶「?」

魔人「魔王軍に、地獄から亡者を召喚する術を使える奴が何人かいた。そいつの術で地獄の門が開いた時、向こう側に飛び込めばいい」

僧侶「んー、理屈としては可能ですねー」

魔人「そんなことやる奴いなかったけどな」

頭の悪い俺がよくそんなこと思いついたな、と自分で思う。

僧侶「でも、それがどうかしました?」

魔人「俺は…」

魔人「地獄に行ってこようかと思う」

僧侶「!?」

122 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:24:43.28 ID:Hye/S/uT0
この時代に適応していく内に、思っていたことがある。

魔人「俺はまだ償っていない」

俺は人を殺してきた。
魔物と人間が対立していた背景があったのだから、それは罪と呼べないのかもしれない。
だが――

魔人「何も償わないまま緩やかに老衰していくってのは、おかしな話だよな?」

決して罪悪感に囚われているわけではない。ただ、自分の中で納得できないだけ。
人を殺し、人に憎まれて、人に殺されるのだと当たり前のように思っていた。だが時代は俺を忘れていく。俺が人を殺したという事実だけが残り、俺は裁かれずに放置される。

魔人「人殺しが何事も無かったかのように、平和な時代に適応していいわけがない」

僧侶「でも…人間と和解した魔物は沢山います」

魔人「そいつらは許された。俺は忘れられた。これは全然違う」

許された奴らは何らかの形で償いを済ませている。

魔人「このまま生きていくのは、俺自身が気持ち悪いんだよ」

僧侶「…やっぱり真面目な方ですね、魔人さんは」

魔人「だから、真面目って言うのやめろ」

平和に適応していても、その言葉はむず痒かった。

魔人「普通の人間が地獄に落ちりゃ肉体がもたんかもしれないが、俺なら耐えて戻ってこれる」

僧侶「…」

魔人「生きている間に、罰を受けてこようと思う」

僧侶「私は――」

123 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:25:12.00 ID:Hye/S/uT0
僧侶「聖職者として、貴方を後押ししなければならないのに――」

僧侶の顔は、感情を隠す気などまるで無く、

僧侶「貴方がいなくなることが辛い…そればかり考えてしまう」

表情は淀み、口調が重くなっていた。
こんな顔をさせてしまうことは予想がついていた。それでも俺は、それをやめる訳にはいかない。

魔人「そういうわけでお別れだ。お前ももう1人暮らしはやめて…」

僧侶「…いいえ」

魔人「あ?」

首を横に振った僧侶の眼差しは、迷いがなかった。

僧侶「罪を償った後、帰る場所がないのは辛いでしょう?」

帰る場所。まさか――

僧侶「私、貴方を待ちますよ」

魔人「な…!!」

とんでもないことだった。

124 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:25:41.58 ID:Hye/S/uT0
魔人「馬鹿言うんじゃねぇ、どんだけかかるかわからねぇんだぞ!?」

僧侶「私、結構気が長いですよ?」

魔人「それまでの間ずっと1人でいるのか!?無理だろ!」

僧侶「大丈夫ですよ。私もこの足に慣れてきましたし」

魔人「…」

確かに最近は散歩をしても、前よりはふらつかなくなった。
それでも…

魔人「俺を待つことで、お前の人生潰れるぞ…」

僧侶「いえ。貴方を待ちながらでも、色々やりたいことはできますよ。それに――」

僧侶は温和に微笑んだ。

僧侶「私が待っている…そう思えば魔人さん、死ねないでしょう?」

魔人「…」

図星で、何も言えなかった。

125 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:26:20.41 ID:Hye/S/uT0
その後、僧侶と約束をした。

待つのは構わないが、1人で暮らすのが無理なら無理をしないこと。
そして心変わりしたら、俺を気にせずに自分の人生を送ること。

僧侶「心配性ですねー魔人さんは」

僧侶はそう言って可笑しそうに笑っていた。
全く他人事のように――あの馬鹿女は。

魔人(あいつも、俺との繋がりを大事にしてくれているってことか)

想っていた男には忘れられ、他に身寄りのない天涯孤独の身。
だから1番身近な存在である俺に、依存しているだけかもしれない。

それでも、その依存心が僧侶を支えているとしたら。

魔人(依存されてやるのも、俺のできることか…)

俺が出て行った後、僧侶は別のものに依存するかもしれない。
それで俺への未練が無くなったなら、それはそれで構わない。

魔人(だけど…)



僧侶『私が待っている…そう思えば魔人さん、死ねないでしょう?』



魔人(そんなこと言われたら…信じないわけにはいかねぇだろ)

126 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:27:59.83 ID:Hye/S/uT0
翌朝、魔人は僧侶と顔を合わせることなく姿を消していた。
魔人の寝ていたベッドは誰も使っていなかったかのように、綺麗に整っていた。

僧侶(彼は何の痕跡も残さず行ってしまった…)

僧侶は部屋の置き物を見た。これは戦士が残した痕跡。
戦士と連絡が取れなくなっている間は、彼の残した物を見て彼との思い出に浸っていた。
だがこれでは、魔人との思い出に浸れない。

僧侶(それでも、忘れなければいいだけ)

一緒に過ごした時間はさほど長くなかったが、彼は思い出を沢山くれた。
日常の中で、一緒にいられる喜びを与えてくれていた。

それに、信じている。彼はいつかきっと、帰ってきてくれる。

僧侶(なら私は、彼が帰る場所を維持していくだけ)

127 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:28:33.93 ID:Hye/S/uT0
私は1人の日常に戻った。

僧侶「ふぅー」

日課である散歩も続けていた。
いつ雨が降ってもいいように、晴れの日でも傘を持ち歩いた。

僧侶(そろそろ寒くなってきたなぁ)

北方では雪が降ったと聞く。
そういえば道中の花も枯れ、動物達も冬眠の準備を始めている。

僧侶(もう、そんな季節なんだ)


時の流れを早く感じるのは、自分が歳をとったせいかもしれない。
あまりそう思いたくはなかったが、少なくとも子供の頃に比べれば時の流れはずっと早い。

決して同じ毎日を繰り返していたわけではない。
たまに馬車に来てもらって街に行くこともあったし、街に顔見知り程度の知り合いもいて、浅く広く人との交流も持っていた。それでもやはり、家で過ごしている方が気が安らいだ。
編み物をしたり、変わった料理にチャレンジしてみたり、家の中でできる趣味にも手を出した。そうやって毎日、それなりに楽しんで過ごしていた。

そんな日々を過ごしていく内に、いつの間にか北方の雪は溶け、新しい花の芽が道に生えていた。

新しい季節になれば新しい景色になる。頭の悪い自分は、去年の景色を覚えていない。だからまた新鮮な気持ちで道を歩くことができる。
それを繰り返す内に、知らず時は流れる。だから自分は、時が流れるのを精一杯楽しもうと思う。

そんな自分だから、待つ、ということを、あまり大仰に考えてはいなかった。

128 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/17(火) 19:29:00.24 ID:Hye/S/uT0



貴方を待ち続けて何度目かの春頃。
1人で迎える季節の変わり目は、何だか味気なくもあります。
あの頃私達は、花咲く道を共に散歩しましたね。

一緒に歩く時貴方の定位置だった私の右側は、今もまだ空けてあります。
訪問者のない家は、貴方を迎える為にいつも綺麗にしています。

貴方の為、貴方を待つ――それが今の私の原動力になっています。

だけど私、決して早く来てとは言いません。
貴方のやるべき事を全て終わらせて、やり残したことが無くなった時に――

僧侶「あらー、もうこんな時間なんだー」

私は時に急かされず、ゆっくり貴方を待ち続けます。

133 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:53:44.74 ID:kRpik67K0



僧侶「ゴホッ」

風邪を引いた。
まだまだ寒いというのに、春の訪れに浮かれてついつい長々散歩してしまったせいだ。

僧侶(外に行きたいなー…)

まるで外遊びを楽しむ子供のような気持ち。
大人になっても、そんな所は子供の頃と変わりがない。

僧侶「ゴホッゴホッ」

こじらせてしまったようで、結構長いこと寝ている。
ずっと健康でいたから、慣れない風邪に体が順応していないのかもしれない。

僧侶(何か、こんなに体がだるく感じるのも久しぶりかなー)

久しぶり、といってもそれはどれだけ前のことか。
確か足を悪くした時だったか。そんな前のこと、記憶には残っているが、感覚はとっくに忘れている。

僧侶「うー」

そろそろベッド上での生活もうんざりしてきたが、薬を飲んで経過を見るしかない。

僧侶(そういえばあの人は、よく寝る人だったなぁ)

だから、怪我が治るのも早かったのかもしれない。
彼のそういう所を見習わないといけないかも。

僧侶「…すやすや」

134 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:54:14.40 ID:kRpik67K0
夢を見た。


僧侶「…」ガサッ

人の気配がしたので近づいてみると、そこにいたのは人型の魔物だった。

僧侶「…あぁー」

恐らく残党狩りにやられたのだろう。
お腹から大量の血を流していた彼は、額に脂汗を浮かべ、顔を苦痛に歪めながらも、こちらを睨んできた。

「何だ、お前は…」ギロ

人間と敵対している彼は、私に対しても警戒をとかない。
それでも、このままなら彼は死んでしまう。


『痛い…助けて…』


その姿が、かつての私と重なって見えたから。
だから、助けたくなった。そう思った私は、ゆっくりと彼に近づいた。

大丈夫。私は貴方の敵じゃない。貴方を助けるから――

「…あぢぢゃあぁ!!」

僧侶「…あれ?」


あれ?


「ま、魔人にとって聖属性の魔法は有害なんだよ!」

僧侶「…あぁー、そうでしたねー。すみませんねー」


そういえばそうだった。
危うく、彼にトドメを刺す所だった。

135 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:54:44.60 ID:kRpik67K0
僧侶「…ふふっ」

夢を見ながら僧侶は、寝言で笑った。
彼には申し訳ないが、懐かしい思い出だった。


「前ばかり見るな!!自分を振り返って反省する必要があるぞお前は!!」

彼は声が大きくて、はっきり物を言う人だった。

「俺はバカの思考は理解できねぇ。だから、お前が残党狩りに俺を売っても全く驚きやしねぇ」

人間への警戒心を、なかなかとかなかった。

「俺の怪我が完治するまで、お前が転ばないように俺がついていってやるってんだ」

それでも、優しい所もあった。

「お前の為じゃねぇ。雨の中お前のペースに合わせて歩きたくないけど、置いていくのも色々心残りだろ」

それは、不器用な優しさだった。

「で、好きな男とはまだ密着してないのか」

ちょっとデリカシーは無かったけれど。

「俺がお前を背負っていくからいいだろ」

…いや、ちょっとどころじゃなかったけれど。

「オイコラ、この通りピンピンしてっから勘違いすんじゃねぇよ、馬鹿が!!」

だけど、そのぶっきらぼうな優しさに

「ありがとう、って言ったんだよ!!聞き逃すんじゃねーよ!!」

私は結構、励まされてきた。

136 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:55:14.24 ID:kRpik67K0
この家にもう、彼の痕跡は残っていない。
それでも彼と過ごした時のことは今でも鮮明に思い出せる。

彼と過ごした日々はそれだけ自分にとって大事だったのだと、彼と離れてから実感していた。

…どうしてだろう。
いなくなってから大分経つのに、彼のことをすぐに思い出す。

『帰ったぞ』

今にでも、そう言う声が聞こえそうな気がして。

『馬鹿でも風邪ってひくんだな』

そんな皮肉を言いながらも、彼なら不器用に看病をしてくれそうで。
それで私の風邪が治った頃には彼が風邪を引いて、今度は私が看病する番になったりして…

僧侶「…ふふ」

そんな光景が容易に想像できて、自然と笑みがこぼれた。

僧侶「ゴホッ」

それにしても今回の風邪は本当にしつこい。
訪問の医師が来るのはいつの予定だっけ?もう、寝てばかりで時間の感覚を思い出せない。

ガチャリ

僧侶「…ん」

ドアの開く気配がした。足音が近付いてきている。
あぁ、医者が来るのは今日だったか。

起き上がろうとするが、どうも体に力が入らない。失礼だけど、寝たまま対応させてもらおう。

僧侶「どうぞー…」




「帰ったぞ」



僧侶「…え?」

137 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:55:39.59 ID:kRpik67K0
瞬時に頭は働かなかった。
だけど彼の姿を見た途端、すぐに理解し、色んな思いが頭を巡ったが――

僧侶「…お帰りなさい」

そんな言葉しか、出てこなかった。

僧侶「長いことご苦労様でした、魔人さん」

魔人「あぁ」

だけど久しぶりに会う彼は、

魔人「体壊したのか?」

僧侶「えぇ」

地獄にいたとは思えない程表情が柔らかくなっていて、

魔人「1人で無理するなと言ったろ」

言葉も大分、穏やかになっていた。

僧侶「すみませんね、健康体で出迎えたかったんですけれど…ゴホッ」

体が重く、起き上がることもままならない。

魔人「いや、悪かった。俺が帰るのが遅くなったから」

僧侶「…ふふ、大分丸くなりましたねー、魔人さん」

魔人「そりゃ…見た目は変わらなくても、お前と同じだけの時を生きているしな」

僧侶「それもそうですねー…それじゃあ、ゴホゴホ」

人間と魔人の体の作りは全然違う。
時が経てば経つ程、その差は残酷なものになる。

僧侶「魔人さんも私同様、歳を取っているんですねー」

138 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:56:07.98 ID:kRpik67K0
魔人「…本当に、悪かった」

僧侶「大丈夫ですよ。貴方を待ちながら、充実した生活を送れていましたから」

魔人「そうか」

魔人さんは私の寝ているベッドの側に腰を下ろす。
そして、私の手を握った。

魔人「地獄の洗礼を終えて…特殊な能力を授かったぞ」

僧侶「特殊な能力…ですか」

魔人「あぁ、これだ」

僧侶「あ…」

魔人さんの手から体に魔力が流れ込み、それが頭に回った時、意識は遠くなった。
何だか体が暖かい。体が宙に浮くようなふわっとした感覚の後…私は地面に立っていた。

139 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:56:51.04 ID:kRpik67K0
僧侶「…あらー?」

私が立っていたのは、いつもの森。
幻覚のようだけど、だけど肌に触れる空気にも、この香りにも、自然の音も、全てに覚えがある。

それに――

僧侶「私の体…」

長い年月を過ごして増えた体のシワが無くなっている。体も物凄く軽い。
そして何より、私の右足が――

魔人「どうだよ、これ」

僧侶「嘘みたい」

魔人「ま、嘘なんだけどな。でもリアルな嘘だ」

僧侶「嘘でも、嬉しいですね」

何だか久しぶりに感じる森を、私は駆けて、飛び跳ねた。
自由。長いこと忘れていた感覚。それを取り戻すように私は体全体で喜びを表現する。まるで心まで、少女に戻ったようだ。

僧侶「凄いです魔人さん…今日はいいことばかりです」

魔人「俺もこんな俊敏なお前初めて見た。いやまぁ、トロいはトロいんだけどな」

僧侶「むぅ」

魔人「ま、いいや。久しぶりに散歩しようぜ」

僧侶「いいですね」

と、魔人さんは自然と私の右側に立つ。

僧侶「魔人さん、今の私は転ぶ心配がないから、いいんですよ」

魔人「あ、そうだったな」

そう言って魔人さんは私と少し距離を置いたけど、

魔人「…何か違和感ある。やっぱ、定位置でいいか」

僧侶「そうですね」

自分で言っておいて何だけど、私も正直、違和感があったから。

140 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:57:20.46 ID:kRpik67K0
僧侶「こうやって一緒に歩くと、長いこと会っていなかったのが、嘘みたいですね」

魔人「…そうだな。あまり変わってないようで安心した」

僧侶「マイペースに生きてきましたからー」

魔人「今も1人で生きているのか?」

僧侶「えぇ。でもこれでも、知り合いの方は沢山いるんですよ」

魔人「そうか。…俺を待つことに縛られてたらどうしようかと思ってたんだが」

僧侶「そんなこと全く思っていませんよー。気づいたら時が経っていましたから」

魔人「本当にマイペースだな」

僧侶「ですねー」

魔人「…でも」

僧侶「はい」

魔人「またこれから、世話になるぜ」

僧侶「…」

ずっと待っていた人。嬉しいはずの言葉。
それなのに少しだけ、心が痛んで――

僧侶「私に残された時間は、短いですよ」

141 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:57:55.62 ID:kRpik67K0
人間と魔人の寿命は違う。
もう老いた自分では、今でも若い彼と生きていくにはあまりにも不釣り合いで――

魔人「関係ねーよ」

だけど魔人さんはそんなこと気にしていないといった様子だった。

魔人「待たせちまったのは俺の方だ。…だから今までの時間を、取り戻せばいいだろ」

僧侶「どうやって…?」

魔人「阿呆。今も取り戻している最中だろ!」

僧侶「あ」

魔人「ま、阿呆っぷりも相変わらずのようで安心したけどな」

僧侶「むむぅ」

魔人「今まで待たせた分、これからは1人にさせねぇから」

僧侶「…」

私と違って魔人さんは、これからも長い時を生きていく。
彼が私と過ごす時間は、彼の人生においてのほんの一部。

そのほんの一部を貰う位の贅沢は――

僧侶「――えぇ、宜しくお願いします」

受け入れても、バチは当たらないだろう。

142 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:58:26.55 ID:kRpik67K0
魔人「…」

俺は地獄の洗礼を受けた後、この能力を授かる際、神らしき者と話すことがあった。


神?「お前の待ち人はもう長くない――早く戻ってやるのだな」

魔人「何だと…人間の寿命は短いんだな。クソ、失念してた」

神?「お前は彼女を看取った後も、長い長い時を生きていく。お前が彼女と関わるのは、お前の人生においてほんの一部だ」

魔人「…そうなるな」

俺はあいつを散々待たせた。待たせておいて、何も返すことができない。
そして俺はその無力感に囚われたまま生きていき――そして、あいつを忘れていく。

魔人「駄目だろ、そんなのは」

神?「どうした、早く行け」

魔人「なぁ…あいつに恩を返したい。だからあんたの力を俺にくれ」

神?「何を言うか…私の力を易易と授けるわけにはいかん」

魔人「勿論それなりの対価は払う。払うのは――」






魔人「俺の、残り寿命だ」

143 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:59:03.21 ID:kRpik67K0
僧侶「私に残された時間は、短いですよ」

魔人「関係ねーよ」

僧侶に残された時間と、俺に残された時間は一緒なのだから。

魔人「待たせちまったのは俺の方だ。…だから今までの時間を、取り戻せばいいだろ」

だけど、それは僧侶に言わない。

僧侶「どうやって…?」

魔人「阿呆。今も取り戻している最中だろ!」

僧侶「あ」

魔人「ま、阿呆っぷりも相変わらずのようで安心したけどな」

僧侶「むむぅ」

言えばこいつは気にする。

魔人「今まで待たせた分、これからは1人にさせねぇから」

僧侶「…」

俺はこいつがいなくなった世界で長々と生きていく気はない。
だから、それよりも――

僧侶「――えぇ、宜しくお願いします」

残された時間で、こいつに出来る限りのものを返していこうと思った。

144 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 10:59:40.36 ID:kRpik67K0
僧侶「走りたくなってきましたー、魔人さん」

魔人「急にハシャぎ出したなぁお前」

僧侶「ふふ、嬉しくて」

魔人「そうか。走ってもいいぞ」

僧侶「いえ、今は魔人さんと一緒ですから」

魔人「?」

僧侶「歩いていた方が、一緒にいられますよねー」

魔人「俺はもうどこも行かねぇから」

僧侶「?」

魔人「お前が走り出しても、追いかけるから」

僧侶「あらあら」

魔人「だから俺のことは気にせず…好きにしな」

僧侶「…ふふ。それじゃ」

僧侶は駆け出す。長いこと俺を待っていた僧侶は、初めて俺を置き去りにした。
待て、と言わず、俺はすぐに追いかける。もうこいつを絶対に見失わないように。

僧侶「どこまでも行っちゃいますよー」

魔人「なら俺は、どこまでも追いかけてやるよ」

僧侶「もし貴方が追いかけてこれなくなっても――」


僧侶は振り返り、満面の笑みを見せた。


僧侶「私、待ちますから――ずっと、ずっと」



fin

145 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/02/18(水) 11:04:02.16 ID:kRpik67K0
読んで下さりありがとうございました。
今作の描写は魔人と僧侶の関係性に重きを置いてたので戦士や暗黒騎士等のサブキャラの描写をあっさりめにしたのですが、疑問点等あればご質問下さい。

146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 12:01:00.02 ID:vMuEHvaS0
おつかれさまでした!
素敵な作品をありがとう!

147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 12:23:37.32 ID:e7yUidlSO
魔人と僧侶が別れてから戻るまでに
何年くらい経過してるかと
戻った時の僧侶の年齢が知りたい

148 : ◆WnJdwN8j0. [sage]:2015/02/18(水) 12:41:19.92 ID:0FYFYzZMO
>>147
細かく設定はしていませんが、作者の想定では
別れてからの年月→40年近く
僧侶の年齢→60ちょい
現実の60代はもっと元気ですが、ファンタジー世界の人は寿命短そうなので60代くらいで現実の80代くらいの体になっているイメージあります。

149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 15:00:09.08 ID:Lti6+qHAo


150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 15:44:08.28 ID:kTjHaCYDO
とてもよかった。
待ち続けていたのは切ないけれど、取り戻していけると信じたい

151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/18(水) 19:57:45.34 ID:M0yy1DkBO


152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/19(木) 02:19:06.15 ID:OsVKJTYlO
どう読んでも魔人の夢の魔法の中で二人が草原を走り回りながら実世界の二人の意識がなくなって旅立つ光景しかみえない(;_;)

153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/19(木) 06:09:56.68 ID:XvDYdaSYO
乙!!

154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/20(金) 06:11:20.80 ID:MTBEi1gLo
泣いた

posted by ぽんざれす at 19:32| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勇者「こうなったら屁で満たすしかない」賢者「!?」

1 : ◇WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:37:50.11 ID:sgWc7EID0
今日中に終わらせたい予定。
食事中にご覧下さい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1414751860

2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:38:31.55 ID:sgWc7EID0
賢者「何を言っているんですか勇者様!」

勇者「シッ!魔王に聞こえる」

賢者「魔王は武闘家さんと盗賊さんとの戦いに集中しています」

勇者「とにかくもうそれしかないんだ」

賢者「どうしてそうなるんですか!」

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:39:09.37 ID:sgWc7EID0
拝啓母上様。
私は今、勇者様達と共に魔王城へ来ております。
ですが道中で大分スタミナを消費してしまい、そのまま焦るように魔王に挑んだもので、私達は窮地に立たされていると言っていいでしょう。
私のMPももはや最大値の4分の1、回復アイテムも尽きてしまい、最終決戦に相応しい緊張感を醸し出しております。


勇者「さっきの打ち合いで俺の剣が折れてしまった。武闘家と盗賊のスタミナも限界間近だろう。後は賢者のMPの使い方が勝負の鍵を握っている。そこで屁だ」

賢者「意味がわかりません」

勇者「初級の魔法と上級の魔法では消費MPの差が大きいな」

賢者「まぁそうですね」

勇者「そこでだ。この部屋を屁で満たせば、初期の炎魔法でも大きな炎になると思わないか?」

賢者「勇者様は気がお狂いでしょうか?」

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:39:50.37 ID:sgWc7EID0
勇者「見ろ、武闘家を」

賢者「?」


武闘家「フンッ!ハアアアァァッ!!」


勇者「あの鍛え抜かれた大きな体、きっと爆風のような屁をこけるに違いない」

賢者「偏見ですよ」

勇者「そして見ろ、盗賊を」


盗賊「ホラホラホラ!そんな攻撃じゃ、私に当てることすらできないよ!」


勇者「あの素早さで屁をこきながら走り回れば、すぐにここは屁で満たされるよな」

賢者「女性に何てことさせようとしてるんですか」

勇者「そして俺」

賢者「はい」

勇者「さっきから腹の調子が悪い。下手すりゃ屁じゃ済まない」

賢者「どうしてその体調で魔王に挑んだんですか」

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:40:27.60 ID:sgWc7EID0
拝啓我が親愛なる友、魔法使いさんへ。
私は現在、最終決戦で苦戦しております。この戦いが終わったら年頃の少女に戻り、また貴方と語り合いたいものです。
語り合いと言えば先日、私は貴方に恋の相談をしたと思います。私は恋の相手の事を、逞しくて聡明な方だと説明しました。
ですがそれは間違いだったようです。今現在私は、自分の中で初恋が冷めていくのを実感しております。


勇者「とりあえず俺が魔王の気を引くから、お前は武闘家と盗賊にこの作戦を伝えてくれ」

賢者「えー…」

勇者「じゃあ頼んだぞ。武闘家、盗賊、一旦集合!」

武闘家「ん?」

盗賊「はいよ」

勇者「魔王よ!確かに貴様は俺の剣を折った!しかぁし、貴様に俺の心は折れん!!」

賢者(以前ならかっこよく見えたんだけどなー)

盗賊「ねぇ賢者、勇者は集合かけて何をしようとしたの?」

賢者「あぁ、実は…」

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:42:35.79 ID:sgWc7EID0
武闘家「なるほど屁か」

盗賊「勇者の考えそうなことだね」

賢者「私は予想外でしたよ」

盗賊「けど問題あるねぇ」

賢者「そうですよね。やっぱりこんな作戦間違ってますよね!」

盗賊「そうそう、今こきたい気分じゃないし」

武闘家「少々時間がかかるな」

賢者「え」

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 19:43:08.88 ID:sgWc7EID0
拝啓お師匠様。
私は今、世界に平和を取り戻す為の最大の壁に挑んでおります。
お師匠様はおっしゃいましたね。「彼らとなら魔王を倒せるかもしれない。だからお前はお前の力を出しきれ」と。
逞しくて聡明な勇者様、己に厳しく弱者に優しい武闘家さん、大らかで勘の良い盗賊さん。彼らは確かにいい仲間でした。
ですが私は今の今まで大きな勘違いをしていたようです。


武闘家「ふぬうううぅぅぅぅ」

盗賊「くうううぅぅぅっ」

賢者「あのぅ、顔真っ赤になってますよ」

武闘家「話しかけるなァ!!肛門に空気をためるのは集中力勝負じゃあ!!」

盗賊「ぐ、ぎ、ぎっ」

賢者「やめましょうよこんなの、作戦としてどうかしてますって!」

武闘家「俺は…俺は勇者を信じている!!」

盗賊「勇者の考えた作戦なら…私は従うさぁ!!」

賢者(素晴らしくない団結力…)

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:39:30.63 ID:sgWc7EID0
勇者「ぐあああぁぁっ!」ドサッ

魔王「ククク勇者よ、やはり剣なしでは無力だな…」

勇者「無力ではない!勇者とは剣で戦うのではない…希望で戦うんだ!」

魔王「そうかそうか…ところでお前の仲間はお前に戦わせて何をやっている?」

勇者「お前を倒す為の秘策さ…笑っていられるのは今の内だぜ魔王!」

魔王「フ、口だけは達者だな…勇者よ、貴様が希望と言うのであれば貴様から葬ってくれる!!」

勇者「希望は死なない!」


賢者(何かもううすら寒いわー。腹痛我慢しながら何言ってるんだろうあの人は)

武闘家「くぅ…た、溜まったぞ!!」

盗賊「こっちも!!」

賢者(良いタイミングで溜まるのも奇跡通り越しておぞましいわー)

11 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:40:06.61 ID:sgWc7EID0
勇者「よっしゃ行け、2人ともおおおぉぉぉ!!」

武闘家「フヌオオオォォォォォ」

盗賊「どりゃあああぁぁぁ」

賢者「…」

カキィン ダンダンッ ドゴゴゴッ バァン

賢者(戦闘の音に紛れて屁の音が聞こえない…良かった)

勇者「魔王~その程度じゃ希望は打ち砕けないぞぉ~」

賢者(こいたせいか、スッキリした顔してる…)

勇者「俺は人類の希望を背負いし勇…ウッ!」

勇者「…」

賢者「…」

勇者「お前には負けない…」ドヨーン

賢者「私に近寄らないで下さいね勇者様」

12 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:40:41.32 ID:sgWc7EID0
武闘家「そろそろいいぞぉ賢者あぁ!!」

盗賊「やっちまいなー!!」

賢者(あぁ、まさか本当にやる羽目になるなんて…)

賢者(てか引火したら皆も炎の巻き添えになるんじゃ…)

賢者「…」

賢者「ま、いいか」

賢者「放ちます、初級炎魔法!!」

ポッ

賢者「…あれ?」

賢者(距離を置いて放ったから魔王に当たりすらしないのはわかるけど…)

勇者「…」ブルブル

13 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:41:16.23 ID:sgWc7EID0
勇者「お前達イイィィ!!実はこいてなかったんだろ、戦闘音で誤魔化しやがってええぇぇ!!」

武闘家「あぁ!?俺はでっけぇのをぶっ放したわ!!」

盗賊「私だって!こきながら走るっていう華麗なテクニックを披露したよ!!」

武闘家「なら何故だ、何故引火しないんだあぁ!!」ダンダンッ

勇者「ハッ!まさか…俺の屁はフローラルの香りだから2人の屁を浄化してしまったのか!?」

盗賊「何てこったい、それじゃあ駄目じゃないか!」

勇者「クッ、すまん…俺の屁がフローラルなばっかりにいいぃぃ!!」

武闘家「万事休すううぅぅ!!」

賢者(燃やしたい、この友情)

魔王「…フ」

賢者「!?」

魔王「フ、ハハハハハハ!ハーッハッハッハ!!」

勇者「何がおかしい!」

賢者「貴方の頭です」

14 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:41:49.65 ID:sgWc7EID0
魔王「この魔王の間を屁で満たし、着火する作戦…とっくに見破っていたわ!」

勇者「な、何ィ!」

賢者「それを見破れる貴方も十分頭がおかしいですね」

盗賊「チィッ!何てこったい、秘策が見破られるなんて…」

武闘家「しかし、戦闘中の魔王に屁を警戒する様子は無かった…どうやって我々の屁を消し去った!?」

魔王「決まっている…」

魔王「貴様らの屁は!この鼻で!全て吸い付くしてくれたわああぁぁ!!」

賢者「…」

勇者「な…何てことだ…!!」

盗賊「魔王…何て恐ろしい奴!!」

武闘家「それじゃあ、もうこの作戦は通用しないじゃないか…!!」

賢者「…初級炎魔法、もう一発」ボソッ

15 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:42:41.77 ID:sgWc7EID0
魔王「ぐヮばドゴオオォォォォングチャグチャッ

勇者「うわあああぁぁ、魔王の顔面が爆発した!!」

武闘家「ぎゃあぁ、脳みそが服についたー!!」

盗賊「何をやったんだい賢者!」

賢者「魔王の鼻を狙って魔法を放ったんですよ」

勇者「鼻…?」

賢者「えぇ。鼻で吸い込んだなら、鼻から脳にガスが残っていると思いましてね」

武闘家「なるほど…!!」

盗賊「…ってことは」

勇者「俺たちついに魔王を倒したんだな!!」

賢者「どうしよう…嬉しくない」

勇者「ハッハッハ、それはまだ勝利を実感できてないからさ賢者!」

賢者「違います。あと近寄らないでって言ったでしょう」ペシッ


こうして最大の脅威は、最低の作戦によって破られたのである。

16 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:43:11.12 ID:sgWc7EID0
魔法使い「賢者ちゃん、疲れきった顔してるね?」

賢者「えぇ、まぁ…」

師匠「ほっほっほ、あの長い旅を終えたばかりじゃからのう」

母親「ゆっくり休みなさい賢者、そうしたら平和を実感するでしょう」

賢者「そうね…」

賢者(そうよね、もう平和になったんだわ。あの戦いのことは忘れよう)

勇者「おーい賢者ー」

武闘家&盗賊「おーい」

賢者「それ以上近づいたら燃やします」

17 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:43:39.55 ID:sgWc7EID0
勇者「ハハハ冷たいな賢者は。俺たち仲間じゃないか!」

賢者「元ね。何しに来たんです」

武闘家「実は魔王は倒したが、魔王の意思を継ぐ者が後に現れるかもしれなくてな…」

賢者「それは大変ですね…」

盗賊「だけど、その時には私達はこの世にいないかもしれない。そこで」

勇者「後世の為に、魔王戦の記録を残すことになったんだ!」

賢者「え」

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:44:06.74 ID:sgWc7EID0
武闘家「記録の者には少しの誤りもないよう、正確に魔王戦での様子を伝えておいた!」

賢者「ちょ、屁のことや勇者様が粗相したことも」

勇者「勿論、正確に伝えてある!」キラーン

賢者「恥じろ!」

盗賊「で、記録には私ら4人の名前と肖像画がバッチリ載るようだからね!それを知らせに来たんだよ!」

賢者「」


その後記録から私を抹消するよう手を尽くしたが無駄に終わり、私達は屁の力で魔王を倒した勇者一行として後世まで受け継がれる存在となる。
こんな風になるなら、あの時魔王に負けてしまえば良かったと私は永久に後悔した。


終わり

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2014/10/31(金) 20:45:42.55 ID:sgWc7EID0
読んで下さりありがとうございました。
次があればマトモな話が書きたいです。

20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/31(金) 21:23:20.64 ID:jWgHu+1AO
前作はかなりマトモだったでしょwww

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/02(日) 04:05:34.08 ID:nGNjj7jOO
ワロタ


22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/03(月) 00:15:38.44 ID:IUzrCDiio
いい放屁だった、かけ値なしに

posted by ぽんざれす at 19:31| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女勇者「私の死を望む世界」

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:00:38.63 ID:crzuGK9B0
・全体的に雰囲気暗いです。
・地の文多め。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1420711238


2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:00:54.12 ID:crzuGK9B0
私は誰からも必要とされない、ただ無能で無力な存在だった。
だから魔王が人間を滅ぼそうとしていると聞いても、あまり怖くはなかった。

私を邪険にする人達を道連れにできるなら、滅ぼされてもいい――そんな風にすら思った。


神は何の冗談か、そんな私を勇者として選んだ。


体に勇者の紋章が浮かんだ時に思ったのは、使命感よりも優越感。
ようやく私は特別な、必要とされる存在になれる――


そう、思っていた。

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:01:20.03 ID:crzuGK9B0
勇者「くぅ…」

切りつけられた背中が痛む。
私の走ってきた後に背中の血が落ち、それは私の居場所を追っ手に知らせていた。

走らないと――そう思うが体力の限界を感じ、思うように足が動かない。

そうしている内に、追っ手はすぐに姿を現した。

兵士「いたぞ!」

深手を負い、ほとんど無力な私を、5人もの兵が追ってきた。

勇者(もう無理…)

私は彼らに殺される。
笑えてきた。誰からも見向きもされない存在から、誰からも死を望まれる存在になるなんて。

神はこういう形で私を特別にしてくれた――本当に笑える話だった。

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:01:52.99 ID:crzuGK9B0
兵士「抵抗しなければ楽に逝かせてやる」

勇者「そうした方が、貴方の気持ちも楽なんでしょう?」

皮肉を込めて言うと、兵士の顔が歪む。
そりゃあそうだ、無力な人間を苦しめて殺すなんて、普通の人間なら平常心でできやしない。

勇者「苦しめばいい」

私を殺して痛まないなんて許さない。
私に力があれば、精一杯抵抗してやるのに。それができないなら、せめて呪いの言葉を吐く。

勇者「絶対に許さない」

私が憎いのは目の前の兵士だけじゃない。

憎いのは私の死を望む世界――




勇者「こんな世界、滅びてしまえばいい」

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:03:10.71 ID:crzuGK9B0
?「その必要はない」

その声がしたと同時だった。

兵士「うわああぁぁ!?」

勇者「――」

突然、兵士の1人が大量の血をぶちまけて倒れた。
その場にいた者の視線は倒れた兵士――の後ろにいたものに集中する。
そこにいたのは、威圧的な黒い全身鎧に身を包んだ騎士だった。

暗黒騎士「こいつらはお前を狙っている――間違いないな??」

勇者「――えぇ」

暗黒騎士「なら――」

暗黒騎士は近くにいた兵士を軽い剣さばきで切り伏せた。
残りの3人の兵士達は一斉に暗黒騎士にかかっていった。

だが、無駄だった。

「ぐあっ!?」
「が…っ」
「げあぁっ」

勝負にならなかった。暗黒騎士は一瞬で彼らを葬り去ったのだった。
その場で生き残ったのは、私と暗黒騎士、ただ2人。

勇者「ありがとうございます…」

暗黒騎士「勇者だな?」

勇者「多分ね」

この複雑な現状に、私は曖昧な返答を返した。
そして言うより早いと、肩の紋章を見せてやった。

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:03:44.23 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「…また、神のお遊びか」

勇者「?」

暗黒騎士「勇者選びのことだ。どう考えても勇者に適さぬ人間を勇者に選んで、そいつが何をするのか笑いながら眺めている」

勇者「そうなんですか?」

暗黒騎士「あくまで俺の想像だ」

だけどそれなりに納得のいく話だ。
私はとうの昔に信仰を捨てた。今回のこれは天罰だと言われれば、納得すると思う。

勇者「でも人間にとって勇者選びはお遊びじゃない」

だから私が殺されそうになった。

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:04:50.27 ID:crzuGK9B0
歴史上、不定期に魔王が出現することがあった。
歴代の魔王はいずれも不死で、普通の人間が倒すことは不可能。
魔王を討つことができるのは、神が選んだ勇者ただ1人と言われている。十数年前魔王が現れた時も、当時の勇者が魔王を討ったと聞く。

暗黒騎士「だから魔王は勇者を狙うわけだが――」

勇者が殺されれば、次の者が勇者として選ばれる。
神は勇者に相応しい者を、人間の中から順位付けしている。つまり1番目が死ねば、2番目が勇者になる。そう言われていた。

暗黒騎士「だが、神が選んだ勇者が、人間達に認められなければ?」

勇者といえば魔王を倒せるだけの武力を持った者を連想する。
だが、資質はあるが未熟な者が選出されることもある。

暗黒騎士「しかし未熟な者の成長を待つにも限度がある」

勇者「だから成長を待つより、次の勇者に期待する」

確かに私は魔王どころが魔物の1匹も倒せない。そんな私がマトモに戦えるようになるまで、何年かかることか。
それなら私を殺し、次の勇者に期待する方が人間にとって合理的。

勇者「理不尽にも程がある」

暗黒騎士「神のお遊びだからな」

勇者「で――神の玩具である私に、何か御用ですか?」

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:05:25.03 ID:crzuGK9B0
彼は助けてくれたとはいえ、今の私に心を許せる相手はいない。
だからすぐにでも逃げ出したかったが、激痛で立ち上がることもできない。

暗黒騎士「俺は魔王軍の幹部だ」

勇者「へぇ」

なら勇者の敵か。

勇者「勇者を討ちに来たんですか?」

暗黒騎士「いや」

まぁそうだろう。そうでなければ見殺しにしていたはずだ。

暗黒騎士「魔王軍にとっては、勇者は弱い者だと都合がいい」

暗黒騎士はそう言うと私に寄ってきて、目の前に立った。
物々しい鎧は威圧感があり、私の視線を釘付けにする。

暗黒騎士「お前を捕らえに来た」

あぁなるほど。
彼らは彼らで、私を利用するつもりか。

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:05:50.57 ID:crzuGK9B0
勇者が弱い者なら、殺すより手中に収めておけばいい。そうすればもう、魔王に恐れるものはない。
勇者の死を望むのが人間達で、勇者を保護するのは魔王側の者とは、何ともおかしな状況だ。

とはいえ当事者である私に行動の選択肢はなく、暗黒騎士に促されるまま飛龍に乗り、あっという間に魔王城に着いた。
魔王城――勇者として旅をしていたなら、最終目的として辿り着くべき場所。
そんな場所に暗黒騎士の案内であっさり入り、ほとんど誰ともすれ違うことのない通路を通って一室に通された。

暗黒騎士「回復術師を呼んでくるからそこで待っていろ」

そう言われ待っている間、部屋を見渡す。
魔王城の外観からは想像できない程粗末で小さな部屋。暗黒騎士が部屋を出た際、外側から鍵をかけていた。
ここが私の軟禁場所――殺されるよりはマシだが、神に選ばれた勇者への仕打ちがこれか。

回復術師は私の背中の傷を治療すると、無駄口を叩かず部屋から出て行った。
魔物達から虐げられ、皮肉のひとつでも言われるものかと思っていたが、それもない。

敵すら私を見ていない。私は誰からも見向きされない――

何だ、今までと変わらないじゃないか。

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:06:19.87 ID:crzuGK9B0
勇者「ん」

治療後横になっていると、ドアの叩く音がし、私は起き上がる。

暗黒騎士「入るぞ」

勇者「どうぞ」

暗黒騎士「随分大人しいな」

勇者「まぁ」

暗黒騎士「…疲れているのか。すまなかったな」

意外。皮肉を言われるどころか、気を使われるなんて。
この暗黒騎士、鎧姿は威圧的だけど中身はそうでもないのかもしれない。

暗黒騎士「まぁ気を抜いてもいい。ここではお前に危害を加える者はいない」

次は優しい言葉。
一体何を企んでいるのか――あぁ、そういうことか。

暗黒騎士「大分不自由するとは思うが――」

勇者「気を使わなくてもいいですよ」

暗黒騎士「?」

暗黒騎士の顔は見えないが、疑問を浮かべたに違いない。

勇者「気を使わなくても私は自害しませんよ。そんなにやわじゃありませんから」

暗黒騎士「…」

11 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:07:05.39 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「…つまり俺はお前が自害することを恐れて気を使った。そう言いたいのか?」

勇者「違うんですか?」

暗黒騎士「俺はそこまで打算的じゃない」

勇者「失礼しました。優しくされるのには不慣れなもので」

暗黒騎士「…」

おや黙った。私は何か変なことを言っただろうか?
まぁ、人より歪んでいるのは自覚しているけれど。

勇者「保護して頂いただけで、十分ありがたく思っています」

暗黒騎士「そうか。居心地は悪いかもしれんがな」

勇者「この状況はいつまで続く見込みで?」

暗黒騎士「え?」

勇者「だって人間を滅ぼせば、私は用済みになるでしょう?」

暗黒騎士「!」

12 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:07:44.83 ID:crzuGK9B0
勇者を手中に収めて魔王が次に行うのは、人間達への攻撃だ。
人間達も抵抗するだろうけど、殺すことのできない魔王相手にいつまでも粘ることはできないだろう。

勇者「あまり長引かないことを願うばかりです」

暗黒騎士「…お前、家族は?」

勇者「いませんよ」

私は正直に答えた。

勇者「私を必要とする人もいませんから」

この世界は私に死を望んでいる。
なら、私の心は痛まない。


勇者「こんな世界、滅びたって構わない――」


暗黒騎士「――が」

勇者「え?」


暗黒騎士が何かを呟いた。今、彼は何て?


暗黒騎士「俺が――」


暗黒騎士は私の頬に触れた。


暗黒騎士「俺が、お前を必要としてやる」

勇者「――!?」

13 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:08:24.21 ID:crzuGK9B0
手が暖かい――至近距離に近づいた兜の隙間から、彼の視線を感じる。
彼は何も言わない。一体どんな顔をしているのか、私には想像もつかない。

暗黒騎士「…すまない」

暗黒騎士はそう言うと私から離れた。

暗黒騎士「今日は休め…。また来る」

そう言い残し、彼は部屋から出て行く。
私はというと、茫然としていた。


一体、何のつもり――?


私にはまだ、暗黒騎士の意図がまるでわからなかった。

14 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 19:08:59.57 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「…」

暗黒騎士は動揺を悟られぬよう、いつも通り堂々とした立ち振る舞いで歩いていた。
兜を脱げば、すぐにいつもの自分ではないと悟られるだろうが。

暗黒騎士(何をやっているんだ、俺は)

別に勇者を哀れんでいるつもりはなかった。
魔王の命令通り勇者を捕らえ、人間を滅ぼし、用済みになった勇者を処分する。それが普通の流れだ。

だというのに――


勇者『こんな世界、滅びたって構わない――』


その言葉を聞いた瞬間、全身の毛がぞわわっと逆立った。

暗黒騎士(俺は――あの感情を知っている)

今でも忘れることのできない思い出が、暗黒騎士の頭の中を駆け巡っていた。

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:07:39.29 ID:crzuGK9B0
>翌日

暗黒騎士は軍を率いて森に潜んでいた。
近くには人間の国の王が住む城がそびえ立っている。

暗黒騎士「俺が最前線に立って突き進む。お前達はかかってくる兵士達を迎撃してくれ」

魔物「でも暗黒騎士様、それとても危険じゃあ」

暗黒騎士「だが、この方法が1番早い」

魔物達は訝しげな顔をする。暗黒騎士が勝負を急ぐのは珍しい。

暗黒騎士「この程度の国に時間をかけては魔王軍の名折れ」

魔物「あぁ、そういうことですか!まぁ、じゃないと人間達を滅ぼすなんてできませんよね~」

暗黒騎士「…」

魔物「どうしました?」

暗黒騎士「いや、何でも。では行くか」




突然の魔王軍の襲撃に、城の兵士達は混乱した。

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:08:06.12 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「はっ!」

兵士達は最前線に立つ暗黒騎士を狙うが、暗黒騎士の剣に一蹴される。
暗黒騎士が1人で5人の兵士を相手している間に、魔術師たちが奥から現れた。

やれ!――その号令で炎や電撃が暗黒騎士に襲いかかる。

暗黒騎士「ふん――」

暗黒騎士はブンと大きく剣を振る。
その太刀で襲いかかってきた魔法を切り、ついでに兵士達2人も戦闘不能にした。

兵士達の表情が歪む。
今のひと振りで、暗黒騎士が只者ではないと察したようだ。
それでも兵隊長と思わしき男は顔を歪めつつも、束でかかれと兵士達を焚きつけていた。

暗黒騎士「何人でも相手しよう」

この国は平和ボケしている。そんな国の兵士達など、何人束になってこようが暗黒騎士の敵ではなかった。

26 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:08:33.07 ID:crzuGK9B0
一体、何人の兵を切ったか。
兵たちの主力と思われる者を何人か切り、統率が乱れた所で前を進む余裕ができた。
暗黒騎士は鼻のいい魔物を側へ呼ぶ。

暗黒騎士「王の所へ案内しろ」

魔物「了解です」

途中、兵ではない城の者とすれ違う。避難が遅れるとは、本当に平和ボケしている。
そういう者達は無視し突き進む。大抵の者は暗黒騎士の物々しい鎧を見ただけで圧倒され、歯向かおうとはしなかった。

魔物の案内する部屋の前には兵たちがいたが、別に問題はない。
護衛にもならぬ護衛を5秒で切り伏せ、暗黒騎士は扉を開けた。

王「ひ、ひいいぃぃ」

暗黒騎士「…哀れな姿だな」

暗黒騎士は感情を抑えて、無様な王に吐き捨てた。

27 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:09:00.42 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士「国を討つということは王を討つこと――」

王「やめてくれ!頼む!お前達と手を組んでもいい!」

暗黒騎士「…」

こうあっさり寝返ろうとするとは――無様すぎて嫌悪感すら沸く。

暗黒騎士「…この国に勇者が現れたそうだな」

王「そ、そうだ!勇者についての情報を教えよう!」

暗黒騎士「…ほう?」

王「勇者は山奥の村に住む小娘だ!」

王「勇者は天涯孤独の身。村の屋敷で使用人をやっているが、あまり食事を与えられてこず体は弱いらしい」

暗黒騎士「…お前の国の人間だろう?何で今まで何ともしてやらなかった?」

王「そんな山奥の村で起こっていることなどワシが把握しているわけないだろう」

王「それにお主達にとっても都合がいいではないか…そんな無力な小娘が勇者とは」

暗黒騎士「…」ドカッ

王「がっ!?」

28 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:09:26.51 ID:crzuGK9B0
暗黒騎士は剣を振り上げる。

王「ま、待て――勇者の情報を与えただろう!?」

暗黒騎士「あぁそうだな――だが胸糞悪くなった」

王「何が気に入らぬ!?人間の間で起こっていることなど、お主らには――」

暗黒騎士「関係あるんだよ」

暗黒騎士はそう言うと兜を脱いだ。
その顔を見て、王は絶句する。

暗黒騎士「俺も、元人間だからな」

暗黒騎士の額には、人間が魔族に転生した証の刻印がしっかり刻まれていた。

暗黒騎士「それにお前は――」

王「―――」

暗黒騎士「とっくの昔に、俺の恨みを買っていた」

29 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/08(木) 21:09:52.30 ID:crzuGK9B0
世界が滅びればいい――そう強く思ったのは、あの時だった。


幼馴染『おにぃ…もう走れないよ』


昔の光景が鮮明に浮かんだ。


幼馴染『いいんだ私…もう、諦める』

何を言っているんだ、俺はそう幼馴染を叱る。
それでも幼馴染は、涙を浮かべた笑顔で首を横に振った。

幼馴染『この世界で生きていくのは、辛すぎるよ』

それは幼馴染の本音。
俺が言葉を返せずにいると、幼馴染は続けた。

幼馴染『私は勇者にはなれない』

幼馴染『だからもっと強い人が勇者になって、おにぃの生きる世界を守る――』

幼馴染『それが、1番いいから』


嫌だ。
俺にはお前が必要なんだ――

そう言いかけた時、追っ手が姿を現した。


そして俺は、大事な人を失った。

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:39:45.32 ID:7CjjXFoN0
勇者「…あら」

帰還後、暗黒騎士は勇者の元を訪れる。
勇者は暇を持て余していた様子で、暗黒騎士の訪問に表情が少し明るくなった。

暗黒騎士「食事をほとんど残したそうだな」

勇者「量が多かったもので」

勇者はそう答えたが、厨房の者に聞けば勇者はパン半分と野菜しか食べていないようで、いくら少食でも食べなさすぎだ。
国王の言葉を思い出す。勇者は今まであまり食事を与えられてこなかった、と。
それを聞いてからだと、勇者の小柄な体型が痛々しく見えてきた。

暗黒騎士「お前の国の王を殺してきた」

勇者「へぇ」

暗黒騎士「お前を殺すよう命令した男だぞ」

勇者「そうですね」

思った以上に無反応だ。まぁ流石に大手をあげて喜べ、とは言わないが。

勇者「確かに命令したのは国王ですが、私の死を望んでいるのは国王だけじゃありませんから」

暗黒騎士「…そうだな」

あの小国の王の独断で、勇者を殺すなんて命令出せるはずがない。
政治的な背景は知らないが、きっと、勇者殺害命令には様々な人間の思惑が絡んでいるのだ。

暗黒騎士(それは、あの時も同じだったな)

人間達のやる事は、あの時と全く変わっていない。まぁそれは、実際魔王を倒したという実績ができてしまったせいでもあるけど。

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:40:16.95 ID:7CjjXFoN0
勇者「…すみません」

暗黒騎士「ん…?何がだ?」

勇者「せっかく気を使って私の所に来て下さっているのに、私と話していてもつまらないでしょう」

暗黒騎士「いや、そんな事はないが」

半分嘘だ。何を言っても反応が薄く、後ろ向きな発言が多い為、決して楽しい気分ではない。
自分も口下手な自覚はあるので、勇者だけのせいではないが。

暗黒騎士「なら話題を変えようか。…お前のことを聞いてもいいか?」

勇者「私の?」

暗黒騎士「あぁ。お前のことが知りたい」

勇者「まぁ…構いませんよ」

暗黒騎士(屋敷で下働きをしていたと聞いたが…)

王からそれを聞いたことは言わない。勇者の口から直接聞いて、会話のきっかけになればいいと思った。

38 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:40:51.83 ID:7CjjXFoN0
勇者「私の父、悪徳商人だったんですよ」

暗黒騎士「いきなり面白いな」

勇者「それで恨みを買って、私が小さい頃に殺されまして。母は気を病んでほぼ同時期に亡くなりました」

暗黒騎士(それで重い…)

勇者「私は村のお金持ちに引き取って頂きました」

暗黒騎士「…そこでいじめられでもしたか?」

勇者「私が悪いんです」

暗黒騎士「え?」

勇者「本当に頭が悪くて、何をやっても駄目で、人に好かれることもできないから」

暗黒騎士は黙る。
魔王軍の中にも、気の毒な程無能で、努力の実らない者はいる。そういう者を周囲は煩わしく思うが、きっと本人も自己嫌悪していると思う。
勇者はきっと自分をそんなタイプだと言っているのだろう。勇者をよく知らない暗黒騎士は、フォローの発言もできなかった。

勇者「いつも腹立たしく思っていたんです」

暗黒騎士「…何にだ」

勇者「無能な自分自身と、無能な私を苦しめる世界が」

暗黒騎士「それじゃあ生きること自体が苦しかったんじゃないのか」

勇者「死ぬのも怖いですけどね」

勇者はそこで、今日初めてちょっとだけ笑った。

39 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:41:38.51 ID:7CjjXFoN0
暗黒騎士は幼馴染を思い出す。
小さい頃はいじめられっこで、よく自分の背中に隠れていた幼馴染。

幼馴染『おにぃ…いつもごめんね』

幼馴染は周囲の子より鈍臭くて、気が弱かった。
そういう周囲より劣った存在は、虐げられる標的にされやすい。

幼馴染『私といるとおにぃも仲間はずれにされちゃうでしょ…?』

弱い者いじめする奴らなんかと遊びたくない。俺がそう言うと幼馴染は涙目になった。

幼馴染『私、やっぱり弱い者なんだね』

幼馴染『おにぃがいなくなったら私…』

今になってわかる。幼馴染は怖がっていたのだと。
弱い者が自分の力で生きていくことを恐れるのは、おかしな事じゃない。

当時の俺はそんなことわからなかったが、幼馴染と約束をした。
お前が弱いなら、俺が強くなる。俺がずっと、お前を守ってやると――





暗黒騎士(俺は、あいつとの約束を破った)

40 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:42:22.98 ID:7CjjXFoN0
勇者「すみません」

暗黒騎士「…ん?」

勇者「後ろ向きな話をしてしまって」

暗黒騎士「お前が後ろ向きな人間だというのがわかったから、構わん」

勇者「次は貴方の事を聞かせて頂けませんか?」

暗黒騎士「何だ。そんな事に興味あるのか?」

勇者「話して頂ければ興味が沸くかもしれません」

暗黒騎士「…」

嘘でもいいから興味があると言え、と思った。要領の悪い人間は嘘も下手だ。
それでも一応聞いてくれたのだから、話してみることにした。

暗黒騎士「俺は…お前と同じ国で生まれた」

勇者「じゃあ暗黒騎士さんは人間なんですか?」

暗黒騎士「元、な。人間が嫌になる気持ちはお前もわかるだろう」

勇者「はい」

詳しい理由については、話したくなかったので話さないことにした。

暗黒騎士「とにかく人間をやめてからずっと、鍛えながら魔物達と過ごしてきた。そして魔王様に実力を見初められ、魔王軍に入った」

勇者「貴方は有能なんですね」

暗黒騎士「…」

その言葉は素直に褒められたのか、卑屈さがこもっているのか、わからなくて少し困った。

41 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:43:23.96 ID:7CjjXFoN0
勇者「どうして貴方程の方が、私を気にかけて下さるんですか?」

暗黒騎士「…」

いきなりのストレートな質問に押し黙る。何と答えればいいのか…。

勇者「魔王軍は勇者を閉じ込めておけば、あとは何の用もないはずですよね」

勇者「ここを出入りする方は貴方以外、私に何の興味も持ちません」

勇者「どうして貴方は私に興味を?」

暗黒騎士「…そうだな」

短い時間で色々考えたが、答えは1つしかない。

暗黒騎士「同情かもしれないな」

勇者「同情…」

言ってから少し後悔する。
同情なんて上から目線の言葉、より一層惨めになるだけではないか。

勇者「ありがとうございます」

だけど勇者は、

勇者「優しいんですね、暗黒騎士さん」

同情すら優しさと受け取る程、自尊心を失っていた。

42 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:43:49.27 ID:7CjjXFoN0
暗黒騎士「…言っただろう、俺がお前を必要としてやると」

してやるなんてのも上から目線だ。
だけどこの勇者は、別にそんなの気にしていないのだろう。

勇者「嬉しいです」

勇者は笑顔になる。
手を差し伸べてくれるのなら、自分を見下していても構わない――きっと、そういう事だ。

勇者「でも私、必要とされるには役に立たない人間です」

暗黒騎士「――っ」

上から目線の同情に、何かを返したいと思う気持ち。
何も返せず、自分を無能と卑下する気持ち。
勇者の声と表情から、そんな気持ちが伝わってきた。

暗黒騎士(本当に、こいつは――)

どうしようもなく卑屈で、どうしようもなく気の毒で――

暗黒騎士「…役割を与えてやる」

勇者「役割…?」

暗黒騎士「これだ」

暗黒騎士は剣を手渡した。勇者にしてやれるのは、これ位しか思いつかない。

暗黒騎士「俺の剣を磨くという重要な仕事だ。お前に任せてもいいか」

勇者「重要な仕事…」

勇者の表情が少し明るくなった。
こんな事で嬉しそうになる勇者を見て、暗黒騎士は胸が痛んだ。

43 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 16:44:28.20 ID:7CjjXFoN0
暗黒騎士「…じゃあ俺はもう行く。長居してすまなかった」

そう行って足早に部屋を出た。
廊下を歩きながら思い出すのは、幼馴染の顔。


幼馴染『おにぃ、いつもありがとう』

幼馴染『皆が私に意地悪しても』

幼馴染『おにぃはいつも私を助けてくれるね』


暗黒騎士「…くっ」

勇者と幼馴染は違う。顔も喋り方も、全然似ていない。
それはわかっているが――

暗黒騎士(放っておけん…)

彼女を救いたいという気持ちが、どうしようもない程大きくなっていた。

45 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 21:59:58.47 ID:7CjjXFoN0
>翌日

暗黒騎士「お前が先代勇者か」

先代「…魔王軍の者か?」

先代勇者の情報が入ったので田舎を訪ねた。
暗黒騎士の鎧は目立ったが、遠巻きに見るだけで彼に声をかける者はいなかった。

先代「村の外に出よう」

暗黒騎士は了承する。

先代勇者――先代魔王を倒した当時は若造だったが、今は年齢を重ね貫禄を醸し出している。
聞けば、先代魔王を倒した後もずっと修行を続けていたとの事。

暗黒騎士「今回は勇者に選ばれなかったようだな」

先代「勇者は神が選ぶ。俺にどうこう言う権利はない」

暗黒騎士「…」

それなら、最初に勇者に選ばれた幼馴染は――
いや、やめておこう。こいつには関係ないことだ。

先代「勇者ではなくなった俺に何の用だ?」

暗黒騎士「悪いが命を貰いに来た。勇者でなくなっても、お前はまだ人間達の英雄だからな」

先代「なるほど、俺を殺して人々の希望を砕くか。しかし――」

先代勇者はそう言うと剣を構えた。
只者ではない、暗黒騎士は一瞬でそれを感じ取った。

先代「お前は魔王軍の主力級と見た。お前を討ち、魔王軍の希望を砕かせてもらおうか」

暗黒騎士「面白い」

何も問題はない、初めからやり合うつもりで来た。

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 22:00:16.13 ID:7CjjXFoN0
先代「覇あぁ!!」

先代勇者が剣を振り上げると、それだけで落ち葉が舞い上がった。常人であればここで圧倒される。
しかし暗黒騎士はあえて攻めた。まずは一撃、余裕で受け止められる。二擊目、三擊目、休まずに連続で打つ。これも止められる。
四擊目――かわされる。標的を失った刃が空中を切る。勇者の刃は――暗黒騎士の首を狙う。

暗黒騎士「くっ」

空中を切った剣を戻す余裕はなく、紙一重でかわす。剣先がわずかに兜をかすめた。
だが油断禁物、先代勇者は次の一撃を既に放っていた。

暗黒騎士「…っ!」

暗黒騎士は後方に大きく跳躍し、それをかわした。

先代「ほう…そんな重そうな鎧着てる割に、動けるではないか」

暗黒騎士「動けなくなるようなら着ない」

先代「それもそうだな!」

先代勇者は大きく笑う。それが彼の余裕を表しているかのようで、暗黒騎士に不快感が沸く。

暗黒騎士(余裕をかますなら、油断を突く)

暗黒騎士は再び攻める為、駆けた。

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 22:00:50.69 ID:7CjjXFoN0
打ち合いは続く。相手の一撃一撃が重く感じるが、暗黒騎士も圧倒されてはいない。
打ち合いの中、隙がないかと探るが、そんな容易な相手ではない。

むしろ――

先代「覇ぁ!」

暗黒騎士「ぐっ」

暗黒騎士の方が危険な場面が多かった。

考える。身体能力はほぼ同等。先代勇者が自分より上回っているのは、経験。
自分が先代勇者より上回っているのは――

暗黒騎士「…っ」ダッ

先代(捨て身の突進…ヤケになったか?)

しかし捨て身による隙を、先代勇者が見逃すはずなかった。

先代「…捉えた!!」

暗黒騎士「っ!!」

先代勇者の剣が、暗黒騎士の胸に突き刺さる――と、同時

暗黒騎士「かかったな」

先代(刃が…)

先代勇者が気付いた時には遅く

先代「が…っ!!」

暗黒騎士の剣は、先代勇者の胸を貫いた。

48 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 22:01:26.39 ID:7CjjXFoN0
暗黒騎士「俺がお前を上回っていたのは、鎧による防御力だ」

暗黒騎士は心臓に到達する前で止まった、勇者の剣を見ながら言った。

暗黒騎士「思うように刃が進まなかっただろう?狙うなら、鎧の隙間を狙うんだったな」

先代「フ…それであえて胸に隙を作ったのか…ゴホッ」

先代勇者は仰向けに倒れながらも、相変わらずふてぶてしい態度を崩さなかった。
暗黒騎士は油断せず、剣を振り上げる。

暗黒騎士「…1つ、どうでもいい質問をさせてくれ」

先代「何だ…?」

暗黒騎士「お前が勇者になる前――神に勇者として選ばれた少女がいたのを知っているか」

先代「あぁ、いたなぁ」

先代「気の毒な少女だった…だが彼女が勇者として成長するのを待っていたら、人間は滅んでいたかもしれん」

暗黒騎士「…国に殺されたのは仕方なかった、と思うか」

先代「結果的には仕方なかったかもしれない――だが」

先代「神は間違っていると思ったな」

暗黒騎士「…そうか」

暗黒騎士「話は以上だ」


―――

49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/09(金) 22:02:04.17 ID:7CjjXFoN0
幼馴染の件は先代勇者のせいではない。
ただ何となく、先代勇者の気持ちが知りたかっただけだ。

神は間違っている――その通りだ。
神は人間を救おうとは考えていない。勇者という運命に翻弄される人間を見て、どう足掻くか、楽しんでいる。
だけど、神に逆らう方法なんてありはしない。

暗黒騎士(現状はさぞ楽しい展開だろうな…)

幼馴染と勇者。運命に翻弄された2人の少女の顔が浮かび、どうしようもない位腹が立ってくる。

暗黒騎士(だが俺は魔王様に忠誠を誓った身)

ならば人間に都合のいいようになんてさせない。
それが神を楽しませる結果になったとしても、どこまでも魔王の為に動こう。

52 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:08:51.00 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「元気か」

勇者「暗黒騎士さん」

勇者はいつも通りの覇気のない顔で暗黒騎士を出迎えた。
その手には、昨日暗黒騎士から預かった剣がある。

勇者「これ、磨いておきました」

暗黒騎士「あぁ、ありが――ん?」

暗黒騎士は勇者の手に注目した。指や手の平に傷ができている。

暗黒騎士「…剣を磨いて怪我したか?」

勇者「………はい」

何て不器用な…と思ったが侮辱してはいけない。一生懸命やってくれたのだ。

暗黒騎士「また頼んでもいいか」

勇者「はい、喜んで」

勇者は嬉しそうだ。きっと、役に立てることが嬉しいのだろう。
実際大した仕事じゃないが、勇者が喜ぶならそれでいい。そう思いながら、勇者から剣を受け取る。

暗黒騎士(………ん?)

一瞬、剣の感触に違和感があった。だが見た所剣に変わった所はない。

勇者「どうしました?」

暗黒騎士「あ、いや。…今使っている剣の手入れが必要になる時まで預かっていてくれるか。最近部屋がゴチャゴチャしてきてな」

勇者「あ、はい。わかりました」

53 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:09:32.47 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「今日は…先代勇者を討ってきた」

暗黒騎士は勝手に喋り始める。
勇者は「へぇ」と薄い反応を見せた。

暗黒騎士「相手の剣がもう少し深く刺さっていたら俺の負けだった」

勇者「やっぱり強かったんですね、先代勇者は」

暗黒騎士「…あぁ」

やっぱり、と言われて複雑な気分になった。
奴は幼馴染の代わりに選ばれた勇者で、本来勇者ではなかった人間だ。

勇者「…暗黒騎士さん?」

暗黒騎士「あ、いや何でもない」

それから、他愛ない話を続けた。

54 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:09:59.45 ID:n6XkU/tv0
それからも、何度か勇者の所に足を運んだ。

暗黒騎士「土産だ、暇つぶしに使え」

スライム「うにゅうにゅ」

勇者「わぁ、変な生き物。面白いですね」

暗黒騎士(変な…)←可愛いと言うと思っていた

勇者は少し通う内に容易に心を開き、他愛ないことで笑顔を見せた。

暗黒騎士「…今日も国に襲撃を行った。大分ダメージを与えたと思う」

勇者「暗黒騎士さんは凄いんですね」

人間が攻撃されたと聞いても心を痛める様子はない。
世界が滅んでもいい――勇者の気持ちは、そう言った時と変わっていない。

55 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:10:26.53 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「今日は非番だし、少し出かけるか」

そう言って城外に連れ出し、森を案内する。
特に楽しいものではないだろうが、毎日部屋にこもっていても飽きるだろう。

勇者「あの花初めて見る。知ってる?」

スライム「うにゅうにゅ」コクリ

勇者「そっか、この辺知ってるの?」

スライム「うにゅ~」ダッ

勇者「あ、待ってー」ダッ

スライム「うにゅにゅ~」

勇者「ふぅふぅ、疲れた~」

暗黒騎士「休むか」

脆弱だなと思いながら、暗黒騎士は木陰に勇者を誘った。

56 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:10:54.96 ID:n6XkU/tv0
勇者「今日はありがとうございます、暗黒騎士さん」

暗黒騎士「別に礼など必要はない」

勇者「貴方と会っている時間が1番楽しいです」

暗黒騎士「そうか…」

満面の笑みに心が痛む。勇者にとっての幸せはあまりにも小さい。

暗黒騎士「…何か望みはないのか」

勇者「望み…?」

勇者は首を傾げる。

暗黒騎士「こんな不自由な生活送ってたら、望みの1つや2つ出来るだろう」

勇者「望み…」

勇者は考え込んでいる。
自分なら酒が飲みたいとか、もっと体を動かしたいとか思うだろうが、勇者には本当に何も無いのか。

勇者「あ、そうだ」

暗黒騎士「思いついたか?」

勇者「暗黒騎士さんの顔が見たいです」

暗黒騎士「…俺の?」

57 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:11:38.51 ID:n6XkU/tv0
勇者「駄目ですか?」

暗黒騎士「…」

いつも兜をかぶっているのには理由があった。
魔族に転生したのはもう十何年も前だが、それから外見はほとんど歳を取っていない。
自分は見た目に貫禄がない、と暗黒騎士は思っていたので、兜で威圧感を出していた。

だけど表情がわからないというのは、コミュニケーションを取る上ではマイナスだ。

暗黒騎士「構わん」

勇者「いいんですか!」

暗黒騎士「…笑うなよ?」

そう言って暗黒騎士は兜を脱ぎ、コンプレックスの塊である顔をさらけ出した。
その顔を見た勇者の反応は…。

勇者「思った通りでした」

意外だった。

暗黒騎士「もっといかついかと思ったとか、想像より若いとか、そういうことばかり言われてきたが」

勇者「そう言われるのが嫌で兜をかぶっていたんですか?」

暗黒騎士「まぁ、そうだ」

勇者「てっきり、表情が見えたら――」




勇者「暗黒騎士さん、辛いのがばれちゃうからかと思った」

暗黒騎士「――――え?」

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 10:12:13.54 ID:n6XkU/tv0
勇者「暗黒騎士さんて時々、とても辛そうな様子を見せるんですよ。気がついてました?」

暗黒騎士「そんなわけ――」

勇者「私、ずっと人の機嫌をうかがって生きてきたから…」

勇者「顔が見えなくても、何となく暗黒騎士さんの感情がわかるんです」

暗黒騎士「…っ!!」

暗黒騎士が辛いとはっきり感じるのは、幼馴染を思い出す時。
勇者の姿は、幼馴染と重なることが多く――

勇者「あっ」

暗黒騎士は、衝動的に、勇者を抱きしめた。

勇者「どうしたんですか…?」

暗黒騎士「俺じゃない――」

辛い目にあっているのは、俺じゃない。
当の本人は、何が辛いのかすらわからなくなっている。

勇者「暗黒騎士さん…?」

この、無力で哀れな少女を守りたくて、苦痛に歪んだ自分の顔を見られたくなくて――
ただただ強く、勇者を抱きしめていた。

63 : ◆WnJdwN8j0. [sage]:2015/01/10(土) 18:04:28.30 ID:n6XkU/tv0
勇者「今日は楽しかったです」

暗黒騎士「…そうか」

勇者を部屋まで見送り、暗黒騎士は自室へと戻る。
勇者はあっけらかんとしていたが、あの鋭い勇者に自分の動揺がばれていないか、とても不安だ。

俺は正気を失っている――それが、はっきり感じられた。

魔王「お楽しみだったようだな、暗黒騎士」

暗黒騎士「!?」

唐突に姿を現した魔王に驚く。
魔王はそんな暗黒騎士の顔が見えているのか、可笑しそうに笑った。

暗黒騎士「…お楽しみという程の事は」

魔王「最近、よくあの勇者の元に通っているな?」

暗黒騎士「…魔王様が思っているような事は一切ありませんので」

魔王「さて、何の事かのう?」

魔王は下世話に口を歪めた。
魔王のことは尊敬しているが、こういう所は本当に苦手だ。

暗黒騎士「…とにかく勇者とは大した事はしていません」

魔王「そうか…勇者の扱いについてお前に相談しようと思っていたが、わしの独断でいいかのう」

暗黒騎士「…勇者の?」

そう尋ね返すのは見切っていたかのように、魔王はにやりと笑う。

魔王「部屋で話そう」

暗黒騎士「はい…」

暗黒騎士は魔王の下世話な声色に、何か嫌なものを感じた。

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:05:08.51 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「それで魔王様、勇者の扱いというのは」

勇者を生け捕りにし、人間への侵攻を進める――そういう話だったはずだ。
捕らえている間の勇者の扱いについては、特に指示はなかったが。

暗黒騎士「今の所勇者は逃げたり自害する様子は見受けられません。何か問題が…」

魔王「つまらん」

暗黒騎士「…は?」

魔王「上手くいきすぎだ。刺激が無くてつまらん」

暗黒騎士「何を…」

魔王が何を言っているのか、心底理解できない。

魔王「暗黒騎士、お前は優秀だ。人間への侵攻も滞りなく行っている」

魔王「だがわしはもう少し刺激を楽しみたい…」

暗黒騎士「どうしろと?」

尋ねると魔王は大笑いした。
心底困り果てる。これは、魔王が自分をからかっている時の笑いだ。

65 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:05:58.54 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「魔王様、真面目に話して下さい」

魔王「悪い悪い」

魔王「わしには刺激が足らん。そこであの勇者だ」

暗黒騎士「勇者をどうするつもりで…?」

魔王「人間どもは勇者が我々の捕虜になっている事を知らん…」

暗黒騎士「まぁ、そうですね」

魔王「そこで人間達を絶望に叩き落とす為…」

魔王「勇者にわしの子を孕んでもらうというのはどうかのう」

暗黒騎士「!?」

魔王の下卑た笑みの奥に隠された残酷さに、暗黒騎士はぞわりと悪寒がした。

66 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:06:32.41 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「反対です!」

魔王「おや即答か」

暗黒騎士「あの勇者は勇者として機能していません、魔王様が思うほど人間達は絶望しないでしょう」

暗黒騎士「それに今勇者の精神状態は安定している…そんな事して勇者が自害したらどうするんです!」

魔王「前者はともかく後者はごもっともだの」

暗黒騎士「おわかり頂けたなら、おやめ下さい」

魔王「だが…それはそれでいいかもしれんな」

暗黒騎士「なっ」

魔王「神が選んだ勇者を孕ませ、人間達を嘲笑してやるのは面白い」

魔王「勇者が自害し、新たな者が勇者となるならもっと面白い」

暗黒騎士「…!!」

魔王「そうでもしなければ、今の勇者はあまりにもつまらん」

暗黒騎士「魔王様…」

全身が冷えていくのを感じる。
魔王の意志は強い。このままでは、勇者が――

67 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:07:00.41 ID:n6XkU/tv0
「おい」

勇者「すやすや…ん~?」

「起きろ」

勇者「ふあぁ……誰?」

暗黒騎士「俺だ」

勇者「暗黒騎士…さん?」

暗黒騎士「…こんな時間に悪い。起きろ」

勇者「ふぁい…どうしたんですかぁ」

暗黒騎士「今から外に出る」

勇者「え?…今、夜じゃないんですか?」

暗黒騎士「いいから来い」

勇者「でも…」

暗黒騎士「魔王様の子を孕みたくなければ早くしろ」

勇者「!」

68 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:07:43.91 ID:n6XkU/tv0
裏口から勇者を連れ出し、足早に城から遠ざかる。

勇者「よいしょ、よいしょ…」

何故か預けていた剣を持ってきた勇者は歩くのが遅い。
それでもまぁ、何とか誰にも見つからずにいる。

勇者「あの暗黒騎士さん…」

暗黒騎士「…何だ」

勇者「さっき言っていたことの意味は…」

暗黒騎士「魔王様が戯れを始めようとしている」

勇者「戯れ…」

暗黒騎士「少し歩けば洞窟がある。そこに身を隠していろ」

勇者「…でも魔王軍が混乱するのでは」

暗黒騎士「そんな心配している場合か。それとも魔王様の生贄になりたいか?」

勇者「それは…嫌ですけど」

暗黒騎士「煮え切らん返事だな?まさかお前…」

勇者「いえ…魔王は私が勇者だから、そうしようと考えたんですよね」

暗黒騎士「あぁ、そうだな」

勇者「あぁ、やっぱり」

勇者でなければ、誰も自分に見向きもしない。勇者はそう考える奴だ。
もっとも、この状況じゃ見向きもされない方が遥かにいいと思うが。

69 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:08:12.84 ID:n6XkU/tv0
勇者「あの…私を逃がしたこと、貴方が真っ先に疑われるのでは?」

暗黒騎士「そうだろうな。だが、上手く対処できる自信はある」

本音では自信は50%。だけどここは嘘をつく。

勇者「けど私、こんなんでも一応勇者ですし…暗黒騎士さんに迷惑をかけるのは」

暗黒騎士「おい、馬鹿なこと考えるんじゃないぞ」

暗黒騎士は冷や汗をかきながら勇者に詰め寄る。
この様子なら魔王城に戻ると言いかねない。そうしたら、勇者は魔王と――

暗黒騎士「駄目だ!お前がいいと思っても俺が許さん!」

勇者「やっぱり優しいですね暗黒騎士さんは」

暗黒騎士「こんなのは優しさの内に入らん、俺が気に入らんだけだ!」

勇者「でも、誰よりも私の為に行動してくれます」

暗黒騎士「お前の為じゃない!」

これは自己満足。勇者という運命の犠牲になる人間がいるのが気に入らない。
今だに幼馴染のことが吹っ切れずにいる自分の、精一杯の神への抵抗で――


勇者「私、貴方とならいいんですけど」

暗黒騎士「――は?」

勇者「産むのは貴方との子じゃ、駄目ですか?」

暗黒騎士「―――」


その瞬間、思考が停止した。

70 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:08:49.81 ID:n6XkU/tv0
勇者が側室となるのは、魔王ではなく、魔王軍幹部――それでも人間からすれば大差ないかもしれない。

暗黒騎士「だが、しかし…」

勇者「やっぱり、駄目ですか…」

暗黒騎士「いやっ…魔王様が了承するかは…」

違う、そうではない。
暗黒騎士自身が、動揺しているのだ。

勇者「貴方になら、何をされても構いませんから」

だけど勇者に残された選択肢は、あまりにも少なく。

勇者「それが叶わないなら、私を殺して下さい」

暗黒騎士「――っ」

この状況に、暗黒騎士も決断を迫られていた。

71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:10:08.83 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「俺は――」

その先の言葉をどうしても言えない。

暗黒騎士(どうすればいい…!?)

情けないと思いながら、空想の幼馴染に答えを求める。
もし、幼馴染なら何と言うか――

幼馴染『おにぃには、弱い人を救ってあげてほしいな』

救い。勇者にとっての救いとは?
勇者に残された選択肢に、救いと言えるものは…。

暗黒騎士「お前は…どうすれば救われる」

卑怯だ。自分が決断すべき場面で、勇者に答えの出ない質問をする。

勇者「そうですね、私は――」

勇者は自嘲気味に笑った。

勇者「こんな世界、滅べばいいと思います」

暗黒騎士「――っ!!」

暗黒騎士の胸に、勇者の言葉が突き刺さった。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 18:10:39.28 ID:n6XkU/tv0
この無力な少女は、この世界に虐げられ、普通に生きることもできない。

暗黒騎士「勇者…!」

勇者「暗黒騎士さん…痛いですよ」

勇者がひたすら哀れで、この世界への憤りが抑えられず。
抱きしめられた衝動で、勇者は剣を落とした。

暗黒騎士「俺がお前を救う」

できもしない言葉を吐く。

勇者「…ありがとうございます」

勇者は決して明るくはない微笑みを浮かべた。

勇者「その言葉だけでも救われていますから――」

75 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:56:51.05 ID:n6XkU/tv0
その時。

暗黒騎士「…っ」

唐突に、後方から嫌な気配を感じた。
いきなり現れた…いや、今までずっと気配を消していたのだ。自分でも察することができない程、気配消しに優れた実力者といえば…

暗黒騎士「魔王様…!?」

魔王「お楽しみの所悪いのう暗黒騎士」

暗闇から現れる魔王。その顔はいつも通り穏やかなのに、どこか威圧感がある。
暗黒騎士は油断せず、魔王と向き合う。

暗黒騎士「これは…」

魔王「言い訳せずともわかる。勇者を逃がすつもりのようだの」

暗黒騎士「そうです。俺は貴方の戯れには反対だ」

臆さずはっきり言う。下手な言い訳は逆効果だと思った。

暗黒騎士「魔王様こそ…今までずっと隠れてご覧になっていたのですか?」

魔王「ふっ…お前達のやりとりが面白くてのう」

相変わらず下世話だ。今更それに対し抗議した所で魔王が態度を改めるわけないが。
そんなことより、今は勇者をどう守るかの方が大事だ。

暗黒騎士「なら全て聞いていたはずですね」

魔王「勇者はお前の子を産みたいそうだな」

魔王は嘲笑を浮かべる。
誰のせいでこうなったと思っているのだ…暗黒騎士は少しいらついた。

暗黒騎士「…貴方の目的を果たすなら、それでいいのでは?」

76 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:57:18.72 ID:n6XkU/tv0
そうなればいい、という気持ちは少しもなかった。ただ今は現状を何とかしたい。
しかし魔王はそこで、おどけた顔をした。

魔王「すまんが暗黒騎士…」

暗黒騎士「?」

魔王「お前に話した目的は、半分嘘だ」

暗黒騎士「…は?」

半分嘘――それはどっちを?

魔王「お前はわしが拾わねば、惨めな浮浪者だったな」

魔王「そんなお前がわしを裏切るかどうか――そこを試してみたかったのだ」

暗黒騎士「…っ!!」

魔王「あぁ、裏切るようけしかけたのはわしだ、だから裏切りに関して怒ってはおらん」

魔王「だがわしは初めから――」

暗黒騎士「まさか…」

魔王「その勇者には死んでもらうつもりだった」

暗黒騎士「!!」

77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:57:45.84 ID:n6XkU/tv0
魔王「つまらんのだよ、その勇者は」

勇者「…」

勇者は話を聞いているのかすら疑わしい程、何の反応も無かった。

暗黒騎士「魔王様、人間達に大分ダメージを与えたとはいえ、まだ隠れた実力者がいるのかもしれませんよ!?この勇者を殺せば新たな者が勇者となり、魔王様が討たれる危険が…」

魔王「それが魔王だ」

魔王はすっぱりと暗黒騎士の言葉を切った。

魔王「不死の体に守られ、勇者との戦いを避けて魔王を名乗れるものか」

魔王「勇者として機能していない勇者はいらん」

暗黒騎士「…っ、勇者!」

魔王の言葉を聞き終わる前に、暗黒騎士は剣を構え魔王に突っ込んでいった。
その剣は、魔王の腕に止められる。

暗黒騎士「今の内に逃げろ!」

魔王「おやおや、不死の肉体を持つわしに立ち向かおうとは」

暗黒騎士「殺すことが目的じゃありませんから…!」

そう言って剣を振り上げ、魔王の腕を切り落とす。それから連続で、魔王の胸に剣を深く刺した。
魔王は無抵抗のまま、笑みを崩さない。

魔王「暗黒騎士、ようやくお前も面白くなったな…」

暗黒騎士「何…!?」

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:58:11.83 ID:n6XkU/tv0
魔王「言っただろう。お前も優秀すぎてつまらん」

暗黒騎士「な…」

魔王「元人間で、人間に対し恨みを抱えているお前を部下にすれば面白そうだと思っていた」

魔王「しかしお前は、わしの命令通りにしか動かなかった」

暗黒騎士「それがつまらないと?」

魔王「あぁ…そうだ」

暗黒騎士「っ!!」

不意打ちで横腹を殴られ、軽くよろめく。さっき切り落とした腕が、もう再生していた。
魔王がダメージを受けた所を見たことはない。そのせいで、この再生の早さは予想外だった。
魔王の攻撃はそれで終わらず…。

暗黒騎士「ぐがっ…!!」

腹に魔力を帯びた一撃を喰らい、吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされる最中腕を思い切り蹴り上げられ、それで剣が暗黒騎士とは逆方向に飛んでいった。

暗黒騎士(くそ…)

ここまで見事にやられるとは思わず、自分の目論見の甘さに舌打ちする。
だがそれより問題なのは…。

暗黒騎士「お前…何で逃げてないんだ!」

勇者「…」

勇者は相変わらず状況を無視しているかのように、一歩も動いていなかった。

79 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:58:38.05 ID:n6XkU/tv0
魔王「どうせ逃げても無駄だとわかっていたのだろう」

魔王はゆっくり勇者に迫る。それでも勇者は動かない。

暗黒騎士「おい…!!」


あの時と同じだ。
あの時も自分が弱かったせいで幼馴染を守れなかった。

幼馴染『この世界で生きていくのは、辛すぎるよ』

生きるのを諦め、死を望まれる者に生きてほしいと願うのは、自分だけで――


暗黒騎士「勇者!俺にはお前が――」

勇者「誰かの代わりに必要、ですか――?」

暗黒騎士「!?」

勇者「その反応、やっぱり」

勇者はこの状況にそぐわない、淀みのない笑顔を浮かべた。

80 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:59:06.69 ID:n6XkU/tv0
勇者「何となくわかっていたんです、暗黒騎士さんが見ているのは私じゃなかったって」

暗黒騎士「それは…」

間違いではない。自分は勇者と幼馴染の姿を重ねていた。
だが、自分は幼馴染の事を一度も話したことはない。

勇者「暗黒騎士さんが私を気遣ってくれるのも、人間に恨みを抱いている理由も――きっと大切な人を失ったんだろうなぁって、ちょっと想像したらわかっちゃうんですよ」

その様子はもう、未練を捨てたかのように吹っ切れていて――

勇者「それでも良かったんです、私に優しいのは貴方だけだったから」

暗黒騎士「違う、俺は」

勇者を救いたいという気持ちは、本物だった。

魔王「どの道もう終わりだ」

やめろ――暗黒騎士は駆ける。

勇者「こんな世界、滅びればいいけど――」

勇者「貴方だけは幸せでいてほしいです」

暗黒騎士「…っ!!」

81 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 19:59:34.62 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士はその時頭で考えて行動してはいなかった。
駆けた先、勇者の足元付近に剣が落ちていた。だから、拾った。
そして無防備な魔王の胸に、剣を深く突き刺した。

魔王「無駄だと――」

しかし、次の瞬間魔王の顔が歪む。
余裕が崩れた…?疑問に思いながら剣を引っこ抜く。そして違和感。

魔王が口から血を吐く――傷口が再生しない?

暗黒騎士は無心ながらも、普通の体が相手であれば致命傷になる一撃を放っていた。
それを無防備で喰らった魔王は、そこに崩れ落ちる。

魔王「その剣か――」

暗黒騎士「…え?」

魔王の視線の先、自分が手に持っていた剣を暗黒騎士も見る。

魔王「その剣から勇者の加護を感じる」

暗黒騎士「…!?」

この剣は勇者に預け、勇者が磨いていたもの。
だがまさか、それだけでこの剣が魔王を討つ為の刃になったとでも…!?

魔王「世の中は不可解なことで成り立っておるのう」

魔王は弱った様子で、大きく笑った。

82 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:00:07.26 ID:n6XkU/tv0
魔王「こんな間抜けな死に方する魔王は、歴代でわしが初めてだろう」

暗黒騎士「魔王様…」

魔王には恩もあり、忠誠もある。
だから自分の手で魔王を殺してしまうなんて、暗黒騎士にとっては不本意で――

魔王「先のことを考えよ、暗黒騎士」

暗黒騎士「先の…?」

魔王「詳しくはわしの遺言状でも読め。喜ぶのだな暗黒騎士」

魔王「人間を滅ぼすのは、お前だ――」

暗黒騎士「――!!」


暗黒騎士は茫然としていた。今だ現状を受け入れられない。
しかし、そうしている暇はなかった。

暗黒騎士「…!!」

大勢の気配がこちらに迫ってくる。
大群はあっという間に自分たちを囲んだ。彼らは、魔王軍の魔物達だ。

83 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:00:34.09 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「…」

戯れの気持ちを持たぬ彼らなら、少なくとも勇者を殺しはしないはず。
暗黒騎士はそこから逃げ出そうとも、抵抗しようとも思わなかった。自分は魔王を殺した反逆者。反逆者は罰を受けるのが当然。

しかし。

魔物「暗黒騎士様…」

暗黒騎士「…?」

彼らから殺気はまるで感じない。
それどころか、自分の錯覚か、自分に敬意を払っているようにも感じられ…。

暗黒騎士「どうした…俺を殺さないのか」

魔物「とんでもない」

魔物「魔王様の遺言に従い――」

魔物「貴方を次の魔王と認めます」

暗黒騎士「――っ!?」

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:01:01.23 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士「俺が次の魔王だと!?俺は不死の体を持っていないぞ!」

魔物「それでも、我々を束ねることはできます」

暗黒騎士「!!」

魔王の死に際の言葉を思い出す。
人間を滅ぼすのはお前――つまり、自分が魔王となり人間を滅ぼす。

暗黒騎士「しかし…」

歴史上、魔王とは不死の体を持つ者だった。
だというのに、自分が魔王を名乗り出ていいものなのか…。

勇者「気にしなくていいんじゃないですか」

暗黒騎士「勇者!?」

勇者は相変わらず平然としていた。

勇者「勇者が神に選ばれて魔王を討つ力を得るように、魔王もきっと誰かに選ばれて不死の体を得る――」

勇者「魔王も、神の戯れに過ぎないかもしれない」

暗黒騎士「…」

勇者の言うことも一理ある。魔王も勇者も神を楽しませる存在でしかない、と暗黒騎士は思っている。
魔王も神が選ぶものなら、それに従ってやる義理はない。

暗黒騎士「…わかった」

暗黒騎士は渋々、魔王の遺言を受け入れた。

85 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:01:44.87 ID:n6XkU/tv0
不死の体を持たぬ暗黒騎士は、人間への侵攻を慎重に行っていた。
人間達の主要な国の要人と英雄を片付ける為動いていたが、彼らも手ごわく侵攻は順調にはいかなかった。

だが、それ以上に――

魔物「魔王様、今日の侵攻は魔王軍の敗走となりました」

暗黒騎士「そうか…犠牲が少なかったならそれでいい」

暗黒騎士は魔王になって、積極性を失っていた。

勇者「お疲れですか?」

暗黒騎士「まぁな…だが心配するな」

勇者「はい…無理しないで下さいね」

暗黒騎士「…」

魔王が死んだと同時、勇者の紋章も消えた。勇者とは魔王がいるからこそ存在できるものだ。
従うべき存在も、勇者の運命に翻弄される者もいなくなり、暗黒騎士の戦意は大分削がれていた。

それでも勇者は、暗黒騎士の側を離れなかった。

勇者「私が必要とされていないことは変わりありませんから」

紋章を失った勇者は死を望まれる存在から、また誰からも見向きされない存在に戻っただけ。
だがそんな勇者を救いたいという気持ちは、暗黒騎士にもまだ残っていた。

暗黒騎士「俺の側にいろ、勇者」

こうして勇者は人知れず、暗黒騎士の妻となった。

86 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:02:11.53 ID:n6XkU/tv0
暗黒騎士が勇者を愛していたか――それは暗黒騎士自身、わかっていなかった。
それでも勇者を伴侶にした日から、暗黒騎士は幼馴染を思い出さないようにしてきた。
これも同情かもしれない。だが少なくとも、勇者は魔物達から虐げられずに過ごせている。

少し時が経ち、2人の間に子ができた。

勇者「男の子なら、貴方に似ればいいですね」

暗黒騎士「どうだかな」

幸せを感じてはいた。

暗黒騎士「守るべきものが増えたな。それに、お前を必要とする存在も」

勇者「はい…そうですね」

自分は勇者を救うことができた――かつての卑屈さのない笑顔を浮かべた勇者を見て、暗黒騎士も安心したように笑った。

子ができた影響か、魔王軍の人間への侵略は一旦止まった。
それでも今までの攻撃によってダメージを受けていた人間達に、魔王軍を攻めきる力はなかった。
ともかくそれから魔王軍にとっては、平和な年月が流れた。

87 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/01/10(土) 20:02:40.19 ID:n6XkU/tv0
少年「…?」

勇者と暗黒騎士の子は、城内を探索していた。
好奇心旺盛な年頃で、目に入るもの全てが興味の対象となる。

少年「…」

少年は自然と武器庫に足を運ばせる。
平和になった現在人の出入りは少なく、彼を咎める者はいない。
武器庫には埃のかぶった武器が無造作に置かれており、少年はそれに興味を惹かれ手を伸ばした。

少年「…あっ」

手を伸ばした先にあったのは刃で、少年は手を切った。
血が床に落ちる。血を見慣れぬ少年はその光景に目を惹かれる。
だけど少年は、本能的に知っていた。

少年「…えい」

彼が念じると同時、手の傷口は閉じる。

本能的に知っていた。どんな刃も自分の命は奪えないことを。


勇者「ぼく~、どこ行ったの~?」

少年「まま!」

少年は武器庫を飛び出し、大好きな母に飛びついた。

少年「まま~まま~」

勇者「甘えん坊ねぇ、この子ったら」

少年「ねぇまま」

勇者「あら、なーに?」

少年「ぼく、おとなになったら…ままのおねがい、かなえてあげるね!」


少年は無邪気な笑みを母に向ける。
母の願いが少年の目指すものだと、彼は本能的に知っていた。



Fin

88 : ◆WnJdwN8j0. [sage]:2015/01/10(土) 20:08:29.76 ID:n6XkU/tv0
お付き合いありがとうございました。
このキャラ達ならどんな動きするかな~と思いながら書き進めていましたが、思ったよりも暗くなりました。
悩む暗黒騎士も大好きです。

89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 20:10:37.66 ID:iyIlck3oO


90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 20:42:03.33 ID:pITRWh8aO


91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 21:15:40.39 ID:LqFRyTjRO

最後こわー

92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 21:36:41.28 ID:ppKppPqyO
勇者は結局心の底では世界の滅亡を願っているのか。
虐げられてきたから、手に入れた幸せも心から信じられないんだね。

posted by ぽんざれす at 19:30| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月01日

クリスマス投票結果発表

先日クリスマススピンオフのリクエスト募集をかけさせて頂きました
リクエストは11月一杯で締め切ったので、結果発表をさせて頂きます。(現在はコメント表示しています)
こちらですッ!!

1位(3票)
介護ヘルパーシリーズ

2位(2票)
アラサー賢者と魔王の呪い
女勇者「勇者よりも、お姫様になりたかった
魔術師「勇者一行をクビになりました」

ランク外(1票)
姫「勇者に魅力を感じない」
勇者の娘「お父様の仇を討ちます」
魔王子「僕が美しすぎて世界征服とかどうでもいい」


介護ヘルパー…予想外だよ(`・ω・´)

上位3作品のスピンオフを書くとのことでしたが、2位が3つあるので4作品書きます
ランク外作品の救済策は…余裕があればな!!(駄目作者)

スピンオフは12/24の夜に公開致します~


今回は5名の方に投票をして頂きました。ありがとうございます
まぁ1人だけ作者の雇ったサクラがいるんですけどね、フフフ
次回こういう企画をやる際はアンケートフォームを設置するなど、より沢山の方が投票しやすいやり方を検討してみたいと思います
バレンタインは確実にやります 正月は余裕があればやります

ではでは、スピンオフ楽しませて頂きます~
posted by ぽんざれす at 09:18| Comment(1) | 皆様へ募集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月30日

姫「ボクの名は姫! 誇り高き勇者の血を受け継ぐ者!」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1448096647/

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:04:07.23 ID:LnoxrNYl0
かつて魔王を討ち、世界を救った勇者は、その後国を興した。
その国は世界の平和を目標に掲げ、人々の支持を集め発展していった。

そして建国から200年後――


兵士「兵士長殿、ウルフの群れが街に向かっているとの事です!」

兵士長「餌を求めてやってきたか…しかし人間を食わせるわけにはいかん。すぐ避難勧告を出し、部隊出動するぞ!」

兵士「はっ!」


滅多にない非常事態にも関わらず、兵士達に焦りはない。
この平和な時代においても彼らは戦闘訓練は怠らず、彼らは『勇者の国』兵の名に恥じぬ自信と実力を誇っていた。

だが――

執事「失礼致します」

兵士長「執事さん、 どうした」

執事「はい…実は姫様が……」

兵士長「………は?」


2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:04:34.20 ID:LnoxrNYl0
姫「ふふっ、血が騒ぐよ…ねぇ、ご先祖様?」

街外れの草原に1人仁王立ちし、姫は好戦的に微笑んだ。
短く切った髪に、機能性を重視した装備――活発な美少年に見紛いそうなでいたちではあるが、彼女は紛れもなく勇者の国王家第二子、姫である。

その姫の視線の先にいるのは――今、正に突っ込んでこようとする、飢えたウルフの群れだった。

姫「さぁ来い! ウルフども!」

姫は剣を抜き構える。
そして先頭のウルフが姫に襲いかかると同時――

姫「でやぁ――っ!!」ズバァッ

一擊でウルフの胴体を切り裂いた。

姫「近年弱体化している魔物なんてボクの敵じゃないね。さ、全員同時にかかっておいで」

姫は自信たっぷりに、ウルフ達を挑発するように笑った。

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:05:06.50 ID:LnoxrNYl0



王「この馬鹿者が―――ッ!!」ゴッ

姫「あだぁ!!」

執事(見事なコブだ)

騒動の後、王の間にて姫は兄――王のゲンコツと説教を喰らっていた。

王「ウルフの襲来でなく、お前の行動に兵士達が混乱していたではないかっ!!」

姫「おやおや。兵団なら、非常事態にも対応してかなきゃ~」

王「非常事態を作り出しているのは、お前だあぁ!!」

王子(わー、またやってるよ~)

姫には兄と弟がいる。
20代で王に即位した、歳の離れた兄は、若き人格者と名高い。
弟の王子はまだ剣を振るには未熟な年頃だが、勤勉な性格である。

王「大体お前は昔から…。少しは姫らしさというものを身に付けようと思わんのか」

姫「ボクだって勇者の子孫だよ、兄上~。将来は立派な姫騎士となり、この国に貢献します!」

王「素行不良な姫騎士などいらん」

姫「じゃあ冒険者になる~」

王「あのな……」

王子「まぁまぁ兄上、姉上は姉上なりに国を想っていらっしゃいますよ。それにこれ以上叱りつけては、姉上は本当に家出してしまいます」

姫「愛しい弟よ~! ボクのことよくわかってるねー、大好き!」ギュゥ

王子「むぎゅう」

王「…今回は大目に見るが、お前もちゃんと勉強をしてだな……」

姫「あっ、急用思い出したっ!!」ダッ

王「話を聞けーっ!!」

執事「逃げ足の早いことで……」

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:05:32.50 ID:LnoxrNYl0
>街


町民A「あら姫様、ご機嫌よう」

町民B「あー! お姫様、おっきなコブできてるー!」

町民C「また陛下に叱られたのかー?」

姫「いってて~、まぁね~」

頭をさする。兄は戦闘の前線にこそ出ないが、勇者の子孫だけあって、ゲンコツの威力もかなりのものだ。
それに、もう一箇所――

姫「いたた。あーあ、ドジっちゃったなぁ」

ウルフとやりあった時、足を引っ掻かれ怪我をしたのだ。
動けない程の傷ではないが、それなりに深い。

姫(もうちょっと強くなって怪我しなければ、兄上も心配しなくなるかな)

両親を早くに亡くした姫にとって、兄は父のような存在でもある。
誰よりも姫に厳しい兄は、姫に姫らしくあれと教えてきた。

姫(けどボクの性に合わないよ、『姫らしく』ってのは。ごめんね、兄上)

心の中で謝りながら、姫は馬に飛び乗った。

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:06:05.50 ID:LnoxrNYl0
学者「おや、姫様は今日も勉強放棄ですか?」

王子「あはは、そうみたい」

学者「仕方ありませんね、ではマンツーマンでのお勉強となりますね。今日は風魔法の基本でも」

王子「あ、それ予習しといた。ほら」ヒュオォ

学者「おぉ」

王子「基本はいいからさ、もうちょっとレベル高いことやってみたいなぁ」

学者「…ふふ、王子。貴方の魔法の才能は素晴らしい」

王子「へへ、照れるなぁ。学者が上手く教えてくれたからね」

学者「私など…魔法に関する知識ばかりが身につき、肝心の実力が伴わなかった半端物です」

王子「そんなことないよー? 学者の作った教本だって、評判かなりいいじゃない」

学者「ふ、そんな評判など…私の野望に比べれば……」

王子「野望?」

学者「いえ…それよりも、今日の勉強を始めましょう」

王子「はーい」

学者(ふ…ふふふ……)

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:06:36.97 ID:LnoxrNYl0
>丘


姫「ん~っ、風が気持ちいいぃ~っ!!」

姫は丘に来て伸び運動をした。
ここはお気に入りの場所で、よく城を抜け出しては遊びに来るのだ。
ここからだと上から城下町が眺められて、とてもいい景色である。

姫「今日はニャンコいないのかなー? おーい、おやつ持ってきたよ~」

猫たち「にゃーにゃー」

姫「おー、よしよ~し。ニャンコは可愛いなぁ」ニヘヘー


~♪


姫「ん~?」

猫と戯れていると、音が聞こえてきた。
他に誰か、近くにいるのだろうか?

姫(むぅ、ボクだけの場所だと思ってたのに。まぁ、いい場所だもんね~)

姫「…それにしてもこの音、よく聞くと……」

ビョボボ~、ブヒョオオォォォ♪

姫「ひっでー雑音」

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:07:04.26 ID:LnoxrNYl0
この雑音の音源は何かと姫は音に近づいていく。
すると…

?「…」<ビュルルル~ビョボロ~ン♪

切り株に座った男が笛を吹いていた。
男の雰囲気だけは吟遊詩人っぽいのだが…。

姫(音外しまくりだし、まず音の出し方が汚いなぁ)

姫も一応は、小さい頃から一流の講師に歌や踊りを教わっていた身なので、耳は肥えている方だった。
音楽は好きではなかったが、この笛の音はそれでもわかる程のひどさだ。

姫「おーい、笛の練習かーい?」

?「!?」<ボフッ

姫は気軽に声をかけてみたが、男はかなり驚いていた。きっと、人がいるとは思わなかったのだろう。
男は顔を真っ赤にして、サッと笛をしまった。

?「ぐ…聞かれていたか」

姫「あはは、ひどい音だったねぇ。人のいる場所では吹けないよね」

?「うっせーな」

男は恥ずかしそうに頭をボリボリ掻いた。

姫「ま、気にするなって。誰でも最初は初心者だよ!」

?「…一応、笛吹き歴5年だ」

姫「え、5日目じゃなくて!?」

?「おい。喧嘩売ってんのか坊主」

姫「坊主? あはは、ボクこう見えても女だよ」

?「お、女!?」ビクッ

男は驚いて、後ろに跳躍した。

?「あぁ、言われてみれば…。色気の欠片もねぇから間違えたわ」

姫「男装するの好きだから、男の子に見えるなら嬉しいよ」

ほとんど知られていないが、さらしを外せば豊満な胸の持ち主なのだが。
しかし色気は出るかもしれないが、姫にとっては邪魔でしかない。

?(参ったな…女には慣れてない)

姫「どしたの? うつむいちゃって?」

?「いや…」

?(まぁ…こんな男っぽい女なら、まだマシか…)

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:07:55.35 ID:LnoxrNYl0
姫「ボクは姫! ここによく来るんだ、宜しくね!」

?「姫? もしかして勇者の国の姫か?」

姫「そうだよ。あ、知ってた?」

?「あぁ…。とんでもねぇじゃじゃ馬姫だと聞いているぜ」

姫「あはは、その通りかもね~」

小さい頃から男の子に混じってヤンチャしてたし、街の不良ともよく喧嘩して、今日だって勉強をサボって遊びに来ている。
髪をバッサリ短く切ったのだって、勝手に自分でやったことで、皆目が飛び出る程驚いたものだ。

笛吹き「俺は…笛吹きだ。旅をしている」

姫「へぇ旅人! 色んな国を回っているの?」

笛吹き「まぁ…な」

姫(うーん、人と話すの嫌いなのかな?)

何となく人を拒絶する雰囲気がある。
それなら無理させる必要はないので、自分は立ち去ろうか…と思った、その時。

猫たち「にゃーにゃー」

笛吹き「お、猫じゃん」

笛吹きの顔はパッと明るくなった。

姫「あ、キミもおやつあげてみる?」

笛吹き「いいのか、じゃあ…」

猫たち「にゃー♪」

笛吹き「おぉ…」ホワーン

粗野な男だと思っていたが、案外そうでもないらしい。
猫におやつをやりながら、顔はもうデレッデレだ。

姫「…そう言えば、笛吹きが動物を操る物語を読んだことがあるなぁ」

笛吹き「あー、楽器使いの中にはそういう特殊能力を持つ奴もいるなぁ」

姫「ねぇ、キミはそういうのできないの?」

笛吹き「そうだなぁ…」スッ

笛吹き(リラクゼーション効果のある曲なら…)<♪ビュロロロ~ン、ボリボリボリ~

猫たち「フギャアアァァ」

姫「うわあぁぁ、頭が、頭が痛い!! ボクの中の何かが目覚めそうだああぁァッ!!」

笛吹き「………」

姫「凄いね笛吹き! よくわからないけど凄まじい特殊能力だったよ!」

笛吹き「……お前、それは天然か? 嫌味か?」ズーン

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:08:28.34 ID:LnoxrNYl0
猫たち「にゃー」

姫「じゃあね~、ニャンコ達ぃ~♪」

笛吹き「……なぁ、1つ聞いていいか?」

姫「ん? なに?」

笛吹き「一国の姫君が、こんな所で護衛もつけず遊んでていいのか?」

姫「いや駄目だよ」

笛吹き「あのな……。ここ数年で弱体化したとはいえ、まだ魔物がウロウロしてるんだぞ」

姫「大丈夫~ん♪」

姫はそう言うと、懐から短剣を取り出した。

姫「ボクにだって勇者の血は流れているんだもの! 襲いかかってくる魔物は、コレで返り討ちさ!」

笛吹き「はーん…じゃ強いんだ、あんた」

姫「まぁね~。ボクは将来、騎士になるから!」

姫はそう言いながら短剣をシュッシュと振り回し、鞘に収めた。
この一連の動作がかっこいい、と姫は思っている。

笛吹き「発展途上ってとこだな」ボソッ

姫「え?」

笛吹き「いや別に。けど勇者の国の姫君は、噂以上のじゃじゃ馬だってことは判明した」

姫「だろう!」フフン

笛吹き「いや褒めてねーし。むしろバカにしてるんだし」

姫「いいよ。『美しく高貴なお姫様~』みたいなおべっかよりずっとマシ」

笛吹き「おべっか…いや、おべっかだけじゃないだろ」

姫「え?」

笛吹き「少なくとも……美人さんであることは間違いないし」

姫「…」

姫「それはボクも否定しない」

笛吹き(謙虚さゼロかよ、可愛くねぇ…)

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/21(土) 18:08:56.83 ID:LnoxrNYl0
姫「…っと、ボクはそろそろ帰るね。ねぇ笛吹き、明日もここにいるの?」

笛吹き「あぁ、そのつもりだ。…ここは景色がいいからな」

姫「うんうん、城下町を見渡せて、とってもいい景色だよね~」

笛吹き「あんたも来るのか?」

姫「来るよ。キミの笛を邪魔してやらないと、ここの動物たちが苦しみそうだ」

笛吹き「悪かったなぁ~!」

姫「あはは。それじゃあね!」

姫は馬に飛び乗ると、笛吹きに手を振って丘を降りていった。
笛吹きも姫の姿が見えなくなるまで、 手を振っていた。

笛吹き「やれやれ…とんだアクシデントだったな」

笛吹き「さーて…これからどうしたもんか」


17 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:19:48.67 ID:CuY+fJ810
>翌日


姫「笛吹き~」

笛吹き「お」

姫が丘にたどり着くと、笛吹きは既に来ていた。
手には猫じゃらし。どうやら、猫たちと遊んでいたようだ。

笛吹き「今日は来るのが遅かったな」

姫「うぅー。踊りの先生につかまっちゃってさぁ」

笛吹き「へぇ。あんた、踊り習ってんのか」

姫「まぁ一応ね」

笛吹き「見せてくれよ」

姫「えー……」

姫は渋ったが、笛吹きが笛を取り出して音楽の準備をしている。
気は進まないが、仕方ない…。


ブヘヘ~ブッピョリポ~♪

姫「……」クルクル

ブリョリョンブッペレ~ン♪

姫「………」タッタッ

プリッポ~ボリョリョ~ン♪

姫「…………」クルリン


笛吹き「下手だな」

姫「キミの笛のせいだよ!!」ムキャーッ

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:20:48.72 ID:CuY+fJ810
姫「大体、ボク踊りとか好きじゃないんだよ! 兄上も王子もやってないのに、どうしてボクだけ!」プンプン

笛吹き「そりゃ…お姫様だからじゃないか?」

姫「男女差別だよ! もーっ、兄上みたいなこと言うんだからーっ」

笛吹き「王の気持ちはわかる。妹には可愛くしていてほしいもんだろ」

姫「ふーんだ。笛吹きには兄弟いるの?」

笛吹き「…できる予定だ。男か女かは、わからないが」

姫「できる予定?」

笛吹き「義理の母親が妊娠中。今、3ヶ月目」

姫「わぁ、おめでとう! 良かったね~!」

笛吹き「良くはないんだがな…家事情が色々ややこしくなるし」

姫「でも、可愛いもんだよ。ボクも弟は可愛いもん」

笛吹き「あぁ王子か…。何か、魔法の才能があるとか」

姫「そうなの、そうなの! 王子ってば天才なんだから! ボクなんて魔法の勉強、途中で投げ出しちゃったのに~」

笛吹き「天才か。あんたより強くなったりしてな」

姫「そうなったら嬉しいねー。将来どうなるかなぁ、楽しみだ」フフフ

笛吹き「……本当、弟のこと好きなんだな」

姫「うん!」

笛吹き「それと同じくらい、王もあんたのこと好きだと思うぞ」

姫「……え?」

笛吹き「喧嘩してるんだったら、仲直りしとけよ」

姫「べ、べつに…喧嘩してるわけじゃ」

笛吹き「そうか。…後悔しないようにしときな」

姫「後悔?」

笛吹き「…っと、余計なお世話だったか」

笛吹きはそう言うと立ち上がった。

笛吹き「そろそろ帰る。宿の夕飯時間なんだ」

姫「あ、うん」

姫は笛吹きの背中を見送ると、猫たちと戯れ始めた。
だけど頭の中には、笛吹きの言葉が残っていて…。

姫(後悔しないように、かぁ……)

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:21:24.52 ID:CuY+fJ810
>城


姫「ただいまー」

執事「お帰りなさいませ。肌寒くなってきたでしょう、ホットミルクでも如何でしょうか」

姫「飲む飲むー!」

執事の入れてくれるホットミルクは姫の好物だ。
この庶民の味が、名前の通り気持ちを「ホッと」させてくれる。

姫「はぁ~」ホノボノ

王「……姫」

姫「あ、兄上」

兄がやってきた。兄は何やら、厳しい顔をしている。
今日は踊りをサボらずやったし、問題も起こしていないし、怒られるようなことはしていないと思うが。

姫「な、なに? どうしたの?」

王「舞踊の講師に聞いた。…お前、真面目にやる気がないようだな」

姫(う。図星……)

王「どうして好きでないことには、とことん無関心なのだ。行動を好き嫌いで決めるようでは、この先苦労するぞ」

姫「だってー…ボクだけ踊り習わされるなんて不公平じゃんか」

王「お前にはわからないかもしれないが、男と女では役割が違う。そんな事では、嫁の貰い手が……」

姫「そんなこと、 兄上にあれこれ言われたくないね!」

王「姫……」

姫「フン! 兄上なんか嫌いだ!」

姫は怒りながらその場を立ち去っていった。


笛吹き『喧嘩してるんだったら、仲直りしとけよ』

笛吹き『そうか。…後悔しないようにしときな』


笛吹きのそんな言葉が思い出されたが…。

姫(ボクは悪くないもんね!!)

20 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:22:07.35 ID:CuY+fJ810
>翌日


笛吹き「……で、只今絶賛喧嘩中と」

姫「ボク悪くないもん!」

笛吹き「いやまー…悪くはないけどなー…」

姫「大体、踊れるからって何なのさ。そんなんで女を選ぶような男、こっちから願い下げだね!」

笛吹き「まぁでもわかる。俺も踊りができて、気品と色気のある女が好みだ!」ハハハ

姫 「キミの意見は聞いてませーん!」プンプン

姫はすっかりむくれていた。
今日は、踊りの稽古をすっぽかして丘まで来ていた。

姫「それにボク、全てを好き嫌いで決めてるわけじゃないよ。嫌いでも、できることあるもん」

笛吹き「例えば?」

姫「貸してっ!」バッ

笛吹き「え?」

姫は笛吹きから笛を奪い取る。
そして…。

姫「…」~♪

姫が笛を吹くと爽やかな音色が流れ、猫たちも和み始めた。

21 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:22:36.72 ID:CuY+fJ810
姫「ほらね~。ボク音楽は好きじゃないけど、簡単な楽器なら扱えるもんね。あ、これ返すよ」

笛吹き「」アワアワ

姫「ん? どしたの?」

笛吹き「あのなああぁぁ!! か、か、かんせつ…」ブルブル

姫「へ? 」

笛吹きは顔を真っ赤にして小声で呟いていた。
姫はピーンと察する。

姫「ははーん? 間接キスって言いたいのかなー? 意外とウブなんだねー、笛吹き」

笛吹き「うるせーな!! あんた無防備かよ!!」

姫「ガードは固いよ? ま、笛吹き程純真ではないかもね~」ケラケラ

笛吹き「あんた、良くも悪くも天然の能天気だな…。兄としては心配になるだろうな…」

姫「なんで」

笛吹き「ほら、その足のケガとか」

姫「あ、これ」

笛吹き「ウルフの襲撃の時に負ったんだろ。跡が残ったり…とか考えたら、やっぱ心痛いと思うぞ」

姫「そうかなぁ…」

けど昨日の笛吹きとの会話を思い出してみる。
もし王子が同じようなケガを負ったら自分は心を痛めるだろう。しかも、ケガするようなことをしょっちゅうしていたら、口うるさくなるのもわかる気がする。
兄が自分に対し、そんな気持ちを抱いているのだとしたら…。

姫「そっか…。そうだよね、兄上はボクを心配してくれているんだね」

笛吹き「嫁の貰い手もな。当たり前だろ」

姫「へへ…。でもボクの場合、昔からこうだから今更心配とかしないかなーって…」

笛吹き「そんなわけないだろ。むしろ、ずっと成長しないからこそ心配なんだろ」

姫「うー…」

悔しいけど反論できない。

22 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:23:14.18 ID:CuY+fJ810
笛吹き「そうとわかったらホラホラ、早く王と仲直りしてきな」

姫「そうだね!」

あれこれ考えるのは自分の性に合わない。
姫は決意すると、笛吹きの手をギュッと握った。

姫「あ りがと笛吹き! キミのお陰で何とかなりそうだ」ブンブン

笛吹き「わ、わ、わ、て、手…」ガチガチ

姫「じゃあね~! また明日!」ダッ

笛吹き「………」

笛吹き(本っ当~…に無防備だなっ!!)




姫(あれ? ボク、笛吹きにウルフのこと教えたっけ?)

姫(まぁ結構話は広がってるだろうし、知ってるか。ボクって有名人だな~)




笛吹き「さーて笛の練習でもするか」

?「……――様」

笛吹き「っ!」

?「決行日が、決まりました…」

笛吹き「……!!」

23 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:23:49.68 ID:CuY+fJ810
>城


姫「…兄上っ」

王「…ん?」

廊下を歩いている兄を発見し、呼び止める。
丁度、周囲に誰もいないので、変な噂がたつこともないだろう。今なら…

姫「その…ごめんなさいっ!」

王「………」

王「まるで『押忍』って感じのポーズだな」

姫「ハッ! しまった、つい!!」

王「お前は本当に礼儀作法がなっていないというか…」

姫「うー、すみませんねー」

王「ま…良くも悪くも飾らないのが、お前という人間なのだろうな」フフフ

姫「あ、兄上……」

厳しい兄にしては珍しい反応だった。
それに兄の笑顔を見るのも、久しぶりだ。

王「こちらこそ悪かった。お前のことを考えているつもりで、お前の気持ちをまるで考えていなかった」

姫「で、でも…兄上はボクを心配してくれていたんだよね」

王「あぁ。お前のことは本気で色々と心配だ」

姫「むぅ~…」

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:24:42.28 ID:CuY+fJ810
王「お前は我が国の姫なのだ。悪意を持ってお前に近づく者がいれば、国自体へのダメージにも繋がる」

姫「…うん」

王「それに、その時に1番傷つくのはお前自身だ。だからそうならぬよう、お前にはもう少し慎重さを身につけてほしい」

姫「慎重さ…。そうだね、ボクに足りていないものだ」

王「そして…王族は国の『顔』なのだ。その自覚を少しは持て」

姫「……そうだね」

王「俺がお前に最低限言いたいのは、それだけだ…。だが、まぁ」

姫「ん?」

王「俺個人の気持ちとしては…お前が楽しんでいるのは、とても良いことだと思う」

姫「兄上…」

兄は王という立場があるから、とても大きなものを背負っているのだ。それなのに自分ときたら、兄に余計な気苦労をかけさせるばかりで…。

姫「ボク反省するよ兄上。勉強もちゃんとやる。…遊びにも、行くけど」

王「はは、遊びに行くなとは言っていない。それより、これから王子と一緒にティータイムにしようと思っていたのだが、お前もどうだ」

姫「うん、ボクもご一緒するー! 久しぶりに兄弟水いらずだね!」

王「そうだな」

その後2人はすっかり仲直りし、ティータイムに色んな話をした。
本当に久しぶりになる、兄弟での楽しい時間だった。

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:25:35.44 ID:CuY+fJ810
>翌日


姫(笛吹き、来てないなぁ)

今日は早めに来た。手には、昨日のティータイムで余ったクッキーの詰め合わせ。笛吹きへのささやかなお礼として持ってきたのだ。

姫(今日は話のネタも沢山持ってきたぞー! 昨日は兄上といい、王子といい、おかしかったなー)

姫「あ、来た。おーい、笛吹きー!」

笛吹き「……」

笛吹きは何やら元気がない。寝不足だろうか?

姫「笛吹き、ありがとね。キミのお陰で兄上と仲直りできたよ。それでね…」

笛吹き「なぁ姫さん」

姫「ん、なーに?」

笛吹き「その…悪い。ちょっと、今日は急用ができて。ゆっくり話している場合じゃない」

姫「そっか。ううん、構わないよ」

そりゃ、そういうことだってあるだろう。

姫「もしかして、それ伝える為に来たの? 生真面目だなぁ~」

笛吹き「ち、違うんだ! その…」

姫「?」

笛吹き「…丘のふもとに、泉があるだろう。あそこで待っていてくれないか」

姫「なんで?」

笛吹き「その…そこで、話があるんだ」

姫「話?」

26 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:26:14.50 ID:CuY+fJ810
姫「わざわざ場所変える必要があるの? それに待ってろって、どれだけ待ってなきゃいけないのかな?」

笛吹き「それは……」

姫「……」

姫(何か事情があるのかなぁ。これは察しなきゃいけないやつ?)

自分はは『察する』というのが苦手だし、その自覚もある。
もしかして今は、その『察する』のが必要な場面なのか。

姫(兄上とも約束したもんね、大人になるって)

姫「わかった。その代わり、早めに来てよ? ボク、ボーッと待ってるの苦手だから」

笛吹き「…悪い」

姫「そんな、謝るほどのことじゃないよ」

笛吹き「いや…」

姫「?」

笛吹き「あんたには…いくら詫びても足りないんだ」ダッ

姫「? 変な笛吹き」

首を傾げながら姫は笛吹きの後ろ姿を見送り、それから丘を下った。

27 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:27:03.93 ID:CuY+fJ810
>城


王「王子、勉強は順調か」

王子「はい兄上! 新しい魔法をどんどん覚えていくのは楽しいです」

王「そうか。お前の魔法の才能は、俺や姫より上だな」

王子「ありがとうございます。でも…僕は兄上や姉上のように、剣を扱えるようになりたいです」

王「剣は体で覚えるしかないからな。お前程勤勉なら、習得できるとは思うが」

王子「えへへ…ありがとうございます」

王子(やっぱり兄上に誉められると嬉しいなぁ)


兵士「陛下!!」

王「む。どうした」

兵士「魔物の軍勢が…こちらに向かってきています!!」

王「!!」

王子「!?」

28 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/22(日) 18:27:37.52 ID:CuY+fJ810
姫(遅いなぁ笛吹き)

泉で馬を水浴びさせた後、泉に足を入れてバシャバシャしていたが、何だか待ちくたびれてきた。

姫(何の用だろうなぁ。想像もつかないや)

姫(待たせれば待たせる程、期待値上がっちゃうよー。早くしろー、笛吹き)

そんなことを考えていた時、ふと兄の言葉が脳裏をよぎった。


王『お前は我が国の姫なのだ。悪意を持ってお前に近づく者がいれば、国自体へのダメージにも繋がる』


姫(悪意を…)

姫(いやいや。友達を疑うなんてダメだよね)

その考えをすぐに払拭した。
だがしかし、言いようのない胸騒ぎがしていた。


その時――

執事「姫様! こちらにいらっしゃいましたか…!」

姫「し、執事!?」

馬に乗ってやって来た執事を見て、姫は仰天した。
ちょくちょく城を抜け出す姫を連れ戻しに、探知魔法の心得がある執事が来るのは珍しくもない。
しかし、今日は様子が違った。

姫「どうしたの執事、その怪我!」

執事「城が…!!」

姫様「!?」


31 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:12:29.88 ID:Lruyaxur0
姫と執事は大急ぎで馬を走らせていた。


執事『城が…魔物の軍勢に攻められています!』


姫(今日は確か…)

主力の部隊が戦闘訓練の為、城を離れている日だった。
すなわち攻められるには最悪のタイミング、というわけだ。

姫「敵は情報を掴んでいたのか…まさか、こっち側にスパイが!?」

執事「わかりません…しかし近年の弱体化した魔物ならば、いくら主力部隊がいないとはいえ、我が国の兵団があそこまで攻め込まれることは無いはずなのですが…」

姫「魔物達も、密かに牙を研いでいたのかもな…!」

気持ちが焦り、城が遠く感じる。
城は、兄は、王子は、城の者達は――


姫「…っ!」

覚悟していたとはいえ、その光景を見て息を呑んだ。
城からは火の手が上がっている。外壁は、あちらこちら破壊された跡も見られる。
唯一の救いは、街の方には避難勧告が出されたのか、被害に遭った町人の姿は見当たらず、被害は城に集中している。

執事「姫様、隠れて!」

姫様「…っ!」

城から魔物の群れが出てきて、街の外に突っ切っていった。

姫「兄上達は…!?」

魔物達が通り過ぎるのを待ち、姫は城に向かった。

32 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:14:13.06 ID:Lruyaxur0
城の中は外観よりも悲惨だった。
見知った顔の兵士達が倒れており、あちこち戦闘で破壊された跡がある。
城内は血の匂いが漂っており、姫はクラクラした。

姫「何てひどい…!!」

絶命したと思われる兵士達を見て、姫は怒りを覚えた。
彼ら一人一人が元気だった頃の姿が思い出される。それが余計に、胸を締め付けて。

姫「兄上と王子はどこに…」

と、その時。


――ガシャアァン


外で、ガラスの割れるような音がした。
姫は咄嗟に振り返り、中庭を見た。

姫「――っ!」

そして、目を疑った。


ガラスを突き破って中庭の地面に叩きつけられたのは――腹に穴をあけた、兄だったのだ。

33 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:14:54.77 ID:Lruyaxur0
姫「あ、兄上っ!」

姫は兄に駆け寄ろうとしが、肩をグイッと掴まれる。

執事「お待ち下さい、危険です!」

姫「でも…!」

と、その時、中庭に複数の魔物が降り立った。
歓声をあげている魔物達の中に1人――威厳あるオーラを放ち、只者ではない目つきをしている魔物がいた。

そのいでたちは、まるで――

魔物A「魔王様」

姫(魔王!?)

そう、正に魔物の王に相応しい風格だった。

魔王「…この国の王は確実に仕留めた」

姫「…っ!!」

姫はその言葉で一気に感情が爆発しかけ、執事に抑え込まれていなければ飛び出していただろう。
くい止められていたお陰で、次の言葉を聞くこととなった。

魔王「あとは、王子を手に入れるのみ」

姫「王子を…!?」

嫌な予感しかしなかった。

34 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:15:43.17 ID:Lruyaxur0
魔物A「王子は天才的な才能の持ち主とはいえ、まだ子供…襲撃を察知した時点で、避難させられたか」

魔物B「かつて勇者が築いた城だ。侵入者にはわからない隠し部屋があってもおかしくはないな」

魔王「手は打ってある」

魔物達が心配を口にする中、魔王はそう言い切った。

「魔王様、お待たせ致しました」

姫「えっ!?」

執事「な…」

そして新たに現れたその人物を見て、姫と執事は驚きの声をあげる。

学者「全て手筈どおり。事は順調に進んでおります」

姫「何で学者が…」

城に仕え、魔法の講師でもあった、学者だった。
だが、驚きはそれで終わりはしなかった。

学者「魔王子様――」

魔王子「…」

姫「――っ」

魔王子と呼ばれた男は、気を失った王子を抱えて姿を現した。そして、その魔王子とは――

姫「笛吹き…!?」

紛れもなく、笛吹きだった。

35 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:16:51.47 ID:Lruyaxur0
魔王「王を殺し、王子を手に入れた――学者よ、貴公の協力に感謝する」

学者「フフ…その代わり、魔王城で魔法の研究をさせて頂けるお約束…どうぞお忘れなく」

執事「学者…! 奴が内通者だったのか!」

姫「……」

信じられないことの連続で、姫はただ茫然としていた。

――何? これは夢? だとしたら、何てリアリティのない……


魔王「ところで勇者の末裔にはあと1人…姫君がいると聞いたが」

姫「っ!」

名を呼ばれ、姫は咄嗟に飛び出しそうになった――が、即座に執事に抑えられる。

執事「危険です姫様、このまま出て行っては貴方まで…」

姫「~~っ」

口を抑えられて声が出せない。

頭では、危険だとわかっている。だけどこの怒りを魔王にぶつけないと、気が済まなくて。


魔王子「…放っておいて良いでしょう」

その時、ずっと沈黙していた笛吹き――魔王子が、口を開いた。

魔王子「話を聞くに姫は、大した武力も魔法力もない、年若き女…恐るに足らぬ存在です」

魔王「…どう思う、学者」

学者「魔王子様のおっしゃる通りで。姫様は多少戦闘の心得はありますが、部隊を率いる能力も、我々を出し抜く頭もありません。むしろ頭の悪い娘です、その内迂闊な行動を取って自滅するでしょう」

魔王「そうか」

魔王が何を考えているか、その様子からはわからない。

魔王「まぁ、いい。戻るぞ」

そう言うと、中庭にいた連中は光に包まれ…

――フッ

一瞬で姿を消した。

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:18:14.34 ID:Lruyaxur0
姫「兄上…」

魔王らが去った後、姫は王の側に駆け寄った。
少しの希望を抱いて、王の胸に耳をあててみた――だけど鳴らぬ鼓動に、希望は簡単に裏切られた。

姫「…」

執事「姫様、近隣の国に亡命しましょう。まずは姫様の安全を確保するのが最優先です」

姫「……」

姫は落ち着いていた。
執事にはその様子が、余りにも衝撃的な出来事に、理解を拒否しているように見えた。

しかし、違った。
姫は打ちのめされるような衝撃を受けながらも、冷静に事態を理解していた。

姫(学者が魔王と繋がっていて、兄上は魔王に殺され、王子は魔王に連れ去られた。笛吹きは――)

笛吹きは魔王子、魔王側の者だった。

姫(…魔王子は――)


笛吹き『…丘のふもとに、泉があるだろう。あそこで待っていてくれないか』

――その言葉は、ボクが襲撃に巻き込まれないようにする為だろう。

魔王子『話を聞くに姫は、大した武力も魔法力もない、年若き女…恐るに足らぬ存在です』

――その言葉は、ボクを魔王に狙わせない為だろう。


魔王子が笛吹きとして過ごした時間は、きっと嘘じゃない。
短い期間で築いた友情も嘘じゃなくて、だから魔王子は自分を庇ってくれた。

わかっている。わかっているけど――

姫「…許さないよ」

執事「え?」

姫「執事…ひとつ頼みたいことがある」

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:18:53.89 ID:Lruyaxur0



笛吹き(姫は、まだいるか)

笛吹きは衣装を替えると、泉へ急いだ。
あの泉は丘のふもと、城への襲撃に気付かぬ場所。
思いの外、かなり遅くなってしまった。それだけ、姫が泉を離れ襲撃に気付いてしまう可能性が高くて…

笛吹き(泉に…)

泉が見えてきた。
人影は――あった。

その姿を見てホッとしたが、すぐに気付いた。あれは姫じゃない。男だ。

執事「笛吹き様ですか?」

笛吹き「お前は…? 姫はどこに…」

男の着ている執事服を見て、すぐに城で仕える者だとわかった。

執事「姫様は――…」

そして、執事の口から出た言葉は。

執事「亡くなりました…城を襲撃した魔物に襲われて」

笛吹き「――っ!!」

笛吹きの頭に、岩を落とされたような衝撃が走った。

38 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:19:30.58 ID:Lruyaxur0
笛吹き(ばかな…魔物達には、兵以外は殺すなと…)

執事「異変に気付かれた姫様は、制止も聞かず襲撃中の城に駆け込んでいき…私が見つけた時、姫様は既に…」

笛吹き「なんで…」

執事「泉に友人を待たせている、と姫様が言い残されていたので、私は貴方に事を伝えに参りました。生前姫様と仲良くして頂いたことを、感謝申し上げます」

笛吹き「姫は…なんで、城に戻ったんだよ…」

執事「それは…」

執事は笛吹きの動揺を悟り、ここでそれを煽ることにした。

執事「姫様は大人しくしていられない方です。ご友人であられた貴方なら、それをご存知では」

笛吹き「…っ!」

執事「姫様のご遺体は、目も当てられない程ひどい有様でした…その表情は苦痛に満ちており、さぞ苦しまれたことでしょう」

笛吹き「~~っ!!」

39 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:20:40.04 ID:Lruyaxur0
笛吹き(どうして――)

どうして自分は、それを予測できなかったのだろう。
いや――姫が異変を察知するのは、十分予測できる事態だったではないか。
異変に気付いた姫が城に駆けつけ、魔物達に立ち向かうことだって――

笛吹き(だけど…)

魔物達には、兵以外の者は殺すなと伝えてあった。
姫を兵と見間違えたか。いや、違う。

笛吹き(俺や父上の命令を無視した者がいるのか!)

これは予想外だった。
もしそんな予想外のことが起こす奴がいなければ――最悪でも、姫は魔物に取り押さえられて、せいぜい生け捕りだっただろう。
その場合は、姫に自分の正体がバレるという事態になるが――それでも、

笛吹き(姫が死ぬよりは…ずっとマシだっただろ)

笛吹きは未だ現実を受け入れられず、茫然としていた。

40 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:21:46.46 ID:Lruyaxur0
しばらくして、笛吹きはフラフラしながら立ち去っていった。
その姿はやがて見えなくなり…

姫「ありがとう、執事」

姫は姿を現した。

執事「良かったのですか」

執事は笛吹きのことを、姫から聞いた情報でしか知らない。
そして話を聞く限り2人は、ある程度の友情を築いていたに違いはない。

だというのに――

姫「うん、ベスト対応」

姫は全く動揺も見せず言い放った。

執事「…学者の態度からして、魔王子は魔物の中でも高位の者でしょう。上手く取り入れば、王子様の奪還くらいはできたのでは…」

姫「所詮、魔王子は魔王の傀儡。ボクはあいつに騙されたんだ…あんな奴、もう信用できないよ」

執事「…」

姫からの指示で魔王子の動揺を煽った執事だったが、違和感しかなかった。姫が友人に対し、こんな冷たいことを言い放つなど。こんなに冷静に、効果的な計画をたてるなど。そんなことできるのは、執事の知る姫ではない。

執事(いや…今まで、そんな一面を見せる必要がなかっただけか)

あの姫に残酷な顔をさせる程、この出来事は大きな事件であった。


姫「ボクは隣国…音楽の国に亡命するよ。表向き、ボクは死んだことにして、国は音楽の国の王にお任せする。執事、キミは城に残った使用人達を頼んだ」

執事「姫様…今後どうなさるおつもりで?」

この姫がこのまま王族の地位を捨て、安全な道を選ぶなどありえない。
無鉄砲に魔王達に挑むものかと思っていたが、魔王子にわざわざあんな嘘をついたからには、何か考えがあるのだろう。

姫「決まっている」

姫に迷いは見られなかった。

姫「――復讐」

41 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/23(月) 18:22:15.37 ID:Lruyaxur0
今日はここまで。
姫様ダークサイドへ。

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:06:41.56 ID:myMDyTgjO

今後姫と魔王子がどうなるのか気になるな。

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 23:09:48.76 ID:oJE5a/Kl0
いきなり重くなったな
こういうタイプ比較的少ないし大好き

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:46:50.82 ID:rXUt6fQL0
魔王による、勇者の国襲撃事件――それは平和だった世界に大きな衝撃をもたらした。
勇者の子孫である王と姫は魔物に殺され、王子は行方不明。その報せに人々は嘆いた。

魔王に挑もうという国もあったが、ことごとく返り討ちにあった。
争いは長く続き、国々は疲弊していく。
時が経つほど世界は絶望に満ちていき、魔王に逆らおうという者も減っていった。

200年前――魔王の恐怖支配による時代の再来であった。

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:48:18.71 ID:rXUt6fQL0
>魔王城


魔王子「…」

城は祝杯ムードに包まれていた。
世界最大の国である中央国が、遂に魔王に降伏したのであった。

魔王「200年――長かった」

魔王は歓喜の笑みを浮かべながら言った。

魔王「先祖が勇者に討たれ、魔物達は人間達により迫害され…長年、我々にとっての屈辱の時代が続いた。しかし、我々は密かに牙を研ぎ、反逆の時を待っていた」

側近「世界最大の土地と発言力を持つ中央国が降伏したなら、もはや反逆は果たされたも同然…」

魔王「勇者の国の王を討って半年…」


そう、あれから半年が経っていた。
勇者の国の名が出される度、魔王子は姫を思い出す。
姫の件は魔王子の心に刻み付けられた、ここ半年で唯一の『無意味な殺し』だった。

魔王子「父上…そう言えば最近、学者を見ませんね」

魔王「奴は魔法兵器の研究に没頭しているからな。あれが完成すれば、恐怖支配は更に確実なものとなるだろう…」

魔王子「奴は同属である人間を裏切った者…我々を裏切らないという保証はありません」

魔王「想定の内だ。しかし奴の魔法の分析力は我々に利益をもたらしてきた。利用できる内は利用してやる」

魔王子「裏切られたなら、処分するだけ…と」

父はそういう性格だ。わかりきっている愚問だった。

48 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:49:15.25 ID:rXUt6fQL0
その日も魔王子にとって、愉快ではない日になるはずだった。

しかし――

魔物A「魔王様、音楽の国の使者が来ました」

魔王「音楽の国? …あぁ、そんな国もあったな」

魔王A「魔王様に是非、お会いしたいと申しております」

側近「何か企んでいるのか…? 使者を装った刺客だろうか」

魔王「それならそれで良い」

側近「魔王様?」

魔王「ここの所、順調にいきすぎて我は退屈していた。…何か企んでいるのなら、むしろ大歓迎だ」

魔王子(父上の悪い癖だ)

魔王はトラブルを楽しむ趣向がある。
もっとも、その余裕は確かな力から生まれるものだったので、咎める者もいなかったが。

魔王「通せ。今日の我は気分が良い」

魔物A「はっ」

49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:50:24.94 ID:rXUt6fQL0
使者A「お会いできて光栄です魔王様」

使者B「我々は音楽の国から参りました」

音楽の国の使者達は、魔王の前に通されるなり、へりくだった愛想笑いを見せた。

側近「単刀直入に聞く、今日は何の用で来た」

使者A「はい。魔王様への降伏を伝えに」

魔王「ほう?」

魔王はつまらなそうに言った。
音楽の国など、眼中にもなかった弱小国。危害を加える前に降伏するなど、いかにも弱小国だ。

使者B「ご存知の通り、我が国はろくな武力を持たぬ弱小国でございます。ですので降伏の意を伝えに…」

魔王「ふむ。賢い判断だ」

その賢い判断というのが、魔王の嫌いなものだが。

使者B「そして…今日は降伏の証として、魔王様に我が国の宝を献上しに参りました」

魔王「何だ。宝石か? それとも…音楽の国だけに楽隊、とは言わんな?」

魔王は嘲るように冗談を言った。

使者A「流石魔王様、察しのいい」

魔王「何だ、本当に楽隊なのか」

使者A「音楽こそ我が国の宝…魔王様に献上致しますのは『舞姫』でございます」

魔王「舞姫?」

使者A「まずはひと目、見て頂くのがよろしいでしょう。おい、舞姫様をお連れしろ」

片方の使者が一旦部屋を出る。
そして使者は戻ってきた時に楽隊の者を引き連れており、そしてその中に――

魔王子「――!」

魔王「ほう…」

華やかさが目を引く、一人の美女がいた。白くなめらかな肌、長く艶のある銀糸の髪。
顔に施した化粧はやや派手めで、やや露出した衣装は女の持つ抜群のプロポーションを強調している。だというのに――その女は、不思議と品格を纏っていた。

魔王子は目を疑った。

魔王子「姫――?」

その女は半年前に亡くなった、姫とどことなく似ていた。

50 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:51:21.16 ID:rXUt6fQL0
舞姫「お初にお目にかかります、魔王様――音楽の国の、舞姫と申します」

魔王子(姫じゃ…ない…)

声を聞いた瞬間、魔王子はハッと現実に戻った。

魔王子(顔貌こそ似てはいるが、纏っている雰囲気が違う…)

姫と別れたのは半年前だから、姫に関する記憶は脚色されているかもしれない。
だが、そもそも姫は半年前に死んだのだから。

魔王「ほう…大層美人だな。音楽の国にこんな姫がいたとは、初耳だ」

使者A「舞姫様は訳あって、王族としてのご身分を隠しながら育った身…しかし王室仕込みの舞は、それはもう見事なもので」

魔王「舞か。どれ、せっかくだから見せて貰おうか」

舞姫「はい、魔王様」

舞姫が顔を上げると同時、楽隊の者達が音楽は奏で始め――

魔王子「――」

魔王子は息を呑んだ。

51 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:52:09.89 ID:rXUt6fQL0
音楽の波に乗るように、舞姫は舞う。
奏でられる音に溶け込むようでありながら、存在感ははっきりあった。

小刻みなステップが軽い音を鳴らす。
細やかな動きは見た目以上に激しいはずなのに、舞姫の美しい顔には艶のある笑み。

魔王子(何て楽しそうに…美しく舞うんだ)

魔王子が舞に心を掴まれたのは、一目瞭然だった。


舞姫「……」

舞姫はそんな魔王子の様子をさりげなく伺っていた。
そして手応えを感じ、心の中で呟く。

舞姫(魅了されるがいい…そしてお前達を終わらせてやる、笛吹き…いや、魔王子!)

52 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:54:31.23 ID:rXUt6fQL0
話は一旦、半年前に遡る――


祖国から亡命してきた姫を、音楽の国の者は手厚く出迎えた。

音王「勇者の国であった惨事は既に耳に入っている…! そんな中よくぞ生き残ってくれた、姫君!」

姫「音王様、まずは『私』を受け入れて下さったことを感謝致します」

普段じゃじゃ馬な姫とはいえ、ここは他国。一国の国の王にするべき態度は弁えている。

音王「姫君は勇者の末裔、その血を途絶えさせるわけにはいかん。他国と協力の下、全力で保護しよう」

姫「いえ。戦わず保護され、勇者の血に何の価値があるというのでしょう」

音王「まさか姫君、魔王に挑むつもりか? それはいかん、そちらの国王の二の舞になるというものだ」

姫「ええ。ですから真っ正面からは戦いません」

音王「というと?」

姫「多少不本意な方法ですが…『女』の部分を使います」

女らしさ。それは姫が拒絶してきたもの。
だが姫はその『女らしさ』は武器にできることも知っていた。

姫「音王様、お願いが御座います。私に舞踊を指導して頂きたいのです」

音王「舞踊を…? それは構わないが、何をする気だ?」

姫「それは……」

姫は音王に、計画の全てを伝えた。
その無謀とも言える計画に音王は表情を曇らせたが、姫の真剣な様子を見てか、何かを決心したようだった。

音王「ある意味賭けに近い方法だが、我が国のような弱小国では、それ以上の方法を考えつきそうにない。だが、反対だ――その計画のままでは」

姫「何か改善点が?」

音王「我が国でもその策の手助けをする為…音楽の国王家の者としての身分を与えよう」

姫「!! ですが、それは失敗した時に、そちらの国に危険を背負わせることとなり…」

音王「勇者の国での事件は、人類全体の危機に発展しかねない問題だ…弱小国である我が国にできるのはこんなことだけだ、協力させてほしい」

姫「音王様…感謝致します」

音王「それなら、姫の名は名乗らぬ方が良いな。そうだな…我が国の姫としての名を与えよう。その名も…」


舞姫――それが姫に与えられた新たな名であった。

53 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/24(火) 18:55:37.07 ID:rXUt6fQL0
やがて音楽は鳴り止み、舞姫も動きを止めた。
踊りが終わると同時、魔王に向かって頭を深々と下げる。

頭の 方から、ゆっくりパチパチと音が鳴った。

魔王「なかなか楽しめた」

魔王はご満悦のようだ。
よし――まずは上手くいった。

魔王「この舞姫が献上品か。なかなか洒落ている」

使者B「はい。魔王様が望めば、いつでもどこでも舞を披露させて頂きます」

魔王「うむ。しかし舞踊の音楽はどうするか…我が国にはそれを奏でられる者はいない。聞き苦しい笛を奏でる王子はいるがな」

使者A「そうおっしゃると思いましたので…楽隊の者を一人、置いて行きましょう。チェロ弾き」

チェロ弾き「はい」

楽隊でチェロを弾いていた、中年の男が前に出た。

側近「魔王様…相手は何か企んでいるかもしれません。人間を受け入れるなど、リスクが伴うものと思われますが」

側近はそう耳打ちしたが、魔王はそれを一笑に付した。

魔王「我があの様な小娘と、しょぼくれた中年に出し抜かれるとでも思うか?」

側近「いえ…しかし」

魔王「それに我は、あの舞を気に入った。飽きるまでは、側に置いてやっても良かろう」

側近「……」

側近は何か言いたげだったが、この魔王は言っても聞かぬと理解してか、何も言わなかった。

舞姫「…」ニコッ

こうして姫は舞姫として、魔王城に置かれることとなった。


半年かけて、死に物狂いで舞踊を身に付けた。
髪を伸ばし、嫌いな化粧を覚え、礼儀作法を叩き直した。

全ては、魔王に取り入る為――


57 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:23:17.30 ID:GQVg3txd0
>舞姫の部屋


舞姫「まずは成功、だね」

チェロ弾き「しかし、ここからが大変でしょう」

舞姫「承知の上さ。王子のことが心配でたまらないけど…失敗はできないから、慎重に行くよ」

チェロ弾き「…変わられましたね。昔は猪突猛進な性格と思っておりましたが」

舞姫「あの頃は平和だったからね」

あの頃は守られていた。
もし自分が失敗してもフォローして貰えたし、そもそも失敗できない状況、というのもそんなに無かった。

自分はそんな当たり前のことを、失ってから気付いたのだけれど。

舞姫「それよりもチェロ弾きも怪しまれないようにね。ボクと違って戦う手段もないのだから」

チェロ弾き「承知の上」

チェロ弾きはチェロの奏者であり、音楽の国の軍師でもあった。
長年平和に浸かっていた弱小国の軍師など大した力にならないかもしれない、と本人は言っているが、それでも自分より知恵のある仲間がいるだけで、舞姫には心強い。

舞姫「ところで今晩、早速魔王からお呼ばれがあったけど…」

城内を散策してた時に会った魔王より、今夜私室に来い――とだけ伝えられた。

チェロ弾き「魔王は舞姫様を気に入った様子ですが、まだ『信頼』は築いていません。魔王を討つタイミングとして好機とは言えない。…しかし」

舞姫「しかし?」

チェロ弾き「…魔王の用事が、舞の披露だけなら良いのですが」

舞姫「あぁ」

察した。
男が女を部屋に呼んですることと言えば――嫌でも、それを連想させる。

舞姫「…むしろ好都合じゃない? 魔王が好色家のエロジジイだったら、ボクの前で隙を見せる可能性が高くなる」

チェロ弾き「しかし…」

舞姫はまだ、経験がない。
いくら魔王を討つ為と言えど、そんな手段を取るなど――

舞姫「覚悟の上さ」

そんな心配をよそに、舞姫は勝気に微笑んだ。

舞姫「これ以上魔王の好きにさせるくらいなら、その程度…なんてことないよ」

舞姫(その程度…)

何度も何度も『その程度』と頭で繰り返した。まるで自分に言い聞かせるように。

舞姫(ボクが今更、怯えるわけないじゃないか…)

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:23:44.77 ID:GQVg3txd0
>晩、魔王の私室


~♪

魔王「ふむ…」

舞姫の舞を独占している魔王は、ご満悦の様子だ。
私室は狭くはないが、先ほどの広間より魔王との距離が近い。

舞姫(こいつが、兄上を…)

そんな憎しみの感情を抑えつける。本当は今にでも飛びかかってやりたいが、そんなことしても無駄だとわかっている。

魔王「うむ、良かった」

舞が終わると魔王は淡白に言った。
舞姫とチェロ弾きは、魔王に向かい頭を下げる。

魔王「舞姫よ、褒めてやろう。我が人間を気にいることは稀であるぞ」

舞姫「もったいなきお言葉です、魔王様」

それはそうだろう、人間を見下し、侵略しようとしているのだから――そう言ってやりたいのを我慢する。

魔王「舞姫に褒美をやりたいところだが――」

魔王はチラリとチェロ弾きに目をやった。

魔王「舞姫に褒美をやろうにも、第三者がいるのは無粋だな」

チェロ弾き「失礼致しました」

チェロ弾きは感情を表に出さず、立ち上がる。
そして物分かりのいい人間を演じて、そのまま部屋を出て行った。

魔王「さて…」

魔王はニタァと笑った。

来る――舞姫は唾を飲み込む。

魔王「近くに寄れ、舞姫よ」

舞姫「…はい、魔王様」

59 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:24:12.54 ID:GQVg3txd0
ずっと拒絶していた『女らしさ』。それは武器にできるということを、舞姫は知っていた。
化粧を施した顔も、抜群のプロポーションを強調する衣装も、男の下心を引き出すには最適と知っていて――

舞姫(せいぜい油断しろ、エロジジイ)

それを利用してやる気満々でいたけれど。

魔王「…まさか経験がないのか? 緊張感が見て取れる」

舞姫「――っ!」

経験のない舞姫が、そう簡単に魔王を手玉に取るなどできるわけなかった。

舞姫「…はい」

魔王「その容姿にしては意外だが…誰かの手付きよりは良い」

舞姫「……」

自分に向けられる淫蕩な目は、鳥肌が立ちそうな程おぞましい。

舞姫(耐えろ、ボク…王族は政略結婚が多いから、好きでない男とそういう関係になることだって珍しくないんだ)

頭ではわかっているけれど。

魔王「舞姫…」

魔王の手が伸びると、足は逃げ出しそうになって。

舞姫「――っ!!」

拒絶感と義務感が反発し合い、頭は発狂しパンクしそうで――



魔王子「父上」トントン


魔王「む」

触れる前に、魔王は手を引っ込めた。

60 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:25:02.15 ID:GQVg3txd0
魔王子「父上、失礼します」

舞姫(『父上』…魔王子は魔王の息子だったんだ)

魔王「どうした魔王子」

魔王子「えぇ、政治的な話で…第三者がいると話しにくいのですが」チラ

魔王「急ぐのか?」

魔王子「はい」

魔王「仕方あるまい。舞姫、今日は下がるがいい」

舞姫「…はい」



チェロ弾き「おや舞姫様、出てこられるのが早かったですね」

舞姫「魔王子が入ってきてね」

チェロ弾き「そうですか」

チェロ弾きはどこか、ホッとしたような様子だ。

舞姫(けど、魔王もなかなかのエロジジイと見た…今日のような機会は、いくらでも)

「おい」

その時、後ろから声をかけられた。
振り返ると――

魔王子「まだ部屋に戻っていなかったか」

舞姫(魔王子…!?)

大事な用件で魔王の元に来たように見えたのだが、彼は思ったより早く出てきた。

61 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:25:36.24 ID:GQVg3txd0
舞姫「魔王子様、何か御用でしょうか?」

魔王子「一つ忠告しておく。父上に抱かれて取り入ろうというのは無駄だからな」

舞姫「…何のことでしょうか?」

魔王子「父上はかなりの好色家で、あちこち女に手を出している。父上の愛人になったからと『特別』な存在にはなれないぞ」

舞姫(…魔王子はボクを助けてくれた…のか?)

だから無理矢理理由を作って、部屋に入ってきたのか。
もしかしたら、魔王子は魔王の好色家な部分を良く思っていないのか…。

舞姫「ご忠告感謝致します、魔王子様。ですが1つ訂正させて頂くと、私はそんな下心など抱いていませんわ」

魔王子「そうか。そういう下心を持って父上に近付く女が多くてな。気を悪くしたなら、すまなかった」

舞姫「…」

その中には、自分のように魔王の命を狙ってきた女もいたのだろうか。
何にせよ、あの場は魔王子に助けられたというわけだ。

舞姫「…お心遣い感謝しますわ、魔王子様」ギュッ

魔王子「!!」

舞姫が手を握ると、魔王子は即座に硬直した。
そして魔王子の様子を伺いながら、ゆっくり顔を近付ける。

舞姫「ご興味がおありでしたら、是非魔王子様も、私の舞をお近くで…」

魔王子「」プルプル

舞姫「では魔王子様、お休みなさいませ♪」クルッ



チェロ弾き「魔王子を誘惑する作戦に切り替えましたかな?」

舞姫「違う。確かめただけ」

チェロ弾き「確かめた?」

舞姫「あいつ…やっぱ、すっごいウブ」



魔王子「……」プルプル

魔王子(女に触れた女に触れた女に触れた女に触れた)

62 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:26:13.36 ID:GQVg3txd0
>翌日


チェロ弾き「舞姫様、魔王の女癖についての情報を耳に入れました」

舞姫「どんな?」

チェロ弾き「はい。魔王子の言う通り、魔王は大変女癖が悪いそうです。城内で魔王が手を出した女は数知れず…ですがその女の中に、1人だけ『特別』がいました」

舞姫「へぇ。やっぱ魔王でも、女の人を本気で好きになることがあるんだ」

チェロ弾き「いえ。それが、魔王が酔った勢いで、たった一回手を出しただけの下女だそうで」

舞姫「下女…ってのはともかく、何でたった一回手を出しただけの人が特別なの?」

チェロ弾き「そのたった一回で、その女は身篭ったそうです」

舞姫(あ…そう言えば)


姫『笛吹きには兄弟いるの?』

笛吹き『…できる予定だ。男か女かは、わからないが』

姫『できる予定?』

笛吹き『義理の母親が妊娠中。今、3ヶ月目』


舞姫(あいつ、そんなこと言ってたっけ)

チェロ弾き「一応魔王の子を授かったということで、その女は魔王の側室の座につけたそうです」

舞姫「子供…か」

魔王の子を孕む…想像するだけでおぞましい。出来ればその手段は取りたくないが…。

チェロ弾き「その女ですが、側室の座についても横柄な態度も取らず、城の者には評判が良いですね」

舞姫「ふむ…。何か話を聞けるかな?」

チェロ弾き「挨拶しに行ってみましょう」

63 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:26:44.50 ID:GQVg3txd0
側室「あら貴方達が音楽の国から来たという…。遠い所からご苦労様でした」

挨拶に向かうと、身重の側室は気さくに出迎えてくれた。

側室「あ…というか、貴方はお姫様なのよね。私よりずっと良いご身分の方じゃない」

舞姫「いえ、この城においては、貴方の方が上です」

側室「あらあら、まぁ。でもあまりへりくだらないでね、私の方が萎縮しちゃう」

舞姫「……」

側室の雰囲気は素朴だが、包容力を感じる。
第一印象は悪い所が全くない。

舞姫(ま…『笛吹き』の本性を見抜けなかったボクが言っても説得力ないけどね)

側室「舞姫さんは魔王子様と同年代かしらねぇ? 魔王子様も音楽が好きな方なのよ」

舞姫「あら…それなら魔王子様とは仲良くできるかしら」

側室「うーん、どうかしらねぇ…魔王子様、女性が苦手だから」

舞姫「魔王様と似ていらっしゃらないのですね」

側室「魔王様と魔王子様は度々、親子間で衝突を繰り返していらっしゃって…最近は表面的には収まったけど、冷戦状態に近いわ」

舞姫「それは困りましたねぇ」

側室「あ、でも舞姫さんは気にしなくていいですからね」

舞姫「はい。では長々失礼致しました」

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:27:10.10 ID:GQVg3txd0
チェロ弾き「親子間の衝突か…それを利用できぬものか」

舞姫「期待はできないかもよ。衝突も、ただの魔王子の反抗期かもしれないし」

チェロ弾き「まずは魔王と魔王子の関係性について、もっと情報を…」

と、話していた時だった。

<♪ベリョロロリ~ン

チェロ弾き「な、何だ…このおぞましい音は!?」

舞姫「これは…あいつだ」

音のした方に向かって行く。
すると舞姫の予想通りの人物がいた。

魔王子「~~っ」<♪ブベプーバリョリョン

舞姫「半年経って成長が見られないとか…ある意味、才能だ」

チェロ弾き「我が国なら国外追放レベルです」

魔王子「よし…今日は上手くいった!」

舞姫&チェロ弾き「嘘ぉ!?」

魔王子「うん? …舞姫とチェロ弾きか」

舞姫「ご機嫌よう、魔王子様。笛の練習中だったのですね」

魔王子「あぁ。お前達の舞踊と演奏を見たら、焚きつけられてな」

チェロ弾き「ほ、ほう。練習熱心なのはいいことですね」

舞姫「そうですね…向上心が大事ですものね…」

何とか絞り出した精一杯の誉め言葉だった。
しかし魔王子はそれで気を良くしたようで、得意気に鼻を鳴らした。そして――

魔王子「そうだ。俺の笛で踊ってみてくれないか」

舞姫&チェロ弾き「……」

身の程をわきまえろと、これほど強く思ったことはない。

65 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:27:37.81 ID:GQVg3txd0
舞姫「チェロ弾き、一緒に演奏できない?」ヒソヒソ

チェロ弾き「あんな雑音とですか…」ヒソヒソ

魔王子「俺の笛が未熟なのはわかっている…それでも未熟ながら、メロディーを奏でらるということを実感したいのだ!」

舞姫&チェロ弾き(奏でられてねぇよ!!)

舞姫「まぁ…わかりましたわ」

笛の音をなるべく意識から逸らして舞えば良いだけのこと。
言う程簡単なことではないが、魔王の息子の頼みは多少無茶でも聞いておくべきだろう。

魔王子「では頼んだぞ」

♪バビューボリロビョーん

舞姫(きっつ)

音は無視して舞う。
舞は音楽(と呼ぶのもおこがましい)とまるで合ってはいなく(合わせたら悲惨な舞になること間違いないが)、こんなベストから程遠い舞で大丈夫かと心配になる。

やがて演奏は止まり…。

魔王子「いや素晴らしかった! 音楽の国の舞姫の名に恥じぬ舞だ!」キラキラ

舞姫&チェロ弾き「……」

舞姫&チェロ弾き(ゼッテー適当に言ってやがる)

魔王子は音楽センスも、舞を見る目もないようだ。

66 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/25(水) 19:28:10.29 ID:GQVg3txd0
魔王子「俺の笛は今まで苦情ばかりだったから、こう気持ち良さそうに踊って貰えると嬉しいな!」

舞姫「まぁーそれは良かったですわー」

舞姫(気持ち良いわけあるか! 木魚の音の方が遥かにマシだ!)

チェロ弾き(具合悪くなってきた…)

魔王子「なぁ、もし良かったら、また俺の笛で踊ってはくれないか!」

舞姫(えぇー…)

あの気が狂いそうな雑音と一緒に踊ったら、舞の価値までだだ下がりになりそうなので嫌なのだが…。

魔王子「たまにでいいんだ、たまにで!」キラキラ

舞姫(な、何つー純真な笑顔…!)

断るのに罪悪感を抱かせるような笑顔だった。

舞姫(…魔王の息子とは、お近付きになっておいて損はないよね?)

チラッとチェロ弾きの顔を伺うと、チェロ弾きも頷いていた。

舞姫「はい、構いませんよ魔王子様」

魔王子「ありがとう!」キラキラ

舞姫(…あぁ、そう言えばこいつは、こういう奴だったな)

基本的には無愛想で大人しいのに、時折無邪気な一面を見せる。
笛吹きを名乗っていた時も、そんな奴だった。
笛吹きのそんな所が結構好きでもあった。

舞姫(…でも、こいつはボクを騙していた)

思い出に浸っていた頭をすぐに切り替える。
笛吹きとは魔王子の偽りの名前。築いた友情は、偽りの上に成り立っていたもの。

舞姫(魔王は勿論…キミも許さないよ、魔王子)

舞姫は微笑みを浮かべながら、心の中で戦線布告した。

68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 19:39:48.55 ID:4b3X3aHro
おつ
チェロ弾きおっさんなんだな

69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 22:46:33.41 ID:i0L6eLsSO

シリアスな展開の中、笛の音がいい感じで和ませてくれるww

70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/26(木) 13:01:40.23 ID:UhSVfRFl0
魔王子は駄目な二代目の典型っぽいな

71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:14:41.69 ID:PbFu1K8w0
~♪

その夜、舞姫はまた魔王に呼ばれ舞を披露していた。

舞姫「…」


魔王子『一つ忠告しておく。父上に抱かれて取り入ろうというのは無駄だからな』

魔王子『父上はかなりの好色家で、あちこち女に手を出している。父上の愛人になったからと『特別』な存在にはなれないぞ』


舞姫(昨日と同じ展開になったとして、また魔王子が邪魔しに来てくれるかはわからない)

魔王に抱かれた所で無駄とはわかったが、それでも魔王から呼ばれれば断るわけにはいかない。

舞姫(『そういう雰囲気』になったら上手く断れるかな…)

昨日よりも大分、逃げ腰だった。
元々『そのつもり』で来たとはいえ、それが無駄だというのなら、できれば避けたい所だ。

そうこう考えている内に音楽が止まり、魔王の拍手が聞こえた。

舞姫(どう断るか…)ドキドキ

魔王「ご苦労であった。2人とも、今日は下がるが良い」

舞姫(あれ?)

だが、心配していた事態にはならなかった。
舞姫が不思議そうにしていると、魔王はそれを察したのか、言葉を続けた。

魔王「魔王子に言われたのだ、舞姫に手を出すなと」

舞姫「…魔王子様に?」

魔王「あの馬鹿息子の言うことを聞いてやる義理もないが、面白い事態だと思ってな」

舞姫「面白いとは?」

魔王「あの女嫌いの童貞が、珍しく女を気に入ったと見た。まだお主を手つきにせずに、魔王子の様子を見てみるのも面白そうだ」

舞姫「…私は、どう振る舞えばよろしいで しょうか?」

魔王「ん?」

舞姫「私は魔王様に仕える為、この国へ参りました。ですから私は魔王子様に対し、どう振る舞えば…」

魔王「なら、適度にからかってやれ。ただし、あれでも我の息子だ。いじめすぎぬようにな」

舞姫「…わかりました」

舞姫は言われた通り、下がることにした。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:15:24.90 ID:PbFu1K8w0
舞姫「魔王子…どういうつもりだろう」

チェロ弾き「魔王の言葉の通り、貴方を気に入ったのでしょう」

舞姫「……あ」


笛吹き『俺も踊りができて、気品と色気のある女が好みだ!』ハハハ


舞姫(そう言えば今のボク、魔王子の好みに近いタイプを演じてるかもしれない)

チェロ弾き「…舞姫様は以前、魔王子と面識があったのですよね? 」

舞姫「うん」

チェロ弾き「もしかしたら…魔王子は舞姫様が姫様だと勘付いているかもしれません」

舞姫「えっ」

それは予想外。
そりゃ同一人物だが、以前の色気も洒落っ気もない自分と、今の自分はかなり別人だと思っている。
それに、自分は死んだという話は世界中に広がっている。

チェロ弾き「舞姫様の正体に気付くとまではいかないまでも、姫様の面影を感じている可能性はあります」

舞姫「どうだろう…」

チェロ弾き「…確かめてみますか?」

舞姫「え?」

チェロ弾き「魔王子をからかってもいいと、魔王から許しが出たでしょう」

73 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:15:55.01 ID:PbFu1K8w0
♪プッパラビラリ~ン

魔王子「よし! 着実に上達しているぞ!」

舞姫「ま、魔王子様」ヒクヒク

魔王子「舞姫…それにチェロ弾き。どうした、こんな遅くに」

舞姫(こんな遅くに騒音出すなよ)

チェロ弾き「舞姫様が、まだ踊り足りないと言われましてね」

舞姫「宜しければお付き合い頂けませんか、魔王子様」

魔王子「良いぞ。じゃあまた俺の笛で…」

舞姫「それは勘弁を」

魔王子「え?」

舞姫「あ、いえ…先程とは違った趣向の舞を披露したく」

魔王子「そうか。それは是非見てみたいな」

舞姫「はい、では…チェロ弾き」

チェロ弾き「はい」

チェロ弾きにより、優雅なメロディーが奏でられる。
その音楽に合わせて、舞姫はステップを踏み始めた。

魔王子「おぉ…」

魔王子は感嘆の声をあげながら、その舞を見ていた。

舞姫(魅了できている)

手応えを感じた舞姫は、魔王子に向かっていき――そして、手を取った。

魔王子「あ、え?」

舞姫「是非ご一緒に、魔王子様」

舞姫は誘惑の笑みを浮かべた。

魔王子「あ、ちょ、待っ!?」

あわあわしながらも、魔王子は舞姫のリードに合わせて動く。
即座に対応できる所を見れば運動神経は良いのだろうが、その動きはガチガチだ。

舞姫(こいつ、緊張しているな)

わざわざ色気をアピールしなくてもガチガチになってくれるので扱いやすい。
こうして舞が終わるまで、魔王子はガチガチだった。

74 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:16:39.78 ID:PbFu1K8w0
魔王子「~~っ」

舞が終わっても余韻に浸ってか、魔王子は顔を真っ赤にして固まっていた。

チェロ弾き「魔王子様は舞姫様のことを気に入られましたか?」

魔王子「え、あ、はっ!?」

チェロ弾き「舞姫様をご覧になる眼差しが、特別なものに見えましてな」

舞姫「まぁ…魔王子様ったら」

魔王子「い、いや、ちがっ」アワアワ

チェロ弾き「…まさか魔王子様ともあろう方が、女性が苦手と言いますまい?」

舞姫「面白い冗談を言うわね。魔王様のご子息たる魔王子様が、まさかそんな」

魔王子(いやマジに女が苦手なんだよッ!!)

チェロ弾き(しかしプライドがあるから本当のことなど言えまい)

ここで少しカマをかけてみることにした。

チェロ弾き「初めて舞姫様が魔王様の前に姿を現した時、魔王子様は身を乗り出して舞姫様をご覧になっていましたね」

魔王子「そ、そうだったか?」

チェロ弾き「まさか一目惚れでしょうか」ニヤリ

魔王子「ち、違うっ!」

魔王子は慌てて否定した。そして…

魔王子「舞姫が…知り合いに似ているような気がして」

かかった――チェロ弾きは畳み掛けることにした。

チェロ弾き「あぁ…そう言えば舞姫様は、勇者の国の姫君と似ているとよく言われますね」

魔王子「やはりか!」

チェロ弾き「おや。魔王子様は姫君とお知り合いでしたか?」

魔王子「あ…っ」

75 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:17:20.05 ID:PbFu1K8w0
魔王子「…勇者の国を偵察していた頃、何度か見たことがある。その程度だ」

流石に本当のことは言わなかった。なら、それはそれで良い。
舞姫は事前にチェロ弾きと打ち合わせていた台詞を言うことにした。

舞姫「私は他国の情報には疎いのですが…確か勇者の国王家の三兄弟様は魔物によりその命を…」

魔王子「少し情報が違っている。末の王子は生きているぞ」

チェロ弾き「魔王子様…王子様について、何かご存知ですか?」

魔王子「知ってるも何も、我が国にいる」

舞姫(…っ!)

魔王子がいとも簡単に情報を漏らしたこと、王子が生きているとわかったこと――舞姫は笑うのを堪える。

チェロ弾き「そうだったのですか。全く見かけないもので、気づきませんでした」

魔王子「そりゃそうだろうな。勇者の国を裏切って、こっちの国に仕えてる奴がいるんだが…」

舞姫(学者のことだな)

魔王子「王子はそいつと共に、地下の部屋にいる。もっとも、俺は地下に行かないから、王子の様子はわからんがな」

舞姫「…」

聞きたいことはもっとあったが、これ以上聞くと怪しまれるだろうか。
とりあえず今は、それを聞けただけ良しとしよう。

舞姫「魔王子様」スッ

魔王子「!!」ビクゥ

手を握ると魔王子は固まった。

舞姫「多くの人々がそうであるように、私も平和を願っております…不幸な人をこれ以上増やさないことをお願い申し上げますわ」

魔王子「あ、あぁ…」

舞姫「ふふ。では魔王子様、これで失礼致します」チュッ

魔王子「!?!!?」ビクゥウゥ

頬への軽いキスで、魔王子は声にならぬ悲鳴をあげていた。
そんな魔王子に気付かないフリをして、舞姫はそこから去って行った。

76 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:17:55.43 ID:PbFu1K8w0
舞姫「さて。王子が地下にいるとわかったけど…」

チェロ弾き「どう救い出すか、ですね。魔王子も訪れぬ地下に行くには…」

舞姫「迷った、って言って忍び込むのは?」

チェロ弾き「怪しまれる危険性があります」

舞姫「どうしたものか…」

チェロ弾き「策は練っておきます。舞姫様、貴方は引き続き、魔王子をたぶらかして下さい」

舞姫「わかった。何か進展があったら教えてね、チェロ弾き」

チェロ弾き「はい。…あ、舞姫様」

舞姫「ん?」

チェロ弾き「くれぐれも…操は大事にするように」

舞姫「アハハ大丈夫、あんなヘタレウブ男がボクに手を出せるわけないから」

チェロ弾き「万が一の時は…」

舞姫「股間をガツンと」

チェロ弾き「…素が出ないようにも、お気を付け下さい」

舞姫「オホホ、これは失礼」

と、冗談を交えながら話してはいるが、内心焦ってはいた。
王子は一体、地下でどんな目に遭っているのか…。それにこれ以上、魔王に好き勝手させたくもない。
世界が魔王への恐怖に染まっている今、自分が魔王に立ち向かわねば――

舞姫(勇者の血よ…ボクに力を)

77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:18:37.47 ID:PbFu1K8w0
翌日から舞姫による、怒涛の色仕掛けが続いた。


舞姫「魔王子様、私にも笛を貸して下さいませ♪」パクッ

魔王子「ちょ、そそそれは、か、かんせつ…」

舞姫「うーん、やっぱり楽器は苦手ですわ。魔王子様、お手本見せて下さいませんか?」

魔王子「む、む無理だーっ!」ダーッ

舞姫(ククク、間接キスを意識してや がる)



<きゃーっ

魔王子「舞姫の声だ…どうしたっ!?」ダッ

舞姫「あ、ま、魔王子様!」

魔王子「ブハッ」

魔王子(何で床一面に女物の下着が…)

舞姫「うぅ、替えの下着が一枚もなくなったと思ったら…誰がこんなことを…」

魔王子「こ、これは全部お前の…!?」

舞姫「はい、グスッ…い、今全部片付けますから…」

魔王子(誰だよこんなことしたバカ…)

舞姫「きゃーっ、何か体液ついてるーっ!」ブンッ

魔王子「」<顔面にパサッ

魔王子「」パタッ

舞姫「きゃーっ魔王子様ーっ」

舞姫(回避しろよ、バーカ)



舞姫「魔王様からのねぎらいで、新しい衣装を仕立てて頂きましたの。どうでしょう、魔王子様?」

魔王子 (露出が…)

舞姫「この衣装で踊ってみたいですわ。魔王子様、演奏お願い頂けますか?」

魔王子「お、おう…」<♪ビリョイーィン

舞姫(ほれほれ)プルプル

魔王子「」<ブポッ

舞姫(オラオラ、興奮しろやあアァ!)

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:19:23.01 ID:PbFu1K8w0
舞姫(面白ええぇ、あのウブからかうの面白えぇ!!)

変な快感に目覚めた舞姫は、部屋で枕に顔を埋めながらほくそ笑んでいた。

舞姫(ボクなんかの色仕掛けで惑わされるなんて、まだまだだねー)

半年前まで色気の欠片も無かった舞姫は、正直自信が無かった。
だけど魔王子は、面白いくらいに惑わされてくれる。

チェロ弾き「舞姫様」トントン

舞姫「どうぞー」

チェロ弾き「失礼致します」

舞姫「チェロ弾き、そっちどんな感じ?」

チェロ弾き「今日は例の地下室で、学者と顔を合わせる機会がありました。ですが、王子様とはお会いできず…」

舞姫「そっか。ちなみに、どうやって地下室まで?」

チェロ弾き「側近に、魔楽器作りの依頼をしたいと申し出た所、学者を紹介されました。奴は今では、魔王に魔法研究を任されているとか」

舞姫「うちの国にいた時から、魔法研究者としては優秀だったからね…」

チェロ弾き「魔楽器作りの経過の様子見という名目で、今後の地下室への立ち入りを許可されました。できる限り、様子を探ってみたいと思います」

舞姫「わかった。気をつけてね、チェロ弾き」

チェロ弾き「ところで、今日は晩餐会の後に舞を披露する予定では」

舞姫「そうだね。そろそろ会場に行こうか」

79 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:20:31.78 ID:PbFu1K8w0
その日、広めの晩餐会会場で舞を披露した。
魔王の他にも魔王子、側室、それに何名かのお偉方が舞を見ていた。

緊張しながらも舞を終え、複数の拍手が鳴った。
舞姫の舞は、この城の者達にも評判が良い。そんな中…

魔王子「…」

ここ数日の色仕掛けが効いたのか、魔王子は固くなっている様子だ。
舞姫がわざと流し目を送ると、魔王子は慌てて視線をそらす。
そんな2人の様子を見ながら、魔王はニヤニヤしていた。

舞姫(実の息子に対して意地悪だねー)

とか思いつつも、舞姫もその意地悪がクセになってきたのだけれど。

魔王「舞姫」

魔王は舞姫の名を呼ぶと、空のグラスを前に差し出して振った。
これはお酌しろということか。隣の側室も、嫉妬心はあるのかないのか、ニコニコしながらその様子を見ている。

舞姫「では失礼します」

舞姫はワインのビンを手に取ってお酌を始めた。すると…

舞姫「!?」ビクッ

魔王「ククク」

尻に何か触れたと思ったら、魔王の手だった。人目をはばからず魔王は、舞姫の尻を撫でる。

舞姫「あらぁ、魔王様ったら」

舞姫(このクソエロジジイがあぁ…!!)

顔では笑顔を浮かべ、内心殺意を燃やした。

魔王子「父上っ!」バァン

そんな様子を見て、魔王子がテーブルを叩いて立ち上がった。

80 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:23:05.73 ID:PbFu1K8w0
魔王「おや、どうした魔王子?」

魔王子「魔王ともあろう方が何をしているんですか! 手を離して下さい、今すぐ!」

魔王「いつものことではないか」

魔王子「もうすぐ第二子も生まれるのですから、少しは落ち着いて下さい!」

魔王は魔王子の反抗にニヤニヤしている。これも魔王によるからかいだろう。
側近と側室は2人をなだめているが、その他の魔物達はというと、心配の素振りも見せない。きっと、この親子喧嘩に慣れているのだ。

魔王「魔王子、お前は子供の作り方は知っているか?」

魔王子「当たり前でしょう!」

魔王「なら本能に忠実であれ、我のようにな」サワサワ

舞姫(がああぁ、やめんかクソエロジジイ!)

魔王子「父上えぇっ!!」ダッ

舞姫「!?」

魔王子がテーブルを乗り越え、こちらにダッシュしてきた。
そして――

側室「きゃあ!?」

魔王「ほう?」

魔王子は剣を抜き、魔王に突きつけた。

魔王子「もう一度言う。…その手を離せ!」

その瞳は真剣なもので、本当に魔王を刺しかねない程の意志がこもっているようだった。

魔王「わかったわかった」

魔王は半笑いを浮かべながら、ようやく手を離した。
魔王子もそれで剣を収める。

側近「魔王子様、親子喧嘩に剣を持ち出すのは如何かと…」

魔王「良い。それだけ、舞姫の尻を守りたかったのだろう」

魔王子「ふざけるな」

魔王「魔王子、舞姫が気に入ったか?」

魔王子「そんな特別な感情など…」

魔王「そうか。それなら、舞姫を我の側室にしても良いのだな?」

魔王子「はっ!?」

舞姫「…!!」

予想外の言葉だった。

81 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:23:32.71 ID:PbFu1K8w0
魔王「お前もいい歳だ。我もそろそろ孫の顔が見たいのだが?」

魔王子「それは…」

魔王「お前が気に入っているように見えたので、舞姫を譲ってやろうかとも考えたが…我の気のせいだったか」

舞姫「あっ」

魔王は見せつけるように舞姫を抱き寄せた。

魔王「お前が要らぬのなら、我のものにしても良いのだな?」

魔王子「…っ!」

チェロ弾き(これは…)

思わぬ分岐点だ。
魔王と魔王子、どちらのものになるか――

チェロ弾き(どちらになっても、舞姫様の地位は上がるが…)

魔王は特別、舞姫を気に入ったというわけではなかろう。ただ息子を挑発したいだけだ。

チェロ弾き(親子間の確執がチャンスをもたらしたのか…)

魔王と魔王子、こちらに選ぶ権利はない。
だが、選べるのなら――


魔王子「…わかりました」

チェロ弾き「……」


願わくば――


魔王子「舞姫が嫌でなければ――俺の妻に迎え入れます」

チェロ弾き「!!」

82 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:23:58.34 ID:PbFu1K8w0
舞姫(これは…)

唐突な展開に、舞姫の頭は追いついていなかった。

魔王「どうだ舞姫」

舞姫(そう言われても…)

判断がつかず、横目でチェロ弾きを見る。
チェロ弾きは――

チェロ弾き「…」コクッ

舞姫(承諾しろ、ってことか)

舞姫「…嫌ではありませんわ」

魔王「聞いたか、皆の者!」

魔王は室内に響く大声をあげた。

魔王「我が息子に、遂に花嫁が来るそうだ! これは是非とも祝ってやらねばなぁ!」

魔王子「ちょっ」

側室「あらあら、おめでたいですわ魔王子様」

側室がパチパチ手を叩くと、他にもチラホラ手を叩く者が現れ始めた。
やがてホール中は、盛大な拍手に包まれ――

「おめでとうございます魔王子様!」

そんな声も聞かれた。

魔王子「~~っ」

当の魔王子は困惑している様子だったが。

魔王「そういうわけだ、舞姫。正式な婚姻は、我が第二子が生まれるまで待ってもらうが」

舞姫「は、はい」

83 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:24:32.22 ID:PbFu1K8w0
魔王子「…」

舞姫「…」

晩餐会が終わった後、舞姫は魔王子に呼び出され2人きりになった。

魔王子「…何か、誤解があるようだが」

魔王子の第一声はそれだった。

魔王子「俺は、俺より年若い義母ができるのが嫌だったので、ああ返事しただけだ。お前と子を作るつもりはない」

舞姫「あら、そうですか」

こちらとしても御免だが。
しかし散々色仕掛けにやられておいて偉そうに言われるのは何か腹立つ。

魔王子「話はそれだけだ」

舞姫「…」

色々思うことはあるが、とりあえず今後のことはチェロ弾きと相談することにした。



チェロ弾き「魔王様、少しよろしいでしょうか」

チェロ弾きは魔王を呼び止めた。魔王が振り返るなり、礼儀正しく頭を下げる。

チェロ弾き「本当によろしかったのでしょうか? 舞姫様を魔王子様の花嫁として迎え入れるのは...」

受け入れろと指示したチェロ弾きだったか、不安もあった。
魔王が持ちかけた話も実は魔王子に対するからかいの一種で、舞姫がそれを受け入れたのは魔王にとって不本意なのではないかと。

魔王「良い」

だが魔王はあっさりそう答えた。

魔王「このままでは、魔王子は一生童貞だ。それに舞姫は魔王子の花嫁として、身分も申し分ない」

チェロ弾き「そうですか。失礼致しました」

チェロ弾き(良かった…。魔王よりは魔王子の方がマシだろう)

魔王「それに」

チェロ弾き「?」

魔王「魔王子の花嫁だろうと、この城のものは全て我のもの…舞姫が我のものであるのも変わらん、ククク」

チェロ弾き(まさか…息子の嫁に手を出すつもりか)

親子間の確執は本物だと悟った。そして舞姫の貞操の危機も、まだ去っていない。

チェロ弾き(正式な婚姻を結ぶ前に魔王を討ちたいところだ)

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/26(木) 19:25:07.77 ID:PbFu1K8w0
晩餐会での出来事はあっという間に城中に広まり、舞姫が魔王子の花嫁になるのは周知の事実となった。
そしてチェロ弾きは魔王に、ひとつ頼み事をした。

チェロ弾き「祖国より、舞姫様の使用人を何名か呼び寄せてもよろしいでしょうか。舞姫様がマリッジブルーになっておりまして、馴染みのある者を側に置きたく…」

その頼み事を魔王は快く承諾した。
そして数日して…

執事「お久しぶりでございます『舞姫』様」

勇者の国で姫に仕えていた執事が呼び寄せられた。

執事「私が呼び寄せられた理由は、王子様の救出の為ですね」

チェロ弾き「その時が来たら頼みます、執事殿」

執事には探知魔法の心得がある。以前は、城をちょくちょく抜け出す姫を連れ戻す為に使われていた魔法だったが、王子の探索にももってこいだ。

執事「魔王子は私の顔を覚えているのではないだろうか」

チェロ弾き「勇者の国は、今は音楽の国の王が統治しており、勇者の国に仕えていた者も同様。顔を覚えていたとして、舞姫様の執事として執事殿が呼ばれても、不思議ではありません」

執事「私の他に呼ばれたのも、腕利きの者揃い…」

チェロ弾き「舞姫様が地位を確立されたお陰で、大分動きやすくはなりました」

舞姫「…作戦決行の日は近いの?」

チェロ弾き「…わかりません」

少しずつ、こちらに有力な戦力が揃ってはきている。それでも…。

チェロ弾き「魔王を確実に討つ決め手には欠けます」

ここにきて、弱小国軍師の臆病さが表れ始めた。
失敗を恐れるあまり慎重になりすぎて、行動に移せない。

舞姫(まぁ、それも仕方ないよね)

何といっても、相手はあの魔王なのだから。


87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/26(木) 20:20:25.73 ID:ZUqrGw6ko
おつ
面白くなってきたな

88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/26(木) 22:27:37.53 ID:ioJWAuXCO

魔王子は舞姫を守ることができるのかな?

90 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:33:56.86 ID:P2IzvGYh0
舞姫(どうしたものかな)

何かヒントがつかめないかと城中を歩いてみたが、これといった考えは浮かばない。

舞姫(うーん)

<♪ブビェピャラ~ボン

舞姫(この雑音は…)

魔王子「今日は調子が悪い」

舞姫(いつもだろーが)

魔王子「うーん…ん? 舞姫か」

舞姫「魔王子様、今日も笛の練習ですか」

魔王子「お前の国から耳の肥えている使用人が来ただろ。そいつらの前で下手な笛は吹けないからな」

舞姫(耳肥えてなくてもわかるひどさだよ)

舞姫「魔王子様は本当に笛が好きなのですね」

魔王子「あぁ。亡くなった母上が奏者だったので、笛の音色で母上を思い出すんだ。…こう言うとマザコンっぽいか?」

舞姫「いえ。きっと貴方にとって良いお母様だったのでしょうね」

魔王子「あぁ。…優しい母だった」

そう言われては笛を否定してはいけない気がしてきた。
…ただ、場所は考えてほしい所だが。

魔王子「父上は…誰かを不幸にせねば生きていけないんだ」

舞姫「え?」

突然、何を。

91 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:34:44.15 ID:P2IzvGYh0
魔王子「魔王の力は凄まじい。…人間が魔王の子を孕めば、それだけで生命力を相当消費する」

舞姫「まぁ」

魔王子「母上は俺を産んでから、体を悪くしたそうだ。俺の記憶の中にある母上は、大抵ベッドで具合悪そうにしていた」

舞姫(魔王子は人間との混血なのか…)

魔王子「だというのに…父上はそんな母上に、第二子を産ませようとした」

舞姫「では…お母様は…」

魔王子には、側室の腹にいる子以外に兄弟はいない。つまり…

魔王子「あぁ。無理に魔王の子を産もうとして、親子共々死んだ」

舞姫「…」

魔王子と魔王は不仲だと聞いた。女が苦手な魔王子が、女にだらしない魔王を嫌っている程度かと思っていたが…違った。魔王子の恨みは、かなり根深いものだろう。
彼もまた魔王により不幸になった身。だとしても――

舞姫(魔王を討つ為、その確執を利用できれば――)

復讐に燃える舞姫には、同情する義理もない。

92 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:36:13.40 ID:P2IzvGYh0
舞姫「ねぇ魔王子様…」スッ

魔王子「!」

頬に触れると魔王子はいつも通りビクつく。だが、構うものか。

舞姫「私…これ以上、人々が恐怖し、不幸になっていくのは耐えられません」

魔王子「そう…だよな」

舞姫「魔王子様も魔王様と同じく、人間との争いを望んでいるのですか?」

魔王子「断じて違う!」

――信用できない。

魔王子「俺だって、誰かが不幸になるのは望まない!」

舞姫(…なら何で、魔王と共に勇者の国を襲ったんだ!)

怒鳴りつけてやりたい衝動をこらえる。
魔王子の言葉は嘘ではないだろうが、完全に信用もできない。

舞姫「魔王子様…魔王様を止めることはできませんの?」

魔王子「…そんなことは、誰にもできない。父上の、先祖の雪辱を晴らそうという意思は固い」

舞姫「…そうですか」

舞姫は手を引っ込める。
魔王子を焚きつけてやろうかと思ったが、この様子では期待できそうにもない。

舞姫「魔王様がいずれ満足され、平和になる日が来ることを願いましょう」

魔王子「そうだな…」

そんな日は来ないだろうと、わかっていたけれど。

93 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:39:44.66 ID:P2IzvGYh0
>地下室


学者「魔楽器の試作品ができたぞ…。魔楽器など初めて作ったので、苦労した」

チェロ弾き「ありがとうございます。ふむ、良いメロディーだ」

学者「私は音楽など好かんので、わからんね」

チェロ弾き「…ところで、姫様の使用人としてこちらに送られた者の中に、学者殿と同郷の者がいてですね」

学者「あ、そうなの? ま、別にどうでもいいけど」

チェロ弾き「その者が、王子様の身を案じていらっしゃいました」

学者「はー、王子の。じゃ無事だと伝えておいて」

チェロ弾き「…王子様と会わせる気はない、と」

学者「王子は、私の大事な研究材料。邪魔が入っては困るのでねぇ」

チェロ弾き(…一刻も早く王子様を救出する必要があるようだ)

チェロ弾きはカマをかけることにした。

チェロ弾き「学者殿。実は…その者達の中に、貴方を暗殺する為の刺客も紛れているのです」

学者「何だって」

学者の顔つきが変わった。

チェロ弾き「裏切り者の貴方を始末する為に来た…と話しているのを、偶然立ち聞きしました」

学者「…それなら、そのまま魔王様に密告すれば良いだろう。そいつらが行動を起こせば、君や舞姫さんも巻き添えで疑われるぞ」

チェロ弾き「それが…万が一、魔王様に勘付かれた時の為に…学者殿に不利な情報も持っているとか」

学者「な!!」

チェロ弾き「その情報が何かは知りませんが…このまま捕まっても奴らは、その情報を魔王様に流し、学者殿にも良くない影響があるかと」

学者「何てことだ…」

学者は明らかに動揺していた。カマかけは予想以上に効果があったようだ。
やはり、一度祖国を裏切った者。そんな者に心からの忠誠心などあるはずもなく、魔王にバレてはまずい弱味もあるのだろう。

チェロ弾き「勇者の国の中でも、やり手の連中が派遣されてきたはずです。さて、どうしましょうね?」

94 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:40:38.98 ID:P2IzvGYh0
学者「なぁチェロ弾き殿。君も人間だから、本音じゃ勇者の国の奴らの味方だろ?」

チェロ弾き「私は自分に被害が無ければ何でもいいです」

学者「私は勇者の国の連中と取り引きしたい。君は中立の立場で橋渡しをしてほしい」

チェロ弾き「取り引きとは?」

学者「魔王を討つヒントをやるから、私を見逃せ…と」

チェロ弾き「ほう」

そうきたか。魔王を討つヒント…それはチェロ弾きが今、最も欲しているものだ。

チェロ弾き「わかりました、間に立ちましょう。それで、魔王様を討つヒントとは?」

学者「これだ」

学者は液体の入ったビンを引き出しから出した。

学者「これを刃物に塗って切りつければ、体の魔力の巡りが悪くなる。魔王は魔力を封じても強いが、あるのとないのでは大分違う」

チェロ弾き「ふむ。確かにこれは心強い」

学者「魔王を襲撃する日が決まったら教えてくれ。私は逃げる準備をしておく」

チェロ弾き「はい」

学者を放置するのはどうかとも思ったが、魔王討伐の方が優先順位が高い。

チェロ弾き「では、ありがとうございます」

チェロ弾き(…それにしても、あっさり裏切りを選んだな…何か企んでいるのか? 一応この液体も本物か確かめておかねば…)



学者「…」

学者「ク、ククク…」

学者「時期尚早だが、まぁいい…これはチャンスだ」

95 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:41:05.65 ID:P2IzvGYh0
舞姫「なるほど…これがその液体」

チェロ弾き「野生の魔物で実験しましたが、効果は学者の言った通りでした。魔王にも同じように効くと良いのですが…まず、魔王を切りつけるのが難しいですね」

舞姫「複数人で弓を沢山射つってのは?」

チェロ弾き「魔法で弾かれる危険性があります」

舞姫「むぅ」

魔王に回避されても、ガードされてもいけない。
油断した隙にでも一撃、叩き込むことができれば…。

舞姫「…そうだ」

チェロ弾き「何か方法がありましたかな?」

舞姫「あのね…」ゴニョゴニョ

チェロ弾き「それは…確かにそれなら少しは可能性が上がりますが…。貴方の危険が」

舞姫「ボクがやらないでどうするのさ」

チェロ弾き「…そう言われるなら仕方ありませんね。正直私も、それ以上の策を思いつきそうにありません」

舞姫「ん。絶対、成功させてやるから」

チェロ弾き「はい…」

不安は残るが、魔王相手にできる対策はこれが全てだろう。

チェロ弾き(あとは、皆を信じるしかないな…)

96 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:41:43.06 ID:P2IzvGYh0
>夜


舞姫「魔王様」

魔王「む」

部屋へ戻ろうとした時、舞姫に声をかけられた。後ろには、いつも通り存在感の薄いチェロ弾きがいる。

魔王「どうした、舞姫」

舞姫「はい…新しい舞を是非、魔王様にお見せしたく」

魔王「夫となる魔王子が先ではないのか?」

舞姫「はい。魔王様はこの城の城主。私が真っ先に舞を披露したい方は、魔王様です」

魔王「嬉しいことを言う」

舞姫「他の誰にも、まだ見せたくはありません…なので、人のいない中庭なんて如何でしょう?」

魔王「そうだな。夜空の下も悪くはあるまい」

舞姫「ふふ。では魔王様、参りましょう」

舞姫からの誘いとは珍しい。派手な成りに妖艶な雰囲気を漂わせてはいるが、舞姫は男の扱いには慣れていない。そのギャップがまた、彼女の魅力なのだが。

魔王(今宵は、どの様な舞を見せてくれるのか…)

97 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:42:17.81 ID:P2IzvGYh0
>中庭


舞姫「では魔王様、ご覧下さいませ…」

チェロ弾きがゆっくり演奏を始めた曲は、魔王の耳に馴染みがないものだ。舞姫は曲に合わせ、ゆっくり揺れる。
今日はまた一段と衣装の露出が大きく、しなやかな肢体が妖艶に動く。

魔王「見事なものだ」

舞自体も素晴らしいが、やはり舞姫は美しい。

魔王(魔王子の花嫁にはするが、その前に我が夜伽を教えてやろうか)ククク

舞姫「魔王様…」

ふと、舞姫がトロンとした目で見ていた。舞いながら、舞姫は少しずつ近づいてきて、香水の香りが漂ってきた。

魔王「どうした、舞姫よ」

魔王はにやけながらそう口にした。
舞姫の胸は目前にあり、眺めは悪くない。

舞姫「魔王様…私は…」

魔王「――っ」

魔王の視界が塞がれた。柔らかいものが顔に触れていた。

誘っているつもりか――魔王は即、舞姫の背中に手を回した。

舞姫「あぁっ、魔王様ぁ…」

背中を愛撫すると共に、魔王の耳を犯すような、のぼせた声が上がった。
魔王の手は背中から下に這っていく。
視界は塞がれて見えない。手探りで舞姫の体を確かめ、耳に入ってくる喘ぎ声に集中し――


――ざくり


刺すような痛みが、首にはしった。

98 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/27(金) 19:43:54.92 ID:P2IzvGYh0
露出の大きい衣装を選んだ理由は2つ。
魔王を誘惑する為と、もうひとつは、「何も隠し持っていない」と視覚で情報を与え油断させる為。

舞姫は何も隠し持つことなく、魔王を刺すことに成功した。

魔王「これは――」

魔王は自分の首に刺さっていたものを凝視する。
これは――舞姫のかんざしだ。

舞姫「魔王…」

後方に跳躍した舞姫の顔つきと声はいつもと違う。妖艶さは鳴りを潜め、今は勇ましくこちらを睨みつけている。
そして首にかんざしが刺さったと同時、チェロ弾きの演奏する音楽がガラッと変わった。それを合図にするように、周辺から複数の足音が聞こえてきた。

舞姫「覚悟しろ、魔王――ッ!!」

魔王に向かって十数本の弓矢が放たれた。

魔王「憤っ!」

怒号と共に魔王が手を振り払うと、弓矢は薙ぎ払われた。
何本かは魔王の体に刺さったが、どれも致命傷には至っていない様子。
潜んでいた勇者の国の兵達が姿を現し、1人が舞姫に上着と短剣を手渡した。

魔王「謀ったか舞姫よ」

舞姫「始めからこのつもりで来た。終わりだ魔王!」

魔王「フッ…そうか。それが本来のお前か」

それを聞いても魔王は笑いを浮かべていた。まるで、楽しんでいるかのように。

魔王「良いだろう舞姫、向かってくるがいい」

舞姫「その前に、ボクの本当の名を教えてやるよ」

もう、偽る必要はない。

姫「ボクの名は姫! 誇り高き勇者の血を受け継ぐ者!」


103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/27(金) 22:42:17.13 ID:y9HSZvbPO

タイトル回収か

105 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:28:04.07 ID:+e7XSEml0
>一方、城から離れた場所


学者「ほうぅ…あの舞姫、姫だったか」

学者が持っている水晶玉に、姫達と魔王の戦いの様子が映し出されていた。
馬に荷物を積み、逃げる準備は万端にしてあった。

学者(だがこの様子なら、逃げる必要はないか――)

執事「いた」

学者「!!」

見覚えのある奴らが近付いてきた。確か皆、勇者の国にいた奴らだ。

学者「おや、久しいな」

執事「裏切り者め。貴様のせいで国は…」

学者「私を殺しに来たか? 取引を破る気か…」

執事「貴様の命に興味はない。だが…王子様は返してもらう」

学者「…あぁ思い出した、君は確か探知魔法の使い手だったねぇ」

執事「その積荷に王子様を隠しているのだろう。大人しく王子様を解放しろ」

学者「解放、か…。いいだろう、だが――」

学者はそう言うと、王子を隠すように巻いていた布をバサッとはがした。
それと同時――

執事「――」

そこら一帯は光に包まれた。

学者「君達は全員死ね!!」

106 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:28:33.91 ID:+e7XSEml0
姫「くっ…」

魔王「どうした、もう終わりか?」

魔王の足元には何人かの兵が倒れていた。
魔王の魔力は封じた。ダメージもかなり与えた。だが、それ以上にこちらの戦力が削れていた。

チェロ弾き「肉体の力だけでここまでとは…」

残った戦力は姫と、兵士4名。だが彼らもかなり疲弊していて、長くは戦えまい。

チェロ弾き「全員、一旦撤退!!」

チェロ弾きの判断は早かった。
その号令で全員散り散りになり、近くに停めていた馬に飛び乗った。

チェロ弾き「国境付近に、こちらの部隊が待機しています。彼らと合流しましょう」

姫「そうだね…!」

魔王を討つ最大のチャンスなのに、こちらの戦力の方が先にへばるなんて。
しかしこちらは出来る限りのベストを尽くしているはずだ。魔王を討てると信じて、諦めずに戦おう。


魔王「逃がさんぞ…!」

107 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:29:06.18 ID:+e7XSEml0
側近「魔王様!どうされたのです!」

いち早く異変を察知した側近が駆けつけてきた。

魔王「舞姫による謀反だ」

側近「舞姫の!?」

魔王「奴の正体は、勇者の国の姫…報復の為に、素性を偽っていた様子だ」

側近「なんてことだ、気付かなかったとは…この側近、一生の不覚!」

魔王「後悔は後にしろ。我は今、魔法が使えぬ。代わりに魔物達に伝令を送れ」

側近「はっ!」



“総員、聞け! 緊急事態だ!”

魔王子「側近から伝令? 珍しいな…」

“舞姫が謀反を起こした! 至急、奴らを追うのだ!”

魔王子「舞姫が…!?」

“奴の正体は姫…忌まわしき勇者の血を引く者だ!”

魔王子「姫…だって!?」

108 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:29:42.27 ID:+e7XSEml0
チェロ弾き「もうすぐです姫様!」

姫「皆、もうちょっとだ! 頑張れ!」

側近「見つけたぞ、人間ども!」

姫「っ!」

上空に側近と、複数の翼を持つ魔物達がいた。
見つかった――姫は舌打ちする。

側近「かかれ!」

姫「仕方ない…返り討ちだ!!」

飛びかかってくる魔物達を次々と斬り伏せる。
こちらの残った戦力は少ないとはいえ、下っ端ごときに苦戦はしない。

側近「ふん、雑魚どもには時間稼ぎ以上の期待はしていない」

1人、側近だけが上空で冷静に事態を見守っていた。

側近「魔王様、こちらです!」

チェロ弾き「む、しまった!」

チェロ弾きが側近の思惑を察知したが、遅かった。

魔王「追いついたぞ、姫よ」

姫「チッ! 歳のくせに、素早い奴だな!」

姫は最後の魔物を斬り伏せると、魔王と対峙した。

魔王「本当のお前は男勝りなのだな。今まで、よほど無理していたのか」

姫「まぁね。付け焼き刃の色仕掛けに引っかかるなんて、魔王もまだまだだねぇ」

魔王「クク、まぁ楽しめた。それに、今のお前も嫌いではない」

姫「ハンッ、色ボケジジイが!!」

109 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:30:18.30 ID:+e7XSEml0
兵達と共に魔王に向かっていく。
魔王を取り囲むように襲いかかり、誰か1人でもダメージを与えることができるだろう…と思ったが。

魔王「覇ッ!」ブオッ

姫「!!」

魔王の腕一振りで、兵士達が吹っ飛んでいった。
残っているのは、姫のみ――

魔王「姫。今なら許してやらんでもないぞ?」

姫「誰がお前に許しなど請うか!」

魔王「お前だけでない。兵達の命も助けてやるぞ?」

姫「…っ!」

兵士達は魔王の攻撃に倒れたとはいえ、まだ生きている。

兵士「姫様、私共のことは良いのです…早くお逃げ下さい!」

姫(兵士達は、死ぬ覚悟を持って来た…)

この半年の間、確実に魔王を討つ準備をする為に、他の国々が魔王に敗れていくのを黙って見ていた。沢山の人達を見捨ててきた。

姫(また、見捨てろって言うのか…!?)

チェロ弾き「姫様、早く! 国境まであと少しです!」

チェロ弾きが急かすが、姫の足は動かなかった。
葛藤していた。確実に魔王を討つ為に、彼らを見捨てねばならないことは理解している。それでも――目の前にいる人を見捨てるのは躊躇してしまって。

魔王「勇者の血を引く姫よ…改めて我のものとなれ」

姫「誰が…!」

魔王「勇者の血を引く女に、我の子を孕ませれば…きっと、凄まじい力を持つ子が生まれるだろう」

姫「馬鹿言うな! お前の子なんて産むものか!」

魔王「お前が抵抗しても…」

魔王はじりじり距離を詰めてきた。
姫は後ずさりしたが――恐怖で足がすくむ。そして――

魔王「力ずくで我のものにしてやる!!」

姫「――っ!」

飛びかかってくる魔王相手に、姫はひるんで動けなかった。

110 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:30:44.66 ID:+e7XSEml0
――ズシュッ


魔王「――っ」

姫「え…っ!?」

姫は目を疑った。
目の前には刃―ーその刃は魔王の胸を貫き、鮮血に染まっている。

魔王「何故…だ!?」

魔王は信じられないものを見るような目で、後ろを見ていた。

「――決まっている」

姫「キミは――」

魔王子「もうこれ以上…あんたに大事なものを奪われるのは御免だ」

側近「ま…魔王子様が魔王様を!?」

111 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:31:11.94 ID:+e7XSEml0
魔王「魔王子よ…貴様、自分が何をしたかわかっているのだろうな…!」

魔王子「わかってるよ。一撃で殺せなくて残念だ」

魔王「クク、魔王子よ…それでこそ我が息子だ、だが…」

魔王は自分の胸を貫いている刃をへし折り、それを魔王子に向けた。

魔王「貴様は我を怒らせた…父の手で葬ってやろう、魔王子!!」

魔王子「来いよ魔王…母上の仇だ」


姫「どういうこと…魔王子が魔王に歯向かうなんて」

チェロ弾き「今の一撃で魔王にかなりのダメージを与えたはずですが…」


魔王「魔王子よ…この程度の攻撃、我を弱らせるには軽いぞ」

魔王子「わかってる。あんた、化け物だもんな」

魔王「我程の力を持たぬことを後悔するのだな、魔王子よ…」

魔王子「…」ゴクリ

魔王「死ね、魔王子イイィィッ!!」

魔王子「…っ!!」


姫「魔王子…!」



――カッ

112 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:31:40.67 ID:+e7XSEml0
そこら一帯が光に包まれたのは、一瞬のことだった。
その突然の光に目がくらみ、少しの間状況を理解できていなかった。

しかし「それ」を見るなり――

姫「え…っ」

チェロ弾き「何だと…」

誰もが目を疑った。

魔王「ガハ…っ」

魔王は半身を失い、大量の血を流していた。
ドサッとそこに倒れる魔王。流石に、致命傷だったのだろう。慌てた様子の側近が側に降り立つが、もはや打つ手はないように見える。

あまりにも唐突な出来事に、姫は、何故そうなったのかと考える余地もなかった。

チェロ弾き「あれは――」

チェロ弾きにつられ、彼の向いている方角を見る。
そこには――

学者「いやぁ、危なかったねぇ」

へらへら笑いを浮かべる学者と、

王子「……」

姫「王子…っ!!」

側に、半年ぶりの再会となる王子がいた。

113 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:32:07.53 ID:+e7XSEml0
姫「王子!!」

姫は歓喜し、王子に駆け寄ろうとした。
だがその肩を、チェロ弾きが止める。

チェロ弾き「お待ち下さい姫様…何か様子が変です」

変。確かに変だ。
王子の目は白昼夢を見ているように朧げで、こちらを見ていない。表情も人形のように無表情で、手には――

姫「なに…それ?」

後ろに持っているそれは何か――気付いた姫は戦慄した。そしてそれを認めるのを頭が拒否していた。だか――

ごろんっ

姫「!!!」

チェロ弾き「ひっ…」

魔王子「これは…」

王子が放り投げたもの――それは、執事の生首だった。

114 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/28(土) 19:32:38.83 ID:+e7XSEml0
姫「な、な、何で!? 王子、何をしたの!?」

チェロ弾き「…貴方の仕業ですね、学者殿」

チェロ弾きが声をかけると、学者は無言でニヤリと笑った。

チェロ弾き「答えて下さい。王子様に…何をしたのです?」

学者「なぁに…『心』を封じただけのこと」

魔王子「心を封じた…だと!?」

学者「そう。王子はたぐいまれなる魔法の才能の持ち主。しかし、その争いを嫌う性格のせいで彼は真価を発揮できない…そこで心を封じ、真価を発揮できるようにしただけよ」

側近「何故、魔王様を…!!」

学者「何故…? ハッ、ハーッハッハッハ!! そんなもの、決まっているじゃないかぁ!」

学者は大笑いしながら、王子の肩を抱き寄せた。

学者「ずっと機会を狙っていたのだよ…王子を使って魔王を殺す機会を! 魔王に代わり、私が世界の頂点に立つ時をおぉぉ!!」

姫「何だと…!」


122 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:13:41.82 ID:Dr3RY0P00
チェロ弾き「くっ、予想外だった…。学者殿が魔王を討つのに協力的だったのは、そういう理由か…!!」

側近「よくも魔王様をぉ!」バッ

側近が学者に飛びかかっていった。だが学者は余裕の笑みを浮かべ、その隣で王子が側近に向け手をかざし――

ゴォッ

魔王子「側近――っ!!」

王子の手により、側近は一瞬で塵となった。

学者「ムダムダァ! 今や殺戮兵器となった王子と、それを操れる私に勝てるわけないだろう!!」

姫「王子…」

目の前で、何の動揺も見せず魔物を葬った王子を見て姫はショックを受ける。王子の心は本当に封じられてしまったのだ。あの王子は、姫の知る王子ではない。

学者「私は貴方達など眼中にない。黙って去れ」

姫「ふざけんな、王子を返せ! よくも執事を殺したな! お前を放っておくわけにはいかない!!」

学者「なら…」

――ドガアァン

とっさに回避したが、姫のいた場所には大穴が空いていた。
こんなもの喰らったら、ひとたまりもない。

姫「王子がボクを殺そうとするなんて…」

チェロ弾き「王子様の心は今、学者に支配されています。それが魔法による呪縛なら、学者を倒せば王子様の心は元に戻るかもしれません!」

姫「オーケー! 狙いは学者だね!」

そう言って姫は学者に向かって走るが。

学者「そうはさせない…王子、私を守れ!」

王子「…」ドォン

姫「…っ!」

学者「馬鹿め。私を討つには王子を突破せねばならない。お前達ごときにそれは不可能だ、フハハハハッ!!」

123 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:14:12.20 ID:Dr3RY0P00
魔王子「撤退しろ、姫」

魔王子が姫を庇うように前に出る。

魔王子「あんなの人間の手には負えん。今、魔物達に召集をかけた。ここは俺らに任せて…」

姫「任せられるかよ」

魔王子「姫…?」

姫「キミは王子を殺す気だろ! そんなことさせるものか!」

魔王子「決めつけるな。殺さず元に戻す方法を見つけて何とか…」

姫「信用できないんだよ、キミの言葉は!!」

魔王子「姫…」

姫「キミは一度、ボクを騙した。そしてボクから大事なものを奪っていった。もう騙されないからな!」

魔王子「…っ」

チェロ弾き「しかし姫様、あの王子様相手にどうすると言うのです?」

姫「これだ」

姫はかんざしを見せた。

姫「これで王子の魔力を封じる」

チェロ弾き「しかし、王子様には近付くことすら…」

姫「何とかやってみせるよ。チェロ弾き、待機してる兵士達を呼んできて。後のことは、兵士達に任せる」

チェロ弾き「しかし…」

姫「頼んだよ、チェロ弾き!」ダッ

チェロ弾き「姫様…っ、ご無事で!!」ダッ

124 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:14:38.52 ID:Dr3RY0P00
学者「立ち向かってきますか、じゃじゃ馬姫様ぁ!! 王子、やってしまいなさい!!」

ドガアァン

姫「くっ…」

姫は攻撃を回避する。
舞で身に付けた身軽さが役に立っていた。

学者「では、これは如何かな?」

姫「わっ!」

強い風が吹き、姫は吹っ飛ばされた。
木に体を打ち、全身に痛みがはしる。それと同時…

姫(かんざしが…)

今の衝撃でかんざしを落としてしまった。
あれが無くては、どうしようもない。

学者「所詮、勇者の血など過去の遺物…私は貴方をただの小娘程度にしか思っていない」

姫「く…」

学者「しかし、チョロチョロ動き回られては邪魔くさい。…今の内に叩き潰しておくか」

学者が視線を送ると、王子は自動的にこちらを向いた。
魔力は既に滾っている。一方の姫は、強い痛みで思うように動けない。

姫「王子…っ」

学者「呼びかけても無駄ですよ…さようなら、姫様」

姫「――っ」

王子の手がゆっくり、こちらにかざされた――



魔王子「こっちだ!!」

姫「――え?」

125 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:15:33.59 ID:Dr3RY0P00
学者「!!」

魔王子と学者の距離が縮まっていた。魔王子は剣を構え、学者に襲いかかろうとしている。

学者「王子っ!」

王子が即座に反応し、魔王子に攻撃を放った。
魔王子はこれを跳躍して回避。

魔王子「ったく…お前を城に迎え入れた父上の判断は、やっぱ間違ってたか」

魔王子はそう言って体制を立て直す。
手には――姫が落としたかんざしだ。

魔王子「クソ親父め、厄介な問題残して死にやがって…まぁいい、俺が落とし前つけてやるよ」

魔王子は王子に向かって走り出した。

学者「王子! 奴を殺せ!」

魔王子に向かって無数の魔法弾が撃ち込まれる。

魔王子「…っ!」

魔法弾が直撃し、魔王子は血を噴いた。

学者「ざまぁ見ろ、そのまま…」

魔王子「そのまま…何だ?」ダッ

学者「!!」

魔王子はまるでダメージを意に介していないように、王子に向かう足を止めなかった。

学者「王子ぃ、もっと、もっとだ!!」

魔法弾が魔王子の腹、腕、脚――至る所を貫く。早くも魔王子の全身は血に染まる。
それでも――

魔王子「ああぁ…!!」

魔王子の突進は止まらなかった。
魔王子と王子の距離は、どんどん縮まっていった。

学者「王子ぃ、爆破だ! 爆破しろ!!」

――ドガアァン

辺りは煙に包まれた。

姫「魔王子…!!」

126 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:16:10.32 ID:Dr3RY0P00
王子「――あぁっ!」

姫「…え?」

煙の中から王子の叫び声がした。
煙はすぐに晴れ――

魔王子「はい…終わり」

姫「魔王子…っ!」

魔王子は王子の肩にかんざしを刺していた。
王子の魔力はみるみる小さくなっていく。

魔王子「手間かけさせやがって…ゴホッ」

しかし魔王子も涼しい顔に反し、無事ではなかった。全身は焼け焦げ、片目は潰れ、手の指も何本か吹っ飛んでいる。
王子を刺した時には限界を越えていたのだろう、魔王子はその場に倒れた。

学者「そんな…バカな…」

切り札を失った学者は震えていた。が、怯える間もなく――

――ザクザクっ

学者「ガハあぁっ!!」

チェロ弾き「姫様、ご無事でしたね!」

チェロ弾きが呼んできた増援の兵士達により、学者は弓矢で全身を射抜かれ、そのまま絶命した。

王子「…」パタッ

それと同時、王子も糸が切れたように倒れた。

127 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:17:46.28 ID:Dr3RY0P00
チェロ弾き「王子様…良かった、心臓は動いていますね」

即座に王子に駆け付けたチェロ弾きは、王子の容態を確認して言った。
これで心配事は無くなったが…。

姫「魔王子…」

姫は倒れている魔王子に駆け寄った。
魔王子は虫の息といった所だが…姫を見るなり、笑った。

魔王子「はは…ざまぁみろ、って所か?」

姫「…どうして、助けてくれたの?」

彼が魔王を憎んでいるのは知っていた。だから魔王が魔力を封じられている機会を狙ったのはわかる。
だが魔王子は、命を削って王子を救ってくれた。そこまでする理由が、姫にはわからなかった。

魔王子「…何もできない自分は、もう嫌だったんだ…。言い訳になるけどさ…俺は平穏を望んでいた。でも…」

姫「…うん」

魔王子「俺は魔王が怖くて、逆らえなかったんだよ…。魔王を憎んでいるのに、奴の言いなりになるしかなくて…そんな自分が嫌だった」

魔王子はぼろぼろ涙を流していた。

魔王子「俺…ずっと心痛めてたんだ。あんたが死んだと思ってたから…それで、舞姫にあんたの姿を重ねて…ガハッ、ゴホゴホッ」

姫「魔王子!?」

魔王子「ひとつ――頼みがある」

血の気を失った顔で、魔王子は言った。

魔王子「俺のこと、また――『笛吹き』って呼んでくれないか…」

姫「…っ」

姫は魔王子の手を握った。
ずっと憎んでいた。騙されたと思っていた。それでも、2人の間に築いていたわずかな絆は、決して嘘ではなくて――

姫「――笛吹き」

そう名を呼ぶと、魔王子――笛吹きは、ニコッと笑った。

笛吹き「姫…俺、あんたのこと――」

声がかき消え、笛吹きは瞼を閉じた。
そしてその目は、もう二度と開くことはなくなった。

姫「言うのが遅いんだよ…ばか」

姫の目から涙が溢れる。
こんな奴、もう友達じゃないって思っていたのに。
利用するだけ利用して、自分の味わった絶望感を味わわせてやろうとすら思ったのに。

姫「でも1番のバカは、ボクだ……」

復讐に囚われて忘れていた。笛吹きとの間に築いた友情、彼の思いやりを。

姫「うあああぁぁ―――っ!!」

姫は大声をあげて泣いた。叫んでも取り戻せない、後悔の証。
姫が感情を剥き出しにするのは、兄を殺されて以来だった。

128 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:18:26.10 ID:Dr3RY0P00



王子「うぅん…」

姫「王子…!」

王子「姉、上…?」

王子が目覚めたのは、倒れてから数時間後。既に魔物の国からの逃亡に成功し、王子と姫は音楽の国の城にかくまわれていた。

姫「具合悪くない、王子?」

王子「…っ」ガタガタ

姫「王子!?」

突然真っ青な顔で震えだした王子を心配し、姫は王子の体を支える。
王子は怯えるような目で、姫の顔を見た。

王子「姉上…僕は、執事達を殺しました……」

姫「!」

どうやら、心を封じられていた時の記憶が蘇ったようだ。
まさか覚えているとは思わなかったもので、姫は言葉に詰まる。

王子「それに…僕を救ってくれた魔王子のことも……」

姫「王子……」

王子が笛吹きを殺さなかったら――自分はちゃんと彼に礼を言えただろうか。
笛吹きがいなければ、魔王を討つことすらできなかったのに――

姫「……王子は、悪くないよ」

だけど、もやもやしたものを抑えてそう言った。

姫「自分を責めないで、王子。失ったものも多いけど、キミが無事でいてくれたことは喜ばしいことじゃないか」

王子「姉上……」

そうだ。失ったものを振り返っても仕方がない。

姫「国を盛り返そうよ、2人でさ!」

王子「…はい、姉上」

前を向いて行こう。それが王族としての責務であり、姫にとっての『自分らしさ』なのだから。

129 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:19:40.94 ID:Dr3RY0P00

その後、魔王と魔王子を失った魔物の国は衰退し、魔物達は大人しくなった。
魔物からの圧が無くなった人間達の社会は、少しずつであるが、活気を取り戻していた。

そして勇者の国は――

姫「あぁーっ、資料ばっか見てたら、頭おかしくなってくるわーっ!!」

王子「これも国民の為です姉上。公務は王族の義務です」

姫「あうぅ、兄上は本当に偉大だったねぇ…」

音楽の国より国を返還され、姫と王子が治めていた。勿論、様々な人の手を借りてはいたが。

王子「ところで姉上、音楽の国で行われるパーティーですが…」

姫「ボクは踊らないよ」

王子「魔王をも魅了した舞を見たいという方は沢山いるでしょうに」

姫「勘弁してぇ。そういうの、ボク本当に好かないんだから」

あれ以来、姫は踊っていない。
舞は元々魔王に取り入る為の手段であって、好きでやっていたことではない。


兵士長「姫様、不審な来訪客が来ました。姫様にお会いしたいと…」

姫「ボクに? 誰だろ」

王子「姉上は遊び歩いて友達が沢山いますからねぇ…」

姫「真面目に仕事してるから、いいじゃーん! それに遊び歩いてるつっても、健全な遊びしかしてないよ!」

兵士長「訪れたのは、側室と名乗る、赤ん坊を抱えた魔物の女です」

姫「側室さん!?」

姫は面会を許可した。

130 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:20:07.27 ID:Dr3RY0P00
側室「お久しぶりですねぇ。わざわざお会いして下さって、ありがとうございます」

姫「久しぶり、側室さん」

魔物の国のゴタゴタには関与していなかったので、本当に久しぶりの再会となる。
それに姫が『姫』として側室と会うのは、これが初めてだった。

姫「赤ちゃん、無事に生まれたんですね」

側室「えぇ。男の子でした。ボク、お姫様にご挨拶なさい」

赤ん坊「あうあう」

姫「魔物でも、赤ちゃんは可愛いねぇ」

側室「今、魔王様の血を引くのはこの子だけですが…もうこんなこと起こらないように、この子は争いと無縁に育てていきます」

姫「そうして下さるとありがたい」

♪プッピャリャピャー

姫「ん?」

急に気の抜けた音がしたと思ったら――赤ん坊が笛をくわえていた。

赤ん坊「キャッキャ」

側室「あらあら。この子ったら、この笛を気に入ってしまって、いつも吹いているんですよ」

姫「へぇ…」

♪ピリャリリャ~

姫「……」

姫は気付いていたが、言わなかった。赤ん坊が吹いているのは、笛吹きの笛だと――

姫(偶然だよね)

姫「ちゃーんと練習して、雑音出さないようにするんだぞ~」

赤ん坊「だぁ♪」

姫「おーヨシヨシ」

131 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:20:37.20 ID:Dr3RY0P00
平和は日常のものとなり、やがて人々はその日常に染まっていく。


兵士長「姫様ぁーっ!! 姫様をつかまえろーっ!!」

姫「ハンッ! 来いよ、競争だ!」

チェロ弾き「久々に来てみたら…。この城は、いつも騒がしいですねぇ」


この日常は永遠のものになるかはわからない。


チェロ弾き「『不穏のソナタ』」~♪

姫「うぐっ! きゅ、急に足が重く…」

兵士長「姫様、つかまえたーっ!」

姫「ぎゃあぁ!?」


だけど、永遠でないかもしれないから、大事にしておこうと誓う。


王子「姉上、貴方はいい加減に~」ガミガミ

姫「うえ~ん、王子が兄上みたくなってきたよ~」

王子「いつもいつも城を抜け出して、何をしているんですか!」

姫「何をしている? 修行だよ修行」


ボクは姫、誇り高き勇者の血を受け継ぐ者――


姫「これからも平和を守っていくよ――勇者の血を受け継ぐ者として!」


Fin

132 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/29(日) 20:22:41.91 ID:Dr3RY0P00
ご覧下さりありがとうございました。シリアスって難しい(´・ω・`)

過去作こちらになります。普段は恋愛物多めに書いてます。
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/

133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/29(日) 20:24:12.54 ID:xubfJ8yCo


134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/29(日) 22:18:28.79 ID:BdFtt9E5o
乙でした
後日談書いてもいいんだよ?(チラッ

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/29(日) 23:33:22.72 ID:LZ38KywkO
好き


posted by ぽんざれす at 08:18| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月11日

メリークリスマスなスピンオフ募集(募集終了)

クリスマスは皆さんどうお過ごしでしょうか
作者は非リアなので…察して下さい

クリスマスになったらクリスマスssを書く作者さんも沢山いらっしゃるのですが、当ブログの作者はクリスマスの為に新規ネタ作る頭なんてないんだぜイャハハハ!状態です。

でもね、既に出来上がった世界観でのクリスマスネタならいけるんじゃね!?って思い立ちました。急に。

そこでクリスマススピンオフを書くssをアンケートで募集したいと思います

募集のルール
・1人3つまで当ブログにあるssを挙げて、この記事にコメント宜しくお願いします
 →介護ヘルパーssは「介護ヘルパーシリーズ」で一括りとします
・集計して上位3つのssのクリスマススピンオフを書きます
・投票期限は11月一杯となります
・この記事はコメント非表示となっております
・同一IPから投稿があった場合、後から投稿された方をカウントします

募集に関する質問があれば、この記事に回答を載せていきます~

いやぁ、コメント非表示だとコメントが仮に0件だったとしても誤魔化せry

クリスマススピンオフの長さは、いつも書いてるスピンオフより短めになりますがご了承下さい
3位以内に入らなかったssにも、何かしらの救済策を用意しておきたいと思ったり思わなかったり、まずは集まらないと何とも言えない(死
posted by ぽんざれす at 12:26| Comment(5) | TrackBack(0) | 皆様へ募集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月09日

【スピンオフ】魔女「不死者を拾いました」

魔女「不死者を拾いました」のスピンオフです




もしも、あの時こうしていれば――


過去を振り返ることがよくある。特に『後悔』というものは、長く生きれば生きる程積み重なっていくものだ。

私の心には、今でも消えない傷がある。

失ったものは取り戻せないから、余計に惜しくなる。


もしも、あの時こうしていれば――


私はまた振り返る。未練を抱いているものは、既に失ったものだと解りながらも。


魔女「…戻れたらいいのに」


彼と過ごせた尊い時間に。
例え、ハッピーエンドにならないとわかっていても。


魔女「もしも、あの時――」


私はまた、後悔を繰り返す。







魔女「…っ」


突如、目の前の景色が変わった。

理解が追いつかず頭がぽやっとする。
さっきまで部屋で研究をしていて、それで――



不死者「…っあぁ!!」

勇者「痛いかよ、でももうすぐ死ぬんだからギャーギャー騒ぐんじゃねぇ!!」


魔女「……えっ!?」


目の前では、両手を失った不死者さんが勇者さんに襲われていた。

魔女(…どういうこと!?)


不死者さんは死んだ。それは何年も前の出来事のはず。

なのに目の前にいる不死者さんは、生きて苦痛に顔を歪めていて――

魔女「…あっ!」


思い出した。確かこの後、不死者さんは勇者さんに――


勇者「次は…ほらあぁ!!」

不死者「ぐあああぁぁっ!!」


片足を吹っ飛ばされる。
勇者さんが次に狙うのはもう片方の足。

両手両足を切断し、最後には――



魔女(…させないっ!!)ダッ


――あの時と同じ結末は。


私は考えるよりも先に動いていた。

このままだと私はずっと後悔することになる。
もしも、あの時こうしていれば――そんな思いをずっと抱いて。

その「あの時」が今こうして、やってきたのだ。


魔女「やめて下さいっ!!」

私は不死者さんを庇うように、2人の間に入った。


不死者「お嬢…ちゃん?」


これは「あの時」にはなかった展開。
だけど――やり直したからには絶対に、


魔女「不死者さんを、殺さないでぇっ!!」


――後悔しない道を選ぶ。


勇者「どきな…! じゃないと、あんたも殺すぞ!!」

勇者さんは興奮して声を荒げている。
無理もない。不死者さんは勇者さんにとって、恋人の仇。その仇を討とうという時に、興奮するのは当然のことだ。

だけど。

魔女「…どきません」

足が震える程、怖いけど。

魔女「不死者さんを殺させない…!」

だけどここで退いたら、絶対後悔するから。

魔女「殺すなら、私を先に殺して下さい!!」


もう残されるのは、嫌だから。


だけど――

不死者「バカやってんじゃねぇよ」

魔女「不死者さん!?」

手を失った腕を体に回され、私を引き止めた。

不死者「勇者…標的を誤るなよ?」

勇者「…俺だってその魔女は殺したくない。お前が大人しく命を差し出せ」

不死者「そのつもりだ…」

そう言って不死者さんは、足を引きずりながら前に出ようとしたけれど。

魔女「駄目っ!」

私は、彼の服を掴んで止めた。

不死者「おい離せ!」

魔女「いや、いやですっ!」

不死者さんに引き離されそうになったけど、私は彼に抱きついた。

魔女「不死者さんが死ぬなんて、そんなの駄目! 嫌です!」

不死者「はっ?」

不死者さんは呆気にとられたような顔をしている。
理由はわかる。だって、不死者さんは――

不死者「何言ってんだよ、俺は元々死ぬつもりだったろ!?」

魔女「わかっています……でも、駄目なんですーっ!!」


そう、わかっている。それが、不死者さんが私の側にいてくれた理由だから。

魔女「大事なんです、不死者さんのことが! 不死者さんは私に、あったかい時間をくれた人だからぁ…っ、嫌です、不死者さんがいなくなるなんてイヤぁ!」


理屈なんかじゃない。これは私のワガママ。だけど私は子供のように泣き叫ぶ。
これだけは、譲れないから。

不死者「…っ、そんなこと、言うなよ……」

不死者さんは困ったようにそう言うと勇者さんを見る。

不死者「おい、早く俺の心臓を突け。…じゃねぇと、俺も揺らぎそうだ」

勇者「あぁ…」

魔女「あ…っ」

勇者さんは剣を構える。その瞳は、不死者さんを映している。

勇者「死ね――っ!!」

刃が不死者さんに迫る――


不死者「――っ」

魔女「だめえええぇぇっ!!」


勇者「っ!?」

不死者「は…っ!?」


飛び出したと同時、熱いものが胸を貫き、焼けるような痛みが走った。


魔女「う…っ」

不死者「お、おいお嬢ちゃん!」


強烈な痛みに目眩がして、私はその場に倒れてしまった。


勇者「チッ…狙いを外した」

不死者「しっかりしろ! おいっ!!」

魔女「コホッ…不死者さん……」


意識が遠くなる。だけど目の前に不死者さんがいることが、嬉しかった。

魔女「良かった…ぁ」

不死者「何が良かったんだよ!?」

魔女「だって私…もう、置いていかれること、ないんだもん……」

不死者「……っ!!」


こんなに痛いの初めてで、泣きそうになる。
だけど残される痛みよりは、遥かにマシ。


魔女「失うのは、いやなんです……」

私は不死者さんの首に手を回した。

魔女「不死者さん、私――」

そして少し強引に、彼の頭を引き寄せる。

魔女「ん――」

不死者「――っ」

魔女「…えへへ。キス……しちゃった」

不死者「お嬢ちゃん――」

幸せだった。例えこれから死ぬとしても――
だけど、これが自分達に許された、最高のハッピーエンドの形だと疑わなかった。

不死者「おい…目ぇ覚ませ、おいっ!!」


そして私の意識は、最高潮の幸せを感じたまま途絶えた。









覚えていますか? 私達の出会いを。


不死者『何回何十回何百回痛みを与えられても死ぬ事ができない!! あとどれ位死ぬような痛みを与えられながら生き地獄を味わわねばならんのだ、魔王オオォォ!! ふはっ、はははは…』

魔女『…ぃ、ぇぅ…』ブルブル

不死者『…ん?』

魔女『怖いよおぉ~』


第一印象は怖い人でした。
だって貴方は目つきは悪いし、狂気に憑りつかれていて…今思い出しても、とっても怖いです。


不死者『こんな体になって10年、俺はいい加減死にたくなってきた。魔女なら何とかできるんじゃないのか』


そんな貴方が気の毒で、私は協力を申し入れました。


魔女『グスッ実は私調合グスッ下手なんですシクシク』


失敗ばかりで、私は駄目な魔女なんです。


不死者『怒ってない、怒ってないから泣くな、な?』ポンポン


そんな私を慰めてくれる頭ポンポンが、大好きでした。


不死者『大丈夫だ。女の方がデリケートだからな』


貴方はいつでも優しくて、あったかくて。


不死者『でも、あんたでブスなら、あいつらもっと悲惨だと思うんだけどな』

不死者『じゃあ俺が側で見ているから、油断せずにやってみ』

不死者『もっと自信持て~』ポンポン


貴方との思い出は、全てが宝物なんです。

今度は――絶対に後悔しません。



――不死者さん、貴方に出会えて良かった。








魔女「……ん」

目を開けると見慣れた天井。
ちょっと肌寒くて、それに体がズキズキする。

この状況は――


不死者「…起きたか」

魔女「!」

側に不死者さんがいた。
2人とも生きてる――その事実に興奮して、起き上がろうとしたけど、

魔女「痛っ…」

不死者「無理すんな。傷は深いぞ」

魔女「あうぅ」

寝たままお話するのはちょっと恥ずかしい。
格好も、こんなパジャマだし――って、パジャマ!?

魔女「ふ、ふ、ふ、不死者さん、こ、この服っ」

不死者「あぁ…血まみれだったから着替えさせた」

魔女「…グスッ」

不死者「おぉい!? 悪かったごめん! でも女手がないし、血まみれの服のままにしておくわけにもいかないだろ!?」

魔女「違うんですぅ…こんなちんちくりんな体、恥ずかしくて」シクシク

不死者「…ばーか」

不死者さんは顔をプイッとそむけた。

魔女「…あれから、どうなったんですか? 勇者さんは…」

不死者「…あぁ」





>回想


不死者「お嬢ちゃん!? おい、目ぇ覚ませ!!」

勇者「…チッ」

勇者は剣を鞘に収めた。そしてあるものを拾い上げ…

勇者「おい、これ、くっつけられるんだろ?」

不死者「!」

勇者が投げ渡したのは、切り捨てた不死者の手足だった。

勇者「その魔女を死なせたくはない。…お前が治療しろ」

不死者「だが…」

勇者「お前を許したわけじゃない」

勇者はその場から去りながら、こちらを見ずに言った。

勇者「俺は魔王を討つ。そうすればお前も死ぬ。…それまでの猶予が、魔女に対する礼代わりだ」





不死者「そういうわけで。何とか、命拾いした」

魔女「良かった…」

不死者「良くねーよ」

不死者さんにコツンと頭を叩かれた。

不死者「無茶しすぎだ。危うく死ぬ所だったんだぞ」

魔女「言ったじゃないですか。…残されるのは、嫌なんですよ」

不死者「……魔王が討たれれば、俺も死ぬぞ」

魔女「えぇ…それでもです」

私は不死者さんの手をギュッと握る。

魔女「不死者さんを見殺しにするよりは、いいんです。少しでも長く、不死者さんと一緒にいたいんです」

不死者「……」

不死者さんは、釈然としないといった顔をしていた。


魔女「私ね、未来から戻ってきたんです」

不死者「未来から…?」

魔女「はい。あの時の私は何もできず、不死者さんを見殺しにしてしまいました」

思い出すだけで痛い。
不死者さんを失った辛さ。見殺しにしてしまった罪悪感。

魔女「勇者さんは魔王を倒し、私は勇者さんに協力した魔女として人々に受け入れられるようになった――でも、貴方のことを引きずっていました。…そんな日々を送っていて、ある時、猫さんに出会ったんです」

不死者「猫…?」

魔女「はい。不死者さんそっくりの猫さんです」

目つきが悪くて、全然甘えてこないけど。私が怪我をしたり泣いている時は、側にいてくれる子だった。

魔女「その猫さんのお陰で、寂しさを紛らわすことができました。…でもそれは、少しの間だけなんです」

不死者「少しの間…?」

魔女「私は不老不死の魔女で、猫さんは普通の猫さんですよ?」

猫さんはあっという間に歳を取った。
最近は病気がちで、元気も無くなってきた。

魔女「そんな猫さんの看病をしている時、あぁ、私はまた1人になるのかって思って…。それで、不死者さんのことをよく思い出すようになって……」

不死者「……」

魔女「ずっと…ずっと後悔していました……」

涙が溢れてきた。
私は泣き虫だ。こんなんじゃ駄目なのに、不死者さんといる時は笑っていたいのに。

不死者「…信じられねぇ話だが、その後悔は終わりだ」

不死者さんは頭をポンポン叩いてくれた。
大好きな感触。それで不死者さんが側にいるんだって実感できて。

不死者「俺は生き残った。…ありがとうな」

魔女「不死者さぁん…」

不死者「だーかーら、泣くなって。今のあんたには看病が必要だし、魔王が倒される日まで側にいてやるから」

…そうだ、不死者さんは生き残ったけれど、タイムリミットがある。
だから、今度は後悔のないようにしなきゃいけない。

魔女「…不死者さん」

不死者「ん、どうした?」

魔女「ぎゅっとしてくれますか?」

不死者「は……?」


不死者さんを失ってから、私はこの気持ちに気付いた。
いざ本人を目の前にすると、言うのはとても恥ずかしいけれど。


魔女「私――不死者さんのこと、大好きです」


言わないと、もっと後悔するだろうから。


魔女「不死者さんと過ごした時間が、私の宝物なんです」


不死者「……」

不死者さんはちょっと困っているようだった。
その困った顔のまま、口元はちょっと笑ってくれた。

不死者「……何て言ったらいいんだろうな。えーと…」

魔女「……?」

不死者「その…嬉しいよ」

不死者さんはそう言うと、それだけで顔を真っ赤にした。


不死者「俺もな…あんたが」

魔女「はい」

不死者「その…何て言うか」

魔女「……」

不死者「えーと、だな、そのー……」

なんだかタジタジしていて、不死者さんらしくない。
しばらくそうした後、不死者さんはゴクリとツバを飲み込んだ。


そして――


不死者「っ」

魔女「――っ!」


無言のまま、私を抱きしめてくれた。
傷んでいる体を気遣ってくれてか、あまり強くはなかったけれど――


不死者「…返事は、これでいいだろうか?」


不死者さんは耳元でボソボソと言った。
きっとこれが、不死者さんの精一杯。


魔女「…はいっ」


私も不死者さんの背中に手を回す。
ずっとこのままでいい、もう離したくない――傷口が痛むのを堪えて、私は強く強く抱きしめた。





私達に残された時間は決して長くはない。
だから『その時』が来るまで、私達はなるべく一緒にいることにした。

不死者「お粥できたぞ~」

魔女「あ、ありがとうございますぅ」

不死者さんは、怪我であまり動けない私のお世話をしてくれた。

魔女「いただきま…あつぅ!」

手に上手く力が入らなくて、スプーンにすくったお粥をこぼしてしまった。

不死者「あぁ、無理すんな、食わせてやるから。ほら口開けて」

魔女「はぁーい…」

不死者「…」フーッフーッ

魔女「あーん…」パクッ

不死者「どうよ」

魔女「むぐ…はい、丁度いい暖かさです」

不死者「そうか」

不死者さんはお粥を冷ましては私に食べさせてくれた。
そんなお食事を続けている内に、思うことがあった。

魔女「不死者さん」

不死者「何だ?」

魔女「まるでお母さんみたいですねぇ~」

不死者「」

魔女「ご飯作ってくれて、あーんって食べさせてくれるんですよねぇ? えへへ、お母さんってこんな感じなんですねぇ」

不死者「…今の俺が母さんなら、今のあんたは幼児だぞ」

魔女「えっ! あ、そうかぁ!」

不死者「あーもう、黙って食え」

魔女「はぁい」

不死者(読んできた恋愛小説にこういうシチュエーション無かったのかよ…)ガックリ





魔女「お風呂入りたいぃ…」

不死者「しばらくは我慢しろ」

魔女「クサくないですか!? 私、クサくないですか!?」

不死者「クサくねーから。ほら」

不死者さんはお湯を入れた洗面器とタオルをくれた。

不死者「俺は近くの部屋掃除してるから、体拭き終わったら呼びな」

魔女「は~い」

本当はあまり力が入らないから不死者さんに拭いて貰った方がいいのかもしれないけど、恥ずかくてそれは頼めなかった。
背中にもちゃんと手は届くし、自分でできなくもない。

魔女(体拭くだけじゃ寒いなぁ~…)ブルブル

魔女(あっ…)



不死者(清拭に手間取ってないか、大丈夫か)

どんがらがっしゃーん

不死者「!?」



不死者「だ、大丈夫か!? …って」

魔女「あうぅ~」ピヨピヨ

不死者(何で上半身裸でベッドから落ちてんだよ)

魔女「う、えうっ…不死者さぁん……そこのタンスから、し、し、下着、取って…グスッ」

不死者「あーハイハイ…」

魔女(すっごく恥ずかしいよおぉ~)グスッグスッ

不死者(何だ、この罪悪感は…)





魔女「…あ、不死者さん見て下さい、外」

不死者「んー?」

カーテンをめくって不死者さんに外を見せる。
星空がキラキラ輝いていて、夜だというのに明るかった。

不死者「あぁ、なかなかいい景色だな」

魔女「外に出たいなぁ」

不死者「まだ体、思うようには動かせないんだろ?」

魔女「はいぃ…」シュン

1日中ベッドにいる生活になって、もう何日目だろうか。こんなのはもうこりごりなんだけれど、不死者さんの言う通りだ。
だけど今日の星空が綺麗で、私は未練がましく星空を見ていた。

不死者「…たく、しょうがねぇな」

魔女「えっ?」

不死者「よいしょ、っと」

魔女「きゃっ!?」

不死者さんが私を抱え上げた。
これは…この状況は……。

魔女「ふっ、不死者さん、わわ私…その、重くないですかっ!?」

不死者「ちんちくりん抱え上げて重たがる程、やわじゃねーよ」

魔女(ううぅ、ちんちくりんだけどぉ…)

不死者「じゃ、出かけるか。俺につかまってろよ」

魔女「ふ、不死者さぁん…」


ドキドキする。吐息が頬を撫でるくらい、不死者さんの顔が近い。
不死者さんの腕は力強くて、素直に体を委ねられる。

不死者「どうよ、外の空気は」

外に出ると空一面に星。
キラキラ輝いていて、私達を照らしてくれる。

不死者「…寒くないか?」

魔女「あったかいです…」

むしろ熱い。薄地のパジャマごしに不死者さんが触れてくれている。それだけで心臓がドキドキ高鳴って、私の体の熱を上げていた。

魔女「流れ星…流れないかなぁ」

不死者「何だ、願い事でもあるのか?」

魔女「えぇ、まぁ…」

不死者「あんたニブいから、願い事言う前に流れちまうだろうなぁ」

魔女「むぅ~」

不死者「…つーか魔女なら、流れ星に頼らないで自分で叶えてみれ~」

魔女「それができたら苦労しませんよぅ」

不死者さんは意地悪っぽく笑った。彼も知っての通り、私は調合がとっても下手だ。
もし私が凄腕の魔女なら、この願いは叶えられただろうか。

魔女(不死者さん……)

不死者「どうかしたか?」

魔女「いえ…」

彼はどう思っているのだろう。


少なくとも、私は――

魔女(もっともっと、不死者さんと一緒にいたい)

今こうして一緒にいられるのだって恵まれているんだって、わかっている。
わかっているんだけど、もっともっとっていう欲求が自分の中で止まらなくて。

魔女(私達に残された時間は、あとわずか……)

このまま時間が止まればいい。そうすれば、終わりの時間はやってこない。
ずっとずっと、こうして不死者さんの腕の中にいられれば、どれだけ幸せか――

不死者「? どうした」

だけど、そんなのは無理な話。


だから――


魔女「…」グイ

不死者「――っ」


不意打ちで重ねる唇。
不死者さんは驚いて、目を見開いている。

魔女「…ふうっ」

不死者「…おい、急に何だ」

魔女「えへへ……」

無理に笑う。本当は泣きたい気分なのだけれど。

魔女「星空に照らされてのキス…って、憧れていたんです」

不死者「…そうか」

不死者さんの顔は真っ赤だ。相変わらず、こういうのは慣れないみたいで。

魔女「そろそろ戻りましょうか、不死者さん」

不死者「お…おう」

この腕への未練はまだ残っているけど、これ以上不死者さんに負担をかけるわけにはいかない。
未練は手放さなければいけないものだから――


不死者「もう遅いし、今日は寝ておきな」

私はベッドに戻ってきた。
暖かいお布団。だけど、その温もりは何だか物足りない。

不死者「じゃ、俺も寝るから…お休み」

不死者さんはそう言って部屋から出ようとしたけど。

魔女「待って下さい」

不死者「っ」

私は不死者さんの服を掴んで、引き止めた。

不死者「どうした?」


私は、貴方の温もりが欲しくて――


魔女「一緒に…寝てくれませんか?」

不死者「………はい?」

不死者さんはポカーンとしていた。
わかっている。私が頼んでいるのは変なこと。

魔女「一緒にいたいんです…不死者さんと」

そうとわかっていても、私は手を離せなかった。


不死者「…俺の体大きいから、ベッド狭くなるぞ」

魔女「いいんです」

不死者「寝相とイビキは…大丈夫だって保証しねーぞ」

魔女「いいんです」

寝心地の悪さも、一緒にいられるって証になるから。

魔女「お願いします、不死者さん…」

不死者「……」

不死者さんは一旦ふぅっとため息をついた。

不死者「…わかった。寝支度整えるから、一旦待ってろ」

魔女「はい…!」





魔女「…」ドキドキ

1つのベッドに2つの枕。
すぐ目の前には大好きな顔。

不死者「…」

不死者さんの鋭い目は、今は閉じてゆったりしている。
心配していたイビキは鳴らず、静かな寝息がすぅすぅ聞こえる。
穏やかな息が私の頬を撫でて、何だかちょっとくすぐったい。

魔女(不死者さんが隣で寝てるよおおぉぉ)

私はというと興奮しちゃって眠るどころじゃなかった。
布団が暑いのは、2人分の体温のせいか、それとも高陽しているせいか。

魔女(絶対後者だよおぉ)モジモジ

不死者「…おい、どーしたよ?」

魔女「!!」

不死者さんは目を瞑ったまま言葉を発した。
寝言…じゃないよね?

魔女「ご、ごめんなさい不死者さん…起こしちゃいました?」

不死者「いや、別に。寝れないのか?」

魔女「えぇと…」

不死者「やっぱ狭いベッドに2人は寝づらいんじゃねぇの?」

魔女「そ、そそそんなことありません」

寝れないのは不死者さんが隣にいるから、ってのは確かだけど。
不死者さんは目を開けた。

不死者「…顔、真っ赤だぞ。熱でもあるか?」

魔女「うぅぅ、熱も上がりますよぅ…」

不死者「それもそうか」フッ

意味に気付いたのか、不死者さんは笑った。天然なのか、わざとなのか、私にはわからない。

魔女「わ、私なんか気にせず寝て下さい! 不死者さん、働いて疲れているんですから…」

不死者「いや、寝れんわ」

魔女「えっ?」

不死者「ほら」グッ

魔女「っ!」

不死者さんは突然、私の顔に胸を押し付けた。
急なことで私の頭はパニクりかけたけど…。

魔女(あ…)

ドクン、ドクン。不死者さんの心臓は大きく早く鳴っている。

不死者「…わかるか?」

魔女「不死者さんも……」

ドクン、ドクン。私と同じ早さ。不死者さんも、緊張しているんだ。
脈打つ心臓の音が、今は心地よい。

心臓の音、温もり。不死者さんは今、間違いなく生きている――

魔女「…ずっと、こうしていたいですね」

不死者「そうだな」

魔女「…無理ですよね」

不死者「そうだな」

勇者さんはきっと近い内に魔王を討つ。
こうしている今も、いつ命を失うかわからないのに、不死者さんの返答は軽い。

魔女「不死者さんは…怖くないんですか?」

不死者「死ねない辛さを味わってきたからな」

愚問だった。不死者さんは元々、死を望んでいたのだ。
不老不死の私にとって死の恐怖は遠い存在だけど――でも、失う辛さはわかっている。
ハッピーエンドの物語みたいなご都合主義は存在しない。

魔女(もし、また過去に戻れたら――)

勇者さんからの依頼を私は断る。
私は不死者さんと出会う。
肉体浄化の薬の依頼を不死者さんから引き受ける。
それで、薬作りの失敗を続ければ――ずっと不死者さんと一緒にいられる。

魔女(…あぁ、でもそれは駄目だ)

そうなれば魔王は討てない。訪れるのは人間にとってのバッドエンド。
こんなこと考えるなんて、私は本当に人間たちの言う『有害な魔女』になってしまったのだろうか。

不死者「正直…恨んでるよ、あんたを」

魔女「えっ?」

不死者さんは唐突にそんなことを言った。

不死者「魔王の下にいる時は、早く死にたくて仕方なかった。死ぬような痛みをいくら味わっても死ねないのが苦しくて仕方なかった。俺はずっと死ねないんだと思っていた――もう、幼馴染もいないこの世界で」

幼馴染さん。不死者さんはかつて、理不尽なお別れを経験した。
不死者さんは既に、残される辛さを経験しているのだ。

不死者「…でも、あんたと過ごした時間…久しぶりに穏やかな時間だったよ」

魔女「私との時間が…?」

不死者「まぁ、よく爆発したりで慌ただしい時もあったけどな」

魔女「あうぅ」

不死者さんはちょっと意地悪に笑った。

不死者「…でも、楽しかった。だから恨んでいる。…俺に生きる充実感を思い出させて、死ぬ決心を鈍らせて」

魔女「…死ぬ決心なんて、本来はいらないものですよ」

不死者「そうかもしれないな。けど死は受け入れないといけないもんだ」

そう言って不死者さんは頭をポンポン叩いてきた。
まるで――私の心を見透かしたように。私を、宥めるように。

魔女「…受け入れたくないです」

不死者「駄目だ。俺がいなくなっても、生きていかなきゃならないんだから」

魔女「生きてはいけます。でも…辛いです」

気付けば目から涙が溢れていた。
駄目だ。こんな顔してたら、不死者さんも未練を残してしまう。それでも、涙を止める方法なんて無くて――

不死者「本当、泣き虫だな」

困ったように笑いながら、不死者さんは私の涙を袖で拭いてくれた。

不死者「大丈夫だ…。あんたは長生きだから、色んな出会いがあるだろう」

魔女「グスッ…その度に、こうやって辛い思いをするんですか?」

不死者「生まれ変わって、何度でも会える。あんたが覚えてくれるなら、また会える」

魔女「絶対に、忘れませんよぅ…」

不死者「約束だぞ。また会えたら教えてくれよ。生まれ変わる前の、俺とあんたの思い出を」

魔女「グスッ、はいっ…何度でも、ひっく、教えますから…っ」

不死者「それ聞いて安心した。あんたが覚えていてくれるなら『俺』は無くならない」

不死者さんはそう言って、私をぎゅっと抱きしめてくれた。


不死者「感じるか? 今、俺はあんたの側にいる――忘れないでくれよ、俺のこと」


まるで体に記憶を刻み付けるかのように、不死者さんは強く抱きしめてくれた。

体が密着して、ちょっと苦しくて痛いけど――それが『一緒なんだ』っていう安心感になって。


――私、絶対に忘れません


そう思うだけで心がぽかぽかになって――


気付けば私は不死者さんの腕の中で、深い眠りに落ちていた。


―――――――
――――
―――




魔女「ん…」


どれ位眠っていたのだろう。時計は9時ちょっと過ぎを指していて、ちょっとお寝坊。
朝方の空気は寒くて、お布団への未練を手放せない。

魔女「…あれ?」

気付いた。ベッドにいるのは私1人だった。

魔女「不死者さん…?」

モゾモゾ

魔女「えっ?」

布団が動いて、腰のあたりにちょっとくすぐったい感触があった。
そして、ひょっこり頭を出したのは…。

猫「にゃあ」

魔女「え、あっ、猫さん!?」

猫「にゃー……」グウゥ

魔女「あ、ご、ごめんね! お腹すいたよね!」

慌ててベッドから出て、ご飯を用意する。
エサ入れに魚を入れると、猫さんは喜んで飛んできた。

猫「にゃー♪」

魔女「……」

魔女(不死者さん…夢だったのね)

なんだかとってもリアルな夢だった。
今でも不死者さんの腕の感触が、体に残っているような…。

猫「にゃー?」

魔女「ふふ、何でもないわ。さーて、今日も調合がんばろ…」

と、言いかけた所で異臭に気付く。

魔女「…なに、この匂い!?」

私は調合部屋に急いで駆け込んだ。
すると調合のツボから変な煙が出ていた。

魔女「え、な、何で? ……あっ!!」

猫「にゃー?」

そうだ、大樹の根は10時間以上漬けておいたら駄目なんだった。
起きてから取り出そうと思ったのに、寝坊したもんだから…。

魔女「た、大変! 今すぐ取り出さなきゃ!!」ゴツン

慌てていたせいで、棚のビンを落としてしまい…。

チャポン

魔女「え、今何入っ――」

と、その時。


ドゴオオオォォォン


魔女「きゃあああぁぁぁああぁ!?」

猫「フギャアアアァァァ」


見事な爆発だった。


魔女「ゴホゴホ…えううぅ、またお掃除しなきゃあ」グスグス

部屋も体もススまみれになってしまって、泣けてきた。



「ったく…いつになったら調合の腕を上げるんだ?」


魔女「――え?」


と、聞きなれた声があった。

目の前にいたのは――


「ほんと、ずっと変わらねーよな」

頭に猫耳を生やした、見知らぬ男の人だった。
だけど、その目つきは…


魔女「不死者…さん?」

不死者?「…よう」

魔女「…擬人化、されました?」

不死者?「…みてーだな」


目の前で起こった現象こそ夢のようで、私はしばらくぽかーんとしていた。
だけど不死者さん?はちょっと不満そう。

不死者?「何だよ、喜ばねぇのかよ」

魔女「ほ、ほんとに?」

不死者?「あぁ。…約束しただろ、また会いに来てやるって」

魔女「あ――」



不死者『生まれ変わって、何度でも会える。あんたが覚えてくれるなら、また会える』


不死者さんのあの言葉は、夢であって、でも、夢じゃなくて――


不死者?「おい、何ボーッとしてんだ?」

魔女「あぅっ、えっ、はひっ! …えううぅぅ」グスッ

不死者?「…何で泣く?」

魔女「だ、だって、だってえええぇぇぇ…」

不死者?「…あー、まぁ、言いたいことはわかる」

不死者さんはポンポンと頭を叩いてくれた。

不死者?「話は後だ。さっさと風呂入って飯食ってこい」

魔女「グスッ、いなくならないで下さいね?」

不死者?「ならねーから。ほらほら、行った行った」

魔女「はい…。あ、そうだ、不死者さん」

不死者?「ん?」


会えたら言おうと思っていた。
不死者さんと沢山やっておきたかったこと――


魔女「今日から――いっぱい、デートして下さいねっ!」



Fin


あとがき

リクエスト内容は、不死者が生きていた場合のifということで。
いや、あのですね、このssは恋愛ジャンルに置いてませんけどね、不死者と魔女は作者的に公認カップルでしてね(黙
遂に念願のイチャイチャを書けたぞー!! ってことで、リクエスト下さったづっきーに様に感謝!!ヾ(*´∀`*)ノ

勇者を切り抜けても魔王を倒せば不死者死んでしまうし、かといって魔女は魔王を倒すのを邪魔する子でもないので、こういう話の流れになりました。

書きたいシーンが多すぎて取捨選択に迷いましたが、とりあえずやりたいこと大体やりました!☆-(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノイエーイ
posted by ぽんざれす at 16:24| Comment(4) | スピンオフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月06日

【スピンオフ】姫「王子の代わりに戦う使命を負った」

姫「王子の代わりに戦う使命を負った」1/2 2/2のスピンオフです



山賊ボス「グッ…よくも、やってくれたなぁ…!」

山賊のボスは追い詰められていた。
十数人いた下っ端達は皆やられ、残す所は彼1人。

しかも、その彼を追い詰められている者というのは――

「……」

女だった。年の頃は若く、中性的な顔立ちの美女。
剣を構える姿は凛々しく、まるで戦女神を彷彿とさせる立ち姿だ。

山賊ボス「うわあああぁぁ!!」

ボスは女に襲いかかる。
丸太のような腕で降る大剣はかなりの殺傷力を秘めており、細身の女など一瞬で真っ二つにできそうなものだ。

しかし――

シュッ

山賊ボス「ぐあっ!?」

刃が女をかすめたと同時、女の剣がボスの手を強く打った。
女はそのまま跳躍し――ボスの鼻を思い切り蹴飛ばす。

山賊ボス「ぐおッ!? こ、この…っ!?」

立て直そうとした、その時――

首筋に冷たい感触――刃だ。
女の持つ剣が、彼の命を奪うスレスレの所で止まっていた。

「投降するか死ぬか――選ばせてあげるわ」

山賊ボス「…っ!?」

ボスの顔が真っ青になる。
この女の目――本気だ。

山賊ボス「な、何者だ、お前……」

「私? 私は――」


姫「姫――魔王を討った者、と言えば、十分でしょう」









王子「や、ややややったなぁ」ガタガタ

姫「そうですね」

縄に繋がれ、護送車に詰め込まれる山賊たちを見送りながら、姫は涼しい顔で言った。
解決したというのに、王子はまだ怯えが抜けていないようだ。

姫「数が多いだけで大した相手ではなかったです」

王子「だ、だなぁ!? お、俺がボスの相手しても良かったかもしれないなあぁ!?」

姫「……じゃあ、次からは私は出なくていいですね」

王子「んなああああぁぁぁぁ!?」

ここ最近、王子はイメージアップの為、こうして悪者退治に繰り出しているのだ。
…なのだが根は箱入りのヘタレの為、姫を毎回同行させている始末。

王子「すまんかったあぁ!! じっ、次回も来てくれ、頼むこの通りだ!」

姫(…やれやれ)

呆れたけれど、こうして自分に頭を下げられるようになっただけ、王子は成長したのかもしれない。
…といっても、決して人前ではしないのだが。

姫(まぁ、いいでしょう)

それでも、それで許すことにした。
だって、そうでもしないと『彼』に――


飴売り「いよっす~♪ 山賊退治お疲れさーん! 糖分摂取に飴はいらんかねー」

丁度姫が少し離れていた時、その『彼』が来た。
飴売りは姫に気付いていない様子だ。

王子「飴売りぃ~! 10種類の飴、全部1個ずつくれ!」

飴売り「へい、毎度あり! 王子ぃ、今日の戦果はどーよ?」

王子「あぁ…順調だったが、結局ボスは姫が倒した。くそぅ…」

飴売り「いやまぁ、姫さんの強さは規格外だから仕方ねーって!」ハハハ

王子「それはそうなんだが…くそ、姫に頭が上がらん……」

飴売り「頭が上がらない? あははは、そりゃ俺もそうだってぇ! 姫さんの怖さは大魔神級だもんよぉ、逆らうなんてとても」

姫「へぇ~? それでそれで?」

飴売り「」

姫「続きを聞かせて頂きたいですね、飴売り?」ニコニコ

飴売り「姫サンハ…気高クテ素敵ナ方デス……」汗ダラダラ

王子(まるで蛇に睨まれた小動物……)





結局その後30分間、飴売りは正座で説教される羽目になった。

飴売り「足がビリビリぃ~…」フラフラ

姫「あら、大魔神級のお叱りの方が良かったかしら?」

飴売り「勘弁して下さいッ!!」

姫「愛想がいいのは貴方の長所ですけど、口が軽すぎるのはいいとは言えませんね」

飴売り「姫さんと正反対だよね~。だから、いいんじゃない?」

姫「…どういう意味です?」

飴売り「正反対の方が互いに補い合えていいんじゃないかなぁ…夫婦って!」ニヒッ

姫「……」

姫「切る」

飴売り「ストップ、ストオオオォップ!! あ、足が痺れて、逃げられねえぇ!!」

姫「言い残したことはありますか?」

飴売り「姫さんッッッ、揚げいも奢るから許してっ、なっ、なっ!?」

姫「いいでしょう」





姫「あぁ美味しい」

飴売り「だねぇ」

公園のベンチに座り、揚げいもを食べる王族2人だった。

飴売り「ふんふん♪」

姫「どうしたんですか」

飴売りは私の方を見てニコニコしていた。

飴売り「いやぁ…美味しそうに食べるから、可愛いなぁって」

姫「っう!?」

慌てて顔を引き締める。

飴売り「照れなくていいのに」

姫「…」プイッ

飴売り「何で怒るのー」

姫(わかってはいるのよ…)

飴売りは気持ちの伝え方がストレート。彼のこういう所も、気に入ってはいる。
飴売りの言う通り、私と彼はタイプが正反対だし、私はもっと素直になるべきだと思う。

わかっては、いるのだけど…。

飴売り「大丈夫だよ姫さん、俺は素直じゃない姫さんも好きだからね?」

姫「~っ! 嫌い!」ポカポカ

飴売り「あはは、痛い痛い」

姫(しかも見透かされているし…あぁ~っ、もうっ!!)

何だか負けた気分だった。…こう思うのも、私の悪い所なんだろうけど。


姫「…あら?」

と、気配が近づくのを感じて私は空を見上げた。

翼人「ご機嫌よう、魔王子様、姫様」

飴売り「おぉ~、翼!」

飴売りの側近の翼人だ。
今は魔王城で兄王子の下で働いており、時々こうやって飴売りの元に来ることがある。

飴売り「翼~、揚げいも食う? 城では食えないB級グルメだぞ~♪」

翼人「お気持ちは嬉しいのですが…魔王子様、少しややこしい事態になっていまして」

飴売り「あ? どしたよ」

飴売りはあまり深刻でない様子で答える。
彼は悪口を言う人ではないから直接聞いたことはないが、それでも兄を軽く見ている所は感じ取れる時がある。
今回も「どーせまた兄貴が~」程度に思っているようだ。

だが、対して翼人の顔は深刻で…。

翼人「その…あやかしの国の方が、魔王子様に直接お会いしたいと…」

飴売り「あ、姫さん、あやかしの国ってのは異世界にある国の1つだ。次元魔法によって、互いの国の交流をはかっている」

姫「なるほど」

異世界の存在は聞いたことがあるが、こちらに直接影響したことはないのでお伽話のようなものだと思っていた。
でも流石は魔王の一族、異世界とも交流があるとは。

飴売り「で、そのあやかしの国の者が俺に何の用だ?」

翼人「実は…あやかしの国の姫君、妖姫様が魔王子様を気に入ったらしく」

飴売り「……はい?」

姫「へーえ?」ギロリ

翼人「是非、あやかしの国に婿入りしてほしいと……」

飴売り「ちょ、ま、ま、待ーっ!?」

飴売りは、ものすっごく慌てていた。

飴売り「そもそも妖姫さんとか知らんし、何で向こうは俺を知ってるのかなぁ!?」

翼人「はい…実は魔王子様の肖像画を見られてですね」

飴売り「あー、俺イケメンだからなー…。じゃなくてぇ!! 断るに決まってんだろそんなん!」

翼人「それが…妖姫様は厄介な方でして」

飴売り「何? 厄介って…」

翼人「大変わがままな方らしく、欲しいものが手に入らないと癇癪を起こすようで…」

飴売り「俺の苦手なタイプじゃねーか……」

翼人「魔王子様と結婚できないのなら、我々の国に攻め入るとまで言っているとか……。それで、兄王子様が頭を抱えております」

飴売り「兄上、完全になめられているな…。どうしろってんだよ……」

姫「………」ジー

飴売り「も、勿論断るよ姫さん!? 俺は姫さんがいいって心に決めてるんだよ!!」

姫「なら、貴方が直接断ってくるべきですね」

飴売り「やっぱ、そうなりますよねー」

翼人「問題は、妖姫様を逆上させないかということですが……」

飴売り「そこだよなー……」

姫「狂戦士の仮面は、まだ使えるんですよね?」

飴売り「え? ま、まぁ」

姫「なら逆上されても大丈夫。返り討ちにしてきなさい、飴売り」

飴売り「…姫さーん? 発想が物騒すぎやしませんかねー?」

翼人(妖姫様よりこちらの姫様の方が恐ろしい…)


こうして飴売りは、一旦里帰りすることになった。





翼人「魔王子様がさらわれました」

翌日、そんな知らせがやってきた。

姫「…負けたの飴売り。何て無様な……!!」

王子「開口一番それかよ!?」

姫「狂戦士の仮面をつけた飴売りが負ける程だったの?」

翼人「妖姫様は、長い髪の毛を触手のように操る技を持っていまして。その技で仮面を剥がされました」

姫「仮面のない飴売りの実力は、たかが知れていますからね」

王子「おい…。一応お前の恋人……だよな?」

姫「飴売りは今、あやかしの国に?」

翼人「はい」

姫「なら…」ピィー

笛を吹くと、獣人が駆けつけてきた。

姫「獣人、あやかしの国に攻め入るわ。すぐに準備を」

獣人「ハッ」

翼人「あやかしの国には私が案内しましょう」

姫「支度は3分で済ませます」スタスタ


王子「………」

王子「迷いも心配する素振りもねーのかよ……どんだけ男前だよ」

翼人「頼もしいお方ですね」





>あやかしの国


空は暗い赤色、カラスに似た怪鳥が空で奇声を発している。
空気が濁っているのを肌で感じる。

これが、異世界か――

姫「不気味な場所ですね…」

翼人(おや。初めての異世界で、流石に恐怖を覚えているのだろうか?)

姫「飴売り、今頃怯えているでしょうね…。妖姫とやら、私を怒らせたらどうなるか…後悔させてあげる」ゴゴゴ

翼人(…そんなわけなかった)

獣人「姫様…周囲に、何者かが潜んでおります」

と、獣人が言ったと同時――

姫「!」

周囲から魔物(この世界では、あやかしと呼ぶそうだ)が出てきて私達を取り囲んだ。
相手は約20匹…とても面倒だ。

あやかし「招かれざる客人よ、あやかしの国に何の用だ」

姫「この国に、私達の世界の者がさらわれた。だから迎えに来た、それだけだ」

あやかし「今すぐ立ち去れ。あの男は妖姫様が見初めた婿殿…返すわけにはいかん」

姫「馬鹿言ってるんじゃありませんよ」

私はゆっくり剣を抜く。
穏便に済むならそうするつもりだけど、どうもそうはいかないらしい。

姫「妖姫に伝えておきなさい。彼は、私のものだとね」

あやかし「妖姫様の邪魔をするかッ!!」

あやかし達が一斉に襲いかかってきた。
なら――仕方あるまい。

姫「先に仕掛けてきたのは…そっちですからね!」

真正面のあやかしを一刺し。すぐに剣を抜き、横にいた2匹をひと振りで切る。
背後から一擊が襲ってきたが――跳躍し、これを回避。ついでにあやかしの脳天に蹴りを叩き込んでやった。

姫「はあぁ――っ!!」

1匹、また1匹と確実に仕留める。
こいつらは魔王城の魔物と大差ない。ということは――

姫「全員、倒せる…!」

獣人「姫様、あまり飛ばしすぎぬよう」

かく言う獣人も、既に5匹ものあやかしを叩き潰していた。

翼人「流石、魔王様を討たれた姫君――ですが」

姫「!」

気配を察知し後ろに跳ぶ。
すると地面から、わらわらと複数のあやかしが生えてきた。

姫「…まだいたわけ」

翼人「魔物もあやかしも、有象無象程数が多いものです」

獣人「まともに全員相手してられませんね」

姫「そうね」

襲いかかってきたあやかしを真っ二つにすると同時、私は獣人の背中に飛び乗った。

翼人「私についてきて下さい」

襲いかかってくるあやかしを跳ね飛ばし、獣人は真っ直ぐ駆けた。
向かうは飴売り、一直線。今頃ひどい目にあっていなければいいが…。





>あやかしの城


飴売り「……」

食卓に座らされた飴売りだが、用意された豪華な食事に手をつけようともしなかった。
この国に来てから提供された食事には手をつけず、持っていた飴だけで凌いでいた。

それは飴売りをここに連れてきた元凶――食卓を挟んだ向こう側にいる、彼女への抵抗だった。

妖姫「のう、少しは手をつけたらどうじゃ?」

飴売り「……」プイ

妖姫「つれないのう。そんなに嫌かえ?」

飴売り「あー、嫌だね!」

妖姫からかけられる言葉には、全て拒絶で返す。

飴売り「俺には心に決めた人がいるって言っただろ。好きでもねー女に好意向けられても、迷惑なんだけど?」

妖姫「おやまぁ」

妖姫は目を大きく見開いて、驚いたような顔をした。

妖姫「そう言われたのは初めてじゃ。あやかしの国の妖姫といえば、国中の男の憧れじゃぞ?」

飴売り「……」

妖姫は可愛らしい少女だ。実年齢は飴売りより上と聞いたが、容姿も声も幼く、背丈も小さい。
だが玉のような白い肌に施した薄化粧は、どこか妖艶な雰囲気を漂わせる。黒く流れる長い髪の毛はそれに対比し、清楚でもあった。

妖姫「のう、お主の想い人は、わらわより美しいのかえ?」

飴売り「あぁ、比べるまでもなくな」

飴売りは迷わず答えた。

姫は確かに中性的で、男装をしても違和感がない程だ。女らしさならば、確かに妖姫の方が上かもしれない。
だとしても――

飴売り「姫さん以上の人はいねーよ」

それだけは揺らがない。

飴売り(姫さんは――)

国の為に戦い続けてきた。彼女は強く、気高く、孤高な人間だ。男である自分より、ずっと男前な気質の持ち主でもある。
そんな内面の気高さがにじみ出ている姫は、美しい。
それだけではない。姫には可愛らしい一面も沢山ある。自分はそんな一面を知れば知る程、彼女に心を奪われていった。

飴売り「俺は姫さんが好きだ。軟禁されたとしても、俺の気持ちは変わらねーから」

妖姫「っ、わらわでは、入り込む隙間もないと申すのか」

飴売り「当たり前だろ。例え俺が独り身だったとしても、お前にはなびかねーよ」

妖姫「!!」

飴売り「俺、ガキっぽい女は趣味じゃねーんだよ」

妖姫「ガ、ガキ…!?」

飴売り「その上、ワガママで癇癪持ちとか、ゼッテー好きにならねータイプだわ」

妖姫「…っ」

飴売り「っつーわけだ諦めろヒステリー女。お前の顔見るだけで不愉快になってきたわ~」

妖姫「!!!」

妖姫はワナワナと震えていた。
逆上されるだろうか…だが、嫌われるには十分だろう。

飴売り(さー怒れ怒れ。それとも、もっと言ってやろうか)

…だが。

妖姫「…ぐすっ」

飴売り「……へ?」

妖姫「びえええええぇぇぇぇ!!」

飴売り「!!?!?」

唐突な奇声に飴売りはただただ驚いた。
妖姫の泣き様は子供…いやもう、幼児並だ。
顔は涙と鼻水に濡れ、可愛らしかった容姿はクッシャクシャになっている。

飴売り「お、おい!?」オロオロ

妖姫「うあああぁぁん、ひどいこと言ったぁ、びええええええぇぇ!!」

飴売り「あのぅ!? いや、先にひどいことしたのそっちじゃん!?」

妖姫「わらわは、魔王子のごどずぎなのにいいぃぃ、うああぁぁああぁん!!」

飴売り(ええぇ!?)

相手の言い分はただのワガママだが、こんなに泣かれては罪悪感が少し芽生える。
こういう時は頭でも撫でてやって宥めるべきかもしれないが…。

飴売り(駄目だ駄目だ駄目だ! 仏心出したら駄目だっ!)ブンブンッ

妖姫「うあああぁぁ、魔王子のばかあぁぁ、ごんなに、ごんなにずぎなのに、びええええええぇぇぇ」

飴売り(無視、無視!)

妖姫「グスッ…良いわ、こうなったら力ずくでものにしてやる!!」

飴売り「…へっ?」

その時、飴売りの体に何かが巻き付いた。
これは…妖姫の髪の毛だ。
振りほどこうとした時にはもう遅く、飴売りの体は拘束されていた。

飴売り「くっ!?」

妖姫「既成事実さえ作ってしまえば、お主はわらわのものじゃ」

飴売り「き、既成事実って……」

冷や汗が流れる。
既成事実というのは勿論、あれのことだろう…。

飴売り(いや、ちょっと待て…姫さんとも致したことないんだぞ!?)

というか、人生で1度も致したことがない。だというのに、こんな形で奪われるなど…。

飴売り「ちょちょちょっ、待て!? は、はは話し合おう!?」

妖姫「ほうれ、近う寄れ」ズルズル

飴売り「イヤアアァァ、ヤメテエエエエェェェ!!」

妖姫「そう甲高い声をあげるでない。男前が台無しじゃぞ? まずは接吻から…」

飴売り「ヤダアアアァァ!! ダメ、ダメ、キャアアアアァァァ!!」

じたばた暴れて抵抗する。飴売りはほとんど錯乱状態だ。
だが抵抗虚しく、妖姫の顔はどんどん近づいてきて…。

妖姫「さぁ…!!」

飴売り(姫さあああぁぁぁん!!)



――シュバッ


妖姫「――っ!」

飴売り「あ…あわわ」


妖姫はバッサリ切られた髪を見ながら呆然としていた。
そして、彼女の蜜事を邪魔したのは――


姫「全く…どこの乙女の悲鳴かと思いましたよ」

飴売り「ひ、ひめひゃぁん」

姫はその腕に、しっかりと飴売りを抱えていた。
一方で気が抜けた飴売りは、呂律も上手く回っていなかった。

姫「よしよし飴売り。あとは私に任せて下さい」

翼人「魔王子様、ご無事で何より」

飴売り「怖かったよ~…」


妖姫「お主が魔王子の想い人かえ…!」

姫「えぇ、そうですよ」フフン

妖姫「よくもわらわの髪を……」ワナワナ

姫「あら、髪の毛だったんですか? お行儀の悪い触手かと思いましたわ」

女2人は早速睨み合っていた。
片や憎々しいと言わんばかりに、片や余裕を浮かべながら。

妖姫「美しいと言うからどんな女かと思ったが、男前な出で立ちじゃのう。色気がない」フン

姫「でも、彼に愛されていますし」

妖姫「ぐっ! ま、魔王子は見る目がない男じゃのう!」

姫「負け惜しみとは見苦しいですわ、妖姫さん?」フフ

妖姫「キエエエエェェイ!!」


翼人「姫君の方が一枚上手のようだな…」

飴売り「あぁ姫さん…相手を蔑むような態度の姫さんも素敵だ」ウットリ

獣人「どっちが姫なのだか、わかったものではないな…」


妖姫「この色気なし女があぁ! わらわを侮辱しおって、許さぬぞおおぉ!!」

妖姫は髪の毛を伸ばし、姫に襲いかかった。

姫「ハアァッ!」

一擊で髪を弾く。

妖姫「なかなかやるのう…では、これはどうじゃ!!」

今度は四方八方から襲いかかってきた。
姫は跳躍してこれを回避、この程度の攻撃なら見切るのは容易い。

姫(飴売りの狂戦士の仮面は思考能力が落ちるから、こんな攻撃に対処できなかったわけね)

妖姫「クッ、おなごの癖にやるのう…!」

妖姫は悔しさからかブルブル震えた。そして…

妖姫「この、雌ゴリラが!」

獣人「あ」

飴売り「え?」

姫「……」

禁句だった。


姫「……誰がゴリラだって?」ゴゴゴ


獣人「…やってしまったな」

飴売り「ひ、姫さんコワ~イ…」

獣人「もう俺は知らんぞ」

翼人「な、何だ…!?」


妖姫「ゴリラ女にゴリラと言って何が悪い! 喰らうがいい!!」

妖姫は再び、四方八方から髪の毛の束で襲いかかったが…。

姫「だあああああぁぁっ!!」ザシュザシュッ

妖姫「」

姫は全て、切り払った。
そして姫は――ギロリと妖姫を睨みつけた。

妖姫「ひぃっ!?」

姫「知ってます? ゴリラってあれで温厚な動物なんですよ」

一歩一歩、詰め寄っていく。

妖姫「え…えっ!?」ブルブル

姫「ですから…」

姫はそう言ってニッコリ笑い……

姫「私はゴリラのように優しくありませんよ?」

妖姫の髪の毛を根元からガッシリ掴んだ。

妖姫「な、何をするっ!? や、やめっ…ひゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ」


<イヤアアァァァ

獣人「俺は何も見ていない」

飴売り「オ、オレモデース」ガタガタ

翼人(……妖姫様、相手が悪かった)





妖姫「うえっ、ひっく…」

姫「まぁ~、お似合いです」

泣きべそをかいている妖姫と対照的に、姫は上機嫌だった。
妖姫の髪の毛はバッサリ切られ、おかっぱ頭になっていた。

妖姫「何てひどいことを……」

姫「妖姫さん、貴方がこの国でどんな横暴を働こうと私の知ったことではないわ。でもね」

そう言って姫は妖姫の耳を引っ張り、耳元で囁いた。

姫「今度、飴売りに手を出してみなさい…今度は丸坊主ですよ」

妖姫「ヒイィ」


姫「帰りますよ。妖姫さんもわかって頂けたようです」

飴売り「ハーイ」

獣人「はい」

翼人(言いたいことは山ほどあるが…何も言うまい)





>中央国


飴売り「ふぅ~…平穏はいいもんですなぁ」

姫「飴売り、もっと鍛えなさい。またこんなことがあったら困りますよ」

飴売り「いや、またこんなことはないと思うけど…。でも、そうだな」

そう言うと飴売りは両手を手をぐっと握って構えた。

飴売り「今回の俺、めっちゃカッコ悪かったもんな。もう2度とあんな無様な姿晒さないように、頑張るか!」

姫「あ、見てあれ」

飴売り「ん?」クルッ

姫「てやっ」チョップ

飴売り「ウッ」

姫「まだまだですね」

飴売り「のわああぁぁん、姫さんがいじめるうううぅぅ!!」

姫(面白い)

飴売り「うー、どうせ俺なんて」イジイジ

姫「ふふ。でもまぁ」

飴売り「っ!」

私が手を握ると、飴売りはびくっと肩を鳴らした。

姫「あんなに可愛らしい女性に迫られてもなびかなかったことは、褒めておきましょう」

飴売り「なーに当たり前のこと言ってんだよ。…あ、もしかして姫さん、不安だった?」

姫「まさか。貴方が私に惚れ込んでいるのは知っていますから」

飴売り「はいはい、姫さんも素直じゃないな~。両思いじゃん、俺ら?」

姫「知りません」プイ

飴売り「つれないな~。そんな姫さんも好きだけどさぁ」

姫「ふん」

正直、返答に困っていた。
妖姫さんになびかれる不安はなかったけど、それでも嬉しい気持ちはあった。

姫(…けどそれを口にするのは癪ですね)

こんな時でも素直になれない自分がもどかしい。

と、その時、上空に気配があった。

姫「あら翼人」

翼人「ご機嫌よう」

飴売り「お、翼。今日はどうした~?」

翼人「実は…妖姫様がまた、こちらの世界へ来られました」

飴売り「は」

姫「あら」

翼人「そして姫様についてお調べになっていらっしゃいました」

姫「ほう? 再戦をご所望かしら?」

飴売り「わー、姫さん好戦的ぃー」ボウヨミ

翼人「そして中央国へ向かったように思ったのですが…」

姫「こちらに来た様子は……」

と、その時。

獣人「姫様ーっ!」ダダッ

姫「あらどうしたの、獣人」

獣人「はい…妖姫が来てですね……」

姫「!」

飴売り「!」

翼人「!」




>城


王子「来るなーっ!!」ダーッ

妖姫「ホホ、男前じゃのう。可愛がってやるぞい?」ダーッ

王子「うわああぁぁぁ」ダーッ


姫「…何やってるんですか?」

獣人「はっ…いきなり城に来て、王子に嫁入りしたいと」

姫「何で?」

妖姫「おぉ、姫ではないか! 先日は失礼したのう」

姫「あ、いえ。それよりも何故、王子を追い回しているのですか?」

妖姫「なぁに。お主について調べておったら、双子の兄の存在を知ってのう。お主の双子の兄なら男前じゃろうて、嫁入りに来たわけじゃ」

姫「なるほど」

飴売り「俺には意味がわかりません」

翼人「妖姫様は確かあやかしの国の王位継承者では…」

妖姫「そんなもの兄弟に継がせればええ。わらわは顔のいい男と添い遂げたいのじゃ!」

姫「そうですか」

飴売り「全く意味がわかりません」


妖姫「というわけじゃ! 照れるでない、わらわの婿にしてやるぞ!」ダーッ

王子「俺は人間の子と結婚したいんだあああぁぁぁ!!」ダーッ


飴売り「…いいの、姫さん?」

姫「何も問題はありません」

王子「あるわああぁぁ!!」

姫「王子、自力で振り切って下さい。これも修行です」

王子「えええええぇぇぇ!?」

姫「では私はこれで。行きますよ、飴売り」グイッ

飴売り「えっ、でもっ……」

王子「待てえええぇぇ!?」

妖姫「待てえええぇぇ」




飴売り「い、いいの姫さん?」

姫「自力でどうにかできないのなら、この国の王の器ではありません」

飴売り「手厳しいなぁ。助けてやりゃいいのに」

姫「いいんです」クルッ

飴売り「…?」

私は飴売りの顔をじっと見つめる。

姫「私は貴方の王子だから――今は、私のお姫様だけを守っていたいんです」

飴売り「…姫さん」

と、ワンテンポ置いて。

飴売り「って、ちょっと待ておかしいだろおぉ!? 俺が王子で姫さんがお姫様だってば!!」

姫「フン」

飴売り「え、ちょ!? 何で怒ってるの!?」

姫(「私の」姫って言ったでしょうに)


せっかく素直に言ってあげたのに気付かないなんて、鈍い人。


姫「まぁいいです。揚げいもで許してあげましょう」

飴売り「な、何かよくわかんねーけど、食いに行こうか! 揚げいもデ~ト~♪」

姫「…単純なんだから」


飴売りは鼻歌を歌い始め、とてもご機嫌だ。
この明るさは彼の最大の魅力で、私はこういう所が――


姫「――…ですよ」

飴売り「ん? 何か言った?」


言葉は鼻歌にかき消されていた。


姫「…何でもありません。それより早く行きましょう」

飴売り「はいよ~」

まだ素直に言えないけれど。
いつか素直に言える自分になりたい。



――大好きですよ、飴売り



Fin


あとがき

リエルト様よりリクエスト 姫「王子の代わりに戦う使命を追った」のその後です(´∀`)

当初はもっと戦闘を長引かせる予定でしたが、姫様の男前さを際立たせたらこうなってしまいました。
そして飴売り姫…君は立派なヒロインだ!(つーか女々しすぎた)

このカップル、何気に私のssでは珍しい男女逆転カップルなんですよ。だから今回そこが際立ってしまったというか…あれ、作者のイメージと読者さんのイメージって一致してるか??(オイ

後日談を書く場合、主人公達に訪れるであろう悩み等に焦点を絞って書くことが多いのですが、この男前な姫様と前向きな飴売りのカップルはそんなに悩みとかないだろうなぁとか思い(酷)、新規で強烈なキャラを生み出してしまいました。
新しいssを書く時に、出してみたい子です妖姫ちゃん。
posted by ぽんざれす at 19:40| Comment(2) | スピンオフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月04日

魔姫「捕まえてごらんなさい、色男」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1446021731/

1 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:42:11.77 ID:QdjJeYdN0
若干女性向けかもです

2 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:42:31.62 ID:QdjJeYdN0
魔姫「…しつっこいわねぇ~」

魔姫は翼を広げ、全速力で宙を飛ばしていた。
だが彼女を追う者を振り切れず、段々苛立ちも増してくる。

魔姫「あーもうっ! わかったわよ、話くらいは聞いてあげるわ!!」

魔姫が地上に降り立つと、1人の男が姿を現した。

ハンター「…よう、化物」

魔姫「あーら、またアンタ? これで何回目のアタックかしら? 相当、私に惚れ込んでいるみたいねぇ」

覚えのある顔だった。この男には、何度か追われたことがある。
いつもは魔姫の逃げ切りという形で追いかけっこは終わるのだが、今日は地形が悪いのか調子が悪いのか、どうも振り切れなかった。

魔姫「で? 何か用かしら」

ハンター「とぼけるな。俺は残党狩りのハンター…王子の命令により、お前を捕らえる」

魔姫「あぁそう」

魔姫はそれを聞いても動揺しなかった。

魔姫「いいわ、遊んであげる。せっかく時間をとってあげるんだから、退屈させるんじゃないわよ」

ハンター「ふん」

ハンターは愛用のダガーを取り出し、構える。

ハンター「生意気な小娘が――思い知れ」

魔姫「こちらの台詞よ」

片や憎々しいと言わんばかりに眉間にしわを寄せ、片や相手を弄ぶかのような笑みを浮かべ――戦いの火蓋は切られた。

3 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:43:13.76 ID:QdjJeYdN0
一旦話は遡る。
それはハンターと魔姫が鬼ごっこを始める前のこと。

その日、ハンターは王子に呼ばれ、城を訪れていた。


王子「知っての通り、勇者が魔王を討伐したのはつい先日のことだが――」

王子「まだ世界は完全に平和とは言えない。何故なら魔王軍の残党が世界中に散らばり、新たな魔王に君臨しようとする者が後を絶たないからだ」

王子「今日は君に依頼がある…魔王軍残党を30匹近く狩ってきたという、腕利きハンター君」

ハンター「もったいぶらずに話してもらおうか」

無愛想に言ったが、王子は意に介していないようで「ふふっ」と笑いを漏らした。

ハンターは心の中で舌打ちする。
どうせ残党狩りの依頼だろう。依頼に不要な長い前置きやおべっかは、彼にとって気に入らない話題だ。
それにさっきから、作り物のような美しい顔に、作り笑いのような不自然な笑顔を浮かべる王子に、不快感を抱いていた。

王子「頼もしいね。君への依頼は標的のハンティング…ただし『生け捕り』限定だ」

王子「かなり手強い相手だよ。君といえど、簡単に狩れる相手ではないだろうねぇ」

ハンター「なら勇者に任せてはどうだ。あいつより頼りになる男もいないだろう」

王子「いやぁ。勇者は確かに強いけど『捕まえる』となると君の方が適任だ。それに勇者の性格上…逃げる獲物を捕らえるのは、好かないだろうからね」

ハンター「……」

王子「じゃあ期待しているよ、ハンター君」

4 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:43:59.34 ID:QdjJeYdN0



ハンター「はああぁぁ――っ!!」

ハンターは一気に距離を詰め、ダガーを振り回す。
素早い――風を切らんばかりの攻撃を、魔姫は舞うように回避する。

魔姫(近接攻撃を得意とするスピード型ねぇ…そういう奴は紙装甲ってのが定番だけれど)

魔姫「てや――っ!!」バリバリバリィッ

腹に一発、電圧をお見舞いする。
大抵の人間ならこれで倒れるが――

ハンター「…それがお前の全力か?」

腹部全体を焦がした服の焼け具合に反して、ハンターはピンピンしている。

魔姫「ご立派。そりゃ私に派遣される程のハンターだものね、並の人間よりは強くないと困るわ」

ハンター「なめているのか…!」シュッ

魔姫「フンッ」ヒョイ

魔姫はハンターの攻撃を回避し、一旦上空に飛んだ。

魔姫「せっかちねぇ。余裕のない男はモテないわよ?」

ハンター「仕事だからな。今日は逃げきれると思うな」

魔姫(返答もつまんないわね~。もういいわ、この男と遊ぶのは)

近接攻撃型なら、飛んでいる相手には手を出せまい…なら、どう片付けてやろうか。
ゆっくり考えようと思ったその時――『それ』は起こった。

魔姫「――っ!?」

5 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:44:46.39 ID:QdjJeYdN0
魔姫の体は、何者かに足を掴まれたかのように下降していく。
急に、体が重くなったのだ。

魔姫(何これ…重力の魔法……!?)

その魔法は自分だけにかけられたらしく、ハンターは平然と立っている。
ハンターから魔力は感じない。ならこの魔法は、一体誰が――?

ハンター「…そのまま仕留めてやろう」

魔姫「……ふん、これ位で有利になったつもり?」

ハンター「何」

魔姫「こういう時の攻略法はね…」

魔姫は全身の魔力を滾らせる。
そして――

魔姫「倍の魔力を返してやればいいのよっ!!」


――ドカアアァァン


魔姫による魔力の放出により、そこら一帯のものは吹き飛ばされた。

6 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:45:35.13 ID:QdjJeYdN0




ハンター「く…」

大木に体を強打したハンターは痛みを堪えながら立ち直す。
だが既に、魔姫は姿を消した後だった。

ハンター「逃げられたか……」

とその時、物陰から出てきた1人の女性が、ハンターに近づいてきた。

助手「ハンター様」

ハンター「悪いな、助手…お前のサポートを無駄にしてしまった」

助手「いいえ…。彼女は私以上に強力な魔力の持ち主です。捕らえるには容易い相手ではないでしょう」

ハンター「そうだな」

そう返事したが、ハンターは諦めたわけではなかった。
いけ好かない王子に依頼された相手とはいえ、相手は魔物――それだけで彼が追うには十分な理由だ。

ハンター「次はこうはいかんぞ…魔王の娘よ」

7 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:46:07.59 ID:QdjJeYdN0
>廃館


魔姫「ただいま~」

山の奥にある廃館に戻ってきた魔姫を、1人の少年が出迎えた。

猫耳「お帰り魔姫。今日は遅かったね?」

魔姫「えぇ。『残党狩り』に遭遇してね」

猫耳「にゃっ!? け、け、ケガはない!?」

魔姫「フフン、私が残党狩りごときに遅れを取るように見えて?」

猫耳「そんなのわかんないよぉ~…」

魔姫「私は無事に帰ってきたわ、安心しなさい。そんなことよりお風呂の準備はできている?」

猫耳「え、あ、夕飯の準備に手間取って…」

魔姫「だったら無駄口叩いてないで働きなさい、私はお風呂に入りたいの!!」

猫耳「ひえっ」

魔姫に怒鳴られた猫耳は慌ててお風呂の準備に取り掛か…ろうとして、

猫耳「うにゃっ」ドスン

顔面から転んだ。

猫耳「ご、ごめっ、今すぐやるからっ……」

魔姫「…もう、ばかね本当。慌てなくていいのよ」

魔姫はしゃがんで、猫耳の頭をポンと叩く。

魔姫「私が襲われたと聞いて動揺しているんでしょ? この通り、私は大丈夫だから…ね?」

猫耳「うん…」グスッ

魔姫の穏やかな声を聞いた猫耳はようやく安心できたのか、涙目になった。
そんな猫耳の頭を、魔姫は「ばか」と呟きながら優しく撫でてやっていた。

8 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:46:42.95 ID:QdjJeYdN0
猫耳「へぇ、魔姫が人の顔を覚えてるなんて珍しいねぇ」

2人きりの夕食時。早速、今日出会ったハンターの話が話題に上がった。
魔姫も話したい話題ではなかったが、猫耳がしつこく聞いてきたのだ。

魔姫「王子に雇われたって言ってたし、実績ありのハンターでしょうね」

猫耳「にゃー…魔姫、そういうのは相手しない方がいいよ」

魔姫「そうね。あんなつまらない男、もう2度とごめんだわ」

猫耳「…でも、どうして魔姫が狙われるんだろう……」

魔姫「そりゃ私は魔王の一人娘、可憐なる魔物のお姫様だし? いい女は狙われるものよ」

猫耳「変だよ」

魔姫の冗談交じりの言葉に、猫耳は真面目に答えた。

猫耳「だって魔姫、何も悪いことしてないじゃん……人を殺したことだって、1度もないのに!」

魔姫「…そういうものなのよ、猫」

魔姫は、そうとしか答えることができなかった。

9 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:47:36.71 ID:QdjJeYdN0
魔姫「すやすや」



その晩、久々に魔王城にいた頃の夢を見た。


魔姫『あん、もうつまんなあぁぁいっ!!』

魔王『姫や、あまり父を困らせないでおくれ』オロオロ

魔物の王である父は過保護な親で、自分は甘やかされて育ったものだ。
だけれど時代は物騒なもので、人間との争いや、定期的に起こる反乱で、国は荒れていた。
その為か、父は自分を、外の世界に出してくれなかった。

魔王『外の世界は危ないのだ、姫。どうか城内で安全に暮らしてほしい』

魔姫『何よ! だったら人間との戦争なんてやめちゃえばいいのに!』

魔王『それはできないのだ…人間も魔物も、生きていく為に領土を広げる必要があるからな』

曽祖父の時代から続いている争いは、もう和解という手段で終わることはできない程、大きくなっていた。
そう教えられてきたけれど、不自由している身には納得できない。

魔姫『もういい、猫と遊んでくるわ。お父様なんて嫌い!』

そして自分は、いつも父を困らせていた。




魔姫「ふわぁ…あぁ夢か。あらやだ、まだこんな時間じゃない、起きて損したわ~…」

魔姫「……お父様…」

魔姫「私…ひどいこと言ってばかりで、親孝行できなかったわね……」

10 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/28(水) 17:48:21.70 ID:QdjJeYdN0
>民家


ハンター「只今」

母親「あらお帰り。今日は遅かったのねぇ」

助手「起きていらっしゃったのですか奥様」

ハンター「母様、先に寝ていて良かったのに」

母親「貴方が心配で眠れないわ。ハンター稼業は危険ばかりですものね」

ハンター「…今日は獲物を逃したので、代わりにバイトをしていました。これを当面の生活費にして下さい」

母親「あらあら。ありがとうねぇ、大事に使わせてもらうわ」

ハンター「今依頼されている獲物を捕らえれば…倍以上の報酬が入ります」

母親「そうなの。でもねぇ、お金の為に命を賭けることはないのよ。慎ましい生活で構わないから、貴方には無事に過ごしていてほしいわ」

ハンター「…これは俺の選んだ道です。俺は、死にません」


ハンターは上着を助手に渡し、自室に向かう。

元いた屋敷から、こんな粗末な民家に越してきたのは何年前のことか…。

ハンター稼業は大物を捕まえれば莫大な報酬が入るが、仕事柄収入は安定しない。
今の生活は母親に、貧困という苦労をかけている。
慣れない手つきで内職に打ち込むその手は、痛々しい程に荒れている。

それもこれも、全て魔物がこの世にいるせいで――

ハンター(化物共を狩り尽くし、元の生活を取り戻す…それが俺のできる、最大の孝行だ)

14 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:03:14.07 ID:OLWTbaMw0
>翌日


猫耳「魔姫ぇ~…本当に行くの?」

魔姫「えぇ、3日前から計画してたんですもの。あんたも行くわよ、ほら支度して」

猫耳「わかったよー…」

魔姫「楽しみねぇ、お祭り!」

今日は首都の方で祭りがあるので、魔姫も遊びに行くつもりだ。

猫耳(昨日みたく残党狩りに会うかもしれないってのに…)

懲りない様子の魔姫に猫耳は呆れたが、魔姫が言って聞く性格じゃないことはわかっているので、諦めの心境である。

魔姫「どうかしら~?」

魔族の特徴であるとがった耳を隠す為の、どでかい帽子とリボン。
その頭装飾が浮かないように合わせた衣装もフリフリしていて、何というか……。

猫耳「うん、目立つね」

魔姫「何よぅ。似合ってるね~とか、可愛いね~とか、気の利いた感想はないわけ?」

猫耳「魔姫は地味な格好してても人目を引く位可愛いんだから、派手な格好すべきじゃないと思うにゃー」

魔姫「言うわねぇ、猫ちゃん。オホホ気分がいいわ」

猫耳「うんうん、じゃあこっちに着替えようか」

魔姫「んー、お祭りには地味だけど…でもまぁ、これもいいわね」バサッ

猫耳「僕の前で着替えないでよ……」

魔姫「何か言った? さ、行くわよ」

ボンッ 猫耳「にゃーん」

猫耳は小さな猫の姿になり、魔姫の持つバスケットに入る。
忘れ物はないと確認すると、魔姫は翼を広げて飛び立った。


15 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:03:40.15 ID:OLWTbaMw0
魔姫「この辺でいいかしらね」

魔姫は街外れの森に降り立つ。あまり街に近い所で降りたら、人に見つかる危険性があるのだ。

猫耳「街の方から音楽が聞こえてくるね」

猫耳は少年の姿に戻り、帽子を被って耳を隠す。
魔姫と猫耳。両者とも耳を隠して並ぶと、人間の姉弟に見えなくもない。

魔姫「せっかくのお祭りだもの、楽しまなきゃ! 行くわよ、弟!」

駆けていくと、街は既に賑わっていた。
楽隊が音楽を奏で、屋台が立ち並び、大道芸人が子供達の歓声を集めている。

魔姫「よーし、屋台で食べ歩きするわよーっ!!」

猫耳「早速食い気かぁ」

魔姫「まずは焼きそばと焼き鳥は外せないでしょ、あとトロピカルドリンクと、デザートも…片っ端から行きましょう!!」

猫耳「わかったわかった、人ごみで走らないの」

魔姫「~♪」

猫耳(…まぁいいか、楽しそうだし)

16 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:04:35.50 ID:OLWTbaMw0
魔姫「これ、美味しい~。もう1回並んで別の味買ってこようかな~」

たらふく食べた後デザートに突入し、魔姫は幸せ一杯な顔を見せていた。

猫耳「ねー。手作り工芸品のお店もあるけど、ああいう所は行かないの?」

魔姫「あら弟ぉ、行きたかったの? なら普段のご褒美に、何か買ってあげるわ」フフ

猫耳「本当? 普段からこき使われてる甲斐があったよー」

魔姫「なぁーんですってぇ~!」

猫耳「わー、お姉ちゃんが怒った~」

おどけた様子で猫耳は魔姫から逃げた。

が。

ドンッ

猫耳「あ、ごめんなさ……――っ!?」

魔姫「――っ!?」

そのぶつかった相手を見て、2人は硬直した。



勇者「いや大丈夫。気をつけてね」


魔王――魔姫の父を討った、勇者だった。



猫耳「…………」

猫耳が固まっている間に、勇者は去っていった。

魔姫「…ばれなかったわよね?」

猫耳「うーん…。勇者は僕の顔、知らないと思うし……」

魔姫「そう。それじゃお店の方に行きましょうか」

猫耳「ちょっ。…もぉ~、魔姫は危機感ないにゃー」

魔姫「ばれなきゃいいだけよ。さて、どの店から行く?」

猫耳「えーと…じゃあ編み物のお店……」

魔姫「オッケー、じゃあ行きましょう」

17 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:06:05.51 ID:OLWTbaMw0
>一方


勇者「よ、お待たせ」

ハンター「…よう」

勇者「お前、何その戦闘用装備~。祭りの中でスッゲー浮いてんの~」ケラケラ

ハンター「うるさい」

勇者「ところでどうした、俺に用事って」

勇者はハンターに飲み物を渡し、ベンチに腰掛けると話を切り出した。
勇者は世界を救った英雄だというのに、その飾らない雰囲気のせいか、周囲の人は誰も彼に気付かなかった。

ハンター「先日、王子より残党狩りの依頼が下された」

勇者「へぇ。王子直々の依頼なんてスッゲーじゃん」

ハンター「だが、何度も標的を取り逃がしている。昨日は交戦もしたが、全くダメだった。…奴は強い」

勇者「その割にお前、ピンピンしてんねー。全力で戦ったー?」ケラケラ

ハンター「茶化すな」

生真面目なハンターとおちゃらけた勇者は、こういう部分が合わない。
イラッとしつつもハンターは話を続ける。

ハンター「殺してもいいのならまだ手段はあるが、王子からは生け捕りと指定された。勇者、お前に頼むのは癪だが、協力を願いたい」

勇者「うーん。俺、倒すのは得意だけど、捕まえるのは専門外なんだよなー…。まぁ平和の為なら、協力するけど」

ハンター「そうか。殺さない程度に弱らせてくれれば良い」

勇者「ん。ところで依頼されたターゲットって、どんな奴?」

ハンター「人相書きがある。…これだ」

ハンターはポケットから折りたたんだ人相書きを取り出し、勇者に手渡す。

勇者「どれどれ…」カサ

ハンター「まぁお前も魔王城に乗り込んだ時に顔を見たかもしれんが…」

勇者「ああああぁぁぁぁぁっ!?」

ハンター「!?」ビクッ

勇者「ま、ま、魔姫さんじゃん!!」

ハンター「そう、魔王の一人娘だ。何だ、知ってるのか」

勇者「し、しし知ってるも何も!! あれは、魔王城に乗り込んだ時だ…」

18 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:06:52.86 ID:OLWTbaMw0
~回想~

勇者『あぁ、魔王城は広いなぁ…魔王、どこだーっ』

魔姫『そっちじゃないわ』

勇者『!? だ、誰だ!!』

魔姫『私は魔姫。魔王の一人娘よ。貴方、勇者でしょう』

勇者『…そうだ』

魔姫『お父様はあちらの廊下を右に曲がった突き当たりにいらっしゃるわ。間違えずに行きなさい』

勇者『…いいのか、そんなこと教えて』

魔姫『構わないわ。お父様は魔物の頂点に君臨する魔王…そんな相手に、体力を消耗した状態で行くのは失礼ってものよ』

勇者『……』

魔姫『魔王と勇者の頂上決戦だもの。小細工なしの勝負に勝てないようでは、それまでの男だったってだけの話。それじゃあね』バサッ

勇者『………』

勇者(な、何て高潔で、美しい人なんだ!!)

~回想終了~



勇者「ってことがあったんだ!」

ハンター「そうか…ふん、傲慢な娘だな。それで勇者、その魔姫の生け捕りだが…」

勇者「悪い、ハンター! 俺、協力できねぇ!」

ハンター「何だと」

勇者「実は……」

そして次に続く言葉を聞いた時、ハンターは能面のような顔になった。


勇者「――俺、恋しちまったんだ。魔姫さんに」

19 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:07:27.85 ID:OLWTbaMw0
ハンター「…………」

勇者「おのれ王子めぇ~、魔姫さんを捕らえてどうしようってんだ~。ハッ!! まさか王子、俺の為に……!!」

ハンター「阿呆。化物に恋する勇者があるか!!」

勇者「魔姫さんは化物じゃねぇ、お前も見たはずだ! あの美しさは天使……いや、女神!!」

ハンター「目を覚ませぇ~っ!!」

ハンターは勇者の肩を揺さぶったが、彼の目の中のハートマークが消える気配はない。
こいつ、もうダメだ…ハンターは早々に諦めた。

ハンター「…なら仕方ない。だが俺は引き続き魔姫を追う」

勇者「ハンター稼業も安定しねーだろ。騎士団に入れば? 俺が推薦してやるよ、王子と友達だし」

ハンター「騎士団は、守る為の集団だ。俺には向かん」

勇者「…なぁ、お前は何の為に戦ってるの?」

ハンター「決まっている」

この手で今まで何十匹もの魔物を狩ってきた。それは金の為でもあるが、最大の目的は……。

ハンター「魔物をこの世から消す為だ…!」

憎々しげに言ったハンターの様子に、勇者は苦笑を浮かべる。

勇者「…やっぱ相容れないね、俺とお前」

20 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:08:06.96 ID:OLWTbaMw0
オウム「緊急指令! 緊急指令!」バッサバッサ

勇者「わわぁ!?」

唐突なオウムの襲来に、勇者はベンチから転げ落ちそうになった。

ハンター「あぁ、こいつは…王子からの伝達用オウムだな」

勇者「お、おう」ドキドキ

ハンター「どうしたんだ」

オウム「標的ガ来テイル! 至急、出動セヨ!」

ハンター「…こんな祭りに? わかった…そいつの元まで案内しろ」

勇者「死ぬなよハンター」

ハンター「…何でお前がついて来るんだ?」

勇者「そりゃ魔姫さんに恋する男として…!! あ、安心して。戦いは邪魔しねーよ」ニヒッ

ハンター「……お前、俺がボコられるのを期待しているんだろう」

勇者「どうだか~♪」

ハンター(こいつ……)

21 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:08:35.80 ID:OLWTbaMw0
魔姫「良かったわねぇ、いい感じのひざ掛けが見つかって」

猫耳「これで寒い時期もぬくぬくだにゃ~」

魔姫「私もいい買い物ができたし、大満足だわ~」

猫耳「魔姫、僕がトイレ行ってる間に何買ったの?」

魔姫「ふふん、秘密~。それより、夜はナイトパレードをやるそうよ。それまでどこかで時間を…」

ハンター「悪いが、そうはいかんな」

魔姫「…っ!?」

猫耳「!!」

ハンター「よぉ…化物」

勇者(ま、ま、魔姫さんだああぁぁ!! おおぉ、普段着姿もお美しい…!!)ホワーン

魔姫「あらアンタ。…それに勇者も」

猫耳(まさか、こいつが昨日会ったっていうハンター…? 最悪なコンビが来た!!)

ハンター「俺の用事は…わかっているな? できれば人のいない場所で済ませたい」

魔姫「そうね…せっかくのお祭りをブチ壊すのは気が引けるものね」

ハンター「街外れの森だ。…そこでケリをつける」

22 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:09:12.38 ID:OLWTbaMw0
>森


魔姫「…で、ここで暴れようっての?」

ハンター「あぁ。今日は逃がさんぞ」

ハンターは早速ダガーを構えた。
猫耳はそんなピリついた空気に萎縮し、魔姫に耳打ちする。

猫耳「逃げようよ魔姫…やり合っても何も得しないよ」

魔姫「逃げても逃げても、こいつは追って来るわ。なら早々に叩きのめして、諦めさせてやるわよ」

ハンター「叩きのめすだと…なめやがって」

勇者(あぁ魔姫さん…自信に溢れた雰囲気、お美しい)

魔姫「行くわよっ、粘着ストーカー!!」ヒュッ

魔姫は翼を広げ、全速力でハンターに突っ込む。
爪を伸ばし胸を狙う――が、ハンターは持ち前の素早さで回避。

ハンター「捉えた!」ガシッ

ハンターは魔姫の腕を掴む。
この手を離さなければ、上空に逃がしやしない。

勇者「あ、おまっ! 魔姫さんの手をっ、この裏切り者! スケベ!」ギャーギャー

ハンター(うるせぇ)

23 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:09:52.15 ID:OLWTbaMw0
ハンター「はぁっ!」

至近距離でハンターはダガーを魔姫の首筋に振り下ろし、峰打ちでの打撃ダメージを狙う。
だが――

魔姫「ふんっ」ガシッ

魔姫はハンターの手首を掴み、攻撃を止めた。そして。

魔姫「はあぁっ!」バキッ

ハンター「――っ」

みぞおちに蹴りが放たれる。
想像以上のダメージに、ハンターは咳き込む。

ハンター「ゴホッ、女の癖に何て力だ…流石は化物か」

魔姫「あら失礼、人間の殿方には刺激が強すぎたかしら?」

ハンター「調子に乗るな!」ブンッ

ハンターは魔姫を地面に投げつけた――が魔姫は体勢を変え、着地する。
それと同時、ハンターが魔姫に突っ込んできた。

ハンター「覚悟オォッ!!」

魔姫「……」

とっさのことで魔姫は体勢を変えられない。
このまま、ダガーが魔姫に振り下ろされようとしていた――が。

ドゴオオォォン

ハンター「――」

ハンターは思い切り吹っ飛ばされた。

魔姫「学習能力がないのねぇ…昨日と全く同じ技でやられるなんて」フゥ

24 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:10:37.17 ID:OLWTbaMw0
ハンター「くぅ……」

衝撃波に吹っ飛ばされ、地面に体を強く打ったハンターは全身の痛みに悶える。
だが、魔姫が近づいてくる足音が聞こえ――痛みに耐え、立ち上がった。

魔姫「呆れた、まだやろうっての?」

ハンター「フゥ……殺さないように配慮してたが、そうもいかないようだな……!!」

ハンターはヨロヨロになりながら、魔姫と対峙する。
そんな様子に魔姫は呆れていたが――ハンターが懐に手を入れているのが目に入った。

ハンター「殺す気で戦って、ようやく対等…今度は容赦せん!」


そう言って、ハンターは鎖のようなものを取り出した――が。


勇者「やめとけ、アホ」ドカッ

ハンター「ぐあっ!?」

魔姫「!?」

勇者の飛び蹴りがハンターを制止した。
ハンターは勢いよく転がったが、勇者は涼しい顔をしている。

ハンター「グ…何しやがる、勇者…!! 邪魔しないと言っただろう…!!」

勇者「そうだっけ? ま、いいや。あのな、魔姫さんだって手加減して戦ってくれてるんだぞ。お前が殺す気でやった所で、魔姫さんにかなうもんか」

魔姫「その通りね、そのハンターじゃ相手にならないわ。今度は貴方がやるの、勇者?」

勇者「いーや。俺は悪者としか戦いませんのでね」

魔姫(あら)

意外な返答だった。
てっきり、勇者はハンターと組んでいると思っていた。だから、魔姫は力を温存していたのだが。

ハンター「何を言っている、勇者! 相手は魔物、人間の敵だぞ!」

勇者「俺は、全ての魔物が敵だとは思ってねーよ」

ハンター「人間と魔物は相容れん……目を覚ませ、勇者」

勇者「お前こそ目を覚ませ。憎しみが大きくなりすぎて、何も見えなくなってるぞ」

勇者は困ったようにため息をついた。

勇者「お前の父親を殺した魔物は、魔姫さんじゃない。それは確実だ」

魔姫(父親を殺した……?)

25 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:11:26.45 ID:OLWTbaMw0
勇者「お前が戦う理由がただ金の為ってんなら止めねーよ。でも、憎しみを糧に命を賭けるのはやめろ。そんなんで死んだら、お前の母さん悲しむぞ」

ハンター「お前に、何がわかる…!」

勇者「お前の動機で魔物全体を敵視するなら、俺はどうなるんだよ」

そう言うと勇者は、チラッと魔姫に視線を向けた。

勇者「俺は魔王――魔姫さんの父親を殺したんだぞ。だから俺が魔姫さんに憎まれるのは仕方ないことだ。でも、魔姫さんが人間全体を憎んだら、憎しみの連鎖が生まれる。…それは間違ってるだろ?」

ハンター「黙れ! 俺の父を殺した魔物と、お前は違う……!」

魔姫「ちょっと」

よくわからない話が進んでいることが、魔姫は気に入らなかった。
それに、だ。

魔姫「何を勘違いしてるの貴方は。私が貴方を憎んでいるですって?」

勇者「えっ?」

魔姫「別に、憎んでいないわ。お父様は貴方との戦いに敗れただけ…。魔王である以上、それも運命だったのよ」

勇者「……」

魔姫「でも、そこのハンターが魔物を憎む理由もわかったわ。償いにもならないけど…これ」ヒュンッ

ハンター「!?」パシッ

魔姫から投げられたものを、ハンターは反射的にキャッチした。
魔姫が投げたもの…それは、見事な宝石のブローチだ。

魔姫「事情はよくわからないけど、その格好から見ると、あんた貧乏してるんでしょ? それを売ってお母さんに美味しいものでも食べさせてあげなさい」

ハンター「な…! 俺に施しをしようというのか、見くびるな!」

魔姫「違うわよ。私を討伐して受け取る報酬の代わりにしろって言ってるの。賄賂よ、賄賂」

そう言うと魔姫はくるっと振り返った。

魔姫「帰るわよ、猫。ナイトパレードって気分でもなくなったわ」

猫耳「あ、うん」

26 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:11:56.64 ID:OLWTbaMw0
ハンター「……」

魔姫が飛び立っていく姿を、ハンターは追わず、ただ見ていた。
胸が締め付けられ、自分への苛立ちが抑えられない。

ハンター「くそっ…」

勇者「負けて悔しいか。そうやって男の子は成長していくんだよ~」

ハンター「違う!」

負けたことは当然悔しかったが、それ以上に悔しいことがある。

ハンター「あの女…お前を憎んでいないと言っていたな」

勇者「……うん」

ハンター「…あの女、俺よりガキのくせに……」

父親が殺されたことを、『魔王と勇者の戦い』であると割り切れている。
頭でわかっていても、憎しみの感情が生まれたっておかしくないのに。

ハンター「…魔姫……」

勇者「かっこいいよなぁ~」

ハンター「!?」ブッ

勇者「やはり魔姫さんは高潔なお方だぁ。もう愛を通り越して信者になっちゃいそうだよな~」メロメロ

ハンター「おっ、お前と一緒にするなぁ!!」ブンブン

27 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/29(木) 19:12:36.36 ID:OLWTbaMw0
猫耳「…ねぇ魔姫」

魔姫「なぁに?」

猫耳「さっき言ったのは、本音?」

魔姫「…えぇ、本音よ」

勇者を憎んでなどいない。
勿論、人間を憎む気もない。

魔姫「憎むとしたら――両種族が争わなければならなかった、この時代かしらね」

決着をつける以外で争いを収束させる方法なんてなかった。
もしかしたらあったのかもしれないが、それを実行する力が誰にもなかったのだ。

魔姫「勇者の言った通りよ。私が勇者や人間を憎めば、どこかで憎しみの連鎖が生まれる。…そんなこと、望んでいないわ」

自分を狙う者がいれば戦うが、積極的に争う気などない。
人間に報復を考えている魔物はまだいるだろうけれど、自分もそうなろうとは思わない。

それより、今大事なことは――

魔姫「生きてる限り、精一杯楽しみたいのよ…今まで自由が無かった分、ね」

猫耳「…うん、そうだね!」

29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/29(木) 21:57:24.20 ID:EN0LjQRRO
姫かっこ可愛い

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/29(木) 22:11:20.77 ID:+ScEMrIXo
いい世界観だ…

31 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:09:52.62 ID:7HeYyVmm0
>城


王子「ククク、無様なやられっぷりだったねぇ」

ハンターが城を訪れると、どこかで戦いを見ていたような口ぶりで王子が出迎えた。
相変わらず、その胡散臭い笑顔は、見ていて不快になる。

ハンター「…俺では力不足のようだ。他の奴に頼め」

王子「そうだよねぇ。自分より年下の女の子に手玉に取られるなんて、いい加減心が折れるよね~」

ハンター「……」クッ

図星なので何も言い返せない。

王子「あぁ、誤解しないで。僕は君に失望なんてしていないよ。むしろ…嬉しいんだよ」

ハンター「嬉しいだと?」

王子「そう…やはり彼女は素晴らしい。強く、美しく、高潔な――僕の、理想の女性だ」

ハンター(…こいつも勇者と同類か)

生け捕りとの指定で薄々勘付いてはいたが、やはりそういうことらしい。
しかし勇者にそれが知れたらどうなるのか…まぁ、ハンターの知ったことではないが。


ハンターは必要以上のことに興味を持たなかった。だから、気付かなかった。


王子「心が折れている所申し訳ないんだけど、もう1回だけ挑んでみてくれないかな?」

ハンター「…何か策があるのか?」

王子「あるよ」ニッコリ


王子がその笑顔の裏で、ドス黒い感情を抱いていることに――

32 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:10:49.69 ID:7HeYyVmm0
王子「これを君に渡しておくよ」

ハンター「これは…?」

ペンダントだ。
はめられているのは魔石の類だ、ということくらいならわかる。

王子「勇者が魔王に挑む際にも同じものを渡したんだけどね。戦闘力強化の効果があるんだよ」

ハンター「あの勇者にこんなものを渡すとはな。よほど心配だったのか」

王子「友達だからね。勿論、勇者の強さは信頼しているよ」

勇者は自分と会う前から、王子と友達同士だ。
昔の王子は病弱で、兄貴分の勇者に頼りきりだったと聞いたことはある。
病弱が治った今でも、友情はそのまま変わらないのだろう。大事な親友が魔王討伐に向かうと聞いたら、心配するのが当たり前か。

王子「それで、今夜には魔姫様の住処を襲撃してほしい」

ハンター「簡単に言うな。奴の居場所の特定にどれだけ骨が折れると思っている」

王子「大丈夫、さっきの戦いで仕掛けはしておいた」

ハンター「仕掛け?」

王子「オウムに魔姫様を追わせている。…これで、魔姫様の住処が特定できる」

ハンター「なるほどな…」

今まで助手に、魔王に近い魔力を探知させ、そうやって魔姫を追っていた。
だがそれならもう、その必要はない。

ハンター「俺は一旦家に戻る。…居場所が特定できたら知らせろ」

王子「…期待しているよ、ハンター君」

ハンターを見送る王子の笑顔は相変わらず涼しいもので、内面を探らせようとはしなかった。

33 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:11:27.28 ID:7HeYyVmm0
猫耳「ありゃ、雨だ」

夕飯の支度をしていた猫耳は、窓の外を見て呟いた。

猫耳「雨ならパレードは中止かも。良かったね魔姫、降る前に帰ってきて」

魔姫「そうね」

猫耳「あ、魔姫、それ」

魔姫は祭りで買ったものを、箱から出して眺めていた。

猫耳「オルゴールだ。綺麗だね~」

魔姫「見た目もいいけど、音楽もいいのよ」

猫耳「へぇ、鳴らしてもいい?」

魔姫「いいわよ」

猫耳はオルゴールのゼンマイを回す。
すると、聞き覚えのある音楽が流れ始めた。

猫耳「あ、これは…」

魔姫「私が子供の頃…お父様が歌ってくれた、子守唄よ」

魔王の声とオルゴールの音にギャップはあるが、それでも耳に馴染んだ優しいメロディは変わらない。

魔姫「作曲したのは人間だそうよ。お父様ったら、人間の作った歌を口ずさむなんてね」フフ

猫耳「僕も好きだよ、この音楽。…人間の文化って、いいものが沢山あるよね」

魔姫「そうよね」

父が討たれ、人間の社会に溶け込むようになってから、沢山の文化に触れてきた。
人間の街を歩いて、人間の作った服を着て、人間の作る料理を食べて、人間の書いた本を読んで…。

魔姫「人間と魔物の間で、もっと文化の交流をするべきだったのよ」

猫耳「そうだよね。魔物の文化だって、人間に馴染むものがあるよね」

魔物同士でも、人間同士でも、争いは起こる。
種族の壁というのは、実は些細な問題だったのではないか…と思うことがある。

魔姫「…両種族に足りなかったのは、歩み寄りだったのかもね。だって、歩み寄れば……」

互いの素晴らしい部分を知り、尊重し合うことができたかもしれない。
今、自分がこうしてオルゴールの音に聞き惚れているのと同じこと。人間の文化に触れて、魔姫は人間が好きになった。

魔姫「…時が遡るなら、お父様にそう言ってやりたかったわ」

猫耳「そうだねー」

2人はしばらくオルゴールのメロディを、繰り返し繰り返し聞いていた。

34 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:12:10.09 ID:7HeYyVmm0



魔姫「ふあぁ、今日は疲れたわー…」

風呂に入った後に本を読んでいたが、どうも内容が頭に入ってこない。
色々あって、よっぽど疲れているのだろう。

猫耳「早めに寝なよ魔姫」

魔姫「そうねー…今日は一緒に寝る?」

猫耳「なーに言ってんだよぅ」

魔姫「何、今更恥ずかしがってるの。よく一緒に寝てた仲じゃない」

猫耳「それは昔の話だよ。ほら、変なこと言ってないで寝なよ」

魔姫「フフ、はいはい」

魔姫は部屋に戻りベッドに入った。
だがいざ横になると、すんなり眠れなかった。

魔姫(どうしようかしらー…あ、そうだ。こういう時に子守唄を…)

魔姫はオルゴールを取りに一旦起き上がった。

その時――

魔姫「――っ」

気配を察知した。

35 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:12:48.63 ID:7HeYyVmm0
魔姫「猫っ」バタバタッ

猫耳「うん? どうしたの魔姫?」

魔姫「屋敷の近くに何者かが侵入したわ」

猫耳「にゃっ!?」

魔姫は屋敷の周辺300メートル以内に仕掛けをしていた。
外から何者かが来たら、わかるようになっている。

この山は人里から離れた場所にあり、足場も悪く、人が踏み入れることはほとんどない。まして、こんな深い場所に来るなど――

猫耳「…こんな時間にこんな所に来る奴なんて、遭難者か、あるいは…」

魔姫「…私目当ての残党狩りでしょうね」

魔姫はそう言って窓辺に立つと、バサッと翼を広げた。

魔姫「せっかくこの場所気に入っていたのに、バレたなら引っ越しね。…でもその前に、まずは侵入者を撃退してくるわ」

猫耳「気をつけてね、魔姫…!!」

36 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:14:01.01 ID:7HeYyVmm0
ハンター「…魔姫は侵入を察知したのだろうか?」

助手「はい。我々が仕掛けの中に足を踏み入れたので、察知したのは間違いないでしょう」

ハンター「そうか。奴は察知して逃げるか、それとも――」

魔姫「あら、またアンタ?」

魔姫はハンターの姿を見て、呆れるように言った。
大して強敵ではないが、このしつこさだけは評価したい所だ。

魔姫「まだ懲りないのねぇ。徹底的に痛めつけらないと、わからないのかしら?」

ハンター「悪いな…これも仕事でね」

仕事――そう割り切る。
魔物を憎んでいるのは変わらないが、さっきの件でハンターの中では、魔姫はその対象外になっていた。
憎しみの対象ではない相手を攻撃するのはあまり好きじゃないが――それでも仕事は仕事だと、ハンターは構える。

ハンター(王子から預かったこのペンダント…どれだけの力を発揮するのか、わからないが…)

ハンター「行くぞ…」ダッ

魔姫「…っ!」

一瞬にして魔姫との距離が詰まる。
そしてハンターはダガーを振った。

魔姫「…くっ!」

魔姫は咄嗟に、後方へ跳躍した。
魔姫は焦っている――ハンターは手応えを感じた。

魔姫(何…!? あいつ、素早さが格段に上がったわ)

37 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:14:35.82 ID:7HeYyVmm0
魔姫「……っ」ササッ

魔姫はハンターの攻撃を紙一重でかわし続けていた。

ハンター「ハァッ!!」

魔姫「っ!」バッ

魔姫が攻撃をかわし、ダガーが後ろの木を切った。
その一擊はまるで、斧で切ったかのように、木を大きくえぐった。

魔姫(こいつ、こんなに力強かった…!? 近距離は危険だわ、距離を取って――)

ハンター「そうはさせん」

魔姫「くっ!」

魔姫の狙いを読んでいるかのように、ハンターは魔姫の動きにぴったりくっついてきた。
これでは距離を取れない。それに――

魔姫(こいつ…どんどん素早くなってない!?)

時間がたつにつれ、魔姫には余裕が無くなっていく。
かわすのに精一杯で、攻撃に転じる隙がない。

魔姫(こんな力を隠し持っていたの…? いつの間に、こんなに強く…)

ハンター「……」

38 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:15:06.38 ID:7HeYyVmm0
ハンターは手応えを感じていた。
体がいつもより軽い。力がみなぎってくる。

今まで自分を手玉に取っていた魔姫を、手玉に取ることができる――

ハンター「ふ、ふふっ――」

笑えてくる。それは嬉しさのせいか、可笑しさのせいか。

ハンター「ははははははは!!!」

魔姫「!?」

笑えて笑えて、仕方なかった。
理由なんてどうでもいい。

ハンター「倒す、お前を、ははっ、メチャクチャに、ははははは!!!」

力がみなぎればみなぎる程、彼の心は愉快だった。


助手「ハンター…様……?」

39 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:15:35.76 ID:7HeYyVmm0
魔姫(な、なにコイツ…完全にイッちゃってる人じゃないの!?)

ハンター「うらああああぁぁっ!!」シュッ

魔姫「くぅっ!!」

今の攻撃は本当にギリギリだった。
これ以上ハンターが素早くなれば、完全にやられる。

魔姫(冗談じゃない! っていうか…絶対におかしいわ、どうしてこんな短時間にどんどん強くなるのよ!?)

流石に魔姫も、尋常ではないと気付く。
何か小細工をしているに違いない――そう戸惑いつつも、考えている余裕などない。

――と、その時。

ハンター「ハアアァァッ!!」

魔姫「――んっ!」

攻撃をギリギリかわしたその時、ハンターの上着が軽くめくれ、あるものが目に入った。

魔姫(あの魔石は――)

そして一瞬にして理解した。
ハンターが急に強くなったのは、そういうことかと。

魔姫「…っ、バカな男ね、本当!!」

魔姫は攻撃をかわしながら、素早く手に魔力を溜めた。

魔姫「いつか絶対…借りを返しなさいよねっ!!」

そして、手に溜めた魔力を放出した。

40 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:16:36.17 ID:7HeYyVmm0
ハンター「ははははははは――っ」

攻撃に夢中になっていたハンターは、それを「避ける」という思考回路に至らなかった。
そして――

ハンター「――」

魔姫が放った魔力がハンターの首をかすめ――そして、ペンダントの鎖を切った。
だが、それと同時――

魔姫「――っう!!」

ハンターの拳が腹に直撃したのは、魔力を放ったと同時だった。
強化されたその拳の威力は凄まじく…。

魔姫「む…り……」ドサッ

魔姫はそこに倒れ込み、意識を失った。


助手(勝負がついたか…)

ハンター「……っ」ドサッ

助手「ハンター様…!?」

倒れたハンターに駆け寄る。

ハンター「グッ…カハッ」

助手「!?」

ハンターは口から血を噴いていた。
魔姫の攻撃はハンターに当たっていない――なのに、何故?

その時、足音が近づいてきた。


「よくやってくれた、ハンター君」パチパチ

助手「貴方は……」

41 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/30(金) 19:17:16.69 ID:7HeYyVmm0
王子「内心ヒヤヒヤしたけどね…魔姫様を傷ものにしてしまわないか、って」

助手「王子様……」

どうしてここに王子が…だがそれを口にする前に、王子は歩み寄ってきた。

王子「確か…ハンター君の助手だね?」

助手「…はい」

王子「彼が目覚めたら、これを渡しておいてくれ」

助手「これは――」

渡された袋には、報酬と思われる金銭が詰まっていた。
その額は軽く見ただけで、相場の倍以上と思われる。

王子「さて」

王子は倒れている魔姫を抱え上げた。
魔姫に向ける目はいかにも淫靡なもので――助手は生理的に嫌悪感を抱く。

王子「僕は一足先に戻らせてもらうよ…目を覚ます前に、彼女を城にお連れしたいからね」

助手「……」

去っていく王子を助手は止めはしなかった。
それよりも、倒れて血を吐いているハンターが心配で、彼に寄り添う。

助手(この魔石…)

鎖のちぎれたペンダントを拾い、しばらくそれを見つめていた。

46 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:15:45.26 ID:Bi9M//EB0
『姫…私の可愛い姫……』


誰…?


『魔王の娘に生まれた姫…。貴方にはこの先、普通の女の子以上に、様々な苦難が待ち受けているでしょう』

『でも、心を着飾って――強い心を持つのです』


心を、着飾る……?


『常に強い意思、高潔な魂、堂々とした態度でいるのです』


あぁ、思い出した。この言葉は――


『そうすれば、絶対に幸せになるから――負けないで、私の可愛い姫…』



魔姫「お母様…」

47 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:16:53.82 ID:Bi9M//EB0
魔姫「ん…」

自分の声で目が覚めた。
見覚えのない天井を見上げ、状況がよく理解できない。

目が冴えると同時に、少しずつ思い出していく――ハンターが襲撃してきて、自分は負けて…。

魔姫「…っ、ここは!?」

周辺を見渡して更に混乱する。
魔姫が目を覚ましたのは大きなベッドの上。窓のない部屋は広く豪華なもので、まるでここは――

王子「ここは城の一室だよ」

魔姫「!?」

魔姫が起きるのを見計らったかのようなタイミングで、王子が部屋に入ってきた。
王子は嬉しそうに、作り物のような美しい顔に、ニコニコ笑いを浮かべている。

何て胡散臭い笑顔――魔姫の抱いた第一印象はこうだ。

王子「自己紹介が遅れました、魔姫様。僕は王子――この国の、第二王子だよ」

魔姫「そんなことはどうだっていいわ。この状況、どういうことかしら?」

魔姫は苛立ちを隠さず、目は笑わず口元だけに笑みを浮かべた。

魔姫「ハンターから聞いたわ、私を捕らえるよう命じたのはアンタなんですってね。私を捕らえて、どうするつもりかしら?」

王子「魔姫様…」スッ

だが王子は魔姫の不快感など意に介していない様子で、魔姫に向かって跪く。

王子「ずっと、お慕いしていたよ…是非、僕の花嫁になってくれないかな」

魔姫「…」ドカッ

魔姫は無言で王子に蹴りを入れた。
が、王子は涼しい顔で、蹴りを片手で止める。

王子「ふふ、流石魔姫様。手が痺れる程のこの威力…そこらの女性の力では、こうはいかないだろうね」

魔姫「気持ち悪いわアンタ」

48 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:17:28.92 ID:Bi9M//EB0
魔姫「女を口説く才能ないわね。こんな所に無理矢理連れてきて、イエスと答える女がいるもんですか」

王子「僕も、その自覚はしているよ。でも、僕は――」

魔姫「っ!」

王子は魔姫の目の前に立つ。
至近距離で上から見下ろされ、威圧感を感じる。

王子「君を手に入れたいと思った…どんな手段を使ってもね」

魔姫「…だから、気持ち悪いのよ!」

痛い目に合わせてやろうと、魔力を練る――が、

魔姫(…っ、魔力が放出できない!?)

王子「あぁ、言い忘れていた。この部屋には仕掛けがあってね、魔法は使えないんだよ」

魔姫「…そう」

考えているものだ。少なくとも、あのハンターよりは賢いようだ。
だが、その程度で魔姫は怯まない。

魔姫「とにかく! もう2度と顔を見せるんじゃないわよ!」

魔姫はバサッと翼を広げる。
ドアもは遠い。なら天井を突き破って外に出よう――とした。が、

王子「魔姫様、それはいけないよ」

魔姫「…っ!!」

魔姫が飛び立つと同時、王子も高く跳躍した。

49 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:18:12.08 ID:Bi9M//EB0
王子「手荒な真似をするけど――」バッ

魔姫「くっ!」ビシッ

王子から伸びた手を肘でガードし、魔姫は弾き飛ばされる。
王子は即座に天井を蹴飛ばし、魔姫を追ってきた。

王子「ごめんね、魔姫様!」

魔姫「!!」

王子に両手を掴まれる。
その力は強く、振りほどけそうにない。

魔姫「離しなさい…! 本当に殺すわよ!」

王子「ふふ魔姫様…強がっていても、手が震えているよ?」

魔姫「…っ!」

見抜かれた――怖いに決まっている。こんな知らない場所で、得体の知れない男に、魔力と動きを封じられて。だが、それを悟られたのも、心底悔しかった。

王子「高貴で高飛車な君も、可愛らしい1人の女の子なんだね」

魔姫「いや……っ」

魔姫は強気姿勢を崩さずに抵抗する。
それでも振りほどけなくて、少しずつ怯えが顔に現れ始めていた。

王子「知れば知る程、夢中になりそうだよ。あぁ、魔姫様――」

だが王子は、そんな魔姫の様子を楽しむかのように――

魔姫「やめっ、や――」

王子「――」



無理矢理に、魔姫の唇を奪った。

50 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:18:52.60 ID:Bi9M//EB0
魔姫「…っ、離せっ!」ドカッ

王子「っ」

魔姫は正面から、王子の腹に蹴りを入れた。
王子がひるんだのと同時、後ろに逃げて距離を取る。

王子はしばらく、そんな魔姫を見つめていて――魔姫はその目つきに恐怖心を覚えたが――やがて、

王子「ふぅ、これ位にしておくかな」

そう言って王子は引き下がった。

王子「あぁ魔姫様。逃げ出そうとは考えない方がいいよ。あまりおイタするようじゃ、僕にも考えがあるからね」

魔姫「……っ、うるさい、消えなさい!」

王子「ふふっ、それじゃあね」

そう言うと王子は部屋を出た。
魔姫はドアに耳を当て、王子が遠ざかっていく足音を確認する。

魔姫「……」ドサッ

気が抜けたのか、魔姫はそこに膝をついた。

魔姫(キス……)

魔姫(奪われた……初めてだったのに……)

魔姫「う、ううぅっ」


ぽたぽた涙が落ちる。
大事にしていたものを、こうも簡単に奪われて。

魔姫「最低、最低、最低ーっ!」

八つ当たりのように壁を何度も殴る。

この感情を怒りだけに収められたらどれだけ楽か。
今は怒り以上に、辛い気持ちが抑えられない。

魔姫「ううぅ…あああぁぁぁっ!!」

遂に、床に伏してしまった。
大声で泣いても、叫んでも、どうしようもないとはわかっているけれど。

51 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:19:21.14 ID:Bi9M//EB0
その時、静かにドアが開いた。

「いたいた。良かったぁ」

魔姫「……えっ?」

猫耳「僕だよ、僕!」

魔姫「ね、猫ぉ!?」

部屋に入ってきた猫の姿に、魔姫は驚きの声をあげた。

猫耳「魔姫、しーっ、しーっ」

魔姫「ね、猫…あんた、どうやって…」

猫耳「うん。ハンター達が馬を使っていたからね。その積荷に紛れて来たんだ。城が広くて、ここ来るのに苦労したけど…」

猫耳は少年に姿を変える。
その見慣れた顔に安心して、魔姫はようやく笑いを浮かべた。

魔姫「ばかね…こんな危険を犯して」

猫耳「何てことないよ。それより魔姫、ひどいことされたの?」

魔姫「………」

思い出して暗い気分になって、また涙が溢れてくる。

52 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:20:01.54 ID:Bi9M//EB0
猫耳「にゃにゃっ!? どうしたの魔姫ぇ!?」オロオロ

魔姫「王子に奪われたの。……初めての、キス」

猫耳「にゃっ」

猫耳は素っ頓狂な声をあげた。
自分が情けない。だけど今は、慰めの言葉が欲しかった。
そんなこと、何てことないって言ってほしくて。それが、本音じゃなくても。

猫耳「…魔姫、初めてじゃないよ」

魔姫「……え?」

魔姫はその言葉にキョトンとする。

猫耳「魔姫のファーストキス…僕だよ?」

魔姫「え、えぇっ!?」

そして返ってきたのは、予想外の言葉だった。

魔姫「あっ、あんた!? いつの間に私の唇を!?」

猫耳「魔姫ぇ…子供の頃の話だよ。結婚式ゴッコって言って、魔姫の方からしてきたんだよ」

魔姫「そう…だったっけ?」

覚えていない。
だけど、猫耳はそんな嘘をつける奴じゃないし…。

猫耳「子供の頃の話だからノーカウントかもしれないけどさ…」

猫耳は恥ずかしそうにうつむきながら言った。

猫耳「…でも魔姫が泣くくらいなら、僕とのをカウントした方がいいかなって…だめ?」

魔姫「…ふふっ」

少し、可笑しくなった。

魔姫「駄目なわけないじゃない。そっか…教えてくれてありがとう、猫」

今はその気遣いが、何よりも嬉しくて。

53 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:20:47.96 ID:Bi9M//EB0
魔姫「…でもここにいると危険よ、猫。見つからない内に、外に出た方がいいわ」

猫耳「魔姫を置いて逃げられないよ」

魔姫「大丈夫よ、私が下手なことをすると思ってるの?」

猫耳「にゃー…」

魔姫「絶対にここから逃げ出してみせるわ。…だから猫、安全な場所にいて。お願い」

猫耳「うん…わかった」

猫耳は再び猫の姿に変化した。

魔姫「ところで猫、今は何時くらい? ここ、窓が無くて時間がわからないのよ」

猫耳「今は朝だよ。大体9時頃かな」

魔姫「ありがとう。…逃げ出すには、まだ早いわね」

猫耳「魔姫、気をつけてね」

魔姫「えぇ、猫もね」

そう言って魔姫は猫耳を見送る。
猫耳に元気を貰った。だから挫けずに、逃げ出す方法を考えねば。


王子『あぁ魔姫様。逃げ出そうとは考えない方がいいよ。あまりおイタするようじゃ、僕にも考えがあるからね』


魔姫(上っ等じゃない…私を怒らせたこと、後悔するといいわ!!)

54 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:21:36.57 ID:Bi9M//EB0
>一方…


王子「フ……」

王子は玉座に戻り、魔姫との回想にふけていた。
蹴られた腹はまだ痛む。だが、その痛みが心地よい。

王子「遂に手に入れたぞ……」

魔王の一人娘は強く、美しく、気高く――そんな彼女を、ずっと追い求めていた。

王子「フフ…あはは、アハハハハハハハッ!!!」

喜びに狂い、笑った。
今、彼女は自分と同じ屋根の下にいる。その事実の、何と興奮することか。

王子「あぁ魔姫様…僕はきっと、君を――」

ハンター「おい王子」

王子「おや」

無礼なことに、妄想の最中にハンターがやってきた。
だが王子は、上機嫌で彼を迎える。

王子「もう怪我はいいのかい、ハンター君。君のお陰で全てが上手くいきそうだよ。ありがとう」

ハンター「そんなことはどうでもいい」

目的を果たしたというのに、ハンターは不服そうに言った。

ハンター「この仕事に関わった者として聞きたい」

王子「何かな?」

ハンター「王子…あんたはあの女を捕らえて、どうするつもりだ」

王子「おやおや。君は優秀だけど、無粋な奴だねぇ」

王子は実に愉快そうに笑った。

王子「助手君に預けた報酬は確認したかな、ハンター君」

ハンター「答えを…」

王子「相場の倍以上にあたる報酬を払ったんだ。あとは『大人の対応』を取るのが礼儀ってものだよ、ハンター君」

ハンター「…っ!」

王子「まぁ君、元々は裕福な家庭で育ったお坊ちゃんだもんねぇ。多少の世間知らずくらいは大目に見るさ」

55 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/10/31(土) 19:22:24.91 ID:Bi9M//EB0
ハンターはそれ以上何も言えず、そのまま城を出てきた。

ハンター(くそ…あの王子、何企んでやがる……)

勇者「いよっ、ハンター!」ドカッ

ハンター「いぎっ!?」

城前の広場にやってきた時、勇者がハンターの陰鬱な気分など無視してタックルをかましてきた。
完全に油断していたハンターはモロに喰らい、地味にダメージを受ける。

勇者「おおぅ、ごめん。ハンターならぶつかる前に気付いて、ガードするか避けるかするかなーって思ってたから」

ハンター「いや…」(いてて…)

勇者「ボーっとしちゃって、どした? 悩み事なら聞くぞ?」

ハンター「……」

魔姫を捕らえたことを勇者に言っていいものか。
勇者の魔姫への想いを王子が知っているのかはわからないし、下手に伝えれば2人を仲違いさせてしまうだろう。
それに自分は、2人の仲違いには一切関わりたくない。

ハンター(『大人の対応をしろ』…か)

ハンター「いや何でもない。寝不足で疲れているだけだ」

勇者「おいおい、ちゃんと寝ろよ。健康第一だぞ!」

ハンター「わかってる。それじゃ」


ハンター(しかし、本当に体調が優れん。体力には自信があるんだがな…)

助手「ハンター様」

ハンター「助手。どうかしたか」

助手「はい。あのペンダントについて調べてみたのですが……」

ハンター「………っ!!」

57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/31(土) 19:39:29.98 ID:v8SXcndCo
おつ
王子様が良いキモさを醸し出してる

58 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:15:24.52 ID:WB90AVj00
魔姫「…何よ、懲りずにまた来たの?」

王子「いやぁ、魔姫様と紅茶を楽しみたくてねぇ」

睨みつけるこちらをまるで意に介していないようで、王子は優雅に紅茶をすする。
魔姫はというと、警戒し紅茶に口もつけられないでいた。

王子「魔姫様は紅茶はお嫌いかな?」

魔姫「そうね。少なくともあんたの顔を見ながらだと、どんな飲み物も最低の味になるわ」

王子「傷つくなぁ。僕、そんなにまずい顔をしているかな?」

魔姫「えぇ、最低の顔だわ」

王子「いいねぇ、魔姫様に言われるとゾクゾクするよ」

魔姫「顔以上に中身が最低ね」

しかし王子は笑顔を崩さない。
何を言っても喜んでいるのだろうと思うと、気持ちが悪い。

王子「なら、ポットとカップは置いていくよ。お代わりは、部屋の外の番兵に言ってね」

魔姫「あら嬉しい、もう出て行ってくれるのね。もう2度と来ないで頂きたいわ」

王子「ハハッ、それじゃあまた」パタン

魔姫(『また』じゃないわよ、来るなって言ってるのよ)

魔姫「紅茶の時間…ってことは今は3時くらいかしらね」

59 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:15:55.53 ID:WB90AVj00



魔姫(…そろそろいい時間かしらね)

大分待ちくたびれた。最後の食事が夕飯だとすると、それから5、6時間は経過したように思える。
時刻は恐らく深夜――なら、今が逃げ時。

魔姫(これ以上、あんな気持ち悪い奴と同じ城にいるのは御免だわ!)

魔姫は深く深呼吸する。
そして意を決して…

魔姫「でりゃあ!!」ドカッ

番兵A「!?」

勢いよく、ドアを蹴破った。

番兵A「逃げようというのか、そうはいかんぞ!」

番兵B「かかれーっ!」

魔姫「フン、見張りはたった2人」

なめられたものだ。ますます、あの馬鹿王子が憎たらしい。

魔姫(部屋の外でも魔封じの効力は続いているわね…)

番兵A「喰らえっ…」

魔姫「魔法が使えないからって…」

魔姫は体勢を低くする。
そう、魔法が使えないからといって、戦えないわけじゃない。

魔姫「喰らえ――ッ!!」ドカッ

番兵A「ガハッ」

蹴飛ばされた番兵は吹っ飛んでいった。
まさかその細い足で男を吹っ飛ばせるとは思っていなかったらしく、もう1人の番兵は怯んでいた。

番兵B「ひぃ…」

魔姫「悪いけど私は機嫌が悪いの。馬鹿王子の味方するってんなら、容赦しないわよ!!」

60 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:16:23.34 ID:WB90AVj00
魔姫(さっ、ボヤッとしてる場合じゃないわ)ダッ

あっと言う間にもう1人の番兵を倒した魔姫は、そのまま走る。
油断はできない、せめて魔法が使える場所まで――

魔姫(窓があれば外に飛んでいけるんだけど)

長い廊下の間に、部屋は存在しない。もしかしてここは地下なのかもしれない。
そういえば猫耳も、城が広くて苦労したと言っていた。

進む先に分かれ道。どちらが正しい道かなんてわからない。なら、考えていても無駄。

魔姫(直感で――右っ!)

魔姫「――っ!」

そして、足を止める。

王子「やぁやぁ魔姫様…こんな時間にお散歩かな?」

魔姫(最悪だわ…)

魔姫は自分の勘の悪さを恨んだ。

61 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:16:56.82 ID:WB90AVj00
王子「魔姫様なら、早々に行動に出ると思ったよ。ふふ、わかりやすい所が可愛いねぇ」

魔姫「あんたみたいのに好かれて逃げない女なんかいないわよ、ばーか!」

王子「そういう生意気な所も好きだけど…言ったよね、おイタするようなら考えがあるって」

魔姫「知ったことか!」

魔姫が動くと同時、王子も動いた。
距離が縮められ、逃げてもいつか追いつかれる――なら、正面からぶつかるのみ。

魔姫「だぁっ!」

王子が間合いに入ると同時、魔姫は王子の腹を殴った。
手応えは十分――だが、王子の表情から笑みは消えない。

王子「効くなぁ…。じゃこれはどうかな!」シュッ

魔姫「フン!」バッ

王子の手が伸びると同時、魔姫は跳んで距離を取る。
力は王子の方が上。掴まれては終わり。

魔姫(けど、魔法が使えない今、距離を取ってばかりもいられない――)ダッ

魔姫は一気に跳躍し、王子との距離を縮めた。
そして――

魔姫「でりゃああああぁぁぁ!!!」

腹、肩、脚――連続の打撃を叩き込む。
反撃を許さない、怒涛のラッシュだった。

魔姫「せやあぁっ!!」

最後に一発、トドメの蹴り。
王子は吹っ飛び、壁に全身をぶつけた。

魔姫「どう、効いたでしょ!」

王子「フフフ…」ユラァ

魔姫「!?」

王子「容赦ないなぁ。でも、死なないように手加減してくれたんだ?」ニコッ

魔姫(う、嘘でしょ!?)

気絶する程のダメージを叩き込んだつもりだ。
なのにこの王子は、平然と立ち上がった。人間の耐久力とは、とても思えない。

魔姫(こ、こいつ…何者!?)

62 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:17:24.62 ID:WB90AVj00
王子「でも、流石に僕も怒っていいかなぁ?」

王子は笑みを浮かべたまま、ゆっくり近づいてくる。
間合いに入ったら即攻撃――魔姫は緊張しながらも、構えていた。

王子「僕は魔姫様の実力を舐めてはいない…だから容赦はしない」

王子はそう言いながら剣を抜く。

王子「結構痛いかもしれないけど――ごめんね?」ニコッ

魔姫「――っ!!」

王子は魔姫と距離を詰めると、剣を振る。
魔姫は瞬時に回避したが、頭上の風切り音で切れ味を悟った。

魔姫(な、何、私のこと殺すつもり!?)

王子「流石、魔姫様…じゃあ、これはどうかな?」ブンッ

魔姫「くっ!」バッ

次から次へと繰り出される攻撃を回避する。王子と距離を取ろうとするが、その距離は広がらない。

魔姫「でりゃっ!」バキィ

隙を見つけて攻撃を叩き込んでみても――

王子「ハアァーッ!!」ブンッ

魔姫(き、効いてない!?)サッ

攻撃、防御、素早さ…王子の弱点がどこにも見つからない。
そして――

ガッ

魔姫「…っ!!」

魔姫は壁際に追い詰められ、顔スレスレの壁に、剣が突き刺さっていた。

63 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:17:59.68 ID:WB90AVj00
王子「ふぅ、捕まえた♪ 魔姫様、負けを認めるね?」

魔姫「…っ、誰が!!」

頭の中では負けだとわかっている。
だけどそれを認めるのは癪だった。

王子「フゥー、強情だなぁ。ま、魔姫様が認めなくても、負けは負けなんだけどね」

魔姫「…!」

王子はゆっくり顔を近づけてくる。
その瞬間、魔姫の頭の中でキスされた時のことがフラッシュバックした。

魔姫「…」ペッ

王子「…っ」

魔姫「誰があんたなんかに屈するもんですか…! あんたに触れられる位なら、死んだ方がマシ!」

王子「…本当、強情だね」

唾を拭う王子の顔から笑いが消えた。

王子「やっぱり、痛い目に遭わないと駄目みたいだね…!!」

魔姫「…っ!!」

そして王子の手が、魔姫に伸び――

64 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:18:25.75 ID:WB90AVj00
ドスッ

王子「…っ!?」

魔姫「え…っ!?」

魔姫の目の前で光るのは、血に染まった銀の刃――ダガーだ。ダガーが、王子の腕に突き刺さっていた。
このダガー、見覚えがある…。

と、その時。

王子「……!!」

王子の体に鎖が巻き付いた。よく見ると鎖には刺がついていて、王子の体の至る所で血が滲んでいる。

「ボーッとするな!」グイッ

魔姫「あ…」

そして手を引かれ、魔姫はようやく状況を理解した。

ハンター「こっちだ、走れ!」

魔姫「あんた…!!」

ハンターが、自分を助けに来たのだと。

65 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:18:59.79 ID:WB90AVj00
魔姫「あんた、どうして…」

長い廊下を走りながら、魔姫はハンターに尋ねた。

ハンター「…借りを返しただけだ」

魔姫「あら、どんな借りかしら?」

ハンター「とぼけるな。…魔石のことだよ」

ハンターはそう言って懐からペンダントを取り出した。
魔姫が壊した鎖はそのままになっている。

ハンター「これは使用者の力を上げる代わりに、使用者の生命力と理性を吸い込むそうだな…。助手が調べてくれた」

魔姫「…そうよ。そんなものを装備するなんて、どうかしてるわよ」

ハンター「王子に渡されたんだ。…お前が鎖を壊さなかったら、俺はどうなっていたことか…」

魔姫「ふん。お節介を焼いたばっかりに、こうして捕まっちゃったわ」

ハンター「だからこうして逃げる協力をしているだろう。これでチャラにしろ」

魔姫「足りないわね~」

ハンター「そう言うな。俺もかなり自分の立場を悪くしているんだ」

ハンターはさらりと言ったが、確かにそうだ。相手はこの国の王子。その王子に危害を加えたとなると、打ち首ものではないか。
そうなればハンターは逃げるしかなくなり、人間社会での居場所が無くなってしまう…。

魔姫(こいつ、それをわかってて来たの…?)

ハンター「…あそこの階段を上れば、魔封じは解ける」

魔姫「そう」

階段まであと少し――という所だった。


王子「よくもやってくれたねぇ?」

ハンター「!」

魔姫「げっ」

66 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:19:28.02 ID:WB90AVj00
階段から王子が現れた。
先ほどの鎖で全身に怪我を負っていたが、その立ち姿は平然としている。

それどころか、大きく剣を振り上げ――

王子「戻って頂くよ魔姫様…そしてハンター、お前は殺す!!」バッ

王子は一擊を叩き込んできた。
床が大きくえぐれる。2人ともとっさに回避したが、王子の剣はしつこくハンターを追う。

王子「まずはお前からだ、裏切りやがって!」

ハンター「くっ!!」

一方的な攻撃にハンターは回避するしかできない。

魔姫(あれだけのダメージを負いながら…あの王子、何者なの!?)

ハンター「…おい、何ボサッとしてやがる! さっさと逃げろ!!」

王子「ハアァ!!」ズシュッ

ハンター「ぐぁっ……」

王子の剣がハンターの胸元を切り、ハンターは床に膝をつく。

王子「フフ…さぁ魔姫様、邪魔者はいなくなった…さぁ!!」

魔姫「い…いや……」

魔姫はガタガタ震えた。
得体の知れない王子が、ただただ怖くて。逃げ場を失い、足が動かない。

王子「絶対に逃がさないよ…僕の……魔姫様ぁっ!!」

魔姫「……っ!!」




「魔姫ぇーっ!!」


魔姫「…えっ?」

67 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/01(日) 17:20:04.54 ID:WB90AVj00
王子「…!?」

突然上から降ってきた何かが、王子の視界を塞いだ。
上から降ってきたもの、それは――

猫耳「魔姫に、ひどいことするなー!!」

王子「くっ…離れろ!」

魔姫「ね、猫!?」

どうして猫が――って、今はそんなこと考えている場合じゃない。

猫耳「逃げろ魔姫、早く、今の内に!!」

魔姫「ば、ばか言ってんじゃないわよ! あんた、どうして……!」

先に外に出ていろと言ったはずだ。なのに――いや、わかっている。猫耳は、自分を置いて逃げるような奴じゃない。
わかっていたはずなのに――

猫耳「魔姫、お願いだ、早く……」

魔姫「冗談じゃ……」

ハンター「言い争ってる場合か…!」グイッ

魔姫「ハンター…!」

ハンターは大量の血を流しながらも、しっかり魔姫の手を握った。

ハンター「逃げるぞっ!!」

魔姫「待って…猫、猫っ!」

ハンターに手を引かれ、階段を駆け上がる。
やがて猫耳達の姿が見えなくなる――だけど遠くで、悲鳴が聞こえた。


猫耳「ああぁ――っ!!」

魔姫「猫――っ!!」


今すぐ駆けつけたいのに、魔姫はハンターの手を振りほどくことすらできなかった。

71 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 18:59:43.22 ID:U0JZS91/0



ハンター「ようやく…外に出られたな…」

魔姫「…っ」

逃亡が終わり、ようやくハンターは魔姫の手を離した。
だが魔姫の方は、言いたい文句が溜まっている。

魔姫「あんたねぇ! 何て強引な…」

ハンター「後にしろ…」

魔姫「え?」

ハンターは突然、その場にドサッと倒れた。

魔姫「え、ちょっ!?」

ハンター「無理してたんだよ…察しろ」

魔姫「無理してたって…ちょっと、追っ手が来たらどうするの!?」

ハンター「………」

ハンターは目を開けない。息はしている…ということは、気絶しただけか。
魔姫はその場にへたりこむ。ハンターにぶつけるつもりだった感情も吐き出せぬまま、頭の中でぐるぐるしている。

魔姫「勝手に気絶してるんじゃないわよ…。あんたをこのまま放っておけないじゃない…」

魔姫はハンターに寄り添う。
王子にやられた傷が深く、このままにしておいては危険に見える。
だが魔姫は回復魔法を使えないし、治療の仕方もわからない。

魔姫「どうしろってのよ…」

そう、途方に暮れている時だった。

助手「脱出に成功したようですね」

魔姫「あ、あんた…」

物陰から助手が姿を現した。

72 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:00:13.15 ID:U0JZS91/0
助手「ハンター様より外で待機しているよう仰せつかっておりました。どうやら重傷を負われたようですね」

魔姫「…言っておくけど私は頼んでないからね、ここまでしろなんて」

助手「責任を感じる必要はありませんよ。誰も貴方を責めません」

魔姫「だ、誰が責任なんて感じるもんですか! こいつが勝手に…」

助手「ハンター様…命に別状はないようですね。"回復魔法”」

助手が傷口に手をかざすと、傷はみるみる塞がっていく。
これで一安心だ。

魔姫「…良かったわね。私はもう行くわ」

助手「お待ち下さい」

魔姫「何よ?」

助手「ハンター様を運ぶのを手伝って下さい。追っ手に見つかってはまずいので」

魔姫「………」

不服に思いながらも、魔姫はそれを承諾した。

73 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:00:46.53 ID:U0JZS91/0
魔姫(全く…女の子が男を背負うなんて、どういうシチュエーションよ)

助手「あそこです」

魔姫「あら」

助手に案内されやってきたのは、人里離れた屋敷だった。
屋敷と言っても外観からしてボロボロで、廃館のような雰囲気だ。

魔姫「あんたら、こんなとこで生活してるわけ?」

助手「いえ。家はありますが、この状況では戻れないでしょう。あれはハンター様のねぐらの1つです」

魔姫「ふぅん…。そういえばハンターってお母さんいるんでしょ、残してきて大丈夫なの」

助手「城に乗り込む前に避難済です。ご心配には及びません」

魔姫「あぁ、そう……」

ギシギシ軋む床を歩き、部屋のベッドにハンターを寝かせる。
呑気に寝息をたてるハンターが憎らしい。

助手「ありがとうございました。奥の部屋が空いてますので、貴方もお休み下さい」

魔姫「結構よ。もう私は行くわ」

助手「どこへ行くのですか?」

魔姫「…どこだっていいじゃない」

助手「失礼」

魔姫「え…っ!?」

助手は魔姫に手を差し出す――と同時に、

魔姫「きゃあぁっ!?」ドサッ

その手から放たれた衝撃波に、魔姫は倒れた。

助手「いつもの貴方ならこの程度、防御できたはずです。今はお疲れで力も出せないのでしょう」

魔姫「………」

助手「体をお休め下さい。万全の力を出せない状態で捕まっては、ハンター様のされたことが無駄になります」

魔姫「…わかったわよ」

何も反論できず、魔姫は廃館で体を休めることにした。

74 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:01:28.94 ID:U0JZS91/0
魔姫「……」

眠ることができない。
休まなければいけないとわかっているのに、ぐちゃぐちゃな感情が頭を支配していた。

魔姫(猫……)

猫耳は生きているだろうか。
感情がぐちゃぐちゃしている時は、いつも猫耳が側にいてくれた。どんなに苦労をかけても、絶対に自分の側からいなくなることはなかった。

魔姫「王子……猫に何かあったら殺すからね…!!」

ハンター「落ち込み方も可愛げがないな」

魔姫「えっ」

隙間だらけの壁の向こうから声がしてから、ドアが開いた。

ハンター「助かったようだな、互いに」

魔姫「あらあんた、命拾いしたの」

ハンター「…悪かったな、生きてて」

ハンターはそう言うと部屋に入ってきて、魔姫の隣に腰を下ろす。

魔姫「ちょっと、勝手に何やってんのよ。デリカシーのない奴ね」

ハンター「何だ。慰めはいらなかったか?」

魔姫「え?」

ハンター「鼻のすする音が俺の部屋まで届いて睡眠どころじゃなかった。…それとも、鼻風邪か?」

魔姫「…っ!」

どれだけボロ家なのだ、ここは。

魔姫「何よ、あんたのせいじゃない! そもそもあんたが私を捕まえに来なければ、今頃…!!」

ハンター「悪かった」

魔姫「っ」

ハンターはあっさりと頭を下げた。

75 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:01:59.86 ID:U0JZS91/0
ハンター「非を認める。現状は、俺のせいだ」

魔姫「……何よ」

ぐちゃぐちゃの感情を、八つ当たりのような形でハンターにぶつけようとしたのに。

ハンター「王子から依頼を受けた時も、俺は深く考えていなかった…その結果がこれだ。この頭の悪さに、自分で呆れている」

魔姫「そうよ…もっと考えて行動しなさいよ」

こうも簡単に頭を下げられては、感情をぶつけにくて。

ハンター「お前を襲った挙句、お前に助けられて…わかっている。あの程度では、お前に何も返せていない」

悪いのは王子だって、わかっているのに。

ハンター「俺にできるのは、この命をお前に捧げることだけだ――」

魔姫「…ばかじゃないの」

猫耳といい、こいつといい、勝手だ。
自分を助ける為に勝手に行動して、勝手に傷ついて。肝心の自分は、そんなこと望んでいないというのに。

魔姫「あんたのチンケな命なんていらないわよ。死にたいなら私の関係ない所で勝手に死になさい!」

ハンター「それもそうだな、悪かった」

ハンターはフッと笑った。
彼が何を考えているのか、魔姫にはさっぱりわからない。

76 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:02:47.28 ID:U0JZS91/0
ハンター「あの猫坊主なら無事だろう」

魔姫「!」

脈絡もなくハンターはそう言った。

ハンター「あの猫坊主はお前を誘い出す餌になる。だから、王子も殺しはしないはずだ」

魔姫「どうしてそう言い切れるの」

ハンター「王子の性格の悪さを考えれば、それくらい想像がつく」

魔姫「…確かにね。それなら近い内に、王子は猫を餌にして罠を仕掛けてくるはずだわ」

ハンター「その時になって万全の力が出せずに捕まってはどうしようもないな。だから体を休めておけ」

魔姫「…そうね」

少なくとも、猫耳が生きているだろうという希望が見えただけでも、多少は気が晴れた。
でもそう考えたら今すぐにでも猫耳を助けに行きたくてウズウズして…。

ハンター「何だ、これでも眠れんのか」

魔姫「そうね…どうも眠れそうにはないわ」

ハンター「添い寝でもしてやろうか」

魔姫「……」

本気なんだか冗談なんだかわかりやしない。そもそもこのハンター、冗談を言うタイプには見えなかったが。

魔姫「結構よ。あんたこそさっさと寝なさいよ、死に損ない」

ハンター「本当にひどいなお前は」

魔姫「ひどいのは、あんたの冗談のセンスよ」

ハンターを追い出し、魔姫は横になると布団を被った。
今度は声が誰にも聞こえないように…。

魔姫「月は夜を照らし~…」

口ずさむのは子守唄。父が歌ってくれた思い出の歌。この歌は心を落ち着かせてくれる。

魔姫(待っててね猫…絶対、助けるから……)

そう強く決意する。歌を何度か繰り返す内、魔姫は自然と眠りについた。

77 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:03:36.92 ID:U0JZS91/0
>城下町


勇者「何だー…?」

夜中トイレに目を覚ました勇者だが、何だか窓の外が騒がしい。
兵たちが外を走り回り、何だかバタバタしている。

勇者「何かあったのか…!?」

勇者は夜間着の上に上着を羽織り、手には剣を持って、外に出た。

勇者「おい、どうしたよ」

兵士「あ…勇者様。実は…捕らえていた魔物が脱走しまして」

勇者「何だって! それなら町に避難勧告を出せよ!」

兵士「いえ…あの魔物は、町を襲わないはず」

勇者「はい??? じゃあ何で君ら、そんな焦ってんの」

兵士「王子様の命令です…。王子様はあの魔物に、大変ご執着されていまして…」

勇者「王子が…? 何、どんな魔物?」

兵士「聞く所によると…魔王の娘だとか」

勇者「!!?!?」

勇者(どういうこったよ…王子の奴、魔姫さんを捕らえていたのか? で、逃げたって…)

78 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:04:09.36 ID:U0JZS91/0
勇者は城に駆け込んだ。
別に、王子に文句を言うつもりはない。魔姫は勇者の想い人ではあるが、勇者にとっては王子の方が付き合いの長い親友だ。
だからこの機会に、どういうつもりで魔姫を追っているのかを聞いてみようと思った。

勇者(あ、王子だ)

謁見の間の扉が少し開いていて、そこに王子の姿を見つけた。

勇者「王子ー…」

王子「…許さん」

勇者「え?」

勇者はそこで足をピタリと止めた。

王子「人間め…見つけ出して、ハラワタを引きずり出してやる…。『我』の邪魔をする者は、1人残らず……」

王子は勇者が覗いていると気付いていない様子だ。
その低くかすれた声も、禍々しい形相も、勇者の知る王子とはかけ離れている。

勇者(どうしちまったんだよ、王子……)

勇者は戸惑い、王子に声をかけられずにいた。

79 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:04:38.71 ID:U0JZS91/0
>翌日


魔姫「…さーてと」

目が覚めたのは、まだ薄暗い時間。昨晩は4時間くらいしか寝ていない。だが魔姫の調子は良い。
試しに空に一発魔法を放ってみれば、魔法は大きな花火となって魔姫を祝福した。

魔姫「フフッ。やっぱり、これくらい景気良くいかないとねぇ」

窓辺で魔姫はバサッと翼を広げる。
気分は爽快だ――だってこれから、憎たらしい男をボコボコにできるのだから。

魔姫(王子は只者じゃない。正直、魔力が戻ったからって勝てるとは限らない。でも…)

魔姫「危険は承知! ここで逃げたら女がすたるってものよ! 仕掛けられる前に、こっちから仕掛けてやるわ!!」

そして魔姫は飛び立つ。向かうは王城、一直線。

80 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:05:23.06 ID:U0JZS91/0
ドガアアァァン

王城の朝は、不穏な爆発音で始まった。
当直の兵士たちがざわつき始め、城内は騒がしくなる。

兵士「あっ、王子!」

既に正装に着替えていた王子が廊下に出てきた。
あまり眠っていないはずだが、顔色は良い。

兵士「只今、爆発の発生源を探っております!」

王子「…必要ないよ」

兵士「え……?」

王子「フフ…戻ってきてくれたんだ」

王子はそう言うと迷いなく、ベランダに足を進めた。
勢いよくベランダのドアを開けると――いた。

王子「ご機嫌よう…僕の愛しい人」

魔姫「あらご機嫌よう、相変わらず反吐の出る面ねぇ」

魔姫は上空で翼を広げ、王子を見下ろしていた。

王子「その傲慢さもまた愛しい…今日こそは僕のものになってもらうよ」

魔姫「猫はどこ」

魔姫は王子の言葉を無視して言った。
王子はやれやれ、といった様子でため息をつく。

王子「こちらで預かっているよ」

魔姫「返しなさい。じゃないと…」

魔法を放つ。狙いは、城の屋根――
屋根は爆発と共に、粉々に粉砕された。

魔姫「城全体をこうするわよ」

王子「おや、これは参ったね。さーて、どうしようか……」

――ドカアァァン

魔姫は無言でもう1発魔法を放ち、今度はバルコニーを破壊した。

王子「考える時間もくれないわけか。わかった、あの猫を返そう」

81 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/02(月) 19:05:58.57 ID:U0JZS91/0
王子が兵を呼び、何か耳打ちする。
少しして兵士は、小さなゲージを持って戻ってきた。

魔姫「猫!!」

ゲージの中には、猫の姿の猫耳がいた。
何やらグッタリしていて、魔姫の呼びかけにも反応しない。

魔姫「あんた…猫に何したの!?」

王子「ちょっと痛めつけただけだよ。殺してはいない。…あ、でもこのまま放置したら、どうかわからないけどね」

魔姫(…王子の奴は私刑決定だわ)

ゲージから猫耳が出され、床に置かれる。

王子「さ、取りにおいで」

魔姫「あんたはここから消えて」

猫耳を拾いに行った時に何かを仕掛けられるのは目に見えている。
しかし、王子は涼しい笑みを浮かべたままだ。

王子「そうはいかないね、魔姫様が何をしでかすかわかったもんじゃない。…ま、取りに来ないのなら、それでいいけど」

魔姫(くっ)

猫耳は王子の側にいる。もし自分が下手なことをすれば、猫耳に危害を加えられるかもしれない。
行くしかない――王子の間合いに入るとわかっていても。

魔姫(上等…返り討ちだわ)

決心し、魔姫はベランダへ降り立った。
一歩、もう一歩、王子との距離が近づく。

あとわずか、絶対に警戒を解かないで――

――ガキィン

王子「おやおや魔姫様、大した勘だね」

魔姫「バレバレなのよ、バカの思考回路は」

魔姫は硬い宝石のブローチで、王子の剣を受け止めていた。

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/02(月) 21:09:46.83 ID:SdhKhVT8O
ブローチで剣を止めるとかカッコよすぎ

84 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:36:04.44 ID:bh9UjSJo0
魔姫「まぁ丁度いいわ。あんたは許さないと、さっき決めたばっかりなのよね」

王子「へぇ? だったらどうするの?」

魔姫「こうするのよーっ!!」

王子「――っ」

手から衝撃波を放つ。
これで吹っ飛んでくれたら――と目論んだが、王子はその場に踏みとどまった。

王子「うん、いい目覚ましになったよ」

魔姫「相変わらず、人間離れした耐久力だこと」

王子「今度はこっちから攻めるよ!!」

王子は間合いを詰め、剣を叩き込んできた。
防御と回避を繰り返し、魔姫はバサッと上空へ飛んだ。

王子「逃がさないよ!」バッ

魔姫「追ってくると思ったわ」

魔姫はニヤリと笑った。
あの部屋でやり合った時と違い、ここは室外。空中での勝負は魔姫に有利。

魔姫「行っけええぇぇ、突風の刃!」

王子「…っ!」

四方八方から、風の刃が王子に突き刺さる。
空中では回避も防御もしようがなく、王子の全身から血が噴き出る。

落下の際、王子は体勢を整えられず、全身を床に強く叩きつけた。

魔姫(かなりのダメージを与えられたはず…)

手応えは十分にあった。

85 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:36:38.14 ID:bh9UjSJo0
しかし…

王子「あぁ~、容赦ないなぁ。殺す気?」

魔姫「はあぁ!?」

王子は何事もなかったかのように立ち上がる。これには、魔姫も素っ頓狂な声をあげた。
急所を避けたとはいえ、命を奪う一歩手前程度のダメージは与えたつもりだ。

王子「さぁ、戯れを続けようか。僕は楽しいよ、魔姫様」

だというのに、剣を構える王子はまるで――

魔姫「あんた、まさか…痛みを感じないの!?」

王子「さぁ、どうだろうねぇ」

曇りのない笑顔から、真相は読めない。

王子「でも魔法を使われたら、流石にこちらが不利だねぇ。…少し頭を使うことにするよ」ダッ

魔姫「あっ!?」

王子はこちらとは違う方向に駆けた。
その先にいるのは――猫耳だ。

魔姫「しまった!」

王子「さぁ~て…」

王子は猫耳に向かって剣を振り下ろす。

魔姫「させるか――っ!!」

助けは間に合う。間に合うけど――

魔姫(猫に気を取られて、そこを攻撃される!!)

魔姫が使える遠距離からの魔法は攻撃範囲が広く、王子に向けて放てば猫耳を巻き込む。だから、接近するしかない。
危険だと、わかってはいた。だけど、猫耳を見捨てるなんて選択肢はなかった。

魔姫「猫っ…」

間に合った。王子と猫耳の間に入り込むことはできた。
だがその時既に、王子は攻撃準備を万端にしており――

王子「捉えたよ、魔姫様ああぁぁっ!!」

魔姫「――っ!!」




ハンター「全く…世話が焼ける」

王子「っう!?」

魔姫「…えっ!?」

86 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:37:10.61 ID:bh9UjSJo0
王子が横に転げていった。
魔姫の目の前にはハンター。たった今、彼が、王子に飛び蹴りをお見舞いしたのだ。

ハンター「おい、怪我はないか」

魔姫「え、えぇ」

ハンター「この猫か」

ハンターは猫耳を拾い上げる。
それと同時、王子が起き上がった。

王子「ハンター…自分からノコノコ来るとはなぁ…!! 裏切りおって、殺す! 殺してやる!!」

ハンター「…っ!!」

自分めがけて突っ込んでいく王子から、ハンターは即座に逃げ出した。
だが王子とハンターの距離はあっと言う間に縮まり…。

ハンター「チッ!!」

ハンターは猫耳をベランダから放り投げた。
と同時――

ハンター「…っ!!」

王子の剣がハンターの腹を破った。
剣を抜くと、大量の血を流してハンターは倒れた。

魔姫「ハンター!!」

ハンター「カハッ…猫坊主は…」


助手「受け取りましたよ、ハンター様!」


ベランダの下で、助手が猫耳を抱えていた。

87 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:37:41.43 ID:bh9UjSJo0
王子「さて…首を切り落としてやろうか、裏切り者め……」

魔姫「…っ、させるかああぁぁっ!!」

王子「――っ」

魔姫の放った衝撃波で、王子は吹っ飛んでいった。
あの王子なら、これも大したダメージにならずに戻ってくると思うが…。

魔姫「あんた! 何でこんな無茶を!」

ハンター「…仕方ないだろう」

ハンターは腹と口から血を流しながらも、平然とした態度で言った。

ハンター「言っただろう、お前に命を捧げると」

魔姫「いらないって、言ったのに……」

ハンター「そう言うな。俺程度の力でも、猫坊主を助ける程度はできた。…これで俺を許せ」

魔姫「許すも何も…感謝してるわよ、ばか!!」

ハンター「そうか」

ハンターはフッと笑った。
そしてベランダの手すりに掴まり、何とか立ち上がる。

ハンター「これで何の懸念も無くなっただろう。思い切り戦え」

そう言うとハンターはベランダから飛び降りた。
ドスンという音と同時に「いてえっ!」と声が聞こえたが、とりあえず生きているようだ。あとは、助手の回復魔法で助かるだろう。

問題はこちらだ――

王子「よくもやってくれたねぇ」

案の定、王子はピンピンしながら戻ってきた。
だが――ハンターの言う通り、何の懸念も無くなった。

魔姫「これで本当の本気を出せるわぁ…」ゴゴゴ

王子「え?」

魔姫「覚悟なさい馬鹿王子! 後悔する位、痛めつけてやるから!!」

魔姫は思い切り、魔力を滾らせた。

88 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:38:23.19 ID:bh9UjSJo0
王子「これは…!!」

魔姫を中心に床がひび割れる。空気が周囲を突き刺し、戦いを見ていた兵士達がざわつき始めた。
翼を広げていないというのに魔姫は宙に浮かび始めた。髪が逆立ち、赤い目はただ一点――王子を捉えている。


猫耳「出た…魔姫の究極技だ」

助手の回復魔法を受け、目を覚ました猫耳はそう言った。
只者ではない魔力を感じ取り、助手は自分達を守るように『壁』を作った。


王子「これが…これが、魔王の血を受け継ぐ者の……!!」

王子は身震いしながらも歓喜していた。
危険だと本能が悟っている。それでもここから離れたくない。麻痺しているせいか、魅了されたせいか、それはわからない。

王子「来てよ魔姫様ぁっ! 僕が受け止めてあげるよ、さぁ、さぁ、さああぁぁ!!」

魔姫「はああぁぁ――っ!!」


そして――一瞬のことだった。

魔姫が王子に体当たりした瞬間、空気が破裂した。

2人を中心に城は破壊され、周囲にいた兵士達も吹っ飛ばされた。

衝撃の波が城の周囲に爆風を巻き起こし、地面を揺らした。


助手「何て凄まじい威力……!!」

ハンター「あー…可愛い顔してても、やっぱ化物か」

猫耳「魔姫…!!」

89 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:38:53.97 ID:bh9UjSJo0
魔姫「…呆れた」

王子「フ、フフ……」

魔姫「あんた、本当に何者よ……」

王子は床に伏しながらも、まだ笑っていた。
命を奪うつもりはなかったから、足を狙った。だから彼の足はもう使い物にならないはずなのに、それでも立とうともがいている。

魔姫「ま、これでもう追ってはこれないでしょ。私はもう帰るわよ」

王子「まだだ…!!」

王子は剣を床に突き立て、無理矢理立ち上がった。
その様子はあまりにも痛々しく、魔姫も流石に心配になってきた。

魔姫「そのままだとあんた、出血多量で死ぬわよ!? 私、王子殺しの罪人なんて冗談じゃないわよ!!」

王子「罪なものか…魔姫様は僕と結ばれ、そして……僕の野望は、叶うんだ!!」

魔姫「野望? 何を言っているの…?」

王子「魔姫様ぁ…」

ギラつく王子の目。その目にこもっているのは『執念』と『執着』。
あまりにも異様なその感情に、魔姫は身震いした。

王子「僕は、僕は僕は僕は!! 絶対に、絶対に諦めないよ、魔姫様、魔姫様、魔姫様あああぁぁぁ!!!」

魔姫「ひっ……」

90 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:39:20.63 ID:bh9UjSJo0
ざくり。


王子「……は?」


それは、唐突すぎる一擊だった。

王子「何…これ?」

王子の胸を、刃が貫いていた。

魔姫「あんた……」

あまりもの急展開に頭がついて行かず、魔姫はその剣を突き刺した人物に声をかけた。
だがその相手は、この空気にも関わらず――


勇者「ごめんごめん、寝坊した! 遅れて登場、勇者様!」


陽気に、呑気に、名を名乗った。

91 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:39:51.10 ID:bh9UjSJo0
王子「カハ…っ!!」

心臓を刺されたのか、王子は大量の血を吐いてその場に倒れた。
顔色はどんどん青くなり、目は光を失っていく。

兵士「お、王子様が…」

兵士「勇者様が、王子様を殺した!!」

兵士達はざわめき、そして王子を殺した勇者を取り囲んだ。


猫耳「…これ、どういう状況?」

ハンター「俺が知るか」

助手「勇者様、何故…」



魔姫「ちょっと勇者!! 何で殺したのよ!?」

勇者「王子は俺の親友だから――」

魔姫「はっ……?」

勇者「だからこれ以上、我慢ならなかったんだよ…おい正体現せ、化物!!」

王子の遺体に怒鳴りつける勇者。
すると――

王子?「フ、フフフフ……」

魔姫「!?」

王子の体から黒い「もや」が出てきた。
作り物のように美しかった王子の顔は、見る影もなくドロドロに溶けていく。
そしてその「もや」は魔物の形を作り――


悪魔王「久しいな…魔姫よ」

魔姫「な、何者!?」

92 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:40:41.24 ID:bh9UjSJo0
猫耳「あ、悪魔王…!!」

ハンター「何だ、あいつは!?」

猫耳「何年か前、魔物の国で大きな反乱が起きた。その反乱軍の戦闘に立っていたのが、あの悪魔王だ」

助手「何故、王子様の体に…」

猫耳「悪魔王は魔王様に敗北し、姿を消した……。追っ手の目を欺く為に、王子の体を乗っ取ったんだ!!」


悪魔王「王子の体を乗っ取り、魔姫を手に入れ――この世界を掌握するつもりだったのだが……」

魔姫「…なるほど、ようやく執着された理由がわかったわ」

王子――いや悪魔王の狙いは、自分に受け継がれる魔王の力だったのだ。
自分から力を吸収し、ついでに子でも孕ませれば、恐ろしい血筋を持った子が生まれる。

悪魔王「もう王子の体は使い物にならん。こうなれば……」

魔姫「っ!」

悪魔王は魔姫を睨む。
こうなれば、この姿で魔姫をものにする――そう言う目だ。

魔姫(くっ…さっきので力をほとんど使ってしまったわ…!!)

勇者「魔姫さん、ここは俺に任せて」

魔姫「勇者!」

勇者は魔姫の前に出た。

93 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:41:34.88 ID:bh9UjSJo0
勇者「てめぇ~…よくも、王子の体で好き勝手してくれたな?」

悪魔王「勇者か…王子の体が乗っ取られていると気付かずに、よく親友が名乗れたものだな?」

勇者「黙れ」

勇者は低く重い声で悪魔王を威嚇する。
その声に込められた怒りに、魔姫もビクッと肩を鳴らした。

勇者「病弱だった王子が回復したのは、お前が体を乗っ取ったからか?」

悪魔王「我に体を差し出したのは、王子の方だぞ? 王子は自分の病弱な体を嫌っていたからなぁ」

勇者「お前が弱みにつけ込んだんだろ、ゼッテェ許さねぇ!!」

ハンター「やれ勇者。そいつは魔王より格下だ、お前なら倒せる」

悪魔王「それはどうかな」ニヤリ

勇者「何が言いたいんだ?」

悪魔王は「ククッ」と含み笑いすると、ある物を手に召喚し見せつけてきた。
あれは――王子がハンターに渡した魔石だ。

悪魔王「お前が魔王を討てたのは、この魔石の力によるものだ! 魔石を持たぬお前の力など知れているわ!!」

勇者「…あぁ、あの魔石か」

悪魔王「勇者よ、まずは貴様から死ねええぇ――っ!!」


悪魔王は全身に魔力を滾らせ、勇者に襲いかかった――




勇者「…誰が死ぬかああぁぁっ!!」

悪魔王「―――っ!?」

94 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:42:14.16 ID:bh9UjSJo0
悪魔王はしばらく、自分の体を見ていた。
信じられないのも無理はない――

体は、見事に真っ二つだ。


悪魔王「な……っ!?」


切り口から「もや」が発生し、悪魔王の体を侵食していく。そのもやはどんどん、空気の中に消えていった。
それが、血が通らぬ体を持つ悪魔王に訪れる『滅び』である。

勇者「あの魔石なぁ…」

既に戦いは終えたと言わんばかりに、勇者は剣を鞘に収めた。

勇者「俺、家に忘れて行ったんだよな。使ってねぇわ、1回も」

悪魔王「な…っ!?」

悪魔王は信じられないといった顔をした。

勇者「俺に小細工なんていらないんだよ。とっとと消えろ、小物が!!」

悪魔王「馬鹿…な……」


そして、悪魔王の体は全てもやに侵食され、肉体は消滅した。

95 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:42:47.84 ID:bh9UjSJo0
魔姫「勇者…王子は……」

勇者「…うん」

勇者は王子の亡骸に視線を落とす。

勇者「あの小物に体を乗っ取られなかったら、王子はもっと早く病気で死んでいたかもしれない。…どの道、死は避けられなかったんだよ」

そう言いながらも勇者の顔は憂いていた。
自分の手で親友を葬った…その心境は、いかなるものか。魔姫には、想像がつかない。

勇者「…でも体を乗っ取られてからも、王子は俺の前では昔の王子だった。王子にはちゃんと、王子の意識も残っていた…。俺はそう信じたい」

魔姫「…そうね」

だとしたら…。

ハンター「王子が魔姫に向けていた執着は悪魔王のものだろうが…魔姫への想いは、王子のも混ざっていたかもしれんな」

魔姫「……」

今となっては、それはわからないけれど。

96 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:43:34.51 ID:bh9UjSJo0
この事件は目撃者が多数いた為、勇者は王子殺しの罪に問われることはなかった。
息子を失った国王の悲しみは、盛大な葬儀という形で晴らされた。

ハンター「そしてお前はまた世界から持て囃される、と」

勇者「もう勘弁してくれ、魔王を倒した時点で俺の仕事は終わってるっての」

ハンター「まだ、そうとは言えんぞ。…世界が完全に平和になるまで、な」

勇者「俺が生きている間に、そうなるのかねぇ」

まだまだ魔王軍の残党は残っている。
中には新たな魔王として君臨しようと潜んでいる者もいるだろう…悪魔王のように。

ハンター「新たな魔王は生み出させん。…俺たち、残党狩りを生業とする者がいる限りな」

勇者「……お前、大分いい顔になったよ」

少し前のハンターは、魔物のことを口にするだけで、憎悪が顔に浮かんでいた。

勇者「俺はお前に1つ謝らないといけない」

ハンター「何だ?」

勇者「憎しみを糧に命を賭けるな――以前お前にそう説教したけど、俺は…」

ハンター「…あぁ」

憎しみの感情で悪魔王を葬った。それは、以前のハンターと変わりはない。

ハンター「そんな顔をするな、勇者。…お前や魔姫が、憎しみに囚われた俺を変えてくれたんだ」

勇者「ハンター…」

ハンター「…これからもお互い、戦っていこうぜ…平和の為に」

勇者「…そうだな!」

勇者とハンターは、互いに拳を合わせた。

97 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:44:08.54 ID:bh9UjSJo0
魔姫「あらあら、2人とも仲が良いのねぇ」

ハンター「魔姫か」

勇者「魔姫さんっっっ!!」ピシッ

魔姫「感謝するわ勇者。あんたが国王に進言してくれたお陰で、私は残党狩りの対象外になったわ」

猫耳「これでもうコソコソ隠れて生活しなくて済むねぇ」

勇者「そりゃ、もうっ!! 魔姫さんの為ならこの勇者、例え命を投げ打ってでも……」

魔姫「今は人間よりも、下手な身内の方が厄介ね。悪魔王より強い力を持った奴はまだまだいるわ」

猫耳「氷山の一角だろうねぇ」

ハンター「勇者、こいつら聞いてないぞ」

勇者「俺は、俺は魔姫さんのことが…っ!!」

ハンター「お前も話を聞け!!」ユッサユッサ

魔姫「宣言するわ!! 私は魔王の娘として、平和に尽力しましょう!!」

ハンター「お、そうか。まぁ気をつけろよ、悪魔王みたくお前そのものを狙う奴もいるだろうし…」

魔姫「何を言っているのハンター、あんたもよ」

ハンター「は?」

魔姫「私も残党狩りハンターを始めるから、助手を宜しく」

ハンター「………」

ハンター「はあああぁぁぁ!?」

勇者「はあああぁぁぁ!?」

98 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:44:46.97 ID:bh9UjSJo0
ハンター「な、な、何を言ってやがる!? 何で俺が助手なんだ!?」

魔姫「あら、アンタ私に命を捧げるって言ったじゃない」

勇者「あっ、てめぇ!! 抜けがけで魔姫さんに告白しやがってえええぇぇ!!」

ハンター「それはもう返しただろ!?」

猫耳「『命捧げた』んだから、死ぬまで有効だにゃ」

ハンター「そんなんありかよ!? てか何で俺が助手なんだよ!?」

魔姫「それもそうね。じゃあ…下僕」

ハンター「もっと悪い!!」

勇者「いいないいなぁ…俺も魔姫さんの下僕になっちゃおうかなぁ」

ハンター「プライドを持て英雄!!」

助手「ハンター様…」

ハンター「あぁ助手!! お前もおかしいと思うよな!?」

助手「『ハンターへ 雇い主さんが見つかったんですって? それはとても心強いわね、母さんも安心です。くれぐれも雇い主さんに失礼がないようにね? 母より』 以上、奥様よりお預かりしたお手紙です」

ハンター「お前ええええぇぇ、母様にまで根回し済みか!?」

魔姫「さ、行きましょうか。猫、情報は入手しているわね?」

猫耳「うん、きのこの山で魔物が通行人を襲っているそうだよ。早速、ゴー!」

勇者「お供します、地獄の果てまでも!」

助手「きのこの山ですか…私はたけのこの里の方が好きですね」

ハンター「話を聞け、お前らああああぁぁぁ!!」


平和、それは私が最も強く願うもの。何世紀にも渡って争いを続けていたこの世界に平和が訪れるのは、難しいことなのかもしれない。
だが平和という目標があれば、魔物と人間は手を取り合える。それを自分達が証明してみようではないか。



魔姫「さぁ~て…皆、私について来なさい!!」


fin

99 : ◆WnJdwN8j0. [saga]:2015/11/03(火) 18:45:33.32 ID:bh9UjSJo0
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
ここから先は乙女ゲーみたく猫耳と勇者とハンターそれぞれルート分岐しry


過去作も宜しくお願いします
http://ponpon2323gongon.seesaa.net/

100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/03(火) 18:48:36.16 ID:kgMXva42o
楽しかった
乙!

101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/03(火) 19:28:00.09 ID:GQofa71E0
結構イッチのSS楽しみにしてるよ

102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/03(火) 19:31:43.07 ID:G9w9S8JSO
乙。面白かった
いつもサックリまとまってて羨ましい

105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/03(火) 19:59:11.17 ID:sL43mWRao
分岐ルート待ってる
posted by ぽんざれす at 11:00| Comment(0) | ss | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

【スピンオフ】魔術師「勇者一行をクビになりました」

魔術師「勇者一行をクビになりました」のスピンオフです



悪魔さんが魔王さんを倒し、悪魔王として君臨して半年。


暗黒騎士「悪魔、貴様あああぁぁぁ!!」

悪魔「いっけね、バレたっ☆ よし、レッツ逃避行!!」バッサバッサ

魔王「邪神の咆哮よ鳴り響け…"審判の檻”」ガシャーン

悪魔「イヤーン、ケダモノオオォォォ!! アタシをこんな檻に閉じ込めて、いかがわしいことでもするつもり!?」

暗黒騎士「誤解を招くことを言うな!! 悪魔王に君臨してから、毎日のように貴様はぁ…」ガミガミガミガミ

悪魔「そんなに言葉責めされると、アンッ、ハァッ…」ビクンビクン

暗黒騎士「は・な・し・を、聞けええええぇぇぇ!!!」


魔術師(あぁ…今日もやってる)


悪魔さんはしょっちゅう問題を起こしていた。


暗黒騎士「どういうつもりだ!! 雨の代わりに飴を降らせるなどと、正気か貴様ぁ!!」

悪魔「それだけじゃねぇ、なな何と!! 雨雲はわたあめなんだゼエェ!! これがホントの飴雲、なんつって~♪ イャハハハハ!!」

暗黒騎士「下らないなぁ、ああ下らない!!」

悪魔「マジかよ~。これがギャグセンスのジェネレーションギャップってやつか!!」

暗黒騎士「ギャグとかどうでもいい、本当に天気の神と交渉してきたのか!?」

悪魔「イャハハハハ!! アイツもノリノリだったぜ!!」

暗黒騎士「天気の神もグルかあああぁぁ!!」


魔術師(悪魔さん、反省してない……)

各地で飴が1メートルくらい降り積もったらしく、しかも気温が上がって飴が溶け始めた影響で、あっちこっちベタベタだとか。
ここ数日大雨が続いていて、災害一歩手前という所でこんな事態になった。大雨災害の心配は去ったけれど、こんな事態は前例がなく、学者さん達が頭を抱えていた。

悪魔「わかったわかった。反省文書くから、な?」

暗黒騎士「そういう次元の話じゃねえええぇぇ!!」

悪魔「暗黒騎士ぃ、あんまうるさく言うと…オーク☆ミ」

暗黒騎士「と、とにかく、何とかしろ……」


本当にどうするつもりなのか…。


魔王「邪神よ、魔境への道を開け…"虚無への扉”」

悪魔「飴が吸い込まれていくゼエェ~。邪神が糖尿になるんじゃねぇの、イャハハハ」

暗黒騎士「元凶は貴様だ!」

魔王「悪魔王様、戯れるなとは申しません。ですが魔物の王が戯ればかりでは、魔物達に示しがつきません」

悪魔「アァン? 逆だよ逆、魔物の王だから戯れが許されンだよ」

暗黒騎士「どういうことだ」

悪魔「イャハハハ、た~んじゅんなおハナスィ~」

悪魔さんはニヤッと笑った。

悪魔「どうせなら短い人生、目一杯楽しみてェだろォ。俺様みてェに好き勝手やりたきゃ、強くなりやがれ雑魚共が!! っつーことだよ」

呆れたのか、魔王さんも暗黒騎士さんも何も言えずにいるようだった。
だけど…

悪魔「魔術師ちゃーん、怒られちった~。えーんえーん、慰めて~」

魔術師「ぁはい…。ヨシヨシ…」ナデナデ

悪魔「えへへ、俺様立ち直ったヨ♪ ついでにアソコも勃っ」

魔術師「人生を楽しめ、かぁ…」

それが悪魔さんの行動の根本にあるものだと、私は感じていた。

魔術師(短い人生……)

悪魔さんからそんな言葉を聞くと――時々ふと、不安になる。

悪魔「スルーしないでよォ魔術師ちゃァん」クネクネ





>ある日


王国の使い「というわけで、我が国で保管している呪いの杖を引き取って頂きたく…」

悪魔「いいぜ」

人間の国の使いが来て、悪魔さんにそんな依頼をしていった。

魔王「いいのですか悪魔王様。話を聞けば、歴代の所持者に様々な厄がふりかかるという杖だとか…」

悪魔「はァ~ん? 俺様が呪いなんかにヤられるわけねーだろ」

王国の使い「それでは、頼みましたよ」ニヤリ



魔王「気に入らんな。魔物の王に直接依頼するなど、何と無礼な」

悪魔「人間の手に余る品物なンだろ、これだから下賎な人間ちゃんはァ。仕方ねぇなァ~」

魔王「向こうは自分達のリスクをゼロにしたいだけです。もしかすると、あわよくば悪魔王様に厄がふりかかることを狙って…!!」

悪魔「カタいこと言うなって魔王~、そんならそれでいいジャン!」

魔王「何と懐の深い」

魔術師「悪魔さん、人間が好きって言ってましたものね」

悪魔「あまりにも目に余ること仕掛けてくるようなら、食ってやりゃいいんだしな!」ケラケラ

魔術師「好きって、食べ物としてですか!?」

悪魔「LOVEもあるぜェ~♪」ギュッ

魔術師「きゃっ」

悪魔さんは私を後ろから抱きしめて、腕全体に包み込んできた。

悪魔「人間を嫌ってたら、魔術師ちゃんとラブラブになれなかったンだしィ。そんな恐ろしいことねーよ、なァ~?」

魔術師「あ、悪魔さぁん…。魔王さんの前で…」

悪魔「イャハハハ、見せつけてやってンだよ!!」

魔術師「えううぅぅ」

悪魔さんは人目を気にしなさすぎる。私はとっても恥ずかしかった。
魔王さんは「ふぅ」とため息をついて、視線をそらしてくれていたけど。

暗黒騎士「悪魔、人目をはばかれよ。ほら、呪いの杖を預かってきたぞ」

悪魔「おぉ~、これがッ!」

布に包まれた杖を受け取って、悪魔さんは目を輝かせている。
一体、その杖の何が悪魔さんの心をくすぐっているのか。

悪魔「ヨッシャアァ! 今から全世界のイケメンの家を襲撃するぞォ!!」バサッ

魔術師「何する気ですか!?」

暗黒騎士「やはり悪戯に使うつもりかァ!!」

悪魔「ジョーダンデース」チッ

魔術師(本気だ!!)

悪魔「呪いの杖かァ、どォんな形してンのかねェ? その姿を見せやがれッッッ!!」

そう言って悪魔さんは、杖を包んでいた布を派手に剥いだ。
すると――

悪魔「――っ!」

魔術師「どうしました…?」

布にくるまれていた杖は、少し特徴的な形をしていた。
だけどそれを見て、悪魔さんの顔から笑みが消えた。

悪魔「……呪術師」

魔術師「え?」

悪魔さんが小さく呟いたその声を、私は聞き逃さなかった。


魔王「これは、呪術を扱っていた者が使用していた杖だな。使用者の魔力が纏わりついている」

杖を見るなり、魔王さんがそう言った。

魔王「元々呪力のある杖が、使用者の死後、更にその力を強めたものだろう。悪魔王様、下手に解呪しても危険と思いますが」

悪魔「…問題ねェよ」

魔王「何と」

悪魔「これは俺様が持ってる。…こんなモンに呪われる程、俺様は甘くねぇ」

魔術師(悪魔さん…?)

珍しく真剣な悪魔さんの様子に、私は戸惑っていた。

悪魔「ちょい、この杖の観察してみるわ。部屋入ってくンなよ、危ねーから」

そう言って悪魔さんは部屋に戻っていった。

魔術師(悪魔さん…どうしたんだろう)

暗黒騎士「あの杖…」

魔術師「?」

暗黒騎士「どこかで見たことがあるような気がするな……」





>図書室


暗黒騎士「すまんな、手伝わせて」

魔術師「いいえ~」

私は暗黒騎士さんについてきて、図書室の文献を漁っていた。
暗黒騎士さんはあの杖を、本で見たのかもしれないと言ったのだ。

暗黒騎士「俺はあまり本を読まないから、すぐ見つかるとは思うのだが…」

暗黒騎士さんが読んだことのあるという本が机に積まれ、その一冊一冊に目を通す。
歴史や文化の文献がほとんどで、わかりやすく挿絵も沢山入っている。

魔術師(結構特徴的な形してたよね~…)

そう思いながら本をパラパラめくる。すると…

魔術師「あれ…? あ、あった!」

暗黒騎士「お」

その本の挿絵に目が行った。一瞬、見逃しそうになっていた。
その絵は、ローブを着た人間の女の子が杖を持っている姿を描いたもので、杖も小さく描かれていた。

暗黒騎士「あぁ…そうだった。何度も読んだ本だから杖の形も記憶にあったのか。その本で見たということは忘れていたが…」

魔術師「何の本ですか」

と、何気なく本のタイトルを確認して、私は驚いた。

魔術師「あ、悪魔王の資料!?」

暗黒騎士「あぁ。あいつのことを綴った本だな」

悪魔さんは歴代最強の魔王と言われている存在だから、こういう本があるのは当たり前のことだった。
だとしても、私は普段それを全然意識していないものだから、こう改めて悪魔さんの本があると驚いてしまうのだけど。

魔術師「それで、この杖の持ち主は…」

私は挿絵の説明文を読んだ。

魔術師「悪魔王の…相棒? 名は、呪術師……」

暗黒騎士「…そうか。悪魔の奴、だから杖に見覚えがあったんだな」

魔術師「悪魔さんの相棒ってのは……」

暗黒騎士「本の内容を要約すると、確か…悪魔は悪魔王になる前、ただのチンピラだったそうだ。呪術師は、その頃のあいつと組んでいた奴らしい」

魔術師(……この子と?)

絵ではフードをかぶっていたので顔の全体像は見えなかったが、どう見ても10代前半くらいの女の子である。





>夜


魔術師「うぅ~ん」

私は図書室からその本を借りて読んだけれど、呪術師さんについての記述は少ない。
暗黒騎士さんから聞いた以外の情報だと、呪術を使っていたけど腕前は三流だった、悪魔さんが悪魔王になってからも親交があった、そして30代前半で病死した――それ位である。

あと本に書かれているのは、悪魔さんの武勇伝がほとんどだ。

魔術師「むむぅ~…」

悪魔「魔術師ちゃあぁん! 開けて開けて、開けてええぇぇ!!」ドンドン

魔術師「きゃっ、悪魔さん!?」

私が部屋のドアを開けると、悪魔さんが飛び込むように入ってきた。

悪魔「魔術師ちゃぁ~ん、ちゅっちゅして、ちゅっちゅ~!!」

魔術師「唐突ですね!?」

悪魔「日中ほったらかしてゴメェン。愛してるから、ねっ、ねっ?」

魔術師「もぅ…悪魔さんったら」

悪魔さんの気分がコロコロ変わるのはいつもの事なので、それに関しては慣れてきた。

魔術師(それに…悪魔さんのこういう所、可愛いかも、って)

だから――断れないのだけど、いつもは。

魔術師「あれ…? 悪魔さん、魔力を大分消耗していますね?」

悪魔「あ? うん、まぁ」

今日は、そんな些細なことが気になってしまって。

魔術師「まさか悪魔さん…魔力が欲しくて?」グスッ

悪魔「違う違う違う!! 魔術師ちゃんへの下心以外でちゅーを求めたことは一切ねーから!!」

魔術師「グスッ…。ところで、魔力どうしたんですか?」

悪魔「杖の解呪で使ったんだよ~ン」

魔術師「良かった…悪魔さん、呪いにかからなかったんですね」

悪魔「そっ! そりゃー俺様最強だしィ、呪いなんて怖かねーけどォ? 城にいる奴らに呪いがふりかかったら大変ジャーン、俺様ったら下僕想い~」

魔術師「凄いなぁ…流石、若くして邪神の力を授かった悪魔王さんですね」

悪魔「イャハハ、惚れ直したァ? …って、ン? その文献は…」

私が机の上に置いていた文献が目に入ったようだった。

悪魔「おやおやおやァ? 魔術師ちゃん、俺様のことが気になっちゃったわけェ? 魔術師ちゃんにならぁ、年中24時間いつでもどこでも好きな時に俺様の丸裸の姿を見せるのにィ」クネクネ

魔術師「ぁ、いえ…調べてるのは悪魔さんのことじゃなくてぇ…」

悪魔「ぬゎにいいぃぃぃ!! 俺様以外に魔術師ちゃんが興味持ってることってなにィ!! やだやだ、魔術師ちゃんの中の1番は俺様じゃなきゃヤダー!!」ジタバタ

魔術師「ぁ、あのぅ…さっきの杖の持ち主さんなんですけど…」

悪魔「うにゃりん?」

魔術師「呪術師さん…って方ですよね」

私なりに勇気を出して言ったのだけれど。

悪魔「そうよん。いやー、なっつい名前だわぁ」

悪魔さんは事も無げに、あっさりそう答えた。


魔術師「……」

魔術師(呪術師さんって私と同じく人間で、魔法の使い手で、でも魔法得意じゃなくて、小柄で……)

魔術師(もしかして悪魔さんの昔の恋人だったりして……)

魔術師(それで、私は呪術師さんと被るところがあるから悪魔さんは……)グスッ

悪魔「何で泣くのォ!? よしよ~し魔術師ちゃん、悪魔王はチミを愛してるよォ」ギュッ

魔術師「グスッ…悪魔さん、グスッ、呪術師さんってどんな方ですかぁ…」

悪魔「呪術師…? どんな奴も何も……」

悪魔さんは次の瞬間、とんでもなく凶悪な顔になった。

悪魔「アイツはとんでもねぇヤローだ! 生きてたらブン殴りてぇ位だ、ファック!!」

魔術師「ひえええええぇぇぇ」ビクウウゥゥッ

悪魔「あ、わり」コロッ





俺様は悪魔王になる前、ただのチンピラだった。


悪魔「イャハハハ!! 群れて喧嘩して、たった1人に負けるなんてカッコ悪ぃの!」

ボス「く…」

三下A「ま、まさか…ボスさんが、やられるなんて……!!」

三下B「アイツ…まさか、隣町で噂の!?」




魔術師「悪魔さん、その頃から強かったんですねぇ。文献にも書いてありました」

悪魔「イャハハ、まぁな~」




ボス「何だ!? あいつに聞き覚えがあるのか!?」

三下B「はい…あいつは通称『切り裂きの悪魔』。疾風の如く、喧嘩相手の懐に潜り込み…」




魔術師(うんうん)




三下B「爪を勃起させ、パンツを切り裂くという!!」




魔術師「何で!?」

悪魔「あぁ、あの頃は複数の奴を相手にすることが多かったからな。律儀に全員ボコるのはめんどかったんで、代わりにパンツを切り裂いていた」

魔術師「だから何で!?」

悪魔「ちなみに上の回想、喧嘩相手みんなフルチンだから」

魔術師「言わなくていいですーっ!!」




とにかくまぁ、俺様は『切り裂きの悪魔』として名をあげていたんだが…。


呪術師「喰らえぇ、呪いだぁ!」バッ

ボス「うわあああぁぁぁぁ」

呪術師「は、はははーっ、ま、ま、ま、参ったかぁーっ」

悪魔「…おい、何やってンだ」

呪術師「ふ、ふふふっ…悪魔ぁ、やったね! 『うちらの力で』また、この町でも名を挙げられたよぉ~」

悪魔「なーにが『うちらの力』だよ。俺様の喧嘩中は隠れてコソコソしてた奴が」

呪術師「ふ、ふふふふふ…だけどうちらが有名になったのは、うちの力のおかげだよ……」





魔術師「何というか…」

悪魔「卑怯だろ?」

魔術師「……ちなみに、どんな呪術を?」

悪魔「アソコにモロにかけたらな…」ブルブル

魔術師「すみません、言わなくていいですっ!!

悪魔「文献じゃ脚色されて相棒ってことになってるがよォ、ただの犬のフンだっつーの! アイツがボコられてたのを助けてから、ずっと俺様にひっついて来てたんだよ!」

魔術師「そ、そうなんですか……」

…でも、呪術師さんの方は悪魔さんを好きだったのでは…。
それに悪魔さんも本気で鬱陶しかったら、呪術師さんから逃げることだってできた…。

魔術師(ってことはやっぱり…悪魔さんも実は心の底では……)

悪魔「そんなことより魔術師ちゃん、イチャイチャしようぜェ~!! 膝枕して膝枕ぁ!」

魔術師「ぁ、悪魔さん…その……」

悪魔「おねがいー、あくまたん、魔術師ちゃんのことだいちゅきー! ちゅっちゅちて、ンー、ンー!」

暗黒騎士「馬鹿か貴様は」

悪魔「どわぁ!?」

悪魔さんはドアを背中にしてて見えていなかったようだけど、部屋の入口付近に暗黒騎士さんが立っていた。

悪魔「暗黒騎士テメェ!! このノゾキ! 変態! スケベ!」

暗黒騎士「貴様がドアを開けっ放しにしていたのだろう。廊下中に貴様の恥ずかしい声が響き渡っていたぞ」

<クスクス、悪魔王様ったら、やだー、ウフフフ

悪魔「イヤァ~ン」クネクネ

魔術師「全っ然、恥ずかしがってませんね」シクシク

暗黒騎士「貴様、悪魔王としての自覚はあるのか」

悪魔「平和だからいいジャーン」プー

暗黒騎士「悪魔王としての威厳を持て! そんなでは、反乱が起こるぞ!」

悪魔「反乱ねぇ…」鼻ホジホジ

暗黒騎士「貴様が君臨してから城全体の雰囲気がたるんでいるのだ、もう少しなぁ」

悪魔「はいはいオークオーク」鼻クソペトッ

暗黒騎士「やめろーっ!!」ゴシゴシ

悪魔「じゃあ聞くけどよ、具体的にどうしろってんだよ?」

暗黒騎士「そうだな…魔王様の時は定期的に演説を行っていた」

悪魔「演説ゥ~?」

暗黒騎士「そうだ。魔王様の演説は、魔物全体に威厳を見せ、また畏怖の感情を与えていた。そうすることにより、魔物全体をまとめあげていた」

悪魔「わかった、じゃあ俺様も演説する!」

魔術師「できるんですか!?」

悪魔「伝令を出せ! 明日な!」

魔術師「もっと準備期間が必要なんじゃありませんか!?」

悪魔「任せろ魔術師ちゃん! 悪魔王のカリスマ性を見せてやるぜッ!! イャーハッハッハッハ、ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

暗黒騎士「嫌な予感しかしない……」

魔術師「同感です……」

悪魔「ギシャシャシャシャ、イヒャ、イヒャ、まっ魔術師ちゃん、3秒数えぶゎはははは!!」

魔術師「3、2、1…」

悪魔「ハァ…」ズーン

魔術師「笑う力を使い果たすタイミングが掴めている!?」

暗黒騎士「何てどうでもいい…」





>翌日


ワーワー


魔王「流石、歴代最強の悪魔王様。急な知らせにも関わらず、悪魔王様の演説を聞くべく、沢山の魔物が集まったな」

暗黒騎士「…認めたくはないが、奴のカリスマ性は本物ですね」

魔王「あぁ。ところで悪魔王様は…」

暗黒騎士「あ、出てきました」


悪魔「はいはいどーも皆さん、お待たせしましたァ~!!」

<ワアアアァァァァ


魔術師(大丈夫かなぁ…)

バルコニーの、悪魔さんが立っている後ろの方で私は見守っていた。


悪魔「俺様が悪魔王に再び君臨してから半年。人間と揉め事も起こらず、俺様はひじょ~~に嬉しい!」

<悪魔王様ああぁぁ!!
<平和バンザアアアァァイ!!
<キャー、悪魔王様素敵いいぃぃ!!


魔術師(凄い人気だなぁ)


<ワアアアアアアアァァァァァ

悪魔「……」

悪魔「うゥるせええええぇぇぇぇッ!!!」

<シーン

魔術師(ええええぇぇぇぇ)


悪魔「本題はこっからだ。魔物っつーのは本来、血の気が多い生物…。現状に不満を持ってる奴も沢山いるだろ?」


魔王「お?」

暗黒騎士「ん?」

魔術師「え?」


悪魔「今日はそんなテメェらをスッキリさせるイベントを用意してやったぜ…」

<ワアアアアアァァァァ


魔術師「え、えっ!?」

暗黒騎士「スッキリさせる…だと!?」


悪魔「喜べ…思いっきり暴れられぞおおおぉぉぉ!! イャーッハッハッハ!!」


魔王「まさか戦争でも仕掛けようという宣言か…!?」

魔術師「悪魔さんに限って、それはないはず…」

暗黒騎士「では……?」


悪魔「題して……」

悪魔「第1回、魔王争奪喧嘩祭りじゃああああぁぁ!!」

<ざわざわ


悪魔「ルールは至ってシンプル!! ここで1番強い奴が魔王になれる、ただそれだけだ!!」

暗黒騎士「な…!? おい、待……」

悪魔「行くぞ野郎どもおおおぉぉ!! 俺様から魔王の座を奪ってみろやアアアァァ!!」バサッ

<ワアアアアアァァァァァ


魔術師「ひえええぇ……」

悪魔さんは観衆の中に飛び込んでいき、演説会は一瞬にして喧嘩祭りの会場となった。
沢山の魔物達が暴れる光景はそれだけで心臓に悪く、とても見ていられない。

暗黒騎士「馬鹿共が…収集がつかんぞ!!」

魔王「まぁ、良いではないか暗黒騎士」

暗黒騎士「しかし…!」

魔王「これが悪魔王様のやり方だ。見ろ、悪魔王様の様子を」


悪魔「イャーッハッハッハ!! 雑魚共がァ、ぬるいんだよおおぉぉ!!」


暗黒騎士「…余裕ですね」

魔王「うむ。力を誇示するには、最もわかりやすい方法だ。魔物達も悪魔王様に直接殴られれば、反抗心を持てぬだろう」

暗黒騎士「何て奴だ……」


悪魔「雑魚一掃、鳴神ィ!!」バチバチバリイイィィッ


<ぎゃああぁ
<アアアァァン


悪魔「俺様の優勝ォ~♪」バッサバッサ

魔王「お見事です、悪魔王様」

悪魔「魔術師ちゃぁん、お祝いのちゅっちゅ~、ンー、ンー!」

魔術師「人前ですよぉ!?」

悪魔「そいじゃデートしようぜェ!」ヒョイッ

魔術師「きゃっ!?」

悪魔「イャハハ、出発進行ォ~」バッサバッサ

魔術師「ちょっ、悪魔さあああぁぁん!?」


魔王「…自由なお方だな」フッ

暗黒騎士「魔王様…少しは否定の念を抱いて下さい……」





>花畑


悪魔「着いた着いたァ~♪」

魔術師「悪魔さんたら…強引なんだから」

悪魔「ゴメンゴメェン魔術師ちゃん、許して、ね、ね?」

魔術師「もう……」

きっと反省なんかしていない。だけど両手を合わせてスリスリされては、怒る気も無くなっちゃう。

魔術師「悪魔王ともあろうお方が、こんなに自由でいいんですか?」

悪魔「俺様はずっとこうだぜェ~。悪魔王になったからって変わらねーよイャハハハハ」

魔術師「…」

私は昔の悪魔さんを知らない。人間は、そんなに長い期間生きることはできない。

魔術師「悪魔さん言っていましたよね…人生は楽しめ、って」

悪魔「そうだなぁ。限りある時間、楽しまなくてどーすンよ?」

魔術師「…えぅっ」

悪魔「………へ?」

魔術師「うええぇぇ、グスッ」

悪魔「ちょおおぉぉぉ!? な、何で泣くウウゥゥ!?」

魔術師「グスッ…悪魔さんにとっては、私といる期間なんて、一生の内ほんの少しですよね」

悪魔「んあ?」

悪魔さんは首を傾げた。

魔術師「人間の寿命なんて…悪魔さんに比べたら、遥かに短いんですよ……」

悪魔「…あぁ~、そうだな」

魔術師「悪魔さんは…悪魔さんは……」


わかっている。こんなことを言うのは性格が悪いんだって。
それに、既に人間との「お別れ」を果たしている悪魔さんにこんなこと言うなんて――

魔術師「悪魔さんは…私が――」

なのに、言葉を止めることができなくて。

魔術師「私がおばあちゃんになったら――他の女の子に行くんですか……」

悪魔「いかねーよ」

魔術師「………えっ」

そして返答はあまりにもあっさり返ってきた。

悪魔「よくわかンねぇなぁ? ンなこと言ったら、俺様なんて今現在ジーチャンよジーチャン?」

魔術師「で、でも体はいつまでも若いですし……」

悪魔「俺様の愛を疑うのか魔術師ちゃ~ん!!」ギュウッ

魔術師「きゃっ!?」

悪魔さんは力強く抱きしめてきた。
逃れようにも腕はがっちりしていて、逃がしてくれそうにもない。

悪魔「俺様はこんなに、こォんなに魔術師ちゃんのこと好きなのにさぁ~」

魔術師「だって、だってぇ……」

悪魔さんのことを疑っているわけじゃない。
だけど時々不安に思うこともある。

魔術師「私、悪魔さんより早く死んじゃいますよ…?」

悪魔「そん時ゃ俺様も死ぬよ」

魔術師「何言ってるんですかぁ……」

悪魔「本気。邪神に残り生命力を捧げるンだ」

魔術師「そこまでしなくたっていいですよぅ…グスッ」

悪魔「いーや。でもそん代わりとして、邪神に頼むンだよ」

魔術師「何を…ですか?」

悪魔「決まってンじゃん」

悪魔さんはニヤッと笑った。

悪魔「何度生まれ変わっても、魔術師ちゃんの側にいられますように――って」

魔術師「――っ」

想像もしていなかった言葉だった。というか、信じられるわけがない。

悪魔「だから生まれ変わって魔術師ちゃんが人間になっても、魔物になっても。絶対に俺様と巡り合う――そういうの、どうよ」

魔術師「それだけじゃ…不安です」

悪魔「心配ねーよ」

悪魔さんは私を抱きしめる手を頭に回して、優しく撫でてくれた。

悪魔「例え何に生まれ変わったとしても――俺様と魔術師ちゃんが恋に落ないわけ、ねーだろ。『ずっと一緒』って、約束しただろ?」

魔術師「悪魔さん……」

未来は不確定だからわからない。
だけど、悪魔さんがそう言ってくれることがただ、嬉しくて、心強くて――

悪魔「とーこーろーで、魔術師ちゃん?」

魔術師「はい……?」

悪魔「ずっと、ちゅっちゅがお預けなんだけどォ?」

魔術師「…くすっ、もう悪魔さんったら」

私は悪魔さんの首に手を回して背を伸ばす。

魔術師「んっ――」

悪魔「――っ」

私は強く強く、唇を押し付けた。



悪魔「ところでさァ」

魔術師「はい…?」

お花畑でまったりしていた時、悪魔さんが話を切り出した。

悪魔「昨日の呪術師の話には続きがあってよォ。その~…あんま言いたくねェンだけど」

魔術師「っ!」ピクッ

やっぱり悪魔さんと呪術師さんの関係は――と思っていた時だった。

悪魔「俺様、102年眠ってたジャン?」

魔術師「は、はぃ……」

悪魔「それ…あのヤローのせいなんだよおおおぉぉぉ!!」

魔術師「………え?」

悪魔「あのヤロー『悪魔王ならどんな呪いも大丈夫でしょ』って俺様を呪いの実験台にしやがってよォ! バッチリ効いた挙句、どこぞの誰かに封印されたじゃねーかよッ!!」

魔術師「そ、それは…お気の毒に」

悪魔「クッソー。せめて奴の子孫がわかれば…あ、無理か。あのヤローが結婚できるわけねぇ」

魔術師「…本当に散々でしたね。眠っていたせいで、呪術師さんにお別れも言えなかったんですものね」

悪魔「…まぁな」

悪魔さんは否定をしなかった。

魔術師「…やっぱり何だかんだで、呪術師さんのこと……えっと」

悪魔「あぁ、好きだったのかもな」

魔術師「!」

悪魔「…悪魔ってのは人間に嫌われるモンでよォ。俺様、人間から散々な目に遭ってきたんだぜ。けど…アイツは悪魔である俺様に懐いて、ついてきた」


呪術師『うち、絶対いつか恩を返すから…! それまで、悪魔から離れない!』


悪魔「…正直鬱陶しかったけど、まぁ…人間が嫌いじゃなくなったのは、アイツのお陰かもな。杖を通してアイツの魔力に再会できて…何だかんだで、懐かしかったなァ~」

魔術師「……」

もしかして呪術師さんの悪魔さんへの想いが――あの杖を、悪魔さんの元へたどり着かせたのかもしれない。

魔術師「…私だって、悪魔さんのこと好きですよ」ムゥ

悪魔「お~? どったの珍しい~♪」ヒヒッ

魔術師「別に……」

こんなこと思っても仕方ないのだけれど。

魔術師「可愛い人ですもんね……呪術師さん」

悪魔「………あ?」

悪魔さんはポカンとした。
だけど……

悪魔「か、かわっ…イャハハハハ、げひゃひゃ、アイツが、アイツが…っ、ぶゎーっはっはっはっは!!!」

魔術師「あ、悪魔さぁん!? な、何で笑うんですか!?」

悪魔「だ、だって…ヒィ、ヒィ」

悪魔さんは笑う力を使い果たす前に一旦深呼吸をした。

悪魔「アイツ…男よ?」

魔術師「……………」

魔術師「えええええぇぇぇぇ!?」

悪魔「…ハハーン、魔術師ちゃん? さては、アイツが女の子だと思って嫉妬したなァ~?」

魔術師「そ、そそそんなことっ!?」

悪魔「いやぁ、嬉しいぜェ♪ そうかぁ、魔術師ちゃん俺様のことそんなに…」

魔術師「も、もーっ!」

だけど、ホッとしたのは確かだった。

悪魔「…でも、まぁ。アイツの呪いのお陰で魔術師ちゃんに会えたんだよな」

魔術師「…そうですね!」

それは呪術師さんに感謝しなくちゃ。本当に、ありがとうございますって。

魔術師「悪魔さん…」

悪魔「ン? 何だ?」

また1つ悪魔さんを知ることができた。
それでもまだ足りない。大好きな気持ちが止まらないから、もっともっと悪魔さんのことが知りたい。

魔術師「悪魔さんのこと…もっと教えてもらってもいいですか?」

悪魔「…いいゼッ♪」


悪魔さんは私の手を握りしめて、満面の笑顔を見せた。


悪魔「俺様の全てを知ってくれよ――これからもずっと、ずっと一緒なんだからさ」


Fin


リクエスト内容は悪魔さんを掘り下げる話…とのことで。何か普通に続編っぽくなってしまったが、これでいいのか←
リクエスト下さったリエルト様、ありがとうございました(´∀`*)ウフフ

今作を書くにあたって本編を読み返したのですが…悪魔さんって本っ当~…にウザいですね!!w
あのウザさをまた書けるか心配でしたが、やっぱり悪魔さんはウザいままだった!!m9(^Д^)9m

掘り下げれば掘り下げる程アレな部分ばっかだけど、そうじゃない悪魔さんは魅力半減ですよね。
posted by ぽんざれす at 22:13| Comment(4) | スピンオフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする